説明

半導体ナノ複合構造薄膜材料およびその製造方法

【課題】半導体ナノスケール粒子がマトリクス中に3次元的に均一に分散した構造を有し、低コスト化が可能である、光電子素子として好適な半導体ナノ複合構造薄膜材料およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】半導体ナノ複合構造薄膜材料(1)は、一般式(Pb50−xZn)M50(ただし、26≦x<50、M:S、SeおよびTeの一種または二種、各元素の添字は原子比率を示す)で表され、半導体ナノスケール粒子(2)としてのPbM相がマトリクス(3)としてのZnM相中に均一に分散した複合構造を有する。この薄膜材料は、熱平衡状態に近い環境が実現される気相成膜手法により、上記一般式で表される化合物組成の熱力学的相分離機能を利用して成膜される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子サイズ(半導体ナノスケール粒子半導体のサイズ)効果を利用した波長可変性光電子素子として好適な半導体ナノ複合構造薄膜材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化の原因となる二酸化炭素や有害な排気ガスを出さない全くクリーンな発電装置として、太陽電池が注目されている。太陽電池としては、アモルファスSi、薄膜多結晶Si、単結晶Si等を用いたSi系のものが既に実用化されている。
【0003】
太陽光の強度分布はエネルギー1.4eV(886nm)付近の波長において最も光強度が大きいが、Siの禁制帯幅は1.1eVであり、上記波長に対応する理想的な禁制帯幅である1.4eVよりも小さく、Si系太陽電池の理論変換効率は26.5%とされ、現在のSi系太陽電池の変換効率は、14.5%(アモルファスSi)、16%(薄膜多結晶Si)および24.7%(単結晶Si)であることを考慮すると、技術的にほぼ理論的限界に達しているといえる。
【0004】
そこで、そのSi系の理論的限界を突破する可能性がある次世代太陽電池用材料として、化合物半導体系、有機色素系、半導体ナノスケール粒子系の材料が研究されている。
【0005】
上記の材料のうち、化合物半導体系材料においては、これまでにGaAsにおいて比較的高い26%の変換効率が得られているが、Siと比較して高コストであることから、耐放射線性能を活かした宇宙空間での利用など特殊用途に限られているのが現状である。また、有機色素増感型は低コスト化が可能であるが、これまで得られている変換効率は11%程度とSiよりも劣り、実用材料としてSi系を上回ることは現状では困難である。
【0006】
一方、半導体ナノスケール粒子系材料は、マトリクス相中に半導体ナノスケール粒子相が分散された状態の半導体ナノ複合構造薄膜材料として構成され、このような半導体ナノ複合構造薄膜材料を光電子素子として用いた量子ドット増感型太陽電池用薄膜材料が知られている(例えば非特許文献1)。量子ドット増感型太陽電池用薄膜材料は、量子サイズ(半導体ナノスケール粒子のサイズ)効果による光吸収波長の変化を利用したものである。量子サイズ効果は、図5に示すように半導体ナノスケール粒子のサイズがc,b,aの順に増加する場合、光が透過しない波長、すなわち、光学的に光が吸収される波長(光吸収端)が、粒径の減少とともに短波長側にシフトする現象であり、物理的特性として広く知られているものであるが、量子ドット増感型太陽電池用薄膜材料は、半導体ナノスケール粒子のサイズを太陽光において最も光強度が大きいエネルギー1.4eV(886nm)付近の波長に光吸収端が対応するようなサイズに制御することが可能となる。つまり、半導体ナノスケール粒子のサイズを調整することにより、太陽光スペクトルの最大照射エネルギーを効率的に光吸収することができる。また、量子ドット増感型太陽電池用薄膜材料は、光吸収した1個の光子に対して2つの電子−正孔対を生成可能である。これらにより、量子ドット増感型太陽電池用薄膜材料は、他の材料を凌駕する50%超の高い変換効率が理論予測されている。
【0007】
従来研究されている量子ドット増感型材料としては、物理的成膜法による自己組織化半導体ナノスケール粒子系材料や化学的成膜法による半導体ナノスケール粒子担持材料を挙げることができる。
【0008】
物理的成膜法による自己組織化半導体ナノスケール粒子系材料は、分子線ビームエピタキシー法等を用いて、基板(あるいは下地層)とナノスケール粒子用半導体との格子ひずみを利用したナノスケール粒子作製法で作製されるものであり、InAs等のIII−V族化合物半導体が主に用いられている。
【0009】
