説明

半導体素子の駆動装置及び方法

【課題】半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減すること。
【解決手段】di/dt帰還部23は、IGBT11Uがターンオフするときに、IGBT11のコレクタ電流Icの時間変化に基づいて、帰還電圧VFBを生成する。また、di/dt帰還部23は、IGBT11がターンオンするときに、図示せぬFWDの転流電流IFWDに基づいて、帰還電圧VFBを生成する。このようなdi/dt帰還部23は、帰還電圧VFBを駆動信号の電圧の一部として印加するタイミングを遅延させる遅延フィルタとして、LPF回路201を備えている。LPF201の遅延量、即ちインダクタンスLdを適度に調整することで、還流ダイオードの電圧におけるサージ電圧を低減させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スイッチング機能を有する半導体素子の駆動装置及び方法に関する。詳しくは、半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することが可能な、半導体素子の駆動装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電気自動車においては、一般的に、3相交流により駆動される同期電動機が用いられているため、バッテリ(直流電源)の直流出力を3相交流に変換して同期電動機を駆動するインバータが搭載されている。なお、このように電気自動車に搭載されるインバータを特に、「電気自動車用インバータ」と呼ぶ。
電気自動車用インバータの多くは、PWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)制御を採用し、当該PWM制御を実現するための電力用半導体素子として、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)を採用している(特許文献1乃至3参照)。
【0003】
IGBTは、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeで駆動され、ゲートに対する入力信号によってターンオン及びターンオフの動作ができる自己消弧形の半導体素子である。
ここで、ターンオフスイッチングとは、IGBTのコレクタ−エミッタ間が導通状態から遮断状態に切り替わることをいう。ターンオンスイッチングとは、IGBTのコレクタ−エミッタ間が遮断状態から導通状態に切り替わることをいう。
【0004】
電気自動車用インバータにおいては、このようなIGBTに対して、FWD(Free Wheeling Diode)が対となって用いられている。即ち、FWDは、IGBTに対する還流ダイオードであり、IGBTと並列に、かつ、IGBTの入出力方向とは逆方向に接続される。
【0005】
また、電気自動車用インバータにおいては、IGBTを駆動する回路(以下、「半導体素子駆動回路」と呼ぶ)が設けられている。即ち、半導体素子駆動回路は、IGBTのゲート−エミッタ間の電圧Vgeの値を可変することで、IGBTのターンオン及びターンオフを制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−306166号公報
【特許文献2】特開2008−78816号公報
【特許文献3】特開2008−199821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、IGBTのターンオン又はターンオフといったスイッチング時の過渡期間においては、サージ電圧が発生する。以下、サージ電圧の概略について説明する。
IGBTが接続された回路(母線)には、浮遊インダクタンスが存在する。このような浮遊インダクタンスは、電流に対して慣性力となり、当該電流の変化を妨げるように作用する。従って、電流が急激に減少しようとすると、浮遊インダクタンス内部において、当該電流の減少を妨げる方向に起電力が発生する。即ち、電気自動車用インバータにおいては、バッテリの電源電圧に対して直列に加算される方向に起電力が発生する。このようにして発生された起電力に基づく電圧が、「サージ電圧」と呼ばれている。
電気自動車用インバータにおいては、直列接続された2つのIGBTが1単位として、同期電動機の3相分の負荷に対して、例えば3単位等の複数単位が並列接続されて用いられる。1単位内では、一方のIGBTがターンオンするときには、他方のIGBTがターンオフする。従って、1単位内のスイッチング時の過渡期間においては、何れか一方のIGBTのコレクタ電流が急激に低下するため、大きなサージ電圧が発生して電源電圧に重畳され、IGBTのコレクタ−エミッタ間に印加される。
【0008】
このため、IGBTは、このようなサージ電圧に耐え得る素子耐圧を有している必要がある。従って、当然ながら、サージ電圧が大きくなるほど、要求される素子耐圧も上昇するため、IGBTも大型化する。プラント等で用いられる産業用インバータであれば、工場内に充分な設置スペースがあるため、大型のIGBTを採用することができる。しかしながら、電気自動車用インバータでは、そのような設置スペースを電気自動車内に確保することは困難であり、大型のIGBTを採用することは非常に困難である。
よって、電気自動車用インバータに搭載されるIGBTとしては、小型化が要求されることになる。IGBTの小型化のためには、逆に、素子耐圧を低く抑えればよく、このためには、サージ電圧を低減させればよい。
【0009】
上述したように、電流の急激な減少によりサージ電圧が発生するのであるから、電流の減少の変化度合を緩慢にすることで、サージ電圧を低減することができる。即ち、IGBTのスイッチング時の電流や電圧の立上りや立下りの時間を、以下「スイッチング速度」と呼ぶならば、スイッチング速度を遅くすることで、サージ電圧を低減することができる。
【0010】
しかしながら、サージ電圧を低減すべくスイッチング速度を遅くすると、今度は、スイッチング時の過渡時期におけるIGBTやFWDの損失(以下、「スイッチング損失」と呼ぶ)が大きくなってしまう。
一方で、スイッチング損失を低減すべくスイッチング速度を速くすると、上述の如く、サージ電圧が大きくなってしまう。
このように、サージ電圧とスイッチング損失との間には、トレードオフ(背反要件)の関係がある。なお、以下、このような関係にあるサージ電圧とスイッチング損失の特性を、「サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性」と呼ぶ。
【0011】
従って、電気自動車用インバータにおいては、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善すること、換言すると、IGBTのスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することが要望されている。
このような要望を応えるべく、特許文献1乃至3には幾つかの手法が開示されているが、これらの従来の手法では当該要望に充分に応えられているとは言い難い。このため、当該要望に充分に応えることが可能な新たな手法が求められている状況である。
【0012】
以上、電気自動車用インバータを例について説明したが、小型化は、電気自動車用インバータのみに要求されている訳ではなく、スイッチング機能を有する半導体素子を採用する各種機器に対して要求されている。従って、当該要望に充分に応えることが可能な新たな手法は、電気自動車用インバータのIGBTのみならず、スイッチング機能を有する半導体素子一般に広く適用できることも要求されている状況である。
【0013】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、スイッチング機能を有する半導体素子の駆動装置及び方法であって、半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することが可能な、半導体素子の駆動装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の半導体素子の駆動装置(例えば実施形態における上側と下側の電子回路のうち、上側の半導体素子駆動回路)は、ゲートに与えられる駆動信号の電圧(例えば実施形態における、ゲート−エミッタ間の電圧)に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される第1半導体素子(例えば実施形態における上側のIGBT)及び第2半導体素子(例えば実施形態における下側のIGBT)であって、還流ダイオード(例えば実施形態におけるFWD)がそれぞれ並列接続された前記第1半導体素子及び前記第2半導体素子の直列接続によって、前記母線を導通又は遮断するために、駆動信号を前記第1半導体素子のゲートに供給する、半導体素子の駆動装置である。
当該半導体素子の駆動装置は、
前記第1半導体素子がオンからオフに切り替わるときに、前記第1半導体素子のコレクタ電流の時間変化に基づいて、帰還電圧を生成し、前記第1半導体素子がオフからオンに切り替わるときに、前記第2半導体素子側の前記還流ダイオードを流れる還流電流に基づいて、帰還電圧を生成し、生成した前記帰還電圧を前記駆動信号の電圧の一部として印加する帰還部(例えば実施形態におけdi/dt帰還部)を備え、
前記帰還部は、前記帰還電圧を前記駆動信号の電圧の一部として印加するタイミングを遅延させる遅延フィルタ(例えば実施形態におけLPF回路)
を備える半導体素子の駆動装置。
【0015】
この発明によれば、帰還部は、[発明を実施するための形態]の欄で後述する、本発明の「di/dt自己帰還動作」を行うことができる。
これにより、半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することができる。
【0016】
この場合、前記遅延フィルタには、整流素子の向きを変えた2つの電流経路が設置されている、ようにすることができる。
【0017】
本発明の半導体素子の駆動方法は、上述した本発明の半導体素子の駆動装置に対応する方法である。従って、上述した本発明の半導体素子の駆動装置と同様の効果を奏することが可能になる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、スイッチング機能を有する半導体素子の駆動装置及び方法として、半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することが可能な、半導体素子の駆動装置及び方法を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された半導体素子駆動回路を含む、電子回路の一実施形態の概略構成を示す図である。
【図2】本発明の「di/dt自己帰還動作」を実現可能な制御ブロックを示している。
【図3】サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性が生じる従来の手法を説明する図である。
【図4】本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された場合のIGBTがターンオフするときのゲートの駆動の様子を示すタイミングチャートである。
【図5】図1の電子回路として、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオフ時に適用したターンオフ基本モデルの概略構成を示す図である。
【図6】図5の電子回路のターンオフ基本モデルのフローチャートである。
【図7】図6のターンオフ基本モデルの電子回路、及び従来の電子回路の各々のターンオフ時の動作の結果を示すタイミングチャートである。
【図8】図6のターンオフ基本モデルの電子回路及び従来の電子回路の各々のターンオフ時における、サージ電圧と損失との関係の一例を示す図である。
