説明

加工性に優れた高強度熱延鋼板およびその製造方法

【課題】優れた強度と加工性(特に伸びフランジ性)を兼ね備えた高強度熱延鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C :0.035%超0.07%以下、Si:0.3%以下、Mn:0.35%超0.7%以下、P :0.03%以下、S :0.03%以下、Al:0.1%以下、N :0.01%以下、Ti:0.135%以上0.235%以下を、C、S、N、およびTiが((Ti−(48/14)N−(48/32)S)/48)/(C/12) < 1.0(C、S、N、Ti:各元素の含有量(質量%))を満足するように含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成と、面積率が95%超のフェライト相を含むマトリックスと、前記フェライト相の結晶粒内に平均粒子径が10nm未満のTi炭化物が微細析出した組織とすることで、引張強さが780MPa以上であり加工性に優れた高強度熱延鋼板とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車をはじめとする輸送機械類の部品、建築用鋼材などの構造用鋼材に適した、引張強さ(TS):780MPa以上の高強度と、優れた加工性を兼ね備えた、高強度熱延鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境保全の観点からCO2排出量を削減すべく、自動車車体の強度を維持しつつその軽量化を図り、自動車の燃費を改善することが、自動車業界においては常に重要な課題とされている。自動車車体の強度を維持しつつ車体の軽量化を図るうえでは、自動車部品用素材となる鋼板の高強度化により、鋼板を薄肉化することが有効である。一方、鋼板を素材とする自動車部品の多くは、プレス加工やバーリング加工等によって成形されるため、自動車部品用鋼板には優れた延性および伸びフランジ性を有することが要求される。そのため、自動車部品用鋼板には、例えば引張強さ:780MPa以上の強度とともに加工性が重要視され、伸びフランジ性等の加工性に優れた高強度鋼板が求められている。
【0003】
そこで、強度と加工性を兼ね具えた高強度鋼板に関し、現在までに数多くの研究開発が為されているが、一般的に鉄鋼材料は高強度化に伴い加工性が低下するため、強度を損なうことなく高強度鋼板に伸びフランジ性等の加工性を付与することは容易ではない。例えば、鋼板組織を、軟質なフェライトにマルテンサイト等の硬質な低温変態相を分散させた複合組織とすることにより、延性に優れた高強度鋼板とする技術が知られている。係る技術は、フェライトに分散させるマルテンサイト量を適正化することにより、高強度と高延性の両立を図ろうとするものである。しかしながら、このような複合組織を有する鋼板では、打ち抜き部を拡げる、いわゆる伸びフランジ成形を施すと、軟質なフェライトとマルテンサイト等の硬質な低温変態相との界面から亀裂が発生して割れ易いという問題が見られる。すなわち、軟質なフェライトとマルテンサイト等の硬質な低温変態相からなる複合組織高強度鋼板では、十分な伸びフランジ性が得られない。
【0004】
また、特許文献1には、重量%で、C:0.03〜0.20%、Si:0.2〜2.0%、Mn:2.5%以下、P:0.08%以下、S:0.005%以下を含み、鋼板組織を、主にベイニティック・フェライトからなる組織、或いはフェライトとベイニティック・フェライトからなる組織とすることにより、引張強さ:500N/mm2(500MPa)以上の高強度熱延鋼板の伸びフランジ性を向上させる技術が提案されている。そして、係る技術によると、ラス状組織を有し、かつ炭化物が生成していない転位密度の高いベイニティック・フェライト組織を鋼中に生成させることにより、高強度材に高い伸びフランジ性を付与できるとされている。また、ベイニティック・フェライト組織とともに、転位が少なく高延性かつ伸びフランジ性の良好なフェライト組織が生成すると、強度および伸びフランジ性がともに良好になるとされている。
【0005】
一方、伸びフランジ性のみに着目したものではないが、特許文献2には、wt%で、C:0.01〜0.10%、Si:1.5%以下、Mn:1.0%超〜2.5%、P:0.15%以下、S:0.008%以下、Al:0.01〜0.08%、B:0.0005〜0.0030%、Ti,Nbの1種又は2種の合計:0.10〜0.60%を含む組成とし、フェライト量が面積率で95%以上であり、かつフェライトの平均結晶粒径が2.0〜10.0μm であり、マルテンサイトおよび残留オーステナイトを含まない組織とすることにより、引張強さ(TS)が490MPa以上である高強度熱延鋼板の疲労強度と伸びフランジ性を向上させる技術が提案されている。
【0006】
また、特許文献3には、重量比でC:0.05〜0.15%、Si:1.50%以下、Mn:0.70〜2.50%、Ni:0.25〜1.5%、Ti:0.12〜0.30%、B:0.0005〜0.0030%、P:0.020%以下、S:0.010%以下、sol.Al:0.010〜0.10%、N:0.0050%以下を含む組成とし、フェライト結晶粒の粒径を10μm以下とし、かつ10nm以下の大きさのTiCと10μm以下の大きさの鉄炭化物を析出させることにより、熱延鋼板の曲げ加工性および溶接性を確保するとともに、その引張強さ(TS)を950N/mm2(950MPa)以上とする技術が提案されている。そして、係る技術によると、フェライト結晶粒およびTiCを微細化すること、並びに、Mn含有量を0.70%以上とすることにより、鋼板強度が向上するとともに曲げ加工性が向上するとされている。
【0007】
