説明

刺激応答性開閉部材、開閉機構、および流路デバイス

【課題】 本発明は、用途に応じた実用的な流量の流体輸送を精密に制御することが可能であって、強度や安定性を備え、電源や配線の不要な自律駆動型の刺激応答性開閉部材、開閉機構、および流路デバイスを提供することを目的とするものである。
【解決手段】 シート状の可撓性材料に放射状のスリットを設け、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域に刺激応答性高分子ゲルを固定化して開閉部材を形成し、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域の前記シート状の可撓性部材を、刺激に応じて可逆的に屈曲させて、前記スリットを略円状または多角形状に開口させることにより、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、刺激応答性高分子ゲルの体積相転移を利用して駆動する刺激応答性開閉部材、開閉機構、および流路デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
現在広く実用化されているアクチュエータとしては、電気駆動による電磁モータや圧電素子、流体圧駆動による油圧アクチュエータや空気アクチュエータが、主だったものである。
一方、医療分野やマイクロデバイスの分野においては、小型のアクチュエータの必要性が高くなっている。このような用途においては、生体が有する筋肉のようなアクチュエータが有用であり、高分子材料をアクチュエータとして応用する研究開発が行われている。
高分子材料の特性を利用したアクチュエータは、小型軽量であること、柔軟性に富むこと、動作音がないことなどの特徴を有しており、その代表例として、導電性高分子アクチュエータや高分子ゲルアクチュエータがある。
【0003】
上述のような導電性高分子アクチュエータは、導電性高分子に電圧又は電流を印加することによって導電性高分子が伸縮し、これを駆動力とするものである(例えば、特許文献1)。
一方、高分子ゲルアクチュエータは、温度やイオン濃度などの外部刺激に応じて高分子ゲルが体積変化する特性を駆動に利用するものであり、例えば、高分子ゲルをマイクロ流路デバイスの管壁に密着形成し、温度変化に応じて体積変化させて流路を塞ぐことで流量制御する送液システムが提案されている(例えば、特許文献2)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4625545号公報
【特許文献2】特許第4625959号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、上述のような導電性高分子アクチュエータは、電圧又は電流を印加することによって駆動するため、電源や配線を必要とし、その構成は複雑となる。それゆえ、限られたスペースでの駆動が必要な用途や、電源等から独立して使われる自律駆動型のアクチュエータが求められる用途などには不向きである。
【0006】
一方、上述のような刺激応答性の高分子ゲルを利用するアクチュエータであれば、電源や配線を必要とせず、自律駆動型のアクチュエータとすることができる。
【0007】
しかしながら、高分子ゲルは、本来脆弱な物質であり、刺激応答性の高分子ゲル自体をアクチュエータとする場合(例えば、上述のように、刺激応答性の高分子ゲル自体で流路の開閉を行う場合)には、アクチュエータとしての物理的強度や化学的安定性に欠ける恐れがある。
【0008】
また、流路を塞ぐためには、管の内径に応じた大きさの高分子ゲルが必要となり、さらに、高分子ゲル自体が流体の圧力に対抗する部材であるため、流れ方向にも対抗力を有する大きさにする必要がある。
しかしながら、刺激応答性高分子ゲルの刺激に応じた体積変化速度は、高分子ゲルの大きさが増すほど遅くなる(例えば、球形のゲルであれば、ゲルの膨潤緩和時間はゲルの最終半径の2乗に反比例して長くなる)ため、高分子ゲル自体で流路の開閉を行う場合には、その大きさに応じて開閉部材としての駆動速度は遅くなり、精密な流量制御は困難になる。
それゆえ、実用的な流量、すなわち、用途に応じたある程度の大きさの流量を、精密に応答性良く制御する手法が望まれている。
【0009】
また、医療分野や精密分析の分野によっては、所定量の反応液を、多数の流路で制御するような要望もある。この場合、流量に応じて多種の細管を設けるとなるとその構成は複雑になり、流路デバイスとしてはコストもかかり、設計や製造も困難になる。
