説明

単細胞生物の凍結方法およびその方法を用いて凍結させた単細胞生物

【課題】微細藻類、酵母、乳酸菌などの単細胞生物の効果的な凍結保存方法の提供。
【解決手段】メチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で単細胞生物を凍結させることを含んでなる、単細胞生物の凍結方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単細胞生物の凍結方法およびその方法を用いて凍結させた単細胞生物に関する。本発明は、凍結させた単細胞生物の製造方法および単細胞生物の凍結保存剤にも関する。
【背景技術】
【0002】
単細胞生物には、酵母、乳酸菌、微細藻類など、工業上、または食品として有用な生物が多く含まれている。これら単細胞生物は自然の土壌から単離されたものもあれば、単離されたものからの変異株として得られたものもあるが、いずれにしても再取得が困難なものが少なくなく、これらの単細胞生物の保存は極めて重要な分野となっている。通常は、継代により維持・保存がなされることもあるが、多くの場合は凍結保存により半永久的に保存される。しかしながら、凍結保存技術の確立されていない単細胞生物も多く存在する。このため、凍結保存が困難な場合は、保存培養と呼ばれる、成長を押えながら培養し続ける方法により維持されており、特にクロレラなどの冷凍保存技術の確立されていない微細藻類では、この方法が広く用いられている。一方で、保存培養の難点としては、定期的な植え継ぎや培養液交換が必要であること、そのため、培養株数の増加や保存期間の長期化に伴って、その維持が困難となることが挙げられる。さらには、植え継ぎや培養液交換の際の人為的な操作ミスにより、他の培養株やカビ等が混入してしまう危険性も否めない。また、長期間にわたる人工的な条件により、元来の性質を失う、またはその性質が変化する可能性も指摘されている。以上のことから、様々な単細胞生物において、簡便で有効性の高い凍結保存技術の開発が期待されている。また、凍結保存技術が確立された単細胞生物においても、より生残率の高い保存法が常に求められているところである。
【0003】
ところで、動物や陸上植物、微生物などの分野で最も信頼できる長期保存法としては、液体窒素による凍結保存が挙げられる。この方法は、液体窒素(−196℃)で凍結保存をおこなうことにより、半永久的な保存を可能とする方法である。−120℃以下の低温環境下では細胞内から液体状態の水が消失し、細胞内の生化学的反応がほぼ完全に停止するため、それ以下の温度を維持できる液体窒素での保存は長期保存に有効であると考えられている。
【0004】
しかしながら、凍結保存における最大の困難は、冷却および解凍の際に、細胞に障害が生じること、すなわち、細胞内に氷晶が生じることにより、若しくは、凍結脱水(凍結中に生じる細胞からの脱水)が生じて細胞が過度に脱水されることにより、細胞に致命的な障害が発生し、または細胞が死滅し、凍結保存後の細胞の生残率が低下することである。急速凍結を行った場合も例外ではなく、細胞からの凍結脱水の時間が無いために、細胞内の水は、細胞内に自発的に形成される水分子クラスターを氷核として、細胞内に氷晶を形成し、氷晶により細胞は障害を受けると考えられている。
【0005】
急冷による氷晶形成と緩速冷却による過度の凍結脱水の問題に対応するため、二段階凍結法による凍結保存(特許文献1、非特許文献1)が提案されている。二段階凍結法は、毎分1℃程度の冷却による−40℃までの緩速冷却(一段階目)と、その後の液体窒素温度までの急速冷却(二段階目)により、細胞を冷却する方法である。この方法によれば、一段階目の冷却により細胞の凍結脱水が進行し、細胞内が様々な物質で高濃度になっているため、氷晶の形成が押えられ、二段階目の冷却により細胞を非晶質状態(ガラス状態)で凍結させることができる。
【0006】
一方で、細胞の凍結時の障害防止のための保護剤(凍結保護剤)が提案されている。凍結保護剤の役割としては、細胞内の氷晶形成を抑制し、結果、凍結後の細胞の生残率が上昇することと考えられている。凍結保護剤としては、例えば、ショ糖などの糖類、エチレングリコールなどの高分子化合物、ジメチルスルホキシド、グリセロールなどの水溶性の有機溶剤が知られている。
【0007】
特に、凍結保存が困難な藻類においても、海藻などの大型藻類では、二段階凍結法と凍結保存剤を用いることで、凍結保存後の生残率を高める方法が提案されている(特許文献1)。
【0008】
しかしながら、単細胞である微細藻類においては、二段階凍結法や通常の凍結保護剤を用いた方法によっても生残率が大きく上昇することは無く、有効な凍結保存方法の開発が強く求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−266726号公報
