説明

刺激性評価方法

【課題】 動物の組織や器官等を用いることなく、定量的に眼刺激性強度を評価することが可能なドレイズ代替法を提供する。
【解決手段】 リポソームを含む試験溶液に被験物質を加え、リポソームの大きさの変化に基づいて、被験物質の刺激性を評価する。より具体的には、リポソームの表面積の縮小スピードを画像解析により算出し、被験物質の刺激性を評価する。用いるリポソームの初期の直径は、1μm以上であることが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験物質の眼等に対する刺激性を定量的に評価することが可能で、ドレイズ眼刺激性試験の代替法となり得る新規な刺激性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化粧品や食品に含まれる界面活性剤の刺激性を評価する手法として、動物実験(ドレイズ試験)が知られている。ドレイズ試験(Draize Test)は、1944年にジョン・ドレイズ(John H. Draize)らによって考案された急性毒性試験であり、ドレイズ眼刺激性試験とドレイズ皮膚刺激性試験に分類される。
【0003】
ドレイズ眼刺激性試験法は、ウサギの眼瞼へ被験物質を点眼し、角膜、虹彩、結膜の3つの部位に対する反応を判定基準に従って経時的に肉眼判定した結果を評価する試験法であり、特に化粧品に含有する界面活性剤の刺激性評価に多用されている。判定は、角膜80点、虹彩10点、結膜20点、合計110点で評価され、観察期間内で得られた最大評価点を用いて評価する「Kay and Calandra」の刺激区分は、病理組織学的な変化とよく相関するとされている。
【0004】
しかしながら、前記ドレイズ試験は、動物実験故の欠点も多数存在する。例えば、ドレイズ試験を行った各施設間において、同一試験物質の評価結果に著しい差異が生じたことが報告されている。この研究によって示された差異は、生育環境・試験環境の違いによって生じたウサギの個体差、刺激応答性の変化に起因していると考えられる。また、刺激応答性を視覚で判断することにより評価体系に主観的要素が含まれ、最終的に各研究施設間で差異が生じたものと考えられる。
【0005】
また、動物愛護の観点からも問題が多い。特に、ドレイズ眼刺激性試験法は、意識のある状態で拘束したウサギの眼に対し、被験物質を直接点眼することから、残酷な印象を与えるものとして動物愛護団体から強い批判を受けている。
【0006】
さらに、誤評価や低信頼性の問題もある。例えば、強刺激性物質を低刺激性物質として誤認する確率は10.3%〜38.7%、低刺激性物質を非刺激性物質と誤認する確率は3.5%〜5.5%であるとの調査報告があり、ドレイズ試験で低刺激性物質あるいは非刺激性物質と評価された物質の扱いには注意が必要である。実際、例えば化粧品開発の現場においては、ドレイズ試験による評価の後、直接、人の眼を用いて界面活性剤の刺激性を評価しているのが実情である。
【0007】
このような状況から、経済協力開発機構(OECD)においては、ドレイズ代替法として、ウシ角膜摘出試験法と単離ニワトリ眼球試験法が認可されている。しかしながら、これらの方法のいずれもが動物の組織、器官を用いた試験法であり、動物実験代替法とはなり得ない。
【0008】
そこで、動物の組織や器官等を用いない動物実験代替法についての研究も進められており、脂質二重膜小胞体であるリポソームを用いた眼刺激判定方法も提案されている(特許文献1を参照)。
【0009】
特許文献1記載の眼刺激判定方法では、マーカーを内包するリポソームからなる眼刺激判定試薬を用い、このマーカーを内包するリポソームと被験物質とを作用させ、リポソームに内包されるマーカーの漏出やリポソームの膜配向性変化の度合から、被験物質の眼刺激性を評価している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特公平7−1266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1に記載される方法では、眼刺激性強度を定量的に評価することは難しく、ドレイズ試験のような段階的な評価は難しい。また、特許文献1では、リポソーム中のマーカーが50%漏洩された時の活性剤濃度に基づいて眼刺激性強度を判定しているが、マーカーが50%漏洩した時点を見極めることは難しく、誤評価や測定者による個人差が出やすいという問題もある。
