説明

南極産子嚢菌類の産生する不凍タンパク質

【課題】培養によって大量提供可能である、かつ不凍活性の高い不凍タンパク質を提供する。
【解決手段】南極産子嚢菌類アンタクトマイセス属のAntarctomyces psychrotrophicusに属する菌類を低温下培養して産生する、糖鎖を有する不凍タンパク質、および該不凍タンパク質を含む凍結防止剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子嚢菌類由来の新規不凍タンパク質に関する。具体的には、優れた不凍活性を示し、凍結防止剤、氷再結晶阻害剤及び氷点下低温保存剤として有用な不凍タンパク質及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
不凍タンパク質は極地に生息する魚類、昆虫類、植物、微生物などの多くの生物が産生する低温適応物質として知られている。不凍タンパク質は特異的に氷に吸着しその成長を抑制する。通常、水溶液の融点と凝固点は一致しているが、不凍タンパク質が存在している場合、不凍タンパク質が氷結晶の成長、つまり溶液の凍結を抑制するため、溶液の凝固点が融点以下の温度になる。溶液の融点と凝固点の間に差を生じさせるこの能力は、不凍タンパク質の熱ヒステリシスと呼ばれる。不凍タンパク質はまた、氷の成長抑制と共に氷結晶の形状修飾も起こす。水溶液が凝固点以下の温度において発生する氷核は六方晶型といわれ、六角柱の形である。そして、六方晶型の6つの縦のプリズム面においては、2つの上下の基底面と比べて、氷の成長が100倍早いと言われている。魚類や植物由来不凍タンパク質は氷のプリズム面に優先に吸着し、プリズム面の成長を抑制するが、基底面は抑制を受けないので、上下へ遅れて成長する。そして新しくできたプリズム面にまた不凍タンパク質が吸着する。その結果、氷結晶の上下への成長は少しずつ遅れ、2つの六角錐の底面が張り合わせたようなバイピラミッドの氷結晶が形成される。一方で、昆虫類が体液に分泌する不凍タンパク質は、氷の基底面とプリズム面の両方に吸着することができ、氷は六角柱の形を保ったまま成長が抑制される。氷結晶のプリズム面と基底面では酸素原子間の距離が異なることから、不凍タンパク質が吸着する面の違いは不凍タンパク質の立体構造の違いに由来するものであると考えられている(例えば、非特許文献1)。
【0003】
不凍タンパク質は、これを溶解した水溶液に対し、1)熱ヒステリシス、2)氷結晶形状制御、3)氷の再結晶阻害等をもたらし、凍結防止効果を有する。通常、水の凝固点と氷の融点は同一であるが、溶液中に不凍タンパク質が存在するとそれが氷結晶と結合するため、水の凝固点が通常より降下する。この時、生じる氷の融点と水の凝固点の差を凝固点降下度という。この凝固点降下度の値が大きい程、凍結防止効果が高いといえる。また、水溶液を急速凍結させると、凍った溶液に無数の氷結晶ができ、溶液を融点以下の温度に放置しておくと、無数の氷結晶が、自由エネルギーを減少するために自発的に表面積を減らし、その結果、氷結晶同士が結合し、さらに大きな氷となる再結晶現象が起きる。氷の再結晶阻害とは、この現象を阻害する効果をいい、この氷再結晶阻害活性が高いほど、凍結防止効果が高いといえる。
【0004】
アイスクリームや冷凍食品は凍結融解の温度変化により、氷の再結晶が起きやすく、風味が落ちることが問題とされている。しかし、不凍タンパク質が存在すると、これが氷に吸着することでその再結晶を抑制できる。これら不凍タンパク質の性質を利用し、保冷により周囲の水分子が付着再結晶することによって風味や味が損なわれるアイスクリームへ添加することや、細胞や臓器の冷凍保存剤に用いることが提案されている。また、氷スラリーを使用する冷熱供給システム又は冷熱蓄熱システム等における氷の再結晶による配管系の閉塞を解消し得る有効な添加剤としても期待されている。
【0005】