【特許文献2】特開昭52−139776号公報
【特許文献3】特開平8−196266号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】桑野和可著、日本藻類学会創立50周年記念出版、pp108−111
【非特許文献2】杉山昭博著、水産増殖41巻3号pp287−292
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、微細藻類、酵母、乳酸菌などの単細胞生物の効果的な凍結方法と、凍結による障害から保護された単細胞生物を提供することを目的とする。本発明はまた、凍結による障害から保護された凍結単細胞生物の製造方法および単細胞生物の凍結保存剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、ジメチルスルホキシド(以下、「DMSO」ということがある)、エチレングリコール(以下、「EG」といことがある)、およびプロリン(以下、「Proline」ということがある)を凍結保存剤として用いることで、微細藻類、酵母、乳酸菌などの単細胞生物において凍結後の生残率を著しく高めることができ、かつ、10年以上にわたる長期凍結保存後もその高い生残率を維持できることを見いだした。
【0013】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)単細胞生物をジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で凍結させることを含んでなる、単細胞生物の凍結方法。
(2)単細胞生物が、酵母、細菌、または微細藻類である、上記(1)に記載の凍結方法。
(3)微細藻類がクロレラ属の微細藻類である、上記(2)に記載の凍結方法。
(4)凍結による障害から単細胞生物を保護するための、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の凍結方法。
(5)上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法により凍結させて得られた単細胞生物の凍結物。
(6)単細胞生物をジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で凍結させることを含んでなる、凍結させた単細胞生物の製造方法。
(7)ジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンを含んでなる、単細胞生物の凍結保存剤。
【0014】
本発明では、ジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で凍結を行うことにより、微細藻類、酵母、乳酸菌などの単細胞生物において凍結・解凍後の生残率が高められる。特に本発明では、10年以上の長期保存を行った場合でも、生残率の低下がほとんどみられない。従って、本発明は、従来凍結保存が困難とされてきた単細胞生物の保存方法や保存方法が確立されてきた単細胞生物のより効果的な保存方法を提供する点で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の凍結方法により凍結させた4種の微細藻類の保存後における生残率の経年変化を示す図である。●はChlorella vulgaris C-27株の生残率を示し、□はNannochloropsis oculata ST-4株の生残率を示し、▲はTetraselmis tetrathele T-501株の生残率を示し、○はChlorella vulgaris M-207A7株の生残率を示す。
【図2】本発明の凍結方法により凍結させた4種の微細藻類の保存後における全クロロフィル濃度の経年変化を示す図である。●はChlorella vulgaris C-27株の全クロロフィル濃度を示し、□はNannochloropsis oculata ST-4株の全クロロフィル濃度を示し、▲はTetraselmis tetrathele T-501株の全クロロフィル濃度を示し、○はChlorella vulgaris M-207A7株の全クロロフィル濃度を示す。
【発明の具体的説明】
【0016】
本発明の凍結方法はジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で単細胞生物を凍結させることを特徴とする。本発明の凍結方法では凍結対象の単細胞生物を凍結させるときにジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの3種成分が単細胞生物の懸濁液中に存在していればよく、これらの成分の懸濁液への添加順序は問わない。すなわち、本発明の凍結方法ではジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの3種成分を単細胞生物組成物に経時的に任意の順番で加えてもよいし、3種成分を同時に加えてもよい。あるいは、これら3種成分を含有する組成物を作成し、それと単細胞生物と混合して単細胞生物懸濁液としてもよい。なお、上記3種成分の毒性低減の観点から、これらの成分の細胞への添加は氷水中で行うことが好ましい。また、凍結保存成分の細胞への浸透の観点から、特に微細藻類においては、対数増殖期にある細胞を凍結保存に用いることが好ましい。
