説明

医療用コラーゲン単糸の製造方法

【課題】 生体内あるいは生体の体表面等において医療用途で使用する縫合糸、組織工学分野・再生医療分野における補填および補綴目的の各種膜状物、布状物、袋状物および管状物、または薬剤担体等の製造に用いられるコラーゲン製の糸として、紡糸後に巻き取り具に巻き取る際、糸切れが生じず、かつ巻き取り具に巻き取った状態で糸相互の癒着が生じない、連続したコラーゲン単糸を得ることを目的とする。
【解決手段】 コラーゲン溶液を、含水率50%以下の親水性有機溶媒中で脱水し、次いで含水率10%以下の脱水・凝固後、張力を保ちつつ、相対湿度50%以下、温度42℃以下の条件で乾燥することを特徴とする医療用コラーゲン単糸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用途に適したコラーゲン単糸の製造方法に関する。詳しくは、生体内あるいは生体の体表面等において医療用途で使用する縫合糸、組織工学分野・再生医療分野における補填および補綴目的の各種膜状物、布状物、袋状物および管状物、または薬剤担体等の製造に必要なコラーゲン単糸を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コラーゲンは生体を構成する主要なタンパク質であり、生体適合性、組織再生、細胞増殖、止血作用等の優れた効果を持ち合わせている為に、特に医療分野において有用な素材である。これらのコラーゲンを用いた医療基材の製造においては、動物や人の組織を直接処理して、組織の形状を維持したまま、主にコラーゲン質のみをそのまま利用したり、さらにこれを後加工する場合もあるが、これらは使い勝手の良い医療用具の形状や剤形として、任意に加工する事が難しい上、コラーゲンの抗原性発現部位がそのまま残された状態である為に問題がある。
そこで、通常医療用途に適したコラーゲンは、主として原料である動物から、酸、アルカリ、中性等の条件下で酵素などにより抽出し、粘調なコラーゲン溶液またはこの溶液を乾燥させた固体の状態として得る方法が一般的に用いられている。また更に、ペプシン処理を施すことによって抗原性発現部位を除去し、体内または体表面に移植した際に抗原性が無い、より医療基材に好適なコラーゲン(アテロコラーゲン)を得ることもできる。
コラーゲン溶液から、医療用基材を製造する方法としては、コラーゲン溶液を凍結乾燥して、スポンジ状の基材を製造する方法や、コラーゲン溶液を湿式または乾式紡糸法で紡糸し、繊維状の基材を製造する方法などが知られている。
【0003】
特開平06−228505号公報には、親水性有機溶媒中にコラーゲン水溶液を吐出し、コラーゲンの糸状物又は膜状物を得る方法が開示されている。この技術は中間産物としてコラーゲンの糸状物(もしくは膜状物)を製造する方法であり、最終産物としては、コラーゲン糸状物を細断した可溶性コラーゲン粒状(粉状)物を得ている。特開平06−228506号公報には、75〜85%エタノール媒質中にコラーゲン溶液を吐出して糸状物を生成し、その後95〜99.5%以上のアルコール媒質中に浸漬する方法が記載されている。これらの文献では、コラーゲン糸状物を作製した後60℃にて乾燥を行っており、コラーゲン糸状物はその変性温度をはるかに超える温度に曝されている。
特開2000−093497、特開2000−210376および特開2000−271207には、コラーゲン水溶液をエタノール等の親水性有機溶媒中に吐出し、コラーゲンを糸状に成形し、コラーゲン水溶液吐出口をランダムに縦横に移動させつつエタノール槽底部に沈降させ、コラーゲン糸の積層構造物を作製する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平06−228505号公報
【特許文献2】特開平06−228506号公報
【特許文献3】特開2000−093497号公報
【特許文献4】特開2000−210376号公報
