説明

刺繍糸及びそれを用いた刺繍方法

【課題】 本発明は、刺繍後に水洗いをすることなく伸縮性の糸と引き揃えた低融点非伸縮糸を除去できる刺繍糸を提供すること。
【解決手段】 伸縮糸1と、該伸縮糸1より低い融点を有し、それに沿わせて配置した低融点非伸縮糸2と、これら両糸に巻き付けたカバー糸よりなる刺繍糸A。そのカバー糸3は、第1カバー糸31と第2カバー糸32の2本であって、第1カバー糸31が内層を、第2カバー糸32が外層を形成している。更に、第1カバー糸31と第2カバー糸32とが、異なる方向に巻き付けられている。また、伸縮糸1がポリウレタン糸であり、低融点非伸縮糸2がナイロン糸である刺繍糸A。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、刺繍糸、及びその刺繍糸を用いた刺繍方法に関する。
詳しくは、伸縮性を有する基布と伸縮性を有する刺繍糸とで構成される伸縮刺繍地を製造するために使用する刺繍糸、及びその刺繍糸を用いた刺繍方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に施されているいわゆる刺繍は、織物やレース等の基布に一定の形態模様で糸を縫い付けたもので、例えば、衣服、テーブルクロス、帽子等多くの分野で採用されている。
特に、いわゆるワンポインマークとして付与された装飾模様、ロゴマーク、ネームは人気があり、ブランド品としては極めて重要である。
また、刺繍糸については、特殊なものとして金糸や銀糸、或いは、紐体、更にはテープ状のもの、その他、スパンコールを縫い付けるものがある。
【0003】
通常、刺繍を施すための方法としては、人手を使うハンド刺繍と、機械化により行うファクトリー刺繍がある。
ファクトリー刺繍については、ミシンの原理を応用した多頭式刺繍機やエンブロイダリーレース機のような大型刺繍機が、通常、使用されている。
また、刺繍糸の具体的な縫い付け手法としては、横振縫い、本縫い、環縫い等がある。
因みに、本発明は、横振縫い、本縫いや環縫い手法を用いたファクトリー刺繍に属するものである。
【0004】
ところで、現在、衣料用布帛に要求される特性の一つとして伸縮性がある。
この伸縮性は、肌触りを重要視するインナー用衣料、外見に特徴を与えるアウター用衣料、或いは、衝撃性を緩和するスポーツ用衣料等に要求される特性の一つであり極めて重要である。
伸縮性を付与するために、使用される糸素材としては、現在では大きな伸び縮みが可能な、例えばポリウレタン糸を使用することが主流となっている。
【0005】
この伸縮性を有する布帛に対して、刺繍を施す要求も当然あって実際に刺繍が施された製品が製造されている。
この場合、刺繍の対象となる布帛(すなわち刺繍用基布)を刺繍するための刺繍糸には、刺繍用基布と同等の伸縮性が要求される刺繍糸(ポリウレタン糸等)が使用される。
伸縮性の無い非伸縮刺繍糸を刺繍した場合、刺繍用基布の伸縮性に追従できず、むしろそれを阻害するので引き縮み現象(引き吊れ現象)を起こす。
そのため、刺繍糸として伸縮性を有する伸縮刺繍糸を使用する必要があるが、この伸縮刺繍糸を用いて刺繍機により刺繍する場合には厄介な問題がある。
【0006】
それは、刺繍機で刺繍する場合、刺繍機の種々のガイドを通過することにより自然に張力が負荷される。
これらの張力に加えて積極的に繰り出しのための張力をかけると、伸縮刺繍糸は伸びきった状態で刺繍されることとなる。
その結果、刺繍の後、伸縮刺繍糸が縮んで刺繍用基布に引き縮みが生じるのである。
【0007】
このように、伸縮性を有する刺繍用基布、つまり、伸縮刺繍基布に、伸縮性を有する刺繍糸、つまり、伸縮刺繍糸を刺繍する場合には、引きつれ現象は避けられない。
そこで、その解決策として、伸縮刺繍糸の伸縮性を一旦抑える手段を講じて、刺繍時の微妙な張力変動の影響を排除し、安定した状態で刺繍を施し、その後、伸縮性を抑えている手段を解除して、伸縮刺繍糸の伸縮性を再び発現させて伸縮刺繍基布ともども自在に伸縮可能な伸縮刺繍地を得る方法が提案された。
