前立腺癌を判定する方法
【課題】前立腺癌(PC)に罹患した被験者の前立腺特異抗原(PSA)の糖鎖を検出し、PSAの糖鎖構造に基づいてPCを的確に判定する方法を提供すること。
【解決手段】被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を分析する工程を含み、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする前立腺癌を判定する方法であり、更には、上記PSAの糖鎖構造の分析を、上記PSAに対してレクチンを作用させる方法、上記PSAに対して抗体を作用させる方法、高速液体クロマトグラフィー法もしくは質量分析法、またはこれらを組み合わせた分析手段により行う上記の前立腺癌を判定する方法。
【解決手段】被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を分析する工程を含み、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする前立腺癌を判定する方法であり、更には、上記PSAの糖鎖構造の分析を、上記PSAに対してレクチンを作用させる方法、上記PSAに対して抗体を作用させる方法、高速液体クロマトグラフィー法もしくは質量分析法、またはこれらを組み合わせた分析手段により行う上記の前立腺癌を判定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前立腺癌を判定する新規な方法に関する。より詳細には、本発明は、前立腺特異抗原(PSA)の糖鎖構造の差異に基づき、前立腺癌を判定する新規な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺癌(prostate carcinoma:以下「PC」と称する)は男性の主要な死亡原因の1つである。前立腺特異抗原(prostate specific antigen:以下「PSA」と称する)は、PCに対する主な腫瘍マーカーとして認識されている(たとえば、非特許文献1参照)。PSAは、約26kDaの分子量を有する237個のアミノ酸残基からなるタンパク部分と、該タンパク部分の45番目のアミノ酸残基(アスパラギン)に結合した糖鎖部分とから構成される約30kDaの分子量を有する糖タンパク質またはその誘導体である。
【0003】
PCの初期診断に対する血清PSA濃度試験の有用性は既に多くの文献に記載されているが、血清PSA濃度4ng/mL〜10ng/mLはグレーゾーン(gray zone)と呼ばれ、PCに罹患しているとは断定できない濃度領域である(たとえば、非特許文献2参照)。この問題を解決するために、これまでにいくつかの試み(たとえば、PSA密度、PSA勾配(年間増加度)、遊離PSA/全PSAの比などによる判定)が実施されてきたが、確定的な診断手法は未だ確立されていない。
【0004】
最近、コンカナバリンA、植物凝集素E4(PHA−E4)およびPHA−L4を組み合わせた連続的レクチンアフィニティークロマトグラフィー法による研究において、PSAのアスパラギンに結合する糖鎖の構造が、PC組織と前立腺肥大症組織(あるいは正常組織)との間で相違するという結果が報告された(非特許文献3参照)。この非特許文献3には、PSA中のN−結合糖鎖がヒト前立腺における癌化の過程で変化すること、および、PSA中のN−結合糖鎖がPCの診断ツールとして役立つ可能性があることが記載されている。
【0005】
一方、PSAの構造を検出することによって、PCと良性前立腺肥大症(benign prostatic hyperplasia:以下「BPH」と称する)とを判別する方法として、PSAの糖鎖に結合する結合分子を用いるいくつかの免疫学的方法が提案されてきている。たとえば、PSAをレクチンと接触させ、PSAの糖鎖とレクチンとの親和性に基づいて分別されたPSAを測定することによって、PCとBPHとを判定する方法が報告されている(特許文献1参照)。この報告において、PSAの糖鎖とレクチン(イヌエンジュ(Maackia amurensis)レクチンなど)との親和性の差異は、糖鎖末端に付加するシアル酸の配向に基づくと記載されている。しかしながら、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖の具体的構造を決定してはいない。
【0006】
また、PSA中に少なくとも三分岐の糖鎖が存在するかどうかに基づいてPCを判定する方法が報告されている(特許文献2参照)。この方法においては、少なくとも三分岐の糖鎖に結合するが、一分岐および二分岐の糖鎖とは結合しない結合分子を用いる。用いることができる結合分子は、レクチン(PHA−Lなど)や抗体を含む。しかしながら、この報告には三分岐の糖鎖にLacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)が存在(付加)する構造は示されていない。
【0007】
さらに、PSA中のN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)の含有量に注目した報告がなされている(非特許文献4参照)。該報告は、PSA糖鎖の構造を詳細に検証し、精漿由来PSA糖鎖におけるGalNAc含有量が25%であるのに対し、前立腺癌細胞株(LNCaP)のPSA糖鎖にはGalNAcが65%程度含まれることを記載している。この著者らは膵ガン由来細胞株(Capan−1)においても同様の変化を観察しており(非特許文献5参照)、そこからGalNAcの含有量変化は癌性変異に起因するものであると類推している。
【0008】
また、特異的抗体と多数のレクチンからなるアレイを用いてPSAを含む対象タンパク質の糖鎖を網羅的に解析する手法が報告されている(非特許文献6参照)。この方法において、前立腺癌細胞株に由来するPSAの糖鎖構造上の非還元末端にはLacdiNAc構造(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン構造)が多く存在することが明らかにされている。しかしながら、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖を対象にはしていない。
【0009】
関連して、LacdiNAc構造を癌細胞に特異的に発現されるオリゴ糖配列であると開示し、生物学的試料中に検出されるその存在を指標に癌の検出を行なう方法について特許出願がなされている(特許文献3参照)。しかしながらその検出に関する具体的な手法は記載されておらず、更にはPCの判定を対象にしていない。
【0010】
あるいはまた、PSAを含む標的糖タンパク質の糖鎖の糖プロファイルを決定することにより、被験者の臨床状態を評価する方法が提案されている(特許文献4参照)。該文献は、MALDI−MS法を用いた解析において、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖が、正常なPSA糖鎖とは異なることを記載している。しかしながら、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖の具体的構造を記載していない。
【0011】
上記のように、PSA糖鎖構造が疾患により変化するという事象は多数報告されているが、PC患者においてPSA糖鎖の網羅的な解析が成された例は未だ少なく、更には具体的な糖鎖構造に基づいてPCを判定することはこれまでなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2002−055108号公報
【特許文献2】特表2000−514919号公報
【特許文献3】特表2005−500057号公報
【特許文献4】特表2006−515927号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Stamey他, N. Engl.J. Med., 317, 909-916 (1987)
【非特許文献2】Catalona他, J. Am.Med. Assoc, 279, 1542-1547 (1998)
【非特許文献3】Sumi他, J. Chromatogr. B, 727, 9-14 (1994)
【非特許文献4】Peracaula他, Glycobiology, 13(6), 457-470 (2003)
【非特許文献5】Peracaula他, Glycobiology, 13(4), 227-244 (2003)
【非特許文献6】Kuno他, Mol. Cell. Proteomics,8(1) 99-108 (2009)
【非特許文献7】Tabares他, Glycobiology, 16(2), 132-145 (2006)
【非特許文献8】Bindukumar他, J. Chromatogr. B, Analyt. Technol.Biomed. Life. Sci., 813(1-2), 113-120 (2004)
【非特許文献9】Zhang他, Clin.Chem., 41(11), 1567-1573 (1995)
【非特許文献11】Okada他, Biochim. Biophys. Acta, 1525(1-2), 149-160(2001)
【非特許文献12】Jacques他, J. Biol. Chem., 254(7), 2400-2407(1979)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
したがって、本発明の課題は、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖を検出し、PSAの糖鎖構造に基づいてPCを的確に判定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖において、LacdiNAc構造を有する3本鎖の糖鎖が存在することを世界で初めて発見したことに基づき、その存在を指標にして前立腺癌を判定できることを見出して、本発明を完成した。
【0016】
すなわち、本発明は以下の方法である。
[1]
被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を分析する工程を含み、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする前立腺癌を判定する方法。
[2]
上記PSAの糖鎖構造の分析を、上記PSAに対してレクチンを作用させる方法、上記PSAに対して抗体を作用させる方法、高速液体クロマトグラフィー法もしくは質量分析法、またはこれらを組み合わせた分析手段により行うことを特徴とする[1]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[3]
(1)被験者由来の試料からPSAを精製する工程と、
(2)工程(1)で精製したPSAからPSA誘導体を調製する工程と、
(3)工程(2)で得られたPSA誘導体を標識する工程と、
(4)工程(3)で得られた標識化PSA誘導体を質量分析法により分析する工程を含み、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする[2]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[4]
上記工程(2)において調製されるPSA誘導体が、PSA由来の糖鎖であることを特徴とする[3]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[5]
上記工程(2)において調製されるPSA誘導体が、PSA由来の糖ペプチドであることを特徴とする[3]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[6]
上記工程(1)で精製されたPSAに対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該PSAの中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSAを除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAを得る工程を含み、上記工程(2)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAからPSA誘導体を調製することを特徴とする[3]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[7]
上記工程(2)で調製されたPSA誘導体に対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該誘導体の中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSA誘導体を除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を得る工程を含み、上記工程(3)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を標識することを特徴とする[3]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[8]
下記式(1)で表される糖ペプチドを有することを特徴とする単離されたPSA。
【化1】
[式(1)中、Galはガラクトース、Manはマンノース、Fucはフコース、GalNAcはN−アセチルガラクトサミン、GlcNAcはN−アセチルグルコサミンを示す。括弧は3ヶ所の非還元末端の何れかに結合していることを示す。「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基は、Manα1−6Man側にあっても、Manα1−3側にあってもよく、Manへの結合様式は、β1−2、β1−4又はβ1−6の何れであってもよい。「Peptide」とは、IRNKS(Ile−Arg−Asn−Lys−Ser)であり、GlcNAcはNに結合している。]
