説明

医療用細胞凍害防御液

【課題】再生医療に応用可能なヒト間葉系幹細胞やヒト脂肪由来幹細胞を、ジメチルスルホキシドなどの有害な凍結保存剤や動物由来成分を用いずに安全に凍結保存可能な凍結保存用組成物を提供する。
【解決手段】ε−ポリ−L−リジンに無水コハク酸を反応させて、ε−ポリ−L−リジンのアミノ基の60%以上をカルボキシル基に変換する。このようにして得た高分子化合物を、市販の培養液の一つであるダルベッコ改変培地(DMEM)に10w/w%溶解させて、毒性の低い凍結保存液とする。添加物としてグリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコールなどの多価アルコールやデキストラン、ポリエチレングリコールなどの高分子化合物を添加することでさらに保存率を向上することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、再生医療用ヒト幹細胞の凍結解凍障害を軽減可能な凍害防御剤に関する。
【背景技術】
近年の再生医療の飛躍的研究の発展に伴い、ヒト由来幹細胞の医療応用が盛んとなってきている。ヒト体性幹細胞にはおもに骨髄などから採取される間葉系幹細胞や脂肪から採取される脂肪由来幹細胞がある。これらの幹細胞は骨や軟骨、脂肪に分化する能力を有しており、それぞれ骨再生や軟骨再生、脂肪再生に利用されている。また、これらの幹細胞は採取したのち大量に増やすことが可能であるため、余剰の細胞を凍結保存しておき複数回にわたって移植することや、別の患者に移植することが想定される。通常凍結保存は細胞に致命的ダメージを与えるため、凍害防御剤を添加する。その際、5〜20%のジメチルスルホキシド、グリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコールなどの凍害防御剤を含む培養液などの生理的溶液に細胞を懸濁しクライオチューブに詰めて冷却し、最終的に−80℃もしくは−196℃の極低温で凍結保存するのが一般的である(特許文献1,2)。そのなかで最も効果が高く、よく用いられているのがジメチルスルホキシドである(非特許文献1)。しかしジメチルスルホキシドが特に高い濃度では生理学的に有毒であり、凍結保存された細胞を注入された患者に高血圧、悪心、嘔吐を引き起こすことも知られている。ジメチルスルホキシドの毒性により解凍した細胞の培養時もしくは生体に注入した後の生存率や機能が低下する問題もある。
また、グリセリンなどの多価アルコール類は効果が低いため、細胞を懸濁してしばらく室温もしくは冷蔵で放置してから凍結する必要や、プログラムフリーザーなどによる厳密な温度管理が必要とされる(非特許文献2)。また、凍結保護効果が低く、解凍後の機能が低下するなどの問題があり、ジメチルスルホキシドと併用するなどの工夫が必要である。
このように培養細胞の凍結保存には基本的にジメチルスルホキシドが不可欠となっているのが現状であるが、先述した毒性に加え、ジメチルスルホキシドはHL−60細胞などの分化を誘導することやES細胞の分化に影響を及ぼすことが報告されており、ヒト幹細胞のように未分化維持が必要な細胞保存には適さないことが考えられる(非特許文献3,4)。
【特許文献1】特表平10−511402
【特許文献2】特許第3694730号
【非特許文献1】Lovelock JE and Bishop MWH,Nature 183:1394−1395,1959
【非特許文献2】Polge C,Smith AU,Parkes AS,Nature 164:666−666,1949
【非特許文献3】Miszta−Lane H,Gill P,Mirbolooki M,Lakey JRT.Cell Preserv Technol 5,16−24,2007
【非特許文献4】Rossi GB,Friend C.PNAS 58:1373−1380,1967.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
現状の凍結保存法では、凍結解凍後の幹細胞の増殖率や分化能を完全な形で保存することは困難であり、毒性の低いジメチルスルホキシドに代わる新たな凍結保存物質が待ち望まれている。
そこで本発明は、ジメチルスルホキシドに代わる、低毒性で分化に影響を及ぼさない幹細胞の保護効果に優れた凍結保存液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
本発明の凍結保存液は、カルボキシル基を導入したε−ポリ−L−リジンを実質上3−30%含み、その他組成は生理食塩水や培養液成分などの生理的溶液である。その生理的溶液にポリエチレングリコール、フィコール、デキストラン、ヒドロキシエチルスターチ、ポリビニルアルコール、ポリビニールビロリドン、パーコール、アルブミンなどの高分子化合物を添加することも可能である。また、エチレングリコールやグリセリン、プロピレングリコールなどの多価アルコールを1−20%添加することも有効である。
