説明

化粧料の膜の断面観察用試料の調製方法

【課題】液体と固体を含有し、硬さが異なる材料からなる化粧料の膜の断面観察用試料を簡単に調製することが可能な、化粧料の膜の断面観察用試料の調製方法、該断面の評価方法及び該評価結果から化粧料を処方設計し作成する方法を提供すること。
【解決手段】支持体の表面に化粧料を塗布し、支持体上に化粧料の皮膜を形成させ、イオンビームでエッチングをして、該膜の観察用断面を形成する。前記イオンビームはアルゴンイオンビーム又はC60クラスターイオンビームが好ましい。さらに、前記化粧料の膜は樹脂包埋剤で被覆して外膜を形成することが好ましく、断面形成部分に収束イオンビームによるスパッタコーティングすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は液体と固体を含有し、硬さが異なる材料からなる化粧料の膜の断面観察用試料の調製方法、及び該化粧料の性能の評価方法に関わり、特に、該化粧料の膜中の原料成分の状態を観察する際に好適に用いられる断面観察用試料の調製方法、該断面の状態観察に基づく該化粧料の性能評価方法、及び該評価結果から化粧料を作成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化粧料の開発においては、化粧料の原料成分を組み合わせて試作品を調製し、該試作品の機能や感触を確認し、その後、原料成分の変更を行っていくという試行錯誤的手法がとられることが多い。例えば、サンスクリーン剤の開発においては、試作品を薄膜とした後、該膜の紫外部の吸収能を確認し、紫外線吸収剤や酸化チタンなどを組み合わせて処方を組み立てていく。この際、開発技術者は、紫外線吸収剤や酸化チタン等の組成成分の量を調整し、目指すべき機能を有する試作品を繰り返し調製する。
【0003】
このような試行錯誤的開発から脱却するために、開発技術者は効率的な開発手法の検討に努めてきた。例えば、紫外線吸収剤や酸化チタン等の組成成分の試作品中での量から紫外部の吸収能を予測し、処方の検討を行うことが挙げられる。また、化粧膜表面の酸化チタンの分散状態をEDS(Energy-Dispersive X-ray Spectroscopy:エネルギー分散型X線分光)分析法で測定し、酸化チタンの分散度から紫外部の吸収を上げるための手段を検討することも挙げられる。
そのため、化粧料の処方開発においては、化粧料の均一な塗布状態を達成するために、化粧料膜の表面から観察して組成成分の分布状態を検討することがなされてきた。一方、化粧料膜の厚さ方向の組成成分の分布状態については着目されておらず、また化粧料膜の厚さ方向の断面は観察されていなかった。
【0004】
ところで、一般的に試料の断面を観察するための調製方法としては、比較的丈夫な固体試料の場合には、試料を直接機械的に切断、割断あるいは破断して観察用断面を形成したり、試料を樹脂内に包埋した後ミクロトーム等で断面を削り出して観察用断面を形成したり、あるいはこれらの方法で得られた断面に必要に応じて研磨やエッチング等の処理を施す等して行われている。
また、生体試料等の顕微鏡観察用の試料の調製方法としては、吸水性の低い薄膜状の高分子支持体を用いる技術が提案されている(特許文献1)。
その他、流動性を有する可塑性の試料の観察用断面の調製方法として、棒状や膜状に凍結した試料を割断して調製する方法が知られている。例えば、液体成分及び固体成分を含む可塑性の試料膜の凍結割断法として、植物を支持体にした方法が提案されている(特許文献2)。
【0005】
一方、化粧料塗膜に対しては、その膜厚さを測定するための試料の調製方法が報告されている。例えば、皮膚上に塗布した化粧料の膜にレプリカ剤を滴下して硬化させた後、該レプリカ剤と化粧塗膜を皮膚から剥離して、該膜をミクロトームで断面を形成して、観察用試料とする方法がある(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−215181公報
【特許文献2】特開2005−84005号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】田中健一ほか、化粧塗膜の微視的評価法の確立と製剤開発への応用、第51回SCCJ研究討論会講演要旨集、日本化粧品技術者会、2002年11月19日、p.21〜24
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のように、化粧料膜の厚さ方向の組成成分の分布状態については着目されてこなかった。これは、化粧料膜の厚さ方向の組成成分の分布状態が化粧料の機能や感触に与える影響についての知見が無く、該分布状態を把握しようとする発想すらなかった為である。
