説明

制電性積層体とその製造方法

【課題】耐IPA払拭性を改善した制電性積層体と簡便な製造方法を提供する。
【解決手段】樹脂基材1と、樹脂基材1の少なくとも片面に設けられた接着層2と、接着層2の表面に設けられた制電層3を有する制電性積層体であって、接着層2が耐アルコール性を有する樹脂からなる層であり、制電層3が導電性ポリマーとバインダー樹脂を主成分とする層であり、この制電層3に接着層2の耐アルコール性を有する樹脂が混入している構成の制電性積層体とする。望ましくは制電層3にカルボジイミド基を有する化合物を含有させる。制電層に混入した接着層の耐アルコール性を有する樹脂によって制電層内の空隙の大部分が充填されて空隙が減少もしくは縮小されるため、制電層の表面をIPAで払拭したときに、バインダー樹脂が膨潤して空隙に侵入して導電性ポリマーの通電を阻害することが少なくなり、表面抵抗率の上昇が抑制されて耐IPA払拭性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は制電性積層体とその製造方法に関し、更に詳しくは、耐アルコール類、特に耐イソプロピルアルコール(以下、IPAと記す)払拭性に優れた制電性積層体とその簡便な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、クリーンルームのパーティションのような塵埃を嫌う用途には、静電気を逃がして塵埃の付着を防止する制電性樹脂板が使用されている。かかる制電性樹脂板は、樹脂基板の少なくとも片面に直接又は接着層を介して制電層を積層一体化した積層体であり、例えば、導電性ポリマーと樹脂バインダーからなる制電層を積層したものなどが使用されている。
【0003】
一方、スルホン酸基及び/又はカルボキシル基を有する水溶性導電性ポリマーと、この水溶性導電性ポリマーの溶媒と、カルボジイミド基を有する化合物とを含有した導電性組成物が提案されている(特許文献1)。
【0004】
また、透明樹脂基体と、透明樹脂基体の少なくとも片面に設けられたアンカーコート層と、アンカーコート層の表面に設けられた導電層を有する導電性積層体であって、アンカーコート層がバインダー樹脂及びカチオン系の官能基を有する物質を含むアンカーコート剤組成物からなり、導電層がπ共役系導電性ポリマーとドーパントとしてのアクセプターとの複合体を含む導電性樹脂組成物からなる導電性積層体が提案されている(特許文献2)。
【0005】
また、樹脂成形体の少なくとも片面に、π電子共役系導電性高分子と、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステルウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂から選ばれる少なくとも1種の樹脂とを含有する帯電防止層を有し、さらに帯電防止層の上に、硬化型樹脂を硬化させてなる硬化塗膜層を有する樹脂積層体も提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−272638号公報
【特許文献2】特開2009−158410号公報
【特許文献3】国際公開第08/035660号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来より、クリーンルームのパーティションなどの塵埃を嫌う用途には、静電気を逃がして塵埃の付着を防止する制電性樹脂板が使用されている。また、クリーンルームのクリーン度を一定レベル以上に確保する為に、クリーンルームの施工後もしくはクリーンルームの定期的なメンテナンスの際などには汚染分子を除去する作業が不可欠であり、パーティション(制電性樹脂板)をアルコール類等を含ませたワイピングクロス等で拭き取る作業が行われている。しかし、導電性ポリマーと樹脂バインダーからなる制電層を設けた従来の制電性積層体は、IPA等のアルコール類を含んだワイピングクロスで制電性樹脂板表面の拭き取り洗浄を繰り返すと、表面低効率が大幅に上昇して満足な制電性能(帯電防止性能)を発現しにくくなるという問題があった。
【0008】
これに対し、前記特許文献1の導電性組成物は、湿度依存性をなくし、成膜性、成形性、密着性、耐水性などを改善することを目的としたものであり、前記特許文献2の導電性積層体は、透明性、密着性、耐擦傷性などを改善し、繰り返し力が付加されても導電性の低下を抑えることを目的としたものであり、前記特許文献3の樹脂積層体は、帯電防止性、耐擦傷性、透明性などを改善することを目的としたものであるから、これら特許文献1〜3の技術を勘案しても、上記問題を解決することはできない。
【0009】