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、上記問題点と課題を解決し、前立腺特異抗原(PSA)の糖鎖構造を検出し、その構造の差異を基に、前立腺癌であるか否かを的確に判定する方法を提供できる。更には、前立腺癌(PC)であるか良性前立腺肥大症(BPH)であるかを的確に判定する方法を提供できる。
【0018】
すなわち、現行のPCのスクリーニングに汎用されている血清中のPSA濃度を測定する方法において、高いPSA値(例えば、4ng/mL以上)を示し、苦痛な2次検査である針生検を受けていた被験者についても、本発明を適用することによって不必要な検査を回避することができる。
【0019】
また、血清中などのPSA濃度は年齢とともに上昇する傾向があることが知られている。よって、特に、今後の高齢化社会において、高濃度のPSAを示した被験者の中から、高精度でPCであるか否かを判定する本発明手法は、医学的な貢献のみならず、医療経済にも良好な効果を奏することが期待される。
【0020】
更には、PSA濃度が正常とほぼ同レベルの被験者についても、そのPSA糖鎖に含まれる、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖を検出することで、PCを高精度で識別判定することも可能であり、PCに罹患した人を見逃すことを回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1で得られたポジティブイオンMSスペクトルを示す図である。
【図2】実施例1において、m/z 2792で得られたシグナルP1をプリカーサーイオンとして得られるポジティブイオンMS/MSスペクトルを示す図である。
【図3】実施例2で得られたポジティブイオンMSスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明について説明するが、本発明は以下の実施の具体的態様に限定されるものではなく、任意に変形して実施することができる。
【0023】
本発明のPCを判定する方法においては、被験者がPCであるか否かを判定する方法であり、「被験者由来の試料」に含有されるPSAの糖鎖構造を分析する工程を有しており、その工程において、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するか否かを確認する。そして、かかる「LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を少なくとも1本は有する3本鎖以上の糖鎖」が存在するときに、その被験者を前立腺癌であると判定する。
【0024】
本発明において、「LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)」とは、糖鎖の末端に位置する、下記式(a)で表される化学構造である。
GalNAc−GlcNAc− (a)
[式(a)中、「Gal」はガラクトースを示し、「Glc」はグルコースを示し、「Ac」はアセチル基を示し、「NAc」で、グルコサミン又はガラクトサミンのN(窒素原子)にアセチル基が結合していることを示す。]
【0025】
本発明においては、「Gal−Glc」が、Lac(ラクトース)であることから、式(a)で表される化学構造を、「LacdiNAc」と略記することがある。
【0026】
また、「LacdiNAcを有する糖鎖」には、「LacdiNAc」に、シアル酸、フコースなどの別の化学構造が結合している場合も含まれる。被験者由来の試料中のPSAの糖鎖には、シアル酸、フコースなどの別の化学構造が結合している場合があり、糖鎖構造を分析する工程では、それらは除く場合がある。
【0027】
「3本鎖以上の糖鎖が存在する」とは、PSAはタンパク部分と糖鎖部分とから構成されるが、その糖鎖部分の末端において、少なくとも3本以上が上記式(a)又は下記式(b)で表される化学構造になっていることをいう。なお、下記化学構造にシアル酸、フコースなどの別の化学構造が結合している場合も含まれる。
Gal−GlcNAc− (b)
[式(b)中、「Gal」はガラクトースを示し、「Glc」はグルコースを示し、「Ac」はアセチル基を示し、「GlcNAc」で、グルコサミンのN(窒素原子)にアセチル基が結合していることを示す。]
【0028】
本発明は、被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を分析する工程を含み、該PSAの糖鎖の末端が、3本以上の「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基で構成されており、かつ、そのうちの1本以上が「GalNAc−GlcNAc−」を含む残基であるときに前立腺癌であると判定することを特徴とする前立腺癌を判定する方法、でもある。被験者由来の試料中のPSAの糖鎖は、上記したように、シアル酸、フコース等で修飾されている場合があり、分析工程ではそれらを除く場合があるので、上記したように広く「残基」とし、その場合も本発明に含まれることを明らかにした。
【0029】
本発明では、末端に式(a)又は式(b)で表される構造を含む3本鎖以上の糖鎖が存在し、かつ、そのうちの1本鎖以上が、上記式(a)で表される化学構造を含んでいるPSAが存在するときにPCと判定する。例えば、3本鎖の糖鎖が存在する場合、そのうちの1本鎖のみが上記式(a)で表される化学構造を含んでいる場合にPCと判定し、2本鎖が上記式(a)で表される化学構造を含んでいる場合もPCと判定し、3本鎖の全てが上記式(a)で表される化学構造を含んでいる場合もPCと判定する。また、例えば、4本鎖の糖鎖が存在する場合、1本、2本、3本又は4本が(すなわち1本以上が)、上記式(a)で表される化学構造を含んでいる場合、PCと判定する。それ以上の糖鎖の場合も同様である。「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基は、Manα1−6Man側にあっても、Manα1−3側にあってもよく、更に、Manへの結合様式は、β1−2、β1−4又はβ1−6の何れであってもよい。
【0030】
本発明において用いられる「被験者由来の試料」は、血液(血清、血漿などを含む)、尿、精液(精漿)などの体液;細胞・組織;などである。
【0031】
本発明の前立腺癌を判定する方法では、上記PSAの糖鎖構造の分析を、
*上記PSAに対してレクチンを作用させる方法、
*上記PSAに対して抗体を作用させる方法、
*高速液体クロマトグラフィー法、もしくは、
*質量分析法、
または、
*これらを組み合わせた分析手段
により行うことが好ましい。
【0032】
すなわち、本発明に係るPCの判定方法は、被験者由来の試料中のPSAを、レクチン、抗体といった特異的結合分子を用いる方法によって、高速液体クロマトグラフィーによって、質量分析法によって、または、それらの組み合わせにより分析することによって、それらの工程において、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖構造を被験者のPSAに検出した際に、その被験者を前立腺癌(PC)であると判定することが好ましい。
【0033】
中でもより好ましくは、質量分析法によって、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖構造を検出した際にPCであると判定する方法である。
【0034】
質量分析法においても、特に好ましい本発明に係るPCの判定方法は、質量分析法により分析する工程において、
(1)被験者由来の試料からPSAを精製する工程と、
(2)工程(1)で精製したPSAからPSA誘導体を調製する工程と、
(3)工程(2)で得られたPSA誘導体を標識する工程と、
(4)工程(3)で得られた標識化PSA誘導体を質量分析法により分析する工程と、
を含み、
LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに、すなわちLacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖を検出したときに、前立腺癌であると判定する方法である。
【0035】
工程(1)において、被験者由来の試料からPSAを精製する。工程(1)は、当該技術において知られている任意の方法で実施することができる。
【0036】
あるいは、工程(1)において被験者由来の血清を試料として用いる場合、数種のアフィニティークロマトグラフィーを組み合わせた方法を用いることができる。たとえば、被験者由来の血清に対して、親イオウ吸着に基づくアフィニティー担体であるフラクトゲル(Fractogel)(登録商標)EMD TA)やCibacron Blue 3GAなど、あるいは、プロテインAセファロースCL−4B、HiTrapヘパリンカラムHPLCなどを行う(非特許文献7参照)。その溶離液をエタノールアミンで処理して、遊離のPSAを得る。得られたPSAを前述の免疫沈降法を用いて処理し、PSA誘導体を得る。前述の文献によれば、得られたPSA誘導体の解析を行うために、被験者由来の試料中に約63μgのPSAが必要であった。
【0037】
さらに、工程(1)における試料として被験者由来の血清以外を用いる場合、1工程の親イオウ吸着に基づく親和性担体を用いて、PSAの精製を実施することができる(非特許文献8参照)。たとえば、3S,T−gelスラリー(フラクトゲル(登録商標)EMD TA)を用いるクロマトグラフィーによって、ヒト精液、前立腺癌患者の血清、前立腺癌細胞(LNCaP)培養液の上清からPSAを精製し、ウェスタンブロット法を用いて、PSA単体またはα1−アンチキモトリプシン(ACT)などとの複合体を同定することができる。
【0038】
あるいはまた、被験者由来の精液を試料として用いる場合、親イオウ吸着に基づくアフィニティークロマトグラフィーとゲル濾過を組み合わせることによって、PSAを精製してもよい(非特許文献8参照)。たとえば、フラクトゲル(登録商標)TA 650(S)と、ゲル濾過担体であるUltrogel AcA−54とを組み合わせることができる。この組み合わせ方法では、遊離のPSAを72%の収率で回収することができた。
【0039】
あるいはまた、工程(1)における試料として被験者由来の精液を用いる場合、以下の方法を用いてPSAの精製を行うことができる(非特許文献9および10参照)。たとえば、硫酸アンモニウムの添加による沈殿、疎水性相互作用クロマトグラフィー(Phenyl−Sepharose−HPカラム)、ゲル濾過(Sephacryl S−200カラム)、およびアニオン交換クロマトグラフィー(Resourse Qカラム)を順次行うことによって、PSAを精製することができる。この方法において、試料中に33.9mgのPSAが含まれる場合、最終的なPSAの回収率が30.1%であったことが報告されている。
【0040】
さらに、工程(1)における試料として被験者由来のアンドロゲン依存性のLNCaPを用いる場合、限外濾過と各種クロマトグラフィーとを組み合わせた方法によって、PSAを精製することができる(非特許文献5参照)。たとえば、適切な手段で培養したLNCaPを含む培養液の限外濾過(5kDaカットオフ・ポリスルホン膜(Millipore))、アフィニティークロマトグラフィー(Cibacron Blue 3GA)、ゲル濾過(Biogel P60)、アフィニティークロマトグラフィー(Cibacron Blue 3GA)、および逆相クロマトグラフィー(214TP−RP C4、HPLC使用)を順次行うことによって、PSAを精製することができる。
【0041】
次いで、工程(2)において、精製されたPSAからPSA誘導体を調製する。本発明における「PSA誘導体」とは、PSA由来の糖鎖または糖ペプチドを意味し、具体的には、PSAから分離される糖鎖または糖ペプチドを意味する。たとえば、PSAに対して、エンドプロテアーゼ(サーモリシン、エンドプロテイナーゼArg−C、エンドプロテイナーゼLys−C、トリプシン、キモトリプシン、ペプシン、プロリン特異的エンドペプチダーゼ、プロテアーゼV8、プロテイナーゼK、アミノペプチダーゼM,カルボキシペプチダーゼBなど)またはペプチド結合開裂剤を作用させて糖ペプチドを形成し、糖ペプチドを工程(3)で使用してもよい。
【0042】
別法として、PSAを酵素的に処理して遊離の糖鎖を形成してもよい。あるいはまた、PSAから誘導された前述の糖ペプチドを酵素的に処理して遊離の糖鎖を形成してもよい。このようにして得られた糖鎖を工程(3)で使用してもよい。この酵素的処理においては、たとえば、ペプチドN−グリカナーゼ(PNGase F、PNGase A)、エンドグリコシダーゼ(EndoH, EndoF)、および/または1つまたは複数のプロテアーゼ(トリプシン、エンドプロテイナーゼLys−Cなど)を用いることができる。あるいはまた、PSAまたはPSAから誘導された糖ペプチドを化学的手段(無水ヒドラジンによる分解、還元的または非還元的β−脱離など)を用いて処理して、遊離の糖鎖を形成してもよい。このようにして得られる遊離の糖鎖を、以下の工程(3)で使用してもよい。また、シアリダーゼ処理または酸加水分解を行なってシアル酸を除去した糖鎖または糖ペプチドを用いてもよい。
【0043】
また、工程(1)の最終段階で電気泳動を行い、PSAのバンドを切り出した場合、切り出したバンドに対して上記の反応剤を作用させてゲル内消化を行い、糖ペプチドおよび/または糖鎖を生成してもよい。
【0044】
工程(3)において、PSA誘導体を標識する。標識化合物としては、ナフタレン、アントラセン、ピレンなどの縮合多環炭化水素部分と、分析対象の分子と結合することが可能である反応性官能基と、必要に応じて該縮合多環炭化水素部分と該反応性官能基とを連結するスペーサー部分とを有する化合物を用いることができる。
【0045】
縮合多環炭化水素部分は、好ましくはピレンである。反応性官能基は、シアル酸のカルボキシ基または糖の還元末端との反応性を有し、たとえばジアゾメチル基、アミノ基、ヒドラジド基などを含む。スペーサー部分は、たとえば直鎖または分岐状のアルキレン基などを含む。本発明において用いることができる標識化合物は、1−ピレニルジアゾメタン(PDAM)、1−ピレンブタン酸ヒドラジド(PBH)、1−ピレン酢酸ヒドラジド、1−ピレンプロピオン酸ヒドラジド、アミノピレン(構造異性体を含む)、1−ピレンメチルアミン、1−ピレンプロピルアミン、1−ピレンブチルアミンなどを含む。最も好ましく用いられる標識化合物は、PDAMである。
