説明

加工密着性を改善した有機樹脂被覆鋼板

【課題】 着色顔料を必要とせず所定の色調を呈し、ドーピングによって導電性も付与される有機樹脂被覆鋼板を提供する。
【解決手段】 有機官能基として一級アミノ基を有するシランカップリング剤からなる界面層を介して複素環式共役系又はヘテロ原子含有共役系のπ共役高分子を含む有機樹脂皮膜が設けられている有機樹脂被覆鋼板である。SO4,Cl,PO4等のドーパントを含ませることにより、有機樹脂皮膜に導電性が付与される。π共役高分子に含まれるヘテロ原子としては窒素,硫黄が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアニリン等のπ共役高分子を含む有機樹脂皮膜の加工密着性を改善した有機樹脂被覆鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
普通鋼板,めっき鋼板等の原板を有機樹脂で被覆すると、耐食性,耐指紋性の良好な有機樹脂被覆鋼板が得られる。必要な色調を有機樹脂被覆鋼板に付与する場合、着色顔料を有機樹脂皮膜に分散させている。着色顔料で色調を付与した有機樹脂被覆鋼板では、着色顔料の配合量が多くなると耐食性,加工性等が劣化する傾向を示すので、有機樹脂皮膜を厚膜化することにより必要な色調を得ている。しかし、厚膜の有機樹脂皮膜は、有機樹脂被覆鋼板にプレス成形,曲げ等の加工を施す際、有機樹脂皮膜に亀裂,剥離等が生じやすい。
【0003】
樹脂自体で必要な色調が得られると、着色顔料の配合を必要とせず、有機樹脂皮膜の薄膜化が可能になる。有色樹脂として共役二重結合を有するπ共役高分子が知られており、ドーパントの共存下でπ共役高分子が導電性を示すことを活用し、OA機器のケーシング材としての利用も検討されている。たとえば、アニリン,チオフェン,ピロール等の酸化重合体を含む塗料から成膜された導電性高分子皮膜(特許文献1),ポリアニリン系化合物を含む塗料から成膜された防食皮膜(特許文献2),ドーパントの配合により導電性を付与したポリアニリン皮膜(特許文献3)等がある。
【特許文献1】特開平5-320958号公報
【特許文献2】特開平6-128769号公報
【特許文献3】特開平10-158854号公報
【0004】
しかし、ポリアニリンに代表される導電性高分子は、下地鋼に対する密着に必要な水素結合を有する官能基が少なく、水素結合力も弱いため皮膜密着性に乏しい。そのため、π共役高分子を含む有機樹脂皮膜を設けた鋼板にプレス成形,曲げ等の加工を施すと、皮膜に剥離や亀裂が生じ目標とする性能が損なわれる。
皮膜の密着性は一般的に下地鋼にクロメート処理を施すことにより改善されるが、水素結合を有する官能基の少ない有機樹脂皮膜ではクロメート処理による密着性の改善は不十分である。
【0005】
水素結合を有する官能基をπ共役高分子自体に付加すると密着性の改善が予想されるが、官能基負荷のために樹脂の製造工程が複雑化し、製品コストの上昇を避けられない。ウレタン,エポキシ等の汎用樹脂を添加して密着性を改善する方法も考えられるが、分子量に対する水素結合を有する官能基の数が多くないので、密着性改善にウレタン,エポキシ等の多量添加が必要とされ、必要特性を得るために有機樹脂皮膜の厚膜形成を余儀なくされる。ウレタン,エポキシ等の多量添加は、π共役高分子の作用を弱め、有機樹脂被覆鋼板の耐食性,導電性,色調発現性等を低下させる原因にもなる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、下地鋼に対する導電性高分子の密着不良が水素結合を有する官能基が少ないことに原因があるとの前提で、π共役高分子を含む有機樹脂皮膜と下地鋼との界面に両者に対する結合力のあるシランカップリング剤層を介在させることにより、ウレタン,エポキシ等の多量添加やクロメート処理等を必要とせず、加工密着性が改善された有機樹脂被覆鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の有機樹脂被覆鋼板は、普通鋼板,めっき鋼板,ステンレス鋼板等を下地とし、有機官能基として一級アミノ基を有するシランカップリング剤からなる界面層を介して複素環式共役系又はヘテロ原子含有共役系のπ共役高分子を含む有機樹脂皮膜が形成されていることを特徴とする。有機樹脂皮膜は、ドーパントを含まない皮膜でも良いが、ドーパントを配合することによって必要な導電性を呈する皮膜が形成される。π共役高分子に含まれるヘテロ原子には、窒素,硫黄等がある。
