説明

化学発光測定装置および化学発光測定方法

【課題】被検物質が化学発光波長領域に光吸収帯を有している場合であっても化学発光強度を正確に測定することができる装置および方法を提供する
【解決手段】化学発光測定装置1は、試料容器10、測定部20、記憶部30および演算部40を備える。測定部20は、試料容器10に容れられた試料液に被検物質とともに含まれる化学発光試薬から発生した化学発光を受光し、その受光強度に応じた化学発光強度測定値Eを取得し、その化学発光強度測定値Eを電気信号として演算部40へ出力する。演算部40は、記憶部30により規格化化学発光スペクトルi(λ)および被検物質の吸光度スペクトルA(λ)に基づいて、測定部20により取得された化学発光強度測定値Eを所定の補正式に従って補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学発光測定装置および化学発光測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
化学発光測定(特許文献1〜4や非特許文献1を参照)は、例えば、ヒト免疫細胞の免疫応答機構を利用した新しい食品機能性評価に用いられる。自然免疫の最大の担い手である白血球の一種の好中球細胞は、外部からの病原体等の侵入に対して活性酸素(スーパーオキシド)を産生して放出し、このスーパーオキシドにより病原体を攻撃する役割を担っている。外敵侵入の刺激を受けた好中球細胞は、内部にカルシウムイオンを取り込み、このカルシウムイオンをトリガーとしてスーパーオキシドを産生する。
【0003】
好中球細胞内のカルシウムイオン量の検出には、カルシウム検出用蛍光試薬(例えばFluo3−AM等)が用いられる。好中球細胞が産生したスーパーオキシド量の検出には、スーパーオキシド検出用化学発光試薬(例えばCLAやMCLA等)が用いられる。すなわち、蛍光試薬から発生した蛍光の強度に基づいて好中球細胞内のカルシウムイオン量が検出され、化学発光試薬から発生した化学発光の強度に基づいて好中球細胞内のスーパーオキシド産生量が検出される。
【0004】
このようなアッセイ系に評価対象の被検物質を添加すると、被検物質の免疫機構への作用により、蛍光および化学発光それぞれ強度の経時変化が様々に変化する。複数の刺激剤を使用して各々の光強度変化を解析することで、被検物質の作用機序を推測することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−217794号公報
【特許文献2】特許第3290193号公報
【特許文献3】特開2006−126152号公報
【特許文献4】特開2008−203088号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Eugene H. Ratzlaff and S. R.Crouch, "Absorption-Corrected Chemiluminescence Measurements with aDual-Pathlength Spectroscopy", Anal. Chem., Vol.55, No.2, pp.348-352, 1983.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
評価対象である一部の被検物質は、化学発光波長領域に光吸収帯を有している場合がある。このような場合、化学発光が被検物質により吸収されるので、実際に検出される化学発光強度は、本来検出されるべき化学発光強度より小さくなる。被検物質が活性酸素を除去する作用を有していると、実際に検出された化学発光強度の変化が被検物質の活性酸素除去能および被検物質の光吸収率の何れの変化に因るのかを区別することができない。
【0008】
複数ある化学発光試薬の中で被検物質の光吸収の影響を受けにくい発光波長を持つ試薬を選択して用いることが可能である。しかし、蛍光および化学発光を同時に測定する場合には、蛍光波長,化学発光波長および励起光波長を互いに区別する必要があり、試薬の選択が大幅に制限される。
【0009】
本発明は、上記問題点を解消する為になされたものであり、被検物質が化学発光波長領域に光吸収帯を有している場合であっても化学発光強度を正確に測定することができる装置および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の化学発光測定装置は、試料容器に容れられた試料液に被検物質とともに含まれる化学発光試薬から生じた化学発光を測定する装置であって、(1) 試料容器に容れられた試料液から到達した化学発光の強度を測定して当該化学発光強度測定値Eを取得する測定部と、(2) 化学発光試薬で生じる化学発光の規格化された化学発光スペクトルi(λ)、被検物質の吸光度スペクトルA(λ)、および、試料容器に容れられた試料液中の各発光位置から測定部の受光位置までの光路に基づいて、測定部により取得された化学発光強度測定値Eを補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求める演算部と、を備えることを特徴とする。
【0011】
本発明の化学発光測定方法は、試料容器に容れられた試料液に被検物質とともに含まれる化学発光試薬から生じた化学発光を測定する方法であって、(1) 測定部により、試料容器に容れられた試料液から到達した化学発光の強度を測定して当該化学発光強度測定値Eを取得し、(2) 演算部により、化学発光試薬で生じる化学発光の規格化された化学発光スペクトルi(λ)、被検物質の吸光度スペクトルA(λ)、および、試料容器に容れられた試料液中の各発光位置から測定部の受光位置までの光路に基づいて、測定部により取得された化学発光強度測定値Eを補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求めることを特徴とする。
【0012】
本発明の化学発光測定装置は、演算部が、試料容器の奥行きをdとして、測定部により取得された化学発光強度測定値Eを下記補正式に従って補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求めるのが好適である。また、本発明の化学発光測定方法は、演算部により、試料容器の奥行きをdとして、測定部により取得された化学発光強度測定値Eを下記補正式に従って補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求めるのが好適である。
【0013】
【数1】

