説明

単一発光粒子検出を用いた光分析装置、光分析方法並びに光分析用コンピュータプログラム

【課題】 共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡を用いて複数の互いに異なる波長帯域毎に光を測定して発光粒子の信号を検出する走査分子計数法に於いて、レンズの色収差による光検出領域の位置と寸法のずれに起因する複数の波長帯域に同時に発生する信号の数の低減を補正する新規な手法を提案すること。
【解決手段】 本発明の走査分子計数法による光分析技術では、試料溶液内にて光検出領域の位置を移動させながら計測された複数の波長帯域の時系列光強度データの各々にて検出された信号の数とそのうちの同時に発生した信号の数との関係を用いて、複数の波長帯域にて光を発する粒子の存在比率が推定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いて、溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はこれらの凝集体(以下、これらを「粒子」と称する。)、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の対象物、或いは、非生物学的な粒子からの光を検出して、それらの状態(相互作用、結合・解離状態など)の分析又は解析に於いて有用な情報を取得することが可能な光分析技術に係り、より詳細には、上記の如き光学系を用いて単一の発光する粒子からの光を個別に検出して種々の光分析を可能にする光分析装置、光分析方法並びに光分析用コンピュータプログラムに係る。なお、本明細書に於いて、光を発する粒子(以下、「発光粒子」と称する。)は、それ自身が光を発する粒子、又は、任意の発光標識若しくは発光プローブが付加された粒子のいずれであってもよく、発光粒子から発せられる光は、蛍光、りん光、化学発光、生物発光、散乱光等であってよい。
【背景技術】
【0002】
近年の光計測技術の発展により、共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング(1光子検出)も可能な超高感度の光検出技術とを用いて、一光子又は蛍光一分子レベルの微弱光の検出・測定が可能となっている。そこで、そのような微弱光の計測技術を用いて、生体分子等の特性、分子間相互作用又は結合・解離反応の検出を行う装置又は方法が種々提案されている。例えば、蛍光相関分光分析(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS。例えば、特許文献1−3、非特許文献1−3参照)に於いては、レーザー共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いて、試料溶液中の微小領域(顕微鏡のレーザー光が集光された焦点領域−コンフォーカル・ボリュームと称される。)内に出入りする蛍光分子又は蛍光標識された分子(蛍光分子等)からの蛍光強度の測定が為され、その測定された蛍光強度の自己相関関数の値から決定される微小領域内に於ける蛍光分子等の平均の滞留時間(並進拡散時間)及び滞留する分子の数の平均値に基づいて、蛍光分子等の運動の速さ又は大きさ、濃度といった情報の取得、或いは、分子の構造又は大きさの変化や分子の結合・解離反応又は分散・凝集といった種々の現象の検出が為される。また、蛍光強度分布分析(Fluorescence-Intensity Distribution Analysis:FIDA。例えば、特許文献4、非特許文献4)やフォトンカウンティングヒストグラム(Photon Counting Histogram:PCH。例えば、特許文献5)では、FCSと同様に計測されるコンフォーカル・ボリューム内に出入りする蛍光分子等の蛍光強度のヒストグラムが生成され、そのヒストグラムの分布に対して統計的なモデル式をフィッティングすることにより、蛍光分子等の固有の明るさの平均値とコンフォーカル・ボリューム内に滞留する分子の数の平均値が算定され、これらの情報に基づいて、分子の構造又は大きさの変化、結合・解離状態、分散・凝集状態などが推定されることとなる。またその他に、特許文献6、7に於いては、共焦点顕微鏡の光学系を用いて計測される試料溶液の蛍光信号の時間経過に基づいて蛍光性物質を検出する方法が提案されている。特許文献8は、フローサイトメータに於いて流通させられた蛍光微粒子又は基板上に固定された蛍光微粒子からの微弱光をフォトンカウンティング技術を用いて計測してフロー中又は基板上の蛍光微粒子の存在を検出するための信号演算処理技術を提案している。
【0003】
特に、FCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術とを用いた微小領域の蛍光測定技術を用いた方法によれば、測定に必要な試料は、従前に比して極めて低濃度且微量でよく(一回の測定で使用される量は、たかだか数十μL程度)、測定時間も大幅に短縮される(一回の測定で秒オーダーの時間の計測が数回繰り返される。)。従って、これらの技術は、特に、医学・生物学の研究開発の分野でしばしば使用される希少な或いは高価な試料についての分析を行う場合や、病気の臨床診断や生理活性物質のスクリーニングなど、検体数が多い場合に、従前の生化学的方法に比して、低廉に、或いは、迅速に実験又は検査が実行できる強力なツールとなることが期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−098876
【特許文献2】特開2008−292371
【特許文献3】特開2009−281831
【特許文献4】特許第4023523号
【特許文献5】国際公開2008−080417
【特許文献6】特開2007−20565
【特許文献7】特開2008−116440
【特許文献8】特開平4−337446号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】金城政孝、蛋白質 核酸 酵素 Vol.44、No.9、1431−1438頁 1999年
【非特許文献2】エフ・ジェイ・メイヤー・アルムス(F.J.Meyer-Alms)、フルオレセンス・コリレーション・スペクトロスコピー(Fluorescence Correlation Spectroscopy)、アール・リグラー編(R.Rigler)、スプリンガー(Springer)、ベルリン、2000年、204−224頁
【非特許文献3】加藤則子外4名、遺伝子医学、Vol.6、No.2、271−277頁
【非特許文献4】カスク他3名、米国科学アカデミー紀要 1999年、96巻、13756‐13761頁(P. Kask, K. Palo, D. Ullmann, K. Gall PNAS 96, 13756-13761 (1999))
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のFCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いた光分析技術では、計測される光は、蛍光一分子又は数分子から発せられた光であるが、その光の解析に於いて、時系列に測定された蛍光強度データの自己相関関数の演算又はヒストグラムに対するフィッティングといった蛍光強度のゆらぎの算出等の統計的処理が実行され、個々の蛍光分子等からの光の信号を個別に参照又は分析するわけではない。即ち、これらの光分析技術に於いては、複数の蛍光分子等からの光の信号が統計的に処理され、蛍光分子等について統計平均的な特性が検出されることとなる。従って、これらの光分析技術に於いて統計的に有意な結果を得るためには、試料溶液中の観測対象となる蛍光分子等の濃度又は数密度は、平衡状態に於いて、一回の秒オーダーの長さの計測時間のうちに統計的処理が可能な数の蛍光分子等が微小領域内を入出するレベル、好適には、微小領域内に常に一個程度の蛍光分子等が存在しているレベルである必要がある。実際、コンフォーカル・ボリュームの体積は、1fL程度となるので、上記の光分析技術に於いて使用される試料溶液中の蛍光分子等の濃度は、典型的には、1nM程度若しくはそれ以上であり、1nMを大幅に下回るときには、蛍光分子等がコンフォーカル・ボリューム内に存在しない時間が生じて統計的に有意な分析結果が得られないこととなる。一方、特許文献6〜8に記載の蛍光分子等の検出方法では、蛍光強度のゆらぎの統計的演算処理が含まれておらず、試料溶液中の蛍光分子等が1nM未満であっても蛍光分子等の検出が可能であるが、溶液中でランダムに運動している蛍光分子等の濃度又は数密度を定量的に算出するといったことは達成されていない。
【0007】
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、観測対象となる発光粒子の濃度又は数密度が、FCS、FIDA等の統計的処理を含む光分析技術で取り扱われるレベルよりも低い試料溶液中の発光粒子の状態又は特性を定量的に観測することを可能にする新規な原理に基づく光分析技術を提案した。かかる新規な光分析技術に於いては、端的に述べれば、FCS、FIDA等と同様に共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いるところ、試料溶液内に於いて光の検出領域である微小領域(以下、「光検出領域」と称する。)の位置を移動させながら、即ち、光検出領域により試料溶液内を走査しながら、光検出領域が試料溶液中に分散してランダムに運動する発光粒子を包含したときに、その発光粒子から発せられる光を検出し、これにより、試料溶液中の発光粒子の一つ一つを個別に検出して、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度に関する情報の取得を可能にする。この新規な光分析技術(以下、「走査分子計数法」と称する。)によれば、測定に必要な試料がFCS、FIDA等の光分析技術と同様に微量(例えば、数十μL程度)であってもよく、また、測定時間が短く、しかも、FCS、FIDA等の光分析技術の場合に比して、より低い濃度又は数密度の発光粒子の存在を検出し、その濃度、数密度又はその他の特性を定量的に検出することが可能となる。
【0008】
また、本願出願人は、上記の走査分子計数法に於いて、試料溶液中に複数の種類の発光粒子が含まれる場合に、光検出領域からの光を互いに異なる波長帯域毎に測定し、これにより、個別に検出された発光粒子の光の信号が少なくとも二つの波長帯域にて同時に検出されているか否かによって、つまり、発光粒子の発する光の波長に基づいて、発光粒子の種類を識別する手法を提案した(特願2010−202994)。かかる手法に於いては、少なくとも二つの波長帯域にて同時に検出された信号の数と少なくとも二つの波長帯域のうちの一つのみにて検出された信号の数との計測を通じて、発光粒子の濃度や存在比率を発光粒子の種類別に推定することも可能となる。
【0009】
ところで、複数の互いに異なる波長帯域毎に光検出領域からの光を検出し、発光粒子の発する光の波長に基づいて発光粒子の種類を識別する場合に於いては、各波長帯域の光検出領域が完全に一致していることが理想的である。しかしながら、光検出領域の位置と寸法は、レンズの色収差による対物レンズの焦点領域の位置、励起光の集光領域の位置及び集光の程度及び/又は光検出器へ到達する光の発せられる領域の位置及び寸法(径)の変化に起因して、光の波長によって僅かに異なり得る(図4参照)。従って、複数の互いに異なる波長帯域のうちの一部の波長帯域の光しか検出されない領域が形成されることとなり、そのような領域を発光粒子が通過したときには、その発光粒子が、本来、複数の互いに異なる波長帯域にて同時に検出されるべき光の成分を発するものであったとしても、一部の波長帯域でしか光が検出されないこととなる。即ち、複数の互いに異なる波長帯域の光検出領域の位置及び/又は寸法が互いにずれている場合には、発光粒子の通過経路によって、各波長帯域に於いて検出される光の強度が異なり、従って、複数の互いに異なる波長帯域にて同時に検出されるべき信号の数が、各波長帯域の光検出領域が完全に一致している場合に比して、低減することとなる。そうすると、少なくとも二つの波長帯域にて同時に検出された信号の数と少なくとも二つの波長帯域のうちの一つのみにて検出された信号の数との比率は、試料溶液中の実際の発光粒子の存在比率と相違することとなり(少なくとも二つの波長帯域のうちの一つのみにて検出された信号の中に二つの波長帯域にて光を発する発光粒子の信号が含まれることとなる。)、また、二つの波長帯域にて光を発する発光粒子の濃度を決定するためには、二つの波長帯域の光検出領域の重複した領域の寸法を求めることが必要となる。即ち、互いに異なる波長帯域の光検出領域の位置及び寸法にずれがあるとき、複数の波長帯域にて同時に検出された信号の数が、複数の波長帯域にて同時に検出されるべき発光粒子の数に等しいと考えることができないこととなる。
【0010】
上記の如き互いに異なる波長帯域の「光検出領域」の位置と寸法に於けるレンズの色収差によるずれに起因する問題は、複数の互いに異なる波長帯域に於ける発光の態様が既知の発光粒子、例えば、二つの波長帯域の光を発することが既知の発光粒子であって濃度又は(他の発光粒子に対する)存在比率が既知である発光粒子を含む試料溶液(対照溶液)を用いた計測結果を利用することにより解消可能である。即ち、二つの波長帯域の光を発する発光粒子の濃度が既知である対照溶液について、二つの波長帯域の一方及び他方の各々に於ける信号の数と二つの波長帯域にて同時に検出された信号の数とを検出し、それぞれの信号の数と実際の発光粒子濃度とを比較することにより、光検出領域全体に於ける互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複領域の割合が決定され、また、その結果を利用することにより、二つの波長帯域の光を発する発光粒子の濃度が未知である試料溶液中のかかる発光粒子の濃度又は存在比率を決定することが可能となる。しかしながら、その場合には、検査されるべき試料溶液とは別に、二つの波長帯域の光を発する発光粒子の濃度が既知である対照溶液の準備及び計測が必要となり、検査に要する時間、手間、費用が増えることとなる。
【0011】
かくして、本発明の一つの課題は、走査分子計数法に従った光分析技術に於いて、光検出領域からの光を複数の波長帯域毎に測定して、各波長帯域に於ける発光粒子からの光の信号を個別に検出し、これにより、個別に検出された発光粒子の光の信号が複数の波長帯域にて同時に検出されているか否かによって、発光粒子の種類を識別できる態様にて、試料溶液中の発光粒子の検出を実行する場合に於いて、「光検出領域」の位置と寸法に於けるレンズの色収差によるずれに起因する複数の互いに異なる波長帯域にて同時に検出されるべき発光粒子の信号の数の低減の補正を、対照溶液の準備及び計測を要することなく、達成できる新規な手法を提案することである。
【0012】
この点に関し、本発明の発明者は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系に於いて、光検出領域の寸法(特に、断面積)は、その光検出領域に於いて検出される発光粒子の光を表す信号の数と関係づけることができ、かかる関係と、複数の波長帯域のそれぞれの光検出領域の互いの位置関係とを用いて、光検出領域の位置と寸法に於けるレンズの色収差によるずれに起因する互いに異なる波長帯域にて同時に検出されるべき発光粒子の信号の数の低減の補正が可能となることを見出した。本発明に於いては、かかる知見が用いられる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一つの態様によれば、上記の課題は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析装置であって、顕微鏡の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於ける光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動部と、光検出領域からの光のうちの互いに異なる波長帯域の光の成分を検出する複数の光検出部と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら複数の光検出部にて検出された光検出領域からの光のうちの互いに異なる波長帯域の光の成分の時系列の光強度データをそれぞれ生成し、時系列の光強度データのそれぞれに於いて発光粒子の各々からの信号を個別に検出し、更に、前記の互いに異なる波長帯域のうちの二つの時系列の光強度データに於いて同時に発生した発光粒子の信号を検出する信号処理部とを含み、信号処理部が、前記の二つの互いに異なる波長帯域の一方の光を放出する光検出領域と前記の二つの互いに異なる波長帯域の他方の光を放出する光検出領域との互いの位置関係と、前記の二つの互いに異なる波長帯域の一方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係と、前記の二つの互いに異なる波長帯域の他方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係とから導かれる前記の二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出した発光粒子の信号の数と、前記の二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出した発光粒子の信号の数と、前記の二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出した発光粒子の信号の数との関係を用いて、