【0010】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、用途に応じた実用的な流量の流体輸送を精密に制御することが可能であって、強度や安定性を備え、電源や配線の不要な自律駆動型の刺激応答性開閉部材、開閉機構、および流路デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、種々研究した結果、シート状の可撓性材料に放射状のスリットを設け、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域に刺激応答性高分子ゲルを固定化し、刺激に応じて、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域の前記シート状の可撓性部材を可逆的に屈曲させて、前記スリットを、平面視上、略円状または多角形状に開口させることで、上記課題を解決できることを見出して本発明を完成したものである。
【0012】
すなわち、本発明の請求項1に係る発明は、1又は2以上のスリットが設けられたシート状の可撓性材料の少なくとも片面に、刺激応答性高分子ゲルが固定化されている開閉部材であって、前記スリットは、1点から放射状に延びた線群からなり、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域に、前記刺激応答性高分子ゲルが固定化されていることを特徴とする刺激応答性開閉部材である。
【0013】
また、本発明の請求項2に係る発明は、前記スリットが、六角形の対角線を構成する線群からなることを特徴とする請求項1に記載の刺激応答性開閉部材である。
【0014】
また、本発明の請求項3に係る発明は、前記刺激応答性高分子ゲルが、温度応答性高分子ゲルであることを特徴とする請求項1〜2のいずれかに記載の刺激応答性開閉部材である。
【0015】
また、本発明の請求項4に係る発明は、前記温度応答性高分子ゲルが、架橋されたアクリルアミド系ポリマーのゲルであることを特徴とする請求項3に記載の刺激応答性開閉部材である。
【0016】
また、本発明の請求項5に係る発明は、前記架橋されたアクリルアミド系ポリマーが、ポリN−イソプロピルアクリルアミドであることを特徴とする請求項4に記載の刺激応答性開閉部材である。
【0017】
また、本発明の請求項6に係る発明は、請求項1〜5のいずれかに記載の刺激応答性開閉部材を備えた開閉機構であって、前記刺激応答性高分子ゲルが、刺激に応じて水溶液中で可逆的に収縮することにより、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域の前記シート状の可撓性部材を可逆的に屈曲させて、前記スリットを、平面視上、略円状または多角形状に開口し、前記刺激応答性高分子ゲルが、刺激に応じて水溶液中で可逆的に膨潤することにより、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域の前記シート状の可撓性部材を可逆的に屈曲させて、前記スリットを1点に閉口することを特徴とする開閉機構である。
【0018】
また、本発明の請求項7に係る発明は、請求項1〜5のいずれかに記載の刺激応答性開閉部材を備えた流路デバイスであって、流路として1又は2以上の細管を有しており、前記の各細管に応じて備えられる前記刺激応答性開閉部材が、同数又は異なる数の前記スリットを有していることを特徴とする流路デバイスである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、刺激応答性高分子ゲルの体積相転移を利用して、シート状の可撓性材料に設けられた放射状のスリットを、平面視上、略円状または多角形状に開口させることや、1点に閉口させたりすることができるため、電源や配線の不要な自律駆動型の開閉部材、開閉機構、および流路デバイスを提供することができる。
【0020】
また、本発明の開閉部材は、シート状の可撓性材料で流体を封じることができるため、この可撓性材料に強度や耐薬品性のある各種の合成樹脂フィルムを用いることにより、高分子ゲル自体が開閉部材である場合に比べて、物理的強度や化学的安定性に優れるという効果がある。
【0021】