しかしながら、従来の動物が体内に分泌する不凍タンパク質は大量に入手するには相当分の原料、つまり魚や昆虫が必要となるとともに、複雑な精製過程を経なければならない。また、魚類及び昆虫由来の不凍タンパク質の遺伝子組み換え技術が確立されているが、食品における応用は消費者の反発により実現に至っていない。昆虫由来の不凍タンパク質は熱ヒステリシス活性が魚類より10〜100倍強いとされているが、タンパク質の立体構造中ジスルフィド結合が多数存在するため、遺伝子組み換え技術を利用する場合、正しい立体構造と機能を持つタンパク質の収率が低くなってしまう。植物由来不凍タンパク質は今までの研究によると、熱ヒステリシス活性が低いとされている。細菌類においては不凍タンパク質の精製が報告されているが、十分な生産性を持つ菌株は報告されていない。これまでに我々は担子菌類から不凍タンパク質を初めて単離精製し、遺伝子のクローニングより新規な構造を有する不凍タンパク質であることを明らかにした(例えば、非特許文献2)。しかし、凍結乾燥で粉末状態とすることにより、又は常温で、活性を失うなど安定性が低くその利用が制限される。一方、子嚢菌類では不凍タンパク質の存在が報告されているものの、これまで不凍タンパク質が単離・精製されたことはない(例えば、非特許文献3)。このように、現在不凍タンパク質が活躍できる場面が多々あるにもかかわらず、要求に適するものは未だ報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T. Hoshino, M. Odaira, M. Yoshida & S. Tsuda: Physiological and biochemical significance of antifreeze substances in plants. Journal of Plant Research, 112, 255-261, 1999
【非特許文献2】T. Hoshino, M. Kiriaki, S. Ohgiya, M. Fujiwara, H. Kondo, Y. Nishimiya, I. Yumoto & S. Tsuda: Antifreeze proteins from snow mold fungi. Canadian Journal of Botany, 81, 1171-1181, 2003
【非特許文献3】河原ら:真菌類由来の不凍活性物質の検索と機能解析.低温生物工学会誌,52, 151-155, 2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、培養法で生産可能であり、かつ安定性の高い不凍タンパク質を、安価にかつ大量に提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、南極産アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス等の子嚢菌類が高い氷の再結晶抑制効果と安定性を持つ新規タンパク質を生産することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)アンタクトマイセス属に属する菌類の産生する不凍タンパク質。
(2)糖鎖を有する、(1)に記載の不凍タンパク質。
(3)アンタクトマイセス属に属する菌類がアンタクトマイセス・サイクロトロフィクスである(1)又は(2)に記載の不凍タンパク質。
(4)配列番号1で表されるN末端アミノ酸配列又はこれらと実質的に相同なN末端アミノ酸配列を含む、(1)〜(3)のいずれかに記載の不凍タンパク質。
【0010】
(5)アンタクトマイセス属に属する菌類が産生する不凍タンパク質であって、配列番号1で表されるN末端アミノ酸配列又はこれらと実質的に相同なN末端アミノ酸配列を含む分子量20〜30kDaの不凍タンパク質。
(6)pH2.0〜13.0の範囲で不凍活性を示す、(1)〜(5)のいずれかに記載の不凍タンパク質。
(7)不凍タンパク質を産生する能力を有するアンタクトマイセス・サイクロトロフィクスを低温下培養し、該培養液から不凍タンパク質を回収することを特徴とする不凍タンパク質の製造方法。
【0011】
(8)アンタクトマイセス・サイクロトロフィクスが、アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株(NITE P−725)である、(7)に記載の方法。
(9)(1)〜(5)のいずれかに記載の不凍タンパク質を含む凍結防止剤。