(a)試料溶液が少なくとも一つの種類の発光粒子を含む場合にかかる少なくとも一つの種類の発光粒子に於ける前記の互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の存在比率、
(b)前記の互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複した領域の大きさの割合、
(c)前記の互いに異なる波長帯域の光検出領域が一致していると仮定したときに前記の二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出されるべき発光粒子の信号の数、及び
(d)前記の互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の試料溶液中での濃度
のうちの少なくとも一つを推定可能であることを特徴とする装置によって達成される。
【0014】
上記の構成に於いて、「試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子」とは、試料溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はそれらの凝集体などの、光を発する粒子であって、基板などに固定されず、溶液中を自由にブラウン運動している粒子であれば任意の粒子であってよい。かかる発光粒子は、典型的には、蛍光性粒子であるが、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する粒子であってもよい。共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、それらの顕微鏡に於いて光が検出される微小領域であり、対物レンズから照明光が与えられる場合には、その照明光が集光された領域に相当する(共焦点顕微鏡に於いては、特に対物レンズとピンホールとの位置関係により確定される。発光粒子が照明光なしで発光する場合、例えば、化学発光又は生物発光により発光する粒子の場合には、顕微鏡に於いて照明光は要しない。)。なお、本明細書に於いて、「発光粒子の信号」という場合には、特に断らない限り、発光粒子からの光を表す信号を指すものとする。
【0015】
端的に述べれば、上記の本発明の基本的な構成に於いては、走査分子計数法に従って、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動しながら、即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、逐次的に、光の検出が行われる。そうすると、試料溶液内にて移動する光検出領域が、ランダムに運動している発光粒子を包含したときには、発光粒子からの光が検出され、これにより、一つの発光粒子の存在が検出されることが期待される。従って、逐次的に検出された光に於いて発光粒子からの光の信号を個別に検出して、これにより、粒子の存在を一つずつ個別に逐次的に検出し、粒子の溶液内での状態に関する種々の情報が取得されることとなる。その際、特に、本発明に於いては、複数の互いに異なる波長帯域の光強度が波長帯域毎に且つ同時に測定され、かかる測定により生成された複数の波長帯域の時系列の光強度データに於いて同時に発生した信号の各々を個別に検出する。同時に発生した信号が存在している期間に於いては、前記の二つの波長帯域の全てに発光波長帯域を有する発光粒子が光検出領域に進入したと考えられるので、その期間に於いて、複数の種類の発光粒子のうちの少なくとも一つの特定の種類の発光粒子が光検出領域に包含されたと判断でき、従って、その同時に発生した信号が複数の種類の発光粒子のうちの少なくとも一つの特定の種類の発光粒子の信号であると識別できることとなる。そして、観測対象となる粒子がいずれの波長帯域に於いて光を発するかを予め把握しておけば、前記の同時に発生した信号が、観測対象粒子の信号であるのか、観測対象粒子以外の発光粒子の信号であるのかが識別可能となる。
【0016】
しかしながら、上記の如き複数の波長帯域の光の成分を計測する走査分子計数法の場合、既に述べた如く、レンズの色収差に起因して、通常は、互いに異なる波長帯域の光検出領域の位置及び寸法に若干のずれが生じ、これにより、光検出領域に於いて、互いに異なる波長帯域の全ての成分の光の検出が可能となる領域は、互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複領域のみとなる。従って、互いに異なる波長帯域の全ての光を発する発光粒子であっても、互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複領域以外の光検出領域を通過したときには、その光を表す信号は、互いに異なる波長帯域のうちの一部でしか検出されないこととなるので、互いに異なる波長帯域の光強度データに於いて同時に発生した信号の数は、光検出領域全体を実際に通過した互いに異なる波長帯域の全ての光を発する発光粒子の数よりも低減することとなっていた。
【0017】
そこで、本発明に於いては、既に触れた如く、光検出領域の寸法がその光検出領域に於いて検出される発光粒子の光を表す信号の数と関係づけることができる点に着目し、かかる関係を通じて、複数の波長帯域の光の成分を計測する走査分子計数法により得られた結果に対して種々の補正が実行できるよう装置が構成される。具体的には、上記の構成に記載されている如く、本発明の装置は、二つの互いに異なる波長帯域の一方の光を放出する光検出領域と二つの互いに異なる波長帯域の他方の光を放出する光検出領域との互いの位置関係と、二つの互いに異なる波長帯域の一方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係と、二つの互いに異なる波長帯域の他方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係とから導かれる互いに異なる波長帯域の二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出した発光粒子の信号の数と、前記の二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出した発光粒子の信号の数と、前記の二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出した発光粒子の信号の数との関係を用いて、上記の(a)〜(d)の項目の少なくとも一つが推定可能となるよう構成される。かかる構成に於いて、(a)〜(d)の各項目の決定は、試料溶液についての複数の波長帯域の光検出の後、信号処理部に於ける演算によって達成され、複数の波長帯域にて同時に光を発する発光粒子の対照溶液の準備及び計測が不要となるので、検査に要する時間、手間、費用の大幅な増大が回避されることが期待される。
【0018】
上記の本発明の装置の信号処理部の実施の態様に於いては、後述の実施の態様の説明により詳細に記載されている如く、時系列の光強度データの取得後、まず、第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、二つの時系列の光強度データのうちの一方に於ける第一の検出閾値以上の強度を有する第一の信号の数の検出と、二つの時系列の光強度データのうちの他方に於ける第二の検出閾値以上の強度を有する第二の信号の数の検出と、二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて第一の検出閾値以上の強度を有する信号と二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて第二の検出閾値以上の強度を有する信号とに於いて同時に発生した同時発生信号の数の検出とを含む信号数検出処理が実行される。そして、かかる信号数検出処理により得られた複数の第一の検出閾値及び第二の検出閾値の組に対する複数の第一の信号の数と第二の信号の数と同時発生信号の数の組とを用いて、二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された発光粒子の信号の数との関係が決定される。本発明の発明者の研究に於いて、かかる二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された発光粒子の信号の数との前記の関係は、第一の信号の数と該第一の信号を与える発光粒子の光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、第二の信号の数と該第二の信号を与える発光粒子の光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、同時発生信号の数と同時発生信号を与える発光粒子の光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係とに基づいて決定された式にて表すことが可能であることが見出されているので、信号処理部の構成に於いては、かかる知見が利用されてよい。
【0019】
なお、計測結果と共に、上記の信号処理の結果は、装置の任意の表示部に表示され、使用者が、光検出領域のうちの前記互いに異なる二つの波長帯域の二つの光の成分を発する領域の重複した領域の大きさの割合や試料溶液中に於ける発光粒子の存在比率及び/又は濃度を認知できるようになっていることが好ましい。従って、本発明の装置に於いては、好ましくは、光検出領域のうちの互いに異なる二つの波長帯域のうちの一方の光の成分を発する領域、光検出領域のうちの互いに異なる二つの波長帯域のうちの他方の光の成分を発する領域、及び、光検出領域のうちの互いに異なる二つの波長帯域の二つの光の成分を発する領域の重複した領域の大きさの割合を表示する表示部及び/又は試料溶液中に於ける発光粒子の存在比率及び/又は濃度を表示する表示部が設けられる。特に、これらは、グラフィックイメージで表示されてよい。
【0020】
上記の本発明の構成に於ける光検出領域の位置の移動に関して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更されてよい。当業者に於いて理解される如く、発光粒子から検出される光の態様は、その特性又は試料溶液中の数密度又は濃度によって変化し得る。特に、光検出領域の移動速度が速くなると、1つの発光粒子から得られる光量は低減することとなるので、1つの発光粒子からの光が精度よく又は感度よく計測できるように、光検出領域の移動速度は、適宜変更されることが好ましい。
【0021】
更に、上記の光検出領域の位置の移動に関して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、発光粒子の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。上記に説明されている如く、本発明では、光検出領域が1つの発光粒子から発せられる光を検出して、発光粒子を個別に検出する。しかしながら、発光粒子が溶液中でブラウン運動することによりランダムに移動して、複数回、光検出領域を出入りする場合には、1つの発光粒子から複数回、(その存在を表す)信号が検出されてしまう可能性があり、検出された信号と1つの発光粒子の存在とを対応させることが困難となる。そこで、上記の如く、光検出領域の移動速度を発光粒子の拡散移動速度よりも高く設定し、これにより、1つの発光粒子を、1つの信号に対応させることが可能となる。なお、拡散移動速度は、発光粒子によって変わるので、上記の如く、発光粒子の特性(特に、拡散係数)に応じて、光検出領域の移動速度は適宜変更されることが好ましい。
【0022】
光検出領域の位置の移動のための光学系の光路の変更は、任意の方式で為されてよい。例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いて光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよく、例えば、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。なお、本発明に於いては、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動するよう構成されていることにより、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液に於いて機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しないので、試料溶液中の発光粒子が力学的な作用の影響を受けることなく(アーティファクトの無い状態で)安定した状態にて、光の計測が可能である(例えば、試料に流れを発生させる場合には常に一様な流速を与えることは困難であると共に、装置構成が複雑となり、また、必要な試料量が大幅に増大すると共に、流れによる流体力学的作用によって溶液中の発光粒子又はその他の物質が変質又は変性してしまう可能性がある。)。そして、試料溶液を流通させるといった構成が必要ではないので、FCS、FIDA等の場合と同様に微量(1〜数十μL程度)の試料溶液にて計測及び分析が可能である。
【0023】
上記の本発明の装置による走査分子計数法に従った光分析技術に於いて、複数の波長帯域の光検出領域の位置関係及び寸法とそれぞれの光検出領域に於いて検出される発光粒子の光を表す信号の数との関係を通じて、複数の波長帯域の光の成分の計測結果に対する分析を実行する処理は、汎用のコンピュータによっても実現可能である。従って、本発明のもう一つの態様によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出するための光分析用コンピュータプログラムであって、顕微鏡の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於ける光学系の光検出領域の位置を移動する第一の手順と、試料溶液内に於ける光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光のうちの互いに異なる波長帯域の光の成分の強度を別々に測定して時系列の光強度データをそれぞれ生成する第二の手順と、時系列の光強度データのそれぞれに於いて個々の発光粒子からの信号を個別に検出する手順と、互いに異なる波長帯域のうちの二つの時系列の光強度データに於いて同時に発生した発光粒子の信号を検出する第四の手順と、二つの互いに異なる波長帯域の一方の光を放出する光検出領域と二つの互いに異なる波長帯域の他方の光を放出する光検出領域との互いの位置関係と、二つの互いに異なる波長帯域の一方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係と、二つの互いに異なる波長帯域の他方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係とから導かれる二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された前記発光粒子の信号の数との関係を用いて、
