説明

化学物質判別回路、化学物質の判別方法及び化学物質判定用測定回路

【課題】広範囲の化学物質の種類及び濃度を高精度且つ容易に判別する。
【解決手段】化学物質判別回路1は、化学物質を含む電極部5を有する非線形発振回路2とファンクションジェネレータ3をスイッチSWを介して接続されて構成されている。化学物質判別回路1の制御回路20は、スイッチSWがOFFしているときに非線形発振回路2から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数を取得し、スイッチSWがONし、ファンクションジェネレータ3から非線形発振回路2へ正弦波が印加されて非線形発振回路2に同調が生じている状態において非線形発振回路2から出力された電圧の同調振幅及び同調周波数と、同調が生じている状態におけるファンクションジェネレータ3からの入力振幅及び入力周波数とを取得し、取得された固有振幅、固有周波数、同調振幅、同調周波数、入力振幅及び入力周波数に基づいて、化学物質の種類及び濃度を判別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学物質の種類及び濃度を判別する化学物質判別回路及び化学物質の判別方法、並びに、化学物質に関する各種値を測定する化学物質判定用測定回路に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、化学物質の電気化学反応時にセンサから出力される電気信号から、化学物質の種類や濃度を判別する装置が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、被検体である還元性ガスが存在することで酸化反応が生じて導電率が変化する半導体式ガスセンサに内蔵されたヒータに周期的な正弦波を印加して、周期的に変化する半導体式ガスセンサの導電率を検出するガス検出装置について開示されている。この特許文献1に記載のガス検出装置は、検出された導電率に対して高速フーリエ変換(FFT)により周波数空間での解析を行い、還元性ガスのガス種を判別している。
【0004】
また、特許文献2には、ウィーンブリッジ発振回路の発振周波数を決定するためのCR並列回路を半導体式ガスセンサに置換し、非線形振動が生じる電子回路を構成し、この電子回路の半導体式ガスセンサに線形振動子により入力電圧を印加して同調が生じたときの出力電圧と入力電圧を用いてリサージュ図を作成する化学物質判別装置について開示されている。この特許文献2に記載の化学物質測定装置は、作成されたリサージュ図と、あらかじめ記憶された化学物質に応じたリサージュ図とを比較して化学物質を判別している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−72871号公報
【特許文献2】特開2005−331473号公報(図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に記載のガス検出装置では複雑な演算が必要であった。また、特許文献2に記載の化学物質判別装置のように同調が生じたときの入力電圧と出力電圧とから作成されるリサージュ図による化学物質の判別では、精度が不十分であり、且つ、判別可能な化学物質の種類が少なかった。
【0007】
そこで、本発明の目的は、広範囲の化学物質の種類及び濃度を高精度且つ容易に判別する化学物質判別回路、化学物質の判別方法及び化学物質判定用測定回路を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の化学物質判別回路は、ウィーンブリッジ発振回路のCR並列回路を、被検体である化学物質が含有された溶液と前記溶液中に配置した一対の電極とを有する電極部に置換して構成された非線形発振回路と、線形な交流電圧を発生する交流電圧発生回路と、前記非線形発振回路と前記交流電圧発生回路との間に接続されたスイッチと、前記スイッチがOFFしているときに前記非線形発振回路から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数と、前記スイッチがONし、前記交流電圧発生回路から前記非線形発振回路へ前記交流電圧が印加されて前記非線形発振回路に同調が生じている状態において前記非線形発振回路から出力された電圧の同調振幅及び同調周波数と、前記同調が生じている状態において前記交流電圧発生回路から前記非線形発振回路へ印加された前記交流電圧の入力振幅及び入力周波数とを取得する取得手段と、前記取得手段によって取得された前記固有振幅、前記固有周波数、前記同調振幅、前記同調周波数、前記入力振幅及び前記入力周波数とに基づいて、前記化学物質の種類及び濃度を判別する判別手段と、を備えている。
【0009】