(10)アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株(NITE P−725)。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、培養法で生産可能であり、かつ安定性の高い不凍タンパク質を、安価にかつ大量に提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】精製したアンタクトマイセス・サイクロトロフィクス由来不凍タンパク質(本発明の不凍タンパク質)のドテシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミド電気泳動法の銀染色、糖鎖酸化染色及び抗イシカリガマホタケ不凍タンパク質抗体を用いたウエスタン・ブロッティングを示す。A:銀染色によって本発明の不凍タンパク質の分子量は28kDaと測定された(黒矢印にて本不凍タンパク質を示す)。B:糖鎖酸化染色によって本発明の不凍タンパク質が染色されたことから(1)、糖鎖を有すると推定された(黒矢印にて本不凍タンパク質を示す)。本発明の不凍タンパク質をN−グルコシダーゼ(2)及びO−グルコシダーゼ(3)によって加水分解処理を行うと分子量が減少した(加水分解前の本発明の不凍タンパク質の分子量を破線四角にて、加水分解後の分子量を白矢印にて示す)。C:ウエスタン・ブロッティング解析において、本発明のタンパク質と抗イシカリガマホタケ不凍タンパク質抗体との免疫学的交叉は認められなかった。(1)精製イシカリガマホタケ不凍タンパク質(22kDa:黒矢印にて示す)、(2)精製魚類由来TypeIII不凍タンパク質(14kDa:破線四角にて示す)、(3)本発明の不凍タンパク質(破線四角にて示す)。
【図2】本発明の不凍タンパク質(●で示す)及び担子菌イシカリガマノホタケ由来不凍タンパク質(○で示す)を含む溶液の凝固点降下度を示す図である。
【図3】本発明の不凍タンパク質による特異的氷結晶を示す。不凍タンパク質濃度は、A:0.05mg/ml、B:0.2mg/ml、C:2mg/mlである。不凍タンパク質濃度1mg/ml以上では典型的なバイピラミダル型氷結晶を示したが、これ以下の低濃度では氷結晶面に特徴的な凹凸が認められた。
【図4】本発明の不凍タンパク質による再結晶抑制効果を示す。A:急速凍結直後の試料、B:緩衝液のみを−6℃にて3時間保持(小さい氷結晶同士が結合し大きい氷になる再結晶現象)、C:本発明の不凍タンパク質を0.05mg/ml添加し同条件にて保持、D:本発明の不凍タンパク質を0.1mg/ml添加し同条件にて保持(不凍タンパク質の添加によって再結晶現象が抑制された)。
【図5】本発明の不凍タンパク質(●で示す)及び担子菌イシカリガマノホタケ由来不凍タンパク質(○で示す)の不凍活性のpH依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書において不凍タンパク質は、不凍活性を有するタンパク質をさす。不凍活性を有するタンパク質とは、当技術分野における通常の意味を有し、水溶液の凝固点を降下させる活性、熱ヒステリシス活性、氷結晶の成長を阻害する活性、氷結晶を形状修飾する活性、再結晶を阻害する活性の全て、あるいは何れか一つの活性を有するタンパク質をさす。
【0015】
氷結晶の成長を阻害する活性及び氷結晶を形状修飾する活性は、温度制御可能な顕微鏡の冷却ステージ上で、不凍タンパク質を含む溶液に氷結晶が一個のみ存在する条件にて状態変化を観察することにより測定できる。一個のみ存在する氷結晶が溶け出す温度を溶液の融点とし、成長抑制の限界に達し、氷結晶が成長し始める温度を溶液の凝固点とする。観測された溶液の融点と凝固点の差を熱ヒステリシスと定義することができる。融点及び凝固点を観測する際、同時に氷結晶の形状修飾も観察できる。また、氷結晶の再結晶阻害活性は、温度制御可能な顕微鏡冷却ステージ上にて、急速に冷却した不凍タンパク質を含む溶液を融点以下の温度に3時間以上放置し、氷結晶同士が物理的に結合し、その数を減らす度合いを観察することにより評価することができる。
【0016】
本発明の不凍タンパク質は、アンタクトマイセス属に属する菌類が産生するものであり、アンタクトマイセス属に属する菌類の培養物に含まれている。本発明に用いるアンタクトマイセス属菌類は、不凍活性を有するタンパク質を産生しうる菌株であれば、いずれの菌株でもよいが、4℃以下の低温で生育可能な菌株が好ましい。このような菌株として、具体的には、子嚢菌門チャワンタケ亜門ズキンタケ綱テレボルス目テレボルス科アンタクトマイセス属の菌類、例えば、アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス(Antarctomyces psychrotrophicus)等が挙げられる。アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株(NITE P−725)が産生する不凍タンパク質が最も好ましい。
