説明

創傷治療のための医薬

【課題】皮膚の欠損などを伴う急性又は慢性の創傷に対して創傷の治癒を促進する作用を有する創傷治療のための医薬を提供する。
【解決手段】例えばN-(3-オキソドデカノイル)-L-ホモセリンラクトンなどのN-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む創傷治療のための医薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は創傷治療のための医薬に関するものである。より具体的には、皮膚の欠損などを伴う急性又は慢性の創傷に対して創傷治癒を促進する作用を有する医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の欠損を伴う重症急性創傷(裂創、挫創、熱傷など)及び慢性創傷(褥瘡、下腿潰瘍、糖尿病性潰瘍など)は、肉芽組織の増殖・収縮及び表皮細胞の遊走による上皮化の2つの過程を経て創閉鎖(治癒)に至る。従来の創傷管理は、吸湿性の創傷被覆材の貼付や創傷滲出液の吸引などによる適度な湿潤環境の維持、外科的・化学的・生物学的デブリードマンによる壊死組織の除去、洗浄や消毒による感染の防止、冷却による炎症防止などにより、良好な肉芽組織の形成を促進することを目的としている。しかしながら、広範囲に及ぶ重症急性創傷や難治性慢性潰瘍では、これら従来の創傷管理技術だけでは創閉鎖に至らしめることができず、より積極的な創傷治癒促進技術の開発が求められている。
【0003】
より積極的な創傷治癒促進技術として、成長因子等のサイトカインの局所的投与や、陰圧閉鎖療法などの物理的刺激などが開発され、すでに実用化されている。もっとも、重症急性創傷の場合には創部においてすでに大量のサイトカインが放出されているためにサイトカインを外用で適用した場合の効果は限定されており、創部が広範囲におよぶ熱傷等の場合には物理的療法の適用も難しいという問題がある。また、慢性創傷では全身的要因(加齢、血流障害、高血糖など)及び局所的要因(炎症の遷延など)が複雑に作用しているため、従来の治癒促進技術では十分な効果が得られない場合も多く、異なる機序に基づく促進技術の開発が求められている。
【0004】
一方、細菌などの微生物において化学物質によって他の生物個体と情報伝達する機構が存在することが知られている。このような物質としては、抗生物質のように他種の微生物に作用してその生育を阻害する物質のほか、同種間の微生物において交換されるフェロモン様の物質(クオルモン)が知られている。クオルモンを周囲の微生物をやりとりすることによって細菌数及び細菌密度などを感知し、その情報に基づいて特定の物質の産生誘導が生じるが(クオラムセンシング)、クオルモンは菌体外に分泌されて周囲の微生物に取り込まれれ、周囲の微生物においても同じ物質の産生が促進される。
【0005】
クオラムセンシングを行う細菌のうち、緑膿菌などのグラム陰性菌の多くはN-アシル-L-ホモセリンラクトン(AHL)類と呼ばれる物質をクオルモン(オートインデューサーと呼ばれる場合もある)として利用しており、N-ヘキサノイル-L-ホモセリンラクトン(C6-HSL)又はN-(3-オキソオクタノイル)-L-ホモセリンラクトン(3-oxo-C8-HSL)など種々のアシル基を有する物質が微生物の種類に応じて利用されている(国際公開92/18614号、Journal of Bacteriology, 175, pp.3856-3862, 1993、米国特許第5591872号明細書など)。
【0006】
なお、N-アシル-L-ホモセリンラクトンについては、創傷に対して外用で適用した場合に炎症を惹起することが報告されている(第39回日本創傷治癒学会、演題番号S3-2、「緑膿菌クオラムセンシングシグナルによる創傷部における炎症の誘導」、2009年12月8日)。しかしながら、この物質が創傷の治癒過程において治癒促進作用を有していることは従来全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開92/18614号
【特許文献2】米国特許第5591872号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Journal of Bacteriology, 175, pp.3856-3862, 1993
【非特許文献2】第39回日本創傷治癒学会、演題番号S3-2、「緑膿菌クオラムセンシングシグナルによる創傷部における炎症の誘導」、2009年12月8日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、創傷の治療のための医薬を提供することにある。より具体的には、皮膚の欠損などを伴う急性又は慢性の創傷に対して創傷の治癒を促進する作用を有する創傷治療のための医薬を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、創傷に対してN-アシル-L-ホモセリンラクトンを適用すると創傷の治癒が顕著に促進されること、及び糖尿病モデル動物において創傷にN-アシル-L-ホモセリンラクトンを適用することにより創傷治癒を大幅に短縮できることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0011】