本発明者らは、ウィーンブリッジ発振回路のCR並列回路を、化学物質が含有された溶液と溶液中に配置した一対の電極とを有する電極部に置換して非線形発振回路を構成して、この非線形発振回路から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数、並びに、非線形発振回路の電極部に線形な交流電圧を印加して同調が生じている状態において非線形発振回路から出力された同調振幅及び同調周波数が、化学物質の種類や濃度に応じて一定の規則性の下に異なることを知見した。そして、上述したこれらの指標と、同調が生じている状態において非線形発振回路に印加された交流電圧の入力振幅及び入力周波数とに基づいて、電極部に含まれる化学物質の種類及び濃度を判別できることを知見した。なお、上述した全ての指標は、入力または出力の電圧の振幅及び周波数なので測定が容易である。本発明における化学物質判別回路によると、上述した一定の規則性の下に異なる多くの指標を用いることで、広範囲の化学物質の種類及び濃度を高精度且つ容易に判別することができる。
【0010】
また、前記判別手段は、前記固有周波数が低いほど、前記化学物質の濃度が高いと判別することが好ましい。
【0011】
本発明者らは、固有周波数が低いほど、化学物質の濃度が高いことを知見した。したがって、仮に、化学物質の種類が同じであり、濃度の異なる複数の溶液に対して、濃度を判別しようとすると、上述した複数の溶液をそれぞれ含んだ複数の電極部を有する複数の非線形発振回路から出力された複数の固有周波数をそれぞれ測定する。そして、複数の固有周波数を比較して、その値が低い溶液ほど、溶液に含有された化学物質の濃度が高いことを判別することができる。
【0012】
さらに、前記取得手段は、所定の前記入力振幅の交流電圧を前記非線形発振回路へ印加したときにおける同調が生じた前記入力周波数の幅を取得しており、前記判別手段は、前記取得手段によって取得された前記所定の入力振幅において同調が生じた前記入力周波数の幅に基づいて、前記化学物質の種類を判別することが好ましい。
【0013】
本発明者らは、所定の入力振幅の交流電圧を印加したときに、入力周波数の幅が常に同じ規則性の下に化学物質の種類によって異なることを知見した。例えば、本発明者らは、濃度が同じCa(カルシウム)とMg(マグネシウム)をそれぞれ含有した溶液をそれぞれ電極部とした2つの非線形発振回路において、所定の入力振幅における入力周波数の幅を比較すると、Caの方がMgに比べて入力周波数の幅が広くなることを知見した。したがって、所定の入力振幅において同調が生じた入力周波数の幅に基づいて、化学物質の種類を判別することができる。
【0014】
加えて、前記取得手段は、所定の前記入力振幅の交流電圧を前記非線形発振回路へ印加したときにおける同調が生じた前記同調振幅を取得しており、前記判別手段は、前記取得手段によって取得された前記所定の入力振幅において同調が生じた前記同調振幅に基づいて、前記化学物質の種類を判別することが好ましい。
【0015】
本発明者らは、所定の入力振幅の交流電圧を印加したときに、同調振幅が常に同じ規則性の下に化学物質の種類によって異なることを知見した。例えば、本発明者らは、濃度が同じCa(カルシウム)とMg(マグネシウム)をそれぞれ含有した溶液を電極部とした非線形発振回路において、所定の入力振幅における同調振幅を比較すると、Caの方がMgに比べて同調振幅が大きいことを知見した。したがって、所定の入力振幅における同調振幅に基づいて、化学物質の種類を判別することができる。
【0016】
また、前記スイッチのON/OFFを切り換える切り換え制御手段と、前記固有振幅及び前記固有周波数を測定する固有モードと、前記同調振幅及び前記同調周波数を測定する同調モードとのいずれかのモードを選択するモード選択手段と、をさらに備えている。前記切り換え制御手段は、前記モード選択手段によって前記固有モードが選択されると、前記スイッチをOFFし、前記モード選択手段によって前記同調モードが選択されると、前記スイッチをONすることが好ましい。
【0017】
これによると、スイッチを切り換え制御することで、交流電圧発生回路の接続状態を切り換えて、固有モードと同調モードの選択を簡単に切り換えることができる。
【0018】
さらに、前記交流電圧発生回路は、前記スイッチと高抵抗とを直列に介して前記非線形発振回路と接続されていることが好ましい。
【0019】
これによると、交流電圧発生回路は、スイッチと高抵抗を直列に介して非線形発振回路と接続されており、交流電圧発生回路の入力振幅が小さい場合であっても、適切な幅の、同調する入力周波数の範囲を得ることができる。
【0020】
このとき、前記スイッチは、前記交流電圧発生回路と前記高抵抗との間に接続され、前記高抵抗は、前記固有モード及び前記同調モードのいずれのモードにおいても前記非線形発振回路に接続されていることが好ましい。
【0021】