【発明の効果】
再生医療に応用可能なヒト幹細胞を該保存液に浸漬して−80℃または液体窒素中もしくは液体窒素蒸気中で凍結保存することで毒性の高いジメチルスルホキシドを使用せずに生存率、分化能を維持したまま保存することが可能である。既存の凍害防御剤であるジメチルスルホキシドを使用しないため、凍結する細胞に対する毒性が低く抑えられ、機能を維持したまま長期間凍結保存することが可能である。また、ウシ胎児血清、アルブミンなどのタンパク質成分を使用しないため感染症などの心配がなく、生物製剤によるロット間格差も影響しない。
カルボキシル基を導入したε−ポリ−L−リジンは、そのアミノ基により細胞膜親和性を持ち、細胞の保護効果があると考えられるが、一方でカルボキシル基のマイナス電荷が細胞膜との親和性を低減させている。すなわち、細胞膜に対して非常に弱い相互作用を示すことが考えられ、この作用が毒性を与えずに細胞膜保護による凍害防御効果を示すと考えられる。また、本発明の凍結保存剤はジメチルスルホキシドに比べて毒性が低いため解凍後の洗浄が不要で、そのまま培地に添加することですぐに培養を行うことができる。
冷却工程においては、急激に冷却した場合には、細胞内と細胞外の水分の氷結に差が生じ、細胞の微細構造を破壊してしまうため、1分間に0.5℃から10℃の比率で冷却を行うことが好ましい。最も好ましいのは1分間に0.5℃から2℃の冷却速度である。また、保存工程は、−80℃以下で可能となるが、より安定な保存の面から液体窒素中または液体窒素蒸気層中で保存することが好ましい。本発明の作用の詳細は明らかではないが、ヒト間葉系幹細胞およびヒト脂肪由来幹細胞はマウスやラットの幹細胞や一般のヒト培養用細胞と比較して、凍結時の障害が大きいことが考えられ、通常よりも高い濃度の両性高分子凍害防御剤を使用することで、もしくは既存の多価アルコールなどの凍害防御剤と併用することにより、凍結障害が低く押さえられ再培養時の生存率が著しく向上するに至ったものと推測される。本発明によって、ヒト間葉系幹細胞およびヒト脂肪由来幹細胞を簡便且つ高い生存率で凍結保存を可能とする、凍結保存液および凍結保存方法が得られた。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明の凍結保存液は、生理的溶液に、ポリリジンなどの高分子化合物が1−50w/w%溶解されてなる。好ましくは2〜20w/w%、特に好ましくは3〜15w/w%、さらに好ましくは5〜10w/w%溶解されてなる。生理的溶液としては、生理食塩水の他、各種の細胞または組織用の一般的な培養液を用いることができる。例えば、ダルベッコ改変イーグルMEM培地(DMEM)を好ましいものとして挙げることができる。ポリリジンに代えて同一分子内にカチオン性置換基とアニオン性置換基の両方をもつ単量体が重合した形の高分子化合物でも可能である。特には、ポリアミノ酸を好ましいものとして挙げることができる。すなわち、高分子化合物の繰り返し単位が、アミノ基及びカルボキシル基を共に有するのが特に好ましい。ポリリジンは、ε−ポリ−L−リジンもしくはε−ポリ−D−リジン、α−ポリ−L−リジン、α−ポリ−D−リジンのいずれであっても良い。凍結保護成分である高分子化合物は分子量が100〜100,000である。最も好ましい高分子種として、微生物または酵素により生産される数平均分子量がb1000〜2万、特には1000〜1万のε−ポリ−L−リジンを挙げることができる。ε−ポリ−L−リジンは、ストレプトマイセス属(Streptomyces)に属する放線菌により生産されてもっぱら食品添加物として用いられており(http//www.chisso.co.jp/fine/jp/polylisin/index.html)、重合度15〜35のものの他、重合度が20以下のものの生産も試みられている(例えば、特開2003−171463、特開2005−318815)。数平均分子量または数平均重合度の測定は、SDS−PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動)法により、例えば、アトー(株)製の電気泳動装置及びデンシトグラフ(AE−6920V型)を用いて容易に測定することができる。このとき、標準タンパクマーカーを用いる。なお、ポリリジンは、加熱処理による高分子量化により分子量3万以上として用いることもできる。しかし、粘度の上昇を防ぐ等の観点から上記の分子量範囲が好ましい。末端のみにフリーのカルボキシル基を有するポリリジンは、側鎖に1級アミノ基のみを有しているが、後述するように無水カルボン酸を用いて部分的にアミド化することで、優れた混和性能ないし可溶化性能を発揮するものと考えられる。特には、無水ジカルボン酸などを反応させて部分的にカルボキシル化することで、優れた性能を発揮することができる。