これに対し、本願発明者は使用時に化粧料を塗布して形成される膜の厚さ方向に、有効成分を含む化粧料の組成成分がどのように分布しているかは、化粧料の肌への密着、有効成分の浸透、メークアップ化粧料の顔料等における光の散乱、又はサンスクリーン剤における紫外線吸収などへの影響の観点から重要であると考えた。本願発明者は係る点に注目し、化粧料膜の断面を作成し、化粧料膜の厚さ方向の組成成分の分布状態を観察して、この情報を活用して化粧料の処方開発を進めることを検討した。
【0009】
すなわち、本発明の解決課題は、化粧料の膜の厚さ方向の断面を観察するための試料を、使用状態に近い状態を維持して簡便に調製する方法、該断面の観察方法、該観察に基づく化粧料の評価方法、そして該評価に基づき化粧料を作成する方法を提供することである。特に、油、粉、ワックス、水及び水系成分、界面活性剤等、硬さの異なる液体成分と固体成分を含有する化粧料について、有効な方法を提供することを課題とする。
【0010】
ここで、前述の試料一般に対して行われてきた、機械的な切断、割断あるいは破断で観察用断面を形成する方法は、化粧料を試料とする場合には行われてこなかった。さらに、これらの方法は、対象となる固体試料がある程度の硬さを有する場合には有効であるが、化粧料、特に液体成分及び固体成分を含有し様々な硬さを有する成分から構成される化粧料の膜には適用が難しい。
また、特許文献1の技術において調製された生体試料等の顕微鏡観察用試料は支持体の接着方向の試料表面観察には適するが、厚さ方向の断面を形成するには、支持体と一体化された試料塗膜強度が低いため当該断面が破壊されてしまうという問題点がある。
また、特許文献2の可塑性の試料膜の凍結割断法においては、凍結させる際に化粧料の膜の構造が変形するおそれがあること、凍結した試料を割断するときに、凍結した水系成分と凍結しない油等の硬さの違いにより構造が変形してしまうおそれがあり、化粧料を使用した場合の使用状態に近い化粧料の膜の断面の観察用試料としては観察に耐えられるものではない。
また、非特許文献1の方法においては、レプリカ剤とともに化粧塗膜を剥離する際に、化粧塗膜が破壊されやすいため、例えばサンスクリーン剤のような可塑性の化粧塗膜の調製には不適当である。また、ミクロトームによる削り出しでは、膜を押し切ることになるため、平滑な断面が得られにくかったり、膜の厚さ方向の組成成分の分布状態が断面形成前の状態と同じとはならなかったりする難点がある。
従って、これらの従来技術を、化粧料の膜の厚さ方向の断面を観察するための試料の調製に適用することはできない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
かかる事情に鑑み、本発明者らは鋭意努力研究を行った結果、支持体の表面に化粧料を塗布して化粧料の膜を形成する工程と、イオンビームによるエッチングで前記化粧料の膜の厚さ方向の断面を露出させて化粧料膜の観察用断面を形成する工程を含む方法によって、化粧料の膜の断面観察用試料を好適に調製できることを見出し、前記課題を解決した。
また本発明者らは、前記方法で調製した化粧料の膜の断面を観察する方法、前記観察結
果に基づいて、化粧料の性能の良し悪しを評価する方法、そして該評価結果から化粧料を作成する方法も考案した。
【0012】
すなわち本発明は以下の通りである。
(1)支持体の表面に化粧料を塗布して、支持体上に化粧料の膜を形成する工程、及びイオンビームによるエッチングで前記化粧料の膜の厚さ方向の断面を露出させて、化粧料膜の観察用断面を形成する工程を含む、化粧料の膜の断面観察用試料の調製方法。
(2)前記イオンビームがアルゴンイオンビーム又はC60クラスターイオンビームであることを特徴とする(1)に記載の調製方法。
(3)支持体上に形成した化粧料の膜を、樹脂包埋剤で被覆して外膜を形成した後に、前記化粧料膜の観察用断面を形成する工程を行う、(1)又は(2)に記載の調製方法。
(4)前記樹脂包埋剤は、化粧料を損傷しない溶媒で任意の時に除去できる材料であることを特徴とする(3)に記載の調製方法。
(5)エッチングで露出させた化粧料の膜の厚さ方向の断面に、収束イオンビームによるスパッタコーティングすることを特徴とする(1)〜(4)の何れかに記載の調製方法。(6)前記スパッタコーティングのターゲット材料がC、Cr、Pt、Au、Pd、Ir、Ta、Wからなる群から選択される原子の1種乃至は2種以上であることを特徴とする(5)に記載の調製方法。
