説明

加速器中性子源及びこれを用いたホウ素中性子捕捉療法システム

【課題】金属ターゲットの除熱を良好に行い、安定して中性子を発生することができる。
【解決手段】RFQライナック2やドリフトチューブライナック3等の線形加速器により加速された陽子ビーム10を用いて中性子を発生させる加速器中性子源6において、陽子ビーム10が照射される板状の金属ターゲット11と、冷却水流路12a〜12eをその内部に有し、金属ターゲット11が一方側の面13に接合され、その一方側の面13が金属ターゲット11との接合部14の面積よりも大きな面積を有する冷却装置15を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加速器により加速された荷電粒子ビームを金属ターゲットに照射することにより中性子を発生させる加速器中性子源、及びこの加速器中性子源を用いたホウ素中性子捕捉療法システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ホウ素中性子捕捉療法は、X線、荷電粒子線等の放射線療法と異なり、予め投与されて腫瘍内部に局在するホウ素(10B)と、外部から照射した中性子との核反応(10B(n,α)7Li)によって発生するα線とリチウム原子核(7Li)とを腫瘍細胞の殺傷に利用する治療方法である。α線とリチウム原子核(7Li)の飛程は、細胞1個分程度であることから、正常細胞を傷つけることなく腫瘍を殺傷することができる。このようなホウ素中性子捕捉療法を行うシステムとして、原子炉から発生する中性子を用いるシステムがある(例えば、非特許文献1参照。)。しかし、原子炉の新設は困難であり、また既設の原子炉を用いる場合でも原子炉の利用にはさまざまな規制が伴うことから、治療を実施する医師に多大な負担を強いるという問題があった。
【0003】
そこで、加速器を用いた安価で簡易なホウ素捕捉療法用の加速器システムが望まれている。この加速器システムでは、加速器により加速された荷電粒子ビームを金属ターゲットに照射することにより中性子を発生させる。ホウ素捕捉療法用の加速器としては、従来より、リチウム(7Li)をターゲットに用い7Li(p,n)7Be反応を利用した陽子の加速エネルギーが2.5MeV程度以下のもの、又はタングステン若しくはタンタル等をターゲットに用いそれらの核破砕反応を利用した陽子の加速エネルギーが50MeV以上のもの等が提唱されている(例えば、非特許文献2参照。)。しかし、前者のリチウムを用いた加速器においては、7Liの融点が179℃と低いために加速陽子による熱負荷に耐えることが困難であるという問題があった。また、後者のタングステン及びタンタル等を用いた加速器においては、核破砕反応により高エネルギーの中性子が発生してしまい、その減速又は遮蔽に大量の減速材及び遮蔽材が必要であることから、装置全体が大きく高価なものとなってしまうという問題があった。
【0004】
このような観点から、近年、高融点材のベリリウム(9Be:融点1287℃)をターゲットに用い、陽子とベリリウムとの核反応9Be(p,n)9Bにより中性子を発生させる加速器システムが提唱されている。
【0005】
【非特許文献1】社団法人電気学会、「先端放射医療技術と計測」、初版、株式会社コロナ社、2001年11月15日、p.40−57
【非特許文献2】井上 信、“中性子捕捉医療用加速器”、[online]、1996年9月18日、[2004年12月5日]、インターネット<URL:http://www.rada.or.jp:8180/member/detail/040016.html>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来技術では以下のような課題が存在する。
すなわち、上記ベリリウムをターゲットとした加速器システムを用い、陽子とベリリウムとの核反応9Be(p,n)9Bにより発生する中性子をホウ素中性子捕捉療法に適用しようとする場合、必要な入射陽子ビームの出力は約30kWもの大きな値になることが試算される。このとき、陽子ビームの直径はせいぜい50〜60mmであるので、ビーム出力密度は約10MW/m2となる。このようにターゲットの熱負荷が10MW/m2にもなると、通常の冷却水を用いた簡単なヒートシンク程度では直ちに冷却水自体が沸騰し、除熱が困難となる。その結果、安定して中性子を発生することができなくなるという問題があった。