【0008】
この伸縮性を一旦抑える手段の一例としては、特許文献1に示されるように、水溶性ビニロン糸等のように後加工の温水処理で溶解する糸を伸縮刺繍糸の周りに巻き付ける方法が挙げられる。
つまり、図7に示すように、伸縮特性を有する伸縮刺繍糸Y1に更に水溶性ビニロン糸等の可溶性非伸縮糸Y2を巻き付けて伸縮性を抑えた刺繍糸Yとする。
刺繍は、この刺繍糸Yを使って基布に刺繍し、その後、可溶性非伸縮糸Y2を除去するものである。
【0009】
【特許文献1】特開平8−92863号公報
【特許文献2】特開2006−233366号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところが、上記したような従来手段では、伸縮刺繍糸Y1の伸縮性を確実に押さえることができないことやその他の障害があった。
それは、できあがった伸縮刺繍糸Y1に、水溶性ビニロン糸等の可溶性非伸縮糸Y2を外側から巻き付けて伸びを抑える方法に問題があった。
つまり、外側から巻き付けた可溶性非伸縮糸Y2の形状は、スパイラルスプリング状となり、本質的にそれ自体が伸び縮みする形状であるので、確実に伸縮刺繍糸Y1の伸びを抑えることができない。
【0011】
これらの問題点の解決手段としては、伸縮刺繍糸Y1に、可溶性非伸縮糸Y2を巻き付ける際、その巻き付け回数を極めて少なくすることにより、巻き付け長さの変動を押さえることが考えられる。
ところが、巻き付け回数が少ないと可溶性非伸縮糸Y2と、伸縮刺繍糸Y1が分離してしまい、生産工程での取り扱いが困難になる等の問題があって実用には耐えない。
【0012】
この他、可溶性非伸縮糸Y2を外側から巻き付けて伸びを抑える方法においては、刺繍後に、可溶性非伸縮糸Y2を除去すると、その除去された分だけ糸自体が細くなり、刺繍密度が低下して、刺繍柄の見栄えが低下する問題がある。
また、伸縮刺繍糸Y1に巻き付けた可溶性非伸縮糸Y2を後加工において除去する際、その溶解残物を容易に除去できず、ジェット水等の特殊な強力除去手段が求められ、生産効率の低下や品質低下の問題が生ずる。
【0013】
これらの問題点を解決すべく、本発明者は、出来上がった伸縮刺繍糸Y1の外側に可溶性非伸縮糸Y2を巻き付けて伸縮性を抑えるのではなく、伸縮刺繍糸Y1に非伸縮糸を添わせて両者を固定することで伸縮刺繍糸Y1の伸びを抑える構造の刺繍糸を開発した(特許文献2)。
【0014】
この刺繍糸の糸構造としては、芯糸と、この芯糸にカバー糸を巻き付けて形成されるカバードヤーン構造を採用している。
すなわち、伸縮糸(ポリウレタン糸)に可溶性非伸縮糸(水溶性ビニロン糸)を添わせるように引き揃え、この2本を芯糸として、これにカバー糸を巻き付けたものである。
この構造であれば、伸縮糸の伸縮が的確に抑えられたものとなる。
刺繍を施した後は、水洗いにより可溶性非伸縮糸を溶解除去して伸縮糸の伸縮性を回復させれば良い。
【0015】
しかし、この刺繍糸は、可溶性非伸縮糸を溶解除去するために、必ず水洗いをしなければならず、必然的に刺繍の対象物である伸縮刺繍基布も水洗いされてしまう。
染色の方法や布地の種類によっては水を嫌うものがあって汎用性という点でいま一つ欠ける。
汎用的に使用できるようにするには、極力、水洗いを避ける方法が望まれていた。
本発明は、以上述べた技術的背景をもとになされたものである。
すなわち、本発明の目的は、刺繍後に水洗いをすることなく伸縮性の糸と引き揃えた低融点非伸縮糸を除去できる刺繍糸を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は上記の課題背景を基に鋭意研究を重ねた結果、伸縮糸に沿わせる非伸縮糸に伸縮糸よりも融点が低い素材を用いることで、上記の課題を解決することができることを見出し、その知見に基づいて本発明を完成させたものである。
【0017】
