説明

化学品の製造装置および化学品の製造方法

【課題】 装置全体をコンパクト化し、配管構造も従来の製造装置より単純化しながら、従来の製造装置と同程度の効率で発酵を行うことが可能な化学品の製造装置を提供する。
【解決手段】微生物の発酵培養により発酵原料から化学品を含有する発酵液への変換を行う発酵槽と、発酵液から濾過液として化学品を回収するための分離膜カートリッジとを備えた化学品の製造装置であって、分離膜カートリッジは、中空糸膜の片端が開口された状態で接着固定層において接着固定され、他方の端面が閉塞された中空糸膜カートリッジであり、中空糸膜カートリッジが、発酵槽の中において発酵液に浸漬されるように収められていることを特徴とする化学品の製造装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養を行いながら、微生物または培養細胞の発酵液から、膜モジュールを通して化学品を含む液を濾過・回収し、さらに未濾過液を発酵液に戻し、かつ、発酵原料を発酵液に追加する、発酵法による化学品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
微生物や培養細胞の培養を伴う物質生産方法である発酵法は、大きく(1)回分発酵法(Batch発酵法)および流加発酵法(Fed−Batch発酵法)と、(2)連続発酵法とに分類することができる。
【0003】
上記(1)の回分発酵法および流加発酵法は、設備的には簡素であり、短時間で培養が終了し雑菌汚染による被害が少ないという利点がある。しかしながら、時間経過と共に発酵液中の化学品濃度が高くなり、浸透圧あるいは化学品阻害等の影響により生産性および収率が低下してくる。そのため、長時間にわたり安定して高収率かつ高生産性を維持することが困難である。
【0004】
また、上記(2)の連続発酵法は、発酵槽内で目的化学品が高濃度に蓄積することを回避することによって、長時間にわたって高収率かつ高生産性を維持できるという特徴がある。この連続発酵法については、L−グルタミン酸やL−リジンの発酵についての連続培養法が開示されている(非特許文献1参照)。しかしながら、この例では、発酵液に原料の連続的な供給を行うと共に、微生物や培養細胞を含んだ発酵液を抜き出すために、発酵液中の微生物や培養細胞が希釈されることから、生産効率の向上は限定されたものであった。
【0005】
この連続発酵法において、微生物や培養細胞を分離膜で濾過し、濾液から化学品を回収すると同時に濃縮液中の微生物や培養細胞を発酵液に保持または還流させることにより、発酵液中の微生物や培養細胞濃度を高く維持する方法が提案されている。
【0006】
例えば、分離膜として有機高分子からなる中空糸膜を用いた連続発酵装置において、連続発酵する技術が提案されている(特許文献1参照)。しかし、特許文献1に記載の装置のように、分離膜モジュールを発酵槽の外部に置く構造をとる場合は、発酵槽に加えて、分離膜槽および発酵槽から分離膜槽に発酵液を供給するための送液ポンプ、配管等が必要となるため、連続発酵装置の設置面積が大きくなる課題がある。
【0007】
また、分離膜モジュールが発酵槽の外部にあり連続発酵を行う場合は、発酵液から化学品を濾過するために、発酵液循環ポンプを用いて、発酵槽から分離膜モジュールに発酵液を供給し、大部分は発酵槽へ循環し、一部を濾過する、クロスフロー濾過を採用することが好ましい。ここで、発酵液を濾過する分離膜モジュールは、通常、濾過速度に応じて複数本を必要とするため、発酵槽が大型化すると、この分離膜モジュールの必要数も多くなる。そのため、分離膜モジュールへのクロスフロー循環量も多くなり、発酵液循環ポンプの運転コスト、送液配管等の設備費が増加する課題がある。
【0008】
そこで、装置全体がコンパクトであり、配管構造も従来のものより単純化した化学品の製造装置の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−237101号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Toshihiko Hirao et al.(ヒラノ・トシヒコ ら)、 Appl. Microbiol. Biotechnol.(アプライド マイクロバイアル アンド マイクロバイオロジー),32,269−273(1989)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、発酵原料を微生物の発酵培養により化学品を含有する発酵液への変換を行う発酵槽と、該発酵液から濾過液として化学品を回収するための分離膜とを備えた化学品の製造装置であって、装置全体をコンパクト化し、配管構造も従来のものより単純化しながら、従来のものと同程度の効率で発酵を行うことが可能な化学品の製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、前記目標を達成するために、次のような構成をとる。
【0013】
(1)微生物の発酵培養により発酵原料から化学品を含有する発酵液への変換を行う発酵槽と、発酵液から濾過液として化学品を回収するための分離膜カートリッジとを備えた化学品の製造装置であって、分離膜カートリッジは、中空糸膜の少なくとも片端が開口された状態で接着固定層において接着固定された中空糸膜カートリッジであり、中空糸膜カートリッジが、発酵槽の中において発酵液に浸漬されるように収められていることを特徴とする化学品の製造装置。
【0014】
(2)気体供給ユニットを有しており、気体供給ユニットと発酵槽が連通していることを特徴とする(1)に記載の化学品の製造装置。
【0015】
(3)(1)または(2)に記載の化学品の製造装置を用いて化学品を得ることを特徴とする化学品の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の化学品の製造装置によれば、装置全体をコンパクト化し、配管構造も従来のものより単純化しながら、従来のものと同程度の効率で発酵を行うことが可能であり、広く発酵工業において、発酵生産物である化学品を低コストで安定に生産することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】

【図1】本発明で用いられる発酵による化学品の製造装置の一態様を例示するための概略フロー図である。
【図2】本発明で用いられる中空糸膜カートリッジの好ましい一態様を示した図である。
【図3】本発明で用いられる発酵による化学品の製造用装置の別の一態様を例示するための概略フロー図である。