すなわち、本発明により、N-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む創傷治療のための医薬が提供される。
本発明の好ましい態様によれば、外用剤の形態である上記の医薬;水溶液の形態である上記の医薬;噴霧剤、溶液剤、又は創傷洗浄液の形態である上記の医薬が提供される。
【0012】
本発明のさらに好ましい態様によれば、アシル基が炭素数4〜30程度、好ましくは6〜20程度、より好ましくは10〜14程度の直鎖又は分枝鎖の脂肪族アシル基である上記の医薬;N-アシル-L-ホモセリンラクトンがN-(3-オキソドデカノイル)-L-ホモセリンラクトンである上記の医薬が提供される。
【0013】
別の観点からは、上記の医薬の製造のためのN-アシル-L-ホモセリンラクトンの使用、及び創傷の治療方法であって、N-アシル-L-ホモセリンラクトンを患者に投与する工程を含む方法;投与が創傷への局所適用である上記の方法;水溶液の形態のN-アシル-L-ホモセリンラクトンを創傷に対して局所適用する上記の方法が提供される。
【0014】
本発明のさらに別の観点からは、N-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む創傷の治癒促進剤が提供される。
【0015】
また、N-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化促進剤、N-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む筋線維芽細胞の増殖促進剤、及びN-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む上皮化促進剤が本発明により提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の医薬は皮膚の欠損などを伴う急性又は慢性の創傷に対して創傷の治癒を促進する作用を有しており、例えば裂創、挫創、熱傷、又は褥瘡などの創傷の治癒を促進して創閉鎖に至る期間を顕著に短縮することができる。また、本発明の医薬は、創傷の治癒が健常者に比べて遅延する糖尿病患者においても顕著な創傷治癒効果を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】急性創傷におけるAHL投与による創面積の推移を示した図である。コントロール群:N=10、AHL投与群:N=12、分散分析(Repeated measures ANOVA, group time interaction effect: F=3.03, P=0.02)により*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001を示す。
【図2】急性創傷におけるAHL投与の効果を創部組織のヘマトキシリン/エオシン(HE)染色により示した図である。
【図3】AHL投与急性創傷におけるAHL投与の効果を抗αSmooth Muscle Actin(αSMA)抗体を用いた免疫組織化学により調べた結果を示した図である。褐色部はαSMA(筋線維芽細胞)、青はヘマトキシリン(細胞核)を示す。図中のグラフは1視野内のαSMA陽性細胞数の比較を示す。
【図4】AHLの筋線維芽細胞に対する分化促進作用をαSMAの発現により示した図である。赤はαSMA(筋線維芽細胞)、青はHoechst33258(細胞核)を示す。
【図5】慢性創傷(糖尿病モデル動物)におけるAHL投与による創面積の推移を示した図である。
【図6】慢性創傷(糖尿病モデル動物)におけるAHL投与の効果を創部組織のヘマトキシリン/エオシン(HE)染色により示した図である。
【図7】慢性創傷(糖尿病モデル動物)におけるAHL投与の効果を抗ラミニン染色により調べた結果を示した図である。褐色部はラミニン(基底膜)、青はヘマトキシリン(細胞核)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の医薬は創傷治癒のための医薬であって、N-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含むことを特徴としている。
【0019】
N-アシル-L-ホモセリンラクトンのアシル基としては、例えば炭素数4〜30、好ましくは6〜20、より好ましくは10〜14程度の直鎖状又は分枝鎖状のアシル基を用いることができる。アシル基は1個又は2個以上の置換基を有していてもよい。例えば、水酸基、オキソ基、ハロゲン原子、又はアミノ基などを有していてもよく、1個のオキソ基を有することが好ましい場合がある。置換基の種類によってはN-アシル-L-ホモセリンラクトンが塩を形成する場合があるが、本発明の医薬の有効成分として生理学的に許容されるN-アシル-L-ホモセリンラクトンの塩を用いてもよい。また、アシル基は1個又は2個以上の不飽和結合を含んでいてもよいが、好ましくは飽和のアシル基を用いることができる。好ましくは非置換の飽和脂肪族アシル基、及び3位にオキソ基を有する飽和脂肪族アシル基が好ましく、非置換の直鎖状飽和脂肪族アシル基及び3位にオキソ基を有する直鎖状飽和脂肪族アシル基が好ましい。
【0020】
