説明

化合物の観察方法及び該方法に用いる着色溶液

【課題】 化合物の結晶粒を確実に識別して、その構造解析を容易に行うことができる化合物の観察方法及び該方法に用いる着色溶液を提供すること。
【解決手段】 X線回折実験において、試料である化合物の結晶画像を撮影し、撮影した画像により結晶を観察しながら試料のX線照射位置決め作業を行うに際し、結晶を着色溶液6に入れた後、結晶を着色溶液6とともにすくい上げて固化し、結晶に透過光を照射して結晶画像を撮影するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛋白質等の高分子化合物あるいは低分子化合物の結晶構造をX線解析するためのX線結晶構造解析における結晶観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛋白質はそれぞれ固有の3次元構造を持ち、蛋白質の構造解析の一手法としてX線結晶構造解析があるが、従来のX線結晶構造解析は、まず溶液中で蛋白質を結晶化させて得られた蛋白質の結晶粒を先端をループ状に形成したクライオループで溶液ごとすくい取り、さらに抗凍結剤を混入させた溶液に結晶粒を入れ、再びクライオループで溶液ごとすくい取って凍結固定し、所定の測定システムを使用して行われている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
【特許文献1】特開2003−83412号公報(図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
X線による結晶構造解析は、透過光を結晶粒に照射し、結晶粒を肉眼で識別しながら顕微鏡カメラにより結晶粒を撮影して行われるが、蛋白質の結晶粒は非常に小さくて最大でも200μmの大きさであることから、結晶粒の肉眼による識別は容易ではなかった。
【0005】
また、顕微鏡カメラにより撮影した観察画像の中から結晶粒を自動的に識別して結晶構造解析を行うことができる自動解析システムも検討されてはいるが、結晶粒の識別がまだまだ十分ではないという問題がある。
【0006】
本発明は、従来技術の有するこのような問題点に鑑みてなされたものであり、化合物の結晶粒を確実に識別して、その構造解析を容易に行うことができる化合物の観察方法及び該方法に用いる着色溶液を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明のうちで請求項1に記載の発明は、X線回折実験において、試料である化合物の結晶画像を撮影し、撮影した画像により前記結晶を観察しながら試料のX線照射位置決め作業を行うに際し、前記結晶を着色溶液に入れた後、前記結晶を前記着色溶液とともにすくい上げて固化し、前記結晶に透過光を照射して結晶画像を撮影することを特徴とする化合物の観察方法である。
【0008】
また、請求項2に記載の発明は、前記着色溶液の色と前記透過光の色が補色の関係にあることを特徴とする。
【0009】
また、請求項3に記載の発明は、前記着色溶液の色が黒色であり、前記透過光の色が白色であることを特徴とする。
【0010】
また、請求項4に記載の発明は、前記着色溶液が、着色した抗凍結バッファー液であることを特徴とする。
【0011】
また、請求項5に記載の発明は、前記化合物が蛋白質であることを特徴とする。
【0012】
また、請求項6に記載の発明は、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の化合物の観察方法において使用され、化合物の結晶を入れる着色溶液である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、化合物の結晶を着色溶液に入れた後、結晶に透過光を照射して撮影するようにしたので、結晶の部分は照射光が透過し、結晶の周囲の溶液は光が遮られることになる。その結果、結晶のエッジが強調されて結晶の識別を確実に行うことができるので、結晶の観察を容易に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
図1は、蛋白質のX線回折実験における蛋白質の結晶観察方法を示しており、結晶化ドロップと呼ばれるバッファー液(結晶化溶液)の水溜まりで成長した蛋白質の微小結晶をすくい取り、すくい取った結晶のサンプルを顕微鏡カメラにより観察するまでの過程が概略的に示されている。
【0015】
図1に示されるように、構造解析が行われる蛋白質の結晶は脆くて崩れやすいことから、まず結晶化ドロップ2に入れて成長させ、例えば10〜20μmの太さで最大でも約1mmのサイズの高分子繊維糸(例えば、ナイロン製)により形成されたクライオループ4によりすくい取り、さらに着色した抗凍結バッファー液6に一旦落とした後、再びクライオループ4によりすくい取る。
【0016】
次に、クライオループ4は、クライオループ4を3次元方向に移動可能なゴニオメータ8に解析すべきサンプル(試料)として取り付けられるが、クライオループ4によりすくい取った溶液はそのままでは蒸発してしまうことから、冷却用の窒素ガスをノズル10よりクライオループ4に吹き付けて溶液が凍らないようにアモルファス状に固化させる。
