説明

化成処理液、その製造方法、及び化成皮膜の形成方法

【課題】フッ素及び過酸化水素を使用することなしに、及び、珪素濃度が高いことに起因した安定性の問題なしに、耐食性及び外観に優れた化成皮膜を形成可能なクロムフリーの化成処理技術を提供する。
【解決手段】本発明の化成処理液は、クロムと過酸化水素とフッ素とを含有していない、亜鉛又は亜鉛合金上に化成皮膜を形成するための化成処理液であって、0.5g/L乃至38g/Lのマグネシウムと、0.5g/L乃至2.5g/Lの珪素と、0.36g/L以上の硝酸イオンとを含有し、前記珪素を水溶性の珪酸塩として含み、任意にコバルトを3.25g/Lまでの濃度で更に含有し、アルミニウムの含有量は0.08g/L以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化成処理技術に係り、特には亜鉛又は亜鉛合金の表面に化成皮膜を形成する化成処理技術に関する。
【背景技術】
【0002】
クロメート処理は、亜鉛又は亜鉛合金の表面を錆から防ぐための代表的な化成処理である。クロメート処理は、安価であり且つ簡便であることから、工業的に広く利用されてきた。
【0003】
しかしながら、六価クロムは有害物質であるため、その使用が規制されつつある。そこで、六価クロムの代わりに三価クロムを使用した化成処理や、クロムフリーの化成処理に関する研究が盛んに行われている。
【0004】
例えば、特許文献1には、アルミニウムと珪素と有機酸又は無機酸の1種以上とを含有した化成処理液が記載されている。特許文献1には、この化成処理液にフッ素を添加すると、良好な外観が得られることが記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、水溶性マグネシウム無機塩及び水溶性リチウム無機塩の少なくとも一方と、他の水溶性無機塩又は無機珪酸塩若しくはコロイダルシリカと、過酸化水素とを含有した化成処理液が記載されている。特許文献2には、この化成処理液を用いると、十分な耐食性を有しているクロムフリー皮膜を形成できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−181578号公報
【特許文献2】特開2007−177304号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
フッ素化合物は、腐食性であるのに加え、廃水処理が困難である。また、過酸化水素は、取扱いに注意を要するのに加え、安定性が低い。従って、フッ素及び過酸化水素を使用しないクロムフリーの化成処理技術が望まれている。
【0008】
また、珪素を含んだ化成処理液は、珪素を含んでいない第1濃縮液と珪素を含んだ第2濃縮液との2種類の濃縮液の形態で流通させ、それらを現場で混合及び必要に応じて希釈することにより調製することがある。第2濃縮液における珪素濃度を高くするとその安定性が低下するため、第2濃縮液は、低い珪素濃度を有するように調製しなければならない。それ故、化成処理液における珪素濃度は低い値に制限される可能性がある。
【0009】
本発明の目的は、フッ素及び過酸化水素を使用することなしに、及び、珪素濃度が高いことに起因した安定性の問題なしに、耐食性及び外観に優れた化成皮膜を形成可能なクロムフリーの化成処理技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1側面によると、クロムと過酸化水素とフッ素とを含有していない、亜鉛又は亜鉛合金上に化成皮膜を形成するための化成処理液であって、0.5g/L乃至38g/Lのマグネシウムと、0.5g/L乃至2.5g/Lの珪素と、0.36g/L以上の硝酸イオンとを含有し、前記珪素を水溶性の珪酸塩として含み、任意にコバルトを3.25g/Lまでの濃度で更に含有し、アルミニウムの含有量は0.08g/L以下である化成処理液が提供される。
【0011】
本発明の第2側面によると、第1及び第2濃縮液と任意に水とを混合して第1側面に係る化成処理液を得ることを含んだ化成処理液の製造方法であって、前記第1濃縮液は、マグネシウム及び硝酸イオンの各々を前記第2濃縮液と比較してより高い濃度で含み、前記第2濃縮液は、水溶性の珪酸塩を前記第1濃縮液と比較してより高い濃度で含んだ方法が提供される。