【図4】従来の発酵による化学品の製造用装置の一態様を例示するための概略フロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明で使用される微生物や培養細胞の発酵原料、すなわち変換前物質は、発酵培養する微生物や培養細胞の生育を促し、目的とする発酵生産物である化学品を良好に生産させ得るものであればよい。発酵原料としては、例えば、炭素源、窒素源、無機塩類、および必要に応じてアミノ酸、およびビタミンなどの有機微量栄養素を適宜含有する通常の液体培地等が好ましく用いられる。前記発酵培養する微生物や培養細胞の生育を促し、目的とする発酵生産物である化学品を良好に生産させ得るものを一部含む液体であれば、例えば廃水または下水も、そのまま、または発酵原料を添加して使用してもよい。
【0019】
上記の炭素源としては、例えば、グルコース、シュークロース、フラクトース、ガラクトースおよびラクトース等の糖類、これら糖類を含有する澱粉、澱粉加水分解物、甘藷糖蜜、甜菜糖蜜、ケーンジュース、甜菜糖蜜またはケーンジュースからの抽出物もしくは濃縮液、甜菜糖蜜またはケーンジュースの濾過液、シラップ(ハイテストモラセス)、甜菜糖蜜またはケーンジュースからの精製もしくは結晶化された原料糖、菜糖蜜またはケーンジュースからの精製もしくは結晶化された精製糖、更には酢酸やフマル酸等の有機酸、エタノールなどのアルコール類、およびグリセリンなどが使用される。ここで糖類とは、多価アルコールの最初の酸化生成物であり、アルデヒド基またはケトン基をひとつ持ち、アルデヒド基を持つ糖をアルドース、ケトン基を持つ糖をケトースと分類される炭水化物のことを指す。
【0020】
また、上記の窒素源としては、例えば、アンモニアガス、アンモニア水、アンモニウム塩類、尿素、硝酸塩類、その他補助的に使用される有機窒素源、例えば、油粕類、大豆加水分解液、カゼイン分解物、その他のアミノ酸、ビタミン類、コーンスティープリカー、酵母または酵母エキス、肉エキス、ペプトン等のペプチド類、各種発酵菌体およびその加水分解物などが使用される。
【0021】
また、上記の無機塩類としては、例えば、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩およびマンガン塩等を適宜使用することができる。
【0022】
本発明において、微生物の発酵は、通常、pHが3〜8で温度が20〜65℃の範囲で行うことができる。発酵液のpHは、無機の酸あるいは有機の酸、アルカリ性物質、さらには尿素、水酸化カルシウム、炭酸カルシウムおよびアンモニアガスなどによって、上記範囲内のあらかじめ定められた値に調節される。
【0023】
本発明で使用される微生物や培養細胞としては、真核細胞または原核細胞が用いられ、例えば、発酵工業においてよく使用されるパン酵母などの酵母、大腸菌、乳酸菌、コリネ型細菌などのバクテリア、糸状菌、放線菌、動物細胞および昆虫細胞などが挙げられる。使用する微生物や細胞は、自然環境から単離されたものでもよく、また、突然変異や遺伝子組換えによって一部性質が改変されたものであってもよい。
【0024】
本発明で用いられる真核細胞の最も際立った特徴は、細胞内に細胞核(核)と呼ばれる構造を持ち、細胞核(核)を有さない原核生物とは明確に区別される。本発明では、その真核細胞のうちで更に好ましくは酵母を好ましく用いることができる。本発明において好適な酵母としては、例えば、サッカロミセス属(Genus Saccharomyces)に属する酵母とサッカロミセス・セレビセ(Saccharomyces cerevisiae)に属する酵母が挙げられる。
【0025】
本発明で用いられる原核細胞の最も際立った特徴は、細胞内に細胞核(核)と呼ばれる構造をもたないことであり、細胞核(核)を有する真核生物とは明確に区別される。本発明では、その真核細胞のうちで乳酸菌を好ましく用いることができる。
【0026】
本発明の製造装置および製造方法で得られる化学品、すなわち変換後物質は、上記の微生物や培養細胞が発酵液中に生産する物質である。化学品としては、例えば、アルコール、有機酸、アミノ酸および核酸など発酵工業において大量生産されている物質を挙げることができる。また、本発明は、酵素、抗生物質および組換えタンパク質のような物質の生産に適用することも可能である。例えば、アルコールとしては、エタノール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、カダベリンおよびグリセロール等が挙げられる。また、有機酸としては、酢酸、乳酸、ピルビン酸、コハク酸、リンゴ酸、イタコン酸およびクエン酸等を挙げることができ、核酸であればイノシン、グアノシンおよびシチジン等を挙げることができる。
【0027】
また、本発明の製造装置および製造方法で得られる変換後物質は、化成品、乳製品、医薬品、食品または醸造品のうち、少なくとも1種を含む流体物、または排水であることが好ましい。ここで化成品としては、例えば、有機酸、アミノ酸および核酸のように、膜分離濾過後の工程により化学製品を作ることに適用可能な物質、乳製品としては、例えば、低脂肪牛乳など、膜分離濾過後の工程により乳製品として適用可能な物質、医薬品としては、例えば、酵素、抗生物質、組み換えタンパク質のように、膜分離濾過後の工程により医薬品を作ることに適用可能な物質、食品としては、例えば、乳酸飲料など、膜分離濾過後の工程により食品として適用可能な物質、醸造品としては、例えば、ビール、焼酎など、膜分離濾過後の工程によりアルコールを含む飲料として適用可能な物質、排水としては、例えば、食品洗浄排水、乳製品洗浄排水などの生産品洗浄後の排水や、有機物を豊富に含む家庭排水などが挙げられる。
【0028】
本発明で乳酸を製造する場合、真核細胞であれば酵母、原核細胞であれば乳酸菌を用いることが好ましい。このうち酵母は、乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子を細胞に導入した酵母が好ましい。このうち乳酸菌は、消費したグルコースに対して対糖収率として50%以上の乳酸を産生する乳酸菌を用いることが好ましく、更に好ましくは対糖収率として80%以上の乳酸菌であることが好適である。
【0029】
本発明で乳酸を製造する場合に好ましく用いられる乳酸菌としては、例えば、野生型株では、乳酸を合成する能力を有するラクトバチラス属(Lactobacillus)、バチラス属(Bacillus)属、ペディオコッカス(Pediococcus)、テトラゲノコッカス属(Genus Tetragenococcus)、カルノバクテリウム属(Genus Carnobacterium)、バゴコッカス属(Genus Vagococcus)、ロイコノストック属(Genus Leuconostoc)、オエノコッカス属(Genus Oenococcus)、アトポビウム属(Genus Atopobium)、ストレプトコッカス属(Genus Streptococcus)、エンテロコッカス属(Genus Enterococcus)、ラクトコッカス属(Genus Lactococcus)およびスポロラクトバチルス属(Genus Sporolactobacillus)に属する細菌が挙げられる。