これによると、上述した交流電圧発生回路をスイッチと高抵抗を直列に介して非線形発振回路と接続させた発明の効果に加え、この抵抗が、固有モード及び同調モードのいずれのモードでも、すなわちスイッチがON、OFFいずれの状態であっても非線形発振回路に接続されることにより、固有周波数及び固有振幅を取得するときと、同調周波数及び同調振幅を取得するときとのどちらについても、この抵抗が介在することになり、回路全体の抵抗が同じになる。したがって、同じ条件の下で、固有周波数及び固有振幅、並びに、同調周波数及び同調振幅を測定することができる。また、抵抗値の高い高抵抗とすることにより、電極部を含む合成抵抗値を電極部の内部抵抗とほぼ同等として、溶液の特性を検知しやすくすることができる。
【0022】
本発明の化学物質の判別方法は、ウィーンブリッジ発振回路のCR並列回路を、被検体である化学物質が含有された溶液と前記溶液中に配置した一対の電極とを有する電極部に置換して構成された非線形発振回路から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数を測定する固有モード測定工程と、前記非線形発振回路の前記非線形発振回路へ線形な交流電圧を印加して、前記非線形発振回路に同調が生じている状態において前記非線形発振回路から出力された電圧の同調振幅及び同調周波数を測定する同調モード測定工程と、前記固有モード測定工程によって測定された前記固有振幅及び前記固有周波数と、前記同調モード測定工程によって測定された前記同調振幅及び前記同調周波数と、前記同調モード測定工程で前記同調現象が生じている状態において前記非線形発振回路に印加された前記交流電圧の入力振幅及び入力周波数とに基づいて、前記化学物質の種類及び濃度を判別する判別工程と、を備えている。
【0023】
本発明者らは、ウィーンブリッジ発振回路のCR並列回路を、化学物質が含有された溶液と溶液中に配置した一対の電極とを有する電極部に置換して非線形発振回路を構成して、この非線形発振回路から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数、並びに、非線形発振回路の電極部に線形な交流電圧を印加して同調が生じている状態において非線形発振回路から出力された同調振幅及び同調周波数が、化学物質の種類や濃度に応じて一定の規則性の下に異なることを知見した。そして、上述したこれらの指標と、同調が生じている状態において非線形発振回路に印加された交流電圧の入力振幅及び入力周波数とに基づいて、電極部に含まれる化学物質の種類及び濃度を判別できることを知見した。なお、上述した全ての指標は、入力または出力の電圧の振幅及び周波数なので測定が容易である。本発明における化学物質の判別方法によると、上述した一定の規則性の下に異なる多くの指標を用いることで、広範囲の化学物質の種類及び濃度を高精度且つ容易に判別することができる。
【0024】
本発明の化学物質判定用測定回路は、ウィーンブリッジ発振回路のCR並列回路を、被検体である化学物質が含有された溶液と前記溶液中に配置した一対の電極とを有する電極部に置換して構成された非線形発振回路と、線形な交流電圧を発生する交流電圧発生回路と、前記非線形発振回路と前記交流電圧発生回路との間に高抵抗を介して直列接続されたスイッチとを備え、前記スイッチがOFFしているときに前記非線形発振回路から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数と、前記スイッチがONし、前記交流電圧発生回路から前記非線形発振回路へ前記交流電圧が印加されて前記非線形発振回路に同調が生じている状態において前記非線形発振回路から出力された電圧の同調振幅及び同調周波数と、前記同調が生じている状態において前記交流電圧発生回路から前記非線形発振回路へ印加された前記交流電圧の入力振幅及び入力周波数とを取得するようにしている。
【0025】
本発明の化学物質判定用測定回路によると、非線形化したウィーンブリッジ回路と交流電圧発生回路との間にスイッチと高抵抗を介在するだけで、一つの溶液に対して化学物質を判別するための多数の情報を連続して容易に得ることができる。
【発明の効果】
【0026】
固有振幅、固有周波数、同調振幅、同調周波数、入力振幅及び入力周波数という一定の規則性の下に異なる多くの指標を用いることで、広範囲の化学物質の種類及び濃度を高精度且つ容易に判別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本実施形態に係る化学物質判別回路の回路図である。
【図2】ウィーンブリッジ発振回路の回路図である。
【図3】化学物質の判別工程図である。
【図4】電流を流すための抵抗の値に応じた同調した入力周波数の範囲について説明するグラフである。
【図5】CaCl2とMgCl2の濃度に応じた固有周波数及び固有振幅を測定した表である。
【図6】CaCl2とMgCl2の入力振幅ごとの同調した入力周波数の範囲について説明するグラフである。
【図7】CaCl2とMgCl2の入力振幅ごとの同調した入力周波数の幅について説明するグラフである。
