説明

副鼻腔頭痛を処置する方法

【課題】副鼻腔頭痛を処置する。
【解決手段】患者へのボツリヌス毒素投与によって、副鼻腔頭痛を処置することができる。ボツリヌス毒素はA型ボツリヌス毒素であり得、副鼻腔頭痛患者の副鼻腔膜またはその近傍に投与しうる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、副鼻腔頭痛(sinus headache)を処置する方法に関する。本発明はとりわけ、副鼻腔頭痛をボツリヌス毒素で処置する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
頭痛
頭痛は、頭部、例えば頭皮、顔、前頭または頸の痛みである。頭痛は原発性頭痛または続発性頭痛でありうる。原発性頭痛は、別の状態によって引き起こされるのではない頭痛である。対照的に、続発性頭痛は、障害または医学的状態、例えば疾病、感染、傷害、卒中または他の異常によるものである。すなわち、続発性頭痛の場合は、その一症状として頭痛を引き起こす基礎疾患が存在する。原発性頭痛の最も一般的なタイプは緊張頭痛で、これは全頭痛の約90%を占める。緊張頭痛はしばしば、前頭、頭および頸の後部、または両方の部分に起こる。これは、あたかも頭が万力で締められているような締め付け感として表現されている。肩または頸の痛みがよく起こる。悪心は緊張頭痛には一般的でない。
【0003】
全ての頭痛の約2%は続発性頭痛である。例えば、頸性頭痛は、長時間の悪い姿勢、関節炎、上部脊椎の損傷または頸椎障害に起因しうる頸筋異常のような頸部の問題による頭痛である。
【0004】
副鼻腔頭痛は、別のタイプの続発性頭痛である。副鼻腔頭痛は、副鼻腔の炎症および/または感染によって起こりうる。副鼻腔は、鼻を取り巻く頭部の頭蓋または骨の内側に位置する4対の空間または洞である(通常、空気で満たされている)。副鼻腔は、眼の上部の眉部分に位置する前頭洞、両の頬骨の内側の上顎洞、鼻梁のすぐ後方で眼の間にある篩骨洞、および鼻の上部および眼の後部において篩骨洞の後方に位置する蝶形骨洞である。各副鼻腔は、空気および粘液の自由な交換のため、鼻への開孔部を有し、連続した粘膜で鼻腔につながっている。したがって、鼻の腫脹を引きおこすもの、例えば感染、アレルギー反応または免疫反応は副鼻腔にも影響を及ぼしうる。膿または他の分泌物で閉塞された副鼻腔に閉じ込められた空気は、副鼻腔壁に圧力をかけうる。これが副鼻腔頭痛をもたらしうる。同様に、副鼻腔開孔部における粘膜腫脹によって副鼻腔への空気流入が妨げられると、部分的な減圧が生じ得、これも副鼻腔頭痛をもたらしうる。したがって、副鼻腔頭痛は、顔の前面において、通例、眼の付近、頬にかけて、または額にかけて起こりうる。副鼻腔頭痛の痛みは通例、朝は軽く、日中にかけて激しくなる。
【0005】
副鼻腔頭痛は、副鼻腔内の圧力によるものであり得、痛みは通例、関連する副鼻腔域に限局的で、一定、単調、非拍動性の痛みである。副鼻腔頭痛は通例、悪心、光感受性または音感受性には関連しない。副鼻腔頭痛が発熱および/または鼻汁を伴う場合、副鼻腔炎の存在も示される。すなわち、副鼻腔頭痛は、感染性(ウイルスまたは細菌が原因)のまたは非感染性(しばしばアレルギーが原因)の副鼻腔炎(副鼻腔粘膜の炎症)に続発しうる。
【0006】
図1〜3に示すように、例えば副鼻腔の小さく、狭く、しばしば閉塞された開孔部が各鼻腔(すなわち鼻前庭、鼻甲介または鼻道)に通じているので、副鼻腔は解剖学的に鼻腔とは異なることに注意することが重要である。
【0007】
ボツリヌス毒素
クロストリジウム属には127を越える種があり、形態学および機能に従って分類されている。嫌気性グラム陽性細菌であるボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は、ボツリヌス中毒と呼ばれる神経麻痺性障害をヒトおよび動物において引き起こす強力なポリペプチド神経毒であるボツリヌス毒素を産生する。ボツリヌス菌の胞子は土壌中に見出され、滅菌と密閉が不適切な零細缶詰工場の食品容器内で増殖する可能性があり、これが多くのボツリヌス中毒症例の原因である。ボツリヌス中毒の影響は、通例、ボツリヌス菌の培養物または胞子で汚染された食品を飲食した18〜36時間後に現れる。ボツリヌス毒素は、消化管内を弱毒化されないで通過することができ、そして末梢運動ニューロンを攻撃することができるようである。ボツリヌス毒素中毒の症状は、歩行困難、嚥下困難および会話困難から、呼吸筋の麻痺および死にまで進行し得る。
【0008】
A型ボツリヌス毒素は、人類に知られている最も致死性の天然の生物学的物質である。市販A型ボツリヌス毒素(精製された神経毒複合体;100単位バイアルとして、BOTOX(登録商標)の商標でAllergan,Inc.(カリフォルニア州アービン)から入手可能である)の約50ピコグラムがマウスにおけるLD50(すなわち1単位)である。1単位のBOTOX(登録商標)は、約50ピコグラム(約56アトモル)のA型ボツリヌス毒素複合体を含む。興味深いことに、モル基準でA型ボツリヌス毒素の致死力はジフテリアの18億倍、シアン化ナトリウムの6億倍、コブロトキシンの3000万倍、コレラの1200万倍である。Natuaral Toxins II[B. R. Singhら編、Plenum Press、ニューヨーク(1976)]のSingh、Critical Aspects of Bacterial Protein Toxins、第63〜84頁(第4章)(ここで、記載されるA型ボツリヌス毒素LD50 0.3ng=1Uとは、BOTOX(登録商標)約0.05ng=1Uという事実に補正される)。1単位(U)のボツリヌス毒素は、それぞれが18〜20グラムの体重を有するメスのSwiss Websterマウスに腹腔内注射されたときのLD50として定義される。
【0009】
7種類の血清学的に異なるボツリヌス神経毒が特徴付けられており、これらは、型特異的抗体による中和によってそのそれぞれが識別されるボツリヌス神経毒血清型A、B、C1、D、E、FおよびGである。ボツリヌス毒素のこれらの異なる血清型は、それらが冒す動物種、ならびにそれらが惹起する麻痺の重篤度および継続時間が異なる。例えば、A型ボツリヌス毒素は、ラットにおいて生じる麻痺率により評価された場合、B型ボツリヌス毒素よりも500倍強力であることが確認されている。また、B型ボツリヌス毒素は、霊長類では480U/kgの投与量で非毒性であることが確認されている。この投与量は、A型ボツリヌス毒素の霊長類LD50の約12倍である。Jankovic, J.ら編、"Therapy With Botulinum Toxin"(1994)(Mercel Dekker, Inc.)の第71-85頁、第6章の、Moyer Eら、Botulinum Toxin Type B: Experimental and Clinical Experience。ボツリヌス毒素は、コリン作動性の運動ニューロンに大きな親和性で結合して、ニューロンに移動し、アセチルコリン放出を阻止するようである。低親和性受容体を介して、また食作用および飲作用によってもさらに取り込みが起こりうる。
【0010】
血清型に関係なく、毒素中毒の分子メカニズムは類似し、少なくとも3つの過程または段階を含むようである。第1段階において、毒素は、重鎖(H鎖)と細胞表面受容体との特異的相互作用によって、標的ニューロンのシナプス前膜に結合する。受容体は、ボツリヌス毒素の各血清型および破傷風毒素で異なると考えられる。H鎖のカルボキシル末端セグメント(HC)は、毒素を細胞表面に指向させるのに重要であるようである。
【0011】
第2段階において、毒素は、冒した細胞の形質膜を横切る。毒素は、初めに、受容体媒介エンドサイトーシスにより細胞に包み込まれ、毒素を含有するエンドソームが形成される。次に、毒素は、エンドソームから該細胞の細胞質中に逃れ出る。この段階は、約5.5またはそれ以下のpHに反応して毒素のコンフォメーション変化を誘発するH鎖のアミノ末端セグメント(HN)によって媒介されると考えられる。エンドソームは、エンドソーム内pHを低下させるプロトンポンプを有することが既知である。コンフォメーションのシフトは毒素中の疎水性残基を露出させ、これが、毒素をエンドソーム膜内に埋込むことを可能にする。次に、毒素(または少なくともその軽鎖)が、エンドソーム膜を通って細胞質に移動する。
【0012】
ボツリヌス毒素活性のメカニズムの最終段階は、重鎖(H鎖)および軽鎖(L鎖)を結合するジスルフィド結合の減少を伴うようである。ボツリヌス毒素および破傷風毒素の全毒素活性は、ホロトキシンのL鎖に含まれる。L鎖は亜鉛(Zn++)エンドペプチダーゼであり、これは、神経伝達物質を含有する小胞の認識および形質膜の細胞質表面とのドッキングならびに小胞と形質膜との融合に必須であるタンパク質を選択的に開裂する。破傷風神経毒、ボツリヌス毒素B、D、FおよびG型は、シナプトソーム膜タンパク質であるシナプトブレビン[小胞関連膜タンパク質(VAMP)とも称される]の分解を引き起こす。シナプス小胞の細胞質表面に存在する大部分のVAMPは、これらの開裂現象のいずれかの結果として除去される。A型およびE型ボツリヌス毒素はSNAP-25を開裂する。C1型ボツリヌス毒素ははじめはシンタキシンを開裂すると考えられたが、シンタキシンおよびSNAP-25を開裂することがわかった。各毒素は異なる結合を特異的に開裂する。ただし、B型ボツリヌス毒素(および破傷風毒素)は同じ結合を開裂する。これら開裂はそれぞれ、小胞−膜ドッキングの過程を遮断し、それによって小胞内容物のエキソサイトーシスを阻害する。