【0012】
本発明は、前述の従来の実情に鑑みて提案されたものであり、動物の組織や器官等を用いることなく、定量的に眼刺激性強度を評価することが可能で、ドレイズ代替法となり得る新規な刺激性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
リポソームに界面活性剤等の被験物質を加えると、いわゆる膜ダイナミクスが観察される。本発明者らは、膜変形、表面積変化、体積変化の定量的解析するとともに、被験物質により引き起こされる膜ダイナミクスの作用メカニズムを解明し、本発明を案出するに至った。
【0014】
すなわち、本発明の刺激性評価方法は、リポソームを含む試験溶液に被験物質を加え、前記リポソームの大きさの変化に基づいて、前記被験物質の刺激性を評価することを特徴とする。
【0015】
本発明の刺激性評価方法は、脂質二重膜小胞体であるリポソームの膜ダイナミクスを観察することで行われ、動物の組織や器官等を用いる必要がないので、動物実験の欠点(動物の個体差による問題や動物愛護の観点での問題、誤評価や低信頼性の問題)が解消される。また、本発明において、リポソームの膜ダイナミクス(大きさの変化)は、例えば画像解析により定量化され、誤評価や測定者の個人差等の問題も解消される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ドレイズ代替法となり得る、あるいはドレイズ試験よりも精度の高い的確な評価が可能な刺激性評価方法を提供することが可能である。また、リポソームの作製に用いる脂質は非常に安価であることから、低コスト化が可能な刺激性評価方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】巨大リポソームの作製方法を模式的に示すものであり、(a)は液滴導入状態を示す模式図、(b)は液滴が油水界面に到達した状態を示す模式図、(c)は液滴の水性溶液相への移行状態(リポソームの形成状態)を示す模式図である。
【図2】実施例で使用した観察チャンバーの構成を示す図であり、(a)は分解状態を示す図、(b)は組み立て状態を示す図である。
【図3】リポソームのサイズが小さくなる様子を示す顕微鏡写真である。
【図4】リポソームの表面積と観察時間の関係を示す図である。
【図5】ドレイズスコアとリポソーム刺激性評価値の関係の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を適用した刺激性評価方法の実施形態について、詳細に説明する。
【0019】
生体膜は、細胞内外を脂質2分子膜で隔て閉鎖系を構築することにより、細胞外物質の取り込みや細胞内物質の排出を制御している。生体膜を構成する主成分は、親水基と疎水基を持つ両親媒性分子のリン脂質である。リン脂質は、水溶液中で自己集合し、ミセルや2分子膜小胞(リポソーム)を自発的に形成する。リポソームは、生体膜と類似の構造と組成を有し、リポソームの中でも直径10μm程度のリポソームは、巨大リポソームと呼ばれる。
【0020】
本発明では、生体膜と類似した組成・構造・曲率を有する巨大リポソームの膜ダイナミクスを利用し、被験物質の刺激性を評価する。
【0021】
使用するリポソームは、細胞に近い大きさであることが好ましく、その曲率がなるべく大きいことが好ましい。具体的には、直径が1μm以上の巨大リポソームを用いることが好ましい。また、リポソームの脂質二重膜を構成する脂質としては、任意のものを用いることができる、例えば不飽和リン脂質(DOPC:dioleoyl L-α phosphatidylcholine)や飽和リン脂質(DPPC:dipalmitoyl L-α phosphatidylcoline)等を挙げることができる。
【0022】
前記巨大リポソームは、いわゆる静置水和法等によって形成することができる。あるいは、水性溶液相上に油性溶液相を配するとともに、油水界面に外層脂質膜となる脂質単分子膜を形成しておき、油性液体相中に内層脂質膜が形成された液滴を導入し、前記液滴を構成する水性溶液と前記水性溶液相を構成する水性溶液に比重差を付与することで、重力により前記液滴を水性溶液中に移行させ、前記内層脂質膜の外側に外層脂質膜を形成することで作製することもできる。