また、特許文献4には、重量%で、C:0.02〜0.10%、Si≦2.0%、Mn:0.5〜2.0%、P≦0.08%、S≦0.006%、N≦0.005%、Al:0.01〜0.1%を含み、Ti:0.06〜0.3%で、かつ、0.50<(Ti−3.43N−1.5S)/4Cとなる量のTiを含む組成とし、低温変態生成物及びパーライトの面積比率が15%以下で、かつ、ポリゴナルフェライト中にTiCが分散した組織とすることにより、優れた伸びフランジ性を有するとともに、引張強さ(TS)が70kgf/mm2(686MPa)以上である熱延鋼板とする技術が提案されている。また、係る技術によると、鋼板組織の大部分を固溶Cの少ないポリゴナルフェライトにし、TiCの析出強化と、Mn(含有量:0.5%以上)とPの固溶強化によって、引張強さ(TS)が向上するとともに優れた伸びフランジ性が得られるとされている。
【0008】
また、特許文献5には、フェライト単相組織のマトリックスと、該マトリックス中に分散した粒径が10nm未満の微細析出物とから実質的になり、550MPa以上の引張強さを有するプレス成形性に優れた薄鋼板が提案されている。係る技術では、重量%で、C<0.10%、Ti:0.03〜0.10%、Mo:0.05〜0.6%を含み、Feを主成分とする組成とすることが好ましいとして、これにより、高強度でありながら穴拡げ率および全伸びのいずれもが良好である薄鋼板となるとしている。さらに、Si:0.04〜0.08%、Mn:1.59〜1.67%を含有した例が示されている。
【0009】
また、特許文献6には、質量%で、C:0.015〜0.06%、Si:0.5%未満、Mn:0.1〜2.5%、P≦0.10%、S≦0.01%、Al:0.005〜0.3%、N≦0.01%、Ti:0.01〜0.30%、B:2〜50ppmを含有し、C、Ti、N、S並びにMn、Si、Bの成分バランスを規定した組成とし、更にフェライトとベイニティックフェライトの合計面積率90%以上、セメンタイトの面積率5%以下の組織とすることで、熱延鋼板の引張強度を690〜850MPaとし、且つ穴拡げ率を40%以上とする技術が提案されている。
【0010】
また、特許文献7には、質量%にて、C:0.01〜0.07%、Si:0.01〜2%、Mn:0.05〜3%、Al:0.005〜0.5%、N≦0.005%、S≦0.005%、Ti:0.03〜0.2%、を含み、更にP含有量を0.01%以下に低減した組成とし、フェライト又はベイニティックフェライト組織を面積率最大の相とし、硬質第2相及びセメンタイトが面積率で3%以下である組織とすることで、熱延鋼板の引張強さを690MPa以上にするとともに打ち抜き加工性と穴拡げ性を向上させる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平6−172924号公報
【特許文献2】特開2000−328186号公報
【特許文献3】特開平8−73985号公報
【特許文献4】特開平6−200351号公報
【特許文献5】特開2002−322539号公報
【特許文献6】特開2007−302992号公報
【特許文献7】特開2005−298924号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1で提案された技術では、フェライト含有量が多くなると、更なる高強度化を期待することができない。また、高強度化のためにフェライトに代えて硬質な第2相を加えた複合組織とすると、上記フェライト−マルテンサイト複合組織鋼板と同様、伸びフランジ成形時にベイニティック・フェライトと硬質な第2相との界面から亀裂が生じて割れ易く、伸びフランジ性が低下するという問題が見られる。
【0013】
また、特許文献2で提案された技術では、結晶粒を微細化することで鋼板の伸びフランジ性を向上させているが、得られる鋼板の引張強さ(TS)は高々680MPa程度であり(特許文献2の実施例参照)、更なる高強度化を期待することができないという問題がある。更に、特許文献2で提案された技術では、Mnを1%超含有することを必須とするため、Mnの偏析に起因する加工時の割れが生じ易く、優れた伸びフランジ加工性を安定して確保することが困難である。
【0014】
また、特許文献3で提案された技術では、鋼板の曲げ加工性について検討されているが、鋼板の伸びフランジ性について検討されていない。曲げ加工と穴拡げ加工(伸びフランジ成形)とでは加工モードが異なり、曲げ加工性と伸びフランジ性とでは、鋼板に要求される性質が異なるため、曲げ加工性に優れた高強度鋼板が、必ずしも良好な伸びフランジ性を有するとは云えないという問題がある。
【0015】
特許文献4で提案された技術では、高強度化を目的としてMn更にはSiを多量に含有させているため、鋼の焼入れ性が高くなり、安定してポリゴナルフェライト主体の組織を得ることが困難である。また、これらの元素に起因して鋳造時に著しい偏析が生じることから、加工時に該偏析に沿った割れが生じ易く、伸びフランジ性が劣化する傾向が見られる。更に、実際には、その実施例が示すように、1%以上のMn添加を必要としているにもかかわらず、安定して780MPa以上の引張強さが得られていない。
【0016】
また、特許文献5で提案された技術においても、Mnを1.59〜1.67%含有した例が示されていることから、Mnの偏析による加工時の割れが生じやすく、係る技術によっても、優れた伸びフランジ加工性を安定して確保することが難しいという問題がある。
【0017】
また、特許文献6で提案された技術では、その実施例が示すように、鋼板の引張強さを780MPa以上とするためには1%以上のMnを添加する必要があり、Mn含有量を0.5%程度にまで低減すると750MPa未満の引張強さしか得られない。すなわち、特許文献6で提案された技術においても、Mn含有量を低減して優れた伸びフランジ性を確保しつつ鋼板の引張強さを780MPa以上とすることはできない。
【0018】
また、特許文献7で提案された技術もまた、その実施例が示すように、最低でもMnを1%程度添加しなければ強度を得ることができず、このMn添加で偏析により伸びフランジ性を安定して得ることは困難である。また、特許文献7には、C=0.066%、Si=0.06%、Mn=0.31%にTi,V,Nb,Moを添加した実施例が開示されているが、この実施例ではパーライト生成を回避するために540℃の低温で巻き取ってベイニティックフェライト組織としなければならず、安定した伸びフランジ性は得られない。更に、特許文献7には、Mn含有量が0.24%であり且つ引張強さが810MPaである実施例も開示されているが、この実施例は強度補償として偏析し易いSiを1.25%と多量に含有するため、やはり安定した伸びフランジ性が得られない。