【0012】
本発明の第3側面によると、亜鉛又は亜鉛合金を請求項1又は2に記載の化成処理液を用いた化成処理に供することを含んだ化成皮膜の形成方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、フッ素及び過酸化水素を使用することなしに、及び、珪素濃度が高いことに起因した安定性の問題なしに、耐食性及び外観に優れた化成皮膜を形成可能なクロムフリーの化成処理技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】或る化成皮膜の顕微鏡写真。
【図2】他の化成皮膜の顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の態様について説明する。
本発明者らは、1g/L乃至12g/Lのマグネシウムと、0.03g/L乃至5g/Lのコバルトと、0.7g/L乃至3.5g/Lの珪素と、3g/L乃至15g/Lの硝酸イオンとを含有し、珪素を水溶性の珪酸塩として含み、アルミニウムの含有量が0.01g/L以下である化成処理液によると、フッ素及び過酸化水素を使用していないにも拘らず、耐食性及び外観に優れた化成皮膜を形成可能であることを見出している。本発明者らは、この化成処理液の組成を変更して、その性能を調べた。その結果、珪素濃度を低くすると、驚くべきことに、珪素及びコバルト以外の成分について許容され得る濃度範囲が広くなることを見出した。以下に説明する技術は、このような知見に基づいている。
【0016】
本発明の一態様に係る化成処理液は、亜鉛又は亜鉛合金上に化成皮膜を形成するための化成処理液である。この化成処理液は、クロムと過酸化水素とフッ素とを含有しておらず、典型的には、アルミニウムも含有していない。そして、この化成処理液は、水などの水系溶媒に加え、マグネシウムと珪素と硝酸イオンとを含有している。
【0017】
この化成処理液は、マグネシウムを、例えばマグネシウムイオンとして含んでいる。この化成処理液は、マグネシウムを、錯イオン若しくは多原子イオンとして又はそれらとマグネシウムイオンとの組み合わせとして含んでいてもよい。
【0018】
この化成処理液のマグネシウム濃度は、0.5g/L乃至38g/Lの範囲内にあり、典型的には2.5g/L乃至25g/Lの範囲内にある。マグネシウム濃度を低くすると、耐食性が低下する。マグネシウム濃度を高くすると、耐食性が低下するのに加え、外観が劣化する。
【0019】
この化成処理液は、珪素を水溶性の珪酸塩として含んでいる。この化成処理液が、珪素を水溶性の珪酸塩以外の形態で、例えばコロイダルシリカとして含んでいる場合、化成処理液が珪素を水溶性の珪酸塩として含んでいる場合ほど優れた耐食性及び/又は外観を達成することはできない。
【0020】
珪酸塩としては、例えば、珪酸ナトリウム及び珪酸カリウムなどのアルカリ金属塩を使用することができる。珪酸塩として、単一の化合物を使用してもよく、複数の化合物を混合して使用してもよい。
【0021】
この化成処理液の珪素濃度は、0.5g/L乃至2.5g/Lの範囲内にあり、典型的には1g/L乃至1.6g/Lの範囲内にある。珪素濃度を低くすると、耐食性が低下する。珪素濃度を高くすると、耐食性が低下するのに加え、外観が劣化する。
【0022】
この化成処理液の硝酸イオン濃度は、0.36g/L以上であり、典型的には1.82g/L乃至51.06g/Lの範囲内にある。硝酸イオン濃度を低くした場合は、耐食性が大きく低下する。硝酸イオン濃度を高くした場合は、耐食性が若干低下する。
【0023】
この化成処理液は、コバルトを更に含むことができる。この化成処理液は、コバルトを、コバルトイオンとして含んでいてもよい。或いは、この化成処理液は、コバルトを、錯イオン若しくは多原子イオンとして又はそれらとコバルトイオンとの組み合わせとして含んでいてもよい。
【0024】
この化成処理液のコバルト濃度は、3.25g/L以下であり、典型的には0.05g/L乃至1.5g/Lの範囲内にある。コバルト濃度を低くすると、耐食性が若干低下する。コバルト濃度を高くすると、耐食性が低下するのに加え、外観が劣化する。
【0025】