【0030】
また、乳酸の対糖収率や光学純度が高い乳酸菌を選択して用いることができ、例えば、D−乳酸を選択して生産する能力を有する乳酸菌としてはスポロラクトバチルス属に属するD−乳酸生産菌が挙げられ、好ましい具体例として、スポロラクトバチルス・ラエボラクティカス(Sporolactobacillus laevolacticus)またはスポロラクトバチルス・イヌリナス(Sporolactobacillus inulinus)が使用できる。さらに好ましくは、スポロラクトバチルス・ラエボラクティカス ATCC 23492、ATCC 23493、ATCC 23494、ATCC 23495、ATCC 23496、ATCC 223549、IAM12326、IAM 12327、IAM 12328、IAM 12329、IAM 12330、IAM 12331、IAM 12379、DSM 2315、DSM 6477、DSM 6510、DSM 6511、DSM 6763、DSM 6764、DSM 6771などとスポロラクトバチルス・イヌリナスJCM 6014などが挙げられる。
【0031】
L−乳酸の対糖収率が高い乳酸菌としては、例えば、ラクトバシラス・ヤマナシエンシス(Lactobacillus yamanashiensis)、ラクトバシラス・アニマリス(Lactobacillus animalis)、ラクトバシラス・アジリス(Lactobacillus agilis)、ラクトバシラス・アビアリエス(Lactobacillus aviaries)、ラクトバシラス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ラクトバシラス・デルブレッキ(Lactobacillus delbruekii)、ラクトバシラス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)、ラクトバシラス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、ラクトバシラス・ルミニス(Lactobacillus ruminis)、ラクトバシラス・サリバリス(Lactobacillus salivarius)、ラクトバシラス・シャーピイ(Lactobacillus sharpeae)、ラクトバシラス・デクストリニクス(Pediococcus dextrinicus)、およびラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)などが挙げられ、これらを選択して、L−乳酸の生産に用いることが可能である。
【0032】
次に、本発明の化学品の製造装置について述べる。
【0033】
本発明は、発酵原料を微生物の発酵培養により化学品を含有する発酵液への変換を行う発酵槽と、該発酵液から濾過液として化学品を回収するための分離膜とを備えた化学品の製造装置であり、回分発酵法(Batch発酵法)および流加発酵法(Fed−Batch発酵法)と、連続発酵法のいずれの発酵法に対しても適用可能なものである。
【0034】
本発明における発酵槽とは、発酵原料を微生物の発酵培養により化学品を含有する発酵液への変換を行うための容器である。本発明の発酵槽は、連続発酵法にも適用可能なものであるため、連続発酵を安定的に行うための機能を備える容器であると定義する。連続発酵を安定的に行うための機能としては、温度調節機能、pH調節機能、通気機能、液混合機能などが例示できる。
【0035】
本発明における発酵は発酵槽外部への送液機能を有さない発酵装置により行われるため、発酵槽の数は1つであることが好ましい。また、発酵槽は蒸気滅菌処理を伴う純菌培養に用いられることから、耐圧性、耐熱性、耐汚れ性をいずれも有する素材で作られていることが好ましい。発酵槽の形状は円筒型、多角筒型などが例示されるが、発酵原料、微生物、その他発酵に必要な固体・液体・気体を注入して撹拌することができ、必要に応じて滅菌でき、密閉することが可能な形状であれば良い。発酵原料と発酵液や微生物の撹拌効率などを考慮すると、円筒型が好ましい。また、攪拌方法に応じて内壁や底面に傾斜を設けてもよく、発酵槽形状が俵型になるようにしてもよい。本発明で使用される発酵槽は、発酵槽の外部から発酵槽内部に雑菌が入り増殖することを防ぐため、発酵槽に圧力計を設け、常に発酵槽中の圧力を加圧状態に維持することが好ましい。
【0036】
また、本発明の化学品の製造装置は、発酵槽の中に直接分離膜カートリッジを導入し、発酵液に浸漬するように配することで、発酵槽外部への送液機能を除いても発酵液から化学品を濾過することができるようになる。分離膜カートリッジの形状としては単位体積あたりの膜面積を大きくとることが可能な中空糸膜カートリッジが好適に用いられる。
【0037】
なお、本発明における「中空糸膜カートリッジが、発酵槽の中において発酵液に浸漬されるように収められている」状態とは、発酵槽内において、中空糸膜カートリッジの中空糸膜面が発酵液と接しており、濾過によって発酵液から化学品を回収できる状態であればよい。中空糸膜面と発酵液の接する面積が大きくなるほど、濾過による化学品の回収効率が高くなるため好ましい。
【0038】
さらに中空糸膜カートリッジの様式は、中空糸膜の両端が開口しているもの、片端のみが開口しもう片端は閉塞しているものが挙げられる。どちらの様式を用いる場合でも、開口部が発酵液に触れないような構造にすることが要求される。
【0039】
ここで、濾過の対象となる発酵液は微生物および培養細胞、さらにこれらの発酵に伴って生じる発酵生成物などの詰まり物質が多く含まれることを考慮すると、中空糸膜カートリッジは、中空糸膜表面や、中空糸膜どうしの間にたまる詰まり物質を排出しやすくなっていることが好ましい。図2に例示されるような、片端が閉塞している中空糸膜カートリッジは、閉塞している端部を発酵液内に浸漬することが可能となり、両端が開口している中空糸膜カートリッジと比較して動きやすくなる。すなわち、中空糸膜カートリッジ内の詰まり物質を排出しやすい構造であるといえるため、本発明において好ましく用いることができる。
【0040】
中空糸膜を開口させるための方法としては、一度中空糸膜の端面が埋没するように集束部材を形成し、後から集束部材を、中空糸膜端面が表に出るように切る方法が例示できる。集束部材はエポキシ樹脂、ウレタン樹脂、フッ素樹脂などから、硬度や接着対象部材との親和性を考慮して任意に選択することが可能である。
【0041】