また、本発明の開閉部材の開閉駆動には、シート状の可撓性材料の表面と共有結合する刺激応答性高分子ゲルの表面近傍の収縮又は膨潤が寄与するため、高分子ゲルには一定の平面積が求められても、その厚みは薄くすることができる。
そして、本発明の開閉部材は、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域が、刺激に応じて上方向または下方向に屈曲することで、前記スリットを、平面視上、略円状または多角形状に開口することができるため、使用する高分子ゲルの体積を小さく抑えた状態でありながら、大きな開口を生じさせることができる。
それゆえ、塊状の高分子ゲルを用いる場合よりも開閉の駆動速度を向上させることができ、実用的な流量、すなわち、用途に応じたある程度の大きさの流量を、精密に応答性良く制御することが可能である。
【0022】
また、本発明においては、1つの開閉部材に複数の放射状スリットを設けることができるため、流路を構成する多数の細管の径が同一であっても、異なる流量で精密に制御して流体輸送することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係る刺激応答性開閉部材の一例を説明する図であり、(a)は概略平面図であり、(b)は(a)におけるA−A断面図であり、(c)は開口状態の断面図である。
【図2】本発明に係る刺激応答性開閉部材の他の例を説明する図であり、(a)は概略平面図であり、(b)は(a)におけるB−B断面図であり、(c)は開口状態の断面図である。
【図3】本発明に係る刺激応答性開閉部材を備えた流路デバイスの例を説明する図であり、(a)は要部の斜視図であり、(b)は断面図である。
【図4】本発明に係る刺激応答性開閉部材の製造方法の一例を示す模式的工程図である。
【図5】従来の刺激応答性開閉部材を備えた流路デバイスを説明する図であり、(a)は要部の斜視図であり、(b)は断面図である。
【図6】従来の屈曲開閉部材を備えた流路デバイスを説明する図であり、(a)は要部の斜視図であり、(b)は断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の刺激応答性開閉部材、開閉機構、および流路デバイスについて詳細に説明する。
【0025】
まず、本発明の刺激応答性開閉部材および開閉機構の一例について説明する。
図1は、本発明に係る刺激応答性開閉部材の一例を説明する図であり、(a)は概略平面図であり、(b)は(a)におけるA−A断面図であり、(c)は開口状態の断面図である。
図1(a)、(b)に示すように、本発明に係る刺激応答性開閉部材は、1又は2以上のスリットが設けられたシート状の可撓性材料の少なくとも片面に、刺激応答性高分子ゲルが固定化されている開閉部材であって、前記スリットは、1点から放射状に延びた線群からなり、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域に、前記刺激応答性高分子ゲルが固定化されていることを特徴とする。
【0026】
そして、例えば図1(c)に示すように、上述の刺激応答性開閉部材に特定の刺激を与えると、刺激応答性高分子ゲルは刺激に応じて収縮し、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域の前記シート状の可撓性部材を可逆的に屈曲させて、平面視上、放射状のスリットを、略円状または多角形状に開口することになる。
【0027】
なお、上述の「スリットによって上下方向に屈曲する領域」とは、スリットによって形成される片持ち梁状となる領域のことであり、図1(a)においては、円状の刺激応答性開閉部材4を略6等分にした略V字状(扇状)の領域が相当する。
【0028】
上述の刺激応答性高分子ゲルの収縮は、可逆的な体積変化であり、刺激を取り去ることで、また元の大きさに膨潤する。つまり、刺激が無くなると、上述のように、開口したスリットは、また1点に閉じることになる。
それゆえ、上述のような刺激応答性開閉部材を備えた開閉機構であれば、電源や配線の不要な自律駆動型の開閉機構とすることができる。
【0029】
また、本発明の開閉部材は、シート状の可撓性材料で流体を封じることができるため、この可撓性材料に強度や耐薬品性のある各種の合成樹脂フィルムを用いることにより、高分子ゲル自体が開閉部材である場合に比べて、物理的強度や化学的安定性に優れるという効果がある。
【0030】
