説明

単分子リアルタイムシーケンス装置,核酸分析装置及び単分子リアルタイムシーケンス方法

【課題】
本発明の目的は、基板内の所望の領域において選択的に伸張反応を制御することに関する。
【解決手段】
本発明は、その末端にケージド化合物を配置したオリゴプローブを基板内の反応場領域に固定する。反応場領域を含むフローセル内に反応液を注入した後、反応場領域に限定して光照射して、該反応場領域内に固定されたオリゴプローブ末端の光分解活性保護基を解離させ、ポリメラーゼの伸張反応の開始を選択的に制御する。反応場領域は、フローセル内において、一定の間隔で基板上に複数に配置されている。移動ステージに固定されたフローセルを、隣接する反応場領域の距離分移動させ、光照射し、伸張反応の計測を連続して行う。この動作を繰り返すことより、フローセル内にて、複雑な流路を用いることなく、反応液の交換も行わないで安定して塩基伸張反応を計測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸配列解析方法および核酸配列解析装置に関する。より具体的には、例えば、DNAあるいはRNAなどの核酸の塩基配列を解読するための方法および装置に係わる。
【背景技術】
【0002】
1990年から2005年の間に30億ドルの予算を投じたヒトゲノム計画では、解読が最も容易な部分(全体の93%)を予定よりも2〜3年早く読み取ることができ、非特許文献1にみられるように解読に必要な技術や方法を遺産として残した。こうした技術は、その後もさらに改良が進み、今日では約2000万ドル($2×107)程度で、実用に耐えられる精度でのゲノム解読が可能になった。それでもなお、この金額では、大規模な塩基配列解読ができるのは、専門の解読センターか、巨額の予算を得た大きな研究プロジェクトに限られる。しかし、配列決定のコストが下がれば、より大量のゲノムを多数扱うことができる。例えば、患者と健常者のゲノムの比較が可能となり、結果としてゲノム情報の価値の向上が期待される。非特許文献2にみられるように、このような基礎的データの取得は将来のテーラーメード医療への発展に大きく寄与することが予想される。
【0003】
上述した状況の下、米国立衛生研究所(NIH)が資金援助している「革新的ゲノム配列決定技術」のための2つのプログラムは,2009年までにヒトゲノム解読1人分で10万ドル($1×105)、そしてそれを2014年までに1000ドル($1×103)にすることを目標としている。いわゆる「1000ドルゲノム」解読技術の開発である。
【0004】
既に、非特許文献3にみられるように、いくつかの次世代シーケンサが商品化されている。これらの技術は、既に、従来技術の1/10〜1/100のコストを達成している。また、1回の解析により計測可能な塩基数も109オーダーを達成している。しかしながら、これらのシーケンサのコスト面での向上は、ほぼ頭打ちであり、既に商品化されている装置・方式による$1000ゲノムの達成は困難と予想されている。
【0005】
また、現在市販されている次世代シーケンサは、109程度までの塩基配列を解読できるものの、109程度の大量のデータの配列解読のランタイムのみで2,3日以上の時間を要している。医療現場において、個人レベルのゲノム配列解読がルーチン・ワークとなるためには、コストのみならず配列解読の高速化が必要となる。
【0006】
このような状況の中で期待されている有力なシーケンス技術の1つが、単分子リアルタイムシーケンス法である。酵素反応の現場を直接単分子レベルでリアルタイム計測する方法である。単分子リアルタイムシーケンス法では、塩基の伸張が行われる実時間で蛍光検出を行う。従って、塩基配列解読の速度を飛躍的に行うことができる。また、単分子リアルタイムシーケンス法では、PCRによる試料の増幅が不要となり、コストの大幅な削減も可能となる。従って、単分子リアルタイムシーケンス法は、1000ドルゲノムの達成について、最も有望視されている技術の1つである。
【0007】
非特許文献4には、単分子リアルタイムシーケンス法の一つが開示されている。ここでは、ドナー蛍光体で修飾されたポリメラーゼを基板に固定し、核酸の伸張反応に伴うアクセプター・ヌクレオチドへのエネルギー蛍光移動を計測する方法を採用している。
【0008】
