説明

化学物質センシング素子の製造方法

【課題】生体情報に含まれるマーカに対して、マーカ選択性と高い性能とを有する化学物質センシング素子を製造できる方法を提供する。
【解決手段】導電性基体の表面を特定化学物質に特異的に吸着し得る材料で表面修飾してなる、特定化学物質を検出するための化学物質センシング素子を製造する方法であって、特定化学物質との結合に関係する特定化学物質の電子軌道に吸着し得る可能性を有する候補材料について、それぞれの特定化学物質との吸着エネルギーを算出し、その結果に基づいて、上記候補材料の中から導電性基体の表面修飾材料に適すると予測される材料を選択する工程を含む、化学物質センシング素子の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性基体の表面を特定化学物質に特異的に吸着し得る材料で表面修飾してなる、特定化学物質を検出するための化学物質センシング素子を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2055年には1.5人弱で1人の高齢者を支えるという超高齢化社会を迎える日本は、現在、保険料の負担、地方の医師不足などの問題を抱えている。このような社会において、健康に関する国民の意識は高く、多くの健康食品、サプリメントなどの健康に関する市場は増加傾向にあり、病気を患う前に予防することに重点を置く社会(ここでは「医療予防社会」と呼ぶ。)の実現が待ち望まれる。
【0003】
家庭でまたは個人で健康を管理する際には、健康の度合いを簡単に測定できる機器が必要となる。たとえば、血圧計は手首で測れるものから本格的なものまで幅広く親しまれている健康機器のひとつである。他にも血液、尿、唾液、呼気といった簡単にサンプリングできるものを分析し、含まれていた特定の化学物質から罹っている可能性のある病気を判断する方法もある。このような病気に対応した化学物質は「マーカ」と呼ばれている。
【0004】
たとえば、Wenqing Cao et al., "Breath Analysis: Potential for Clinical Diagnosis and Exposure Assessment", Clinical Chemistry, Vo. 52:5, p.800-811(2006)(非特許文献1)には、疾病とマーカとの関係が示されている。呼気に関するものを表1に引用する。
【0005】
【表1】

【0006】
表1から特に呼気にマーカが多く存在することがわかる。これは、取り込まれた空気が肺胞において毛細血管中の血液と薄膜を隔てて近接して存在するためと考えられる。
【0007】
呼気中のマーカの測定方法として、ガスクロマトグラフィおよび化学発光法が知られているが、これらの測定方法においては測定機器が大型かつ高額であり、また操作方法の習熟も必要であるため実用的ではない。また、酸化物半導体ガスセンサによる測定も知られているが、検出限界が103ppmレベルと感度が低く、ppbからppmオーダーの濃度である呼気中のマーカの測定には適していない。さらに、ガスセンサとして作動するためには300℃に加熱する必要があるため実用的ではない。
【0008】
このような問題を解決するための一方法として、たとえば齋藤理一郎、「カーボンナノチューブの概要と課題」、機能材料、Vol.21、No.5、p.6-14、2001年5月号(非特許文献2)には、カーボンナノチューブ(CNT:Carbon Nano Tube)を利用したガスセンサが提案されている。CNTは直径がナノオーダーのチューブ状炭素材料であり、グラフェンシートを円筒状に丸めた構造によりなる。このグラフェンシートとは、6つの炭素原子が正六角形の板状構造を形成して結合したグラファイト構造が二次元に連続して形成されたものである。CNTは高い導電性を有し、かつナノオーダーの材料であるため、非特許文献2に開示されたガスセンサは、超小型化、低消費電力および可搬性を実現可能であり、簡便で実用的な健康チェック機器として最適である。しかしながら、測定対象ガスに対する選択性が低いために、どのようなガス分子が接近しても同じように抵抗変化を起こしてしまい、雰囲気中に存在する物質の定性分析ができないという問題がある。
【0009】
呼気中のマーカの1つである一酸化窒素(NO)は、表1に示したように、喘息患者の呼気中において高濃度で検出される。また、NOは、生体内の神経伝達物質の一つであり、免疫反応及び血圧調整等においても重要な役割を果たすことが知られている。そのため、呼気中のNO濃度を検出することで疾病の予測および程度などを知ることが可能であり、高性能な一酸化窒素センサ(NOセンサ)の実現が望まれている。
