化学発光反応の時間計測による被検出物質の濃度を測定する方法およびそれに使用するキット
【課題】 化学発光系を利用した高感度かつ再現性の高い新規な被検出物質の濃度測定法を提供し、またその濃度測定法に使用するためのキットを提供する。
【解決手段】 化学発光反応の時間計測により試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定する方法であって、試料液と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより化学発光を生じさせ、混合直後から化学発光の発光強度がピークとなる時までの時間を測定し、測定した時間と予め求めた検量線とから被検出物質の濃度を測定する。
【解決手段】 化学発光反応の時間計測により試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定する方法であって、試料液と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより化学発光を生じさせ、混合直後から化学発光の発光強度がピークとなる時までの時間を測定し、測定した時間と予め求めた検量線とから被検出物質の濃度を測定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学発光反応の時間計測による被検出物質の濃度を測定する方法およびそれに使用するキットに関する。
【背景技術】
【0002】
化学発光とは、化学反応によって生じる過剰のエネルギーを熱として失う代わりに光として放出する現象であり、これには励起種から共存する蛍光性物質にエネルギーが遷移して光を放出する現象も含まれる(特許文献1および非特許文献2)。化学発光が観測される反応の多くは発光基質と酸化還元試薬との酸化還元反応である。酸化剤には溶存酸素や過酸化水素が用いられるが、触媒として金属イオンを用いた場合には、これらの酸化剤との反応によりヒドロキシラジカル(・OH)やスーパーオキシドラジカル(・O2−)といった、酸化力の強い活性酸素種が生成することにより、発光基質の酸化反応の速度が大きくなり、結果として単位時間当たりの発光強度が大きくなる。
【0003】
また、化学発光は分析化学的な応用面で急速な発展を遂げており、その理由として、化学発光を利用する分析法が非常に高感度なことが挙げられる。たとえば、高感度な分析法の一つである蛍光光度法では、蛍光分子を励起させるためにキセノンランプなどの光源が必要であるが、それに由来する迷光現象や溶媒由来のラマン光が原因となって、バックグラウンドのレベルを上昇させてしまう。そのため、検出器の感度を上げることに伴い、シグナルレベルのみならずノイズレベルも上昇させてしまう。
ところが化学発光においては、蛍光分子の励起源は化学反応によるエネルギーであるため光源が不要になりその影響を考慮しなくてよい。したがって、光電子倍増管の感度を高くすることで、極めて微弱な光でも検出することが可能である。この他にも、高感度であることによって試料のダウンサイジングが可能であるという利点がある。これにより高濃度で起こりがちな副反応が生じにくくなり、試薬の使用量を少なくできるため、結果として試薬コストを抑えつつ、高感度分析ができるといったメリットがある。また、化学発光法は励起源が不要なことにより装置化が簡便であることや、応答性が速くて迅速であるなど、多くの利点がある。
【0004】
しかしながら、現在化学発光分析法に使用可能な発光基質の絶対数は約10種であり、また発光収率の高い化学発光反応系には限りがある。さらに、使用する有機溶媒や触媒の選択といった試薬の問題も有しており、これらにより化学発光分析法の分析対象成分には制限があり選択性が低いという問題を抱えている。このように、化学発光計測を支えている化学発光系については、新しい反応系や発光体が容易に見出されておらず、広範な分野に応用することが可能な化学発光系の分析法の発見が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−74841号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T. Nagoshi, O. Ohno, T. Kotake, S. Igarashi, Luminescence,20, 401-404(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
化学発光系を利用した高感度かつ再現性の高い新規な被検出物質の濃度測定法を提供し、またその濃度測定法に使用するためのキットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定する方法であって、前記方法は、前記試料液と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより化学発光が生じる工程と、前記混合直後から前記化学発光の発光強度がピークとなる時までの時間を測定する工程と、前記測定した時間から前記被検出物質の濃度を計算する工程とを含むことを特徴とする。
【0009】
また、本発明の濃度測定方法は、前記発光基質が鉄ポルフィリン錯体またはヘモグロビンであることを特徴とする。また、本発明の濃度測定方法は、前記鉄ポルフィリン錯体が鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体であることを特徴とする。また、本発明の濃度測定方法は、前記酸化剤が過酸化水素であることを特徴とする。また、本発明の濃度測定方法は、前記還元剤がL−アスコルビン酸またはL−システインであることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の濃度測定方法は、前記被検出物質が、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、ペルオキシダーゼ、または酵素標識抗体であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の別の態様によれば、試料中に含まれる被検出物質の濃度を測定するためのキットであって、前記キットは、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを含み、溶媒中で前記被検出物質と前記発光基質と前記酸化剤と前記還元剤とを混合すると前記被検出物質の濃度に応じた時間の経過後に化学発光が生じることを特徴とする。
【0012】
また、本発明のキットは、前記発光基質が、鉄ポルフィリン錯体またはヘモグロビンであることを特徴とする。また、本発明のキットによれば、前記鉄ポルフィリン錯体が、鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体であることを特徴とする。また、本発明のキットによれば、前記酸化剤が過酸化水素であることを特徴とする。また、本発明のキットによれば、前記還元剤がL−アスコルビン酸またはL−システインであることを特徴とする。
【0013】
また、本発明のキットは、前記被検出物質が、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、ペルオキシダーゼ、または標識抗体であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の別の態様によれば、被検出物質の濃度を測定する装置であって、前記装置は、前記被検出物質と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより生じる化学発光を測定する化学発光測定手段と、前記混合直後から前記化学発光の発光強度がピークとなる時までの誘導時間を測定する時間計測手段と、前記誘導時間から前記被検出物質の濃度を算出する濃度算出手段とを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る化学発光反応の時間計測による被検出物質の定量によれば、試薬コストの低減や装置化の簡便さ、応答性が速いといった従来の化学発光系の利点を有しつつ、さらに化学発光系シグナル計測と比較して高感度かつ再現性の高い定量が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る一実施の形態における化学発光反応の時間計測を示すフローチャートである。
【図2】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、L−アスコルビン酸無添加による化学発光の誘導時間を示すグラフである。
【図3】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、L−アスコルビン酸を添加したときの化学発光の誘導時間を示すグラフである。
【図4】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度とL−アスコルビン酸濃度との関係を示すグラフである。
【図5】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度と過酸化水素濃度との関係を示すグラフである。