【特許文献5】特開2000−271207号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来方法で得られる糸状コラーゲンは、強度が極めて脆弱であり、糸を巻き取ろうとする場合途中で糸切れ等が発生する。しかも得られた糸同士が相互癒着を起こすので、得られた糸を巻き取り具に巻き取った場合には、糸を再度取り出そうとしても糸切れが起こり、単一の糸として取り出すことが困難であった。そこで、糸状コラーゲンを巻き取る際、糸切れが生じず、かつ巻き取った状態で糸相互の癒着が生ぜず、しかも巻き取った後再度糸を取り出す際糸切れが生じない、連続したコラーゲン単糸の製造方法の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、親水性有機溶媒による紡糸方法を用いて、コラーゲンを糸状に加工し、これを連続したひと繋がりの単糸として得ることに成功した。そしてコラーゲン単糸が布状、管状を始め様々な任意の形状に加工でき、医療用具や培養基材、薬剤担体などの医療用途において非常に有用であることを見出した。
これらの知見に基づき、さらに鋭意検討した結果、本発明を完成するに到った。
【0007】
すなわち、本発明は
(1) コラーゲン溶液を、含水率50%以下の親水性有機溶媒中で脱水し、次いで含水率10%以下の脱水・凝固後、張力を保ちつつ、相対湿度50%以下、温度42℃以下の条件で乾燥することを特徴とする医療用コラーゲン単糸の製造方法、
(2) 乾燥後、さらにコラーゲン単糸を架橋反応処理に付すことを特徴とする上記(1)記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法、
(3) コラーゲン単糸が、医療用である上記(1)記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法、
(4) 親水性有機溶媒が、炭素数1〜6のアルコール類およびケトン類からなる郡より選択される単独または2種類以上を混合したものである上記(1)記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法、
(5) 親水性有機溶媒が、エタノールである上記(1)記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法、
(6) 乾燥が、送風乾燥である上記(1)記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法、
(7) 相対湿度が、30%以下で乾燥する上記(1)記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法、
(8) 温度が、10〜42℃の条件で乾燥する上記(1)記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法、
(9) 架橋反応処理が、加熱脱水処理及び/またはグルタルアルデヒド処理である上記(1)記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法、
(10) コラーゲンが、豚由来である上記(1)記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明のコラーゲン単糸製造方法を用いれば、糸切れが生じず、原料となるコラーゲン水溶液が尽きるまで連続してコラーゲン単糸を得ることができる。本発明方法で製造されるコラーゲン単糸は相互に付着せず、巻き取り具からスムーズな取り出しが可能である。また織る、編むなどの通常、繊維製造分野で用いられる手法により、コラーゲン単糸からコラーゲン製管状物、布状物など医療用具の製造が容易かつ効率的に行うことができる。本発明方法で製造されるコラーゲン単糸から複雑な3次元構造をもつコラーゲン製医療用具や、より精密かつ再現性の高いコラーゲン製医療用具の製造も容易にできる。また、コラーゲンを用いる医療用具の材料として、巻き取り具に巻き取られた状態のまま、通常の環境条件下保存および運搬が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施例1を示す説明図である。
