説明

化学修飾フラーレンの製造方法

【課題】燃料電池用プロトン伝導膜を製造するのに有用な、ホスホン酸基やスルホン酸基を有する化学修飾フラーレンを安価に製造する。
【解決手段】スルホン酸化試薬KSOの場合は(ジメチルアセトアミド+水)、ホスホン酸化試薬LiPO(OR)(Rは、C〜Cのアルキル基又はフェニル基)の場合はジオキサンという特定の反応溶媒を選択し、該溶媒中にフラーレンとKSO又はLiPO(OR)とを分散させ、常圧又は加圧下で、20〜200℃の反応温度を用いて10〜200時間反応させて、下記の部分構造を1〜12個含む化学修飾フラーレンを製造する方法において、原料のフラーレンがC60とC70の混合物を含むことを特徴とする製造方法。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池で使用されるプロトン伝導膜の製造に有用な化学修飾フラーレンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、固体高分子型燃料電池の性能を支配する電解質膜として、パーフロロスルホン酸樹脂膜(DuPont社製 商品名Nafion膜)が用いられてきた。しかし、該膜は高価なため、最近では炭化水素ポリマーをベースとした電解質膜も検討されている。
この炭化水素ポリマーをベースとした電解質膜はスルホン酸基が芳香族環に直接結合した構造を有するが、100℃以上の酸性条件下で長期間使用すると次第に脱スルホン酸基反応が生じ、性能が劣化してしまう欠陥がある(例えば、非特許文献1参照)。そのメカニズムは、芳香族環にプロトンが攻撃して親電子置換反応が生じるためであり、芳香族環とは異なった基体にスルホン酸基を直接結合する方法が求められている。
【0003】
この問題の解決に役立つ電解質として、フラーレンにスルホン酸基を直接結合した化学修飾フラーレンが開示されている(例えば、特許文献1参照)。しかし、反応溶媒に使用するジメチルホルムアミドもスルホン化反応時に結合してしまい、目的物が得られないという問題があった。
この問題に対処するため、基体のフラーレンとスルホン酸基とを炭化水素系やフッ素系のスペーサー分子で結合する方法が開示されている(例えば、特許文献2,特許文献3参照)。しかし、製造方法が複雑になる上に、イオン交換容量を高くすることができないという欠点があった。
【0004】
本発明者は、スルホン酸化試薬としてKSOを用い、(ジメチルアセトアミド+水)という特定の反応溶媒を用いることで、反応溶媒の結合なしに、スルホン酸基をフラーレンに直接結合することに成功した(特許文献4参照)。
また、ホスホン酸化試薬としてLiPO(OEt)を用い、反応溶媒としてジオキサンを用いることで、反応溶媒の結合なしに、直接結合型のホスホン酸化フラーレンを得ることにも成功した(特許文献4参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2002−326984号公報
【特許文献2】特開2005−093417号公報
【特許文献3】特開2005−068124号公報
【特許文献4】特許第3984280号公報
【非特許文献1】木本協司監修,「PEFC用電解質膜の開発」,シーエムシー出版,2005年12月発行,P.30
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献4で使用されている原料の単体フラーレンは、炭素棒を抵抗加熱法,アーク放電法,レーザー法等で加熱して得られたC60及びC70の混合フラーレンを含むススを有機溶媒で抽出してC60とC70の混合物を主成分とする混合フラーレンを得、それを高速液体クロマトグラフィーでC60とC70に分離するので、比較的高価である。
【0007】
本発明においては、プロトン伝導膜を製造するのに使用される化学修飾フラーレンの安価な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために本発明は、スルホン酸化試薬KSOの場合は(ジメチルアセトアミド+水)、ホスホン酸化試薬LiPO(OR)(Rは、C〜Cのアルキル基又はフェニル基)の場合はジオキサンという特定の反応溶媒を選択し、該溶媒中にフラーレンとKSO又はLiPO(OR)とを分散させ、常圧又は加圧下で、20〜200℃の反応温度を用いて10〜200時間反応させて、下記の部分構造を1〜12個含む化学修飾フラーレンを製造する方法において、原料のフラーレンがC60とC70の混合物を含むことを特徴とする製造方法である。
【化1】