【0013】
ボツリヌス毒素は、活動過多な骨格筋(すなわち運動障害)によって特徴付けられる神経筋障害を処置するために臨床的状況において使用されている。A型ボツリヌス毒素は、本態性眼瞼痙攣、斜視および片側顔面痙攣を処置するために1989年に米国食品医薬品局によって承認された。その後、A型ボツリヌス毒素は頸部ジストニーの処置および眉間しわの処置のためにもFDAによって承認され、B型ボツリヌス毒素は頸部ジストニーの処置のために承認された。非A型ボツリヌス毒素は、A型ボツリヌス毒素と比較して、効力が小さく、および/または活性持続が短いようである。末梢筋肉内A型ボツリヌス毒素の臨床的効果は、通常、注射後1週間以内に認められる。A型ボツリヌス毒素の単回筋肉内注射による症候緩和の典型的な継続時間は平均約3ヶ月であり得るが、顕著により長い処置活性期間も報告されている。
【0014】
すべてのボツリヌス毒素血清型が神経筋接合部における神経伝達物質アセチルコリンの放出を阻害するようであるが、そのような阻害は、種々の神経分泌タンパク質に作用し、かつ/またはこれらのタンパク質を異なる部位で切断することによって行われる。例えば、A型およびE型ボツリヌス毒素はいずれも、25キロダルトン(kD)のシナプトソーム関連タンパク質(SNAP-25)を切断するが、それぞれ異なるタンパク質内アミノ酸配列を標的とする。B型、D型、F型およびG型のボツリヌス毒素は小胞関連タンパク質(VAMP、これはまたシナプトブレビンとも呼ばれる)に作用し、それぞれの血清型によってこのタンパク質は異なる部位で切断される。最後に、C1型ボツリヌス毒素は、シンタキシンおよびSNAP-25の両者を切断することが明らかにされている。作用機序におけるこれらの相違が、様々なボツリヌス毒素血清型の相対的な効力および/または作用の継続時間に影響していると考えられる。明らかに、ボツリヌス毒素の基質は、多様な細胞種に見られる。例えばBiochem, J 1;339(pt 1): 159-65: 1999およびMov Disord, 10(3):376:1995(膵島B細胞は少なくともSNAP-25およびシナプトブレビンを含有する)参照。
【0015】
ボツリヌス毒素タンパク質分子の分子量は、既知のボツリヌス毒素血清型の7つのすべてについて約150kDである。興味深いことに、これらのボツリヌス毒素は、会合する非毒素タンパク質とともに150kDのボツリヌス毒素タンパク質分子を含む複合体としてクロストリジウム属細菌によって放出される。例えば、A型ボツリヌス毒素複合体は、900kD、500kDおよび300kDの形態としてクロストリジウム属細菌によって産生され得る。B型およびC1型のボツリヌス毒素は700kDまたは500kDの複合体としてのみ産生されるようである。D型ボツリヌス毒素は300kDおよび500kDの両方の複合体として産生される。最後に、E型およびF型のボツリヌス毒素は約300kDの複合体としてのみ産生される。これらの複合体(すなわち、約150kDよりも大きな分子量)は、非毒素のヘマグルチニンタンパク質と、非毒素かつ非毒性の非ヘマグルチニンタンパク質とを含むと考えられる。これらの2つの非毒素タンパク質(これらは、ボツリヌス毒素分子とともに、関連する神経毒複合体を構成し得る)は、変性に対する安定性をボツリヌス毒素分子に与え、そして毒素が摂取されたときに消化酸からの保護を与えるように作用すると考えられる。また、より大きい(分子量が約150kDよりも大きい)ボツリヌス毒素複合体は、ボツリヌス毒素複合体の筋肉内注射部位からのボツリヌス毒素の拡散速度を低下させ得ると考えられる。
【0016】
インビトロでの研究により、ボツリヌス毒素が、脳幹組織の初代細胞培養物からのアセチルコリンおよびノルエピネフリンの両方の、カリウムカチオンにより誘導される放出を阻害することが示されている。また、ボツリヌス毒素は、脊髄ニューロンの初代培養物におけるグリシンおよびグルタメートの両方の誘発された放出を阻害すること、そして脳のシナプトソーム調製物において、ボツリヌス毒素が神経伝達物質のアセチルコリン、ドーパミン、ノルエピネフリン(Habermann E.ら、Tetanus Toxin and Botulinum A and C Neurotoxins Inhibit Noradrenaline Release From Cultured Mouse Brain, J Neurochem 51(2); 522-527: 1988)、CGRP、サブスタンスPおよびグルタメート(Sanchez-Prieto, J.ら、Botulinum Toxin A Blocks Glutamate Exocytosis From Guinea Pig Cerebral Cortical Synaptosomes, Eur J. Biochem 165; 675-681: 1897)のそれぞれの放出を阻害することが報告されている。すなわち、充分な濃度を用いれば、大部分の神経伝達物質の刺激により誘発される放出はボツリヌス毒素によってブロックされる。
【0017】
例えば、Pearce, L.B., Pharmacologic Characterization of Botulinum Toxin For Basic Science and Medicine, Toxicon 35(9); 1373-1412の1393; Bigalke H.ら, Botulinum A Neurotoxin Inhibits Non-Cholinergic Synaptic Transmission in Mouse Spinal Cord Neurons in Culture, Brain Research 360; 318-324; 1985; Habermann E., Inhibition by Tetanus and Botulinum A Toxin of the release of [3H]Noradrenaline and [3H]GABA From Rat Brain Homogenate, Experientia 44; 224-226: 1988, Bigalke H.ら, Tetanus Toxin and Botulinum A Toxin Inhibit Release and Uptake of Various Transmitters, as Studied with Particulate Preparations From Rat Brain and Spinal Cord, Naunyn-Schmiedeberg's Arch Pharmacol 316; 244-251: 1981, および;Jankovic J.ら, Therapy With Botulinum Toxin, Marcel Dekker, Inc. (1994), 第5頁参照。
【0018】
A型ボツリヌス毒素は、既知の手順に従って、培養槽におけるボツリヌス菌の培養を確立して、生育させ、その後、発酵混合物を集め、精製することによって得ることができる。すべてのボツリヌス毒素血清型は、神経活性となるためにはプロテアーゼによって切断またはニッキングされなければならない不活性な単鎖タンパク質として最初に合成される。A型およびG型のボツリヌス毒素血清型を産生する細菌株は内因性プロテアーゼを有するので、A型およびG型の血清型は細菌培養物から主にその活性型で回収することができる。これに対して、C1型、D型およびE型のボツリヌス毒素血清型は非タンパク質分解性菌株によって合成されるので、培養から回収されたときには、典型的には不活性型である。B型およびF型の血清型はタンパク質分解性菌株および非タンパク質分解性菌株の両方によって産生されるので、活性型または不活性型のいずれでも回収することができる。しかし、例えば、B型ボツリヌス毒素を産生するタンパク質分解性菌株でさえも、産生された毒素の一部を切断するだけである。
【0019】
切断型分子と非切断型分子との正確な比率は培養時間の長さおよび培養温度に依存する。したがって、例えばB型ボツリヌス毒素の製剤はいずれも一定割合が不活性であると考えられ、このことが、A型ボツリヌス毒素と比較したB型ボツリヌス毒素の知られている著しく低い効力の原因であると考えられる。臨床製剤中に存在する不活性なボツリヌス毒素分子は、その製剤の総タンパク質量の一部を占めることになるが、このことはその臨床的効力に寄与せず、抗原性の増大に関連づけられている。また、B型ボツリヌス毒素は、筋肉内注射された場合、同じ用量レベルのA型ボツリヌス毒素よりも、活性の継続期間が短く、そしてまた効力が低いことも知られている。
【0020】