【0014】
本発明の化学発光測定装置は、(a) 試料容器に容れられた試料液に被検物質および化学発光試薬とともに含まれる蛍光試薬を励起する励起光をパルス的に繰り返し照射する励起部を更に備え、(b) 測定部が、励起部により励起光が照射されていないときに、試料容器に容れられた試料液から到達した化学発光の強度を測定して当該化学発光強度測定値を取得し、励起部により励起光が照射されているときに、試料容器に容れられた試料液から到達した化学発光および蛍光の全強度を測定して当該全光強度測定値を取得し、(c) 演算部が、測定部により取得された化学発光強度測定値および全光強度測定値に基づいて、試料容器に容れられた被検物質から測定部に到達した蛍光の強度を表す蛍光強度測定値を求めるのが好適である。
【0015】
本発明の化学発光測定方法は、(a) 励起部により、試料容器に容れられた試料液に被検物質および化学発光試薬とともに含まれる蛍光試薬を励起する励起光をパルス的に繰り返し照射し、(b) 測定部により、励起部により励起光が照射されていないときに、試料容器に容れられた試料液から到達した化学発光の強度を測定して当該化学発光強度測定値を取得し、励起部により励起光が照射されているときに、試料容器に容れられた試料液から到達した化学発光および蛍光の全強度を測定して当該全光強度測定値を取得し、(c) 演算部により、測定部により取得された化学発光強度測定値および全光強度測定値に基づいて、試料容器に容れられた被検物質から測定部に到達した蛍光の強度を表す蛍光強度測定値を求めるのが好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、被検物質が化学発光波長領域に光吸収帯を有している場合であっても、化学発光強度を正確に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】第1実施形態の化学発光測定装置1の構成図である。
【図2】補正式の導出について説明する図である。
【図3】実施例における規格化された化学発光スペクトルi(λ)を示す図である。
【図4】実施例における被検物質の吸光度スペクトルA(λ)を示す図である。
【図5】実施例における吸収補正後の化学発光スペクトルI(λ)を示す図である。
【図6】実施例における補正結果を示す図である。
【図7】第2実施形態の化学発光測定装置2の構成図である。
【図8】第3実施形態の化学発光測定装置3の構成図である。
【図9】点光源と微小面との関係を示す図である。
【図10】第4実施形態の第1計算例について説明する図である。
【図11】第4実施形態の第1計算例による数値積分を用いて吸光度Aと補正係数δとの関係を求めた結果を示すグラフである。
【図12】第4実施形態の第2計算例について説明する図である。
【図13】第4実施形態の第2計算例によるモンテカルロ法を用いて吸光度Aと補正係数δとの関係を求めた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照して、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0019】
(第1実施形態)
【0020】
図1は、第1実施形態の化学発光測定装置1の構成図である。第1実施形態の化学発光測定装置1は、試料容器10、測定部20、記憶部30および演算部40を備える。試料容器10は、免疫細胞(例えば好中球細胞)、化学発光試薬および被検物質を含む試料液を容れる容器である。これは、免疫細胞を刺激した際に産出される活性酸素を化学発光試薬で検出するというアッセイで、被検物質が免疫細胞の活性酸素産生能に如何に影響するかを研究するものである。
【0021】
測定部20は、試料容器10に容れられた試料液に含まれる化学発光試薬から発生した化学発光のうち該試料液から到達した化学発光を受光し、その受光強度に応じた化学発光強度測定値Eを取得し、その化学発光強度測定値Eを電気信号として演算部40へ出力する。
【0022】
記憶部30は、試料容器10中の試料液に含まれる化学発光試薬で生じる化学発光の規格化された化学発光スペクトルi(λ)、および、試料容器10中の試料に含まれる被検物質の吸光度スペクトルA(λ)を、予め記憶している。規格化化学発光スペクトルi(λ)は、波長λについて積分した結果が所定値(例えば値1)になるように規格化されている。
【0023】
演算部40は、測定部20により取得された化学発光強度測定値Eを受け取り、また、記憶部30により記憶されている規格化化学発光スペクトルi(λ) および被検物質の吸光度スペクトルA(λ) を受け取る。そして、演算部40は、規格化化学発光スペクトルi(λ)および吸光度スペクトルA(λ)に基づいて、測定部20により取得された化学発光強度測定値Eを下記補正式に従って補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求める。ここで、波長範囲λ1〜λ2は化学発光波長領域を含む。
【0024】
【数2】