すなわち本発明は、(1)、伸縮糸と、該伸縮糸より低い融点を有し、それに沿わせて配置した低融点非伸縮糸と、これら両糸に巻き付けたカバー糸よりなる刺繍糸に存する。
【0018】
また本発明は、(2)、カバー糸が、第1カバー糸と第2カバー糸の2本であって、第1カバー糸が内層を、第2カバー糸が外層を形成している上記(1)記載の刺繍糸に存する。
【0019】
また本発明は、(3)、第1カバー糸と第2カバー糸とが、異なる方向に巻き付けられている上記(2)記載の刺繍糸に存する。
【0020】
また本発明は、(4)、伸縮糸がポリウレタン糸である上記(1)記載の刺繍糸に存する。
【0021】
また本発明は、(5)、低融点非伸縮糸がナイロン糸である上記(1)記載の刺繍糸に存する。
【0022】
また本発明は、(6)、カバー糸に捲縮加工が施されている上記(1)記載の刺繍糸に存する。
【0023】
また本発明は、(7)、伸縮刺繍基布に伸縮性を有する刺繍糸を刺繍して伸縮刺繍地とする刺繍方法であって、前記刺繍糸を、伸縮糸と、該伸縮糸より低い融点を有しそれに沿わせて配置した非伸縮性糸と、これら両糸に巻き付けたカバー糸とよりなる刺繍糸に一旦形成し、前記伸縮刺繍基布を非伸縮状態に仮固定し、該仮固定した伸縮刺繍基布に刺繍糸を用いて刺繍を付与し、その後、刺繍を付与した伸縮刺繍地を加熱させて低融点非伸縮糸のみを溶融し、更に伸縮刺繍基布の仮固定を解除する刺繍方法に存する。
【0024】
なお、本発明の目的に添ったものであれば上記(1)から(7)を適宜組み合わせた構成も採用可能である。
【発明の効果】
【0025】
本発明の刺繍糸は、伸縮糸に低融点非伸縮糸を沿わせて芯糸とし、さらにその芯糸にカバー糸を巻き付けた、いわゆるカバードヤーンであるので、本発明の刺繍糸の伸縮性は確実に抑制され、刺繍後の引き縮み現象を回避することができる。
それにより、本発明の刺繍糸を用いることで、刺繍の仕上がり具合を前もって高精度に設計でき、高品質な製品をリピート生産することができる。
【0026】
低融点非伸縮糸の融点は伸縮糸の融点よりも低いので、単に刺繍糸で施された刺繍を加熱器で加熱することにより、低融点非伸縮糸のみを除去することができる。
従って、従来のように可溶性非伸縮糸の除去に水洗いを必要とせず、伸縮性基布に水洗いに弱い素材を使うことも可能である。
【0027】
また、芯糸に第1カバー糸を巻き付けて内層を形成し、第1カバー糸の上からさらに第2カバー糸を巻き付けて外層を形成することで、本発明の刺繍糸が伸張した際に、伸縮糸が外部に露出することをより確実に防止することができる。
また、第1カバー糸と第2カバー糸とが、異なる方向に巻き付けられることで、刺繍糸に捻れが生じて、第1カバー糸が解ける作用を受けた場合にも、第2カバー糸が、逆に第1カバー糸を締め込むように作用する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
(第一の実施形態)
図1は、本実施形態に係る刺繍糸Aを示す説明図である。
(A)は、加熱前、(B)は、加熱後を示す。
図1に示すように、本実施形態の刺繍糸Aは、伸縮性を有する伸縮糸1と、該伸縮糸1に沿って配置される低融点非伸縮糸2とよりなる芯糸全体に、カバー糸3が隙間なく巻回されて構成されている。
【0029】
この芯糸においては、伸縮糸1と低融点非伸縮糸2とがカバー糸3の巻回により固定されているので、低融点非伸縮糸2が伸縮糸1を支える役割を果たしている。
そして伸縮糸1は、伸縮性を全く示さない状態(非伸縮状態)にある。
しかし、一旦、芯糸から低融点非伸縮糸2が取り除かれた時点では、伸縮糸1を支える支え糸が無くなることから伸縮糸の伸縮性が発揮される状態(伸縮可能状態)となるのである。
【0030】
従って、非伸縮状態の刺繍糸Aを用いることで、刺繍機である刺繍ミシンを使って、通常の方法で、伸縮刺繍基布Bに対して容易に刺繍を施すことができる。
また、刺繍を施した後、加熱して低融点非伸縮糸2を取り除き、刺繍糸Aを非伸縮状態から伸縮可能状態へ変化させることで伸縮刺繍基布Bの伸縮性に追従対応することができる。
