説明

医薬組成物

【課題】前駆体型血漿ヒアルロナン結合タンパク質(pro−PHBP)の活性化を特異的に抑制する化合物、および該化合物を用いた抗癌剤または抗炎症剤の提供。
【解決手段】Tyrphostin AG538、Ellagic acid dihydrate、Hamamelitannin、(−)−Epicatechingallate、(−)−Epigallocatechingallate、I−Ome−AG538、(−)−ECG−3’−O−ME、(−)−ECG−4’−O−ME、Fistinidin chloride、Pyrocatechol violet、Chicoric acid、rutin、Quercetin、3,5−dicaffeoylquinic acid、4,5−dicaffeoylquinic acidを有効成分として含む医薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬組成物及び前駆体型血漿ヒアルロナン結合タンパク質の活性化阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
癌細胞はその悪性化に伴って、周囲の組織へと浸潤し、さらには他の臓器へと転移して二次腫瘍を形成する。この浸潤・転移の過程は非常に複雑であり様々な因子がその制御に関わるが、このうち基底膜や血管壁の分解は浸潤・転移の過程の中でも重要なステップである。このステップにおいて中心的な役割を果たすのが、血漿中に存在する一連のセリンプロテアーゼやそのインヒビターであり、中でも組織線溶にはウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーター(u−PA)が重要な役割を担っている。
【0003】
u−PAによって生じたプラスミンは細胞外マトリックスを直接の基質とするマトリックスメタロプロテアーゼ前駆体(pro−MMPs)を活性化し、このことによって組織線溶が生じる[非特許文献1]。これら一連のプロテアーゼ活性と癌の浸潤・転移能との関わりについてはこれまで多くの報告がなされており[非特許文献2]、これらの酵素活性、あるいはそのレセプターとの相互作用を阻害することによる転移阻害剤の研究が行われている。u−PAは多くのセリンプロテアーゼがそうであるように、血中では酵素活性を持たない前駆体型として存在し、何らかの要因によって活性化し線溶反応を引き起こす。近年、u−PAの活性化の引き金となる酵素として、血漿中からプロウロキナーゼ活性化能を有する新規セリンプロテアーゼが発見された。
【0004】
PHBP(plasma hyaluronan binding protein)は、1994年に三浦らによって、ヒアルロン酸に特異的に結合するタンパク質として血漿中から発見された[非特許文献3]。PHBPは主として肝臓で翻訳されたのち、N末端のシグナルペプチドが切断され、酵素活性を持たない前駆体型pro−PHBPとして血中に分泌される[非特許文献4]。Pro−PHBPは、3つのEGF様ドメインと、1つのクリングルドメイン、さらにセリンプロテアーゼ様ドメインを有する、537アミノ酸残基からなる分子量70kDaの一本鎖型の前駆体である[非特許文献5]。正常血中ではこの前駆体型のみが存在し、活性型PHBPはマウスの肝障害時、あるいは肝切除の場合にのみ検出されている[非特許文献6]。
【0005】
PHBPの生理的な役割は未だ不明な点が多いが、in vitroにおいてフィブリン、フィブロネクチンの切断[非特許文献6]やpro−u−PAをu−PAへと変換するプロウロキナーゼ活性化能を有することが報告されており[非特許文献7]、さらに、PHBPの細胞表面の局在に伴い、線溶が促進されることも明らかにされている。
【0006】
また、PHBPには、Marburg症と名付けられた511番目のアミノ酸がGからEに置換された遺伝子多型が報告されており、このアミノ酸置換をもつ患者では、PHBP依存性のu−PA活性が正常と比較して50−80%減少しており、u−PA依存性のプラスミン生成量の減少も見られる[非特許文献8]。さらにMarburg症が動脈硬化の進行に関与していること、Marburg症患者の頚動脈血管壁にPHBPが高発現していることも報告されている[非特許文献9]。これらの知見はPHBPが線溶系の最上流に位置し、血栓の溶解反応や炎症反応、癌の浸潤・転移の際に生じる一連の組織線溶にも関わる重要なタンパク質の一つであることを示している。
【0007】
Pro−PHBPからPHBPへの変換を触媒する酵素の存在は、現在までに報告されておらず、自己活性化によって変換されると考えられている[非特許文献10,11]。自己触媒作用によりArg290−Ile291の間が切断され、活性型2本鎖分子(3つのEGFドメインとクリングルドメインを含む50kDaの重鎖:Phe1−Arg290およびセリンプロテアーゼドメインを含む27kDaの軽鎖:Ile291−Phe537)が生じ、さらなる自己開裂によって、失活型4本鎖分子となる。その後もさらなる自己開裂によって断片化が進行する[非特許文献5]。
【0008】
PHBPの活性化機構は、凝固系因子 Factor XIIに類似しており、その自己開裂は、ポリ−L−リジンやヘパリン、デキストラン硫酸といった電荷物質によって促進される[非特許文献5,10]。また生体内ポリアミンであるスペルミジンやスペルミンによっても、活性化が促進されることが明らかとされた。
【0009】
しかし、これらの活性化促進因子がどのようなメカニズムで(pro−)PHBPに結合し作用を及ぼしているのかは不明であり、前述したようにpro−PHBPの活性化機構、およびその生理的役割は不明な点が多い。また活性型二本鎖PHBPの阻害剤としては、内因性阻害因子としてC−1インヒビターやa2−アンチプラスミンが報告されており、また一般的なセリンプロテアーゼ阻害剤によって阻害されるが[非特許文献11]、これらはいずれもPHBP特異的なものではなく、また前駆体型pro−PHBPに対する特異性も有していない。
【0010】
【化7】