本発明者らは、IPA払拭により表面抵抗率が上昇する原因について研究を重ねたところ、導電性ポリマーと樹脂バインダーからなる制電層を設けた制電性積層体は、導電性ポリマーとしてポリ(3,4―エチレンジオキシチオフェン)とポリスチレンスルホン酸との複合体(以下、PEDOT/PSSポリマーコンプレックスと記す)の水分散体などを使用し、樹脂バインダーとして水分散性の樹脂バインダーを使用したものが多く、この水分散性の樹脂バインダーが凝集して制電層内に多くの空隙が形成されているため、制電層の表面をIPAで払拭すると、樹脂バインダーがIPAで膨潤して空隙に侵入し、PEDOT/PSSポリマーコンプレックスの通電を阻害することが主たる原因である、という新たな知見を得た。
本発明は、斯かる知見に基づき、制電層内の空隙を減少もしくは縮小させることで耐IPA払拭性を大幅に改善した制電性積層体を提供すること、及び、その簡便な製造方法を提供することを、解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明に係る制電性積層体は、樹脂基材と、樹脂基材の少なくとも片面に設けられた接着層と、接着層の表面に設けられた制電層を有する制電性積層体であって、接着層が耐アルコール性を有する樹脂からなる層であり、制電層が導電性ポリマーとバインダー樹脂を主成分とする層であり、この制電層に接着層の耐アルコール性を有する樹脂が混入していることを特徴とするものである。
【0011】
本発明の制電性積層体においては、制電層にカルボジイミド基を有する化合物が含有されていることが望ましく、このカルボジイミド基を有する化合物の含有量がバインダー樹脂の含有量の2.7〜25質量%であることが望ましい。そして、制電層の厚さは10〜700nmであることが望ましい。
【0012】
また、接着層は、耐アルコール性を有するウレタン変性共重合ポリエステル樹脂又は塩化ビニル−酢酸ビニル共重合樹脂からなる層であることが望ましく、制電層の導電性ポリマーは水分散性導電性ポリマーであり、バインダー樹脂は水分散性バインダー樹脂、特に水分散性ポリウレタン樹脂であることが望ましい。
【0013】
本発明に係る制電性積層体の製造方法は、剥離フィルムの片面に、導電性ポリマーとバインダー樹脂を主成分とする制電層又はカルボジイミド基を有する化合物を更に含有させた制電層と、耐アルコール性を有する樹脂からなる接着層とを、この順序で剥離フィルムの片面に積層して成る転写フィルムを用いて、この転写フィルムの接着層と制電層を樹脂基材の少なくとも片面に転写し、その転写圧によって接着層の耐アルコール性を有する樹脂を制電層に浸透、混入させることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の制電性積層体のように、制電層に接着層の耐アルコール性を有する樹脂が混入していると、この混入樹脂によって制電層内の空隙の大部分が充填されて空隙が大幅に減少もしくは縮小されるため、制電層の表面をIPAで払拭したときに、バインダー樹脂が水分散性であってもIPAで膨潤して空隙に侵入することが少なくなり、膨潤したバインダー樹脂による導電性ポリマーの通電阻害が生じ難くなる。しかも、制電層に混入させる樹脂は、接着層の耐アルコール性を有する樹脂であるから、IPAにより変質、劣化して導電性ポリマーに悪影響を与える心配もない。従って、本発明の制電性積層体は、耐IPA払拭性に優れ、繰り返しIPAで払拭しても制電層の表面抵抗率の経時的な上昇が少なく、良好な制電性を維持できる。
【0015】
また、制電層にアジリジン基やカルボジイミドオキサゾリン基などカルボジイミド基を有する化合物が含有されている制電性積層体は、カルボジイミド基がバインダー樹脂のポリマー分子中のカルボキシル基などの官能基と反応して架橋構造を形成するため、バインダー樹脂のカルボキシル基がなくなり、耐水性が向上する。そして、バインダー樹脂の架橋構造により、IPA払拭時の膨潤による導電性ポリマーの通電阻害が一層生じ難くなるので、耐IPA払拭性が更に向上する。また、架橋しない場合はIPA払拭により樹脂が白化するものが、架橋することで白化を防ぐこともできる。
【0016】
制電層におけるカルボジイミド基を有する化合物の含有量は、バインダー樹脂の含有量の2.7〜25質量%であることが望ましく、2.7質量%未満では架橋密度が低すぎるため、耐IPA払拭性があまり向上せず、25質量%より多くなると、カルボジイミド基を有する化合物自体が導電性ポリマーの通電を阻害するようになるため、制電層の初期の表面抵抗率が高くなって制電性を発揮し難くなる。