【図8】CaCl2とMgCl2の入力振幅ごとの同調振幅について説明するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態について説明する。図1に示すように、化学物質判別回路1は、ウィーンブリッジ発振回路の一部であるCR並列回路32(図2参照)を化学物質が含有された溶液41と溶液41中に配置した一対の電極42とを有する電極部5に置換した非線形発振回路2と、非線形発振回路2の電極部5に正弦波を印加するファンクションジェネレータ3と、非線形発振回路2とファンクションジェネレータ3を接続するスイッチSWと、非線形発振回路2のオペアンプOP1の増幅率を制御するための振幅安定回路6と、各部の動作を制御して、全体動作を司る制御回路20などを有している。
【0029】
非線形発振回路2は、図2に示すウィーンブリッジ発振回路30の一部であるCR並列回路32を化学物質が含有された溶液41と溶液41中に配置した一対の電極42とを有する電極部5に置換した回路である。そこで、ウィーンブリッジ発振回路について簡単に説明する。図2に示すように、ウィーンブリッジ発振回路30は、CR発振回路の一種であり、オペアンプOP1の非反転端子側30aは、抵抗R1とコンデンサC1が直列接続されたCR直列回路31と、抵抗R2とコンデンサC2が並列接続されたCR並列回路32とが直列に接続して正帰還を構成しており、この正帰還部分のCRの時定数により発振周波数が決められている。また、オペアンプOP1の反転端子側30bは、抵抗R3、R4からなる増幅制御部となっており、入力電圧に対する出力電圧の増幅率を制御している。
【0030】
非線形発振回路2は、図2に示すウィーンブリッジ発振回路30のCR並列回路32が電極部5に置換されて構成されている。電極部5は、容器40内に被検体である化学物質を溶媒に溶かした溶液41と、溶液41中で対向配置された2枚の電極42とを有している。2枚の電極42のうち一方の電極42はオペアンプOP1の非反転端子に接続されている。また、2枚の電極42は、ファンクションジェネレータ3に接続されている。このとき、2枚の電極42間は、等価的に静電容量C2及び抵抗R2の並列回路とみなすことができ、静電容量C2及び抵抗R2は、2枚の電極42が配置された溶液41の特性に応じた値となる。つまり、溶液41の種類及び濃度に応じて、2つの電極42間の静電容量や電極部5の有する内部抵抗が異なることになり、非線形発振回路2から出力される電圧の振幅及び周波数が異なることになる。
【0031】
ファンクションジェネレータ3は、一方の端子がオペアンプOP1の正帰還に、他方はアースにそれぞれ接続されており、オペアンプOP1の正帰還側端子に対して正弦波となった入力電圧を印加する。また、ファンクションジェネレータ3は、スイッチSWと抵抗R5とを介してオペアンプOP1の正帰還側端子と接続されている。スイッチSWは、抵抗R5よりもファンクションジェネレータ3側に接続されている。また、ファンクションジェネレータ3には、スイッチSWを介してノイズ吸収用の抵抗R6が並列に接続されている。
【0032】
スイッチSWは、ONのときには、ファンクションジェネレータ3とオペアンプOP1の正帰還側端子との間を電気的に接続しており、OFFのときには、ファンクションジェネレータ3とオペアンプOP1の正帰還端子との間を電気的に切断している。
【0033】
振幅安定回路6は、いわゆるAGC(Automatic Gain Control)回路である。非線形発振回路2は、増幅率が高すぎると歪みが大きくなり、増幅率が低すぎると発振しなくなるため、適切な安定した増幅率となるように振幅安定回路6と接続されている。そして、振幅安定回路6は、非線形発振回路2の出力電圧の増幅率を自動的に調整している。
【0034】
非線形発振回路2は、スイッチSWがOFFのときには、オペアンプOP1の正帰還側端子にファンクションジェネレータ3から正弦波となった電圧が印加されず、オペアンプOP1の駆動電力で自己発振する。このとき、仮に、ウィーンブリッジ発振回路30から発振される電圧の波形は線形振動による波形(例えば、正弦波)になるが、非線形発振回路2(図1のB点)から発振される電圧の波形は非線形振動であり、歪んだ出力波形になる。これは、線形振動子であるウィーンブリッジ発振回路30に、電気化学振動子である電極部5を結合することで、電気化学振動子の非線形特性を反映して、非線形発振回路2が非線形振動子として振舞うからである。なお、非線形振動は、電極部5において生じる酸化還元反応における酸化還元電流や、電極表面で形成される電気二重層容量などによって引き起こされるものと考えられる。
【0035】