【0017】
アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株は、自然界より新たに分離した菌株であり、下記のような微生物学的性質を示す。
【0018】
ポテト・デキストロース寒天培地にて培養温度10℃にて培養した場合、白色の菌糸が放射状に成長し、白色の菌叢を形成する。古い菌叢は青色色素の蓄積が認められる。菌糸の直径は4〜7μmであり、子嚢の大きさは15〜19×12〜13μmである。子嚢中に5×10μmの子嚢胞子を形成し、さらに厚膜胞子や分生子を形成する。上記の微生物学的性質から、分類同定の基準として「Mycological Research誌105巻3号」を参考とすると、本菌株はアンタクトマイセス・サイクロトロフィクス(Antarctomyces psychrotrophicus)とみなされる。また、培養菌株より常法によりDNAを調製し、菌類系統解析に用いられている代表的PCRプライマーITS1F及びITS4Bを用いてPCR反応を行い、得られたPCR産物の遺伝子配列を決定したところ、本菌株のITS配列は、データベース上のアンタクトマイセス・サイクロトロフィクスのITS配列と99%以上の相同性を有しており、上記の形態分類を支持する結果を得た。尚、本菌株は、「Antarctomyces psychrotrophicus Syw−1株」として、2009年3月18日付けで、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター、日本国千葉県木更津市かずさ鎌足二丁目五番地八号(郵便番号292−0818)に、受託番号NITE P−725として寄託されている。
【0019】
本発明の不凍タンパク質は、アンタクトマイセス属に属する菌類、好ましくはアンタクトマイセス・サイクロトロフィクス、特に好ましくはアンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株を培地にて低温下で培養し、該培養液から不凍タンパク質を回収することにより製造することができる。本菌の培養に使用する培地としては、菌株が資化し得るのに必要な炭素源、窒素源、無機物、その他必要な栄養素を適量含有するものであれば特に制限されず、天然培地、合成培地のいずれも使用できる。具体的な培地としては、例えば子嚢菌培養に一般に使用されるポテト・デキストロース培地、コーンミール培地、麦芽煎汁培地等が挙げられる。合成培地の炭素源としては、例えば、可溶性デンプン、グルコース、マルトース等が使用される。窒素源としては、例えば、ペプトン類、酵母エキス、肉エキス等の窒素含有天然物、及び硝酸ナトリウム、塩化アンモニウム等の無機窒素含有化合物が使用される。無機物としては、例えば、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、塩化第二鉄等が使用される。培養方法は特に制限されないが、通常、振とう培養、通気撹拌培養又は置地培養で行う。培養温度は、特に制限されないが、低温下、例えば、−5〜15℃の範囲が好ましく、−1℃以下がさらに好ましい。また、菌体を至適増殖温度にて十分に増殖させた後、新たな培地に移し0℃以下で培養することもできる。培養期間は通常1〜7週間である。
【0020】
本発明の不凍タンパク質の精製には、当技術分野において一般に使用される精製法を用いることができる。菌体の分離には、例えば、遠心分離、濾過、限外濾過等を用いることができる。菌体の分離後に得られる培養上清液に含まれる不凍タンパク質は、硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウム等による塩析法、アセトンやエタノールによる有機溶媒沈殿法、陽イオン交換体(例えば、CM、S、SP)又は陰イオン交換体(例えば、DEAE、Q、QAE)等を用いたカラムクロマトグラフィー法、アガロース誘導体等を用いたゲル濾過法等により単離・精製することができる。
【0021】