【図6】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度とpHとの関係を示すグラフである。
【図7】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度とDMSOの体積との関係を示すグラフである。
【図8】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度とFe−PTS濃度との関係を示すグラフである。
【図9】本発明の一実施の形態による時間計測において、銅イオン濃度と誘導時間との関係を示すグラフ(検量線)である。時間計測にはLUMICOUNTER NU−600を使用した。
【図10】本発明の一実施の形態による時間計測において、銅イオン濃度と誘導時間との関係を示すグラフ(検量線)である。時間計測にはGENELIGHT GL−200Sを使用した。
【図11】本発明の一実施の形態による時間計測において、ペルオキシダーゼ濃度と誘導時間との関係を示すグラフ(検量線)である。時間計測にはLUMICOUNTER NU−600を使用した。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、発光基質と酸化剤との化学発光反応に還元剤を添加することで、溶液を混合してから化学発光シグナルが観測されるまでに時間差が生じることを見出した。さらに、この反応系に触媒として機能する物質を添加することにより、化学発光シグナルが観測されるまでの時間が変化した。このことから、発光強度ではなく化学発光系の時間計測について検討を行った結果、特定の被検出物質の定量が高感度かつ再現性よく可能であることを見出した。
【0018】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明の一実施の形態における化学発光反応の時間計測を示すフローチャートである。図1に示すように、本発明の化学発光反応の時間計測は、化学発光用セル1と、化学発光用セル1内で化学発光を生じさせるために混合される有機溶媒2とpH緩衝溶液3と還元剤4と試料液5と発光基質6と酸化剤7とを順に添加する工程から構成されている。
【0020】
化学発光用セル1は、有機溶媒2と、pH緩衝液3と、還元剤4と、試料液5と発光基質6と酸化剤7とを混合し、そのまま化学発光測定装置にセットすることで混合液中に生じた発光の強度を測定できるようなものであれば、従来から使用されているものを使用することができる。特に限定はされないが、例えば石英セルやポリスチレン製セル等が挙げられる。また、化学発光を測定する混合液の温度は、15℃〜40℃で保たれていることが好ましく、20℃〜30℃で保たれていることがより好ましい。
【0021】
本発明で使用する有機溶媒2としては、DMSO等を使用することができる。また、有機溶媒の代わりに蒸留水を使用することもできる。有機溶媒2としてDMSOを使用する際の体積としては、最終的な混合液中において15体積%〜25体積%の範囲にあることが好ましく、18体積%〜22体積%の範囲にあることがより好ましく、約20体積%が最も好ましい。
【0022】
本発明に使用されるpH緩衝液3としては、混合液のpHを一定に保つことができるものであれば、特に限定されず、例えばBorax緩衝液や、水酸化ナトリウム−酢酸系、アンモニア−酢酸系緩衝液等を使用することができる。pH緩衝液3により保つpHとしては、8〜12が好ましく、9〜11がより好ましく、約pH10が最も好ましい。
【0023】
還元剤4は、酸化剤7による発光基質6の酸化を抑制し、化学発光に誘導時間を生じさせることのできるものであれば使用することができる。特に限定されないが、例えば、L−アスコルビン酸やL−システイン等を使用することができ、特にL−アスコルビン酸が好ましい。L−アスコルビン酸を使用する際の濃度は、最終的な混合液中に0.5×10−3M〜2.0×10−3Mの範囲となることが好ましく、1.0×10−3M〜2.0×10−3Mの範囲にあることがより好ましく、約1.6×10−3Mが最も好ましい。
【0024】
試料液5は、濃度を測定したい物質を含んでおり、本発明の化学発光の時間計測を利用した濃度測定法で測定可能な物質としては、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、ペルオキシダーゼ、または酵素標識抗体を挙げることができる。これらの物質は、例えばL−アスコルビン酸等の還元剤に影響し、化学発光の誘導時間に影響を与える。測定対象により異なるが本濃度測定法の検出限界は、数pptレベルの超微量を計測可能である。酵素標識抗体を用いる場合は、抗体に標識として酵素が付加されているので、被検出物質と特異的に結合させ、精製した標識抗体を本化学発光反応系に使用することができる。酵素標識抗体は、例えばHRP(Horse Radish Peroxidase)等を標識として従来の方法(Bull. Natl. Inst. Anim. Health No. 111. 37-42 (March 2005)等参照)により付加した酵素標識抗体を使用することができ、このような酵素標識抗体は、さらに極微量の成分濃度を測定することが可能である。酵素標識抗体としては、特にペルオキシダーゼ標識抗体が好ましい。また、血清などタンパク質を多く含む試料を用いる場合には、化学発光反応系に使用する前に除タンパクの操作を行うことが望ましい。
【0025】
本発明に使用する発光基質6としては、酸化剤7との反応により混合液中に発光を生じるものであればよく、ポルフィリン骨格を有する金属錯体またはポルフィリン金属錯体をサブユニットに有するヘモグロビン等であることが好ましい。錯体を形成する金属は、鉄が好ましく、鉄ポルフィリン錯体としては、例えば鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体、ヘミン等を使用することができる。鉄フタロシアニン錯体としては、鉄フタロシアニンテトラスルホン酸、鉄フタロシアニンオクタスルホン酸、鉄フタロシアニンテトラカルボン酸、鉄フタロシアニンオクタカルボン酸等の鉄フタロシアニン誘導体錯体を使用することができる。発光基質として鉄フタロシアニンスルホン酸を使用する際の濃度は、最終的な混合液中に2.0×10−5M〜6.0×10−5Mの範囲内となることが好ましく、3.0×10−5M〜5.0×10−5Mの範囲内となることがより好ましく、約4.0×10−5Mが最も好ましい。
【0026】
本発明で使用する酸化剤7としては、発光基質6を酸化させることにより混合液中に発光を生じさせることができるものであればよく、例えば、過酸化水素や2KHSO5・KHSO4・K2SO4を挙げることができるが、好ましくは過酸化水素を使用することができる。過酸化水素を使用するときの濃度は、最終的な混合液中に1.0×10−3M〜4.0×10−3Mの範囲内となることが好ましく、2.0×10−3M〜3.0×10−3Mの範囲内となることがより好ましく、約2.4×10−3Mが最も好ましい。
【0027】
以上の構成によれば、化学発光用セル1内へ有機溶媒2と、pH緩衝液3と、還元剤4と、試料液5と、発光基質6とを加え、軽く振り混ぜた後、セルホルダーにセットする。次に酸化剤7を添加し、混合液内で生じる化学発光を測定するとともに、化学発光の誘導時間も測定する。ここで、本明細書中で使用する「誘導時間」とは、混合液中で化学発光を生じさせるための最終的な試薬(例えば、酸化剤)を添加した時点から、混合液中で生じる化学発光の発光強度がピークとなる時までの時間をいう。このような化学発光の時間計測において、発光基質濃度、酸化剤濃度、還元剤濃度、およびpH等の条件を一定にすることで、反応系に含まれる特定の被検出物質の濃度に依存して誘導時間が増減する。被検出物質の濃度と誘導時間との相関グラフは、良好な検量線として用いるため、被検出物質の存在下で本発明の化学発光反応の時間を計測することで、予め求めた検量線より、被検出物質の濃度を測定することが可能となる。
【0028】
また、本発明に係る化学発光の時間計測を利用した濃度測定装置は、被検出物質を含む試料液と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより生じる化学発光を測定する化学発光測定手段と、混合直後から前記化学発光の発光強度がピークとなる時までの誘導時間を測定する誘導時間測定手段と、誘導時間と予め求めた検量線とから被検出物質の濃度を算出する濃度算出手段とから構成される。
【0029】
本発明に使用する化学発光測定手段としては、化学発光用セル内に添加された混合液中に生じる化学発光の発光強度および発光の経時的測定ができるものであれば、従来から用いられている化学発光測定装置等を用いることができる。測定波長としては300〜700nmの範囲を測定できればよい。
【0030】
時間計測手段は、化学発光測定手段により測定された化学発光測定結果により、化学発光の誘導時間を算出する機能を有する。
【0031】