【0007】
本発明は、上記従来技術の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、安定して中性子を発生することができる加速器中性子源及びこれを用いたホウ素中性子捕捉療法システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)上記目的を達成するために、本願第1発明は、加速器により加速された荷電粒子ビームを用いて中性子を発生させる加速器中性子源において、前記荷電粒子ビームが照射される板状の金属ターゲットと、冷却水流路をその内部に有し、前記金属ターゲットが一方側の面に接合され、前記一方側の面が前記金属ターゲットとの接合部の面積よりも大きな面積を有する冷却装置とを備えたことを特徴とする。
【0009】
本実施形態の加速器中性子源においては、加速器により加速された荷電粒子ビームを板状の金属ターゲットに照射することにより中性子を発生させる。この金属ターゲットは、冷却水流路をその内部に有する冷却装置によって冷却される。
【0010】
ここで、荷電粒子ビームとして例えば陽子を、金属ターゲットとして例えばベリリウム(9Be)を用い、陽子とベリリウムとの核反応9Be(p,n)9Bにより中性子を発生させようとした場合、必要な入射陽子ビームの出力は約30kWもの大きな値になることが試算される。このとき、通常、陽子ビームの直径はせいぜい50〜60mmであるので、ビーム出力密度は約10MW/m2となる。このように金属ターゲットの熱負荷が10MW/m2にもなると、通常の冷却水を用いた簡単なヒートシンク程度では直ちに冷却水自体が沸騰し、除熱が困難となる。その結果、安定して中性子を発生することができなくなるという問題があった。
【0011】
これに対し、本発明においては、冷却水流路をその内部に有し、金属ターゲットが一方側の面に接合され、その一方側の面が金属ターゲットとの接合部の面積よりも大きな面積を有する冷却装置を用いて金属ターゲットを冷却する。このような構造とすることにより、冷却装置内の冷却水流路の表面積のうち金属ターゲットと対向する側の表面積(すなわち有効伝熱面積)を、冷却装置の一方側の面(すなわち金属ターゲットと接合される側の面)の面積と略同等又はそれ以上とすることが可能である。これにより、従来に比べ有効伝熱面積を大幅に増大することができ、上記のように金属ターゲットの熱負荷が10MW/m2のような状態であっても良好に除熱を行うことができる。その結果、安定して中性子を発生することができる。
【0012】
(2)本願第2発明は、上記第1発明において、前記冷却水流路は、その表面積のうち前記金属ターゲットと対向する側の表面積が前記冷却装置の一方側の面の面積と略同等又はそれよりも大きくなるように、前記冷却装置内に設けられていることを特徴とする。
【0013】
(3)本願第3発明は、上記第1又は第2発明において、前記冷却水流路は、前記金属ターゲットとの最小距離が前記金属ターゲットの厚み程度となるように、前記冷却装置内に設けられていることを特徴とする。
【0014】
一般に、金属ターゲットと冷却水流路との距離は小さいほど冷却効率は向上する。しかしながら、距離をゼロとして金属ターゲットを直接冷却水で冷却する場合には冷却水による金属ターゲットの腐食が懸念され、また金属ターゲットを支持するための強度も必要であることから、金属ターゲットと冷却水流路との間にはある程度の厚み(距離)が必要となる。
【0015】
本発明においては、冷却水流路を、金属ターゲットとの最小距離が金属ターゲットの厚み程度となるように冷却装置内に設ける。これにより、上記した支持強度の確保と冷却効率とのバランスを適切にとることができ、冷却水による腐食を防止できると共に支持強度を確保でき、その上で冷却効率を良好に維持することが可能である。
【0016】
(4)本願第4発明は、上記第1乃至第3発明のいずれかにおいて、前記金属ターゲットは、前記荷電粒子ビームの前記金属ターゲット中における飛程と略同等又はそれよりもわずかに大きい厚みを有することを特徴とする。
【0017】
