説明

単結晶の熱処理方法

【課題】 特定のセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶であっても、蛍光出力のバックグラウンドの増加が十分に抑制され、しかも蛍光出力のばらつきも十分に防止でき蛍光出力特性が十分に向上可能となる単結晶の熱処理方法を提供する。
【解決手段】 特定のセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶を酸素の少ない雰囲気中、下記式(3)で表される条件を満足する温度T(単位:℃)で加熱する工程を有する単結晶の熱処理方法。
800≦T<(Tm1−550) (3)
ここで、式(3)中、Tm1(単位:℃)は上記単結晶の融点を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単結晶の熱処理方法に関するものである。より詳細には、医学診断用ポジトロンCT(PET)用、宇宙線観察用、地下資源探索用などの放射線医学、物理学、生理学、化学、鉱物学、更に石油探査などの分野でガンマ線などの放射線に対する単結晶シンチレーション検知器(シンチレータ)に用いられる単結晶の熱処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セリウムで付活したオルト珪酸ガドリニウム化合物のシンチレータは、蛍光減衰時間が短く、放射線吸収係数も大きいことから、ポジトロンCTなどの放射線検出器として実用化されている。このシンチレータの蛍光出力はBGOシンチレータのものよりは大きいが、NaI(Tl)シンチレータの蛍光出力と比較すると、その20%程度しかなく、この点で一層の改善が望まれている。
【0003】
近年、一般的にLu2(1−x)Ce2xSiOで表されるセリウム付活オルト珪酸ルテチウムの単結晶を用いたシンチレータ(特許文献1、2参照)、及び一般的にGd2−(x+y)LnCeSiO(LnはLu又は希土類元素の一種)で表される化合物の単結晶を用いたシンチレータ(特許文献3、4参照)が知られている。これらのシンチレータでは、結晶の密度が向上しているだけでなく、セリウム付活オルト珪酸塩化合物の単結晶の蛍光出力が向上し、蛍光減衰時間も短くできることが知られている。
【0004】
また、セリウム付活オルト珪酸ガドリニウム化合物の単結晶について、蛍光出力やエネルギー分解能等のシンチレーション特性を向上させる熱処理方法として、酸素の少ない雰囲気で、高温(単結晶の融点よりも50℃〜550℃低い温度)で熱処理する方法が特許文献5に開示されている。この文献によると、シンチレーション発光の阻害要因となる4価のCeイオンを3価に還元する作用によりシンチレーション特性が向上するとされている。
【特許文献1】特許第2852944号公報
【特許文献2】米国特許第4958080号明細書
【特許文献3】特公平7−78215号公報
【特許文献4】米国特許第5264154号明細書
【特許文献5】特許第2701577号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1〜4に開示されたセリウム付活オルト珪酸塩化合物の単結晶は、蛍光出力のバックグラウンドが高くなりやすいため、その蛍光特性について結晶インゴット内や結晶インゴット間でのばらつき、日間差でのばらつき及び紫外線を含む自然光照射下での経時変化等が発生しやすく、安定した蛍光出力特性が得られ難いという課題がある。
【0006】
また、セリウム付活珪酸塩化合物の単結晶のうち、下記一般式(1);
2−(x+y)LnCeSiO (1)
[式(1)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、xは0〜2の数値を示し、yは0超0.2以下の数値を示す。]、下記一般式(2);
Gd2−(z+w)LnCeSiO (2)
[式(2)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、zは0超2以下の数値を示し、wは0超0.2以下の数値を示す。]、又は下記一般式(6);
Gd2−(r+s)LuCeSiO (6)
[式(6)中、rは0超2以下の数値を示し、sは0超0.2以下の数値を示す。]で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶の場合、酸素の少ない雰囲気で単結晶を育成又は冷却したり、又は単結晶の育成後に酸素の少ない雰囲気中、高温で単結晶の加熱を行ったりすると、蛍光出力のバックグランドが上昇し、蛍光出力の低下や蛍光特性のばらつきが大きくなることが判明した。