【図9】図1の電子回路として、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオン時に適用したターンオン基本モデルの概略構成を示す図である。
【図10】図5の電子回路のターンオフ基本モデルのフローチャートである。
【図11】図10のターンオン基本モデルの電子回路、及び従来の電子回路の各々のターンオン時の動作の結果を示すタイミングチャートである。
【図12】図10のターンオン基本モデルの電子回路及び従来の電子回路の各々のターンオン時における、サージ電圧と損失との関係の一例を示す図である。
【図13】図1の電子回路が実装されたインバータの一部の構成例を示す図である。
【図14】従来の電子回路と図13の電子回路とのターンオフ時の動作の結果の比較を示すタイミングチャートである。
【図15】従来の電子回路と図13の電子回路とのターンオン時の動作の結果の比較を示すタイミングチャートである。
【図16】従来の電子回路と図13の電子回路との短絡遮断特性の比較を示す図である。
【図17】従来の電子回路と図13の電子回路との、短絡時発生損失のゲート電圧の依存性の比較を示す図である。
【図18】図1の電子回路が実装されたインバータの一部の構成例であって、図13とは異なる例を示す図である。
【図19】図8の電子回路を上側と下側に設けて直列接続した場合のインバータにおいて、上側と下側とで機能完結する手法の一例を説明する図である。
【図20】図19のリバースリカバリー区間付近における、転流側のFWDのベース層に蓄えられたキャリアが過剰の場合に放出されるリバースリカバリー電流を説明する図である。
【図21】リバースリカバリー区間における上側のIGBTの抵抗値を可変させた場合における、リバースリカバリー電流のタイミングチャートを示している。
【図22】図1の電子回路であって、図18の電子回路の構成に対してLPF挿入手法が適用された構成の電子回路が実装されたインバータの一部の構成例を示す図である。
【図23】LPFの遅延量を変化させた場合の、図22の電子回路のターンオン時の動作の結果の比較を示すタイミングチャートである。
【図24】図22の電子回路及び従来の電子回路の各々のターンオン時における、サージ電圧と損失との関係の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0021】
図1は、本発明の半導体素子駆動回路13を含む電子回路1の一実施形態の概略構成を示す図である。
【0022】
電子回路1は、例えば、電気自動車用インバータのパワーモジュールの一部として採用することができる。電子回路1は、IGBT11と、FWD12と、半導体素子駆動回路13と、を備えている。
【0023】
IGBT11とFWD12とは、並列に、かつ入出力方向が逆方向に接続されている。
IGBT11は、インバータの電源線等の母線を接続又は遮断するスイッチング機能を有しており、IGBT11のゲートに与えられる駆動信号の電圧の大きさに応じて、即ち、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの大きさに応じて、ターンオン又はターンオフする。
即ち、半導体素子駆動回路13は、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeを可変することによって、IGBT11のターンオン及びターンオフを制御する。
【0024】
半導体素子駆動回路13は、ゲート抵抗21と、電圧源22と、di/dt帰還部23と、を備えている。
【0025】
電圧源22は、ゲート電圧Vggを出力し、その一端がIGBT11のエミッタに接続され、その他端がゲート抵抗21を介してIGBT11のゲートに接続される。
即ち、ゲート抵抗21は、その一端が電圧源22に接続され、他端がIGBT11のゲートに接続される。ゲート抵抗21は、その抵抗値Rgに応じて、ターンオン又はターンオフの過渡期にみられるIGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの振動抑制や、IGBT11のスイッチング速度等を調整する機能を有している。
電圧源22が、ゲート電圧Vggを高値(ハイ)にすると、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeも高値(ハイ)になり、IGBT11がターンオンする。一方、電圧源22が、ゲート電圧Vggを低値(ロー)にすると、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeも低値(ロー)になり、IGBT11がターンオフする。
【0026】
di/dt帰還部23は、IGBT11が接続された母線を流れる電流時間変化に基づき帰還電圧VFBを生成し、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの一部、即ち駆動信号の電圧の一部として加算する。
なお、図1においては、帰還電圧VFBを、駆動信号の電圧の一部として加算することを明確にすべく、符号は付していないが、帰還電圧VFBを示す矢印の先には、外部制御電源が図示されている。ただし、実装例について幾つか後述するように、帰還電圧VFBを、駆動信号の電圧の一部として加算することが可能な構成であれば足り、外部制御電源というデバイスを、半導体素子駆動回路13内に必ずしも設ける必用はない。
具体的にはここでは、di/dt帰還部23は、電子回路1の主電流であるIGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtに基づき帰還電圧VFBを生成し、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの一部として加算する。
このようなdi/dt帰還部23の動作が、本発明が適用される動作であり、以下、従来の他の動作と区別すべく、特に「di/dt自己帰還動作」と呼ぶ。
【0027】
以下、本発明の「di/dt自己帰還動作」について、さらに詳しく説明する。
式(1)乃至式(11)は、本発明の「di/dt自己帰還動作」の原理を説明する式である。
【数1】

式(1)において、Iceは、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流(コレクタ電流Icと等価)を示している。gmは、IGBT11の相互コンダクタンスを示している。Vgeは、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧を示している。VThは、IGBT11の閾値電圧を示している。
式(1)から、式(2)が得られる。
【数2】

式(2)に示すように、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流IcEの時間変化は、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeと、IGBT11の相互コンダクタンスgmの時間変化に依存する。
IGBT11の相互コンダクタンスgmは、式(3)のように示される。
【数3】

式(3)において、αPNPは、エミッタ注入効率を示している。μnsは、チャネル内電子の平均移動度を示す。
式(3)から、式(4)が得られる。
【数4】

ここで、式(5)に示すようにKを定義する。
【数5】

以上の式(2)乃至式(5)から、式(6)が得られる。
【数6】

また、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeは、式(7)のように示される。
【数7】

式(7)において、VFBは、帰還電圧を示す。ここで、簡素化のためにゲート抵抗Rg=0とすると、式(7)から、式(8)が得られる。
【数8】

式(8)から、式(9)が得られる。
【数9】

式(9)より、ゲイン(大きさ)は2gmに、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流Ice(コレクタ電流Icと等価)の時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtは、帰還電圧FBに、それぞれ比例することがわかる。
ここで、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流Ice(コレクタ電流Icと等価)の時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtに比例した電圧を、帰還電圧VFBとしてフィードバックさせると、式(10)及び式(11)が得られる。
【数10】

【数11】

式(11)より、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流Ice(コレクタ電流Icと等価)の時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtは、自身の2階微分に比例することがわかる。
このように、本発明の「di/dt自己帰還動作」では、IGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtに比例した電圧が、帰還電圧VFBとなり、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの一部として加算される。これにより、IGBT11のサージ電圧の発生が開始する領域であって、コレクタ電流Icの時間変化の変曲する領域において、最も高いゲインを得ること、即ち、dIc/dtに作用させることができる。
【0028】
図2は、上述した式(10)や式(11)により得られる制御ブロック、即ち本発明の「di/dt自己帰還動作」を実現可能な制御ブロックを示している。
図2に示すように、本発明の「di/dt自己帰還動作」は、加算ブロックB1と、ゲインブロックB2と、時間微分ブロックB3とから構成されるフィードバックループ制御系により実現される。
加算ブロックB1は、IGBT11のゲートに対応する。即ち、加算ブロックB1において、正(+)入力は、電圧源22からIGBT11のゲートへの入力に対応し、負(−)入力は、di/dt帰還部23からIGBT11のゲートへの入力に対応する。
di/dt帰還部23からIGBT11のゲートへの入力は、IGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtが時間微分ブロックB3においてさらに時間微分された電圧情報となる。
このように、本発明の「di/dt自己帰還動作」は、IGBT11のコレクタ電流Icの時間微分値dIc/dtがさらに時間微分された電圧情報が、帰還電圧VFBとして、IGBT11のゲートに負帰還することにより実現される。
【0029】
ここで、帰還電圧VFBの極性は、IGBT11がターンオンする時には、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeを下げる方向となり、IGBT11がターンオフする時には、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeを上げる方向となる。即ち、IGBT11のゲートにおいて、電流の時間的変化の変曲点(電流の2階時間微分)がゼロになるように、電流変化の度合に応じて、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeが自動的に増減することによって、IGBT11からのサージ電圧が自動的に抑制される。さらに、IGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtの状態は時々刻々と変化するが、この時々刻々と変化する状態は帰還されるので、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeが常に最適調整される。
【0030】
この場合の帰還ゲインは、ゲインブロックB2のゲイン、即ち、予めフィードバックループ制御系に設定された制御ゲインAgainと、IGBT11が有する相互コンダクタンスgmとの積で決定される。