【0009】
また、原料フラーレンに含まれるC60が50〜90%、C70が40〜10%、高次フラーレンが10%以下の範囲にある上記の製造方法も本発明である。
また、炭素棒を例えば抵抗加熱法,アーク放電法,レーザー法等で加熱して得られたススから有機溶媒で抽出した、C60とC70との混合物を含むフラーレンを原料に用いる上記の製造方法も本発明である。
また、炭素棒を例えば抵抗加熱法,アーク放電法,レーザー法等で加熱して得られたスス中のC60及びC70を含む混合フラーレンを、有機溶媒で抽出しないまま原料に使用する上記の製造方法も本発明である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法により、燃料電池用プロトン伝導膜を製造するのに有用な、スルホン酸基やホスホン酸基を有する化学修飾フラーレンを安価に製造することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、下記の部分構造を1〜12個含む化学修飾フラーレンを安価に製造する方法である。
【化2】

【0012】
この場合、スルホン酸基とホスホン酸基とが共存していても構わないし、プロトン伝導膜に化学修飾フラーレンを含有させる際に必要な不溶化を、ホスホン酸基の金属イオン架橋を用いて行えるので好ましい。架橋に用いられる多価金属イオンとしては、セリウムイオン,マンガンイオン,カルシウムイオン,白金イオン等があるが、膜を酸化劣化させるOHラジカルを除去する機能を持つセリウムイオン,マンガンイオンを使用することが好ましい。
官能基の総数は通常1〜12個の範囲にあるが、反応条件によっては更に大きくすることも可能である。上記の化学修飾フラーレンは、精製して官能基数が実質的に単一な化学修飾フラーレンでもよく、また官能基数が異なる化学修飾フラーレンの混合物でも構わない。
【0013】
本発明においては、スルホン酸化試薬KSOの場合は(ジメチルアセトアミド+水)、ホスホン酸化試薬LiPO(OR)(Rは、C〜Cのアルキル基又はフェニル基)の場合はジオキサンという特定の反応溶媒を選択し、該溶媒中にフラーレンとKSO又はLiPO(OR)とを分散させ、常圧又は加圧下で、20〜200℃の反応温度を用いて10〜200時間反応させ、得られた化学修飾フラーレンのホスホン酸エステル基を加水分解し、必要によりイオン交換を行って製造される。
この場合、原料としてC60,C70,C76,C78,C84等の、高速液体クロマトグラフィーで精製した単体フラーレンも使用可能である。しかし、本発明では、C60とC70との混合物を含むフラーレンを、高速液体クロマトグラフィーで分離操作を行わないまま原料に用いることが、製品の化学修飾フラーレンのコストダウンを実現できるので好ましい。一般に有機溶媒で抽出後の混合フラーレンの組成はC60が50〜90%、C70が40〜10%、高次フラーレンが10%以下の範囲にあり、この混合フラーレンを原料に用いることが特に好ましい。
なお、炭素棒を例えば抵抗加熱法,アーク放電法,レーザー法等で加熱して得られたススから有機溶媒で抽出した、C60とC70の混合物を含むフラーレンを原料に用いることで、製品の化学修飾フラーレンの大幅なコストダウンを実現できる。また、炭素棒を例えば抵抗加熱法,アーク放電法,レーザー法等で加熱して得られたスス中のC60及びC70を含む混合フラーレンを、有機溶媒で抽出しないまま反応原料に用いることで、上記の方法と比較して一層のコストダウンを図ることも可能である。
【0014】
本発明において化学修飾フラーレンは、特定の有機溶媒を用いて、スルホン酸化試薬KSO又はホスホン酸化試薬LiPO(OR)(Rは、C〜Cのアルキル基又はフェニル基)と反応させることで製造することができる。反応は常圧又は加圧下で、50〜200℃の反応温度を用いて、通常10〜200時間行わせる。
本発明者の研究によれば、フラーレンとスルホン酸化試薬又はホスホン酸化試薬との反応結果は、使用する有機溶媒によって大きく異なることが、生成物の赤外吸収スペクトルを測定することで判明した。
【0015】
フラーレンとスルホン酸化試薬との反応結果を下表に示す。
表中の溶媒結合の場合は、反応溶媒に由来する有機化合物がフラーレンに結合するので、複雑なピークが赤外吸収スペクトルに現れ、単純なスペクトルを示す目的反応の生成物と容易に区別することができる。
ちなみに、DMFは(CHNCOHであり、DMAcは(CHNCOCHで同じアミド系溶媒に属していて、両者の化学構造の差はわずかであるにもかかわらず、反応結果が全く異なることは驚くべき発見である。
【0016】
【表1】