【0023】
図1は、後者の方法による巨大リポソームの作製過程を模式的に示すものである。リポソームの作製のためには、油水界面に脂質単分子膜を形成し、内層脂質膜が形成された液滴を油性溶液から水性溶液へと移行する必要がある。そこで、本発明においても、図1(a)に示すように、水性溶液相1上に油性溶液相2を形成し、これら水性溶液相1と油性溶液相2の界面(油水界面)に脂質単分子膜3を形成しておく。脂質単分子膜3は、油性溶液相2中に各種リン脂質等の脂質成分を添加することにより容易に形成することが可能である。油性溶液相2中に添加された脂質成分は、各脂質分子4の疎水基部分4aが油性溶液相2側になり、親水基部分4bが水性溶液相1側になるように油水界面において整列し、全ての脂質分子4が一定方向を向いた脂質単分子膜3が油水界面に形成される。
【0024】
油水界面に脂質単分子膜3を形成した後、油性溶液相2中に内層脂質膜6を形成したW/O液滴5を導入する。このW/O液滴5は、水性溶液の液滴7の周囲に内層脂質膜6を形成したものであり、内層脂質膜6は、親水基部分8bが水性溶液粒子6側を向き、疎水基部分8aが外側に向くように各脂質分子8が整列した単分子膜として形成されている。
【0025】
なお、前記W/O液滴5は、別途作製したものを前記油性溶液相2中に導入してもよいし、油性溶液相2中で形成するようにしてもよい。後者の場合、例えば油性溶液相2を下層油性溶液相と上層油性溶液相の2層に分け、上層油性溶液相中に内層脂質膜形成用の脂質成分を添加しておく。そして、上層油性溶液相中に水性溶液の液滴7をマイクロキャピラリ等を用いて導入する。すると、水性溶液の液滴7に脂質成分の親水基部分8bが引き寄せられ、水性溶液の液滴7の周囲に前記内層脂質膜6が単分子膜として形成される。
【0026】
油性溶液相2中に前記W/O液滴5を導入すると、重力によってW/O液滴5は沈んでいき、図1(b)に示すように、油水界面に到達する。油性溶液相2を構成する油性溶液に比べて液滴7を構成する水性溶液の方が重いからである。
【0027】
ただし、W/O液滴5と水性溶液相1はいずれも水性溶液により構成されているので、例えばW/O液滴4の液滴7を構成する水性溶液と水性溶液相1を構成する水性溶液が同じである場合、W/O液滴5はそれ以上降下することができず、水性溶液相1中に移行させることができない。そこで、本発明においては、W/O液滴5の液滴7を構成する水性溶液と水性溶液相1を構成する水性溶液に比重差を付与し、重力によってW/O液滴5が水性溶液相1中に移行するにようにしている。
【0028】
W/O液滴5の液滴7を構成する水性溶液の比重を大とし、水性溶液相1を構成する水性溶液の比重を小とすれば、図1(c)に示すように、重力によってW/O液滴5は油水界面を通過し、水性溶液相1中においても沈んでいく。W/O液滴5が油水界面を通過する際には、周囲に前記脂質単分子膜3を巻き込む形になり、当該脂質単分子膜3が外層脂質膜となって脂質2分子膜を備えたリポソーム9が形成される。
【0029】
W/O液滴5の液滴7を構成する水性溶液と水性溶液相1を構成する水性溶液に比重差を付与するためには、これら水性溶液にそれぞれ異なる溶質を溶解すればよい。溶質としては、糖類や塩類等を挙げることができ、例えば液滴7を構成する水性溶液にスクロース、水性溶液相1を構成する水性溶液にグルコースを溶解すれば、前記比重差を付与することができる。溶解する溶質の組み合わせとしては、糖類と糖類の組み合わせ、塩類と塩類の組み合わせ等が好適であり、さらには糖類の塩類の組み合わせ等も可能である。
【0030】
なお、前記溶質の水性溶液への溶解により比重差を付与するに当たり、液滴7を構成する水性溶液における溶質濃度と、水性溶液相1を構成する水性溶液における溶質濃度(体積モル濃度)は、同等に設定することが好ましい。前記溶質濃度に差があり過ぎると、浸透圧によって形成されるリポソーム9が変形したり破裂するおそれが生ずる。
【0031】