【0007】
さらには、特許文献5に開示された熱処理方法は、Gd2(1−x)Ce2xSiO(セリウム付活オルト珪酸ガドリニウム)の単結晶を対象とする場合は良好な結果が得られるが、上記一般式(1)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、及び上記一般式(2)又は(6)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物の単結晶、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶を対象とする場合に、蛍光出力のバックグラウンドが増加してしまい、蛍光出力の低下や蛍光出力のばらつきが大きくなるというマイナスの効果を招くことがわかった。
【0008】
また、特定のセリウム付活珪酸塩単結晶を、酸素を含む雰囲気(例えば酸素濃度が0.2体積%以上である雰囲気)中で育成又は冷却し、その後に、酸素を含む雰囲気中でその単結晶に対して高温の熱処理が施されると、結晶の着色、蛍光の吸収等により蛍光出力の低下を招くことがある。
【0009】
そこで、本発明は上記事情にかんがみてなされたものであり、上記一般式(1)、(2)又は(6)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶であっても、蛍光出力のバックグラウンドの増加が十分に抑制され、しかも蛍光出力のばらつきも十分に防止でき蛍光出力特性が十分に向上可能となる単結晶の熱処理方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、下記一般式(1)又は(2)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶を酸素の少ない雰囲気中、下記式(3)で表される条件を満足する温度T(単位:℃)で加熱する工程を有する単結晶の熱処理方法を提供する。
2−(x+y)LnCeSiO (1)
ここで、式(1)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、xは0〜2の数値を示し、yは0超0.2以下の数値を示す。
Gd2−(z+w)LnCeSiO (2)
ここで、式(2)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、zは0超2以下の数値を示し、wは0超0.2以下の数値を示す。
800≦T<(Tm1−550) (3)
ここで、式(3)中、Tm1(単位:℃)は上記単結晶の融点を示す。
【0011】
本発明は、下記一般式(4)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物の単結晶を酸素の少ない雰囲気中、下記式(5)で表される条件を満足する温度T(単位:℃)で加熱する工程を有する単結晶の熱処理方法を提供する。
Gd2−(p+q)LnCeSiO (4)
ここで、式(4)中、LnはTbよりもイオン半径の小さい希土類元素であるDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、pは0超2以下の数値を示し、qは0超0.2以下の数値を示す。
800≦T<(Tm2−550) (5)
ここで、式(5)中、Tm2(単位:℃)は上記単結晶の融点を示す。
【0012】
本発明は、下記一般式(6)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物の単結晶を酸素の少ない雰囲気中、下記式(7)で表される条件を満足する温度T(単位:℃)で加熱する工程を有する単結晶の熱処理方法を提供する。
Gd2−(r+s)LuCeSiO (6)
ここで、式(6)中、rは0超2以下の数値を示し、sは0超0.2以下の数値を示す。
800≦T<(Tm3−550) (7)
ここで、式(7)中、Tm3(単位:℃)は上記単結晶の融点を示す。
【0013】
本発明は、上述の酸素の少ない雰囲気において、酸素濃度が0.2体積%未満であり、不活性ガス濃度が99.8体積%超である単結晶の熱処理方法を提供する。
【0014】
本発明は、上述の酸素の少ない雰囲気において、還元性ガスとしての水素ガスの濃度が0.5体積%以上である単結晶の熱処理方法を提供する。
【0015】
