化合物の品質劣化予測方法
【課題】 化合物の品質劣化予測を、非線形解析法(薄板スプライン法)を用いて精度良く行う。
【解決手段】 実験値データファイル32に記憶されたデータを読込(S02)。薄板スプライン補間処理を行い、応答曲面モデルを生成(S04)。予測値を得るために必要な条件データを入力(S06)。条件データを、スプライン補間(薄板スプライン法)によって生成した各応答曲面モデルの式にX1〜X5の値だけを与え、予測値Y1’、Y2’を得る(S08)。
【解決手段】 実験値データファイル32に記憶されたデータを読込(S02)。薄板スプライン補間処理を行い、応答曲面モデルを生成(S04)。予測値を得るために必要な条件データを入力(S06)。条件データを、スプライン補間(薄板スプライン法)によって生成した各応答曲面モデルの式にX1〜X5の値だけを与え、予測値Y1’、Y2’を得る(S08)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、化合物(特に、酸化反応及び加水分解反応により劣化を起こす脂肪酸エステル化合物類)の品質劣化を予測するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
食品、医薬品などに含まれる化合物は、経時的に品質劣化を起こすことが一般に知られている。しかし、品質劣化は化合物ごとに異なる種々の要因によって生じるため、将来における品質劣化の予測は容易ではなかった。
このため、油脂系化合物の経時的な品質劣化を予測するためには、保存温度や経過時間などを所定条件とした下で、製造した検体について品質劣化を示す特定の指標を実際に測定する必要があった。なお、対象物の品質劣化を予測する方法は従来から存在する(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−132425号公報
【特許文献2】特開2005−17132号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、これら従来の劣化予測方法(特許文献1、2)は、品質劣化の要因である1つの指標に基づいて近似式を生成して経時的に劣化を判断するものに過ぎず、多要因によって劣化を生じる対象物には適用できなかった。また、多要因に基づく予測が可能なニューラルネットワーク法を用いた場合でも、油脂系化合物の品質劣化予測では良好な実験結果は得られなかった。
【0005】
この発明は、多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を測定した実測値データを薄板スプライン補間処理することにより応答曲面モデルを生成し、これに基づいて将来における化合物の品質劣化を精度良く予測することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)この発明の品質劣化予測方法は、
化合物の品質劣化を予測するための品質劣化予測方法であって、
予測対象である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積工程、
前記実験値蓄積工程により得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定条件で保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出する出力指標算出工程、
を備えたこと、を特徴とする。
【0007】
これにより、多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こす化合物について、将来の劣化予測を正確に行うことができる。また、多くのサンプルデータが得られないような場合でも、将来の劣化予測を行うことができる。
【0008】
(2)この発明の品質劣化予測方法は、
劣化予測の対象となる前記化合物が、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸のエチルエステル化合物、またはヨード化されたこれらの化合物類およびその混合物であること、を特徴とする。
【0009】
これにより、多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こすエチルエステル化合物について、将来の劣化予測を正確に行うことができる。
【0010】
(3)この発明の品質劣化予測方法は、
劣化予測の対象となる前記化合物が、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルであること、を特徴とする。
【0011】
これにより、多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こすヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルについて、将来の劣化予測を正確に行うことができる。
【0012】
(4)この発明の品質劣化予測方法は、
前記特定指標として、酸価、水分を含む、ことを特徴とする。
【0013】
これにより、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルのような多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こす化合物についても、将来の劣化予測を正確に行うことができる。
【0014】
(5)この発明の品質劣化予測方法は、
前記特定指標として、酸素濃度を含み、
当該酸素濃度の値が所定範囲内に含まれる実験値データのみを用いて非線形解析を行う、ことを特徴とする。
【0015】
これにより、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルのような多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こす化合物についても、将来の劣化予測をより正確に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】品質劣化のメカニズムを示す図である。
【図2】品質劣化予測装置のハードウェア構成を示す図である。
【図3】CSVファイルに記憶されたデータの具体例を示す図である。
【図4】品質劣化予測プログラムが行う処理のフローチャートである。
【図5】酸価および水分量の予測値、予測値を算出するために入力する条件データなどを示す図である。
【図6】酸価および水分量の予測値と実験値とを比較したグラフである。
【図7】クロスバリデーションによるモデル評価によって得られたデータの具体例を示す図である。
【図8】model0(全データ)により得られた予測値と、検体を実際に測定して得られた実験値との相関を示すグラフである。
【図9】model1(25℃のデータのみ抽出)により得られた予測値と、検体を実際に測定して得られた実験値との相関を示すグラフである。
【図10】model2(酸素濃度0.4%以下のデータのみ抽出)により得られた予測値と、検体を実際に測定して得られた実験値との相関を示すグラフである。
【図11】model3(保存期間365日までのデータのみ抽出)により得られた予測値と、検体を実際に測定して得られた実験値との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[エステル化合物の品質劣化メカニズム]
まず、油脂系化合物の品質劣化予測の困難性について、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル(商品名:リピオドールウルトラフルイド(商標)、購入元はフランスのゲルベ(Guerbet)(商標)社)を例に、図1を用いて説明する。