この制電層の厚さは10〜700nmであることが望ましく、10nmよりも薄い制電層は形成が困難であり、700nmよりも厚くなると、後述するように転写圧によって接着層の耐アルコール性を有する樹脂を制電層の厚み全体に亘って浸透、混入させ難いため、耐IPA払拭性を向上させることが困難になる。
【0017】
また、接着層が耐アルコール性を有するウレタン変性共重合ポリエステル樹脂又は塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体樹脂からなる層である制電性積層体や、制電層の導電性ポリマーがPEDOT/PSSポリマーコンプレックスなどの水分散性導電性ポリマーであり、バインダー樹脂が水分散性ポリウレタン樹脂などの水分散性バインダー樹脂である制電性積層体は、後述する耐IPA払拭試験の結果から判るように、優れた耐IPA払拭性を備えている。
【0018】
また、本発明に係る制電性積層体の製造方法のように、剥離フィルムの片面に、導電性ポリマーとバインダー樹脂を主成分とする制電層又はカルボジイミド基を有する化合物を更に含有させた制電層と、耐アルコール性を有する樹脂からなる接着層とを、この順序で積層して成る転写フィルムを用いて、この転写フィルムの接着層と制電層を樹脂基材の少なくとも片面に転写し、その転写圧によって接着層の耐アルコール性を有する樹脂を制電層に浸透、混入させると、簡便に本発明の制電性積層体を製造することができ、接着層の耐アルコール性を有する樹脂が上記のウレタン変性共重合ポリエステル樹脂や塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体樹脂などの溶剤系樹脂であっても、水分散系導電性ポリマーと水分散系バインダー樹脂を主成分とする制電層に容易に混入させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係る制電性積層体の断面図である。
【図2】本発明の製造方法に用いる転写フィルムの断面図である。
【図3】(a)は接着層のIR分光分析データ、(b)は転写前の制電層のIR分光分析データ、(c)は転写により接着層の樹脂を混入させた後の制電層の表面から100nmの部分のIR分光分析データ、(d)は転写により接着層の樹脂を混入させた後の制電層の表面から30nmの部分のIR分光分析データである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1に示す制電性積層体は、樹脂基材1と、この樹脂基材1の片面に設けられた接着層2と、この接着層2の表面に設けられた制電層3を有する三層構造の積層体である。接着層2と制電層3は樹脂基材1の両面に積層されていてもよい。
【0021】
樹脂基材1は、公知の熱可塑性樹脂や、熱、紫外線、電子線、放射線などで硬化する公知の硬化性樹脂からなるものであって、熱可塑性樹脂としては、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、環状ポリオレフィンなどのオレフィン系樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレンなどのビニル系樹脂、ニトロセルロース、トリアセチルセルロースなどのセルロース系樹脂、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリジメチルシクロヘキサンテレフタレート、芳香族ポリエステルなどのエステル系樹脂、ABS樹脂、これらの樹脂の共重合樹脂や混合樹脂などが使用され、また、硬化性樹脂としては、例えばエポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、アクリル樹脂などの熱硬化性又は紫外線硬化性樹脂が使用される。
【0022】
樹脂基材1の形状は、制電性積層体の用途に応じて、板状でも、シート状でも、フィルム状でも、異形状でもよく、また、無色透明又は半透明でも、有色透明又は半透明でも、着色不透明でもよい。例えば、前述のクリーンルームのパーティションなどの用途に使用される制電性積層体の場合は、透明なポリ塩化ビニルやポリカーボネートの板状体などが好適である。
尚、この樹脂基材1には、可塑剤、安定剤、坑酸化剤その他の添加剤が適宜配合される。
【0023】