【0046】
工程(3)は、PSA誘導体および標識化合物を混合し、加熱することによって行うことができる。加熱は、たとえば40〜80℃の範囲内の温度で実施することができる。任意選択的に、水溶性カルボジイミドまたはN−ヒドロキシスクシンイミドなどの促進剤の存在下で、標識を行ってもよい。より好適には、MALDI法にて用いられるターゲットプレート上にPSA誘導体の溶液を滴下して乾燥させ、その上に標識化合物の溶液を滴下して加熱乾燥させることによって、標識を実施することができる。
【0047】
本発明は、標識されたPSA誘導体を質量分析法により分析する方法に関する。以下、「質量分析法による分析」を「MS分析」と略記することがある。工程(4)のMS分析において用いることができるイオン化部は、マトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)型、またはエレクトロスプレーイオン化(ESI)型の装置を含む。
【0048】
本発明においては、ピレンなどの縮合多環炭化水素基を結合することによって、MALDI法における標識されたPSA誘導体のイオン化効率が、未標識のPSA誘導体と比較して向上する。また、本発明の標識されたPSA誘導体は、ESI法の適用がより容易である。なぜなら、PSA誘導体は親水性が高く、ESI法に用いる試料の有機溶液を得るのが困難であるのに比較して、本発明の標識されたPSA誘導体は、縮合多環炭化水素基の導入によって有機溶媒に可溶性となっているためである。
【0049】
工程(4)のMS分析において用いることができる分離部は、飛行時間型(TOF型)、二重収束型、四重極収束型などの当該技術において知られている任意の装置を含む。特に、MSn(n≧2)分析を行うことを考慮して、イオントラップを有する装置を用いることが便利である。特に好適な装置は、四重極イオントラップ−飛行時間型(QIT−TOF)である。ここで、飛行時間型装置として、リニア型、リフレクトロン型または周回型のいずれの装置を用いてもよい。
【0050】
次いで、得られたMSスペクトルにおいて、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖構造に起因するシグナルを探索し、その検出が確認された際に前立腺癌であると判定する。
【0051】
本工程において得られるMSスペクトルにおいて、標識化合物、シアル酸、ガラクトース、フコース、GlcNAcといった一部の糖が質量分析装置中で脱離したシグナルで該糖鎖を選定し、上記の判定手順を実施してもよい。
【0052】
ConA(Concanavalin A(コンカナバリンAレクチン))は、C−3、C−4およびC−6位の水酸基が未置換であるalpha−D−マンノースを2残基以上含む構造に特異性を有する。よって、N−結合型糖鎖においては、マンノースの6位と3位に他のマンノースが結合した母核構造(トリマンノシルコア)を認識し、高マンノース型糖鎖、混成型糖鎖、および二本鎖糖鎖に結合能を有するが、3本鎖や4本鎖といった多分岐複合型糖鎖への結合能は弱く、更にマンノースにβ1−4で結合したGlcNAcの存在で著しくその結合が阻害される(非特許文献11)。
【0053】
従って、本発明の更に好ましい態様は、上記工程(2)で調製されたPSA誘導体に対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該誘導体の中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSA誘導体を除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を得る工程を含み、上記工程(3)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を標識することを特徴とする上記の前立腺癌を判定する方法である。
【0054】
すなわち、PSA誘導体を工程(2)の後にConAに供し、結合しない画分について工程(3)以降を実施することは、PSA誘導体中に含まれる主たる糖鎖構造を排除し、LacdiNAc構造を有する3本鎖以上の糖鎖が検出しやすくなるという利点がある。
【0055】
また、同様の観点から、工程(2)でPSA誘導体を調製する前に、PSAに対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該PSAの中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSAを除去し、その後、誘導体化することも好ましい。
【0056】
従って、本発明の更に好ましい態様は、上記工程(1)で精製されたPSAに対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該PSAの中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSAを除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAを得る工程を含み、上記工程(2)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAからPSA誘導体を調製することを特徴とする上記の前立腺癌を判定する方法である。
【0057】
すなわち、コンカナバリンAレクチン(ConA)の接触は、工程(1)と工程(2)の間に行ってもよいし、工程(2)と工程(3)の間に行ってもよい。
【0058】
通常、レクチンを使用する際は、結合する糖鎖に着目するのが一般的であるため、結合しない糖鎖に着目してレクチンを使用する上記方法は極めて特徴的であり、当業者が容易に想到できるものではないと考えられる。
【0059】
本発明は、上記したように、被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を質量分析法により分析する前立腺癌の判定方法であると共に、上記のPSAの糖鎖構造の分析を、上記のPSAに対してレクチンを作用させる方法、上記のPSAに対して抗体を作用させる方法、高速液体クロマトグラフィー法もしくは上記した質量分析法、またはこれらを組み合わせた分析手段により行う前立腺癌の判定方法でもある。
【0060】
被験者由来の試料に含まれるPSAをそのまま測定してもよいし、PSAを抽出や精製してから測定してもよい。試料に含まれるPSAや抽出や精製されたPSAなどは、アンチキモトリプシンなどと複合体を形成している場合も遊離の場合もあるが、それらの混合物のままの場合、複合体と遊離体を分離する場合、複合体を遊離体にする場合などがある。さらに、それらのPSAからPSA誘導体として糖鎖や糖ペプチドなどを調製してもよい。
【0061】
本発明はPSAの分析手段として高速液体クロマトグラフィー(「HPLC」と略記する場合がある)を用いる方法に関する。例えば、Amideカラムなどに代表される順相HPLCにより検出対象の分子量に依存した分離、あるいはODSカラムなどに代表される逆相HPLCにより検出対象の構成糖鎖配向に依存した分離を行なう。分析で得られるクロマトグラム中にLacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖構造に起因するシグナルを検出することにより判定を行う。検出には任意の吸光波長、あるいは選択した標識化合物に特定の蛍光波長を用いることができる。
【0062】
あるいは、本発明はPSAに対して特異的結合分子を作用させ、その組み合わせによる分析手法を用いる方法に関する。特異的結合分子は、数種のレクチン、抗体およびそれらの断片を含む。例えば、ELISAプレート、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜、ガラスあるいはシリコン製アレイチップに固相化した検出対象に特異的結合分子を反応させ、対象物を検出する。
【0063】
検出にはアルカリフォスファターゼやホースラデッシュペルオキシダーゼといった酵素を結合させたレクチンや抗体を用い、酵素反応を介してブロモクロロインドリル燐酸(BCIP)またはニトロブルーテトラゾリウム(NBT)を用いた化学発色、あるいはルミノール試薬を用いた化学発光を用いることができ、あるいはまた、表面プラズモン共鳴を用いることができる。関連して、固相化した特異的結合分子に対して該検出対象を結合させ、そこに別種のレクチン、または抗体を反応させて一連の検出を行うことができる。本発明では、「特異的抗体」を単に「抗体」と、「特異的レクチン」を単に「レクチン」と略記する場合がある。
【0064】
特異的結合分子としてレクチンを用いる場合、例えば非還元末端GalNAcを認識するWFAレクチン(Wisteria floribunda agglutinin)をPSAに作用させることでLacdiNAc糖鎖を検出することができる。特異的結合分子として抗体を使用する際、PSAに対する抗体は市販のポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体を使用することができる。
【0065】
特異的結合分子として特定の糖鎖構造を認識する抗体を使用する方法に関連して、本発明はLacdiNAc構造を認識するポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体を作製する次の工程に関する。まず、LacdiNAc構造を含む糖鎖構造、その類似体、あるいは誘導体を、生物試料から調製、あるいは化学的若しくは生化学的に合成し、同構造の多価結合体を作製する。次に、免疫反応活性化物質と共に多価結合体で動物を免疫する。この時、多価結合体は免疫反応活性化物質に結合していることが好ましく、結合体は、単独、あるいは更なる免疫反応活性化物質と共に免疫に用いる。より好ましくは、多価結合体を少なくとも一種のアジュバント分子と共に抗体産生生物に注射、あるいは粘膜投与する。
【実施例】
【0066】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限りこれらの実施例に限定されるものではない。
【0067】
実施例1
生検によりPCと診断され、識別コードを付した1名の被験者(N−315)の血清(337.9ng PSA/mL)を用いた。なお、手順の実施に際し医療機関の倫理審査の承認を受け、被験者にはインフォームドコンセントを行なった。
【0068】
(a)工程1 PSAの単離
最初に血清から免疫グロブリンの除去を行った。5mLのプロテインAアガロース担体(PIERCE)をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で平衡化した。これをディスポーザブルプラスティックカラム(PIERCE)に充填し、該被験者の血清およびPBSの混合物を添加し、4℃にて30分間振盪した。この担体に結合しないPSAを含む画分を回収し、さらに担体の3倍体積(3CV)のPBSにてプロテインAアガロース担体を洗浄した画分を回収後、両画分の混合溶液に最終濃度が1MになるようにNa2SO4を加えた。
【0069】
次に、PSA含有画分から血清中の主要タンパクであるアルブミンの除去を行った。2.5mLのフラクトゲル(商標)EMD TA(S)(Merck)をディスポーザブルプラスティックカラムに充填し、20mMリン酸緩衝液(pH7.4、Na2SO4(1M)含有)にて平衡化させた。フラクトゲル充填カラムに対して上記にて得られた画分を添加し、ポンプを用いて7CVの同緩衝液を送液し、アルブミンの除去を行った。
【0070】
次いで、フラクトゲル(商標)に吸着したタンパク質を20mMリン酸緩衝液(pH7.4、Na2SO4不含)にて溶出し、PSAを含む画分を得た。引き続き、この画分をPBSにて平衡化させた2mLのプロテインAアガロース担体に添加し、4℃にて30分間振盪することにより、除去しきれなかった免疫グロブリンを除去した。プロテインAアガロース担体に結合しないPSAを含む画分および3CVのPBSにて洗浄した画分の混合溶液を次の免疫沈降に用いた。
【0071】
引き続いて、免疫沈降に用いる抗PSA抗体ビーズの作製をおこなった。NHS−activated Sepharose 4 Fast Flow(GEヘルスケアバイオサイエンス社)を1mMのHClで3回洗浄した。次に洗浄したビーズに対して、市販の抗ヒトPSA・ウサギポリクローナル抗体(DAKO社)を添加し、室温にて30分間にわたって振盪することで、抗体とビーズの架橋を行った。
【0072】
続いて、0.5MのNaClを含む0.5Mのモノエタノールアミン水溶液を加え、室温にて30分間にわたって振盪することで残余活性基の不活化を行った。得られた抗PSA抗体ビーズを0.5MのNaClを含む0.1Mの酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.0)、および0.5MのNaClを含む1Mのトリス緩衝液(pH9.0)で交互に3回洗浄した。次いで、抗PSA抗体ビーズをPBSで3回洗浄した。最後に、同ビーズを0.02%アジ化ナトリウム含有PBSで洗浄し、使用時まで4℃にて保存した。
【0073】
次いで、免疫沈降を行った。前述のPSAを含む混合溶液画分に対して、40μLの抗PSA抗体ビーズを添加し、4℃にて1時間にわたり振盪した。続いて、抗PSA抗体ビーズをMicro Bio−Spinクロマトグラフィーカラム(バイオ・ラッドラボラトリーズ社)に移した。抗PSA抗体ビーズカラムを、PBSで4回、0.02%のTween−20を含むPBSで3回、および蒸留水で2回洗浄した。さらに、抗PSA抗体ビーズカラムに1Mのプロピオン酸水溶液を加え、ビーズに吸着したタンパク質を溶出させて回収した。プロピオン酸水溶液による溶出は全5回にわたって行い、その溶離液を混合して遠心濃縮機を用いて乾固させた。
【0074】
得られたタンパク質画分の一部をウェスタンブロット法に供し、半定量的な解析をおこなったところ、最初の血清に含まれていたPSAの70%以上を回収できることが判明した。
【0075】