【0018】
なお、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの経時的な品質劣化を判断する指標としては、酸価、水分、ヨウ素が挙げられるが、特に、酸価は品質劣化の基準が法律(医薬品や食品に関する)などで定められており重要である。また、水分についても、後述するように、酸価の生成プロセスに密接に関係しており、また、それ自体が造影剤の粘性を特徴付ける指標でもあるため品質劣化の指標として重要であると考えられる。
【0019】
図1は、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの品質劣化のメカニズムを示す図である。
【0020】
ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルには、製造時の不純物として、元々酸素M1や水分M2(図1に斜線で示す)が少量含まれている。
【0021】
この酸素M1が、図1に示すように、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルM3と反応することでまず酸化物M4が生成される(図1に示す一次酸化P1)。一次酸化P1により生成された酸化物M4が、さらに酸化して過酸化物M5と水M6が生成される(図1に示す二次酸化P2)。また、二次酸化P2により生成された水M6が、さらにヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルM3と反応することによりカルボン酸(遊離脂肪酸)M7が生成される(図1に示す加水分解P3)。元々含まれる水M2によっても、同様に、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルM3と反応することでカルボン酸(遊離脂肪酸)M8が生成される(図1に示す加水分解P4)。
【0022】
このようにカルボン酸(遊離脂肪酸)M7,M8が経時的に生成されることで、酸価が増加する。酸価とは、エステル(例えば、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル)に水が加わって加水分解することで生成されるカルボン酸(遊離脂肪酸)の量であり、カルボン酸が生成されると異臭を生じ、成分が分解される等の問題が生じる。つまり、カルボン酸の量が多くなると酸価の値が大きくなり品質劣化が進行していることになる。
【0023】
また、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルに含まれる水分が増え、物性が変化(粘度が変わる等)してしまうことで、医薬品として投薬した場合に所望の効果が得られないことが有る。具体的には、リピオドールがX線の造影剤(酸価などで所定の基準が定められている)として他の薬と併せて用いられる場合に、懸濁液の物性が変わることで、例えばターゲットとしている局所に滞留させることができないという問題が生じる。
【0024】
以上のように、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの品質劣化は、多要因による複雑なメカニズムによって生じており、酸価、水分(水分量)、酸素濃度(酸素量)などの要素は、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの劣化を判断する上で重要な指標となることが分かる。
【0025】
[品質劣化予測装置のハードウェア構成]
図2は、この発明の品質劣化予測方法を実行する品質劣化予測装置100のハードウェア構成を示す図である。図2に示すように、品質劣化予測装置100は、CPU10、RAM12、ディスプレイ14、ハードディスク16、キーボード/マウス18、記録媒体リーダー20などを備える。
【0026】
図1に示すように、ハードディスク16には品質劣化予測プログラム(品質劣化データ算出プログラム)30および実験値データファイル32が記憶されている。なお、品質劣化予測プログラム30のハードディスク16へのインストールは、CD−ROMなどの記録媒体から記録媒体リーダー20を介してデータを読み込ませて行われる。
【0027】
品質劣化予測プログラム30としては、少なくとも薄板スプライン法に基づく補間処理を与えられた実験データについて、応答曲面モデルを生成することが可能な市販のデータ解析用ソフトウェア(例えば、株式会社山武が販売するdataNESIA/visualNESIA(商標))を用いることができる。
【0028】
実験値データファイル32は、化合物について実際に測定した酸価(初期値)、保存時間などの実験値データを記憶したものである。図3に、実験値データファイル32に記憶されるデータの例を示す。なお、実験値蓄積工程(処理、手段)とは、測定して得た上記実験値データを実験値データファイル32に記憶する工程(処理、手段)をいう。
【0029】
図3に示すように、実験値データファイル32には、各試料について実際に測定した、保存開始時の水分X1(mg/mL)、保存開始時の酸価X2(KOHmg/g)、保存開始時の酸素濃度X3(%)の値と、保存条件である保存温度X4(℃)、保存期間X5(日)の値(入力パラメータ)が記憶されており、さらにこれらの条件(保存温度X4(℃)、保存期間X5(日))で保存した後で実際に測定した水分Y1(mg/mL)および酸価Y2(KOHmg/g)の値(出力パラメータ)が記憶されている。このように、実験値データファイル32に記憶されるデータには、特定の入力指標(入力パラメータ)として少なくとも時間(経過期間)が含まれている。なお、特定指標とは、応答曲面モデルを生成するために必要な特定の指標であり、例えば、上記X1〜X5の入力パラメータおよびY1、Y2の出力パラメータが相当する。
【0030】
なお、図3に示すデータ取得のために測定を行ったヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルは、天然のケシ油成分(パルミチン酸9%、ステアリン酸2%、オレイン酸19%、リノール酸68%、リノレン酸1%の混合物)のエチルエステル混合物につき、ヨード化(ヨウ素付加)した化合物である。
【0031】
図3に示す酸価X2(カルボン酸の量)のデータを得るための測定は、ビュレットまたは市販の酸価測定装置を用いて、例えば、中和滴定法により行うことができる。水分X1のデータを得るための測定は、市販の水分測定装置を用いて、例えば、カールフィッシャー法により行うことができる。酸素濃度X3(酸素量)のデータを得るための測定は、市販の酸素濃度装置(例えば、ニードル式酸素濃度計)またはガスクロマトグラフィーを用いて行うことができる。
【0032】
[品質劣化予測プログラム30が行う処理]
図4を用いて、品質劣化予測プログラム30が行う処理について説明する。
【0033】
まず、ユーザーが、キーボード/マウス18を介して、ディスプレイ14上に表示された品質劣化予測プログラム30を起動し、実験値データファイル32のロード処理を実行するよう操作する。これにより、CPU10は、実験値データファイル32に記憶されたデータを読み込む(ステップS02)。
【0034】
例えば、各試薬について測定された図3に示すX1〜X5およびY1、Y2の値が全て読み込まれる。なお、実験値データファイル32は、予めキーボード/マウス18を介してデータを入力し、CSV形式などに保存して生成しておく。
【0035】