ボツリヌス菌のHall A株から、≧3×10U/mg、A260/A2780.60未満、およびゲル電気泳動における明確なバンドパターンという特性を示す高品質結晶A型ボツリヌス毒素を生成し得る。Shantz,E.J.ら、Properties and use of Botulinum toxin and Other Microbial Neurotoxins in Medicine、Microbiol Rev.56:80−99(1992)に記載されているように既知のShanz法を用いて結晶A型ボツリヌス毒素を得ることができる。通例、A型ボツリヌス毒素複合体を、適当な培地中でA型ボツリヌス菌を培養した嫌気培養物から分離および精製し得る。この既知の方法を用い、非毒素タンパク質を分離除去して、例えば次のような純ボツリヌス毒素を得ることもできる:比効力1〜2×10LD50U/mgまたはそれ以上の分子量約150kDの精製A型ボツリヌス毒素;比効力1〜2×10LD50U/mgまたはそれ以上の分子量約156kDの精製B型ボツリヌス毒素;および比効力1〜2×10LD50U/mgまたはそれ以上の分子量約155kDの精製F型ボツリヌス毒素。
【0021】
ボツリヌス毒素および/またはボツリヌス毒素複合体は、List Biological Laboratories,Inc.(キャンベル、カリフォルニア);the Centre for Applied Microbiology and Research(ポートン・ダウン、イギリス);Wako(日本、大阪);Metabiologics(マディソン、ウィスコンシン);およびSigma Chemicals(セントルイス、ミズーリ)から入手し得る。純粋なボツリヌス毒素を医薬組成物の製造に使用することもできる。
【0022】
酵素一般について言えるように、ボツリヌス毒素(細胞内ペプチダーゼ)の生物学的活性は、少なくとも部分的にはその三次元形状に依存する。すなわち、A型ボツリヌス毒素は、熱、種々の化学薬品、表面の伸長および表面の乾燥によって無毒化される。しかも、既知の培養、発酵および精製によって得られた毒素複合体を、医薬組成物に使用する非常に低い毒素濃度まで希釈すると、適当な安定剤が存在しなければ毒素の無毒化が急速に起こることが知られている。毒素をmg量からng/ml溶液へ希釈するのは、そのような大幅な希釈によって毒素の比毒性が急速に低下する故に、非常に難しい。毒素含有医薬組成物を製造後、何箇月も、または何年も経過してから毒素を使用することもあるので、毒素をアルブミンおよびゼラチンのような安定剤で安定化することができる。
【0023】
市販のボツリヌス毒素含有医薬組成物は、BOTOX(登録商標)(カリフォルニア、アーヴィンのAllergan,Inc.から入手可能)の名称で市販されている。BOTOX(登録商標)は、精製A型ボツリヌス毒素複合体、アルブミンおよび塩化ナトリウムから成り、無菌の減圧乾燥形態で包装されている。このA型ボツリヌス毒素は、N−Zアミンおよび酵母エキスを含有する培地中で増殖させたボツリヌス菌のHall株の培養物から調製する。そのA型ボツリヌス毒素複合体を培養液から一連の酸沈殿によって精製して、活性な高分子量毒素タンパク質および結合ヘマグルチニンタンパク質から成る結晶複合体を得る。結晶複合体を、塩およびアルブミンを含有する溶液に再溶解し、滅菌濾過(0.2μ)した後、減圧乾燥する。減圧乾燥生成物は、-5℃またはそれ以下の冷凍庫内で保存する。BOTOX(登録商標)は、筋肉内注射前に、防腐していない無菌塩類液で再構成し得る。BOTOX(登録商標)の各バイアルは、A型ボツリヌス毒素精製神経毒複合体約100単位(U)、ヒト血清アルブミン0.5mgおよび塩化ナトリウム0.9mgを、防腐剤不含有の無菌減圧乾燥形態で含有する。
【0024】
減圧乾燥BOTOX(登録商標)を再構成するには、防腐剤不含有の無菌生理食塩水;0.9%Sodium Chloride Injectionを使用し、適量のその希釈剤を適当な大きさの注射器で吸い上げる。BOTOX(登録商標)は、泡立てまたは同様の激しい撹拌によって変性しうるので、そのバイアルに希釈剤を穏やかに注入する。滅菌性の理由から、BOTOX(登録商標)は、バイアルを冷凍庫から取り出して再構成した後4時間以内に投与することが好ましい。その4時間の間、再構成BOTOX(登録商標)は冷蔵庫(約2〜8℃)内で保管しうる。再構成し冷蔵したBOTOX(登録商標)は、その効力を少なくとも約2週間維持することが報告されている。Neurology, 48:249-53:1997。
【0025】
A型ボツリヌス毒素は下記のように臨床的に使用されている:
(1)頸部ジストニーを処置するための筋肉内注射(多数の筋肉)あたり約75単位〜125単位のBOTOX(登録商標);
(2)眉間のしわを処置するための筋肉内注射あたり約5単位〜10単位のBOTOX(登録商標)(5単位が鼻根筋に筋肉内注射され、10単位がそれぞれの皺眉筋に筋肉内注射される);
(3)恥骨直腸筋の括約筋内注射による便秘を処置するための約30単位〜80単位のBOTOX(登録商標);
(4)上瞼の外側瞼板前部眼輪筋および下瞼の外側瞼板前部眼輪筋に注射することによって眼瞼痙攣を処置するために筋肉あたり約1単位〜5単位の筋肉内注射されるBOTOX(登録商標);
【0026】
(5)斜視を処置するために、外眼筋に、約1単位〜5単位のBOTOX(登録商標)が筋肉内注射されている。この場合、注射量は、注射される筋肉のサイズと所望する筋肉麻痺の程度(すなわち、所望するジオプター矯正量)との両方に基づいて変化する。
(6)卒中後の上肢痙性を処置するために、下記のように5つの異なる上肢屈筋にBOTOX(登録商標)が筋肉内注射される:
(a)深指屈筋:7.5U〜30U
(b)浅指屈筋:7.5U〜30U
(c)尺側手根屈筋:10U〜40U
(d)橈側手根屈筋:15U〜60U
(e)上腕二頭筋:50U〜200U。5つの示された筋肉のそれぞれには同じ処置時に注射されるので、患者には、それぞれの処置毎に筋肉内注射によって90U〜360Uの上肢屈筋BOTOX(登録商標)が投与される。
(7)偏頭痛を治療するために、25UのBOTOX(登録商標)を頭蓋周囲に注射する(眉間、前頭および側頭筋に対称的に注射する):該注射は、偏頭痛頻度、最大重症度、付随嘔吐および急性薬剤使用の減少(25U注射後の3ヶ月間にわたる)によって評価した場合に、ビヒクルと比較して、偏頭痛の予防療法として有意な利益を与える。
【0027】
さらに、筋肉内ボツリヌス毒素は、パーキンソン病の患者の振せんの治療にも使用されているが、結果は顕著でないことが報告されている。Marjama-Jyons,J.ら、"Tremor-Predominant Parkinson's Disease",Drugs & Aging 16(4), 273-278, 2000。
【0028】
ボツリヌス毒素A型は、最大12ヶ月の有効性を有し(European J.Neurology 6(Supp 4), S111-S1150, 1999)、ある場合には27ヶ月間にもわたる有効性を有しうることが既知である(腺の処置、例えば多汗症の処置に用いられる場合)。例えば、Bushara K., Botulinum toxin and rhinorrhea, Otolaryngol Head Neck Surg 1996; 114(3):507、およびThe Laryngoscope 109: 1344-1346: 1999参照。しかし、BOTOX(登録商標)筋肉注射の通常の持続期間は一般に約3〜4ヶ月間である。
【0029】
種々の臨床症状の治療におけるボツリヌス毒素A型の成功は、他のボツリヌス毒素血清型への関心を高めている。商業的に入手可能な2つのヒト用ボツリヌス毒素A型調製物は、BOTOX(登録商標)(カリフォルニア、アーヴィンのAllergan, Inc.から市販されている)およびDysport(登録商標)(イギリス、ポートン・ダウンのBeaufour Ipsenから市販されている)である。B型ボツリヌス毒素の調製物(MyoBloc、登録商標)は、カリフォルニア、サンフランシスコのElan Pharmaceuticalsから市販されている。
【0030】
末梢部位における薬理作用を有する他に、ボツリヌス毒素は、中枢神経系における阻害作用も有しうる。Weigandら[Nauny-Schmiedeberg's Arch.Pharmacol. 1976, 292,161-165]、およびHabermann[Nauny-Schmiedeberg's Arch.Pharmacol. 1974, 281,47-56]の研究は、ボツリヌス毒素が逆行性輸送によって脊髄領域へ上行しうることを示している。従って、末梢部位(例えば筋肉内)に注射されたボツリヌス毒素は、脊髄に逆行輸送されうる。
【0031】
米国特許第5989545号は、特定の標的化成分に化学的に結合させるかまたは組換え的に融合させた改質クロストリジウム属神経毒またはそのフラグメント、好ましくはボツリヌス毒素を使用して、脊髄に薬剤を投与することによって痛みを治療できることを開示している。
【0032】