本発明は、上述の単結晶が、上記加熱する工程よりも前に、酸素を含む雰囲気中で育成又は冷却された単結晶、あるいは、酸素を含む雰囲気中で加熱された単結晶である単結晶の熱処理方法を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、上記一般式(1)、(2)又は(6)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶であっても、蛍光出力のバックグラウンドの増加が十分に抑制され、しかも蛍光出力のばらつきも十分に防止でき蛍光出力特性が十分に向上可能となる単結晶の熱処理方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
セリウム付活希土類オルト珪酸塩化合物の単結晶は、酸素を含有する雰囲気中で育成又は熱処理すると、発光中心である3価のセリウムイオンが4価に変化し、発光中心の減少及び結晶の着色による蛍光吸収の増加によって蛍光出力が低下することが知られている。この現象は、雰囲気中の酸素濃度が高いほど、また加熱温度が高いほど顕著になる傾向がある。
【0018】
特定のセリウム付活希土類オルト珪酸塩化合物の単結晶では、酸素の少ない雰囲気中で育成又は冷却される、あるいは酸素の少ない雰囲気中で加熱されることによって、セリウムイオンが3価の状態で存在する。これによって、結晶の着色が十分に抑制され、着色による蛍光の吸収も十分に抑制されるため、高い蛍光出力が得られると考えられている。また、セリウム付活希土類オルト珪酸塩化合物の単結晶は、酸素を含有する雰囲気中で育成又は冷却されて、あるいは酸素を含有する雰囲気中で加熱されて蛍光出力が低下しても、その後に酸素の少ない雰囲気中で熱処理することによって、4価のセリウムイオンが3価に戻り、発光中心の増加及び結晶の着色低減に繋がる。これによって、単結晶における透過率が向上するために、蛍光出力が高くなることが知られている。この現象は、雰囲気中の酸素濃度が低いほど、加えて雰囲気中の水素等の還元性ガスの濃度が高いほど、また加熱温度が高いほど顕著になる傾向がある。
【0019】
実際に、Gd2(1−x)Ce2xSiO(セリウム付活オルト珪酸ガドリニウム)の単結晶等について、上述の酸素の少ない雰囲気での結晶の育成及び高温での熱処理によって、良好な蛍光特性及び蛍光特性の改善効果が得られることが確認されている。例えば、セリウム付活オルト珪酸ガドリニウム化合物の単結晶の熱処理方法として、酸素の少ない雰囲気で、高温(単結晶の融点よりも50℃〜550℃低い温度)で熱処理する方法が特許文献5に開示されている。
【0020】
しかしながら、上記一般式(1)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、及び上記一般式(2)又は(6)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物単結晶では、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた単結晶の場合、上述の酸素の少ない雰囲気中での単結晶の育成又は冷却、あるいは酸素の少ない雰囲気中での熱処理により、蛍光出力のバックグラウンドが増加してしまい、蛍光出力のばらつきも大きくなるというマイナスの作用を招くことが判明した。この作用は、雰囲気中の酸素濃度が低いほど、加えて雰囲気中の水素等の還元性ガス濃度が高いほど、また加熱温度が高いほど顕著になる傾向がある。
【0021】
この要因の一つとしては、上記単結晶では、酸素が少ない雰囲気中で育成又は熱処理することにより、結晶格子内に酸素欠損が発生することが考えられる。この酸素欠損欠陥により、エネルギートラップ準位が形成され、その準位からの熱励起作用に起因して蛍光出力のバックグラウンドが増加し、蛍光出力のばらつきも増加すると考えられる。
【0022】
酸素欠損欠陥は、セリウム付活オルト珪酸塩において、結晶構造がC2/c構造になりやすい結晶組成において発生しやすい傾向にある。上記一般式(1)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶、及び上記一般式(2)又は(6)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物単結晶では、Lnとして、イオン半径がDyよりも大きな元素であるLa、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Ga及びTbからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いると、結晶構造がP2/c構造になりやすい。一方、Lnとして、イオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いると、結晶構造がC2/c構造になりやすい。このような結晶構造がC2/c構造になりやすい単結晶は、上述の蛍光出力のバックグラウンドの増加や蛍光出力のばらつきが発生しやすい。これは、付活剤であるCeのイオン半径とオルト珪酸塩化合物を構成する上記元素のイオン半径との差異が大きくなるほど、上記酸素欠損が発生しやすいことに起因していると考えられる。