(7)前記支持体が、ガラスプレート、樹脂プレート、金属プレート、人工皮膚、又は毛髪であることを特徴とする(1)〜(6)の何れかに記載の調製方法。
(8)前記化粧料が、液体成分及び固体成分を含む化粧料であることを特徴とする(1)〜(7)の何れかに記載の調製方法。
(9)前記化粧料が、サンスクリーン剤、リップクリーム、ネイルエナメル、化粧下地、ファンデーション、白粉、頬紅、口紅、マスカラ、アイシャドー、アイライナー、毛髪用リンス又は染毛剤であることを特徴とする(1)〜(8)の何れかに記載の調製方法。
(10)前記化粧料の原料の1種又は2種以上において、原料の一部又は全部が標識されている(1)〜(9)の何れかに記載の調製方法。
(11)前記標識が、Y、Zr、In、Ta、W、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Gd、Dy、Ho、Er、Ybから選ばれる1種類若しくは2種類以上の元素及び/又はその化合物の粒子を含有する原料による標識、蛍光標識又は放射性同位体による標識であることを特徴とする(10)に記載の調製方法。
(12)(1)〜(11)の何れかに記載の調製方法によって調製した化粧料膜の厚さ方向の組成成分の分布状態を観察することを特徴とする、化粧料の膜の断面を観察する方法。
(13)走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、レーザー型顕微鏡、光学顕微鏡、デジタル顕微鏡、金属顕微鏡、又は電子顕微鏡による元素分析で行われ、前記元素分析がEDS分析、XPS分析、オージェ電子分光分析、赤外線分光分析、可視紫外反射スペクトル分光分析法、又はラマン分光分析であることを特徴とする、(12)に記載の観察方法。
(14)(12)又は(13)に記載の方法で観察して得た、化粧料の膜の断面における化粧料原料の分散状態、配向状態、形状又は寸法の情報に基づいて、化粧料の性能の良し悪しを評価することを含む化粧料の評価方法。
(15)(14)に記載の化粧料の評価方法の結果に基づいて化粧料を処方設計することを含む、化粧料の処方設計方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、化粧料の膜の厚さ方向の断面を観察するための試料を、使用状態に近い状態を維持して簡便に調製することができる。
また、本発明によれば、該断面を観察し、該観察に基づき化粧料を評価し、さらに該評価に基づき性能を向上させた化粧料を作成することができる。
本発明の方法は、特に、油、粉、ワックス、水及び水系成分、界面活性剤等、硬さの異
なる液体成分と固体成分を含有する化粧料について有効となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1のサンスクリーン剤1の観察結果を示す走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例1のサンスクリーン剤1の観察結果を示すチタンのMAP分析結果(中間調画像)である。
【図3】実施例1のサンスクリーン剤1の観察結果を示す珪素のMAP分析結果(中間調画像)である。
【図4】実施例1のサンスクリーン剤2の分散状態が良好な観察結果を示す走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】実施例1のサンスクリーン剤2の分散状態が良好な観察結果を示すチタンのMAP分析結果(中間調画像)である。
【図6】実施例1のサンスクリーン剤2の分散状態が良好な観察結果を示す珪素のMAP分析結果(中間調画像)である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づいて説明する。
本実施形態に係る化粧料の膜の断面観察用試料の調製方法は、支持体の表面に化粧料を塗布して、支持体上に化粧料の膜を形成する工程、及びイオンビームによるエッチングで前記化粧料膜の厚さ方向の断面を露出させて、該膜の観察用断面を形成する工程を含む。なお、以降、本発明において断面とは膜の厚さ方向の断面のことをいう。
【0016】
化粧膜の支持体としては、特に限定されるものではないが、ガラスプレート、樹脂プレート、樹脂テープ、金属プレート、人工皮膚、又は毛髪を好適に用いることができる。特に、弾力性を有し、より生体の皮膚に近い材料を用いれば、化粧料使用時の状態を再現することができ、化粧料と支持体の重なった厚さ方向の断面を同時に観察できるので好ましい。
【0017】