【0017】
本発明では、ジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンに加えて、細胞保護機能を損なわない範囲で、さらに他の凍結保存成分や等張化剤、緩衝剤、pH調整剤等を単細胞生物懸濁液に添加することができる。他の凍結保存成分としては、例えば、スクロース、サッカロース、トレハロース、ラクトース、マンニトール、グルコース、ソルビトールなどの糖類、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、デキストラン、デキストラン硫酸などの高分子化合物、グリセロールなどの溶媒が挙げられる。
【0018】
単細胞生物懸濁液におけるジメチルスルホキシド、エチレングリコール、およびプロリンの濃度は、特に限定されないが、ジメチルスルホキシドについては、1〜20体積%とすることができ、好ましくは5〜10体積%とすることができる。また、エチレングリコールについては、1〜20体積%とすることができ、好ましくは5〜10体積%とすることができる。更に、プロリンについては、1〜20重量%とすることができ、好ましくは5〜10重量%とすることができる。
【0019】
凍結の方法は特に限定されないが、二段階凍結法(Kuwano et. al., J. Phycol, 1994; 30: 566-570およびKuwano et. al., Recent Advances in Marine Biotechnology, Volume 4: Aquaculture, Science Publisher. Inc., New Hampshire. 2000; pp23-40)による凍結を行うことができる。すなわち、一段階目として−40℃までの緩速冷却(プログラムフリーザーなどを利用した毎分1℃程度の冷却)を行い、二段階目として−120℃以下の温度に急速凍結する方法によることができる。好ましくは、二段階目として、液体窒素(−196℃)による急速凍結による凍結を行うことができる。
【0020】
本発明において凍結対象となる「単細胞生物」とは1個の細胞からなる原核生物と酵母のような真核生物を意味する。本発明に利用できる単細胞生物としては、例えば、細菌、酵母、微細藻類(単細胞藻類)が挙げられる。
【0021】
本発明に利用できる細菌としては、例えば、乳酸菌、納豆菌(Bacillus subtilis var natto)を始めとした枯草菌、酢酸菌が挙げられる。
【0022】
乳酸菌としては、乳糖やブドウ糖などの糖類を代謝して乳酸を産生する、ラクトバチルス属(Lactobacillus)、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)、エンテロコッカス属(Enterococcus)、ラクトコッカス属(Lactococcus)、ペディオコッカス属(Pediococcus)、ロイコノストック属(Leuconostoc)、ストレプトコッカス属(Streptococcus)などに属するホモ型若しくはヘテロ型乳酸発酵を行うグラム陽性の桿菌または球菌が挙げられる。
【0023】
酵母としては、サッカロマイセス属(Saccharomyses)、カンジダ属(Candida)、トルロプシス属(Torulopsis)、ザイゴサッカロマイセス属(Zygosaccharomyces)、スキゾサッカロマイセス属(Schizosaccharomyces)、ピチア属(Pichia)、ヤロウィア属(Yarrowia)、ハンセヌラ属(Hansenula)、クルイウェロマイセス属(Kluyeromyces)、デバリオマイセス属(Debaryomyces)、ゲオトリクム属(Geotrichum)、ウィッケルハミア属(Wickerhamia)、フェロマイセス属(Fellomyces)、スポロボロマイセス属(Sporobolomyces)などが挙げられるが、食品分野での有用性から、サッカロマイセス属やスキゾサッカロマイセス属がより好ましい。