(b)工程2 糖ペプチドの調製
工程(a)で得られた減圧乾固サンプルの入ったチューブに対して、50単位のサーモリシン(Calbio)を含む50mM炭酸水素アンモニウム水溶液(pH8.0)、100μLを直接加え、18時間にわたって56℃で静置反応させた。反応混合物を遠心濃縮機によって乾固させた後、得られた固形物を、0.8%トリフルオロ酢酸水溶液に溶解し、40分間にわたって80℃で静置し、脱シアル酸反応を行った。反応サンプルを遠心濃縮機で乾固させた。
【0076】
続いて、カーボングラファイト充填カートリッジであるIntersep GC 50mg(GLサイエンス)を用いて、得られたサンプルから糖ペプチドの粗精製および脱塩を行った。最初に、カートリッジに対して、1MのNaOH水溶液、蒸留水、30%酢酸水溶液、ならびに5%アセトニトリルおよび1%トリフルオロ酢酸を含有する水溶液を順次送液し、カーボングラファイトの洗浄、ならびに平衡化を行った。
【0077】
次に、乾固した糖ペプチドサンプルを、「5%アセトニトリルおよび1%トリフルオロ酢酸を含有する水溶液」に溶解し、カートリッジに送液した。カートリッジに吸着させた糖ペプチドに対して、蒸留水、「5%アセトニトリルおよび1%トリフルオロ酢酸を含有する水溶液」を順次送液し、洗浄を行った。その後、「80%アセトニトリルおよび1%トリフルオロ酢酸を含有する水溶液」をカートリッジに送液して、吸着した糖ペプチドを溶出することで粗精製糖ペプチド画分を得た。得られた溶液は、遠心濃縮機を用いて乾固させた。
【0078】
Cellulose,fibrous(シグマアルドリッチ社)を用いて、糖ペプチドの精製を行った。使用前にCelluloseを50%エタノール水溶液で5回洗浄し、次いで、ブタノール:蒸留水:エタノール=4:1:1で5回洗浄した。乾固させた粗精製糖ペプチド画分を同混合溶液で溶解し、その溶液に対して洗浄済みのCellulose溶液を20μL加え、1時間にわたって室温にて振盪することで糖ペプチドを吸着させた。次いで、前述の混合溶液を用いて6回にわたってCelluloseを洗浄した。
【0079】
糖ペプチドの吸着したCelluloseに対して50%エタノール水溶液を加え、30分間にわたって室温で振盪することにより糖ペプチドの溶離を行った。溶離した糖ペプチドを含む溶液を回収し、遠心濃縮機にて乾固させた。次いで、乾固させた糖ペプチドを5%アセトニトリル水溶液4μLに溶解した。
【0080】
(c)工程3 糖ペプチド(PSA誘導体)の標識
MALDI用ターゲットプレートの上に、工程2で得られた糖ペプチド溶液1.0μLを滴下し、風乾させた。次に、ターゲットプレート上に、1−ピレニルジアゾメタン(PDAM、500pmol)のDMSO溶液0.25μLを滴下し、約5分間にわたって80℃に加熱し、乾燥させた。この操作によって、ターゲットプレート上に、PDAMで標識された糖ペプチドが得られた。
【0081】
(d)工程4 MS分析
工程3で得られた標識糖ペプチドを担持したターゲットプレートに対して、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)の60%アセトニトリル溶液(濃度10mg/mL)1.0μLを滴下し、室温において乾燥させた。
【0082】
得られたターゲットプレートを、MALDI−QIT−TOFMS装置AXIMA−QIT(島津製作所/Kratos社製)に設置し、MS分析を行った。定量的な比較を行うために、ターゲットプレート上の試料の広がりよりも大きい外周で囲まれた領域をラスタースキャンし、有意な全シグナルを積算した。
【0083】
得られたMSスペクトルの代表例を図1に示す。図1中、P1で示したように、PSA由来のペプチド43−47に、LacdiNAcを有する下記式(1)で表される3本鎖糖鎖が見いだされた。該構造は、これまでPSAでは報告のない新規構造であり、本発明により初めてPC患者に見いだされたものである。
【0084】
[P1] (m/z 2792)
【化2】
[式(1)中、Galはガラクトース、Manはマンノース、Fucはフコース、GalNAcはN−アセチルガラクトサミン、GlcNAcはN−アセチルグルコサミンを示す。括弧は3ヶ所の非還元末端の何れかに結合していることを示す。「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基は、Manα1−6Man側にあっても、Manα1−3側にあってもよく、Manへの結合様式は、β1−2、β1−4又はβ1−6の何れであってもよい。「Peptide」とは、IRNKS(Ile−Arg−Asn−Lys−Ser)であり、GlcNAcはNに結合している。]
【0085】
従って、PCと診断された被検者のPSAは天然物ではあるが、質量分析法用のターゲットプレート上に存在する下記式(1)で表される糖ペプチドを有するPSAは新規な状態である。また、下記実施例3に示すように、上記PSAは単離できるので、上記式(1)で表される糖ペプチドを有することを特徴とする単離されたPSAは新規なものである。
【0086】
m/z 2792イオンをプリカーサーイオンとして用いたMS2分析を行った結果を図2に示した。図2に示したように、フラグメントイオンから、上記式(1)で示した構造であると確認された。フラグメントイオンm/z701、821、967は、それぞれ83DaのGlcNAcクロスリングフラグメント、GlcNAc、GlcNAc−Fucが結合したペプチドIRNKSを示し、PSAタンパク質上に結合していることを証明している。糖鎖を遊離せずに糖ペプチドとして解析した本法は、夾雑タンパク質の影響を受けず極めて精度の高い結果が得られた。
【0087】
実施例1に示すように、癌患者由来PSAの糖ペプチド中に、健常者由来PSAにはみいだされていない、LacdiNAcを有する3本鎖糖鎖を検出することができた。この知見は、PSAの糖鎖構造の差異に基づき前立腺に係る癌性変化の有無を判定するという本件の有効性を示すのみでなく、癌生物学的解明や治療への応用のために非常に有意義な発見である。
【0088】
実施例2
実施例1で使用したサンプルと同じ血清を対象に、工程1、工程2のサーモリシン反応および脱シアル酸反応を実施した後に、固相化コンカナバリンA(ConA)担体を使用し、担体に結合しない画分を調製することで、3本鎖以上の糖鎖を選択的に検出した。
【0089】
はじめに、pH7.4に調節した10mM酢酸アンモニウム緩衝液を、Dia Chrom ConA Tip(Glygen corp)中に10μL吸引し排出することでチップ内の平衡化を行なった。平衡化の操作は3回行なった。次に、工程1、工程2のサーモリシン反応および脱シアル酸反応を実施した後に、減圧乾固させたサンプルを10μLの酢酸アンモニウム緩衝液に溶解し、平衡化を終えたチップでの吸引、排出を20回繰り返した。
【0090】
その後、該サンプル溶液をチップ中に吸引した状態で30分間静置することで、ConAに特定の種類の糖ペプチドを反応させた。続いて、10μLの蒸留水を吸引、排出することでチップの洗浄を行ない、更に、10μLの蒸留水を吸引した状態で10分間静置し、その後排出する操作を3回繰り返した。ConAに供した後のサンプル溶液および洗浄に使用した蒸留水をConAに対する非結合画分としてまとめ、遠心濃縮機を用いて乾固させた。
【0091】
続いて、Intersep GCにより粗精製および脱塩を終えた非結合画分溶液を遠心濃縮機により乾固させた。乾固させた非結合画分は、Celluloseに供することなく、5%アセトニトリル水溶液4μLに溶解し、工程3以降の操作を実施例1と同様に実施し、MS分析をおこなった。
【0092】
得られたMSスペクトルを図3に示す。図3中、P1で示したように、PSA由来のペプチド43−47にLacdiNAcを有する3本鎖糖鎖(上記式(1)で示す構造)が見いだされた。一方、癌患者以外の被験者由来のPSAにも存在する、2本鎖構造である、m/z 2386イオンや、そのピレン標識誘導体であるm/z 2600イオンは、ほとんど検出されなかった。その他のシグナルをMS/MS解析することによって、上記式(1)で示す構造以外のPSA由来のペプチド43−47に糖鎖が結合した糖ペプチドは検出されなかった。更に、実施例1のMSスペクトル中に見られたシグナルと異なるシグナルは検出されず、実施例2に示す工程は癌特異的糖鎖構造を選択的に検出する点において好ましいことが分かった。
【0093】
実施例3
実施例1で使用したサンプルと同じ血清を対象に、工程1を実施した後に、固相化コンカナバリンA(ConA)担体を使用し、担体に結合しない画分を調製することで、式(1)で表される糖ペプチドを有するPSAを選択的に単離できる。
【0094】
はじめに、実施例2と同様に10mM酢酸アンモニウム緩衝液を用いてDia Chrom ConA Tip(Glygen corp)チップの平衡化を行なう。次に、工程1を実施した後に減圧乾固させたサンプルを10μLの酢酸アンモニウム緩衝液に溶解し、平衡化を終えたチップにて吸引、排出を20回繰り返す。
【0095】
その後、該サンプル溶液をチップ中に吸引した状態で30分間静置することで、ConAと反応させる。続いて、10μLの蒸留水を吸引、排出することでチップの洗浄を行ない、更に、10μLの蒸留水を吸引した状態で10分間静置し、その後排出する操作を3回繰り返す。ConAに供した後のサンプル溶液および洗浄に使用した蒸留水をConAに対する非結合画分としてまとめ、凍結乾燥させる。この画分が、式(1)で表される糖ペプチドを有する単離されたPSAであることは、次のようにして確認できる。
【0096】
すなわち、実施例1と同様に工程2以降の操作を行うことでPSA糖ペプチドを調製する。最後に乾固させたサンプルを5%アセトニトリル水溶液4μLに溶解し、工程3以降の操作を実施例1と同様に実施し、MS分析を行う。
【0097】
上記の操作で得られたサンプルをMS解析に供することで、図3と同様の、上記式(1)で示す構造のみが検出されるマススペクトルが得られ、上記のConA非結合画分が、式(1)で表される糖ペプチドを有する単離されたPSAであることが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明の前立腺癌を判定する方法によれば、前立腺癌(PC)であるか否かを的確に判定でき、2次検査である苦痛な針生検を回避することができる。また、PSA濃度が正常レベルの被験者についても、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖を検出することで、PCを高精度で識別判定することも可能であるので、高精度でPCを判定する本発明は広く利用されるものである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、前立腺癌を判定する新規な方法に関する。より詳細には、本発明は、前立腺特異抗原(PSA)の糖鎖構造の差異に基づき、前立腺癌を判定する新規な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺癌(prostate carcinoma:以下「PC」と称する)は男性の主要な死亡原因の1つである。前立腺特異抗原(prostate specific antigen:以下「PSA」と称する)は、PCに対する主な腫瘍マーカーとして認識されている(たとえば、非特許文献1参照)。PSAは、約26kDaの分子量を有する237個のアミノ酸残基からなるタンパク部分と、該タンパク部分の45番目のアミノ酸残基(アスパラギン)に結合した糖鎖部分とから構成される約30kDaの分子量を有する糖タンパク質またはその誘導体である。
【0003】
PCの初期診断に対する血清PSA濃度試験の有用性は既に多くの文献に記載されているが、血清PSA濃度4ng/mL〜10ng/mLはグレーゾーン(gray zone)と呼ばれ、PCに罹患しているとは断定できない濃度領域である(たとえば、非特許文献2参照)。この問題を解決するために、これまでにいくつかの試み(たとえば、PSA密度、PSA勾配(年間増加度)、遊離PSA/全PSAの比などによる判定)が実施されてきたが、確定的な診断手法は未だ確立されていない。
【0004】
最近、コンカナバリンA、植物凝集素E4(PHA−E4)およびPHA−L4を組み合わせた連続的レクチンアフィニティークロマトグラフィー法による研究において、PSAのアスパラギンに結合する糖鎖の構造が、PC組織と前立腺肥大症組織(あるいは正常組織)との間で相違するという結果が報告された(非特許文献3参照)。この非特許文献3には、PSA中のN−結合糖鎖がヒト前立腺における癌化の過程で変化すること、および、PSA中のN−結合糖鎖がPCの診断ツールとして役立つ可能性があることが記載されている。
【0005】
一方、PSAの構造を検出することによって、PCと良性前立腺肥大症(benign prostatic hyperplasia:以下「BPH」と称する)とを判別する方法として、PSAの糖鎖に結合する結合分子を用いるいくつかの免疫学的方法が提案されてきている。たとえば、PSAをレクチンと接触させ、PSAの糖鎖とレクチンとの親和性に基づいて分別されたPSAを測定することによって、PCとBPHとを判定する方法が報告されている(特許文献1参照)。この報告において、PSAの糖鎖とレクチン(イヌエンジュ(Maackia amurensis)レクチンなど)との親和性の差異は、糖鎖末端に付加するシアル酸の配向に基づくと記載されている。しかしながら、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖の具体的構造を決定してはいない。
【0006】
また、PSA中に少なくとも三分岐の糖鎖が存在するかどうかに基づいてPCを判定する方法が報告されている(特許文献2参照)。この方法においては、少なくとも三分岐の糖鎖に結合するが、一分岐および二分岐の糖鎖とは結合しない結合分子を用いる。用いることができる結合分子は、レクチン(PHA−Lなど)や抗体を含む。しかしながら、この報告には三分岐の糖鎖にLacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)が存在(付加)する構造は示されていない。
【0007】