本発明によりその断面の観察が可能な化粧料としては、液体成分、固体成分、液体成分及び固体成分を含むもの、半固体成分、可塑性を有するもの、又は可塑性のないもの等、その性状に特に制限はない。特に、イオンビームによるエッチングでは、損傷の小さい膜断面が得られるため、硬さの異なる液体成分と固体成分の材料からなる化粧料にも、本発明の方法は好ましい。
ここで液体成分とは、油、水及び水系成分、界面活性剤等の分散媒又は有効成分をいい、固体成分とはワックス、金属や金属酸化物、鉱物の粉体等の不溶性の基剤又は有効成分をいう。
本発明によりその断面の観察される化粧料としては、特に限定されるものではなく、サンスクリーン剤、リップクリーム、ネイルエナメル、化粧下地、ファンデーション、白粉、頬紅、口紅、マスカラ、アイシャドー、アイライナー、毛髪用リンス、染毛剤等の、皮膚に有効成分の分散した膜を形成させて機能を発揮させる化粧料が挙げられる。また、これらの化粧料の剤形としては、特に限定されるものではなく、クリーム、軟膏、水性ジェル、オイルジェル、ローション、乳液、パウダー、モイストパウダー等、あらゆる剤形のものが挙げられる。
前記化粧料の塗布膜の厚さは、実使用時の塗布厚さに近いことが好ましく、その範囲は概ね0.1〜1000μm、特に1〜100μmが好ましい。
【0018】
エッチングは、化粧料膜の形成後、該膜の表面方向から照射して行ってもよいし、支持体と化粧料膜を一緒に割断して、得られた断面に対してエッチングを施して新たな断面を露出させてもよい。係る新たな断面は、平滑な平面であることが好ましい。
【0019】
前記イオンビームはアルゴンイオンビーム又はC60クラスターイオンビーム等が好ましく挙げられる。
前記イオンビームとしてアルゴンイオンビームを用いる場合には、クロスセクションポリッシャ法(CP法)を用いるのが好ましい。CP法は日本電子(株)によって開発された手法であり、同社から装置も販売されている。試料に遮蔽板を密着させて遮蔽板から出ている部分をアルゴンイオンのスパッタリングで削り、断面を作成する方法である(KONICA MINOLTA TECHNOLOGY REPORT Vol.3 p.84-87 (2006))。これまでに金属、半導体、セラミックス、及びそれらの複合体の材料に対して、使用実績がある。
CP法で用いるアルゴンイオンは2〜6kVと低エネルギーであり、断面に対し平行に近い状態で試料に照射するため、試料が異なる成分からなる複合材料であっても選択エッチングが起こりにくい。そのため、柔らかい材料や、液体成分と固体成分を含有し硬さが異なる材料からなる化粧料の膜に対しても、イオンダメージの少ない平滑な断面が得られるため、好ましい。
【0020】
前記イオンビームとしてC60クラスターイオンビームを用いる場合には、C60をイオン源とするスパッタ用イオン銃を用いるのが好ましい。C60イオン銃は、アルバック・ファイ株式会社によって開発・販売されている。C60イオン銃によれば、従来不可能とされていた有機物の低損傷エッチングができるとして、有機物を表面分析する際の表面クリーニング前処理や、有機薄膜内部の化学構造や、有機積層材料の界面構造のXPS(X-ray Photoelectron spectroscopy:X線光電子分光)、TOF−SIMS(Time-of-flight secondary ion mass spectrometer:飛行時間二次イオン質量分析計)分析等へ応用されている。
この方法は、試料の損傷を抑えることができるため、柔らかい材料や、液体成分と固体成分を含有し硬さが異なる材料からなる化粧料の膜に対するエッチングにおいても、好適となる。
【0021】
本発明において、化粧料の膜に対してアルゴンイオンビーム又はC60クラスターイオンビーム等によるエッチングを施す場合は、従来金属、半導体、セラミックス、及びそれらの複合体の材料や、有機薄膜に対して行われていたエッチングの条件と同様の範囲で適宜調整して行うことができる。
【0022】
本発明においては、支持体上に形成した化粧料の膜を、樹脂包埋剤で被覆して外膜を形成した後に、エッチングすることもできる。外膜の形成は、例えば、支持体上に形成した化粧料の膜を、支持体ごと樹脂包埋剤に含浸して、該樹脂包埋剤を硬化させることによって行うことができる。前記外膜の厚みは、エッチングや観察の妨げにならない限り、特に制限はない。
化粧料の膜のみのままでは取り扱いが煩雑であったり、乳液等では化粧料の柔らかさのため膜表層部の分析が難しい場合があったりするが、化粧料の膜を外膜で被覆することにより係る問題点を解消することができる。また、化粧料の膜を外膜で被覆することにより、化粧料の膜を長期にわたって保存することもでき、保存後の化粧料の膜に対して観察・評価を行うことが可能となる。
【0023】
