説明

単離された、遊走性腱細胞から産生されたアモルファスなゲル状物質(tendongel)、それから作製される人工腱および接着剤、ならびに腱の再生方法

【課題】従来よりも生体への親和性、生着性が高く、かつ十分な強度を有する人工腱を提供する。
【解決手段】単離された、遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にある(たとえば遊走性腱細胞から産生されてから7〜14日目の)tendon gelに、張力をかけることにより作製された、tendon gel由来の人工腱。上記tendon gelは、in vivoまたはin vitro
において遊走性腱細胞が産生したものを回収して用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腱細胞が分泌する膠原線維を含有する物質、それを用いて作製される人工腱および組織接着剤、ならびに腱の再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腱は自然には再生しにくい組織であり、従来、断裂した腱を治療する際に、ホストの他の部位(たとえば大腿部)から採取した腱または人工腱を移植する手術が行われてきた。また、近年では腱をより良好な状況下で再生するための材料の研究開発も進められている。
【0003】
たとえば、非特許文献1には、キトサン−ヒアルロン酸ハイブリッド繊維からなる肩腱板再生用の三次元scaffoldに腱由来繊維芽細胞を播種したものが開示されており、これを腱の欠損部に移植した場合、タイプIコラーゲンの産生を促進し、in vivoにおいて再生
腱組織の強度が向上することが記載されている。
【0004】
また、特許文献1には、生体吸収性ポリマー(ポリ乳酸等)にコラーゲン分子を分散させてなる組成物が開示されており、この組成物を再生医療用の細胞足場材料として用いること、より具体的にはこの組成物の成形体を人工腱などの医用材料として用いることなどが記載されている。
【0005】
しかしながら、ホストの他の部位から腱を採取することは、体への侵襲が問題となる。また、上記2つの特許文献に記載された方法で用いられる繊維または組成物、その他の人工腱は、生体親和性が比較的良好であるといえども、生体にとっては異物として認識される人工的に合成された高分子が用いられており、そのような異物を体に挿入することも問題となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−177074号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】船越忠直ら、“キトサン−ヒアルロン酸ハイブリッド線維によるScaffoldの肩腱板再生への組織工学的応用” 北海道整形災害外科学雑誌 49(2), p22-29, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、従来よりも生体への親和性、生着性が高く、かつ十分な強度を有する、生体物質に由来する人工腱を提供することを一つの課題とする。また、本発明は、そのような生体物質の人工腱以外の用途を提供することも一つの課題とする。さらに本発明は、そのような生体物質を使用した腱の再生方法を提供することも一つの課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、断裂した腱の近傍に集合する遊走性腱細胞が、他の繊維芽細胞とは異なる特殊なアモルファスなゲル状物質(本発明において「tendon gel」と称する。)を分泌、産生することを発見し、このtendon gelを単離することに成功した。そして、産生されて
から所定の期間内にあるtendon gelに張力をかけることにより人工腱を作製できること、またゲル状のtendon gelは組織接着剤として用いることができることなどを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
なお、本発明において、tendon gelを産生する能力を有する腱細胞を、膠原線維を束ねるように形態が変化した腱細胞(詳細は後述)と区別するために「遊走性腱細胞」と称する。
【0011】
すなわち、本発明は一つの側面において、単離された、遊走性腱細胞から産生されたアモルファスなゲル状物質(tendon gel)およびその作製方法を提供する。このtendon gelは、本発明の人工腱および組織接着剤の原料として使用することのできる物質である。
【0012】
上記tendon gelの作製方法の一つの態様は、動物(ヒトを除く)のin vivoで、断裂し