一般的に、IGBT11の相互コンダクタンスgmは大きいゲインを有するので、制御ゲインAgainは比較的小さな値であっても、電流変化に影響を与え、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を理想的に改善する作用が生じる。さらに、この作用により、IGBT11個々のスイッチング速度のばらつきが自動的に最適化される。
即ち、特許文献1の従来の技術が、IGBTの最悪値に制御パラメータを合せる必要があるのに対して、本発明の「di/dt自己帰還動作」を適用することで、個体差によらず常に最適な状態で自動的にIGBT11を駆動させることが可能になる。
【0031】
このように、本発明の「di/dt自己帰還動作」を適用することにより、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善することができる。
ここで、図3を参照して、従来一般的に行われてきた手法(以下、「従来の手法」と呼ぶ)を説明することで、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性の詳細について説明する。
【0032】
図3は、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性が生じる従来の手法を説明する図である。
図3(A)は、従来の手法が適用された場合における、IGBTがターンオフするときのゲートの駆動の様子を示すタイミングチャートである。具体的には、図3(A)において、上から順に、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeと、コレクタ電流Icと、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceと、の各々についてのタイミングチャートが示されている。
図3(A)の何れのタイミングチャートにおいても、実線が、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合が相対的に大きい場合の波形を示し、破線が、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合が相対的に小さい場合の波形を示している。
図3(B)は、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合の大小と、サージ電圧及びスイッチング損失と、の対応関係を示している。
【0033】
図3(A)に示すように、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合の大小に応じて、コレクタ電流Ic及びコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの変化の仕方が異なる。
そこで、従来の手法では、ゲート抵抗(図1のゲート抵抗21に相当)の抵抗値Rgによって、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合を一意に決定することで、コレクタ電流Ic及びコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの変化の仕方を決定付け、これにより、サージ電圧及びスイッチング特性の度合を決定していた。
即ち、過渡期におけるゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合を大きくすると、図3(A)及び図3(B)に示すように、コレクタ電流Icの変化速度が高速になることから、サージ電圧は大きくなる。一方で、コレクタ電流Ic及びコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの各々の立上り及び立下りの速度が急峻になる分だけ、スイッチング損失は小さくなる。
逆に、過渡期におけるゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合を小さくすると、図3(A)及び図3(B)に示すように、コレクタ電流Icの変化速度が低速になることから、サージ電圧は小さくなる。一方で、コレクタ電流Ic及びコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの各々の立上り及び立下りの速度が緩慢になる分だけ、スイッチング損失は大きくなる。
従来の手法では、このような過渡期におけるゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合を大きくさせる状態と小さくさせる状態とのうち何れか一方のみしか選択できない。従って、サージ電圧とスイッチング損失との特性のうち、何れか一方の特性を小さくすることはできても、そのトレードオフとして、他方の特性は大きくなることになる。
即ち、従来の手法を適用した場合、サージ電圧とスイッチング損失とはトレードオフの関係にあり、何れか一方の特性のみしか改善することができない。このような関係にあるサージ電圧とスイッチング損失の特性が、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性と呼ばれているものである。
【0034】
このようなサージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性は、本発明の「di/dt自己帰還動作」を適用することにより改善することができる。
図4は、本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された場合のIGBT11がターンオフするときのゲートの駆動の様子を示すタイミングチャートである。
図4(A)は、「di/dt自己帰還動作」が適用されていない場合の従来のゲート−エミッタ間の電圧Vge、及び、本発明の「di/dt自己帰還動作」により発生する帰還電圧VFBのタイミングチャートである。即ち、図4(A)において、実線が、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの波形を示し、破線が、帰還電圧VFBの波形を示している。
図4(B)は、本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された場合のゲート−エミッタ間の電圧Vgeのタイミングチャートである。即ち、図4(A)と図4(B)とを比較すると容易にわかることであるが、本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された場合のゲート−エミッタ間の電圧Vgeとは、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeに対して帰還電圧VFBが加算された電圧であり、以下、「電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vge」と呼ぶ。
図4(C)は、コレクタ電流Icのタイミングチャートである。
図4(D)は、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceのタイミングチャートである。
【0035】
図4(A)乃至図4(C)に示すように、コレクタ電流Icの変化が小さいときには、その時間微分値dIc/dtは0に近くなる。よって、帰還電圧VFBも0に近くなるため、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeは、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeとほぼ同じ大きさとなる。このため、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合も、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeとほぼ同じく大きなものとなる。
これにより、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceの立上りの速度も従来とほぼ同程度の急峻なものになり、スイッチング損失は小さくなる。
【0036】
その後、コレクタ電流Icが減少し始めると、その時間微分値dIc/dtが一定以上となる。その結果、一定以上の帰還電圧VFBが発生して、当該帰還電圧VFBが、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeに対して加算された電圧が、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeとなる。このため、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合が、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeと比較して小さくなる。
これにより、コレクタ電流Icの変化の度合が、従来と比較して抑制されるので、図4(D)に示すように、サージ電圧も従来のもの(図3(A)参照)と比較して抑制される。
【0037】
このように、本発明の「di/dt自己帰還動作」を適用することで、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合が各区間において自動的に調整され、その結果、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧の低減させる効果を奏することが可能になる。即ち、当該効果とは、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善することができる効果であると把握することができる。
【0038】
図5は、このような本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオフ時に適用した場合における、半導体素子駆動回路13を含む電子回路1の一実施形態の概略構成を示す図である。
図1と図5とを比較するに、電子回路1の構成のうち、di/dt帰還部23以外の構成は同様なものとなっている。即ち、図5は、di/dt帰還部23の構成例が示されている点が図1との差異点である。そこで、以下、図1との差異点、即ち、di/dt帰還部23の構成について説明する。
なお、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオフ時に適用した場合の電子回路1は、図5に示す構成が基本となって、各種各様の形態で具現化(実装)される。そこで、以下、電子回路1の図5に示す構成を、「ターンオフ基本モデル」と呼ぶ。
【0039】
di/dt帰還部23は、di/dt検出部31と、ゲイン部32と、電圧源33と、を備えている。
di/dt検出部31は、IGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtを検出する。
ゲイン部32は、di/dt検出部31により検出された時間微分値dIc/dtに対して、所定のゲインを乗算する。
電圧源33は、ゲイン部32により所定のゲインが乗算された時間微分値dIc/dtに対応する大きさの電圧を、帰還電圧VFBとして出力する。
【0040】
図6は、図5の電子回路1のターンオフ基本モデルのフローチャートである。
図6において、IGBT11がターンオフしたことによるゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化が、IGBT11を介してコレクタ電流Icの変化になり、浮遊インダクタンスLsを介してサージ電圧△Vcepになるまでの一方向(同図中下方向)のフローは、従来から存在する。そこで、以下、かかるフローを「従来のフロー」と呼ぶ。