一方、スイッチSWがONのときには、非線形発振回路2の電極部5にファンクションジェネレータ3から線形振動である正弦波となった入力電圧が印加される。すると、非線形発振回路2の非線形振動が、線形振動である入力電圧の印加によって同調する。この同調とは、上述したように、線形振動子と非線形振動子とを結合することで、所定の周波数の入力電圧が印加されたときには、振動子間で相互作用が働き、もともと異なる周期の振動子が、周期をそろえて全体としてマクロな協同的なリズムを発現することである。本実施形態においては、非線形発振回路2は線形の正弦波となった出力電圧を出力する。
【0036】
なお、以下の説明においては、スイッチSWがOFFのときを、同調が生じない非線形発振回路2の固有のモード(固有モード)とし、この固有モードにおいて、非線形発振回路2から出力される電圧の周波数及び振幅を固有周波数及び固有振幅と称する。また、スイッチSWがONのときを、非線形発振回路2に対して同調が生じるモード(同調モード)とし、この同調モードにおいて、同調が生じている状態において非線形発振回路2から出力される電圧の周波数及び振幅を同調周波数及び同調振幅と称する。さらに、ファンクションジェネレータ3から出力される電圧の周波数及び振幅を入力周波数及び入力振幅と称する。
【0037】
次に、制御回路20を中心とする化学物質判別回路1の電気的構成について説明する。図1に示すように、制御回路20は、例えば、中央処理装置であるCPU(Central Processing Unit)と、化学物質判別回路1の全体動作を制御するための各種プログラムやデータなどが格納されたROM(Read Only Memory)と、CPUで処理されるデータなどを一時的に記憶するRAM(Random Access Memory)などを備え、ROMに格納されたプログラムがCPUで実行されることにより、以下に説明するような種々の制御を行う。あるいは、演算回路を含む各種回路が組み合わされたハードウェア的なものであってもよい。
【0038】
この制御回路20は、モード選択部21と、スイッチ切り換え制御部22と、データ取得部23と、データ記憶部24と、判別部25とを有している。
【0039】
モード選択部21は、化学物質の判別工程に沿って固有モードと同調モードとのいずれかのモードを選択する。スイッチ切り換え制御部22は、モード選択部21によって固有モードが選択されるとスイッチSWをOFFとし、同調モードが選択されるとスイッチSWをONとなるようにスイッチSWのON/OFFを切り換える。
【0040】
データ取得部23は、固有モードにおいて非線形発振回路2(図1のB点)から出力された固有周波数及び固有振幅、同調モードにおいて同調が生じている状態における非線形発振回路2(図1のB点)から出力された同調周波数及び同調振幅、並びに、同調が生じている状態におけるファンクションジェネレータ3(図1のA点)から入力された入力周波数及び入力振幅を取得する。
【0041】
データ記憶部24は、あらかじめ化学物質の種類及び濃度ごとに、固有周波数、固有振幅、同調周波数、同調振幅、入力周波数及び入力振幅をテーブルとして記憶している。また、データ記憶部24は、データ取得部23によって取得された、固有周波数、固有振幅、同調周波数、同調振幅、入力周波数及び入力振幅をテーブルとして一時的に記憶している。
【0042】
判別部25は、データ取得部23によって取得され、データ記憶部24に記憶された固有周波数、固有振幅、同調周波数、同調振幅、入力周波数及び入力振幅、並びに、データ記憶部24にあらかじめ化学物質の種類及び濃度ごとに記憶されている固有周波数、固有振幅、同調周波数、同調振幅、入力周波数及び入力振幅を総合的に比較して、非線形発振回路2の電極部5の溶液41に含有された化学物質の種類及び濃度を判別する。また、判別部25は、複数の種類及び濃度が異なる化学物質が含有された複数の溶液41を含んだ電極部5を有する複数の非線形発振回路2に対して、データ取得部23によって取得され、データ記憶部24に記憶された複数の固有周波数、複数の固有振幅、複数の同調周波数、複数の同調振幅、複数の入力周波数及び複数の入力振幅を総合的に相対比較して、複数の非線形発振回路2の電極部5の溶液41に含有された化学物質の種類及び濃度をそれぞれ判別する。
【0043】
次に、化学物質判別回路1を用いた化学物質の判別方法について説明する。図3に示すように、まず、スイッチ切り換え制御部22によってスイッチSWをOFFして、固有モードにおいて、データ取得部23によって非線形発振回路2から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数を測定して取得して、データ記憶部24に記憶する(固有モード測定工程:S1)。その後、スイッチ切り換え制御部22によってスイッチSWをONして、同調モードにおいて、データ取得部23によって同調が生じている状態において非線形発振回路2から出力された電圧の同調振幅及び同調周波数を測定して取得して、データ記憶部24に記憶する。さらに、同調が生じている状態においてファンクションジェネレータ3から入力された電圧の入力振幅及び入力周波数を取得して、データ記憶部24に記憶する(同調モード測定工程:S2)。そして、データ記憶部24に記憶されており、固有モード測定工程によって測定された固有振幅及び前記固有周波数と、同調モード測定工程によって測定された同調振幅及び同調周波数と、同調モード測定工程において非線形発振回路2に印加された入力振幅及び入力周波数とに基づいて、電極部5の溶液41に含有された化学物質の種類及び濃度を判別する(判別工程:S3)。