化粧料の膜を包埋する樹脂は、断面形成後の任意の時に除去してもよく、断面を電子顕微鏡で観察する前に除去してもよいし、後述のスパッタコーティングの前に除去してもよい。もちろん、除去せずに観察に供してもよい。
ここで、係る樹脂の除去は、樹脂を溶解するが化粧料を損傷しない溶媒で行うことが好ましい。そのような溶媒としては、キシレン等の有機溶媒が挙げられ、これらで溶解される樹脂包埋剤としては、パラフィン、親水性樹脂等が好ましく挙げられる。
【0024】
親水性樹脂は、熱をかけずに硬化して化粧料の膜を包埋でき、微細構造の保持も可能で
ある。親水性樹脂としてメタクリル酸樹脂(MA)を用いた場合は、上記利点に加え、脱樹脂が可能である点も好ましい。
他にも、樹脂としてメタクリル酸エステル樹脂を用いた場合には、硬化樹脂の利点に加え、脱樹脂が可能である点も好ましい。メタクリル酸エステルは重合開始剤の存在下、硬化促進剤の添加、加温等、好ましくは硬化促進剤の添加により重合するモノマーであり、メタクリル酸のエステルであれば特に制限されるものではなく、メタクリル酸の脂肪族エステルや、芳香族エステルであってもよい。かかるメタクリル酸エステルとして、具体的には、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸プロピル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸sec−ブチル、メタクリル酸tert−ブチル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸アリル、メタクリル酸フェニル、メタクリル酸ベンジル等を例示することができる。これらのメタクリル酸エステルは、水酸基、カルボキシル基、エポキシ基、アルキルメチロール基等の置換基を有していてもよい。
かかるメタクリル酸エステルのうち、メタクリル酸アルキルエステルが好ましく、特にメタクリル酸メチル(MMA)が、安定性の点から好ましい。また、メタクリル酸エステルと共重合体を構成するモノマーを含有するものであってもよい。かかる共重合体を構成するモノマーとしては、エチレン、プロピレンや、メタクリル酸、アクリル酸、アクリル酸エステル等を挙げることができ、メタクリル酸エステル共重合体としては、エチレン・メタクリル酸メチル共重合体、メチレン・メタクリル酸・メタクリル酸メチル共重合体等を具体的に例示することができる。また脂肪族エステルや芳香族エステルが含まれていてもよい。
【0025】
メタクリル酸エステル樹脂を用いた包埋剤に含有される重合開始剤は、上記フタル酸エステルを含有する本発明の包埋剤中のメタクリル酸エステルの単重合や、メタクリル酸エステルと共重合体を構成するモノマーとの共重合において触媒作用を有するものであれば、特に制限されるものではないが、過酸化物であることが好ましい。かかる重合開始剤としては、過酸化ベンゾイル、過酸化ラウロイル、エチルメチルケトンペルオキシド、アゾビスイソブチロニトリル等を具体的に例示することができる。
【0026】
さらに、エッチングで露出させた化粧料の膜の厚さ方向の断面に、収束イオンビームによるスパッタコーティングすることもできる。特に、絶縁材料からなる化粧料の膜の場合は、導電性のターゲット材料の薄膜でコーティングをすることが好ましい。これは、電子顕微鏡で観察する際の帯電効果を阻止し、画像を鮮明にするためである。
該技術は通常、熱による人工加工物が付着せず、ほとんど構造のない極めて薄膜な非晶質のコーティング膜を生成することができるという利点を有し、高分解能フィードエミッション電子線源による観察に適している。
本発明に使用できるイオンビームコータとしては、一般にスパッタコーティングに用いられる通常の装置でよいが、Gatan社から販売されているmodel681が好適に例示される。コーティングの厚みとしては1nmから6nm程度が好ましく、さらに2〜5nmが好ましい。ターゲット材料としては、C、Cr、Pt、Au、Pd、Ir、Ta、Wからなる群から選択される原子の1種乃至は2種以上の組み合わせを用いることが好ましく、CやCrが特に好ましい。
【0027】
本発明においては、化粧料の原料の1種又は2種以上に対して、その一部又は全部を標識してもよい。これにより、標識された原料の化粧料膜中での分布状態を観察することができ、後述の断面の観察方法、及び化粧料の評価方法に有用となる。
標識材料としては、Y、Zr、In、Ta、W、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Gd、Dy、Ho、Er、Ybから選ばれる1種類若しくは2種類以上の元素及び/又はその化合物の粒子を含有する原料による標識が好ましい。また、フルオレセインアミン等の蛍光標識や、放射性同位体も好ましく挙げられる。