た腱を細胞支持体上に固定するステップ、遊走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、および産生されたtendon gelを回収するステップを含むことを特徴とするものである。なお、上記の方法は、ヒトのin vivoにおいても同様に適用す
ることが可能である。上記tendon gelの作製方法のもう一つの態様は、in vitroで遊走性腱細胞を細胞支持体上に播種するステップ、その遊走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、および産生されたtendon gelを回収するステップを含むことを特徴とするものである。
【0013】
本発明は一つの側面において、単離された、遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるtendon gelに張力をかけることを特徴とする、tendon gel由来の人工腱の作製方法、およびそのような作製方法により得られるtendon gel由来の人工腱を提供する。
【0014】
上記人工腱の作製方法の一つの態様は、動物(ヒトを除く)のin vivoで、断裂した腱
を細胞支持体上に固定するステップ、遊走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、その遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるtendon
gelを回収するステップ、および回収されたtendon gelに張力をかけるステップを含むことを特徴とするものである。なお、上記の方法は、ヒトのin vivoにおいても同様に適用
することが可能である。上記人工腱の作製方法のもう一つの態様は、in vitroで遊走性腱細胞を細胞支持体上に播種するステップ、その遊走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、その遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるtendon gelを回収するステップ、および回収されたtendon gelに張力をかけるステップを含むことを特徴とするものである。上記所定の期間内は、たとえば、遊走性腱細胞から産生されてから7〜14日目が適切である。
【0015】
また、本発明は一つの側面において、単離された、遊走性腱細胞から産生されたアモルファスなゲル状物質(tendon gel)を含有することを特徴とする、組織接着剤を提供する。
【0016】
上記の本発明の人工腱および組織接着剤は、公知の人工腱および組織接着剤と同様に、動物の手術、治療などに用いることができる。
【0017】
さらに、本発明は一つの側面において、断裂した腱を近位端および遠位端を向かい合わせた状態で固定して細胞支持体で被覆するステップ、およびその腱の遊走性腱細胞がtendon gelを産生されし、そのtendon gelが近位端および遠位端を連結し、腱の構造を再構築するまで上記状態を保持するステップを含むことを特徴とする、動物(ヒトを除く)の腱の再生方法をも提供する。なお、上記の再生方法は、ヒトに対しても同様に適用することが可能である。
【0018】
ここで、tendon gelを産生する遊走性腱細胞は、膠原線維を形成するので線維芽細胞に属するが、次のような理由により、一般的な線維芽細胞とは異なる細胞として位置づけられる。
【0019】
一般的な線維芽細胞では、細胞内で産生して細胞外へと分泌された膠原細線維が、細胞の全周において電顕で観察される。この膠原細線維には、電子顕微鏡で、規則正しい縞模様をもった線維像、もしくはその横断面として多数の顆粒の像が見られるという特徴がある。
【0020】
一方、遊走性腱細胞では、細胞内で産生して細胞外へと分泌された分泌物(すなわちtendon gel)は、線維芽細胞で見られるような縞模様をした膠原細線維ではない。分泌物は、tendon gelの形成初期には針状構造体であり、形成後期には石綿状構造体も加わった像を示す。遊走性腱細胞がtendon gelを分泌する面も限定されており、特定の面にのみtendon gelが形成される。
【0021】
さらに、腱細胞は、tendon gelを形成する時期は分泌物を合成・分泌する形態を持つが、配向結晶を示す時期では、幾本もの細胞突起が長く、かつ、細く伸びて、膠原線維を束ねる形態を示す。これに対して、線維芽細胞は、膠原線維を束ねるような形態を有するようにはならない。
【0022】