また、片端を閉塞するための方法としては、中空糸膜をU字型に折り曲げる、集束部材を用いて開口している一端を埋めるなどの方法が挙げられる。さらに、U字に折り曲げたのちに集束部材を用いてU字に折り曲げた部位を埋めることで、集束部材が劣化した場合にリークする懸念を抑えることが可能となる。
【0042】
集束部材の形状は、開口部、閉塞部とも特に限定されないが、成形の容易さから円柱状のものが好ましい。また、後述する中空糸膜カートリッジの懸垂支持の観点からも、円柱状のものが好ましく用いられる。
【0043】
中空糸膜カートリッジに用いられる中空糸膜は、コストや交換頻度、重量を考慮すると、有機高分子化合物からなる中空糸膜であることが好ましい。有機高分子化合物としては、例えば、ポリエチレン系樹脂、ポリプロピレン系樹脂、ポリ塩化ビニル系樹脂、ポリフッ化ビニリデン系樹脂、ポリスルホン系樹脂、ポリエーテルスルホン系樹脂、ポリアクリロニトリル系樹脂、セルロース系樹脂およびセルローストリアセテート系樹脂などが挙げられる。とりわけ、溶液による製膜が容易で物理的耐久性や耐薬品性にも優れているポリ塩化ビニル系樹脂、ポリフッ化ビニリデン系樹脂、ポリスルホン系樹脂、ポリエーテルスルホン系樹脂およびポリアクリロニトリル系樹脂が好ましく、ポリフッ化ビニリデン系樹脂またはそれを主成分とする樹脂が最も好ましく用いられる。ここで主成分とは、その成分が50重量%以上、好ましくは60重量%以上含有することをいう。
【0044】
さらに、ポリフッ化ビニリデン系樹脂としては、フッ化ビニリデンの単独重合体が好ましく用いられる。さらに、ポリフッ化ビニリデン系樹脂は、フッ化ビニリデンと共重合可能なビニル系単量体との共重合体も好ましく用いられる。フッ化ビニリデンと共重合可能なビニル系単量体としては、テトラフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレンおよび三塩化フッ化エチレンなどが例示される。
【0045】
なお、本発明で用いられる中空糸膜カートリッジ用中空糸膜は、本発明の目的を阻害しない程度であれば、有機高分子化合物以外の成分を含んでもよい。
【0046】
本発明で用いられる中空糸膜においては、発酵液の中空糸膜への目詰まりのしにくさ、すなわち耐汚れ性(耐ファウリング性)が重要な性能の一つである。このため中空糸膜の平均細孔径と純水透過性能のバランスが重要である。つまり平均細孔径は、膜の汚れ物質が細孔内部に入らない程度に小さい方が好ましいが、一方で、細孔が小さくなると透水性能が小さくなるので、濾過運転時の膜間差圧が大きくなって安定運転ができなくなる。そこである程度透水性能が高い方がよいが、その透水性能の指標として、使用前の中空糸膜の純水透過係数を用いることができる。本発明において、中空糸膜の純水透過係数は、逆浸透膜濾過による25℃の温度の精製水を用い、ヘッド高さ1mで透水量を測定し算出したときの純水透過係数が、5.6×10−10/m/s/Pa以上1.6×10−8/m/s/Pa以下、好ましくは1.1×10−9/m/s/Pa以上1.3×10−8/m/s/Pa以下、さらに好ましくは1.7×10−9/m/s/Pa以上1.1×10−8/m/s/Pa以下である。
【0047】
また平均細孔径は、透水性能が上述の範囲にあれば使用する目的や状況に応じて適宜決定することができるが、ある程度小さい方が好ましく、通常は0.01μm以上1μm以下であることが良い。中空糸膜の平均細孔径が0.01μm未満であると、糖や蛋白質などの成分やその凝集体などの膜汚れ成分が細孔を閉塞して、安定運転ができなくなる。透水性能とのバランスを考慮した場合、好ましくは0.02μm以上であり、さらに好ましくは0.03μm以上である。また、1μmを超える場合、膜表面の平滑性と膜面の流れによる剪断力や、逆洗やエアースクラビングなどの物理洗浄による細孔からの汚れの成分の剥離が不十分となり、安定運転ができなくなる。さらに中空糸膜の平均細孔径が微生物もしくは培養細胞の大きさに近づくと、これらが直接孔を塞いでしまう場合がある。また発酵液中の微生物もしくは培養細胞の一部が死滅することにより細胞の破砕物が生成する場合があり、これらの破砕物によって中空糸膜が閉塞することから回避するために、平均細孔径は0.4μm以下が好ましく、0.2μm以下であれば、より好適に実施することができる。
【0048】
ここで、平均細孔径は、倍率10,000倍以上の走査型電子顕微鏡観察で観察される複数の細孔の直径を測定し、平均することにより求めることができる。10個以上、好ましくは20個以上の細孔を無作為に選び、それら細孔の直径を測定し、数平均して求めることが好ましい。細孔が円状でない場合などは画像処理装置等によって、細孔が有する面積と等しい面積を有する円、すなわち等価円を求め、等価円直径を細孔の直径とする方法により求めることも好ましく採用できる。
【0049】
本発明で用いられる中空糸膜の外径は、好ましくは0.6mm以上2.0mm以下であり、更に好ましくは0.8mm以上1.8mm以下である。0.6mm未満の細い中空糸膜を用いる場合、有効膜面積が大きくなるため化学品をより多く濾過することが可能となるが、発酵槽内で発酵液を攪拌する際に、外力によって中空糸膜が折れたり、中空糸膜が破断したりすることによって発酵液が濾液に混入するといった点から好ましくない。さらに、細い中空糸膜を用いる場合には、微生物が中空糸膜束の中に入り込み排出しにくくなる現象が起こるため好ましくない。2.0mmよりも太い中空糸膜を用いる場合、中空糸膜が折れる、破断するといったリスクが少なくて済むが、単位体積あたりの有効膜面積が小さくなり、濾過量が減ることから好ましくない。また、中空糸膜の揺動性が悪くなるため分離膜モジュール内部からの微生物や汚れ成分の排出性が悪化するので好ましくない。
【0050】
本発明の化学品の製造装置は、発酵槽内に中空糸膜カートリッジを収めて用いるため、発酵槽内において中空糸膜カートリッジを支持し、かつ発酵液と濾過液が混ざらないように液密に封止されることが必要である。そのための方法として、図1のようにタンク式発酵槽1内に支持板17を設けることが例示できる。タンク式発酵槽1はタンク1aと蓋1bの2つに分かれるようになっており、支持板17は、タンク1aと蓋1bの間に挟まれるように配され、貫通孔が複数設けられている。中空糸膜カートリッジ2は貫通孔の上からタンク式発酵槽1のタンク1a内に導入され、懸垂支持される。中空糸膜カートリッジ2の集束部材が、開口部、閉塞部ともに円柱状になるよう成型されている場合は、支持板17の貫通孔の大きさを開口部の集束部材よりも小さく、かつ閉口部の集束部材よりは大きくすることにより、開口部の集束部材が引っかかりとなって中空糸膜カートリッジ2の集束部材が支持板17に引っかかって懸垂支持される。
【0051】