ボツリヌス毒素は、次のような状態の処置にも提案されている:鼻漏(慢性的な鼻粘膜からの分泌、すなわち鼻水)、鼻炎(鼻粘膜の炎症)、多汗、および自律神経系によって仲介される他の障害(米国特許第5766605号)、緊張頭痛(米国特許第6458365号)、片頭痛(米国特許第5714468号)、術後痛および内臓痛(米国特許第6464986号)、脊髄内毒素投与による痛みの処置(米国特許第6133915号)、頭蓋内毒素投与によるパーキンソン病および運動障害成分を有する他の障害の処置(米国特許第6306403号)、毛髪の成長および維持(米国特許第6299893号)、乾癬および皮膚炎(米国特許第5670484号)、筋肉障害(米国特許第6423319号)、種々の癌(米国特許第6139845号)、膵臓疾患(米国特許第6143306号)、平滑筋疾患(米国特許第5437291号、上部および下部食道、幽門および肛門括約筋へのボツリヌス毒素注射を包含する)、前立腺疾患(米国特許第6365164号)、炎症、関節炎および痛風(米国特許第6063768号)、若年性脳性麻痺(米国特許第6395277号)、内耳疾患(米国特許第6265379号)、甲状腺疾患(米国特許第6358513号)、副甲状腺疾患(米国特許第6328977号)、および神経性炎症(米国特許第6063768号)。更に、制御放出毒素インプラントが知られている(例えば米国特許第6306423号および第6312708号参照)。
【0033】
破傷風毒素ならびにその誘導体(すなわち非天然ターゲティング部分を持つもの)、断片、ハイブリッドおよびキメラも、治療有効性を持ちうる。破傷風毒素はボツリヌス毒素との類似点を数多く持っている。例えば、破傷風毒素とボツリヌス毒素はどちらも、クロストリジウム属の近縁種(それぞれ破傷風菌(Clostridium tenani)およびボツリヌス菌(Clostridium botulinum))によって産生されるポリペプチドである。また、破傷風毒素とボツリヌス毒素はどちらも、1つのジスルフィド結合によって重鎖(分子量約100kD)に共有結合している軽鎖(分子量約50kD)から構成される二本鎖タンパク質である。したがって、破傷風毒素の分子量と、7つの各ボツリヌス毒素(非複合体型)の分子量は、約150kDである。さらに、破傷風毒素でもボツリヌス毒素でも、軽鎖は細胞内生物活性(プロテアーゼ活性)を示すドメインを持ち、重鎖は受容体結合(免疫原)ドメインと細胞膜移行ドメインとを持っている。
【0034】
さらに、破傷風毒素とボツリヌス毒素はどちらも、シナプス前コリン作動性ニューロンの表面にあるガングリオシド受容体に対して高い特異的親和性を示す。末梢コリン作動性ニューロンによる破傷風毒素の受容体仲介エンドサイトーシスは、逆行性軸索輸送、中枢シナプスからの抑制性神経伝達物質の放出の阻害および痙性麻痺をもたらす。これに対して、末梢コリン作動性ニューロンによるボツリヌス毒素の受容体仲介エンドサイトーシスは、逆行性輸送、中毒した末梢運動ニューロンからのアセチルコリンエキソサイトーシスの阻害、および弛緩性麻痺をもたらすことがなく、たとえあったとしても、ごくわずかである。
【0035】
最後に、破傷風毒素とボツリヌス毒素は、その生合成および分子構造が互いに似ている。例えば、破傷風毒素とA型ボツリヌス毒素のタンパク質配列には全体で34%の一致度があり、いくつかの機能ドメインについては62%もの配列一致度がある。Binz T. ら、The Complete Sequence of Botulinum Neurotoxin Type A and Comparison with Other Clostridial Neurotoxins, J Biological Chemistry 265(16);9153-9158:1990。
【0036】
アセチルコリン
複数の神経調節物質が同一ニューロンから放出されうることを示唆する証拠があるが、典型的には、単一タイプの小分子の神経伝達物質のみが、哺乳動物の神経系において各タイプのニューロンによって放出される。神経伝達物質アセチルコリンが脳の多くの領域においてニューロンによって分泌されているが、具体的には運動皮質の大錐体細胞によって、基底核におけるいくつかの異なるニューロンによって、骨格筋を神経支配する運動ニューロンによって、自律神経系(交感神経系および副交感神経系の両方)の節前ニューロンによって、筋紡錘線維のbag 1線維によって、副交感神経系の節後ニューロンによって、そして交感神経系の一部の節後ニューロンによって分泌されている。本質的には、汗腺、立毛筋および少数の血管に至る節後交感神経線維のみがコリン作動性であり、交感神経系の節後ニューロンの大部分は神経伝達物質のノルエピネフリンを分泌する。ほとんどの場合、アセチルコリンは興奮作用を有する。しかし、アセチルコリンは、迷走神経による心拍の抑制のように、抑制作用を一部の末梢副交感神経終末において有することが知られている。
【0037】
自律神経系の遠心性シグナルは交感神経系または副交感神経系のいずれかを介して身体に伝えられる。交感神経系の節前ニューロンは、脊髄の中間外側角に存在する節前交感神経ニューロン細胞体から伸びている。細胞体から伸びる節前交感神経線維は、脊椎傍交感神経節または脊椎前神経節のいずれかに存在する節後ニューロンとシナプスを形成する。交感神経系および副交感神経系の両方の節前ニューロンはコリン作動性であるので、神経節にアセチルコリンを適用することにより、交感神経および副交感神経の両方の節後ニューロンが興奮し得る。
【0038】
アセチルコリンは、ムスカリン性受容体およびニコチン性受容体の2種類の受容体を活性化する。ムスカリン性受容体は、副交感神経系の節後ニューロンによって刺激されるすべてのエフェクター細胞において、また、交感神経系の節後コリン作動性ニューロンに刺激されるエフェクター細胞において見られる。ニコチン性受容体は、副腎髄質、ならびに自律神経節内、すなわち交感神経系および副交感神経系の両方の節前ニューロンと節後ニューロンとの間のシナプスにおける節後ニューロンの細胞表面に見られる。ニコチン性受容体はまた、多くの非自律神経終末、例えば神経筋接合部における骨格筋繊維の膜にも存在する。
【0039】
アセチルコリンは、小さい透明な細胞内小胞がシナプス前のニューロン細胞膜と融合したときにコリン作動性ニューロンから放出される。非常に様々な非ニューロン分泌細胞、例えば副腎髄質(PC12細胞株と同様に)および膵臓の島細胞が、それぞれカテコールアミン類および上皮小体ホルモンを大きな高密度コア小胞から放出する。PC12細胞株は、交感神経副腎発達の研究のために組織培養モデルとして広範囲に使用されているラットのクロム親和性細胞腫細胞のクローンである。ボツリヌス毒素は、(エレクトロポレーションによるように)透過性にされた場合、または脱神経支配細胞に毒素を直接注射することによって、両タイプの細胞からの両タイプの化合物の放出をインビトロで阻害する。ボツリヌス毒素はまた、皮質シナプトソーム細胞培養物からの神経伝達物質グルタメートの放出を阻止することが知られている。
【0040】
神経筋接合部は、筋肉細胞への軸索の近接によって、骨格筋において形成される。神経系を介して伝達される信号は、イオンチャンネルを活性化して末端軸索における活動電位を生じ、例えば神経筋接合部の運動終板において、ニューロン内シナプス小胞からの神経伝達物質アセチルコリンの放出を生じる。アセチルコリンは、細胞外空間を通って、筋肉終板の表面のアセチルコリン受容体タンパク質と結合する。一旦、充分な結合が生じると、筋肉細胞の活動電位は、特異性膜イオンチャンネル変化を生じ、筋肉細胞収縮を生じる。次に、アセチルコリンが筋肉細胞から放出され、細胞外空間においてコリンエステラーゼによって代謝される。代謝産物は、さらなるアセチルコリンに再処理するために末端軸索に再循環される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0041】
副鼻腔頭痛を効果的に処置する方法が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0042】
本発明はこの必要を満たし、副鼻腔頭痛をクロストリジウム毒素の局所投与により効果的に処置する方法を提供する。
【0043】
本発明の方法は、副鼻腔頭痛患者へのクロストリジウム毒素の投与によって実施することができる。使用するクロストリジウム毒素は、好ましくは、A、B、C、D、E、F またはG 型ボツリヌス毒素などのボツリヌス毒素(複合体または純粋物[すなわち約150 kDa分子])である。クロストリジウム毒素の投与は、経皮投与経路によって(すなわちクリーム剤、貼付剤またはローション賦形剤中のクロストリジウム毒素を適用することによって)、皮膚下投与経路(すなわち皮下または筋肉内)によって、皮膚内投与経路によって、または副鼻腔内投与経路によって行なうことができる。
【0044】
仮説として、以下に詳述する本発明の効力の生理学的根拠は、末梢から中枢神経系(脳を含む)への感覚入力(求心性)であって、患者が痛みとして知覚するものを、減少、抑制または除去することである。そのような痛み感覚入力は、皮膚下の感覚ニューロンを低用量のクロストリジウム毒素の標的とすることにより、減弱または除去することができる。
【0045】
本発明で使用されるクロストリジウム毒素の用量は、筋肉を麻痺させるために使用される毒素の量より少ない。なぜなら、本発明による方法が意図するのは、筋肉を麻痺させることではなく、筋肉内もしくは筋肉上または皮膚内もしくは皮膚下または副鼻腔付近に位置する感覚ニューロンからの痛み感覚出力を減少させることだからである。
【0046】