また、サッカロマイセス属の例としては、サッカロマイセス・バヤヌス(Saccharomyces bayanus)、サッカロマイセス・ボウラディイ(Saccharomyces boulardii)、サッカロマイセス・ブルデリ(Saccharomyces bulderi)、サッカロマイセス・カリオカヌス(Saccharomyces cariocanus)、サッカロマイセス・セルビシエ(Saccharomyces cervisiae)、サッカロマイセス・シェバリエリ(Saccharomyces chevalieri)、サッカロマイセス・ダイレネンシス(Saccharomyces dairenensis)、サッカロマイセス・エリプソイデウス(Saccharomyces ellipsoideus)、サッカロマイセス・フロレンチヌス(Saccharomyces florentinus)、サッカロマイセス・クルイベリ(Saccharomyces kluyveri)、サッカロマイセス・マルチニエ(Saccharomyces martiniae)、サッカロマイセス・ノルベンシス(Saccharomyces norbensis)、サッカロマイセス・パラドキサス(Saccharomyces paradoxus)、サッカロマイセス・パストリアヌス(Saccharomyces pastorianus)、サッカロマイセス・ルーキシ(Saccharomyces rouxii)、サッカロマイセス・スペンセロルム(Saccharomyces spencerorum)、サッカロマイセス・トゥリセンシス(Saccharomyces turicensis)、サッカロマイセス・ウニスポルス(Saccharomyces unisporus)、サッカロマイセス・ウバルム(Saccharomyces uvarum)、サッカロマイセス・ゾナトゥス(Saccharomyces zonatus)および、サッカロマイセス・カールスバーゲンシス(Saccharomyces carlsbergensis)を挙げることができる。スキゾサッカロマイセス属の例としては、スキゾサッカロマイセス・ジャポニクス(Schizosaccharomyces japonicus)、スキゾサッカロマイセス・オクトスポルス(Schizosaccharomyces octosporus)、およびスキゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)が挙げられる。
【0024】
本発明において凍結対象となる微細藻類は、光合成を行う生物のうち水中に生息する藻類であり、かつその生涯にわたり顕微鏡でしか観察ができないものをいい、藍藻綱(Cyanobacteria)、緑藻綱(Chlorophyta)、プラシノ藻綱(Prasinophyceae)、トレボウクシア藻綱(Trebouxiophyceae)、アオサ藻綱(Ulvophyceae)、車軸藻綱(Charophyceae)、ペディノ藻綱(Pedinophyceae)、プレウラストルム藻綱(Pleurastrophyceae)に属する単細胞の微細藻類が含まれ、例えば、スピルリナ属(Spirulina)、アルスロスピラ属(Arthrospira)、クロレラ属(Chlorella)、アファニゾメノン属(Aphanizomenon)、フィッシェレラ属(Fisherella)、アナベナ属(Anabaena)、ネンジュモ属(Nostoc)、スイゼンジノリ属(Aphanothece)、ヘマトコッカス属(Haematococcus)、ドナリエラ属(Dunaliella)、セネデスムス属(Scenedesmus)等に属するものが挙げられるが、工業的規模で生産され、その安全性が確認されているスピルリナ属、アルスロスピラ属、クロレラ属、ヘマトコッカス属、ドナリエラ属に属するものが好ましい。なお、スピルリナ属やアルスロスピラ属に属する微細藻類は、豊富な抗酸化物質を含み、また、青色の食用色素であるフィコシアニンを多く含み、様々な食品に利用されている。さらに、ヘマトコッカス属に属する微細藻類は、カロチノイド色素であるアスタキサンチンの原料として有用であり、ドナリエラ属に属する微細藻類は、抗酸化作用を有するβ‐カロチンの原料として有用である。
【0025】
クロレラ属に属する微細藻類としては、クロレラ・ソロキニアナ(Chlorella sorokiniana)、クロレラ・ブルガリス(Chlorella vulgaris)、クロレラ・エリプソイディア(Chlorella ellipsoidea)、クロレラ・ルテオビリディス(Chlorella luteobiridis)、クロレラ・プロトセコイディス(Chlorella protothecoides)、クロレラ・ゾフィンギエンシス(Chlorella zopfingiensis)、クロレラ・バイエガータ(Chlorella vaiegata)、クロレラ・キサンセーラ(Chlorella xanthella)、クロレラ・サッカロフィリア(Chlorella saccharophilia)、クロレラ・ミニアータ(Chlorella miniata)等およびこれらの変異株等が挙げられる。工業規模で生産され、安全性が確認されている観点で、クロレラ・ブルガリスおよびクロレラ・ソロキニアナが好ましい。