この化成処理液は、典型的にはアルミニウムを含んでいないが、0.08g/L以下の濃度でアルミニウムを含むことができる。アルミニウム濃度を高くすると、耐食性が低下するのに加え、外観が劣化する。この化成処理液のアルミニウム濃度は、例えば0.03g/L以下であり、典型的には0.01g/L以下である。
【0026】
この化成処理液は、典型的には、金属元素としてマグネシウム及びコバルトのみを含有しているか、又は、金属元素としてマグネシウム、コバルト及びアルミニウムのみを含有している。この化成処理液は、クロム、マグネシウム、コバルト及びアルミニウム以外の金属元素を更に含有していてもよい。例えば、この化成処理液は、ナトリウム、カリウム及びカルシウムなどの金属元素を更に含有していてもよい。
【0027】
この化成処理液は、十分な性能が得られる限り、コロイダルシリカを更に含有していてもよい。この場合、化成処理液のコロイダルシリカ濃度は、珪素に換算した水溶性珪酸塩濃度と珪素に換算したコロイダルシリカ濃度との和が、例えば、水溶性珪酸塩に関して上述した珪素濃度の範囲内となるように設定する。
【0028】
この化成処理液は、酸として、硝酸のみを含有していてもよく、硝酸に加え、他の無機酸を更に含有していてもよい。追加の無機酸としては、例えば、硫酸、塩酸、又はそれらの組み合わせを使用することができる。この化成処理液における硝酸以外の無機酸の濃度は、例えば10g/L以下とする。
【0029】
この化成処理液は、酸性溶液である。この化成処理液のpH値は、例えば1.0乃至5.0の範囲内にあり、典型的には1.5乃至3.0の範囲内にある。
【0030】
この化成処理液を調製する際、マグネシウム及びコバルトなどの金属元素源としては、例えば、硝酸塩、硫酸塩、塩化物、又はこれらの2つ以上の組み合わせを使用することができる。また、硝酸イオン源としては、例えば、硝酸、マグネシウム及びコバルトなどの金属の硝酸塩、又はこれらの組み合わせを使用することができる。
【0031】
この化成処理液は、例えば、以下の方法により製造することができる。
まず、第1及び第2濃縮液を準備する。
【0032】
第1濃縮液は、マグネシウムを含有している。第1濃縮液におけるマグネシウム濃度は、化成処理液におけるマグネシウム濃度と比較してより高い。第1濃縮液におけるマグネシウム濃度MMg1と化成処理液におけるマグネシウム濃度MMgCとの比MMg1/MMgCは、例えば1.0乃至672.0の範囲内にあり、典型的には2.0乃至134.0の範囲内にある。
【0033】
第1濃縮液は、硝酸イオンを更に含有している。第1濃縮液における硝酸イオン濃度は、化成処理液における硝酸イオン濃度と比較してより高い。
【0034】
第1濃縮液は、典型的には、珪素を含有していない。第1濃縮液は、少量の珪素を水溶性の珪酸塩として更に含有していてもよい。但し、第1濃縮液における珪素濃度は、第2濃縮液における珪素濃度と比較してより低い値に設定する。
【0035】
第1濃縮液のpH値は、例えば0.5乃至3.0の範囲内にあり、典型的には1.0乃至2.0の範囲内にある。pH値が大きな第1濃縮液は、安定して作製することができない。また、第1濃縮液のpH値が小さい場合、化成処理液において最適なpH値を達成するために、化成処理液にアルカリを更に加えなければならず、化成処理液の作製に手間がかかる。
【0036】
第2濃縮液は、珪素を水溶性の珪酸塩として含有している。第2濃縮液における珪素濃度は、化成処理液における珪素濃度と比較してより高い。第2濃縮液における珪素濃度MSi2と化成処理液における珪素濃度MSiCとの比MSi2/MSiCは、例えば1.0乃至18.0の範囲内にあり、典型的には2.0乃至9.0の範囲内にある。
【0037】
第2濃縮液は、コバルトを更に含有することができる。第2濃縮液がコバルトを含有している場合、第2濃縮液におけるコバルト濃度は、化成処理液におけるコバルト濃度と比較してより高い。
【0038】
第2濃縮液のpH値は、例えば0.5乃至3.0の範囲内にあり、典型的には1.0乃至2.0の範囲内にある。pH値が大きな第2濃縮液は、安定性が低い傾向にある。また、第2濃縮液のpH値が小さい場合、化成処理液において最適なpH値を達成するために、化成処理液にアルカリを更に加えなければならず、化成処理液の作製に手間がかかる。
【0039】
次に、第1及び第2濃縮液を混合する。以上のようにして、化成処理液を得る。