【図2】本発明の実施例3を示す説明図である。
【図3】実験例1の測定方法の説明図である。
【図4】実施例4の細胞の基材生着及び増殖の様子を示す図面に代わる代用写真である。
【図5】実施例5の細胞の基材生着及び増殖の様子を示す図面に代わる代用写真である。
【図6】実施例6の染色像を示す図面に代わる代用写真である。
【図7】実施例6の染色像を示す図面に代わる代用写真である。
【符号の説明】
【0010】
1. 板状巻き取り具
2. コラーゲン単糸
3. シリンジ
41. エタノール槽
42. 第2のエタノール槽
51. 送風乾燥機
52. テンションプーリー
53. フック
6. ロール状巻き取り具
7. グルタルアルデヒド溶液槽
81. テープ
811.パンチ穴
82. テープ
83. フォースゲージ
831.フック
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明方法は、(1)コラーゲン溶液を親水性有機溶媒による紡糸法で糸状コラーゲンとし、この糸状コラーゲンを含水率約10%以下の親水性有機溶媒中で凝固する工程、(2)相対湿度約50%以下、温度約42℃以下の条件で乾燥する工程により行われる。
第(1)工程では、(i)コラーゲン溶液を含水率約10%以下の親水性有機溶媒中に吐出して、含水率約10%以下の状態で糸状コラーゲンを脱水及び凝固してもよく、(ii)上記(i)の操作後さらに含水率10%以下の別の親水性有機溶媒中で強固に脱水及び凝固してもよく、(iii)コラーゲン溶液を親水性有機溶媒に吐出し、含水率約10%を超える親水性有機溶媒中でいったん糸状コラーゲンを形成させ(脱水工程)、この糸状コラーゲンを含水率約10%以下の親水性有機溶媒中でさらに脱水・凝固(脱水・凝固工程)してもよい。本工程は通常、室温ないし42℃程度で行われ、一連の脱水および凝固による処理時間は約4〜5秒から5時間である。
本発明方法で使用される代表的なコラーゲンとしては酸可溶化コラーゲン、アルカリ可溶化コラーゲン、酵素可溶化コラーゲン、中性可溶化コラーゲン等の可溶化コラーゲンが挙げられ、特に可溶化処理と同時にコラーゲンの抗原決定基であるテロペプタイドの除去処理が施されている、アテロコラーゲンが好適である。このコラーゲンの可溶化方法については、特公昭46−15003号公報、特公昭43−259839号公報、特公昭43−27513号公報等に記載されている。またコラーゲンの由来については、ウシ、ブタ、鳥類、魚類、ウサギ、ヒツジ、ネズミ、ヒト等の動物種の皮膚、腱、骨、軟骨、臓器等から抽出されるもので、コラーゲンのタイプとしてはI型、III型等の分類可能なタイプのうちいずれかに限定されるものではないが、取り扱い上の観点から、I型が特に好適である。
コラーゲン溶液の溶媒としてはコラーゲンを可溶化できるものであれば特に限定されない。代表的なものとしては塩酸、酢酸、硝酸等の希酸溶液や、エタノール、メタノール、アセトン等の親水性有機溶媒と水との混合液、水などが挙げられる。これらは単独または2種以上任意の割合で混合して用いても良い。このうち最も好ましくは水である。
【0012】
第(1)工程では、コラーゲン溶液をノズル等から連続的に親水性有機溶媒の充填された浴槽中に吐出し、脱水及び凝固させることにより糸状コラーゲンが得られる。コラーゲン溶液のコラーゲン濃度は、通常、約4〜10重量%であり、好ましくは、約5〜7重量%である。
親水性有機溶媒としては、例えば、エタノール、メタノール、イソプロパノールなどの炭素数1から6のアルコール類、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類等が挙げられる。これらは単独または2種以上任意の割合で混合して用いても良い。このうち最も好ましくはエタノールである。親水性有機溶媒の含水率は、コラーゲン水溶液から糸状コラーゲンを得る(脱水工程)ために、通常約50容量%以下、好ましくは約30容量%以下であり、糸状コラーゲンの脱水・凝固(脱水・凝固工程)のためには通常約10容量%以下、好ましくは、約2容量%以下、さらに好ましくは約0.5容量%以下である。