ターンオフ基本モデルでは、このような従来のフローに対してさらに、コレクタ電流Icの変化に対応する帰還電圧VFBの変化が負帰還されて、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化に加算される。
【0041】
図7は、図5及び図6の電子回路1のターンオフ基本モデル、及び従来のフローに従って動作する電子回路(以下、「従来の電子回路」と呼ぶ)の各々のターンオフ時の動作の結果を示すタイミングチャートである。
図7(A)は、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeのタイミングチャートである。
図7(B)は、コレクタ電流Icのタイミングチャートである。
図7(C)は、帰還電圧VFBのタイミングチャートである。
図7(D)は、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceのタイミングチャートである。
図7(A)、図7(B)、及び図7(D)において、実線が、電子回路1のターンオフ基本モデルの波形を示し、破線が、従来の電子回路についての波形を示している。なお、帰還電圧VFBは従来の電子回路では存在しないので、図7(C)に示す帰還電圧VFBは、当然ながら、電子回路1のターンオフ基本モデルによるものである。
【0042】
詳細な原理については、図4を用いて上述した通りであるため、ここでは簡単に説明する。
図7(B)のコレクタ電流Icの減少が開始されるまでの区間、即ち同図中の「作用区間」となる前の区間では、図7(C)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルでは帰還電圧VFBが発生しない。
このため、図7(A)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのゲート−エミッタ間の電圧Vge(実線の波形)は、従来の電子回路のゲート−エミッタ間の電圧Vge(破線の波形)とほぼ同様に変化していくことになる。
その結果、図7(D)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのコレクタ−エミッタ間の電圧Vce(実線の波形)の立上りの速度は、従来の電子回路のコレクタ−エミッタ間の電圧Vce(破線の波形)とほぼ同等に急峻なものとなる。
これにより、電子回路1のターンオフ基本モデルのスイッチング損失は、従来の電子回路とほぼ同程度の低レベルを維持することが可能になる。
【0043】
一方で、図7(B)のコレクタ電流Icが減少している区間、即ち同図中の「作用区間」では、図7(C)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルにおいて帰還電圧VFBが発生する。
このため、図7(A)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのゲート−エミッタ間の電圧Vge(実線の波形)は、従来の電子回路のゲート−エミッタ間の電圧Vge(破線の波形)に対して、帰還電圧VFBが加算されたものになる。その結果、電子回路1のターンオフ基本モデルのゲート−エミッタ間の電圧Vge(実線の波形)の変化の度合が、従来の電子回路のゲート−エミッタ間の電圧Vge(破線の波形)と比較して小さくなる。
その結果、図7(B)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのコレクタ電流Ic(実線の波形)の変化の度合が、従来の電子回路のコレクタ電流Ic(破線の波形)と比較して抑制される。
これにより、図7(D)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのサージ電圧△Vcep(実線の波形の高低差)が、従来の電子回路のサージ電圧△Vcep(破線の波形の高低差)と比較して抑制される。
【0044】
図8は、電子回路1のターンオフ基本モデル及び従来の電子回路の各々のターンオフ時における、サージ電圧と損失との関係の一例を示す図である。
図8において、縦軸はサージ電圧△Vcepを示し、横軸はスイッチング損失を示している。また、実線は、電子回路1のターンオフ基本モデルについての、帰還ゲインを変化させた場合の各実測値をプロットしたものを結んだ曲線である。一方、破線は、従来の電子回路について、帰還ゲインを変化させた場合の各実測値をプロットしたものを結んだ曲線である。
図8に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルの帰還ゲインを最適化することによって、例えば同図の白抜き矢印の先が示すプロットに対応する帰還ゲインを採用することによって、従来の回路と比較して、スイッチング損失を増加させることなく、サージ電圧△Vcepを大幅に抑制することが可能になる。
なお、実測として、IGBT11のターンオフ速度が高速になるほど、サージ電圧△Vcepの改善効果が大きいことも判明した。
【0045】
以上、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオフ時に適用した場合における、電子回路1のターンオフ基本モデルについて説明した。
次に、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオン時に適用した場合における、電子回路1の一実施形態について説明する。
【0046】
図9は、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオン時に適用した場合における、半導体素子駆動回路13を含む電子回路1の一実施形態の概略構成を示す図である。
【0047】
図9においては、例えば、電子回路1UのIGBT11Uは、別の電子回路のIGBT11D(図9には図示せぬが、後述する図13に併せて、符号11Dを用いる)と同方向に直列接続されている。なお、IGBT11Dを含む電子回路には、図示はしないが、図9の半導体素子駆動回路13Uと同様の構成と機能を有する回路が設けられている。
IGBT11UとIGBT11Dの直列接続は、例えば、インバータ内に搭載され、主回路電源(図9には図示せぬため、後述する図13の主回路電源101参照)及び平滑コンデンサと並列接続されている。具体的には、主回路電源の正極端は、IGBT11Uのコレクタ側に接続され、主回路電源の負極端は、図示せぬIGBT11Dのエミッタ側に接続される(後述する図13参照)。
【0048】
図1の電子回路1と図9の電子回路1Uとを比較するに(符号Uは除外して比較するに)、図9の電子回路1Uの構成のうち、di/dt帰還部23U以外の構成は図1の電子回路1と同様なものとなっている。即ち、図9は、di/dt帰還部23Uの構成例が示されている点が図1との差異点である。そこで、以下、図1との差異点、即ち、di/dt帰還部23Uの構成について説明する。
なお、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオン時に適用した場合の電子回路1Uは、図9に示す構成が基本となって、各種各様の形態で具現化(実装)される。そこで、以下、電子回路1の図9に示す構成を、「ターンオン基本モデル」と呼ぶ。
【0049】
di/dt帰還部23Uは、di/dt検出部51と、ゲイン部52と、電圧源53と、転流側電流IFWD検出部54と、転流電流IFWD方向判定部55(リバース判定回路55)と、乗算部56と、を備えている。
【0050】
ここで、IGBT11U及びIGBT11Dの各々は、一方が導通状態の場合には他方が遮断状態となるように、電子回路1Uの半導体素子駆動回路13U及び図示せぬ電子回路の半導体素子駆動回路の各々により駆動される。
即ち、IGBT11Uが、ターンオフからターンオンに変化する時には、図示せぬIGBT11Dが、ターンオンからターンオフに変化する。この場合、IGBT11Dと対になるFWD12Dに流れる転流電流IFWDが、図9に示すように、FWD12のカソードからモータ等の負荷L側に向かう方向に流れる。この場合、FWD12Dの電圧Vrrにおいてサージ電圧が発生する。
そこで、電子回路1のターンオン基本モデルのdi/dt検出部51は、この転流電流IFWDの時間的変化、即ち時間微分値dI/dtを検出する。
ゲイン部52は、di/dt検出部51により検出された時間微分値dI/dtに対して、所定のゲインを乗算する。
電圧源53は、ゲイン部352により所定のゲインが乗算された時間微分値dI/dtに対応する大きさの電圧を、帰還電圧VFBとして出力する。
【0051】
この場合、サージ電圧の発生に影響する区間はリバースリカバリー区間だけなので、電子回路1Uのターンオン基本モデルは、リバース判定機能を有しており、当該リバースリカバリー区聞だけ帰還電圧VFBを印加するようにしている。
即ち、di/dt帰還部23Uのうち、リバース判定機能を実現する構成要素が、転流側電流IFWD検出部54と、転流電流IFWD方向判定部55(リバース判定回路55)と、乗算部56と、である。
転流側電流IFWD検出部54は、転流電流IFWDを検出する。
転流電流IFWD方向判定部55は、転流電流IFWDの方向を判定する。
転流電流IFWD方向判定部55は、転流電流IFWDの方向がリバースリカバリー区間に対応する方向、即ち図9に示すFWD12Dのカソードからモータ等の負荷L側に流れる方向である場合、リバースリカバリー区間であると判定する。リバースリカバリー区間であると判定された場合には、その判定結果を示す「1」が乗算部56に供給される。
これに対して、それ以外の場合、リバースリカバリー区間ではないと判定されて、その判定結果を示す「0」が乗算部56に供給される。
乗算部56は、ゲイン部52の出力信号に対して、転流電流IFWD方向判定部55の判定結果を乗算する。
即ち、リバースリカバリー区間である場合には、転流電流IFWD方向判定部55の判定結果は「1」であるので、ゲイン部52の出力信号が乗算部53から出力されて、帰還電圧VFBとして印加される。
これに対して、リバースリカバリー区間以外の場合には、転流電流IFWD方向判定部55の判定結果は「0」であるので、乗算部56の出力も0になり、帰還電圧VFBの印加が禁止される。
【0052】
図10は、図9の電子回路1Uのターンオン基本モデルのフローチャートである。
図10において、IGBT11Uがターンオンしたことによるゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化が、IGBT11Uを介して、当該IGBT11Uと直列接続されたIGBT11Dと対になるFWD12Dの転流電流IFWDの変化になり、浮遊インダクタンスLsを介してサージ電圧△Vrrpになるまでの一方向(同図中下方向)のフローは、従来から存在する。そこで、以下、かかるフローを「従来のフロー」と呼ぶ。
ターンオン基本モデルでは、このような従来のフローに対してさらに、転流電流IFWDの変化方向が判定されて、当該変化方向がリバースリカバリー区間に対応する場合には、転流電流IFWDの変化に対応する帰還電圧VFBの変化が負帰還されて、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化に加算される。
【0053】
図11は、図9及び図10の電子回路1Uのターンオン基本モデル、及び従来のフローに従って動作する電子回路(以下、「従来の電子回路」と呼ぶ)の各々のターンオン時の動作の結果を示すタイミングチャートである。
図11(A)は、IGBT11Uのゲート−エミッタ間の電圧Vgeのタイミングチャートである。
図11(B)は、当該IGBT11Uと直列接続されたIGBT11Dと対になるFWD12Dの転流電流IFWDのタイミングチャートである。
図11(C)は、転流電流IFWDの時間的変化、即ち時間微分値dI/dtのタイミングチャートである。
図11(D)は、転流電流IFWDの電流方向を示す波形のタイミングチャートである。
図11(E)は、帰還電圧VFBのタイミングチャートである。