さらに、品質劣化予測プログラム30は、ステップS02で読み込まれたデータに基づいて薄板スプライン補間処理を行い、Y軸に設定された変数(応答)Y1、Y2のそれぞれについて自動的に応答曲面モデルを生成する(ステップS04)。つまり、図3に示す入力パラメータX1〜X5と出力パラメータY1について水分に関する1つの応答曲面モデルが生成され、図3に示す入力パラメータX1〜X5と出力パラメータY2について酸価に関する1つの応答曲面モデルが生成される。
【0036】
薄板スプライン補間処理について、以下に説明する。なお、重調和スプライン補間は入力変数が増えて多入力になると、曲面モデル同定演算が発散するという欠点があるが、薄板スプライン(Thin Plate Spline:TPS)補間を適用した場合には誤差を含む実験データであっても自然な補間が出来るため、これを回避することができる。
【0037】
スプラインによる曲面生成の問題は、梁又は板のような弾性体の変形問題に置き換えることができる。すなわち、収集された実験データ(サンプル点)を弾性体のある部位に与えられた変位とみなせば、最も滑らかなスプライン曲面を求めることはある弾性体にいくつかの変位が与えられた場合に発生する下記式(1)に示す内部歪エネルギーEを最小化する問題とみなすことができる。
【0038】
【数1】
上記式(1)を解く方法のうち、多変数データ、ランダムデータへの適用が容易なものとしてグリーン関数を用いた解法があり、これにて導かれたものが下記式(2)に示す重調和スプラインである。
【0039】
【数2】
ここで、nは与えられたデータ点数、diは、与えられたデータiのX座標と任意のX座標とのユークリッド距離、g(di)は、diを変数とするグリーン関数であり、関数定義は、入力変数Xの次元数により異なる。例えば、2次元X=(x1,x2)の場合、上記式(2)におけるグリーン関数は、下記式(3)となる。また、αiは、係数であり、与えられたデータから線形マトリクス演算で計算することができる。
【0040】
【数3】
また、スムージング機能を有する薄板スプラインの場合は、最も滑らかなスプライン曲面を求めることは、下記式(4)のエネルギーE’式を最小化する問題とみなすことができる。
【0041】
【数4】
上記式(4)から薄板スプライン法による下記式(5)が導かれる。ここで、λはスムージングパラメータ、cjは係数、pは入力変数の次元数を示す。なお、c0は薄板スプライン補間における薄板部分を表す線形多項式の定数項である。
【0042】
【数5】
つまり、入力変数がX1〜X5で5次元の場合、p=5とし、上記式(5)の係数cj、定数項c0などの値をコンピュータ演算により算出すれば、応答Y1、Y2それぞれについて応答曲面モデルが得られる。なお、スムージングパラメータλの値は、滑らかな曲面モデルが生成できるように調節される。
【0043】
つぎに、ユーザーは、キーボード/マウス18を介して予測値を得るために必要な条件データを入力する。これにより、CPU10は条件データを読み込む(ステップS06)。例えば、図5に示すような予測値を算出したい条件(X1〜X5の値)だけを入力したデータ(条件データ)をCSV形式のファイルとして作成しておき、これを読み込むことでデータを入力することができる。
【0044】
さらに、CPU10は、読み込んだ条件データを、スプライン補間(薄板スプライン法)によって生成した各応答曲面モデルの式に条件データ(X1〜X5の値だけ)を与える。これにより、各出力指標の予測値Y1’、Y2’が得られる(ステップS08)。なお、品質劣化出力指標とは、化合物の品質劣化を表す出力指標のことであり、品質劣化出力指標の値とは、例えば、上記X1〜X5の条件データを各応答曲面モデルの式に与えることにより得られる上記水分の予測値Y1’や酸価の予測値Y2’が相当する。
【0045】
ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの複数のロット(ロット1、2、3)について劣化予測を行った結果を、図5に示す。なお、図5Aは、全データ(図3に示す実験値データファイル32に記憶された全てのデータ)を用いて生成した応答曲面モデル(model0)を用いて劣化予測を行ったときの結果を示す図である。なお、ロット1、2、3の酸素濃度X3[0.4]、保存温度[25]、保存期間[365]は全て同じであるが、水分X1および酸価X2のパラメータがそれぞれ異なっている。
【0046】
図5Aに示すように、ロット1については条件データX1[0.52], X[0.4], X3[0.4], X4[25], X5[365]の値を応答曲面モデルに入力することで、図5に示す予測値Y1'[0.47], Y2'[0.52]が得られた。ロット1についての予測値Y1'[0.47], Y2'[0.52]は、実験値Y1[0.49], Y2[0.54]と比較して差が0.2しかないため比較的良好な結果と考えられる。
【0047】
その他、温度(図3のX4)が25℃のデータのみ全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model1)、保存期間(図3のX5)が365日までのデータのみ全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model2)、保存開始時の酸素濃度(図3のX3)が0.4%以下のデータのみ全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model3)についても同様の実験を行った。図5B、C、Dにそれらの実験結果を示す。
【0048】
なお、図5A〜Dでは、保存期間12ヶ月での予測結果を示しているが、保存期間だけを変更した予測値が得たい場合、保存期間X5だけを所望の値に置き換えればよい。例えば、36ヶ月後の劣化予測を行いたい場合には、図5に示す条件データのうちX5の値「365」だけを「1095」に置き換えればよい。
【0049】
図6は、図5A〜Dに示す酸価及び水分量の予測値と実験値の相関を示すグラフである。図6に示すように、何れのモデル(model0-3)についても予測値、実験値についてプロットした点が正解を示す線に沿っており、比較的良好な劣化予測が行えたことが分かる。
【0050】
[クロスバリデーションによる評価]
つぎに、クロスバリデーションにより各モデルの評価を行った結果を、以下に図7〜図11を用いて説明する。
【0051】
クロスバリデーションとは、モデルの汎化性を調べるための方法の1つであり、n個のサンプル試料から1個のサンプル試料を除いたn-1個のセットを用いて,応答曲面モデルの生成を行い,除いた1個のサンプル試料を用いて得られた予測値によりモデルの評価を行うことである。
【0052】
例えば、図3の実験値データファイル32に記憶されたデータのうち、試料No.1のデータ以外のデータ(サンプル試料の総数n=125より、No.2〜No125までの124個)を用いて応答曲面モデルをまず生成し、これに試料No.1の条件データX1[0.87], X[0.42], X3[0], X4[40], X5[30]を入力することで、図7に示す予測値Y1'[0.80], Y2'[0.53]が得られる。No.2〜No125の試料についても順に同様の処理を行っていくことで、図7に示すようにすべての各試料について予測値Y1', Y2'が得られる。なお、図7に示すLOOは「Leave-One-Out」の略語である。
【0053】
図8〜図11は、図5A〜Dに示す各モデル(model0-3)についてクロスバリデーションを行った結果、各試料について得られた予測値と実験値の相関性を示すグラフである。
【0054】
全データを用いて応答曲面モデルを生成した場合(model0)、図8に示すような結果となった。クロスバリデーションにより得られる決定係数R2は、水分については0.9149であり、酸価については0.6557である。これより、水分の予測精度が良いことが分かった。