第1及び第2濃縮液の少なくとも一方は、混合する前に水で希釈してもよい。或いは、第1及び第2濃縮液を混合した後に、この混合液を水で希釈してもよい。或いは、第1及び第2濃縮液と水とを同時に混合してもよい。或いは、第1及び第2濃縮液並びに混合液は、水で希釈しなくてもよい。
【0040】
上記の通り、第1濃縮液は、珪素を含んでいないか又は低い濃度で含有している。それ故、第1濃縮液は、安定性に優れている。また、第2濃縮液における珪素濃度は比較的低い。それ故、第2濃縮液も、安定性に優れている。従って、第1及び第2濃縮液は、長期保存が可能である。
【0041】
なお、ここでは、第1及び第2濃縮液を用いた化成処理液の製造について説明したが、化成処理液は、単一の濃縮液を希釈することにより製造してもよい。例えば、化成処理液について上述した全成分を含んだ濃縮液を水で希釈することにより製造してもよい。
【0042】
この化成処理液を用いた化成皮膜の形成は、例えば、以下の方法により行う。
まず、亜鉛若しくは亜鉛合金からなる被処理物又は表面に亜鉛若しくは亜鉛合金からなる層が設けられた被処理物を準備する。表面に亜鉛又は亜鉛合金からなる層が設けられた被処理物としては、例えば、表面に亜鉛又は亜鉛合金からなるめっき層が設けられた金属部品を使用する。
【0043】
次に、被処理物の亜鉛又は亜鉛合金からなる表面を、活性処理に供する。この活性処理は、例えば、被処理物の亜鉛又は亜鉛合金からなる表面に硝酸水溶液を接触させることにより行う。例えば、被処理物を硝酸水溶液中に浸漬させる。
【0044】
活性処理した被処理物を水洗した後、被処理物を化成処理に供する。即ち、被処理物に上述した化成処理液を接触させる。例えば、被処理物を化成処理液中に浸漬させる。このとき、化成処理液の温度は、例えば10℃乃至80℃の範囲内とし、典型的には30℃乃至50℃の範囲内とする。また、被処理物に化成処理液を接触させる時間は、例えば30秒乃至600秒の範囲内とし、典型的には60秒乃至180秒の範囲内とする。
【0045】
化成処理後の被処理物を水洗した後、被処理物を乾燥処理に供する。例えば、被処理物を、自然乾燥させるか又は室温より高温に加熱して乾燥させる。乾燥温度は、例えば150℃以下とする。
以上のようにして、非処理物の表面に化成皮膜を形成する。
【0046】
この方法では、クロム、フッ素及び過酸化水素を使用していない。それにも拘らず、この方法によると、耐食性及び外観に優れた化成皮膜を形成することができる。
【0047】
特に、この方法によると、被処理物が複雑な形状を有している場合であっても、優れた耐食性を達成することができる。即ち、一般に、被処理物がボルトのように表面に凹部及び/又は凸部を有している場合、エッジ部で優れた耐食性を達成することは難しい。これに対し、上述した方法によると、被処理物がボルトのように表面に凹部及び/又は凸部を有している場合であっても、優れた耐食性を達成することができる。
【0048】
また、ここで使用している化成処理液は、珪素濃度が低い。それ故、この化成処理液の製造に使用する濃縮液における珪素濃度を比較的低くすることができる。珪素濃度が低い濃縮液は、長期間に亘って保存した場合であってもゲル化を生じ難い。
【0049】
また、ここで使用している化成処理液は、上記の通り、珪素及びコバルト以外の成分について許容され得る濃度範囲が広い。硝酸イオンについて許容され得る広い濃度範囲は、例えば以下の点で有利である。
【0050】
上述した方法では、被処理物に化成処理液を接触させるのに先立って、被処理物を、硝酸水溶液を用いた活性処理と水洗処理とに供する。活性処理、水洗処理及び化成処理を、それぞれ、硝酸水溶液を収容した活性処理槽、水を収容した水洗処理槽、及び化成処理液を収容した化成処理槽において行う場合、活性処理槽中の硝酸水溶液の一部が水洗処理槽中の水に混入し、この硝酸を含んだ水洗処理槽中の水が化成処理槽中の化成処理液に混入する。それ故、処理を繰り返すことに伴い、化成処理液における硝酸イオン濃度が上昇する。
【0051】
水洗処理槽内の水を頻繁に交換するか又は水洗処理槽に常に流水を供給すれば、化成処理液における硝酸イオン濃度の上昇は抑制することができる。しかしながら、これを行うためには、新たな設備費用が必要となるか又は運転費用が上昇する可能性がある。
【0052】