【発明の効果】
【0008】
π共役高分子は、分子内をπ電子が自由に移動できる共役二重結合を有し、半導体〜金属レベルの導電性を示す有機高分子であり、複素環式共役系やヘテロ原子含有共役系がある。
ポリピロール,ポリフラン,ポリチオフェン,ポリセレノフェン等の複素環式共役系は、それぞれピロール,フラン,チオフェン,セレノフェン等の複素環式化合物が2.5の位置で重合し、トランス-イソシド型の炭素-炭素共役骨格を形成した高分子化合物である。ポリ(パラフェニレンスルフィド),ポリ(パラフェニレンオキシド),ポリアニリン等のヘテロ原子含有共役系は、脂肪族又は芳香族の共役系を窒素,硫黄,酸素,セレン,テルル等のヘテロ原子で結合した高分子化合物である。大半のπ共役高分子は溶媒に不溶であるが、ポリアニリンはメチルピロリドンに可溶性を示し、水溶性のポリピロール誘導体,ポリ(3-チオフェン-β-エタンスルホン酸)等も合成されている。
【0009】
π共役高分子は、ドーピングしないと絶縁体であるが、ハロゲン,プロトン酸,ルイス酸,有機酸等をドープすることにより半導体〜金属レベルの導電性を示す。たとえば、ポリアニリンでは、脱ドープ,ドープで異なる分子構造に由来して絶縁体又は導電体に変わる。ドープ状態の導電性はドーパント種に応じて異なり、SO4をドーパントとする場合には電気亜鉛めっき鋼板に匹敵する導電性が得られる。
【0010】

【0011】
π共役高分子を含む有機樹脂皮膜は、π共役高分子自体が有色なため薄膜であっても鮮やかな色調を呈する。色調はπ共役高分子種.ドープの有無,ドーパント種,ドープ率によっても変わり、色調付与に着色顔料の配合を必要としない。そのため、π共役高分子が有する耐食性,導電性等の機能を損なうことなく、必要な色調を付与できる。
【0012】
π共役高分子を含む有機樹脂皮膜は、導電性,色調等、従来の有機樹脂皮膜では期待できない特性を備えているが、下地鋼に対する密着性に劣ることが欠点である。密着性不良は、水素結合を有する官能基の多少に原因があると考えられる。たとえば、導電性高分子のうち、脂肪族共役系や芳香族共役系は水素結合を有する官能基がなく、複素環式共役系やヘテロ原子含有共役系は分子内に水素結合可能な部位が存在する。
【0013】
本発明では、密着性発現に有効な水素結合を有する官能基を量的に確保するため、水素結合を有する官能基の多いシランカップリング剤を有機樹脂皮膜と下地鋼の界面に存在させ、π共役高分子本来の特性を損なうことなく有機樹脂皮膜の密着性を改善している。なかでも、有機官能基として一級アミノ基を有するシランカップリング剤は、一級アミノ基がπ共役高分子と水素結合し、水素結合を有する官能基(シラノール基:Si-O)が下地鋼表面にある水酸基と反応するため、有機樹脂皮膜が下地鋼に強固に密着する。シランカップリング剤は、π共役高分子を含む塗料の一成分として供給され、成膜時に塗膜と下地鋼との界面に配向する。シランカップリング剤は、ヘテロ原子として窒素,硫黄を含むπ共役高分子に対して一段と強力な結合力を呈する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に従った有機樹脂皮膜が形成される原板には、普通鋼板,めっき鋼板,ステンレス鋼板等がある。めっき鋼板としては、溶融めっき,電気めっき,蒸着めっき等が施された鋼板を使用できる。