金属ターゲットは、その厚みがあまり大きい場合には加速器中性子源の大型化につながり、また冷却効率も低下するため、できるだけ薄い方が好ましい。しかしながら、例えば、金属ターゲットの厚みが荷電粒子ビームの金属ターゲット中における飛程よりも薄い場合には、金属ターゲットに照射された荷電粒子ビームの一部が核反応に用いられずに金属ターゲットを通過して中性子発生量が減少してしまう。
【0018】
本発明においては、金属ターゲットの厚みを、荷電粒子ビームの金属ターゲット中における飛程と略同等又はそれよりもわずかに大きい程度とする。これにより、加速器中性子源の大型化及び冷却効率の低下を最小限に抑制しつつ、金属ターゲットに照射された荷電粒子ビームのほぼ全てを核反応に用い、中性子を有効に取り出すことができる。
【0019】
(5)本願第5発明は、上記第1乃至第4発明のいずれかにおいて、前記金属ターゲットと前記冷却装置とは、高温等方加圧接合又は高温ロウ付け接合により接合されていることを特徴とする。
【0020】
このような接合方式とすることにより、高熱負荷に対しても十分対応できる。特に高温等方加圧接合では、高温ロウ付けに比べ、耐熱性だけでなく、接合面の一様性にすぐれ、接合面で気泡等が発生しにくいという効果がある。
【0021】
(6)本願第6発明は、上記第1乃至第5発明のいずれかにおいて、前記荷電粒子ビームは陽子ビームであり、前記金属ターゲットはベリリウム(9Be)であることを特徴とする。
【0022】
(7)上記目的を達成するために、本願第7発明は、加速器により加速された荷電粒子ビームを金属ターゲットに照射することにより中性子を発生させる加速器中性子源において、前記金属ターゲットは、前記荷電粒子ビームが照射される側の面に前記荷電粒子ビームの進行方向に対して傾斜した傾斜面を有し、内部に冷却水流路を有することを特徴とする。
【0023】
本発明においては、荷電粒子ビームの照射される側の面に荷電粒子ビームの進行方向に対して傾斜した傾斜面を有し、内部に冷却水流路を有する金属ターゲットを用いる。このように、照射側に荷電粒子ビームの進行方向に対して傾斜した傾斜面を有する金属ターゲットを用いることにより、実効的な照射面積を増大することができる。これにより、実効的な熱負荷を低減することができるので、内部に有する冷却水流路により金属ターゲットの熱を良好に除熱することができる。その結果、安定して中性子を発生することができる。
【0024】
(8)本願第8発明は、上記第7発明において、前記金属ターゲットは複数のピースに分割可能であることを特徴とする。
【0025】
(9)上記目的を達成するために、本願第9発明は、荷電粒子を生成する荷電粒子源と、前記荷電粒子源で生成された前記荷電粒子を加速する加速器と、前記加速器で加速された荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送系と、前記ビーム輸送系により輸送された前記荷電粒子ビームを用いて中性子を発生させる、請求項1乃至請求項8のいずれかに記載の加速器中性子源とを備えたことを特徴とする。
【0026】
本発明のホウ素中性子捕捉療法システムにおいては、上記(1)〜(8)において説明したように、安定して中性子を発生することができる加速器中性子源を備える結果、安定した治療を長時間にわたって実施することが可能である。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、金属ターゲットの除熱を良好に行い、安定して中性子を発生することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の加速器中性子源及びこれを用いたホウ素中性子捕捉療法システムの一実施の形態を図面を参照しつつ説明する。
【0029】
図1は、本実施形態のホウ素中性子捕捉療法システムの全体概略構造を表す図である。
【0030】
この図1において、イオン源(荷電粒子源)1で生成された陽子(荷電粒子)は、RFQライナック(加速器)2やドリフトチューブライナック(加速器)3等の線形加速器で順次加速される。これにより、MeV級以上の高エネルギーに加速された陽子ビーム10(後述の図2参照)は、各種磁場コイルからなるビーム調整器4等のビーム輸送系を経て、ターゲットシステム5内の加速器中性子源6(後述の図2参照)に備えられる金属ターゲット(ここではベリリウム(9Be))11(後述の図2参照)に入射し、陽子とベリリウムとの核反応9Be(p,n)9Bにより高速中性子を発生する。発生した高速中性子は、ターゲットシステム5内においてさらにモデレータ(図示せず)により減速され、治療に必要な熱外中性子あるいは熱中性子が生成され、ベッド7上の患者8の患部(例えば頭部脳内腫瘍)に照射される。なお、加速器2,3の周辺、ターゲットシステム5の周辺、及び患者8の周辺等には、それぞれのレベルを考慮した図示しない遮蔽構造が施されている。