また、細胞内で進行する様々なバイオロジカルプロセスを制御し、リアルタイムで解析する技術としてケージド化合物を挙げることができる。ケージド化合物とは、生理活性分子を光分解性保護基で修飾して一時的にその活性を失わせたものの総称である。生理活性を檻(cage)に入れて眠らせた分子という意味でケージド化合物(caged compounds)という名称が付いている。ケージド化合物にその化合物に最適な波長の光を照射すると、光を当てた瞬間に当てた場所だけで保護基が外れ、もとの生理活性が発現することになる。つまり化学反応の時間的・空間的ダイナミクスの光の照射による制御が可能となる。特許文献1,2においては、オリゴヌクレオチドのプールを作製するためにケージド化合物を用いている。ただし、この手法は逐次反応を用いており、末端に結合するケージド化合物を反応に伴って順次分解していく方法である。従ってこの方法はリアルタイムでの解析には用いられていない。また、この手法の対象は多分子であり、単分子ではない。
【0009】
【特許文献1】特表2006−503586
【特許文献2】US 2007/0059692
【非特許文献1】Nature Reviews,vol5,pp335,2004
【非特許文献2】『ヒトゲノム完全解読から「ヒト」理解へ』、pp253,服部正平、東洋書店、2005
【非特許文献3】Nature, vol.449, pp627, 2007
【非特許文献4】『Next-Generateion Sequencing:Scientific and Commercial Implications of the $1,000 Genome』,Kevin Davies, pp41, Insight Pharma Reports
【非特許文献5】Anal. Chem. vol. 78, 6238-6245
【非特許文献6】Nanotechnology, 2007, vol. 18, pp 44017-44021.
【非特許文献7】Nano Letters. 2004, vol.4, 957-961
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
単分子リアルタイムシーケンス法の課題として、伸張反応開始の制御が挙げられる。一般に、伸張反応は、基板上に固定された単分子からの蛍光を、対物レンズを通して、CCDカメラで検出される。しかし、対物レンズは観察可能な視野が限定されるため、基板全面を一度に観察することができない。一方、リアルタイム反応では、反応液の注入とともに伸張反応が開始してしまう。従って、対物レンズで観察可能な基板領域内でのみ伸張反応を開始させ、その他の領域では反応が進行しない反応系を構築することが必要である。これを達成するために、フローセルを複数の反応場に分割し、それらの反応場に反応液を独立にあるいは順次送液するという方法が考えられる。しかし、ヒトゲノムを解読するためには数百以上の反応場が必要となり、複雑な流路を作成しなくてはならない。また、複数の反応場に独立あるいは順次正確に送液するためには、高性能なポンプを複数台必要とする。しかも、複数の反応場に、独立あるいは順次安定に送液することは、圧力損失の発生,気泡の発生,計測ノイズとなるゴミの発生などの問題により、極めて困難であることが予想される。更に、複雑な流路および複数のポンプはコストが高くなるという欠点もある。従って複雑な流路を作製することなく、基板内の所望の領域内でのみ伸張反応を開始させる方法論が求められていた。
【0011】
本発明の目的は、基板内の所望の領域において選択的に伸張反応を制御することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、その末端にケージド化合物を配置したオリゴプローブを基板内の反応場領域に固定する。反応場領域を含むフローセル内に反応液を注入した後、反応場領域に限定して光照射して、該反応場領域内に固定されたオリゴプローブ末端の光分解活性保護基を解離させ、ポリメラーゼの伸張反応の開始を選択的に制御する。反応場領域は、フローセル内において、一定の間隔で基板上に複数に配置されている。移動ステージに固定されたフローセルを、隣接する反応場領域の距離分移動させ、光照射し、伸張反応の計測を連続して行う。この動作を繰り返すことより、フローセル内にて、複雑な流路を用いることなく、反応液の交換も行わないで安定して塩基伸張反応を計測する。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、複雑な流路から構成されるフローセルおよび送液機構を用いることなく、リアルタイム塩基伸張反応を計測することができる。また、シンプルな流路系を採用することができるため、送液に伴う流路内の気泡の発生,ゴミの発生、及び液漏れなどの問題を未然に防止することができ、また、フローセル作製のコストを低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