溶融めっきには、溶融Zn浴,溶融Zn-Al合金浴,溶融Zn-Al-Mg合金浴,溶融Zn-Mg合金浴,溶融Zn-Ni合金浴,溶融Al浴,溶融Al-Si合金浴等を用いた連続めっき又はドブ漬けめっきが採用される。溶融めっき後に合金化処理した合金化溶融めっき鋼板も同様に原板として使用できる。
【0015】
電気めっきには,通常の電気Znめっき液,電気Zn合金めっき液,電気Cuめっき液,電気Snめっき液等を用いた鋼帯の連続めっき法や鋼板をめっき液に浸漬する個別電気めっき法が採用される。
有機樹脂皮膜の形成に先立って、耐食性や密着性を向上させる前処理として、アルカリ,溶剤等を用いた脱脂処理やリン酸塩処理等の化成処理を適宜施しても良い。
【0016】
必要に応じて適宜の前処理が施された原板に、シランカップリング剤,π共役高分子を含む塗料を塗布し焼き付けることにより、密着性が改善された有機樹脂皮膜が形成される。
シランカップリング剤としては、有機官能基として一級アミノ基を含有するシランカップリング剤が使用される。一級アミノ基含有シランカップリング剤には、γ-(-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン,アミノシラン,γ-ウレイドプロピルトリエトキシシラン,トリメトキシシラン,γ-アミノプロピルトリエトキシシラン,γ-アミノプロピルトリメトキシシラン,メチルジメトキシシラン等がある。なかでも、γ-アミノプロピルトリメトキシシランのようにアミノ基として一級アミノ基のみを含有するシランカップリング剤が大きな密着性向上効果を発揮する。
【0017】
π共役高分子には、複素環式共役系,ヘテロ原子含有共役系等が挙げられ、具体的には以下の化合物が使用される。
複素環式共役系:ポリピロール,ポリフラン,ポリチオフェン,ポリセレノフェン
ヘテロ原子含有共役系:ポリ(パラフェニレンスルフィド),ポリ(パラフェニレンオキシド),ポリアニリン
特に、ヘテロ原子Sを有するポリ(パラフェニレンスルフィド)やNを有するポリアニリンをπ共役高分子に使用する場合、有機樹脂皮膜の密着性が一層向上する。
【0018】
シランカップリング剤,π共役高分子を溶媒に溶解することにより、有機樹脂皮膜形成用の塗料が調製される。使用可能な溶媒は、シランカップリング剤,π共役高分子を安定に溶解させる限り特に種類が制約されるものではなく、水,メタノール等のアルコール類,メチルエチルケトン,キシレン,アセトン,アセトニトリル,N-メチル-2-ピロリドン等の有機溶媒がある。
【0019】
π共役高分子は、1〜30質量%で配合することが好ましい。π共役高分子の配合量が1質量%未満では、塗料中のπ共役高分子が不足し、均一な有機樹脂皮膜を形成させ難い。逆に、30質量%を超える過剰量では、塗料の安定性が悪くなり、塗料の更新時期を早めることにもなる。
シランカップリング剤は、π共役高分子に対して0.1〜30質量%の割合で添加することが好ましい。0.1質量%未満の添加量では十分な密着性向上効果が得られず、逆に30質量%を超える過剰量ではπ共役高分子による特性付与に悪影響を及ぼしやすい。
【0020】
ロールコート,スプレー,浸漬法等で原板に塗料を塗布し、焼付け・乾燥することにより目標の有機樹脂皮膜が形成される。焼付け・乾燥は、π共役高分子の分解を防止しながら溶媒を揮発させる限り温度条件に特段の制約が加わるものではないが、工業的な観点から焼付け・乾燥温度を50〜300℃の範囲で選定することが好ましい。50℃に達しない温度では長時間の焼付け・乾燥を必要とし、300℃を超える温度ではπ共役高分子の分解に起因する品質低下が懸念される。
【0021】
シランカップリング剤,π共役高分子を配合した塗料の塗布量は、乾燥膜厚:0.1〜10μmの有機樹脂皮膜が形成されるようにに調整することが好ましい。0.1μm未満の薄膜では、十分な耐食性が確保されない。有機樹脂皮膜が厚膜になるほど耐食性等の品質が向上するものの、10μmを超えて厚膜化しても更なる品質向上効果が得られず経済的に不利となる。