さらに、PSA中のN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)の含有量に注目した報告がなされている(非特許文献4参照)。該報告は、PSA糖鎖の構造を詳細に検証し、精漿由来PSA糖鎖におけるGalNAc含有量が25%であるのに対し、前立腺癌細胞株(LNCaP)のPSA糖鎖にはGalNAcが65%程度含まれることを記載している。この著者らは膵ガン由来細胞株(Capan−1)においても同様の変化を観察しており(非特許文献5参照)、そこからGalNAcの含有量変化は癌性変異に起因するものであると類推している。
【0008】
また、特異的抗体と多数のレクチンからなるアレイを用いてPSAを含む対象タンパク質の糖鎖を網羅的に解析する手法が報告されている(非特許文献6参照)。この方法において、前立腺癌細胞株に由来するPSAの糖鎖構造上の非還元末端にはLacdiNAc構造(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン構造)が多く存在することが明らかにされている。しかしながら、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖を対象にはしていない。
【0009】
関連して、LacdiNAc構造を癌細胞に特異的に発現されるオリゴ糖配列であると開示し、生物学的試料中に検出されるその存在を指標に癌の検出を行なう方法について特許出願がなされている(特許文献3参照)。しかしながらその検出に関する具体的な手法は記載されておらず、更にはPCの判定を対象にしていない。
【0010】
あるいはまた、PSAを含む標的糖タンパク質の糖鎖の糖プロファイルを決定することにより、被験者の臨床状態を評価する方法が提案されている(特許文献4参照)。該文献は、MALDI−MS法を用いた解析において、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖が、正常なPSA糖鎖とは異なることを記載している。しかしながら、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖の具体的構造を記載していない。
【0011】
上記のように、PSA糖鎖構造が疾患により変化するという事象は多数報告されているが、PC患者においてPSA糖鎖の網羅的な解析が成された例は未だ少なく、更には具体的な糖鎖構造に基づいてPCを判定することはこれまでなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2002−055108号公報
【特許文献2】特表2000−514919号公報
【特許文献3】特表2005−500057号公報
【特許文献4】特表2006−515927号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Stamey他, N. Engl.J. Med., 317, 909-916 (1987)
【非特許文献2】Catalona他, J. Am.Med. Assoc, 279, 1542-1547 (1998)
【非特許文献3】Sumi他, J. Chromatogr. B, 727, 9-14 (1994)
【非特許文献4】Peracaula他, Glycobiology, 13(6), 457-470 (2003)
【非特許文献5】Peracaula他, Glycobiology, 13(4), 227-244 (2003)
【非特許文献6】Kuno他, Mol. Cell. Proteomics,8(1) 99-108 (2009)
【非特許文献7】Tabares他, Glycobiology, 16(2), 132-145 (2006)
【非特許文献8】Bindukumar他, J. Chromatogr. B, Analyt. Technol.Biomed. Life. Sci., 813(1-2), 113-120 (2004)
【非特許文献9】Zhang他, Clin.Chem., 41(11), 1567-1573 (1995)
【非特許文献11】Okada他, Biochim. Biophys. Acta, 1525(1-2), 149-160(2001)
【非特許文献12】Jacques他, J. Biol. Chem., 254(7), 2400-2407(1979)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
したがって、本発明の課題は、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖を検出し、PSAの糖鎖構造に基づいてPCを的確に判定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、PCに罹患した被験者のPSA糖鎖において、LacdiNAc構造を有する3本鎖の糖鎖が存在することを世界で初めて発見したことに基づき、その存在を指標にして前立腺癌を判定できることを見出して、本発明を完成した。
【0016】
すなわち、本発明は以下の方法である。
[1]
被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を分析する工程を含み、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする前立腺癌を判定する方法。
[2]
上記PSAの糖鎖構造の分析を、上記PSAに対してレクチンを作用させる方法、上記PSAに対して抗体を作用させる方法、高速液体クロマトグラフィー法もしくは質量分析法、またはこれらを組み合わせた分析手段により行うことを特徴とする[1]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[3]
(1)被験者由来の試料からPSAを精製する工程と、
(2)工程(1)で精製したPSAからPSA誘導体を調製する工程と、
(3)工程(2)で得られたPSA誘導体を標識する工程と、
(4)工程(3)で得られた標識化PSA誘導体を質量分析法により分析する工程を含み、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする[2]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[4]
上記工程(2)において調製されるPSA誘導体が、PSA由来の糖鎖であることを特徴とする[3]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[5]
上記工程(2)において調製されるPSA誘導体が、PSA由来の糖ペプチドであることを特徴とする[3]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[6]
上記工程(1)で精製されたPSAに対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該PSAの中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSAを除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAを得る工程を含み、上記工程(2)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAからPSA誘導体を調製することを特徴とする[3]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[7]
上記工程(2)で調製されたPSA誘導体に対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該誘導体の中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSA誘導体を除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を得る工程を含み、上記工程(3)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を標識することを特徴とする[3]に記載の前立腺癌を判定する方法。
[8]
下記式(1)で表される糖ペプチドを有することを特徴とする単離されたPSA。
【化1】
[式(1)中、Galはガラクトース、Manはマンノース、Fucはフコース、GalNAcはN−アセチルガラクトサミン、GlcNAcはN−アセチルグルコサミンを示す。括弧は3ヶ所の非還元末端の何れかに結合していることを示す。「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基は、Manα1−6Man側にあっても、Manα1−3側にあってもよく、Manへの結合様式は、β1−2、β1−4又はβ1−6の何れであってもよい。「Peptide」とは、IRNKS(Ile−Arg−Asn−Lys−Ser)であり、GlcNAcはNに結合している。]
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、上記問題点と課題を解決し、前立腺特異抗原(PSA)の糖鎖構造を検出し、その構造の差異を基に、前立腺癌であるか否かを的確に判定する方法を提供できる。更には、前立腺癌(PC)であるか良性前立腺肥大症(BPH)であるかを的確に判定する方法を提供できる。
【0018】
すなわち、現行のPCのスクリーニングに汎用されている血清中のPSA濃度を測定する方法において、高いPSA値(例えば、4ng/mL以上)を示し、苦痛な2次検査である針生検を受けていた被験者についても、本発明を適用することによって不必要な検査を回避することができる。
【0019】
また、血清中などのPSA濃度は年齢とともに上昇する傾向があることが知られている。よって、特に、今後の高齢化社会において、高濃度のPSAを示した被験者の中から、高精度でPCであるか否かを判定する本発明手法は、医学的な貢献のみならず、医療経済にも良好な効果を奏することが期待される。
【0020】
更には、PSA濃度が正常とほぼ同レベルの被験者についても、そのPSA糖鎖に含まれる、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖を検出することで、PCを高精度で識別判定することも可能であり、PCに罹患した人を見逃すことを回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1で得られたポジティブイオンMSスペクトルを示す図である。
【図2】実施例1において、m/z 2792で得られたシグナルP1をプリカーサーイオンとして得られるポジティブイオンMS/MSスペクトルを示す図である。
【図3】実施例2で得られたポジティブイオンMSスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明について説明するが、本発明は以下の実施の具体的態様に限定されるものではなく、任意に変形して実施することができる。
【0023】
本発明のPCを判定する方法においては、被験者がPCであるか否かを判定する方法であり、「被験者由来の試料」に含有されるPSAの糖鎖構造を分析する工程を有しており、その工程において、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するか否かを確認する。そして、かかる「LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を少なくとも1本は有する3本鎖以上の糖鎖」が存在するときに、その被験者を前立腺癌であると判定する。
【0024】
本発明において、「LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)」とは、糖鎖の末端に位置する、下記式(a)で表される化学構造である。
GalNAc−GlcNAc− (a)
[式(a)中、「Gal」はガラクトースを示し、「Glc」はグルコースを示し、「Ac」はアセチル基を示し、「NAc」で、グルコサミン又はガラクトサミンのN(窒素原子)にアセチル基が結合していることを示す。]
【0025】
本発明においては、「Gal−Glc」が、Lac(ラクトース)であることから、式(a)で表される化学構造を、「LacdiNAc」と略記することがある。
【0026】
また、「LacdiNAcを有する糖鎖」には、「LacdiNAc」に、シアル酸、フコースなどの別の化学構造が結合している場合も含まれる。被験者由来の試料中のPSAの糖鎖には、シアル酸、フコースなどの別の化学構造が結合している場合があり、糖鎖構造を分析する工程では、それらは除く場合がある。
【0027】
「3本鎖以上の糖鎖が存在する」とは、PSAはタンパク部分と糖鎖部分とから構成されるが、その糖鎖部分の末端において、少なくとも3本以上が上記式(a)又は下記式(b)で表される化学構造になっていることをいう。なお、下記化学構造にシアル酸、フコースなどの別の化学構造が結合している場合も含まれる。
Gal−GlcNAc− (b)
[式(b)中、「Gal」はガラクトースを示し、「Glc」はグルコースを示し、「Ac」はアセチル基を示し、「GlcNAc」で、グルコサミンのN(窒素原子)にアセチル基が結合していることを示す。]
【0028】
本発明は、被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を分析する工程を含み、該PSAの糖鎖の末端が、3本以上の「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基で構成されており、かつ、そのうちの1本以上が「GalNAc−GlcNAc−」を含む残基であるときに前立腺癌であると判定することを特徴とする前立腺癌を判定する方法、でもある。被験者由来の試料中のPSAの糖鎖は、上記したように、シアル酸、フコース等で修飾されている場合があり、分析工程ではそれらを除く場合があるので、上記したように広く「残基」とし、その場合も本発明に含まれることを明らかにした。
【0029】