アシル基としては、例えば、ブチリル基、3-オキソブチリル基、3-ヒドロキシブチリル基、イソブチリル基、バレリル基、3-オキソバレリル基、イソバレリル基、3-オキソイソバレリル基、ピバロイル基、ヘキサノイル基、3-オキソヘキサノイル基、ヘプタノイル基、3-オキソヘプタノイル基、オクタノイル基、3-オキソオクタノイル基、ノナノイル基、3-オキソノナノイル基、デカノイル基、3-オキソデカノイル基、ウンデカノイル基、3-オキソウンデカノイル基、ラウロイル基、3-オキソドデカノイル基、トリデカノイル基、3-オキソトリデカノイル基、テトラデカノイル基、3-オキソテトラデカノイル基、ペンタデカノイル基、3-オキソペンタデカノイル基、パルミトイル基、3-オキソパルミトイル基、ヘプタデカノイル基、3-オキソヘプタデカノイル基、ステアロイル基、3-オキソステアロイル基、ノナデカノイル基、3-オキソノナデカノイル基、イコサノイル基、3-オキソイコサノイル基、トリアコンタノイル基、3-オキソトリアコンタノイル基、ミリストイル基、3-オキソミリストイル基、及びピルボイル基等が挙げられるが、これらに限定されることはない。
【0021】
N-アシル-L-ホモセリンラクトンとしては、例えば、N-ブチリル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソブチリル)-L-ホモセリンラクトン、N-(3-ヒドロキシブチリル)-L-ホモセリンラクトン、N-イソブチリル-L-ホモセリンラクトン、N-バレリル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソバレリル)-L-ホモセリンラクトン、N-イソバレリル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソイソバレリル)-L-ホモセリンラクトン、N-ピバロイル-L-ホモセリンラクトン、N-ヘキサノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソヘキサノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-ヘプタノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソヘプタノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-オクタノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソオクタノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-ノナノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソノナノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-デカノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-ウンデカノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソウンデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-ラウロイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソドデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-トリデカノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソトリデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-テトラデカノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソテトラデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-ペンタデカノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソペンタデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-パルミトイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソパルミトイル)-L-ホモセリンラクトン、N-ヘプタデカノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソヘプタデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-ステアロイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソステアロイル)-L-ホモセリンラクトン、N-ノナデカノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソノナデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-イコサノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソイコサノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-トリアコンタノイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソトリアコンタノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-ミリストイル-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソミリストイル)-L-ホモセリンラクトン、及びN-ピルボイル-L-ホモセリンラクトン等が挙げられるが、これらに限定されることはない。