【0011】
図中、uPAは、ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーターであり、uPARは、uPAレセプターであり、PLGは、プラスミノーゲンであり、PMは、プラスミンである。
【0012】
一方、自然界には各種の生理活性物質が存在し、PHBP阻害剤についても、部分的に活性物質が発見されつつあるが、阻害剤としての利用可能性がある化合物について十分に理解されていなかった。
【0013】
これまでに発見されたpro−PHBP活性化阻害剤としては、サーファクチンを始めとした環状リポペプチド、アントラキノン系化合物、タンニン等、数十種に及ぶ化合物が発見されている。[特許文献1,2]これら化合物の中には、非常に阻害活性の強いものも含まれていたが、これらの化合物はいずれも、安定性や経口吸収性などの点において不十分であったため、これらを満足し、より好適に治療に利用できる化合物が求められていた。
【非特許文献1】Werb,Z.(1997).ECM and cell surface proteolysis:regulating cellular ecology.Cell 91,439−42
【非特許文献2】Pepper,M.S.(2001).Role of matrix metalloproteinase and plasminogen activator−plasmin systems in angiogenesis.Arterioscler thromb vasc biol.21,1104−1117
【非特許文献3】Choi−Miura,N.H.Tobe,T.Sumiya,J.Nakano,Y.Sano,Y.Mazda,T.and Tomita,M.(1996).Purification and characterization of a novel hyaluronan−binding protein(PHBP)from human plasma:it has three EGF,a kringle and a serine protease domain,similar to hepatocyte growth factor activator.J.Biochem.119,1157−1165
【非特許文献4】Choi−Miura,N.H.Yoda,M.Saito.K.Takahashi,K.and Tomita,M.(2001).Identification of the substrates for plasma hyaluronan binding protein.Biol.Pharm.Bull.24,140−143
【非特許文献5】Choi−Miura,N.H.Takahashi,K.Yoda,M.Saito,K.Mazda,T.and Tomita,M.(2001).Proteolytic activation and inactivation of the serine protease activity of plasma hyaluronan binding protein.Biol.Pharm.Bull.24,448−452
【非特許文献6】Choi−Miura,N.H.Otsuyama,K.Sano,K.Takahashi,K.and Tomita,M.(2001).Hepatic injury−specific conversion of mouse plasma hyaluronan binding protein to the active hetero−dimer form.Biol.Pharm.Bull.24,892−896
【非特許文献7】Romish,J.Vermohlen,S.Feussner,A.Stohr,H.A.(1999).The FVII activating protease cleaves single−chain plasminogen activators.Haemostasis.29,292−299
【非特許文献10】Romish,J.Feussner,A.Nerlich,C.Stoehr,H.A.and Weimer,T.(2002).The frequent Marburg I polymorphism impairs the pro−urokinase activating potency of the factor VII activating protease(FSAP).Blood Coag.Fibl.13,433−441
【非特許文献11】Ireland,H.Miller,G.J.Webb,K.E.Cooper,J.A.and Humphies,S.E.(2004).The factor VII activating protease G511E(Murburg)variant and cardiovascular risk
【非特許文献12】Etscheid,M.Hunfeld,A.Konig,H.Seitz,R.and Dodt,J.(2000).Activation of proPHBSP,the zymogen of a plasma hyaluronan binding serine protease,by an intermolecular autocatalytic mechanism.Biol.Chem.381,1223−1231
【非特許文献13】Choi−Miura,N.H.Saito,K.Takahashi,K.Yoda,M.and Tomita,M.(2001).Regulation mechanism of the serine protease activity of plasma.Biol.Pharm.Bull.24,221−225
【特許文献1】特開2008−201699 医薬組成物
【特許文献2】特願2009−91543 医薬組成物
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意努力した結果、本発明の化合物群に、十分なpro−PHBP活性化阻害作用と特異性を有し、かつ経口吸収性を有する化合物を複数見出し、本発明を完成させた。
【0015】
したがって、本発明は、
下記式:



で示される化合物を有効成分として含む、医薬組成物、
抗癌剤又は抗炎症剤である、上記1に記載の医薬組成物、
前駆体型の血漿ヒアルロナン結合タンパク質の活性化に関連する疾患の治療剤である、上記2に記載の医薬組成物、及び
下記式:



で示される化合物を含む、前駆体型血漿ヒアルロナン結合タンパク質の活性化阻害剤に関する。
【0016】
式(1)〜式(15)の化合物は、いずれも既知化合物であり、合成あるいは天然物から精製することで入手可能である。
【0017】
本発明で前駆体型血漿ヒアルロナン結合タンパク質の活性化に関連する疾患とは、活性型血漿ヒアルロナン結合タンパク質の存在に起因して生じる病態をいい、たとえば、癌や炎症を挙げることができる。本発明の医薬は、癌や炎症の予防剤又は治療剤として用いることができる。
【0018】
本発明の結晶の投与形態は、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤又はシロップ剤等による経口投与、或いは、注射剤又は座剤等による非経口投与であり得る。更に、本発明の結晶は、粉末、溶液又は懸濁液の形態として経肺投与することもできる。これらのための製剤は賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、安定剤、矯味矯臭剤、希釈剤などの添加剤を用いて周知の方法で製造される。
【0019】
本発明の医薬組成物の使用量は症状、年齢、投与方法等によって異なるが、例えば経口投与の場合には、成人に対して1日あたり、下限として0.1mg(好ましくは、1mg、更に好ましくは、5mg)、上限として、1000mg(好ましくは、100mg、更に好ましくは、50mg)を1回または数回に分けて、症状に応じて投与することが望ましい。静脈内投与の場合には、成人に対して1日当たり、下限として0.01mg(好ましくは0.1mg)、上限として、100mg(好ましくは10mg)を1回または数回に分けて、症状に応じて投与することが望ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の医薬組成物は、Pro−PHBPの活性化を抑制することにより、副作用が少なく、炎症反応や癌の浸潤・転移の際の組織線溶を抑制する効果という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】カテコールおよびクロロゲン酸の作用を示す。カテコール、クロロゲン酸はいずれも、担体ではpro−PHBP自己活性化に影響しなかった。一方、3,5−dicaffeoylquinic acid(3,5−diCQA)3μM存在下においては、カテコールは1mM以上、クロロゲン酸は0.1mM以上の濃度で、3,5−dicaffeoylquinic acidによるpro−PHBP活性化の阻害を打ち消すことが示された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
Pro−PHBPの精製およびPHBPの調製
Pro−PHBPは、Etscheidらの方法[Biol.Chem.381,1223−1231(2000)]にしたがい、6Mウレア存在下において、二段階の陰イオンカラムクロマトグラフィーに付した。ビシコニン酸(BCA)法によりタンパク定量を行った後、使用時まで−80℃で保存し、凍結融解後は4℃で保存し一週間以内に使用した。活性型二本鎖PHBPは、0.2mMpro−PHBPをprocessing buffer(50mMTris−HCl,pH6.0(25℃),0.15MNaCl,10mMCaCl、0.1%Tween−20)中で37℃,20分間インキュベーションすることにより調製した。
【0024】
Pro−PHBP活性化
Pro−PHBP活性化は、以下のいずれかの方法によって測定した。いずれも丸底96ウェルプレートを用いて50mlのSubstrate buffer(50mM Tris−HCl,pH7.4(25℃),75mMNaCl,5mMCaCl,0.05%Tween−20)中、37℃で測定した。405nmの吸収波長を60分、または20分間連続的に測定し、遊離するp−ニトロアニリンを定量した。酵素(前駆体)、合成発色基質および評価系に添加するpro−PHBP活性化促進因子の濃度は以下に示すとおりである。
