説明

創傷被覆材およびその製造方法

【課題】 生体適合性、抗菌作用および低毒性を併せ持ち、任意の大きさに成形可能であり、様々な創傷に適用することが可能であるヒトおよび動物用の創傷被覆材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 キトサンを基材とする成形体にクマザサ抽出物が配合されている創傷被覆材、および、その創傷被覆材の製造方法であって、前記キトサンおよび前記クマザサ抽出物を含む混合溶液をゲル化させ、得られたゲルを乾燥させる創傷被覆材の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、創傷被覆材およびその製造方法に関し、詳しくは、外傷、熱傷、凍傷、潰瘍、褥瘡等の創傷治癒に好適に用いることができる創傷被覆材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、外傷、熱傷、凍傷、潰瘍、褥瘡等の外傷性皮膚欠損創の治療には、創傷面の湿潤環境を保持する創傷被覆材を用いて肉芽組織の新生を促進することで、損傷部位を元の形に再生する治療が行われている。現在市販されている被覆材の原料としては、キチン等の動物性素材を材料にしたものから合成素材、アルギン酸等の植物性素材を材料とするものまで多岐にわたり、各々の被覆材の組成は治療対象に応じて決まる。即ち、創傷の状態、被覆材の特性等を考慮し、被覆材を決定する。
【0003】
被覆材の材料として、動物性素材であるキチン、キトサンを例に挙げることができる。キチン、キトサンは天然多糖類高分子であり、低毒性で生体適合性および分解性を有している。そのため、これらを材料とした被覆材は生体適合力を持ち、熱傷のような外傷へは有効である。キチン、キトサンは、被覆材としての用途以外にも利用され、焼津水産工業(株)では、低分子化したキチン、キトサンを機能性食品用甘味料(特許文献1参照)として、また、キトサンは抗菌性を有しているため食品添加物(商品名:キトクリアー)として生産しており、雪印乳業(株)では、Doleフルーツ&チーズケーキ等の食品に安定剤として使用している。
【0004】
キチンとキトサンを構造上比較すると、キチンはキトサンのアミノ基がアセチル化された構造であり、性質としてはキチンが酸、アルカリ、一般的な有機溶剤に不溶であることに対して、キトサンは希塩酸や希酢酸に溶けるという点で異なっている。キチンを原料とした創傷被覆材として、シート状のキチン由来被覆材ベスキチン(登録商標2130021)が開発された。キチンの被覆材は生体適合力を持つため、熱傷のような外傷へは有効である。また、キチンとは別に、キトサン溶液を薄く延ばして乾燥させると、セロファンと似た感触の生体親和性および密着性が高い膜が形成される。キトサン膜はその抗菌性により縻爛状態の改善、滲出液の吸収性、柔軟性に優れていることが確認された(非特許文献1および2参照)。
【0005】
慢性創傷の場合はポリマーを原料とした被覆材がより有効であることが知られている。定義上、慢性創傷とは正常な修復機構が十分な効果をなさなかった創傷であり、糖尿病、血管疾患、寝たきりなどによる循環障害の基礎的障害による典型的な兆候である。このため、慢性創傷は原因となる基礎的障害に応じて褥瘡(衰弱性壊疸)、静脈性潰瘍、および糖尿病性潰瘍に分類することができる。障害の種類に対処し、創傷治癒を促すため、原因に応じて様々な種類の治療法および材料が用いられる。上記の治癒困難な慢性創傷の治療において、創傷環境の湿潤性を維持する特徴を備えたキトサンポリマー原料による被覆材は、従来の治療の主流であったガーゼより有効であることが知られている。
【0006】
一方、熱傷や外傷等の比較的浅い創傷に対する治療は、近年進歩が著しく様々な被覆材および治療法が研究されている。主な種類としては、合成材料を素材としたポリウレタンフィルム、例えば、テガダーム(スリーエム ヘルスケア(株))、オプサイトウンド(Smith&Nephew)、IV3000(Smith&Nephew)、バイオクルーシブ(Johnson&Johnson)と、ポリウレタンフォーム、例えば、ハイドロサイト(Smith&Nephew)と、ハイドロコロイド、例えば、デュオアクティブ(Convatec)、コムフィール(Coloplast)、テガソープ(スリーエム ヘルスケア(株))、アブソキュア(日東メディカル(株))が挙げられ、生体材料としては前記のアルギン酸を原料としたアルギン酸塩被覆材、例えば、カルトスタット(Convatec)、ソーブサン(ALCARE)、アルゴダーム((株)メディコン)、クラビオ AG((株)クラレ)と、キチン繊維シート、例えば、ベスキチン(UNITIKA)を挙げることができる。