【0022】
形成される有機樹脂皮膜は、着色顔料を含まない塗料を用いているにも拘わらず、薄膜でも鮮やかな色調を呈し、加工後の皮膜密着性,耐食性にも優れている。また、防錆顔料としてクロム化合物を含む必要がないので、環境対応型の表面処理鋼板として高加工が予定されている家電機器部材,建材等に使用できる。
【0023】
更に、有機樹脂皮膜にドーパントを含ませることにより、導電性,耐食性の向上が図られる。ドーパントには、ハロゲン,プロトン,ルイス酸,有機酸等を使用できる。具体的には、塩素,臭素,沃素等のハロゲン、塩酸,硫酸,過塩素酸,過塩素酸テトラメチルアンモニウム,テトラフルオロホウ酸,ヘキサフルオロリン酸等のプロトン酸、五フッ化リン,三フッ化ホウ素等のルイス酸、ベンゼンスルホン酸,トルエンスルホン酸,ナフタレンスルホン酸等の有機酸が挙げられる。
【0024】
π共役高分子,シランカップリング剤,ドーパントを含む塗料を原板に塗布・焼付けする一段処理、或いはπ共役高分子,シランカップリング剤を含む有機樹脂皮膜にドーパント溶液を塗布する二段処理で、ドーパントを含むπ共役高分子の有機樹脂皮膜が形成される。
一段処理では、π共役高分子を形成しているモノマーの濃度に対する濃度比:0.01〜1.0でドーパントを塗料に配合することが好ましい。0.01未満の濃度比では十分な導電性が得られず、逆に1.0を超える濃度比では過剰なドーパントに起因する塗料の不安定化,有機樹脂皮膜の特性劣化が懸念される。
【0025】
二段処理では、好ましくは濃度:0.05〜3.0モル/lのドーパント溶液が使用される。0.05モル/l未満の濃度では、ドーピング速度が遅く、有機樹脂皮膜を均一にドーピングし難い。濃度を3.0モル/lを超えて増加しても、濃度増加に見合ったドーピング速度の上昇を期待できない。有機樹脂皮膜にドーパント溶液を塗布した後、乾燥することによりπ共役高分子がドーピングされる。乾燥・焼付け温度は、有機樹脂皮膜の形成時と同じ理由から50〜300℃の範囲で選定することが好ましい。また、乾燥後に処理鋼板を水洗することにより、余剰のドーパントを除去することが好ましい。
π共役高分子をドープした有機樹脂皮膜は高い導電性を呈するので、アース性が要求される用途に適用でき、帯電防止材,電磁波シールド材等として有効な表面処理鋼板が得られる。
【実施例1】
【0026】
板厚:0.8mm,めっき付着量:20g/m2の電気亜鉛めっき鋼板を原板に使用し、π共役高分子を含む有機樹脂皮膜を形成した実施例で本発明を具体的に説明する。しかし、使用可能な原板が電気亜鉛めっき鋼板に限られるものではなく、普通鋼板,他の電気めっき鋼板,溶融めっき鋼板,化成処理鋼板,ステンレス鋼板等を原板に使用した場合でも、意匠性,導電性の良好な有機樹脂被覆鋼板が同様に得られることは勿論である。
【0027】
アニリン:42gに水:600g,濃塩酸:35mlを加えた溶液に、濃塩酸:40gを水:150gに溶解させた水溶液を混合し、モノマー溶液を調製した。モノマー溶液を0℃以下の温度に保持しながら、水:220gに過硫酸アンモニウム:130gを溶解した酸化剤溶液をモノマー溶液に滴下した。滴下後、5時間攪拌しながら重合反応させることによりポリアニリンを合成した。次いで、濃アンモニア水で脱ドープ処理し、水、メタノール洗浄を繰り返した後、真空乾燥することにより脱ドープ状態のポリアニリン粉末を得た。
得られたポリアニリン粉末をメチルピロリドンに質量比1:20で溶し込み、更に表1に掲げたシランカップリング剤を0.1質量%,0.5質量%の割合で配合することにより塗料を調製した。
【0028】

【0029】
脱脂・洗浄した原板に塗料をバーコータ塗布し、到達板温:120℃で加熱乾燥し、乾燥膜厚:1μmの有機樹脂皮膜を形成した。
得られた有機樹脂被覆鋼板は、薄膜の有機樹脂皮膜にも拘わらずポリアニリンに由来する鮮明度の高い茶褐色の色調を呈していた。