親水性有機溶媒の充填された浴槽は、必要に応じて1槽の独立した浴槽、または2槽から20槽程度の独立した槽を連続的に設置してもよい。1槽の独立した浴槽を用いる場合、最終的に約10容量%以下で脱水処理が行われるよう、親水性有機溶媒を循環的に入れ替え、含水率を約10容量%以下に維持する。複数の独立した槽を用いる場合、糸状コラーゲンの凝固処理のため、少なくとも最終脱水工程の1槽は、親水性有機溶媒の含水率を約10容量%以下に維持する。この際、親水性有機溶媒の優れた殺菌効果により医療用途に適した糸を得ることができる。
糸状コラーゲンは脱水・凝固後、相対湿度約50%以下、温度約42℃以下の条件で乾燥される。相対湿度は好ましくは約30%以下である。乾燥温度は好ましくは約10〜42℃、より好ましくは約10〜20℃、である。乾燥時間は、含溶媒率にもよるが、通常約1〜2秒から5時間である。この乾燥工程では各種フィルター等を通過したクリーンな状態に保たれた乾燥気体をコラーゲン単糸に吹き付ける。乾燥気体としては、空気、窒素など、コラーゲンに影響を及ぼさない不活性の気体であれば特に限定されず、中でも空気が最適である。巻き取り具方向へ移動していくコラーゲン単糸が常にドライエアーに曝されることにより、糸状物に残存する液体成分が乾燥・除去され、巻き取り具に巻き取られた糸同士が糸の内部及び外表面に残存する溶媒などの液体成分のために再溶解して相互に癒着するのを防ぐことができる。この乾燥気体は加熱処理の施されていない、温度約42℃以下で相対湿度約50%以下の気流であり、コラーゲン単糸の熱変性は生じない。
【0013】
乾燥工程を経たコラーゲン単糸は、必要に応じて巻き取り具に巻き取る。本巻き取り工程では、巻き取り具の形状は特に限定されないが、例えば、板状、円柱状(ロール状)などの形態が挙げられ、回転して糸状物を巻き取っていく。このとき、巻き取り具自体が、一定速度で軸方向に往復運動を行うか、あるいは、自動的に往復するフック等を用いて、コラーゲン単糸の方を巻き取り具の軸方向に往復運動させることによって、コラーゲン単糸が巻き取り具に均一に巻き取られる機構を有しているのが好ましい。
【0014】
コラーゲン単糸はその強度を増強するために、物理的架橋処理による架橋または架橋剤を用いて化学的架橋反応を施しても良い。物理的架橋処理法としては、γ線照射、紫外線照射、電子線照射、プラズマ照射、熱脱水架橋処理などがあげられる。このうち熱脱水架橋処理が好ましい。熱脱水架橋処理では、コラーゲン単糸が巻き取られた状態で減圧下加熱処理することにより物理的に架橋処理される。この架橋処理では、架橋温度と架橋時間により生体適合性と分解吸収性をコントロールすることが可能である。物理的架橋と化学的架橋はそれぞれ単独で行ってもよいし、併用してもよく、また併用する場合にはその順番は問わない。
化学的架橋反応に用いる架橋剤としては、コラーゲンとの架橋反応が可能であれば如何なる架橋剤でも使用可能であり、例えばアルデヒド類、エポキシ類、カルボジイミド類、イソシアネート類などが挙げられる。アルデヒド類としてはホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、グリオキサル、ジアルデヒドデンプン等、エポキシ類としてはグリセロールジグリシジルエーテル等、カルボジイミド類としては水溶性カルボジイミド等、イソシアネート類としてはヘキサメチレンジイソシアネート等が挙げられる。好ましくはグルタルアルデヒドである。コラーゲン単糸の架橋は、通常、架橋剤の溶液中にコラーゲン単糸を浸漬することにより行われる。架橋剤溶液の溶媒は特に限定されないが、水やエタノール等が好適であり、特にエタノールが最適である。架橋剤溶液の濃度と浸漬時間により、分解吸収性と生体適合性をコントロールすることが可能である。架橋剤がグルタルアルデヒドである場合、溶液の濃度は、通常約0.001容量%〜25容量%、好ましくは、約0.01容量%〜1.0容量%である。