【0031】
ここで伸縮糸1は、伸縮性を有する糸であり、且つ刺繍を施す対象となる伸縮刺繍基布Bと同じような伸縮性であることが望ましい。
従って、伸縮糸1は刺繍の対象となる伸縮刺繍基布の種類に応じて、適宜変更される。
伸縮糸1の材料としては、その伸縮性の高さ、コスト面等からポリウレタンを採用することが好ましい。
【0032】
一方、低融点非伸縮糸2に用いられる材料には、伸縮性を有さず且つ伸縮糸1よりも低い融点を有するものが採用される。
例えば、伸縮糸1にポリウレタンが用いられた場合、低融点非伸縮糸2としては、それより融点が低い低融点アミド等が採用可能である。
低融点非伸縮糸2の融点が伸縮糸1の融点よりも低いため、非伸縮状態において刺繍糸Aが加熱されると、低融点非伸縮糸2が溶融して支持力を失い刺繍糸Aが伸縮可能状態となるのである。
溶融することで分断し散逸して(すなわち除去されて)、伸縮糸1にカバー糸3が巻かれた状態なる。
すなわち刺繍糸Aの加熱により、刺繍糸Aは非伸縮状態から伸縮可能状態へと変化するのである
なお、低融点非伸縮糸2に特殊な低融点ポリアミドを採用した場合、その融点は80〜100℃であるので、アイロン等の簡易な加熱器を使って溶融させることができ極めて便利である。
【0033】
カバー糸3は伸縮糸1と低融点非伸縮糸2とを一つに束ねて仮に固定するための糸であるが、更にまた、刺繍の外観を特色づける機能をも備える。
その意味で伸縮可能状態の刺繍糸Aが伸張した際に、伸縮糸1が外部に露出することを防止するために、カバー糸3にはウーリー加工糸を用いることが好ましい。
ウーリー加工糸とは、仮り撚り加工などの捲縮加工を施して、クリンプ(波形の縮れ)が発現している糸のことであり比較的嵩高である。
【0034】
刺繍糸Aは、カバードヤーンを製造する際に一般的に使用されるカバーリングマシンで製造される。
具体的には、芯糸(伸縮糸1及び非伸縮糸2)を相互に揃えて走行させ、カバー糸3を芯糸の周囲に隙間無く巻回させて刺繍糸Aとなる。
【0035】
次に、本実施形態の刺繍糸Aによる刺繍方法について述べる。
図2は、刺繍方法の手順を示したフローチャートである。
また図3は、伸縮刺繍基布Bに、刺繍糸Aを刺繍した伸縮刺繍地B1を示す説明図である。
(刺繍糸形成)
上述したように、芯糸にカバー糸3を巻回させて刺繍糸Aを形成する。
(仮固定処理)
先ず、刺繍を施す対象となる伸縮刺繍基布Bを伸縮しないように溶剤を使って仮固定処理を行う。
この仮固定処理は、例えば、伸縮刺繍基布Bに一時固定用の溶剤(エルピーガス、シクロぺンタン等)を吹き付け処理することで、伸縮刺繍基布Bを伸縮しない状態に仮に固定するものである。
仮に固定するものなので、溶剤が一定時間を経過して伸縮刺繍基布Bから散逸すると、その固定効果はなくなり、本来の伸縮刺繍基布Bの伸縮性を回復する。
(刺繍付与)
このような仮固定処理が行われた伸縮刺繍基布Bに対して、刺繍糸Aを用いて刺繍を施す。
この場合、伸縮刺繍基布Bも刺繍糸Aも伸縮しないので、刺繍は、通常のミシン糸で縫うように簡単に行える[図3(A)参照]。
【0036】
(加熱)
次に、刺繍を施した伸縮刺繍地B1を、加熱する(当然、伸縮刺繍基布Bも加熱される)。
この加熱温度は、低融点非伸縮糸2の融点より高く、伸縮糸1の融点よりも低い温度で行う。
例えば、ポリウレタンの伸縮糸(融点、200℃〜230℃)と特殊な低融点ポリアミド(融点、80℃〜100℃)の低融点非伸縮糸2との組み合わせでは、80℃〜100℃に加熱すればよい。
加熱により低融点非伸縮糸2は溶融するので支え力を維持できなくなり、崩れて細かく分散除去される。
これにより、支えを失った伸縮糸1は、本来の伸縮性が回復し、その結果、刺繍糸Aとして伸縮可能状態となる[図3(B)参照]。
【0037】
(仮固定解除)
上述のように伸縮刺繍地B1を加熱した後、伸縮刺繍基布Bの仮固定を解除する。
