説明

前立腺癌治療組成物及び前立腺癌治療組成物の有効成分のスクリーニング方法

【課題】新規な前立腺癌の治療剤、特に去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)の治療剤を提供することを解決すべき課題とした。
【解決手段】前立腺癌、特にCRPCにおいて、CAMKK2遺伝子の発現が上昇することにより、癌細胞の増殖を抑制すること並びにアンドロゲン受容体の感受性を弱めることができることを見出したことを基にして、本発明を完成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルシウム/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼキナーゼ2(CAMKK2)又はCAMKK2遺伝子を有効成分とする前立腺癌治療組成物並びに前立腺癌治療組成物の有効成分のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺癌(PCa)は最も多く見られる悪性腫瘍であり、米国男性の癌関連死では2番目に多い原因である(非特許文献1)。初期の進行性PCaはアンドロゲン依存性であることから、進行性PCaにはアンドロゲン遮断療法(ADT)が初めに選択される。ADTの一例である、去勢及び抗アンドロゲン剤の併用により、症状の改善又は前立腺特異抗原(PSA)の減少は前立腺癌患者の90%以上に見られる。しかしながら、ADTで最初に反応した後、最終的にPCaはアンドロゲン遮断への応答性を失い、去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)へ進行してしまう。
【0003】
CRPCへの進行を説明できる多分子機序が提示されており、PCa進行における重要な媒介物質としてアンドロゲン受容体(AR)が関与していると考えられている(非特許文献2、3)
特に、PCaのアンドロゲン過敏状態は、副腎から分泌されるアンドロゲンの去勢レベルへ適合することに重要な役割を担っている。さらに、PCa又は骨転移領域における腫瘍内アンドロゲン合成によっても、アンドロゲン過敏性PCa細胞が生存及び増殖するに十分なアンドロゲンが供給されている(非特許文献4、5)。
【0004】
一方、前立腺組織内には、副腎性アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA:Dehydroepiandrosterone)を活性型男性ホルモン(DHT)に変換するための多くの代謝酵素の存在が確認されている。DHEAはホルモン療法によってそれほど変化を受けないが、ホルモン治療後にも前立腺癌組織内でDHEAからDHTに変換されることが、血清中より組織中にDHTが高濃度で存在している理由と考えられている。
【0005】
下記記載のように前立腺癌の治療等に関する報告は存在する。
特許文献1は、「前立腺由来間質細胞を使用した新規な酵素活性測定法に関するものであり、さらには、酵素阻害剤の評価方法」を開示している。
特許文献2は、「ヒトTMP-2蛋白質に対する抗体を含む製剤学的組成物を処置を要求される患者に投与することを特徴とする前立腺癌の治療方法」を開示している。
【0006】
上記いずれの文献は、「CAMKK2又はCAMKK2遺伝子を有効成分とする前立腺癌治療組成物並びに前立腺癌治療の有効成分のスクリーニング方法」について開示又は示唆がない。
【0007】
以上により、新規な前立腺癌の治療剤、特にCRPCの治療剤の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−022234
【特許文献2】特開2004−196817
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Siegel R, Ward E, Brawley O, Jemal A. Cancer statistics, 2011: The impact of eliminating socioeconomic and racial disparities on premature cancer deaths. CA: a cancer journal for clinicians 2011.
【非特許文献2】Hoimes CJ, Kelly WK. Redefining hormone resistance in prostate cancer. Ther Adv Med Oncol 2010; 2: 107-23.
【非特許文献3】Taplin ME, Balk SP. Androgen receptor: a key molecule in the progression of prostate cancer to hormone independence. Journal of cellular biochemistry 2004; 91: 483-90.
【非特許文献4】Nishiyama T, Hashimoto Y, Takahashi K. The influence of androgen deprivation therapy on dihydrotestosterone levels in the prostatic tissue of patients with prostate cancer. Clin Cancer Res 2004; 10: 7121-6.