【0055】
温度(図3のX4)が25℃のデータのみを全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model1)、図9に示すような結果となった。クロスバリデーションにより得られる決定係数R2は、水分については0.8683であり、酸価については0.8337である。これより、抽出するデータの温度範囲を25℃に限定した場合には、水分と酸価の何れについても予測精度が比較的良好であることが分かる。
【0056】
保存期間(図3のX5)が365日までのデータのみを全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model2)、図10に示すような結果となった。クロスバリデーションにより得られる決定係数R2は、水分については0.9421であり、酸価については0.7583である。これより、抽出するデータの保存期間の範囲を365日までに限定した場合には、特に水分の予測精度が良好であることが分かる。
【0057】
保存開始時の酸素濃度(図3のX3)が0.4%以下のデータのみを全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model3)、図11に示すような結果となった。クロスバリデーションにより得られる決定係数R2は、水分については0.9665であり、酸価については0.8303である。これより、抽出するデータの酸素濃度の範囲を0.4%以下に限定した場合には、特に水分の予測精度が良好であり、また、酸価についても予測精度が比較的良好であり、全てのモデルと比較しても総合的に最も良い結果が得られることが分かる。
【0058】
このように、応答曲面モデルを生成するために抽出するデータを所定の数値範囲に限定することで、全データを用いて応答曲面モデルを生成した場合(model0)よりも、特定指標についての予測精度の改善がみられた。特に、酸素量0.4%以下のデータのみを用いた場合(model3)に、酸価の予測精度が大きく改善した。
【0059】
[その他の実施形態]
なお、上記実施形態では、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの劣化予測を行うこととしたが、これに限定されるものではなく、酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす脂肪酸エステル化合物類(混合物を含む)であれば同様の手法により劣化予測を行うことが可能である。
【0060】
具体的には、脂肪酸(パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸など)のエチルエステル化合物が挙げられ、これらの化合物類にはヨード化されたもの(及びその混合物)も含まれる。
【0061】
なお、上記実施形態では、応答曲面モデルに条件データを与えて酸価および水分量などの予測値を得ることにより品質劣化評価を行うこととしたが、最適値探索プログラム(例えば、株式会社山武が販売するdataNESIA/designNESIA(商標))を用いて所望の品質劣化条件(酸価および水分量など)を満たすような保存条件(温度、期間など)の値を得るようにしてもよい。
【0062】
なお、上記実施形態では、品質劣化の予測をスタンドアローンのパーソナルコンピューターにより行ったが、これに限定されるものではなく、インターネットなどのネットワークを介して品質劣化の予測を行うサーバから端末に対して行うようにしてもよい。例えば、医薬品を購入した顧客に対して、製造番号の入力を受けた医薬品販売会社のサーバから品質劣化の予測結果をクライアントの端末に出力するよう構成してもよい。
【符号の説明】
【0063】
100・・・・品質劣化予測装置
30・・・・品質劣化予測プログラム
32・・・・実験値データファイル
【技術分野】
【0001】
この発明は、化合物(特に、酸化反応及び加水分解反応により劣化を起こす脂肪酸エステル化合物類)の品質劣化を予測するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
食品、医薬品などに含まれる化合物は、経時的に品質劣化を起こすことが一般に知られている。しかし、品質劣化は化合物ごとに異なる種々の要因によって生じるため、将来における品質劣化の予測は容易ではなかった。
このため、油脂系化合物の経時的な品質劣化を予測するためには、保存温度や経過時間などを所定条件とした下で、製造した検体について品質劣化を示す特定の指標を実際に測定する必要があった。なお、対象物の品質劣化を予測する方法は従来から存在する(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−132425号公報
【特許文献2】特開2005−17132号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、これら従来の劣化予測方法(特許文献1、2)は、品質劣化の要因である1つの指標に基づいて近似式を生成して経時的に劣化を判断するものに過ぎず、多要因によって劣化を生じる対象物には適用できなかった。また、多要因に基づく予測が可能なニューラルネットワーク法を用いた場合でも、油脂系化合物の品質劣化予測では良好な実験結果は得られなかった。
【0005】
この発明は、多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を測定した実測値データを薄板スプライン補間処理することにより応答曲面モデルを生成し、これに基づいて将来における化合物の品質劣化を精度良く予測することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)この発明の品質劣化予測方法は、
化合物の品質劣化を予測するための品質劣化予測方法であって、
予測対象である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積工程、
前記実験値蓄積工程により得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定条件で保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出する出力指標算出工程、
を備えたこと、を特徴とする。
【0007】
これにより、多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こす化合物について、将来の劣化予測を正確に行うことができる。また、多くのサンプルデータが得られないような場合でも、将来の劣化予測を行うことができる。
【0008】
(2)この発明の品質劣化予測方法は、
劣化予測の対象となる前記化合物が、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸のエチルエステル化合物、またはヨード化されたこれらの化合物類およびその混合物であること、を特徴とする。
【0009】
これにより、多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こすエチルエステル化合物について、将来の劣化予測を正確に行うことができる。
【0010】
(3)この発明の品質劣化予測方法は、
劣化予測の対象となる前記化合物が、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルであること、を特徴とする。
【0011】