また、本発明の開閉部材の開閉駆動には、シート状の可撓性材料の表面と共有結合する刺激応答性高分子ゲルの表面近傍の収縮又は膨潤が寄与するため、高分子ゲルには平面積が求められても、その厚みは薄くすることができる。
そして、本発明の開閉部材は、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域が、刺激に応じて上方向または下方向に屈曲することで、前記スリットを、平面視上、略円状または多角形状に開口することができるため、使用する高分子ゲルの体積を小さく抑えた状態でありながら、大きな開口を生じさせることができる。
それゆえ、塊状の高分子ゲルを用いる場合よりも開閉の駆動速度を向上させることができ、実用的な流量、すなわち、用途に応じたある程度の大きさの流量を、精密に応答性良く制御することが可能である。
【0031】
また、本発明においては、1つの開閉部材に複数の放射状スリットを設けることができるため、流路を構成する多数の細管の径が同一であっても、異なる流量で精密に制御して流体輸送することが可能である。
【0032】
ここで、本発明の開閉部材の有する優れた制御性、すなわち、流体輸送を精密に制御する性能について、本発明に係る刺激応答性開閉部材を備えた流路デバイスの例を用いて説明する。
図3は、本発明に係る刺激応答性開閉部材を備えた流路デバイスの例を説明する図であり、(a)は要部の斜視図であり、(b)は断面図である。
本発明に係る流路デバイスは、流路として1又は2以上の細管を有しており、前記の各細管に応じて備えられる前記刺激応答性開閉部材が、同数又は異なる数のスリットを有している。
【0033】
例えば、図3(a)、(b)に示すように、本発明に係る流路デバイス10において、細管11aには3つの放射状スリットが設けられた本発明の刺激応答性開閉部材1aが備えられており、細管11bには2つの放射状スリットが設けられた本発明の刺激応答性開閉部材1bが備えられており、細管11cには1つの放射状スリットが設けられた本発明の刺激応答性開閉部材1cが備えられている。
【0034】
このような構成を有しているため、本発明の流路デバイスにおいては、例え、細管11a、11b、11cが同じ径であっても、各細管に応じて備えられる刺激応答性開閉部材1a、1b、1cが、異なる数の放射状スリットを有しているため、各細管を流れる流体P、Q、Rの流量を異なる量に制御することができる。
それゆえ、本発明の流路デバイスにおいては、多数の細管を用いて流量制御する必要がある場合でも、各細管の径を統一することができ、流路デバイスの設計、ならびに製造を容易にすることができる。
【0035】
一方、従来の、刺激応答性高分子ゲルを流路デバイスの管壁に密着形成し、刺激応答性高分子ゲル自体で流路の開閉を行う方式の場合は、例えば、図5(a)、(b)に示すように、流体P、Q、Rの流量を異なる量に制御するためには、刺激応答性高分子ゲルの大きさ、すなわち、刺激応答性開閉部材101a、101b、101cの大きさを流量に応じて変更する必要があり、また、この大きさ変更に伴って、各細管111a、111b、111cも各々異なる径にする必要がある。
それゆえ、流量に応じて多種の細管を設けるとなるとその構成は複雑になり、流路デバイスとしてはコストもかかり、設計や製造も困難になる。
【0036】
ここで、本発明においては、刺激応答性開閉部材1a、1b、1cの有する各放射状スリットは異なる大きさであっても良い。
しかしながら、刺激応答性開閉部材1a、1b、1cに設ける各放射状スリットを同じ大きさを同じにしておけば、放射状スリットの数で流体P、Q、Rの流量を制御することができ、さらには、各放射状スリットに固定化する刺激応答性高分子ゲルも各スリットで同じ条件にしておけば、各放射状スリットの開閉の応答速度は同じになり、均一かつ応答性の高い流量制御を行うことができる。
そして、本発明の刺激応答性開閉部材においては、スリットおよび固定化する刺激応答性高分子ゲルを、シート状の可撓性材料に、同一条件で複数形成することは容易である。
【0037】
一方、従来の、刺激応答性高分子ゲル自体で流路の開閉を行う方式の場合は、例えば、図5(a)、(b)に示すように、流量に応じて刺激応答性高分子ゲルの大きさ、すなわち刺激応答性開閉部材101a、101b、101cの大きさを変更する必要があるが、刺激応答性高分子ゲルの刺激に応じた体積変化速度は、高分子ゲルの大きさに依存するため、刺激応答性高分子ゲルの大きさを変更してしまうと、各開閉部材101a、101b、101cの応答速度は異なってしまい、均一かつ応答性の高い流量制御を行うことは困難になる。
