説明

化粧崩れの評価方法

【課題】被験者に大きな負担をかけることなく、皮脂による化粧崩れを予測し、被験者にとって化粧崩れの少ない化粧料を推奨できるようにする。
【解決手段】化粧料の散乱係数、吸収係数及び屈折率、又はこれらに変換可能な光学データを、該化粧料中の油性成分添加量が異なる複数の状態について取得すると共に、素肌の分光反射率を取得し、素肌層と化粧料塗膜との積層状態の光学モデルに基づき化粧料の散乱係数、吸収係数、屈折率、塗布量、及び素肌の分光反射率又はこれらに変換可能な光学データを用いて化粧料塗布肌の分光反射率を推定する推定式により、前記素肌上に化粧料塗膜が所定の塗布量で形成されているときの化粧料塗布肌の分光反射率を、該化粧料塗膜中の油性成分添加量ごとに算出して比較することにより化粧崩れを評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ファンデーション等の化粧料塗布膜に生じる化粧崩れの評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肌に塗布されたファンデーション等の化粧料塗膜には、皮膚から分泌される皮脂によって、色や質感が次第に変化する化粧崩れが生じる。これに対し、ラスティング効果に優れた化粧料、即ち、夏の汗ばむ季節をはじめとして、一年を通じ、朝から晩まで肌上の化粧料塗膜の色や質感に変化が生じにくい化粧料が求められており、化粧料に配合する粉体や顔料に工夫が施されている。
【0003】
また、化粧料の設計や開発の支援のために、化粧崩れを客観的に評価する手法が必要とされており、例えば、化粧料が塗布された肌の輝度を測定し、そのヒストグラムの変化に基づいて化粧崩れを評価する方法が提案されている(特許文献1)。
【0004】
しかしながら、従来の化粧崩れの評価方法は、実際に被験者が肌に塗布した化粧料の変化を追跡するので、被験者の負担が大きいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-134372
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、被験者に大きな負担をかけることなく、皮脂による化粧崩れを予測し、被験者にとって化粧崩れの少ない化粧料を選択して推奨できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、素肌上に化粧料塗膜が形成された化粧料塗布肌の分光反射率が、皮膚から分泌され当該化粧料塗膜に含まれることとなる皮脂の量や素肌の色に応じて変化し、この変化が見た目の化粧崩れと対応すること、また、化粧料塗膜への油性成分添加量が異なる複数の状態について、予め、化粧料の散乱係数等の光学データを取得し、被験者については素肌の分光反射率を測定し、特定の推定式を用いると、被験者の化粧料塗布肌の分光反射率を化粧料塗膜への油性成分添加量ごとに予測でき、これらを比較することでその化粧料を使った場合の化粧崩れを評価できること、また、化粧料には、油性成分含有量の変化による化粧料塗布肌の分光反射率の変化が、被験者の素肌の分光反射率によって大きく変わるものと、被験者の素肌の分光反射率によってはそれほど変わらないものがあること、さらに、特定の分光反射率を有する素肌において、油性成分含有量の変化による化粧料塗布肌の分光反射率の変化が小さい化粧料が、他の素肌においては、必ずしも同様に分光反射率の変化が小さい化粧料とはいえないこと等を見出した。
【0008】
即ち、本発明は、皮膚に塗布される化粧料の化粧崩れを評価する方法であって、化粧料の散乱係数、吸収係数及び屈折率、又はこれらに変換可能な光学データを、該化粧料に対する油性成分添加量が異なる複数の状態について取得すると共に、素肌の分光反射率を取得し、