樹脂基材1の片面又は両面に積層される接着層2は、IPAによって変質、劣化しにくい耐アルコール性を有する感熱接着性の樹脂で形成することが重要である。耐アルコール性を有する樹脂には、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリイソブチレン、環状ポリオレフィンなどのオレフィン系樹脂、塩化ビニル樹脂、塩化ビニル−酢酸ビニル共重合樹脂、ポリエステル樹脂、ウレタン変性共重合ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、フラン樹脂、キシレン樹脂など種々あるが、これらのうち、フェノール樹脂、メラミン樹脂、フラン樹脂、キシレン樹脂などの感熱接着性を有しない樹脂は、熱転写ができないので好ましくない。従って、耐アルコール性を有するオレフィン系樹脂、塩化ビニル樹脂、塩化ビニル−酢酸ビニル共重合樹脂、ポリエステル樹脂、ウレタン変性共重合ポリエステル樹脂などが接着層2の材料樹脂として好ましく使用され、特に、塩化ビニル−酢酸ビニル共重合樹脂やウレタン変性共重合ポリエステル樹脂は、IPA払拭性や接着強度の観点から極めて好ましく使用される。
なお、上記接着性樹脂のうち、水分散系のポリエステル樹脂(例えばアクリル変性ポリエステルなど)は、カルボジイミド基を有する化合物が制電層に含まれていると、耐IPA払拭性を満足に向上させることができないので、後述するようにカルボジイミド基を有する化合物を制電層に含有させる場合には、水分散系のポリエステル樹脂以外の、有機溶剤を溶剤とする溶剤系の各樹脂を使用することが好ましい。
【0024】
接着層2の厚さは、熱転写により接着層の耐アルコール性を有する溶剤系の樹脂を制電層3に混入させる前後で異なるが、転写前の接着層2の厚さは制電層3と同程度もしくはそれ以上であることが望ましく、具体的には200nm〜3μm程度、好ましくは500nm〜2μmの厚さに設定することが望ましい。転写前の接着層2の厚さが制電層3の厚さに比べて薄い場合は、後述するように熱転写で接着層2の溶剤系の樹脂を制電層3に浸透、混入させようとしても、制電層3の厚さ全体に亘って接着層2の溶剤系樹脂を混入させることが困難になり、接着強度も低下するので好ましくない。
【0025】
接着層2の表面に設けられる制電層3は、導電性ポリマーとバインダー樹脂を主成分とする層であって、この制電層3には、転写によって上記接着層2の耐アルコール性を有する溶剤系の樹脂が混入されており、望ましくは、カルボジイミド基を有する化合物も含有されている。
【0026】
導電性ポリマーとしては、π共役系導電性ポリマーと、ドーパントとしてのアクセプターとなるポリマーとのコンプレックスが適しており、例えばポリチオフェン、ポリアルキルチオフェン、ポリアルキルジオキシチオフェンなどの水分散性のπ共役系導電性ポリマーと、例えばポリスルホン酸(ポリスチレンスルホン酸、ポリビニルスルホン酸など)、ポリカルボン酸(ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリマレイン酸など)などのアクセプターとのポリマーコンプレックスが好適に使用される。これらの中でも入手が容易なPEDOT/PSSポリマーコンプレックス、即ち、3,4−エチレンジオキシチオフェンのポリマーと、スチレンスルホン酸のポリマーとのコンプレックスが特に好ましく使用される。
【0027】
導電性ポリマーの含有量は限定されないが、表面抵抗率が10Ω/□以上、10Ω/□未満の良好な制電性を付与するためには、導電性ポリマーの含有量(固形分)をバインダー樹脂の含有量(固形分)の1〜60質量%程度、好ましくは1〜30質量%程度に設定するのがよい。特に、導電性ポリマーの含有量(固形物)が1〜25質量%であれば、型押し成形後の制電層に白濁が生じることがないのでより好ましい。
【0028】
制電層3のバインダー樹脂は、水分散性の導電性ポリマーに対応して水分散性の樹脂を使用することが望ましく、例えば、水分散性のポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリプロピレン樹脂、アクリル樹脂などが好適に使用され、特に
水分散製のポリウレタン樹脂が好ましく使用される。また、上記のバインダー樹脂を2種以上混ぜて使用することや、バインダー樹脂に紫外線吸収剤などの添加物を加えてもよい。
【0029】
更に、制電層3に含有させるカルボジイミド基を有する化合物としては、例えば、イソシアネート末端ジシクロヘキシルメタンカルボジイミドに、ポリエチレンオキシドモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、N,N−ジエチルイソプロパノールアミン、プロピレングリコールモノフェニルエーテル、トリプロピレングリコールモノメチルエーテルなどをそれぞれ付加したジシクロヘキシルメタンカルボジイミド誘導体の化合物や、また、テトラメチルキシリレンカルボジイミド誘導体などが使用される。
【0030】