ポリアミンのアミノ基は、好ましくは、部分的に、無水コハク酸によってカルボキシル化される。この際、ポリアミンのアミノ基について、好ましくは50〜99モル%、特には50〜93%、より好ましくは50〜90モル%、さらに好ましくは55〜80モル%、最も好ましくは58〜76モル%をカルボキシル化する。ここで用いられる無水コハク酸に代えて、無水酢酸、無水クエン酸、無水グルタル酸、無水リンゴ酸、無水フマル酸、及び無水マレイン酸などでも可能である。これらのうち、無水コハク酸を特に好ましいものとして挙げることができる。
一方、本発明の凍結保存剤には、ジメチルスルホキシドやグリセロール、エチレングリコール、プロピレングリコール、トレハロースやスクロースなどの既存の凍結保護物質が0.1−50w/w%、特には1〜20w/w%共存することでさらなる有効性の向上が期待される。細胞が凍結から解凍される際に酸化ストレスによるダメージを受けると言われており、抗酸化剤を添加することで効果が高まることも期待される。抗酸化剤は例えば、カタラーゼ、ペルオキシダーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ、ビタミンE、ビタミンC、エピガロカテキンガレートなどのポリフエノール類またはグルタチオンなどが挙げられる。
【実施例】
以下、この発明の実施例及び比較例を示す。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
<実施例1 凍結保存溶液の調整>
ε−ポリ−L−リジン(チッソ社製、分子量4000)は25%水溶液のものを用い、分子中のアミノ基に対し、モル%で0−100%の無水コハク酸(和光純薬工業製)を添加することでカルボキシル基導入率の異なるポリリジンを作成した。ポリリジン分子中のアミノ基のカルボキシル基への置換率はTNBS法により求めた。(たとえばポリリジンのアミノ基のうち65モル%をカルボキシル基に置換した場合、PLL(0.65)と表示する。)それぞれのカルボキシル基導入ポリリジン溶液をダルベッコ改変培地(DMEM、シグマアルドリッチ製)に0−20w/w%となるように添加した。この際、pHが6.4−8.0の範囲内になるように1Nの塩酸もしくは水酸化ナトリウム水溶液で中和した。
<実施例2 ヒト間葉系幹細胞の凍結保存>
1×10個のヒト間葉系幹細胞(理研バイオリソースセンター)をクライオバイアル(Simport Plastics)中で各凍結保存液1mLに懸濁し、−80℃のフリーザー中で凍結保存を行った。このとき、冷却速度を簡易的に−1℃/分とするため、冷却イソプロピルアルコールを封入した冷却チャンバー(ミスターフロスティ、Nunc製)中に凍結バイアルを放置し、−80℃冷凍庫内で凍結を行った。1週間後、37℃の温浴中で速やかに融解し、DMEMで洗浄したのち、6wellカルチャーディッシュに1×10個ずつ播種し、6時間後の生存率をトリパンブルー染色により評価した。比較例としては一般的によく用いられている保存液である10%DMSO/ウシ胎児血清(FBS)を用いた。6時間後の生存率を持って評価したことの理由としては、解凍直後の生存率評価ではトリパンブルーの取り込みは排除できるがその後ディッシュに生着できずに死んでいく細胞が多数いる場合、過大評価してしまうおそれがあるためであり、ディッシュに播種して6時間後にはそれら付着できなかった細胞はすべて死滅し、実質正常に増殖に向かう細胞のみを生細胞として評価できるためである。
表1に示すように、ヒト間葉系幹細胞を凍結保存するにあたり、アミノ基のうち46%以上をカルボキシル基に変換したカルボキシル化ポリリジン10%溶液を用いた場合、比較例のDMSO溶液を用いた場合に比べて播種後6時間においてほぼ同じか、より良好な生存率を示した。特にアミノ基の変換率が65%であるとき最も良い保存効果が得られた。また、デキストラン(分子量7万、名糖産業)を10%添加した保存液ではほとんど生存率は向上しなかったが、ヒト血清アルブミン(三菱ウェルファーマ)を10%添加した保存液およびプロピレングリコール(和光純薬)を10%添加した保存液ではいずれも90%を超える保存効果が得られ、相乗効果が確認された。プロピレングリコールは毒性が低く、生物由来でないため、ジメチルスルホキシドおよび生物由来原料を用いない凍結保存液組成としてカルボキシル化ポリリジンと併用することでさらなる再生医療用凍害防御液として応用可能な凍害防御効果が得られることが確認された。