【0025】
次に、本実施形態における上記補正式の導出について説明する。図2は、補正式の導出について説明する図である。或る波長において、光吸収を有する試料液のモル吸光係数をεとし、その試料液に対して外部から入射する光の強度をIinとし、その試料液を透過して外部へ出射する光の強度をIoutとし、また、その試料液における光路長をdとする。このとき、この試料液における吸光度Aはランベルトベールの法則から下記(3)式で表される。
【0026】
【数3】

【0027】
ここで、図2に示されるように、測定部20側の試料容器10内表面から深さzの位置Pで化学発光試薬が強度Iで発光したとする。この場合、測定部20により観測される光強度I(z) は、同様にランベルトベールの法則により下記(4)式で表される。吸光度Aが既知であるとすると、(3)式を用いて(4)式は下記(5)式となる。
【0028】
【数4】

【0029】
【数5】

【0030】
化学発光は奥行き方向の全範囲で起こっていると考えられるので、測定部20により観測される化学発光強度Iは、(5)式をz(奥行き)方向に0からdまで積分することで得られ、下記(6)式で表される。
【0031】
【数6】

【0032】
ここで、被検物質が存在しない場合の化学発光強度、すなわち、被検物質の影響を除いた本来求めるべき化学発光強度Iを考える。被検物質が存在しないことから、A=0を(6)式に代入すると下記(7)式が得られる。
【0033】
【数7】

【0034】
したがって、Iを用いて(6)式を書き直すと下記(8)式となる。この(8)式から、被検物質が存在する溶液中で化学発光Iが観測された場合における本来の化学発光強度Iは下記(9)式により得られる。この(9)式が、被検物質が存在する場合の化学発光強度から本来の化学発光強度を得るための補正式である。
【0035】
【数8】

【0036】
【数9】

【0037】
実際には、化学発光や被検物質の吸収は一定の波長幅を持っているので、I、I、Aそれぞれは、波長λの関数であり、各々スペクトルI (λ)、I(λ)、A(λ)となる。したがって、(8)式および(9)式は、それぞれ下記(10)式、(11)式のように表現される。
【0038】
【数10】

【0039】
【数11】

【0040】
被検物質が存在する場合に実際に測定部20から出力される信号強度Eは、化学発光スペクトルI(λ)を波長λで積分したものとなり、下記(12)式で表される。(10)式から、この(12)式は下記(13)式のようになる。
【0041】
【数12】

【0042】
【数13】

【0043】
一方、被検物質の影響を補正した本来求めるべき信号強度Eは、補正された化学発光スペクトルI(λ)の波長積分で表現され、下記(14)式で表される。
【0044】
【数14】

【0045】
ここで、下記(15)式で定義される規格化された関数i(λ)を導入する。
【0046】
【数15】

【0047】
よって、(14)式から、下記(16)式が得られる。この(16)式を(13)式に代入すると、下記(17)式が得られる。この(17)式から、上記(2)式の補正式が得られる。
【0048】
【数16】