【0023】
実際に、上記一般式(4)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物単結晶の場合には、イオン半径の小さなLnの組成比率が高くなるにつれて、酸素欠損が発生しやすくなる傾向が認められる。上述の結晶組成に起因して酸素欠損の発生しやすいセリウム付活オルト珪酸化合物単結晶では、中性雰囲気や酸素を微量に含む雰囲気中で加熱されることによっても、又はより低い温度で加熱されることによっても、酸素欠損が発生しやすくなると考えられる。
【0024】
また、結晶構造がC2/c構造であるLu2(1−x)Ce2xSiO(セリウム付活オルト珪酸ルテチウム)単結晶においても、Ceイオンとのイオン半径差が大きいために、酸素欠損が発生しやすいと考えられる。
【0025】
上述のセリウム付活オルト珪酸塩化合物の単結晶では、構成希土類元素のイオン半径とCeのイオン半径との差異が大きくなると、チョクラルスキー法による結晶育成時に、結晶融液から結晶内に取り込まれるCeの偏析係数が著しく小さくなる。このため、結晶インゴット内でCe濃度にばらつきを生じやすいことも、結晶の蛍光出力やバックグラウンドのばらつきの原因になり得ると考えられる。
【0026】
本発明者らは、酸素の少ない雰囲気中においても、結晶の融点よりもある程度低い温度で単結晶の加熱処理を行うことにより、上述の酸素欠損発生による蛍光出力のばらつきが低減できることを見出した。すなわち、本発明者らは、上述の単結晶を酸素の少ない雰囲気中、下記式(8)で表される条件を満足する温度T(単位:℃)で加熱することにより、酸素欠損の発生を抑制しつつ、同時に4価のCeイオンを3価に変えて蛍光出力を向上させることができることを見出した。
【0027】
800≦T<(T−550) (8)
ここで、式(8)中、T(単位:℃)は単結晶の融点を示す。
【0028】
温度Tは、1000℃〜1500℃であるとより好ましく、1200℃〜1400℃であると特に好ましい。温度Tが800℃未満では十分に本発明の効果が得られない傾向にあり、(Tm−550)℃以上では酸素欠損が発生しやすくなる。
【0029】
酸素の少ない雰囲気としては、酸素濃度が0.2体積%未満であり、残部(99.8体積%超)が不活性ガスであるものが好ましい。酸素濃度は0.1体積%未満であることがより好ましく、300体積ppm以下であることが特に好ましい。なお、不活性ガスとしては、He、Ar、Nなど一般的に知られているものを用いることができる。また、上記雰囲気中に還元性ガスとして水素ガスを0.5体積%以上含むと本発明の効果が増大し、水素ガスを5体積%以上含むと本発明の効果を特に顕著に奏することができる。酸素濃度が0.2体積%以上であると、4価のCeイオンが3価に変わり難くなるため、本発明の効果が十分に得られ難くなる傾向にある。
【0030】
本発明に係るセリウム付活オルト珪酸塩の単結晶の熱処理方法によると、酸素を含む雰囲気中で育成又は冷却されたために4価のセリウムイオンの割合が増加した単結晶、あるいは酸素を含む雰囲気中で加熱されたために4価のセリウムイオンの割合が増加した単結晶に適用した場合に、その効果が一層大きくなる。また、上記一般式(1)、(2)及び(6)で表される結晶組成において、セリウム濃度が高いものほど、4価のセリウムイオンの濃度が高くなりやすいため、本発明の効果が更に増大する。
【0031】
本発明の熱処理方法における加熱する工程(以下、「加熱工程」という。)に要する時間(以下、「処理時間」という。)は、大きさが4mm×6mm×20mm程度の単結晶の場合、1〜20時間が適当である。処理時間が1時間を下回ると十分に本発明の効果が得られ難くなる傾向にあり、20時間を超えても本発明の効果は更に増大し難いので、効率が良好ではなく経済的でなくなる傾向にある。ただし、本発明の効果は上述のような結晶格子内の酸素元素の拡散による作用に基づくと考えられるため、結晶ブロック全体で均一な効果を得るために要する時間は、結晶サイズに依存する。結晶サイズが大きいほど長い処理時間を必要とするので、処理時間の上限は規定できない。また、上述のセリウム付活希土類オルト珪酸塩化合物の単結晶の熱処理時間について、温度Tが、セリウムイオンの4価から3価への価数変化時の温度と酸素欠損が発生する温度との境界領域付近にある場合、単結晶のサイズに対して処理時間を長くしすぎると、20時間以内でも、熱処理効果が低減したり、逆に蛍光出力が悪化したりすることもあるので、温度T及び処理時間の調整が必要な場合もある。