これにより、多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こすヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルについて、将来の劣化予測を正確に行うことができる。
【0012】
(4)この発明の品質劣化予測方法は、
前記特定指標として、酸価、水分を含む、ことを特徴とする。
【0013】
これにより、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルのような多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こす化合物についても、将来の劣化予測を正確に行うことができる。
【0014】
(5)この発明の品質劣化予測方法は、
前記特定指標として、酸素濃度を含み、
当該酸素濃度の値が所定範囲内に含まれる実験値データのみを用いて非線形解析を行う、ことを特徴とする。
【0015】
これにより、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルのような多要因による複雑なメカニズムによって経時的に品質劣化を起こす化合物についても、将来の劣化予測をより正確に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】品質劣化のメカニズムを示す図である。
【図2】品質劣化予測装置のハードウェア構成を示す図である。
【図3】CSVファイルに記憶されたデータの具体例を示す図である。
【図4】品質劣化予測プログラムが行う処理のフローチャートである。
【図5】酸価および水分量の予測値、予測値を算出するために入力する条件データなどを示す図である。
【図6】酸価および水分量の予測値と実験値とを比較したグラフである。
【図7】クロスバリデーションによるモデル評価によって得られたデータの具体例を示す図である。
【図8】model0(全データ)により得られた予測値と、検体を実際に測定して得られた実験値との相関を示すグラフである。
【図9】model1(25℃のデータのみ抽出)により得られた予測値と、検体を実際に測定して得られた実験値との相関を示すグラフである。
【図10】model2(酸素濃度0.4%以下のデータのみ抽出)により得られた予測値と、検体を実際に測定して得られた実験値との相関を示すグラフである。
【図11】model3(保存期間365日までのデータのみ抽出)により得られた予測値と、検体を実際に測定して得られた実験値との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[エステル化合物の品質劣化メカニズム]
まず、油脂系化合物の品質劣化予測の困難性について、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル(商品名:リピオドールウルトラフルイド(商標)、購入元はフランスのゲルベ(Guerbet)(商標)社)を例に、図1を用いて説明する。
【0018】
なお、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの経時的な品質劣化を判断する指標としては、酸価、水分、ヨウ素が挙げられるが、特に、酸価は品質劣化の基準が法律(医薬品や食品に関する)などで定められており重要である。また、水分についても、後述するように、酸価の生成プロセスに密接に関係しており、また、それ自体が造影剤の粘性を特徴付ける指標でもあるため品質劣化の指標として重要であると考えられる。
【0019】
図1は、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの品質劣化のメカニズムを示す図である。
【0020】
ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルには、製造時の不純物として、元々酸素M1や水分M2(図1に斜線で示す)が少量含まれている。
【0021】
この酸素M1が、図1に示すように、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルM3と反応することでまず酸化物M4が生成される(図1に示す一次酸化P1)。一次酸化P1により生成された酸化物M4が、さらに酸化して過酸化物M5と水M6が生成される(図1に示す二次酸化P2)。また、二次酸化P2により生成された水M6が、さらにヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルM3と反応することによりカルボン酸(遊離脂肪酸)M7が生成される(図1に示す加水分解P3)。元々含まれる水M2によっても、同様に、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルM3と反応することでカルボン酸(遊離脂肪酸)M8が生成される(図1に示す加水分解P4)。
【0022】
このようにカルボン酸(遊離脂肪酸)M7,M8が経時的に生成されることで、酸価が増加する。酸価とは、エステル(例えば、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル)に水が加わって加水分解することで生成されるカルボン酸(遊離脂肪酸)の量であり、カルボン酸が生成されると異臭を生じ、成分が分解される等の問題が生じる。つまり、カルボン酸の量が多くなると酸価の値が大きくなり品質劣化が進行していることになる。
【0023】
また、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルに含まれる水分が増え、物性が変化(粘度が変わる等)してしまうことで、医薬品として投薬した場合に所望の効果が得られないことが有る。具体的には、リピオドールがX線の造影剤(酸価などで所定の基準が定められている)として他の薬と併せて用いられる場合に、懸濁液の物性が変わることで、例えばターゲットとしている局所に滞留させることができないという問題が生じる。
【0024】
以上のように、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの品質劣化は、多要因による複雑なメカニズムによって生じており、酸価、水分(水分量)、酸素濃度(酸素量)などの要素は、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの劣化を判断する上で重要な指標となることが分かる。
【0025】
[品質劣化予測装置のハードウェア構成]
図2は、この発明の品質劣化予測方法を実行する品質劣化予測装置100のハードウェア構成を示す図である。図2に示すように、品質劣化予測装置100は、CPU10、RAM12、ディスプレイ14、ハードディスク16、キーボード/マウス18、記録媒体リーダー20などを備える。
【0026】
図1に示すように、ハードディスク16には品質劣化予測プログラム(品質劣化データ算出プログラム)30および実験値データファイル32が記憶されている。なお、品質劣化予測プログラム30のハードディスク16へのインストールは、CD−ROMなどの記録媒体から記録媒体リーダー20を介してデータを読み込ませて行われる。
【0027】
品質劣化予測プログラム30としては、少なくとも薄板スプライン法に基づく補間処理を与えられた実験データについて、応答曲面モデルを生成することが可能な市販のデータ解析用ソフトウェア(例えば、株式会社山武が販売するdataNESIA/visualNESIA(商標))を用いることができる。
【0028】
実験値データファイル32は、化合物について実際に測定した酸価(初期値)、保存時間などの実験値データを記憶したものである。図3に、実験値データファイル32に記憶されるデータの例を示す。なお、実験値蓄積工程(処理、手段)とは、測定して得た上記実験値データを実験値データファイル32に記憶する工程(処理、手段)をいう。