本発明の効力の別の生理学的根拠は、クロストリジウム毒素投与による副鼻腔膜炎症の軽減によるというものでありうる。すなわち、本発明は、副鼻腔またはその付近にクロストリジウム毒素を投与することによって実施しうる。あるいは本発明は、痛みの感覚を引き起こす皮膚内、皮膚下、筋肉内または副鼻腔の感覚(痛み)ニューロンにクロストリジウム毒素を投与することによって実施しうる。
【0047】
本明細書では以下の定義が適用される。
「約」とは、「およそ」または「ほぼ」を意味し、本明細書に記載する数値または範囲については、記載した数値または範囲の±10%を意味する。
【0048】
「軽減」とは副鼻腔頭痛の発生の減少を意味する。したがって軽減には、副鼻腔頭痛の多少の減少、顕著な減少、ほぼ完全な減少、および完全な減少が含まれる。軽減効果は、患者へのクロストリジウム毒素の投与後、1〜7日間は、臨床的に現れないこともありうる。
【0049】
「ボツリヌス毒素」とは、純粋な毒素または複合体としてのボツリヌス神経毒を意味し、細胞傷害性ボツリヌス毒素C2およびC3などの神経毒でないボツリヌス毒素は除外される。
【0050】
「局所投与」とは、非全身的経路による、患者の筋肉もしくは副鼻腔もしくは皮膚下部位へのまたはその近傍への、または頭部における医薬剤の投与(例えば、皮下経路、筋肉内経路、皮膚下経路または経皮経路によるもの)を意味する。したがって、静脈内投与または経口投与などの全身的投与経路(例えば血液循環系への投与)は、局所投与からは除外される。末梢投与とは、内臓または腸(すなわち内臓への)投与とは対照的に、末梢への(例えば患者の肢、胴もしくは頭部の上または内部にある部位への)投与を意味する。
【0051】
「処置する」とは、副鼻腔頭痛の少なくとも1つの症状を一時的または永続的に軽減(または解消)することを意味する。
【0052】
クロストリジウム神経毒は、副鼻腔頭痛の痛みが軽減されるように、治療有効量で投与される。好適なクロストリジウム神経毒素として、細菌によって産生される神経毒を挙げることができる。例えば、神経毒はClostridium botulinum、Clostridium butyricumまたはClostridium berattiから産生されるものであることができる。本発明の一定の実施形態では、患者へのボツリヌス毒素の筋肉内(顔)投与によって副鼻腔頭痛が処置される。ボツリヌス毒素は、A型、B型、C1型、D型、E型、F型またはG型ボツリヌス毒素であることができる。ボツリヌス毒素の痛み軽減効果は、約1ヶ月〜約5年間にわたって持続しうる。ボツリヌス神経毒は、組換え生産されたボツリヌス神経毒、例えば大腸菌によって産生されたボツリヌス毒素であることができる。これに加えて、またはこれに代えて、ボツリヌス神経毒は修飾神経毒、すなわち天然物と比較してそのアミノ酸の少なくとも1つが欠失、修飾または置換されているボツリヌス神経毒であることができ、あるいは修飾ボツリヌス神経毒は、組換え生産されたボツリヌス神経毒またはその誘導体もしくは断片であることができる。
【0053】
本発明に従って副鼻腔頭痛を処置する方法は、副鼻腔頭痛患者にボツリヌス毒素を局所投与し、その結果としてその副鼻腔頭痛を軽減するステップを含むことができる。ボツリヌス毒素は、A、B、C、D、E、FおよびG型ボツリヌス毒素からなる群より選択することができる。A型ボツリヌス毒素は好ましいボツリヌス毒素である。ボツリヌス毒素は、約1単位〜約3,000単位の量で投与することができ、副鼻腔頭痛の軽減は約1ヶ月〜約5年間持続しうる。ボツリヌス毒素の局所投与は、副鼻腔またはその近傍に対して行なうことができる。あるいは、局所投与は、筋肉内注射によって、または副鼻腔頭痛の痛みの存在がそこから生じると患者が感じる皮膚下部位(通例、前頭部の)に対して行なうこともできる。
【0054】
本発明の具体的一実施形態は、副鼻腔頭痛を処置する方法であって、副鼻腔頭痛患者に、約1単位〜約3,000単位のボツリヌス毒素(例えば約1〜50単位のA型ボツリヌス毒素または約50〜3,000単位のB型ボツリヌス毒素)を局所投与し、その結果としてその副鼻腔頭痛を約1ヶ月〜約5年間軽減するステップを含む方法を含むことができる。
【0055】
本発明の態様および特徴の理解を助けるために図面を添付する。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】副鼻腔の位置を示すヒト頭部の冠状縫合(前部)断面図。
【図2】鼻腔の外側壁を通るヒト頭部の一部分の垂直断面図。
【図3】副鼻腔の位置を示すヒト頭部の一部分の部分矢状縫合(垂直)断面図。
【図4】副鼻腔の位置を重ねて感染した左上顎洞を示す、ヒト顔の一部分の正面図。
【図5】左上顎洞内側の炎症を起こした粘膜をも示す、図4と同様の図。
【発明を実施するための形態】
【0057】
本発明は、処置有効量のボツリヌス毒素の局所投与によって副鼻腔頭痛を処置しうるという発見に基づいている。したがって、副鼻腔頭痛患者の副鼻腔またはその付近に、ボツリヌス毒素(例えばA、B、C1、D、E、FまたはG血清型ボツリヌス毒素)を注射することにより、痛みを抑止しそして/または副鼻腔頭痛の原因因子でありうる炎症を処置することができる。あるいは、皮膚内または皮膚下痛み感覚ニューロンにボツリヌス毒素を投与することにより、そのような副鼻腔頭痛を抑止し処置することもできる。
【0058】
ボツリヌス毒素は、多汗症の処置におけるように、過剰な腺分泌を抑制しうることが知られている。ボツリヌス毒素の投与(例えば副鼻腔内部位への注射による)は、副鼻腔の炎症および副鼻腔の腺による過剰分泌のいずれをも軽減するよう作用し、その結果、副鼻腔頭痛の痛みを軽減することができると仮定することができる。
【0059】
本発明は好ましくは、副鼻腔の1つ、すなわち前頭洞、篩骨洞、蝶形骨洞および/または上顎洞の対の一つまたはそれ以上にボツリヌス毒素を直接投与することによって実施する。副鼻腔は顔の骨の内側に位置する、空気で満たされた洞の対で、内側は粘膜で覆われている。鼻漏または鼻炎を処置するために行われうるような鼻腔(鼻前庭、鼻甲介または鼻道を包含する)へのボツリヌス毒素投与は本発明の範囲から除外される。なぜなら、副鼻腔組織(そこから求心性痛みシグナルが発生し、および/またはそこに炎症を起こした副鼻腔膜が存在する)にボツリヌス毒素を直接適用することが、本発明の方法を効果的に実施するために非常に望ましいからである。鼻腔と副鼻腔との解剖学的配置により、鼻腔(すなわち鼻前庭、鼻甲介または鼻道)と副鼻腔とは区別され、それ故、鼻炎または鼻漏を処置するための鼻道または鼻腔へのボツリヌス毒素の適用は、ボツリヌス毒素を副鼻腔にも適用したことにはならず、逆に副鼻腔へのボツリヌス毒素投与の適用は、ボツリヌス毒素を鼻腔にも適用したことにはならないことに注意することが重要である。本発明を実施するための別の好ましい方法は、副鼻腔頭痛患者にボツリヌス毒素を頭蓋骨膜投与することにより、また、副鼻腔頭痛患者の眉間の筋肉、前頭筋および/または側頭筋にボツリヌス毒素を筋肉内投与することによる。
【0060】
理論に束縛されることは望まないが、本発明の効力について生理学的機序を提案することができる。筋肉は神経支配および感覚出力の複雑な系を持つことが知られている。例えば、脊髄灰白質の前角の各セグメントに位置する前運動ニューロンからは、遠心性アルファ運動ニューロンおよび遠心性ガンマ運動ニューロンが生じ、それらは前根を通って脊髄を離れ、骨格(錘外)筋線維を神経支配する。アルファ運動ニューロンは錘外骨格筋線維の収縮を引き起こし、一方、ガンマ運動ニューロンは骨格筋の錘内線維を神経支配する。これら2タイプの遠心性前運動ニューロン投射による興奮の他に、筋紡錘およびゴルジ腱器官から投射してさまざまな筋パラメータ状態に関する情報を脊髄、小脳および大脳皮質に伝える働きをする求心性感覚ニューロンもある。筋紡錘からの感覚情報を中継するこれらの求心性運動ニューロンには、Ia 型および II 型感覚求心性ニューロンが含まれる。例えばGuyton A.C.ら「Textbook of Medical Physiology」(W.B. Saunders Company、1996、第9版)の686〜688頁を参照されたい。
【0061】