(a)試料溶液が少なくとも一つの種類の発光粒子を含む場合に少なくとも一つの種類の発光粒子に於ける互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の存在比率、
(b)二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複した領域の大きさの割合、
(c)二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域が一致していると仮定したときに二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出されるべき発光粒子の信号の数、及び
(d)互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の前記試料溶液中での濃度
のうちの少なくとも一つを推定する第五の手順と
をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラムが提供される。
【0024】
かかるコンピュータプログラムに於いても、実施の形態に於いて、第三の手順に於いて、第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、前記の二つの時系列の光強度データのうちの一方に於ける第一の検出閾値以上の強度を有する第一の信号の数の検出と、前記の二つの時系列の光強度データのうちの他方に於ける第二の検出閾値以上の強度を有する第二の信号の数の検出とを実行し、第四の手順に於いて、第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、前記の二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて第一の検出閾値以上の強度を有する信号と前記の二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて第二の検出閾値以上の強度を有する信号とに於いて同時に発生した同時発生信号の数の検出を実行し、第五の手順に於いて、第三及び第四の過程に於いて得られた複数の第一の検出閾値及び第二の検出閾値の組に対する複数の第一の信号の数と第二の信号の数と同時発生信号の数の組とを用いて、二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された前記発光粒子の信号の数との前記の関係が決定されてよい。その場合、好適には、二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された発光粒子の信号の数との前記の関係は、第一の信号の数と該第一の信号を与える発光粒子の光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、第二の信号の数と該第二の信号を与える発光粒子の光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、同時発生信号の数と該同時発生信号を与える発光粒子の光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係とに基づいて決定された式にて表される。
【0025】
また、上記の本発明のコンピュータプログラムに於いても、光検出領域の位置を移動する手順に於いて、光検出領域の位置が所定の速度にて或いは発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されるようになっていてよく、光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて設定されるようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。また、更に、上記の本発明のコンピュータプログラムに於いて、光検出領域のうちの互いに異なる二つの波長帯域のうちの一方の光の成分を発する領域、光検出領域のうちの互いに異なる二つの波長帯域のうちの他方の光の成分を発する領域、及び、光検出領域のうちの互いに異なる二つの波長帯域の二つの光の成分を発する領域の重複した領域の大きさの割合を表示する手順及び/又は試料溶液中に於ける前記発光粒子の存在比率及び/又は濃度を表示する手順が含まれていてよい。
【0026】
更に、上記の本発明の装置又はコンピュータプログラムによれば、新規な光分析方法が実現される。従って、本発明によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析方法であって、顕微鏡の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於いて光学系の光検出領域の位置を移動する第一の過程と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出領域からの光のうちの互いに異なる波長帯域の光の成分の強度を別々に測定して時系列の光強度データをそれぞれ生成する第二の過程と、時系列の光強度データのそれぞれに於いて発光粒子の光を表す信号を個別に検出する第三の過程と、互いに異なる波長帯域のうちの二つの時系列の光強度データに於いて同時に発生した発光粒子の信号を検出する第四の過程と、前記二つの互いに異なる波長帯域の一方の光を放出する光検出領域と前記二つの互いに異なる波長帯域の他方の光を放出する光検出領域との互いの位置関係と、前記二つの互いに異なる波長帯域の一方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係と、前記二つの互いに異なる波長帯域の他方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係とから導かれる二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された発光粒子の信号の数との関係を用いて、
(a)試料溶液が少なくとも一つの種類の発光粒子を含む場合に少なくとも一つの種類の発光粒子に於ける互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の存在比率、
(b)二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複した領域の大きさの割合、
(c)二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域が一致していると仮定したときに二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出されるべき発光粒子の信号の数、及び
(d)互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の試料溶液中での濃度
のうちの少なくとも一つを推定する第五の過程とを含むことを特徴とする方法が提供される。
【0027】
上記の方法に於いても、実施の形態として、第三の過程に於いて、第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、前記の二つの時系列の光強度データのうちの一方に於ける第一の検出閾値以上の強度を有する第一の信号の数の検出と、前記の二つの時系列の光強度データのうちの他方に於ける第二の検出閾値以上の強度を有する第二の信号の数の検出とを実行し、第四の過程に於いて、第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、前記の二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて第一の検出閾値以上の強度を有する信号と前記の二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて第二の検出閾値以上の強度を有する信号とに於いて同時に発生した同時発生信号の数の検出を実行し、第五の過程に於いて、第三及び第四の過程に於いて得られた複数の第一の検出閾値及び第二の検出閾値の組に対する複数の第一の信号の数と第二の信号の数と同時発生信号の数の組とを用いて、前記の二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、前記の二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、前記の二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された発光粒子の信号の数との前記関係が決定されてよい。その場合、好適には、二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された発光粒子の信号の数との前記の関係は、第一の信号の数と該第一の信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、第二の信号の数と該第二の信号を与える発光粒子の光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、同時発生信号の数と該同時発生信号を与える発光粒子の光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係とに基づいて決定された式にて表される。
【0028】
また更に、光検出領域の位置を移動するべく光学系の光路を変更する過程に於いて、光検出領域の位置が所定の速度にて或いは発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されるようになっていてよく、光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて設定されるようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。
【0029】
上記の本発明の光分析技術は、典型的には、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の生物学的な対象物の溶液中の状態の分析又は解析の用途に用いられるが、非生物学的な粒子(例えば、原子、分子、ミセル、金属コロイドなど)の溶液中の状態の分析又は解析に用いられてもよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【発明の効果】
【0030】
総じて、本発明の光分析技術では、走査分子計数法に於いて、光検出領域からの光を複数の波長帯域毎に測定して、各波長帯域に於ける発光粒子からの光の信号を個別に検出して、発光粒子の種類を識別可能な態様にて、試料溶液中の発光粒子の検出を実行する場合に、対照溶液の調製及び測定を行わなくても、信号処理を通じて、上記の(a)〜(d)の項目が推定できることとなる。これらの推定可能な量は、検査されるべき試料溶液についての、二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出した発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出した発光粒子の信号の数と、二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出した発光粒子の信号の数とを検出した後、信号処理のみにより得られるので、対称溶液を別途調製して計測を行う場合に比して、検査に要する時間、手間、費用の低減が期待される。また、複数の波長帯域の光検出領域レンズの色収差の補正を極めて厳密に実行しなくても、上記の如き(a)〜(d)の項目が得られる点で有利である。かかる作用効果により、走査分子計数法の利用可能な試料溶液の範囲が拡大され、分子間相互作用の観測及び分析などの走査分子計数法の応用範囲の拡大が期待される。
【0031】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1(A)は、本発明の光分析技術を実行する光分析装置の内部構造の模式図である。図1(B)は、コンフォーカル・ボリューム(共焦点顕微鏡の観察領域)の模式図である。図1(C)は、ミラー7の向きを変更して試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動する機構の模式図である。
【図2】図2(A)、(B)は、それぞれ、本発明の光分析技術が適用される走査分子計数法に於ける光検出の原理を説明する模式図及び計測される光強度の時間変化の模式図である。図2(C)は、それぞれ、顕微鏡の光の進行方向から見た光検出領域の断面の模式図であり、図2(D)は、(C)の場合に計測される時系列の光強度データの例の模式図である。図2(E)は、光検出領域の最大強度点Imaxからの放射方向位置rに対する発光粒子の信号の強度分布(太実線)を示す図である。
【図3】図3(A)、(C)、(D)及び(E)は、複数の波長帯域にて測定された光強度データに於いて同時に発生する信号を検出することにより識別される発光粒子の組合せの例を模式的に示した図である。図3(B)は、(A)、(C)及び(D)の場合に計測される光強度の時間変化(時系列光強度データ)の模式図であり、図3(F)は、(E)の場合に計測される光強度の時間変化(時系列光強度データ)の模式図である。
【図4】図4(A)は、波長Iのコンフォーカル・ボリューム(互いに異なる波長帯域の一方の光検出領域)CViと波長IIのコンフォーカル・ボリューム(互いに異なる波長帯域の他方の光検出領域)CViiとの位置が色収差のためにずれている状態の模式図であり、図4(B)は、(A)の場合に計測される光強度の時間変化(時系列光強度データ)の模式図である。図4(C)は、コンフォーカル・ボリュームCVii(a)、CVi(b)の重複領域Dの断面積の算出方法を説明するコンフォーカル・ボリュームの模式図である。
【図5】図5は、本発明の方法に従って実行される走査分子計数法の処理手順をフローチャートの形式で表した図である。
【図6】図6(A)、(B)は、それぞれ、発光粒子がブラウン運動をしながら光検出領域を横切る場合及び試料溶液内の光検出領域の位置を発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動することにより発光粒子が光検出領域を横切る場合の粒子の運動の態様を表すモデル図である。図6(C)は、走査分子計数法に従って、計測された時系列光強度データ(フォトンカウントの時間変化)から発光粒子の存在を検出するための処理手順に於ける検出信号の信号処理過程の例を説明する図である。
【図7】図7(A)は、計測されたフォトンカウントデータの実測例(棒グラフ)と、データをスムージングして得られる曲線(点線)と、パルス存在領域にてフィッティングされたガウス関数(実線)を示している。図中、「ノイズ」と付された信号は、ノイズ又は異物による信号であるとして無視される。図7(B)は、異なる波長帯域の時系列光強度データに於いて発生した信号が同時に発生したか否かを判定する処理を説明する図である。
【図8】図8は、本発明の装置のモニター(表示部)に表示される分析結果の表示画面の例を示している。
【図9】図9(A)は、二色の蛍光色素で標識されたオリゴヌクレオチドを発光粒子として含む試料溶液について走査分子計数法に従って得られた時系列光強度データ中で検出閾値を変更しながら検出された信号数を表すグラフである。Pは、ch1の光検出器により検出された時系列光強度データ中の信号数、Pは、ch2の光検出器により検出された時系列光強度データ中の信号数、Pは、ch1及びch2にて同時に発生した信号数である。図9(B)は、複数の種類の発光粒子を含む試料溶液中について複数の波長帯域にて光強度を計測する走査分子計数法により得られた信号数から推定される試料溶液中の二色の蛍光色素で標識されたオリゴヌクレオチドの存在比率(縦軸)を示したグラフである。横軸は、実際の二色の蛍光色素で標識されたオリゴヌクレオチドの混合比率である。◆が、本発明によるコンフォーカル・ボリュームの色収差の影響を補正した値であり、■が色収差の影響を補正していない値である。図中、エラーバーは、3回の測定の標準偏差である。
【図10】図10は、従来の蛍光強度のゆらぎを算出する光分析技術に於いて得られるフォトンカウント(光強度)の時間変化の例であり、(A)は、試料内の粒子の濃度が、十分な計測精度が与えられる程度である場合であり、(B)は、(A)の場合よりも大幅に試料内の粒子の濃度が低い場合である。