【0026】
本発明の凍結方法により得られた単細胞生物の凍結物は、凍結工程の後−120℃以下の低温にて、保存をすることができる。−120℃以上の温度環境であっても保存は可能であるが、長期の保存を可能とする観点で、−120℃以下で保存することが好ましい。−120℃以上の低温源の例としては、市販のフリーザー(−20〜−60℃)やディープフリーザー(−80〜−90℃)などが挙げられ、−120℃以下の低温源の例としては、超低温ディープフリーザー(−150℃)や液体窒素(−196℃)が挙げられる。
【0027】
凍結した単細胞生物は解凍することができる。解凍方法は特に限定されないが、例えば、40℃の温浴中で攪拌しながら解凍し、クライオチューブ内が解凍しきる直前に氷水中に移す方法が挙げられる。解凍中に細胞に障害が発生する可能性があるため、温浴で素早く解凍することが好ましい。さらに、凍結保存成分の細胞毒性を低減させるため、その後、遠心分離等を用いて溶液交換を行うことが好ましい。溶液交換の際には、遠心分離前に溶液を足すこともでき、好ましくは3回以上、より好ましくは10回以上に分けて溶液を少しずつ時間をかけて添加することもできる。
【0028】
凍結した単細胞生物は、解凍後、培養して各種用途に利用することができるが、分譲する場合には、凍結状態で分譲してもよいし、解凍後に培養液として分譲してもよい。凍結状態で分譲を受けた場合には、これを解凍して培養することもでき、解凍せずに凍結状態のまま保存することもできる。解凍した単細胞生物の培養はそれぞれの単細胞生物に適した培養方法を用いることができる。
【0029】
本発明の凍結方法により凍結させた単細胞生物は解凍した場合に高い生残率を示す。すなわち、一旦凍結させた単細胞生物を解凍すると細胞内に氷晶が生ずるか、あるいは凍結脱水が生じて細胞に致命的な障害が生ずることがあるが、本発明の凍結方法によれば、凍結させた単細胞生物はこのような障害から保護され、解凍した場合にも高い生残率を示すことになる。従って、本発明の凍結方法は凍結による障害から単細胞生物を保護する方法として用いることができる。
【0030】
本発明の凍結方法により凍結させた単細胞生物は解凍した場合に高い生残率を示すだけでなく、10年以上長期保存した後でも高い生残率が維持される(後記実施例参照)。特に、本発明の凍結方法により微細藻類を凍結させ、長期間保存した場合には、高い生残率が維持されるとともに、細胞中のクロロフィル濃度が維持される。すなわち、本発明の凍結方法は凍結による障害から単細胞生物を保護する方法としてだけでなく、凍結された単細胞生物を凍結保存する方法として用いることができる。従って、本発明によれば、単細胞生物をジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で凍結させ、次いで、凍結させた単細胞生物を保存することを含んでなる、単細胞生物の凍結保存方法が提供される。解凍後の高い生残率を維持する観点から、凍結させた単細胞生物は−120℃以下で保存することが好ましい。
【0031】
本発明の別の面によれば、単細胞生物をジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で凍結させることを含んでなる、凍結させた単細胞生物の製造方法が提供される。凍結させた単細胞生物は凍結保存に供することができ、所望により解凍し、培養することもできる。本発明の製造方法での単細胞生物の凍結工程やその後の保存、解凍および培養は、本発明の凍結方法や本発明の凍結保存方法と同様に実施することができる。
【0032】
本発明の更に別の面によれば、ジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンを含んでなる、単細胞生物の凍結保存剤が提供される。本発明の凍結保存剤は本発明の凍結方法と同様に実施することができる。すなわち、本発明の凍結保存剤を単細胞生物の懸濁液に添加し、単細胞生物をジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で凍結させることができる。本発明の凍結保存剤を用いて凍結させた単細胞生物の保存、解凍および培養は、本発明の凍結方法や本発明の凍結保存方法と同様に実施することができる。本発明の凍結保存剤を用いて凍結させた単細胞生物は凍結による障害から保護され、解凍した場合にも高い生残率を示す。従って、本発明の凍結保存剤は凍結による障害から単細胞生物を保護する凍結保護剤として用いることができる。
【0033】