【0028】
支持体上の化粧料の膜は、上述のようにして観察用断面を形成した後、用いる測定機器に応じて所定の寸法形状に整えて観察用試料とし、観察に供することができる。
前記観察は、各種顕微鏡で行うことができ、例えば走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、レーザー型顕微鏡、光学顕微鏡、デジタル顕微鏡、金属顕微鏡、又は電子顕微鏡を用いて行うことができる。また、これらの顕微鏡観察による各種元素分析を特に制限なく適用することができ、例えばEDS分析、XPS分析、オージェ電子分光分析、赤外線分光分析、可視紫外反射スペクトル分光分析、又はラマン分光分析等が挙げられる。
水や揮発性油剤を含む観察用試料を真空状態で観察する場合、乾燥により、観察断面に変形が生じる場合があるため、真空度を比較的抑えた状態で観察が可能なSEM(Scanning Electron Microscope:走査型電子顕微鏡)による観察が特に好ましい。
本発明において、化粧料膜の厚さ方向の分布状態を上記顕微鏡やそれによる元素分析法を用いて観察する場合は、従来化粧料膜断面以外の試料に対して行われていた観察条件と同様の範囲で適宜調整して行うことができる。
【0029】
さらに、本発明においては、上述のようにして調製した化粧料の膜の試料の断面を観察し、該断面における前記固体成分の分散状態若しくは配向状態又は該固体成分の形状若しくは寸法に基づいて、前記化粧料の性能の良し悪しを評価する。
例えば、サンスクリーン剤における酸化チタンのように、化粧料中で微粒子が均一に分散していることが好ましい化粧料において、膜の厚さ方向の断面中の該成分の分散度合いを観察し、良し悪しを判断することになる。また、肌に近い膜の下部に分布していることが好ましいスキンケア化粧料の有効成分(ヒアルロン酸、コラーゲン等)や、化粧料膜の上部に位置していることが好ましいメークアップ化粧料の顔料成分等の、分布状態を観察し、良し悪しを判断することもできる。
【0030】
具体的には、複数の試料について得られた断面の電子顕微鏡画像(電子データを含む)から固体成分に関する情報を抽出し、直接評価したり、二値化等の通常の画像処理の後に評価を行ったりすることによって、当該固体成分の分散状態の度合い又は該固体成分の形状・寸法の大小を比較し、該比較に基づいて順位付けを行う。一つの試料中に固体成分が複数種類存在する場合には、すべての固体成分又は特定の固体成分について順位付けを行う。
【0031】
前記分散状態の度合い(以下、分散度ともいう)は、例えば、固体成分が酸化チタンの場合には、電子顕微鏡によるEDS分析などの観察結果を、画像解析装置を用いて処理し、試料の断面中の該固体成分のMAP作成や、該固体成分の占める割合を数値化することによって評価することができる。ここでMAPとは、EDS分析において電子ビームを二次元走査しながら各元素に固有のX線の強度を測定し、その強度に応じた輝度変調を、走査信号と同期させてCRT上に表示させることにより、二次元元素分布像を得ることをいう。
【0032】
例えば、乳化形サンスクリーン剤の塗膜断面における酸化チタン(固体成分)についての前記分散度は、次のように求めることができる。まず、電子顕微鏡画像を撮影し、SEM−EDSを測定した後、画像解析装置を用いてTiの分布を画像として抽出する。次に抽出した画像において、膜上部、中部、下部での、酸化チタンの存在割合を数値化することによって、気漿膜中での縦方向における酸化チタンの分布割合が異なる観察膜間で比較される。このような評価により、膜表面からでは不可能であった、化粧膜中での三次元における酸化チタンの分布の評価が可能となり、該情報を用いることにより、より均一に酸化チタンが分散して紫外線カット効果のより高いサンスクリーン剤を設計することが可能となる。
【0033】
また、乳液である場合には、有効成分を標識し、膜の断面において、有効成分の膜中での分布状態が比較される。該情報を用いることにより、経皮吸収が効果的におこる乳液を処方設計することが可能となる。
【0034】
本発明においては、観察用断面を形成後、該断面に損傷を与えることなく化粧料の膜と支持体とを分離できる場合には、断面を形成した化粧料の膜のみを観察用試料とすることもできる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0036】
<実施例1>