本発明に使用する濃度算出手段は、時間計測手段で算出された誘導時間から、被検出物質の濃度を導き出す機能を有する。また、濃度算出手段は、測定した化学発光強度や誘導時間から検量線を作成することもでき、さらに、検量線の情報や算出後の被検出物質濃度等の情報を濃度算出手段内または別の記録手段等に記憶させておく機能も有する。このような濃度算出手段は、化学発光測定手段または時間計測手段と一体となっていてもよいし、独立して存在してもよい。
【実施例】
【0032】
本発明に係る化学発光反応の発光強度および時間計測を、以下のような基本操作に基づいて測定した。なお、特に断りのない限り、操作に使用した試薬は市販特級品を用いた。
(1.基本操作)
化学発光用セルにpH緩衝溶液(和光純薬社製四ホウ酸ナトリウム(Borax)を使用した。Boraxを蒸留水に溶解させ、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpHを調整したのち、0.1Mに希釈して使用した。以下、同じ)100μl、L−アスコルビン酸水溶液(和光純薬社製)100μl、DMSO(和光純薬社製)100μl、Cu2+標準溶液120μl、発光基質(鉄フタロシアニンスルホン酸水溶液:Aldrich社製鉄フタロシアニンスルホン酸ナトリウムを蒸留水に溶解させて使用した。以下、同じ。)40μlをマイクロシリンジにより注入して混合した。化学発光測定装置(日音医理科機器製作所製のLUMICOUNTER NU−600またはマイクロテック・ニチオン社製GENELIGHT GL−200S)のセルホルダーにセットし、過酸化水素水溶液(和光純薬社製30%溶液を蒸留水で希釈して使用した。)40μlをマイクロシリンジにより注入した。その後、注入後に現れる化学発光シグナルを測定した。
【0033】
(2.除タンパク操作)
20mlサンプル管にウシ血清200μl、2ML−アスコルビン酸を含む塩酸水溶液(関東化学製12N塩酸を蒸留水で1Nに希釈して使用した。)100μlを加えて混合し5分間静置した。次に、1.2Mトリクロロ酢酸(関東化学製)100μlを加え、2000rpmで5分間遠心分離した後、ろ過した。このろ液を0.1M Brax BufferでpHを調整したものをサンプルとして使用した。
【0034】
(化学発光系におけるL−アスコルビン酸の影響)
鉄フタロシアニンスルホン酸錯体(Fe−PTS)と過酸化水素との化学発光反応系を用いてL−アスコルビン酸の影響を検討した。過酸化水素濃度が6.4×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、pH10のアルカリ性条件下において、過酸化水素水溶液中にFe−PTSを注入すると、その直後に鋭い化学発光シグナルが観測された(図2)。しかしながら、酸化反応に起因する化学発光に対して強い還元剤であるL−アスコルビン酸(1.6×10−3M)を添加すると、溶液を混合後、ある一定時間経過後に化学発光シグナルが観測された(図3)。このように、酸化剤と、鉄ポルフィリン錯体との反応系に還元剤を添加すると、化学発光のピーク検出までに一定の誘導時間が生じた。
【0035】
L−アスコルビン酸添加の有無によるFe−PTSの吸光度の波長変化を検討したところ、L−アスコルビン酸を添加に伴い過酸化水素を加えた直後の吸収スペクトルが上方へとシフトした。(データ省略)。また、L−アスコルビン酸を添加したときの方が、経時的に高い吸光度を維持し、L−アスコルビン酸無添加と同程度の吸光度へ下がるまでに時間がかかった(データ省略)。このように、L−アスコルビン酸はFe−PTSを基質とする化学発光系の酸化分解反応を抑制した。
【0036】
(触媒の検討)
化学発光基質と酸化剤と還元剤とからなる本化学発光反応系において、触媒の影響について検討した。L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が6.4×10−4M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%の条件下において、各触媒の化学発光の誘導時間への影響を観察した。その結果を表1に示す。
表1は、触媒無添加の誘導時間に対して、±5%以上の影響を与えた濃度を許容濃度として示している。表1に示すように、検討した物質では、一重項酸素の消去剤であるL−チロシン、L−トリプトファン、還元性の物質であるL−システイン、還元糖であるD−グルコースにおいて誘導時間に強い影響が見られた。これらの物質は、活性酸素種の消去などの作用により誘導時間に影響を及ぼしていると考えられる。
【0037】
また、化学発光において触媒として用いられている金属イオンの中では、Cu2+、Al3+、Fe3+、Zn2+、Ni2+において強い影響が見られたが、特にCu2+において大きな影響が見られた。Cu2+を添加すると化学発光が観測されるまでの誘導時間が短縮された。アスコルビン酸は酸化されることでデヒドロアスコルビン酸に変わるが、この酸化は銅などの重金属の存在や光の照射によって促進される。したがって、Cu2+を共存させることでアスコルビン酸が酸化され、Fe−PTSや過酸化水素に対する影響が小さくなり誘導時間が短縮されたと推測される。このように、本化学発光反応系の誘導時間に影響を有する物質については、本発明により濃度測定可能である。
【0038】
【表1】
【0039】
以下では、本化学発光系に、Cu2+を触媒としたときの分析をさらに行う。
還元剤としてL−アスコルビン酸を、化学発光基質としてFe−PTSを、酸化剤として過酸化水素を使用した場合の各条件(L−アスコルビン酸濃度、過酸化水素濃度、pH、DMSO(溶媒)の体積、Fe−PTS濃度)の最適化を行った。
【0040】
(L−アスコルビン酸濃度の影響)
L−アスコルビン酸濃度の影響を図4に示す。過酸化水素濃度が4.8×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、pHが10、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、L−アスコルビン酸濃度を0〜2.0×10−3Mの範囲において添加した結果、L−アスコルビン酸濃度が高くなるに従い誘導時間が延長された。この理由としては、L−アスコルビン酸濃度がFe−PTSあるいは過酸化水素に影響を与え、誘導時間が延長されためと考えられる。ブランクとCu2+濃度4.0×10−8Mとにおける誘導時間差が大きいことから、L−アスコルビン酸の濃度は1.6×10−3Mに設定した。
【0041】
(過酸化水素濃度の影響)
過酸化水素濃度の影響を図5に示す。L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、pHが10、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、過酸化水素濃度を1.2×10−3〜7.3×10−3Mの範囲で検討した結果、過酸化水素濃度が高くなるに従い、誘導時間が短縮された。この理由としては、共存するL−アスコルビン酸に対し過酸化水素濃度が高くなることにより、化学発光反応が起こりやすくなり誘導時間が短縮されたと考えられる。ブランクとCu2+濃度4.0×10−8Mとにおける誘導時間差が大きいことから、過酸化水素の濃度は2.4×10−3Mに設定した。
【0042】
(pHの影響)
pHの影響を図6に示す。L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が4.8×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、pH1〜12までの範囲で検討した結果、pH1〜8までの範囲において化学発光は観測されなかった。また、この範囲は、L−アスコルビン酸を添加していないFe−PTS化学発光系においても化学発光はほとんど観測されない。一方、pH9〜12の範囲においてはpHが高くなるに従い、誘導時間が短縮した。L−アスコルビン酸水溶液は、アルカリ性が強くなるほど還元性が強くなり、酸素分子(O2)などの水素受容体によって酸化されやすくなる。従って、化学発光反応を抑制していたL−アスコルビン酸が酸化され、Fe−PTSの酸化分解反応がおこりやすくなったためと考えられる。ブランクとCu2+濃度4.0×10−8Mとにおける誘導時間差が大きいことから、pHを10に設定した。
【0043】
(DMSOの体積の影響)
DMSOの体積変化による影響を図7に示す。L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が4.8×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、pH10、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、DMSOの体積を変化させた。DMSOの体積の増加に従い、誘導時間が短縮された。この理由としては、アルカリ性溶液中においてDMSO、O2、OH−の反応からスーパーオキシドラジカル(・O2−)が生成されるため、DMSO体積の増加に伴い・O2−の生成率が高くなり、Fe−PTSの酸化分解がおこりやすくなるためであると考えられる。ブランクとCu2+の濃度4.0×10−8Mにおける誘導時間差が大きいことから、DMSOの体積は20体積%に設定した。