【非特許文献5】Mizokami A, Koh E, Izumi K, et al. Prostate cancer stromal cells and LNCaP cells coordinately activate the androgen receptor through synthesis of T and DHT from DHEA. Endocrine-related cancer 2009; 16: 1139-55.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記した問題点を解決することを解決すべき課題とした。より詳しくは、新規な前立腺癌の治療剤、特にCRPCの治療剤を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0011】
従来の知見では、前立腺癌において、CAMKK2の発現が上昇することにより、癌細胞が浸潤・遊走することにより癌が進行することが知られていた(参照:Cancer Res Jan 15,2011)。
しかし、本発明者らは、上記従来の知見とはまったく異なり、「前立腺癌、特に去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)において、CAMKK2遺伝子の発現が上昇することにより、癌細胞の増殖を抑制すること並びにアンドロゲン受容体の感受性を弱めることができること」を見出したことを基にして、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は以下の通りである。
「1.カルシウム/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼキナーゼ2(CAMKK2)若しくはCAMKK2同等物、並びに/又はCAMKK2遺伝子若しくはCAMKK2遺伝子同等物を有効成分として含む前立腺癌の予防・治療剤。
2.前記前立腺癌は、去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)である前項1の前立腺癌の予防・治療剤。
3.以下の工程を含む前立腺癌の予防・治療効果を有する物質のスクリーニング方法。
(1)候補物質を前立腺癌細胞に導入する工程
(2)該細胞中のCAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量を測定する工程
4.前記前立腺癌細胞は、CAMKK2又はCAMKK2遺伝子を導入していることを特徴とする前項3のスクリーニング方法。
5.前記発現量の測定は、前記候補物質を導入した前立腺癌細胞のCAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量を、前記候補物質を導入していない前立腺癌細胞のCAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量と比較することを特徴とする前項3又は4のスクリーニング方法。
6.前立腺癌患者から得られた前立腺組織のCAMKK2陽性領域を測定する工程を含む前立腺癌の予後検査方法。」
【発明の効果】
【0013】
本発明の前立腺癌の予防・治療剤は、優れた前立腺癌細胞の増殖抑制効果を示した。
さらに、本発明の前立腺癌の予防・治療剤は、アンドロゲン受容体の感受性の高いCRPCでも前立腺癌細胞の増殖抑制効果を示す。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】前立腺組織でのCAMKK2の免疫染色の結果。A:正常前立腺組織(強度−)でのCAMKK2の発現。B:グリソンスコア8(強度+)の前立腺癌組織でのCAMKK2の発現。C:グリソンスコア7(強度++)の前立腺癌組織でのCAMKK2の発現。D:グリソンスコア7(強度+++)の前立腺癌組織でのCAMKK2の発現。E:進行性前立腺癌患者でのCAMKK2発現と予後{PSA無進行生存(PFS)率}間の相関性、患者群は指定された領域中でのCAMKK2陽性領域割合が50%以上と50%未満で分類した。
【図2】アンドロゲンによるCAMKK2の誘導結果並びにLNCaP細胞中でGFP又はGFP-CAMKK2は安定的に発現したことの確認結果。A:LNCaP細胞をDHTで24時間処理し、real-time PCRによりCAMKK2mRNAの発現レベルを定量化した。各サンプルの全細胞溶解物をWestern blotで分析した。B:LNCaP細胞中でGFP又はGFP- CAMKK2は安定的に発現したことを確認した。総RNA及び全細胞溶解物は、それぞれ、RT-PCR及びWestern blotで分析した。C:LNCaP/GFP細胞及びLNCaP/GFP- CAMKK2細胞でのCAMKK2の免疫染色の結果。D:全RNAを抽出して、そしてAR及びGAPDHのRT-PCR分析を行った。さらに、全細胞溶解物をWestern blotで分析した。
【図3】LNCaP細胞でのCAMKK2過剰発現の効果の確認。A:LNCaP/GFP細胞及びLNCaP/GFP-CAMKK2細胞にpGL3PSA-p-5.8を形質導入し、形質導入後の細胞を各濃度のDHTで24時間処理して、ルシフェラーゼ活性を測定した。B:LNCaP/GFP細胞及びLNCaP/GFP-CAMKK2細胞を各濃度のDHTで4日間処理して、処理後の細胞数を測定した。"*"及び"* *"は、それぞれ、有意差を示す"p<0.05"及び"p<0.01"である。C:去勢していない免疫不全マウスの背部腫瘍量を3又は4日頃に測定した。D:去勢していない免疫不全マウスをサクリファイスした後の血清中のPSAの酵素イムノアッセイ。E:去勢した免疫不全マウスの背部腫瘍量を測定した。F:去勢した免疫不全マウスをサクリファイスした後の血清中のPSAの酵素イムノアッセイ。