【0032】
本発明の熱処理方法を適用するタイミング(加熱工程を開始するタイミング)としては、育成後に結晶をできるだけ小さく所定の寸法に切断加工した後であると、短時間で本発明の効果が得られやすいので好ましい。しかしながら、結晶インゴットのままであっても、結晶サイズが比較的小さければ、インゴットの状態で適用することも可能である。また、チョクラルスキー法等による結晶育成工程後の冷却工程に連続して、又は一部重複して育成炉内でインラインにより加熱工程を経てもよい。更には、チョクラルスキー法等による結晶育成の場合に、結晶の融液からの切り離しの前に、加熱工程を適用することもできる。
【0033】
なお、本発明の熱処理方法に先立って行われる単結晶等の結晶の育成は、常法によればよい。例えば、溶融法に基づき原料を溶融状態とした溶融液を得る溶融工程と、溶融液を冷却固化させることにより、単結晶インゴットを得る冷却固化工程とを含む単結晶の育成方法であってもよい。
【0034】
上記溶融工程における溶融法はチョクラルスキー法であってもよい。この場合、図1に示す構成を有する引き上げ装置10を用いて溶融工程及び冷却固化工程における作業を行なうことが好ましい。
【0035】
図1は本発明に係る単結晶を育成するための育成装置の基本構成の一例を示す模式断面図である。図1に示す引き上げ装置10は、高周波誘導加熱炉(2ゾーン加熱育成炉)14を有している。この高周波誘導加熱炉14は先に述べた溶融工程及び冷却固化工程における作業を連続的に行うためのものである。
【0036】
この高周波誘導加熱炉14は耐火性を有する側壁が筒状の有底容器であり、有底容器の形状自体は公知のチョクラルスキー法に基づく単結晶育成に使用されるものと同様である。この高周波誘導加熱炉14の底部の該側面には高周波誘導コイル15が巻回されている。そして、高周波誘導加熱炉14の内部の底面上には、るつぼ17(例えば、Ir製のるつぼ)が配置されている。このるつぼ17は、高周波誘導加熱ヒータを兼ねている。そして、るつぼ17中に、単結晶の原料を投入し、高周波誘導コイル15に高周波誘導をかけると、るつぼ17が加熱され、単結晶の構成材料からなる溶融液18(融液)が得られる。
【0037】
また、高周波誘導加熱炉14の溶融液18に接触しない上部内壁面には、ヒータ13(抵抗加熱ヒータ)が更に配置されている。このヒータはその加熱出力を高周波誘導コイル15に対して独立に制御することが可能となっている。
【0038】
また、高周波誘導加熱炉14の底部中央には、高周波誘導加熱炉14の内部から外部へ貫通する開口部(図示せず)が設けられている。そして、この開口部を通じて、高周波誘導加熱炉14の外部からるつぼ支持棒16が挿入されており、るつぼ支持棒16の先端はるつぼ17の底部に接続されている。このるつぼ支持棒16を回転させることにより、高周波誘導加熱炉14中において、るつぼ17を回転させることができる。開口部とるつぼ支持棒16との間には、パッキンなどによりシールされている。
【0039】
次に、引き上げ装置10を用いたより具体的な製造方法について説明する。
【0040】
先ず、溶融工程では、るつぼ17中に、単結晶の原料を投入し、高周波誘導コイル15に高周波誘導をかけることにより、単結晶の構成材料からなる溶融液18(融液)を得る。単結晶の原料としては、例えば、単結晶を構成する金属元素の単独酸化物及び/又は複合酸化物が挙げられる。市販のものとしては、信越化学社製、スタンフォードマテリアル社製、多摩化学社製等の純度の高いものを用いると好ましい。
【0041】
次に、冷却固化工程において溶融液を冷却固化させることにより、円柱状の単結晶インゴット1を得る。より具体的には、後述する結晶育成工程と、冷却工程の2つの工程に分けて作業が進行する。
【0042】
先ず、結晶育成工程では、高周波誘導加熱炉14の上部から、種子結晶2を下部先端に固定した引き上げ棒12を溶融液18中に投入し、次いで、引き上げ棒12を引き上げながら、単結晶インゴット1を形成する。このとき、結晶育成工程では、ヒータ13の加熱出力を調節し、溶融液18から引き上げられる単結晶インゴット1を、その断面が所定の直径となるまで育成する。