【0044】
(Fe−PTS濃度による影響)
Fe−PTSの濃度変化に伴う影響を図8に示す。L−アスコルビン酸濃度が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が4.8×10−3M、DMSOが20体積%、pH10、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、Fe−PTS濃度を2.0×10−5〜6.0×10−5Mの範囲で検討した結果、Fe−PTSの濃度が高くなるに従い、誘導時間が短縮された。この理由としては、Fe−PTSの濃度増加に伴い化学発光反応を抑制しているL−アスコルビン酸の影響が小さくなるため、Fe−PTSの酸化分解がより速く起こるためであると考えられる。ブランクとCu2+濃度4.0×10−8Mとにおける誘導時間差が大きいことから、Fe−PTSの濃度は4.0×10−5Mに設定した。
【0045】
(Cu2+の検量線)
鉄フタロシアニンスルホン酸濃度が4.0×10−5M、過酸化水素濃度が2.4×10−3M、L−アスコルビン酸濃度が1.6×10−3M、DMSOが20体積%、pH10の条件下において、LUMICOUNTER NU−600によりCu2+の濃度と誘導時間との相関グラフ(検量線)を作成した(図9)。また、同様の条件において、GENELIGHT GL−200Sにより作成した検量線を図10に示す。その結果、図9では1.2×10−10〜1.2×10−5M、図10では1.2×10−10〜6.0×10−6Mの濃度範囲において良好な直線が得られた。検量線の相関係数は図9では0.9871、図10では0.9153であった。Cu2+の濃度4.0×10−8Mにおいて、5回測定での変動係数は図9では2.02%、図10では2.27%であった。また、検出限界(3σ)は図9では1.66×10−11M、図10では9.52×10−11Mであった。これらはルミノール/OH−/H2O2/Cu化学発光系の検出限界である6×10−6Mの他、1,10−phen/OH−/H2O2/Cu2+/ヘキサデシルエチルジメチルアンモニウムブロミド(HEDAB)化学発光系を利用したCu2+の定量法の2×10−10M、H2O2/フラビンモノヌクレオチド(FMN)/リン酸緩衝液化学発光系を利用したCu2+の定量法の2×10−8Mのいずれの定量法よりも高感度である。
【0046】
(ペルオキシダーゼの検量線)
鉄フタロシアニンスルホン酸濃度が4.0×10−5M、過酸化水素濃度が2.4×10−3M、L−アスコルビン酸濃度が1.6×10−3M、DMSOが20体積%、pH10の条件下において、LUMICOUNTER NU−600によりペルオキシダーゼの濃度と誘導時間との相関グラフ(検量線)を作成した(図10)。その結果、図11に示すように、ペルオキシダーゼ濃度0.1ppm〜30ppmの範囲において良好な直線を得ることができた。検量線の相関係数は、図11において0.947であった。ペルオキシダーゼ濃度10ppmにおいて、5回測定したときの変動係数は1.07%であり、標準偏差は1.15であった。また、検出限界は4.30×10−2ppm(43.0ppb)であった。
【0047】
(妨害物の検討)
Cu2+の濃度4.0×10−8Mに対して、金属、糖類、アミノ酸、ビタミン類といった各物質を共存させたときの誘導時間への影響を検討した。結果をそれぞれ表4〜表7に示す。妨害物質無添加時の誘導時間に対し±5%の誤差を与える妨害物質の濃度を、Cu2+の濃度(4.0×10−8M)とのモル比により比較した。
【0048】
表2において、Fe3+はCu2+と同様にL−アスコルビン酸の酸化を促進する。そのため誘導時間を短くしたと考えられる。
【0049】
【表2】
【0050】
表3において用いた糖類はいずれも還元糖であり、いずれも誘導時間を長くしていた。これは各糖が過酸化水素を還元して酸化力を低下させたことにより誘導時間が長くなったと考えられる。
【0051】
【表3】
【0052】
表4において、L−システイン、L−ヒスチジン、L−トリプトファンなどで誘導時間が長くなった。L−システインは還元性の物質であり、過酸化水素による酸化反応に影響を及ぼしていると推測される。L−ヒスチジンはヘモグロビンのタンパク中に含まれ、ヘム鉄と結合している。本化学発光系においても、Fe−PTSの軸配位部位に配位し、触媒活性の低下が起こり、誘導時間が長くなったと考えられる。L−トリプトファンは一重項酸素の消去剤として用いられることから、活性酸素種に影響を与えているものと考えられる。
【0053】
【表4】
【0054】
表5において、塩酸チアミンが誘導時間を長くしていた。これは、L−アスコルビン酸と同様にアルカリ性条件下では不安定で分解されやすい性質をもっており、過酸化水素による酸化反応に影響を及ぼしていると考えられる。
これらの結果から、本系において特に大きな影響を及ぼす物質は確認されなかったことから、Cu2+が選択的に作用していると推測される。
【0055】
【表5】
【0056】
(ウシ血清中のCu2+の定量)
実サンプルへの応用として、ウシ血清中のCu2+の定量を行った。まず、除タンパク処理を施したウシ血清アルブミンをサンプルとして、L−アスコルビン酸を添加したFe−PTSの化学発光系に適用し、化学発光が観測されるまでの誘導時間を測定した。なお、L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が2.4×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、pH10の条件下でおこなった。次に、測定された誘導時間(139sec)=Yを検量線の式に代入し、Cu2+の濃度を算出した。なお、下式はGENELIGHT GL−200Sの検量線のものである。
【数1】
以上より、算出された計算値と原子吸光法により得られた値を表6に示す。その相対誤差は8.70%であり、ほぼ近似した結果が得られた。
【0057】
【表6】
【0058】
(他法との比較)
本化学発光系とCu2+の定量に関する他の方法との比較を表7に示す。本系は他法と比較して、低濃度かつ幅広い濃度範囲においてCu2+を定量することができる系である。
【表7】
【符号の説明】
【0059】
1 化学発光用セル
2 有機溶媒
3 pH緩衝液
4 還元剤
5 試料液
6 発光基質
7 酸化剤
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学発光反応の時間計測による被検出物質の濃度を測定する方法およびそれに使用するキットに関する。
【背景技術】
【0002】
化学発光とは、化学反応によって生じる過剰のエネルギーを熱として失う代わりに光として放出する現象であり、これには励起種から共存する蛍光性物質にエネルギーが遷移して光を放出する現象も含まれる(特許文献1および非特許文献2)。化学発光が観測される反応の多くは発光基質と酸化還元試薬との酸化還元反応である。酸化剤には溶存酸素や過酸化水素が用いられるが、触媒として金属イオンを用いた場合には、これらの酸化剤との反応によりヒドロキシラジカル(・OH)やスーパーオキシドラジカル(・O2−)といった、酸化力の強い活性酸素種が生成することにより、発光基質の酸化反応の速度が大きくなり、結果として単位時間当たりの発光強度が大きくなる。
【0003】
また、化学発光は分析化学的な応用面で急速な発展を遂げており、その理由として、化学発光を利用する分析法が非常に高感度なことが挙げられる。たとえば、高感度な分析法の一つである蛍光光度法では、蛍光分子を励起させるためにキセノンランプなどの光源が必要であるが、それに由来する迷光現象や溶媒由来のラマン光が原因となって、バックグラウンドのレベルを上昇させてしまう。そのため、検出器の感度を上げることに伴い、シグナルレベルのみならずノイズレベルも上昇させてしまう。
ところが化学発光においては、蛍光分子の励起源は化学反応によるエネルギーであるため光源が不要になりその影響を考慮しなくてよい。したがって、光電子倍増管の感度を高くすることで、極めて微弱な光でも検出することが可能である。この他にも、高感度であることによって試料のダウンサイジングが可能であるという利点がある。これにより高濃度で起こりがちな副反応が生じにくくなり、試薬の使用量を少なくできるため、結果として試薬コストを抑えつつ、高感度分析ができるといったメリットがある。また、化学発光法は励起源が不要なことにより装置化が簡便であることや、応答性が速くて迅速であるなど、多くの利点がある。
【0004】