【0049】
【数17】

【0050】
上記(2)式は、前もって計測された被検物質の吸光度スペクトルA(λ)および規格化化学発光スペクトルi(λ)に基づいて、実際に光吸収のある被検物質が存在する状況下での化学発光の信号強度Eを補正することで、正しい化学発光の信号強度E0を得ることができることを示すものである。
【0051】
以上のように、本実施形態では、測定部20により、試料容器10に容れられた試料液から到達した化学発光の強度が測定されて当該化学発光強度測定値Eが取得される。そして、演算部30により、化学発光試薬で生じる化学発光の規格化化学発光スペクトルi(λ)および被検物質の吸光度スペクトルA(λ)に基づいて、測定部20により取得された化学発光強度測定値Eが補正式(2)式に従って補正されて、当該補正後の化学発光強度Eが求められる。このようにすることにより、被検物質が化学発光波長領域に光吸収帯を有している場合であっても、化学発光強度を正確に測定することができる。
【0052】
次に、図3〜図6を用いて実施例について説明する。ここでは、被検物質として大豆醤油を用い、化学発光試薬としてMCLAを用いた。図3は、実施例における規格化された化学発光スペクトルi(λ)を示す図である。図4は、実施例における被検物質の吸光度スペクトルA(λ)を示す図である。同図は、被検物質(大豆醤油)の濃度を0.03%、0.01%および0.001%の各値とした場合について吸光度スペクトルA(λ)を示す。
【0053】
図5は、実施例における吸収補正後の化学発光スペクトルI(λ)を示す図である。同図は、被検物質(大豆醤油)の濃度を0.03%、0.01%および0.001%の各値とした場合について吸収補正後の化学発光スペクトルI(λ)を示し、また、規格化された化学発光スペクトルi(λ)をも示す。この化学発光スペクトルI(λ)を波長について積分した値が補正後の化学発光強度Eとなる。
【0054】
図6は、実施例における補正結果を示す図である。同図は、被検物質(大豆醤油)の濃度を0.03%、0.01%および0.001%の各値とした場合について、吸光度一定として補正したときの発光強度E、および、被検物質の吸光度スペクトルA(λ)を用いて補正したときの発光強度E、を示す。被検物質の濃度が0.03%であるとき、被検物質の吸光度が一定と仮定して補正したときの発光強度Eと、被検物質の吸光度スペクトルA(λ)を用いて正確に補正したときの発光強度Eとでは、15.5%の誤差が認められた。
【0055】
(第2実施形態)
【0056】
図7は、第2実施形態の化学発光測定装置2の構成図である。第2実施形態の化学発光測定装置2は、試料容器10、測定部20、分光器21、記憶部30、演算部40および光源50を備える。図1に示された第1実施形態の化学発光測定装置1の構成と比較すると、この図7に示される第2実施形態の化学発光測定装置2は、分光器21および光源50を更に備える点で相違する。
【0057】
光源50は試料容器10に対して光を照射する。光源50の出力光の波長域は、試料容器10に容れられる試料液に含まる化学発光試薬の発光波長帯域を含む。分光器21は、光源50から出力されて試料容器10を透過した光を入力し、その入力光を分光して測定部20へ出力する。測定部20は、分光器21により分光されて出力された光を受光し、その受光強度測定値を電気信号として演算部40へ出力する。
【0058】
この化学発光測定装置2は、被検物質の吸光度スペクトルA(λ)および化学発光試薬の化学発光スペクトルをも測定することができ、これらを用いて第1実施形態と同様にして(2)式に従って補正後の化学発光強度Eを求めることができる。
【0059】
被検物質の吸光度スペクトルA(λ)は以下のようにして測定される。被検物質のみを含む試料液が試料容器10に容れられる。この試料液は化学発光試薬を含まない。そして、光源50から出力された光のうち試料容器10を透過した光は、分光器21により分光され測定部20により検出される。測定部20による受光強度測定値は電気信号として演算部40へ与えられる。これにより、被検物質の吸光度スペクトルA(λ)は、演算部40において求められ、記憶部30により記憶される。
【0060】
化学発光試薬の化学発光スペクトルは以下のようにして測定される。免疫細胞(例えば好中球細胞)および化学発光試薬を含む試料液が試料容器10に容れられる。この試料液は被検物質を含まない。そして、免疫細胞を刺激して活性酸素を産生させ、化学発光試薬を発光させる。化学発光試薬で生じた化学発光は、分光器21により分光され測定部20により検出される。測定部20による受光強度測定値は電気信号として演算部40へ与えられる。これにより、演算部40により、化学発光試薬の化学発光スペクトルが取得され、さらに、規格化化学発光スペクトルi(λ) が求められる。この規格化化学発光スペクトルi(λ) は記憶部30により記憶される。
【0061】
以上のようにして規格化化学発光スペクトルi(λ) および被検物質の吸光度スペクトルA(λ)が求められて記憶部30により記憶された後、第1実施形態と同様にして補正後の化学発光強度Eが求められる。すなわち、免疫細胞、化学発光試薬および被検物質を含む試料液が試料容器10に容れられる。測定部20により、試料容器10に容れられた試料液から到達した化学発光の強度が測定されて当該化学発光強度測定値Eが取得される。そして、演算部30により、記憶部30に記憶されている規格化化学発光スペクトルi(λ)および吸光度スペクトルA(λ)に基づいて、測定部20により取得された化学発光強度測定値Eが補正式(2)式に従って補正されて、当該補正後の化学発光強度Eが求められる。