素肌層と化粧料塗膜との積層状態の光学モデルに基づき化粧料の散乱係数、吸収係数、屈折率、塗布量、及び素肌の分光反射率又はこれらに変換可能な光学データを用いて化粧料塗布肌の分光反射率を推定する推定式により、前記素肌上に化粧料塗膜が形成されているときの化粧料塗布肌の分光反射率を、該油性成分添加量が異なる化粧料ごとに算出し比較する化粧崩れの評価方法を提供する。
【0009】
また本発明は、上述の化粧崩れの評価方法に基づいて、皮膚に塗布される化粧料を被験者に推奨する化粧料の推奨方法を提供する。
【0010】
さらに本発明は、上述の化粧崩れの評価方法に使用する化粧崩れ評価システムであって、化粧料塗布肌の分光反射率を該化粧料中の油性成分添加量が異なる複数の状態ごとに算出する演算装置と、該演算装置で算出された分光反射率を表示する表示装置を備え、
演算装置が、
素肌層と化粧料塗膜との積層状態の光学モデルに基づき化粧料の散乱係数、吸収係数、屈折率、塗布量、及び素肌の分光反射率、又はこれらに変換可能な光学データを用いて化粧料塗布肌の分光反射率を推定する推定式を記憶すると共に、化粧料の散乱係数、吸収係数、屈折率、及び素肌の分光反射率、又はこれらに変換可能な光学データが入力され記憶する機能、
前記入力又は記憶されたデータと推定式を用いて素肌上に化粧料塗膜が所定の塗布量で形成されているときの化粧料塗布肌の分光反射率を算出する機能を有し、
化粧料の散乱係数、吸収係数、屈折率、又はこれらに変換可能な光学データとして、化粧料中の油性成分添加量が異なる複数の状態のデータが入力された場合に、化粧料塗膜中の油性成分添加量ごとに化粧料塗布肌の分光反射率を算出し、出力する化粧崩れ評価システムを提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、化粧料の散乱係数、吸収係数及び屈折率、又はこれらに交換可能な光学データを、該化粧料に対する油性成分添加量の異なる複数の状態について予め取得しておくことにより、被験者については、その素肌の分光反射率を測定するだけで、その被験者における化粧料塗布肌の分光反射率を、化粧料中の油性成分添加量が異なる複数の状態ごとに算出することができ、この油性成分添加量の違いによる分光反射率の変化に基づいて化粧崩れの有無や大小を評価することができる。
【0012】
特に、この化粧崩れの評価方法によれば、化粧料中の油性成分添加量の違いによる化粧料塗布肌の分光反射率の変化が、素肌の分光反射率によっても大きく異なり、油性成分添加量の違いによる化粧料塗布肌の分光反射率の変化が、或る素肌では大きく現れても、分光反射率の異なる他の素肌では必ずしも大きくは現れないことがわかり、さらに当該被験者における分光反射率の変化を予測することができる。したがって、化粧料のアドバイザーは、個々のユーザーにとって化粧崩れが生じにくい化粧料を推奨することができ、化粧料の開発者は、個々のファンデーション等の化粧料がターゲットとする素肌色に合わせて、ラスティング効果を得るための化粧料設計をすることが可能となる。
【0013】
また、この化粧崩れの評価方法によれば、油性成分添加量の違いによる化粧料塗布肌の分光反射率の変化が、被験者の素肌の分光反射率によって大きく変わる化粧料と、被験者の素肌の分光反射率の違いにはそれほど依存しない化粧料のあることがわかり、さらに当該化粧料がどのように変化するかを予測することができる。したがって、任意の消費者に対してラスティング効果を有する化粧料を設計するために有用となる。
【0014】
また、本発明において化粧崩れの評価に使用する分光反射率の変化は、色差などの変化に容易に変換できるので、化粧崩れの有無や程度を被験者に、わかりやすく示すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、本発明の一実施例の化粧崩れの評価方法の流れ図である。
【図2】図2は、化粧崩れ評価システムの一実施例の構成図である。
【図3A】図3Aは、12通りのサンプルについて実施例で算出した散乱係数D1である。