本発明の更に別の面によれば、ジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンを含んでなる、単細胞生物の凍結保存キットが提供される。本発明の凍結保存キットは本発明の凍結方法と同様に実施することができる。すなわち、本発明の凍結保存キットを用いて3種成分を同時にあるいは別々に単細胞生物の懸濁液に添加し、単細胞生物をジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で凍結させることができる。本発明の凍結保存キットを用いて凍結させた単細胞生物の保存、解凍および培養は、本発明の凍結方法や本発明の凍結保存方法と同様に実施することができる。本発明の凍結保存キットを用いて凍結させた単細胞生物は凍結による障害から保護され、解凍した場合にも高い生残率を示す。従って、本発明の凍結保存キットは凍結による障害から単細胞生物を保護する凍結保護キットとして用いることができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0035】
実施例1:微細藻類に対する凍結保護効果
本実施例では単細胞生物のうち微細藻類に対して凍結試験および凍結保存試験を実施し、凍結保護効果を評価した。
【0036】
1.供試微細藻類株
以下の4株を供試株とした。
Chlorella vulgaris C-27株(国立環境研究所から入手。NIES-2170株として国立環境研究所において分譲可能な状態で保存されている。)
Chlorella vulgaris M-207A7株(キリンビバレッジ株式会社内に保存され、特許法施行規則第27条の3の規定に準じて分譲される。特許第3540951号参照。)
Nannochloropsis oculata ST-4株(国立環境研究所から入手。NIES-2145株として国立環境研究所において分譲可能な状態で保存されている)
Tetraselmis tetrathele T-501株(独立行政法人養殖研究所から入手。)
【0037】
2.培養用培地
Chlorella vulgaris C-27株の培養にはA−10培地(表1)を、C.vulgaris M-207A7株の培養にはFC培地(表2)を、N.oculata ST-4株の培養にはA−42培地(表3)を、T.tetrathele T-501株の培養にはESS2培地(表4)(Nakanishi et. al., J. Ferment. Bioeng. 1993; 75; 149-150)をそれぞれ使用した。すべての培地は、121℃、20分間の蒸気加圧滅菌を行った後に使用した。
【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【0038】
3.培養条件
C.vulgaris C-27株、N.oculata ST-4株及びT.tetrathele T-501株の3株については、25℃で、明暗周期(12時間明期/12時間暗期)、80μmol・m−2・s−1の光量子束密度の条件下で、96時間照光培養を行った。C.vulgaris M-207A7株については、同様の照光条件で、35℃で48時間培養を行った。
【0039】
4.供試藻類懸濁液の調製と凍結保存
凍結保存に供する各菌株は、それぞれ寒天を含まない上記2.の培養用培地、上記3.の培養条件にて前培養を行い、凍結保存に際しては、何れの株も対数増殖期後期の増殖ステージのものを使用した。凍結保存液中の生菌数は10細胞/mLに調整した上で凍結を行った。
【0040】
具体的には、前培養した供試藻類培養液を15mL遠心管に写し、3000回転、10分間の遠心分離を行った。沈殿部分を0.5mL残して上澄み液を捨て、後述の基本媒液7mLを添加して全量を7.5mLの供試藻類懸濁液とした。
【0041】
凍結保存には、2mLのクライオバイアル(コーニング社製)を用いた。クライオバイアルに0.75mLの供試藻類懸濁液を分注し、0℃の氷水中で後述の試験区(1)〜(12)の成分を徐々に添加し、1.5mLとした。このとき、生残率測定用の試料用に余分に1本作成し、生菌数を測定しておいた。各種成分を添加した菌体のクライオバイアルは、−40℃まで1℃/分の速度で冷却することにより緩速凍結を行い、それ以降は液体窒素で一挙に−196℃以下に急速凍結する2段階凍結法(Kuwano et. al., J. Phycol, 1994; 30: 566-570, Kuwano et. al., Recent Advances in Marine Biotechnology, Volume 4: Aquaculture, Science Publisher. Inc., New Hampshire. 2000; pp23-40)にて、凍結を行った。
【0042】