これらの方法で得られた粗精製不凍タンパク質及び精製不凍タンパク質は、グリセロール、シュークロース、エチレングリコール等の安定化剤を添加して液状で使用することができ、又は、スプレードライや凍結乾燥等の乾燥法を用いて粉末として使用することもできる。
【0022】
上記のように、本発明の不凍タンパク質は、アンタクトマイセス属に属する菌類、好ましくはアンタクトマイセス・サイクロトロフィクスを培養し、培養液から回収することにより製造できる。本菌類は安価な培地を用いて容易に大量培養が可能なことから、安価にかつ大量に本発明の不凍タンパク質を得ることができる。
【0023】
本発明のアンタクトマイセス属菌類に由来する不凍タンパク質は、好ましくは配列番号1で表されるN末端アミノ酸配列又はこれらと実質的に相同なN末端アミノ酸配列を含み、ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミド電気泳動法で測定した場合の分子量が、20〜30kDa、好ましくは25〜30kDa、最も好ましくは28kDaの不凍タンパク質である。なお、マススペクトロメトリー法で測定した場合の分子量は、21,400〜22,500である。本発明の不凍タンパク質は、水溶液の凝固点を降下させる効果を有する。実質的に相同なN末端アミノ酸配列とは、配列番号1で表されるN末端アミノ酸配列と、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有するN末端アミノ酸配列をさす。
【0024】
本発明のアンタクトマイセス属菌類由来の不凍タンパク質を含む水溶液の凝固点降下度は、従来のイシカリガマホタケ由来の不凍タンパク質を含む水溶液の凝固点降下度より小さい。また、本発明のアンタクトマイセス属菌類由来の不凍タンパク質は、担子菌類由来不凍タンパク質とは異なり、魚類由来不凍タンパク質と同様に、氷結晶をバイピラミッド形に修飾する。しかし、本発明の不凍タンパク質が低濃度で結合した氷結晶の表面は滑らかではなく、詳細を比較すれば魚類由来不凍タンパク質とも異なる。さらに、本発明のアンタクトマイセス属菌類由来の不凍タンパク質は、低濃度(例えば、0.1mg/ml)で強い再結晶抑制活性を示すことから、新規な生化学的性質を有するタンパク質であるといえる。また、イシカリガマホタケ由来の不凍タンパク質が、凍結乾燥すると不凍活性を失うのに対し、本発明のアンタクトマイセス属菌類由来の不凍タンパク質は、凍結乾燥後も不凍活性を保持することができる。本発明の不凍タンパク質は、pH2.0〜13.0の広いpH範囲で不凍活性を示す点においても優れている。本発明の不凍タンパク質はまた、pH8.0〜10.0において、最も高い不凍活性を示す。
【0025】
本発明の不凍タンパク質は、その高度な不凍活性及び生産性の高さから、冷凍食品の品質保持、細胞の冷凍保存耐性の向上、冷熱供給システム又は冷熱蓄熱システムに有利に使用することができる。本発明の不凍タンパク質は凍結防止剤の製造のために使用することもできる。本発明で得られたタンパク質は、数種を混合して使用することもできる。さらに、不凍タンパク質を産生する能力を有するアンタクトマイセス属菌類、好ましくはアンタクトマイセス・サイクロトロフィクス、さらに好ましくはアンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株の抽出物も同様に不凍活性を有するため、上記用途に使用できる。
【実施例】
【0026】
以下に、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
(実施例1)アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス由来不凍タンパク質の製造
Difco社製ポテト・デキストロース液体培地1lを3l容三角フラスコに移し、121℃にて15分間オートクレーブ滅菌を行った。種菌としてAntarctomycespsychrotrophicus Syw−1株(アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株)(受託番号:NITE P−725)を接種し、−1℃で1ヶ月間培養し、培養液を得た。該培養液をろ過・遠心分離し、得られた上清液を透析した後、Q−、ハイドロキシアパタイト及びゲルろ過カラムクロマトグラフィーで分画し、ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミド電気泳動法により単一バンドになるまで精製を行い、凍結乾燥により精製タンパク質標品を得た。得られたタンパク質は下記の性質を有していた。