【0007】
また、イネ科ササ属のクマザサ(隈笹:学名 Sasa albomarginata又はSasa veitichi)の葉は、その抗菌作用や防腐作用を生かして食品の包装材などに広く活用されてきた。薬理学的研究によれば、抗潰瘍作用、抗腫瘍作用、抗炎症作用、鎮静作用、解毒作用、利尿作用を含めた様々な活性が確認されている。加えて、近年では、星製薬(株)により製造されたクマザサエキスにストレス性潰瘍、幽門結紮潰瘍(胃酸による潰瘍)、アスピリンおよびカフェイン等の薬剤性潰瘍に対して抗潰瘍作用が確認されており、抗腫瘍作用、細胞修復促進作用等の効果も報告されている。また、上皮組織および筋組織の再生、抗菌作用、抗腫瘍作用を目的としてクマザサエキスを直接、熱傷や創傷の患部に適用することも行われ、その効果が確認されている。
【特許文献1】特開2000−281696号公報
【非特許文献1】立原良一、大西啓、町田良治ら,「キチン膜、キトサン膜およびキチン−キトサン混合膜の熱傷被覆材としての評価」,薬剤学,57(1),40−49(1997)
【非特許文献2】立原良一、大西啓、町田良治ら,「スルファジアジン銀を含有するキトサンおよびキチン・キトサン混合スポンジ膜の調製と熱傷被覆材としての評価」,薬剤学,57(3),159−167(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
キチンを原料とした創傷被覆材であるキチン由来被覆材は、深い創傷に対しては融解を起こす等など問題を有し、創傷に対する十分な保護効果を期待できない。また、キトサン溶液を薄く延ばして乾燥させることにより得られるキトサン膜は、上記非特許文献1および2にも示されているように、創傷面積の減少速度においては良好な結果を得ることはできていない。また、キトサン膜に抗菌作用、抗潰瘍作用を有する物質を配合させた医療用被覆材が検討されているが、未だ実用化には至っていない。
【0009】
また、深い創傷、例えば褥瘡の場合は、表皮はもちろんのこと肉芽も大幅な欠損を起こすことから深く凹凸のある傷となり滲出液が多いため、浅い創傷に用いる上記市販の被覆材では治療しにくいのが難点である。例を挙げると、合成材料のものを使用すると、滲出液を十分に吸収しないため、創傷面に滲出液が貯留し治癒速度が遅くなる。生体材料の場合は、滲出液を比較的十分に吸収するが、創傷面への密着性が欠けており、滲出液によって融解することが多く十分な保護効果を期待できないことが現状である。以上の理由により、現在の医療現場では深い傷には十分な乾燥と、局方のガーゼに抗菌剤を含んだ軟膏を塗布したもの等、滲出液の除去、殺菌および乾燥を目的とした治療が未だ多く行われている。
【0010】
そこで本発明の目的は、生体適合性、抗菌作用および低毒性を併せ持ち、任意の大きさに成形可能であり、様々な創傷に適用することが可能であるヒトおよび動物用の創傷被覆材およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく種々の研究を重ねた結果、キトサンにクマザサ抽出物(以下、「クマザサエキス」とも称する。)を配合し、創傷被覆材とすることにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明の創傷被覆材は、キトサンを基材とする成形体にクマザサ抽出物が配合されていることを特徴とするものである。
【0013】
本発明の創傷被覆材は、クマザサ抽出物の含有率が6〜60質量%であるものを好適に用いることができ、成形体がシート状であるものや、成形体にポリエチレングリコールが配合されているものも好ましい。
【0014】
また、本発明の創傷被覆材の製造方法は、上記本発明の創傷被覆材の製造方法であって、前記キトサンおよび前記クマザサ抽出物を含む混合溶液をゲル化させ、得られたゲルを乾燥させることを特徴とするものである。
【0015】
本発明の創傷被覆材の製造方法は、前記混合溶液に酢酸水溶液を添加することによりゲルを得ることが好ましい。更に、好ましくは、乾燥を自然乾燥または凍結乾燥により行う。
【発明の効果】
【0016】