前述した固定のための溶剤処理(シクロペンタン処理等)を行った後は、放置することで時間の経過(少なくとも24時間程度)と共に、溶剤が散失して、本来の伸縮刺繍基布Bの伸縮性が回復する。
この場合、より速く仮固定を解除したい場合は、伸縮刺繍基布Bを温風状態に晒すことが好ましい。
伸縮刺繍基布Bの伸縮性が回復しても刺繍糸Aは既に伸縮可能状態にあるので、伸縮刺繍基布の伸び縮みに対応することができ、伸縮刺繍基布Bにいわゆる引き縮み現象が生じない。
すなわち、施した刺繍に歪みが生じたり、刺繍糸Aが切断されたり等の問題は発生せず、高品質が保証される。
【0038】
(第2の実施形態)
図4は、本実施形態に係る刺繍糸Aを示す説明図である。
(A)は、加熱前、(B)は、加熱後を示す。
図4に示すように、本実施形態に係る刺繍糸Aは、カバー糸が二本の場合である。
具体的には、伸縮糸1及び低融点非伸縮糸2の周囲に第1カバー糸31が巻回されて内層が形成され、更に、その第1カバー糸31の上から第2カバー糸32が巻回されて外層が形成されたものである。
この場合、伸縮糸1と低融点非伸縮糸2との固定に寄与しているのは、主として,内層を形成している第1カバー糸31である。
【0039】
このように、二本のカバー糸で芯糸である伸縮糸1及び低融点非伸縮糸2の周囲に、内層及び外層を2段に形成することで、伸縮可能状態において、刺繍糸Aが伸張した際に、伸縮糸1が外部に露出することをほぼ確実に防止することができる。
【0040】
図5は、参考までに刺繍糸が伸びたときの状態を模式的に示す説明図である。
図5に示すように、刺繍糸Aが伸びると、第1カバー糸31は伸縮糸1の周囲に隙間を形成しながら螺旋状に伸びる。
一方、このとき第2カバー糸32は第1カバー糸31によって形成された隙間に嵌まり込みながら螺旋状に伸びる。
その結果、伸張した伸縮糸1の周囲に第1カバー糸31及び第2カバー糸32が隙間無く巻き付かれるので、伸縮糸1の露出が確実に防止される。
【0041】
ところで、第1カバー糸31の巻き付け方向と第2カバー糸32の巻き付け方向とは、異なることがより好ましい。
図6は、両カバー糸の巻き付け方向を逆方向にした場合の刺繍糸を示す説明図である。
また(A)は、加熱前、(B)は、加熱後の非伸縮糸が除去された状態を示す。
例えば、第1カバー糸31が右回りに巻き付けられた場合は、第2カバー糸32は左回りに巻き付けられる。
第1カバー糸31と第2カバー糸32とが互いに逆方向に巻き付けられることで、刺繍糸に捻れが生じて、第1カバー糸31が解ける作用を受けた場合にも、第2カバー糸32が、逆に第1カバー糸31を締め込むように作用する。
この逆もあることから、刺繍糸に捻れを受けても方向性が出ない利点がある。
【0042】
〔実施例1〕
実施例1において、伸縮刺繍基布にポリウレタン糸使いのトリコット地を使用した。
刺繍糸Aについては、伸縮糸1としてポリウレタン弾性糸〔ライクラ(商品名);東レ株式会社〕20デニール(モノフィラメント)、融点220℃を、また、低融点非伸縮糸2として、低融点ポリアミド糸〔ジョイナー(商品名);富士紡績株式会社]70デニール(5フィラメント)、融点80℃を用いた。
カバー糸3としては、ウーリー加工されたポリエステル糸〔ポリーナ(商品名);グンゼ株式会社〕75デニール(30フィラメント)融点255℃を用いた。
カバーリングマシンを使って、芯糸となる伸縮糸1と低融点非伸縮糸2に対してカバー糸3を巻回し刺繍糸Aを製造した。
【0043】
伸縮刺繍基布Bに、ミクロペンタン[H&N(商品名);ファインケミカルジャパン株式会社]による処理を行って一時的に伸縮性を除いた。
その後、伸縮刺繍基布に対して、刺繍ミシンにより刺繍糸Aを用いて刺繍を施した。
刺繍を施した後、アイロンを使って伸縮刺繍基布Bを90℃に加熱し、低融点非伸縮糸2を溶融させた。
その後、24時間、室温で放置した。
以上、伸縮刺繍基布Bに対する刺繍が終了した結果、伸縮刺繍地B1を得た。
伸縮刺繍地B1に対して引っ張り操作を繰り返し与えたが、伸縮刺繍地B1の伸縮に刺繍糸が追従し引き縮み現象は全く、視認できなかった。