【0029】
図3に示すように、実験値データファイル32には、各試料について実際に測定した、保存開始時の水分X1(mg/mL)、保存開始時の酸価X2(KOHmg/g)、保存開始時の酸素濃度X3(%)の値と、保存条件である保存温度X4(℃)、保存期間X5(日)の値(入力パラメータ)が記憶されており、さらにこれらの条件(保存温度X4(℃)、保存期間X5(日))で保存した後で実際に測定した水分Y1(mg/mL)および酸価Y2(KOHmg/g)の値(出力パラメータ)が記憶されている。このように、実験値データファイル32に記憶されるデータには、特定の入力指標(入力パラメータ)として少なくとも時間(経過期間)が含まれている。なお、特定指標とは、応答曲面モデルを生成するために必要な特定の指標であり、例えば、上記X1〜X5の入力パラメータおよびY1、Y2の出力パラメータが相当する。
【0030】
なお、図3に示すデータ取得のために測定を行ったヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルは、天然のケシ油成分(パルミチン酸9%、ステアリン酸2%、オレイン酸19%、リノール酸68%、リノレン酸1%の混合物)のエチルエステル混合物につき、ヨード化(ヨウ素付加)した化合物である。
【0031】
図3に示す酸価X2(カルボン酸の量)のデータを得るための測定は、ビュレットまたは市販の酸価測定装置を用いて、例えば、中和滴定法により行うことができる。水分X1のデータを得るための測定は、市販の水分測定装置を用いて、例えば、カールフィッシャー法により行うことができる。酸素濃度X3(酸素量)のデータを得るための測定は、市販の酸素濃度装置(例えば、ニードル式酸素濃度計)またはガスクロマトグラフィーを用いて行うことができる。
【0032】
[品質劣化予測プログラム30が行う処理]
図4を用いて、品質劣化予測プログラム30が行う処理について説明する。
【0033】
まず、ユーザーが、キーボード/マウス18を介して、ディスプレイ14上に表示された品質劣化予測プログラム30を起動し、実験値データファイル32のロード処理を実行するよう操作する。これにより、CPU10は、実験値データファイル32に記憶されたデータを読み込む(ステップS02)。
【0034】
例えば、各試薬について測定された図3に示すX1〜X5およびY1、Y2の値が全て読み込まれる。なお、実験値データファイル32は、予めキーボード/マウス18を介してデータを入力し、CSV形式などに保存して生成しておく。
【0035】
さらに、品質劣化予測プログラム30は、ステップS02で読み込まれたデータに基づいて薄板スプライン補間処理を行い、Y軸に設定された変数(応答)Y1、Y2のそれぞれについて自動的に応答曲面モデルを生成する(ステップS04)。つまり、図3に示す入力パラメータX1〜X5と出力パラメータY1について水分に関する1つの応答曲面モデルが生成され、図3に示す入力パラメータX1〜X5と出力パラメータY2について酸価に関する1つの応答曲面モデルが生成される。
【0036】
薄板スプライン補間処理について、以下に説明する。なお、重調和スプライン補間は入力変数が増えて多入力になると、曲面モデル同定演算が発散するという欠点があるが、薄板スプライン(Thin Plate Spline:TPS)補間を適用した場合には誤差を含む実験データであっても自然な補間が出来るため、これを回避することができる。
【0037】
スプラインによる曲面生成の問題は、梁又は板のような弾性体の変形問題に置き換えることができる。すなわち、収集された実験データ(サンプル点)を弾性体のある部位に与えられた変位とみなせば、最も滑らかなスプライン曲面を求めることはある弾性体にいくつかの変位が与えられた場合に発生する下記式(1)に示す内部歪エネルギーEを最小化する問題とみなすことができる。
【0038】
【数1】
上記式(1)を解く方法のうち、多変数データ、ランダムデータへの適用が容易なものとしてグリーン関数を用いた解法があり、これにて導かれたものが下記式(2)に示す重調和スプラインである。
【0039】
【数2】
ここで、nは与えられたデータ点数、diは、与えられたデータiのX座標と任意のX座標とのユークリッド距離、g(di)は、diを変数とするグリーン関数であり、関数定義は、入力変数Xの次元数により異なる。例えば、2次元X=(x1,x2)の場合、上記式(2)におけるグリーン関数は、下記式(3)となる。また、αiは、係数であり、与えられたデータから線形マトリクス演算で計算することができる。
【0040】
【数3】
また、スムージング機能を有する薄板スプラインの場合は、最も滑らかなスプライン曲面を求めることは、下記式(4)のエネルギーE’式を最小化する問題とみなすことができる。
【0041】
【数4】
上記式(4)から薄板スプライン法による下記式(5)が導かれる。ここで、λはスムージングパラメータ、cjは係数、pは入力変数の次元数を示す。なお、c0は薄板スプライン補間における薄板部分を表す線形多項式の定数項である。
【0042】
【数5】
つまり、入力変数がX1〜X5で5次元の場合、p=5とし、上記式(5)の係数cj、定数項c0などの値をコンピュータ演算により算出すれば、応答Y1、Y2それぞれについて応答曲面モデルが得られる。なお、スムージングパラメータλの値は、滑らかな曲面モデルが生成できるように調節される。
【0043】
つぎに、ユーザーは、キーボード/マウス18を介して予測値を得るために必要な条件データを入力する。これにより、CPU10は条件データを読み込む(ステップS06)。例えば、図5に示すような予測値を算出したい条件(X1〜X5の値)だけを入力したデータ(条件データ)をCSV形式のファイルとして作成しておき、これを読み込むことでデータを入力することができる。
【0044】
さらに、CPU10は、読み込んだ条件データを、スプライン補間(薄板スプライン法)によって生成した各応答曲面モデルの式に条件データ(X1〜X5の値だけ)を与える。これにより、各出力指標の予測値Y1’、Y2’が得られる(ステップS08)。なお、品質劣化出力指標とは、化合物の品質劣化を表す出力指標のことであり、品質劣化出力指標の値とは、例えば、上記X1〜X5の条件データを各応答曲面モデルの式に与えることにより得られる上記水分の予測値Y1’や酸価の予測値Y2’が相当する。
【0045】
ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの複数のロット(ロット1、2、3)について劣化予測を行った結果を、図5に示す。なお、図5Aは、全データ(図3に示す実験値データファイル32に記憶された全てのデータ)を用いて生成した応答曲面モデル(model0)を用いて劣化予測を行ったときの結果を示す図である。なお、ロット1、2、3の酸素濃度X3[0.4]、保存温度[25]、保存期間[365]は全て同じであるが、水分X1および酸価X2のパラメータがそれぞれ異なっている。
【0046】
図5Aに示すように、ロット1については条件データX1[0.52], X[0.4], X3[0.4], X4[25], X5[365]の値を応答曲面モデルに入力することで、図5に示す予測値Y1'[0.47], Y2'[0.52]が得られた。ロット1についての予測値Y1'[0.47], Y2'[0.52]は、実験値Y1[0.49], Y2[0.54]と比較して差が0.2しかないため比較的良好な結果と考えられる。
【0047】