【表1】

次に、PLL(0.65)10%凍結保存液にて凍結保存後に解凍した後、分化誘導をかけることにより骨細胞、脂肪細胞、軟骨細胞への分化能を評価したところ、図1に示すように未凍結系、DMSO系とほぼ同様に多分化能を維持していることが以下のように確認された。図1は、カラーの顕微鏡写真の画像データについて、光の3原色(RGB)への色分解を行い、赤色(R)の色要素のみを示したものである。したがって、赤色部分が白色に表現され、青色部分が黒色に表現されている。骨分化能はカルシウムの沈着をアリザリンレッドS染色により評価した結果、いずれの場合も同じく赤く染色された。また、アルカリ性ホスファターゼ活性はいずれの保存液で凍結した場合でも未凍結系と同じく高い値を示した。脂肪分化能は、細胞中の脂肪滴をオイルレッド0を用いて染色したところ、いずれの保存液で凍結した場合でも未凍結系と同じく赤く染色された脂肪滴(図1中段にて、径が数十μmの淡色の円形ないし楕円形パターンとして表された部分)が確認された。軟骨分化能に関しては、細胞塊中のプロテオグリカンをアルシアンブルーで染色したところ、いずれの保存液で凍結した系でも未凍結と同じく青く染まるプロテオグリカン(図1の右段にて濃い黒色部分として表された部分)が確認された。すなわち、本発明の凍結保存液にて凍結することにより分化に影響を及ぼすことはないことが確認され、再生医療用幹細胞の凍結保存に十分有用であることが示された。
<実施例3 ヒト脂肪由来幹細胞の凍結保存>
脂肪は骨髄に比べ容易にしかも多量に採取可能であり、幹細胞のソースとして注目されている。以下に、今回実験に使用したヒト脂肪由来幹細胞脂肪の採取方法を記載した。吸引により採取した脂肪組織を5%抗生剤含有リン酸緩衝液(PBS)で2回洗浄した。37℃で30分間0.075%Collagenase solutionで脂肪を消化し、遠心操作により細胞群を分離した。分離された細胞群を、DMEM−F12,10%FBSおよび抗生物質を含む培地内に混合して細胞懸濁液を生成し、培養容器に播種した。培養容器内に播種された細胞群に含まれている細胞のうち、接着性の高い脂肪組織由来幹細胞が培養容器の底面に接着し、それ以外のより接着性の低い細胞は培養容器の底面に接着できずに、洗浄ステップにおいて上清とともに除去される。このようにして、純度よく分離された脂肪組織由来幹細胞を得た。
【表2】

【表3】

次に実施例2と同様、1×10個のヒト脂肪由来幹細胞をクライオバイアル中で各凍結保存液1mLに懸濁し、−80℃のフリーザー中で凍結保存を行った。このとき、冷却速度を簡易的に−1℃/分とするため、冷却イソプロピルアルコールを封入した冷却チャンバー中に凍結バイアルを放置し、−80℃冷凍庫内で凍結を行った。1週間後、37℃の温浴中で速やかに融解し、DMEMで洗浄したのち、6wellカルチャーディッシュに1×10個ずつ播種し、6時間後の生存率をトリパンブルー染色により評価した。比較例としては一般的によく用いられている保存液である10%DMSO/ウシ胎児血清(FBS)を用いた。その結果を表2に示した。ヒト間葉系幹細胞と同じくPLL(0.65)で最も保存後の生存率が高く、アルブミンやプロピレングリコールを添加することでさらに保存効率の向上が確認された。
また、PLL(0.65)の濃度を0−12w/w%まで変化させてヒト脂肪由来幹細胞を凍結させたところ、表3に示すような結果が得られた。すなわち、PLL(0.65)の濃度が7%あたりからかなり生存率が高くなってきており、12%程度で最も高くなっている。これはL929の生存率がPLL(0.65)7.5%以上でほぼ95%を示すのに対し、より高濃度が必要という結果である。つまり、ヒト脂肪由来幹細胞はL929のような不死化細胞に比べると増殖率も弱く、凍結に対する感受性も高いからではないかと予想される。従ってより高濃度の凍害防御剤が必要となるが、ジメチルスルホキシドのような毒性の高い保存剤は濃度を高めることがすなわち毒性につながるため、最適な保存液の設計が困難であったといえる。しかしながらPLL(0.65)の様な高分子物質は毒性も低く、浸透圧も低く抑えることが可能であることから濃度を高めることが容易であり、幹細胞の凍結保存には適していることが示唆される。また、毒性の低いエチレングリコールやグリセリン、プロピレングリコールと共存させることにより相乗効果が見られることも有用な知見である。
次にヒト脂肪由来幹細胞の凍結解凍後の増殖を調べ、細胞の倍加時間を測定したところ、表4に示すようにジメチルスルホキシド凍結保存に関しては未凍結保存に比べて約10時間以上も倍加時間が長くなっている。これは細胞が正常な増殖状態に戻るまでに時間を要することを意味している。一方、PLL系ではPLL(0.65)での保存が最も倍加時間が短くなる傾向にあり、また濃度は10−12%で最も短い倍加時間を取ることから、最適な濃度域も10%前後であることが確認された。この場合もプロピレングリコール添加で若干倍加時間の短縮が見られ、相乗効果が確認されている。