有機樹脂被覆鋼板から試験片を切り出し、曲げ部内側に同じ厚みの板材を6枚介在させて180度曲げ試験した。曲げ試験後、曲げ部外側に粘着テープを貼り付け瞬時に引き剥がすテープ剥離試験により有機樹脂皮膜の剥離状態を観察し、剥離の有無で加工密着性を評価した。
【0030】
表1の調査結果にみられるように、一級アミノ基を有するシランカップリング剤No.3,4を配合した塗料から成膜された有機樹脂皮膜では、シランカップリング剤No.3の配合量が0.1質量%と少ない場合に剥離が僅かに検出されたことを除き、曲げ試験前とほぼ同じ状態で下地鋼に付着しており、加工密着性に優れていることが確認された。
【0031】
他方、一級,二級アミノ基を有するシランカップリング剤No.1,2を配合した塗料から成膜された有機樹脂皮膜は、シランカップリング剤無添加の塗料から成膜された有機樹脂皮膜と比較して加工密着性が大幅に向上していた。しかし、一級アミノ基のみを含有するシランカップリング剤No.3,4に比較すると、加工密着性が若干劣っていた。この結果は、有機樹脂皮膜に二級アミノ基が含まれると、一級アミノ基に比べて結合力の弱い二級アミノ基が一級アミノ基と同様な確率の水素結合でポリアニリンと相互作用するため、加工密着性が低下するものと推察される。
【0032】
アミノ基に代えエポキシ基,ビニル基を有するシランカップリング剤No.5,6を配合した塗料から成膜された有機樹脂皮膜は、何れも6t曲げで下地鋼から大半が剥離した。シランカップリング剤無添加の塗料から成膜された有機樹脂皮膜の剥離が12t曲げで生じたことと比較すると、シランカップリング剤No.5,6の配合によっては加工密着性の大幅な改善が期待できないことが判る。
【0033】

【実施例2】
【0034】
シランカップリング剤No.3を0.5質量%配合した塗料を用いて製造された実施例1の有機樹脂被覆鋼板にドーパント溶液をバーコート塗布し、到達板温:150℃で加熱乾燥することにより、有機樹脂皮膜を改質した。ドーパント溶液としては各種ドーパントを溶解した0.1モル/l水溶液(表3)を使用し、5ml/m2の塗布量で有機樹脂被覆鋼板に塗布した。
【0035】
ドーピング後の有機樹脂被覆鋼板は、ドーパント種に応じて色調が異なっていたが、実施例1と同じ試験条件下で測定した加工密着性はドーピング前とほぼ同じであった。
次いで、有機樹脂被覆鋼板の表面抵抗を四端子法で測定したところ、ドーピングによって表面抵抗が大幅に下がっていることが判った。なかでも、SO4をドープした有機樹脂皮膜では、電気亜鉛めっき鋼板に匹敵する低接触抵抗値を示し、家電機器,OA機器のケーシング材に使用したとき十分な帯電防止機能,電磁波シールド機能を呈することが理解できる。
【0036】

【実施例3】
【0037】
原板として、フェライト系ステンレス鋼板,オーステナイト系ステンレス鋼板,電気亜鉛めっき鋼板,溶融Zn-Al-Mg合金めっき鋼板,溶融Al-Si合金めっき鋼板,溶融Zn-55%Al合金めっき鋼板,電気銅めっき鋼板,冷延鋼板を用意した。
シランカップリング剤No.3を0.5質量%配合した塗料を用い、実施例1と同じ条件下で膜厚:1μmの有機樹脂皮膜を各原板に形成した後、0.1モル/lの硫酸,リン酸水溶液を塗布し、150℃で加熱・乾燥することにより、有機樹脂皮膜をSO4,PO4でドープした。
【0038】
ドーピング前後の有機樹脂被覆鋼板から試験片を切り出し、腐食試験,放熱試験,加工試験に供した。
【0039】
腐食試験では、試験片の端面をシールし、JIS Z2371に準拠して35℃の5%NaCl水溶液を噴霧した。240時間の塩水噴霧後、電気Znめっき鋼板,溶融Zn-Al-Mg合金めっき鋼板,溶融Al-Si合金めっき鋼板,溶融Zn-55%Al合金めっき鋼板については試験片表面に発生した白錆を、フェライト系ステンレス鋼板,オーステナイト系ステンレス鋼板,冷延鋼板については試験片表面に発生した赤錆を、電気Cuめっき鋼板については試験片表面に発生した緑錆を観察した。そして、試験片表面に占める各錆の面積率が5%未満を◎,5〜10%を○,10〜30%を△,30〜50%を▲,50%以上を×として平坦部の耐食性を評価した。