【図3B】図3Bは、12通りのサンプルについて実施例で算出した吸収係数D2である。
【図4】図4は、疑似皮脂添加量の違いによる化粧料塗布肌の分光反射率の変化を示す一例である。
【図5】図5は、ファンデーションのタイプごとに、疑似皮脂の添加量によるa*及びb*の変化を示す図である。
【図6】図6は、被験者の素肌色ごとに予測した化粧崩れ前後のL*a*b*値の色差をグラフで表現したものである。
【図7】図7は、化粧料のタイプごとの化粧崩れの予測線と、実際の化粧崩れとを比較する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しつつ、本発明を詳細に説明する。なお、各図中、同一符号は同一又は同等の構成要素を表している。
【0017】
図1は、本発明の一実施例の化粧崩れの評価方法の流れ図である。図2はこの評価方法を実施する化粧崩れ評価システムの構成図であり、演算手段に分光反射率測定装置と、表示装置としてのディスプレイが接続されている。演算装置には、必要に応じてプリンタや通信回線等を接続してもよい。
【0018】
この化粧崩れの評価方法では、肌に塗布されたファンデーション、チーク、アイシャドウ等の化粧料塗膜の色や質感が皮脂によって変化する化粧崩れを、化粧料塗布肌の分光反射率Rの変化を予測することにより評価する。より詳しくは、化粧料塗布肌の分光反射率Rが、該化粧料塗膜中の油性成分添加量の多少によりどのように変化するかという点と、化粧料塗膜中の油性成分添加量の多少により生じる化粧料塗布肌の分光反射率の変化が、その下地となっている素肌の分光反射率によってどのように変化するかという点から、化粧崩れを評価する。
【0019】
この化粧崩れの評価方法において、化粧料塗布肌の分光反射率Rの変化の予測は、概略、予め油性成分添加量が異なる複数の状態の化粧料塗膜の光学データと素肌の分光反射率を取得しておき(図1(b))、それらを特定の推定式で使用して化粧料塗膜の分光反射率を油性成分添加量ごとに算出すること(図1(e))により行う。
【0020】
ここで、推定式としては、素肌層と化粧料塗膜との積層状態の光学モデルに基づき、化粧料塗布肌の分光反射率を推定するものを使用する。より具体的には、化粧料の散乱係数D1、吸収係数D2、屈折率n、又はこれらに変換可能な光学データと、化粧料の塗布量D、及び素肌の分光反射率S5を用いて化粧料塗布肌の分光反射率Rを推定する次式(1)をあげることができる。
【0021】
【数1】

【0022】
この式(1)は、Kubelka-Munk理論に基づいて本発明者が導出した化粧料塗布肌の分光反射率Rの推定式で、この推定式によれば化粧料塗布肌の分光反射率Rを精度よく算出することができる(電子情報通信学会論文誌 D Vol.J92-D No.9,pp1602-1612(2009))。なお、この式(1)を用いて分光反射率Rを計算する場合は、化粧料の塗布量Dを厚みとして置き換えてもよく、単位面積あたりの質量として算出してもよい。
【0023】
本実施例では、式(1)を用いて化粧料塗布肌の分光反射率Rを、化粧料塗膜中の油性成分添加量が異なる複数の状態のそれぞれについて算出する。そこで、まず、事前準備として、油性成分添加量の異なる複数の化粧料F0、F1、…、Fnを調製する(図1(a))。
【0024】
ここで、化粧料としては、パウダー又は乳液タイプのファンデーションや、チーク、アイシャドウなどのメイクアップ化粧料を使用することができるが、皮脂による色や質感の変化が目立ち易く、色の変化が化粧崩れとして認識されやすい点から、パウダータイプの化粧料を使用することが好ましい。
【0025】
また、化粧料に添加する油性成分としては、実際に肌から分泌される皮脂も使用できるが、それに近い化粧崩れを引き起こす疑似皮脂を使用することができる。疑似皮脂としては、例えば、トリオレイン、トリパルミチン等のトリグリセライド、スクワレン等の炭化水素油、ミリスチルオクタドデシレート等のエステル油、オレイン酸等の脂肪酸及びこれらの混合物等を単独で又は混合して使用することができる。