また、tendon gelは、従来「collagen gel」と称呼されていた物質とは全く異なる。collagen gelも膠原物質からなるゲルであるが、たとえこれに張力をかけたとしても膠原線維の配向結晶化は見られず、人工腱を作製することはできない。これに対してtendon gelは、形成初期のもの(所定の期間よりも早いもの)に張力をかけても膠原線維の配向結晶化は見られないが、完成期のもの(所定の期間内のもの)に張力をかけると配向結晶化した膠原線維が形成され、人工腱を作製することができる。
【0023】
さらに、従来「再生腱の細胞外マトリックス」と称呼されていた物質は、光学顕微鏡レベルで、腱細胞の周囲すべてを取り囲んでいるように捉えられた硝子様に見えるマトリックスを指すが、そのような細胞外マトリックスはこれまで、電子顕微鏡レベルで構造および特性が分析されたことがないのみならず、単離して、人工腱や組織接着剤の作製のために使用されることがなかった。
【発明の効果】
【0024】
本発明のtendon gelを用いることにより、生体への親和性および生着性に優れ、かつ十分な強度を有する人工腱や、生体への親和性および接着性に優れた組織接着剤を、効率的に作製できるようになる。また、本発明を応用することにより、動物(ヒトおよびヒト以外の動物)の腱の治療効果を従来よりも著しく高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】[Fig.1]スポンジ板上に医療用針付きナイロン縫合糸で結紮固定し、張力をかけられた状態のtendon gel(矢印)。
【図2】[Fig.2]張力をかける前の腱細胞周辺の様子。細胞−細胞間にはコラーゲンの結晶同士が層状に配列し、シートを構成しているが、線維は発達していない(腱の組織構造は見られない)。このコラーゲンは、一定の配向傾向を示さず、アモルファスな状態であり、非常にフレキシブルな構造である。コラーゲンのシートは、電子密度の高い層(H:矢印)とそれを挟む電子密度の低い層(L)により構成され、シートの層構造はL−H−Lが基本である。
【図3−1】[Fig.3]張力をかけて培養した後の腱細胞周辺の様子。細胞−細胞間にコラーゲン繊維の配向結晶構造(矢印)が見られる。図2で見られた層状の構造は認められない。写真の上から下へとコラーゲン線維が配列し、張力に沿った方向に腱状の組織が再生されている。
【図3−2】[Fig.3a]Fig.3中の四角枠部分(配向結晶)の拡大。繊維が一本一本独立し、腱の構造を示しており、写真の上から下へと引張強度を高めている。
【図4】[Fig.4]コラーゲンのシート(すなわちtendon gel)と腱の接合構造の成立を示す写真。矢頭で腱の組織(T)とシート(S)が接している。細胞同士の膜を共有するような接触であり、生体の成分としてシートが増殖している。このような接着は人工のコラーゲンを使用する場合では見られない。
【発明を実施するための形態】
【0026】
・tendon gel
本発明における、単離された、遊走性腱細胞から産生されるアモルファスなゲル状物質(tendon gel)は、コラーゲンを主体とした糖タンパク質からなる、層構造を有する物質である(図2参照)。tendon gelとそれを産生した腱細胞とは分離しがたい状態で混在しているため、単離されたtendon gelは通常、腱細胞を含有している。tendon gelに張力をかけて人工腱を作製する場合、ある段階でtendon gel中の遊走性腱細胞の形態が変化して、膠原線維を束ねる機能を果たす腱細胞になる。
【0027】
tendon gelは、ヒトおよびヒト以外の腱を有する動物(たとえば実験動物)の腱細胞、特に断裂した腱の近傍に集合する遊走性腱細胞から産生される。人工腱を作製する場合、腱を損傷した対象自身の遊走性腱細胞が産生したtendon gelを用いることは、自己組織であるゆえ拒絶反応と炎症を伴わずに人工腱を移植することができるため、腱の再生にとって好適である。また、腱の部位は特に限定されるものではなく、たとえばヒトのアキレス腱、肩腱板、膝窩腱などが挙げられる。
【0028】
単離されたtendon gelは、生体内(in vivo)または生体外(in vitro)で作製するこ
とができる。生体内(in vivo)でtendon gelを作製する方法としては、たとえば、動物
のin vivoで断裂した腱を細胞支持体上に固定するステップ、遊走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、および産生されたtendon gelを回収する