【0044】
次に、上述したような化学物質判別回路1を用いて各指標を測定した実験結果について説明する。
【0045】
本実験においては、被検体である化学物質としてカルシウム(Ca)を含有した塩化カルシウム(CaCl2)2水和物からなる溶液と、マグネシウム(Mg)を含有した塩化マグネシウム(MgCl2)6水和物からなる溶液とを、CaとMgの割合がそれぞれ0.1mol/l、0.01mol/lになるように調整した4つの溶液を用いる。
【0046】
(1)まず、スイッチSWをOFFにして、固有モードにおいて、非線形発振回路2から出力された出力電圧の波形をオシロスコープで取得して、取得した波形から固有周波数及び固有振幅をそれぞれ測定する。
【0047】
(2)続いて、ファンクションジェネレータ3から入力される電圧の入力周波数を0.1Hzに固定した状態で、スイッチSWをONにして、同調モードにおいて、非線形発振回路2から出力された出力電圧の波形をオシロスコープで取得する。そして、取得した波形から同調が生じていると判断された場合には、このときの入力周波数、入力振幅、同調周波数及び同調振幅をそれぞれ測定する。
【0048】
(3)次に、ファンクションジェネレータ3から入力される電圧の入力周波数を高くして、同様に、(3)の手順を行う。この手順をファンクションジェネレータ3から入力される電圧の入力周波数が1.0Hzになるまで繰り返し行う。
【0049】
(4)2つ目の溶液について、(1)〜(4)の手順を繰り返し行う。3つ目、4つ目についても同様である。
【0050】
ここで、まず、化学物質判別回路1の抵抗R5の決定の仕方について説明する。図4は入力振幅2Vpp、入力周波数を0.00〜1.0Hzに可変したとき、抵抗R5の値により同調する入力周波数の範囲がどのように変化したかを表したものである。図4に示すように、同調が生じた状態における入力周波数の範囲は、抵抗R5が大きくなるほど狭くなっている。
【0051】
一方、後述するが、図6に示すように、例えば、入力振幅が小さければ同調範囲も狭くなる。図4のように、最小の入力振幅2Vppの場合で抵抗R5の値が5MΩであれば0.1Hz間隔の同調範囲が得られ好ましい。情報(取得値)の比較上、入力周波数の範囲としては0.1Hz前後の幅をもっていることが好ましく、抵抗R5の値としては1〜10MΩの範囲で適宜採用することが可能である。
【0052】
図5に示すように、0.01mol/lのCaCl2、0.1mol/lのCaCl2、0.01mol/lのMgCl2、0.1mol/lのMgCl2の4つの溶液(試料)について測定した固有周波数、固有振幅及びゲイン(入力電圧に対する出力電圧の比率)を比較すると、CaCl2とMgCl2のどちらについても、固有周波数が低いほど、濃度が高くなっている。したがって、仮に、化学物質の種類が同じであり、濃度の異なる複数の溶液に対して、濃度を判別しようとすると、上述した複数の溶液をそれぞれ含んだ複数の電極部5を有する複数の非線形発振回路2から出力された複数の固有周波数をそれぞれ測定する。そして、複数の固有周波数を比較して、その値が低い溶液ほど、溶液に含有された化学物質の濃度が高いことを判別することができる。
【0053】
また、図6(a)、(b)に示すように、入力振幅ごとの同調が生じた状態における入力周波数の範囲を同じ濃度で種類の異なる2つの溶液(0.1mol/lのCaCl2、0.1mol/lのMgCl2)について測定する。そして、図7に示すように、2つの溶液について入力周波数の幅を比較すると、所定の入力振幅の交流電圧(ここでは、4Vppや10Vpp)を印加したときに、CaCl2の方がMgCl2よりも入力周波数の幅が常に広くなっている。したがって、所定の入力振幅において同調が生じた入力周波数の幅に基づいて、化学物質の種類を判別することができる。
【0054】
さらに、図8に示すように、入力振幅ごとの同調が生じた状態における同調振幅を同じ濃度で種類の異なる2つの溶液(0.1mol/lのCaCl2、0.1mol/lのMgCl2)について測定して比較すると、所定の入力振幅の交流電圧(ここでは、2Vpp、4Vppや10Vppなど)を印加したときに、CaCl2の方がMgCl2よりも同調振幅が常に大きくなっている。したがって、所定の入力振幅において同調が生じた同調振幅に基づいて、化学物質の種類を判別することができる。
【0055】