【0026】
次に、化粧料F0、F1、…、Fnのそれぞれについて、上述の式(1)で使用する散乱係数D1、吸収係数D2及び屈折率n、又はこれらに変換可能な光学データ(例えば、屈折率nの代わりに境界面反射率k1を取得する(図1(b))。
【0027】
このうち、散乱係数D1及び吸収係数D2は、例えば化粧料F0、F1、…、Fnのそれぞれにつき、濃色の下地を完全に隠蔽する厚さに形成した化粧料塗膜の分光反射率S1と、濃色の下地を裏透けする程度に薄く形成した化粧料塗膜(塗布量X)の分光反射率S2と、その濃色の下地の分光反射率S3を測定することにより、次式(2)から算出することができる(図1(b0))。ここで、濃色は分光反射率が少なくとも可視光領域において0%に近い黒色が望ましい。また、裏透けする程度に薄く形成した化粧料の塗布量Xは、実際に女性が化粧料を顔に塗布するときの塗布量に近くすることが望ましい。なお、理論上、薄膜の分光反射率S2が下地の分光反射率S3と厚膜の分光反射率S1の間の値であれば、散乱係数D1及び吸収係数D2を計算できる。なお、式(2)は、Kubelka-Munk理論で定義されている。また、式(2)による散乱係数D1及び吸収係数D2の算出は、演算装置に式(2)と、式(2)に必要な分光反射率を記憶させることにより行い、得られた算出結果も演算装置に記憶させる(図2)。
【0028】
【数2】

【0029】
式(2)で使用する化粧料塗膜の分光反射率S1、S2や下地の分光反射率S3の測定方法については特に制限は無い。分光反射率測定装置としては、例えば積分球方式の分光測色計、非接触の分光放射輝度計、画素値RGBからCIE L***等の表色値の算出を可能とするデジタルカメラ画像処理装置等を使用することができる。また、図2に示すように、分光反射率測定装置を演算装置に接続し、分光反射率測定装置で得た光学データを演算装置が取り込めるようにすることが好ましい。
【0030】
なお、式(1)で使用する、化粧料の吸収係数D2の求め方は、上述の式(2)から求める方法の他、ランベルト-ベールの法則に従って計算されるモル吸光係数を用いても良い。
【0031】
式(1)で使用する屈折率nは、化粧料塗膜が半透明であるため通常の屈折率の計測器では正確な屈折率の計測ができない場合がある。また、化粧料の塗布量Dも未知の場合がある。そこで、未知パラメータの屈折率nと化粧料の塗布量Dは、例えば、前述の式(1)を用いて次のように求める。
【0032】
まず、素肌上に化粧料F0の化粧料塗膜を形成し、そのときの化粧料塗布肌の分光反射率S4と、そのときの下地に用いた素肌の分光反射率S5を計測する。ここで、素肌としては、任意の人の素肌を用いても良く、疑似皮膚を用いても良い。また、このときの化粧料塗膜は、その化粧料の標準的な使用方法における塗布量(膜厚)で形成する。
【0033】
こうして計測された素肌の分光反射率S5と、上述のようにして求めた化粧料の散乱係数D1及び吸収係数D2を式(1)に代入すると共に、化粧料の屈折率nと化粧料の塗布量Dの数値を適当に定めて式(1)に代入し、化粧料塗布肌の分光反射率Rを算出する。この分光反射率Rの算出工程を、未知パラメータの化粧料の屈折率nと化粧料の塗布量Dの数値を複数変化させて、算出した分光反射率Rと、化粧料塗布肌の分光反射率S4の実測値とが等しくなるとき、あるいはそれらの差が最小になるときの化粧料の屈折率nと塗布量Dを探索し、そうして見出された屈折率を化粧料F0の屈折率n0として決定し、以降式(1)において使用する。油性成分添加量の異なる化粧料F1、…、Fnの屈折率n1、…、nnについても、同様にしてそれぞれの屈折率を求める。
【0034】
なお、各化粧料F0、F1、…、Fnの屈折率n0、n1、…、nnは、上述のように式(1)を用いて決定する他、屈折率又は境界面反射率の数値が別途測定されている場合には、それを使用してもよい。