【0010】
またAlexander Star et al., "Carbon Nanotube Sensors For Exhaled Breath Components", Nanotechnology, Vol.18, p.375502(7pp), (2007)(非特許文献3)には、CNTを利用したNOセンサが提案されている。非特許文献3に開示されたNOセンサは、CNT表面を特定の物質と反応する物質で修飾することにより、測定対象ガスに対する選択性を向上させている。すなわち、二酸化窒素(NO2)と反応するポリエチレンイミンにより表面を修飾されたCNTを利用し、更に一酸化窒素から二酸化窒素へと変換する触媒を設けることによって、呼気内の特定のマーカである一酸化窒素(NO)を検出している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Wenqing Cao et al., "Breath Analysis: Potential for Clinical Diagnosis and Exposure Assessment", Clinical Chemistry, Vo. 52:5, p.800-811(2006)
【非特許文献2】齋藤理一郎、「カーボンナノチューブの概要と課題」、機能材料、Vol.21、No.5、p.6-14、2001年5月号
【非特許文献3】Alexander Star et al., "Carbon Nanotube Sensors For Exhaled Breath Components", Nanotechnology, Vol.18, p.375502(7pp), (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
一般的に、健康な人の呼気中におけるNO濃度は10ppb程度であり、喘息患者の呼気中におけるNO濃度は50ppb程度であるため、呼気中のNOを検出するためのNOセンサは、検出下限がppbレベルと高感度のものが要求される。非特許文献3に開示されたNOセンサでは、このような呼気中のNOを検出できるレベルの高感度化は達成されていない。
【0013】
また、非特許文献3に開示されたNOセンサは、使用される触媒が湿度15〜30%程度の環境下でなければ正常に作動しないため、測定対象ガスの湿度を調整しなければならない。また、正確なNO濃度を検出するためには、測定対象ガスに含まれている二酸化窒素(NO2)を予め除去しなければならない。したがって、非特許文献3に開示されるNOセンサによって呼気中のNOを測定する場合には、触媒だけなく、呼気内に4%程度含まれている二酸化窒素(NO2)の除去及び湿度の調整等の前処理に必要な構成を設けなければならず、装置が大型化してしまうという問題がある。また、測定に多段階の工程を必要とするため測定時間が長くなってしまうという問題がある。
【0014】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、生体情報に含まれるマーカに対して、マーカ選択性と高い性能とを有する化学物質センシング素子を製造できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、導電性基体の表面を特定化学物質に特異的に吸着し得る材料で表面修飾してなる、特定化学物質を検出するための化学物質センシング素子を製造する方法であって、特定化学物質との結合に関係する特定化学物質の電子軌道に吸着し得る可能性を有する候補材料について、それぞれの特定化学物質との吸着エネルギーを算出し、その結果に基づいて、上記候補材料の中から導電性基体の表面修飾材料に適すると予測される材料を選択する工程を含むことを特徴とする。
【0016】
本発明の化学物質センシング素子の製造方法において、表面修飾材料の予測に密度汎関数理論を用いることが好ましい。
【0017】
本発明の化学物質センシング素子の製造方法において、特定化学物質は一酸化窒素であることが好ましい。
【0018】
