説明

加齢黄斑変性の予防又は治療剤

【課題】 2−フェニル−1,2−ベンズイソセレナゾール−3(2H)−オン又はその塩の新たな医薬用途を探索すること。
【解決手段】 2−フェニル−1,2−ベンズイソセレナゾール−3(2H)−オンまたはその塩は、脈絡膜において優れた血管新生阻害作用を発揮する一方、網膜色素上皮細胞の細胞障害保護作用をも併せ持つので、加齢黄斑変性の予防又は治療剤として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2−フェニル−1,2−ベンズイソセレナゾール−3(2H)−オン又はその塩を有効成分とする加齢黄斑変性の予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢黄斑変性(age‐related macular degeneration: AMD)は、現在、先進国における法的失明の主要原因疾患の一つであり、主に50歳以上の高齢者に見られる。加齢黄斑変性は黄斑の加齢に伴う変化によっておこる疾患であり、滲出型と萎縮型に大別される。滲出型加齢黄斑変性は高齢者の黄斑に脈絡膜から新生血管が発生し、網膜色素上皮下又は網膜下に出血や滲出性病変を生じ、ついには瘢痕組織を形成する疾患である。萎縮型加齢黄斑変性は黄斑部の萎縮やドルーゼンの蓄積を伴う疾患である。また、滲出型及び萎縮型加齢黄斑変性に到る前駆病変を、特に早期加齢黄斑変性と呼ぶことがあり、本病変も加齢黄斑変性の一病態と考えられている。
【0003】
加齢黄斑変性(特に滲出型加齢黄斑変性)の基本となる病態は、脈絡膜血管新生であり、その原因としては黄斑の網膜色素上皮細胞、ブルッフ膜、脈絡膜血管の加齢変化を基盤にして発症すると考えられている。しかし、脈絡膜血管新生の発症原因・メカニズムはいまだ解明されていない点が多く、今後の発展が期待される領域である。
【0004】
一方、2−フェニル−1,2−ベンズイソセレナゾール−3(2H)−オン(一般名:エブセレン、以下「エブセレン」という)は抗酸化作用を有し、脳動脈硬化症、慢性脳循環不全症に有用であることが報告されている(非特許文献1、特許文献1)。また、エブセレンがドライアイ、点状表層角膜症などの角結膜障害に有用であることが報告されている(特許文献2)。
【0005】
また、エブセレンの血管新生に対する薬理作用を検討した報告として、非特許文献2ではマウスにおいて、エブセレンが後肢組織における虚血誘発性の血管新生を抑制したことが報告され、非特許文献3ではp22phoxトランスジェニックマウスにおいて、エブセレンが内因性過酸化水素誘発の頚動脈リモデリングと血管新生を抑制したことが報告されている。
【0006】
しかし、これらの報告は後肢血管ないしは頚動脈といった組織に対するエブセレンの作用を示すものである。すなわち、これらの報告(非特許文献2〜3)はエブセレンの眼組織以外での作用を示唆しているに過ぎず、脈絡膜血管新生に対するエブセレンの薬理作用を示唆するものではない。
【0007】
また、非特許文献4では、エブセレンの血管新生に対する薬理作用を報告しているが、当該文献は前述の報告(非特許文献2〜3)とは異なり、エブセレンが微小血管障害の亢進を寛解させ、血管新生能の部分的な回復を示したことを報告している。具体的には、非特許文献4はZDF(糖尿病モデル)ラットを用いて検討しており、このモデルは腎臓の血管機能が阻害され、尿細管周囲の毛細血管が希薄になるが、エブセレンを連続投与することで、腎臓の血管新生能が回復したことが報告されている。すなわち、非特許文献4は、異なるモデル動物で検討しているものの、血管新生に対する薬理作用については前述の報告(非特許文献2〜3)と相反する結果を報告しており、また、脈絡膜血管新生については一切記載も示唆もしていない。
【0008】
以上のように、脈絡膜血管新生は加齢黄斑変性(特に滲出型加齢黄斑変性)の基本的病態として注目されてはいるものの、そのメカニズムはいまだ不明な点が多く、また、エブセレンについて、脈絡膜血管新生に対する薬理作用を検討した報告はなく、特に、加齢黄斑変性に対する予防、改善効果について検討した報告はない。
【0009】
一方、酸化ストレス等によって引き起こされる網膜色素上皮の細胞障害が、加齢黄斑変性の発症や進行原因の一つであることも知られており、早期加齢黄斑変性及び萎縮型加齢黄斑変性においては、その寄与が大きいとされる(非特許文献5)。従って、網膜色素上皮の細胞障害を保護することは、加齢黄斑変性(特に早期加齢黄斑変性及び萎縮型加齢黄斑変性)の予防、治療法の一つとして有効であると考えられるが、エブセレンについて、そのような細胞障害保護作用を検討した報告は存在しない。