【0062】
この第2実施形態では、化学発光スペクトル、吸収スペクトルおよび活性酸素のアッセイが同一の装置で行えるだけでなく、試料液のpH等の影響により化学発光スペクトルまたは吸収スペクトルが変化しているような場合においても、正確に化学発光強度を補正することができる。
【0063】
(第3実施形態)
【0064】
図8は、第3実施形態の化学発光測定装置3の構成図である。第3実施形態の化学発光測定装置3は、試料容器10、レンズ22、光フィルタ23、光電子増倍管24、フォトンカウンタ25、記憶部30、演算部40、励起光源60、レンズ61、光フィルタ62、撹拌部70および温度調整部80を備える。
【0065】
図1に示された第1実施形態の化学発光測定装置1の構成と比較すると、この図8に示される第3実施形態の化学発光測定装置3は、測定部20として光電子増倍管24およびフォトンカウンタ25を備える点で相違し、また、レンズ22、光フィルタ23、励起光源60、レンズ61、光フィルタ62、撹拌部70および温度調整部80を更に備える点で相違する。
【0066】
化学発光測定装置3は、試料容器10内の試料液を撹拌する撹拌部70を備えることにより、試料容器10内の試料液が懸濁液である場合であっても該試料液を一定分布に維持することができる。この撹拌部70は、例えば、試料容器10内に入れられるマグネティックスターラ、および、このマグネティックスターラを制御するマグネティックスターラコントローラを含む。
【0067】
化学発光測定装置3は、試料容器10内の試料液の温度を調整する温度調整部80を備えることにより、試料容器10内の試料液を所定温度に維持することができる。この温度調整部80は、例えば、試料容器10に対して配管を介して接続されるサーモバスを含む。
【0068】
化学発光測定装置3は、試料容器10内で発生した化学発光の強度を求めることができるだけでなく、試料容器10に容れられた試料液に含まれる蛍光試薬を励起するための励起光源60等を備えることにより、試料容器10内で発生した蛍光の強度をも求めることができる。
【0069】
また、この化学発光測定装置3は、試料容器10に容れられた試料液に被検物質および化学発光試薬とともに含まれる蛍光試薬を励起する励起光を励起光源60によりパルス的に繰り返し照射することにより、化学発光強度および蛍光強度を実質的に同時に測定することもできる。
【0070】
試料容器10に容れられた試料液は、蛍光試薬が導入された免疫細胞(例えば好中球細胞)、化学発光試薬および被検物質を含む。これは、免疫細胞を刺激した際の細胞内カルシウムの濃度変化を蛍光試薬で検出するとともに、刺激の結果として産出される活性酸素を化学発光試薬で同時に検出するというアッセイであり、被検物質が免疫細胞の細胞内カルシウム濃度変化および活性酸素産生能に如何に影響するかを研究するものである。
【0071】
励起光源60から出力されたパルス励起光のうち、光フィルタ62を透過した特定波長成分の光は、レンズ61により試料容器10内の試料液に集光照射される。したがって、試料容器10内の試料液では、蛍光試薬に由来する蛍光が発生するとともに、化学発光試薬に由来する化学発光が発生する。
【0072】
試料液で発生した蛍光および化学発光は、レンズ22および光フィルタ23を経て、光電子増倍管24により受光される。なお、試料液において散乱された励起光は、光フィルタ23により遮断される。蛍光または化学発光のフォトンが光電子増倍管24に入射すると、そのフォトン入射の事象に応じて光電子増倍管24から電流パルスが出力され、そのパルスがフォトンカウンタ25により計数される。その計数結果は演算部40に与えられる。
【0073】
試料液に励起光が照射されているときに蛍光が発生し、試料液への励起光の照射および非照射に拘わらず化学発光が発生する。したがって、光電子増倍管24およびフォトンカウンタ25により、励起光が照射されていないときに、試料容器10に容れられた試料液から到達した化学発光の強度が測定されて当該化学発光強度測定値Eが取得され、励起光が照射されているときに、試料容器10に容れられた試料液から到達した化学発光および蛍光の全強度が測定されて当該全光強度測定値が取得される。
【0074】
そして、演算部40により、全光強度測定値から化学発光強度測定値が差し引かれることで、試料容器10に容れられた試料液から測定部に到達した蛍光の強度を表す蛍光強度測定値が求められる。また、演算部40により、第1実施形態と同様にして補正後の化学発光強度Eが求められる。
【0075】
(第4実施形態)
【0076】
以上までに説明した第1〜第3の実施形態では、試料容器10に容れられた試料液で発生した光のうち一方向に進む光を測定部20が受光することを前提としていた。このような前提による補正式を用いることで、簡易な計算で正確に補正された化学発光強度Eを求めることができる。しかし、より正確に補正された化学発光強度Eを求めるには、化学発光試薬で生じる化学発光の規格化された化学発光スペクトルi(λ)および被検物質の吸光度スペクトルA(λ)に加えて、試料容器10に容れられた試料液中の各発光位置から測定部20の受光位置までの光路をも考慮した補正係数δを用いた下記(18)式の補正式に従って補正をするのが好ましい。
【0077】
【数18】