本発明の創傷被覆材は、キトサンによる高い生体適合性と、クマザサエキスによる抗菌作用、抗潰瘍作用、細胞修復促進作用を備えており、上皮組織および筋組織の再生を速やかに促進し、かつ低毒性である。また、本発明の創傷被覆材の製造方法は、任意の大きさに成形可能であり、ヒトおよび動物の様々な創傷に対応できる創傷被覆材を提供することができる。これにより、外傷、熱傷、凍傷、潰瘍および褥瘡治療剤を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の好適実施形態に関し、詳細に説明する。
本発明の創傷被覆材は、クマザサエキスを有効成分として配合しているものであるが、本発明に係るクマザサエキスに使用するクマザサおよびその抽出方法は、特に制限されるものではない。抽出方法に関しては、植物から抽出物を得る際に用いられる通常の方法により行うことができる。例えば、クマザサを抽出溶媒と共に浸漬または加熱還流した後、濾過し、得られた抽出液をそのまま、またはこれを濃縮して得ることができる。なお、濃縮または乾燥させた抽出物を、再度溶媒に溶解させて用いることもできる。抽出溶媒としては、通常、抽出に用いられる溶媒であれば任意に用いることができ、例えば、水またはメタノール、エタノール、アセトン、酢酸エチル、1,3−ブチレングリコール、プロピレングリコール等の有機溶媒が挙げられ、それらから任意に選ばれる1種、または任意に組み合わせた2種以上を使用することができる。抽出の条件は特に限定されるものではない。
【0018】
また、クマザサエキスは以下の方法により、より好適に得ることができる。まず、クマザサの生葉を乾燥し細かく剪断させ、これを浸水し、水溶性物質を滲出させて煮沸し、適宜濃縮する。次に、高圧下において煮沸し、抽出および二回目の濃縮を行う。なお、好適な煮沸の条件は、圧力は約7気圧、煮沸温度はカラメル変質温度200度に達しない有効温度、例えば約120〜160℃、煮沸時間は6〜12時間である(特開昭50−160414号公報参照)。この方法は、高圧下において加熱抽出を行うことにより、抽出温度を高温とすることができ、特殊な溶剤を使用せずに、クマザサに含まれる有効成分(多糖類)を効率的に抽出および濃縮を行うことができる。
【0019】
また、上記方法のように高圧下により沸点を上昇させるのではなく、媒体、例えば、約120℃〜160℃の過熱水蒸気、重曹、空気等を装入することにより、沸点を上昇させ、煮沸温度を上昇させることもできる(特開昭59−205324号参照)。その他、上記二回目の濃縮工程の際に、既に二回の濃縮を終了した濃縮溶液を添加して濃縮を行い、得られた溶液に温水を加えて煮沸し、上澄み液を取り、濃縮した後、冷却させ沈殿させる工程を順次施して最終薬効成分を得る方法も好適に使用することができる(特開昭59−104321号公報参照)。
【0020】
なお、クマザサエキスの好適に使用できる市販品としては、隈笹(クマザサ)エキス(星製薬(株)製)を挙げることができ、クマザサに含まれる有効成分(多糖類)効率的に抽出し、なおかつ農薬及び重金属等の危険性を極力排除しているため、生体に適用しても安全性の高い治療剤として有効である。
【0021】
また、本発明の創傷被覆材は、キトサンを基材とするものであり、本発明に係るキトサンは、特に制限されるものではなく、常法に従い、作製することができる。例えば、ベニズワイガニ殻を水酸化ナトリウム水溶液などの希アルカリ溶液処理による脱タンパク処理、塩酸などの希酸水溶液による脱カルシウム処理を行うことにより得られるキチンを、高濃度のアルカリ溶液中で脱アセチル化することにより得られる。本発明に係るキトサンの粘度および脱アセチル化度は特に制限されるものではないが、粘度は0.5%酢酸、0.5%キトサン溶液において、好ましくは300〜3,000cps、より好ましくは800〜1,500cpsであり、脱アセチル化度は、好ましくは75mol%以上、より好ましくは75〜90mol%である。
【0022】
本発明の創傷被覆材は、クマザサエキスおよびキトサンを必須の構成要素とするものであるが、適宜、添加剤等を配合することも可能である。例えば、可塑剤を配合することにより、可塑性を向上させることができる。可塑剤としてはポリエチレングリコール(PEG)を好適に使用することができる。使用するPEGの分子量および配合量は、所望する可塑性の程度に応じ適宜選択することとなるが、通常、分子量としては、好ましくは100〜2000、より好ましくは150〜500であり、配合比(PEG:キトサン)としては、好ましくは、2:3〜1:50、より好ましくは1:2〜1:10である。PEGの配合量が前記範囲より少ないと、充分な可塑性を得ることができないおそれがあり、一方、前記範囲より多いとクマザサエキスおよびキトサンの効果が弱くなるおそれがある。