本実施例では、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ソルビトール(Sorbitol)、グリセロール(Glycerol)、エチレングリコール(EG)およびL−プロリンの5種類について検討を行い、これらを単独または混合して検討を行った。これらの成分は、pH6.5に調整した0.01M HEPES水溶液を滅菌したものを基本媒液とし、凍結保存液中の最終濃度が、(1)2.5体積% DMSO、(2)5体積% DMSO、(3)5.0体積% DMSO+5.0重量%プロリン、(4)2.5体積% DMSO+0.5M Sorbitol、(5)5.0体積% DMSO+0.5M Sorbitol、(6)5.0体積% Glycerol+0.5% Sorbitol、(7)5.0体積% DMSO+5.0重量%プロリン、(8)5.0体積% DMSO+10.0重量%プロリン、(9)5.0体積% DMSO+5.0体積% EG、(10)5.0体積% EG+5.0重量%プロリン、(11)5.0体積% DMSO+5.0体積% EG+5.0重量%プロリン及び(12)5.0体積% DMSO+5.0体積% EG+10重量%プロリン(12試験区)となるよう各種成分を添加して、さらにpH6.5に調整し、滅菌し、供試藻類懸濁液に用いた。
【0043】
5.解凍方法
上記4.において凍結した試料バイアルを40℃の温水中で攪拌しながら解凍した。試料を解凍すると同時に、0℃の氷水中にバイアルを移し、前記基本媒液0.5mLずつを10回に分けて加え、さらにその後、1mLずつを4回に分けて加えて藻類懸濁液を希釈した。その後、3000rpm、10分間の遠心分離を行い、前記基本媒液で洗浄し、藻体を回収した(Kuwano et. al., Recent Advances in Marine Biotechnology, Volume 4: Aquaculture, Science Publisher. Inc., New Hampshire. 2000; pp23-40)。このとき、解凍した供試藻類懸濁液の生菌数を測定し、生残率を算出した。
【0044】
6.生残率の測定
解凍後、前記2.の培養用培地にそれぞれの供試微細藻類株を塗布し、前記3.の培養条件に記載された方法を用いて培養を行い、出現したコロニー数を計測した。生残率(%)は凍結前の各供試微細藻類株のコロニー数を100としたときの、凍結後の供試微細藻類株のコロニー数として算出した。
各種成分の存在下で凍結させた直後に、前記5.の解凍方法にて解凍し、計数した前記4種の供試微細藻類株の生残率(%)を表5に示す(N=3)。
【表5】

【0045】
表5に示されるように、DMSOのみを単独で用いたときには、供試微細藻類株の4種類のいずれにおいても生残がほとんど認められなかった(試験区(1)および(2))。また、DMSOに各種成分を混合した場合や、DMSOの代わりにグリセロールを用いた場合には、生残率は低いままであった(試験区(3)〜(9))。また、EGをプロリンと共に用いた場合でも生残率は低かった(試験区(10))。
【0046】
しかしながら、DMSO、EGおよびプロリンの3種の存在下で凍結させた場合には生残率は顕著に上昇し、50%以上の高い生残率を示した(試験区(11)および(12))。
【0047】
7.長期保存後の生残率と全クロロフィル濃度の測定
試験区(11)について冷凍後、長期保存した際の生残率と全クロロフィル濃度の変化を調べた。解凍後の供試微細藻類株4株の生残と性状を示すメルクマールとして、解凍後の供試微細藻類株の全クロロフィル濃度を15年間にわたり1年毎に経年調査したものである。
すなわち、長期保存の生残率の計数においては、最初に上記方法による供試微細藻類株凍結保存の2mLのクライオバイアルを50個調製し、15年間にわたり経年的に毎年2個ずつ解凍し、その生残率と全クロロフィル濃度を求めた。生残率の測定は上記6.の方法で行い、全クロロフィル濃度の測定は下記8.の方法で行った。
【0048】
8.全クロロフィル濃度の測定
全クロロフィル濃度は供試微細藻類株乾燥重量あたりの吸光度、具体的には、メタノール抽出物の吸光度分析にて評価した。
メタノール抽出物の吸光度は以下の操作で求めた。すなわち、寒天を含まない上記2.の培養用培地、上記3.の培養条件にて前培養を行って得た供試微細藻類株試料懸濁液0.5mLにメタノール50mLを加え、25℃で30分間振とうし、抽出液とした。抽出液を孔径0.45μmのフィルターで濾過後、適当に希釈し、650nm並びに665nmで吸光度(OD)を測定した。ここで、例えばOD650とは650nmの波長の入射光を用いたときの吸光度(OD)を示す。
また、供試微細藻類株の乾燥重量は、寒天を含まない上記2.の培養用培地、上記3.の培養条件にて前培養を行って得た供試微細藻類株試料懸濁液5mLを4000rpm、5分間遠心分離し、上澄み液を取り除いた後に、供試微細藻類株ペレットに蒸留水2〜3mLを加えて懸濁し、その後、アルミ皿に懸濁液を流し込み、乾燥機にて105℃、3時間乾燥し、供試微細藻類株の乾燥重量を計測し、そこから1L当たりの供試微細藻類株の乾燥重量(g/L)として求めた。