【符号の説明】
【0033】
1…光分析装置(共焦点顕微鏡)
2…光源
3…シングルモードオプティカルファイバー
4…コリメータレンズ
5…ダイクロイックミラー
6、7、11…反射ミラー
8…対物レンズ
9…マイクロプレート
10…ウェル(試料溶液容器)
12…コンデンサーレンズ
13…ピンホール
14…バリアフィルター
14a…ダイクロイックミラー
15…マルチモードオプティカルファイバー
16…光検出器
17…ミラー偏向器
17a…ステージ位置変更装置
18…コンピュータ
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0035】
光分析装置の構成
本発明による光分析技術は、基本的な構成に於いて、図1(A)に模式的に例示されている如き、FCS、FIDA等が実行可能な共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせてなる光分析装置であって、複数の互いに異なる波長帯域の光の測定が可能な装置により実現可能である。図1(A)を参照して、光分析装置1は、光学系2〜17と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ18とから構成される。光分析装置1の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様であってよく、そこに於いて、光源2から放射されシングルモードファイバー3内を伝播したレーザー光(Ex)が、ファイバーの出射端に於いて固有のNAにて決まった角度にて発散する光となって放射され、コリメーター4によって平行光となり、ダイクロイックミラー5、反射ミラー6、7にて反射され、対物レンズ8へ入射される。なお、発光粒子を励起する光の波長によって適宜、励起光の波長が選択できるように、図示の如く、光源2に於いて複数の発光源(レーザー)が設けられていてよい。同時に観測しようとする発光粒子のための励起光の波長が異なる場合には、同時に複数の発光源から光が出射され、対物レンズ8へ導入される。
【0036】
対物レンズ8の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル10が配列されたマイクロプレート9が配置されており、対物レンズ8から出射したレーザー光は、試料容器又はウェル10内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。試料溶液中には、観測対象物である発光粒子、典型的には、蛍光色素等の発光標識が付加された分子が分散又は溶解されており、発光粒子が励起領域に進入すると、その間、発光粒子が励起され光が放出される。放出された光(Em)は、対物レンズ8、ダイクロイックミラー5を通過し、ミラー11にて反射してコンデンサーレンズ12にて集光され、ピンホール13を通過する。なお、当業者に於いて知られている如く、ピンホール13は、対物レンズ8の焦点位置と共役の位置に配置されており、これにより、図1(B)に模式的に示されている如きレーザー光の焦点領域、即ち、励起領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、焦点面以外からの光は遮断される。図1(B)に例示されたレーザー光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置に於ける光検出領域であり、コンフォーカル・ボリュームと称される。コンフォーカル・ボリュームに於いては、典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス型分布又はローレンツ型分布となり、その実効体積は、光強度が1/eとなる面を境界とする略楕円球体の体積である。
【0037】
かくして、ピンホール13を通過した光は、ダイクロイックミラー14aに於いて一部の波長帯域の光が反射され、残りの波長帯域の光が透過する態様にて、波長帯域によりch1、ch2に分割され、ch1及びch2に分割された光の各成分は、それぞれ、対応するバリアフィルター14を透過して(ここで、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。)、マルチモードファイバー15に導入されて、対応する光検出器16に到達し、時系列の電気信号に変換された後、コンピュータ18へ入力され、後に説明される態様にて光分析のための処理が為される。光検出器16としては、好適には、フォトンカウンティングに使用可能な超高感度の光検出器が用いられ、これにより、単一の発光粒子からの光、例えば、一個又は数個の蛍光色素分子からの微弱光が検出可能となる。光の検出がフォトンカウンティングによる場合、光強度の測定は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BIN TIME)に、光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行される。従って、この場合、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータである。
【0038】
また、上記の光分析装置の光学系に於いて、更に、光学系の光路を変更して試料溶液内を光検出領域により走査する、即ち、試料溶液内に於いて焦点領域(即ち、光検出領域)の位置を移動するための機構が設けられる。かかる光検出領域の位置を移動するための機構としては、例えば、図1(C)に模式的に例示されている如く、反射ミラー7の向きを変更するミラー偏向器17が採用されてよい。かかるミラー偏向器17は、通常のレーザー走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様であってよい。また、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するべく、ミラー偏向器17は、コンピュータ18の制御の下、光検出器16による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい(コンピュータ18に於けるプログラムに於いて、種々の移動パターンが選択できるようになっていてよい。)。なお、図示していないが、対物レンズ8を上下に移動することにより、光検出領域の位置が上下方向に移動されるようになっていてもよい。上記の如く、試料溶液を移動するのではなく、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動する構成によれば、試料溶液内に機械的な振動や流体力学的な作用が実質的に発生することがなくなり、観測対象物に対する力学的な作用の影響を排除することが可能となり、安定的な計測が達成される。
【0039】
なお、追加的な構成として、顕微鏡のステージ(図示せず)には、観察するウェル10を変更するべく、マイクロプレート9の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置17aが設けられていてよい。ステージ位置変更装置17aの作動は、コンピュータ18により制御されてよい。
【0040】
発光粒子が多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光の放出があるので、ピンホール13は、除去されてよい。発光粒子がりん光又は散乱により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。また、発光粒子が化学発光や生物発光現象により励起光によらず発光する場合には、励起光を生成するための光学系2〜5が省略されてよい。
【0041】
本発明の光分析技術の原理
「発明の概要」の欄に記載されている如く、本発明の光分析技術に於いては、端的に述べれば、走査分子計数法に於いて、光検出領域からの光の複数の波長帯域毎の測定と各波長帯域に於ける発光粒子からの光の信号の個別の検出とを通じて、発光粒子の種類を識別可能な態様にて試料溶液中の発光粒子の検出を実行する場合に、信号処理によって、
(a)試料溶液が少なくとも一つの種類の発光粒子を含む場合に少なくとも一つの種類の発光粒子に於ける互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の存在比率、
(b)二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複した領域の大きさの割合、
(c)二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域が一致していると仮定したときに二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出されるべき発光粒子の信号の数、及び
(d)互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の前記試料溶液中での濃度
のうちの少なくとも一つの推定が可能となる。以下、本発明の複数の波長帯域に於ける走査分子計数法及び信号処理の原理について説明する。
【0042】
1.走査分子計数法の原理
FCS、FIDA等の分光分析技術は、従前の生化学的な分析技術に比して、必要な試料量が極めて少なく、且つ、迅速に検査が実行できる点で優れている。しかしながら、FCS、FIDA等の分光分析技術では、原理的に、発光粒子の濃度や特性は、蛍光強度のゆらぎに基づいて算定されるので、精度のよい測定結果を得るためには、試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度が、図10(A)に模式的に描かれているように、蛍光強度の計測中に常に一個程度の発光粒子が光検出領域CV内に存在するレベルであり、同図の右側に示されている如く、計測時間中に常に有意な光強度(フォトンカウント)が検出されることが要求される。もし発光粒子の濃度又は数密度がそれよりも低い場合、例えば、図10(B)に描かれているように、発光粒子がたまにしか光検出領域CV内へ進入しないレベルである場合には、同図の右側に例示されている如く、有意な光強度の信号(フォトンカウント)が、計測時間の一部にしか現れないこととなり、精度のよい光強度のゆらぎの算定が困難となる。また、計測中に常に一個程度の発光粒子が光検出領域内に存在するレベルよりも発光粒子の濃度が大幅に低い場合には、光強度のゆらぎの演算に於いて、バックグラウンドの影響を受けやすく、演算に十分な量の有意な光強度データを得るために計測時間が長くなる。
【0043】
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、発光粒子の濃度が、上記の如きFCS、FIDA等の分光分析技術にて要求されるレベルよりも低い場合でも、発光粒子の数密度又は濃度等の特性の検出を可能にする新規な原理に基づく「走査分子計数法」を提案した。
【0044】
走査分子計数法に於いて実行される処理としては、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構(ミラー偏向器17)を駆動して光路を変更し、図2(A)にて模式的に描かれているように、試料溶液内に於いて光検出領域CVの位置を移動しながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。そうすると、例えば、光検出領域CVが移動する間(図中、時間to〜t2)に於いて1つの発光粒子の存在する領域を通過する際(t1)には、発光粒子から光が放出され、図2(B)に描かれている如き時系列の光強度データ上に有意な光強度(Em)のパルス状の信号が出現することとなる。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する図2(B)に例示されている如きパルス状の信号(有意な光強度)を一つずつ検出することによって、発光粒子が個別に検出され、その数をカウントすることにより、計測された領域内に存在する発光粒子の数、或いは、濃度若しくは数密度に関する情報が取得できることとなる。かかる走査分子計数法の原理に於いては、蛍光強度のゆらぎの算出の如き統計的な演算処理は行われず、発光粒子が一つずつ検出されるので、FCS、FIDA等では十分な精度にて分析ができないほど、観測されるべき粒子の濃度が低い試料溶液でも、粒子の濃度若しくは数密度に関する情報が取得可能である。
【0045】
2.複数の波長帯域に於ける光計測による発光粒子の種類の識別
上記の走査分子計数法の原理に従った複数の波長帯域に於ける光成分の計測に於いては、複数の波長帯域にて別々に且つ同時に光強度の測定(フォトンカウンティング)が経時的に実行され、測定された各波長帯域についての時系列光強度データ(フォトンカウンティングデータ)の各々に於いて発光粒子に対応するパルス状の信号が一つずつ検出される。そして、しかる後、検出されたパルス状信号に於いて、選択された少なくとも二つの波長帯域の時系列光強度データ上で同時に発生したパルス状信号が検出される。かかる同時に発生したパルス状信号は、選択された波長帯域の全てに於いて発光波長を有する一つの発光粒子に対応すると考えられるので(選択された波長帯域の各々に於いて発光波長を有する別々の発光粒子が同時にコンフォーカル・ボリューム(CV)に飛びこむことは、極めて稀である。)、同時に発生したパルス状信号は、試料溶液に含まれている発光粒子のうちの一つの種類の発光粒子の信号として識別することができ、同時に発生したパルス状信号以外のパルス状信号は、別の種類の発光粒子の信号として識別できることとなる。
【0046】
上記の複数の波長帯域にて同時に発生したパルス状信号を検出して発光粒子を識別する手法(特願2010−202994)は、一つの態様としては、複数種類の粒子のそれぞれの存在及び数密度又は濃度等の情報を取得する際に有利に用いられる。具体的には、例えば、図3(A)に例示されている如く、試料溶液中に波長Iの光を発する粒子a、波長IIの光を発する粒子b及び波長Iと波長IIの光を発する粒子cとが含有されている場合、図3(B)に示される如く、粒子aがCVを通過したとき(t1)には波長Iの時系列光強度データ上のみに、粒子bがCVを通過したとき(t2)には波長IIの時系列光強度データ上のみに、粒子cがCVを通過したとき(t3)には波長I及び波長IIの両方の時系列光強度データ上に、それぞれ、パルス状信号が出現する。従って、波長I及び波長IIの両方の時系列光強度データ上に同時に発生したパルス状信号を検出することにより、波長Iの時系列光強度データ上では、粒子a〜cの識別が可能となる。そして、粒子a〜cのパルス状信号の数を別々に計数することにより、それぞれの数密度又は濃度及びその他の情報を得ることが可能となる。
【0047】
上記の時系列光強度データ上に於ける信号の識別の手法は、分子の結合反応又は解離反応の検出に有利に用いることが可能である。例えば、或る粒子aと別の粒子bとの結合反応の有無・程度を検査する場合、粒子aを波長Iの光を発する発光物質(典型的には蛍光色素。以下同様)にて標識し、粒子bを波長IIの光を発する発光物質にて標識する。その場合、図3(C)に例示されている如く、粒子a又は粒子bの単体がCVを通過したとき(t1又はt2)には、それぞれ、波長I又は波長IIに於いてのみ信号が出現するが、粒子aと粒子bとが結合体(a+b)を形成し、その結合体がCVを通過したとき(t3)には、波長I及び波長IIの両方に於いて信号が同時に発生するので、その同時に発生した信号を検出又は計数することにより、粒子aと粒子bとの結合反応の確認又はその強さの程度の見積もりが可能となる。このような態様にて検査可能な結合反応の例としては、例えば、二つのタンパク質の相互作用、標的核酸のハイブリダイゼーションなどが挙げられる。
【0048】
また、或る粒子の分解反応の有無・程度を検査する場合には、分解前の粒子cに、波長Iの光を発する標識と波長IIの光を発する標識の両方が付加されたものが準備され、しかる後、検査されるべき分解反応が実行される。ここで、粒子cが分解反応によって分解され、波長Iの光を発する標識が付加された粒子aと波長IIの光を発する標識が付加された粒子bとが生成されるとすると、図3(D)に例示されている如く、粒子a又はbがCVを通過したとき(t1又はt2)には、波長I又は波長IIに於いてのみ信号が出現する一方、分解されていない粒子cがCVを通過したとき(t3)には、波長I及び波長IIの両方に於いて信号が同時に発生することとなる。かくして、同時に発生する信号の頻度と、波長I、IIのうちの一方にのみ発生する信号の頻度とを比較することによって、粒子cの分解反応の確認又はその強さの程度の見積もりが可能となる。この態様にて検査可能な分解反応の例としては、核酸を特異的に分解する制限酵素又はポリメラーゼによる分解反応やプロテアーゼによる分解反応が挙げられる。