その他、温度(図3のX4)が25℃のデータのみ全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model1)、保存期間(図3のX5)が365日までのデータのみ全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model2)、保存開始時の酸素濃度(図3のX3)が0.4%以下のデータのみ全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model3)についても同様の実験を行った。図5B、C、Dにそれらの実験結果を示す。
【0048】
なお、図5A〜Dでは、保存期間12ヶ月での予測結果を示しているが、保存期間だけを変更した予測値が得たい場合、保存期間X5だけを所望の値に置き換えればよい。例えば、36ヶ月後の劣化予測を行いたい場合には、図5に示す条件データのうちX5の値「365」だけを「1095」に置き換えればよい。
【0049】
図6は、図5A〜Dに示す酸価及び水分量の予測値と実験値の相関を示すグラフである。図6に示すように、何れのモデル(model0-3)についても予測値、実験値についてプロットした点が正解を示す線に沿っており、比較的良好な劣化予測が行えたことが分かる。
【0050】
[クロスバリデーションによる評価]
つぎに、クロスバリデーションにより各モデルの評価を行った結果を、以下に図7〜図11を用いて説明する。
【0051】
クロスバリデーションとは、モデルの汎化性を調べるための方法の1つであり、n個のサンプル試料から1個のサンプル試料を除いたn-1個のセットを用いて,応答曲面モデルの生成を行い,除いた1個のサンプル試料を用いて得られた予測値によりモデルの評価を行うことである。
【0052】
例えば、図3の実験値データファイル32に記憶されたデータのうち、試料No.1のデータ以外のデータ(サンプル試料の総数n=125より、No.2〜No125までの124個)を用いて応答曲面モデルをまず生成し、これに試料No.1の条件データX1[0.87], X[0.42], X3[0], X4[40], X5[30]を入力することで、図7に示す予測値Y1'[0.80], Y2'[0.53]が得られる。No.2〜No125の試料についても順に同様の処理を行っていくことで、図7に示すようにすべての各試料について予測値Y1', Y2'が得られる。なお、図7に示すLOOは「Leave-One-Out」の略語である。
【0053】
図8〜図11は、図5A〜Dに示す各モデル(model0-3)についてクロスバリデーションを行った結果、各試料について得られた予測値と実験値の相関性を示すグラフである。
【0054】
全データを用いて応答曲面モデルを生成した場合(model0)、図8に示すような結果となった。クロスバリデーションにより得られる決定係数R2は、水分については0.9149であり、酸価については0.6557である。これより、水分の予測精度が良いことが分かった。
【0055】
温度(図3のX4)が25℃のデータのみを全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model1)、図9に示すような結果となった。クロスバリデーションにより得られる決定係数R2は、水分については0.8683であり、酸価については0.8337である。これより、抽出するデータの温度範囲を25℃に限定した場合には、水分と酸価の何れについても予測精度が比較的良好であることが分かる。
【0056】
保存期間(図3のX5)が365日までのデータのみを全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model2)、図10に示すような結果となった。クロスバリデーションにより得られる決定係数R2は、水分については0.9421であり、酸価については0.7583である。これより、抽出するデータの保存期間の範囲を365日までに限定した場合には、特に水分の予測精度が良好であることが分かる。
【0057】
保存開始時の酸素濃度(図3のX3)が0.4%以下のデータのみを全データから抽出して応答曲面モデルを生成した場合(model3)、図11に示すような結果となった。クロスバリデーションにより得られる決定係数R2は、水分については0.9665であり、酸価については0.8303である。これより、抽出するデータの酸素濃度の範囲を0.4%以下に限定した場合には、特に水分の予測精度が良好であり、また、酸価についても予測精度が比較的良好であり、全てのモデルと比較しても総合的に最も良い結果が得られることが分かる。
【0058】
このように、応答曲面モデルを生成するために抽出するデータを所定の数値範囲に限定することで、全データを用いて応答曲面モデルを生成した場合(model0)よりも、特定指標についての予測精度の改善がみられた。特に、酸素量0.4%以下のデータのみを用いた場合(model3)に、酸価の予測精度が大きく改善した。
【0059】
[その他の実施形態]
なお、上記実施形態では、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルの劣化予測を行うこととしたが、これに限定されるものではなく、酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす脂肪酸エステル化合物類(混合物を含む)であれば同様の手法により劣化予測を行うことが可能である。
【0060】
具体的には、脂肪酸(パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸など)のエチルエステル化合物が挙げられ、これらの化合物類にはヨード化されたもの(及びその混合物)も含まれる。
【0061】
なお、上記実施形態では、応答曲面モデルに条件データを与えて酸価および水分量などの予測値を得ることにより品質劣化評価を行うこととしたが、最適値探索プログラム(例えば、株式会社山武が販売するdataNESIA/designNESIA(商標))を用いて所望の品質劣化条件(酸価および水分量など)を満たすような保存条件(温度、期間など)の値を得るようにしてもよい。
【0062】
なお、上記実施形態では、品質劣化の予測をスタンドアローンのパーソナルコンピューターにより行ったが、これに限定されるものではなく、インターネットなどのネットワークを介して品質劣化の予測を行うサーバから端末に対して行うようにしてもよい。例えば、医薬品を購入した顧客に対して、製造番号の入力を受けた医薬品販売会社のサーバから品質劣化の予測結果をクライアントの端末に出力するよう構成してもよい。
【符号の説明】
【0063】
100・・・・品質劣化予測装置
30・・・・品質劣化予測プログラム
32・・・・実験値データファイル
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化合物の品質劣化を予測するための品質劣化予測方法であって、
予測対象である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積工程、
前記実験値蓄積工程により得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定条件で保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出する出力指標算出工程、
を備えたこと、を特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項2】
請求項1の品質劣化予測方法において、
劣化予測の対象となる前記化合物が、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸のエチルエステル化合物、またはヨード化されたこれらの化合物類およびその混合物であること、を特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項3】