W/O液滴5の液滴7を構成する水性溶液と水性溶液相1を構成する水性溶液に比重差を付与し、重力を利用してW/O液滴5を水性溶液相1に移行する場合、油水界面に形成された脂質単分子膜3が抵抗になり、これを突き破る必要がある。したがって、脂質単分子膜3を突き破るに足る重力が加わるように前記比重差を設定する必要がある。ここで、前記必要な比重差は、W/O液滴5のサイズによって異なる。サイズの大きなW/O液滴5では、前記比重差が比較的小さくても大きな重力が加わり、水性溶液相1に移行し易い。一方、サイズの小さなW/O液滴5では、前記比重差が小さいと加わる重力も小さく、水性溶液相1に移行することができない。
【0032】
したがって、逆に言えば、W/O液滴5のサイズと比重差を調整することで、形成されるリポソーム9のサイズをコントロールできることになる。すなわち、前記比重差を大きくすれば、小さなW/O液滴5まで油水界面を通過し、水性溶液相1中に移行する。その結果、小さな粒径のリポソーム9が形成される。これに対して、前記比重差を小さくすれば、大きなW/O液滴5のみが油水界面を通過し、大きな粒径のリポソーム9が形成される。これらのことから、例えばW/O液滴5の液滴7を構成する水性溶液と水性溶液相1を構成する水性溶液の比重を調整することで、形成されるリポソーム9のサイズコントロールが可能となる。
【0033】
前述の方法により作製された巨大リポソームを含む溶液に、被験物質(例えば界面活性剤)を加えると、巨大リポソームにおいて、膜ダイナミクスが誘起される。観察されるダイナミクス経路、膜孔パターンは以下の通りである。
【0034】
(1)ダイナミクス経路A:界面活性剤添加前の球形リポソームから、膜ゆらぎを介して膜陥入を引き起こし、最終的に球形リポソームに戻った経路。
(2)ダイナミクス経路B:膜ゆらぎを介して膜陥入を引き起こした後、扁長型のダンベル構造を形成し、最終的に膜分裂を引き起こした経路。
(3)ダイナミクス経路C:膜ゆらぎを介して膜陥入を引き起こした後、マルチラメラ構造を形成し、最終的に膜分裂を引き起こした経路。
(4)ダイナミクス経路D:球形リポソームまたは膜ゆらぎ直後、膜を破裂させた経路。
(5)膜孔パターンa:連続的ポアを形成し、膜孔を開口状態に維持したままリポソームの縮小を引き起こしたパターン。
(6)膜孔パターンb:連続的ポアからリズミックポアに変化したことにより、膜孔が開口状態から開閉状態に転移し、リポソームの縮小を引き起こしたパターン。
(7)膜孔パターンc:リズミックポアを形成し、膜孔を開閉させながらリポソームの縮小を引き起こしたパターン。
【0035】
これらの中で、特にリポソームの縮小スピードに注目し、解析を行ったところ、ドレイズ試験と良い相関を示し、ドレイズ代替法としての有用性が示された。具体的には、ドレイズ試験法においてポジティブコントロール(刺激性)、ネガティブコントロール(無刺激性)とされている2種類の界面活性剤に関して、それぞれの界面活性剤濃度を変えて比較したところ、界面活性剤種・濃度依存性が明らかとなり、擬似的なドレイズスコアを算出することに成功した。これらの式によって導き出された擬似的ドレイズスコアは、実際のドレイズと良い相関性を示した。
【0036】
本発明の刺激性評価方法は、前記知見に基づいて開発されたものであり、評価に際しては、前記巨大リポソームを含む溶液に被験物質を加え、リポソームの大きさの変化を観察する。ここで、リポソームの大きさの変化を客観的に計測するには、例えばリポソームの表面積の変化を画像解析し、リポソームの縮小スピードを算出すればよい。
【0037】
係る本発明の刺激性評価方法を採用することにより、様々なメリットを得ることができる。先ず第1に、安価な試験法を提供することが可能になる。リポソームの作製に用いるDOPC等の脂質は、非常に安価であり、低コスト化が見込める。
【0038】
第2に、本発明の刺激性評価方法は、評価効率に優れるという特徴を有する。例えば、ドレイズ法における観察期間は最大で14日であるのに対し、リポソームを用いた実験系では、1サンプル当たりの観察時間は20分程度である。観察時間の短縮によって、短時間でより多くのサンプル観察、刺激性評価を行うことが可能である。
【0039】