【0049】
更に、上記の複数の波長帯域にて同時に発生したパルス状信号を検出して発光粒子を識別する手法は、別の態様として、試料溶液中に観測対象となる発光粒子の他に、その観測対象粒子と共通の発光波長を有する夾雑物が含まれているとき、観測対象粒子からの信号のみを選択する場合又は観測対象粒子以外の粒子からの信号を排除する場合に有利に用いられる。例えば、図3(E)に模式的に描かれている如く、試料溶液中に於いて、波長Iの光を発する粒子aの信号を検出しようとする際に、即ち、粒子aが観測対象粒子であるときに、同様に波長Iの光を発する夾雑物xが存在している場合であって、夾雑物xが波長IIの光も発する場合(夾雑物xも一つの発光粒子である。)には、図3(F)に例示されている如く、粒子aがCVを通過とき(t1)には、波長Iのみに信号が出現し、夾雑物xがCVを通過したとき(t2)には、波長I及びIIの双方に信号が出現することとなる。従って、かかる試料溶液についての光測定によって得られた波長I及びIIの時系列光強度データに於いて同時に発生した信号については、夾雑物xであると識別し、波長Iの時系列光強度データに於いてのみ発生した信号を参照することにより、粒子aの存在の確認及び数密度又は濃度についての情報を得ることが可能となる。この態様は、例えば、種々の夾雑物を含む生体試料、例えば、血液サンプルに於いて、低濃度の観測対象となる粒子を検出する場合などに有利に用いられる。また、図示していないが、上記の態様とは逆に、観測対象粒子が波長I及びIIの光を発する発光粒子であり、夾雑物が波長I及びIIのうちのいずれか一方の光しか放出しないときには、波長I及びIIの時系列光強度データに於いて同時に発生した信号のみを参照することによって、観測対象粒子の存在の確認及び数密度又は濃度についての情報を得ることが可能となる。
【0050】
なお、図3の例では、二つの波長帯域に於いて光の測定を行う場合が示されているが、三つ以上の波長帯域にて光の測定の測定を行い、そこで、得られた各波長帯域の時系列光強度データに於いて、選択された波長帯域にて同時に発生した信号を検出して、発光粒子の種類を識別するようになっていてもよい。
【0051】
3.レンズの色収差に起因する光検出領域の位置及び寸法のずれの影響に対する補正
上記の如く走査分子計数法に従った複数の互いに異なる波長帯域に於ける光成分の計測を行う場合、実際には、光路上の対物レンズ等のレンズの色収差に起因して、図4(A)に模式的に描かれている如く、コンフォーカル・ボリュームの位置(主として光軸方向位置)及び寸法にずれが生じ得る。例えば、波長Iのコンフォーカル・ボリュームCViと波長IIのコンフォーカル・ボリュームCViiとが図示の如くずれている場合には、波長Iと波長IIの光を発する粒子がコンフォーカル・ボリュームCVi及びCViiとの重複領域を通過したとき(t2)には、図4(B)の如く、波長Iと波長IIの時系列光強度データの双方に於いて信号が出現するが、波長Iと波長IIの光を発する粒子がコンフォーカル・ボリュームCVi及びCViiとが重複していない領域を通過したとき(t1、t3)には、波長Iと波長IIの時系列光強度データのいずれか一方のみにしか信号が出現しないこととなる。その場合、波長Iと波長IIの時系列光強度データの双方に於いて同時に発生する発光粒子の信号の数は、コンフォーカル・ボリュームCVi及びCViiの位置及び寸法が完全に一致していれば、検出されるはずの数よりも低減することとなる。従って、波長Iと波長IIの時系列光強度データの双方に於いて同時に発生する信号(同時発生信号)の数と、波長Iと波長IIの時系列光強度データのいずれか一方のみに於いて発生する信号の数との比率から直接に、試料溶液中の波長Iと波長IIの双方の光成分を発する発光粒子の数又は濃度と、波長Iと波長IIのいずれか一方のみの光成分を発する発光粒子数又は濃度との比率(存在比率)やそれらの発光粒子の濃度値を算出することができなくなる。
【0052】
そこで、本発明に於いては、「発明の概要」の欄に於いて述べた如く、複数の波長帯域の光検出領域の位置関係と、複数の光検出領域の寸法(特に、断面積)と、それぞれの光検出領域に於いて検出される発光粒子の光を表す信号の数との関係とを用いた信号演算処理によって、上記の(a)〜(d)の推定演算が試みられる。以下、かかる推定演算について詳細に説明する。
【0053】
(1)光検出領域の断面積と発光粒子の信号の数との関係
図2(C)〜(E)を参照して、光検出領域CVに於いて、そこを通過する発光粒子から放出され光検出器まで到達する光の強度は、光検出領域CVに於ける発光粒子の位置によって異なり、明るさの同じ発光粒子(同一の条件下での観測に於いて発光強度が実質的に等しい発光粒子)であっても、発光粒子の光検出領域内に於ける通過位置によって検出される光強度が異なる。例えば、或る発光粒子が照明光を照射されて発光する粒子である場合、照明光の光検出領域内に於ける光の強度は、典型的には、光検出領域(集光領域)の略中心にて最大となり、かかる最大強度点から略放射方向に低減する。従って、発光粒子からの光の強度は、発光粒子が光検出領域の略中心を横切る際に最大となり、発光粒子の位置が光検出領域の周縁へ近づくほど、光強度は徐々に低減する。即ち、光検出領域内の位置を最大強度点からの放射方向距離(半径r)にて表したとき、光検出領域内に於ける発光粒子から放出され検出される光の強度の分布は、図2(E)にて太実線にて例示されている如き最大強度点からの半径rに対して釣鐘状の分布となっている。例えば、図2(C)中の発光粒子α、β、γが同じ明るさの粒子であったとしても、各発光粒子の通過する経路によって、検出される光強度が互いに異なり、図中、光検出領域の略中心を通過する発光粒子βの光強度は、発光粒子α、γの光強度よりも高くなる(図2(D)参照)。
【0054】
光検出領域内に於ける発光粒子から放出され検出される光の強度の分布が、図2(E)にて太実線の如きプロファイルを有しているとき、発光粒子は試料溶液中に略均等に分散しており、従って、最大強度点からの放射方向距離が大きくなるほど、光検出領域を通過する発光粒子の数が多くなると考えられるので、光検出領域の移動中に光検出領域内に包含されて検出される発光粒子の信号の強度に対する頻度分布は、図2(E)にて太実線の如き光検出領域内に於ける発光粒子から放出され検出される光の強度の分布に対応して、光強度(図2(E)の縦軸)が大きくなるほど、頻度(横軸P(I))が小さくなる分布となる。より具体的には、或る発光粒子の濃度Cの試料溶液中に於いて、時間tの間、光検出領域を走査速度uにて移動させた場合、光検出領域内に於いて光強度I以上の光強度を与える小領域の移動方向に垂直な方向の断面積をSとすると、光強度I以上の強度を有する発光粒子の信号の総数Pは、
P=CutNS …(1)
となる(Nは、アボガドロ数)。ここで、光強度I以上の光強度を与える小領域の断面積Sが近似的にS=πrにより与えられるとすると(より厳密には、光検出領域の断面は楕円であるが、演算の簡略化のため、円にて近似する。以下同様。)、半径rは、
【数1】

と表され、光強度I以上の光強度を有する発光粒子の信号数Pの平方根が、光強度Iを与える小領域の断面積Sの半径に比例することとなる
【0055】
(2)互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複領域の断面積
コンフォーカル・ボリュームの形状が近似的に球であると仮定して、図4(C)に例示されている如く、二つの互いに異なる波長帯域のコンフォーカル・ボリュームA及びBの中心Oa、Obが色収差によって光軸方向に距離dだけずれているとき、それらの重複領域Dの移動方向に垂直な方向の断面積SA∩Bは、
【数2】

により与えられる。ここで、r、rは、それぞれ、コンフォーカル・ボリュームA及びBの半径である。
【0056】
(3)互いに異なる波長帯域に於ける信号の数と同時発生信号の数との関係
或る試料溶液中に於ける波長Iにて検出される発光粒子X、波長IIにて検出される発光粒子Y、及び、波長I及び波長IIの双方にて検出される発光粒子Zの存在比率が、
a:b:c …(4)
であり、その試料溶液について、互いに異なる二つの波長帯域(波長I、波長II)にて光成分の計測を実行する場合に、波長I、波長IIの各々の光強度データ上に於いて検出される発光粒子Zによる信号数は、
c/(a+c)・P1 …(5a)
c/(b+c)・P2 …(5b)
により表される。ここで、P1は、波長Iに於いて検出された任意の検出閾値I以上の光強度を有する信号(第一の信号)の全数であり、P2は、波長IIに於いて検出された任意の検出閾値I以上の光強度を有する信号(第二の信号)の全数である。ここで、濃度Cの発光粒子の光強度I以上の強度を有する信号の総数Pは、式(1)の如く、光検出領域内の光強度I以上の光強度を与える小領域の移動方向に垂直な方向の断面積Sに比例する。従って、図4(C)を参照して、波長Iの光検出領域内の検出閾値I以上の光強度を与える小領域の移動方向に垂直な方向の断面積S、波長IIの光検出領域内の検出閾値I以上の光強度を与える小領域の移動方向に垂直な方向の断面積S及び重複領域Dの移動方向に垂直な方向の断面積SA∩Bは、それぞれ、
=c/(a+c)・P1×k …(6a)
=c/(b+c)・P2×k …(6b)
A∩B=P×k …(6c)
にて表される。ここで、Pは、波長I及び波長IIの帯域にて同時に発生した信号(同時発生信号)の数であり、kは、
k=1/CutN …(7)
である。
【0057】
更に、断面積S、断面積Sを与える小領域をそれぞれ円にて近似すると、断面積は、S=πr、S=πrにて与えられるので、式(6a)、(6b)より、r、rは、
【数3】

により表される。従って、上記の式(6c)、(8a)、(8b)を式(3)に代入すると、P、P、Pの関係は、下記の式により与えられる。
【数4】

ここで、α、β、γは、それぞれ、
α=c/(a+c); β=c/(b+c); γ=(π/k)1/2・d …(10)
である。かくして、波長Iの光検出領域内の検出閾値Iと波長IIの光検出領域内の検出閾値Iとを変更して、即ち、複数のIとIとの組に対して、それぞれ、P、P、Pの組を取得し、かかる複数の(P、P、P)に対して、式(9)をフィッティングすることによって、α、β、γの各値が決定され、各波長帯域に於ける信号の数と同時発生信号の数との関係が決定される。
【0058】
(4)同時発生信号を与える発光粒子(Z)の存在比率等の推定
かくして、各波長帯域に於ける信号の数と同時発生信号の数との関係(具体的には、α、β、γの各値)が決定されると、これを用いて、同時発生信号を与える発光粒子(Z)の存在比率等の推定が可能となる。まず、α、βの値から、試料溶液中の発光粒子X、Y、Zの存在比率が、
a:b:c=α−1−1:β−1−1:1 …(11)
により与えられ、波長I、IIの双方の光を発する発光粒子Zの割合(%)[即ち、試料溶液が少なくとも一つの種類の発光粒子を含む場合にかかる少なくとも一つの種類の発光粒子に於ける前記の互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の存在比率]は、
c/(a+b+c)×100=1/(α−1+β−1−1)×100 …(12)
により与えられる。また、図4(C)を再度参照して、光検出領域の全域SA∪Bの大きさに対する二つの波長帯域の領域の重複領域SA∩Bの大きさの割合SA∩B/SA∪B[即ち、互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複した領域の大きさの割合]は、
A∩B/SA∪B=SA∩B/(S+S−SA∩B) …(13)
により与えられるので、任意の検出閾値Iと検出閾値Iの場合において、SA∩B/SA∪Bは、α、β、γ、P、Pの関数として与えられる(SA∩B/SA∪Bに於いて、kは、消去される。)。なお、ここで、P、Pは、それぞれ、或る検出閾値Iと検出閾値Iの組のときに検出された信号数である。
【0059】
かくして、光検出領域全域を通過した発光粒子Zの数PDC[即ち、互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する領域が一致していると仮定したときに前記の二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出されるべき発光粒子の信号の数(補正された同時発生信号数)]は、
DC=(SA∪B/SA∩B)×P …(14a)
となる。更に、同様に、光検出領域全域を通過した発光粒子X、Yの数P1C、P2Cは、それぞれ、
1C=(SA∪B/S)(1−α)×P …(14b)
2C=(SA∪B/S)(1−β)×P …(14c)
により与えられる。従って、波長I、IIの双方の光を発する発光粒子Zの割合(%)は、
DC/(P1C+P2C+PDC)×100 …(15)
によっても与えられる。なお、発光粒子濃度の算出については、後に記載される。
【0060】
走査分子計数法の処理操作過程
図1(A)に例示の光分析装置1を用いた本発明の方法の構成を組み込んだ走査分子計数法の実施形態に於いては、具体的には、(1)発光粒子を含む試料溶液の調製過程、(2)試料溶液の光強度の測定処理過程、及び(3)測定された光強度の分析処理過程が実行される。図5は、フローチャートの形式にて表した本実施形態に於ける処理過程を示している。
【0061】
(1)試料溶液の調製
本発明の光分析技術に於いて観測対象となる粒子は、溶解された分子等の、試料溶液中にて分散しランダムに運動する粒子であれば、任意のものであってよく、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞、或いは、金属コロイド、その他の非生物学的分子などであってよい(試料溶液は、典型的には水溶液であるが、これに限定されず、有機溶媒その他の任意の液体であってよい。)。また、観測対象粒子は、それ自体が発光する粒子であってもよく、或いは、発光標識(蛍光分子、りん光分子、化学・生物発光分子)が任意の態様にて付加された粒子であってよい。例えば、二つの粒子の結合反応について検査する場合には、既に述べた如く、一方の粒子に或る波長帯域の光を放出する発光標識を付加し、他方の粒子に別の波長帯域の光を放出する別の発光標識を付加した後、両方の粒子を適宜混合して、結合反応を惹起する条件に曝されたものが、試料溶液とされてよい。また、一つの粒子の分解反応について検査する場合には、その粒子に互いに異なる波長帯域の光を放出する別々の発光標識を付加した後、分解反応を惹起する条件に曝したものが、試料溶液とされてよい。また、夾雑物を含有する溶液中に於ける或る特定の粒子を検出する場合には、その特定の粒子に一つの発光標識が付加されるか、二つの互いに発光波長の異なる発光標識が付加されることとなる。そして、検出する波長帯域は、試料中の発光粒子の発光波長帯域に基づいて適宜選択されてよい。試料溶液中にて、観測対象となる粒子を如何に選択するか、或いは、観測対象となる粒子に如何に発光標識を付加するか、検出波長帯域を如何に選択するかは、実験の実施者により適宜選択されてよく、当業者に於いて、本発明を実現する種々の観測対象粒子又は発光標識の組合せ及び検出波長帯域を選択でき、本発明の教示に従って、発光粒子の識別が行われる限り、如何なる場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【0062】
(2)試料溶液の光強度の測定