【0043】
次に、冷却工程ではヒータの加熱出力を調節し、結晶育成工程後に得られる育成後の単結晶インゴット(図示せず)を冷却する。
【0044】
本発明は、上述のセリウム付活オルト珪酸塩単結晶の蛍光出力、エネルギー分解能等のシンチレータ特性を改善する単結晶の熱処理方法に関するものである。セリウム付活オルト珪酸塩単結晶内のセリウムイオンの価数状態は蛍光出力に強く影響する。発光中心である3価のセリウムイオンの状態から、着色及び蛍光吸収を起こし非発光中心となる4価のセリウムイオンの状態への変化は、酸素を含む雰囲気(例えば酸素濃度が1体積%以上である雰囲気)中で加熱することにより生じ、逆に酸素の少ない雰囲気(例えば酸素濃度が0.2体積%未満である雰囲気)中で加熱することにより元に戻る可逆的な変化である。また、セリウム付活オルト珪酸塩単結晶内に発生する酸素欠損は、蛍光出力のバックグランド強度に影響を与え、蛍光の結晶インゴット内やインゴット間、日間差、更には紫外線を含む自然光照射下での経時変化等のばらつきを増大させる。この酸素欠損は、結晶の融点側に比較的近い高温での、しかも酸素の少ない雰囲気中での結晶育成及び/又は冷却により、あるいは熱処理により発生すると考えられる。本発明は、これらのセリウムイオンの価数変化及び酸素欠損の発生という2つの作用を、加熱工程における雰囲気と加熱温度(温度T)によって制御し、シンチレータ特性を向上させる方法を提供するものである。ただし、本発明の効果が上述の作用に基づくことを限定するものではない。
【0045】
本発明によれば、上述の一般式(1)、(2)又は(6)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物、特にLnとしてイオン半径がTbよりも小さいDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を用いた場合であっても、単結晶インゴット内及びインゴット間、日間差及び紫外線を含む自然光照射下での経時変化等、によるばらつきが非常に少なく、安定して高い蛍光出力を達成できる単結晶が得られる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
(実施例1)
単結晶は公知のチョクラルスキー法に基づいて作製した。まず、直径110mm、高さ110mm、厚み3mmのIr製るつぼの中に、Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=0.4、s=0.02)単結晶の原料として、酸化ガドリニウム(Gd、純度99.99質量%、信越化学社製)、酸化ルテチウム(Lu、純度99.99質量%、信越化学社製)、二酸化珪素(SiO、純度99.9999質量%、多摩化学社製)、酸化セリウム(CeO、純度99.99質量%、信越化学社製)を所定の量論組成になるように混合したもの5400gを投入した。次に、高周波誘導加熱炉で融点(約1980℃)まで加熱し融解して溶融液を得た。なお、融点は電子式光高温計(チノー製、パイロスタMODEL UR−U、商品名)により測定した。
【0048】
次に、種子結晶を先端に固定した引き上げ棒の当該先端を溶融液中に入れ種付けを行った。次に、引上げ速度1.5mm/hの速度で単結晶インゴットを引上げてネック部を形成した。その後、コーン部の引上げを行い、直径が60mmφになった時点より、引上げ速度1mm/hで直胴部の引き上げを開始した。直胴部を育成した後、単結晶インゴットを融液から切り離し、冷却を開始した。結晶を育成する際は、育成炉内に流量4L/minのNガス及び流量2mL/minのOガスを流し続けた。
【0049】
冷却終了後、得られた単結晶を取り出した。得られた単結晶インゴットは、結晶質量が約3500g、コーン部の長さが約40mm、直胴部の長さが約170mmであった。
【0050】
得られた単結晶インゴットから2mm×2mm×15mmの矩形の結晶サンプルを複数切り出した。
【0051】
複数の結晶サンプルから任意に2個の結晶サンプルを抜き出し、Irるつぼに入れた。次に、加熱工程において、酸素の少ない窒素雰囲気(酸素濃度:100volppm以下)中、約2〜3時間かけて1200℃までIrるつぼを昇温し、その温度で6時間保持した後、約8〜12時間かけて室温まで冷却した。酸素濃度はジルコニアセンサ(東研製、ECOAZ−CG O ANALYZER、商品名)により測定し、Irるつぼの加熱に用いた炉内は流量4L/minのNガスを流すことにより窒素雰囲気を保持した。
【0052】