【0044】
〔実施例2〕
実施例1における刺繍糸Aにさらにカバー糸3を巻き付けたこと以外は、全て実施例1と同様の手順で伸縮刺繍地B1を得た。
すなわち、刺繍糸Aは、下層の第1カバー糸31の上に第2カバー糸32を巻回して上層を形成し2段の層構造とした。
伸縮刺繍地B1に対して引っ張り操作を繰り返し与えたが、実施例1と同様に、伸縮刺繍地B1の伸縮に刺繍糸が追従し引き縮み現象は全く、視認できなかった。
また、伸縮刺繍地B1の刺繍部に方向の異なる捻れを繰り返し与えたが、刺繍部に変化は生じなかった。
【0045】
以上、本発明について説明してきたが、本発明は上記の実施形態に限定されること無く、種々の変形が可能である。
本発明の刺繍糸は、刺繍を施すための糸以外にも、縫製用としての縫い糸や飾り糸にも適用出来ることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1は、第一の実施形態に係る刺繍糸を示す説明図であり、図1(A)は、加熱前、図1(B)は、加熱後を示す。
【図2】図2は、刺繍方法の手順を示したフローチャートである。
【図3】図3は、伸縮刺繍基布Bに刺繍糸Aを刺繍した伸縮刺繍地B1を示す説明図である。
【図4】図4は、他の実施形態に係る刺繍糸を示す説明図であり、図4(A)は、加熱前、図4(B)は、加熱後を示す。
【図5】図5は、刺繍糸が伸びたときの状態を模式的に示す説明図である。
【図6】図6は、両カバー糸の巻き付け方向を逆方向にした場合の刺繍糸を示す説明図であり、図6(A)は、加熱前、図6(B)は、加熱後の非伸縮糸が除去された状態を示す。
【図7】図7は、従来の刺繍糸を示す説明図である。
【符号の説明】
【0047】
A…刺繍糸
B…伸縮刺繍基布
1…伸縮糸
2…低融点非伸縮糸
3…カバー糸
31…第1カバー糸
32…第2カバー糸
Y…伸縮性を抑えた従来の刺繍糸
Y1…伸縮刺繍糸
Y2…可溶性非伸縮糸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
伸縮糸と、該伸縮糸より低い融点を有し、それに沿わせて配置した低融点非伸縮糸と、これら両糸に巻き付けたカバー糸よりなることを特徴とする刺繍糸。
【請求項2】
カバー糸が、第1カバー糸と第2カバー糸の2本であって、第1カバー糸が内層を、第2カバー糸が外層を形成していることを特徴とする請求項1記載の刺繍糸。
【請求項3】
第1カバー糸と第2カバー糸とが、異なる方向に巻き付けられていることを特徴とする請求項2記載の刺繍糸。
【請求項4】
伸縮糸がポリウレタン糸であることを特徴とする請求項1記載の刺繍糸。
【請求項5】
低融点非伸縮糸がナイロン糸であることを特徴とする請求項1記載の刺繍糸。
【請求項6】
カバー糸に捲縮加工が施されていることを特徴とする請求項1記載の刺繍糸。
【請求項7】
伸縮刺繍基布に伸縮性を有する刺繍糸を刺繍して伸縮刺繍地とする刺繍方法であって、
前記刺繍糸を、伸縮糸と、該伸縮糸より低い融点を有しそれに沿わせて配置した非伸縮性糸と、これら両糸に巻き付けたカバー糸とよりなる刺繍糸に一旦形成し、
前記伸縮刺繍基布を非伸縮状態に仮固定し、
該仮固定した伸縮刺繍基布に刺繍糸を用いて刺繍を付与し、
その後、刺繍を付与した伸縮刺繍地を加熱させて低融点非伸縮糸のみを溶融し、
更に伸縮刺繍基布の仮固定を解除することを特徴とする刺繍方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−144285(P2008−144285A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−330010(P2006−330010)
【出願日】平成18年12月6日(2006.12.6)
【特許番号】特許第4011609号(P4011609)
【特許公報発行日】平成19年11月21日(2007.11.21)
【出願人】(399021747)
【Fターム(参考)】