【0015】
上記した一連の脱水・凝固工程の直後に架橋剤溶液の充填された浴槽を設置し、架橋処理を施してもよい。エタノール槽中での脱水・凝固処理により形成されたコラーゲン単糸は、最後の親水性有機溶媒槽を脱して後、必要に応じて直ちに架橋剤溶液槽に浸漬、架橋処理が施される。その後コラーゲン単糸は架橋剤溶液槽を脱し、巻き取り具に巻き取られる。架橋剤溶液槽とコラーゲン単糸の巻き取り具の間に1槽以上の親水性有機溶媒槽を設置しても良い。この操作によりコラーゲン単糸が架橋剤溶液槽を脱して後、親水性有機溶媒槽に浸漬され、コラーゲン単糸に残存する余剰の架橋剤が洗浄、除去されることができる。
【0016】
また、コラーゲン単糸は巻き取られる前に、各種フィルター等の通過によりクリーンな状態に保たれた乾燥気体が吹きつけられる。乾燥気体としては、空気、窒素など、コラーゲンに影響を及ぼさない不活性の気体であれば特に限定されず、中でも空気が最適である。この工程で、巻き取り具方向へ移動していくコラーゲン単糸が常に乾燥気体に曝されることにより、コラーゲン単糸に残存する液体成分が乾燥・除去され、巻き取られた糸同士が糸の内部及び外表面に残存する液体成分のために再溶解し、相互に癒着するのを防ぐ。この気体は加熱処理の施されていない、低温(好ましくは42℃以下)かつ低湿度(好ましくは相対湿度約50%以下)の気体であり、コラーゲン単糸が熱変性することはない。これら一連の工程は全て相対湿度約50%以下、好ましくは約30%以下の環境で行なってもよく、親水性有機溶媒槽を脱したコラーゲン単糸の乾燥を促進することにより、糸切れの発生を減少させ、巻き取り具に巻き取られたコラーゲン単糸の、吸湿に起因する相互癒着を防ぐことができる。本製造方法では、相互癒着が無く、独立性の高いひと繋がりのコラーゲン単糸が、熱変性をきたすことなく、原料であるコラーゲン水溶液が尽きるまで製造できる。
そしてこのコラーゲン単糸は相互癒着が無く、独立性の高いひと繋がりの長い、コラーゲン単糸であるので、紡糸終了後、巻き取り具からのコラーゲン単糸のスムーズな取り出しが可能となる。このようにして化学的架橋処理が施されたコラーゲン単糸が製造される。
【0017】
コラーゲン単糸の化学的架橋処理の別な実施態様として、以下に示すような方法も挙げられる。
架橋処理されていないコラーゲン単糸が巻き取られた巻き取り具から連続的に繰り出されたコラーゲン単糸を架橋剤溶液槽中に浸漬して架橋処理を施し、その後架橋剤溶液槽を脱して、乾燥後新たな巻き取り具に巻き取る。必要に応じて、架橋剤溶液槽とコラーゲン単糸を巻き取る巻き取り具の間に少なくとも1槽以上の親水性有機溶媒槽を設置しても良い。すなわちコラーゲン単糸が架橋剤溶液槽を脱して後、親水性有機溶媒槽に浸漬され、毒性の発現に繋がりうるコラーゲン単糸に残存する余剰の架橋剤が洗浄、除去される。
架橋処理を施されたコラーゲン単糸は未架橋処理のコラーゲン単糸に比較して強度が大幅に向上するため、このコラーゲン単糸を用いた管状物の製造、布状物の製造といった2次加工がより簡便になり、また、より頑強な2次加工品の製造が可能となる。
【0018】
本発明のコラーゲン単糸は相互癒着が無く、独立性の高いひと繋がりの単糸であるので、紡糸終了後、巻き取り具からのコラーゲン単糸のスムーズな取り出しが可能となる。このため、生体内あるいは生体体表面等において医療用途で使用する縫合糸として、好適に用いることができる。
また、このような単糸を用い、織る、編むといった工程を経てコラーゲン製管状物、或いは、コラーゲン製布状物などだけでなく、複雑なコラーゲン製3次元構造物も製造できる。