本発明では、末端に式(a)又は式(b)で表される構造を含む3本鎖以上の糖鎖が存在し、かつ、そのうちの1本鎖以上が、上記式(a)で表される化学構造を含んでいるPSAが存在するときにPCと判定する。例えば、3本鎖の糖鎖が存在する場合、そのうちの1本鎖のみが上記式(a)で表される化学構造を含んでいる場合にPCと判定し、2本鎖が上記式(a)で表される化学構造を含んでいる場合もPCと判定し、3本鎖の全てが上記式(a)で表される化学構造を含んでいる場合もPCと判定する。また、例えば、4本鎖の糖鎖が存在する場合、1本、2本、3本又は4本が(すなわち1本以上が)、上記式(a)で表される化学構造を含んでいる場合、PCと判定する。それ以上の糖鎖の場合も同様である。「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基は、Manα1−6Man側にあっても、Manα1−3側にあってもよく、更に、Manへの結合様式は、β1−2、β1−4又はβ1−6の何れであってもよい。
【0030】
本発明において用いられる「被験者由来の試料」は、血液(血清、血漿などを含む)、尿、精液(精漿)などの体液;細胞・組織;などである。
【0031】
本発明の前立腺癌を判定する方法では、上記PSAの糖鎖構造の分析を、
*上記PSAに対してレクチンを作用させる方法、
*上記PSAに対して抗体を作用させる方法、
*高速液体クロマトグラフィー法、もしくは、
*質量分析法、
または、
*これらを組み合わせた分析手段
により行うことが好ましい。
【0032】
すなわち、本発明に係るPCの判定方法は、被験者由来の試料中のPSAを、レクチン、抗体といった特異的結合分子を用いる方法によって、高速液体クロマトグラフィーによって、質量分析法によって、または、それらの組み合わせにより分析することによって、それらの工程において、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖構造を被験者のPSAに検出した際に、その被験者を前立腺癌(PC)であると判定することが好ましい。
【0033】
中でもより好ましくは、質量分析法によって、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖構造を検出した際にPCであると判定する方法である。
【0034】
質量分析法においても、特に好ましい本発明に係るPCの判定方法は、質量分析法により分析する工程において、
(1)被験者由来の試料からPSAを精製する工程と、
(2)工程(1)で精製したPSAからPSA誘導体を調製する工程と、
(3)工程(2)で得られたPSA誘導体を標識する工程と、
(4)工程(3)で得られた標識化PSA誘導体を質量分析法により分析する工程と、
を含み、
LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに、すなわちLacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖を検出したときに、前立腺癌であると判定する方法である。
【0035】
工程(1)において、被験者由来の試料からPSAを精製する。工程(1)は、当該技術において知られている任意の方法で実施することができる。
【0036】
あるいは、工程(1)において被験者由来の血清を試料として用いる場合、数種のアフィニティークロマトグラフィーを組み合わせた方法を用いることができる。たとえば、被験者由来の血清に対して、親イオウ吸着に基づくアフィニティー担体であるフラクトゲル(Fractogel)(登録商標)EMD TA)やCibacron Blue 3GAなど、あるいは、プロテインAセファロースCL−4B、HiTrapヘパリンカラムHPLCなどを行う(非特許文献7参照)。その溶離液をエタノールアミンで処理して、遊離のPSAを得る。得られたPSAを前述の免疫沈降法を用いて処理し、PSA誘導体を得る。前述の文献によれば、得られたPSA誘導体の解析を行うために、被験者由来の試料中に約63μgのPSAが必要であった。
【0037】
さらに、工程(1)における試料として被験者由来の血清以外を用いる場合、1工程の親イオウ吸着に基づく親和性担体を用いて、PSAの精製を実施することができる(非特許文献8参照)。たとえば、3S,T−gelスラリー(フラクトゲル(登録商標)EMD TA)を用いるクロマトグラフィーによって、ヒト精液、前立腺癌患者の血清、前立腺癌細胞(LNCaP)培養液の上清からPSAを精製し、ウェスタンブロット法を用いて、PSA単体またはα1−アンチキモトリプシン(ACT)などとの複合体を同定することができる。
【0038】
あるいはまた、被験者由来の精液を試料として用いる場合、親イオウ吸着に基づくアフィニティークロマトグラフィーとゲル濾過を組み合わせることによって、PSAを精製してもよい(非特許文献8参照)。たとえば、フラクトゲル(登録商標)TA 650(S)と、ゲル濾過担体であるUltrogel AcA−54とを組み合わせることができる。この組み合わせ方法では、遊離のPSAを72%の収率で回収することができた。
【0039】
あるいはまた、工程(1)における試料として被験者由来の精液を用いる場合、以下の方法を用いてPSAの精製を行うことができる(非特許文献9および10参照)。たとえば、硫酸アンモニウムの添加による沈殿、疎水性相互作用クロマトグラフィー(Phenyl−Sepharose−HPカラム)、ゲル濾過(Sephacryl S−200カラム)、およびアニオン交換クロマトグラフィー(Resourse Qカラム)を順次行うことによって、PSAを精製することができる。この方法において、試料中に33.9mgのPSAが含まれる場合、最終的なPSAの回収率が30.1%であったことが報告されている。
【0040】
さらに、工程(1)における試料として被験者由来のアンドロゲン依存性のLNCaPを用いる場合、限外濾過と各種クロマトグラフィーとを組み合わせた方法によって、PSAを精製することができる(非特許文献5参照)。たとえば、適切な手段で培養したLNCaPを含む培養液の限外濾過(5kDaカットオフ・ポリスルホン膜(Millipore))、アフィニティークロマトグラフィー(Cibacron Blue 3GA)、ゲル濾過(Biogel P60)、アフィニティークロマトグラフィー(Cibacron Blue 3GA)、および逆相クロマトグラフィー(214TP−RP C4、HPLC使用)を順次行うことによって、PSAを精製することができる。
【0041】
次いで、工程(2)において、精製されたPSAからPSA誘導体を調製する。本発明における「PSA誘導体」とは、PSA由来の糖鎖または糖ペプチドを意味し、具体的には、PSAから分離される糖鎖または糖ペプチドを意味する。たとえば、PSAに対して、エンドプロテアーゼ(サーモリシン、エンドプロテイナーゼArg−C、エンドプロテイナーゼLys−C、トリプシン、キモトリプシン、ペプシン、プロリン特異的エンドペプチダーゼ、プロテアーゼV8、プロテイナーゼK、アミノペプチダーゼM,カルボキシペプチダーゼBなど)またはペプチド結合開裂剤を作用させて糖ペプチドを形成し、糖ペプチドを工程(3)で使用してもよい。
【0042】
別法として、PSAを酵素的に処理して遊離の糖鎖を形成してもよい。あるいはまた、PSAから誘導された前述の糖ペプチドを酵素的に処理して遊離の糖鎖を形成してもよい。このようにして得られた糖鎖を工程(3)で使用してもよい。この酵素的処理においては、たとえば、ペプチドN−グリカナーゼ(PNGase F、PNGase A)、エンドグリコシダーゼ(EndoH, EndoF)、および/または1つまたは複数のプロテアーゼ(トリプシン、エンドプロテイナーゼLys−Cなど)を用いることができる。あるいはまた、PSAまたはPSAから誘導された糖ペプチドを化学的手段(無水ヒドラジンによる分解、還元的または非還元的β−脱離など)を用いて処理して、遊離の糖鎖を形成してもよい。このようにして得られる遊離の糖鎖を、以下の工程(3)で使用してもよい。また、シアリダーゼ処理または酸加水分解を行なってシアル酸を除去した糖鎖または糖ペプチドを用いてもよい。
【0043】
また、工程(1)の最終段階で電気泳動を行い、PSAのバンドを切り出した場合、切り出したバンドに対して上記の反応剤を作用させてゲル内消化を行い、糖ペプチドおよび/または糖鎖を生成してもよい。
【0044】
工程(3)において、PSA誘導体を標識する。標識化合物としては、ナフタレン、アントラセン、ピレンなどの縮合多環炭化水素部分と、分析対象の分子と結合することが可能である反応性官能基と、必要に応じて該縮合多環炭化水素部分と該反応性官能基とを連結するスペーサー部分とを有する化合物を用いることができる。
【0045】
縮合多環炭化水素部分は、好ましくはピレンである。反応性官能基は、シアル酸のカルボキシ基または糖の還元末端との反応性を有し、たとえばジアゾメチル基、アミノ基、ヒドラジド基などを含む。スペーサー部分は、たとえば直鎖または分岐状のアルキレン基などを含む。本発明において用いることができる標識化合物は、1−ピレニルジアゾメタン(PDAM)、1−ピレンブタン酸ヒドラジド(PBH)、1−ピレン酢酸ヒドラジド、1−ピレンプロピオン酸ヒドラジド、アミノピレン(構造異性体を含む)、1−ピレンメチルアミン、1−ピレンプロピルアミン、1−ピレンブチルアミンなどを含む。最も好ましく用いられる標識化合物は、PDAMである。
【0046】
工程(3)は、PSA誘導体および標識化合物を混合し、加熱することによって行うことができる。加熱は、たとえば40〜80℃の範囲内の温度で実施することができる。任意選択的に、水溶性カルボジイミドまたはN−ヒドロキシスクシンイミドなどの促進剤の存在下で、標識を行ってもよい。より好適には、MALDI法にて用いられるターゲットプレート上にPSA誘導体の溶液を滴下して乾燥させ、その上に標識化合物の溶液を滴下して加熱乾燥させることによって、標識を実施することができる。
【0047】
本発明は、標識されたPSA誘導体を質量分析法により分析する方法に関する。以下、「質量分析法による分析」を「MS分析」と略記することがある。工程(4)のMS分析において用いることができるイオン化部は、マトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)型、またはエレクトロスプレーイオン化(ESI)型の装置を含む。
【0048】
本発明においては、ピレンなどの縮合多環炭化水素基を結合することによって、MALDI法における標識されたPSA誘導体のイオン化効率が、未標識のPSA誘導体と比較して向上する。また、本発明の標識されたPSA誘導体は、ESI法の適用がより容易である。なぜなら、PSA誘導体は親水性が高く、ESI法に用いる試料の有機溶液を得るのが困難であるのに比較して、本発明の標識されたPSA誘導体は、縮合多環炭化水素基の導入によって有機溶媒に可溶性となっているためである。
【0049】
工程(4)のMS分析において用いることができる分離部は、飛行時間型(TOF型)、二重収束型、四重極収束型などの当該技術において知られている任意の装置を含む。特に、MSn(n≧2)分析を行うことを考慮して、イオントラップを有する装置を用いることが便利である。特に好適な装置は、四重極イオントラップ−飛行時間型(QIT−TOF)である。ここで、飛行時間型装置として、リニア型、リフレクトロン型または周回型のいずれの装置を用いてもよい。
【0050】
次いで、得られたMSスペクトルにおいて、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖構造に起因するシグナルを探索し、その検出が確認された際に前立腺癌であると判定する。
【0051】
本工程において得られるMSスペクトルにおいて、標識化合物、シアル酸、ガラクトース、フコース、GlcNAcといった一部の糖が質量分析装置中で脱離したシグナルで該糖鎖を選定し、上記の判定手順を実施してもよい。
【0052】
ConA(Concanavalin A(コンカナバリンAレクチン))は、C−3、C−4およびC−6位の水酸基が未置換であるalpha−D−マンノースを2残基以上含む構造に特異性を有する。よって、N−結合型糖鎖においては、マンノースの6位と3位に他のマンノースが結合した母核構造(トリマンノシルコア)を認識し、高マンノース型糖鎖、混成型糖鎖、および二本鎖糖鎖に結合能を有するが、3本鎖や4本鎖といった多分岐複合型糖鎖への結合能は弱く、更にマンノースにβ1−4で結合したGlcNAcの存在で著しくその結合が阻害される(非特許文献11)。
【0053】
従って、本発明の更に好ましい態様は、上記工程(2)で調製されたPSA誘導体に対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該誘導体の中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSA誘導体を除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を得る工程を含み、上記工程(3)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を標識することを特徴とする上記の前立腺癌を判定する方法である。
【0054】
すなわち、PSA誘導体を工程(2)の後にConAに供し、結合しない画分について工程(3)以降を実施することは、PSA誘導体中に含まれる主たる糖鎖構造を排除し、LacdiNAc構造を有する3本鎖以上の糖鎖が検出しやすくなるという利点がある。
【0055】
また、同様の観点から、工程(2)でPSA誘導体を調製する前に、PSAに対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該PSAの中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSAを除去し、その後、誘導体化することも好ましい。
【0056】