※特許文献1の実施例参照、溶媒はDMF
【0017】
ここで、有機溶媒に水を添加する一つの理由は、スルホン酸化試薬の有機溶媒に対する溶解度を高めるためである。水を添加するもう一つの理由は、下式に示すように、反応時に生成するカルバニオンが、溶媒分子と結合する前に水からプロトンを引き抜いて安定化するためである。
【化3】

反応後のSOK型は、必要により、イオン交換法でSOH型に変換することが可能である。
【0018】
本発明で使用するホスホン酸化試薬LiPO(OR)(Rは、C〜Cのアルキル基又はフェニル基)は、非プロトン系極性有機溶媒を用い、通常25〜100℃の条件で次の反応により調製される。
【化4】

【0019】
この中にフラーレンを入れてホスホン酸化反応を行うが、溶媒としてジメチルホルムアミドを用いると溶媒結合が生じるので、ジオキサンを用いる必要があることが生成物の赤外吸収スペクトル分析から判明した。
この場合、同じ環状エーテル系のテトラヒドロフランを使用することも可能であるが、沸点が低いため反応温度が低くなるので、ジオキサンを用いることが好ましい。
【0020】
ホスホン酸化反応時に生成するカルバニオンは、ホスホン酸エステルのアルキル基又は溶媒のジオキサンからプロトンを引き抜いて安定化する。
【化5】

【0021】
特に、ホスホン酸エステルのエチル基は次の反応でプロトン引き抜き反応を生じやすく、反応時に生成するカルバニオンが溶媒と結合するのを防ぐのに有用である。
【化6】