さらに、本発明により得られるコラーゲン単糸は、コラーゲンが元来持ち合わせている特有の機能を維持している為、生体内および体表面において分解、吸収性であり、かつ組織再生の足場としての再生促進効果、また止血、生体適合性などの医療用途に適した優れた作用効果を合わせ有する。
本発明のコラーゲン単糸を用いた2次加工物としては、例えば組織工学分野・再生医療分野における補填および補綴目的で体内に移植される各種膜状物、布状物、袋状物および管状物等(移植用基材)が挙げられる。移植用基材は、常法に従ってあらかじめ繊維芽細胞、軟骨細胞等の体組織を形成する細胞を体外で一定期間培養し、移植用基材の形状に細胞を増殖させて組織を形成した上で体内へ移植してもよい。膜状物としては心膜、胸膜、脳硬膜、漿膜等の代替膜が挙げられ、管状物としては人工血管、ステント、人工神経チャンネル、人工気管、人工食道、人工尿管等が挙げられる。また、接着性細胞等の各種細胞を体外で培養するための基材(細胞培養基材)としても利用できる。さらに、各種形状の2次加工物に各種成長因子、薬剤、ベクター等を含浸させることにより、徐放性DDS担体、遺伝子治療用担体として利用される。これらの2次加工物は、毒性もほとんどなく、自体公知の方法に従って人間や動物に安全に使用できる。
【実施例】
【0019】
次に実施例、実験例を示し本発明を詳細に説明する。
【0020】
実施例1 コラーゲン単糸の製造
ブタ由来I型、III型混合コラーゲン粉末(日本ハム株式会社製、SOFDタイプ、Lot No.0102226)を注射用蒸留水(大塚製薬社製)に溶解し、7重量%に調製する。そして、後述する紡糸環境全域の相対湿度を38%以下に保持した後、この7重量%コラーゲン水溶液を充填したシリンジ3(EFD社製 Disposable Barrels/Pistons、55cc)に、空気圧をかけてシリンジに装着した針より該コラーゲン水溶液を吐出した(図1)。この際シリンジに装着した針はEFD社製 Ultra Dispensing Tips(27G、ID:0.21mm)を使用した。吐出した7重量%コラーゲン水溶液は、99.5容量%エタノール(和光純薬、特級)3Lを収容したエタノール槽41で直ちに糸形状に脱水・凝固した。エタノール槽41から引き上げられた糸状コラーゲンを、99.5容量%エタノール(和光純薬、特級)3Lを収容しエタノール槽41とは完全に分離独立した第2のエタノール槽42に室温で約30秒間、浸漬し、さらに脱水・凝固を施した。続いて、第2のエタノール槽42から引き上げられた糸状コラーゲンは、その周囲にドライエアーが送り込まれる送風乾燥機51を約3秒間で通過させた後、糸が弛まないようにテンションプーリー52で張力を保ちつつ、直径78mm、全長200mmのSUS製ロール状巻き取り具6を35rpmで回転させ、巻き取った。このロール状巻き取り具6を巻き取りの際、ロール状巻き取り具の軸方向に1.5mm/sの速度で往復させつつ、シリンジ3に充填した7重量%コラーゲン水溶液が尽きるまで連続紡糸を行った。このようにして、コラーゲン単糸2のボビンを得た。
【0021】
実施例2 コラーゲン単糸の熱脱水架橋反応処理
実施例1で製造されたコラーゲン単糸を、ステンレス(以下、SUS)製ロール状巻き取り具6に巻き取られたままの状態でバキュームドライオーブン(EYELA社製;VOS−300VD型)と油回転真空ポンプ(ULVAC社製;GCD135−XA型)を用いて135℃、減圧下(1Torr以下)で24時間熱脱水架橋反応を行い、熱架橋処理を施されたコラーゲン単糸のボビンを得た。
【0022】
実施例3 コラーゲン単糸のグルタルアルデヒドによる架橋反応処理