一方、化学的成膜法による半導体ナノスケール粒子担持材料は、マトリクス相であるTiO電極を半導体含有電解液中に浸漬することにより、TiO電極に半導体ナノスケール材料が担持されることにより作製されるものであり、簡便に作製することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
A.J.Nozik,Physica E 14 (2002) 115-120
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
Si系太陽電池を量子ドット増感型次世代太陽電池により代替するためには、比較的高い変換効率を有するSi系材料を大きく上回る変換効率を有しつつ、大面積成膜が可能であるとともに低コスト化が可能なガラス板上に作製することができ、かつ、大気中で長期間安定して稼動する材料系であることが望ましい。また、低コスト化には極めて簡便な薄膜作製プロセスも不可欠である。
【0012】
しかしながら、化学的成膜法による半導体ナノスケール粒子担持材料は、素子に電解液を用いることから液漏れが懸念されること、および光触媒特性を有するTiOが太陽光を吸収してナノスケール粒子用半導体を分解すること等解決しなければならない課題が多い。
【0013】
これに対して、物理的成膜法による自己組織化によって半導体ナノスケール粒子材料を作製する場合には、比較的均一なサイズのナノスケール粒子を安定的に作製することが可能である。しかし、その均一性は未だ十分ではない。また、コスト面でも問題がある。
【0014】
すなわち、従来、物理的成膜法による自己組織化半導体ナノスケール粒子系材料は、格子ひずみ等を利用して作製されることから、ナノスケール粒子相とマトリクス相を交互に成膜することが必須である。したがって、擬似的な積層膜を形成することから積層膜の面内方向と成膜方向におけるナノスケール粒子分布の不均一性が生じ、また、高速成膜も困難である。太陽電池の薄膜面に対する太陽光の入射角度は、季節および日中において常時変化するため、理想的には薄膜内部において3次元的に均一にナノスケール粒子を分散させることにより安定した光電変換を行うことが可能になる。したがって、物理的成膜法による自己組織化半導体ナノスケール粒子系材料は、これらの条件に対して本質的な欠点を抱えており、Si系太陽電池を代替することは容易ではない。また、基板としてGaAs等の化合物半導体基板を用いる必要があり、前述の化合物半導体材料系と同様に低コスト化も課題である。
【0015】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、半導体ナノスケール粒子がマトリクス中に3次元的に均一に分散した構造を有し、低コスト化が可能である、光電子素子として好適な半導体ナノ複合構造薄膜材料およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、上記課題を解決すべく検討を重ねた結果、熱力学的な相分離に基づくナノスケール粒子およびマトリクスの組み合わせによる複合構造薄膜材料に着目した。前述のように、従来は、ナノスケール粒子相およびマトリクス相を個別に成膜し、かつ、異種材料間における拡散を軽減するために基板温度を比較的低く設定することが不可欠であるが、熱力学的に相分離する材料系では相互に拡散固溶しないため、ナノスケール粒子相を含む複合構造薄膜を、積層膜を製造することなく、一括成膜することが可能である。また、成膜時の膜の化学組成、基板温度を任意に設定することによりナノスケール粒子サイズの制御、結晶性の向上を図ることが可能になる。さらに、一括成膜では、原理的にナノスケール粒子は薄膜中において3次元的に等方的に分布させることが可能である。
【0017】
そして、本発明者は、ナノスケール用材料およびマトリクス用材料として様々な化合物半導体の組み合わせを研究した結果、熱平衡状態においてPbSeとZnSeに相分離する組成の材料を用いれば、一括成膜によりナノスケール粒子であるPbSe相がマトリクスであるZnSe相中に分散した複合構造が作製可能であることを見出した。
【0018】
また、このような相分離型複合構造薄膜を作製するための成膜方法について検討した結果、熱平衡状態において熱力学的に相分離するPbSeとZnSeとを蒸発原料として用い、得られる化合物組成の熱力学的相分離機能を利用して気相成膜することが好適であり、そのため熱平衡状態に近い状態に保持して前記化合物が熱平衡論的に相分離するような気相成膜手法が好適であることを見出した。具体的には、ホットウォールデポジション(HWD)法等の真空蒸着法を用いることにより、比較的高温において熱平衡状態に近い状態で相分離させながら本発明の薄膜材料を成膜することができる。
【0019】