【0022】
ホスホン酸化反応で得られたホスホン酸エステル基は、公知の方法でトリメチルシリルブロマイドと反応させてエステル交換を行った後、水を加えることで加水分解してホスホン酸基PO(OH)に変換することができる。また、ホスホン酸エステル基の加水分解は、熱濃塩酸中で行うことも可能である。
また、前記の方法でホスホン酸エステル基を導入した後、上記のスルホン酸化反応を行い、ホスホン酸基とスルホン酸基とが共存している化学修飾フラーレンを合成することも可能である。この場合、反応順序を逆にして、最初にスルホン酸基を結合し、次いでホスホン酸エステル基を導入することも可能である。
【0023】
次に実施例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
300mlの三口フラスコにジエチルホスファイトHPO(OEt) 690mg、ジオキサン200mlを入れ、LiH 40mgを添加した。80℃で加熱撹拌するとHが発生し、やがて溶液が透明になったので、C60が77%、C70が22%、高次フラーレンが1%の混合フラーレン(MTR社製、Fullerenes、C−60,C−70)を720mg加え、そのまま80℃で4日間加熱撹拌した。
反応終了後、溶媒を乾燥除去し、残渣を(エタノール+THF)で抽出した。固形分を濾別し、濾液の(エタノール+THF)を乾燥除去した後、KBrで赤外吸収スペクトルを測定したところ、2926cm−1にC、1209cm−1にP=O、1043cm−1にP−O−Cの吸収が表れ、ホスホン酸エステル基PO(OEt)が結合していることが確認された。
【0025】
このホスホン酸エステル化混合フラーレン500mgにトリメチルシリルブロマイド1gを加えて室温で一晩エステル交換を行った後、水を加えて加水分解した。得られた生成物を乾燥後、KBrで赤外吸収スペクトルを測定したところ、Cの吸収は消失しており、3348cm−1にOH、1184cm−1にP=O、1074cm−1にP−O−Cの吸収が表れた。
得られたホスホン酸化混合フラーレンをICP−AESでP分析を行い、燃焼法でC,H,Oの元素分析を行ったところ、ホスホン酸基PO(OH)とHが3〜4個程度結合していることが確認された。得られたホスホン酸化混合フラーレンの収率は、フラーレンベースでおよそ35%であった。
【0026】
50mlのビーカーに、上記で得られたホスホン酸化混合フラーレン500mgを水5mlに溶かした溶液を入れ、これに塩化セリウム7水和物CeCl・7HO 180mgを水10mlに溶かした溶液を加えて攪拌し、生じた沈殿をろ過後、洗浄・乾燥して、セリウムイオンで架橋されたホスホン酸化混合フラーレン400mgを得た。
【0027】
(比較例1)
実施例1において、ジオキサンの代わりにジメチルホルムアミドを用いて同様に操作し、生成物の赤外吸収スペクトルを測定したところ、多くのピークが現れ、溶媒のジメチルホルムアミドが結合していることが確認された。
【実施例2】
【0028】
50mlのビーカーに、5%Nafion溶液(アルドリッチ社製、EW=1100)を20g入れ、実施例1で得られたセリウムイオン架橋ホスホン酸化混合フラーレン400mgを添加した。ホモジナイザーで30分間撹拌後、得られた分散液を100ミクロンのガラス繊維不織布(日本バイリーン社製)上に刷毛を用いて塗布し、間隙に含浸させた。この操作を10回繰り返した後、100℃で乾燥させてプロトン伝導膜を得た。
該膜を水に一晩浸漬し、ICP−AESを用いてP分析値の変化を測定したが、浸漬前後で差はなく、ホスホン酸化混合フラーレンは溶出していないことが確認された。
【実施例3】
【0029】
300mlの三口フラスコに、C60が77%、C70が22%、高次フラーレンが1%の混合フラーレン(MTR社製、Fullerenes、C−60,C−70)720mgとジメチルアセトアミド200mlを入れた。ここに亜硫酸カリウムKSO 790mgを水10mlに溶かして添加した後、80℃で4日間加熱撹拌した。
反応終了後、溶媒を乾燥除去して残渣をエタノールで抽出した。固形分を濾別し、濾液のエタノールを乾燥除去した後、赤外吸収スペクトルをKBrを用いて測定したところ、1117cm−1にSO伸縮、619cm−1にCS伸縮のピークが表れた。また、ICP−AES(誘導結合プラズマ原子発光スペクトル法)によりS、K分析を行い、燃焼法でC,H,Oの元素分析を行った結果、スルホン酸基SOKとHが4〜5個程度結合していることが確認された。得られたスルホン酸化混合フラーレンの収率は、フラーレンベースでおよそ30%であった。
【0030】
上記のスルホン酸化混合フラーレンを原料として、実施例1と同様な操作を行ったところ、赤外吸収スペクトルにはスルホン酸基とホスホン酸基の吸収が表れ、両者が共存していることが確認された。ICP−AESでP分析を行ったところ、ホスホン酸基は2個程度結合していると推定された。
50mlのビーカーに、上記で得られた(ホスホン酸化+スルホン酸化)混合フラーレン500mgを水5mlに溶かした溶液を入れ、これに硝酸マンガン6水和物150mgを水10mlに溶かした溶液を加えて攪拌し、生じた沈殿をろ過後、洗浄・乾燥して、マンガンイオンで架橋された(ホスホン酸化+スルホン酸化)混合フラーレンを得た。
【0031】
(比較例2)
実施例3において、ジメチルアセトアミドの代わりにジメチルホルムアミドを用いて同様に操作し、生成物の赤外吸収スペクトルを測定したところ、多くのピークが現れ、溶媒のジメチルホルムアミドが結合していることが確認された。
【実施例4】
【0032】
実施例2において、セリウムイオン架橋ホスホン酸化混合フラーレンの代わりに、実施例3で得られたマンガンイオン架橋(ホスホン酸化+スルホン酸化)混合フラーレンを用いて同様に操作し、マンガンイオンを含むプロトン伝導膜を得た。
【実施例5】
【0033】
実施例1において、抵抗加熱法で得られたC60とC70の混合フラーレンを含むススを原料に用いて同様な操作を行い、ホスホン酸化混合フラーレンを得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スルホン酸化試薬KSOの場合は(ジメチルアセトアミド+水)、ホスホン酸化試薬LiPO(OR)(Rは、C〜Cのアルキル基又はフェニル基)の場合はジオキサンという特定の反応溶媒を選択し、該溶媒中にフラーレンとKSO又はLiPO(OR)とを分散させ、常圧又は加圧下で、20〜200℃の反応温度を用いて10〜200時間反応させて、下記の部分構造を1〜12個含む化学修飾フラーレンを製造する方法において、
原料のフラーレンがC60とC70の混合物を含むことを特徴とする製造方法。
【化1】

【請求項2】
原料フラーレンに含まれるC60が50〜90%、C70が40〜10%、高次フラーレンが10%以下の範囲にある、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
炭素棒を加熱して得られたススから有機溶媒で抽出した、C60とC70との混合物を含むフラーレンを原料に用いる、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
炭素棒を加熱して得られたスス中のC60及びC70を含む混合フラーレンを、有機溶媒で抽出しないまま原料に使用する、請求項1に記載の製造方法。

【公開番号】特開2010−37277(P2010−37277A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−202474(P2008−202474)
【出願日】平成20年8月5日(2008.8.5)
【出願人】(506398793)株式会社サイエンスラボラトリーズ (7)
【Fターム(参考)】