【0022】
より好ましくは、例えば、N-(3-オキソデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソウンデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソドデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、N-(3-オキソトリデカノイル)-L-ホモセリンラクトン、及びN-(3-オキソテトラデカノイル)-L-ホモセリンラクトンなどを用いることができ、特に好ましくはN-(3-オキソドデカノイル)-L-ホモセリンラクトンを用いることができる。もっとも、本発明の医薬の有効成分はこれらの特定のN-アシル-L-ホモセリンラクトンに限定されることはない。N-(3-オキソドデカノイル)-L-ホモセリンラクトンなどN-アシル-L-ホモセリンラクトンに包含されるいくつかの代表的化合物は市販されており、容易に入手することができる。また、脂肪族カルボン酸又はそのエステルと環状アミノ酸との間にアミド結合を形成させることにより所望のN-アシル-L-ホモセリンラクトンを容易に合成することができる(例えば、国際公開92/18614号などを参照のこと)。
【0023】
本発明の医薬は創傷の治療のための医薬として用いることができる。本発明の医薬は創傷の治癒を促進する作用を有しており、創傷の治癒までの期間を短縮することができる。いかなる特定の理論に拘泥するわけではないが、本発明の医薬は創傷部において線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化を促進し、筋線維芽細胞の増殖を促進することにより、創傷の治癒を促進することができる。また、本発明の医薬は上皮化を促進する作用を有する。本発明の医薬は、ヒトを含む哺乳類動物に適用することができる。本発明の医薬は、一般的に創傷治癒が遅延して創傷が慢性化する糖尿病患者において顕著に創傷治癒期間を短縮することができるという特徴があることから、糖尿病患者は本発明の医薬の好ましい適用対象である。
【0024】
本発明の医薬の適用対象となる創傷の種類は特に限定されないが、皮膚の破綻を伴う損傷(一般的に「創傷」と呼ばれる)のほか、皮膚の破綻を伴わない軽度の傷にも適用することができる。本発明の医薬を外用として適用する場合には創口又は創面のほか、創傷周囲などにも適用することができる。創傷としては、例えば、切創、裂創、割創、擦過傷、挫滅傷、挫創、挫傷、銃創、爆傷、刺創、杙創、咬創などのほか、熱傷、褥瘡などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらのうち、体表に開放した創傷を適用対象とすることが好ましく、例えば褥瘡などを好ましい適用対象とすることができる。また、手術後の体表の切開創に適用することもでき、あるいは内視鏡手術の際に内視鏡的に体腔内に投与することも可能である。
【0025】
本発明の医薬の投与経路は特に限定されず、経口的又は非経口的に投与することが可能であるが、一般的には非経口的に投与することが好ましく、特に局所投与することが好ましい。非経口投与に適する製剤の例としては、例えば、皮下注射、筋肉内注射、静脈内注射などの注射用の製剤や点滴剤のほか、坐剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、吸入剤、クリーム剤、軟膏剤、貼付剤などの局所投与に適する製剤を挙げることができるが、これらに限定されることはない。経口投与に適する製剤の例としては、例えば、顆粒剤、細粒剤、散剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤、又は液剤などを挙げることができる。
【0026】
局所投与に適する好ましい製剤の例として、例えば溶液の形態や親水性ゲルの形態の製剤を挙げることができる。特に水溶液の形態の製剤は、創面や創口に噴霧又は塗布などの手段で適用することができ、さらに創傷の洗浄液としても使用することができるので好ましい形態である。例えば水溶液の形態の製剤をガーゼなどに吸収させて創面や創口に適用することもできる。親水性ゲルの形態の製剤は保湿性に優れているので局所適用に好ましい場合がある。また、別の好ましい投与形態として、例えば、創傷部又はその周囲に局所注射や筋肉内注射により投与する方法を挙げることができる。
【0027】