【0038】
次に、従来の屈曲開閉部材を備えた流路デバイスと比べた場合の、本発明の優位性について説明する。
図6は、従来の屈曲開閉部材を備えた流路デバイスを説明する図であり、(a)は要部の斜視図であり、(b)は断面図である。
図6(a)、(b)に示す流路デバイス120の開閉部材は、屈曲駆動する部材からなり、屈曲駆動する部材の平面部(腹部)で細管を塞ぐことで、流体の流れを封じている。
上述のような、開閉部材としては、例えば、熱膨張率の異なる2種の金属からなるバイメタルなどが挙げられる。
しかしながら、上述のような屈曲駆動する部材の平面部(腹部)で細管を塞ぐ方式で、流体P、Q、Rの流量を異なる量に制御する場合は、例えば、図6(a)、(b)に示すように、少なくとも、流体の流れに対して開閉部材(102a、102b、102c)よりも前に設けられる細管(121a、121b、121c)は、流量に応じて各々異なる径にする必要がある。
そして、流量に応じて多種の細管を設けるとなると、その構成は複雑になり、流路デバイスとしてはコストもかかり、設計や製造も困難になる。
また、屈曲駆動する部材の平面部の面積は、必然的に各細管の断面より大きい面積を要することになるため、このような開閉部材を備える開閉機構を小型に構成することも困難になる。
【0039】
また、上述のような屈曲開閉部材を用いて、図6のように、屈曲駆動する部材の平面部(腹部)で細管を塞ぐ方式ではなく、屈曲駆動する部材の端部で流体を封じる方式も考えられるが、屈曲駆動する部材の端部で流体を封じる方式であれば、上述のようなコの字状の片持ち梁1つが開閉する形態よりも、図1に示す本発明の開閉部材のように、V字状の片持ち梁6つが、平面視上、略円状または多角形状に開口する形態のほうが、大きな開口とすることができ、かつ、片持ち梁1つ分の大きさを小さくできることから、開閉部材を備える開閉機構を小型化することができる。特に、屈曲する方向(例えば、本発明におけるシート状の可撓性材料に対して上下方向)のスペースを小型にできる。
【0040】
次に、本発明に係る刺激応答性開閉部材の他の例を説明する。
図2は、本発明に係る刺激応答性開閉部材の他の例を説明する図であり、(a)は概略平面図であり、(b)は(a)におけるB−B断面図であり、(c)は開口状態の断面図である。
本発明に係る刺激応答性高分子ゲルは、シート状の可撓性材料の1方の面のみならず、もう1方の面にも設けられていても良い。例えば、図2に示すように、隣接する略V字状(扇状)の片持ち梁領域毎に、シート状の可撓性材料の表と裏に交互に刺激応答性高分子ゲルが固定化されていてもよい。
【0041】
次に、本発明の刺激応答性開閉部材を構成する材料について説明する。
【0042】
[刺激応答性高分子ゲル]
本発明に係る刺激応答性高分子ゲルについては、特定の外部刺激(例えば、温度、pH、イオン濃度、光、電場、磁場、抗原など)によって、体積変化する各種の刺激応答性高分子ゲルを用いることができる。
例えば、温度応答性高分子ゲルとしては、ポリN−イソプロピルアクリルアミド、ポリN−イソプロピルメタクリルアミド、ポリN,N−ジエチルアクリルアミドの各架橋物、アルキル置換アクリルアミドとアクリル酸の共重合体の架橋物などが挙げられる。
また、pH応答性高分子ゲルとしては、(メタ)アクリルアミドと(メタ)アクリル酸の共重合体の架橋物や、ポリアクリルアミドアルキルスルホン酸の架橋物などが挙げられる。
また、光応答性高分子ゲルとしては、スピロベンゾピラン誘導体と(メタ)アクリルアミドとの共重合体の架橋物が挙げられる。
【0043】
上述の中で、代表的な温度応答性高分子であるポリN−イソプロピルアクリルアミドは、32℃付近に下限臨界相溶温度(lower critical solution temperature、LCST)を有しており、そのヒドロゲルは、LCST以下の温度では水溶液中で膨潤した状態であり、LCST以上の温度では脱水和を起こして収縮するという特性をもっている。
この膨潤、収縮の体積変化は、体積相転移現象と呼ばれており、LCSTを境にした急激な変化であって可逆的なものである。
それゆえ、本発明に係る刺激応答性高分子ゲルに、上述のポリN−イソプロピルアクリルアミドゲルを用いれば、温度に対して優れた応答性を有する開閉部材を得ることができる。
【0044】