【図4】LNCaP細胞でのAR活性に対するCAMKK2発現のノックダウンの効果の確認。A: siRNA-01及びsiRNA-02導入よるLNCaP細胞でのCAMKK2発現のノックダウン。該導入24時間後において、総RNA及び総タンパク質量を、それぞれ、RT-PCR及びWestern blot分析で解析した。B:CAMKK2のノックダウンによるPSAプロモーター活性の向上。C: CAMKK2 siRNA-01によるPSAプロモーター活性の向上。D:LMCaP細胞増殖でのCAMKK2発現のノックダウンの効果。"*"、"* *"及び"***"は、それぞれ、有意差を示す"p<0.05"、"p<0.01"及び"p<0.001"である。
【図5】LNCaP細胞でのAR活性に対するCAMKK2のノックダウンの効果の確認。A:LNCaP細胞にNT siRNA又はCAMKK2 siRNAを形質導入した後に、該形質導入した細胞を24時間各濃度のDHTで処理し、そして全細胞溶解物をWestern blotで分析した。B:LNCaP細胞に10nM NT siRNA又はCAMKK2 siRNAを形質導入した。10nmol/L NT siRNA又はAR siRNAを同時に形質導入した。さらに、LNCaP細胞は、pGL3PSA-5.8を形質導入し、そして24時間0nM又は1nM DHTで処理し、ルシフェラーゼアッセイを行った。総RNAは、該溶解物から抽出し、そしてRT-PCRを行った。C:LNCaP細胞に、NT siRNA又はCAMKK2 siRNAを形質導入した。さらに、LNCaP細胞は、pGL3PSA-0.63又はpGL3PSA-5.8を形質導入し、そして24時間0nM又は1nM DHTで処理した。
【図6】AMPKのリン酸化でのCAMKK2の効果の確認及び去勢によるCRPCへの移行のメカニズムの概要。A:AMPKのリン酸化でのCAMKK2の効果。LNCaP/GFP細胞及びLNCaP/GFP-CAMKK2細胞を24時間0nM又は1nM DHTで処理し、全細胞溶解物をWestern blotで分析した。NT siRNA又はCAMKK2 siRNAで形質導入したLNCaP細胞を24時間0nmol/L又は10nmol/L DHTで処理し、全細胞溶解物をWestern blotで分析した。B:去勢によるCRPCへの移行のメカニズムの概要図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、下記実施例により、前立腺癌細胞でCAMKK2を発現させることにより、癌細胞増殖を抑制すること、アンドロゲン受容体の感受性を弱めることができること、並びに前立腺癌患者から得られた前立腺組織のCAMKK2陽性領域が少ないと予後不良を起こすことを新規に見出したことに基づいている。
【0016】
(前立腺癌の予防・治療剤)
本発明の前立腺癌の予防・治療剤は、有効成分としてCAMKK2若しくはCAMKK2同等物、並びに/又はCAMKK2遺伝子若しくはCAMKK2遺伝子同等物を含む。
さらに、本発明の前立腺癌の予防・治療剤は、特に従来治療が困難であった去勢抵抗性前立腺癌にも効果がある。
【0017】
(その他の癌の予防・・治療剤)
有効成分としてCAMKK2若しくはCAMKK2同等物、並びに/又はCAMKK2遺伝子若しくはCAMKK2遺伝子同等物を含む組成物は、下記の癌の予防・治療にも効果があると考えられる。
大腸癌、肺癌、乳癌、卵巣癌、子宮頸癌、卵巣癌、子宮体癌、胃癌、脳腫瘍、肝癌、膵臓癌、食道癌、腎臓癌。
【0018】
CAMKK2は、市販品、又は天然由来、人工合成由来、大腸菌等タンパク質合成系由来等のいずれでも良い。加えて、天然由来の遺伝子に基づいて変異を導入して得たものであってもよい。変異を導入する手段は自体公知であり、例えば、部位特異的変異導入法、遺伝子相同組換え法、プライマー伸長法又はポリメラーゼ連鎖反応等を単独で又は適宜組合せて使用できる。
【0019】
また、CAMKK2同等物は、以下を含む。
(1)CAMKK2機能を少なくも維持しているが、CAMKK2との構造を比較して、アミノ酸配列に1ないし数十個のアミノ酸が置換、欠失、付加、又は挿入等がされているアミノ酸配列。
(2)CAMKK2機能を少なくも維持しているが、CAMKK2との構造を比較して、アミノ酸相同性が90%以上であるアミノ酸配列。
(3)CAMKK2の保護化誘導体、糖鎖修飾体、アシル化誘導体、又はアセチル化誘導体
なお、基本的な性質(CAMKK2機能)を変化させないという観点からは、例えば、同族アミノ酸(極性アミノ酸、非極性アミノ酸、疎水性アミノ酸、親水性アミノ酸、陽性荷電アミノ酸、陰性荷電アミノ酸及び芳香族アミノ酸等)の間での相互の置換は容易に想定される。
【0020】
CAMKK2遺伝子同等物は、以下を含む。
(1)CAMKK2遺伝子と比較して、1ないし数十個の塩基配列が置換、欠失、付加、又は挿入等がされている塩基配列。
(2)CAMKK2遺伝子と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつCAMKK2機能を有するポリペプチドをコードする塩基配列。
なお、「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起き、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件を意味する。
【0021】
(前立腺癌の予防・治療効果を有する物質のスクリーニング方法)
本発明の前立腺癌の予防・治療効果を有する物質のスクリーニング方法では、少なくとも以下の工程を含む。
(1)候補物質を前立腺癌細胞に導入する工程
(2)該細胞中のCAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量を測定する工程
なお、前立腺癌細胞には、スクリーニング工程の前、後、及び/又は途中に、CAMKK2又はCAMKK2遺伝子を前立腺癌細胞に形質導入しても良い。
加えて、CAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量の測定は、好ましくは、前記候補物質を導入した前立腺癌細胞のCAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量を、前記候補物質を導入していない前立腺癌細胞のCAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量と比較する。