硝酸イオンについて許容され得る濃度範囲が広い場合、化成処理液における硝酸イオン濃度の上昇が化成皮膜の性能に及ぼす影響は小さい。従って、水洗処理槽内の水を頻繁に交換することなしに、優れた性能の化成皮膜を長期間に亘って形成することができる。
【0053】
また、ここで使用している化成処理液において、コバルトは任意成分である。金属アレルギーを引き起こし易い金属の例として、ニッケル、クロム及びコバルト等が挙げられている。コバルトは、ニッケルなどと比較して環境負荷が小さな金属であり、現時点において、その使用が規制されることは殆どない。しかしながら、環境汚染に対する関心が高い欧州では、コバルトの使用量を低減させる取り組みも行われている。コバルトの不使用又は低いコバルト濃度は、このような点でも有利である。
【0054】
なお、ここでは、有機酸フリーの化成処理液及びこれを用いた化成皮膜の形成方法について説明したが、化成処理液は有機酸を含んでいてもよい。
【0055】
また、上述した化成処理の後に、仕上げ剤を使用した処理を行ってもよい。例えば、化成処理及び水洗の後であって乾燥処理の前に、被処理物を仕上げ処理液に浸漬させてもよい。
【実施例】
【0056】
以下に、本発明に関連して行った試験を記載する。
<試験1>
本試験では、以下の方法により、濃縮液の安定性に水溶性珪酸塩の濃度が及ぼす影響を調べた。
【0057】
まず、珪酸塩の濃度が異なる水溶液8A乃至8Kを調製した。ここでは、珪酸塩として、無水メタ珪酸ナトリウムを使用した。これら溶液8A乃至8Kを室温で12ヶ月間に亘って放置した。そして、12ヶ月経過後の液の状態を目視で評価した。以下の表1に、ここで使用した溶液8A乃至8Kの珪素濃度と評価結果とを示す。
【表1】

【0058】
表1において、記号「○」は、液にゲル化の兆候、即ち粘性の増大が見られなかったことを表している。記号「△」は、液の粘性が僅かに増大したことを表している。記号「×」は、液の一部が完全にゲル化したことを表している。
【0059】
表1に示すように、珪素濃度が10g/L以下である場合にゲル化は生じず、珪素濃度が9g/L以下である場合にはゲル化の兆候さえ見られなかった。従って、例えば、化成処理液における珪酸塩濃度が濃縮液における珪酸塩濃度の3分の1以下である場合、濃縮液の安定性を考慮すると、化成処理液の珪酸塩濃度は3.3g/L以下であることが好ましく、3g/L以下であることがより好ましい。
【0060】
<試験2>
本試験では、以下の方法により、化成処理液のマグネシウム濃度が化成皮膜の外観及び耐食性に及ぼす影響を調べた。
【0061】
まず、複数の鉄鋼部品に亜鉛めっきを施した。鉄鋼部品としては、全長が50mmであり、螺子部の長さが25mmのM8ボルトを使用した。めっき浴としては、ジンケート浴(ノーシアン・アルカリ亜鉛めっきプロセス SurTec 704)を使用した。亜鉛めっきには、バレルめっき法を利用した。これらめっき層の厚さは10μm乃至12μmの範囲内とした。以下、亜鉛めっきを施した鉄鋼部品を、「亜鉛めっき部品」と呼ぶ。
【0062】
次に、これらを十分に水洗し、続いて、活性処理に供した。この活性処理は、1%の硝酸水溶液に先の亜鉛めっき部品を浸漬させることにより行った。これらを十分に水洗し、更に、化成処理液9A乃至9Qを用いた化成処理に供した。以下の表2に、ここで使用した処理液9A乃至9Qの組成を示す。
【表2】

【0063】
処理液9Aは、硝酸ナトリウムと無水メタ珪酸ナトリウムと塩化コバルト六水和物と純水とを混合することにより調製した。処理液9B乃至9Qは、塩化マグネシウム六水和物と硝酸ナトリウムと無水メタ珪酸ナトリウムと塩化コバルト六水和物と純水とを混合することにより調製した。
【0064】
また、処理液9A乃至9Qを用いた化成処理は、処理温度を40℃に設定し、浸漬時間を120秒として行った。処理液9A乃至9QのpH値は、硫酸を用いて約2.0に調節した。
【0065】
化成処理を終了した後、亜鉛めっき部品を十分に水洗し、これらを100℃で5分間に亘って乾燥させた。以上のようにして、亜鉛めっき部品の表面に化成皮膜を形成した。
【0066】