本発明においては、上述のような刺激応答性高分子ゲルがシート状の可撓性材料の表面に固定化されている。ここで、固定化とは、刺激応答性高分子ゲルと可撓性材料の表面間に共有結合が形成されている状態を指す。
このような状態は、例えば、刺激応答性高分子ゲルを構成する単量体、架橋剤、および必要に応じた重合開始剤を含む溶液を用いて、シート状の可撓性材料の表面で高分子ゲルを重合することにより得ることができる。
【0045】
[可撓性材料]
シート状の可撓性材料としては、例えば、合成樹脂フィルム、金属、ガラス、紙、若しくは、これらの複合材など各種が挙げられるが、中でも合成樹脂フィルムが、可撓性、成形性、強度、化学的安定性、経済性などの点から好ましい。合成樹脂フィルムとしては、例えば、2軸延伸ポリプロピレン(OPP)フィルムや、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムなどを好適に用いることができる。
【0046】
シート状の可撓性材料の表面には、刺激応答性高分子ゲルの固定化を促進するための表面処理が施されていてもよい。例えば、上述の合成樹脂フィルムの表面に、アルゴンガス等を用いたプラズマ処理が施されていることが好ましい。
また、上述の合成樹脂フィルムの表面に、SiO2の蒸着膜を形成し、シランカップリング剤を用いた表面処理を施して、刺激応答性高分子ゲルとの共有結合を促進する方法を用いても良い。
【0047】
シート状の可撓性材料の厚さは、上述のような構成で、刺激応答性高分子ゲルの体積変化に応じて、放射状スリットが開口可能な厚さであれば用いることができる。本発明においては、例えば、厚さ12μmのPETフィルムおよびSiO2蒸着PETフィルム、厚さ18μmのOPPフィルムを用いて、全長15mmの放射状スリットの開閉を確認できた。
【0048】
[刺激応答性開閉部材の製造方法]
次に、本発明の刺激応答性開閉部材の製造方法について説明する。なお、本発明の刺激応答性開閉部材の製造方法は、上述した構成を有する刺激応答性開閉部材を得ることができる方法であれば特に限定されるものではない。
図4は、本発明に係る刺激応答性開閉部材の製造方法の一例を示す模式的工程図である。
まず、図4(a)に示すように、底部材6a、蓋部材6b、壁部材7からなる重合用テンプレートを準備し、底部材6aの上に、シート状の可撓性材料2を置き、その上の所定の位置に壁部材7を配し、壁部材7で囲まれた可撓性材料2の上に、刺激応答性高分子ゲルを構成する単量体、架橋剤、および重合開始剤を含むプレゲル溶液を注入し、その上を剥離用フィルム8で覆い、さらにその上に蓋部材6bを載せて、所定の重合反応を開始させる(図4(b))。
その後、底部材6a、蓋部材6b、壁部材7、および剥離用フィルム8を除き(図4(c))、シート状の可撓性材料2および刺激応答性高分子ゲル4の所定の位置にスリット3を形成することで、シート状の可撓性材料2の所定の領域に刺激応答性高分子ゲル4が固定化された本発明の刺激応答性開閉部材1を得る(図4(d))。
【0049】
なお、上述の製造方法においては、図1に示す形態の刺激応答性開閉部材の製造方法について説明したが、図2に示す形態の刺激応答性開閉部材についても、同様に製造することができる。
【0050】
以上説明したように、本発明によれば、刺激応答性高分子ゲルの体積相転移を利用して、シート状の可撓性材料に設けられた放射状のスリットを、平面視上、略円状または多角形状に開口させることや、1点に閉口させたりすることができるため、電源や配線の不要な自律駆動型の開閉部材および開閉機構を提供することができる。
【0051】
また、本発明の開閉部材は、シート状の可撓性材料で流体を封じることができるため、この可撓性材料に強度や耐薬品性のある各種の合成樹脂フィルムを用いることにより、高分子ゲル自体が開閉部材である場合に比べて、物理的強度や化学的安定性に優れるという効果がある。
【0052】
また、本発明の開閉部材の開閉駆動には、シート状の可撓性材料の表面と共有結合する刺激応答性高分子ゲルの表面近傍の収縮又は膨潤が寄与するため、高分子ゲルには一定の平面積が求められても、その厚みは薄くすることができる。
そして、本発明の開閉部材は、前記スリットによって上下方向に屈曲する領域が、刺激に応じて上方向または下方向に屈曲することで、前記スリットを、平面視上、略円状または多角形状に開口することができるため、使用する高分子ゲルの体積を小さく抑えた状態でありながら、大きな開口を生じさせることができる。