実施例は、核酸伸長反応を阻害する光分解性物質を有する核酸プローブと、当該核酸プローブが複数配置された反応場領域と、当該反応場領域が複数設けられた流路と、核酸伸長反応に利用される試薬を前記流路に供給する試薬供給機構と、所望の反応場領域に、エバネッセント光を照射し、生じた蛍光を検出する励起光学系と、所望の反応場領域に、前記光分解性物質を分解する光を照射する反応制御光学系と、を有する単分子リアルタイムシーケンス装置を開示する。
【0015】
また、実施例は、ターゲット核酸とハイブリダイズするが、UV光が照射されないと核酸伸長反応が進まない核酸プローブと、異なるターゲット核酸とハイブリダイズする前記核酸プローブが複数配置された反応場領域と、当該反応場領域が複数設けられ、核酸反応に利用される試薬を保持できる流路を有する核酸分析デバイスと、所望の反応場領域にエバネッセント光を照射し、生じた蛍光を検出する励起光学系と、前記所望の反応場領域に、前記光分解性物質を分解するUV光を照射する反応制御光学系と、核酸分析デバイスを、前記励起光光学系及び前記反応制御光学系に対して相対的に動かし、所望の反応場領域にエバネッセント光及びUV光が照射されるようにするステージ駆動機構と、を有する核酸分析装置を開示する。
【0016】
また、実施例は、核酸伸長反応を阻害する光分解性物質を有する核酸プローブと、当該核酸プローブが複数配置された反応場領域が複数設けられた流路と、を準備し、前記流路に、ターゲット核酸と、核酸伸長反応に利用される試薬と、を供給し、所望の反応場領域に、前記光分解性物質を分解するUV光を照射し、前記所望の反応場領域に、エバネッセント光を照射し、生じた蛍光を検出し、前記流路を、前記UV光を照射する反応制御光学系、及び前記エバネッセント光を生じさせる励起光光学系に対して相対的に動かし、異なる反応場領域に、前記光分解性物質を分解するUV光を照射し、前記異なる反応場領域に、エバネッセント光を照射し、生じた蛍光を検出する単分子リアルタイムシーケンス方法を開示する。
【0017】
また、実施例は、光分解性物質が、核酸プローブの末端に修飾された光分解性保護基であるものを開示する。
【0018】
また、実施例は、光分解性保護基が2−ニトロベンジル型,デシル・フェナシル型、又はクマリニルメチル型であるものを開示する。
【0019】
また、実施例は、蛍光増強場を生じる金属構造体が、各核酸プローブに対応して、反応領域場に配置されているものを開示する。
【0020】
また、実施例は、試薬が、エバネッセント光によりそれぞれ異なる蛍光を発する4色の蛍光色素で標識された4つのデオキシリボヌクレオチドdATP,dCTP,dTTP,dGTP、及び核酸伸張反応を行う酵素を含むものを開示する。
【0021】
また、実施例は、励起光学系が、波長420nm−800nmの範囲の可視光を全反射照明し、エバネッセント光を生じさせるものを開示する。
【0022】
また、実施例は、反応制御光学系が、波長250−400nmの範囲のUV光を照射するものを開示する。
【0023】
また、実施例は、反応制御光学系が所望の反応領域場に光照射した後、流路を動かし、反応制御光学系が異なる反応領域場を視野に納めるものを開示する。
【0024】
また、実施例は、計測の対象となる単一の分子と、前記単一分子を保持する金属構造体と、前記金属構造体が規則的に配置された領域と、前記領域が規則的に配置された流路と、前記流路が1本以上配置された基板と、前記単一分子と相互作用する化学物質を含んだ反応溶液と、前記単一分子と前記反応溶液内の化学物質と化学反応を阻害する光分解性物質と、前記光分解性物質の阻害を解除し、前記単一分子と前記反応溶液との相互作用を局所的に開始させる手段と、前記基板を移動させる手段と、前記反応溶液を前記流路に供給する手段を有する反応制御装置を開示する。
【0025】
また、実施例は、前記単一分子がDNAあるいはRNAである核酸であり、前記単一分子の保持が前記金属構造体に固定された前記単一分子の相補鎖によるハイブリダイゼーションによるものであり、前記光分解性物質が前記相補鎖の末端に修飾された光分解性保護基であり、前記光分解性保護基の阻害を解除し、反応を開始させる手段が光の照射によるものであり、前記反応溶液に含まれる化学物質がそれぞれ異なる蛍光を発する4色の蛍光色素で標識された4つのデオキシリボヌクレオチドdATP,dCTP,dTTP,dGTPおよび核酸の伸張反応を行う酵素であるポリメラーゼであるものを開示する。
【0026】