この制電層3のように、接着層2の耐アルコール性を有する樹脂が制電層3の厚さ全体に亘って混入されていると、この混入樹脂によって制電層内の空隙(バインダー樹脂が凝集して生じた空隙)の大部分が埋められて該空隙が大幅に減少もしくは縮小されるため、制電層3の表面をIPAで払拭したときに、水分散性のバインダー樹脂がIPAで膨潤して空隙に侵入することが少なくなり、膨潤したバインダー樹脂による導電性ポリマーの通電阻害が生じ難くなる。しかも、この制電層3に混入させる樹脂は、接着層2の耐アルコール性を有する樹脂であるから、IPAにより変質、劣化して導電性ポリマーに悪影響を与える心配もない。従って、この制電性積層体の制電層3は、耐IPA払拭性に優れ、繰り返しIPAで払拭しても制電層3の表面抵抗率の経時的な上昇が少なく、後述する耐IPA払拭試験のデータによって裏付けられるように、IPAを含ませたワイピングクロスで50回払拭した後でも、表面抵抗率が10Ω/□以上、10Ω/□未満の良好な制電性を維持することができる。
【0031】
また、この制電層3のようにカルボジイミド基を有する化合物が含有されていると、カルボジイミド基がバインダー樹脂のポリマー分子中の親水性の例えばカルボキシル基などと反応して架橋構造を形成するため、バインダー樹脂の凝集や膨潤が抑制され、凝集により制電層3内に形成される空隙が減少すると共に、バインダー樹脂の空隙への膨潤(膨張)も減少する。従って、バインダー樹脂の膨潤による導電性ポリマーの通電阻害が一層生じ難くなるので、耐IPA払拭性が更に向上し、IPA払拭による制電層3の樹脂の白化を防ぐこともできる。
【0032】
制電層3におけるカルボジイミド基を有する化合物の含有量は、後述するIPA払拭試験のデータで裏付けられるように、バインダー樹脂の含有量の2.7〜25質量%とすることが望ましい。2.7質量%未満では架橋密度が低すぎるため、耐IPA払拭性があまり向上せず、25質量%よりも多くなると、カルボジイミド基を有する化合物自体が導電性ポリマーの通電を阻害するようになるため、制電層3の初期の表面抵抗率が高くなって制電性を発揮し難くなる。
【0033】
また、制電層3の厚さは10〜700nmとすることが望ましい。10nmよりも薄い制電層は形成が困難であり、700nmよりも厚くなると、転写圧によって接着層2の耐アルコール性を有する樹脂を制電層3の厚み全体に亘って浸透、混入させにくいため、耐IPA払拭性を向上させることが困難になる。
【0034】
次に、本発明に係る制電性積層体の製造方法について説明する。
【0035】
まず、図2に示す三層積層構造の転写フィルム、即ち、剥離フィルム4の片面に、前記導電性ポリマーと前記バインダー樹脂を主成分とする制電層3又は前記カルボジイミド基を有する化合物を更に含有させた制電層3と、前記耐アルコール性を有する樹脂からなる接着層2とをこの順序で積層した転写フィルムを作製する。
次いで、この転写フィルムを、その接着層2を樹脂基材1側にして樹脂基材1の表面に重ねると共に、接着層2の樹脂の融点より高い温度に加熱、加圧して、転写フィルムの接着層2と制電層3を樹脂基材1の少なくとも片面に熱転写し、その転写圧で接着層2の耐アルコール性を有する樹脂を制電層3に浸透、混入させて制電性積層体を製造する。
【0036】
転写圧や転写時間は特に限定されないが、例えば、転写圧を9〜30MPa程度に設定し、転写時間を0.1〜1800sec程度に設定するのが適当である。転写圧が上記範囲を下回り、転写時間が上記範囲よりも短い場合は、接着層2の耐アルコール性を有する樹脂を制電層3に充分混入させることが難しくなり、接着強度も不充分となるので好ましくない。
【0037】
上記のように、熱転写時の圧力で、接着層2の樹脂が制電層3の厚さ全体に浸透、混入されることを確認するために、以下の樹脂混入確認試験を行った。
【0038】
[樹脂混入確認試験]
(1)離型処理したPETフィルム上に、接着層の耐アルコール性を有する樹脂として溶剤系のウレタン変性共重合ポリエステル樹脂液を垂らし、オーブンで乾燥した後、塗膜(接着層)を剥ぎ取って、IR分光器(Nicolet社製、FT−IR670)で接着層のIR分光分析を行った。そのデータを図3(a)に示す。
(2)また、制電層のバインダー樹脂である水分散性ポリウレタン樹脂に、導電性ポリマーであるPEDOT/PSSポリマーコンプレックスを23質量%と、カルボジイミド基を有する化合物(以下、カルボジイミド化合物と記す)であるカルボジライトE−02[日清紡(株)製の商品名]を12質量%配合して、制電層形成用の組成物を調製し、この組成物を離型処理したPETフィルム上に垂らしてオーブンで乾燥した後、塗膜(接着層の樹脂が混入されていない制電層)を剥ぎ取って、上記IR分光器で制電層のIR分光分析を行った。そのデータを図3(b)に示す。