従って、本発明の更に好ましい態様は、上記工程(1)で精製されたPSAに対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該PSAの中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSAを除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAを得る工程を含み、上記工程(2)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAからPSA誘導体を調製することを特徴とする上記の前立腺癌を判定する方法である。
【0057】
すなわち、コンカナバリンAレクチン(ConA)の接触は、工程(1)と工程(2)の間に行ってもよいし、工程(2)と工程(3)の間に行ってもよい。
【0058】
通常、レクチンを使用する際は、結合する糖鎖に着目するのが一般的であるため、結合しない糖鎖に着目してレクチンを使用する上記方法は極めて特徴的であり、当業者が容易に想到できるものではないと考えられる。
【0059】
本発明は、上記したように、被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を質量分析法により分析する前立腺癌の判定方法であると共に、上記のPSAの糖鎖構造の分析を、上記のPSAに対してレクチンを作用させる方法、上記のPSAに対して抗体を作用させる方法、高速液体クロマトグラフィー法もしくは上記した質量分析法、またはこれらを組み合わせた分析手段により行う前立腺癌の判定方法でもある。
【0060】
被験者由来の試料に含まれるPSAをそのまま測定してもよいし、PSAを抽出や精製してから測定してもよい。試料に含まれるPSAや抽出や精製されたPSAなどは、アンチキモトリプシンなどと複合体を形成している場合も遊離の場合もあるが、それらの混合物のままの場合、複合体と遊離体を分離する場合、複合体を遊離体にする場合などがある。さらに、それらのPSAからPSA誘導体として糖鎖や糖ペプチドなどを調製してもよい。
【0061】
本発明はPSAの分析手段として高速液体クロマトグラフィー(「HPLC」と略記する場合がある)を用いる方法に関する。例えば、Amideカラムなどに代表される順相HPLCにより検出対象の分子量に依存した分離、あるいはODSカラムなどに代表される逆相HPLCにより検出対象の構成糖鎖配向に依存した分離を行なう。分析で得られるクロマトグラム中にLacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖構造に起因するシグナルを検出することにより判定を行う。検出には任意の吸光波長、あるいは選択した標識化合物に特定の蛍光波長を用いることができる。
【0062】
あるいは、本発明はPSAに対して特異的結合分子を作用させ、その組み合わせによる分析手法を用いる方法に関する。特異的結合分子は、数種のレクチン、抗体およびそれらの断片を含む。例えば、ELISAプレート、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜、ガラスあるいはシリコン製アレイチップに固相化した検出対象に特異的結合分子を反応させ、対象物を検出する。
【0063】
検出にはアルカリフォスファターゼやホースラデッシュペルオキシダーゼといった酵素を結合させたレクチンや抗体を用い、酵素反応を介してブロモクロロインドリル燐酸(BCIP)またはニトロブルーテトラゾリウム(NBT)を用いた化学発色、あるいはルミノール試薬を用いた化学発光を用いることができ、あるいはまた、表面プラズモン共鳴を用いることができる。関連して、固相化した特異的結合分子に対して該検出対象を結合させ、そこに別種のレクチン、または抗体を反応させて一連の検出を行うことができる。本発明では、「特異的抗体」を単に「抗体」と、「特異的レクチン」を単に「レクチン」と略記する場合がある。
【0064】
特異的結合分子としてレクチンを用いる場合、例えば非還元末端GalNAcを認識するWFAレクチン(Wisteria floribunda agglutinin)をPSAに作用させることでLacdiNAc糖鎖を検出することができる。特異的結合分子として抗体を使用する際、PSAに対する抗体は市販のポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体を使用することができる。
【0065】
特異的結合分子として特定の糖鎖構造を認識する抗体を使用する方法に関連して、本発明はLacdiNAc構造を認識するポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体を作製する次の工程に関する。まず、LacdiNAc構造を含む糖鎖構造、その類似体、あるいは誘導体を、生物試料から調製、あるいは化学的若しくは生化学的に合成し、同構造の多価結合体を作製する。次に、免疫反応活性化物質と共に多価結合体で動物を免疫する。この時、多価結合体は免疫反応活性化物質に結合していることが好ましく、結合体は、単独、あるいは更なる免疫反応活性化物質と共に免疫に用いる。より好ましくは、多価結合体を少なくとも一種のアジュバント分子と共に抗体産生生物に注射、あるいは粘膜投与する。
【実施例】
【0066】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限りこれらの実施例に限定されるものではない。
【0067】
実施例1
生検によりPCと診断され、識別コードを付した1名の被験者(N−315)の血清(337.9ng PSA/mL)を用いた。なお、手順の実施に際し医療機関の倫理審査の承認を受け、被験者にはインフォームドコンセントを行なった。
【0068】
(a)工程1 PSAの単離
最初に血清から免疫グロブリンの除去を行った。5mLのプロテインAアガロース担体(PIERCE)をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で平衡化した。これをディスポーザブルプラスティックカラム(PIERCE)に充填し、該被験者の血清およびPBSの混合物を添加し、4℃にて30分間振盪した。この担体に結合しないPSAを含む画分を回収し、さらに担体の3倍体積(3CV)のPBSにてプロテインAアガロース担体を洗浄した画分を回収後、両画分の混合溶液に最終濃度が1MになるようにNa2SO4を加えた。
【0069】
次に、PSA含有画分から血清中の主要タンパクであるアルブミンの除去を行った。2.5mLのフラクトゲル(商標)EMD TA(S)(Merck)をディスポーザブルプラスティックカラムに充填し、20mMリン酸緩衝液(pH7.4、Na2SO4(1M)含有)にて平衡化させた。フラクトゲル充填カラムに対して上記にて得られた画分を添加し、ポンプを用いて7CVの同緩衝液を送液し、アルブミンの除去を行った。
【0070】
次いで、フラクトゲル(商標)に吸着したタンパク質を20mMリン酸緩衝液(pH7.4、Na2SO4不含)にて溶出し、PSAを含む画分を得た。引き続き、この画分をPBSにて平衡化させた2mLのプロテインAアガロース担体に添加し、4℃にて30分間振盪することにより、除去しきれなかった免疫グロブリンを除去した。プロテインAアガロース担体に結合しないPSAを含む画分および3CVのPBSにて洗浄した画分の混合溶液を次の免疫沈降に用いた。
【0071】
引き続いて、免疫沈降に用いる抗PSA抗体ビーズの作製をおこなった。NHS−activated Sepharose 4 Fast Flow(GEヘルスケアバイオサイエンス社)を1mMのHClで3回洗浄した。次に洗浄したビーズに対して、市販の抗ヒトPSA・ウサギポリクローナル抗体(DAKO社)を添加し、室温にて30分間にわたって振盪することで、抗体とビーズの架橋を行った。
【0072】
続いて、0.5MのNaClを含む0.5Mのモノエタノールアミン水溶液を加え、室温にて30分間にわたって振盪することで残余活性基の不活化を行った。得られた抗PSA抗体ビーズを0.5MのNaClを含む0.1Mの酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.0)、および0.5MのNaClを含む1Mのトリス緩衝液(pH9.0)で交互に3回洗浄した。次いで、抗PSA抗体ビーズをPBSで3回洗浄した。最後に、同ビーズを0.02%アジ化ナトリウム含有PBSで洗浄し、使用時まで4℃にて保存した。
【0073】
次いで、免疫沈降を行った。前述のPSAを含む混合溶液画分に対して、40μLの抗PSA抗体ビーズを添加し、4℃にて1時間にわたり振盪した。続いて、抗PSA抗体ビーズをMicro Bio−Spinクロマトグラフィーカラム(バイオ・ラッドラボラトリーズ社)に移した。抗PSA抗体ビーズカラムを、PBSで4回、0.02%のTween−20を含むPBSで3回、および蒸留水で2回洗浄した。さらに、抗PSA抗体ビーズカラムに1Mのプロピオン酸水溶液を加え、ビーズに吸着したタンパク質を溶出させて回収した。プロピオン酸水溶液による溶出は全5回にわたって行い、その溶離液を混合して遠心濃縮機を用いて乾固させた。
【0074】
得られたタンパク質画分の一部をウェスタンブロット法に供し、半定量的な解析をおこなったところ、最初の血清に含まれていたPSAの70%以上を回収できることが判明した。
【0075】
(b)工程2 糖ペプチドの調製
工程(a)で得られた減圧乾固サンプルの入ったチューブに対して、50単位のサーモリシン(Calbio)を含む50mM炭酸水素アンモニウム水溶液(pH8.0)、100μLを直接加え、18時間にわたって56℃で静置反応させた。反応混合物を遠心濃縮機によって乾固させた後、得られた固形物を、0.8%トリフルオロ酢酸水溶液に溶解し、40分間にわたって80℃で静置し、脱シアル酸反応を行った。反応サンプルを遠心濃縮機で乾固させた。
【0076】
続いて、カーボングラファイト充填カートリッジであるIntersep GC 50mg(GLサイエンス)を用いて、得られたサンプルから糖ペプチドの粗精製および脱塩を行った。最初に、カートリッジに対して、1MのNaOH水溶液、蒸留水、30%酢酸水溶液、ならびに5%アセトニトリルおよび1%トリフルオロ酢酸を含有する水溶液を順次送液し、カーボングラファイトの洗浄、ならびに平衡化を行った。
【0077】
次に、乾固した糖ペプチドサンプルを、「5%アセトニトリルおよび1%トリフルオロ酢酸を含有する水溶液」に溶解し、カートリッジに送液した。カートリッジに吸着させた糖ペプチドに対して、蒸留水、「5%アセトニトリルおよび1%トリフルオロ酢酸を含有する水溶液」を順次送液し、洗浄を行った。その後、「80%アセトニトリルおよび1%トリフルオロ酢酸を含有する水溶液」をカートリッジに送液して、吸着した糖ペプチドを溶出することで粗精製糖ペプチド画分を得た。得られた溶液は、遠心濃縮機を用いて乾固させた。
【0078】
Cellulose,fibrous(シグマアルドリッチ社)を用いて、糖ペプチドの精製を行った。使用前にCelluloseを50%エタノール水溶液で5回洗浄し、次いで、ブタノール:蒸留水:エタノール=4:1:1で5回洗浄した。乾固させた粗精製糖ペプチド画分を同混合溶液で溶解し、その溶液に対して洗浄済みのCellulose溶液を20μL加え、1時間にわたって室温にて振盪することで糖ペプチドを吸着させた。次いで、前述の混合溶液を用いて6回にわたってCelluloseを洗浄した。
【0079】
糖ペプチドの吸着したCelluloseに対して50%エタノール水溶液を加え、30分間にわたって室温で振盪することにより糖ペプチドの溶離を行った。溶離した糖ペプチドを含む溶液を回収し、遠心濃縮機にて乾固させた。次いで、乾固させた糖ペプチドを5%アセトニトリル水溶液4μLに溶解した。
【0080】
(c)工程3 糖ペプチド(PSA誘導体)の標識
MALDI用ターゲットプレートの上に、工程2で得られた糖ペプチド溶液1.0μLを滴下し、風乾させた。次に、ターゲットプレート上に、1−ピレニルジアゾメタン(PDAM、500pmol)のDMSO溶液0.25μLを滴下し、約5分間にわたって80℃に加熱し、乾燥させた。この操作によって、ターゲットプレート上に、PDAMで標識された糖ペプチドが得られた。
【0081】
(d)工程4 MS分析
工程3で得られた標識糖ペプチドを担持したターゲットプレートに対して、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)の60%アセトニトリル溶液(濃度10mg/mL)1.0μLを滴下し、室温において乾燥させた。
【0082】
得られたターゲットプレートを、MALDI−QIT−TOFMS装置AXIMA−QIT(島津製作所/Kratos社製)に設置し、MS分析を行った。定量的な比較を行うために、ターゲットプレート上の試料の広がりよりも大きい外周で囲まれた領域をラスタースキャンし、有意な全シグナルを積算した。
【0083】
得られたMSスペクトルの代表例を図1に示す。図1中、P1で示したように、PSA由来のペプチド43−47に、LacdiNAcを有する下記式(1)で表される3本鎖糖鎖が見いだされた。該構造は、これまでPSAでは報告のない新規構造であり、本発明により初めてPC患者に見いだされたものである。
【0084】
[P1] (m/z 2792)
【化2】
[式(1)中、Galはガラクトース、Manはマンノース、Fucはフコース、GalNAcはN−アセチルガラクトサミン、GlcNAcはN−アセチルグルコサミンを示す。括弧は3ヶ所の非還元末端の何れかに結合していることを示す。「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基は、Manα1−6Man側にあっても、Manα1−3側にあってもよく、Manへの結合様式は、β1−2、β1−4又はβ1−6の何れであってもよい。「Peptide」とは、IRNKS(Ile−Arg−Asn−Lys−Ser)であり、GlcNAcはNに結合している。]
【0085】
従って、PCと診断された被検者のPSAは天然物ではあるが、質量分析法用のターゲットプレート上に存在する下記式(1)で表される糖ペプチドを有するPSAは新規な状態である。また、下記実施例3に示すように、上記PSAは単離できるので、上記式(1)で表される糖ペプチドを有することを特徴とする単離されたPSAは新規なものである。