【0078】
第4実施形態では、試料容器10に容れられた試料液中の各発光位置から測定部20の受光位置までの光路をも考慮して補正をする。なお、第4実施形態は、第1〜第3の実施形態を一般化したものに相当する。以下では、試料容器10および測定部20について詳細に説明するが、他の構成要素については第1〜第3の実施形態の場合と同様である。
【0079】
図9に示されるように、放射強度Iの任意の点光源からの光線と微小面の法線とのなす角をθとし、点光源と微小面との距離をrとすると、点光源から微小面に入射する光の強度Eは次式で表される。
【0080】
【数19】

【0081】
試料液中に光吸収性の被検物質が存在する場合、測定部20に到達する光の強度はランベルトベールの法則に従って減衰する。被検物質の吸光度をA(λ)とすると、測定部20に到達する光の強度Eは次式となる。
【0082】
【数20】

【0083】
化学発光計測において、上記の点光源は試料容器10内の試料液中の化学発光分子に相当し、微小面は受光部20の受光面の一部に相当する。したがって、受光部20の微小面に入射する化学発光の総和Pは、受光部20の微小面の視野にある試料液の立体領域Vで(20)式を三重積分したものとなり、次式で表される。
【0084】
【数21】

【0085】
さらに、測定部20の受光面が或る面積を持つ場合、測定部20の受光面に入射する光の総和Pは、上で述べた微小面に対して測定部20の受光面の領域Sで二重積分したものとなり、次式で表される。
【0086】
【数22】

【0087】
なお、試料容器10の厚みなどで測定部120と化学発光試薬との間に隙間がある場合、この隙間の分だけ吸収に関わる光路長が短くなる。隙間の長さをuとすると、隙間を通過する光路の長さはu/cosθ となるので、試料液を通過する光路長は r−(u/cosθ) となる。したがって、隙間を考慮した光の総和Pは、上記(22)式を変形した次式となる。
【0088】
【数23】