【0022】
本発明で用いる候補物質としては任意の物質を使用することができる。候補物質の種類は特に限定されず、個々の低分子合成化合物、天然物抽出物中に存在する化合物でもよく、合成ペプチドでもよい。あるいは、候補物質はまた、化合物ライブラリー、ファージディスプレーライブラリーもしくはコンビナトリアルライブラリーでもよい。候補物質は、好ましくは低分子化合物であり、低分子化合物の化合物ライブラリーが好ましい。化合物ライブラリーの構築は当業者に公知であり、また市販の化合物ライブラリーを使用することもできる。
【0023】
(前立腺癌の予防・治療剤の組成)
本発明の前立腺癌の予防・治療剤の組成は、有効成分として、CAMKK2若しくはCAMKK2同等物、及び/又はCAMKK2遺伝子若しくはCAMKK2遺伝子同等物、並びに/又は、上記スクリーニング方法により得られた前立腺癌の予防・治療効果を有する物質を有効成分として含む。
さらに、予防又は治療等の目的に応じて、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、腸溶剤、液剤、注射剤(液剤、懸濁剤)又は遺伝子療法に用いる形態などの各種の形態に、常法にしたがって調製することができる。本発明の前立腺癌の予防・治療剤は、通常は1種又は複数の医薬用担体を用いて医薬組成物として製造することが好ましい。
【0024】
本発明の前立腺癌の予防・治療剤の投与量又は摂取量については、本発明の効果が得られるものであれば特に限定されるものではなく、含有される成分の有効性、投与形態、投与経路、疾患の種類、対象の性質(体重、年齢、病状及び他の医薬の使用の有無等)、及び担当医師の判断等に応じて適宜選択される。本発明の前立腺癌の予防・治療剤は、1日1〜数回に分けて投与又は摂取することができ、数日又は数週間に1回の割合で間欠的に投与又は摂取してもよい。
【0025】
(前立腺癌の予後検査)
本発明の前立腺癌の予後検査とは、従来の検査方法とは異なり、前立腺癌患者から得られた前立腺組織のCAMKK2陽性領域を測定する。図1のEから明らかなように、指定された領域中でのCAMKK2陽性領域割合が50%以上では、指定された領域中でのCAMKK2陽性領域割合が50%未満と比較して、ADT後の生存率が有意に高いことを示している。
【0026】
本発明の前立腺癌の予後検査では、ADT後の患者由来の前立腺組織のCAMKK2陽性領域を測定して、基準値(例えば、50%)と比較することにより、予後不良の検査を行うことができる。
【0027】
以下、本発明を、実施例を挙げてより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、下記実施例は金沢大学動物実験指針に基づいて行った。
【実施例1】
【0028】
(材料及び方法)
本実施例で使用した材料及び方法は、以下の通りである。
【0029】
(cDNAマイクロアレイ分析)
正常の前立腺組織及び前立腺癌組織間で示差発現している遺伝子を同定するために、cDNAマイクロアレイ分析により、正常前立腺組織の3検体及び前立腺癌組織の3検体間の発現遺伝子を比較した。cDNAマイクロアレイ分析は、Whole Human Genome Microarray 4x44K(Agilent Technologies)を用いて、DNA Chip Research Inc.(Kanagawa, Japan)に委託して行った。
【0030】
(使用した細胞)
LNCaP細胞及びVCaP細胞(American Type Culture Collection, Manassas, VA)は、1%ペニシリン/ストレプトマイシン並びに5%若しくは10%FBS(Fetal Bovine Serum)が添加されたDMEMで培養した。
CAMKK2過剰発現したLNCaP細胞を作製するために、LipofectamineTM試薬(Invitrogen)を使用して、0.5μg pCMV6-AC-GEP(OriGene Technologies, Rockville, MD, USA)又はpCMV6-AC-GEP- CAMKK2(OriGene Technologies, Rockville, MD, USA)をLNCaP細胞に形質導入した。導入8時間後において、該細胞を1200μg/ml G418(Sigma-Aldrich)を含む培地で培養して、GFP発現した又はGFP-CAMKK2過剰発現した細胞を取得した。
【0031】
(細胞増殖アッセイ)
5×104細胞を、MDEM-5% Charcoal-stripped fetal calf serum(CCS, Thermo Scientific HyClone, UK)が添加されたプレートの各セルに添加した。そして、該細胞を各セルに吸着させ、そして24時間増殖させた。続けて、増殖した細胞は、DHT入り又はDHTなしのMDEM-5% CCS培地で処理し、さらに該培地を2日間おきに換えた。各実験において、細胞を採取し、そして該細胞数を血球計により3回測定した。測定値は、3回の再現実験の平均±標準偏差で表した。
【0032】
(RNA干渉分析)
特異的ステルスCAMKK2及びAR small干渉RNAs(siRNA)は、Invitrogenに受注して作製した。CAMKK2標的siRNA-01,02及びAR標的siRNA配列は、以下の通りである。
CAMKK2標的siRNA-01配列:5'-UUCGAACACCAUGUACAGAUGGUCC-3'(配列番号1)
CAMKK2標的siRNA-02配列:5'-CAAUGAAGGACU- CCAUGCCCAGGUG-3'(配列番号2)
AR標的siRNA配列:5'-CAUAGUGACACCCAGAAGCUUCAUC-3'(配列番号3)