支持体としてガラスプレパラートに乳化サンスクリーン剤(サンスクリーン剤1;処方組成は表1参照)を均一に塗布し、充分乾燥させ、乳化サンスクリーン剤の膜を形成した。該乳化サンスクリーン剤の膜を該支持体とともに割断した。断面部をクロスセクションポリッシャ(日本電子社製 クロスセクションポリッシャCP)にて割断面をエッチングし新たな断面を露出させ整えた。クロスセクションポリッシャはアルゴンイオンビームを用いた。断面部を整えた該試料をSEM試料台に固定し、イオンスパッタリング装置によって該断面部分に炭素コーティングを施し、SEMにて分析を行った。イオンコーターにて炭素コーティングを7nmの厚みで行った。
その結果を図1に示す。図1に示すように、膜の内部に部分的に粒子の密度が低い状態があることが観察できた。
【0037】
また、SEM分析に用いた試料でEDS分析を行った。チタン(Ti)及び珪素(Si)元素の特性X線をMAP分析に必要な強度で励起した。分析の空間分解能を低下させる試料内部での電子線散乱を低く抑えるために、分析時の加速電圧と照射電流を抑えて測定した。図2にチタン(Ti)と図3に珪素(Si)のMAP分析結果を示す。MAP分析からも、粒子の密度が低い状態を反映するようにチタン(Ti)の場所による検出量に差が出ていた。チタン(Ti)密度の低い部分は密度の低い部分は珪素(Si)が多く検出されており、チタン(Ti)の分布していない部分に珪素(Si)を有する原料が分布していることが示唆された。
【0038】
別に測定した乳化サンスクリーン剤塗膜表面のSEM−EDS分析ではチタン(Ti)は均一に分散している状態が観察された。すなわち、膜の厚さ方向の分析を行うことによって、初めて、膜内でのチタン(Ti)の偏在を確認することができた。
この乳化サンスクリーン剤1のin vivo SPFの結果は15であった。
【0039】
これらの結果を考慮し、酸化チタンの総量は同じであるが、シリコーンに分散した酸化チタンのペーストを併用し、酸化チタンの分散性を向上させた乳化サンスクリーン剤(サンスクリーン剤2;処方組成は表1参照)を作成しサンスクリーン剤1と同様にSEM分析を行った。サンスクリーン剤2のSEM分析結果を図4に示す。図4に示すように、膜の内部の粒子は均一に分散している状態であることが観察された。
【0040】
また、このSEM分析に用いた試料でEDS分析を行った。図5にチタン(Ti)と図6に珪素(Si)のMAP分析結果を示す。MAP分析からも、粒子の密度が均一である状態を反映するようにチタン(Ti)が均一に分散している状態であることが観察された。また、珪素(Si)については部分的に原料が分布している状態が観察された。すなわち、珪素と酸化チタンとが均一に混合して分散した状態で存在していることが示唆された。
この乳化サンスクリーン剤のin vivo SPFは20に上昇した。
【0041】
<比較例1>
60クラスターイオンビームによるエッチングの代わりに、一般的なミクロトームを用いて断面を整えた以外は、実施例1と同様の操作を行った。SEM分析を行ったが、像障害によって分析することができなかった。
【0042】
【表1】

【0043】
<実施例2>
支持体として樹脂プレートに有効成分として株式会社PGリサーチ社製フルオレセインアミン標識ヒアルロン酸ナトリウム(平均分子量10万〜30万)を配合した乳液(乳液1;処方組成は表2参照)を均一に塗布し、充分乾燥させ、乳液の膜を形成後、該乳液の膜を該支持体とともに割断した。断面部をC60クラスターイオンビームにて割断面をエッチングし新たな断面を露出させ整えた。断面部を整えた該試料を蛍光顕微鏡試料台に固定し、ヒアルロン酸ナトリウムの膜内での分布を観察したところ、乳化滴中にヒアルロン酸ナトリウムは分布していることが観察できたが、顔料が配合されておらず膜が柔らかかったために細部の状態を観察するには難があった。そこで、上記乳液の膜を形成後、メタクリル酸メチル樹脂で包埋してから、該乳液の膜を該支持体及び該樹脂包埋剤とともに割断した。断面部をC60クラスターイオンビームにて割断面をエッチングし新たな断面を露出させ整えた。断面部を整えた該試料を蛍光顕微鏡試料台に固定し、ヒアルロン酸ナトリウムの膜内での分布を観察したところ、乳化滴中にヒアルロン酸ナトリウムは分布していることが観察できたが、膜下部には標識されていない層が存在していることが観察された。
【0044】
上記結果から乳液に使用している乳化剤のHLBのバランスを親水性に寄せた乳液(乳液2;処方組成は表2参照)を作成した。上記と同様に試料断面を整え、蛍光顕微鏡で観察したところ、膜下部にも均一に標識されたヒアルロン酸ナトリウムが分布していること