次に、このようにして得られた化成皮膜の外観を評価した。具体的には、光沢及び干渉色に関する評価を行った。ここでは、光沢及び干渉色に関しては、全体にムラなく光沢及び干渉色が認められた場合の評価を「○」、やや曇って見えたか又は干渉色に若干のムラが認められた場合の評価を「△」、多くの部分で曇って見えたか又は干渉色に著しいムラが認められた場合の評価を「×」とした。評価結果を上記の表2に纏める。
【0067】
次に、日本工業規格JIS Z 2371(2000)で規定されている塩水噴霧試験方法に従って、表面処理後の亜鉛めっき部品の耐食性を評価した。ここでは、塩水噴霧試験を72時間継続した時点において、亜鉛めっき部品に生じた腐食生成物の部品全体に対する面積比率(以下、腐食生成物発生率という)を測定した。
【0068】
そして、腐食生成物を生じなかった場合の評価を「A」、腐食生成物発生率が0%より大きく5%以下であった場合の評価を「B」、腐食生成物発生率が5%より大きく10%以下であった場合の評価を「C」、腐食生成物発生率が10%より大きく50%以下であった場合の評価を「D」、腐食生成物発生率が50%よりも大きかった場合の評価を「E」とした。評価結果を上記の表2に纏める。
【0069】
上記表2に示すように、マグネシウム濃度が0.2g/L乃至40.0g/Lの範囲内にある場合、光沢及び干渉色に関して十分な性能を達成することができた。そして、マグネシウム濃度が5.0g/L乃至38.0g/Lの範囲内にある場合、光沢及び干渉色に関して優れた性能を達成することができた。なお、処理液9B乃至9Fを用いて得られた化成皮膜は、着色が薄かった。また、処理液9Pを用いて得られた化成皮膜には色ムラが目立った。
【0070】
また、上記表2に示すように、マグネシウム濃度が0.5g/L乃至38.0g/Lの範囲内にある場合、十分な耐食性を達成することができた。そして、マグネシウム濃度が2.5g/L乃至25.0g/Lの範囲内にある場合、優れた耐食性を達成することができた。
【0071】
<試験3>
本試験では、以下の方法により、化成処理液の硝酸イオン濃度が化成皮膜の外観及び耐食性に及ぼす影響を調べた。
【0072】
まず、化成処理液9A乃至9Qの代わりに化成処理液10A乃至10Vを用いたこと以外は試験2において説明したのと同様の方法により、亜鉛めっき部品の表面に化成皮膜を形成した。なお、処理液10Aは、塩化マグネシウム六水和物と無水メタ珪酸ナトリウムと塩化コバルト六水和物と純水とを混合することにより調製した。処理液10B乃至10Vは、塩化マグネシウム六水和物と硝酸ナトリウムと無水メタ珪酸ナトリウムと塩化コバルト六水和物と純水とを混合することにより調製した。
【0073】
次に、このようにして得られた化成皮膜の外観及び耐食性を、試験2において説明したのと同様の方法により評価した。以下の表3に、処理液10A乃至10Vの組成及び評価結果を纏める。
【表3】

【0074】
上記表3に示すように、硝酸イオン濃度が0.15g/L以上である場合、光沢及び干渉色に関して十分な性能を達成することができた。そして、硝酸イオン濃度が0.73g/L乃至218.82g/Lの範囲内にある場合、光沢及び干渉色に関して優れた性能を達成することができた。なお、処理液10B乃至10Dを用いて得られた化成皮膜は、着色が若干薄かった。また、処理液10Vを用いて得られた化成皮膜には若干の色ムラが見られた。
【0075】
また、上記表3に示すように、硝酸イオン濃度が0.36g/L以上である場合、十分な耐食性を達成することができた。そして、硝酸イオン濃度が1.82g/L乃至51.06g/Lの範囲内にある場合、優れた耐食性を達成することができた。
【0076】
<試験4>
本試験では、以下の方法により、化成処理液の珪素濃度が化成皮膜の外観及び耐食性に及ぼす影響を調べた。
【0077】
まず、化成処理液9A乃至9Qの代わりに化成処理液11A乃至11Rを用いたこと以外は試験2において説明したのと同様の方法により、亜鉛めっき部品の表面に化成皮膜を形成した。なお、処理液11Aは、塩化マグネシウム六水和物と硝酸ナトリウムと塩化コバルト六水和物と純水とを混合することにより調製した。処理液11B乃至11Rは、塩化マグネシウム六水和物と硝酸ナトリウムと無水メタ珪酸ナトリウムと塩化コバルト六水和物と純水とを混合することにより調製した。
【0078】
次に、このようにして得られた化成皮膜の外観及び耐食性を、試験2において説明したのと同様の方法により評価した。以下の表4に、処理液11A乃至11Rの組成及び評価結果を纏める。