(3)離型処理したPETフィルム上に、上記ウレタン変性共重合ポリエステル樹脂液を塗布して厚さ2μmの接着層を形成し、その上に上記制電層形成用組成物を塗布して厚さ300nmの制電層(接着層の樹脂が混入されていない制電層)を形成することにより、転写フィルムを作製した。この転写フィルムを樹脂基材(ポリカーボネート)の片面に重ねて、温度190℃、転写圧14.7MPa、転写時間1secで、接着層と制電層を樹脂基材の片面に転写すると同時に、接着層の樹脂を制電層に浸透、混入させて制電性積層体を作製した。そして、サイカス(ダイプラ・ウィンテス社製、サイカスNN型)と上記IR分光器を用いて、制電性積層体の制電層の表面から100nmの部分と30nmの部分のIR分光分析を行った。そのデータを図3(c),(d)に示す。
【0039】
図3(a)を見ると、接着層の樹脂(ウレタン変性共重合ポリエステル樹脂)の特徴と見られるピークP(波数1017cm−1)、ピークP(波数1370cm−1)、ピークP(波数1412cm−1)、ピークP(波数1598cm−1)が表れており、また、図3(b)を見ると、制電層の構成物質の特徴と見られるピークP(波数979cm−1)、ピークP(波数1040cm−1)、ピークP(波数1378cm−1)、ピークP(波数1648cm−1)が表れている。
そして、熱転写後の制電性積層体の制電層の表面から100nmの部分と30nmの部分のIR分光分析データを示す図3(c)(d)を見ると、いずれにも制電層の構成材料の特徴と見られるピークP〜Pと共に、接着層の樹脂の特徴と見られるピークP〜Pが表れている。
以上から、熱転写後の制電性積層体の制電層の表面から100nmの部分にも30nmの部分にも、接着層の樹脂が混入されていることを確認できた。
【0040】
[耐IPA払拭性試験1]
次に、接着層の樹脂の種類を変えたときの耐IPA払拭性試験について説明する。
PETフィルム[東洋紡PETフィルムコスモシャイン(A4100)]上に、接着層の樹脂として下記表1に示す異なる5種類の樹脂をそれぞれ塗布して厚さ2μmの接着層を形成した。そして、制電層のバインダー樹脂である水分散性ポリウレタン樹脂に、導電性ポリマーであるPEDOT/PSSポリマーコンプレックスを23質量%配合して調製した制電層形成用組成物を、上記の各接着層の上に塗布して厚さが300nmの制電層を形成することにより、接着層の樹脂の種類が異なる5種類の転写フィルムを作製した。
これら転写フィルムを樹脂基材(ポリカーボネート)の片面に重ねて、温度190℃、転写圧14.7MPa、転写時間1secで接着層と制電層を樹脂基材の片面に転写すると同時に、接着層の樹脂を制電層に浸透、混入させて、下記表1に示すように接着層の樹脂の種類が異なる5種類の制電性積層体の試料1〜5を作製した。
また、接着層を省略して、樹脂基材の表面に上記制電層形成用組成物からなる制電層のみを形成した試料6も作製した。
そして、これらの試料1〜6の制電層の表面を、IPAを含ませたワイピングクロスで払拭する作業を繰り返し、払拭前、50回払拭後、100回払拭後の表面抵抗率を、(株)ダイアインスツルメンツ製のハイレスタUPで測定した。その結果を下記表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
この表1から、耐アルコール性を有しないアクリル樹脂やポリウレタン樹脂で接着層を形成した試料3,5、及び、接着層を省略した試料6は、IPA払拭50回後の表面抵抗率が10Ω/□以上に上昇して制電性が失われており、耐IPA払拭性に劣ることが判る。
これに対し、耐アルコール性を有する溶剤系のウレタン変性共重合ポリエステル樹脂や塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体で接着層を形成した試料1,2、及び耐アルコール性を有する水分散系のポリエステルで接着層を形成した試料4は、IPA払拭50回後でも、表面抵抗率が10Ω/□未満と良好な制電性を維持し、耐IPA払拭性に優れていることが判る。その中でも、耐アルコール性を有する溶剤系のウレタン変性共重合ポリエステル樹脂や塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体で接着層を形成した試料1,2は、IPA払拭50回後の表面抵抗率がそれぞれ6.30×10Ω/□、7.23×10Ω/□と低く、特に、耐アルコール性を有する溶剤系の塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体で接着層を形成した試料2は、200回払拭後でも表面抵抗率が2.35×10Ω/□で、極めて優れた耐IPA払拭性を有することが判る。