【0027】
タンパク質の分子量は、ドテシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミド電気泳動法及びマススペクトローメトリー法で測定したところ、それぞれ約28Da(図1A)及び約21,400〜22,500に複数のピークが存在した。また、糖鎖酸化染色及びグリコシダーゼ処理により、本タンパク質の染色及び分子量の減少が認められ、本タンパク質に糖鎖修飾の存在が認められた(図1B)。また、既に発明者らによって作成された抗イシカリガマホタケ不凍タンパク質抗体とのウエスタン・ブロッティング解析を行った結果、本タンパク質は抗イシカリガマホタケ不凍タンパク質抗体との免疫学的交叉が認められなかった(図1C)。さらに、本タンパク質のN末端アミノ酸配列をエドマン法により決定した。得られた配列は、
Ala−Gly−Leu−Asp−Leu−Gly−Ala−Ala−Ser−Xaa−Phe−Gly−Ala−Leu−Ala−Phe−Glu−Gly−Val−Ala(配列番号1)であり、データベースとの照合の結果、新規のタンパク質であることが確認された。ここでXaaは、未知のアミノ酸を示す。
【0028】
(実施例2)不凍活性の測定
1.熱ヒステリシス及び氷結晶形状修飾の測定
実施例1の方法で製造した南極産子嚢菌アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株由来不凍タンパク質(以下、本発明の不凍タンパク質と称する場合がある)を超純水で、濃度0.1〜20mg/mlの範囲に調整した試料を用いて測定を行った。不凍タンパク質溶液を直径1mmのキャピラリーガラス管に1μl入れ、試料水分の蒸発を防止するためにキャピラリー管の両端にミネラルオイルを入れた。試料が入っているキャピラリー管を測定用顕微鏡の冷却ステージに乗せ、コントローラーにより冷却ステージ温度を制御した。サンプル温度を−30℃まで冷却し、全体を凍らせた後、同じ速度でサンプルを加熱した。融点付近の温度になると、速度を0.5℃/分とし、凍結と融解の繰り返しで徐々に1つのみの氷結晶を残し、これを氷核とした。冷却速度0.1℃/分にて氷核を溶かし、氷核が溶け出す温度を溶液の融点とした。同じ速度で冷却し、氷核の形状修飾を観察した。不凍タンパク質が氷核の成長を抑制できる限界温度を超えると氷核は急成長し、溶液全体が凍った。この温度を溶液の凝固点とした。不凍タンパク質溶液の凝固点と融点の差を熱ヒステリシスとした。アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株由来精製不凍タンパク質が示す凝固点降下度は、イシカリガマホタケより調製した担子菌類由来不凍タンパク質より低く(図2)、魚類由来の不凍タンパク質と同様に、氷結晶をバイピラミッド状に修飾した。しかし、本不凍タンパク質が低濃度で結合した氷結晶表面は滑らかではなく、詳細を比較すれば魚類由来不凍タンパク質とも異なっていた(図3)。
【0029】
2.氷の再結晶抑制効果の測定
実施例1の方法で製造したアンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株由来の不凍タンパク質を含む試料(0.05及び0.1mg/ml)を二枚のスライド・カバーガラスの間に挟み、熱ヒステリシス測定時と同様な装置を用いて測定した。冷却速度55℃/分にて試料を急速凍結させ、その後、−6℃に加温し、この状態で3時間保持した。不凍タンパク質を含まない試料(ネガティブコントロール)では、同条件にて保持することにより、氷結晶数の減少及び一氷結晶当たりの面積の増加により氷の再結晶が確認された(図4B)。一方、本発明の不凍タンパク質を含む試料では、氷結晶数の減少及び一氷結晶あたりの面積の増大は殆ど認められなかった(図4C及びD)。
【0030】
(実施例3)不凍活性のpH依存性
実施例1の方法で製造したアンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株由来不凍タンパク質又はイシカリガマホタケ由来不凍タンパク質を含む試料を100mM 広域緩衝液にそれぞれ溶解させ、2mg/mlに調整し、実施例2に示す方法にて熱ヒステリシスの測定を行った。本発明の不凍タンパク質は、イシカリガマホタケ由来不凍タンパク質とは異なり、pH2.0〜13.0までの広いpH域にて活性を示し、至適pHは9.0付近であった(図5)。