【0031】
図2は、上記ターゲットシステム5内に設けた加速器中性子源6の全体構造を表す斜視図である。
【0032】
この図2において、加速器中性子源6は、上記イオン源1で生成されRFQライナック2及びドリフトチューブライナック3等の線形加速器で加速された陽子ビーム10が照射される板状の金属ターゲット11と、複数(本実施形態では5本)の冷却水流路12a〜12eをその内部に有し、金属ターゲット11が一方側の面(この図2では上側の面)13に接合されたヒートシンク(冷却装置)15とを備えている。
【0033】
金属ターゲット11は上記したようにベリリウム(9Be)により構成され、その板厚Dtは、照射される陽子の金属ターゲット11中における飛程と略同等又はそれよりもわずかに大きい程度である。例えば、11MeVの陽子のベリリウム中での飛程は0.94mmであるので、この場合の金属ターゲット11の板厚は1mm〜2mmとすればよい。
【0034】
金属ターゲット11の裏面(照射される面と反対側の面。この図2では下側の面)に接合された上記ヒートシンク15は、熱伝導性にすぐれた金属(例えば銅)により構成され、ブロック形状をしている(なお、他の形状であってもよい)。このヒートシンク15内には、上記したように5本の冷却水流路12a、12b、・・・12eが形成されている。それぞれの冷却水流路12a〜12eには、図示しない強制循環ポンプ、冷却機(チラー)、流量調整バルブ、流量計等からなる冷却系補機により、必要な流量の冷却水が強制循環されている。なお、この冷却水の流れ方向は、図2に示すように並列方向となっている。また、金属ターゲット11とヒートシンク15との接合部14は、高温等方加圧接合又は高温ロウ付け接合により形成されている。
【0035】
ここで、本実施形態の特徴として、冷却装置15の一方側の面13が金属ターゲット11との接合部14の面積よりも大きな面積を有するように構成したことがあげられる。すなわち、次式(1)を満たすように構成されている。
【0036】
Sh=k1・St(k1>1)・・・(1)
なお、Shは冷却装置15の一方側の面13の面積、Stは接合部14の面積、k1は倍率定数である。この倍率定数k1の値は2〜4が好ましい。
【0037】
2つ目の特徴として、ヒートシンク15内の冷却水流路12a、12b、・・・12eの表面積(すなわち伝熱可能面積)のうち、金属ターゲット11(言い換えれば熱源)と対向する側の表面積Sw(以下、有効伝熱面積Swと称する。本実施形態のような構造である場合、通常、伝熱可能面積の40〜60%程度である)が、冷却装置15の一方側の面13の面積Shとほぼ等しいか、又は大きくなるように構成したことがあげられる。すなわち、次式(2)を満たすように構成されている。
【0038】
Sw=k2・Sh(k2=1〜1.2)・・・(2)
なお、k2は倍率定数であるが、有効伝熱面積Swは、図2に示すように冷却水流路12a、12b、・・・12eが円柱状の場合には、冷却水流路12a、12b、・・・12eの表面積(すなわち伝熱可能面積)の約1/2とみなすことができるので、冷却水流路間のギャップを考慮しても1〜1.2程度が期待できる。
【0039】
3つ目の特徴として、金属ターゲット11と冷却装置15内の冷却水流路12a、12b、・・・12eとの最小距離Ltwを、ターゲット板厚Dt程度に設定したことがあげられる。
【0040】
以上のように構成された本実施形態では、次のような効果を得ることができる。以下、その項目ごとに説明する。
【0041】
(i)ターゲットの除熱機能向上効果