【0019】
以上のように、鋼板組織を複合組織とすることは、伸びフランジ性の観点からは好ましくない。また、鋼板組織をフェライト単相組織とすれば伸びフランジ性は改善されるが、従来のフェライト単相組織鋼板では、優れた伸びフランジ性を維持したまま高強度を確保することが困難であった。
本発明は、上記した従来技術が抱える問題を有利に解決し、引張強さ(TS):780MPa以上であり且つ優れた伸びフランジ性を有する高強度熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決すべく、本発明者らは、加工性が良好なフェライト単相組織である熱延鋼板に着目し、該熱延鋼板の高強度化と伸びフランジ性に及ぼす各種要因について鋭意検討した。その結果、従来、固溶強化元素として鋼板の高強度化に極めて有効であるとされ、高強度熱延鋼板に積極的に含有させていたMnおよびSiが、鋼板の伸びフランジ性に悪影響を及ぼすことを知見した。
【0021】
そこで、本発明者らは、1%前後のMnおよびSiを多く含む(熱延)鋼板について組織観察を行ったところ、その板厚中央部にMnやSiの偏析が不可避的に発生していることを確認し、偏析に起因する組織の形状や転位密度などの変質が伸びフランジ性に悪影響を及ぼしていることを知見した。そして、(熱延)鋼板の組成に関し、Mn含有量およびSi含有量を所定量以下、具体的には1%よりも更に低い含有量に低減することで、上記の偏析組織の影響が抑制可能であることを知見した。
【0022】
一方、固溶強化元素であるMn含有量およびSi含有量の抑制に伴う鋼板強度の低減化は避けられない。そこで、本発明者らは、MnおよびSiによる固溶強化に代わる強化機構として、Ti炭化物による析出強化の適用を試みた。鋼板にTi炭化物を微細析出させることにより、鋼板強度の大幅な向上効果が期待できる。しかしながら、Ti炭化物は粗大化し易い。そのため、先の特許文献の実施例が示すように、鋼板組成に関し、単に炭化物形成元素であるTiを含有させただけでは、鋼板中にTi炭化物を微細な状態で析出させ且つ微細なままで維持するのが困難であり、十分な強度向上効果は得られなかった。
そこで、本発明者らは更に検討を進め、鋼板中にTi炭化物を微細な状態で析出させ、その粗大化を抑制する手段を模索した。その結果、鋼板組成を調整してNやSと結合せずにCと結合するTi量とC量との濃度比を制御することで、Ti炭化物の粗大化を抑制し、Ti炭化物を微細化できることを見出した。
【0023】
なお、(熱延)鋼板の板厚中央部近傍に存在するMn偏析が原因の組織が、伸びフランジ性に悪影響を及ぼす理由は必ずしも明確ではないが、本発明者らは次のように考えている。穴を打ち抜き、更に穴を拡げる伸びフランジ成形を行った場合、中央部に偏析に起因する組織(形状が扁平であったり転位密度が高い組織)が存在すると、その周辺で初期亀裂を形成し易く、その後の加工(穴拡げ加工)により板厚方向に進展する割れとなり、穴拡げ率が低下するものと推測される。
【0024】
本発明は上記の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は次のとおりである。
[1] 質量%で、
C :0.035%超0.07%以下、 Si:0.3%以下、
Mn:0.35%超0.7%以下、 P :0.03%以下、
S :0.03%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.01%以下、 Ti:0.135%以上0.235%以下
を、C、S、N、およびTiが下記(1)を満足するように含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成と、面積率が95%超のフェライト相を含むマトリックスと、前記フェライト相の結晶粒内に平均粒子径が10nm未満のTi炭化物が微細析出した組織を有し、引張強さが780MPa以上であることを特徴とする、加工性に優れた高強度熱延鋼板。

((Ti−(48/14)N−(48/32)S)/48)/(C/12) < 1.0 ・・・ (1)
(C、S、N、Ti:各元素の含有量(質量%))
【0025】
[2] 前記[1]において、前記組成に加えてさらに、質量%でB :0.0025%以下を含有することを特徴とする加工性に優れた高強度熱延鋼板。
【0026】
[3] 前記[1]または[2]において、前記組成に加えてさらに、質量%で、REM、Zr、Nb、V、As、Cu、Ni、Sn、Pb、Ta、W、Mo、Cr、Sb、Mg、Ca、Co、Se、Zn、Csのうちの1種以上を合計で1.0%以下含有することを特徴とする加工性に優れた高強度熱延鋼板。
【0027】
[4] 前記[1]ないし[3]のいずれかにおいて、鋼板表面にめっき層を有することを特徴とする加工性に優れた高強度熱延鋼板。
【0028】
[5] 鋼素材をオーステナイト単相域に加熱し、粗圧延と仕上げ圧延からなる熱間圧延を施し、仕上げ圧延終了後、冷却し、巻き取り、熱延鋼板とするにあたり、
前記鋼素材を、質量%で、
C :0.035%超0.07%以下、 Si:0.3%以下、
Mn:0.35%超0.7%以下、 P :0.03%以下、
S :0.03%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.01%以下、 Ti:0.135%以上0.235%以下
を、C、S、N、およびTiが下記(1)を満足するように含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成とし、