また、実施例は、前記核酸の伸張反応を計測する手段が波長420nm−800nmの範囲の可視光を用いた全反射照明による蛍光計測であり、前記金属構造体の大きさが前記可視光の波長より小さいことを特徴とし、前記金属構造体可視光の照射により表面プラズモン共鳴を発生することにより前記金属構造体近傍の電場強度を増強させ、前記蛍光色素からの蛍光が増強されるものを開示する。
【0027】
また、実施例は、前記光分解性保護基を解除させる手段が波長250−400nmの範囲の紫外光を使用し、前記紫外光を前記構造体が規則的に配置された領域の領域にのみ選択的に照射する手段を有するものを開示する。
【0028】
また、実施例は、前記構造体が規則的に配置された領域にのみ選択的に紫外光の照射による伸張反応が完了した後に、前記基板を隣接した領域の間隔分移動させる手段がXYステージによるものであり、前記領域での伸張反応を連続して計測する手段と、前記基板の蛍光分子にオートフォーカスする手段を有するものを開示する。
【0029】
また、実施例は、前記光分解性物質が光分解性保護基であり、その保護基が2−ニトロベンジル型,デシル・フェナシル型,クマリニルメチル型であるものを開示する。
【0030】
また、実施例は、前記金属構造体に固定された前相補鎖の配列がmRNAを捕捉するpolyT配列であるものを開示する。
【0031】
また、実施例は、前記蛍光検出を行う手段が対物レンズ,ノッチフィルター,ダイクロイックミラー,バンドパスフィルター,集光レンズ,CCDカメラから構成されるものを開示する。
【0032】
また、実施例は、前記全反射照明が複数のレーザー,ミラー,NDフィルター,λ/4波長板,シャッター,集光レンズ,プリズム,カップリングオイルから構成されるものを開示する。
【0033】
また、実施例は、前記反応溶液を前記流路に供給する手段が分注ユニット,廃液タンクおよび前記基板のセプタから構成されるものを開示する。
【0034】
また、実施例は、前記デオキシリボヌクレオチドが、Alexa488−dCTP,Cy3−dATP,Cy5−dCTP、及びCy5.5−dCTPであるものを開示する。
【0035】
以下、上記及びその他の新規な発明の特徴と効果について、図面を参酌して説明する。尚、図面は発明の理解のために用いるものであり、権利範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0036】
本発明の実施例として、1つの流路に複数の反応場が配置されたフローセルについて図1を用いて、以下、説明する。光透過性を持つ基板105,103に、長方形状の空間部が形成されているPDMS104(polydimethylsilozane)を挟むことにより、フローセルが形成される。PDMSは、シリコン樹脂であり、流路の鋳型にPDMSの未重合溶液を流し込み重合させることで流路を形成することが可能である。また、PDMSは、可視光領域における光吸収が極めて少ないため、顕微鏡下における蛍光測定に適している。また、PDMSは、平滑な基板103表面にファンデルワールス力だけで密着しているため、基板103表面に押し付けるだけでPDMSは基板に密着する。基板103には、反応液、洗浄液などの試薬を注入するゴム性のセプタ101,102が設置されている。このセプタに注射針などを突き刺し、手動あるいは自動で流路内に所望の液体を注入することが可能となる。更に、基板105上には反応場106が直線状に200個配置されている。隣接する反応場106の間隔は0.5mmである。また、反応場106の大きさはφ0.5mmであり、使用する対物レンズの最大視野とほぼ等しい大きさに作製されている。
【0037】
図1の基板107は、反応場106を拡大したものだが、基板107内には金構造体108が1μmピッチで格子状に規則正しく配置されている。また、各金構造体108の上にはオリゴプローブ109が1本ずつ固定されている。特に、mRNAの発現解析を行う場合には、オリゴプローブ109はdTの反復配列を持つ。金構造体108は、励起光の波長よりも小さい構造体であり、本実施例では直径80nmの金微粒子を採用した。金構造体108は、基板107上に配置される。金構造体108に励起光を照射すると、プラズモン現象により、金構造体108近傍の電場の増強が発生し、計測される蛍光が増強される。プラズモン現象とは光の閉じ込めによる自由電子の集団的励起を意味する。
【0038】