【0031】
(実施例4)凍結乾燥処理による活性変化
実施例1の方法で製造したアンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株及びイシカリガマホタケ由来の不凍タンパク質を含む試料(0.1mg/ml)をそれぞれ超純水に溶解させた後、100μlを−80℃にて12時間かけて凍結させた後、2日間凍結乾燥処理を行った。処理後、再び超純水に溶解させ、実施例2に示す方法にて熱ヒステリシス及び再結晶抑制効果の測定を行った。表1に示すとおり、イシカリガマホタケ由来不凍タンパク質は凍結乾燥処理によって活性を失ったが、本発明の不凍タンパク質は処理後も活性に変化が無かった。
【0032】
【表1】

【0033】
以上の結果から、本発明の不凍タンパク質は、従来の不凍タンパク質よりも安定性が高く、再結晶抑制効果を有することが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
南極産子嚢菌アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス由来不凍タンパク質は従来の不凍タンパク質よりも安定性した再結晶抑制効果を有する。また、菌類の持つ生物学的特性から、菌類の培養により大量の不凍タンパク質を安価に調製することができる。さらに、試験した菌株は人体に対する毒性が報告されていないことから、安全性も高いと考えられる。従って、本発明は、例えば、アイスクリーム等の冷凍食品の品質保持、細胞及び組織の冷凍保存、又は冷熱供給システム、冷熱蓄熱システム等における凍結による配管系の閉塞の防止等において、不凍タンパク質の利用促進を図るための極めて実用的かつ有効な技術である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンタクトマイセス属に属する菌類の産生する不凍タンパク質。
【請求項2】
糖鎖を有する、請求項1に記載の不凍タンパク質。
【請求項3】
アンタクトマイセス属に属する菌類がアンタクトマイセス・サイクロトロフィクスである請求項1又は2に記載の不凍タンパク質。
【請求項4】
配列番号1で表されるN末端アミノ酸配列又はこれらと実質的に相同なN末端アミノ酸配列を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の不凍タンパク質。
【請求項5】
アンタクトマイセス属に属する菌類が産生する不凍タンパク質であって、配列番号1で表されるN末端アミノ酸配列又はこれらと実質的に相同なN末端アミノ酸配列を含む分子量20〜30kDaの不凍タンパク質。
【請求項6】
pH2.0〜13.0の範囲で不凍活性を示す、請求項1〜5のいずれか1項に記載の不凍タンパク質。
【請求項7】
不凍タンパク質を産生する能力を有するアンタクトマイセス・サイクロトロフィクスを低温下培養し、該培養液から不凍タンパク質を回収することを特徴とする不凍タンパク質の製造方法。
【請求項8】
アンタクトマイセス・サイクロトロフィクスが、アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株(NITE P−725)である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の不凍タンパク質を含む凍結防止剤。
【請求項10】
アンタクトマイセス・サイクロトロフィクス Syw−1株(NITE P−725)。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−241697(P2010−241697A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−89269(P2009−89269)
【出願日】平成21年4月1日(2009.4.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504202472)大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 (119)
【Fターム(参考)】