【0017】
また、ゴニオメータ8の両側には照明装置12とサンプル観察用の顕微鏡カメラ(CCD)カメラ14が配設されており、ゴニオメータ8を操作してサンプルを3次元方向に適宜移動させ、サンプルの一方から照明装置12により透過光を照射してサンプルに含まれた蛋白質の結晶粒にカメラ14の焦点を合わせて撮影する。さらに、カメラ14により撮影した画像は画像処理装置16に表示され、蛋白質のX線結晶構造解析が行われる。
【0018】
上述した蛋白質の結晶構造の観察方法において、本発明は特に抗凍結バッファー液6を着色し、複数色のいずれかの透過光をサンプルに照射した点に特徴があり、着色した抗凍結バッファー液6の色と照射する透過光の色は補色の関係にあるのが好ましく、この特徴につき以下詳述する。
【0019】
クライオループ4によりすくい取った蛋白質の微小結晶粒は、肉眼による識別は容易ではなく、また、カメラ14により撮影した観察画像の中から結晶粒を自動的に識別して結晶構造解析を行う自動解析システムの場合、結晶粒を配置する位置が非常に重要になることから、蛋白質結晶の確実な識別は不可欠である。
【0020】
本発明においては、コントラストが低い状態にあるサンプルを着色した抗凍結バッファー液6に落としてサンプルを取り囲む結晶化溶液を着色した抗凍結バッファー液6に置換することで、結晶粒と溶液とのコントラストを増大して結晶粒の識別精度を向上させるようにしている。なお、抗凍結バッファー液6には、抗凍結剤(不凍液)としてグリセロール等を使用した。
【実施例】
【0021】
複数色の透過光と複数色の抗凍結バッファー液を用いて結晶の観察を行い、色の組み合わせによりクライオループ内の結晶のエッジ強調などの効果があるかどうかを調べた。
【0022】
まず、抗凍結バッファー液を赤、青、緑、黒のいずれかのインクで着色した。蛋白質の結晶をクライオループにより結晶化溶液からすくい取り、着色した抗凍結バッファー液に数秒間浸し、再びクライオループにより抗凍結バッファー液ごとすくい上げて実験装置に装着し、即座に100Kの低温窒素ガスにより冷却した。また、透過光として赤、青、緑、白のいずれかを設置し、CCDカメラで画像を撮影して結晶の見え方を観察した。
【0023】
本実施例に使用した蛋白質、バッファー液等は次のとおりであった。
・蛋白試料:卵白リゾチームの結晶
・バッファー液(結晶化溶液):塩化ナトリウム1M+酢酸ナトリウム50mMの水溶液
・抗凍結バッファー液:バッファー液に体積比27パーセントの量のグリセロールを抗凍結剤として混合した液
・着色染料:抗凍結バッファー液に対して体積比数パーセント程度の各色水性インク(市販のサインペンより採取)
【0024】
図2及び図3は赤色の抗凍結バッファー液を使用した場合のサンプル画像を示しており、図2は1回目を、図3は2回目をそれぞれ示している。また、図2(a)及び図3(a)は緑色の透過光を、図2(b)及び図3(b)は赤色の透過光を、図2(c)及び図3(c)は白色の透過光を、図2(d)及び図3(d)は青色の透過光をそれぞれ使用した場合のサンプル画像である。
【0025】
また、図4及び図5は青色の抗凍結バッファー液を使用した場合のサンプル画像を示しており、図4は1回目(落射照明あり)を、図5は2回目をそれぞれ示している。また、図4(a)及び図5(a)は緑色の透過光を、図4(b)及び図5(b)は赤色の透過光を、図4(c)及び図5(c)は白色の透過光を、図4(d)及び図5(d)は青色の透過光をそれぞれ使用した場合のサンプル画像である。
【0026】
さらに、図6は緑色の抗凍結バッファー液を使用した場合の落射照明があるときのサンプル画像を示しており、図6(a)は緑色の透過光を、図6(b)は赤色の透過光を、図6(c)は白色の透過光をそれぞれ使用した場合のサンプル画像である。
【0027】
また、図7乃至図9は黒色の抗凍結バッファー液を使用した場合のサンプル画像を示しており、図7は1回目を、図8は2回目を、図9は3回目をそれぞれ示している。また、図7(a)、図8(a)及び図9(a)は赤色の透過光を、図7(b)、図8(b)及び図9(b)は白色の透過光を、図9(c)は緑色の透過光を、図9(d)は青色の透過光をそれぞれ使用した場合のサンプル画像である。
【0028】
これらのサンプル画像を照査した結果、次のような結論が得られた。
(1)黒色の抗凍結バッファー液と白色の透過光を使用した場合、クライオループ内のバッファー領域は光の透過がなく、結晶のみ光を透過することから、上記組み合わせの中では結晶が最も強調されて見えやすい。
(2)透過光の強弱と抗凍結バッファー液の色の濃淡の組み合わせによっても、結晶の見え方が変わる。透過光が強く、抗凍結バッファー液の色が濃いと、結晶が強調されて見えやすい。
(3)抗凍結バッファー液と透過光の色に関係なく、落射照明があるとバッファー表面が光って結晶が見えにくい。
(4)抗凍結バッファー液が球状になり結晶が抗凍結バッファー液で厚く覆われている状態や、クライオループが横向きの状態では、結晶を識別しにくい。逆に、クライオループが正面を向き、抗凍結バッファー液が少ないと観察しやすい。
【0029】
なお、バッファー液、抗凍結剤、着色染料としては、次のものも使用可能である。