支持をさらに強固にするために、支持板17の厚さを中空糸膜カートリッジ2の開口部集束部材の厚み以上とし、貫通孔の形状および大きさを、貫通孔内壁が開口部集束部材外壁と接するようにしたうえで、貫通孔の下面開口部にツバを設けて中空糸膜カートリッジの開口部集束部材が動かないようにしてもよい。さらに、貫通孔内壁および開口部集束部材外壁に、対になるようにねじを切ることにより、中空糸膜カートリッジを貫通孔内にねじこんで装着できるようにしてもよい。
【0052】
あるいは、中空糸膜カートリッジ2が懸垂保持される場合は、鉛直上向きに力がかかっても中空糸膜カートリッジ2が保持されるように、開口部集束部材を上から押さえてもよい。開口部集束部材を上から押さえる方法としては、タンク式発酵槽1の蓋1bと支持板17との隙間を小さくすることによって、タンク式発酵槽1の蓋1bが開口部集束部材を押さえつけるようにする方法が例示できる。このとき、中空糸膜カートリッジ2の開口端面がタンク式発酵槽1の蓋1bでふさがれないようにするため、タンク式発酵槽1の蓋1bに傾斜を設けてもよく、中空糸膜カートリッジ2の開口部集束部材にスペーサーを配してもよい。スペーサーの例としては、内部に空洞を有し、壁面にも穴を有する構造のものが挙げられる。このスペーサーを配すると、中空糸膜により濾過された濾過液は、スペーサー内の空洞を通り、スペーサー壁面の穴から濾過液がスペーサー外に出て行くため、中空糸膜カートリッジ2の開口部端面が塞がることなく濾過液の回収が可能となる。
【0053】
支持板17に設けられた貫通孔を介して発酵液と濾過液が混ざらないようにするため、支持板17と中空糸膜カートリッジ2が接する箇所にはシール部材が配される。シール部材としてはO−リング、パッキン、ガスケット、テフロン(登録商標)テープなどが例示され、シール部材を配する箇所に応じて適切なものを選択して用いてよい。
【0054】
発酵槽内で発酵液を攪拌すると、中空糸膜カートリッジの中空糸膜表面において、攪拌された発酵液の流れによって中空糸膜表面が洗浄されるようになる。そのため、本発明における化学品の製造用装置は、従来の分離膜モジュールを発酵槽外部に置き、発酵液循環ポンプを用いてクロスフロー濾過を行う装置と比較して、同程度まで分離膜表面の汚れが堆積しにくくなり、従来の装置と同程度の発酵効率での運転が可能となる。また、発酵液の粘度、濁度が均一に近づくため、中空糸膜の特定の箇所が閉塞しやすくなるといった不具合をおきにくくすることも可能となる。
【0055】
発酵槽内において発酵液を攪拌する攪拌ユニットとしては、メカニカルスターラー、エアリフトなどが例示できる。メカニカルスターラーは、モーターと連結された回転軸を有し、回転軸には攪拌を促進する攪拌翼が備えられており、装置の簡便さや、攪拌翼形状を変化させることで攪拌効果を制御可能となるため好適に用いられている。しかし、これらの攪拌ユニットは運転時に発酵液と接する界面において、強い剪断力が発生する。この剪断力により微生物または培養細胞は大きな物理的損傷を受け、その程度によっては死滅する場合もある。
【0056】
このように損傷を受けたり死滅したりした微生物または培養細胞は、徐々に発酵液中で分解され、蛋白質、脂質といった分離膜の閉塞を起こす物質に変化する。また、発酵に関与する微生物または培養細胞が減少するため、発酵の効率もかえって低下してしまうという難点を有している。さらに、攪拌翼と中空糸膜カートリッジが同じ発酵槽内に入っているため、攪拌によって中空糸膜カートリッジが攪拌翼に引き込まれてしまい、中空糸膜カートリッジが損傷することによるリーク発生の懸念がある。
【0057】
一方、エアリフトは、発酵槽下部から気体を導入して発酵槽内に上向流を発生させ、発酵槽内の攪拌を行う方法であり、剪断力や発熱を伴わない利点があるため、本発明においては好ましく用いられる。本発明の発酵装置は、発酵槽に連通する気体供給機能を有することでエアリフトによる攪拌を行うことが可能となる。
【0058】
気体供給機能を有する気体供給ユニットとしては、例えばブロワーやコンプレッサーなどであってもよく、ガスボンベや配管から供給される圧縮ガスなどであってもよい。また、発酵槽上部に安全弁を設けて、発酵槽内が過度な加圧状態になった場合に放圧する必要がある。さらに、気体供給ユニットから発酵槽内部に連通する配管には、その途中に流量計およびバルブなどを設置し、気体供給流量を制御する。気体供給流量は流量計により常時モニターされ、所定の供給流量よりも多い場合や少ない場合は、制御装置からバルブの絞りが調節される。これにより常時、所定の供給流量に合わせた気体の供給が可能となる。また、制御装置は気体供給量を一定に保つだけでなく、発酵の進行状況や発酵槽内の微生物および培養細胞の濃度などに応じて、気体供給量を変化させるようにしてもよい。気体供給量は周期的に変化するよう制御してもよい。
【0059】
気体供給ユニットから発酵槽内に導入される気体は、窒素、酸素、二酸化炭素、メタン、アルゴンなどが例示される。これらは純物質として供給されてもよく、空気のような混合物の状態で供給されてもよい。これらの組成は発酵に用いられる微生物および培養細胞の種類により調整され、微生物および培養細胞が好気性発酵を行う場合は、酸素が含まれた気体を供給することで発酵が非常に促進されるため好ましい。より発酵を促進したい場合は、純酸素を用いたり、空気に酸素を適量混合させたりするなどの手段を用いて酸素濃度を高めるとよい。また、発酵槽の内圧を高くする、気体の供給量を増やして攪拌速度を高めるなどの方法も発酵促進に効果的である。微生物および培養細胞が嫌気性発酵を行う場合は、供給気体の酸素含有率を低くすることが好ましい。より発酵を促進したい場合は、純物質の窒素、二酸化炭素を用いたり、空気に窒素や二酸化炭素を適量混合させたりするなどの手段で酸素濃度を低くしてもよい。
【0060】
本発明においての気体供給ユニットから発酵槽の下部に連通する配管には、発酵系の中に雑菌が入らないように、滅菌用装置や滅菌用フィルタなどを設置することが好ましい。
【0061】
また、気体の供給口は、1箇所ではなく複数に分岐していてもよい。分岐させた供給口の真上に中空糸膜カートリッジが位置する場合は、中空糸膜カートリッジが揺れやすくなり、濁質を排出しやすくなる。
【0062】
あるいは、中空糸膜カートリッジ同士の間に整流板を入れることにより、さらにスムーズに上向流による攪拌が行われる。整流板は独立した複数枚の板よりも、それらを組み合わせて1つの部材として使用できるもののほうが好ましく、整流板がタンク内に嵌合するようになっていると、上向流がある場においても整流板が動きにくくなり、中空糸膜との接触による膜切れがおきにくくなるため好ましい。
【0063】