前記仕上げ圧延の仕上げ圧延温度を900℃以上とし、前記冷却の900℃から750℃までの平均冷却速度を10℃/s以上とし、前記巻き取りの巻取り温度を580℃以上750℃以下とすることを特徴とする、加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。

((Ti−(48/14)N−(48/32)S)/48)/(C/12) < 1.0 ・・・ (1)
(C、S、N、Ti:各元素の含有量(質量%))
【0029】
[6] 前記[5]において、前記組成に加えてさらに、質量%でB :0.0025%以下を含有することを特徴とする加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【0030】
[7] 前記[5]または[6]において、前記組成に加えてさらに、質量%で、REM、Zr、Nb、V、As、Cu、Ni、Sn、Pb、Ta、W、Mo、Cr、Sb、Mg、Ca、Co、Se、Zn、Csのうちの1種以上を合計で1.0%以下含有することを特徴とする加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【0031】
[8] 前記[5]または[7]のいずれかにおいて、前記熱延鋼板にめっき処理を施すことを特徴とする加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【0032】
[9] 前記[8]において、前記熱延鋼板に、前記めっき処理に引き続き合金化処理を施すことを特徴とする加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0033】
本発明によると、自動車をはじめとする輸送機械類の部品、建築用鋼材などの構造用鋼材に適した、引張強さ(TS):780MPa以上の高強度と、優れた伸びフランジ性を兼ね備えた高強度熱延鋼板が得られ、高強度熱延鋼板の更なる用途展開が可能となり、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】Ti炭化物の析出形状を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の熱延鋼板は、実質的にフェライト単相組織とし、且つ、鋼板中のMn含有量およびSi含有量の低減化を通じて板厚中央部のMn偏析、或いは更にSi偏析を軽減して無害化することにより、鋼板の伸びフランジ性向上を図ることを特徴とする。また、本発明の熱延鋼板は、微細Ti炭化物を析出させ、鋼組成でTi量と結合するC量をTi量よりも多くかつパーライトが生成しないように制御し、固溶Ti量低減を通じて微細Ti炭化物の成長、粗大化を抑制することで、鋼板の高強度化を図ることを特徴とする。
【0036】
まず、本発明鋼板の組織および炭化物の限定理由について説明する。
本発明の熱延鋼板は、面積率が95%超のフェライト相を含むマトリックスと、前記フェライト相の結晶粒内に平均粒子径が10nm未満のTi炭化物が微細析出した組織を有する。
【0037】
フェライト相:マトリックスの面積率で95%超
本発明においては、熱延鋼板の伸びフランジ性を確保する上でフェライト相の形成が必須となる。熱延鋼板の延性および伸びフランジ性の向上には、熱延鋼板のマトリックス組織を、転位密度の低い延性に優れたフェライト相とすることが有効である。特に、伸びフランジ性の向上には、熱延鋼板のマトリックス組織をフェライト単相とすることが好ましいが、完全なフェライト単相でない場合であっても、実質的にフェライト単相、すなわち、マトリックス組織全体に対する面積率で95%超がフェライト相であれば、上記の効果を十分に発揮する。したがって、フェライト相の面積率は95%超とする。好ましくは97%以上である。
【0038】
なお、本発明の熱延鋼板において、マトリックスに含有され得るフェライト相以外の組織としては、セメンタイト、パーライト、ベイナイト相、マルテンサイト相、残留オーステナイト相等が挙げられる。これらの組織がマトリックス中に存在すると伸びフランジ性が低下するが、これらの組織はマトリックス組織全体に対する合計面積率が5%程度未満であれば許容される。好ましくは3%程度以下である。
【0039】
Ti炭化物
上記のとおり、本発明の熱延鋼板では、伸びフランジ性に悪影響を及ぼす板厚中央部のMn偏析、更にSi偏析を抑制する目的で、固溶強化元素であるMn、Si含有量を低減するため、固溶強化による鋼板強度の上昇は期待できない。そこで、本発明の熱延鋼板では、強度を確保する上でフェライト相の結晶粒内にTi炭化物を微細析出させることが必須となる。なお、Ti炭化物は、熱延鋼板製造工程における仕上げ圧延終了後の冷却過程で、オーステナイト→フェライト変態と同時に相界面析出する炭化物、もしくはフェライト変態後にフェライト中に析出する時効析出炭化物である。
【0040】
Ti炭化物の平均粒子径:10nm未満
熱延鋼板に所望の強度(引張強さ:780MPa以上)を付与するうえではTi炭化物の平均粒子径が極めて重要であり、本発明においてはTi炭化物の平均粒子径を10nm未満とする。上記フェライト相の結晶粒内にTi炭化物が微細析出すると、Ti炭化物が、鋼板に変形が加わった際に生じる転位の移動に対する抵抗として作用することにより熱延鋼板が強化される。しかしながら、Ti炭化物の粗大化に伴いTi炭化物はまばらとなり転位を止める間隔が広がるために析出強化能は低下する。そして、Ti炭化物の平均粒子径が10nm以上になると、固溶強化元素であるMn、Si含有量の低減化に起因する鋼板強度の低下量を補うに十分な鋼板強化能が得られない。したがって、Ti炭化物の平均粒子径は10nm未満とする。より好ましくは6nm以下である。
【0041】
なお、本発明におけるTi炭化物の形状は、図1に模式的に示すような略ディスク状(円盤状)であることを確認している。本発明においてTi炭化物の平均粒子径ddefは、観察される略ディスク状析出物の最大径d(ディスク上下面での最も大きい部分の直径)と、ディスク上下面に直交する方向における略ディスク状析出物の径(厚さ)tとの算術平均値、ddef=(d+t)/2、で定義(測定)される。