ステップを含む方法が挙げられる。より具体的には、たとえば、生体内で断裂した腱を細胞支持体で覆って固定化し、リンガー液で満たした状態にしてから、生体内で所定の期間放置することが挙げられる。なお、上記の方法においてtendon gelを回収する対象となる動物は、ヒトであっても、ヒトを除くその他の動物であってもよい。
【0029】
一方、生体外(in vitro)でtendon gelを作製する方法としては、たとえば、in vitroで遊走性腱細胞を細胞支持体上に播種するステップ、その遊走性腱細胞を培養してtendon
gelを細胞支持体上に産生させるステップ、および産生されたtendon gelを回収するステップを含む方法が挙げられる。遊走性腱細胞は、適切な動物の腱、特に断裂した腱の近傍から公知の方法により単離したもの、またはその細胞株を用いることができる。遊走性腱細胞の培養方法は公知であり、適切な方法および条件に従って培養すればよい。
【0030】
生体内(in vivo)で腱を覆うため、および生体外(in vitro)で遊走性腱細胞を培養
するために用いられる細胞支持体は、その上で培養する遊走性腱細胞がtendon gelを産生できるものであれば特に限定されるものではなく、いわゆる細胞シートやscaffold(足場材)と呼ばれているものなど、細胞培養用ないし医療用として公知の各種の細胞支持体の中から選択することができる。細胞支持体の材料としては、合成ポリマー(たとえば、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリカプロラクトン(PCL)などのポリエス
テル系樹脂や、アクリル系樹脂、尿素系樹脂)、天然ポリマー(たとえば、コラーゲン、ゼラチン、絹フィブロイン)、および合成ポリマーと天然ポリマーの複合材料、その他の
公知の材料が挙げられる。また、細胞支持体の形状としては、シート状、チューブ状、繊維状、および三次元構造などが挙げられる。たとえば、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコー
ル酸(PGA)、ポリカプロラクトン(PCL)などの生体吸収性高分子からなるシートが好ましい細胞支持体として挙げられる。また、後記実施例で用いている尿素系樹脂フィルムのような、透明のシート状の細胞支持体であれば、形成する腱の形態を観察することにも適している。通常、遊走性腱細胞の培養開始から数日程度で、回収できる程度の量のtendon
gelが細胞支持体上に産生される。
【0031】
・人工腱
本発明において、前述したようなtendon gelのうち、遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるものに張力をかける方法により、人工腱を作製することができる。このような人工腱の作製方法について、遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるtendon gelをどのようにして準備するかは特に限定されるものではない。
【0032】
生体内(in vivo)で産生されたtendon gelを単離して人工腱を作製する方法としては
、たとえば、動物のin vivoで、断裂した腱を細胞支持体上に固定するステップ、遊走性
腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、その遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるtendon gelを回収するステップ、および回収されたtendon gelに張力をかけるステップを含む方法が挙げられる。なお、上記の方法においてtendon gelを回収する対象となる動物は、ヒトであっても、ヒトを除くその他の動物であってもよい。
【0033】
一方、生体外(in vitro)で産生された単離されたtendon gelから人工腱を作製する方法としては、たとえば、in vitroで遊走性腱細胞を細胞支持体上に播種するステップ、その遊走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、その遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるtendon gelを回収するステップ、および回収されたtendon gelに張力をかけるステップを含む方法が挙げられる。
【0034】