非標的siRNA(NT siRNA)は、Invitrogenから購入した。CAMKK2ノックダウンのために、5×104cells/well LNCaP細胞を各セルに添加して、24時間培養した。該培養後、Lipofectamine RNAiMAX試薬(Invitrogen)を使用して、20 nmol/L CAMKK2 siRNA又は20 nmol/L NT siRNAを培養後細胞に形質導入した。さらに、導入済細胞を、4日間、DHT存在又は非存在下のDMEM-5%CCSで培養した。培養終了後において、該細胞をトリプシン処理し、そして血球計により細胞数を測定した。総RNAは、siRNA導入して24時間後に抽出し、総タンパク質は、siRNA導入して72時間後に抽出した。
【0033】
(RT-PCR)
総RNAは、RNeasy Mini Kit(Qiagen, Hilden, Germany)を使用して、細胞培養から抽出した。cDNAは、ThermoScript RT-PCRシステム(Invitrogen)を使用して、各総RNA1μgの逆転写により得た。各cDNA試料は、ExTaq(TAKARA, Japan)により増幅した。GAPDH(GlycerAldehyde-3-Phosphate DeHydrogenase)及びAR mRNAのRT-PCR条件は、文献"Endocrine-related cancer 2009; 16: 1139-55"の記載に従って行った。CAMKK2のRT-PCRで使用したセンスプライマーの配列は、5'-CTGGACATGAACGGACGCTGCATCT-3'(配列番号4)であり、アンチセンスプライマーの配列は、5'-GCCCTTGGTTGACCAGTTCGA- ACAC-3'(配列番号5)であった。増幅したPCR産物は、1.5%アガロースゲルでの電気泳動により視覚化した。mRNA発現の定量化のために、real time PCRをLightCycler TaqMan Master (Roche Applied Science, Swizerland)の指示に従って行った。各試料中の遺伝子発現量は、標的遺伝子の量及びGAPDH遺伝子発現による標準化により測定した。
【0034】
(ルシフェラーゼアッセイ)
AR転写活性を評価するために、アンドロゲン-レスポンスエレメントを含む5.8kb PSAプロモータにより制御されるルシフェラーゼ遺伝子発現プラスミド(pGL3PSAp-5.8)を、Lipofectamine transfection試薬(Invitrogen)を使用して、24時間培養後のLNCaP細胞及びそのセルラインに形質導入した。該導入24時間後の細胞は、指定したDHT濃度を添加することにより処理した。試薬添加24時間後において、処理済細胞を回収して、さらにluciferase lysis buffer(Promega WI)で溶解した。LNCaP細胞中のCAMKK2ノックダウンのために、5×104LNCaP細胞に、RNAiMAX(Invitrogen)を使用して、12時間20nmol/L non-target (NT) siRNA又はCAMKK2 siRNA(Invitrogen)を形質導入し、次に、LNCaP細胞に12時間pGL3PSAp-5.8を形質導入した。培地を交換後に、形質導入したLNCaP細胞を24時間培養し、そして回収した。これらの実験は、少なくとも2回行った。なお、各実験はほぼ同じ結果になったことを確認している。
【0035】
(Western blot 分析)
様々な処理後において、総タンパク質を細胞から抽出した。タンパク質の定量は、Bradfordの方法に従って行った。そして、同量のタンパク質を、10%又は12.5%ゲルに充填して電気泳動を行い、PVDF膜にブロッティングして、カゼインPBS及び0.05%Tween-20により室温で1時間ブロッキングした。該膜は、CAMKK2に対するマウスモノクローナル抗体(Sigma-Aldrich)、GAPDHに対するマウスモノクローナル抗体(Novus Bilogicals, Littleton, CO)、AMPKに対するマウスモノクローナル抗体(Abcam, Cambridge, MA)、pAMPKに対するラビットポリクローナル抗体(Abcam)及びAR(NH)に対するラビットポリクローナル抗体で培養した。抗マウス抗体又は抗ラビットモノクローナル抗体に対する西洋ワサビペルオキシダーゼ結合2次抗体を使用し、タンパク質バンドを、化学発光試薬で視覚化した。
【0036】
(動物実験)
免疫不全マウス(SCID)は、LNCaP/GFP細胞及びLNCaP/GFP-CAMKK2細胞の移植1週間前に去勢した。該細胞は、50%マトリゲルで混合し、そして6週齢の免疫不全雄マウス及び6週齢の去勢免疫不全雄マウスの背面の皮下組織に注入するために調整した。背面の腫瘍量及び体重は継続して測定した。前立腺特異抗原(PSA)の酵素免疫測定用血清は、該マウスのサクリファイス直前に取得し、測定で使用する前まで冷凍した。免疫不全マウスの血清中のPSA濃度測定は、SRL(Special Reference Laboratories, Inc. Japan)に委託した。
【0037】
(CAMKK2の免疫組織化学)
通常組織を含む80コア(グリーソンスコアに適合している)から構成されているTM0016組織マイクロアッセイ(TMAs)をProvitro(Berlin, Germany)から購入し、そして95コアから構成されているPR952 TMAsはBiomax(Rockville, MD)から購入した。免疫組織化学的染色(IHC)は、Daka ChemMate ENVISION Kit/HRP(DAB)-universal kit(K5007)を使用して実行した。組織標本は、CAMKK2に対するマウスモノクローナル抗体で染色した。抗原回復は、95℃で40分間の組織切片の加熱により実行した。該切片は、10分間の3%過酸化水素による内因性ペルオキシダーゼ活性をブロッキングして、さらに、室温で60分間で希釈した一次抗体(1:200)で培養し、続いて、60分間のデキストランの重合体を結合したペルオキシダーゼ標識2次抗体で培養した。組織スライド上の標的タンパク質の染色は、DABを使用して展開し、そしてヘマトキシリンで対比染色した。患者からの十分なインフォームドコンセントを得てから、該患者の前立腺組織(骨転移した進行性前立腺癌)を、前立腺の針生検から得た。IHCの方法は、1次抗体の希釈濃度(1:400)以外は、組織マイクロアレイと同じであった。