本実施形態の走査分子計数法による光分析に於ける光強度の測定は、測定中にミラー偏向器17を駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)を行う他は、複数の波長帯域の光強度の測定を行う蛍光相互相関分光分析(Fluorescence cross-correlation Spectroscopy:FCCS)に於ける光強度の測定過程と同様の態様にて実行されてよい(図4−ステップ100)。操作処理に於いて、典型的には、マイクロプレート9のウェル10に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置した後、使用者がコンピュータ18に対して、測定の開始の指示を入力すると、コンピュータ18は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラム(試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動するべく光路を変更する手順と、光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出する手順)に従って、試料溶液内の光検出領域に於ける励起光の照射及び光強度の計測を開始する。計測が開始されると、まず、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下、光源2から、試料溶液中の発光粒子の励起波長の光が出射される。特に、本実施形態に於いては、複数の波長帯域の光を検出するので、検出されるべき複数の波長帯域の光が発光粒子から放出されるよう光源2から出射される励起光の波長の選択が為される。従って、発光粒子が一つの波長帯域の励起光に対して一つの波長帯域のみの蛍光を放出する場合には、複数の波長帯域のレーザー光が同時に出射されることとなる。一方、ミラー偏向器17は、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下、ミラー7(ガルバノミラー)を駆動して、ウェル10内に於いて光検出領域の位置の移動を実行し、これと同時に光検出器16は、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ18へ送信し、コンピュータ18では、任意の態様にて、送信された信号から時系列の光強度データを生成して保存する。なお、本実施形態に於いては、複数の光検出器16の各々(ch1、ch2)が、互いに異なる波長帯域の光を検出し、検出された互いに異なる波長帯域毎に時系列光強度データが生成される。また、典型的には、光検出器16は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器であるので、光の検出は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BIN TIME)に、例えば、10μ秒毎に光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行されるフォトンカウンティングであり、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータであってよい。
【0063】
光強度の計測中の光検出領域の位置の移動速度は、任意に、例えば、実験的に又は分析の目的に適合するよう設定された所定の速度であってよい。検出された発光粒子(又はそれらのうちの観測対象粒子 以下同様)の数に基づいて、その数密度又は濃度に関する情報を取得する場合には、光検出領域の通過した領域の大きさ又は体積が必要となるので、移動距離が把握される態様にて光検出領域の位置の移動が実行されることが好ましい。なお、計測中の経過時間と光検出領域の位置の移動距離とが比例関係にある方が測定結果の解釈が容易となるので、移動速度は、基本的に、一定速度であることが好ましいが、これに限定されない。
【0064】
ところで、光検出領域の位置の移動速度に関して、計測された時系列の光強度データからの発光粒子の個別の検出、或いは、発光粒子の数のカウンティングを、定量的に精度よく実行するためには、かかる移動速度は、発光粒子のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定されることが好ましい。本実施形態に於いて観測対象となる発光粒子は、溶液中に分散又は溶解されて自由にランダムに運動する粒子であるので、ブラウン運動によって位置が時間と伴に移動する。従って、光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、図6(A)に模式的に描かれている如く、粒子が領域内をランダムに移動し、これにより、光強度がランダムに変化し(光検出領域の励起光強度は、領域の中心を頂点として外方に向かって低減する。)、個々の発光粒子に対応する有意な光強度の変化(発光粒子からの光を表す信号)を特定することが困難となる。そこで、好適には、図6(B)に描かれている如く、粒子が光検出領域を略直線に横切り、これにより、時系列の光強度データに於いて、図6(C)の上段に例示の如く、個々の粒子に対応する光強度の変化のプロファイルが略同様となり(粒子が略直線的に光検出領域を通過する場合には、光強度の変化のプロファイルは、励起光強度分布と略同様となる。)、個々の発光粒子と光強度との対応が容易に特定できるように、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。
【0065】
具体的には、拡散係数Dを有する発光粒子がブラウン運動によって半径Woの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δtは、平均二乗変位の関係式
(2Wo)=6D・Δt …(16)
から、
Δt=(2Wo)/6D …(17)
となるので、発光粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2Wo/Δτ=3D/Wo …(18)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、かかるVdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されてよい。例えば、発光粒子の拡散係数が、D=2.0×10−10/s程度であると予想される場合には、Woが、0.62μm程度だとすると、Vdifは、1.0×10−3m/sとなるので、光検出領域の位置の移動速度は、その10倍以上の15mm/sと設定されてよい。なお、発光粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々設定して光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
【0066】
(3)光強度の分析
上記の処理により試料溶液の時系列の光強度データが得られると、コンピュータ18に於いて、記憶装置に記憶されたプログラムに従った処理により、下記の如き光強度の分析が実行されてよい。
【0067】
(i)時系列光強度データ上に於ける信号の検出
時系列の光強度データに於いて、一つの観測対象粒子の光検出領域を通過する際の軌跡が、図6(B)に示されている如く略直線状である場合、その粒子に対応する信号に於ける光強度の変化は、(光学系により決定される)光検出領域の光強度分布を反映した略釣鐘状のプロファイルを有する。従って、適宜設定される閾値Ioを超える光強度が継続する時間幅Δτが所定の範囲にあるとき、その光強度のプロファイルを有する信号が一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されるようになっていてよい。そして、光強度が閾値Ioを超えないか、時間幅Δτが所定の範囲にない信号は、ノイズ又は異物の信号として判定される。また、光検出領域の光強度分布が、ガウス分布:
I=A・exp(−2t/a) …(19)
であると仮定できるときには、有意な光強度のプロファイル(バックグラウンドでないと明らかに判断できるプロファイル)に対して式(19)をフィッティングして算出された強度A及び幅aが所定の範囲内にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されてよい。(強度A及び幅aが所定の範囲外にあるときには、ノイズ又は異物として分析に於いて無視されてよい。)
【0068】
(ii)発光粒子のカウンティング
一つの処理方法の例として、時系列光強度データからの発光粒子の一括的な検出及びカウンティングを行う際には、まず、時系列光強度データ(図6(C)、最上段「検出結果(未処理)」)に対して、スムージング(平滑化)処理が為される(図5−ステップ110、図6(C)中上段「スムージング」)。発光粒子の発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間に於いてデータ値の欠落が生じ得るため、かかるスムージング処理によって、前記の如きデータ値の欠落を無視できることとなる。スムージング処理は、例えば、移動平均法(例えば、隣接平均法、サビンスキー-ゴレイ(Savinsky-golay)法のアルゴリズム)、パーセンタイルフィルタ法、FFTフィルタ法により為されてよい。なお、スムージング処理を実行する際のパラメータ、例えば、移動平均法に於いて一度に平均するデータ点数や移動平均の回数など、は、光強度データ取得時の光検出領域の位置の移動速度(走査速度)、BIN TIMEに応じて適宜設定されてよい。
【0069】
次いで、スムージング処理後の時系列光強度データに於いて、有意なパルス状の信号(以下、「パルス信号」と称する。)が存在する時間領域(パルス存在領域)を検出するために、スムージング処理後の時系列光強度データの時間についての一次微分値が演算される(ステップ120)。時系列光強度データの時間微分値は、図6(C)中下段「時間微分」に例示されている如く、信号値の変化時点に於ける値の変化が大きくなるので、かかる時間微分値を参照することによって、有意な信号の始点と終点を有利に決定することができる。
【0070】
しかる後、時系列光強度データ上に於いて、逐次的に、有意なパルス信号を検出し、検出された信号が発光粒子に対応する信号であるか否かが判定される。具体的には、まず、時系列光強度データの時系列の時間微分値データ上にて、逐次的に時間微分値を参照して、一つのパルス信号の始点と終点とが探索され決定され、パルス存在領域が特定される(ステップ130)。一つのパルス存在領域が特定されると、そのパルス存在領域に於けるスムージングされた時系列光強度データに対して、釣鐘型関数のフィッティングが行われ(図6(C)下段「釣鐘型関数フィッティング」)、釣鐘型関数のパルスのピーク(最大値)強度Imax、パルス幅(半値全幅)w、フィッティングに於ける(最小二乗法の)相関係数等のパラメータが算出される(ステップ140)。なお、フィッティングされる釣鐘型関数は、典型的には、ガウス型関数であるが、ローレンツ型関数であってもよい。そして、算出された釣鐘型関数のパラメータが、一つの発光粒子が光検出領域を通過したときに検出されるパルス信号が描く釣鐘型のプロファイルのパラメータについて想定される範囲内にあるか否か、即ち、パルス信号のピーク強度、パルス幅、相関係数が、それぞれ、所定範囲内にあるか否かが判定される(ステップ150)。かくして、図7(A)左に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの発光粒子に対応する信号に於いて想定される範囲内にあると判定された信号は、一つの発光粒子に対応する信号であると判定され、これにより、一つの発光粒子が検出されたこととなり、一つの粒子としてカウントされる(粒子数がカウントアップされる。ステップ160)。一方、図7(A)右に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが想定される範囲内になかったパルス信号は、ノイズとして無視される。
【0071】
上記のステップ130〜160の処理に於けるパルス信号の探索及び判定は、時系列光強度データの全域に渡って繰り返し実行され、一つの発光粒子が検出される毎に、粒子としてカウントされる。そして、時系列光強度データの全域のパルス信号の探索が完了すると(ステップ170)、それまで得られた粒子のカウント値が時系列光強度データに於いて検出された発光粒子の数とされる。特に、本実施形態に於いては、互いに異なる波長帯域の時系列光強度データの各々(ch1、ch2)について、上記のステップ110〜170が実行され、それぞれの波長帯域についての発光粒子に対応するパルス信号の数が計数される。なお、時系列光強度データから発光粒子の信号を個別に検出してカウンティングする処理は、上記の手順に限らず、任意の手法により実行されてよい。
【0072】
(iii)同時に発生した信号の検出及びカウント(ステップ175)
上記の如く複数の波長帯域の時系列光強度データに於ける発光粒子に対応する信号(パルス信号)の検出が完了すると、検出された信号のうちで、選択された波長帯域(ch1、ch2)の時系列光強度データに於いて同時に発生した信号が検出される。或る時系列光強度データに於ける信号と他の時系列光強度データに於ける信号とが同時に出現したか否かは、各々の信号の発生期間が互いに重複しているか否かによって判定されてよい。かかる判定は、具体的には、例えば、図7(B)に例示されている如く、或る波長帯域(第一の波長帯域:波長I)の時系列光強度データに於ける発光粒子に対応するパルス信号の始点txsと終点txeの間に別の波長帯域(第二の波長帯域:波長II)の時系列光強度データのパルス信号の始点tys又は終点tyeのうちの少なくとも一方が存在するとき、即ち、
txs<tys<txe …(20a)
txs<tye<txe …(20b)
のうちの少なくとも一方が成立したとき、波長Iと波長IIに於いて同時に発生したパルス信号が発生したと判定する態様にて為されてよい。そして、かかる判定を時系列光強度データ上で順に繰り返すことにより、選択された波長帯域の時系列光強度データに於ける同時に発生したパルス信号の全てが検出され、その数が計数されるようになっていてよい。なお、選択された波長帯域が3つ以上であるときには、選択された波長帯域の全てに於いて発生期間が重複するパルス信号が存在していたとき、そのパルス信号が同時に発生した信号として判定される。また、別の態様として、第一の波長帯域に於けるパルス信号のピークの時間と別の波長帯域に於けるパルス信号のピークの時間との差が所定時間内だったとき、それらのパルス信号は同時に発生したパルス信号であると判定されてよい。
【0073】
(iv)発光粒子の存在比率等の決定
上記の如く検出された同時に発生した信号とそのカウント値は、実験の態様に応じて、種々の分析に利用される。例えば、図3(C)に例示されている如き二つの粒子の結合反応を確認する実験に於いては、同時に発生した信号は、二つの粒子の結合体からの信号であり、従って、同時に発生した信号が検出されたときには、そのことが二つの粒子の結合反応が生じたことの証拠となる。そして、同時に発生した信号以外の信号は、結合反応を起こしていない粒子に対応する信号であると考えられるので、同時に発生した信号のカウント値とそれ以外の信号のカウント値とを比較することにより、二つの粒子の結合反応の強さの程度を評価することが可能となる。例えば、種々の環境条件にて、上記の光の測定と信号の検出を行った場合に、或る条件に於ける同時に発生した信号のカウント値の相対的な増大(低減)は、結合反応の強さ又は進行の程度の増大(低減)を意味することとなる。また、図3(D)に例示されている如き一つの粒子の分解反応を確認する実験に於いては、一つの粒子が分解して、一つの発光標識のみを有する粒子が生成されると、同時に発生した信号以外の信号が生ずると考えられるので、同時に発生した信号以外の信号が検出されたときには、かかる分解反応の発生の証拠となり得る。そして、同時に発生した信号のカウント値とそれ以外の信号のカウント値とを比較することにより、分解反応の強さの程度、進行の程度等を評価することが可能となる。例えば、種々の環境条件にて、上記の光の測定と信号の検出を行った場合に、或る条件に於ける同時に発生した信号のカウント値の相対的な低減は、分解反応の強さ又は進行の程度の増大を意味することとなる。更に、複数の種類の発光粒子を含む試料溶液に於いて、同時に発生した信号に対応する発光粒子を観測対象粒子とする場合には、同時に発生した信号が検出されたことによって、観測対象粒子の存在が確認されることとなり、かかる同時に発生した信号のカウント値は、観測対象粒子の数密度又は濃度に比例すると考えられるので、そのカウント値に着目することにより、観測対象粒子の数密度又は濃度に関する情報を取得することが可能となる。また、逆に、同時に発生した信号を観測対象粒子以外の粒子又は夾雑物の信号とする場合には、同時に発生した信号以外の存在により、観測対象粒子の存在が確認され、観測対象粒子の発光波長の時系列光強度データ上の信号のカウント値から同時に発生した信号のカウント値を除外することにより、より精度よく観測対象粒子の数密度又は濃度に関する情報を取得することが可能となる。