図11(G)は、FWD12Dの電圧Vrrのタイミングチャートである。
図11(A)、図11(B)、図11(C)、及び図11(F)において、実線が、電子回路1Uのターンオン基本モデルの波形を示し、破線が、従来の電子回路についての波形を示している。なお、帰還電圧VFBは従来の電子回路では存在しないので、図11(D)に示す転流電流IFWDの電流方向及び図11(E)に示す帰還電圧VFBは、当然ながら、電子回路1Uのターンオン基本モデルによるものである。
【0054】
電子回路1Uのターンオン基本モデルの原理について、図11を適宜参照しつつ簡単に説明する。
本例では、図11(D)の転流電流IFWDの電流方向がマイナス(−)の期間がリバースリカバリー区間とされている。
従って、図11(D)の転流電流IFWDの電流方向がプラス(+)の期間では、図11(E)に示すように、電子回路1のターンオン基本モデルでは帰還電圧VFBが発生しない。
その後、図11(D)の転流電流IFWDの電流方向がプラス(+)からマイナス(−)に反転すると、図11(E)に示すように、電子回路1のターンオン基本モデルにおいて帰還電圧VFBが発生する。
その後、図11(C)に示すように、転流電流IFWDの時間的変化、即ち時間微分値dI/dtがマイナス(−)の間は、電子回路1のターンオン基本モデルにおいて帰還電圧VFBの発生が継続する。
そして、図11(C)に示すように、転流電流IFWDの時間的変化、即ち時間微分値dI/dtがマイナス(−)からプラス(+)に反転すると、電子回路1のターンオン基本モデルにおいて帰還電圧VFBがなくなる。
このように、帰還電圧VFBは、転流電流IFWDの電流方向がマイナス(−)、かつ、転流電流IFWDの時間的変化、即ち時間微分値dI/dtがマイナス(−)の場合に発生する。即ち、帰還電圧VFBは、最適帰還ゲイン、かつ、FWD12Dのリバースリカバリー区間中に発生する。
これにより、図11(F)に示すように、電子回路1のターンオン基本モデルの(FWD12Dの電圧Vrrにおける)サージ電圧△Vrrp(実線の波形の高低差)が、従来の電子回路のサージ電圧△Vrrp(破線の波形の高低差)と比較して抑制される。
【0055】
図12は、電子回路1のターンオン基本モデル及び従来の電子回路の各々のターンオン時における、サージ電圧と損失との関係の一例を示す図である。
図12において、縦軸はサージ電圧△Vrrpを示し、横軸はスイッチング損失を示している。また、実線は、電子回路1のターンオン基本モデルについての、帰還ゲインを変化させた場合の各実測値をプロットしたものを結んだ曲線である。一方、破線は、従来の電子回路について、帰還ゲインを変化させた場合の各実測値をプロットしたものを結んだ曲線である。
図12に示すように、電子回路1のターンオン基本モデルの帰還ゲインを最適化することによって、例えば同図の白抜き矢印の先が示すプロットに対応する帰還ゲインを採用することによって、従来の回路と比較して、スイッチング損失を増加させることなく、サージ電圧△Vrrpを大幅に抑制することが可能になる。
【0056】
以上、図1を参照して、本発明が適用される電子回路1について説明し、その後、図5や図6等を参照して、電子回路1のターンオフ基本モデルについて説明し、図10や図11等を参照して、電子回路1Uのターンオン基本モデルについて説明した。
このような電子回路1によれば、次の効果(1),(2)を奏することが可能になる。
【0057】
(1)電子回路1の半導体素子駆動回路13は、本発明の「di/dt自己帰還動作」を行うことが可能なdi/dt帰還部23を備えている。
これにより、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善することができる。
【0058】
(2)本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオフ時に適用することで、即ち、図5の電子回路1のターンオフ基本モデルを適用することで、ターンオフ時において、スイッチング損失を従来よりも増加させることなく、サージ電圧を従来よりも大幅に抑制することが可能になる。
サージ電圧の抑制は、耐電圧近くまでIGBT11の動作が可能になるという効果に結びつく。また、スイッチング損失の維持(増加させないこと)は、IGBT11の製造バラつきを抑制し、ひいては、設計マージンを少なくして電子回路1全体の小型化やコストダウンが図れるという効果に結びつく。
【0059】
(3)一方、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオン時に適用することで、即ち、図9の電子回路1のターンオン基本モデルを適用することで、ターンオン時においても、スイッチング損失を従来よりも増加させることなく、サージ電圧を従来よりも大幅に抑制することが可能になる。
【0060】
なお、ターンオフ基本モデルとターンオン基本モデルとは、上述の説明では便宜上別々なものとして説明したが、相互に排他的なものではなく、次に説明する電子回路1の実装の形態で示すように、組み合わせて用いることが可能である。
【0061】
次に、このような効果(1)乃至(3)を奏することが可能な電子回路1の実装の形態として、3つの実装の形態について説明する。即ち、以下、3つの実装の形態の各々を、「第1の電子回路実装形態」、「第2の電子回路実装形態」、「第3の電子回路実装形態」の各々と呼び、その順番で個別に説明していく。
【0062】
[第1の電子回路実装形態]
図13は、本発明の電子回路1Uが実装されたインバータの一部の構成例を示している。
図13に示すように、電子回路1UのIGBT11U及びIGBT11Dは同方向に直列接続され、なお、IGBT11Dを含む電子回路は、図示はしないが、図13の半導体素子駆動回路13Uと同様の構成と機能を有する回路が設けられている。
IGBT11UとIGBT11Dの直列接続は、主回路電源101及び図示せぬ平滑コンデンサと並列接続されている。具体的には、主回路電源101の正極端は、電子回路1UのIGBT11Uのコレクタ側に接続され、主回路電源101の負極端は、IGBT11Dのエミッタ側に接続される。
例えば本インバータが電気自動車用インバータとして採用される場合には、電子回路1UのIGBT11U及び図示せぬ電子回路のIGBT11Dの直列接続が1単位として、同期電動機の3相分の負荷Lに対しては、例えば3単位等の複数単位が並列接続されて用いられる。
【0063】
半導体素子駆動回路13Uは、ゲート抵抗21と、電圧源22と、ターンオフ用di/dt帰還部23OFFと、ターンオン用di/dt帰還部23ONと、トランジスタ81A,81Bと、加算部82と、切替部83と、を備えている。
【0064】
図1等の半導体素子駆動回路13と比較して、図13の半導体素子駆動回路13Uにおいては、トランジスタ81A,81Bがさらに設けられて、回路構成が変更されている。これは、電流容量を増加させるためである。即ち、図13の半導体素子駆動回路13は、従来良く使われる方式である、トランジスタで構成されるIGBT駆動用のバッファ回路(プッシュプル回路)を含んでいる。
【0065】
ターンオフ用di/dt帰還部23OFFは、図5及び図6の電子回路1のターンオフ基本モデルのdi/dt帰還部23を実装したものである。
ターンオフ用di/dt帰還部23OFFは、電流検出部61と、ゲイン部62と、微分部63と、を備えている。
即ち、電流検出部61と微分部63とが、図5のdi/dt検出部31に対応する。ゲイン部62が、図5のゲイン部32に対応する。なお、加算部62の加算機能が、図5の電圧源33に対応する。
【0066】
ターンオン用di/dt帰還部23ONは、図10及び図11の電子回路1Uのターンオン基本モデルのdi/dt帰還部23Uを実装したものである。
ターンオン用di/dt帰還部23ONは、電流検出部71と、ゲイン部72と、微分部73と、比較部74と、比較部75と、乗算部76と、乗算部77と、を備えている。
即ち、電流検出部71と微分部73とが、図9のdi/dt検出部51に対応する。電流検出部71はまた、図9の転流側電流IFWD検出部54に対応する。ゲイン部72が、図9のゲイン部52に対応する。乗算部77が、図9の乗算部56に対応する。
また、比較部74と、比較部75と、乗算部76とが、図9の転流側電流IFWD検出部54に対応する。即ち、転流電流IFWDの電流方向がマイナス(−)か否かの判定が、比較部74により行われる。また、転流電流IFWDの時間的変化、即ち時間微分値dI/dtがマイナス(−)か否かの判定が、比較部75により行われる。
この場合、転流電流IFWDの電流方向がマイナス(−)、かつ、転流電流IFWDの時間的変化、即ち時間微分値dI/dtがマイナス(−)のときにのみ、比較部74及び比較部75の出力が「1」になるため、微分部73の出力信号が乗算部77から出力されて、帰還電圧VFBとして印加される。
これに対して、これ以外のときには、比較部74及び比較部75の少なくとも一方の出力が「0」になるため、乗算部77の出力も0になり、帰還電圧VFBの印加が禁止される。
【0067】
切替部83は、入力信号を切り替えて、加算部62に出力する。即ち、切替部83によって切り換えられた入力信号の電圧が、帰還電圧VFBとして印加される。
具体的には、IGBT11Uがターンオフにスイッチングする場合、切替部83は、ターンオフ用di/dt帰還部23OFFの出力信号を入力して、その電圧を帰還電圧VFBとして出力する。
これに対して、IGBT11Uがターンオンにスイッチングする場合、切替部83は、ターンオン用di/dt帰還部23ONの出力信号を入力して、その電圧を帰還電圧VFBとして出力する。
【0068】
なお、図13の電子回路1Uの動作については、図1の電子回路1の動作、図5及び図6の電子回路1のターンオフ基本モデルの動作、又は、図10及び図11の電子回路1Uのターンオン基本モデルの動作と基本的に同様である。よって、ここでは、図13の電子回路1Uの動作の説明は省略する。
【0069】
図14は、従来の電子回路と図13の本発明の電子回路1Uとのターンオフ時の動作の結果の比較を示すタイミングチャートである。
図14(A)は、ゲート抵抗の抵抗値Rgが小の場合の従来の電子回路のタイミングチャートである。
図14(B)は、ゲート抵抗の抵抗値Rgが大の場合の従来の電子回路タイミングチャートである。
図14(C)は、ゲート抵抗21の抵抗値Rgが小の場合の図13の本発明の電子回路1Uのタイミングチャートである。
図14(A)の従来の電子回路の場合には、サージ電圧は201[V]であり、スイッチング損失は11[mJ]であった。
図14(B)の従来の電子回路の場合には、サージ電圧は99[V]であり、スイッチング損失は37[mJ]であった。
図14(C)の本発明の電子回路1Uの場合には、サージ電圧は100[V]であり、スイッチング損失は13[mJ]であった。
このように、図13の本発明の電子回路1Uでは、ターンオフ時の本発明の「di/dt自己帰還動作」によって、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceの立ち上りを変えずに(それ故スイッチング損失を増加させずに)、サージ電圧を低減させる効果が得られることが確認された。
【0070】
図15は、従来の電子回路と図13の本発明の電子回路1Uとのターンオン時の動作の結果の比較を示すタイミングチャートである。
図15(A)は、ゲート抵抗の抵抗値Rgが小の場合の従来の電子回路のタイミングチャートである。
図15(B)は、ゲート抵抗の抵抗値Rgが大の場合の従来の電子回路タイミングチャートである。
図15(C)は、ゲート抵抗21の抵抗値Rgが小の場合の図13の本発明の電子回路1Uのタイミングチャートである。
図15(A)の従来の電子回路の場合には、サージ電圧は167[V]であり、スイッチング損失は2[mJ]であった。
図15(B)の従来の電子回路の場合には、サージ電圧は−9[V]であり、スイッチング損失は20[mJ]であった。