また、特に発明の効果を限定する物ではないが、本発明における微細Ti炭化物の析出形態は列状に観察される場合がある。しかし、この場合でも各列状析出物の列を含む平面内では、ランダムに析出しており、実際に透過型電子顕微鏡で観察しても、析出物が列状に観察されない場合が多い。
【0042】
次に、本発明熱延鋼板の成分組成の限定理由について説明する。なお、以下の成分組成を表す%は、特に断らない限り質量%を意味するものとする。
C:0.035%超0.07%以下
Cは、鋼板中でTi炭化物を形成し、熱延鋼板を強化する上で必須の元素である。C含有量が0.035%以下であると、引張強さを780MPa以上とするTi炭化物を確保することができず、780MPa以上の引張強さが得られなくなる。一方、C含有量が0.07%を超えると、パーライトが生成しやすくなり、伸びフランジ性が低下する。したがって、C含有量は0.035%超0.07%以下とする。好ましくは、0.04%以上0.06%以下である。
【0043】
Si:0.3%以下
Siは、延性(伸び)低下をもたらすことなく鋼板強度を向上させる有効な元素として、通常、高強度鋼板に積極的に含有されている。しかしながら、Siは、本発明の熱延鋼板において回避すべき板厚中央部のMn偏析を助長するとともに、Si自身も偏析する元素である。したがって、本発明では、上記Mn偏析を抑制し、またSiの偏析を抑制する目的で、Si含有量を0.3%以下に限定する。好ましくは0.1%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。
【0044】
Mn:0.35%越0.7%以下
Mnは、固溶強化元素であり、Siと同様、通常の高強度鋼板には積極的に含有されている。しかしながら、鋼板にMnを積極的に含有させると、板厚中央部のMn偏析は避けられず、鋼板の伸びフランジ性が劣化する原因となる。したがって、本発明では、上記Mn偏析を抑制する目的で、Mn含有量を0.7%以下に限定する。好ましくは0.6%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。一方、Mn含有量が0.35%以下になると、オーステナイト−フェライト変態点が上昇するため、Ti炭化物の微細化が困難となる。先述のとおり、Ti炭化物は熱延鋼板製造工程における仕上げ圧延終了後の冷却過程でオーステナイト→フェライト変態と同時に析出、もしくはフェライト中に時効析出するが、オーステナイト−フェライト変態点が高温になると高温域で析出することになるため、Ti炭化物が粗大化してしまう。したがって、Mn含有量の下限を0.35%超とする。
【0045】
P:0.03%以下
Pは、粒界に偏析して伸びを低下させ、加工時に割れを誘発する有害な元素である。したがって、P含有量は0.03%以下とする。好ましくは0.020%以下、さらに好ましくは0.010%以下である。
【0046】
S :0.03%以下
Sは、鋼中にMnSやTiSとして存在して熱延鋼板の打ち抜き加工時にボイドの発生を助長し、さらには、加工中にもボイドの発生の起点となるために伸びフランジ性を低下させる。そのため、本発明ではSを極力低減することが好ましく、0.03%以下とする。好ましくは0.010%以下、さらに好ましくは0.0030%以下である。
【0047】
Al:0.1%以下
Alは、脱酸剤として作用する元素である。このような効果を得るためには0.01%以上含有することが望ましいが、Alが0.1%を超えると、鋼板中にAl酸化物として残存し、該Al酸化物が凝集粗大化し易くなり、伸びフランジ性を劣化させる要因になる。したがって、Al含有量は0.1%以下とする。好ましくは0.065%以下である。
【0048】
N :0.01%以下
Nは、本発明において有害な元素であり、極力低減することが好ましい。NはTiと結合してTiNを形成するが、N含有量が0.01%を超えると、形成されるTiN量が多くなることに起因して伸びフランジ性が低下する。したがって、N含有量は0.01%以下とする。好ましくは0.006%以下である。
【0049】
Ti:0.135%以上0.235%以下
Tiは、Ti炭化物を形成して鋼板の高強度化を図るうえで必要不可欠な元素である。Ti含有量が0.135%未満では、所望の熱延鋼板強度(引張強さ:780MPa以上)を確保することが困難となる。一方、Ti含有量が0.235%を超えると、Ti炭化物が粗大化する傾向が見られ、所望の熱延鋼板強度(引張強さ:780MPa以上)を確保することが困難となる。したがって、Ti含有量は0.135%以上0.235%以下とする。好ましくは0.15%以上0.20%以下である。
【0050】
本発明の熱延鋼板は、C、S、N、Tiを、上記した範囲で且つ(1)式を満足するように含有する。
((Ti−(48/14)N−(48/32)S)/48)/(C/12) < 1.0 ・・・ (1)
(C、S、N、Ti:各元素の含有量(質量%))
上記(1)式は、Ti炭化物の平均粒子径を10nm未満とするために満足すべき要件であり、本発明において極めて重要な指標である。
【0051】
先述のとおり、本発明においては熱延鋼板中にTi炭化物を微細析出させることで所望の鋼板強度を確保する。ここで、Ti炭化物は、その平均粒子径が極めて小さい微細炭化物となる傾向が強いものの、鋼中に含まれるTiの原子濃度がCの原子濃度以上になると、Ti炭化物が粗大化し易くなる。そして、炭化物の粗大化に伴って、所望の熱延鋼板強度(引張強さ:780MPa以上)を確保することが困難となる。本発明では、鋼素材に含まれるCの原子%((Cの質量%)/12)を、炭化物生成に寄与できるTiの原子%((Tiの質量%)/48)よりも多くする必要がある。また、鋼組成を上記に制御することでTi炭化物中のTi原子数がC原子数よりも少なくなり、Ti炭化物粗大化抑制効果が高まる。
【0052】