すなわち、半導体薄膜作製において一般に利用される分子線ビームエピタキシー(MBE)法は非平衡型の成膜方法であることから、一般に平衡状態の固溶限を超えて元素を含む過飽和固溶体の薄膜を形成することが広く知られている。したがって、熱平衡状態において相分離する材料系を、MBE装置等により作製した場合、薄膜は固溶体化し、ナノスケール粒子複合構造薄膜を得ることは困難である。
【0020】
これに対して、ホットウォールデポジション(HWD)法等の熱平衡に近い状態で気相成膜できる手法を用いることにより、安定なナノスケール粒子サイズでかつ結晶性の良好な相分離型の複合構造薄膜を作製することが可能になるのである。
【0021】
本発明は以上のような知見に基づいてなされたものである。
【0022】
すなわち、第1発明は、一般式(Pb50−xZn)M50(ただし、26≦x<50、M:S、SeおよびTeの一種または二種、各元素の添字は原子比率を示す)で表され、半導体ナノスケール粒子としてのPbM相がマトリクスとしてのZnM相中に均一に分散した複合構造を有することを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料を提供する。
【0023】
第2発明は、一般式(Pb50−xZn)Se50(ただし、30≦x≦45、各元素の添字は原子比率を示す)で表され、半導体ナノスケール粒子としてのPbSe相がマトリクスとしてのZnSe相中に均一に分散した複合構造を有することを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料を提供する。
【0024】
第3発明は、上記第1発明または第2発明において、前記一般式で表される化合物組成の熱力学的相分離機能を利用して気相成膜されたものであることを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料を提供する。
【0025】
第4発明は、一般式(Pb50−xZn)M50(ただし、26≦x<50、M:S、SeおよびTeの一種または二種、各元素の添字は原子比率を示す)で表され、半導体ナノスケール粒子としてのPbM相がマトリクスとしてのZnM相中に、均一に分散した複合構造を有する半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法であって、蒸発原料としてPbMおよびZnMを用い、上記一般式で表される化合物組成の熱力学的相分離機能を利用して気相成膜することを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法を提供する。
【0026】
第5発明は、一般式(Pb50−xZn)Se50(ただし、30≦x≦45、各元素の添字は原子比率を示す)で表され、半導体ナノスケール粒子としてのPbSe相がマトリクスとしてのZnSe相中に均一に分散した複合構造を有する半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法であって、蒸発原料としてPbSeおよびZnSeを用い、上記一般式で表される化合物組成の熱力学的相分離機能を利用して気相成膜することを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法を提供する。
【0027】
第6発明は、上記第4発明または第5発明において、前記気相成膜する際の手法が、前記一般式で表される化合物が熱平衡論的に相分離するようなものであることを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、熱平衡状態においてPbSeとZnSeに相分離する組成の材料を用いるので、一括成膜によりナノスケール粒子であるPbSe相がマトリクスであるZnSe相中に分散した、ナノスケール量子サイズ効果を利用した光電子素子用として好適な複合構造を作製することができる。また、このように一括成膜が可能であることから簡便に製造することができるとともに、ナノスケール粒子であるPbSe相を3次元的に均一に分散させることができる。さらに、基板に制約はなくガラス基板を用いることができるので、低コスト化が可能である。さらにまた、材料源が無機材料であるため大気中において安定である。このため、高効率および低コストの量子ドット増感型太陽電池用の薄膜として好適に用いることができる。また、波長変換性光電変換素子用材料としても好適であり、応用範囲が広い。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の一実施形態に係る半導体ナノ複合構造薄膜材料の構造を示す概念図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る半導体ナノ複合構造薄膜材料を製造するための成膜装置の一例を示す概略構成図である。