図15(C)の本発明の電子回路1Uの場合には、サージ電圧は47[V]であり、スイッチング損失は11[mJ]であった。
このように、図13の本発明の電子回路1Uでは、ターンオン時の本発明の「di/dt自己帰還動作」によって、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceの立ち下りを変えずに(それ故スイッチング損失を増加させずに)、サージ電圧を低減させる効果が得られることが確認された。
【0071】
さらに、サージ電圧を揃えた駆動条件で、ターンオフ時の図14とターンオン時の図15の各々のスイッチング波形(コレクタ−エミッタ間の電圧Vceの波形)の立ち上がりと立下りのタイミングを比較してみる。
特に、ゲート抵抗の抵抗値Rgが大きい場合の従来の電子回路についての図14(A)及び図15(A)と、本発明の電子回路1についての図14(C)及び図15(C)とを比較してみる。
このような比較をすると明らかなように、本発明の「di/dt自己帰還動作」を用いることでターンオフ及びターンオンの両時とも、従来の電子回路が採用しているゲート駆動手法に対して、デッドタイムを短縮できることが分かる。
このことは、PWM制御による電圧利用率向上に貢献することを意味し、今後、電力変換装置の効率を向上させ得ることを意味する。
【0072】
図16は、従来の電子回路と図13の本発明の電子回路1Uとの短絡遮断特性の比較を示す図である。
図16(A)は、従来の電子回路の短絡遮断特性を示す図である。
図16(B)は、図13の本発明の電子回路1Uの短絡遮断特性を示す図である。
図16(A)の従来の電子回路の場合には、サージ電圧は137[V]であり、最大電流2513[A]であり、短絡損失は1145[mJ]であった。
図16(B)の図13の本発明の電子回路1の場合には、サージ電圧は37[V]であり、最大電流476[A]であり、短絡損失は150[mJ]であった。
このように、本発明の「di/dt自己帰還動作」を用いることで、短絡時の最大電流を減少させる効果を奏することが可能になり、その結果、短絡時の損失が減少することがわかった。
これにより短絡保護回路の簡易化や、損失性能を追求して、IGBTを設計することが可能となる。
【0073】
図17は、従来の電子回路と図13の本発明の電子回路1Uとの、短絡時発生損失のゲート電圧(ゲート−エミッタ間の電圧Vge)の依存性の比較を示す図である。
図17において、縦軸は、短絡時発生損失[mJ/chip]を示しており、横軸は、IGBT(図13の場合IGBT11U)のゲート−エミッタ間の電圧Vge[V]を示している。
IGBTは、原理的に、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeを可能な限り上げて使うことによって、最小の導通損失を得ることができる。
しかしながら、従来の電子回路が採用しているゲート駆動手法では、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeとともに、短絡時発生損失が増加してしまう。従って、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeには、自ずと上限値に限界がある。もっとも、ゲート酸化膜の耐圧を超えた使用は禁止されている。
これに対して、発明の「di/dt自己帰還動作」を用いることで、短絡時発生損失のゲート電圧(ゲート−エミッタ間の電圧Vge)の依存性が大幅に減少することが分かる。
このことは、IGBTの低損失化のみならずゲート駆動用電源の精度を緩和できることを意味し、さらなるコストダウンに貢献し得ることを意味する。
【0074】
以上説明したように、図13の電子回路1Uは、ゲートに与えられる駆動信号の電圧に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される第1半導体素子及び第2半導体素子であって、還流ダイオードがそれぞれ並列接続された第1半導体素子及び第2半導体素子の直列接続によって、母線を導通又は遮断するために、駆動信号を第1半導体素子のゲートに供給する半導体素子駆動回路13Uを有している。
ここで、図13の例では、第1半導体素子としては、IGBT11Uが採用されており、第2半導体素子としては、IGBT11Dが採用されている。第1半導体素子に並列接続される還流ダイオードとしては、FWD12Uが採用されており、第2半導体素子に並列接続される還流ダイオードとしては、FWD12Dが採用されている。
半導体素子駆動回路13Uは、母線を流れる電流の時間変化に基づいて帰還電圧VFBを生成し、帰還電圧VFBを前記駆動信号の電圧の一部として印加する帰還部として、ターンオフ用di/dt帰還部23OFFと、ターンオン用di/dt帰還部23ONとを備えている。
ターンオフ用di/dt帰還部23OFFは、第1半導体素子がオンからオフに切り替わるときに、即ち、図13の例ではIGBT11Uがターンオフするときに、当該第1半導体素子のコレクタ電流(図13の例ではIGBT11Uのコレクタ電流Ic)の時間変化に基づいて、帰還電圧VFBを生成する。
ターンオン用di/dt帰還部23ONは、第1半導体素子がオフからオンに切り替わるときに、即ち、図13の例ではIGBT11Uがターンオンするときに、第2半導体素子側の還流ダイオードを流れる還流電流(図13の例ではFWD12Dの転流電流IFWD)に基づいて、帰還電圧VFBを生成する。
この場合、ターンオン用di/dt帰還部23ONは、還流電流の方向が、リバースリカバリー区間に対応する方向、即ち図13に示すFWD12Dのカソードからモータ等の負荷L側に流れる方向である場合、帰還電圧VFBを生成し、それ以外の場合、帰還電圧VFBの生成を禁止する。
【0075】
このような構成を有する図13の電子回路1Uは、当然ながら、上述した効果(1)乃至(3)を奏することが可能であり、さらに次のような効果(4)乃至(8)を奏することが可能になる。
【0076】
(4)本発明の「di/dt自己帰還動作」により、IGBT11等の半導体素子個々の特性に応じて、例えばターンオフやターンオン時のスイッチング速度に応じて、帰還量が自動的に調整されるので、半導体素子の特性のバラツキの影響を吸収することができる。換言すると、半導体素子単体毎の調整が不要になる。
(5)本発明の「di/dt自己帰還動作」は、サージ電圧が発生する期間のみ作用し、IGBT11等の半導体素子のコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの立上り、立下りに影響を及ぼさないことから、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性をより一段と改善することができる。即ち、効果(1)がより顕著なものとなる。
(6)本発明の「di/dt自己帰還動作」により、電流の急激な増加に伴い、ゲート電圧(ゲート−エミッタ間の電圧Vge)が低く抑えられ飽和電流の低下を齎し、短絡耐量の向上を図ることが可能になる。この点も、効果(4)と共に、半導体素子の特性のバラツキの影響を吸収すること、換言すると、半導体素子単体毎の調整が不要になることに貢献する。
(7)ソフト遮断用ゲート抵抗21の抵抗値Rgを低く設定できる上、設定範囲が広くなる。その結果、テスト等による厳密な抵抗値Rgの設計は不要になる。
(8)半導体素子の特性差だけでなく、電子回路1全体として、回路インピーダンス差(浮遊インダクタンスや抵抗の差)の影響も自動的に排除することが可能になる。
【0077】
以上、本発明の電子回路1の実装の形態として、第1の電子回路実装形態について説明した。次に、第2の電子回路実装形態について説明する。
【0078】
[第2の電子回路実装形態]
図18は、本発明の電子回路1が実装されたインバータの一部の構成例であって、図13の例とは異なる例を示している。
図18(A)は、電子回路1の回路図であり、図18(B)は、電子回路1の一構成部品であるトランス121の外観の概略構成例を示す斜視図である。
【0079】
図18の電子回路1の半導体素子駆動回路13は、ゲート抵抗21と、電圧源22と、di/dt帰還部23と、バッファ111と、を備えている。
バッファ111は、従来良く使われる方式であるトランジスタ111ta,111tbで構成されるIGBT駆動用のバッファ回路(プッシュプル回路)の少なくとも一部である。
【0080】
図1等の半導体素子駆動回路13と比較して、図13の半導体素子駆動回路13に、バッファ111がさらに設けられて、回路構成が変更されている。これは、電流容量を増加させるためである。即ち、図18の半導体素子駆動回路13は、従来良く使われる方式であるトランジスタで構成されるIGBT駆動用のバッファ回路(プッシュプル回路)を含んでいる。
【0081】
図18のdi/dt帰還部23は、図5及び図6の電子回路1のターンオフ基本モデルのdi/dt帰還部23を実装したものである。
図18のdi/dt帰還部23は、トランス121と、抵抗122と、を備えている。
即ち、トランス121が、図5のdi/dt検出部31及びゲイン部32に対応する。なお、電圧源22とバッファ111とを結ぶ経路に抵抗122が直列接続され、抵抗122の両端が、トランス121の2次側に接続されており、当該経路上の抵抗122の両端の間が、図5の電圧源33に対応する。
【0082】
即ち、図18のdi/dt帰還部23は、IGBT11のコレクタ電流Ic(主電流)が流れる主電流経路と、ゲート電流が流れるゲート電流経路とを磁気的に結合するものである。
この場合、フィードバック電圧VFBは、次の式(12)のように示される。
【数12】

式(12)において、kは、トランス121の1次側と2次側との結合係数を示している。Lpは、トランス121の1次側インダクタンスを示している。Lsecは、トランス121の2次側インダクタンスを示している。Iceは、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流(コレクタ電流Icと等価)を示している。
【0083】
図18(B)に示すように、トランス121は、IGBT11のコレクタ電流Ic(主電流)が流れる主電流経路(母線)となるバス131のバー上に配置される。
ここで、図13の半導体素子駆動回路13は、上述したように、従来良く使われる方式であるトランジスタ111ta,111tbで構成されるIGBT駆動用のバッファ回路(プッシュプル回路)を含んでいる。従って、抵抗122として、当該バッファ回路のベース抵抗をそのまま採用することができる。
ここで、トランス121に発生した起電力は、抵抗122に消費される方向と、バッファ111のトランジスタ111taを再度オン、或いはトランジスタ111tbをオンさせる方向に電流を供給する。このときIGBT11のゲート容量を充電或いは放電させる方向に、バッファ111のトランジスタ111ta,111tbを介して電流が増幅されて供給されることになる。即ち、トランス121の2次側コイルから生成される電流のうち、バッファ111のトランジスタ111ta,111tbに流れる分の電流は、バッファ111のトランジスタ111ta,111tbの電流増幅利得hef倍に増幅されることから、より小さなインダクタンス値のトランス121で、本発明の「di/dt自己帰還動作」を成立させることが可能になる。なお、図示はしないが、バッファ111において、MOSFETで構成されるトランジスタを採用することは可能であり、この場合にも、同様な効果が得られる。
このように、ベース抵抗である抵抗122の両端に、トランス121の2次側を並列接続するだけの極めて単純な回路によって、図18のdi/dt帰還部23は具現化できる。
【0084】
図18(B)に示すように、IGBT11のコレクタ電流Ic(主電流)が主電流経路(母線)となるバス131に流れ、その際に発生する磁揚Hがトランス121と結合することで、起電力Ldi/dtが発生する。この起電力Ldi/dtが帰還電圧VFBとして、IGBT11のゲートに入力(負帰還)する。