実施例1にて製造された、コラーゲン単糸の巻き取られたロール状巻き取り具6からコラーゲン単糸を繰り出し、0.1容量%グルタルアルデヒド含有エタノール溶液の満たされたグルタルアルデヒド溶液槽7(図2)に室温で6秒間浸漬し、架橋処理を施した。その後グルタルアルデヒド溶液層を脱したコラーゲン単糸を直ちに洗浄用エタノール槽43に浸漬して余剰のグルタルアルデヒドを洗浄、除去し、洗浄用エタノール槽43を脱したコラーゲン単糸に対し、糸の周囲に螺旋状にドライエアーが送り込まれる送風乾燥機51中を室温で3秒間通過させ送風乾燥した。その後、コラーゲン単糸2が弛まないようにテンションプーリー52で張力を保ちつつ、直径78mm、全長200mmのSUS製ロール状巻き取り具61を35rpmで回転させ、巻き取っていった。このようにしてグルタルアルデヒド架橋の施されたコラーゲン単糸のボビンを得た。
【0023】
実験例1 破断強度試験
実施例2の条件下で供試用コラーゲン単糸を製造し、以下の方法でコラーゲン単糸の破断強度を測定した。
コラーゲン単糸を約10cmの長さに切断し、切断したコラーゲン単糸2の両端点にテープ81、82を貼って、一方にパンチ穴811をあける。穴にフォースゲージ83のフック831を引っかけて、上方に糸を引き上げた(図3)。この際フォースゲージ83は台に固定されており、コラーゲン単糸2が断裂した時点の表示値を破断強度として計測した。コラーゲン水溶液吐出の際、使用した針のゲージは27ゲージ、30ゲージで、吐出したコラーゲン水溶液の濃度はそれぞれ7重量%である。得られた結果を表1、表2に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
実施例4 培養基材の製造
実施例2で得られた、熱脱水架橋を施したコラーゲン単糸を金属製芯棒に巻きつけて内径1mm、肉厚0.5mmのコラーゲン製の筒状体を作製した。このような全体がコラーゲンからなる管状の3次元培養基材を作製し、ヒト軟骨細胞、ヒト繊維芽細胞の培養実験を行った。細胞の基材生着及び増殖の様子を図4に示す。ヒト繊維芽細胞培養開始直後(図4(a))、ヒト軟骨細胞培養開始直後(図4(b))における、それぞれの細胞の基材生着及び増殖の様子を示す。
【0027】
縦横に筋状に走るコラーゲン糸上に、それぞれの細胞について良好な生着及び増殖が確認できた。このことから本発明によるコラーゲン糸が培養基材としての機能を十分に有することが判明した。
【0028】
実施例5 培養基材の製造
実施例3で得られた、グルタルアルデヒド架橋処理を施したコラーゲン単糸を用いて実施例4と同様の方法で管状の3次元培養基材を作製し、ヒト繊維芽細胞の培養実験を行った。培養開始14日後における細胞の基材生着及び増殖の様子を図10に示す。グルタルアルデヒド濃度0.1容量%にて架橋処理されたコラーゲン単糸による培養基材が図5(a)、グルタルアルデヒド濃度0.5%にて架橋されたコラーゲン単糸による培養基材が図5(b)である。
【0029】
縦横に筋上に走るコラーゲン糸状に、細胞の良好な生着及び増殖が確認できた。このことから本発明によるコラーゲン糸が培養基材としての機能を十分に有することが判明した。
【0030】
実施例6 うさぎへの埋植試験
(1)下記方法に従ってウサギ埋植試験片(コラーゲン筒状物)を作製した。
(a)実施例2で得られた熱脱水架橋処理コラーゲン単糸、(b)実施例3で作製された0.1容量%グルタルアルデヒド架橋処理コラーゲン単糸、(c)実施例3と同様の方法で作製された0.5容量%グルタルアルデヒド架橋処理コラーゲン単糸をそれぞれ用いて、金属製芯棒に巻きつけて内径2〜3mm、全長10mm程度のコラーゲン製の筒状埋植試験片を3種類作製した。0.1容量%グルタルアルデヒド架橋処理コラーゲン糸を用いた埋植試験片については、埋植試験片形成後、バキュームドライオーブン(EYELA社製;VOS−300VD型)と油回転真空ポンプ(ULVAC社製;GCD135−XA型)を用いて135℃、減圧下(1Torr以下)で24時間熱脱水架橋反応を行った。
【0031】
(2)作製された前記コラーゲン埋植試験片にガンマ線滅菌(25kGy)を施し、以下の手順で埋植実験を行った。