【図3】PbZn41Se50薄膜のX線回折パターンを示す図である。
【図4】PbZn45Se50薄膜、PbZn41Se50薄膜、Pb20Zn30Se50薄膜、比較例としてのZnSe薄膜の光透過スペクトルを示す図である。
【図5】ナノスケール粒子サイズと光透過スペクトルの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、添付図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る半導体ナノ複合構造薄膜材料の構造を示す概念図である。図示するように、半導体ナノ複合構造薄膜材料1は、半導体ナノスケール粒子2がマトリクス3中に分散した構造を有している。
【0031】
このような構成により、上述した量子サイズ(半導体ナノスケール粒子のサイズ)効果による光吸収波長の変化を利用した光電子素子、典型的には量子ドット増感型太陽電池用薄膜材料として適用することができる。量子ドット増感型太陽電池用薄膜材料に適用する場合には、半導体ナノスケール粒子のサイズを太陽光において最も光強度が大きいエネルギー1.4eV(886nm)付近の波長に光吸収端が対応するようなサイズに制御すれば、太陽光スペクトルの最大照射エネルギーを効率的に光吸収することができる。
【0032】
半導体ナノ複合構造薄膜材料1は、一般式(Pb50−xZn)M50(ただし、26≦x<50、M:S、SeおよびTeの一種または二種、各元素の添字は原子比率を示す)で表される組成、または一般式(Pb50−xZn)Se50(ただし、30≦x≦45、各元素の添字は原子比率を示す)で表される組成を有する。このような組成にすることにより、熱平衡状態においてPbM(あるいはPbSe)とZnM(あるいはZnSe)に相分離することが可能である。具体的には、基板を所定の温度に設定して熱平衡に近い状態にすることにより結晶化し、その際に、相分離則により半導体ナノスケール粒子となるPbM(あるいはPbSe)相がマトリクスとなるZnM(あるいはZnSe)相中に均一に分散した複合組織を自己組織化させる。これにより、一括成膜によりナノスケール粒子を3次元的に均一に存在させることができ、光電子素子としての化合物半導体(粒子)の基本特性を顕著に発現させることができる。
【0033】
一方、一般式(Pb50−xZn)M50のM元素は、S、SeおよびTeの一種または二種であるが、Seを主体とするものであることが好ましい。M元素はSeのみであってもよいし、SeにSまたはTeを加えてもよい。Seに少量のSを加えると、複合構造薄膜の波長可変領域はSeのみの場合と比較して短波長側に広がり、Teを加えると化合物半導体の化学量論的組成からの偏差を抑制する効果がある。
【0034】
一般式(Pb50−xZn)M50のxは26≦x<50である。この材料組成範囲を外れるとナノスケールPbM相の自己組織化が困難となり、量子ドット増感型太陽電池用材料として十分な特性を発揮できない。MがSeのみのとき、すなわち一般式(Pb50−xZn)Se50で表される組成のときは、xは30≦x≦45であることが好ましい。
【0035】
また、化合物半導体の作製時に組成制御あるいは作製温度などの製造条件に注意を払っても化学量論的組成からの偏差が生じ易いことは広く知られており、一般式中のMの組成が50から多少偏差することがあるが、そのような場合であっても化合物半導体であるPbMとZnMの形成に支障が生ぜず、光電子素子の特性が十分に得られる限り、本発明の範囲内である。また、ここで言うナノスケールとは、太陽光の高効率変換を可能にする半径46nm以下のサイズを言う。
【0036】
次に、このような半導体ナノ複合構造薄膜材料1の製造方法について説明する。
ここでは、熱力学的相分離機能を有する上記一般式(Pb50−xZn)M50(ただし、26≦x<50、M:S、SeおよびTeの一種または二種、各元素の添字は原子比率を示す)で表される組成、または一般式(Pb50−xZn)Se50(ただし、30≦x≦45、各元素の添字は原子比率を示す)で表される化合物組成の薄膜材料を形成するに際し、蒸発原料としてPbM(あるいはPbSe)およびZnM(あるいはZnSe)を用い、上記化合物組成の熱力学的相分離機能を利用して気相成膜を行う。具体的には蒸発原料を熱平衡状態に近い状態に保持して熱平衡論的に相分離するような気相成膜手法を用いる。
【0037】
例えば、図2に示すような構造の装置を用いてホットウォールデポシジョン(HWD)法により成膜することができる。この装置は、蒸発源(例えばZnSe)14および蒸発源15(例えばPbSe)と基板11とを対向して配置し、これらの間に石英等からなる導管12を設置し、基板11の背面ならびに蒸発源14、15および導管12の周囲に、これらを加熱するためのヒータ13を設置したものである。