本発明において選択された表面修飾材料は金属錯体であることが好ましく、金属錯体は金属フタロシアニンであることが特に好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、導電性基体の表面修飾に用いる、特定化学物質を特異的に吸着し検出するための表面修飾材料を、特定化学物質に応じて効率よく選択でき、これにより生体情報に含まれるマーカに対して、マーカ選択性と高い性能とを有する化学物質センシング素子を製造することができる。また、本発明によれば、特定化学物質と表面修飾材料の候補材料との吸着エネルギーだけでなく、特定化学物質のどの電子軌道が吸着に関与しているかも把握でき、そのような観点からも表面修飾材料を選択することが可能となる。さらに、様々な候補材料について調べることで、複数の表面修飾材料を選択することも可能であり、化学物質センシング素子のアレイ化にも容易に対応することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明によって製造される好ましい一例の化学物質センシング素子1を模式的に示す図である。
【図2】図1のセンシング部を拡大して示す図である。
【図3】コバルトフタロシアニン(CoPc)修飾グラファイトシートとNOとの最安定構造を示す図である。
【図4】図4(a)はCoPc、図4(b)はCoPc+NOの局所状態密度をそれぞれ示すグラフである。
【図5】図5(a)はMnPc、図5(b)はMnPc+NOの局所状態密度をそれぞれ示すグラフである。
【図6】図6(a)はFePc、図6(b)はFePc+NOの局所状態密度をそれぞれ示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の化学物質センシング素子の製造方法の説明に先立ち、まずは本発明によって製造される化学物質センシング素子について説明する。図1は、本発明によって製造される好ましい一例の化学物質センシング素子1を模式的に示す図であり、図2は図1のセンシング部を拡大して示す図である。本発明によって製造される化学物質センシング素子1は、図1に示すように、導電性基体2と、センシング部3とを基本的に備え、導電性基体2は、その端部がそれぞれ正極4および負極5として電源6に電気的に接続される。センシング部3は、特定化学物質を特異的に吸着し、検出する部分であり、このセンシング部3に検体、たとえば呼気を接触させることにより生じるセンシング部3の電気伝導度の変化を検出することによって、呼気中の特定化学物質の有無および含有量を明らかにすることができる。このセンシング部3は、図2に拡大して示すように、導電性基体2の表面を、特定化学物質に特異的に吸着し得る材料(表面修飾材料)7で表面修飾することで形成される。
【0022】
本発明の化学物質センシング素子の製造方法は、化学物質センシング素子を用いて検出しようとする特定化学物質に応じて、この表面修飾材料を効率的に選定できる方法である。すなわち、本発明は、導電性基体の表面を特定化学物質に特異的に吸着し得る材料で表面修飾してなる、特定化学物質を検出するための化学物質センシング素子を製造する方法であって、特定化学物質との結合に関係する特定化学物質の電子軌道に吸着し得る可能性を有する候補材料について、それぞれの特定化学物質との吸着エネルギーを算出し、その結果に基づいて、上記候補材料の中から導電性基体の表面修飾材料に適すると予測される材料を選択する工程とを含むことを特徴とする。
【0023】
本発明における特定化学物質については特に制限されるものではなく、表1に記載の呼気マーカ物質、たとえば、一酸化窒素(NO)、一酸化炭素(CO)、水素、アンモニアなどを挙げることができる。中でも、喘息の呼気マーカであるNOは、本発明の化学物質センシング素子の製造方法を用いることにより、多段階の工程を必要とするため測定時間が長くなってしまうという現在のNO測定における問題を解決し得ることから、特定化学物質はNOであることが好ましい。
【0024】
本発明においては、まず、特定化学物質との結合に関係する特定化学物質の電子軌道に吸着し得る可能性を有する候補材料を選択する。この候補材料の選択は、候補材料の特性を鑑みて行う。なお、特定化学物質との結合に関係する特定化学物質の電子軌道に吸着し得る可能性を有するか否かは、実際に初期構造を設定し、計算後、吸着エネルギーを求めることによって判断することができる。
【0025】
特定化学物質がNOである場合、特定化学物質との結合に関係する特定化学物質の電子軌道に吸着し得る可能性を有する候補材料としては、金属を有する材料が考えられ、たとえば金属フタロシアニン、ポルフィリンなどを挙げることができる。中でも、安定性、入手し易さという理由で、本発明者らが着目したような金属フタロシアニンが好ましい。金属フタロシアニンは、4つのフタル酸イミドが窒素原子で架橋された構造をもつ環状化合物フタロシアニン(Phthalocyanine又はTetrabenzoazaporphyrine,C32816)と、その中央部分に配置された金属(Metal)との錯体である。