【0038】
(免疫蛍光染色)
CAMKK2タンパク質の染色は、市販のキットを使用して一晩実施した。細胞は、60時間70%エタノールで染色し、PBSで三回洗浄し、そして15分間5%血清アルブミンでブロッキングした。次に、スライドはPBT(0.1% Triton X-100 in PBS)で3回洗浄し、1時間37℃で抗CAMKK2抗体で培養し、そして細胞をPBTで3回洗浄した。さらに、洗浄した細胞を1時間37℃で5μg/ml Alexa Flour 594 anti-mouse IgG in 1% BSA/PBTでインキュベートした。該細胞をPBTで3回洗浄し、さらに核酸を検出するために、4',6-diamidino-2-phenylindole(DAPI)を含むVectashield Mounting Mediumで封入した。該スライドは、共焦点顕微鏡を使用してイメージングした。
【0039】
(統計的分析)
統計的有意性はPrism4.0ソフトウエアを使用して決定した。異なる比率間での有意性を評価するためにχ検定を使用した。異なるグループ間での連続変数の分析を、一元配置分散分析と、さらにFisherの最小有意差検定で評価した。クラスカル・ワリス検定は、組織マイクロアレイのIHC染色上での統計的有意差異を決定するために、使用した。CAMKK2染色スコア、年齢、グリソン(Gleason)スコア、又は前立腺癌転移段階の相関関係を検討するため、ロジスティック回帰分析を使用した。別段の指示が無い限り、値は全て平均±SEMで表示した。有意差はp<0.05とした。
【実施例2】
【0040】
(前立腺癌及び正常前立腺間での示差的発現したCAMKK2の同定)
本実施例では、前立腺癌及び正常前立腺間での示差的発現しているタンパク質を同定した。詳細は、以下の通りである。
【0041】
約40,000遺伝子は、実施例1の記載の方法に従い、cDNAマイクロアレイ分析でスクリーニングした。すべての3つの前立腺癌の試料は、すべての3つの正常前立腺試料と比較して、スクリーニングした遺伝子中の79(0.2%)遺伝子は上方制御(≧2.5-fold)されており、そしてスクリーニングした遺伝子中の124(0.31%)遺伝子は下方制御(≧0.25−fold)されていた。さらに、3つの前立腺癌組織は、3つの正常前立腺組織と比較して、CAMKK2が比較的高度に発現し、6倍を越えて上方制御されていることを確認した。
【0042】
cDNAマイクロアレイ上のCAMKK2発現パターンと臨床前立腺癌試料との相関性の有無を確認した。図1A〜Dで示されるように、4つのステージの細胞質のCAMKK2染色強度を確認した。組織マイクロアレイを使用したCAMKK2の免疫組織化学的分析により、初期の前立腺癌組織の87.8% (115/131)、及び骨転移した前立腺癌の85.7%(6/7)は細胞質の陽性染色を示したことを確認した。一方、正常前立腺の4.1%(6/24)のみが陽性染色を示した(参照:下記表1)。グリソンスコア(8,9及び10)が高い前立腺癌組織のCAMKK2の発現レベルは、グリソンスコアが低い前立腺癌組織のCAMKK2の発現レベルと比較して、有意に低かった。
【0043】
ADTで治療した進行性前立腺癌の日本人患者でのCAMKK2発現と予後{PSA無進行生存(PFS)率}間の相関性を確認した。患者全員は、骨転位を伴う進行性前立腺癌と診断され、さらに該診断後にADTで治療した。図1Eに示すとおり、CAMKK2発現の強度に関わらず、CAMKK2発現陽性細胞比が50%未満である患者は、CAMKK2発現陽性細胞比が50%以上である患者と比較して、有意にPFSは低かった(それぞれ、平均PFS6ヶ月と19ヶ月の比較、p=0.30031)。
【0044】
【表1】

【実施例3】
【0045】
(CAMKK2発現を誘導するアンドロゲン)
通常ADT施行前は、前立腺癌はアンドロゲン依存性であることから、ジヒドロテストステロン(DHT)がLNCaP細胞内のCAMKK2を誘導する可能性の有無を確認した。詳細は、以下の通りである。
【0046】
DHTは濃度依存的にCAMKK2mRNAを誘導した(図2A)。さらに、DHTは6時間以内にCAMKK2mRNA発現を誘導した。該誘導は、DHTがアンドロゲン受容体(AR)を介してCAMKK2発現を直接誘導していると考えられる。ウエスタンブロット分析は、「DHTが濃度依存的に72kDa CAMKK2タンパク質発現を誘導していること」を明らかにした。すなわち、ADTはCAMKK2タンパク質発現を減弱させることを確認した。
【実施例4】
【0047】
(LNCaP細胞内CAMKK2の過剰発現が細胞増殖を抑制するかの確認)
LNCaP細胞内CAMKK2の過剰発現が細胞増殖を抑制するかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0048】
前立腺癌細胞におけるCAMKK2の機能を確認するために、CAMKK2を安定的に過剰発現するLNCaP細胞(LNCaP/GFP‐CAMKK2)を調製した。LNCaP/GFP‐CAMKK2細胞の細胞質中で99kDaのGFP融合CAMKK2タンパク質が優先的に発現していることを確認した(参照:図2B及び2C)。
DHT濃度の変化によって、LNCaP/GFP細胞及びLNCaP/GFP‐CAMKK2細胞の両方でARmRNA発現が変わることはなかった。コントロールでは、10nmol/L DHTは、LNCaP/GFP細胞のARタンパク質濃度を増加させた。しかし、LNCaP/GFP‐CAMKK2細胞では、DHTによりARタンパク質濃度が増加することはほとんどなかった(図2D)。DHT存在下でARタンパク質が安定化することは既知であることから、DHT存在下でのCAMKK2過剰発現がARタンパク質の安定性を抑制していると考えられる。
【0049】