【0023】
また、本発明の創傷被覆材のクマザサエキスの含有率は、好ましくは、6〜60質量%、より好ましくは12.5〜50質量%である。含有率が前記範囲より小さいとクマザサエキスによる創傷治療に対する効果が十分でない場合があり、一方、前記範囲より大きいと吸水性等の製剤上に問題が生じる場合があり、更に製造コストも大きくなってしまう。本発明の創傷被覆材は、成形体がシート状であるものを好適に使用することができる。創傷面の状態により、成形体の形状を適宜決定することが好ましいが、シート状にすることにより様々な創傷面へ適用が可能となる。
【0024】
本発明の創傷被覆材は、キトサンが持つ抗菌作用、創傷保護作用、さらにクマザサエキスによる抗菌作用、抗炎症作用、抗潰瘍作用、細胞修復促進作用が肉芽形成、表皮形成を促進し、これらが相乗してこれまでに得られなかった治癒促進効果を示すものである。従来の創傷被覆材を創傷面の治癒中期に用いる場合、壊死、瘡蓋の頻繁な除去を行いながら創傷被覆材により保湿条件下で組織再生を促す。この治癒中期において、本発明の創傷被覆材は、抗菌作用、抗炎症作用および創傷保護作用等により、壊死、瘡蓋の発生を抑え、清潔な湿潤条件を維持するため、高い細胞修復促進効果を発揮する。
【0025】
また、本発明の創傷被覆材は、熱傷等の浅い創傷、褥瘡等の深い創傷を問わず創傷治療に用いることができる。本発明の創傷被覆材は、従来の創傷被覆材と比較し、褥瘡治療にも好適に用いることができる。褥瘡は表皮の損傷、欠損また肉芽の欠損により皮下組織が失われている場合が多いので、抗菌作用と細胞修復促進作用をもつ本発明の創傷被覆材はより有効である。なお、従来の創傷被覆材の多くは、吸水性には優れておらず、滲出液の吸収および抗菌を必要とする時期の褥瘡への適用することは困難であったが、本発明の創傷被覆材は吸水性にも優れ、好適に使用することができる。
【0026】
本発明の創傷被覆材の製造方法は、特に制限されるものではなく、従来知られているキトサンの加工方法を用いることができる。好ましくは、下記製造方法である。
【0027】
本発明の創傷被覆材の製造方法は、上記本発明の創傷被覆材の製造方法であって、キトサンおよびクマザサ抽出物を含む混合溶液をゲル化させ、得られたゲルを乾燥させることを特徴とするものであり、混合溶液のゲル化の方法は特に制限されるものではないが、酢酸水溶液を添加し、攪拌することにより好適に行うことができる。使用する酢酸水溶液の濃度は好ましくは、約2%(v/v)である。
【0028】
得られたゲルの乾燥には、自然乾燥または凍結乾燥を好適に用いることができる。自然乾燥または凍結乾燥で得られる本発明の創傷被覆材は、高い吸水性と治癒速度の上昇、滲出液の吸収および縻爛状態の改善を示し、創傷面を良好に回復させる。また、得られたゲルを、任意の形状の型に導入し、乾燥させることにより様々な形状に加工することができ、適用する創傷に応じて形状を適宜決定することができる。
【実施例】
【0029】
以下に本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
創傷被覆材の作製
星製薬(株)製の熱水抽出法により抽出されたクマザサエキスを使用し、含有率が50質量%、25質量%、12.5質量%となるようにクマザサエキスおよびキトサン(粘度:800〜1,500cps、脱アセチル化度:75〜90mol%)を混合した。次に、2%(v/v)酢酸溶液を加えゲル化させ、ゲル化後、30分間減圧して脱気を行い、テフロン(登録商標)製の型に流し込み乾燥を行った。乾燥方法は、一晩凍結乾燥を行う方法と室温で2日間乾燥させる方法の2種類を用いた。以下、凍結乾燥を行い作製した膜を「FD膜(フリーズドライ膜)」と、自然乾燥を行い作製した膜を「ND膜(ナチュラルドライ膜)」と称する。
【0030】
凍傷モデルラットへの適用
実施例に用いた凍傷モデルラットの作成は以下のように行った。まず7週齢のWistar系雄性ラット1頭に対し、0.12mlのペントバルビタールナトリウムを生理食塩水で0.5mlに希釈したものを腹腔内投与して麻酔後、背部肩甲骨の下中心線から右1.5cmの部分を中心として直径1.5cm円状に皮膚を取り除いた。次に、ドライアイス−アセトンを全体に満たして冷やしておいた真鍮管(厚さ1.5mm、底面直径1.5cm)を家庭用ポリエチレンフィルムにはさんで3分間、露出した組織面に押し当てた。処置後一晩は、医療用不織布ガーゼのみを当ててテーピングで固定し保護した。凍傷作成24時間後に創傷面を生理食塩水で洗浄し、2cm×2cmにカットした製剤またはガーゼを創傷面に適用した。