【0089】
この(23)式は、試料容器10内の立体領域Vの試料液からの化学発光を測定部20の面領域Sの受光面で検出した場合に観測される光の強度を求めるための一般式となる。試料液中に光吸収性の被検物質に対する化学発光強度の補正係数δは、被検物質が存在しない場合の光強度Pと、存在する場合の光強度Pとの比で計算され、次式で表される。
【0090】
【数24】

【0091】
これまでに述べた数式を実際に適用する場合、試料容器10内の立体領域Vおよび測定部20の面領域Sそれぞれに適当な座標系を適用し、実際の立体領域Vおよび面領域Sそれぞれに対応した積分区間を求めて積分すればよい。積分を解析的に解くのが困難である場合、数値積分やモンテカルロ法を使って解くことができる。
【0092】
また、試料液中の各発光位置から測定部20の受光位置までの光学系によっては、補正係数δの計算に時間がかかる場合がある。このような場合は、前もって十分な精度で吸光度Aと補正係数δとの関係を計算し、この関係を使ってより単純な近似式を求め、この近似式を使って実際の補正係数は求めても良い。以下、いくつかの代表的な光学系における補正係数の計算例を示す。なお、試料容器10の光吸収や屈折率による影響は無視できるものとした。
【0093】
第1計算例では、図10に示されるように、試料容器10として各辺1cmの立方体形状の容積を有し厚みが0.1cmであるものを用い、試料容器10内に化学発光試薬を含む試料液を満たし、測定部20としてポイントセンサを用い、試料容器10の或る一面の中央に測定部20を密着して配置した場合を想定する。なお、受光部20の受光面が面積を有する場合であっても、試料容器10の或る一面の中央にピンホールを密着して配置して、このピンホールを通過した光を受光部20により受光する場合や、このピンホールを通過した光を分光器により分光した後に受光部20により受光する場合にも、この第1計算例が適用され得る。
【0094】
この場合、光強度Pの計算に際しては上記(23)式を用いればよいが、ポイントセンサである測定部20の受光面を微小面積と考えれば、S領域についての積分は不要である。測定部20の受光面を原点とし、積分領域V内の任意の点をxyz直交座標系で(x,y,z)とする。光強度Pは下記(25)式で計算できる。積分領域Vは、試料容器10内の領域となり、次式で表される領域である。
【0095】
【数25】

【0096】
【数26】

【0097】
第1計算例による補正係数δは次式で計算される。この式を解析的に解くのは困難である。図11は、第4実施形態の第1計算例による数値積分を用いて吸光度Aと補正係数δとの関係を求めた結果を示すグラフである。
【0098】
【数27】

【0099】
第2計算例では、図12に示されるように、試料容器10として直径1cmで高さ1cmの円柱体形状の容積を有し厚みが0.1cmであるものを用い、試料容器10内に化学発光試薬を含む試料液を満たし、測定部20として直径1cmの円形の受光部を有するセンサを用い、試料容器10の一方の底辺に測定部20の受光面を密着して配置した場合を想定する。
【0100】
この場合、受光部20の受光面が面積を持つので、上記(22)式および(23)式においてS領域についての積分も必要となる。積分領域Vは円筒型の試料容器10内の領域となる。受光部20の受光面の中心を原点とし、積分領域Sの任意の点を直交座標(n,m)とし、積分領域Vの任意の点を直交座標(x,y,z)とすると、光強度Pは、先と同様に下記(28)式で計算できる。積分領域V,Sは次)式で表される。
【0101】
【数28】

【0102】
【数29】

【0103】
第2計算例による補正係数δは次式で計算される。この式の積分は五重積分で被積分関数も複雑であるので、実際に数値積分を行った場合、計算に時間がかかる。このような計算の場合はモンテカルロ法による積分が適している。図13は、第4実施形態の第2計算例によるモンテカルロ法を用いて吸光度Aと補正係数δとの関係を求めた結果を示すグラフである。
【0104】
【数30】