【0086】
m/z 2792イオンをプリカーサーイオンとして用いたMS2分析を行った結果を図2に示した。図2に示したように、フラグメントイオンから、上記式(1)で示した構造であると確認された。フラグメントイオンm/z701、821、967は、それぞれ83DaのGlcNAcクロスリングフラグメント、GlcNAc、GlcNAc−Fucが結合したペプチドIRNKSを示し、PSAタンパク質上に結合していることを証明している。糖鎖を遊離せずに糖ペプチドとして解析した本法は、夾雑タンパク質の影響を受けず極めて精度の高い結果が得られた。
【0087】
実施例1に示すように、癌患者由来PSAの糖ペプチド中に、健常者由来PSAにはみいだされていない、LacdiNAcを有する3本鎖糖鎖を検出することができた。この知見は、PSAの糖鎖構造の差異に基づき前立腺に係る癌性変化の有無を判定するという本件の有効性を示すのみでなく、癌生物学的解明や治療への応用のために非常に有意義な発見である。
【0088】
実施例2
実施例1で使用したサンプルと同じ血清を対象に、工程1、工程2のサーモリシン反応および脱シアル酸反応を実施した後に、固相化コンカナバリンA(ConA)担体を使用し、担体に結合しない画分を調製することで、3本鎖以上の糖鎖を選択的に検出した。
【0089】
はじめに、pH7.4に調節した10mM酢酸アンモニウム緩衝液を、Dia Chrom ConA Tip(Glygen corp)中に10μL吸引し排出することでチップ内の平衡化を行なった。平衡化の操作は3回行なった。次に、工程1、工程2のサーモリシン反応および脱シアル酸反応を実施した後に、減圧乾固させたサンプルを10μLの酢酸アンモニウム緩衝液に溶解し、平衡化を終えたチップでの吸引、排出を20回繰り返した。
【0090】
その後、該サンプル溶液をチップ中に吸引した状態で30分間静置することで、ConAに特定の種類の糖ペプチドを反応させた。続いて、10μLの蒸留水を吸引、排出することでチップの洗浄を行ない、更に、10μLの蒸留水を吸引した状態で10分間静置し、その後排出する操作を3回繰り返した。ConAに供した後のサンプル溶液および洗浄に使用した蒸留水をConAに対する非結合画分としてまとめ、遠心濃縮機を用いて乾固させた。
【0091】
続いて、Intersep GCにより粗精製および脱塩を終えた非結合画分溶液を遠心濃縮機により乾固させた。乾固させた非結合画分は、Celluloseに供することなく、5%アセトニトリル水溶液4μLに溶解し、工程3以降の操作を実施例1と同様に実施し、MS分析をおこなった。
【0092】
得られたMSスペクトルを図3に示す。図3中、P1で示したように、PSA由来のペプチド43−47にLacdiNAcを有する3本鎖糖鎖(上記式(1)で示す構造)が見いだされた。一方、癌患者以外の被験者由来のPSAにも存在する、2本鎖構造である、m/z 2386イオンや、そのピレン標識誘導体であるm/z 2600イオンは、ほとんど検出されなかった。その他のシグナルをMS/MS解析することによって、上記式(1)で示す構造以外のPSA由来のペプチド43−47に糖鎖が結合した糖ペプチドは検出されなかった。更に、実施例1のMSスペクトル中に見られたシグナルと異なるシグナルは検出されず、実施例2に示す工程は癌特異的糖鎖構造を選択的に検出する点において好ましいことが分かった。
【0093】
実施例3
実施例1で使用したサンプルと同じ血清を対象に、工程1を実施した後に、固相化コンカナバリンA(ConA)担体を使用し、担体に結合しない画分を調製することで、式(1)で表される糖ペプチドを有するPSAを選択的に単離できる。
【0094】
はじめに、実施例2と同様に10mM酢酸アンモニウム緩衝液を用いてDia Chrom ConA Tip(Glygen corp)チップの平衡化を行なう。次に、工程1を実施した後に減圧乾固させたサンプルを10μLの酢酸アンモニウム緩衝液に溶解し、平衡化を終えたチップにて吸引、排出を20回繰り返す。
【0095】
その後、該サンプル溶液をチップ中に吸引した状態で30分間静置することで、ConAと反応させる。続いて、10μLの蒸留水を吸引、排出することでチップの洗浄を行ない、更に、10μLの蒸留水を吸引した状態で10分間静置し、その後排出する操作を3回繰り返す。ConAに供した後のサンプル溶液および洗浄に使用した蒸留水をConAに対する非結合画分としてまとめ、凍結乾燥させる。この画分が、式(1)で表される糖ペプチドを有する単離されたPSAであることは、次のようにして確認できる。
【0096】
すなわち、実施例1と同様に工程2以降の操作を行うことでPSA糖ペプチドを調製する。最後に乾固させたサンプルを5%アセトニトリル水溶液4μLに溶解し、工程3以降の操作を実施例1と同様に実施し、MS分析を行う。
【0097】
上記の操作で得られたサンプルをMS解析に供することで、図3と同様の、上記式(1)で示す構造のみが検出されるマススペクトルが得られ、上記のConA非結合画分が、式(1)で表される糖ペプチドを有する単離されたPSAであることが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明の前立腺癌を判定する方法によれば、前立腺癌(PC)であるか否かを的確に判定でき、2次検査である苦痛な針生検を回避することができる。また、PSA濃度が正常レベルの被験者についても、LacdiNAcを有する3本鎖以上の糖鎖を検出することで、PCを高精度で識別判定することも可能であるので、高精度でPCを判定する本発明は広く利用されるものである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を分析する工程を含み、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする前立腺癌を判定する方法。
【請求項2】
上記PSAの糖鎖構造の分析を、上記PSAに対してレクチンを作用させる方法、上記PSAに対して抗体を作用させる方法、高速液体クロマトグラフィー法もしくは質量分析法、またはこれらを組み合わせた分析手段により行うことを特徴とする請求項1に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項3】
(1)被験者由来の試料からPSAを精製する工程と、
(2)工程(1)で精製したPSAからPSA誘導体を調製する工程と、
(3)工程(2)で得られたPSA誘導体を標識する工程と、
(4)工程(3)で得られた標識化PSA誘導体を質量分析法により分析する工程を含み、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする請求項2に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項4】
上記工程(2)において調製されるPSA誘導体が、PSA由来の糖鎖であることを特徴とする請求項3に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項5】
上記工程(2)において調製されるPSA誘導体が、PSA由来の糖ペプチドであることを特徴とする請求項3に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項6】
上記工程(1)で精製されたPSAに対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該PSAの中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSAを除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAを得る工程を含み、上記工程(2)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAからPSA誘導体を調製することを特徴とする請求項3に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項7】
上記工程(2)で調製されたPSA誘導体に対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該誘導体の中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSA誘導体を除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を得る工程を含み、上記工程(3)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を標識することを特徴とする請求項3に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項8】
下記式(1)で表される糖ペプチドを有することを特徴とする単離されたPSA。
【化1】
[式(1)中、Galはガラクトース、Manはマンノース、Fucはフコース、GalNAcはN−アセチルガラクトサミン、GlcNAcはN−アセチルグルコサミンを示す。括弧は3ヶ所の非還元末端の何れかに結合していることを示す。「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基は、Manα1−6Man側にあっても、Manα1−3側にあってもよく、Manへの結合様式は、β1−2、β1−4又はβ1−6の何れであってもよい。「Peptide」とは、IRNKS(Ile−Arg−Asn−Lys−Ser)であり、GlcNAcはNに結合している。]
【請求項1】
被験者由来の試料中のPSAの糖鎖構造を分析する工程を含み、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする前立腺癌を判定する方法。
【請求項2】
上記PSAの糖鎖構造の分析を、上記PSAに対してレクチンを作用させる方法、上記PSAに対して抗体を作用させる方法、高速液体クロマトグラフィー法もしくは質量分析法、またはこれらを組み合わせた分析手段により行うことを特徴とする請求項1に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項3】
(1)被験者由来の試料からPSAを精製する工程と、
(2)工程(1)で精製したPSAからPSA誘導体を調製する工程と、
(3)工程(2)で得られたPSA誘導体を標識する工程と、
(4)工程(3)で得られた標識化PSA誘導体を質量分析法により分析する工程を含み、LacdiNAc(N−アセチルガラクトサミン−N−アセチルグルコサミン)を有する3本鎖以上の糖鎖が存在するときに前立腺癌であると判定することを特徴とする請求項2に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項4】
上記工程(2)において調製されるPSA誘導体が、PSA由来の糖鎖であることを特徴とする請求項3に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項5】
上記工程(2)において調製されるPSA誘導体が、PSA由来の糖ペプチドであることを特徴とする請求項3に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項6】
上記工程(1)で精製されたPSAに対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該PSAの中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSAを除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAを得る工程を含み、上記工程(2)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSAからPSA誘導体を調製することを特徴とする請求項3に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項7】
上記工程(2)で調製されたPSA誘導体に対し、コンカナバリンAレクチン(ConA)を接触させることによって、該誘導体の中からConAに結合する糖鎖構造を有するPSA誘導体を除去し、ConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を得る工程を含み、上記工程(3)においては、該工程で得られたConAに結合しない糖鎖構造を有するPSA誘導体を標識することを特徴とする請求項3に記載の前立腺癌を判定する方法。
【請求項8】
下記式(1)で表される糖ペプチドを有することを特徴とする単離されたPSA。
【化1】
[式(1)中、Galはガラクトース、Manはマンノース、Fucはフコース、GalNAcはN−アセチルガラクトサミン、GlcNAcはN−アセチルグルコサミンを示す。括弧は3ヶ所の非還元末端の何れかに結合していることを示す。「GalNAc−GlcNAc−」又は「Gal−GlcNAc−」を含む残基は、Manα1−6Man側にあっても、Manα1−3側にあってもよく、Manへの結合様式は、β1−2、β1−4又はβ1−6の何れであってもよい。「Peptide」とは、IRNKS(Ile−Arg−Asn−Lys−Ser)であり、GlcNAcはNに結合している。]
【図1】
【図2】
【図3】
【図2】
【図3】
【公開番号】特開2011−137754(P2011−137754A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−298794(P2009−298794)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(000173924)公益財団法人野口研究所 (108)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(000173924)公益財団法人野口研究所 (108)
【Fターム(参考)】
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