第3に、本発明の刺激性評価方法では、直接観察による評価が可能である。ドレイズ法では、界面活性剤が誘起する眼の赤み、腫れ、出血、失明等を結果的に評価することになるのに対して、リポソームを用いた評価方法では、例えばリアルタイム顕微鏡を用いることによって、脂質が完全に可溶化されるまでのプロセス(膜ダイナミクス)を評価することがDけいる。また、膜ダイナミクスの物理化学的評価によって、界面活性剤の刺激性を分子レベルで評価することが可能である。
【0040】
第4に、本発明の刺激性評価方法では、定量的な解析が可能である。ドレイズ法による刺激性評価は、視覚で判断するため主観的要素を含むが、リポソームを用いた評価法では、画像解析によって定量的な評価が可能である。
【0041】
第5に、本発明の刺激性評価方法では、リポソームを細胞模倣膜として扱うことにより、動物細胞において顕著に現れる個体差を著しく減らすことができる。
【0042】
第6に、本発明の刺激性評価方法は、動物を用いない評価法であることから、動物愛護の観点を考慮しなくて良いという利点を有する。
【0043】
第7に、本発明の刺激性評価方法は、高感度な試験法であると言える。例えばドレイズ代替法として知られているウシ角膜摘出試験法や単離ニワトリ眼球試験法では、低刺激性物質の評価が困難(ドレイズスコアとの相関が悪い)であるが、リポソームを用いた試験法では、強刺激性物質、低刺激性物質のいずれにおいてもドレイズスコアとの良い相関を得ることができる。
【0044】
第8に、本発明の刺激性評価方法は、広範な被験物質への応用が可能である。本発明者らの実験において、界面活性剤だけでなく、アルコール(エタノール)等においてもドレイズスコアと良い相関が得られたことから、様々な物質に適用可能であると考えられる。
【0045】
第9に、本発明の刺激性評価方法は、高信頼性を有する。ドレイズ試験法は、誤認が多く、実際の眼刺激性を完全に評価することができないという問題がある。特に、非刺激性や低刺激性と評価されているにもかかわらず、実際は強刺激性物質である可能性がかなり高い。リポソームを用いた実験法では、ドレイズ試験において誤評価された物質についても正確に刺激性を評価できることが実験的に確かめられており、ドレイズ試験法よりも高感度、高信頼性の試験法であると言える。
【0046】
以上、本発明を適用した刺激性評価方法の実施形態について説明してきたが、本発明が前述の実施形態に限定されるものでないことは言うまでもなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。例えば、リポソームの作製に当たり、脂質に蛍光色素を添加する等、画像を認識し易いような工夫を行うことも可能である。また、画像解析に用いるツール等も任意である。
【実施例】
【0047】
以下、本発明の具体的な実施例について、実験結果に基づいて詳細に説明する。
【0048】
リポソームの作製
本実施例では、静置水和法により巨大リポソームを作製した。作製手順としては、先ず、ダーラム管をアセトンで洗浄し、洗浄したダーラム管に、クロロホルム/メタノール=2/1(v/v)で溶かしたDOPC、ローダミンレッド(商品名TMX−DHPE)、及びグルコースをそれぞれ20μl、8μl、12μl加え、ピペッティングにより溶液を混合した。
【0049】
次に、混合溶液に窒素ガスを吹きつけ、クロロホルムとメタノールを揮発させることによってダーラム管底部に脂質フィルムを形成させた。さらに、ダーラム管を真空デシケータ内に入れ、180分以上真空中で静置することにより、残存する有機溶媒を十分に飛ばした。
【0050】
真空デシケータからダーラム管を取り出し、超純水(200μl)を加え、パラフィルムで密閉後、37℃条件下(一定温度)で24時間インキュベーションした。インキュベーション中は、脂質・蛍光色素の酸化を防ぐため、ダーラム管をアルミホイルで覆った。24時間後、インキュベーションを終了し、リポソームの作製を完了(DOPC終濃度0.2mM,グルコース終濃度0.6mM,ローダミンレッド終濃度0.004mM)した。観察時は、以上により作製したリポソーム溶液に超純水を加え、10倍希釈したリポソーム溶液を用いた。
【0051】
顕微鏡観察
使用機器は、倒立型リサーチ顕微鏡(オリンパス社製、商品名IX71)、共焦点スキャナユニット(横河電気社製、CSU10)、対物レンズ(PlanApoN 60×/1.42)、カメラ(IMPACTRON CCD CAMERA,MODEL ADT−33B FLOVEL)、レコーダー(東芝社製、RD−E−300)である。