【表4】

【0079】
上記表4に示すように、珪素濃度が0.4g/L乃至3.5g/Lの範囲内にある場合、光沢及び干渉色に関して十分な性能を達成することができた。そして、珪素濃度が0.6g/L乃至3.0g/Lの範囲内にある場合、光沢及び干渉色に関して優れた性能を達成することができた。
【0080】
また、上記表4に示すように、珪素濃度が0.5g/L乃至2.5g/Lの範囲内にある場合、十分な耐食性を達成することができた。そして、珪素濃度が1.0g/L乃至1.6g/Lの範囲内にある場合、優れた耐食性を達成することができた。
【0081】
<試験5>
本試験では、以下の方法により、化成処理液の珪素濃度が化成皮膜の構造に及ぼす影響を調べた。
【0082】
まず、珪素濃度が3g/Lであること以外は処理液9Jと同様の化成処理液を調製した。以下、この化成処理液を「化成処理液9R」と呼ぶ。次いで、この化成処理液9Rを用いたこと以外は上述したのと同様の方法により、亜鉛めっき部品の表面に化成皮膜を形成した。そして、このようにして得られた化成皮膜と処理液9Jを用いて得られた化成皮膜との各々を走査型電子顕微鏡で撮影した。
【0083】
図1は、処理液9Rを用いて得られた化成皮膜の顕微鏡写真である。図2は、処理液9Jを用いて得られた化成皮膜の顕微鏡写真である。
【0084】
化成処理液におけるマグネシウム濃度が比較的高い場合、化成処理液における珪素濃度を高くすると、図1に示すように、クラックを生じた化成皮膜が得られる傾向にある。これに対し、化成処理液におけるマグネシウム濃度が比較的高い場合であっても、化成処理液における珪素濃度を低くすると、図2に示すように、緻密な化成皮膜が得られる。
【0085】
<試験6>
本試験では、以下の方法により、化成処理液のコバルト濃度が化成皮膜の外観及び耐食性に及ぼす影響を調べた。
【0086】
まず、化成処理液9A乃至9Qの代わりに化成処理液12A乃至12Pを用いたこと以外は試験2において説明したのと同様の方法により、亜鉛めっき部品の表面に化成皮膜を形成した。なお、処理液12Aは、塩化マグネシウム六水和物と硝酸ナトリウムと無水メタ珪酸ナトリウムと純水とを混合することにより調製した。処理液12B乃至12Pは、塩化マグネシウム六水和物と硝酸ナトリウムと無水メタ珪酸ナトリウムと塩化コバルト六水和物と純水とを混合することにより調製した。
【0087】
次に、このようにして得られた化成皮膜の外観及び耐食性を、試験2において説明したのと同様の方法により評価した。以下の表5に、処理液12A乃至12Pの組成及び評価結果を纏める。
【表5】

【0088】
上記表5に示すように、コバルト濃度が3.75g/L以下である場合、光沢及び干渉色に関して十分な性能を達成することができた。そして、コバルト濃度が3.25g/L以下である場合、光沢及び干渉色に関して優れた性能を達成することができた。
【0089】
また、上記表5に示すように、コバルト濃度が3.25g/L以下である場合、十分な耐食性を達成することができた。そして、コバルト濃度が0.05g/L乃至1.5g/Lの範囲内にある場合、優れた耐食性を達成することができた。
【0090】
<試験7>
本試験では、以下の方法により、化成処理液のアルミニウム濃度が化成皮膜の外観及び耐食性に及ぼす影響を調べた。
【0091】
まず、化成処理液9A乃至9Qの代わりに化成処理液13A乃至13Pを用いたこと以外は試験2において説明したのと同様の方法により、亜鉛めっき部品の表面に化成皮膜を形成した。なお、化成処理液13A乃至13Pは、以下の表6に示すように、何れもアルミニウムを含んでいる。ここでは、アルミニウム源として硝酸アルミニウム九水和物を使用した。
【0092】
次に、このようにして得られた化成皮膜の外観及び耐食性を、塩水噴霧試験の継続時間を24時間としたこと以外は試験2において説明したのと同様の方法により評価した。なお、白粉の発生状況に関しては、表面に白粉が認められなかった場合の評価を「○」、亜鉛めっき部品に生じた白粉の部品全体に対する面積比率が0%より大きく50%以下であった場合の評価を「△」、この面積比率が50%よりも大きかった場合の評価を「×」とした。
【0093】