また、各屈折率n0、n1、…、nnやその算出に用いた塗布量Dを演算装置に記憶させる。
【0035】
一方、式(1)による化粧料塗布肌の分光反射率Rの算出(図1(e))に使用する素肌の分光反射率S5としては、分光反射率Rを算出する当該化粧料塗布肌の下地となる素肌の分光反射率を計測する(図1(d))。この素肌と、上述の屈折率nの決定に用いた素肌とが同一の場合には、上述の屈折率nの決定に用いた素肌の分光反射率を、式(1)で分光反射率Rを算出する際に使用する素肌の分光反射率S5として使用することができる。演算装置には素肌の分光反射率S5も記憶させる。
【0036】
こうして、油性成分添加量が異なる複数の状態の化粧料F0、F1、…、Fnについて、散乱係数D1、吸収係数D2、屈折率n、塗布量D、及び素肌の分光反射率S5が求められた後は、演算装置にて式(1)により各化粧料に対応する化粧料塗布肌の分光反射率Rを算出し、ディスプレイ等の表示装置に出力する(図1(e))。これにより、分光反射率S5の素肌に形成された化粧料塗膜の散乱係数D1、吸収係数D2、屈折率nといった光学データが油性成分によって変化した場合の化粧料塗布肌の分光反射率Rの変化がわかるので、皮脂により色や質感の変化としてもたらされる化粧崩れを予測することができる。
【0037】
また、この同様の分光反射率Rの算出を、式(1)における素肌の分光反射率S5を変えて行っても良い。これにより、皮脂による分光反射率Rの変化の現れ方が、素肌の分光反射率S5によって大きく異なることがわかる。
【0038】
なお、本発明において分光反射率Rは、常法によりRGBカラーに変換してディスプレイに表示してもよい。これにより、化粧崩れの起こり方や程度を視覚的に把握することが可能となる。また、分光反射率RをCIE L***やHSVに変換してもよい。これにより、油性成分添加量の違いによる化粧料塗布肌の分光反射率Rの変化を、数値として統計解析やグラフ上の解析に使用することができる。例えば、皮脂と同様の化粧崩れをもたらす油性成分を添加した化粧料とそのような油性成分を添加していない化粧料との色差を、グラフ上で油性成分添加量に対してプロットし、油性成分により化粧料塗布肌の色がどのように変化するかを示す予測線を作成することができる。
【0039】
本発明の化粧崩れの評価方法は、顧客に対する化粧料のカウンセリングや、化粧料の設計開発等において有用となる。例えば、化粧料のカウンセリングに関し、予め複数の化粧料の散乱係数D1、吸収係数D2、屈折率n等の光学データを、油性成分添加量の異なる複数の状態について取得しておくことにより、カウンセリングの場では、被験者の素肌の分光反射率を測定するだけで、それらの化粧料を被験者に塗布した場合の化粧崩れを予想することができる。よって、当該被験者にとって化粧崩れの現れにくい化粧料を推奨することが可能となる。
【0040】
また、化粧料の設計開発においては、個々の化粧料がターゲットとする素肌色におけるラスティング効果を予測することができる。よって、個々の化粧料がターゲットとする素肌色に合わせて、ラスティング効果を得るための化粧料設計をすることが可能となる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。実施例では、はじめに(1)〜(7)で、油性成分添加量が異なる複数の状態について化粧料塗布肌の分光反射率を推定し、それらを比較することにより、評価対象の化粧料の化粧崩れの起こりにくさ(ラスティング効果)評価をする方法を説明する。次に、(8)で素肌の色ごとに化粧崩れの様子が異なることについて説明し、(9)で実際に時間が経過した化粧料塗布肌の実測値と本発明による推定値との比較について説明する。
【0042】
(1)ファンデーションの調製