このような構成の図18のdi/dt帰還部23を採用することで、帰還量を決定するゲイン(この場合はインダクタンスとの結合度)を予め調整することが可能である。このような調整を適切に行うことによって、スイッチング動作の過渡期における電流の時間的変化速度に応じたゲートへの負帰還動作、即ち、本発明の「di/dt自己帰還動作」が可能になる。
これにより、必要のない電流勾配に対しては無反応になり発生損失を大幅に低減することが期待できる。
また、図18のdi/dt帰還部23となる磁気回路は、例えばプリント基板のバス131上にコイルパターンを形成して絶縁トランスとして機能させたものを、トランス121として採用することで、図18(B)に示すように、主回路のバス131のバーにトランス121を張り合わせただけの極めて簡単な構造で具現化できる。
この場合、磁気回路は絶縁されているため、バス131のどこからでも信号をとることができる。
また、プリント基板等の回路基板上に図18のdi/dt帰還部23をつくりこむことによって、従来のものに対しても追加部品が無く、図18の本発明の電子回路1を具現化できるので、コストダウンの効果を奏することが可能になる。
さらに、図18のdi/dt帰還部23の構成要素として、トランス121を採用する副次効果として、次のような効果も奏することが可能である。即ち、既存のバス131のバーの浮遊インダクタンスに蓄えられたエネルギーをトランス121の2次側で消費するような回路構成を取ることで、実効インダクタンスが低減し、その結果、サージ電圧の低減に貢献する、という効果を奏することが可能になる。なお、図18の例では、浮遊インダクタンスに蓄えられたエネルギーは、バッファ回路のべ一ス抵抗としての抵抗122におけるジュール熱およびベース電流として消費される。
【0085】
ところで、図18のdi/dt帰還部23と同様に、転流側のFWD12D(図18には図示せず)の転流電流IFWDが流れる主電流経路(母線)と、ゲート電流が流れるゲート電流経路とを磁気的に結合する磁器回路を、図10及び図11の電子回路1Uのターンオン基本モデルのdi/dt帰還部23Uに実装することも可能である。
しかしながら、インバータにおいては、上側の電子回路1Uと下側の電子回路1D(下側は図10には図示せず)との直列接続の組が用いられる。この場合、上側のFWD12Uと下側のFWD12Dとの各々から電流信号を裡がけで取り出す必要があり、ターンオフ側のdi/dt帰還部23の構成も考慮すると、電子回路1U及び1Dの回路構成および構造が複雑になることが予想される。
現実的には部品数削減や上側と下側の独立性を確保(設計自由度を阻害する要因)するため、上側と下側とで機能完結する手法を採用する必要がある。
図19は、このような手法の一例を説明する図である。
図19において、上側の電子回路1Uと下側の電子回路1D(下側は図10には図示せず)のうち、上側の波形が「hi」として表現されており、下側の波形が「Lo」として表現されている。
図19中の波形として示すように、FWD12Dの転流電流IFWD(Lo)は、ターンオンするIGBT11のコレクタ電流Icに短絡電流として重畳する、という特性がある。この特性を利用して、FWD12Dの電流変化をターンオン側のトランス121によって間接的に観測する、という手法を採用することができる。
このような手法を採用することで、部品共用化が図られ、その結果、コストの増加を抑制し、かつ、上側と下側とでの機能完結を図ることが可能になる。
これによって、IGBT11といった1つのパワー半導体素子につき、1つのトランス121を直近の母線(バス131等)に配置するだけのシンプルな構成で、複数の本発明の電子回路1を具現化し、かつ、ターンオフ及びターンオンの両動作時共にサージ電圧を自動的に調整することが可能になる。
【0086】
以上説明したように、図18の電子回路1は、ゲートに与えられる駆動信号の電圧に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される半導体素子によって、母線を導通又は遮断するために、駆動信号を半導体素子のゲートに供給する半導体素子駆動回路13を有している。
ここで、図18の例では、半導体素子としては、IGBT11が採用されている。
半導体素子駆動回路13Uは、ベース抵抗を含むバッファ回路(図18の例では、ベース抵抗としての抵抗122と、バッファ111とから構成される)と、母線を流れる電流の時間変化に基づいて帰還電圧VFBを生成し、帰還電圧VFBを駆動信号の電圧の一部として印加するdi/dt帰還部23と、を備えている。
di/dt帰還部23は、トランス121を有し、当該トランス121の2次側は、バッファ回路のベース抵抗(図18の例では抵抗122)の両端に接続されている。
【0087】
このような構成を有する図18の電子回路1は、当然ながら、上述した効果(1)乃至(3)を奏することが可能であり、さらに次のような効果(9)乃至(11)を奏することが可能になる。
【0088】
(9)図18のdi/dt帰還部23では、バッファ回路のベースに対して、(電流)帰還をすることによって、トランジスタの利得を利用できるため、トランス121を小さくすることができる。
換言すると、非常に小さな信号でも、本発明の「di/dt自己帰還動作」が実現可能になる。例えば、トランス121に数nHオーダーのインダクタンスがあれば、十分な帰還ゲインが得られることになる。
このことにより、トランス121として、コア材を用いない空芯トランスを採用しても、本発明の「di/dt自己帰還動作」の効果を享受することができる。この場合、コア材を用いないことによって、温度の影響を完全に無視でき、また、主電流経路(母線)となるバス131に流れる電流を遅れなく直接観測できる等、理想的な電流(di/dt)センシング機能を実現することができる。
【0089】
(10)図18のdi/dt帰還部23は、従来から存在するベース抵抗を抵抗122として採用し、当該抵抗122にトランス121の2次側に並列接続する構成を取っているので、たとえトランス121が開放故障したとしても、スイッチング動作を継続できる。
【0090】
(11)図18の本発明の電子回路1が複数実装されるインバータ全体の観点で捉えた場合には、IGBT11が1素子当り1つのトランス121が増えるだけで、能動素子を一切追加しないで、本発明の「di/dt自己帰還動作」によるスイッチング動作が可能になる。
【0091】
以上、本発明の電子回路1の実装の形態として、第1の電子回路実装形態及び第2の電子回路実装形態について説明した。次に、第3の電子回路実装形態について説明する。
【0092】
[第3の電子回路実装形態]
初めに、第3の電子回路実装形態を採用する根拠となる背景技術について説明する。
例えば、図10の上側の電子回路1Uのターンオン基本モデルが、同様のターンオン基本モデルの下側の電子回路1D(下側は図10には図示せず)と直列接続されており、当該直列接続の組がインバータに搭載されているとする。この場合のターンオン時のタイミングチャートは、例えば図19に示されるようになる。
【0093】
図20は、図19の区間trrbにおける、下側のFWD12Dのベース層に蓄えられたキャリアQrrが過剰の場合に放出される電流irr(以下、「リバースリカバリー電流irr」と呼ぶ)を示している。
図20(A)は、図19の区間trrbにおける、上側のIGBT11Uについてのコレクタ電流Ic及びコレクタ−エミッタ間の電圧Vce、並びに下側のFWD12Dの転流電流IFEDの各タイミングチャートを示している。
図20(B)は、リバースリカバリー電流irrを流す等価回路を示している。図20(B)において、R(igbt)は、リバースリカバリー区間における上側のIGBT11Uの抵抗値を示している。
図20に示すように、下側のFWD12Dのベース層に蓄えられたキャリアQrrが過剰の場合、その過剰な分だけリバースリカバリー電流irrが、転流電流IFWDとして流れ、これが上側のIGBT11Uについてのコレクタ電流Icに重畳されて、下側のFWD12Dの電圧Vrrに起因するサージ電圧の要因になる。
【0094】
図21は、リバースリカバリー区間における上側のIGBT11Uの抵抗値R(igbt)として、100[mΩ]、300[mΩ]、及び500[mΩ]を採用した場合における、リバースリカバリー電流irrのタイミングチャートを示している。
図21に示すように、リバースリカバリー区間における上側のIGBT11Uの抵抗値R(igbt)が大きくなるほど、リバースリカバリー電流irrのピーク電流値Irrpも減少し、かつ、その時間変化(傾き)が緩慢になっていくことがわかる。
即ち、リバースリカバリー電流irrのピーク電流値Irrpの大きさが、下側のFWD12Dの電圧Vrrにおけるサージ電圧の大きさに依存する。従って、リバースリカバリー区間における上側のIGBT11Uの抵抗値R(igbt)が大きくなるほど、サージ電圧が抑制されることになる。
このように、下側のFWD12Dの電圧Vrrにおけるサージ電圧を抑制したければ、下側のFWD12Dのベース層に蓄えられた過剰なキャリアQrrが放出される過程において飽和電流を充分小さくして、リバースリカバリー電流irrのピーク電流値Irrpの大きさを抑制すればよいことがわかる。
【0095】
以上説明したように、上側のIGBT11Uのターンオン時には、下側のFWD12Dのベース層に蓄えられた過剰なキャリアQrrによりリバースリカバリー電流irrが流れる。このリバースリカバリー電流irrの時間変化は、図19の区間trrbにおける、下側のFWD12Dの転流電流IFDの時間変化、即ち、上側のIGBT11Uについてのコレクタ電流Icの時間変化となって表れる。このような電流時間変化が急峻になると、下側のFWD12Dの電圧Vrrに起因するサージ電圧が発生する。
このため、サージ電圧の発生を抑制すべく、図19の区間trrbにおける、このような電流時間変化を十分に抑制する必要がある。このためには、前もって下側のIGBT11Dのゲートをオフして十分に飽和領域に移行させる必要がある。
一方、下側のFWD12Dのリバースリカバリー区間に入る手前までは、本発明の「di/dt自己帰還動作」を発動させずに、上側のIGBT11Uのコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの急峻な立下りを促しスイッチング損失の増加を最小化にするとよい。
これらを可能にする手法としては、スイッチを設けて時間制御する手法や、ローパスフィルタ(LPF:Low PassFilter)等の信号伝達遅延(一次遅れによる遅延)機能を有する離縁フィルタ回路を挿入することによって、本発明の「di/dt自己帰還動作」を意図的に遅らせる手法が存在する。ここで、後者の手法を、以下、「LPF挿入手法」と呼ぶ。
【0096】
図22は、本発明の電子回路1の構成の一例であって、図18の例の構成に対してLPF挿入手法をさらに適用した場合の構成の例を示している。
従って、図22において、図18と同一の箇所には同一の符号が付してあり、これらの説明は省略する。
図22と図18とを比較するに、図22のdi/dt帰還部23には、図18の構成に対して、LPF回路201が、バッファ回路のベース抵抗としての抵抗122の両端に並列接続されるトランス121の2次側に挿入されている点が異なる。
なお、図22のdi/dt帰還部23を用いて、ターンオン時の本発明の「di/dt自己帰還動作」を実現するためには、図19を用いて説明した手法を適用するとよい。即ち、上側の電子回路1と下側の電子回路1(下側は図22には図示せず)との直列接続の組が用いられる場合には、上側と下側とで機能完結する手法を適用するとよい。
【0097】
この図22のdi/dt帰還部23は、図18のdi/dt帰還部23と同様に、トランス121の開放故障が生じても従来のスイッチングを保持することができる。
また、図22に示すように、LPF回路201には、整流素子(図22の例では整流ダイオード)の向きを変えて2つの電流経路が設置されている。これにより、ターンオン時およびターンオフ時の各々のスイッチングの特性を1つのトランス121のみで調整することができる。