請求項1の品質劣化予測方法において、
劣化予測の対象となる前記化合物が、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルであること、を特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかの品質劣化予測方法において、
前記特定指標として、酸価、水分を含む、
ことを特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかの品質劣化予測方法において、
前記特定指標として、酸素濃度を含み、
当該酸素濃度の値が所定範囲内に含まれる実験値データのみを用いて非線形解析を行う、
ことを特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項6】
化合物の品質劣化を予測するための品質劣化データ算出プログラムであって、
コンピュータに、
予測対象である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積処理、
前記実験値蓄積処理により得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定条件で保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出する出力指標算出処理、
を実行させることを特徴とする品質劣化データ算出プログラム。
【請求項7】
化合物の品質劣化を予測するための品質劣化予測装置であって、
予測対象の化合物である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積手段、
前記実験値蓄積手段により得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定期間保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出する出力指標算出手段、
を備えたこと、を特徴とする品質劣化予測装置。
【請求項8】
クライアント端末からの要求に応じて、化合物の品質劣化を品質劣化予測サーバが予測するための品質劣化予測システムであって、
前記品質劣化予測サーバが、
予測対象の化合物である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積データベース、
前記実験値蓄積データベースにより得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定期間保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出して、クライアント端末に出力する出力手段、
を備えたこと、を特徴とする品質劣化予測システム。
【請求項1】
化合物の品質劣化を予測するための品質劣化予測方法であって、
予測対象である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積工程、
前記実験値蓄積工程により得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定条件で保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出する出力指標算出工程、
を備えたこと、を特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項2】
請求項1の品質劣化予測方法において、
劣化予測の対象となる前記化合物が、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸のエチルエステル化合物、またはヨード化されたこれらの化合物類およびその混合物であること、を特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項3】
請求項1の品質劣化予測方法において、
劣化予測の対象となる前記化合物が、ヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステルであること、を特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかの品質劣化予測方法において、
前記特定指標として、酸価、水分を含む、
ことを特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかの品質劣化予測方法において、
前記特定指標として、酸素濃度を含み、
当該酸素濃度の値が所定範囲内に含まれる実験値データのみを用いて非線形解析を行う、
ことを特徴とする品質劣化予測方法。
【請求項6】
化合物の品質劣化を予測するための品質劣化データ算出プログラムであって、
コンピュータに、
予測対象である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積処理、
前記実験値蓄積処理により得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定条件で保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出する出力指標算出処理、
を実行させることを特徴とする品質劣化データ算出プログラム。
【請求項7】
化合物の品質劣化を予測するための品質劣化予測装置であって、
予測対象の化合物である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積手段、
前記実験値蓄積手段により得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定期間保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出する出力指標算出手段、
を備えたこと、を特徴とする品質劣化予測装置。
【請求項8】
クライアント端末からの要求に応じて、化合物の品質劣化を品質劣化予測サーバが予測するための品質劣化予測システムであって、
前記品質劣化予測サーバが、
予測対象の化合物である酸化反応及び加水分解反応による劣化を起こす化合物について、少なくとも時間を1つの入力指標として含む特定指標の値を実測して得た実験値データを蓄積する実験値蓄積データベース、
前記実験値蓄積データベースにより得た実験値データに基づき薄板スプライン法を用いて非線形解析を行うことにより応答曲面モデルを生成し、所定期間保存した後の品質劣化出力指標の値を当該応答曲面モデルに基づいて算出して、クライアント端末に出力する出力手段、
を備えたこと、を特徴とする品質劣化予測システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−21903(P2011−21903A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−164621(P2009−164621)
【出願日】平成21年7月13日(2009.7.13)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年7月13日(2009.7.13)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】
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