市販のラスティング効果が異なるとされている4タイプのファンデーション(type 1〜4)を用意し、それぞれに対し油性成分(疑似皮脂)としてスクワレンを添加しないもの(None)、0.4g当たり200mL添加したもの(Little)、0.4gあたり400mL添加したもの(Much)の3条件(合計12通り)をサンプルとした。
【0043】
(2)散乱係数D1及び吸収係数D2の取得
(1)で調製した各ファンデーションの塗膜を黒色の下地(合成皮革)上に形成し、前述の式(2)により各化粧料の散乱係数D1及び吸収係数D2を取得した。この場合、厚膜の化粧料塗膜の分光反射率S1を取得するための塗布量は、黒色の下地が完全に隠蔽される量とした。また、薄膜の化粧料塗膜の分光反射率S2を取得するための塗布量Xは、2cm×2cmの合成皮革上0.001gとした。
【0044】
また、分光反射率は、JIS Z 8722条件c(積分球方式)に基づく分光測色計(コニカミノルタ社製CM2600-d)を用いて計測した。計測時の計測径/照明径は8mm/11mmとし、可視光領域400〜700nmで10nmおきに計測した。
式(2)により得られた散乱係数D1を図3Aに示し、吸収係数D2を図3Bに示す。
【0045】
(3)素肌の分光反射率S5の取得
素肌の分光反射率S5として、肌色の疑似皮膚(ビューラックス社製肌色バイオスキン)の分光反射率を、(2)と同じ計測機器を用いて計測した。
【0046】
(4)化粧料の塗布量Dと境界面反射率k1=(n−1)2/(n+1)2の取得
(1)で調製した各ファンデーションの塗膜を(3)で用いた肌色の疑似皮膚上に形成し、その分光反射率を(2)と同様にして計測して化粧料塗布肌の分光反射率S4を得た。この場合、疑似皮膚上のファンデーションの塗布量は、目視で観察して皮膚を下地として通常化粧を行う場合の塗布量とした。
【0047】
一方、計測した化粧料塗布肌の分光反射率S4及び、(2)で算出した化粧料の散乱係数D1及び吸収係数D2及び、(3)で計測した素肌の分光反射率S5を前述の式(1)に代入して、化粧料の塗布量Dと屈折率nを、前述の未知パラメータの化粧料の屈折率と塗布量を求める方法を用いて決定し、屈折率nから境界面反射率k1=(n−1)2/(n+1)2を計算した。
【0048】
こうして決定された塗布量Dと境界面反射率k1を表1に示す。塗布量Dは4タイプ3条件の平均が2cm×2cmあたり0.0013gであり、境界面反射率k1は平均0.0010(0.1%)だった。以下で説明する化粧料塗布肌の分光反射率の推定では、表1に示した塗布量Dと境界面反射率k1を用いる。
【0049】
【表1】

(注)None:スクワレン添加なし
Little:スクワレン200mL/0.4g
Much:スクワレン400mL/0.4g
【0050】
(5)各被験者に対する化粧崩れに伴う色変化(化粧料塗布肌の分光反射率)の予測
評価対象の化粧料の評価をするとき、その評価指標として、複数の被験者を対象に実験し、その複数の被験者の平均値を用いることが一般的である。今回は、5名の被験者(被験者1〜被験者5)を対象に、上述の4品のファンデーションを皮膚に塗布した場合の皮脂による化粧崩れを次のように予測した。
【0051】
まず、5名の被験者の頬部位の素肌の分光反射率S5を(2)と同じ計測機器を用いて計測した。次に、得られた分光反射率S5と、(2)で算出した化粧料の散乱係数D1及び吸収係数D2、(4)で得た化粧料の塗布量Dと境界面反射率k1を式(1)に代入し、各被験者の化粧料塗布肌の分光反射率Rを算出した。
【0052】
上記の工程により、計算した各タイプ(Type 1、2、3、4)の化粧料および加えた疑似皮脂量の条件(皮脂含有量None、Little、Much)で、計12サンプルを被験者5名に塗布した時の分光反射率を取得した。算出した12サンプル×5名=計60の被験者の化粧料塗布肌の分光反射率Rは、ファンデーションのタイプにより、あるいは疑似皮脂添加量により、どのように変化しているかを比較できるようになる。参考に、図4に1名の被験者のtype1のNone、Little、Muchの3品を塗布した化粧料塗布肌の分光反射率Rを素肌の分光反射率S5と共に示した。