それゆえ、塊状の高分子ゲルを用いる場合よりも開閉の駆動速度を向上させることができ、実用的な流量、すなわち、用途に応じたある程度の大きさの流量を、精密に応答性良く制御することが可能である。
【0053】
また、本発明においては、1つの開閉部材に複数の放射状スリットを設けることができるため、流路を構成する多数の細管の径が同一であっても、異なる流量で精密に制御して流体輸送することが可能である。
【0054】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と、実質的に同一の構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなる場合であっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0055】
以下、実施例を用いて、本発明をさらに具体的に説明する。
【0056】
(実施例1)
[プレゲル溶液の調製]
刺激応答性高分子ゲルを構成する単量体としてN−イソプロピルアクリルアミド(株式会社興人製)を97重量部、架橋剤としてN,N´−メチレンビスアクリルアミド(和光純薬工業株式会社製)を3重量部、開始剤として2,2´−アゾビス(イソブチロニトリル)(和光純薬工業株式会社製)を2重量部、メタノール(関東化学株式会社製)を496重量部混合してプレゲル溶液を調製した。
【0057】
[シート状の可撓性材料の表面処理]
エタノール(関東化学株式会社製)を95重量部、純水を5重量部、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業株式会社製)を2重量部、酢酸(関東化学株式会社製)を0.2重量部混合し、シランカップリング溶液を調製した。このシランカップリング溶液に12μm厚のSiO2蒸着PETフィルム(三菱樹脂製テックバリア(登録商標))を2時間浸漬させ、エタノールで洗浄後に120℃で5時間加熱してシランカップリング処理を完了させた。
【0058】
[刺激応答性高分子ゲルの固定化]
重合用テンプレートの底部材および蓋部材として、幅76mm×奥行き52mm×厚さ1mmのスライドガラスを準備し、壁部材として、幅76mm×奥行き52mm×厚さ1mmのシリコンゴムシートを準備し、プレゲル溶液注入用の空間として、直径15mm、深さ1mmの円柱状の空間を1個形成した。
まず、上記のスライドガラスの上に、幅76mm×奥行き52mmの上記シランカップリング処理を施した12μm厚のSiO2蒸着PETフィルムを乗せ、次いで、上記の空間を形成したシリコンゴムシートを乗せ、調製したプレゲル溶液を上記シリコンゴムシートに形成した空間に注入し、その上に、剥離用フィルムとして、何も処理を施していない幅76mm×奥行き52mmのPETフィルムを乗せ、最後に、蓋部材として、上記スライドガラスを被せた。
次に、上記プレゲル溶液を注入した重合用テンプレートを60℃で24時間加熱して、ポリN−イソプロピルアクリルアミドゲルを形成し、かつ、ポリN−イソプロピルアクリルアミドゲルをSiO2蒸着PETフィルム上に固定化させた。
その後、重合用テンプレートからポリN−イソプロピルアクリルアミドゲルが固定化されたSiO2蒸着PETフィルムを剥離し、純水で十分に洗浄した。
【0059】
[スリットの形成]
上記ポリN−イソプロピルアクリルアミドゲルが固定化されたSiO2蒸着PETフィルムに、六角形の対角線を構成する線群となるように、長さ15mmの放射状スリットを形成し、本発明に係る開閉部材を得た。
なお、上述のスリット形成により、固定化されたポリN−イソプロピルアクリルアミドゲルも、直径15mm、厚さ1mmの円柱を略6等分にされたV字状の片持ち梁の形状になっている。
【0060】
[開閉試験]
上記の本発明に係る開閉部材を純水中に置き、SiO2蒸着PETフィルムの外周部を固定し、水温を25℃から40℃の範囲で変化させて、放射状スリットの開閉を顕微鏡により観測した。
上記試験を5回繰り返した結果、5回とも温度変化に応じて放射状スリットが開閉することを確認した。放射状スリットの開口形状は、平面視上、略六角形状であり、その開口面積は、直径15mmの円の約半分であった。
【0061】
(実施例2)