次に、加熱工程前後の結晶サンプルに対し、リン酸を用いてケミカルエッチングを施し、結晶サンプルの全面を鏡面化した。2mm×2mm×15mmの矩形の結晶サンプルが有する6つの面のうちの2mm×2mm面の大きさを有する面の1つ(以下、「放射線入射面」という。)を除く残り5つの面に、反射材としてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)テープを被覆した。次に、得られた各サンプルのPTFEテープを被覆していない上記放射線入射面を光電子増倍管(浜松ホトニクス社R878)のフォトマル面(光電変換面)に光学グリースを用いて固定した。次に、各サンプルに対して137Csを用いた611KeVのガンマ線を照射し、各サンプルのエネルギースペクトルを測定し、各サンプルの蛍光出力とエネルギー分解能を評価した。エネルギースペクトルについては光電子増倍管に1.45kVの電圧を印加した状態で、ダイノードからの信号を前置増幅器(ORTEC社製、商品名「113」)及び波形整形増幅器(ORTEC社製、商品名「570」)で増幅し、MCA(PGT社製、商品名「Quantum MCA4000」)で測定した。結果を表1に示す。
【0053】
【表1】




【0054】
(実施例2)
加熱工程における1200℃での保持時間を6時間から12時間に代えた以外は実施例1と同様にした。
【0055】
(実施例3)
加熱工程における1200℃、6時間の保持を、1400℃、1時間の保持に代えた以外は実施例1と同様にした。
【0056】
(実施例4)
加熱工程における1200℃、6時間の保持を、1400℃、3時間の保持に代えた以外は実施例1と同様にした。
【0057】
(実施例5)
加熱工程における1200℃、6時間の保持を、1400℃、6時間の保持に代えた以外は実施例1と同様にした。
【0058】
(実施例6)
Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=0.4、s=0.02)単結晶をGd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.0005)単結晶に代え、結晶を育成する際のOガスの流量を2mL/minから10mL/minに代え、結晶サンプルのサイズを2mm×2mm×15mmから4mm×6mm×20mmに代え、放射線入射面を2mm×2mm面から4mm×6mm面に代え、加熱工程における1200℃での保持時間を6時間から12時間に代えた以外は実施例1と同様にした。なお、育成中での融点は約2080℃であった。
【0059】
(実施例7)
Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=0.4、s=0.02)単結晶をGd2−(r+s)LuCeSiO(r=1.8、s=0.002)単結晶に代え、結晶を育成する際のOガスの流量を2mL/minから10mL/minに代え、結晶サンプルのサイズを2mm×2mm×15mmから4mm×6mm×20mmに代え、放射線入射面を2mm×2mm面から4mm×6mm面に代え、加熱工程における1200℃での保持時間を6時間から12時間に代えた以外は実施例1と同様にした。なお、育成中での融点は約2080℃であった。
【0060】
(実施例8)
Gd2−(r+s)LuCeSiO(r=0.4、s=0.02)単結晶をY2−(x+y)LuCeSiO(x=1.8、y=0.003)単結晶に代え、結晶を育成する際のOガスの流量を2mL/minから10mL/minに代え、結晶サンプルのサイズを2mm×2mm×15mmから4mm×6mm×20mmに代え、放射線入射面を2mm×2mm面から4mm×6mm面に代え、加熱工程における1200℃での保持時間を6時間から12時間に代えた以外は実施例1と同様にした。なお、育成中での融点は約2080℃であった。
【0061】
(比較例1)
加熱工程における1200℃、6時間の保持を、1500℃、3時間の保持に代えた以外は実施例1と同様にした。
【0062】
(比較例2)
加熱工程における酸素の少ない窒素雰囲気(酸素濃度:100volppm以下)中、1200℃、6時間の保持を、大気雰囲気(酸素濃度:約21体積%)中、1300℃、5時間の保持に代えた以外は実施例1と同様にした。
【0063】
実施例2〜8及び比較例1、2に係る結晶サンプルの蛍光出力及びエネルギー分解能の結果を表1に示す。なお、表1中「測定不可」とあるのはバックグラウンドが高かったため、蛍光出力及びエネルギー分解能を正確に測定できなかったことを意味する。
【0064】