蛍光増強するための金構造体108としては、ピラミッド形状、2つの金構造体に絶縁膜が挟まれた形状(積層形状)、蝶ネクタイの様に2つの三角柱を配置した形状等が存在する。ピラミッド形状の場合には、その先端部等にオリゴプローブを配置する。積層形状の場合には、絶縁膜等にオリゴプローブを配置する。2つの三角柱を配置した形状の場合には、その挟まれた空間にオリゴプローブを配置する。また、局在型表面プラズモンを発生することができる金属体としては、金,銀,白金,アルミニウム、及び銅などが知られており、金構造体108の材質としては、金の他に、こられを用いることもできる。
【0039】
尚、表面プラズモンによる蛍光増強の現象については、Anal. Chem. vol. 78, 6238-6245(非特許文献5)に報告されているようなナノ・メートルオーダーの銀の島構造を用いたものや、Nanotechnology, 2007, vol. 18, pp 44017-44021.(非特許文献6)に報告されているような金の直径数十ナノ・メートルの球状微粒子を用いたものが知られている。三角柱が近接すると、その間の空間には、強力な局在型表面プラズモンが発生することが、Nano Letters. 2004, vol.4, 957-961(非特許文献7)に示されている。本明細書では、これら文献を、明細書の一部として取り込む。
【0040】
次に、図2を用いて、UV光209を用いたリアルタイム塩基伸張反応の制御について説明する。基板213内の流路205内には、反応液がセプタ211,212を通して注入されている。反応液は、それぞれ異なる蛍光色素でラベルされた4種類のヌクレオチドおよびポリメラーゼを含む。各ヌクレオチドは、それぞれAlexa488−dCTP214,Cy3−dATP215,y5−dCTP216,Cy5.5−dCTP217である。各ヌクレオチドの濃度は、200nMである。また、反応液は、伸張反応が効率よく行われるように、塩濃度,マグネシウム濃度およびpHが最適化されている。
【0041】
反応場201,202,203,204内には、図1で既に説明したように、金構造体207が1μmピッチで格子状に規則正しく配置されている。1本のオリゴプローブ205が、1個の金構造体207に共有結合されている。また、反応開始前、配列を解読したいmRNA206とオリゴプローブ205は、ハイブリダイゼーションした状態になっている。オリゴプローブ205の3′末端のヌクレオチドにおける3′OHに、光分解活性保護基であるケージド化合物220がラベルされている。このケージド化合物220が、ターゲット核酸であるmRNA206の相補鎖の伸張反応を阻害するため、フローセル内に反応溶液が満たされていても、伸張反応は進行しない。しかし、波長260nmのUV光209を反応場201のみに限定して照射することにより、反応場201上のオリゴプローブ205末端のケージド化合物220を解離させ、任意の時間に伸張反応を開始させることができる。
【0042】
上述したオリゴプローブの化学構造について図3を用いて説明する。本実施例のオリゴプローブ301は、5′末端がビオチンで修飾されている。これはアビジン−ビオチンの結合を利用して、オリゴプローブ301を金構造体に固定化するためである。なお、5′末端の修飾はビオチンに限定されるものではなく、アミノ基とマレイミド基,チオール基と金の共有結合を利用した方法も使用することができる。
【0043】
本実施例ではmRNAの配列解析の例に説明しているが、mRNAの3′末端にあるpolyA部と選択的にハイブリダイゼーションするために、本実施例のオリゴプローブ301の塩基配列はpolyT配列となっている。
【0044】
また、オリゴプローブ301の3′末端は、光分解性保護基で修飾されている。これまでに様々な光分解性保護基が報告されているが、本実施例では代表的な光分解性保護基である2−ニトロベンジル型を用いた。本実施例の2−ニトロベンジル型ケージド化合物を活性化するのに最適な波長は260nmである。UV光照射後、光分解性保護基は脱保護され、オリゴプローブ301はオリゴプローブ303の分子構造に変換される。光分解性保護基を解離したオリゴプローブ303においては、伸張反応を阻害する物質が既に解離しているため、溶液中に浮遊する蛍光標識されたヌクレオチドがポリメラーゼにより取り込まれる伸張反応が起こる。このメカニズムにより光照射により伸張反応の制御を行うことができる。
【0045】