本発明において、微生物や培養細胞の発酵液を中空糸膜カートリッジで濾過処理する際の膜間差圧は、微生物や培養細胞および培地成分が容易に目詰まりしない条件であればよいが、膜間差圧を0.1kPa以上20kPa以下の範囲にして濾過処理することが重要である。膜間差圧は、好ましくは0.1kPa以上10kPa以下の範囲であり、さらに好ましくは0.1kPa以上5kPaの範囲である。上記膜間差圧の範囲を外れた場合、原核微生物および培地成分の目詰まりが急速に発生し、透過水量の低下を招き、発酵運転に不具合を生じることがある。
【0064】
濾過の駆動力としては、濾過液側に吸引ポンプを設置する方法が挙げられる。吸引ポンプは、吸引圧力により膜間差圧を制御することができることからも好ましく用いられる。更に、発酵液側の圧力を導入する気体または液体の圧力によっても膜間差圧を制御することができる。これら圧力制御を行う場合には、発酵液側の圧力と濾過液側の圧力差をもって膜間差圧とし、膜間差圧の制御に用いることができる。
【0065】
また本発明の化学品の製造において、中空糸膜の洗浄を行うことで、中空糸膜をより長期間使用することが可能となる。中空糸膜の洗浄方法としては、逆圧洗浄が例示できる。逆圧洗浄液には、水や濾過液を用いる他、発酵に大きく阻害しない範囲で、アルカリ、酸または酸化剤、還元剤を使用することができる。ここで、アルカリは、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液などを挙げることができる。酸は、シュウ酸、クエン酸、塩酸、硝酸などを挙げることができる。また酸化剤は、次亜塩素酸塩水溶液、過酸化水素水など、還元剤は亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウムなどの無機系還元剤などを挙げることができる。この逆圧洗浄液は100℃未満の高温で使用することもできる。ここで、逆圧洗浄とは、中空糸膜の2次側である濾過液側から、1次側である発酵液側へ液体を送ることにより、膜面の汚れ物質を除去する方法である。
【0066】
そのため、本発明の中空糸膜カートリッジについては、通常、pHでは2〜12、アルカリ、酸または酸化剤、さらには高温水への耐久性が要求される。
【0067】
なお、逆圧洗浄液の逆圧洗浄速度は、膜濾過速度の0.5倍以上5倍以下の範囲であり、より好ましくは1倍以上3倍以下の範囲である。逆圧洗浄速度がこの範囲より高いと、中空糸膜に損傷を与える可能性があり、またこの範囲より低いと洗浄効果が充分に得られないことがある。
【0068】
逆圧洗浄液の逆圧洗浄周期は、膜差圧および膜差圧の変化により決定することができる。逆圧洗浄周期は、時間あたり0.5回以上12回以下の範囲であり、より好ましくは時間あたり1回以上6回以下の範囲である。逆圧洗浄周期がこの範囲より多いと、中空糸膜に損傷を与える可能性があり、またこの範囲より少ないと、洗浄効果が充分に得られないことがある。
【0069】
逆圧洗浄液の逆圧洗浄時間は、逆圧洗浄周期、膜差圧および膜差圧の変化により決定することができる。逆圧洗浄時間は、1回あたり5秒以上300秒以下の範囲であり、より好ましくは1回あたり30秒以上120秒以下の範囲である。逆圧洗浄時間がこの範囲より長いと、中空糸膜に損傷を与える可能性があり、またこの範囲より短いと、洗浄効果が充分に得られないことがある。
【0070】
連続発酵による化学品の製造では、培養初期にBatch培養またはFed−Batch培養を行って、微生物濃度を高くした後に、連続発酵(引き抜き)を開始しても良い。または、微生物濃度を高くした後に、高濃度の菌体をシードし、培養開始とともに連続発酵を行っても良い。連続発酵による化学品の製造では、適当な時期から原料培養液の供給および培養物の引き抜きを行うことが可能である。原料培養液供給と培養物の引き抜きの開始時期は必ずしも同じである必要はない。また、原料培養液の供給と培養物の引き抜きは連続的であってもよいし、間欠的であってもよい。
【0071】
原料培養液には菌体増殖に必要な栄養素を添加し、菌体増殖が連続的に行われるようにすればよい。発酵液中の微生物または培養細胞の濃度は、発酵液の環境が微生物または培養細胞の増殖にとって不適切となって死滅する比率が高くならない範囲で、高い状態で維持することが、効率よい生産性を得る上で好ましい態様である。発酵液中の微生物または培養細胞の濃度は、一例として、SL乳酸菌を用いたD−乳酸発酵では、乾燥重量として、微生物濃度を5g/L以上に維持することにより良好な生産効率が得られる。
【0072】
連続発酵による化学品の製造では、必要に応じて発酵槽内から微生物または培養細胞を引き抜くことができる。例えば、発酵槽内の微生物または培養細胞濃度が高くなりすぎると、分離膜の閉塞が発生しやすくなることから、引き抜くことで、閉塞から回避することができる。また、発酵槽内の微生物または培養細胞濃度によって化学品の生産性能が変化することがあり、生産性能を指標として微生物または培養細胞を引き抜くことで生産性能を維持させることも可能である。
【0073】
以下、本発明の化学品の製造装置について、図を用いて説明する。
【0074】
図1は、本発明で用いられる化学品の製造装置を例示するための概略フロー図である。図1において、化学品の製造装置はタンク式発酵槽1と中空糸膜カートリッジ2で基本的に構成されている。タンク式発酵槽1は、タンク1aと蓋1bからなり、それぞれ取り外しが可能な構造となっている。タンク1aと蓋1bの間には、支持板17が配されている。中空糸膜カートリッジ2は、多数本の中空糸膜が、片端の端面が開口され、もう片端の中空糸膜が閉塞した状態でそれぞれ集束部材により集束、固定された中空糸膜カートリッジである。
【0075】
タンク式発酵槽1内での発酵は、培地供給ポンプ8によって培地をタンク式発酵槽1に投入し、必要に応じて、撹拌装置4でタンク式発酵槽1の中の発酵液を撹拌し、また、必要に応じてpH、pHセンサー・制御装置5および中和剤供給ポンプ7によって中和剤を供給し、発酵液のpHを調節することにより、高い生産性を維持しながら行われる。
【0076】
また、発酵の進行に伴い、タンク式発酵槽1内の内圧が上昇することがある。気体を供給する場合を考えるとタンク式発酵槽1の内部は陽圧であることが好ましいが、過度な陽圧になるとタンク式発酵槽1が破損するため、内圧を発酵槽圧力調整バルブ15および差圧計10により制御できる。
【0077】
化学品を含む発酵液は、中空糸膜カートリッジ2によって微生物と化学品を含む濾過液に濾過・分離され、タンク式発酵槽1から取り出すことができる。また、濾過・分離された微生物はタンク式発酵槽1内にとどまるため、発酵槽内の微生物濃度を高く維持することができ、生産速度の高い発酵生産が可能となる。ここで、中空糸膜カートリッジ2による濾過・分離には、濾過ポンプ11を設け、差圧センサー9・制御装置によって発酵液量を適当に調整することができる。必要に応じて、温度制御装置3によって、タンク式発酵槽1の温度を微生物/培養細胞が活性化する温度に維持することができるため、微生物濃度を高く維持することができる。また、必要に応じてレベルセンサー・制御装置6および培地供給ポンプ8によって培地を供給し、タンク式発酵槽1の内部における発酵液量を維持することができる。