しかしながら、現在化学発光分析法に使用可能な発光基質の絶対数は約10種であり、また発光収率の高い化学発光反応系には限りがある。さらに、使用する有機溶媒や触媒の選択といった試薬の問題も有しており、これらにより化学発光分析法の分析対象成分には制限があり選択性が低いという問題を抱えている。このように、化学発光計測を支えている化学発光系については、新しい反応系や発光体が容易に見出されておらず、広範な分野に応用することが可能な化学発光系の分析法の発見が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−74841号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T. Nagoshi, O. Ohno, T. Kotake, S. Igarashi, Luminescence,20, 401-404(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
化学発光系を利用した高感度かつ再現性の高い新規な被検出物質の濃度測定法を提供し、またその濃度測定法に使用するためのキットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定する方法であって、前記方法は、前記試料液と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより化学発光が生じる工程と、前記混合直後から前記化学発光の発光強度がピークとなる時までの時間を測定する工程と、前記測定した時間から前記被検出物質の濃度を計算する工程とを含むことを特徴とする。
【0009】
また、本発明の濃度測定方法は、前記発光基質が鉄ポルフィリン錯体またはヘモグロビンであることを特徴とする。また、本発明の濃度測定方法は、前記鉄ポルフィリン錯体が鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体であることを特徴とする。また、本発明の濃度測定方法は、前記酸化剤が過酸化水素であることを特徴とする。また、本発明の濃度測定方法は、前記還元剤がL−アスコルビン酸またはL−システインであることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の濃度測定方法は、前記被検出物質が、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、ペルオキシダーゼ、または酵素標識抗体であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の別の態様によれば、試料中に含まれる被検出物質の濃度を測定するためのキットであって、前記キットは、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを含み、溶媒中で前記被検出物質と前記発光基質と前記酸化剤と前記還元剤とを混合すると前記被検出物質の濃度に応じた時間の経過後に化学発光が生じることを特徴とする。
【0012】
また、本発明のキットは、前記発光基質が、鉄ポルフィリン錯体またはヘモグロビンであることを特徴とする。また、本発明のキットによれば、前記鉄ポルフィリン錯体が、鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体であることを特徴とする。また、本発明のキットによれば、前記酸化剤が過酸化水素であることを特徴とする。また、本発明のキットによれば、前記還元剤がL−アスコルビン酸またはL−システインであることを特徴とする。
【0013】
また、本発明のキットは、前記被検出物質が、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、ペルオキシダーゼ、または標識抗体であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の別の態様によれば、被検出物質の濃度を測定する装置であって、前記装置は、前記被検出物質と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより生じる化学発光を測定する化学発光測定手段と、前記混合直後から前記化学発光の発光強度がピークとなる時までの誘導時間を測定する時間計測手段と、前記誘導時間から前記被検出物質の濃度を算出する濃度算出手段とを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る化学発光反応の時間計測による被検出物質の定量によれば、試薬コストの低減や装置化の簡便さ、応答性が速いといった従来の化学発光系の利点を有しつつ、さらに化学発光系シグナル計測と比較して高感度かつ再現性の高い定量が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る一実施の形態における化学発光反応の時間計測を示すフローチャートである。
【図2】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、L−アスコルビン酸無添加による化学発光の誘導時間を示すグラフである。
【図3】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、L−アスコルビン酸を添加したときの化学発光の誘導時間を示すグラフである。
【図4】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度とL−アスコルビン酸濃度との関係を示すグラフである。
【図5】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度と過酸化水素濃度との関係を示すグラフである。
【図6】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度とpHとの関係を示すグラフである。
【図7】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度とDMSOの体積との関係を示すグラフである。
【図8】本発明の一実施の形態における化学発光反応において、化学発光強度とFe−PTS濃度との関係を示すグラフである。
【図9】本発明の一実施の形態による時間計測において、銅イオン濃度と誘導時間との関係を示すグラフ(検量線)である。時間計測にはLUMICOUNTER NU−600を使用した。
【図10】本発明の一実施の形態による時間計測において、銅イオン濃度と誘導時間との関係を示すグラフ(検量線)である。時間計測にはGENELIGHT GL−200Sを使用した。
【図11】本発明の一実施の形態による時間計測において、ペルオキシダーゼ濃度と誘導時間との関係を示すグラフ(検量線)である。時間計測にはLUMICOUNTER NU−600を使用した。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、発光基質と酸化剤との化学発光反応に還元剤を添加することで、溶液を混合してから化学発光シグナルが観測されるまでに時間差が生じることを見出した。さらに、この反応系に触媒として機能する物質を添加することにより、化学発光シグナルが観測されるまでの時間が変化した。このことから、発光強度ではなく化学発光系の時間計測について検討を行った結果、特定の被検出物質の定量が高感度かつ再現性よく可能であることを見出した。
【0018】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明の一実施の形態における化学発光反応の時間計測を示すフローチャートである。図1に示すように、本発明の化学発光反応の時間計測は、化学発光用セル1と、化学発光用セル1内で化学発光を生じさせるために混合される有機溶媒2とpH緩衝溶液3と還元剤4と試料液5と発光基質6と酸化剤7とを順に添加する工程から構成されている。
【0020】
化学発光用セル1は、有機溶媒2と、pH緩衝液3と、還元剤4と、試料液5と発光基質6と酸化剤7とを混合し、そのまま化学発光測定装置にセットすることで混合液中に生じた発光の強度を測定できるようなものであれば、従来から使用されているものを使用することができる。特に限定はされないが、例えば石英セルやポリスチレン製セル等が挙げられる。また、化学発光を測定する混合液の温度は、15℃〜40℃で保たれていることが好ましく、20℃〜30℃で保たれていることがより好ましい。
【0021】
本発明で使用する有機溶媒2としては、DMSO等を使用することができる。また、有機溶媒の代わりに蒸留水を使用することもできる。有機溶媒2としてDMSOを使用する際の体積としては、最終的な混合液中において15体積%〜25体積%の範囲にあることが好ましく、18体積%〜22体積%の範囲にあることがより好ましく、約20体積%が最も好ましい。
【0022】
本発明に使用されるpH緩衝液3としては、混合液のpHを一定に保つことができるものであれば、特に限定されず、例えばBorax緩衝液や、水酸化ナトリウム−酢酸系、アンモニア−酢酸系緩衝液等を使用することができる。pH緩衝液3により保つpHとしては、8〜12が好ましく、9〜11がより好ましく、約pH10が最も好ましい。
【0023】
還元剤4は、酸化剤7による発光基質6の酸化を抑制し、化学発光に誘導時間を生じさせることのできるものであれば使用することができる。特に限定されないが、例えば、L−アスコルビン酸やL−システイン等を使用することができ、特にL−アスコルビン酸が好ましい。L−アスコルビン酸を使用する際の濃度は、最終的な混合液中に0.5×10−3M〜2.0×10−3Mの範囲となることが好ましく、1.0×10−3M〜2.0×10−3Mの範囲にあることがより好ましく、約1.6×10−3Mが最も好ましい。