意義深いことに、ボツリヌス毒素は筋Ia型求心性ニューロンからの感覚情報の伝達を減少させるように働きうることが確認されている。Kreyden, O.編「Hyperhydrosis and botulinum toxin in dermatology(多汗症および皮膚科学におけるボツリヌス毒素)」(Karger、バーゼル、2002年、第30巻)の107〜116頁に掲載されている Aoki, K.「Physiology and pharmacology of therapeutic botulinum neurotoxins(治療用ボツリヌス神経毒の生理学および薬理学)」の109〜110頁。そして、ボツリヌス毒素は、筋細胞感覚求心性神経に対する直接的作用を持ち、これらの求心性神経から中枢神経系へのシグナルを修飾することができるという仮説が立てられている。例えばMayer N.編「Spasticity: etiology, evaluation, management and the role of botulinum toxin(痙縮:病因、評価、管理およびボツリヌス毒素の役割)」(2002)の110〜124頁に記載されているBrin, M. ら「Botulinum toxin type A : pharmacology(A 型ボツリヌス毒素:薬理学)」の112〜113頁、Cui, M.ら「Mechanisms of the antinociceptive effect of subcutaneous BOTOX(R): inhibition of peripheral and central nociceptive processing(皮下BOTOX(登録商標)の抗侵害受容作用の機序:末梢および中枢侵害受容処理の抑制)」Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol 2002; 365 (supp 2): R17、Aoki, K. ら「Botulinum toxin type A and other botulinum toxin serotypes : a comparative review of biochemical and pharmacological actions(A型ボツリヌス毒素および他のボツリヌス毒素血清型:生化学的作用および薬理学的作用の比較検討)」Eur J. Neurol 2001: (suppl 5); 21-29を参照されたい。したがって、ボツリヌス毒素は筋肉からCNSおよび脳への感覚出力を変化させうることが証明されている。
【0062】
重要なことに、本発明の方法によって抑制されるべき求心性出力を発生する感覚ニューロンは、筋肉上または筋肉内に位置する必要はなく、皮膚内部位または皮膚下部位に存在する場合もある。
【0063】
副鼻腔頭痛の痛みは顔部分の求心性ニューロンからの感覚(痛み)入力によるものであると考えることができる。筋肉からの感覚出力を減少させるために顔面の筋肉または皮膚にボツリヌス毒素を投与すると、副鼻腔頭痛の痛みを軽減することができる。
【0064】
本発明者の仮説を述べると、ボツリヌス毒素による片頭痛の処置においてそうでありうるように、筋肉組織(例えば筋紡錘線維および筋痛み線維)の中もしくは上のまたは皮膚内もしくは皮膚下の感覚構造の一部としての求心性痛み神経によって伝達されるシグナルが、副鼻腔頭痛の痛みの感覚を誘導する。すなわち、筋または皮膚構造からの求心性シグナルは脳に感覚情報を与え、次にそれが痛みの発生につながる。したがって、筋紡錘線維、痛み線維または筋内もしくは筋の近傍にある他の感覚器官にボツリヌス毒素を局所投与すると、これらの筋肉から脳に向かう神経シグナル求心性出力が変化し、その結果として痛みの感覚が減少する。
【0065】
本発明の重要な要素は、第1に、それが低用量のボツリヌス毒素の局所投与を用いて実施されるということである。選択される低用量は、筋麻痺を引き起こさない。第2に、本発明は、低用量のボツリヌス毒素を、痛み感覚を発生する筋肉もしくは筋肉群に局所投与することによって、または炎症を起こしているかもしくは痛みシグナルを発生する副鼻腔膜に局所投与することによって実施される。
【0066】
本発明の方法によって投与されるクロストリジウム毒素の量は、処置される副鼻腔頭痛の特定の性質(その重症度を包含する)および他のさまざまな患者変数(大きさ、体重、年齢および治療に対する応答性を含む)に応じて変動しうる。医師の参考として述べると、典型的には、1回の特許治療セッションにつき、1注射部位につき(例えば注射する各筋肉部位に対し)、約1単位以上約25単位以下のA型ボツリヌス毒素(BOTOX(登録商標)など)が投与される。DYSPORT(登録商標)などのA型ボツリヌス毒素の場合は、1回の特許治療セッションにつき、1注射部位につき、約2単位以上約125単位以下のA型ボツリヌス毒素が投与される。MYOBLOC(登録商標)などのB型ボツリヌス毒素の場合は、1回の特許治療セッションにつき、1注射部位につき、約40単位以上約1500単位以下のB型ボツリヌス毒素が投与される。約1、2または40単位未満の量(それぞれBOTOX(登録商標)、DYSPORT(登録商標)およびMYOBLOC(登録商標)の場合)では、望ましい治療効果を達成できない可能性があり、一方、約25、125または1500単位を超える量(それぞれBOTOX(登録商標)、DYSPORT(登録商標)およびMYOBLOC(登録商標)の場合)では、有意な筋緊張低下、筋脱力および/または筋麻痺をもたらす可能性がある。
【0067】
より好ましくは、1回の特許治療セッションにつき、1注射部位につき、BOTOX(登録商標)の場合は約2単位以上約20単位以下のA型ボツリヌス毒素を、DYSPORT(登録商標)の場合は約4単位以上約100単位以下を、そしてMYOBLOC(登録商標)の場合は約80単位以上約1000単位以下を投与する。
【0068】
最も好ましくは、1回の特許治療セッションにつき、1注射部位につき、BOTOX(登録商標)の場合は約5単位以上約15単位以下のA型ボツリヌス毒素を、DYSPORT(登録商標)の場合は約20単位以上約75単位以下を、そしてMYOBLOC(登録商標)の場合は約200単位以上約750単位以下を投与する。各患者治療セッションについて複数の注射部位(すなわちある注射パターン)が存在しうることに注意することが重要である。
【0069】
投与経路および投与量の例を挙げるが、適切な投与経路および投与量は、一般に、担当医によって症例ごとに決定される。そのような決定は当業者にとっては日常的作業である(例えば Anthony Fauci ら編「Harrison's Principles of Internal Medicine」(1998)第14版、McGraw Hill 刊を参照されたい)。例えば、本発明による神経毒の投与経路および投与量は、選択した神経毒の溶解特性ならびに知覚される痛みの強さなどの基準に基づいて選択することができる。
【0070】
本発明は、クロストリジウム毒素の局所投与が、副鼻腔頭痛の、有意で長時間持続する緩和をもたらすことができるという発見に基づいている。本明細書中に開示される本発明に従って使用されるクロストリジウム毒素は、副鼻腔頭痛の痛みの発生に関与する選択されたニューロン群の間の化学的シグナルまたは電気シグナルの伝達を阻害しうる。クロストリジウム毒素は、好ましくは、クロストリジウム毒素にさらされる細胞に対して細胞傷害性でない。クロストリジウム毒素は、クロストリジウム毒素にさらされたニューロンからの神経伝達物質のエキソサイトーシスを低下させるか、またはそのようなエキソサイトーシスを防止することによって神経伝達を阻害することができる。あるいは、適用されたクロストリジウム毒素は、該毒素にさらされたニューロンの活動電位の生成を阻害することによって神経伝達を低下させることができる。クロストリジウム毒素によってもたらされる副鼻腔頭痛軽減効果は、比較的長期間にわたって、例えば、2ヶ月以上にわたって、また、潜在的には数年間にわたって持続しうる。
【0071】
本発明の範囲に含まれるクロストリジウム毒素の例には、Clostridium botulinum、Clostridium butyricumおよびClostridium berattiが産生する神経毒が含まれる。さらに、本発明の方法において使用されるボツリヌス毒素は、A型ボツリヌス毒素、B型ボツリヌス毒素、C型ボツリヌス毒素、D型ボツリヌス毒素、E型ボツリヌス毒素、F型ボツリヌス毒素およびG型ボツリヌス毒素からなる群から選択されるボツリヌス毒素であり得る。本発明の1つの実施形態において、患者に投与されるボツリヌス神経毒はA型ボツリヌス毒素である。A型ボツリヌス毒素は、ヒトにおけるその効力が大きく、容易に得ることができ、また、筋肉内注射による局所投与による骨格筋障害および平滑筋障害の処置についての使用が知られているために望ましい。
【0072】
本発明にはまた、(a)細菌培養、毒素抽出、濃縮、保存、凍結乾燥および/または再構成によって得られるか、もしくはそれらによって処理されるクロストリジウム神経毒;および/または(b)修飾もしくは組換えされた神経毒、すなわち、1つ以上のアミノ酸もしくはアミノ酸配列が、知られている化学的/生化学的なアミノ酸修飾手順により、もしくは、知られている宿主細胞/組換えベクターの組換え技術の使用により意図的に欠失もしくは修飾もしくは置換されている神経毒、そして同様にそのようにして得られた神経毒の誘導体またはフラグメント、の使用が含まれる。これらの神経毒変化体は、ニューロン間の神経伝達を阻害する能力を保持し、これらの変化体のいくつかは、天然の神経毒と比較して、増大した阻害作用持続時間をもたらすことができ、または、神経毒にさらされるニューロンに対する高まった結合特異性をもたらすことができる。これらの神経毒変化体は、従来のアッセイを使用して変化体をスクリーニングして、神経伝達を阻害する所望される生理学的作用を有する神経毒を同定することによって選択することができる。
【0073】
本発明に従って使用されるボツリヌス毒素は、真空下での容器における凍結乾燥、真空乾燥形態で、または安定な液体として保存することができる。凍結乾燥前に、ボツリヌス毒素は、医薬的に許容され得る賦形剤、安定剤および/または担体(例えば、アルブミンなど)と組み合わせることができる。凍結乾燥物は、患者に投与するボツリヌス毒素を含有する溶液または組成物を調製するために、生理的食塩水または水で再構成することができる。