【0025】
(1) pro−PHBP活性化(1段階アッセイ):Pro−PHBP 5nM,スペクトロザイムTH 0.1mM,活性化促進因子としてスペルミジントリヒドロクロリド5mMを添加。
(2) pro−PHBP活性化(2段階アッセイ):Pro−PHBP 5nM,活性化促進因子としてスペルミジントリヒドロクロリド5mMを添加し、37℃、20分間インキュベーションを行った。プレインキュベーション後、スペクトロザイムTHを終濃度0.1mMとなるように添加した。
(3)PHBPのアミド分解活性:PHBP 2 nM,スペクトロザイムTH 0.1mM;
それぞれの測定はいずれもトリプリケートで行った。
【0026】
カテコール、クロロゲン酸を用いた実験は、5nM pro−PHBP、5mM spermidine、3,5−dicaffeoylquinic acid 3μMまたは0μM、カテコールまたはクロロゲン酸を添加し、substrate buffer(50mM Tris−HCl,75mM NaCl,5mM CaCl,0.05%Tween20,pH7.4,25℃)中で37℃、20分間プレインキュベーションした。その後、調整液に0.1mM spectrozyme THを加え405nmの吸光度を測定した。実験は全てトリプリケートで行った。
【0027】
スクリーニング方法
本発明者が所有する既知化合物ライブラリーサンプル、市販化合物、および市販の茶葉より抽出した精製サンプルを探索源とした。上述の方法を用いて、pro−PHBP活性化阻害活性を測定した。
【0028】
結果
Pro−PHBP活性化阻害物質の新規スクリーニングを行った結果、既知化合物ライブラリー、市販化合物および市販の茶葉より抽出した精製サンプルより以下に示す化合物がpro−PHBP活性化阻害活性を示した(表1)。
【0029】
また、カテコールは3mMまで、クロロゲン酸は0.3mMまでの濃度で、pro−PHBP自己活性化に影響しなかった。一方、3,5−dicaffeoylquinic acid(3,5−diCQA)3μM存在下においては、カテコールは1mM以上、クロロゲン酸は0.1mM以上の濃度で、3,5−dicaffeoylquinic acidによるpro−PHBP活性化の阻害を打ち消すことが示された(図1)。よって、pro−PHBPにはカテコール結合部位が存在し、そこに、3,5−dicaffeoylquinic acidが結合することにより阻害をもたらすものと推測できた。本発明の化合物全て(式(1)から(15))もカテコール様の構造を有し、同様のメカニズムでpro−PHBP自己活性化を阻害すると考察できる。
【表1】



【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式:



で示される化合物を有効成分として含む、医薬組成物。
【請求項2】
抗癌剤又は抗炎症剤である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前駆体型血漿ヒアルロナン結合タンパク質の活性化に関連する疾患の治療剤である、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】



で示される化合物を含む、前駆体型血漿ヒアルロナン結合タンパク質の活性化阻害剤。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2011−168570(P2011−168570A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−51056(P2010−51056)
【出願日】平成22年2月17日(2010.2.17)
【出願人】(500465112)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】