局所投与に適する溶液形態の製剤は、例えば、水やグリセリン、又はそれらの混合物など適宜の液状媒体のほか、必要に応じて水性製剤の調製に汎用されている等張化剤、pH調節剤、安定化剤、緩衝剤、無痛化剤、保存剤、又は局所麻酔剤などを1種又は2種以上用いて常法により調製することができる。ペースト、クリーム、又はゲルなどの形態の製剤は、白色ワセリン、グリセリン、セルロース誘導体、ポリエチレングリコール、シリコンなどの基剤のほか、必要に応じて安定剤、湿潤剤、又は保存剤などを1種又は2種以上用いて常法により調製することができる。貼付剤は、通常の支持体に上記溶液、ペースト、クリーム、又はゲルなどを塗布することにより調製することができる。支持体としては、例えば、綿やスフなどの織布や不織布のほか、軟質塩化ビニル、ポリエチレン、又はポリウレタンなどのフィルム又は発泡体シートなどを好適に使用できるがこれらに限定されることはない。局所投与に適する製剤には、さらに必要に応じて創傷部の感染を防止するために1種又は2種以上の抗菌剤を添加することもできる。
【0028】
本発明の医薬の投与量は特に限定されず、創傷の種類や程度、面積や深さ、感染の有無などの条件に応じて適宜の投与量を選択することができる。例えば、溶液形態の製剤を外用で適用する場合には創傷面積あたり有効成分重量として0.01 〜100 mg/cm2程度を適用することができるが、この特定の投与量に限定されるわけではない。創傷洗浄剤や噴霧剤として用いる場合には、例えば、有効成分濃度0.01〜100 mg/L程度の水溶液を調製して適宜の容量を適用することができる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例により限定されることはない。
例1
皮膚の欠損を伴う重度の急性創傷におけるAHLの治癒促進効果を検証した。
(1)材料及び方法
N-(3-オキソドデカノイル)-L-ホモセリンラクトン(シグマ社製、以下、実施例において「AHL」と略す)をジメチルスルホキシド(DMSO)で10 mMに希釈してストック溶液とした。使用直前にAHLストック溶液を生理食塩水で1000倍希釈して10μMのAHL溶液を調製して実験に使用した。対照群には、AHLを含まないDMSOを生理食塩水で1000倍希釈した溶媒のみの溶液を使用した。
【0030】
SDラット(オス、8週齢)の左右側腹部に直径2cmの全層欠損創(皮膚表面より皮下脂肪までを完全に除去した創傷)を作製した(Day 0とする)。創部にはフィルム状創傷被覆材(テガダーム、3M、ポリウレタン素材の透明な粘着性フィルム)を貼付し、さらにガーゼで胴部を被覆した。フィルム状創傷被覆材を毎日交換し、交換時には生理食塩水で創部を洗浄した。また、同時にデジタルカメラにて創部を撮影した。
【0031】
創作製後5日目(Day 5)には、左右いずれかの創部にAHL溶液100μLを染み込ませたガーゼを貼付し、その上からフィルム状創傷被覆材を貼付した。反対側の創部には、溶媒のみを塗布した。翌日(Day 6)、ガーゼを除去し創部を生理食塩水で洗浄し、AHLの適用期間をDay 4〜5の24時間とした。その後、一部の動物は過剰麻酔にて動物を安楽死させて創部組織を採取し、組織学的解析に用いた。残りの動物はDay 9まで2〜3の通り通常の創傷管理を行い創面積の推移を解析した。採取した組織は4%パラホルムアルデヒド溶液で固定し、パラフィン包埋した。パラフィン切片はヘマトキシリン・エオジン(HE)染色及び抗α-smooth muscle actin(αSMA)抗体を用いた免疫組織化学に供した。
【0032】
(2)結果
(a)創面積の推移
両処理群ともDay5までに肉芽の増生と急速な創面積の縮小が認められた。Day 5時点(AHL処理直前)の創面積は両群間で差は認められなかった。Day6-9では対照群でも急速に創面積が縮小しているがAHL投与群では更にその縮小が促進しており、両群間に有意な差が認められた(図1)。
【0033】
(b)創部組織のHE染色像
AHL処理24時間後(Day 6)の組織像をHE染織にて観察したところ、創部には高度な線維芽細胞の集積が観察された(図2)。これは、AHLが線維芽細胞の増殖あるいは遊走を促進し、肉芽の増生を促進していることを示唆している。また、同時に炎症性細胞の浸潤も確認されてた。
【0034】
(c)筋線維芽細胞の免疫組織化学
AHL処理24時間後(Day 6)の組織を抗αSmooth Muscle Actin(αSMA)抗体を用いた免疫組織化学に供した。αSMAは筋線維芽細胞のマーカーとして一般的に用いられている。その結果、AHL投与群の創部肉芽組織では明らかにαSMA陽性細胞が増加していた(図3)。図3の下部のグラフは1視野内のαSMA陽性細胞数の比較を示しており、AHL投与群におけるαSMA陽性細胞数の増加に統計学的な有意差があることを示している。これらの結果は、AHLが筋線維芽細胞の分化及び増殖を促進していることを示しており、AHLにより創の収縮が促進していることが示された。
【0035】
例2
AHLの筋線維芽細胞分化促進作用を培養細胞を用いて確認した。
(1)材料及び方法
10%ウシ胎児血清を添加した培養液(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)でラット線維芽細胞株(Rat-1)を培養(37℃、5% CO2)して増殖させた。Rat-1をトリプシン処理にて回収し、12-well plateに4×104 cells/wellの密度で播種し、培養した(Day 0)。翌日(Day 1)、培養液を吸引除去した後に10μMのAHLを添加した培養液に交換した。24時間培養後(Day 2)、培養液を除去し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した後、4% パラホルムアルデヒドで細胞を固定した。固定した細胞を抗αSMA抗体を用いた免疫細胞化学に供した(対比染色:Hoechst33258)。