【0026】
本発明において、候補材料からの導電性基体の表面修飾材料に適すると予測される材料の選択には、密度汎関数理論(Density Functional Theory:DFT)を用いたシミュレーションを利用することが好ましい。DFTは、電子系のエネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする理論であり、この理論を用いたシミュレーションには、密度汎関数法による平面波・疑ポテンシャル基底を用いた第一原理電子状態計算プログラムパッケージであるシミュレータVASP(Vienna Ab-initio Simulation Package)を好適に用いることができる。
【0027】
実験例にて後述するように、本発明者らは、特定化学物質をNOとした場合において導電性基体の表面修飾材料に適すると予測される材料を、シミュレータVASPを用いて予測した。具体的には、候補材料として金属フタロシアニン(以下「MePc」と呼ぶ。)について、その中心金属をマンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)に置換したときにおいて、それぞれの金属上にNOを吸着させたときの吸着エネルギーおよび局所状態密度をDFTに基づいたシミュレーター(VASP)を用いて計算した。その結果、金属フタロシアニンの中心金属の違いによって、喘息のマーカである一酸化窒素(NO)に対する吸着能に差が現れることを見出した。
【0028】
さらに、本発明者らは、コバルト(Co)フタロシアニンで表面修飾されたグラファイトシート表面でのNOの吸着サイトを探索し、安定吸着サイトにNOが吸着した際の電子状態について調べ、第一原理計算により最安定構造を得たところ、最安定構造では、フェルミエネルギー近傍に存在する、NOのπ*軌道とCoのdzz軌道が混成し、結合性軌道および反結合性軌道を形成することを突き止めた。この結果から、NO吸着によりコバルトフタロシアニンで表面修飾された導電体の電気伝導度は変化すると予測される。
【0029】
またコバルトフタロシアニン以外のマンガンフタロシアニンや鉄フタロシアニンに関しても、金属とNOが吸着した系の局所状態密度について計算を行った結果、NOの吸着前後でエネルギーギャップが拡大しており、これらで導電体の表面を修飾した場合でも電気伝導度は変化すると予測された一方で、ニッケルフタロシアニン、銅フタロシアニン、亜鉛フタロシアニンの場合では吸着エネルギーも小さく、局所状態密度の結果でもエネルギーギャップの広がりは見られなかったころから、電気伝導度は変化しないと予測された。
【0030】
このように本発明においては、好ましくはDFTに基づいたシミュレーションを行うことで、実験を行わなくても、特定化学物質との結合に関係する特定化学物質の電子軌道に吸着し得る可能性を有する候補材料の中からどの材料が導電性基体の表面修飾材料に適すると予測し得る程度の知見を得ることができる。また、実験することなく複数の材料について検討できることで、候補材料の中から導電性基体の表面修飾材料に適すると予測される複数の材料を把握することもでき、化学物質センシング素子をアレイ化する際の検討に非常に有用である。
【0031】
このようにして本発明の化学物質センシング素子の製造方法により、たとえば、導電性基体の表面をコバルトフタロシアニンで表面修飾して形成された、NO検出用の化学物質センシング素子が好適に製造される。このようなNO検出用の化学物質センシング素子は、NOを特異的に検出することができ、ユーザーは喘息等の肺疾患に対する症状の度合いを客観的に知ることができるという利点がある。
【0032】
本発明により製造される化学物質センシング素子において、導電性基体は、ナノ構造体からなることが好ましい。本発明において、ナノ構造体とは、ナノチューブ、ナノワイヤ、フラーレンなどのような構造体を示すものとし、その表面積は好ましくは100〜3000cm2/cm3の範囲である。導電性基体がナノ構造体であることによって、センシングデバイスを構築した際、酸化物半導体センサでは得られない超高感度のセンシングが室温で可能となるという利点が生じる。
【0033】