これより、接着層の耐アルコール性を有する樹脂を制電層に混入させることが耐IPA払拭性の向上に極めて有効であることが証明された。
【0043】
[耐IPA払拭性試験2]
次に、制電層の厚さを変化させたときの耐IPA払拭性試験について説明する。
PETフィルム[東洋紡PETフィルムコスモシャイン(A4100)]上に、前記ウレタン変性共重合ポリエステル樹脂液を塗布して厚さ2μmの接着層を形成した。そして、制電層のバインダー樹脂である水分散性ポリウレタン樹脂に、導電性ポリマーであるPEDOT/PSSポリマーコンプレックスを6質量%と、カルボジイミド化合物であるカルボジライトE−02[日清紡(株)製の商品名]を16質量%配合して調製した制電層形成用組成物を、接着層の上に厚さを変えて塗布することにより、厚さがそれぞれ244nm、367nm、490nm、617nm、734nmである制電層(接着層の樹脂が混入されていない制電層)を形成した5種類の転写フィルムを作製した。
これら転写フィルムを樹脂基材(ポリカーボネート)の片面に重ねて、温度190℃、転写圧14.7MPa、転写時間1secで接着層と制電層を樹脂基材の片面に転写すると同時に、接着層の樹脂を制電層に浸透、混入させて、下記表2に示すように制電層の厚さが異なる5種類の制電性積層体の試料7〜11を作製した。
これらの試料7〜11について、前記の耐IPA払拭性試験1と同様にIPAを含ませたワイピングクロスで払拭する作業を繰り返し、払拭前、50回払拭後、100回払拭後の表面抵抗率を測定した。その結果を下記表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
この表2から、制電層の厚さが700nmを超える試料11は、IPA払拭50回で表面抵抗率が6.99×10Ω/□まで上昇し、充分な制電性を発揮できないことが判る。これは、制電層が厚すぎるため、制電層の表面近くまで接着剤層の樹脂が浸透、混入できないからである。これに対し、制電層の厚さが700nm以下の試料7〜10は、IPA払拭50回後の表面抵抗率が8.21×10Ω/□〜5.93×10Ω/□で良好な制電性を維持しており、IPA払拭100回後でも表面抵抗率が4.81×10Ω/□〜6.62×10Ω/□の範囲内でやはり良好な制電性を維持しており、耐IPA払拭性に優れていることが判る。
これより、制電層の厚さを700nm以下にすると、優れたIPA払拭性を付与できることが判る。なお、制電層の厚さの下限はいくらでもよいが、10nmよりも薄い制電層は形成し難いので、下限は10nmと言える。
【0046】
[耐IPA払拭性試験3]
次に、制電層におけるカルボジイミド化合物の含有量を変化させたときの耐IPA払拭性試験について説明する。
PETフィルム[東洋紡PETフィルムコスモシャイン(A4100)]上に、前記ウレタン変性共重合ポリエステル樹脂液を塗布して厚さ2μmの接着層を形成した。一方、制電層のバインダー樹脂である水分散性ポリウレタン樹脂に、導電性ポリマーであるPEDOT/PSSポリマーコンプレックスを23質量%配合すると共に、カルボジイミド化合物であるカルボジライトE−02[日清紡(株)製の商品名]をそれぞれ下記表3に示すように0質量%、2.7質量%、5.3質量%、8.0質量%、10.7質量%、16.0質量%、18.7質量%、21.3質量%、24.0質量%、26.7質量%配合して、カルボジイミド化合物の配合量が異なる10種類の制電層形成用組成物を調製し、これらの制電層形成用組成物を上記接着層の上にそれぞれ塗布して厚さ490nmの制電層(接着層の樹脂が混入されていない制電層)を形成することにより、10種類の転写フィルムを作製した。これらの転写フィルムを樹脂基材(ポリカーボネート)の片面に重ねて、温度190℃、転写圧14.7MPa、転写時間1secで、接着層と制電層を樹脂基材の片面に転写すると同時に、接着層の樹脂を制電層に浸透、混入させて10種類の制電性積層体の試料12〜21を作製した。
そして、これらの試料12〜21について、前記の耐IPA払拭性試験1と同様にIPAを含ませたワイピングクロスで払拭する作業を繰り返し、払拭前、50回払拭後、100回払拭後の表面抵抗率を測定した。その結果を下記表3に示す。
【0047】
【表3】

【0048】