上述した伸張反応技術を好適な核酸分析装置について、図4を用いて説明する。4つの異なる蛍光色素を励起するために、本実施例の装置は、波長514nmのArgonレーザー401、波長633nmのHeNeレーザー402の2つのレーザーを備える。4つではなく2つのレーザーを用いるのはコストを削減するためであり、4つのレーザーを備えても良い。Argonレーザー401は、蛍光標識されたヌクレオチドであるAlexa488−dCTP214、及びCy3−dATP215、また、HeNeレーザー402は、Cy5−dCTP216、及びCy5.5−dCTP217の励起に用いる。Argonレーザー401、及びHeNeレーザー402から発した励起光は、それぞれダイクロイックミラー405,ダイクロイックミラー406で反射され、NDフィルタ407,4/λ波長板、ミラー408,集光レンズ410,プリズム411を経て基板432底面に入射される。入射角度は臨界角以上であり、フローセル基板上の蛍光色素は、全反射照明で励起される。ここで、全反射照明を用いる利点は、反応溶液中に遊離する蛍光色素を全て励起するわけではなく、基板からZ方向の深さ約150nm近傍の領域のみ局所的に照明できることである。従って、ノイズとなる背景光を通常の落射励起法と比較して格段に低減できる。更に、金構造体に照射された励起光は、表明プラズモン共鳴を発生させ、金構造体の大きさ程度の領域で数十倍の蛍光増強効果を得ることができる。発光した蛍光は、対物レンズ412,ノッチフィルター413,バンドパスフィルター440を経てダイクロイックミラー414に至る。直進する蛍光は、更に、ダイクロイックミラー416で分割され、それぞれバンドパスフィルター417,441を通過し、集光レンズ415,419でCCDカメラ418,420の像面に集光される。同様に、ダイクロイックミラー414で反射された蛍光は、ダイクロイックミラー421で分割され、それぞれバンドパスフィルター442,443を通過し、集光レンズ424,422でCCDカメラ425,423の像面に集光される。このようにして4つの異なる蛍光色素の蛍光画像を同時に取得することが可能となる。各CCDカメラ418,420,423,425で取得された信号は、制御PC426にて処理され、mRNAの塩基配列に変換される。
【0046】
尚、上記実施例では、全反射照明を用いて蛍光色素を励起しているが、励起光波長より小さなナノ開口をフローセル基板に設け、その開口に励起光を照射することより生じるエバネッセント光により、蛍光色素を励起してもよい。
【0047】
伸張反応の制御は、制御PC426により行われる。制御PC426がUVレーザー444のシャッター445を開放させる。UV光は、バンドパスフィルター446を経て、前述したエバネッセント照明と同一の光路を経て基板432の底面を照明する。本実施例では、UVレーザー444の照射と蛍光色素の励起について同一の光学系を用いている。しかし、UVレーザーの照射法そのものはエバネッセント照明に限定されるものではなく、よく用いられる落射法であっても、斜光照明法であってもよい。
【0048】
UVレーザーの照射に伴い、既に説明したように光保護基が解離し、核酸の伸張反応が自動的に進行する。ある反応場での伸張反応が完了すると制御PCはXYステージ駆動用サーボモータ433を駆動させ、次の反応場を対物レンズ412の視野内に移動させる。更に、制御PCは、金構造体の散乱光を下にオートフォーカス装置427を駆動させフローセル壁面の蛍光分子にフォーカスを合わせる。この動作を繰り返すことにより、フローセル内に配置された200の反応場について順次リアルタイム塩基伸張反応の計測を繰り返すことが可能となる。また、基板432内には複数の流路の作製が可能であり、それぞれの流路について分注ユニット428により独立に反応液を分注することができる。また、廃液はセプタ431を通じて廃液タンク429に溜められる。また、リアルタイム塩基伸張反応を安定させるために温度調整ユニット450を付加している。
【0049】
図5に、リアルタイム反応のフローを示す。フローセルに4種の蛍光デオキシヌクレオチドとポリメラーゼを含んだ反応溶液を注入する。次に、XYステージを駆動させ、計測する反応場の位置出しを行う。次に、金構造体からの散乱像からフローセル壁面へオートフォーカスを行う。フローセル壁面にピントを合わせた後に、CCDカメラの連続画像取得を開始する。UVレーザーの照射により、光分解活性保護基が解離し、リアルタイム伸張反応が開始する。60秒程度のリアルタイム反応が終了した後に、UVレーザーの照明を停止し、画像の取得を終了する。更に、Argonレーザー,He−Neレーザーの照明を停止させ、XYステージを反応場の間隔分移動させることにより、同一のフローセル内で未だ伸張反応が起こっていない反応場を対物レンズの直下に位置出しする。この動作を1つのフローセルについて200回繰り返すことにより、200の反応場について順次UV照射を用いることにより反応液の液交換することなく、簡便にリアルタイム塩基伸張反応を実現することができる。また、フローセル内の反応場の数は本実施例で述べた200に限定される必要はない。また、基板上に形成されるフローセルの数についても、特別な限定はない。