【0024】
試料液5は、濃度を測定したい物質を含んでおり、本発明の化学発光の時間計測を利用した濃度測定法で測定可能な物質としては、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、ペルオキシダーゼ、または酵素標識抗体を挙げることができる。これらの物質は、例えばL−アスコルビン酸等の還元剤に影響し、化学発光の誘導時間に影響を与える。測定対象により異なるが本濃度測定法の検出限界は、数pptレベルの超微量を計測可能である。酵素標識抗体を用いる場合は、抗体に標識として酵素が付加されているので、被検出物質と特異的に結合させ、精製した標識抗体を本化学発光反応系に使用することができる。酵素標識抗体は、例えばHRP(Horse Radish Peroxidase)等を標識として従来の方法(Bull. Natl. Inst. Anim. Health No. 111. 37-42 (March 2005)等参照)により付加した酵素標識抗体を使用することができ、このような酵素標識抗体は、さらに極微量の成分濃度を測定することが可能である。酵素標識抗体としては、特にペルオキシダーゼ標識抗体が好ましい。また、血清などタンパク質を多く含む試料を用いる場合には、化学発光反応系に使用する前に除タンパクの操作を行うことが望ましい。
【0025】
本発明に使用する発光基質6としては、酸化剤7との反応により混合液中に発光を生じるものであればよく、ポルフィリン骨格を有する金属錯体またはポルフィリン金属錯体をサブユニットに有するヘモグロビン等であることが好ましい。錯体を形成する金属は、鉄が好ましく、鉄ポルフィリン錯体としては、例えば鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体、ヘミン等を使用することができる。鉄フタロシアニン錯体としては、鉄フタロシアニンテトラスルホン酸、鉄フタロシアニンオクタスルホン酸、鉄フタロシアニンテトラカルボン酸、鉄フタロシアニンオクタカルボン酸等の鉄フタロシアニン誘導体錯体を使用することができる。発光基質として鉄フタロシアニンスルホン酸を使用する際の濃度は、最終的な混合液中に2.0×10−5M〜6.0×10−5Mの範囲内となることが好ましく、3.0×10−5M〜5.0×10−5Mの範囲内となることがより好ましく、約4.0×10−5Mが最も好ましい。
【0026】
本発明で使用する酸化剤7としては、発光基質6を酸化させることにより混合液中に発光を生じさせることができるものであればよく、例えば、過酸化水素や2KHSO5・KHSO4・K2SO4を挙げることができるが、好ましくは過酸化水素を使用することができる。過酸化水素を使用するときの濃度は、最終的な混合液中に1.0×10−3M〜4.0×10−3Mの範囲内となることが好ましく、2.0×10−3M〜3.0×10−3Mの範囲内となることがより好ましく、約2.4×10−3Mが最も好ましい。
【0027】
以上の構成によれば、化学発光用セル1内へ有機溶媒2と、pH緩衝液3と、還元剤4と、試料液5と、発光基質6とを加え、軽く振り混ぜた後、セルホルダーにセットする。次に酸化剤7を添加し、混合液内で生じる化学発光を測定するとともに、化学発光の誘導時間も測定する。ここで、本明細書中で使用する「誘導時間」とは、混合液中で化学発光を生じさせるための最終的な試薬(例えば、酸化剤)を添加した時点から、混合液中で生じる化学発光の発光強度がピークとなる時までの時間をいう。このような化学発光の時間計測において、発光基質濃度、酸化剤濃度、還元剤濃度、およびpH等の条件を一定にすることで、反応系に含まれる特定の被検出物質の濃度に依存して誘導時間が増減する。被検出物質の濃度と誘導時間との相関グラフは、良好な検量線として用いるため、被検出物質の存在下で本発明の化学発光反応の時間を計測することで、予め求めた検量線より、被検出物質の濃度を測定することが可能となる。
【0028】
また、本発明に係る化学発光の時間計測を利用した濃度測定装置は、被検出物質を含む試料液と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより生じる化学発光を測定する化学発光測定手段と、混合直後から前記化学発光の発光強度がピークとなる時までの誘導時間を測定する誘導時間測定手段と、誘導時間と予め求めた検量線とから被検出物質の濃度を算出する濃度算出手段とから構成される。
【0029】
本発明に使用する化学発光測定手段としては、化学発光用セル内に添加された混合液中に生じる化学発光の発光強度および発光の経時的測定ができるものであれば、従来から用いられている化学発光測定装置等を用いることができる。測定波長としては300〜700nmの範囲を測定できればよい。
【0030】
時間計測手段は、化学発光測定手段により測定された化学発光測定結果により、化学発光の誘導時間を算出する機能を有する。
【0031】
本発明に使用する濃度算出手段は、時間計測手段で算出された誘導時間から、被検出物質の濃度を導き出す機能を有する。また、濃度算出手段は、測定した化学発光強度や誘導時間から検量線を作成することもでき、さらに、検量線の情報や算出後の被検出物質濃度等の情報を濃度算出手段内または別の記録手段等に記憶させておく機能も有する。このような濃度算出手段は、化学発光測定手段または時間計測手段と一体となっていてもよいし、独立して存在してもよい。
【実施例】
【0032】
本発明に係る化学発光反応の発光強度および時間計測を、以下のような基本操作に基づいて測定した。なお、特に断りのない限り、操作に使用した試薬は市販特級品を用いた。
(1.基本操作)
化学発光用セルにpH緩衝溶液(和光純薬社製四ホウ酸ナトリウム(Borax)を使用した。Boraxを蒸留水に溶解させ、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpHを調整したのち、0.1Mに希釈して使用した。以下、同じ)100μl、L−アスコルビン酸水溶液(和光純薬社製)100μl、DMSO(和光純薬社製)100μl、Cu2+標準溶液120μl、発光基質(鉄フタロシアニンスルホン酸水溶液:Aldrich社製鉄フタロシアニンスルホン酸ナトリウムを蒸留水に溶解させて使用した。以下、同じ。)40μlをマイクロシリンジにより注入して混合した。化学発光測定装置(日音医理科機器製作所製のLUMICOUNTER NU−600またはマイクロテック・ニチオン社製GENELIGHT GL−200S)のセルホルダーにセットし、過酸化水素水溶液(和光純薬社製30%溶液を蒸留水で希釈して使用した。)40μlをマイクロシリンジにより注入した。その後、注入後に現れる化学発光シグナルを測定した。
【0033】
(2.除タンパク操作)
20mlサンプル管にウシ血清200μl、2ML−アスコルビン酸を含む塩酸水溶液(関東化学製12N塩酸を蒸留水で1Nに希釈して使用した。)100μlを加えて混合し5分間静置した。次に、1.2Mトリクロロ酢酸(関東化学製)100μlを加え、2000rpmで5分間遠心分離した後、ろ過した。このろ液を0.1M Brax BufferでpHを調整したものをサンプルとして使用した。
【0034】
(化学発光系におけるL−アスコルビン酸の影響)
鉄フタロシアニンスルホン酸錯体(Fe−PTS)と過酸化水素との化学発光反応系を用いてL−アスコルビン酸の影響を検討した。過酸化水素濃度が6.4×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、pH10のアルカリ性条件下において、過酸化水素水溶液中にFe−PTSを注入すると、その直後に鋭い化学発光シグナルが観測された(図2)。しかしながら、酸化反応に起因する化学発光に対して強い還元剤であるL−アスコルビン酸(1.6×10−3M)を添加すると、溶液を混合後、ある一定時間経過後に化学発光シグナルが観測された(図3)。このように、酸化剤と、鉄ポルフィリン錯体との反応系に還元剤を添加すると、化学発光のピーク検出までに一定の誘導時間が生じた。
【0035】
L−アスコルビン酸添加の有無によるFe−PTSの吸光度の波長変化を検討したところ、L−アスコルビン酸を添加に伴い過酸化水素を加えた直後の吸収スペクトルが上方へとシフトした。(データ省略)。また、L−アスコルビン酸を添加したときの方が、経時的に高い吸光度を維持し、L−アスコルビン酸無添加と同程度の吸光度へ下がるまでに時間がかかった(データ省略)。このように、L−アスコルビン酸はFe−PTSを基質とする化学発光系の酸化分解反応を抑制した。
【0036】
(触媒の検討)
化学発光基質と酸化剤と還元剤とからなる本化学発光反応系において、触媒の影響について検討した。L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が6.4×10−4M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%の条件下において、各触媒の化学発光の誘導時間への影響を観察した。その結果を表1に示す。