即ち、IGBT11により遮断又は投入される母線に流れる電流の時間変化は、IGBT11のターンオフ時とターンオン時とで異なるという特性、即ち、ターンオフ時は電流が減少していく方向であるのに対して、ターンオン時は電流が増加していく方向であるという特性がある。このような特性から、トランス121の2次側に発生する起電力の向きは互いに反対方向になる。そこで、LPF回路201においては、2つの整流素子(図22の例では整流ダイオード)によって、電流経路が、ターンオン時の電流経路212と、ターンオフ時の電流経路211とに分岐されている。これにより、それぞれの経路211,212にフィルタや減衰項として機能する素子を適宜加えることで、ターンオフ時及びターンオン時の各々における特性を最適に調整することができる。
例えば図22の例のLPF回路201では、ターンオン時の電流経路211において、抵抗RとコイルのインダクタンスLdによるRL回路が加えられることにより、LPF(一次遅れ)が実現されている。即ち、インダクタンスLdを可変することにより、その遅延量(時定数)を容易かつ適切に調整することが可能になる。
【0098】
このように、LPF挿入手法を適用することで、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を理想的に改善する作用が得られる。
さらに、この作用は、IGBT個々のスイッチング速度ばらつきを自動的に最適化することを意味する。
特許文献1等の従来技術では、IGBTの特性の最悪値に制御パラメータを合せる必要があるのに対して、LPF挿入手法を適用することで、どんなIGBTをIGBT11として採用しても常に最適な状態で自動的に駆動できる、という効果を奏することが可能になる。
【0099】
図23は、LPFの遅延量(インダクタンスLd)を変化させた場合の、図22の本発明の電子回路1のターンオン時の動作の結果の比較を示すタイミングチャートである。
図23(A)は、参考として示す、従来の電子回路のタイミングチャートである。
図23(B)は、インダクタンスLd=10[μH]の場合の図22の本発明の電子回路1のタイミングチャートである。
図23(C)は、インダクタンスLd=50[μH]の場合の図22の本発明の電子回路1のタイミングチャートである。
図23(D)は、インダクタンスLd=100[μH]の場合の図22の本発明の電子回路1のタイミングチャートである。
図23(E)は、インダクタンスLd=150[μH]の場合の図22の本発明の電子回路1のタイミングチャートである。
図23(F)は、インダクタンスLd=200[μH]の場合の図22の本発明の電子回路1のタイミングチャートである。
図23に示すように、LPFの遅延量(インダクタンスLd)を適度に調整することで、ターンオン時における本発明の「di/dt自己帰還動作」によって、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceの急峻な立ち下りを変えずに(それ故スイッチング損失を増加させずに)、転流側のFWD12の電圧Vrrにおけるサージ電圧を低減させる効果が得られることが確認された。
【0100】
図24は、LPF挿入手法が適用された図22の電子回路1及び従来の電子回路の各々のターンオン時における、サージ電圧と損失との関係の一例を示す図である。
図24において、縦軸はサージ電圧を示し、横軸はスイッチング損失を示している。また、実線は、LPF挿入手法が適用された図22の電子回路1についての、LPFの遅延量(インダクタンスLd)を変化させた場合の各実測値をプロットしたものを結んだ曲線である。一方、破線は、従来の電子回路について、ゲート抵抗Rgを変化させた場合の各実測値をプロットしたものを結んだ曲線である。
図24に示すように、図22の電子回路1のLPFの遅延量(インダクタンスLd)を最適化することによって、例えば同図の「Ld」が記述された上方に示すプロットに対応するインダクタンスLdを採用することによって、従来の電子回路と比較して、スイッチング損失を増加させることなく、サージ電圧を大幅に抑制することが可能になる。
【0101】
以上説明したように、図22の電子回路1は、ゲートに与えられる駆動信号の電圧に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される第1半導体素子及び第2半導体素子であって、還流ダイオードがそれぞれ並列接続された前記第1半導体素子及び前記第2半導体素子の直列接続によって、母線を導通又は遮断するために、駆動信号を第1半導体素子のゲートに供給する半導体素子駆動回路13を有している。
ここで、図22の例では1つの電子回路1のみが図示されているが、インバータ等に搭載されて、2つの電子回路1が上側と下側とに設けられている場合であって、図22に示す電子回路1は上側のもの(他の例でいう電子回路1U)であるとする。
この場合、第1半導体素子としては、IGBT11U(図22に図示されているIGBT11U)が採用されており、第2半導体素子としては、IGBT11D(図22に図示せず)が採用されている。第1半導体素子に並列接続される還流ダイオードとしては、FWD12U(図22に図示されているFWD12)が採用されており、第2半導体素子に並列接続される還流ダイオードとしては、FWD12D(図22には図示せず)が採用されている。
半導体素子駆動回路13Uは、母線を流れる電流の時間変化に基づいて帰還電圧VFBを生成し、帰還電圧VFBを駆動信号の電圧の一部として印加するdi/dt帰還部23を備えている。
di/dt帰還部23は、第1半導体素子がオンからオフに切り替わるときに、即ち、図22の例では図示されているIGBT11Uがターンオフするときに、当該第1半導体素子のコレクタ電流(図22の例ではIGBT11のコレクタ電流Ic)の時間変化に基づいて、帰還電圧VFBを生成する。
また、di/dt帰還部23は、第1半導体素子がオフからオンに切り替わるときに、即ち、図22の例では図示されているIGBT11がターンオンするときに、第2半導体素子側の還流ダイオードを流れる還流電流(図22の例では図示せぬFWD12Dの転流電流IFWD)に基づいて、帰還電圧VFBを生成する。
このようなdi/dt帰還部23は、帰還電圧VFBを駆動信号の電圧の一部として印加するタイミングを遅延させる遅延フィルタとして、LPF回路201を備えている。
【0102】
このような構成を有する図22の電子回路1は、当然ながら、上述した効果(1)乃至(3)を奏することが可能であり、さらに次のような効果(12)を奏することが可能になる。
【0103】
(12)遅延フィルタの遅延量(図22の例ではインダクタンスLd)を適度に調整することで、本発明の「di/dt自己帰還動作」によってターンオン時のスイッチングにおけるコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの急峻な立ち下りを妨げることなく(それ故スイッチング損失を増加させずに)、還流ダイオードの電圧Vrrにおけるサージ電圧を低減させることができる。
即ち、遅延フィルタの遅延量(図22の例ではインダクタンスLd)を適度に調整することで、本発明の「di/dt自己帰還動作」を発動させるタイミングを規定することによって、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善させることができる。
【0104】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
例えば、本発明は、IGBTのみならず、スイッチング機能を有する任意の半導体素子の駆動用として適用することができる。
即ち、本発明は、例えば、ゲートに与えられる駆動信号の電圧に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される半導体素子によって、母線を導通又は遮断するために、駆動信号を半導体素子のゲートに供給する駆動回路に広く適用することができる。この場合、当該駆動回路は、母線を流れる電流の時間変化に基づいて帰還電圧を生成し、帰還電圧を駆動信号の電圧の一部として印加する帰還部を備えている。
換言すると、本発明は、電気自動車、電車、産業用装置等に用いられるインバータは勿論のこと、その他、電圧又は電流駆動型の任意の半導体素子を用いた任意の電流開閉器に適用することができる。
【符号の説明】
【0105】
1 電子回路
11 IGBT
12 FWD
13 半導体素子駆動回路
21 ゲート抵抗
22 電圧源
23 di/dt帰還部
24 ゲイン部
25 抵抗
31 di/dt検出部
32 ゲイン部
33 電圧源
51 di/dt検出部
52 ゲイン部
53 切替部
54 転流側電流IFWD検出部
55 転流電流IFWD方向判定部
56 乗算部
61 電流検出部
62 ゲイン部
63 微分部
71 電流検出部
72 ゲイン部
73 微分部
74 比較部
75 比較部
76 乗算部
77 乗算部
121 トランス
122 抵抗
201 LPF回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲートに与えられる駆動信号の電圧に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される第1半導体素子及び第2半導体素子であって、還流ダイオードがそれぞれ並列接続された前記第1半導体素子及び前記第2半導体素子の直列接続によって、前記母線を導通又は遮断するために、駆動信号を前記第1半導体素子のゲートに供給する、半導体素子の駆動装置において、
前記第1半導体素子がオンからオフに切り替わるときに、前記第1半導体素子のコレクタ電流の時間変化に基づいて、帰還電圧を生成し、前記第1半導体素子がオフからオンに切り替わるときに、前記第2半導体素子側の前記還流ダイオードを流れる還流電流に基づいて、帰還電圧を生成し、生成した前記帰還電圧を前記駆動信号の電圧の一部として印加する帰還部を備え、
前記帰還部は、前記帰還電圧を前記駆動信号の電圧の一部として印加するタイミングを遅延させる遅延フィルタ
を備える半導体素子の駆動装置。
【請求項2】
前記遅延フィルタには、整流素子の向きを変えた2つの電流経路が設置されている、
請求項1に記載の半導体素子の駆動装置。
【請求項3】
ゲートに与えられる駆動信号の電圧に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される第1半導体素子及び第2半導体素子であって、還流ダイオードがそれぞれ並列接続された前記第1半導体素子及び前記第2半導体素子の直列接続のうち、少なくとも前記第1半導体素子を駆動する半導体素子の駆動方法において、
前記母線を導通又は遮断するために、駆動信号を前記第1半導体素子のゲートに供給する、半導体素子の駆動回路が、
前記第1半導体素子がオンからオフに切り替わるときに、前記第1半導体素子のコレクタ電流の時間変化に基づいて帰還電圧を生成し、前記帰還電圧を前記駆動信号の電圧の一部として印加するオフ時帰還ステップと、
前記第1半導体素子がオフからオンに切り替わるときに、前記第2半導体素子側の前記還流ダイオードを流れる還流電流に基づいて前記帰還電圧を生成し、生成後所定の遅延量だけ遅延させて、前記帰還電圧を前記駆動信号の電圧の一部として印加するオン時帰還ステップと、
を含む、
半導体素子の駆動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【公開番号】特開2012−39460(P2012−39460A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−178787(P2010−178787)
【出願日】平成22年8月9日(2010.8.9)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】