表1から次のことがわかる。実施例1〜8では、蛍光出力及びエネルギー分解能が、加熱工程前よりも全て向上していることがわかる。これは、窒素雰囲気の熱処理により、Ceが4価から3価へ還元され、着色が減少したために、シンチレータ特性が向上したものと考えられる。
【0065】
比較例1では、1500℃の熱処理温度で酸素欠損が発生したことにより、バックグラウンドが高くなり蛍光出力等が測定できかったものと考えられる。比較例2では、空気中での熱処理によりCeが3価から4価に酸化されたことにより、着色が増加してシンチレータ特性が劣化したものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】単結晶を育成するための育成装置の基本構成の一例を示す模式断面図である。
【符号の説明】
【0067】
1…単結晶、2…種子結晶、10…引き上げ装置、12…引き上げ棒、13…抵抗加熱ヒータ、14…高周波誘導加熱炉(2ゾーン加熱育成炉)、15…高周波誘導コイル、16…るつぼ支持棒、17…るつぼ、18…溶融液(融液)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)又は(2)で表されるセリウム付活珪酸塩化合物の単結晶を酸素の少ない雰囲気中、下記式(3)で表される条件を満足する温度T(単位:℃)で加熱する工程を有する、単結晶の熱処理方法。
2−(x+y)LnCeSiO (1)
[式(1)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、xは0〜2の数値を示し、yは0超0.2以下の数値を示す。]
Gd2−(z+w)LnCeSiO (2)
[式(2)中、Lnは希土類元素に属する元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、zは0超2以下の数値を示し、wは0超0.2以下の数値を示す。]
800≦T<(Tm1−550) (3)
[式(3)中、Tm1(単位:℃)は前記単結晶の融点を示す。]
【請求項2】
下記一般式(4)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物の単結晶を酸素の少ない雰囲気中、下記式(5)で表される条件を満足する温度T(単位:℃)で加熱する工程を有する、単結晶の熱処理方法。
Gd2−(p+q)LnCeSiO (4)
[式(4)中、LnはTbよりもイオン半径の小さい希土類元素であるDy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y及びScからなる群より選択される少なくとも1種の元素を示し、pは0超2以下の数値を示し、qは0超0.2以下の数値を示す。]
800≦T<(Tm2−550) (5)
[式(5)中、Tm2(単位:℃)は前記単結晶の融点を示す。]
【請求項3】
下記一般式(6)で表されるセリウム付活珪酸ガドリニウム化合物の単結晶を酸素の少ない雰囲気中、下記式(7)で表される条件を満足する温度T(単位:℃)で加熱する工程を有する、単結晶の熱処理方法。
Gd2−(r+s)LuCeSiO (6)
[式(6)中、rは0超2以下の数値を示し、sは0超0.2以下の数値を示す。]
800≦T<(Tm3−550) (7)
[式(7)中、Tm3(単位:℃)は前記単結晶の融点を示す。]
【請求項4】
前記酸素の少ない雰囲気において、酸素濃度が0.2体積%未満であり、不活性ガス濃度が99.8体積%超である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の単結晶の熱処理方法。
【請求項5】
前記酸素の少ない雰囲気において、還元性ガスとしての水素ガスの濃度が0.5体積%以上である、請求項4記載の単結晶の熱処理方法。
【請求項6】
前記単結晶は、前記加熱する工程よりも前に、酸素を含む雰囲気中で育成又は冷却された単結晶、あるいは、酸素を含む雰囲気中で加熱された単結晶である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の単結晶の熱処理方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−1849(P2007−1849A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−251886(P2005−251886)
【出願日】平成17年8月31日(2005.8.31)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】