【0074】
組成物は、神経伝達を抑制するための主成分として、1つのタイプの神経毒(例えば、A型ボツリヌス毒素など)を単に含有し得るだけであるが、他の処置用組成物は、副鼻腔頭痛の増強された処置効果をもたらし得る2つ以上のタイプの神経毒を含むことができる。例えば、患者に投与される組成物はA型ボツリヌス毒素およびB型ボツリヌス毒素を含むことができる。2つの異なる神経毒を含有する単一組成物を投与することにより、神経毒のそれぞれの効果的な濃度を、所望される処置効果を依然として達成しながら、1つの神経毒が患者に投与された場合よりも低くすることが可能になり得る。患者に投与される組成物はまた、他の医薬的に活性な成分、例えば、タンパク質受容体またはイオンチャンネルの調節因子などを、神経毒(1つまたは複数)と組み合わせて含有することができる。これらの調節因子は、様々なニューロンの間での神経伝達の低下に寄与し得る。
【0075】
例えば、組成物は、GABAA受容体により媒介される抑制作用を高めるγ-アミノ酪酸(GABA)A型受容体調節因子を含有することができる。GABAA受容体は、細胞膜を横断する電流の流れを効果的にそらすことによってニューロン活性を阻害する。GABAA受容体調節因子はGABAA受容体の抑制作用を高めることができ、また、ニューロンからの電気シグナルまたは化学的シグナルの伝達を低下させることができる。GABAA受容体調節因子の例には、ベンゾジアゼピン系薬剤、例えば、ジアゼパム、オキサキセパム、ロラゼパム、プラゼパム、アルプラゾラム、ハラゼアパム、クロルジアゼポキシドおよびクロルアゼペートなどが含まれる。
【0076】
組成物はまた、グルタメート受容体により媒介される興奮作用を低下させるグルタメート受容体調節因子を含有することができる。グルタメート受容体調節因子の例には、AMPA型、NMDA型および/またはカイネート型のグルタメート受容体を介する電流の流れを阻害する薬剤が含まれる。組成物はまた、ドーパミン受容体を調節する薬剤(例えば、抗精神病薬など)、ノルエピネフリン受容体を調節する薬剤、および/またはセロトニン受容体を調節する薬剤を含むことができる。組成物はまた、電位依存性のカルシウムチャンネル、カリウムチャンネルおよび/またはナトリウムチャンネルを介するイオン流に影響を及ぼす薬剤を含むことができる。従って、副鼻腔頭痛を処置するために使用される組成物は、1つまたは複数の神経毒(例えば、ボツリヌス毒素など)に加えて、神経伝達を低下させ得るイオンチャンネル受容体調節因子を含むことができる。
【0077】
神経毒は、主治医により決定されるように、任意の好適な方法によって投与することができる。そのような投与方法により、神経毒を、選択した標的組織に局所的に投与することが可能になる。投与方法には、上記で記載されたように神経毒を含有する溶液または組成物の注入が含まれ、また、標的組織に神経毒を調節的に放出する制御された放出システムの埋め込みが含まれる。そのような制御された放出システムにより、反復した注入の必要性が低下させられる。組織内におけるボツリヌス毒素の生物学的活性の拡散は用量に相関するようであり、段階的であり得る。Jankovic J.他、Therapy With Botulinum Toxin、Marcel Dekker, Inc. (1994)、150頁。従って、ボツリヌス毒素の拡散を、患者の認知能力に影響を及ぼし得る潜在的に望ましくない副作用を低下させるために制御することができる。例えば、神経毒を、神経毒が、副鼻腔洞の中または近傍における痛みおよび/または炎症の発生に関与すると考えられる神経系に主に作用し、かつ、他の神経系に対しては負の有害な作用を有しないように投与することができる。
【0078】
ポリ無水物ポリマーのGliadel(登録商標)(Stolle R & D, Inc.、Cincinnati、OH)(これは20:80の比率でのポリカルボキシフェノキシプロパンとセバシン酸との共重合体である)が、インプラントを作製するために使用されており、また、悪性神経膠腫を処置するために頭蓋内に埋め込まれている。ポリマーおよびBCNUを、塩化メチレンに同時に溶解し、マイクロスフェアにスプレー乾燥することができる。その後、マイクロスフェアは、直径が1.4cmで、厚さが1.0mmのディスクに圧縮成形によって圧縮され、窒素雰囲気下でアルミニウムホイルポーチに包装され、2.2メガラッドのγ線によって滅菌され得る。このポリマーは2週間〜3週間の期間にわたってカルムスチンの放出を可能にする。だが、ポリマーの大部分が分解するためには1年以上を要し得る。Brem, H.他、再発性神経膠腫に対する化学療法の生分解性ポリマーによる術中制御送達の安全性および効力のプラセボ対照試験、Lancet、345;1008-1012:1995。
【0079】
本明細書中に開示される方法を実施する際に有用なインプラントを調製するために、所望する量の安定化された神経毒(例えば、再構成されていないBOTOX(登録商標)など)を、塩化メチレンに溶解された好適なポリマーの溶液に混合することができる。溶液は室温で調製することができる。その後、溶液をペトリ皿に移して、塩化メチレンを真空デシケーター内で蒸発させることができる。所望されるインプラントサイズに従って、そしてそれ故神経毒の配合量に依存して、乾燥された神経毒配合インプラントの好適な量を、約8000p.s.i.で5秒間または3000p.s.i.で17秒間、鋳型で圧縮成形して、神経毒を含むインプラントディスクを形成する。例えば、Fung L.K.他、サル脳における生分解性ポリマーインプラントからのカルムスチン4-ヒドロペルオキシシクロホスファミドおよびパクリタキセルの間質送達の薬物動態学、Cancer Research、58;672-684:1998。
【0080】
ボツリヌス毒素などのクロストリジウム毒素の局所投与は毒素の大きい局所的処置レベルをもたらすことができる。標的筋肉へのクロストリジウム毒素の長期間の局所的送達が可能である制御放出ポリマーは、標的組織への効果的な投薬を可能にする。好適なインプラントは、米国特許第6,306,423号(発明の名称:神経毒インプラント)に示されるようなものであり、制御放出ポリマーによる標的組織に対する化学療法剤の直接的な導入を可能にする。使用するインプラントポリマーは、好ましくは、毒素が標的組織環境内に放出されるまで、ポリマーに配合された神経毒が、水により誘導される分解から保護されるように、疎水性である。
【0081】
標的組織への注入またはインプラントによる、本発明に従ったボツリヌス毒素の局所投与は、副鼻腔頭痛の痛みを軽減するために、患者への医薬品の全身的投与に優る代替法を提供する。
【0082】
本発明に従った標的組織への局所投与のために選択されるクロストリジウム毒素の量は、処置される副鼻腔頭痛の重篤度、処置される筋肉組織の大きさ、選ばれた神経毒毒素の溶解性特性、ならびに、患者の年齢、性別、体重および健康状態などの判断基準に基づいて変化し得る。例えば、影響を受ける筋肉組織の領域の大きさは、注入された神経毒の体積に比例し、一方で、抑制効果の大きさは、ほとんどの用量範囲について、投与されたクロストリジウム毒素の濃度に比例すると考えられる。適切な投与経路および投薬量を決定するための方法が、一般には、主治医によって場合毎に決定される。そのような決定は当業者にとっては日常的である(例えば、Harrison's Principles of Internal Medicine(1998)(Anthony Fauci他編、第14版、発行:McGraw Hill)を参照のこと)。
【0083】
重要なことに、本発明の方法では、改善された患者機能を提供することができる。「改善された患者機能」は、痛みの軽減、ベッドで過ごす時間の減少、歩行の増大、より健康的な態度、より多様な生活スタイル、および/または、正常な筋緊張により認められる回復などの要因によって測定される改善として定義することができる。改善された患者機能は、改善された生活の質(QOL)と同義的である。QOLは、例えば、知られているSF-12またはSF-36の健康調査スコア化法を使用して評価することができる。SF-36では、身体的機能性、身体的問題による役割制限、社会的機能性、体の痛み、全体的な精神的健康状態、情緒的問題による役割制限、活力、および全体的な健康状態認識の8分野において患者の身体的および精神的な健康状態が評価される。得られたスコアは、様々な一般集団および患者集団について得ることができる発表された値と比較することができる。
【0084】
図1は、ヒト頭部の冠状縫合(前部)断面図で、副鼻腔の位置を示すものである。12は前頭洞である。14は鼻腔である。16は鼻中隔である。18は篩骨洞である。20は中鼻甲介である。22は上顎洞の開孔である。24は中鼻道である。28は上顎洞の眼窩下陥凹である。30は上顎洞の頬骨陥凹である。32は上顎洞の歯槽陥凹である。34は上顎洞である。36は下鼻道である。38は下鼻甲介である。40は口腔である。
【0085】
図2は、ヒト頭部の一部分の、鼻腔の外側壁を通る垂直断面図である。50は上鼻甲介である。52は上鼻道である。56は中鼻道房である。58は鼻限である。62は蝶篩陥凹である。64は蝶形骨洞の開孔である。66は蝶形骨洞である。68は後鼻孔である。