すなわち、本実施形態では、上述したように熱源となる金属ターゲット11のビーム照射面積(接合部14の面積Stに等しい)に比べ、ヒートシンク15の一方側の面13の面積Shが十分大きいこと、さらにヒートシンク15内の冷却水流路12a、12b、・・・12eの有効伝熱面積Swがヒートシンク15の一方側の面13の面積Shとほぼ同程度に大きいことから、冷却水流路12a、12b、・・・12eの有効伝熱面積Swを、従来考えられていたものに比べ一桁程度大きくとることができる。その結果、冷却水流路12a、12b、・・・12eの表面(伝熱面)上において離散的に気泡が発生する核沸騰状態が安定的に維持され、熱伝達率を増大することができる。これにより、金属ターゲット11の熱負荷が大きい場合であっても良好に除熱を行うことができ、その結果、安定して中性子を発生することができる。
【0042】
上記した除熱機能の向上効果を以下に具体的に検証する。
冷却水による強制対流冷却における熱入力Pe(kW)と、冷却水の有効伝熱面積Sw(m2)と冷却水界面における温度Tw(K)、冷却水平均温度Tc(K)、冷却水の熱伝達係数α(kW/m2K)との関係は次式(3)で与えられる。
【0043】
Pe=α・Sw・(Tw-Tc)・・・(3)
なお、熱伝達係数αは、流速が十分大きい乱流領域では冷却水の流速v(m/s)の0.8乗に比例する形で増大することが知られている(Dittus−Boelterの式)。
【0044】
図3は上記式に基づく計算結果である。この図3により、例えば直径1cmの冷却水流路において冷却水の流速5m/sではα=27kW/m2Kが得られることがわかる。ここで、Pe=30kWであるとき、冷却水流路12a、12b、・・・12e内の冷却水が膜沸騰(蒸気膜により伝熱面と冷却水が直接触れ合わない沸騰状態)しない温度条件として、おおまかにΔT=Tw−Tc<50Kと考えると、上記式(3)よりSw>220cm2となり、有効伝熱面積Swを220cm2程度にすればよいことがわかる。
【0045】
すなわち、本実施形態によれば、冷却装置15の一方側の面13の面積Shを220cm2≒15cm×15cm程度とし、冷却水流路12a、12b、・・・12eの有効伝熱面積Swを220cm2程度以上とすることによって、前述したように金属ターゲット11の熱負荷が10MW/m2となるような状態であっても良好に除熱を行うことができる。
【0046】
(ii)中性子の発生効率向上効果
金属ターゲット11は、その厚みDtがあまり大きい場合には加速器中性子源6の大型化につながり、また冷却効率も低下するため、できるだけ薄い方が好ましい。しかしながら、例えば、金属ターゲット11の厚みDtが陽子ビームの金属ターゲット11中における飛程よりも薄い場合には、金属ターゲット11に照射された陽子ビームの一部が核反応に用いられずに金属ターゲット11を通過して中性子発生量が減少してしまう。
【0047】
本実施形態においては、前述したように金属ターゲット11の厚みDtを陽子の飛程と略同等又はそれよりもわずかに大きい程度とする。これにより、上記した加速器中性子源6の大型化及び冷却効率の低下を最小限に抑制しつつ、金属ターゲット11に照射された陽子ビームのほぼ全てを核反応に用い、中性子を有効に取り出すことができるという効果を得る。
【0048】
(iii)金属ターゲットの腐食防止、支持強度の確保、及び冷却効率向上効果
一般に、金属ターゲット11と冷却水流路12との距離は小さいほど冷却効率は向上する。しかしながら、その距離をゼロとして金属ターゲット11を直接冷却水で冷却する構造の場合には、冷却水による金属ターゲット11の腐食が懸念される。また、金属ターゲット11を支持するための強度も必要であるため、金属ターゲット11と冷却水流路12との間にはある程度の厚み(距離)が必要となる。
【0049】
本実施形態においては、前述したように冷却水流路12a、12b、・・・12eと金属ターゲット11との最小距離Ltwが金属ターゲット11の厚みDt程度となるように構成する。これにより、上記した支持強度の確保と冷却効率とのバランスを適切にとることができ、冷却水による金属ターゲット11の腐食を防止できると共に金属ターゲット11の支持強度を確保し、その上で冷却効率を良好に維持することが可能である。その結果、金属ターゲット11の表面温度及び裏面温度(すなわち接合部14の温度)を、金属ターゲット11の融点(9Beの融点:1287℃)に比べ十分低く抑えることができる。
【0050】
(iv)接合方式による効果
本実施形態では、上述したように、金属ターゲット11と冷却装置15の一方側の面13とを高温等方加圧接合又は高温ロウ付け接合により接合する。これらの接合方式は、耐熱温度が高い(高温等方加圧接合は耐熱温度約800℃、高温ロウ付け接合は耐熱温度約500℃)ので、高熱負荷に対しても十分対応できる。特に高温等方加圧接合を用いた場合には、高温ロウ付けに比べ、耐熱性だけでなく、接合面の一様性にすぐれ、接合面で気泡等が発生しにくいという効果がある。