が確認された。肌内部へのヒアルロン酸ナトリウムの浸透性も20%向上した。
【0045】
<比較例2>
60クラスターイオンビームによるエッチングの代わりに、一般的なミクロトームを用いて断面を整えた以外は、実施例2と同様の操作を行った。
膜が弱く、断面を整える際に膜状態を保つことができなかった。
【0046】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は化粧料膜の厚さ方向の組成成分の分布状態の観察に利用でき、化粧料の処方設計に活用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体の表面に化粧料を塗布して、支持体上に化粧料の膜を形成する工程、及びイオンビームによるエッチングで前記化粧料の膜の厚さ方向の断面を露出させて、化粧料膜の観察用断面を形成する工程を含む、化粧料の膜の断面観察用試料の調製方法。
【請求項2】
前記イオンビームがアルゴンイオンビーム又はC60クラスターイオンビームであることを特徴とする請求項1に記載の調製方法。
【請求項3】
支持体上に形成した化粧料の膜を、樹脂包埋剤で被覆して外膜を形成した後に、前記化粧料膜の観察用断面を形成する工程を行う、請求項1又は2に記載の調製方法。
【請求項4】
前記樹脂包埋剤は、化粧料を損傷しない溶媒で任意の時に除去できる材料であることを特徴とする請求項3に記載の調製方法。
【請求項5】
エッチングで露出させた化粧料の膜の厚さ方向の断面に、収束イオンビームによるスパッタコーティングすることを特徴とする請求項1〜4の何れか一項に記載の調製方法。
【請求項6】
前記スパッタコーティングのターゲット材料がC、Cr、Pt、Au、Pd、Ir、Ta、Wからなる群から選択される原子の1種乃至は2種以上であることを特徴とする請求項5に記載の調製方法。
【請求項7】
前記支持体が、ガラスプレート、樹脂プレート、金属プレート、人工皮膚、又は毛髪であることを特徴とする請求項1〜6の何れか一項に記載の調製方法。
【請求項8】
前記化粧料が、液体成分及び固体成分を含む化粧料であることを特徴とする請求項1〜7の何れか一項に記載の調製方法。
【請求項9】
前記化粧料が、サンスクリーン剤、リップクリーム、ネイルエナメル、化粧下地、ファンデーション、白粉、頬紅、口紅、マスカラ、アイシャドー、アイライナー、毛髪用リンス又は染毛剤であることを特徴とする請求項1〜8の何れか一項に記載の調製方法。
【請求項10】
前記化粧料の原料の1種又は2種以上において、原料の一部又は全部が標識されている請求項1〜9の何れか一項に記載の調製方法。
【請求項11】
前記標識が、Y、Zr、In、Ta、W、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Gd、Dy、Ho、Er、Ybから選ばれる1種類若しくは2種類以上の元素及び/又はその化合物の粒子を含有する原料による標識、蛍光標識又は放射性同位体による標識であることを特徴とする請求項10に記載の調製方法。
【請求項12】
請求項1〜11の何れか一項に記載の調製方法によって調製した化粧料膜の厚さ方向の組成成分の分布状態を観察することを特徴とする、化粧料の膜の断面を観察する方法。
【請求項13】
走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、レーザー型顕微鏡、光学顕微鏡、デジタル顕微鏡、金属顕微鏡、又は電子顕微鏡による元素分析で行われ、前記元素分析がEDS分析、XPS分析、オージェ電子分光分析、赤外線分光分析、可視紫外反射スペクトル分光分析法、又はラマン分光分析であることを特徴とする、請求項12に記載の観察方法。
【請求項14】
請求項12又は13に記載の方法で観察して得た、化粧料の膜の断面における化粧料原料の分散状態、配向状態、形状又は寸法の情報に基づいて、化粧料の性能の良し悪しを評
価することを含む化粧料の評価方法。
【請求項15】
請求項14に記載の化粧料の評価方法の結果に基づいて化粧料を処方設計することを含む、化粧料の処方設計方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−117826(P2011−117826A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−275345(P2009−275345)
【出願日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【出願人】(000113470)ポーラ化成工業株式会社 (717)
【Fターム(参考)】