表3から、カルボジイミド化合物を制電層に含まない試料12と、カルボジイミド化合物を制電層に含む試料13〜17は、いずれもIPA払拭50回後の表面抵抗率が10Ω/□未満で良好な制電性を維持するが、IPA払拭100回後には、カルボジイミド化合物を含まない試料12の表面抵抗率が1.25×1010Ω/□まで上昇するのに対し、カルボジイミド化合物を含む試料13〜17はいずれも10Ω/□未満の良好な制電性を変わらず維持しており、このことから、カルボジイミド化合物を制電層に含ませることは、耐IPA払拭性を向上させる上で極めて有効であることが判る。
しかし、カルボジイミド化合物の含有量がバインダー樹脂の含有量の25質量%を超える試料21は、過剰なカルボジイミド化合物によってPEDOT/PSSポリマーコンプレックスの通電が阻害されるため、初期(払拭前)の表面抵抗率が8.47×10Ω/□と制電範囲の上限に近く、製作時のばらつきによっては10Ω/□以上になる可能性もあるので好ましくない。
これに対し、カルボジイミド化合物の含有量がバインダー樹脂の含有量の2.7〜25質量%の範囲内にある試料13〜20は、初期(払拭前)の表面抵抗率が6.39×10Ω/□〜3.82×10Ω/□の範囲内にあり、含有量が2.7〜16質量%の試料13〜17は、IPA50回払拭後は勿論、IPA100回払拭後でも、10Ω/□以下の良好な制電性を維持して、耐IPA払拭性が大幅に向上している。そして、含有量が5.3〜10.7質量%の試料14〜16は、IPA200回払拭後でも10Ω/□未満の充分な制電性を維持し、特に、含有量が8.0質量%と10.7質量%の試料15,16は、IPA払拭300回後でも10Ω/□未満の充分な制電性を維持して、耐IPA払拭性が顕著に向上している。
これより、カルボジイミド化合物の好ましい含有量は2.7〜25質量%の範囲内であり、更に好ましい含有量は5〜17質量%の範囲内であると言える。
【符号の説明】
【0049】
1 樹脂基材
2 接着層
3 制電層
4 剥離フィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂基材と、樹脂基材の少なくとも片面に設けられた接着層と、接着層の表面に設けられた制電層を有する制電性積層体であって、
接着層が耐アルコール性を有する樹脂からなる層であり、制電層が導電性ポリマーとバインダー樹脂を主成分とする層であり、この制電層に接着層の耐アルコール性を有する樹脂が混入していることを特徴とする制電性積層体。
【請求項2】
制電層にカルボジイミド基を有する化合物が含有されていることを特徴とする請求項1に記載の制電性積層体。
【請求項3】
制電層におけるカルボジイミド基を有する化合物の含有量が、バインダー樹脂の含有量の2.7〜25質量%であることを特徴とする請求項2に記載の制電性積層体。
【請求項4】
制電層の厚さが10〜700nmであることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の制電性積層体。
【請求項5】
接着層が、耐アルコール性を有するウレタン変性共重合ポリエステル樹脂又は塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体樹脂からなる層であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の制電性積層体。
【請求項6】
制電層の導電性ポリマーが水分散性導電性ポリマーであり、バインダー樹脂が水分散性バインダー樹脂であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の制電性積層体。
【請求項7】
制電層のバインダー樹脂が水分散性ポリウレタン樹脂であることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の制電性積層体。
【請求項8】
剥離フィルムの片面に、導電性ポリマーとバインダー樹脂を主成分とする制電層又はカルボジイミド基を有する化合物を更に含有させた制電層と、耐アルコール性を有する樹脂からなる接着層とを、この順序で積層して成る転写フィルムを用いて、この転写フィルムの接着層と制電層を樹脂基材の少なくとも片面に転写し、その転写圧によって接着層の耐アルコール性を有する樹脂を制電層に浸透、混入させることを特徴とする制電性積層体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−210766(P2012−210766A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−77855(P2011−77855)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000108719)タキロン株式会社 (421)
【Fターム(参考)】