【0053】
(6)化粧料塗布肌の分光反射率Rを用いたL***の計算
分光反射率では、客観的に色を予想することが容易ではないため、(5)で得た各データ(化粧料塗布肌の分光反射率R)をL***へ変換した。参考に、各タイプおよび加えた疑似皮脂量の条件について5名の被験者の平均値(L*a*b*)を表2に示す。
【0054】
【表2】

(注)None:スクワレン添加なし
Little:スクワレン200mL/0.4g
Much:スクワレン400mL/0.4g
【0055】
表2から、疑似皮脂添加量による化粧料塗布肌の明るさ、色相の変化がファンデーションのタイプや疑似皮脂添加量によって異なることが分かる。
【0056】
(7)化粧料塗布肌のL*a*b*を用いた色差の計算と、各タイプに着目した比較
前述したように、評価対象の化粧料の評価指標は、複数の被験者の平均値を用いることが一般的であるため、次に、(5)で得た各被験者のL*a*b*を用いて色差ΔE*abをファンデーションのタイプごとに被験者5名の平均値を求めた。具体的には、各被験者でファンデーションのタイプごとにNoneのサンプル(疑似皮脂を含有しないファンデーション)の塗布肌のL*a*b*と、Muchのサンプル(ファンデーション0.4gあたり疑似皮脂含有量が400mL)のL*a*bの色差ΔL*Δa*Δb*及びΔE*ab(CIE 1976)を求めた。結果を表3に示す。
【0057】
【表3】

【0058】
表3から、ファンデーションのタイプにより、色差ΔE*abが異なることがわかる。したがって、ラスティング効果のあるファンデーションの開発においては、この色差を少なくすることがファンデーションの設計指針となる。
【0059】
(8)素肌色による化粧崩れの相違
次に本発明の計算結果から、被験者の素肌色によって化粧崩れの様子(変化)が異なることについて説明する。(6)で計算した被験者の化粧料塗布肌のL***を用い、ファンデーションのタイプごとに疑似皮脂の添加量によるa*及びb*がどのように変化するかを図5に示した。
【0060】
図5から、被験者が異なることにより素肌の色が異なると、疑似皮脂の含有による色差の出方がファンデーションのタイプよって異なることがわかる。また、タイプ4のファンデーションの結果から、ファンデーションによっては、疑似皮脂含有量による化粧料塗布肌の色味の変化が、被験者の素肌の分光反射率の違いにかかわらず、いずれの被験者も同様の傾向を示すことがわかる。したがって、顧客に化粧崩れが生じにくいファンデーションを推奨する場合、当該顧客の素肌の分光反射率に応じて、推奨すべきファンデーションを選択することが望ましい。
【0061】
図6は、顧客の素肌色ごとに予測した化粧崩れ前後のL*a*b*値の色差をグラフで表現したものである。これにより、推奨すべき化粧料がより明確に分かる。また、化粧崩れが生じにくいファンデーションの設計に際しては、当該ファンデーションがターゲットとする顧客の素肌色を踏まえて色差が小さくなるように、設計すべきことがわかる。
【0062】
(9)実測の化粧料塗布肌の色変化と予測値との比較
次に(5)で予測した「化粧料塗布肌の化粧崩れに伴う色変化の様子」の予測精度について説明する。(1)〜(8)で用いたファンデーションのうち、タイプ1、2、4の予測精度を調べた。はじめに、各タイプ被験者1名の素顔の分光反射率を計測した後に実際にファンデーションを塗布させ、午前9時から約8時間塗布した状態のままにする。そして、8時間後に化粧料塗布肌の分光反射率を計測する。この8時間後の化粧料塗布肌の分光反射率を、「実際に化粧崩れがおきた肌の分光反射率」と定義する。
【0063】