【0105】
試料容器10に容れられた試料液中の各発光位置から測定部20の受光位置までの光路をも考慮した補正係数δを求める計算例として、これまで第1計算例および第2計算例について説明したが、本実施形態はこれらに限られるものではない。このような補正係数δを用いて(18)式の補正式に従って補正をすることで、被検物質が光吸収物質である場合においても、化学発光の正確な値を得ることができる。
【符号の説明】
【0106】
1〜3…化学発光測定装置、10…試料容器、20…測定部、21…分光器、22…レンズ、23…光フィルタ、24…光電子増倍管、25…フォトンカウンタ、30…記憶部、40…演算部、50…光源、60…励起光源、61…レンズ、62…光フィルタ、70…撹拌部、80…温度調整部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料容器に容れられた試料液に被検物質とともに含まれる化学発光試薬から生じた化学発光を測定する装置であって、
前記試料容器に容れられた前記試料液から到達した化学発光の強度を測定して当該化学発光強度測定値Eを取得する測定部と、
前記化学発光試薬で生じる化学発光の規格化された化学発光スペクトルi(λ)、前記被検物質の吸光度スペクトルA(λ)、および、前記試料容器に容れられた前記試料液中の各発光位置から前記測定部の受光位置までの光路に基づいて、前記測定部により取得された化学発光強度測定値Eを補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求める演算部と、
を備えることを特徴とする化学発光測定装置。
【請求項2】
前記演算部が、前記試料容器の奥行きをdとして、前記測定部により取得された化学発光強度測定値Eを下記補正式に従って補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求める、
【数1】


ことを特徴とする請求項1に記載の化学発光測定装置。
【請求項3】
前記試料容器に容れられた前記試料液に前記被検物質および前記化学発光試薬とともに含まれる蛍光試薬を励起する励起光をパルス的に繰り返し照射する励起部を更に備え、
前記測定部が、前記励起部により励起光が照射されていないときに、前記試料容器に容れられた前記試料液から到達した化学発光の強度を測定して当該化学発光強度測定値を取得し、前記励起部により励起光が照射されているときに、前記試料容器に容れられた前記試料液から到達した化学発光および蛍光の全強度を測定して当該全光強度測定値を取得し、
前記演算部が、前記測定部により取得された化学発光強度測定値および全光強度測定値に基づいて、前記試料容器に容れられた前記試料液から前記測定部に到達した蛍光の強度を表す蛍光強度測定値を求める、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の化学発光測定装置。
【請求項4】
試料容器に容れられた試料液に被検物質とともに含まれる化学発光試薬から生じた化学発光を測定する方法であって、
測定部により、前記試料容器に容れられた前記試料液から到達した化学発光の強度を測定して当該化学発光強度測定値Eを取得し、
演算部により、前記化学発光試薬で生じる化学発光の規格化された化学発光スペクトルi(λ)、前記被検物質の吸光度スペクトルA(λ)、および、前記試料容器に容れられた前記試料液中の各発光位置から前記測定部の受光位置までの光路に基づいて、前記測定部により取得された化学発光強度測定値Eを補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求める、
ことを特徴とする化学発光測定方法。
【請求項5】
前記演算部により、前記試料容器の奥行きをdとして、前記測定部により取得された化学発光強度測定値Eを下記補正式に従って補正して、当該補正後の化学発光強度Eを求める、
【数2】


ことを特徴とする請求項4に記載の化学発光測定方法。
【請求項6】
励起部により、前記試料容器に容れられた前記試料液に前記被検物質および前記化学発光試薬とともに含まれる蛍光試薬を励起する励起光をパルス的に繰り返し照射し、
前記測定部により、前記励起部により励起光が照射されていないときに、前記試料容器に容れられた前記試料から到達した化学発光の強度を測定して当該化学発光強度測定値を取得し、前記励起部により励起光が照射されているときに、前記試料容器に容れられた前記試料液から到達した化学発光および蛍光の全強度を測定して当該全光強度測定値を取得し、
前記演算部により、前記測定部により取得された化学発光強度測定値および全光強度測定値に基づいて、前記試料容器に容れられた前記試料液から前記測定部に到達した蛍光の強度を表す蛍光強度測定値を求める、
ことを特徴とする請求項4または5に記載の化学発光測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−68226(P2012−68226A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−47653(P2011−47653)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】