【特許文献1】特開2001−261555号公報
【特許文献2】国際公開2006/123676号パンフレット
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100(13), 7919-7924 (2003)
【非特許文献2】Circulation, 111, 2347-2355(2005)
【非特許文献3】Circulation, 109, 520-525(2004)
【非特許文献4】Kidney International, 66, 2337-2347(2004)
【非特許文献5】Progress in Retinal and Eye Research, 19(2), 205-221(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
すなわち、エブセレンに関して、新たな医薬用途を探索することは興味深い課題である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、エブセレンの新たな医薬用途を探索すべく鋭意研究を行ったところ、レーザー誘発ラット脈絡膜血管新生モデルにおいて、エブセレン又はその塩が優れた脈絡膜血管新生阻害作用を有することを見出し、本発明に至った。すなわち、エブセレンは加齢黄斑変性(特に滲出型型加齢黄斑変性)に対して、予防又は改善効果を示す。
【0012】
また、本発明者等は、エブセレンが、過酸化水素及び4―Hydroxynonenal(HNE)によって誘発されるヒト網膜色素上皮細胞株の細胞障害に対し、保護作用を有することを見出した。すなわち、エブセレンは加齢黄斑変性(特に早期加齢黄斑変性及び萎縮型加齢黄斑変性)に対して、予防又は改善効果を示す。一方で、一般的に抗酸化活性を有することが知られるクエルセチン及びエダラボンでは、これらの細胞障害保護作用は認められていないことから、エブセレンがこのような作用を併せ持つことは驚くべき知見である。
【0013】
すなわち、本発明は、エブセレン又はその塩を有効成分として含有する加齢黄斑変性の予防又は治療剤である。特に、本発明は、種々の病態の加齢黄斑変性、すなわち萎縮型及び滲出型加齢黄斑変性並びにその前駆病変(早期加齢黄斑変性)の予防又は治療剤となりうることを特徴とする。
【0014】
エブセレンは、下記の化学構造式[I]で示される縮合複素環化合物である。
【化1】

【0015】
また、エブセレンの塩としては、医薬として許容される塩であれば特に制限はなく、塩酸、硝酸、硫酸等の無機酸との塩、酢酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸等の有機酸との塩などが挙げられる。なお、エブセレンは、溶媒和物の形態をとっていてもよい。
【0016】
本発明において、加齢黄斑変性とは滲出型加齢黄斑変性、萎縮型加齢黄斑変性及びこれらの前駆病変(早期加齢黄斑変性)をいう。前述のとおり、加齢黄斑変性は黄斑の加齢に伴う変化によっておこる疾患であり、滲出型と萎縮型に大別される。滲出型加齢黄斑変性は高齢者の黄斑に脈絡膜から新生血管が発生し、網膜色素上皮下又は網膜下に出血や滲出性病変を生じ、ついには瘢痕組織を形成する疾患である。萎縮型加齢黄斑変性は黄斑部の萎縮やドルーゼンの蓄積を伴う疾患である。
【0017】
エブセレンは、必要に応じて、医薬として許容される添加剤を加え、単独製剤又は配合製剤として汎用されている技術を用いて製剤化することができる。
【0018】
エブセレンは、前述の眼疾患の予防又は治療に使用する場合、患者に対して経口的又は非経口的に投与することができ、投与形態としては、経口投与、眼への局所投与(点眼投与、結膜嚢内投与、硝子体内投与、結膜下投与、テノン嚢下投与等)、静脈内投与、経皮投与等が挙げられ、必要に応じて、製薬学的に許容され得る添加剤と共に、投与に適した剤型に製剤化される。経口投与に適した剤型としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤等が挙げられ、非経口投与に適した剤型としては、例えば、注射剤、点眼剤、眼軟膏、貼布剤、ゲル、挿入剤等が挙げられる。これらは当該分野で汎用されている通常の技術を用いて調製することができる。また、本化合物はこれらの製剤の他に眼内インプラント用製剤やマイクロスフェアー等のDDS(ドラッグデリバリーシステム)化された製剤にすることもできる。
【0019】