【0050】
尚、上記実施例では、ステージ駆動により、励起光照射領域やUV光照射領域に所望の反応場を配置しているが、ステージを移動させることなく、光学系の制御により、所望の反応場にのみ励起光やUV光を照射してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】フローセル構造の基本構成を示す模式図。
【図2】リアルタイム塩基伸張反応の制御法についての説明図。
【図3】オリゴプローブの化学構造についての説明図。
【図4】光照射による伸張反応制御法を用いる装置構成についての説明図。
【図5】リアルタイム伸張反応のフロー図。
【符号の説明】
【0052】
101,102,211,212,430,431 セプタ
103,105,107,213,432 基板
104 PDMS
106,201,202,203,204 反応場
108,207 金構造体
109,301,303 オリゴプローブ
206 mRNA
214 Alexa488−dCTP214
215 Cy3−dATP
216 Cy5−dCTP
217 Cy5.5−dCTP
220 ケージド化合物
302 光分解活性保護基
401 Argonレーザー
402 He−Neレーザー
403,404,417,440,442,443,446 バンドパスフィルター
405,406,414,416,221 ダイクロイックミラー
407 NDフィルター
408 ミラー
409 λ/4波長板
410,415,419,422,424 集光レンズ
413 ノッチフィルター
418,420,423,425 CCDカメラ
426 制御PC
428 分注ユニット
429 廃液タンク
433 XYステージ駆動用サーボモータ
445 シャッター
450 温度調整ユニット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸伸長反応を阻害する光分解性物質を有する核酸プローブと、当該核酸プローブが複数配置された反応場領域と、当該反応場領域が複数設けられた流路と、
核酸伸長反応に利用される試薬を前記流路に供給する試薬供給機構と、
所望の反応場領域に、エバネッセント光を照射し、生じた蛍光を検出する励起光学系と、
所望の反応場領域に、前記光分解性物質を分解する光を照射する反応制御光学系と、
を有する単分子リアルタイムシーケンス装置。
【請求項2】
請求項1記載の単分子リアルタイムシーケンス装置であって、
前記光分解性物質が、前記核酸プローブの末端に修飾された光分解性保護基であることを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項2記載の単分子リアルタイムシーケンス装置であって、
前記光分解性保護基が2−ニトロベンジル型,デシル・フェナシル型、又はクマリニルメチル型であることを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1記載の単分子リアルタイムシーケンス装置であって、
蛍光増強場を生じる金属構造体が、各核酸プローブに対応して、前記反応領域場に配置されていることを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1記載の単分子リアルタイムシーケンス装置であって、
前記試薬が、前記エバネッセント光によりそれぞれ異なる蛍光を発する4色の蛍光色素で標識された4つのデオキシリボヌクレオチドdATP,dCTP,dTTP,dGTP、及び核酸伸張反応を行う酵素を含むことを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1記載の単分子リアルタイムシーケンス装置であって、
前記励起光学系が、波長420nm−800nmの範囲の可視光を全反射照明し、エバネッセント光を生じさせることを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項1記載の単分子リアルタイムシーケンス装置であって、
前記反応制御光学系が、波長250−400nmの範囲のUV光を照射することを特徴とする装置。
【請求項8】
請求項1記載の単分子リアルタイムシーケンス装置であって、
前記反応制御光学系が所望の反応領域場に光照射した後、前記流路を動かし、前記反応制御光学系が異なる反応領域場を視野に納めることを特徴とする装置。
【請求項9】