【0078】
さらに、タンク式発酵槽1の蓋1bに逆洗用配管を設け、必要に応じて、逆洗ポンプ13を用いて逆洗液を投入することができる。この際、必要に応じて、濾過ポンプ11、濾過バルブ12、逆洗ポンプ13および逆洗バルブ14を、制御装置を用いて、分離膜濾過が行う際には逆洗バルブ14を閉め、逆洗ポンプ13を止めるとともに、濾過バルブ12を開け、濾過ポンプ11を作動させ、分離膜濾過を行わないときには、濾過バルブ12を閉め、濾過ポンプ11を止めるとともに、逆洗バルブ14を開け、逆洗ポンプ13を作動させることで逆洗を行うこともできる。
【0079】
図2は、本発明で用いられる中空糸膜カートリッジの好ましい一態様を示した図である。図2aは中空糸膜カートリッジ2を中空糸膜が開口している端面から見た図であり、図2bは中空糸膜カートリッジ2を側面から見た図である。
【0080】
中空糸膜カートリッジ2は、多数本の中空糸膜20の片端が、開口部集束部材21により端面が開口された状態で集束、固定されており、他方の端部が、閉塞部集束部材22により閉塞された状態で集束、固定されてなる中空糸膜カートリッジである。図1に記載の支持板17に設けられた貫通孔は、開口部集束部材21の底面積よりも小さく、かつ閉塞部集束部材22の底面積よりも大きくなるようにこれらの大きさを調整することで、中空糸膜カートリッジ2がタンク式発酵槽1内に懸垂保持されることが可能となる。
【0081】
図3は、本発明で用いられる発酵による化学品の製造用装置の別の一態様を例示するための概略フロー図である。
【0082】
図3は、図1の化学品製造用装置における攪拌装置4を取り除き、代わりに気体供給ユニット16を設けたものである。気体供給ユニット16からはタンク式発酵槽1内に気体が供給され、タンク式発酵槽1内に上向流を発生させ、タンク式発酵槽1内の発酵液が攪拌される。気体供給ユニット16からタンク式発酵槽1のタンク1aに連通する配管には、その途中に流量計およびバルブなどを設置し、気体供給流量を制御することも可能である。
【0083】
図4は、従来の発酵による化学品の製造装置を例示するための概略フロー図である。
【0084】
図4において、化学品の製造装置は発酵槽101と中空糸膜モジュール102で基本的に構成されている。中空糸膜モジュール102は、循環ポンプ103を介して発酵槽101に接続されている。
【0085】
発酵槽101内での発酵は、基本的には図1に記載の発酵に準じる。ただし、発酵槽101の内圧は、別途発酵槽圧力計104を接続して制御する必要がある。
【0086】
さらに、装置内の発酵液は、循環ポンプ103によって発酵槽101と中空糸膜モジュール102の間を循環する。化学品を含む発酵液は、中空糸膜モジュール102によって微生物と化学品を含む濾過液に濾過・分離され、装置系から取り出される。また、濾過・分離された微生物は装置系内にとどまるため、装置系内の微生物濃度が高く維持される。中空糸膜モジュール102による濾過・分離には、循環ポンプ103による圧力によって、特別な動力を使用することなく実施可能であるが、必要に応じて濾過ポンプ11を設け、差圧センサー・制御装置9によって発酵液量を適当に調整される。さらに、配管気体供給制御バルブと気体供給ユニット16を用いることにより、中空糸膜モジュール102の内部に気体を供給して、中空糸膜表面に堆積した詰まり物質の洗浄が行われる。配管気体供給制御バルブと気体供給ユニット16は必要に応じてタイマーや制御装置によって制御され、スクラビング気体の供給を制御する。また必要に応じて、差圧センサー9によって中空糸膜モジュール102の差圧を測定し、必要に応じて、配管気体供給制御バルブが調整される。
【実施例】
【0087】
(実施例1)
加圧式ポリフッ化ビニリデン中空糸膜モジュール(HFU2020 東レ製)を解体し、中空糸膜束から接着固定されていない部分のみを切り出し、ポリフッ化ビニリデン中空糸膜を分離膜として得たのち、これを長さが20cmになるように切り揃え、中空糸膜25本をU字型になるように折り曲げ、端面を揃えて中空糸膜束とした。内径φ16mmの円筒状容器の中に集束部材として用いるポリウレタン樹脂、SA−7068A(サンユレック製)64質量とSA−7068B(サンユレック製)100質量を混合、脱泡させたものを流し込み、中空糸膜束の開口端を入れたのちに硬化させて集束部材を形成した。同様にして、内径φ14mmの円筒状容器を用いて、中空糸膜束の折り曲げてある側を集束させたのち、φ16mmの集束部材のみスライスして開口させた。このようにして、膜本数50本、有効膜長さ8.0cmの中空糸膜カートリッジを得た。
【0088】
同様の中空糸膜カートリッジを12本作製し、内容積20Lの発酵槽内に懸垂支持させ、図1のような装置を構成した。懸垂支持には、φ15.5mmの貫通孔が6つ設けられている支持板を用いた。支持板と中空糸膜カートリッジの間には、それぞれO−リングが配されている。支持板から発酵槽の底面までは20cmあり、中空糸膜カートリッジの先端と発酵槽の底面は触れないようになっている。
【0089】
この発酵槽および中空糸膜カートリッジを、1次側、2次側をすべて蒸気が漏れないように封止したのち、1次側から121℃の飽和水蒸気を20分間、系内に供給して蒸気滅菌処理を行った。その後、以下の条件にてD−乳酸の連続発酵を行った。
【0090】
運転条件は以下のとおりであった。
発酵槽容量:20(L)
発酵槽有効容積:18(L)
温度調整:37(℃)
発酵槽攪拌速度:60(rpm)
pH調整:3N Ca(OH)2によりpH6に調整
乳酸発酵培地供給:発酵槽液量が約18Lで一定になる様に制御して添加
膜濾過流量制御:吸引ポンプによる流量制御
間欠的な濾過処理:濾過処理(9分間)〜濾過停止処理(1分間)の周期運転
膜濾過流束:0.01(m/day)以上5(m/day)以下の範囲で膜間差圧が20kPa以下となる様に可変。膜間差圧が範囲を超えて上昇し続けた場合は、連続発酵を終了した。
【0091】
微生物としてSporolactobacillus laevolacticus JCM2513(SL株)を用い、生産物である乳酸の濃度の評価には、下記に示したHPLCを用いて以下の条件下で行った。
【0092】
【表1】

【0093】
カラム:Shim-Pack SPR-H(島津社製)
移動相:5 mM p-トルエンスルホン酸(0.8 mL/min)