【0036】
(2)結果
対照群ではαSMA陽性細胞はほとんど検出されなかったが、AHL処理後の細胞ではαSMA陽性細胞の割合が顕著に増加しており、腺維芽細胞から筋繊維芽細胞への分化が促進されたことを示している(図4)。
【0037】
例3
慢性創傷におけるAHLの効果を糖尿病性潰瘍で検証した。
(1)材料及び方法
SDラット(オス、8週齢)に糖尿病誘発剤ストレプトゾトシンを生理食塩水で希釈し、65 g/kg of Body weightの割合で腹腔内投与した。正常動物群には生理食塩水のみを腹腔内投与した。1週間後、尾静脈より採血して血糖値を測定し、血糖値が300 g/dL以上の個体を糖尿病モデル動物として使用した。血糖値測定の1週間後、側腹部に直径2 cmの全層欠損創を作製した(Day 0)。創部にはフィルム状創傷被覆材を貼付し、さらにガーゼで胴部を被覆した。フィルム状創傷被覆材は毎日交換し、交換時には生理食塩水で創部を洗浄した。同時に創部の写真をデジタルカメラで撮影した。
【0038】
創傷作製4日後(Day 4)、AHL投与群では創部の洗浄後10μMのAHL溶液を200μL染み込ませたガーゼを貼付し、その上からフィルム状創傷被覆材を貼付した。翌日(Day 5)、ガーゼを除去し、創部を洗浄した後に創傷作製7日目(Day 7)まで4〜5通りの通常の創傷管理を行った。創傷作製7日後(Day 7)に動物を過剰麻酔により安楽死させ、創部組織を採取した。採取した組織は4%パラホルムアルデヒド溶液で固定し、パラフィン包埋した。パラフィン切片は、HE染色および抗ラミニン抗体を用いた免疫組織化学に供した。
【0039】
(2)結果
(a)創面積の推移
結果を図5に示す。正常動物ではDay 1〜7にかけて急激に創が縮小した。Day 1〜3にかけて肉芽の形成が認められ、さらにDay 7までに肉芽の増殖により周囲皮膚との段差がほとんどなくなった。Day 5〜7では創縁部に上皮化が認められた。糖尿病動物ではDay5までにほとんど創面積の縮小がみとめられず、Day5〜7でわずかに縮小した。肉芽の形成が遅延しているほか、Day 5〜7の創縁では上皮化組織が黄色みを帯びて観察され、上皮化組織の肥厚が認められた。Day 4にて糖尿病動物の創部にAHLを投与すると、その後の創の縮小が促進するばかりでなく、創縁の上皮化組織が半透明になっており、正常化が認められた。
【0040】
(b)創部組織のHE染色像
結果を図6に示す。正常動物では、周囲の正常組織に比べ創縁付近で上皮組織がわずかに肥厚しているが、創中心部に向けて細く長く伸びていっていた。一方、糖尿病動物では、創縁付近で上皮化組織が過剰に肥厚しており、創中心に向けた伸長が認められない。さらに、肥厚部位では上皮組織が真皮層に浸潤する様子が観察され、上皮組織の基底膜の形成不全が認められた。糖尿病動物にAHLを投与した動物の組織では創縁付近上皮化組織の過剰な肥厚が解消され、さらに創部中心に向けて細く長く伸長している様子が観察された。また、真皮への浸潤も認められず、基底層の形成も促進されていることが示唆された。
【0041】
(c)創部組織の抗ラミニン染色
結果を図7に示す。正常動物の創部組織では上皮化組織の基部には抗ラミニン抗体で明らかに染色される基底膜が観察される。糖尿病動物の創部組織では、上皮化組織が真皮に浸潤している部位において基底膜の膜状構造が不明確な形成不全が観察された。また、基底膜の断裂も観察されており、こうした基底膜の形成異常が上皮化を遅延させる原因であることが推測された。一方、創部にAHLを塗布した糖尿病動物の創部では、正常動物と同等に基底膜の膜状構造が回復しており、AHLの上皮化促進効果が確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む創傷治療のための医薬。
【請求項2】
N-アシル-L-ホモセリンラクトンがN-(3-オキソドデカノイル)-L-ホモセリンラクトンである請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
外用剤の形態である請求項1又は2に記載の医薬。
【請求項4】
噴霧剤、溶液剤、又は創傷洗浄液の形態である請求項3に記載の医薬。
【請求項5】
N-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む創傷の治癒促進剤。
【請求項6】
N-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化促進剤。
【請求項7】
N-アシル-L-ホモセリンラクトンを有効成分として含む上皮化促進剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−25692(P2012−25692A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−165523(P2010−165523)
【出願日】平成22年7月23日(2010.7.23)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】