ターゲット核酸とハイブリダイズするが、UV光が照射されないと核酸伸長反応が進まない核酸プローブと、異なるターゲット核酸とハイブリダイズする前記核酸プローブが複数配置された反応場領域と、当該反応場領域が複数設けられ、核酸反応に利用される試薬を保持できる流路を有する核酸分析デバイスと、
所望の反応場領域にエバネッセント光を照射し、生じた蛍光を検出する励起光学系と、
前記所望の反応場領域に、前記光分解性物質を分解するUV光を照射する反応制御光学系と、
核酸分析デバイスを、前記励起光光学系及び前記反応制御光学系に対して相対的に動かし、所望の反応場領域にエバネッセント光及びUV光が照射されるようにするステージ駆動機構と、
を有する核酸分析装置。
【請求項10】
請求項9記載の核酸分析装置であって、
前記核酸プローブの末端が光分解性保護基で修飾されていることを特徴とする装置。
【請求項11】
請求項10記載の核酸分析装置であって、
前記光分解性保護基が2−ニトロベンジル型,デシル・フェナシル型、又はクマリニルメチル型であることを特徴とする装置。
【請求項12】
請求項9記載の核酸分析装置であって、
蛍光増強場を生じる金属構造体が、各核酸プローブに対応して、前記反応領域場に配置されていることを特徴とする装置。
【請求項13】
請求項9記載の核酸分析装置であって、
前記試薬が、前記エバネッセント光によりそれぞれ異なる蛍光を発する4色の蛍光色素で標識された4つのデオキシリボヌクレオチドdATP,dCTP,dTTP,dGTP、及び核酸伸張反応を行う酵素を含むことを特徴とする装置。
【請求項14】
請求項9記載の核酸分析装置であって、
前記励起光学系が、波長420nm−800nmの範囲の可視光を全反射照明し、エバネッセント光を生じさせることを特徴とする装置。
【請求項15】
請求項9記載の核酸分析装置であって、
前記反応制御光学系が、波長250−400nmの範囲のUV光を照射することを特徴とする装置。
【請求項16】
請求項9記載の核酸分析装置であって、
前記反応制御光学系が所望の反応領域場に光照射した後、前記流路を動かし、前記反応制御光学系が異なる反応領域場を視野に納めることを特徴とする装置。
【請求項17】
核酸伸長反応を阻害する光分解性物質を有する核酸プローブと、当該核酸プローブが複数配置された反応場領域が複数設けられた流路と、を準備し、
前記流路に、ターゲット核酸と、核酸伸長反応に利用される試薬と、を供給し、
所望の反応場領域に、前記光分解性物質を分解するUV光を照射し、
前記所望の反応場領域に、エバネッセント光を照射し、生じた蛍光を検出し、
前記流路を、前記UV光を照射する反応制御光学系、及び前記エバネッセント光を生じさせる励起光光学系に対して相対的に動かし、
異なる反応場領域に、前記光分解性物質を分解するUV光を照射し、
前記異なる反応場領域に、エバネッセント光を照射し、生じた蛍光を検出する単分子リアルタイムシーケンス方法。
【請求項18】
請求項17記載の単分子リアルタイムシーケンス方法であって、
前記光分解性物質が、前記核酸プローブの末端に修飾された光分解性保護基であることを特徴とする方法。
【請求項19】
請求項2記載の単分子リアルタイムシーケンス方法であって、
前記光分解性保護基が2−ニトロベンジル型,デシル・フェナシル型、又はクマリニルメチル型であることを特徴とする方法。
【請求項20】
請求項17記載の単分子リアルタイムシーケンス方法であって、
蛍光増強場を生じる金属構造体が、各核酸プローブに対応して、前記反応領域場に配置されていることを特徴とする方法。
【請求項21】
請求項17記載の単分子リアルタイムシーケンス方法であって、
前記試薬が、前記エバネッセント光によりそれぞれ異なる蛍光を発する4色の蛍光色素で標識された4つのデオキシリボヌクレオチドdATP,dCTP,dTTP,dGTP、及び核酸伸張反応を行う酵素を含むことを特徴とする方法。
【請求項22】
請求項17記載の単分子リアルタイムシーケンス方法であって、
前記エバネッセント光が、波長420nm−800nmの範囲の可視光を全反射照明することにより生じていることを特徴とする方法。
【請求項23】
請求項17記載の単分子リアルタイムシーケンス方法であって、
前記UV光が、波長250−400nmの範囲のUV光であることを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−48(P2010−48A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−162667(P2008−162667)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】