【0038】
このような装置においては、まず、適当な材料、例えば石英系ガラス板からなる基板11を準備し、成膜前に適当な溶媒、例えばアセトンにおいて超音波洗浄を行った後、基板ホルダー(図示せず)にセットする。次いで、蒸発源14、15、導管12、基板11を真空状態に保持し、ヒータ13により、蒸発源14、15、導管12、基板11を所定の温度に加熱する。これにより、上記一般式の組成を有する蒸発源14、15が蒸発し、蒸発した物質が導管12を通って基板11に到達する。蒸発源14、15から基板11に到達した構成分子は基板11への付着および再蒸発を繰り返すことにより、比較的熱平衡状態に近い成膜が可能である。そして、このようにして成膜することにより、安定なナノスケール粒子サイズでかつ結晶性の良好な相分離型の半導体ナノ複合構造薄膜が得られる。
【0039】
成膜終了後、ヒータ13の電源をオフにして、各部の温度を室温付近まで降下させた後、真空槽を適当なガス、例えば、窒素により置換し、その後、所望の薄膜が形成された基板11を取り出す。
【0040】
このように、本実施形態において、蒸発原料を熱平衡状態に近い状態に保持して熱平衡論的に相分離するような気相成膜手法を用いることにより、半導体ナノスケール粒子がマトリックス中に均一に分散した複合構造薄膜を一括して気相成膜するのは、非熱平衡状態では過飽和固溶体が形成され、良好な複合構造を形成しないためである。
【0041】
なお、熱平衡状態から多少非平衡状態へ偏差するような成膜方法であっても、一括成膜により相分離が良好に実現されれば本発明の範囲内である。また、本発明の方法は、熱力学的に相分離する組成系からなる原材料の組み合わせを用い、一般のPVD手法を用いて成膜しても、成膜基板を適切な温度にすることにより、あるいは過飽和固溶体で成膜後、適切な温度で再加熱することにより、熱平衡に近い状態として相分離が実現できれば、本発明の範囲内である。
【実施例】
【0042】
蒸発源材料として各元素から合成したバルクPbSeおよびZnSe、基板として石英系ガラス板を図2に示すようなHWD装置中に設置し、2×10−7Torrの真空度に達するまで真空排気を行った。この際、PbSeおよびZnSeは、透明石英製の導管中の所定位置(例えばPbSeを図2の15、ZnSeを図2の14)に設置した。次に、基板温度を300℃とし、原料部の温度を後述の温度に変化させ、原料を蒸発(昇華)させながら、基板に堆積させる成膜を1時間行った。なお、基板として用いたガラス板は、成膜前にアセトン中にて1時間超音波洗浄を行った。材料組成は原料部温度を調整して変化させることができ、原料部温度を640℃、650℃および660℃として成膜した薄膜試料について組成分析を行ったところ、PbZn45Se50、PbZn41Se50およびPb20Zn30Se50(各数字は原子比率を示す)であった。
【0043】
これら量子ドット増感型太陽電池用薄膜材料について、X線回折パターンおよび光透過スペクトルを測定した。図3にPbZn41Se50薄膜のX線回折パターンを示し、図4にこれら材料と比較例であるZnSe薄膜の光透過スペクトルを示す。図3に示すように、PbZn41Se50のX線回折パターンにおいて、PbSeおよびZnSeの回折ピークが明瞭に観測され、各回折ピーク位置において、固溶によるシフトは観測されなかった。一方、光透過スペクトルにおいて、PbZn45Se50薄膜(図4のB)、PbZn41Se50薄膜(図4のC)およびPb20Zn30Se50薄膜(図4のD)の光吸収端は、比較例として示したZnSe薄膜(図4のA)のそれよりも長波長側に存在し、かつ、Pb濃度とともにシフトすることがわかる。PbSeの励起子ボーア半径は46nmであることから、このサイズ以下のPbSe粒子で量子サイズ効果を発現する。PbSeのX線回折ピーク半値幅から見積もられたナノスケール粒子の平均粒径はPbZn45Se50、PbZn41Se50およびPb20Zn30Se50において、それぞれ24、29および31nmであった。当該粒子径の変化による光吸収端のシフトはPbSeの量子サイズ効果によるものである。すなわち、当該材料の光吸収端は波長可変性を有し、これはHWD装置の原料部温度により制御可能である。したがって、半導体ナノスケール粒子用材料としてPbSe、マトリクス用材料としてZnSeを用い、また薄膜製造装置としてHWD法により成膜することにより、半導体ナノスケール粒子がマトリックス中に均一に分散し、効率の良い光電変換素子に好適な複合構造薄膜を作製することができることが確認された。また、HWD法は熱平衡論的な相分離を利用することによって成膜と同時に当該複合構造薄膜成膜の作製が可能な優れた方法であることが確認された。