さらに、ルシフェラーゼリポーター・アッセイを行い、LNCaP細胞内のAR活性に対するCAMKK2過剰発現の影響を確認した。4.1kbpの強い上流アンドロゲン応答配列(ARE3)並びに弱いARE1及びARE2を含む5.8kbpのPSAプロモーターにより制御されるルシフェラーゼレポーター(pGL3PSAp-5.8)をLNCaP/GFP及びLNCaP/GFP‐CAMKK2細胞に形質導入した。LNCaP/GFP‐CAMKK2細胞内中のDHTにより誘導したPSAプロモーター活性は、LNCaP/GFP細胞内での活性と比較して、2〜4倍低いものであった(図3A)。さらに、DHT非存在下でのPSAプロモーター活性の基礎レベルもまた、LNCaP/GFP細胞と比較して、LNCaP/GFP‐CAMKK2細胞内では2.7倍低かった。
【0050】
DHTの有無にかかわらず、CAMKK2過剰発現はPSAプロモーター活性を下方制御することから、LNCaP細胞増殖に及ぼすCAMKK2過剰発現の影響も確認した。DHT非存在下でのLNCaP/GFP‐CAMKK2細胞の増殖率は、LNCaP/GFP細胞と比較して、低かった(P<0.05)(図3B)。
さらに、LNCaP/GFP‐CAMKK2細胞の増殖は、1nmol/L DHTで最も多く促進され、一方、LNCaP/GFP細胞の増殖は、0.1 nmol/L DHTで最も多く促進された(P<0.001)(図3B)。この結果から、CAMKK2過剰発現は、LNCaP細胞のアンドロゲン感受性を減少させることを確認した。
【0051】
異種移植モデルでの腫瘍形成に対するCAMKK2過剰発現の効果を評価するため、LNCaP/GFP及びLNCaP/GFP‐CAMKK2細胞を無処置の雄scidマウスの側腹部背側に皮下注射した。LNCaP/GFP‐CAMKK2細胞の増殖率は、115日目にLNCaP/GFP細胞の25%まで有意に減少した(P=0.017)(図3C)。
担癌scidマウスをサクリファイスし、血清を回収し、該血清中PSA値を測定した。増殖度に伴って、LNCaP/GFP‐CAMKK2保有マウスの平均血清中PSA値は、LNCaP/GFP保有マウスの4.2倍減少していた(P<0.01)(図3D)。
さらに、去勢scidマウスにおいてLNCaP/GFP‐CAMKK2細胞の腫瘍化を評価した。130日目の去勢マウスにおいて、LNCaP/GFP‐CAMKK2細胞の増殖率がLNCaP/GFP細胞の15%まで減少した(P<0.05)(図3E)。サクリファイスしたLNCaP/GFP‐CAMKK2保有マウスの血清中PSA値も、LNCaP/GFP保有マウスの8.8倍減少していた(P<0.05)(図3F)。
これらの結果は、アンドロゲンの有無及びインビトロ/インビボに関わらず、LNCaP細胞内CAMKK2過剰発現は癌細胞増殖を阻害することを確認した。
【実施例5】
【0052】
(AR活性を誘導するCAMKK2のノックダウン)
CMVプロモーター等の強力な人工プロモーターを使用して特定のタンパク質を細胞中で過剰発現させると、細胞増殖及びAR活性が抑制される可能性があることが知られている。よって、低分子干渉mRNAを使用し、CAMKK2のノックダウンが起こるかどうかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0053】
CAMKK2をノックダウンするため、初めに2種の異なるsiRNA(siCAMKK2‐01及び02)を使用した。siCAMKK2‐01及び02を使用してCAMKK2をノックダウンしたところ、CAMKK2mRNA発現及びCAMKK2タンパク質発現が抑制された(図4A)。
ルシフェラーゼリポーター・アッセイによりLNCaP細胞内のPSAプロモーター活性に与えるCAMKK2ノックダウンの効果を評価した。CAMKK2のノックダウン度に伴って、PSAプロモーター活性はCAMKK2タンパク質発現度と逆相関していた(図4B)。特に、20nmol/LsiCAMKK2‐01によるCAMKK2をノックダウンは、コントロールである非標的simRNA(siNT)と比較して、0.1nmol/L DHTで誘導したPSAプロモーター活性が3.6倍促進された。したがって、CAMKK2のノックダウンについてさらに研究するため、siCAMKK2‐01を選択した。siCAMKK2によるCAMKK2をノックダウンすると、濃度依存的かつsiNTと比較して、0.1nMのDHTで誘導したPSAプロモーター活性が1.9〜4.1倍促進され、さらにPSAプロモーター活性の基礎レベルが1.9倍〜3.0倍促進された。CAMKK2をノックダウンすると、それぞれの濃度のDHTでPSAプロモーター活性誘導が促進された(図4C)。CAMKK2のノックダウンによるPSAプロモーター活性の誘導度に伴って、CAMKK2のノックダウンによりLNCaP細胞増殖が促進された(図4D)。
【0054】
特に、0.1nmol/L DHT添加による増殖促進がCAMKK2ノックダウンによりさらに促進されたことから、アンドロゲン過敏症はCAMKK2発現の下方制御により増強すると考えられる。この増殖結果は、さらにCAMKK2の半特異的アンタゴニストであるSTO-609により確認した。STO-609は、0.1nmol/L DHTの存在下において、用量依存的にLNCaP細胞増殖を促進した(図なし)。しかしながら、STO-609は、DHT非存在下において、有意に細胞増殖を促進しなかった。
【0055】
次に、CAMKK2発現ノックダウンが様々なアンドロゲン誘導性MMTVプロモーター活性に影響を与えるか確認した。
1.0nmol/L DHTで誘導したMMTVプロモーター活性並びにPSAプロモーター活性はCAMKK2ノックダウンにより促進されたことを確認した(図なし)。LNCaP細胞で観察された現象が他の細胞にも当てはまるかを確認するため、アンドロゲン感受性前立腺癌VCaP細胞を使用し、同様の実験を行った。LNCaP細胞内と同様に、VCaP細胞内のDHT誘導PSA及びMMTVプロモーター活性はCAMKK2ノックダウンにより促進された。この促進現象がアンドロゲン感受性細胞で観察されたものと共通の事象であると考えられる。
CAMKK2過剰発現が、DHT存在下でARタンパク質レベルを減少させたことから、siCAMKK2によるCAMKK2ノックダウンのAR発現レベルを確認した。DHT処理の24時間後に増加したAR発現レベルは、さらに、CAMKK2ノックダウンにより増加した。しかし、AR発現レベルは、DHT非存在下でのCAMKK2のノックダウンでは、変化がなかった(図5A)。