例えば、錠剤は、乳糖、ブドウ糖、D−マンニトール、無水リン酸水素カルシウム、デンプン、ショ糖等の賦形剤;カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、クロスポピドン、デンプン、部分アルファー化デンプン、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース等の崩壊剤;ヒドロキシプロピルセルロース、エチルセルロース、アラビアゴム、デンプン、部分アルファー化デンプン、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等の結合剤;ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、含水二酸化ケイ素、硬化油等の滑沢剤;精製白糖、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、ポリビニルピロリドン等のコーティング剤;クエン酸、アスパルテーム、アスコルビン酸、メントール等の矯味剤などを適宜選択して用い、調製することができる。
【0020】
注射剤は、塩化ナトリウム等の等張化剤;リン酸ナトリウム等の緩衝化剤;ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート等の界面活性剤;メチルセルロース等の増粘剤等から必要に応じて選択して用い、調製することができる。
【0021】
点眼剤は、塩化ナトリウム、濃グリセリンなどの等張化剤;リン酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどの緩衝化剤;ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート、ステアリン酸ポリオキシル40、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等の界面活性剤;クエン酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム等の安定化剤;塩化ベンザルコニウム、パラベン等の防腐剤等から必要に応じて選択して用い、調製することができ、pHは眼科製剤に許容される範囲内にあればよいが、通常4〜8の範囲内が好ましい。また、眼軟膏は、白色ワセリン、流動パラフィン等の汎用される基剤を用い、調製することができる。
【0022】
挿入剤は、生体分解性ポリマー、例えばヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシビニルポリマー、ポリアクリル酸等の生体分解性ポリマーを本化合物とともに粉砕混合し、この粉末を圧縮成型することにより、調製することができ、必要に応じて、賦形剤、結合剤、安定化剤、pH調整剤を用いることができる。眼内インプラント用製剤は、生体分解性ポリマー、例えばポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸・グリコール酸共重合体、ヒドロキシプロピルセルロース等の生体分解性ポリマーを用い、調製することができる。
【0023】
エブセレンの投与量は、剤型、投与すべき患者の症状の軽重、年令、体重、医師の判断等に応じて適宜変えることができるが、経口投与の場合、一般には、成人に対し1日あたり0.01〜5000mg、好ましくは0.1〜2500mg、より好ましくは0.5〜1000mgを1回又は数回に分けて投与することができ、注射剤の場合、一般には、成人に対し0.0001〜2000mgを1回又は数回に分けて投与することができる。また、点眼剤又は挿入剤の場合には、0.000001〜10%(w/v)、好ましくは0.00001〜1%(w/v)、より好ましくは0.0001〜0.1%(w/v)の有効成分濃度のものを1日1回又は数回投与することができる。さらに、貼布剤の場合は、成人に対し0.0001〜2000mgを含有する貼布剤を貼布することができ、眼内インプラント用製剤の場合は、成人に対し0.0001〜2000mg含有する眼内インプラント用製剤を眼内にインプラントすることができる。
【発明の効果】
【0024】
後述するように、下記の薬理試験を実施したところ、エブセレンは、レーザー誘発ラット脈絡膜血管新生モデルにおいて、優れた脈絡膜血管新生阻害作用を有することが示された。また、エブセレンは、ヒト網膜色素上皮細胞株の過酸化水素誘発細胞障害及びHNE誘発細胞障害に対する保護作用をも併せ持つことが示された。すなわち、エブセレンは種々の病態の加齢黄斑変性の予防又は治療剤として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に、薬理試験及び製剤例の結果を示すが、これらの例は本発明をよりよく理解するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0026】