なお、上述した実験結果の値自体は、環境温度や湿度などの条件によって多少変化するが、上述したような発明者らが知見した傾向(例えば、固有周波数が低いほど、濃度が高いなど)自体は変わらない。また、上述した全ての指標(固有振幅、固有周波数、同調振幅、同調周波数、入力振幅及び入力周波数)は、広範囲の化学物質においてそれぞれ特有の傾向を示す。また、上述した全ての指標は、入力または出力の電圧の振幅及び周波数なので測定が容易である。
【0056】
本実施形態における化学物質判別回路1を用いた化学物質の判別方法によると、上述した一定の規則性の下に異なる多くの指標(固有振幅、固有周波数、同調振幅、同調周波数、入力振幅及び入力周波数)を用いて総合的に比較することで、広範囲の化学物質の種類及び濃度を高精度且つ容易に判別することができる。例えば、簡便な水の硬度センサとしても利用可能である。
【0057】
また、スイッチを切り換え制御することで、ファンクションジェネレータ3の接続状態を切り換えて、固有モードと同調モードの選択を簡単に切り換えることができる。さらに、化学物質判別回路1のスイッチSWを切り換えることで、固有モードと同調モードを選択的に行うことができ、それぞれ独立別個に回路を構成することなく、ファンクションジェネレータ3以外の回路を共通に用いることができる。
【0058】
加えて、ファンクションジェネレータ3は、電流を流すための抵抗R5を直列に介して非線形発振回路2と接続されており、スイッチSWは、ファンクションジェネレータ3と抵抗R5の間に接続されている。また、ファンクションジェネレータ3は、スイッチSWを介してノイズ吸収用の抵抗R6が並列に接続されている。これにより、固有周波数及び固有振幅を取得するときと、同調周波数及び同調振幅を取得するときとのどちらについても抵抗R5、R6が介在することになり、回路全体の抵抗が同じになる。したがって、同じ条件の下で、固有周波数及び固有振幅、並びに、同調周波数及び同調振幅を測定することができる。また、抵抗R5を1〜10MΩの高抵抗とすることにより、電極部5を含む合成抵抗値を電極部5の内部抵抗とほぼ同等として、溶液41の特性を検知しやすくできる。
【0059】
次に、上述した実施形態に種々の変形を加えた変更形態について説明する。ただし、上述した実施形態と同様の構成を有するものについては、同じ符号を付して適宜その説明を省略する。
【0060】
本実施形態では、抵抗R5が、固有モード、同調モードのいずれのモードでも、すなわちスイッチSWがON、OFFのいずれでも非線形発振回路2に接続されているようにしたが抵抗R5の非線形発振回路2側にスイッチSWを接続し、同調モード時のみ抵抗R5が接続されるようにしてもよい。
【0061】
また、本実施形態においては、ファンクションジェネレータ3から正弦波を出力して非線形発振回路2に印加していたが、線形な波形であれば、例えば、矩形波や三角波などいかなる波形を出力して非線形発振回路2に印加してもよい。
【0062】
さらに、本実施形態においては、制御回路20を設け、データ取得部23によって取得した電圧や周波数をデータ記憶部24に記憶して判別部25で判別するというように、化学物質判別回路1で自動制御で行っていたが、制御回路20を除いて化学物質判定用測定回路として構成してもよい。この場合、データ取得手段として図1のA点、B点に測定用端子を設け、作業者が電圧や周波数を電圧計、周波数計、またはオシロスコープなどで測定して、測定値、波形データそのものにより化学物質を判別してもよい。また、測定用端子から取得されるデータをパソコンなどに入力して、加工・分析してもよい。
【0063】
また、本実施形態においては、固有モードを行った後に、同調モードを行っていたが、これらのモードの順番は逆であってもよい。
【符号の説明】
【0064】
1 化学物質判別回路
2 非線形発振回路
3 ファンクションジェネレータ
5 電極部
20 制御回路
23 データ取得部
25 判別部
30 ウィーンブリッジ発振回路
32 CR並列回路
41 溶液
SW スイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウィーンブリッジ発振回路のCR並列回路を、被検体である化学物質が含有された溶液と前記溶液中に配置した一対の電極とを有する電極部に置換して構成された非線形発振回路と、
線形な交流電圧を発生する交流電圧発生回路と、
前記非線形発振回路と前記交流電圧発生回路との間に接続されたスイッチと、
前記スイッチがOFFしているときに前記非線形発振回路から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数と、前記スイッチがONし、前記交流電圧発生回路から前記非線形発振回路へ前記交流電圧が印加されて前記非線形発振回路に同調が生じている状態において前記非線形発振回路から出力された電圧の同調振幅及び同調周波数と、前記同調が生じている状態において前記交流電圧発生回路から前記非線形発振回路へ印加された前記交流電圧の入力振幅及び入力周波数とを取得する取得手段と、