表1は、触媒無添加の誘導時間に対して、±5%以上の影響を与えた濃度を許容濃度として示している。表1に示すように、検討した物質では、一重項酸素の消去剤であるL−チロシン、L−トリプトファン、還元性の物質であるL−システイン、還元糖であるD−グルコースにおいて誘導時間に強い影響が見られた。これらの物質は、活性酸素種の消去などの作用により誘導時間に影響を及ぼしていると考えられる。
【0037】
また、化学発光において触媒として用いられている金属イオンの中では、Cu2+、Al3+、Fe3+、Zn2+、Ni2+において強い影響が見られたが、特にCu2+において大きな影響が見られた。Cu2+を添加すると化学発光が観測されるまでの誘導時間が短縮された。アスコルビン酸は酸化されることでデヒドロアスコルビン酸に変わるが、この酸化は銅などの重金属の存在や光の照射によって促進される。したがって、Cu2+を共存させることでアスコルビン酸が酸化され、Fe−PTSや過酸化水素に対する影響が小さくなり誘導時間が短縮されたと推測される。このように、本化学発光反応系の誘導時間に影響を有する物質については、本発明により濃度測定可能である。
【0038】
【表1】
【0039】
以下では、本化学発光系に、Cu2+を触媒としたときの分析をさらに行う。
還元剤としてL−アスコルビン酸を、化学発光基質としてFe−PTSを、酸化剤として過酸化水素を使用した場合の各条件(L−アスコルビン酸濃度、過酸化水素濃度、pH、DMSO(溶媒)の体積、Fe−PTS濃度)の最適化を行った。
【0040】
(L−アスコルビン酸濃度の影響)
L−アスコルビン酸濃度の影響を図4に示す。過酸化水素濃度が4.8×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、pHが10、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、L−アスコルビン酸濃度を0〜2.0×10−3Mの範囲において添加した結果、L−アスコルビン酸濃度が高くなるに従い誘導時間が延長された。この理由としては、L−アスコルビン酸濃度がFe−PTSあるいは過酸化水素に影響を与え、誘導時間が延長されためと考えられる。ブランクとCu2+濃度4.0×10−8Mとにおける誘導時間差が大きいことから、L−アスコルビン酸の濃度は1.6×10−3Mに設定した。
【0041】
(過酸化水素濃度の影響)
過酸化水素濃度の影響を図5に示す。L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、pHが10、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、過酸化水素濃度を1.2×10−3〜7.3×10−3Mの範囲で検討した結果、過酸化水素濃度が高くなるに従い、誘導時間が短縮された。この理由としては、共存するL−アスコルビン酸に対し過酸化水素濃度が高くなることにより、化学発光反応が起こりやすくなり誘導時間が短縮されたと考えられる。ブランクとCu2+濃度4.0×10−8Mとにおける誘導時間差が大きいことから、過酸化水素の濃度は2.4×10−3Mに設定した。
【0042】
(pHの影響)
pHの影響を図6に示す。L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が4.8×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、pH1〜12までの範囲で検討した結果、pH1〜8までの範囲において化学発光は観測されなかった。また、この範囲は、L−アスコルビン酸を添加していないFe−PTS化学発光系においても化学発光はほとんど観測されない。一方、pH9〜12の範囲においてはpHが高くなるに従い、誘導時間が短縮した。L−アスコルビン酸水溶液は、アルカリ性が強くなるほど還元性が強くなり、酸素分子(O2)などの水素受容体によって酸化されやすくなる。従って、化学発光反応を抑制していたL−アスコルビン酸が酸化され、Fe−PTSの酸化分解反応がおこりやすくなったためと考えられる。ブランクとCu2+濃度4.0×10−8Mとにおける誘導時間差が大きいことから、pHを10に設定した。
【0043】
(DMSOの体積の影響)
DMSOの体積変化による影響を図7に示す。L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が4.8×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、pH10、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、DMSOの体積を変化させた。DMSOの体積の増加に従い、誘導時間が短縮された。この理由としては、アルカリ性溶液中においてDMSO、O2、OH−の反応からスーパーオキシドラジカル(・O2−)が生成されるため、DMSO体積の増加に伴い・O2−の生成率が高くなり、Fe−PTSの酸化分解がおこりやすくなるためであると考えられる。ブランクとCu2+の濃度4.0×10−8Mにおける誘導時間差が大きいことから、DMSOの体積は20体積%に設定した。
【0044】
(Fe−PTS濃度による影響)
Fe−PTSの濃度変化に伴う影響を図8に示す。L−アスコルビン酸濃度が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が4.8×10−3M、DMSOが20体積%、pH10、銅イオン濃度が4.0×10−8Mの条件下において、Fe−PTS濃度を2.0×10−5〜6.0×10−5Mの範囲で検討した結果、Fe−PTSの濃度が高くなるに従い、誘導時間が短縮された。この理由としては、Fe−PTSの濃度増加に伴い化学発光反応を抑制しているL−アスコルビン酸の影響が小さくなるため、Fe−PTSの酸化分解がより速く起こるためであると考えられる。ブランクとCu2+濃度4.0×10−8Mとにおける誘導時間差が大きいことから、Fe−PTSの濃度は4.0×10−5Mに設定した。
【0045】
(Cu2+の検量線)
鉄フタロシアニンスルホン酸濃度が4.0×10−5M、過酸化水素濃度が2.4×10−3M、L−アスコルビン酸濃度が1.6×10−3M、DMSOが20体積%、pH10の条件下において、LUMICOUNTER NU−600によりCu2+の濃度と誘導時間との相関グラフ(検量線)を作成した(図9)。また、同様の条件において、GENELIGHT GL−200Sにより作成した検量線を図10に示す。その結果、図9では1.2×10−10〜1.2×10−5M、図10では1.2×10−10〜6.0×10−6Mの濃度範囲において良好な直線が得られた。検量線の相関係数は図9では0.9871、図10では0.9153であった。Cu2+の濃度4.0×10−8Mにおいて、5回測定での変動係数は図9では2.02%、図10では2.27%であった。また、検出限界(3σ)は図9では1.66×10−11M、図10では9.52×10−11Mであった。これらはルミノール/OH−/H2O2/Cu化学発光系の検出限界である6×10−6Mの他、1,10−phen/OH−/H2O2/Cu2+/ヘキサデシルエチルジメチルアンモニウムブロミド(HEDAB)化学発光系を利用したCu2+の定量法の2×10−10M、H2O2/フラビンモノヌクレオチド(FMN)/リン酸緩衝液化学発光系を利用したCu2+の定量法の2×10−8Mのいずれの定量法よりも高感度である。
【0046】
(ペルオキシダーゼの検量線)
鉄フタロシアニンスルホン酸濃度が4.0×10−5M、過酸化水素濃度が2.4×10−3M、L−アスコルビン酸濃度が1.6×10−3M、DMSOが20体積%、pH10の条件下において、LUMICOUNTER NU−600によりペルオキシダーゼの濃度と誘導時間との相関グラフ(検量線)を作成した(図10)。その結果、図11に示すように、ペルオキシダーゼ濃度0.1ppm〜30ppmの範囲において良好な直線を得ることができた。検量線の相関係数は、図11において0.947であった。ペルオキシダーゼ濃度10ppmにおいて、5回測定したときの変動係数は1.07%であり、標準偏差は1.15であった。また、検出限界は4.30×10−2ppm(43.0ppb)であった。
【0047】
(妨害物の検討)
Cu2+の濃度4.0×10−8Mに対して、金属、糖類、アミノ酸、ビタミン類といった各物質を共存させたときの誘導時間への影響を検討した。結果をそれぞれ表4〜表7に示す。妨害物質無添加時の誘導時間に対し±5%の誤差を与える妨害物質の濃度を、Cu2+の濃度(4.0×10−8M)とのモル比により比較した。
【0048】
表2において、Fe3+はCu2+と同様にL−アスコルビン酸の酸化を促進する。そのため誘導時間を短くしたと考えられる。
【0049】
【表2】
【0050】
表3において用いた糖類はいずれも還元糖であり、いずれも誘導時間を長くしていた。これは各糖が過酸化水素を還元して酸化力を低下させたことにより誘導時間が長くなったと考えられる。