[薬理試験1]
レーザー誘発ラット脈絡膜血管新生モデルを用いて、エブセレンの有用性を評価した。
【0027】
(クリプトンレーザー誘発ラット脈絡膜血管新生モデルの作製方法)
ラットに5%(W/V)塩酸ケタミン注射液および2%塩酸キシラジン注射液の混合液(7:1)1ml/kgを筋肉内投与して全身麻酔し、0.5%(W/V)トロピカミド−0.5%塩酸フェニレフリン点眼液を点眼して散瞳させた後、クリプトンレーザー光凝固装置により光凝固を行った。光凝固は、眼底後局部において、太い網膜血管を避け、焦点を網膜深層に合わせて1眼につき8ヶ所散在状に実施した(凝固条件:スポットサイズ100μm、出力100Wm、凝固時間0.1秒)。光凝固後、眼底撮影を行い、レーザー照射部位を確認した。
【0028】
(薬物投与方法)
エブセレンを1%(W/V)メチルセルロース液(メチルセルロースを精製水に溶解させて調製)に1mg/ml又は3mg/mlになるように懸濁させ、それぞれ1回あたり5mg/kg又は15mg/kgの用量で、光凝固手術日の5日前より、手術日を含め12日間1日2回経口投与した(1日あたり10mg/kg又は30mg/kg)。
【0029】
(評価方法)
光凝固後7日目、ラットに5%(W/V)塩酸ケタミン注射液および2%塩酸キシラジン注射液の混合液(7:1)1ml/kgを筋肉内投与して全身麻酔し、0.5%(W/V)トロピカミド−0.5%塩酸フェニレフリン点眼液を点眼して散瞳させた後、10%フルオレセイン溶液0.1mlを尾静脈から注入して、蛍光眼底造影を行った。蛍光眼底造影で、蛍光露出が認められなかったスポットを陰性(血管新生なし)、蛍光露出が認められたスポットを陽性と判断した。また、若干の蛍光露出が認められる光凝固部位は、それが2箇所存在した時に陽性(血管新生あり)と判定した。その後、式1に従い、レーザー照射8ヶ所のスポットに対する陽性スポット数から脈絡膜血管新生発生率(%)を算出し、式2に従い、評価薬物の抑制率(%)を算出した。エブセレンの評価結果を表1に示す。なお各投与群の例数は8である。
【0030】
[式1]
脈絡膜血管新生発生率(%)=(陽性スポット数/全光凝固部位数)×100
[式2]
抑制率(%)=(A0−AX)/A0×100
A0:基剤投与群の脈絡膜血管新生発生率
AX:薬物投与群の脈絡膜血管新生発生率
【表1】

【0031】
(考察)
表1から明らかなように、エブセレンが、レーザー誘発ラット脈絡膜血管新生モデルにおいて脈絡膜血管新生を阻害することが示された。すなわち、エブセレンは、脈絡膜において優れた血管新生阻害作用を有し、加齢黄斑変性(特に滲出型加齢黄斑変性)に対して顕著な予防又は改善効果を有することが示された。
【0032】
[薬理試験2]
酸化ストレスは網膜色素上皮の機能障害を引き起こし、加齢黄斑変性の発症や進行原因の1つであると考えられている(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2006;103:11282―11287)。そこで、ヒト網膜色素上皮細胞株であるARPE−19細胞を用いて、過酸化水素誘発の細胞障害に対するエブセレンの保護効果を評価した。加えて、一般的に抗酸化活性を有することが知られている化合物であるクエルセチン及びエダラボンの効果も同時に評価し、これらを比較検討した。
【0033】
(実験方法)
ARPE−19を5×10個/ウェルで96ウェルプレートに播種し、37℃、5%CO/95%空気の条件下で24時間培養した。ARPE−19の培養液は、10%ウシ胎児血清、2mMのL−グルタミン及び100U/mLのペニシリンと100μg/mLのストレプトマイシンを含有するDMEM/F12を用いた。次に培養液を除去し、エブセレン、クエルセチン若しくはエダラボンを含有する培養液又は基剤培養液に交換した。なお、各化合物はDMSOに溶解し、培養液で1000倍希釈することにより6.25μM及び12.5μMの各化合物を含有する培養液を調製した。化合物を含有しないDMSOを培養液で1000倍希釈し、基剤培養液とした。37℃、5%CO/95%空気の条件下で24時間培養した後に培養液を除去し、過酸化水素(250μM)を含有する培養液に交換した。さらに、前記条件下で24時間培養した後に細胞の生存率を測定した。測定にはCell Counting Kit−8(同仁化学)を用いた。
【0034】
(評価方法)
無処置の細胞の細胞生存率の平均値を100%として、各化合物処置群の細胞生存率の平均±標準誤差(%)を表した。なお各群の例数は4である。
【0035】
(結果)