DHT存在下でのCAMKK2ノックダウンにより増加したAR過剰発現がAR活性に影響を与えるかどうかを確認した。そこで、CAMKK2ノックダウンで誘導されたPSAプロモーター活性に与えるAR発現のノックダウンの効果を確認した。図5Bに示すとおり、AR発現のノックダウンは、DHT存在下でのsiCAMKK2誘導ARプロモーター活性の抑制を引き起こしたが、DHT非存在下でのPSAプロモーター活性のsiCAMKK2誘導基礎レベルは、ARsimRNAに関係なく変化しなかった。
CAMKK2ノックダウンで誘導した基礎PSAプロモーター活性とAR活性との関連性をさらに確認するため、弱いAREを2つしか含まない633bpの欠損PSAプロモーターで制御される別のリポーターベクター(pGL3PSAp‐0.63)を使用した。pGL3PSAp‐0.63を形質導入したLNCaP細胞では、強いARE3を含むpGL3PSAp‐5.8と比較して、DHTによりPSAプロモーター活性を弱く誘導した(2倍)。基礎PSAプロモーター活性のみならずDHT誘導PSAプロモーター活性は、pGL3PSAp‐5.8と比較して、CAMKK2ノックダウンでは促進されなかった(図5C)。
これらの結果は、CAMKK2ノックダウンによるARプロモーター活性増強はAR安定性のみならず他の転写因子が介在していると考えられる。
【実施例6】
【0056】
(AMPK経路とCAMKK2機能の効果)
AMP活性化タンパク質キナーゼ(AMPK)はエネルギー恒常性の中心的役割を担うCAMKK2の下流成分である。また、腫瘍抑制因子で知られているセリン-スレオニンレバーキナーゼB1(LKB1)は、AMPKを活性化し、そしてAMPK活性化を介して細胞成長を抑制させることが知られている。本実施例では、CAMKK2発現レベルは、DHT存在又は非存在下で、AMPKの活性化に影響を与えるかを確認した(参照:図6)。
【0057】
CAMKK2の過剰発現は、DHT存在下でAMPKのリン酸化を誘導したが、DHT非存在下ではAMPKのリン酸化を誘導しなかった。また、DHT誘導AMPKリン酸化は、CAMKK2ノックダウンにより阻害された。
これらの結果により、アンドロゲン存在下でのCAMKK2過剰発現によるLNCaP細胞増殖の抑制は、AMPK活性化を介して行われると考えられる。
【0058】
(総論)
本実施例では、以下のことを確認した。
CAMKK2過剰発現は、前立腺癌細胞の増殖を抑制し、アンドロゲン感受性を弱める。すなわち、CAMKK2若しくはCAMKK2同等物、並びに/又はCAMKK2遺伝子若しくはCAMKK2遺伝子同等物は、前立腺癌、特にアンドロゲン感受性が高い去勢抵抗性前立腺癌の予防、治療剤の有効成分となる。
前立腺癌細胞中のCAMKK2発現を向上させることができる物質は、前立腺癌、特に去勢抵抗性前立腺癌の予防、治療剤の有効成分となる。すなわち、前立腺癌細胞中のCAMKK2発現を向上させることを指標とすることにより、前立腺癌、特に去勢抵抗性前立腺癌の予防、治療効果を有する物質をスクリーニングすることができる。
指定された領域中でのCAMKK2陽性領域割合が50%以上では、指定された領域中でのCAMKK2陽性領域割合が50%未満と比較して、ADT後の生存率が高いことを確認した。すなわち、患者由来の前立腺組織のCAMKK2陽性領域割合を測定して、基準値(例えば、50%)と比較することにより、予後不良の検査を行うことができる。
CAMKK2は、細胞のエネルギー代謝に重要なAMPKの上流に位置する遺伝子である。よって、CAMKK2の発現を亢進させることができれば、前立腺癌以外の癌でも治療・予防が可能と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、新規な前立腺癌、特に去勢抵抗性前立腺癌の予防、治療剤を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウム/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼキナーゼ2(CAMKK2)若しくはCAMKK2同等物、並びに/又はCAMKK2遺伝子若しくはCAMKK2遺伝子同等物を有効成分として含む前立腺癌の予防・治療剤。
【請求項2】
前記前立腺癌は、去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)である請求項1の前立腺癌の予防・治療剤。
【請求項3】
以下の工程を含む前立腺癌の予防・治療効果を有する物質のスクリーニング方法。
(1)候補物質を前立腺癌細胞に導入する工程
(2)該細胞中のCAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量を測定する工程
【請求項4】
前記前立腺癌細胞は、CAMKK2又はCAMKK2遺伝子を導入していることを特徴とする請求項3のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記発現量の測定は、前記候補物質を導入した前立腺癌細胞のCAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量を、前記候補物質を導入していない前立腺癌細胞のCAMKK2又はCAMKK2遺伝子の発現量と比較することを特徴とする請求項3又は4のスクリーニング方法。
【請求項6】
前立腺癌患者から得られた前立腺組織のCAMKK2陽性領域を測定する工程を含む前立腺癌の予後検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−43862(P2013−43862A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−183183(P2011−183183)
【出願日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【Fターム(参考)】