【0051】
(v)治療の安定性向上効果
以上(i)〜(iv)において説明したような効果が得られる結果、本実施形態のホウ素中性子捕捉療法システムによれば、安定した所要の中性子を長時間にわたって発生することができ、安定した治療を長時間にわたって実施できる。
【0052】
なお、上記実施形態は、上記以外にも、その趣旨と技術思想の範囲を逸脱しない範囲でさらに種々の変形が可能である。以下、そのような変形例を順次説明する。
【0053】
(1)冷却水の流れを直列とした構造
図4は、本変形例における加速器中性子源6Aの全体構造を表す上面図である。この図4に示すように、上記実施形態ではヒートシンク15内の複数の冷却水流路12a、12b、・・・12e内の冷却水の流れ方向を並列方向としたのに対し、本変形例ではこれらの流れ方向を直列方向にしている。これにより、すべての冷却水流路12a、12b、・・・12eにおける冷却水の流速が同一になり、各流路間で流速がばらつく恐れがある上記実施形態の問題点を改善できるという効果がある。
【0054】
(2)冷却水の流れ方向を部分的に直列方向とした構造
図5は、本変形例における加速器中性子源6Bの各冷却水流路の流れに関する情報のみを示した図である。この図5に示すように、中央の冷却水流路入口C1から流入した冷却水は出口C2でB2及びD2へ分岐し、以後はそれぞれ直列方向に流れる。C2で分岐したあとの流路が流れ方向反転を含む圧力損失の大きい流路になっているので、分岐時の流量バランスは、全流路並列の上記実施形態の場合よりも良好である。また一部並列流路を形成しているので、全流路並列の上記変形例(1)よりも循環ポンプに与える負担は小さくなるという効果がある。
【0055】
(3)金属ターゲットを冷却装置の凹部にはめ込んだ構造
特に図示して詳細に説明はしないが、上記実施形態では冷却装置15の一方側の面13上に金属ターゲット11を載せた形で接合するようにしたが、これに限らず、冷却装置15の一方側の面13に金属ターゲット11に合わせた形状の凹部を形成し、そこに金属ターゲット11をはめ込んだ形で接合してもよい。なおこのとき、金属ターゲット11の上面は冷却装置15の一方側の面13より出っ張る(又は凹む)ようにしてもよいし、一方側の面13と同一平面上となるようにしてもよい。この場合、冷却装置15の一方側の面13の面積Shは、金属ターゲット11の周囲部分の面積に凹部の底の面積を加えた面積となる。本変形例においても、上記実施形態と同様の効果を得る。
【0056】
(4)分割可能な金属ターゲットが内部に冷却水流路を有する構造
図6は、本変形例における加速器中性子源6Cの全体構造を表す側面図である。この図6に示すように、本変形例では、金属ターゲット16は分割可能に構成され、分割された各小ターゲット16a、16b、16c、16dがそれぞれその内部に冷却水流路17a、17b、17c、17dを有している。また、各小ターゲット16a、16b、16c、16dは、底角θのほぼ三角柱の形状であり、それぞれのビーム照射面(傾斜面)18はビーム入射方向に対して所定の角度(傾斜)を有し、実効的な照射面積は対応するビーム断面積よりも大きくなるように設定されている。なお、各小ターゲット16a、16b、16c、16dは、例えばボルト締め等の機械的締付により、ターゲット支持板19に接続されている。
【0057】
以上のように構成された本変形例では、実効的なビーム照射面積を対応するビーム断面積の1/cosθとすることができる。例えばθ=60度のときは、実効的な照射面積はビーム断面積の2倍になる。このように、実効的な熱負荷を低減することができるので、内部に有する冷却水流路17a、17b、17c、17dにより金属ターゲット16の熱を良好に除熱することができる。その結果、安定して中性子を発生することができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明のホウ素中性子捕捉療法システムの一実施の形態の全体概略構造を表す図である。
【図2】本発明の加速器中性子源の一実施の形態の全体構造を表す斜視図である。