過酸化水素誘発細胞障害に対する各化合物の保護効果を表2に示す。ARPE−19細胞の細胞生存率は過酸化水素処置にて未処置時の7.2%にまで低下した。表2から明らかなように、エブセレンは濃度依存的にこの過酸化水素誘発の細胞障害を強力に保護し、特に12.5μMでは細胞生存率を82.6%にまで上昇させた。一方で、クエルセチン及びエダラボンにはいずれの濃度でも細胞保護効果は認められなかった。
【表2】

【0036】
(考察)
以上の結果から、エブセレンが、過酸化水素誘発の網膜色素上皮細胞障害に対して強力な保護効果を示すことが明らかとなった。一方で、他の抗酸化活性を有する化合物が該効果を示さないことを鑑みれば、エブセレンがこのような細胞障害保護効果を併せ持つことは驚くべき知見である。すなわち、エブセレンは加齢黄斑変性(特に早期加齢黄斑変性及び萎縮型加齢黄斑変性)などに対して、予防又は改善効果を有することが示された。
【0037】
[薬理試験3]
活性酸素は膜の脂質過酸化を促進し、その結果、HNEが生成されることが知られている(Exp. Eye. Res., 2006;83:165―175)。HNEはタンパク質のシステイン、リジン及びヒスチジン側鎖と共有結合を形成してタンパク質の正常な機能を阻害するために、高い細胞障害活性を有している(Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2007;48:3469―3479)。加齢黄斑変性の誘発残渣物と考えられている網膜下ドルーゼン中にもHNE修飾タンパク質が存在することが報告されており、網膜色素上皮細胞障害、ひいてはそれに起因する疾患の発症や進行原因の一つであると考えられている(Mol. Vis., 2005;11:1122―1134、Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2003;44:3663―3368、FEBS Lett., 2002;528:217―221)。そこで、ヒト網膜色素上皮細胞株であるARPE−19細胞を用いて、HNE誘発の細胞障害に対するエブセレンの保護効果を評価した。加えて、一般的に抗酸化活性を有することが知られている化合物であるクエルセチン及びエダラボンの効果も同時に評価し、比較検討した。
【0038】
(実験方法)
ARPE−19を5×10個/ウェルで96ウェルプレートに播種し、37℃、5%CO/95%空気の条件下で24時間培養した。ARPE−19の培養液は、10%ウシ胎児血清、2mMのL−グルタミン及び100U/mLのペニシリンと100μg/mLのストレプトマイシンを含有するDMEM/F12を用いた。次に培養液を除去し、エブセレン、クエルセチン若しくはエダラボンを含有する培養液又は基剤培養液に交換した。なお、各化合物はDMSOに溶解し、培養液で1000倍希釈することにより12.5μMの各化合物を含有する培養液を調製した。化合物を含有しないDMSOを培養液で1000倍希釈し、基剤培養液とした。37℃、5%CO/95%空気の条件下で24時間培養した後に培養液を除去し、HNE(100μM)を含有する培養液に交換した。さらに、前記条件下で24時間培養した後に細胞の生存率を測定した。測定にはCell Counting Kit−8(同仁化学)を用いた。
【0039】
(評価方法)
無処置の細胞の細胞生存率の平均値を100%として、各化合物処置群の細胞生存率の平均±標準誤差(%)を表した。なお各群の例数は4である。
【0040】
(結果)
HNE誘発細胞障害に対する各化合物の細胞保護効果を表3に示す。ARPE−19細胞の細胞生存率はHNE処置にて未処置時の21.9%にまで低下した。表3から明らかなように、エブセレンはこのHNE誘発の細胞障害を強力に保護し、細胞生存率を92.9%にまで上昇させた。一方で、クエルセチンおよびエダラボンには細胞保護効果は認められなかった。
【表3】

【0041】
(考察)
以上の結果から、エブセレンは、HNE誘発の網膜色素上皮細胞障害に対して強力な保護効果を示すことが明らかとなった。一方で、他の抗酸化活性を有する化合物が該効果を示さないことを鑑みれば、エブセレンがこのような細胞障害保護効果を併せ持つことは驚くべき知見である。すなわち、エブセレンは加齢黄斑変性(特に早期加齢黄斑変性及び萎縮型加齢黄斑変性)などに対して、予防又は改善効果を有することが示された。
【0042】
[薬理試験4]
光障害モデルは光照射により、主に視細胞及び網膜色素上皮細胞層に障害を誘発させたモデル動物であり、主に網膜変性(例えば、加齢黄斑変性、特に萎縮型加齢黄斑変性や、網膜色素変性症)のモデル動物として汎用されている(Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2005; 46: 979−987)。