本発明による化粧崩れデータは、被験者の素肌の分光反射率を用いて疑似皮脂含有量None、Littleを塗布した化粧料塗布肌の分光反射率を計算する。そして、それぞれの分光反射率からL*a*b*を計算し、 NoneとLittleを結ぶ予測線を作成する。本発明による予測値が正しければ、実際の化粧料塗布肌の色(色度座標値)は、この予測線に近い座標値になるはずである。
【0064】
図7は、各タイプの予測線と、実際に化粧崩れが起きた肌のL*a*b*値である。
図7から、全てのタイプでほぼ予測線上に、実際に化粧崩れが起きている化粧料塗布肌の実測したL*a*b*が位置していることが分かり、本発明によれば「化粧崩れによる化粧料塗布肌の色」を予測できることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚に塗布される化粧料の化粧崩れを評価する方法であって、化粧料の散乱係数、吸収係数及び屈折率、又はこれらに変換可能な光学データを、該化粧料に対する油性成分添加量が異なる複数の状態について取得すると共に、素肌の分光反射率を取得し、
素肌層と化粧料塗膜との積層状態の光学モデルに基づき化粧料の散乱係数、吸収係数、屈折率、塗布量、及び素肌の分光反射率又はこれらに変換可能な光学データを用いて化粧料塗布肌の分光反射率を推定する推定式により、前記素肌上に化粧料塗膜が形成されているときの化粧料塗布肌の分光反射率を、油性成分添加量が異なる化粧料塗膜ごとに算出し比較する化粧崩れの評価方法。
【請求項2】
色の異なる複数の素肌の分光反射率を取得し、化粧料塗布肌の分光反射率を、油性成分添加量ごとに算出すると共に、素肌の色ごとに算出する請求項1記載の化粧崩れの評価方法。
【請求項3】
化粧料塗布肌の分光反射率Rの推定式として、次式(1)を使用する請求項1又は2記載の化粧崩れの評価方法。
【数1】

【請求項4】
化粧料の散乱係数D1及び吸収係数D2を、化粧料塗膜を濃色の下地に厚膜に形成した場合の分光反射率S1、濃色の下地に薄膜に形成した場合の分光反射率S2、及び濃色の下地の分光反射率S3を用いて、次式(2)から算出する請求項3記載の化粧崩れの評価方法。
【数2】

【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の化粧崩れの評価方法に基づいて、皮膚に塗布される化粧料を被験者に推奨する化粧料の推奨方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載の化粧崩れの評価方法に使用する化粧崩れ評価システムであって、化粧料塗布肌の分光反射率を該化粧料中の油性成分添加量が異なる複数の状態ごとに算出する演算装置と、該演算装置で算出された分光反射率を表示する表示装置を備え、
演算装置が、
素肌層と化粧料塗膜との積層状態の光学モデルに基づき化粧料の散乱係数、吸収係数、屈折率、塗布量、及び素肌の分光反射率、又はこれらに変換可能な光学データを用いて化粧料塗布肌の分光反射率を推定する推定式を記憶すると共に、化粧料の散乱係数、吸収係数、屈折率、及び素肌の分光反射率、又はこれらに変換可能な光学データが入力され記憶する機能、
前記入力又は記憶されたデータと推定式を用いて素肌上に化粧料塗膜が所定の塗布量で形成されているときの化粧料塗布肌の分光反射率を算出する機能を有し、
化粧料の散乱係数、吸収係数、屈折率、又はこれらに変換可能な光学データとして、化粧料中の油性成分添加量が異なる複数の状態のデータが入力された場合に、化粧料塗膜中の油性成分添加量ごとに化粧料塗布肌の分光反射率を算出し、出力する化粧崩れ評価システム。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−215504(P2012−215504A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−81864(P2011−81864)
【出願日】平成23年4月1日(2011.4.1)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】