前記3種類のコラーゲン埋植試験片をそれぞれウサギ(計2羽)背部筋肉3カ所に埋植し、1カ所に対照試験片として同サイズのポリテトラフロロエチレン(ePTFE)シート(厚さ0.1mm)(商品名 ゴアテックスパッチ、Goretex社製)を筒状に丸めて埋植した。熱脱水架橋サンプルについては埋植2週後と4週後に、グルタルアルデヒド0.1容量%架橋+熱脱水架橋サンプルについては埋植2週後に、グルタルアルデヒド0.5容量%架橋サンプルについても埋植2週後に、ゴアテックスパッチについては埋植4週後にバイオプシーを採取し、HE染色を施して組織学的評価を行った。図6、7にそれぞれの染色像の写真を示す。図6(a1)は熱脱水架橋サンプル2週後、(a2)は熱脱水架橋サンプル4週後、図7(b)はグルタルアルデヒド0.1容量%架橋+熱脱水架橋サンプル、(c)はグルタルアルデヒド0.5容量%架橋、(d)はゴアテックスパッチである。
【0032】
埋植実験の結果、埋植試験片(a)〜(c)については、いずれも特に顕著な炎症反応を示すことなく、細胞の浸潤も良好で、また経時的に移植片の分解が進行している様子が確認できた。一方、対照試験片(d)については全く細胞浸潤は見られず、分解吸収の様子も全く確認出来なかった。従って本発明により作製されたコラーゲン単糸がいずれも既存の製品に比べて、生体適合性が良好な分解吸収性材料であることが判明した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コラーゲン溶液を、含水率50%以下の親水性有機溶媒中で脱水し、次いで含水率10%以下の脱水・凝固後、張力を保ちつつ、相対湿度50%以下、温度42℃以下の条件で乾燥することを特徴とする医療用コラーゲン単糸の製造方法。
【請求項2】
乾燥後、さらにコラーゲン単糸を架橋反応処理に付すことを特徴とする請求項1記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法。
【請求項3】
コラーゲン単糸が、医療用である請求項1記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法。
【請求項4】
親水性有機溶媒が、炭素数1〜6のアルコール類およびケトン類からなる郡より選択される単独または2種類以上を混合したものである請求項1記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法。
【請求項5】
親水性有機溶媒が、エタノールである請求項1記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法。
【請求項6】
乾燥が、送風乾燥である請求項1記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法。
【請求項7】
相対湿度が、30%以下で乾燥する請求項1記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法。
【請求項8】
温度が、10〜42℃の条件で乾燥する請求項1記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法。
【請求項9】
架橋反応処理が、加熱脱水処理及び/またはグルタルアルデヒド処理である請求項記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法。
【請求項10】
コラーゲンが、豚由来である請求項1記載の医療用コラーゲン単糸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−221651(P2009−221651A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−147136(P2009−147136)
【出願日】平成21年6月22日(2009.6.22)
【分割の表示】特願2005−163285(P2005−163285)の分割
【原出願日】平成13年12月19日(2001.12.19)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】