【0086】
図3は、ヒト頭部の一部分の、部分矢状縫合(垂直)断面図で、副鼻腔の位置を示すものである。70は鼻前頭管の開孔である。72は半月裂孔である。74は鉤状突起である。
【0087】
実施例
以下の非制限的実施例は、本発明の範囲に包含される処置方法の好ましい具体例を当業者に示すものであって、本発明の範囲を限定するものではない。以下の実施例では、例えば筋肉内注射、皮下注射による投与、または徐放性植込剤の植込による投与など、クロストリジウム神経毒のさまざまな非全身的投与様式を実行することができる。
【実施例1】
【0088】
副鼻腔頭痛のA型ボツリヌス毒素療法
32歳の女性患者が副鼻腔部分の痛みを訴える。この痛みは、一定、単調、非拍動性であると表現される。この痛みは、悪心、光感受性または音感受性を伴わない。副鼻腔頭痛と診断され、この患者を、眉間の筋肉、前頭筋および側頭筋それぞれに10単位のA型ボツリヌス毒素(すなわちBOTOX(登録商標))を注射することによって処置する(合計30単位の毒素)。あるいは、最も強い痛みが訴えられる側および位置において、1つまたはそれ以上の副鼻洞に約10単位のA型ボツリヌス毒素を直接注射することもできる(副鼻洞の位置については、図1〜3を参照)。ボツリヌス毒素投与後1〜7日以内に、患者は、副鼻腔頭痛の痛みの完全な軽減を報告し、患者の状態のそのような軽減は4〜6ヶ月間持続する。
【0089】
上で使用したA型ボツリヌス毒素の代わりに、B、C、D、E、F またはG型ボツリヌス毒素、例えば250単位のB型ボツリヌス毒素などを使用することもできる。
【実施例2】
【0090】
副鼻腔頭痛のA型ボツリヌス毒素療法
28歳の男性患者が頭および顔の前部に強い鈍痛を訴える。患者は下向きにかがむと痛みが悪化すると訴える。緑色がかった鼻汁、鼻腔の赤みおよび腫脹が見られ、微熱がある(101度)。この患者を、副鼻洞のそれぞれに10単位のA型ボツリヌス毒素(すなわちBOTOX(登録商標))を注射することによって処置する。感染した左上顎洞に少なくとも10単位の毒素を注射することができる。図4に感染した左上顎洞を示す。炎症がある場合は、さらに5単位のボツリヌス毒素を投与することができる。図5に粘膜が炎症を起こしている左上顎洞を示す。ボツリヌス毒素投与後1〜7日以内に、患者は、副鼻腔頭痛の完全な軽減を報告し、患者の状態のそのような軽減は4〜6ヶ月間持続する。
【0091】
実施例1および2のいずれにおいても、ボツリヌス毒素の投与は、例えばAnderson, T.ら, Surgical intervention for sinusitis in adults, Curr Allergy Asthma Rep 2001 May;1(3);282-8に記載されているような内視鏡的副鼻腔処置によって、米国特許第5437291号および第5674205号に記載されている内視鏡的注射装置を用いて行うことができる。
【0092】
本発明を一定の好ましい方法に関して詳細に説明したが、本発明の範囲内で他の実施形態、変形および変更も可能である。例えば、本発明の方法では、多種多様な神経毒を有効に使用することができる。また、本発明は、副鼻腔頭痛の痛みを軽減するための局所投与法であって、2以上の神経毒、例えば2以上のボツリヌス毒素が同時にまたは逐次的に投与される方法も包含する。例えば、臨床応答の低下が起こるか、中和抗体が発生するまでは、A型ボツリヌス毒素を投与し、その後はB型ボツリヌス毒素を投与することができる。あるいは、所望する治療成果の開始および持続時間を制御するために、ボツリヌス血清型A〜Gの任意の2以上の組み合せを、局所投与することもできる。さらに、ボツリヌス毒素などの神経毒がその治療効果を発揮しはじめる前に、補助的効果、例えば除神経の強化または除神経のより迅速な開始などが得られるように、神経毒の投与に先立って、または神経毒の投与と同時に、または神経毒の投与後に、非神経毒化合物を投与することもできる。
【0093】
本願発明による障害の処置方法には、下記の点を含む多くの利益および利点がある:
1.副鼻腔頭痛の症状を劇的に減少または軽減させることができる。
2.副鼻腔頭痛の症状を、1回の神経毒注射で少なくとも約2〜約6ヶ月間にわたって、また徐放性神経毒植込剤を使用すれば約1年〜約5年間にわたって、減少または軽減させることができる。
3.注射されたクロストリジウム神経毒または植込まれたクロストリジウム神経毒は、筋肉内(または皮膚内もしくは皮膚下)注射または植込部位から拡散するまたは輸送される傾向をほとんどまたは全く示さない。
4.クロストリジウム神経毒の筋肉内(または皮膚内もしくは皮膚下)注射または植込みからは、望ましくない副作用はほとんどまたは全く起こらない。
5.本発明の方法は、患者の可動性の向上、より積極的な態度、および生活の質の改善という望ましい副作用をもたらしうる。
【0094】
本発明を一定の好ましい方法に関して詳細に説明したが、本発明の範囲内で他の実施形態、変形および変更も可能である。例えば、本発明の方法では、多種多様な神経毒を有効に使用することができる。また、本発明は、2以上のクロストリジウム神経毒、例えば2以上のボツリヌス毒素を同時にまたは逐次的に投与する局所投与法も包含する。例えば、臨床応答の低下が起こるか、中和抗体が発生するまでは、A 型ボツリヌス毒素を局所投与し、その後は B 型ボツリヌス毒素を投与することができる。さらに、ボツリヌス毒素などの神経毒が、より長時間持続するその痛み抑制剤効果を発揮しはじめる前に、補助的効果、例えば痛み抑制の強化またはより迅速な痛み抑制の開始などが得られるように、神経毒の投与に先立って、または神経毒の投与と同時に、または神経毒の投与後に、非神経毒化合物を局所投与することもできる。
【0095】
本発明は、クロストリジウム神経毒の局所投与による強迫性障害の処置を行なうための医薬品の製造におけるボツリヌス毒素などの神経毒の使用も、その範囲に包含する。
【0096】
上述した参考文献、論文、特許、出願および刊行物はすべて、参照により、そのまま本明細書に組み込まれる。
したがって、本願請求項の精神および範囲は、上述した好ましい実施形態の説明に制限されるべきでない。
【符号の説明】
【0097】
符号の説明
12:前頭洞、14:鼻腔、16:鼻中隔、18:篩骨洞、20:中鼻甲介、22:上顎洞の開孔、24:中鼻道、28:上顎洞の眼窩下陥凹、30:上顎洞の頬骨陥凹、32:上顎洞の歯槽陥凹、34:上顎洞、36:下鼻道、38:下鼻甲介、40:口腔。
50:上鼻甲介、52:上鼻道、56:中鼻道房、58:鼻限、62:蝶篩陥凹、64:蝶形骨洞の開孔、66:蝶形骨洞、68:後鼻孔。
70:鼻前頭管の開孔、72:半月裂孔、74:鉤状突起。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分としてボツリヌス毒素を含んでなる、副鼻腔頭痛を処置するための局所投与用医薬組成物。
【請求項2】
ボツリヌス毒素がA、B、C、D、E、F およびG型ボツリヌス毒素からなる群より選択される請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
ボツリヌス毒素がA型ボツリヌス毒素である請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
ボツリヌス毒素を1単位〜3000単位の量で含有する請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
局所投与を、患者の頭部上または頭部内の部位への筋肉内または皮下投与によって行う請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
局所投与を患者の顔面の筋肉に対して行う請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
局所投与を患者の副鼻腔洞粘膜に対して行う請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
局所投与を患者の前頭部に対して行う請求項1に記載の組成物。
【請求項9】
局所投与を、副鼻腔頭痛の痛みがそこから生じると患者が知覚する皮下部位または筋部位に対して行う請求項1に記載の組成物。
【請求項10】
有効成分として1単位〜3000単位のA型ボツリヌス毒素を含んでなる、副鼻腔頭痛を処置するための局所投与用医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−137042(P2011−137042A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−84968(P2011−84968)
【出願日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【分割の表示】特願2006−514187(P2006−514187)の分割
【原出願日】平成16年4月30日(2004.4.30)
【出願人】(591018268)アラーガン、インコーポレイテッド (293)
【氏名又は名称原語表記】ALLERGAN,INCORPORATED
【Fターム(参考)】