また、ヒト脂肪由来幹細胞の本発明凍結保存液にて凍結解凍後の分化能に関してもヒト間葉系幹細胞の凍結保存と同様、未凍結系、ジメチルスルホキシド系と比較して全く同等の分化能を維持していたことから、ヒト脂肪由来幹細胞においても本発明凍結保存液は有効であることが確認された。
【表4】

<実施例4 毒性試験>
ヒト脂肪由来幹細胞に対するPLL(0.65)の毒性試験を行った。10%ウシ胎児血清を含有したダルベッコ改変イーグルMEM培地(DMEM)に懸濁させたヒト脂肪由来肝細胞を、96wellマイクロプレートに10×10cell/well播種し、37℃で72時間培養後、PLL(0.65)を、最終濃度0−14%となるように添加し、48時間後、未添加系をコントロールとして細胞の増殖が50%阻害される濃度をIC50とし、MTT法で求めた。その結果を図2に示す。比較例はDMSO系(10%DMSO/ウシ胎児血清)とした。図2の結果から知られるように、PLL(0.65)は14%でも細胞の増殖抑制は起こらず、IC50が約4%であったジメチルスルホキシドよりも明らかに毒性が低いことがわかった。これはPLL(0.65)がマイナス電荷を帯びているため細胞膜との相互作用が低いことと、高分子化合物であるため高濃度においても浸透圧が低く抑えられることなどが原因と考えられる。したがって本凍結保存剤を使用することで既存の凍結保存液に比べ細胞毒性を低くすることができ、幹細胞のような比較的弱い細胞の凍結保存に適したものが得られることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【図1】PLL(0.65)の10%溶液、及び、10%DMSO/ウシ胎児血清を凍結保存液として用いヒト間葉系幹細胞を凍結保存後に、多分化能(骨、脂肪、軟骨への分化誘導)を評価した結果を示す図である。
【図2】PLL(0.65)およびジメチルスルホキシド(DMSO)のヒト脂肪由来幹細胞への毒性試験の結果を示す図。横軸にそれぞれの化合物の濃度、縦軸に化合物添加後の各濃度における細胞数の未添加系に対する割合をプロットしてある。縦軸の生存率が50%を示す際の化合物の濃度をIC50と呼び、毒性の指標とする。この場合PLL(0.65)はIC50が存在せず、測定濃度域では無毒性である。DMSOはIC50が約4%である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ基およびカルボキシル基を同一分子中に有する両性高分子化合物を生理溶液中に3〜30重量%含むことを特徴とする動物幹細胞凍結保存液。
【請求項2】
前記両性高分子化合物がε−ポリ−L−リジンに無水コハク酸を反応させてカルボキシル化した高分子化合物であることを特徴とする請求項1に記載の凍結保存用組成物。
【請求項3】
生理的溶液中に、前記両性高分子化合物に加え、デキストランなどの多糖類を1重量%から20重量%含有する請求項1、2に記載の凍結保存用組成物。
【請求項4】
生理的溶液中に、前記両性高分子化合物に加え、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンなどの多価アルコール類を1重量%から20重量%含有する請求項1〜3記載の凍結保存用組成物。
【請求項5】
動物幹細胞がヒト間葉系幹細胞である請求項1〜4記載の凍結保存用組成物。
【請求項6】
動物幹細胞がヒト脂肪由来幹細胞である請求項1〜4記載の凍結保存用組成物。
【請求項7】
前記凍結保存液に懸濁したヒト幹細胞を−80℃以下まで冷却し凍結させる冷却工程における冷却速度を1分間に0.5℃から10℃の比率とする請求項1〜6に記載の凍結保存方法

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−30557(P2011−30557A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194792(P2009−194792)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年2月5日 日本再生医療学会発行の「再生医療(2009 Vol.8 Suppl 増刊号)第8回日本再生医療学会総会 プログラム・抄録」に発表
【出願人】(506224252)株式会社バイオベルデ (12)
【出願人】(000231235)大陽日酸株式会社 (642)
【Fターム(参考)】