シート状の可撓性材料として、12μm厚のPETフィルム(東洋紡績製E5202)を用い、表面処理として、イオンスパッタ装置E−1045(株式会社日立製作所)を用いて、真空度8.2Pa、25℃において15 mAで60秒間フィルムの表面にアルゴンプラズマを照射したこと以外は、実施例1と同様にして、本発明に係る開閉部材を得た。
【0062】
[開閉試験]
上記の本発明に係る開閉部材を純水中に置き、PETフィルムの外周部を固定し、水温を25℃から40℃の範囲で変化させて、放射状スリットの開閉を顕微鏡により観測した。
上記試験を5回繰り返した結果、5回とも温度変化に応じて放射状スリットが開閉することを確認した。放射状スリットの開口形状は、平面視上、略六角形状であり、その開口面積は、直径15mmの円の約半分であった。
【0063】
(実施例3)
シート状の可撓性材料として、18μm厚のOPPフィルム(三井化学東セロ製U−1)を用い、表面処理として、イオンスパッタ装置E−1045(株式会社日立製作所)を用いて、真空度8.2Pa、25℃において15 mAで60秒間フィルムの表面にアルゴンプラズマを照射したこと以外は、実施例1と同様にして、本発明に係る開閉部材を得た。
【0064】
[開閉試験]
上記の本発明に係る開閉部材を純水中に置き、OPPフィルムの外周部を固定し、水温を25℃から40℃の範囲で変化させて、放射状スリットの開閉を顕微鏡により観測した。
上記試験を5回繰り返した結果、5回とも温度変化に応じて放射状スリットが開閉することを確認した。放射状スリットの開口形状は、平面視上、略六角形状であり、その開口面積は、直径15mmの円の約半分であった。
【符号の説明】
【0065】
1、1a、1b、1c・・・開閉部材
2・・・可撓性材料
3・・・スリット
4a・・単量体
4・・・刺激応答性高分子ゲル
5・・・開口
6a・・・底部材
6b・・・蓋部材
7・・・壁部材
8・・・剥離用フィルム
10・・・流路デバイス
11a、11b、11c・・・細管
101a、101b、101c・・・開閉部材
110・・・流路デバイス
111a、111b、111c・・・細管
102a、102b、102c・・・開閉部材
120・・・流路デバイス
121a、121b、121c・・・細管
P、Q、R・・・流体


【特許請求の範囲】
【請求項1】
1又は2以上のスリットが設けられたシート状の可撓性材料の少なくとも片面に、刺激応答性高分子ゲルが固定化されている開閉部材であって、
前記スリットは、
1点から放射状に延びた線群からなり、
前記スリットによって上下方向に屈曲する領域に、
前記刺激応答性高分子ゲルが固定化されていることを特徴とする刺激応答性開閉部材。
【請求項2】
前記スリットが、六角形の対角線を構成する線群からなることを特徴とする請求項1に記載の刺激応答性開閉部材。
【請求項3】
前記刺激応答性高分子ゲルが、温度応答性高分子ゲルであることを特徴とする請求項1〜2のいずれかに記載の刺激応答性開閉部材。
【請求項4】
前記温度応答性高分子ゲルが、架橋されたアクリルアミド系ポリマーのゲルであることを特徴とする請求項3に記載の刺激応答性開閉部材。
【請求項5】
前記架橋されたアクリルアミド系ポリマーが、ポリN−イソプロピルアクリルアミドであることを特徴とする請求項4に記載の刺激応答性開閉部材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の刺激応答性開閉部材を備えた開閉機構であって、
前記刺激応答性高分子ゲルが、
刺激に応じて水溶液中で可逆的に収縮することにより、
前記スリットによって上下方向に屈曲する領域の前記シート状の可撓性部材を可逆的に屈曲させて、
前記スリットを、平面視上、略円状または多角形状に開口し、
前記刺激応答性高分子ゲルが、
刺激に応じて水溶液中で可逆的に膨潤することにより、
前記スリットによって上下方向に屈曲する領域の前記シート状の可撓性部材を可逆的に屈曲させて、
前記スリットを1点に閉口することを特徴とする開閉機構。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の刺激応答性開閉部材を備えた流路デバイスであって、流路として1又は2以上の細管を有しており、前記の各細管に応じて備えられる前記刺激応答性開閉部材が、同数又は異なる数の前記スリットを有していることを特徴とする流路デバイス。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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