【0044】
なお、表1に本発明の範囲内の代表的な複合構造薄膜材料の組成、ナノスケールPbM相の平均粒径、光学ギャップ(禁制帯幅)および基板温度を示した。本発明材料を用いた複合構造材料において、複合構造薄膜中のナノスケール粒子は本発明の製造方法により自己組織化し、光電子素子として好適な特性を発現していることがわかる。
【0045】
【表1】

【0046】
以上の実施例に示すように、本発明の半導体ナノ複合構造薄膜材料は、半導体ナノスケール粒子およびマトリクスに相分離する性質を利用することができ、一括成膜により形成することができる。したがって、本発明の材料は、量子ドット増感型太陽電池用材料として好適であり、また、波長可変性光電変換による光学素子としても好適である。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明に係る半導体ナノ複合構造薄膜材料は、ナノスケール量子サイズ効果を利用した量子ドット増感型太陽電池を作製するための基盤技術である、半導体ナノスケール粒子がマトリクス中に3次元的に均一に分散した複合構造薄膜を、熱平衡論的に相分離する性質を利用して、容易に、一括して成膜することができるので、高効率および抵コストの太陽電池用材料として好適である。また、本発明に係る半導体ナノ複合構造薄膜材料は、光電変換による光学素子としても好適であり、応用範囲が広く、産業上の利用可能性は極めて大きい。
【符号の説明】
【0048】
1;半導体ナノ複合構造薄膜材料
2;半導体ナノスケール粒子
3;マトリクス
11;基板
12;導管
13;ヒータ
14;蒸発源(ZnSe)
15;蒸発源(PbSe)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(Pb50−xZn)M50
(ただし、26≦x<50、M:S、SeおよびTeの一種または二種、各元素の添字は原子比率を示す)で表され、半導体ナノスケール粒子としてのPbM相がマトリクスとしてのZnM相中に、均一に分散した複合構造を有することを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料。
【請求項2】
一般式(Pb50−xZn)Se50
(ただし、30≦x≦45、各元素の添字は原子比率を示す)で表され、半導体ナノスケール粒子としてのPbSe相がマトリクスとしてのZnSe相中に均一に分散した複合構造を有することを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料。
【請求項3】
前記一般式で表される化合物組成の熱力学的相分離機能を利用して気相成膜されたものであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の半導体ナノ複合構造薄膜材料。
【請求項4】
一般式(Pb50−xZn)M50
(ただし、26≦x<50、M:S、SeおよびTeの一種または二種、各元素の添字は原子比率を示す)で表され、半導体ナノスケール粒子としてのPbM相がマトリクスとしてのZnM相中に、均一に分散した複合構造を有する半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法であって、
蒸発原料としてPbMおよびZnMを用い、上記一般式で表される化合物組成の熱力学的相分離機能を利用して気相成膜することを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法。
【請求項5】
一般式(Pb50−xZn)Se50
(ただし、30≦x≦45、各元素の添字は原子比率を示す)で表され、半導体ナノスケール粒子としてのPbSe相がマトリクスとしてのZnSe相中に均一に分散した複合構造を有する半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法であって、
蒸発原料としてPbSeおよびZnSeを用い、上記一般式で表される化合物組成の熱力学的相分離機能を利用して気相成膜することを特徴とする半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法。
【請求項6】
前記気相成膜する際の手法が、前記一般式で表される化合物が熱平衡論的に相分離するようなものであることを特徴とする請求項4または請求項5に記載の半導体ナノ複合構造薄膜材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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