反応相:5 mM p-トルエンスルホン酸、20 mM ビストリス、0.1 mM EDTA・2Na(0.8 mL/min)
検出方法:電気伝導度
カラム温度:45℃
なお、乳酸の光学純度の分析は、以下の条件下で行った。
カラム:TSK-gel Enantio L1(東ソー社製)
移動相 :1 mM 硫酸銅水溶液
流束:1.0 mL/分
検出方法 :UV 254 nm
温度 :30℃
L-乳酸の光学純度は、次式(i)で計算される。
光学純度(%)=100×(L-D)/(D+L) ・・・(i)
また、D-乳酸の光学純度は、次式(ii)で計算される。
光学純度(%)=100×(D-L)/(D+L) ・・・(ii)
ここで、LはL-乳酸の濃度を表し、DはD-乳酸の濃度を表す。
【0094】
培養は、まずSL株を試験管で5mLの乳酸発酵培地で一晩振とう培養した(前々々培養)。得られた培養液を新鮮な乳酸発酵培地100mLに植菌し、500mL容坂口フラスコで24時間、30℃で振とう培養した(前々培養)。前々培養液を、図1に示す発酵装置の20Lのタンク式発酵槽1に培地を入れて植菌し、タンク式発酵槽1を付属の攪拌機4によって攪拌し、タンク式発酵槽1の温度調整、pH調整を行い、24時間培養を行った(前培養)。前培養完了後直ちに、前培養時の運転条件に加え、乳酸発酵培地の連続供給を行い、発酵装置の発酵液量を18Lとなるよう膜透過水量の制御を行いながら連続培養し、連続発酵によるD−乳酸の製造を行った。連続発酵試験を行うときの膜透過水量の制御は、定量濾過ポンプ11により濾過量が発酵培地供給流量と同一となるように制御した。適宜、膜透過発酵液中の生産されたD−乳酸濃度および残存グルコース濃度を測定した。
【0095】
連続発酵試験を行った結果を表2に表記する。
【0096】
【表2】

【0097】
実施例1の装置を用いた場合、安定したD−乳酸の連続発酵による製造が可能であった。連続発酵を400時間行うことができ、最大D−乳酸生産速度は4.3[g/L/hr]であった。
【0098】
(実施例2)
実施例1と同様の方法で中空糸膜カートリッジ12本を得たのち、図3のようにして化学品製造用装置を構成した。懸垂支持方法も実施例1と同様とした。
【0099】
この発酵槽および中空糸膜カートリッジを、1次側、2次側をすべて蒸気が漏れないように封止したのち、1次側から121℃の飽和水蒸気を20分間、系内に供給して蒸気滅菌処理を行った。その後、D−乳酸の連続発酵を行った。
【0100】
使用した微生物、乳酸濃度の評価、運転条件は実施例1と同様としたが、タンク式発酵槽1の攪拌方法のみ、気体供給ユニット16を用い、窒素ガスを1.8L/minで導入することに変更した。
【0101】
連続発酵試験を行った結果を表2に併記する。
【0102】
実施例2の装置を用いた場合、安定したD−乳酸の連続発酵による製造が可能であった。連続発酵を400時間行うことができ、最大D−乳酸生産速度は4.5[g/L/hr]であった。
【0103】
(比較例1)
実施例1と同様の方法で中空糸膜を得たのち、長さが50cmになるように切り揃えた。これを120本束ねて中空糸膜束とし、その片端に、集束部材に用いたポリウレタン樹脂と同じものを用いて中空糸膜閉塞部材を形成した。その後、開口端を筒状ケースに接着させ、筒状ケース端面でスライスし、筒状ケース上下にそれぞれキャップを配して、有効膜長40cmの中空糸膜モジュールとした。
【0104】
このようにして得られた中空糸膜モジュールを、図4に示すような装置に接続し、使用前に121℃、20分飽和水蒸気と接触させて蒸気滅菌をした。その後、D−乳酸の連続発酵を行った。使用した微生物、乳酸濃度の評価、運転条件は実施例1と同様とし、発酵槽101内の気体導入条件および攪拌を以下の通りとした。
発酵槽通気量:窒素ガス1.8(L/min)
発酵槽攪拌速度:60(rpm)
連続発酵試験を行った結果を表2に併記する。
【0105】
比較例1の装置を用いた場合、安定したD−乳酸の連続発酵による製造が可能であった。連続発酵を400時間行うことができ、最大D−乳酸生産速度は4.7[g/L/hr]であった。
【0106】
実施例1,2および比較例1の結果から、本発明の連続発酵による化学品の製造装置を用いることで、従来の化学品の製造装置と比較して、ほぼ同等の水準で発酵を行いながら、配管構造をコンパクト化、単純化できることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明の化学品の製造装置を用いれば、簡便な操作条件で、長時間にわたり安定して高生産性を維持し、かつ滅菌処理可能な発酵が、従来の製造装置よりもコンパクトで単純化された配管構造でも可能となり、広く発酵工業において、発酵生産物である化学品を低コストで安定に生産することが可能となる。
【符号の説明】
【0108】
1 タンク式発酵槽
1a タンク
1b 蓋
2 中空糸膜カートリッジ
3 温度制御装置
4 攪拌装置
5 pHセンサー・制御装置
6 レベルセンサー・制御装置
7 中和剤供給ポンプ
8 培地供給ポンプ
9 差圧センサー
10 差圧計
11 濾過ポンプ
12 濾過バルブ
13 逆洗ポンプ
14 逆洗バルブ
15 発酵槽圧力調整バルブ
16 気体供給ユニット
17 支持板
20 中空糸膜
21 開口部集束部材
22 閉塞部集束部材
101 発酵槽
102 中空糸膜モジュール
103 循環ポンプ
104 発酵槽圧力計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物の発酵培養により発酵原料から化学品を含有する発酵液への変換を行う発酵槽と、発酵液から濾過液として化学品を回収するための分離膜カートリッジとを備えた化学品の製造装置であって、分離膜カートリッジは、中空糸膜の少なくとも片端が開口された状態で接着固定層において接着固定された中空糸膜カートリッジであり、中空糸膜カートリッジが、発酵槽の中において発酵液に浸漬されるように収められていることを特徴とする化学品の製造装置。
【請求項2】
気体供給ユニットを有しており、気体供給ユニットと発酵槽の下部が連通していることを特徴とする請求項1に記載の化学品の製造装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の化学品の製造装置を用いて化学品を製造することを特徴とする化学品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−179018(P2012−179018A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−44753(P2011−44753)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】