また、後述のとおり本発明においては、鋼素材に所定量のTiを添加し、熱延前の加熱で鋼素材中の炭化物を溶解し、主に熱間圧延後の巻取り時にTi炭化物を析出させる。しかしながら、鋼素材に添加したTiの全量が炭化物生成に寄与するわけではなく、鋼素材に添加したTiの一部は窒化物や硫化物の形成に消費される。巻取り温度よりも高温域では、Tiが炭化物よりも窒化物や硫化物を形成し易く、熱延鋼板の製造時、巻取り工程の前にTiが窒化物や硫化物を形成するためである。よって、鋼素材に添加したTiのうち炭化物生成に寄与できるTi量は、「Ti-(48/14)N-(48/32)S」で表すことができる。
【0053】
以上の理由により、本発明では、Cの原子%(C/12)を、炭化物生成に寄与できるTiの原子%((Ti-(48/14)N-(48/32)S)/48)よりも多くする目的で、(1)式すなわち((Ti−(48/14)N−(48/32)S)/48)/(C/12) < 1.0を満足するようにC、S、N、Tiの各元素を含有することとする。上記(1)式を満足しない場合、フェライト結晶粒内に生成するTi炭化物を微細な状態(平均粒子径10nm未満)に維持することができず、所望の鋼板強度(引張強さ:780MPa以上)を得ることが困難となる。
なお、Ti炭化物の微細化を図るうえでは、(1)式の左辺の値((Ti−(48/14)N−(48/32)S)/48)/(C/12) の値を0.5以上0.95以下とすることが好ましく、0.6以上0.9以下とすることがより好ましい。
【0054】
また、熱延前の鋼素材の加熱により鋼素材中の炭化物は溶解するが、Ti炭化物は通常、熱延後の冷却過程でオーステナイト→フェライト変態と同時に相界面析出、またはフェライト中に時効析出する。ここで、鋼素材のオーステナイト→フェライト変態温度が高いと、熱間圧延後、Tiの拡散速度が速い高温域でTi炭化物が析出することになるため、Ti炭化物が粗大化し易くなる。しかし、オーステナイト→フェライト変態の温度(Ar3変態点)を巻取り温度範囲(すなわち、Ti拡散速度が遅い温度域)まで低温化すれば、Ti炭化物の粗大化を効果的に抑制することができる。
そこで、本発明においては、鋼のオーステナイト→フェライト変態を遅延させ、Ti炭化物の析出温度(Ar3変態点)を後述する巻取り温度範囲まで安定的に低温化する目的で、上記した組成に加えてさらに、B :0.0025%以下を含有することができる。
【0055】
B :0.0025%以下
Bは、鋼のオーステナイト−フェライト変態を遅延させる元素であり、オーステナイト−フェライト変態を抑制することでTi炭化物の析出温度を低温化し、該炭化物の微細化に寄与する。特に、偏析を回避する目的で大幅に低Mn化した場合には、MnによるAr3変態点の低温化が期待できないため、Bを含有させてオーステナイト−フェライト変態を遅延させることが好ましい。これにより、Mn含有量を大幅に低減した場合(例えばMn:0.5%以下)であっても、安定したTi炭化物の微細化が可能となる。一方、B含有量が0.0025%を超えると、Bによるベイナイト変態効果が強くなり、フェライト組織とすることが困難となる。したがって、B含有量は0.0025%以下とする。好ましくは0.0002%以上0.0010%以下であり、より好ましくは0.0002%以上0.0007%以下である。
【0056】
本発明の熱延鋼板は、上記した組成に加えてさらに、REM、Zr、Nb、V、As、Cu、Ni、Sn、Pb、Ta、W、Mo、Cr、Sb、Mg、Ca、Co、Se、Zn、Csのうちの1種以上を合計で1.0%以下含有してもよい。また、上記以外の成分は、Feおよび不可避的不純物である。
【0057】
また、鋼板に耐食性を付与する目的で本発明熱延鋼板の表面にめっき層を設けても、上記した本発明の効果を損なうことはない。なお、本発明において鋼板表面に設けるめっき層の種類は特に限定されず、電気めっき、溶融めっき等、何れであっても構わない。また、溶融めっきとしては、例えば溶融亜鉛めっきが挙げられる。更に、めっき後に合金化処理を施した合金化溶融亜鉛めっきとしてもよい。
【0058】
次に、本発明の熱延鋼板の製造方法について説明する。
本発明は、上記した組成の鋼素材をオーステナイト単相域に加熱し、粗圧延と仕上げ圧延からなる熱間圧延を施し、仕上げ圧延終了後、冷却し、巻き取り、熱延鋼板とする。この際、仕上げ圧延の仕上げ圧延温度を900℃以上とし、900℃から750℃までの平均冷却速度を10℃/s以上とし、巻取り温度を580℃以上750℃以下とすることを特徴とする。
【0059】
本発明において、鋼素材の溶製方法は特に限定されず、転炉、電気炉等、公知の溶製方法を採用することができる。また、溶製後、生産性等の問題から連続鋳造法によりスラブ(鋼素材)とするのが好ましいが、造塊−分塊圧延法、薄スラブ連鋳法等、公知の鋳造方法でスラブとしても良い。なお、本発明では、加工性(伸びフランジ性等)の向上を目的として偏析の原因となるMn含有量やSi含有量を抑制している。そのため、偏析の抑制に有利な連続鋳造法を採用すると、本発明の効果がより一層顕著となる。
【0060】
上記の如く得られた鋼素材に、粗圧延および仕上げ圧延を施すが、本発明においては、粗圧延に先立ち、鋼素材をオーステナイト単相域に加熱する。粗圧延前の鋼素材がオーステナイト単相域に加熱されていないと、鋼素材中に存在するTi炭化物の再溶解が進行せず、圧延後にTi炭化物の微細析出が達成されない。したがって、本発明では粗圧延に先立ち、鋼素材をオーステナイト単相域、好ましくは1200℃以上に加熱する。但し、鋼素材の加熱温度が過剰に高くなると、表面が過剰に酸化されTiOが生じてTiが消費され、鋼板にした場合に表面近傍の硬さの低下が生じ易くなるため、上記加熱温度は1350℃以下とすることが好ましい。なお、鋼素材に熱間圧延を施すに際し、鋳造後の鋼素材(スラブ)がオーステナイト単相域の温度となっている場合には、鋼素材を加熱することなく、或いは短時間加熱後、直送圧延してもよい。なお、粗圧延条件については特に限定する必要はない。
【0061】
仕上げ圧延温度:900℃以上