【0074】
しかしながら、既に述べた如く、実際の実験に於いては、レンズの色収差のために、互いに波長の異なる励起光のCVを空間的に完全に一致させることは困難であるため、光検出領域に於いて、一つの波長の励起光のみが照射される領域が生じ得る。その場合、互いに波長の異なる励起光の照射領域が一致していれば、同時に発生した信号となるべき信号が、同時に発生した信号以外の信号に含まれていることとなる。即ち、同時に発生した信号以外の信号には、図3(C)の結合反応の検査に於いては、二つの粒子の結合体の信号が含まれ、図3(D)の分解反応の検査に於いては、分解前の粒子の信号が含まれている可能性がある。従って、図3(C)の結合反応の検査に於いては、同時に発生した信号以外の信号の数がそのまま結合体の絶対的な数であると判断することはできず、また、図3(D)の分解反応の検査に於いては、同時に発生した信号以外の信号の存在からだけでは、分解反応の有無を判断することはできないこととなる。また、図3(E)の場合には、同時に発生した信号以外の信号の存在のみから観測対象粒子の存在は証明されない。そこで、本発明に於いては、上記に説明されている如く、光検出領域の断面積と発光粒子の信号の数との関係及び互いに異なる波長帯域に於ける信号の数と同時発生信号の数との関係を用いて、試料溶液中の各発光粒子の存在比率や互いに波長の異なる励起光の照射領域が一致していれば同時に発生した信号となるべき信号の数の推定が為される。
【0075】
具体的には、まず、上記の式(9)に於けるα、β、γの各値の決定のために、複数の検出閾値I、Iの組の各々に対して、検出閾値Iを超えるピーク強度を有する一方の波長帯域(ch1)の光強度データ上の信号の数P、検出閾値Iを超えるピーク強度を有する他方の波長帯域(ch2)の光強度データ上の信号の数P及びそれらの信号のうちで同時に発生した信号の数Pが、それぞれ計数され、これにより、複数の信号数の組(P、P、P)が生成される。なお、複数の検出閾値I、Iの組について、好適には、検出閾値I、Iの各々を発光粒子の信号の最小値から最大値の間の全域に亘って徐々に変化させ、検出閾値の組(I、I)の各々に対して信号数の組(P、P、P)が生成されてよい。次いで、生成された複数の信号数の組(P、P、P)に対して上記の式(9)が、例えば、最小自乗法に従ってフィッティングされ、α、β、γの各値が算出される。
【0076】
かくして、α、β、γの各値が算出されると、式(12)により、試料溶液中に於ける二つの波長帯域(ch1、ch2)の双方の光を発する発光粒子の割合が算出され、式(13)により、光検出領域の全域SA∪Bの大きさに対する二つの波長帯域の領域の重複領域SA∩Bの大きさの割合SA∩B/SA∪Bが算出され、式(14a)により、補正された同時発生信号数が算出されることとなる。
【0077】
(v)発光粒子濃度の決定
時系列光強度データに於ける発光粒子の濃度は、各発光粒子のカウント値と、時系列光強度データの取得の間に光検出領域の通過した領域の総体積を用いて決定可能である。しかしながら、光検出領域の実効体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に依存して変動するため、設計値から算定することは、一般に困難であり、従って、光検出領域の通過した領域の総体積を算定することも簡単ではない。そこで、典型的には、発光粒子の濃度が既知の溶液(対照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、粒子の検出及びカウンティングを行い、検出された発光粒子の数と対照溶液の発光粒子の濃度とから、光検出領域の通過した領域の総体積、即ち、発光粒子の検出数と濃度との関係が決定される。対照溶液の発光粒子としては、好ましくは、各発光粒子と同様の波長特性を有する発光標識(蛍光色素等)であってよい。この点に関し、しかしながら、互いに異なる波長帯域の双方に於いて光を発する発光粒子が調製又は入手が常に可能であるとは限らず、また、そのような発光粒子の調製又は入手が可能であっても、しばしば、高価又は希少である場合、或いは、時間と労力を要する場合もあり得る。そこで、本発明に於いては、互いに異なる波長帯域のうちの一方のみに光を発する発光粒子を既知の濃度にて含む溶液を参照溶液として用いられてよい。
【0078】
具体的には、例えば、濃度Coの波長帯域Iのみに光を発する発光粒子の対照溶液について、その発光粒子の検出数がPoであったとすると、互いに異なる波長帯域のうちの一方の光検出領域の通過した領域の総体積Vtoは、
Vto=Sut=Po/(NCo) …(21)
により与えられる。従って、式(6a)を用いて、波長I及び波長IIの双方にて検出される発光粒子の濃度Cは、
C=c/(a+c)・P1/(utN
=α・(P1/Po)・Co …(22)
により与えられる。また、対照溶液として、複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtoとして採用されるようになっていてよい。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて、例えば、FCS、FIDAを利用するなどして与えられるようになっていてよい。また、本実施形態の光分析装置に於いては、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な粒子についての濃度Coと粒子の数Poとの関係(式(21))の情報をコンピュータ18の記憶装置に予め記憶しておき、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるようになっていてよい。
【0079】
モニター画面
上記の計測及び推定演算の結果は、コンピュータ18のモニター上に表示される。例えば、光検出領域の全域SA∪Bの大きさに対する二つの波長帯域の領域の重複領域SA∩Bの大きさの割合SA∩B/SA∪B及び/又は二つの波長帯域の領域の重複していない領域の大きさの割合は、図8(A)に例示されている如く、数値表示(a)、グラフィック表示(b)、或いは、グラフィック表示と数値表示の組合せ(c)にて表示されるようになっていてよい。また、図8(B)に例示されている如く、推定演算により算出された試料溶液中の発光粒子の各々の存在比率及び濃度は、数値表示(a)、(c)、グラフィック表示(b)、(d)にて表示されてよい。
【0080】
かくして、上記の本発明によれば、複数の波長帯域毎に光検出領域からの光を測定して発光粒子の種類を識別可能な態様にて試料溶液中の発光粒子の検出を実行する走査分子計数法に於いて、信号処理を通じて、
(a)試料溶液が少なくとも一つの種類の発光粒子を含む場合にかかる少なくとも一つの種類の発光粒子に於ける前記の互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の存在比率、
(b)前記の互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複した領域の大きさの割合、
(c)前記の互いに異なる波長帯域の光検出領域が一致していると仮定したときに前記の二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出されるべき発光粒子の信号の数、及び
(d)前記の互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の試料溶液中での濃度
が推定できることとなる。本発明の場合、上記の項目(a)〜(c)については、対照溶液による測定及び分析処理を要せずに推定可能であり、項目(d)については、互いに異なる波長帯域のうちの一つに於いて光を発する発光粒子の対称溶液による測定及び分析処理を必要とするが、観測対象となる互いに異なる波長帯域の二つに於いて光を発する発光粒子と同様の波長特性を有する発光粒子の対称溶液による測定及び分析処理を必須ではなくなるので、検査に要する時間、手間、費用の低減が期待される。
【0081】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例1】
【0082】
走査分子計数法に従って、種々の割合にて二色の蛍光色素にて標識されたオリゴヌクレオチド(二重標識オリゴヌクレオチド)と一色の蛍光色素にて標識されたオリゴヌクレオチド(一重標識オリゴヌクレオチド)とを含む試料溶液について二つの波長帯域にて光測定を行い、得られた時系列光強度データにて同時に発生した信号(同時発生パルス)の検出及びカウンティングを行い、本発明による信号処理により算出された二重標識オリゴヌクレオチド(同時発生パルスに対応する発光粒子)の存在比率、濃度の推定結果を検証した。
【0083】
試料としては、下記の二重標識オリゴヌクレオチド及び一重標識オリゴヌクレオチドを準備した。
(二重標識オリゴヌクレオチド)
・488pA647:Alexa488-aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa-Alexa647
[5’末端に蛍光色素Alexa488を、3’末端に蛍光色素Alexa647を修飾したオリゴヌクレオチド]
(一重標識オリゴヌクレオチド)
・488pA:Alexa488-aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
[5’末端にAlexa488修飾したオリゴヌクレオチド]
・pA647:aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa-Alexa647
[3’末端にAlexa647修飾したオリゴヌクレオチド]
試料溶液は、次のように調製した。:上記のオリゴヌクレオチドをそれぞれ10mM Tris-HCl(pH8.0)に100μMとなるように溶解させた。次いで、各溶液を0.05%(w/w)Tween20を含むリン酸緩衝溶液を用いて希釈し、488pAとpA647とを各々10pMにて含む溶液αと、488pA647を10pMにて含む溶液βとを調製した。そして、溶液βと溶液αとを、体積比で100:0、50:50、10:90となるように混合し、各蛍光色素について、一重標識オリゴヌクレオチド(488pA、pA647)に対する二重標識オリゴヌクレオチド488pA647の割合が100%、50%、10%となる溶液を調製した。なお、Alexa488は、488nmの励起光で励起すると510〜560nmの波長帯域で蛍光が検出される。一方、Alexa647は633nmの励起光で励起すると、650〜690nmの波長帯域で蛍光が検出される。
【0084】
光の測定及び分析に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用い、上記の「(2)試料溶液の光強度の測定」にて説明した態様に従って、上記の各試料溶液について、時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を取得した。その際、励起光は、488nmのレーザー光(200μW)と633nmのレーザー光(1000μW)とを用い、バンドパスフィルターを用いて、励起光488nm及び633nmに対して、(ch1)510−560nmと(ch2)650−690nmの二つの波長帯域の光をそれぞれ別々に同時に測定し、励起光488nm及び励起光633nmのそれぞれに対する時系列光強度データを生成した。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の移動速度は、15mm/秒とし、BIN TIMEを10μ秒とし、各試料溶液について2秒間の測定を3回ずつ行った。光強度の測定後、上記の「(3)(ii)発光粒子のカウンティング」に記載された処理手順に従って、各試料溶液について取得された各波長帯域の時系列光強度データにスムージング処理を施し、スムージングされたデータに於いて、パルス信号の始点及び終点を決定した後、各パルス信号にガウス関数を最小二乗法によりフィッティングして、(ガウス関数に於ける)ピーク強度、パルス幅(半値全幅)、相関係数を決定した。そして、下記の条件:
20μ秒<パルス幅<400μ秒
ピーク強度>1(フォトン/10μ秒) …(A)
相関係数>0.95
を満たすパルス信号のみを発光粒子(二重標識オリゴヌクレオチド及び一重標識オリゴヌクレオチド)に対応する信号であると判定する一方、上記の条件を満たさないパルス信号はノイズとして無視し、発光粒子に対応する信号であると判定された信号の数を「パルス数」として計数した。そして、励起光488nmのデータ(ch1)と励起光633nmのデータ(ch2)上の発光粒子として判定されたパルス信号を比較して、パルス信号のピーク(最大値)の時刻の差が30μ秒以内となるパルス信号を同時に発生したパルス信号(同時発生パルス信号)として判定し、その数を計数した((iii)同時に発生した信号の検出及びカウント参照)。
【0085】
次いで、「(iv)発光粒子の存在比率等の決定」に記載されている如く、励起光488nmのデータ(ch1)上の発光粒子として判定されたパルス信号と励起光633nmのデータ(ch2)上の発光粒子として判定されたパルス信号とのそれぞれについて、検出閾値I、Iの各々を発光粒子の信号の最小値から最大値の間の全域に亘って徐々に変化させ、検出閾値の組(I、I)の各々に対して、検出閾値Iを超えるピーク強度を有する信号の数P、検出閾値Iを超えるピーク強度を有する信号の数P及びそれらの信号のうちで同時に発生した信号の数Pを計数し、信号数の組(P、P、P)の群を調製した。図9(A)は、488pA647の割合が100%となる溶液を用いて得られた光強度データに於いて、検出閾値の組(I、I)を変更しながら計数された信号数の組(P、P、P)をプロットしたグラフを示している。そして、得られた信号数の組(P、P、P)の群に対して、式(9)を最小自乗法に従ってフィッティングし、α、β、γの各値を算出し、更に、α、βの値から、二重標識オリゴヌクレオチドの存在比率を算出した。
【0086】
図9(B)は、試料溶液を調製した際の二重標識オリゴヌクレオチドの混合比率に対して、発光粒子の信号として判定された励起光488nmのデータ(ch1)上の信号数P’と、励起光633nmのデータ(ch2)上の信号数P’と、それらの信号に於いて同時に発生した信号の数P’とから算出されたP’の比率(■)[従来法による比率]と、本発明による信号処理に従って算出した二重標識オリゴヌクレオチドの存在比率(◆)とをプロットした図である。同図を参照して明らかな如く、従来法による比率は、実際の二重標識オリゴヌクレオチドの混合比率に比して大幅に低かった。これは、レンズの色収差によって異なる波長帯域の光検出領域の位置及び寸法にずれが生じ、二重標識オリゴヌクレオチドが進入しても一方の波長帯域のみの光しか検出されない領域が存在するため、光が一方の波長帯域の光強度データにしか出現しない二重標識オリゴヌクレオチドが多数存在したことによるためであると考えられる。一方、本発明による算出された存在比率は、従来法による値に比して大幅に増大し、実際の二重標識オリゴヌクレオチドの混合比率に概ね近い値となった。このことにより、本発明の手法により、試料溶液中に於ける互いに異なる波長帯域に於いて光成分を発する発光粒子の存在比率が、対照溶液を使用せずに、より精度良く推定可能であることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析装置であって、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於ける前記光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動部と、
前記光検出領域からの光のうちの互いに異なる波長帯域の光の成分を検出する複数の光検出部と、
前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら前記複数の光検出部にて検出された前記光検出領域からの光のうちの互いに異なる波長帯域の光の成分の時系列の光強度データをそれぞれ生成し、前記時系列の光強度データのそれぞれに於いて前記発光粒子の各々からの信号を個別に検出し、更に、前記互いに異なる波長帯域のうちの二つの時系列の光強度データに於いて同時に発生した発光粒子の信号を検出する信号処理部とを含み、