表4の調査結果にみられるように、鋼板の種類に拘わらず耐食性が向上していた。なお、電気Znめっき鋼板,電気Cuめっき鋼板,冷延鋼板の耐食性が他の鋼板よりも劣っているのは、原板自体の耐食性に差があることに由来すると考えられる。
【0040】

【0041】
放熱試験では、外面に断熱材が取り付けられ、アルミ箔で内張りした筐体を使用した。筐体の底部にヒータを配置し、高さ:45mmの位置にある筐体の上部開口に試験片を取り付けた。筐体内部をヒータで加熱し、熱風をファンで循環させることにより内部温度を均一化しながら、90分経過した時点で内部温度を測定した。
何れの原板に有機樹脂皮膜を設けた有機樹脂被覆鋼板であっても52℃以下の低い内部温度に維持されており、ドープ状態の有機樹脂皮膜が脱ドープ状態の有機樹脂皮膜よりも若干放熱性に優れていた。比較のため、有機樹脂皮膜を設けていない電気亜鉛めっき鋼板やウレタン樹脂被覆した電気亜鉛めっき鋼板で筐体の上部開口を塞いだ場合には55℃を超える内部温度であった。内部温度の差は、ポリアニリン系の有機樹脂皮膜によって筐体内部から有機樹脂被覆鋼板を介した放熱が促進されることを意味する。
【0042】
加工試験では、曲げ部内側に同じ厚みの板材を複数枚介在させて180度曲げ試験した。曲げ試験後、曲げ部外側に粘着テープを貼り付け瞬時に引き剥がすテープ剥離試験により有機樹脂皮膜の剥離状態を観察し、剥離の有無で加工密着性を評価した。
表5の調査結果にみられるように、有機樹脂皮膜にシランカップリング剤を含ませることにより加工密着性が向上していることが判る。なかでも、フェライト系ステンレス鋼,オーステナイト系ステンレス鋼,電気銅めっき鋼板を原板とする有機樹脂被覆鋼板では、シランカップリング剤によって加工密着性が飛躍的に向上していた。また、溶融めっき鋼板を原板とする場合では、Zn系よりもAl系めっき鋼板の方が良好な加工密着性が得られていた。
【0043】

【産業上の利用可能性】
【0044】
以上に説明したように、π共役高分子を含む有機樹脂皮膜を設けた鋼板は、π共役高分子に由来する色調をもつため、着色顔料の配合を必要とすることなく薄い皮膜であっても意匠性に優れた外観を呈し、耐食性も良好である。下地鋼に対する有機樹脂皮膜の密着性がシランカップリング剤の含有により改善されるため、プレス成形,曲げ加工等によって必要形状に成形した後でも有機樹脂皮膜の優れた特性が維持される。更に、有機樹脂皮膜をドーピングすると、無垢の鋼板やめっき鋼板に匹敵する導電性が付与され、帯電防止材,電磁シールド材等としても有用な材料となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機官能基として一級アミノ基を有するシランカップリング剤からなる界面層を介して複素環式共役系又はヘテロ原子含有共役系のπ共役高分子を含む有機樹脂皮膜が設けられていることを特徴とする加工密着性を改善した有機樹脂被覆鋼板。
【請求項2】
π共役高分子に導電性を付与するドーパントが有機樹脂皮膜に含まれている請求項1記載の有機樹脂被覆鋼板。
【請求項3】
ドーパントがSO4,Cl,PO4の一種又は二種以上である請求項2記載の有機樹脂被覆鋼板。
【請求項4】
π共役高分子に含まれるヘテロ原子が窒素及び/又は硫黄である請求項1又は2記載の有機樹脂被覆鋼板。

【公開番号】特開2006−63364(P2006−63364A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−245248(P2004−245248)
【出願日】平成16年8月25日(2004.8.25)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】