【0051】
【表3】
【0052】
表4において、L−システイン、L−ヒスチジン、L−トリプトファンなどで誘導時間が長くなった。L−システインは還元性の物質であり、過酸化水素による酸化反応に影響を及ぼしていると推測される。L−ヒスチジンはヘモグロビンのタンパク中に含まれ、ヘム鉄と結合している。本化学発光系においても、Fe−PTSの軸配位部位に配位し、触媒活性の低下が起こり、誘導時間が長くなったと考えられる。L−トリプトファンは一重項酸素の消去剤として用いられることから、活性酸素種に影響を与えているものと考えられる。
【0053】
【表4】
【0054】
表5において、塩酸チアミンが誘導時間を長くしていた。これは、L−アスコルビン酸と同様にアルカリ性条件下では不安定で分解されやすい性質をもっており、過酸化水素による酸化反応に影響を及ぼしていると考えられる。
これらの結果から、本系において特に大きな影響を及ぼす物質は確認されなかったことから、Cu2+が選択的に作用していると推測される。
【0055】
【表5】
【0056】
(ウシ血清中のCu2+の定量)
実サンプルへの応用として、ウシ血清中のCu2+の定量を行った。まず、除タンパク処理を施したウシ血清アルブミンをサンプルとして、L−アスコルビン酸を添加したFe−PTSの化学発光系に適用し、化学発光が観測されるまでの誘導時間を測定した。なお、L−アスコルビン酸が1.6×10−3M、過酸化水素濃度が2.4×10−3M、Fe−PTS濃度が4.0×10−5M、DMSOが20体積%、pH10の条件下でおこなった。次に、測定された誘導時間(139sec)=Yを検量線の式に代入し、Cu2+の濃度を算出した。なお、下式はGENELIGHT GL−200Sの検量線のものである。
【数1】
以上より、算出された計算値と原子吸光法により得られた値を表6に示す。その相対誤差は8.70%であり、ほぼ近似した結果が得られた。
【0057】
【表6】
【0058】
(他法との比較)
本化学発光系とCu2+の定量に関する他の方法との比較を表7に示す。本系は他法と比較して、低濃度かつ幅広い濃度範囲においてCu2+を定量することができる系である。
【表7】
【符号の説明】
【0059】
1 化学発光用セル
2 有機溶媒
3 pH緩衝液
4 還元剤
5 試料液
6 発光基質
7 酸化剤
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定する方法であって、
前記試料液と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより化学発光が生じる工程と、
前記混合直後から前記化学発光の発光強度がピークとなる時までの時間を測定する工程と、
前記測定した時間から前記被検出物質の濃度を計算する工程と
を含む測定方法。
【請求項2】
前記発光基質が鉄ポルフィリン錯体またはヘモグロビンである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記鉄ポルフィリン錯体が鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記酸化剤が過酸化水素である請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記還元剤がL−アスコルビン酸またはL−システインである請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記被検出物質が、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、L−アスコルビン酸、過酸化水素、ペルオキシダーゼ、または酵素標識抗体である請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
試料中に含まれる被検出物質の濃度を測定するためのキットであって、
前記キットは、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを含み、
溶媒中で前記被検出物質と前記発光基質と前記酸化剤と前記還元剤とを混合すると前記被検出物質の濃度に応じた時間の経過後に化学発光が生じるキット。
【請求項8】
前記発光基質が、鉄ポルフィリン錯体またはヘモグロビンである請求項7に記載のキット。
【請求項9】
前記鉄ポルフィリン錯体が、鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体である請求項8に記載のキット。
【請求項10】
前記酸化剤が過酸化水素である請求項7〜9のいずれか一項に記載のキット。
【請求項11】
前記還元剤がL−アスコルビン酸またはL−システインである請求項7〜10のいずれか一項に記載のキット。
【請求項12】
前記被検出物質が、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、L−アスコルビン酸、過酸化水素、ペルオキシダーゼ、または酵素標識抗体である請求項7〜11のいずれか一項に記載のキット。
【請求項1】
試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定する方法であって、
前記試料液と、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを溶媒中で混合することにより化学発光が生じる工程と、
前記混合直後から前記化学発光の発光強度がピークとなる時までの時間を測定する工程と、
前記測定した時間から前記被検出物質の濃度を計算する工程と
を含む測定方法。
【請求項2】
前記発光基質が鉄ポルフィリン錯体またはヘモグロビンである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記鉄ポルフィリン錯体が鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記酸化剤が過酸化水素である請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記還元剤がL−アスコルビン酸またはL−システインである請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記被検出物質が、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、L−アスコルビン酸、過酸化水素、ペルオキシダーゼ、または酵素標識抗体である請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
試料中に含まれる被検出物質の濃度を測定するためのキットであって、
前記キットは、発光基質と、酸化剤と、還元剤とを含み、
溶媒中で前記被検出物質と前記発光基質と前記酸化剤と前記還元剤とを混合すると前記被検出物質の濃度に応じた時間の経過後に化学発光が生じるキット。
【請求項8】
前記発光基質が、鉄ポルフィリン錯体またはヘモグロビンである請求項7に記載のキット。
【請求項9】
前記鉄ポルフィリン錯体が、鉄フタロシアニン錯体または鉄クロロフィリン錯体である請求項8に記載のキット。
【請求項10】
前記酸化剤が過酸化水素である請求項7〜9のいずれか一項に記載のキット。
【請求項11】
前記還元剤がL−アスコルビン酸またはL−システインである請求項7〜10のいずれか一項に記載のキット。
【請求項12】
前記被検出物質が、銅イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン、亜鉛イオン、およびニッケルイオンからなる群より選択される一つの金属イオン、L−チロシン、L−トリプトファン、L−システイン、D−グルコース、L−アスコルビン酸、過酸化水素、ペルオキシダーゼ、または酵素標識抗体である請求項7〜11のいずれか一項に記載のキット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−57819(P2011−57819A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207977(P2009−207977)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(507214083)メタウォーター株式会社 (277)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【出願人】(393005026)株式会社マイクロテック・ニチオン (5)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(507214083)メタウォーター株式会社 (277)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【出願人】(393005026)株式会社マイクロテック・ニチオン (5)
【Fターム(参考)】
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