なお、全クロロフィル濃度(%)は次の式で算出した。
全クロロフィル濃度(%)=(0.25×OD650+4×OD665)×0.1×希釈倍率÷懸濁液中の供試微細藻類株の乾燥重量(g/L)×100
【0049】
結果は図1および図2に示される通りであった。凍結直後の生残率(図1)と全クロロフィル濃度(図2)はいずれの微細藻類株でも15年間にわたりほとんど変動しないことがわかった。すなわち、DMSO、EGおよびプロリンを用いた本発明の凍結方法は、15年間の長期保存に対しても問題なく使用できることが実証された。
【0050】
実施例2:酵母および乳酸菌に対する凍結保護効果
本実施例では単細胞生物のうち酵母および乳酸菌に対して凍結試験を実施し、凍結保護効果を評価した。
【0051】
供試細胞株としては、酵母として、Saccharomyces pastorianus(独立行政法人酒類総合研究所保存株Saccharomyces pastorianus RIB 2010株)、乳酸菌として、Lactobacillus brevis IFO3345およびLactococcus lactis IFO12007をそれぞれ用いた。
【0052】
凍結試験は、培養培地および培養条件以外は実施例1に記載された方法に従って行った。
【0053】
培養培地は、酵母は麦芽寒天培地(日水製薬、商品コード:05706)を用い、乳酸菌はMRS培地(Difco、商品コード:DF288110)を用いた。
【0054】
培養条件は、酵母は25℃にて72時間培養とし、乳酸菌は35℃にて72時間培養とした。
【0055】
本実施例では、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エチレングリコール(EG)およびL−プロリンの3種類について検討を行い、これらを単独または混合して検討を行った。これらの成分は、pH6.5に調整した0.01M HEPES水溶液を滅菌したものを基本媒液とし、凍結保存液中の最終濃度が、(21)10体積%DMSO、(22)5重量%プロリン、(23)10体積%DMSO+5重量%プロリン、(24)10体積%EG、(25)10体積%EG+5重量%プロリン、(26)10体積%DMSO+10体積%EG+5重量%プロリン(6試験区)となるように各種成分を添加して、さらにpH6.5に調整し、滅菌し、供試細胞懸濁液に用いた。結果は表6に示される通りであった。
【0056】
【表6】

【0057】
表6に示されるように、DMSOとプロリンを組み合わせた場合やEGとプロリンを組み合わせた場合には凍結後の生残率に若干の上昇が見られたが(試験区(23)および(25))、DMSO、EGおよびプロリンの3種類を組み合わせた場合には凍結後の生残率が他の試験区に比べて顕著に上昇することが確認された(試験区(26))。
【0058】
このことから、DMSO、EGおよびプロリンを用いる本発明の凍結方法は、酵母のような真核生物や乳酸菌のような細菌においても、高い凍結保護効果を有することがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単細胞生物をジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で凍結させることを含んでなる、単細胞生物の凍結方法。
【請求項2】
単細胞生物が、酵母、細菌、または微細藻類である、請求項1に記載の凍結方法。
【請求項3】
微細藻類がクロレラ属の微細藻類である、請求項2に記載の凍結方法。
【請求項4】
凍結による障害から単細胞生物を保護するための、請求項1〜3のいずれか一項に記載の凍結方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法により凍結させて得られた単細胞生物の凍結物。
【請求項6】
単細胞生物をジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンの存在下で凍結させることを含んでなる、凍結させた単細胞生物の製造方法。
【請求項7】
ジメチルスルホキシド、エチレングリコールおよびプロリンを含んでなる、単細胞生物の凍結保存剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−213365(P2012−213365A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−81625(P2011−81625)
【出願日】平成23年4月1日(2011.4.1)
【出願人】(391058381)キリンビバレッジ株式会社 (94)
【Fターム(参考)】