以下の表6に、処理液13A乃至13Pの組成及び評価結果を纏める。
【表6】

【0094】
上記表6に示すように、アルミニウム濃度が0.50g/L以上の場合、光沢及び干渉色に関して十分な性能を達成することができなかった。そして、アルミニウム濃度が0.10g/L以上の場合、耐食性に関して十分な性能を達成することができず、白粉の発生が認められた。
【0095】
<試験8>
本試験では、以下の方法により、化成処理液中の金属の種類が化成皮膜の外観及び耐食性に及ぼす影響を調べた。
【0096】
まず、化成処理液9A乃至9Qの代わりに化成処理液14A乃至14Eを用いたこと以外は試験2において説明したのと同様の方法により、亜鉛めっき部品の表面に化成皮膜を形成した。なお、化成処理液14A乃至14Eは、以下の表7に示すように、何れもマグネシウムの代わりに他の金属を含んでいる。化成処理液14A乃至14Eの調製に際しては、マグネシウム源の代わりの金属源として、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム、ヘキサフルオロジルコン酸二カリウム、硝酸アルミニウム、及び塩化チタンをそれぞれ使用した。
【0097】
次に、このようにして得られた化成皮膜の外観及び耐食性を、塩水噴霧試験の継続時間を50時間としたこと以外は試験2において説明したのと同様の方法により評価した。以下の表7に、処理液14A乃至14Eの組成及び評価結果を纏める。
【表7】

【0098】
マグネシウムをモリブデン、ジルコニウム又はチタンで置換した場合、上記表7に示すように光沢及び干渉色に関して優れた性能を達成することができ、白粉の発生状況に関しても十分な性能を達成することができた。しかしながら、この場合、耐食性について十分な性能を達成することはできなかった。
【0099】
また、マグネシウムをタングステンで置換した場合、上記表7に示すように、光沢及び干渉色に関して十分な性能を達成することができた。しかしながら、この場合、耐食性に関して十分な性能を達成することはできなかった。また、この場合、白粉の発生状況に関しても十分な性能を達成することはできなかった。
【0100】
そして、マグネシウムをアルミニウムで置換した場合、上記表7に示すように、光沢及び干渉色に関して及び耐食性に関して十分な性能を達成することはできなかった。また、この場合、白粉の発生状況に関しても十分な性能を達成することはできなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロムと過酸化水素とフッ素とを含有していない、亜鉛又は亜鉛合金上に化成皮膜を形成するための化成処理液であって、0.5g/L乃至38g/Lのマグネシウムと、0.5g/L乃至2.5g/Lの珪素と、0.36g/L以上の硝酸イオンとを含有し、前記珪素を水溶性の珪酸塩として含み、任意にコバルトを3.25g/Lまでの濃度で更に含有し、アルミニウムの含有量は0.08g/L以下である化成処理液。
【請求項2】
マグネシウムの濃度は2.5g/L乃至25g/Lの範囲内にあり、コバルトの濃度は0.05g/L乃至1.5g/Lの範囲内にあり、珪素の濃度は1g/L乃至1.6g/Lの範囲内にあり、硝酸イオンの濃度は1.8g/L乃至51g/Lの範囲内にある請求項1に記載の化成処理液。
【請求項3】
第1及び第2濃縮液と任意に水とを混合して請求項1又は2に記載の化成処理液を得ることを含んだ化成処理液の製造方法であって、前記第1濃縮液は、マグネシウム及び硝酸イオンの各々を前記第2濃縮液と比較してより高い濃度で含み、前記第2濃縮液は、水溶性の珪酸塩を前記第1濃縮液と比較してより高い濃度で含んだ方法。
【請求項4】
亜鉛又は亜鉛合金を請求項1又は2に記載の化成処理液を用いた化成処理に供することを含んだ化成皮膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−184769(P2011−184769A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53217(P2010−53217)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(593059061)株式会社ムラタ (5)
【Fターム(参考)】