【0043】
(ラット光障害モデルの作製方法)
ラットに0.5%(W/V)トロピカミド−0.5%塩酸フェニレフリン点眼液を点眼して散瞳させた後、光障害装置により光照射(例えば、照度2000Lux、照射時間48時間)を行うことで、光障害を誘発させる。
【0044】
(評価方法)
エブセレンを適当な基剤に溶解させ、光照射前にラットに投与する。光照射終了後、4時間の暗順応を暗室にて施す。ラットに5%(W/V)塩酸ケタミン注射液、2%塩酸キシラジン注射液の混合液(7:1)1ml/kgを筋肉内投与して全身麻酔し、0.5%(W/V)トロピカミド−0.5%塩酸フェニレフリン点眼液を点眼して散瞳させた後、Electroretinogram(ERG;網膜電位図)を測定し、得られた波形からa波およびb波の振幅を算出する。光照射が引き起こすa波及びb波の振幅減少(視細胞障害)に対する、エブセレンの抑制率(%)を算出することで、加齢黄斑変性(特に萎縮型加齢黄斑変性)に対するエブセレンの予防又は改善効果を評価することができる。また、ERG測定後の眼球を用いて、病理学的に外顆粒層の核数を計測する。光照射による外顆粒層の核数減少に対するエブセレンの抑制率(%)を算出することでも同様に、加齢黄斑変性(特に萎縮型加齢黄斑変性)に対するエブセレンの予防又は改善効果を評価することができる。
【0045】
[製剤例]
製剤例を挙げて本発明の薬剤をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの製剤例にのみ限定されるものではない。
【0046】
処方例1 点眼剤
100ml中
エブセレン 10mg
塩化ナトリウム 900mg
ポリソルベート80 適量
リン酸水素二ナトリウム 適量
リン酸二水素ナトリウム 適量
滅菌精製水 適量
滅菌精製水にエブセレン及びそれ以外の上記成分を加え、これらを十分に混合して点眼液を調製する。エブセレンの添加量を変えることにより、濃度が0.05%(w/v)、0.1%(w/v)、0.5%(w/v)、1%(w/v)の点眼剤を調製できる。
【0047】
処方例2 眼軟膏
100g中
エブセレン 0.3g
流動パラフィン 10.0g
白色ワセリン 適量
均一に溶融した白色ワセリン及び流動パラフィンに、エブセレンを加え、これらを十分に混合して後に徐々に冷却することで眼軟膏を調製する。エブセレンの添加量を変えることにより、濃度が0.05%(w/w)、0.1%(w/w)、0.5%(w/w)、1%(w/w)、3%(w/w)の眼軟膏を調製できる。
【0048】
処方例3 錠剤
100mg中
エブセレン 1mg
乳糖 66.4mg
トウモロコシデンプン 20mg
カルボキシメチルセルロースカルシウム 6mg
ヒドロキシプロピルセルロース 6mg
ステアリン酸マグネシウム 0.6mg
エブセレン、乳糖を混合機中で混合し、その混合物にカルボキシメチルセルロースカルシウム及びヒドロキシプロピルセルロースを加えて造粒し、得られた顆粒を乾燥後整粒し、その整粒顆粒にステアリン酸マグネシウムを加えて混合し、打錠機で打錠する。また、エブセレンの添加量を変えることにより、100mg中の含有量が0.1mg、10mg、50mgの錠剤を調製できる。
【0049】
処方例4 注射剤
10ml中
エブセレン 10mg
塩化ナトリウム 90mg
ポリソルベート80 適量
滅菌精製水 適量
エブセレン及び塩化ナトリウムを滅菌精製水に溶解して注射剤を調製する。エブセレンの添加量を変えることにより、10ml中の含有量が0.1mg、10mg、50mgの注射剤を調製できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2−フェニル−1,2−ベンズイソセレナゾール−3(2H)−オン又はその塩を有効成分として含有する加齢黄斑変性の予防又は治療剤。
【請求項2】
投与形態が点眼投与、硝子体内投与、結膜下投与、結膜嚢内投与、テノン嚢下投与又は経口投与である請求項1記載の予防又は治療剤。
【請求項3】
剤型が点眼剤、眼軟膏、挿入剤、貼布剤、注射剤、錠剤、細粒剤又はカプセル剤である請求項1記載の予防又は治療剤。

【公開番号】特開2009−7337(P2009−7337A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−134900(P2008−134900)
【出願日】平成20年5月23日(2008.5.23)
【出願人】(000177634)参天製薬株式会社 (177)
【Fターム(参考)】