本発明により製造される化学物質センシング素子において、導電性基体は、カーボンナノチューブ(CNT)からなるナノ構造体(カーボンナノ構造体)であることが特に好ましい。カーボンナノチューブは、ナノメートルサイズでの電気導電性を示すだけでなく、そのカイラリティー(chirality)によっては半導体となり、制御電圧(ゲート電圧)による感度の増幅作用が得られる性質があるためである。
【0034】
なお、カーボンナノチューブ中の不純物は、カーボン(炭素(C))に対して強度比で0.001〜0.05の範囲であることが好ましく、0.001〜0.01の範囲であることが特に好ましい。ここで、不純物とは、C以外のK、Mg、Ca、Na、Al、Si、S、Fe、Co、Ni等の元素の総称を示すものとし、強度比とは、たとえばエネルギー分散型X線分析器で検出されるカウント数の値を示すものとする。CNTの主要構成元素である炭素に対する各不純物(Ca、Mg、S、Siなど)の強度比を計算した場合、0.001未満である場合には、データの信頼性に問題がある虞があり、0.05超過である場合には、不純物による導電性がセンシング特性を左右してしまう虞がある。
【0035】
化学物質センシング素子によりセンシングを行なう場合、その電気抵抗変化を測定するために電界をかける。これにより、カーボンナノ構造体の内部では電子の移動が起こる。当該特定化学物質と反応した場合、その電気的特性の変化は、コバルトフタロシアニンおよびカーボンナノ構造体がそれぞれの分子構造全体に共通に有するπ電子結合により高速にカーボンナノ構造体へ伝わり、電気抵抗変化を迅速に発生させる。
【0036】
なお、この化学物質センシング素子を再利用するためには、先に測定した特定化学物質の除去が必要である。この場合、化学物質センシング素子の温度を上げることで、吸着した特定化学物質を脱離させることができる。化学物質センシング素子の温度を上げるためには様々な手段を設けることができる。たとえば、ガスの離脱処理時に、直流電源の電圧を高く調整することにより、化学物質センシング素子の温度を200℃程度に上昇させることで特定化学物質を取り除くことができる。また、化学物質センシング素子を周期的に150℃で加熱するための手段を設けてもよい。さらに、半導体レーザによるレーザ光照射による加熱を行なってもよい。特定化学物質の脱離法はこれに限らず、真空引きによっても可能である。
【0037】
以下、実験例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0038】
<実験例1>
金属フタロシアニン(MePc)の中心金属をマンガン(Mn)に置換したものについて、金属上にNOを吸着させたときの吸着エネルギーおよび局所状態密度を、DFTに基づいたシミュレータVASPを用いて計算した。結果、マンガン(Mn)フタロシアニンとNOとの吸着エネルギーは1.738eVとなり、MnPcとNOは強い結合を形成することが分かった。
【0039】
<実験例2>
金属フタロシアニン(MePc)の中心金属を鉄(Fe)に置換したものについて、金属上にNOを吸着させたときの吸着エネルギーおよび局所状態密度を実験例1と同様にして計算した。結果、鉄(Fe)フタロシアニンとNOとの吸着エネルギーは1.899eVとなり、FePcとNOは強い結合を形成することが分かった。
【0040】
<実験例3>
金属フタロシアニン(MePc)の中心金属をコバルト(Co)に置換したものについて、金属上にNOを吸着させたときの吸着エネルギーおよび局所状態密度を実験例1と同様にして計算した。結果、コバルト(Co)フタロシアニンとNOとの吸着エネルギーは1.552eVとなり、FePcとNO強い結合を形成することが分かった。
【0041】
<実験例4>
金属フタロシアニン(MePc)の中心金属をニッケル(Ni)に置換したものについて、金属上にNOを吸着させたときの吸着エネルギーおよび局所状態密度を実験例1と同様にして計算した。結果、ニッケル(Ni)フタロシアニンとNOとの吸着エネルギーは0.104eVとなり、NiPcとNOは弱い結合を形成することが分かった。
【0042】
<実験例5>
金属フタロシアニン(MePc)の中心金属を銅(Cu)に置換したものについて、金属上にNOを吸着させたときの吸着エネルギーおよび局所状態密度を実験例1と同様にして計算した。結果、銅(Cu)フタロシアニンとNOとの吸着エネルギーは0.033eVとなり、CuPcとNOは弱い結合を形成することが分かった。
【0043】