【0031】
上記の凍傷モデルラット作成方法では、表皮を切除した後に直接筋肉組織に凍傷処置を施すため血流が遮断され組織の壊死が発生する。壊死した組織は完全に除去するため、創傷面は凹凸になる。褥瘡は血流遮断によって表皮組織及び皮下細胞の壊死によって発生するため、創傷面は凹凸のある状態となる。創傷面および創傷の状態を比較するに、上記凍傷モデルは褥瘡の状態と極めて一致しており、褥瘡モデルとして実施例に使用するのに最適である。
【0032】
試験は1群としてガーゼ(局方品)二枚重ね(下記表中、「コントロール」と称する)、2群としてクマザサエキス50%含有FD膜と上から未処理のガーゼ(下記表中、「FD膜」と称する)、3群としてクマザサエキス50%含有ND膜と上から未処理ガーゼ(下記表中、「ND膜」と称する)、4群としてクマザサエキス0.3ml含有ガーゼと上から未処理のガーゼ(下記表中、「クマザサエキス」と称する)を用い、生理食塩水で洗浄したラットの創傷面に適用した。創傷面を製剤およびガーゼで覆った後、テーピングで固定した。製剤およびガーゼは毎日交換した。なお、各群においてn=3である。
【0033】
製剤およびガーゼの凍傷モデルへの効果を以下の方法により評価した。
(1)製剤の付着性
各群の膜を創傷からはがす際に用いた生理食塩水の量から膜の付着性を20日間にわたり測定した。付着性の測定は、創傷面に付着した製剤またはガーゼに0.05mlずつ水をシリンジで滴下し、力を加えることなく軽くピンセットで持ち上げた程度で製剤およびガーゼが付着面から剥離する水分量を測定し、下記基準に基づき評価した。得られた結果を表1に示す。また、水分量(ml)を表2に示す。
+++:0.3ml以上の水分を必要とする
++:創傷面の中心だけ付着している
+:膜が浮いている
−:乾いている
N.D.:創傷面が完治したため測定不能
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
コントロール群では、かさぶた形成後、付着性は低下した。また、FD膜群、ND膜群およびクマザサエキス群は治癒が進むにつれ付着性は低下するものの、創部から滲出液が生じている時点では付着性は良好であった。
【0037】
(2)製剤の滲出液吸収性
創傷に対する製剤およびガーゼの付着面積、剥離前の製剤の色の変化、剥離後の付着面側の製剤の色の変化を24時間ごとに目視で観察し、下記基準により評価した。得られた結果を表3に示す。また、製剤の色の変化を表4に示す。なお、適用前の製剤の色は全て茶色である。
+++:剥離前時点で製剤が黒色に変化
++:剥離後の付着面の色が茶褐色
+:剥離後の創傷面側が滲出液で若干濡れている
−:乾いている
N.D.:創傷面が完治したため測定不能
【0038】
【表3】

【0039】
【表4】

【0040】
コントロール群では、5日目以降でかさぶたを形成しているため滲出液が少なくなっていた。また、FD膜群、ND膜群およびクマザサエキス群は滲出液の吸収性は良好であった。また、上記表4に示すように製剤の色に関しては、クマザサエキス群では創傷と付着した部分は脱色され白くなった。一方、FD膜群およびND膜群は全体的に変化が少なかった。このことからキトサンを含有していないクマザサエキス群では保持性が低く、キトサンを含有するFD膜群およびND膜群では高い保持性が確認された。
【0041】
(3)創傷面の面積の変化
下記式
面積比=(観察時の創傷面の直径×短径)/(製剤適用時の創傷面の直径×短径)
を用い、創傷面の面積比を20日間にわたり計測し治癒状態の改善を観察した。その結果を図1に示す。
【0042】
図1よりFD膜群、ND膜群、クマザサエキス群では製剤適用後6日目から面積比の著しい低下が観察され、創傷治療において治癒中期の治療を著しく促進する効果を持つことが示された。ND膜群、FD膜群、クマザサエキス群、コントロール群の順に早い治癒が認められた。創傷面の状態については、ND膜群で適度な滲出液の吸収、縻爛状態の改善が示され、創傷面の良好な回復が認められた。
【0043】
製剤特性の検討
(4)製剤の吸水量および強度