仕上げ圧延温度の適正化は、熱延鋼板の伸びフランジ性を確保するうえで重要となる。仕上げ圧延温度が900℃未満であると、最終的に得られる熱延鋼板の板厚中央部の、Mnが偏析した位置にバンド状の組織が形成され易くなり、伸びフランジ性が劣化し易くなる。したがって、仕上げ圧延温度は900℃以上とする。また、920℃以上が好ましい。なお、表面の二次スケールによる疵や荒れを防止するという観点からは、仕上げ圧延温度を1050℃以下とすることが好ましい。
【0062】
平均冷却速度:10℃/s以上
先述のとおり、本発明においては、Ti炭化物を微細に析出させる必要がある。このため、オーステナイト−フェライト変態を低温化することでTi炭化物の微細析出を促進し、粗大化を抑制し、所望の平均粒子径(10nm未満)とする。ここで、Ti炭化物は、上記仕上げ圧延終了後、鋼組織がオーステナイトからフェライト変態することで析出するが、このオーステナイト−フェライト変態点(Ar3変態点)が750℃を超えると、Ti炭化物が大きく成長し易くなる。
【0063】
そこで、本発明では、オーステナイト−フェライト変態点(Ar3変態点)を750℃以下とする目的で、仕上げ圧延終了後、900℃から750℃までの平均冷却速度を10℃/s以上とする。好ましくは30℃/s以上である。
このように、平均冷却速度を大きくすることで、オーステナイト−フェライト変態点(Ar3変態点)が750℃以下、すなわち後述する巻取り温度の温度域となり、ディスク状であるTi炭化物が微細に保たれるようになる。但し、上記平均冷却速度が過剰に大きくなると、表層のみに焼き入れ組織が生じ易くなるという問題が懸念されるため、仕上げ圧延終了後、900℃から750℃までの平均冷却速度は600℃/s以下とすることが好ましい。
【0064】
巻取り温度:580℃以上750℃以下
巻取り温度の適正化は、上記のオーステナイト−フェライト変態点(Ar3変態点)を750℃以下とし、且つ、熱延鋼板を所望のマトリックス組織(フェライト相の面積率:95%超)とするうえで重要である。巻取り温度が580℃未満であると、マルテンサイトやベイナイトが生じ易くなり、マトリックスを実質的にフェライト単相組織とすることが困難となる。一方、巻取り温度が750℃を超えると、パーライトが生じやすくなり、伸びフランジ性が劣化する。また、巻取り温度が750℃を超えると、オーステナイト−フェライト変態点を750℃以下とすることができず、Ti炭化物の粗大化を招来する。したがって、巻取り温度は580℃以上750℃以下とする。好ましくは、610℃以上690℃以下である。
【0065】
以上のように、本発明では、仕上げ圧延に続く冷却後、750℃以下の温度域でオーステナイト−フェライト変態が生じるようにする。そのため、巻き取り温度近傍でオーステナイト−フェライト変態が生じ易く、巻取り温度とオーステナイト−フェライト変態温度はほぼ一致する傾向にある。
なお、巻取り後のコイルを580〜750℃の温度範囲に60s以上保持すると均一な組織が得られ易くなるため、一層好ましい。
【0066】
また、本発明においては、以上のようにして製造された熱延鋼板に対し、めっき処理を施して鋼板表面にめっき層を形成してもよい。めっき処理は、電気めっき、溶融めっきのいずれでも構わない。例えば、めっき処理として溶融亜鉛めっき処理を施して溶融亜鉛めっき層を形成することができる。或いは更に、上記溶融亜鉛めっき処理後、合金化処理を施して合金化溶融亜鉛めっき層を形成してもよい。また、溶融めっきには亜鉛の他に、アルミもしくはアルミ合金等をめっきすることもできる。本発明の高強度熱延鋼板は、通常の常温で行われるプレス成形に好適である他、プレス前の鋼板を400℃から750℃に加温した後に直ちに成形される温間成形にも好適である。
【実施例】
【0067】
表1に示す組成の溶鋼を通常公知の手法により溶製、連続鋳造して肉厚300mmのスラブ(鋼素材)とした。これらのスラブを、表2に示す温度に加熱し、粗圧延し、表2に示す仕上げ圧延温度とする仕上げ圧延を施し、仕上げ圧延終了後、900℃から750℃までの温度域を、表2の平均冷却速度で冷却し、表2に示す巻取り温度で巻き取り、板厚:2.3mmの熱延鋼板とした。なお、鋼No.22を除き、巻き取りまでの冷却中にオーステナイトからフェライトへの変態は生じていないことを、別途確認している。
【0068】
続いて、上記により得られた熱延鋼板を酸洗して表層スケールを除去した後、一部の熱延鋼板(鋼No.6,7)については480℃の亜鉛めっき浴(0.1%Al-Zn)中に浸漬し、片面当たり付着量45g/m2の溶融亜鉛めっき層を鋼板の両面に形成して溶融亜鉛めっき鋼板とした。また、更に一部の熱延鋼板(鋼No.8,9,10)については、前記と同様に溶融亜鉛めっき層を形成したのち、520℃で合金化処理を行い合金化溶融亜鉛めっき鋼板とした。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
上記により得られた熱延鋼板(熱延鋼板、並びに溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板)から試験片を採取し、組織観察、引張試験、穴拡げ試験を行い、フェライト相の面積率、フェライト相以外の組織の種類および面積率、Ti炭化物の平均粒子径、引張強さ、伸び、穴拡げ率(伸びフランジ性)を求めた。試験方法は次のとおりとした。
【0072】
(i)組織観察
得られた熱延鋼板から試験片を採取し、試験片の圧延方向と平行な断面(L断面)を研磨し、ナイタールで腐食した後、光学顕微鏡(倍率:400倍)および走査型電子顕微鏡(倍率:5000倍)にて撮影した組織写真を用い、画像解析装置によりフェライト相、フェライト相以外の組織の種類、および、それらの面積率を求めた。
また、熱延鋼板から作製した薄膜を透過型電子顕微鏡によって観察し、Ti炭化物の平均粒子径を求めた。Ti炭化物の平均粒子径は、透過型電子顕微鏡(倍率:340000倍)にて撮影した写真を用い、5視野合計で100個のTi炭化物について、その最大径d(ディスク上下面での最も大きい部分の直径)と、ディスク上下面に直交する方向におけるディスク状析出物の径(厚さ)tとを測定し、前記した算術平均値(平均粒径ddef)として求めた。
【0073】
(ii)引張試験