前記取得手段によって取得された前記固有振幅、前記固有周波数、前記同調振幅、前記同調周波数、前記入力振幅及び前記入力周波数とに基づいて、前記化学物質の種類及び濃度を判別する判別手段と、を備えていることを特徴とする化学物質判別回路。
【請求項2】
前記判別手段は、前記固有周波数が低いほど、前記化学物質の濃度が高いと判別することを特徴とする請求項1に記載の化学物質判別回路。
【請求項3】
前記取得手段は、所定の前記入力振幅の交流電圧を前記非線形発振回路へ印加したときにおける同調が生じた前記入力周波数の幅を取得しており、
前記判別手段は、前記取得手段によって取得された前記所定の入力振幅において同調が生じた前記入力周波数の幅に基づいて、前記化学物質の種類を判別することを特徴とする請求項1または2に記載の化学物質判別回路。
【請求項4】
前記取得手段は、所定の前記入力振幅の交流電圧を前記非線形発振回路へ印加したときにおける同調が生じた前記同調振幅を取得しており、
前記判別手段は、前記取得手段によって取得された前記所定の入力振幅において同調が生じた前記同調振幅に基づいて、前記化学物質の種類を判別することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の化学物質判別回路。
【請求項5】
前記スイッチのON/OFFを切り換える切り換え制御手段と、
前記固有振幅及び前記固有周波数を測定する固有モードと、前記同調振幅及び前記同調周波数を測定する同調モードとのいずれかのモードを選択するモード選択手段と、をさらに備えており、
前記切り換え制御手段は、前記モード選択手段によって前記固有モードが選択されると、前記スイッチをOFFし、前記モード選択手段によって前記同調モードが選択されると、前記スイッチをONすることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の化学物質判別回路。
【請求項6】
前記交流電圧発生回路は、前記スイッチと高抵抗とを直列に介して前記非線形発振回路と接続されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の化学物質判別回路。
【請求項7】
前記スイッチは、前記交流電圧発生回路と前記高抵抗との間に接続され、
前記高抵抗は、前記固有モード及び前記同調モードのいずれのモードにおいても前記非線形発振回路に接続されていることを特徴とする請求項6に記載の化学物質判別回路。
【請求項8】
ウィーンブリッジ発振回路のCR並列回路を、被検体である化学物質が含有された溶液と前記溶液中に配置した一対の電極とを有する電極部に置換して構成された非線形発振回路から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数を測定する固有モード測定工程と、
前記非線形発振回路の前記非線形発振回路へ線形な交流電圧を印加して、前記非線形発振回路に同調が生じている状態において前記非線形発振回路から出力された電圧の同調振幅及び同調周波数を測定する同調モード測定工程と、
前記固有モード測定工程によって測定された前記固有振幅及び前記固有周波数と、前記同調モード測定工程によって測定された前記同調振幅及び前記同調周波数と、前記同調モード測定工程で前記同調現象が生じている状態において前記非線形発振回路に印加された前記交流電圧の入力振幅及び入力周波数とに基づいて、前記化学物質の種類及び濃度を判別する判別工程と、を備えていることを特徴とする化学物質の判別方法。
【請求項9】
ウィーンブリッジ発振回路のCR並列回路を、被検体である化学物質が含有された溶液と前記溶液中に配置した一対の電極とを有する電極部に置換して構成された非線形発振回路と、
線形な交流電圧を発生する交流電圧発生回路と、
前記非線形発振回路と前記交流電圧発生回路との間に高抵抗を介して直列接続されたスイッチとを備え、
前記スイッチがOFFしているときに前記非線形発振回路から出力された電圧の固有振幅及び固有周波数と、前記スイッチがONし、前記交流電圧発生回路から前記非線形発振回路へ前記交流電圧が印加されて前記非線形発振回路に同調が生じている状態において前記非線形発振回路から出力された電圧の同調振幅及び同調周波数と、前記同調が生じている状態において前記交流電圧発生回路から前記非線形発振回路へ印加された前記交流電圧の入力振幅及び入力周波数とを取得するようにした化学物質判定用測定回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−251807(P2012−251807A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−123055(P2011−123055)
【出願日】平成23年6月1日(2011.6.1)
【出願人】(593122789)ユーテック株式会社 (118)
【Fターム(参考)】