PBS(リン酸塩緩衝液、pH7.4)に4.0cm×0.5cmの短冊状にカットした膜を入れて37℃で9日間インキュベートし、1日おきに取り出し、膜強度および吸水量を測定した。膜強度として各試料の引っ張り強度を測定し、吸水量として質量変化を測定した。測定には不動工業(株)のRHEOMETER(NRM‐2002D・D)を温度20℃、湿度40%から50%の条件下で使用した。膜強度の結果を図2に、吸水量の結果を図3に示す。
【0044】
図2の(a)はFD膜の結果を、(b)はND膜の結果を示している。ともに乾燥時にはエキスの含有率により強度に差が見られたが、吸水後には差がないことが確認された。また、図3の(a)はFD膜の結果を、(b)はND膜の結果を示している。ともにエキスの含有量により変化が確認され、エキス含有率12.5%、25%、50%の順に高い吸水性が示された。これにより、膨潤性に関しては、キトサンによる吸水性が大きく関与していることが考えられる。FD膜とND膜を比較すると、FD膜が吸水性に優れている。これにより、滲出液が多い創傷にはFD膜が適していると考えられる。
【0045】
製剤の可塑性の検討
可塑剤として、分子量200および1000のポリエチレングリコールを用い、配合比(PEG:キトサン)を9:21または1:29とし、上記と同様の方法によりクマザサエキスの含有率がキトサンに対して50%の製剤を作製した。また、コントロールとして、PEGを配合していない製剤も併せて作製した。得られた製剤の変形に必要とする力を測定することで、可塑性を評価した。具体的には、それぞれの製剤を40mm×20mmの柵状とし、製剤の片方半分を台の上に乗せて端を台に固定し、台から出ているもう片方半分の製剤の端に錘を負荷して、台の端に固定した半分と台から出ているもう半分が直角になった時点、すなわち地面と製剤が垂直になった時点の錘の質量を比較した。負荷する錘が軽いほど可塑性が高いことを示す。それぞれの製剤において4回試験を行い、それぞれの平均値を下記表5に示す。なお、表中の数値はgである。
【0046】
【表5】

【0047】
上記表5より、分子量200のPEGを配合比(PEG:キトサン)9:21となるように添加した製剤が、最も軽い負荷で地面と垂直になり、高い可塑性を持つことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の創傷被覆材を適用した際の凍傷モデルラットの創傷面の面積の変化を示したグラフである。
【図2】本発明の創傷被覆材の膜強度を示すグラフである。
【図3】本発明の創傷被覆材の吸水性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサンを基材とする成形体にクマザサ抽出物が配合されていることを特徴とする創傷被覆材。
【請求項2】
前記クマザサ抽出物の含有率が6〜60質量%である請求項1記載の創傷被覆材。
【請求項3】
前記成形体がシート状である請求項1または2記載の創傷被覆材。
【請求項4】
前記成形体にポリエチレングリコールが配合されている請求項1〜3のうちいずれか一項記載の創傷被覆材。
【請求項5】
請求項1〜4のうちいずれか一項記載の創傷被覆材の製造方法であって、前記キトサンおよび前記クマザサ抽出物を含む混合溶液をゲル化させ、得られたゲルを乾燥させることを特徴とする創傷被覆材の製造方法。
【請求項6】
前記混合溶液に酢酸水溶液を添加することにより前記ゲルを得る請求項5記載の創傷被覆材の製造方法。
【請求項7】
前記乾燥が自然乾燥または凍結乾燥である請求項5または6記載の創傷被覆材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−347999(P2006−347999A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−179617(P2005−179617)
【出願日】平成17年6月20日(2005.6.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年2月1日 社団法人日本薬学会第125年会Webページ(http://nenkai.pharm.or.jp/125/pc/ipdfview.asp?i=2532)にて発表
【出願人】(503140403)星製薬株式会社 (3)
【出願人】(505232346)学校法人星薬科大学 (5)
【Fターム(参考)】