【図3】冷却水の熱伝達係数と流速との関係を表す図である。
【図4】冷却水の流れ方向を直列方向とした場合の変形例における加速器中性子源の全体構造を表す上面図である。
【図5】冷却水の流れ方向を部分的に直列方向とした場合の変形例における加速器中性子源の各冷却水流路の流れに関する情報のみを示した図である。
【図6】分割可能な金属ターゲットが内部に冷却水流路を有する変形例における加速器中性子源の全体構造を表す側面図である。
【符号の説明】
【0059】
1 イオン源(荷電粒子源)
2 RFQライナック(加速器)
3 ドリフトチューブライナック(加速器)
4 ビーム調整器(ビーム輸送系)
6 加速器中性子源
6A 加速器中性子源
6B 加速器中性子源
6C 加速器中性子源
11 金属ターゲット
12 冷却水流路
13 一方側の面
14 接合部
15 ヒートシンク(冷却装置)
16 金属ターゲット
17 冷却水流路
18 ビーム照射面(傾斜面)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速器により加速された荷電粒子ビームを用いて中性子を発生させる加速器中性子源において、
前記荷電粒子ビームが照射される板状の金属ターゲットと、
冷却水流路をその内部に有し、前記金属ターゲットが一方側の面に接合され、前記一方側の面が前記金属ターゲットとの接合部の面積よりも大きな面積を有する冷却装置とを備えたことを特徴とする加速器中性子源。
【請求項2】
前記冷却水流路は、その表面積のうち前記金属ターゲットと対向する側の表面積が前記冷却装置の一方側の面の面積と略同等又はそれよりも大きくなるように、前記冷却装置内に設けられていることを特徴とする請求項1記載の加速器中性子源。
【請求項3】
前記冷却水流路は、前記金属ターゲットとの最小距離が前記金属ターゲットの厚み程度となるように、前記冷却装置内に設けられていることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の加速器中性子源。
【請求項4】
前記金属ターゲットは、前記荷電粒子ビームの前記金属ターゲット中における飛程と略同等又はそれよりもわずかに大きい厚みを有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の加速器中性子源。
【請求項5】
前記金属ターゲットと前記冷却装置とは、高温等方加圧接合又は高温ロウ付け接合により接合されていることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の加速器中性子源。
【請求項6】
前記荷電粒子ビームは陽子ビームであり、前記金属ターゲットはベリリウム(9Be)であることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の加速器中性子源。
【請求項7】
加速器により加速された荷電粒子ビームを金属ターゲットに照射することにより中性子を発生させる加速器中性子源において、
前記金属ターゲットは、前記荷電粒子ビームが照射される側の面に前記荷電粒子ビームの進行方向に対して傾斜した傾斜面を有し、内部に冷却水流路を有することを特徴とする加速器中性子源。
【請求項8】
前記金属ターゲットは複数のピースに分割可能であることを特徴とする請求項7に記載の加速器中性子源。
【請求項9】
荷電粒子を生成する荷電粒子源と、
前記荷電粒子源で生成された前記荷電粒子を加速する加速器と、
前記加速器で加速された荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送系と、
前記ビーム輸送系により輸送された前記荷電粒子ビームを用いて中性子を発生させる、請求項1乃至請求項8のいずれかに記載の加速器中性子源とを備えたことを特徴とするホウ素中性子捕捉療法システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−196353(P2006−196353A)
【公開日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−7742(P2005−7742)
【出願日】平成17年1月14日(2005.1.14)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】