前記信号処理部が、前記二つの互いに異なる波長帯域の一方の光を放出する光検出領域と前記二つの互いに異なる波長帯域の他方の光を放出する光検出領域との互いの位置関係と、前記二つの互いに異なる波長帯域の一方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係と、前記二つの互いに異なる波長帯域の他方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係とから導かれる前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された発光粒子の信号の数との関係を用いて、
(a)前記試料溶液が少なくとも一つの種類の発光粒子を含む場合に前記少なくとも一つの種類の発光粒子に於ける前記互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の存在比率、
(b)前記二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複した領域の大きさの割合、
(c)前記二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域が一致していると仮定したときに前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出されるべき前記発光粒子の信号の数、及び
(d)前記互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の前記試料溶液中での濃度
のうちの少なくとも一つを推定可能であることを特徴とする装置。
【請求項2】
請求項1の装置であって、前記信号処理部が、第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於ける前記第一の検出閾値以上の強度を有する第一の信号の数の検出と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於ける前記第二の検出閾値以上の強度を有する第二の信号の数の検出と、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて前記第一の検出閾値以上の強度を有する信号と前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて前記第二の検出閾値以上の強度を有する信号とに於いて同時に発生した同時発生信号の数の検出とを含む信号数検出処理を実行し、前記信号数検出処理により得られた複数の前記第一の検出閾値及び前記第二の検出閾値の組に対する複数の前記第一の信号の数と前記第二の信号の数と前記同時発生信号の数の組とを用いて、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された前記発光粒子の信号の数との前記関係を決定することを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項2の装置であって、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された前記発光粒子の信号の数との前記関係が、前記第一の信号の数と該第一の信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、前記第二の信号の数と該第二の信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、前記同時発生信号の数と前記同時発生信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係とに基づいて決定された式にて表されることを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかの装置であって、前記光検出領域移動部が前記発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて前記光検出領域の位置を移動することを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかの装置であって、前記光検出領域のうちの前記互いに異なる二つの波長帯域のうちの一方の光の成分を発する領域、前記光検出領域のうちの前記互いに異なる二つの波長帯域のうちの他方の光の成分を発する領域、及び、前記光検出領域のうちの前記互いに異なる二つの波長帯域の二つの光の成分を発する領域の重複した領域の大きさの割合を表示する表示部を含むことを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかの装置であって、前記試料溶液中に於ける前記発光粒子の存在比率及び/又は濃度を表示する表示部を含むことを特徴とする装置。
【請求項7】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析方法であって、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を移動する第一の過程と、
前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら前記光検出領域からの光のうちの互いに異なる波長帯域の光の成分の強度を別々に測定して時系列の光強度データをそれぞれ生成する第二の過程と、
前記時系列の光強度データのそれぞれに於いて発光粒子の光を表す信号を個別に検出する第三の過程と、
前記互いに異なる波長帯域のうちの二つの時系列の光強度データに於いて同時に発生した前記発光粒子の信号を検出する第四の過程と、
前記二つの互いに異なる波長帯域の一方の光を放出する光検出領域と前記二つの互いに異なる波長帯域の他方の光を放出する光検出領域との互いの位置関係と、前記二つの互いに異なる波長帯域の一方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係と、前記二つの互いに異なる波長帯域の他方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係とから導かれる前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された発光粒子の信号の数との関係を用いて、
(a)前記試料溶液が少なくとも一つの種類の発光粒子を含む場合に前記少なくとも一つの種類の発光粒子に於ける前記互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の存在比率、
(b)前記二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複した領域の大きさの割合、
(c)前記二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域が一致していると仮定したときに前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出されるべき前記発光粒子の信号の数、及び
(d)前記互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の前記試料溶液中での濃度
のうちの少なくとも一つを推定する第五の過程と
を含むことを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項7の方法であって、
前記第三の過程に於いて、第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於ける前記第一の検出閾値以上の強度を有する第一の信号の数の検出と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於ける前記第二の検出閾値以上の強度を有する第二の信号の数の検出とを実行し、
前記第四の過程に於いて、前記第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて前記第一の検出閾値以上の強度を有する信号と前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて前記第二の検出閾値以上の強度を有する信号とに於いて同時に発生した同時発生信号の数の検出を実行し、
前記第五の過程に於いて、前記第三及び第四の過程に於いて得られた複数の前記第一の検出閾値及び前記第二の検出閾値の組に対する複数の前記第一の信号の数と前記第二の信号の数と前記同時発生信号の数の組とを用いて、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された前記発光粒子の信号の数との前記関係が決定されることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項8の方法であって、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された前記発光粒子の信号の数との前記関係が、前記第一の信号の数と該第一の信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、前記第二の信号の数と該第二の信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、前記同時発生信号の数と前記同時発生信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係とに基づいて決定された式にて表されることを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項7乃至9のいずれかの方法であって、前記光検出領域の位置が前記試料溶液中の発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されることを特徴とする方法。
【請求項11】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出するための光分析用コンピュータプログラムであって、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於ける前記光学系の光検出領域の位置を移動する第一の手順と、
前記試料溶液内に於ける前記光検出領域の位置の移動中に前記光検出領域からの光のうちの互いに異なる波長帯域の光の成分の強度を別々に測定して時系列の光強度データをそれぞれ生成する第二の手順と、
前記時系列の光強度データのそれぞれに於いて個々の発光粒子からの信号を個別に検出する手順と、
前記互いに異なる波長帯域のうちの二つの時系列の光強度データに於いて同時に発生した前記発光粒子の信号を検出する第四の手順と、
前記二つの互いに異なる波長帯域の一方の光を放出する光検出領域と前記二つの互いに異なる波長帯域の他方の光を放出する光検出領域との互いの位置関係と、前記二つの互いに異なる波長帯域の一方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係と、前記二つの互いに異なる波長帯域の他方の光検出領域の寸法と該光検出領域から放出される発光粒子の光を表す信号の数との関係とから導かれる前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された発光粒子の信号の数との関係を用いて、
(a)前記試料溶液が少なくとも一つの種類の発光粒子を含む場合に前記少なくとも一つの種類の発光粒子に於ける前記互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の存在比率、
(b)前記二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域の重複した領域の大きさの割合、
(c)前記二つの互いに異なる波長帯域の光検出領域が一致していると仮定したときに前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出されるべき前記発光粒子の信号の数、及び
(d)前記互いに異なる波長帯域のうちの二つの光の成分を発する発光粒子の前記試料溶液中での濃度
のうちの少なくとも一つを推定する第五の手順と
をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項12】
請求項11のコンピュータプログラムであって、
前記第三の手順に於いて、第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於ける前記第一の検出閾値以上の強度を有する第一の信号の数の検出と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於ける前記第二の検出閾値以上の強度を有する第二の信号の数の検出とを実行し、
前記第四の手順に於いて、前記第一の検出閾値及び第二の検出閾値の複数の組に対して、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて前記第一の検出閾値以上の強度を有する信号と前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて前記第二の検出閾値以上の強度を有する信号とに於いて同時に発生した同時発生信号の数の検出を実行し、
前記第五の手順に於いて、前記第三及び第四の過程に於いて得られた複数の前記第一の検出閾値及び前記第二の検出閾値の組に対する複数の前記第一の信号の数と前記第二の信号の数と前記同時発生信号の数の組とを用いて、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された前記発光粒子の信号の数との前記関係が決定されることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項13】
請求項12のコンピュータプログラムであって、前記二つの時系列の光強度データのうちの一方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データのうちの他方に於いて検出された前記発光粒子の信号の数と、前記二つの時系列の光強度データに於いて同時に検出された前記発光粒子の信号の数との前記関係が、前記第一の信号の数と該第一の信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、前記第二の信号の数と該第二の信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係と、前記同時発生信号の数と前記同時発生信号を与える発光粒子の前記光検出領域に於ける通過範囲の断面積との関係とに基づいて決定された式にて表されることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項14】
請求項1乃至13のいずれかのコンピュータプログラムであって、前記光検出領域の位置が前記試料溶液中の発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項15】
請求項11乃至14のいずれかのコンピュータプログラムであって、更に、前記光検出領域のうちの前記互いに異なる二つの波長帯域のうちの一方の光の成分を発する領域、前記光検出領域のうちの前記互いに異なる二つの波長帯域のうちの他方の光の成分を発する領域、及び、前記光検出領域のうちの前記互いに異なる二つの波長帯域の二つの光の成分を発する領域の重複した領域の大きさの割合を表示する手順をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項16】
請求項11乃至15のいずれかのコンピュータプログラムであって、前記試料溶液中に於ける前記発光粒子の存在比率及び/又は濃度を表示する手順をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−247385(P2012−247385A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−121345(P2011−121345)
【出願日】平成23年5月31日(2011.5.31)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】