<実験例6>
金属フタロシアニン(MePc)の中心金属を亜鉛(Zn)に置換したものについて、金属上にNOを吸着させたときの吸着エネルギーおよび局所状態密度を実験例1と同様にして計算した。結果、亜鉛(Zn)フタロシアニンとNOとの吸着エネルギーは0.006eVとなり、ZnPcとNOは弱い結合を形成することが分かった。
【0044】
実験例1〜6の結果をまとめたものを表2に示す。
【0045】
【表2】

【0046】
<実験例7>
CoPc修飾グラファイトシート表面でのNOの吸着サイトを探索し、安定吸着サイトにNOが吸着した際の電子状態について調べ、局所状態密度について計算を行った。第一原理計算により得られた最安定構造を図3に示す。また図4(a)はCoPc、図4(b)はCoPc+NOの局所状態密度をそれぞれ示すグラフ(グラフェンシートなし)であり、共に縦軸はDOS(arbit.units)、横軸はエネルギー(eV)を示している。図3に示される最安定構造では、フェルミエネルギー近傍に存在する、NO11のπ*軌道と、グラフェンシート12上のCoPc13におけるCoのdzz軌道が混成し、結合性軌道および反結合性軌道を形成する。この結果から、NO吸着によりCoPc修飾CNTの電気伝導度は変化すると考えられる。
【0047】
<実験例8>
MnPcについてもNOが吸着した系(グラフェンシートなし)について、実験例7と同様に局所状態密度の計算を行った。図5(a)はMnPc、図5(b)はMnPc+NOの局所状態密度をそれぞれ示すグラフであり、共に縦軸はDOS(arbit.units)、横軸はエネルギー(eV)を示している。MnPcの場合でも、NOの吸着前後でエネルギーギャップが拡大していた。このことから、MnPcでも、電気伝導度は変化すると考えられる。
【0048】
<実験例9>
FePcについてもNOが吸着した系(グラフェンシートなし)について、実験例7と同様に局所状態密度の計算を行った。図6(a)はFePc、図6(b)はFePc+NOの局所状態密度をそれぞれ示すグラフであり、共に縦軸はDOS(arbit.units)、横軸はエネルギー(eV)を示している。FePcの場合でも、NOの吸着前後でエネルギーギャップが拡大していた。このことから、FePcでも、電気伝導度は変化すると考えられた。
【0049】
<実験例10>
NiPc、CuPc、ZnPcの場合についてもそれぞれNOが吸着した系(グラフェンシートなし)について、実験例7と同様に局所状態密度の計算を行った。これらの場合には、吸着エネルギーも小さく、局所状態密度の結果でもエネルギーギャップの広がりは見られなかったころから、電気伝導度は変化しないと考えられた。
【0050】
今回開示された実施の形態および実験例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0051】
1 化学物質センシング素子、2 導電性基体、3 センシング部、4 正極、5 負極、6 電源、7 表面修飾材料、11 一酸化窒素(NO)、12 グラフェンシート、13 コバルトフタロシアニン(CoPc)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基体の表面を特定化学物質に特異的に吸着し得る材料で表面修飾してなる、特定化学物質を検出するための化学物質センシング素子を製造する方法であって、
特定化学物質との結合に関係する特定化学物質の電子軌道に吸着し得る可能性を有する候補材料について、それぞれの特定化学物質との吸着エネルギーを算出し、その結果に基づいて、上記候補材料の中から導電性基体の表面修飾材料に適すると予測される材料を選択する工程を含む、化学物質センシング素子の製造方法。
【請求項2】
表面修飾材料の予測に密度汎関数理論を用いる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
特定化学物質が一酸化窒素である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
候補材料が金属錯体である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
金属錯体が金属フタロシアニンである、請求項4に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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