・バッファー液:結晶化溶液一般(通常は、水+pH緩衝剤+沈殿剤であり、試料毎に調整条件が異なる)
・抗凍結剤:シュークロース、グルコース、キシリトール等の糖類試薬、ポリエチレングリコール、エチレングリコール、メチルペンタジオール、エタノール、メタノール等の有機溶媒
・着色染料:水溶性のインクや色素一般(抗凍結バッファー液として、バッファー液に抗凍結剤を溶かし込んだ水溶液を用いた場合)、あるいは
油性インク等の色素(抗凍結バッファー液としてミネラルオイルを用いた場合)
【0030】
また、上記実施の形態は蛋白質の結晶構造を解析する場合を例にとり説明したが、本発明は蛋白質の結晶構造解析のみに限定されるわけではなく、蛋白質以外の高分子化合物あるいは他の低分子化合物等の結晶構造解析にも適用できる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明にかかる化合物の観察方法は、結晶を着色溶液に入れた後、結晶を固化して撮影するようにしたので、結晶のエッジが強調されてその識別を確実に行うことができ、蛋白質等の高分子化合物あるいは他の低分子化合物の結晶構造解析に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】蛋白質のX線回折実験における蛋白質の結晶観察方法を示す概略図である。
【図2】赤色の抗凍結バッファー液を使用した場合のサンプル画像の写真であり、(a)は緑色の透過光を、(b)は赤色の透過光を、(c)は白色の透過光を、(d)は青色の透過光をそれぞれ使用している。
【図3】赤色の抗凍結バッファー液を使用した場合の別のサンプル画像の写真であり、(a)は緑色の透過光を、(b)は赤色の透過光を、(c)は白色の透過光を、(d)は青色の透過光をそれぞれ使用している。
【図4】青色の抗凍結バッファー液を使用した場合の落射照明があるときのサンプル画像の写真であり、(a)は緑色の透過光を、(b)は赤色の透過光を、(c)は白色の透過光を、(d)は青色の透過光をそれぞれ使用している。
【図5】青色の抗凍結バッファー液を使用した場合の別のサンプル画像の写真であり、(a)は緑色の透過光を、(b)は赤色の透過光を、(c)は白色の透過光を、(d)は青色の透過光をそれぞれ使用している。
【図6】緑色の抗凍結バッファー液を使用した場合の落射照明があるときのサンプル画像の写真であり、(a)は緑色の透過光を、(b)は赤色の透過光を、(c)は白色の透過光をそれぞれ使用している。
【図7】黒色の抗凍結バッファー液を使用した場合のサンプル画像の写真であり、(a)は赤色の透過光を、(b)は白色の透過光をそれぞれ使用している。
【図8】黒色の抗凍結バッファー液を使用した場合の別のサンプル画像の写真であり、(a)は赤色の透過光を、(b)は白色の透過光をそれぞれ使用している。
【図9】黒色の抗凍結バッファー液を使用した場合のさらに別のサンプル画像の写真であり、(a)は赤色の透過光を、(b)は白色の透過光を、(c)は緑色の透過光を、(d)は青色の透過光をそれぞれ使用している。
【符号の説明】
【0033】
2 結晶化ドロップ、
4 クライオループ、
6 抗凍結着色バッファー、
8 ゴニオメータ、
10 冷却窒素ガスノズル、
12 照明装置、
14 試料観察顕微鏡カメラ、
16 画像処理装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線回折実験において、試料である化合物の結晶画像を撮影し、撮影した画像により前記結晶を観察しながら試料のX線照射位置決め作業を行うに際し、
前記結晶を着色溶液に入れた後、前記結晶を前記着色溶液とともにすくい上げて固化し、前記結晶に透過光を照射して結晶画像を撮影することを特徴とする化合物の観察方法。
【請求項2】
前記着色溶液の色と前記透過光の色が補色の関係にあることを特徴とする請求項1に記載の化合物の観察方法。
【請求項3】
前記着色溶液の色が黒色であり、前記透過光の色が白色であることを特徴とする請求項1に記載の化合物の観察方法。
【請求項4】
前記着色溶液が、着色した抗凍結バッファー液であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の化合物の観察方法。
【請求項5】
前記化合物が蛋白質であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の化合物の観察方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の化合物の観察方法において使用され、化合物の結晶を入れる着色溶液。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−329775(P2006−329775A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−152749(P2005−152749)
【出願日】平成17年5月25日(2005.5.25)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)
【Fターム(参考)】