得られた熱延鋼板から、圧延方向に対して直角方向を引張方向とするJIS 5号引張試験片(JIS Z 2201)を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠した引張試験を行い、引張強さ(TS)、伸び (EL)を測定した。
【0074】
(iii)穴拡げ試験
得られた熱延鋼板から、試験片(大きさ:130mm×130mm)を採取し、該試験片に初期直径d0:10mmφの穴を打ち抜き加工(クリアランス:試験片板厚の12.5%)で形成した。これら試験片を用いて、穴拡げ試験を実施した。すなわち、該穴に打ち抜き時のポンチ側から頂角:60°の円錐ポンチを挿入し、該穴を押し広げ、亀裂が鋼板(試験片)を貫通したときの穴の径d1を測定し、次式で穴拡げ率λ(%)を算出した。
穴拡げ率λ(%)={(d1−d0)/d0}×100
得られた結果を表3に示す。
【0075】
【表3】

【0076】
本発明例はいずれも、引張強さTS:780MPa以上の高強度と、伸びEL:20%以上であり且つ、穴拡げ率λ:100%以上の優れた加工性を兼備した熱延鋼板となっている。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、所定の高強度が確保できていないか、十分な穴拡げ率が確保できていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.035%超0.07%以下、 Si:0.3%以下、
Mn:0.35%超0.7%以下、 P :0.03%以下、
S :0.03%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.01%以下、 Ti:0.135%以上0.235%以下
を、C、S、N、およびTiが下記(1)を満足するように含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成と、面積率が95%超のフェライト相を含むマトリックスと、前記フェライト相の結晶粒内に平均粒子径が10nm未満のTi炭化物が微細析出した組織を有し、引張強さが780MPa以上であることを特徴とする、加工性に優れた高強度熱延鋼板。

((Ti−(48/14)N−(48/32)S)/48)/(C/12) < 1.0 ・・・ (1)
(C、S、N、Ti:各元素の含有量(質量%))
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%でB : 0.0025%以下を含有することを特徴とする、請求項1に記載の加工性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、REM、Zr、Nb、V、As、Cu、Ni、Sn、Pb、Ta、W、Mo、Cr、Sb、Mg、Ca、Co、Se、Zn、Csのうちの1種以上を合計で1.0%以下含有することを特徴とする、請求項1または2に記載の加工性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項4】
鋼板表面にめっき層を有することを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の加工性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項5】
鋼素材をオーステナイト単相域に加熱し、粗圧延と仕上げ圧延からなる熱間圧延を施し、仕上げ圧延終了後、冷却し、巻き取り、熱延鋼板とするにあたり、
前記鋼素材を、質量%で、
C :0.035%超0.07%以下、 Si:0.3%以下、
Mn:0.35%超0.7%以下、 P :0.03%以下、
S :0.03%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.01%以下、 Ti:0.135%以上0.235%以下
を、C、S、N、およびTiが下記(1)を満足するように含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成とし、
前記仕上げ圧延の仕上げ圧延温度を900℃以上とし、前記冷却の900℃から750℃までの平均冷却速度を10℃/s以上とし、前記巻き取りの巻取り温度を580℃以上750℃以下とすることを特徴とする、加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。

((Ti−(48/14)N−(48/32)S)/48)/(C/12) < 1.0 ・・・ (1)
(C、S、N、Ti:各元素の含有量(質量%))
【請求項6】
前記組成に加えてさらに、質量%でB :0.0025%以下を含有することを特徴とする、請求項5に記載の加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記組成に加えてさらに、質量%で、REM、Zr、Nb、V、As、Cu、Ni、Sn、Pb、Ta、W、Mo、Cr、Sb、Mg、Ca、Co、Se、Zn、Csのうちの1種以上を合計で1.0%以下含有することを特徴とする、請求項5または6に記載の加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記熱延鋼板にめっき処理を施すことを特徴とする、請求項5ないし7のいずれかに記載の加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記熱延鋼板に、前記めっき処理に引き続き合金化処理を施すことを特徴とする、請求項8に記載の加工性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−95996(P2013−95996A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242299(P2011−242299)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】