【0052】
観察チャンバーは、図2に示すように、シリコンラバー11とシリコンカバー12の間にメンブランフィルタ13を配置し、これをマイクロカバーガラス14上に載置することにより構成した。シリコンラバー11とシリコンカバー12の間にメンブランフィルタ13を配置したことにより、顕微鏡観察中におけるリポソーム溶液と界面活性剤溶液の混和を可能とした。このチャンバーを用いることにより、界面活性剤添加時からリポソーム可溶化までの動的構造変化をリアルタイム観察することができる。
【0053】
観察に際しては、観察チャンバーのシリコンカバー12側に開けた孔に、超純水で10倍希釈したリポソーム溶液8μlを入れ、マイクロカバーガラスで密閉した。観察チャンバーを顕微鏡ステージに乗せ、レーザー光(波長532nm)をサンプルに照射した。観察対象のリポソームが見つかり次第、録画を開始した。レーザーの出力をオフ(眼を痛めないように)にし、界面活性剤32μlをシリコンラバー11側から添加した。
【0054】
界面活性剤添加後、膜ダイナミクス(リポソームの形態変化、膜孔形成)の観察を行った後、画像解析によって定量的な界面活性剤刺激性評価を行った。図3は、リポソームのサイズが小さくなる様子を示す顕微鏡写真である。
【0055】
評価結果
前記画像解析において、膜孔形成後のリポソームの表面積を縦軸、観察時間を横軸にプロットし(図4)、一次反応速度定数を導いた。導き出した速度定数をリポソームの縮小スピードと定義し、界面活性剤刺激性の指標とした。
【0056】
さらに、膜孔形成パターン(リズミックポアであるか否か)で分類し、それぞれ式(1),(2)から擬似的なドレイズスコアを算出した。
(1)式 擬似的ドレイズスコア=(縮小スピード−0.0763)/0.0019
(2)式 擬似的ドレイズスコア=(縮小スピード−0.073)/0.0014
【0057】
種々の被検物質について、ドレイズスコアとリポソーム刺激性評価値の関係についての調査結果を図5に示す。リポソームを用いた試験法では、ドレイズ試験において誤評価された物質についても、正確に刺激性が評価できていることが確認された。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
リポソームを含む試験溶液に被験物質を加え、前記リポソームの大きさの変化に基づいて、前記被験物質の刺激性を評価することを特徴とする刺激性評価方法。
【請求項2】
前記リポソームの表面積の縮小スピードを画像解析により算出し、被験物質の刺激性を評価することを特徴とする請求項1記載の刺激性評価方法。
【請求項3】
前記リポソームの初期の直径が1μm以上であることを特徴とする請求項1または2記載の刺激性評価方法。
【請求項4】
前記被験物質が界面活性剤であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の刺激性評価方法。
【請求項5】
前記リポソームは、不飽和リン脂質により形成されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項記載の刺激性評価方法。
【請求項6】
前記不飽和リン脂質に蛍光色素が添加されていることを特徴とする請求項5記載の刺激性評価方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−242155(P2012−242155A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−110294(P2011−110294)
【出願日】平成23年5月17日(2011.5.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年11月19日 日本化学会近畿支部主催の「平成22年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会」において文書(平成22年度北陸地区講演会と研究発表会要旨集、発行日 平成22年11月19日)をもって発表
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)
【Fターム(参考)】