本発明の人工腱の作製方法において、張力をかけるべきtendon gelは、遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるものでなくてはならない。所定の期間、すなわちtendon gelが人工腱を作製する能力を有する期間は、培養条件等によって変動する可能性はあるが、通常は遊走性腱細胞がtendon gelを産生してから7日目〜14日目である。。このような所定の期間内にあるtendon gelに張力をかけると、直ちに繊維が配向した形体を示す、つまり層状のコラーゲンが束状に配列し、この束が腱状の配列を示すようになる(膠原線維の配向結晶化)。一方、所定の期間外にある(早すぎる場合、遅すぎる場合どちらも)tendon gelに張力をかけても、上記のような腱の構造への変化は起きない。
【0035】
tendon gelに張力をかける方法は特に限定されるものではないが、たとえば、適当なサイズに切り出したtendon gelの長手方向の両端を、糸などで反対方向に引っ張るようにすればよい。張力の大きさは、たとえば、tendon gelを引いている糸が多少の力が加わってもたるまない程度など、動物の生体内で腱にかけられる張力に近似した範囲で適切に調整すればよい。張力の向きは、当初設定した向きを保持して一定とする。また、張力をかける際は、tendon gelをリンガー液または遊走性腱細胞の培養液中に保持するなど、生体内に近似した環境下におくことが好ましい。張力をかける期間は特に限定されるものではないが、腱の構造が認められるようになり、移植に適したものとなるまでの期間とすればよい。張力をかけた直後に繊維は配向配列を示すが、その形状が固定される期間(たとえば2から3日)張力をかけつづけることが好ましい。
【0036】
このようにして作製された人工腱は、従来の人工腱と同様に、移植手術などに使用することができる。
【0037】
・組織接着剤
単離されたtendon gelは、張力をかけない限りアモルファスなゲル状の状態を保ち、組織間を接着させる作用が認められ、放置すると硬化する。このような特性を利用して、単離された、腱細胞から産生されたアモルファスなゲル状物質(tendon gel)を含有する、組織接着剤を作製することができる。
【0038】
tendon gelは、それ単独で組織接着剤とすることができるが、必要であれば、組織接着剤としての用途に適した公知のその他の成分、たとえば止血剤(フィブリノーゲン、トロンビン、アプロチニン、血液凝固因子等)、創傷治癒薬、抗感染薬、抗生物質、抗菌剤、抗ウイルス剤、鎮痛剤などと併用して、組織接着剤を調製するようにしてもよい。すなわち、本発明の組織接着剤は、tendon gelのみからなるものであってもよいし、tendon gelとその他の成分を含有するものであってもよい。
【0039】
本発明の組織接着剤は、従来の組織接着剤と同様に、手術時の体内臓器の切開部分の接着、術中の止血、創傷の止血、内臓の止血などに使用することができ、特に腱の治療に用いるのに好適である。
【0040】
なお、従来の組織接着剤にもコラーゲンは用いられているが、そのコラーゲンは層状になっておらず、結晶構造がばらばらである。本発明のtendon gelは、腱細胞から産生された層状に配列したコラーゲンを含有しているため、従来の組織接着剤よりも接着性が著しく高い。また、層状のコラーゲンは細胞の増殖の場となるため、接着して直ちに腱などの細胞が増殖し、非常に修復が早くなることが期待される。
【0041】
・腱の再生方法
前述したような人工腱の作製方法は、生体内における(in vivo)、腱の再生方法に転
用することが可能である。より具体的には、たとえば、動物のin vivoで、断裂した腱を
近位端および遠位端を向かい合わせた状態で固定して細胞支持体で被覆するステップ、および腱細胞がtendon gelを産生し、そのtendon gelが近位端および遠位端を連結し、腱の構造を再構築するまで上記状態を保持するステップを含む方法により、動物の腱を再生することができる。なお、上記の腱の再生方法の対象となる動物は、ヒトであっても、ヒトを除くその他の動物であってもよい。
【0042】
近位端および遠位端がtendon gelで連結されると、近位腱に連結している骨格筋線維がれん縮(反射的な律動的な収縮)し、骨格筋からの張力がtendon gelに加わるようになる。つまり、糸のような人工的に張力をかける部材を用いなくても、人工腱の作製と同様のメカニズムにより、腱の組織の再構築が可能になる。
【0043】
tendon gelは通常、断裂した腱の近位端側から産生され、フィルム全域へと広がっていく。産生されたtendon gelは針状構造体から構成され、針状構造体の粗に集合した層と密に集合した層が重積して一枚の層板結晶を形成している。この層板結晶を産生した近位端側の腱を遠位端側の腱と対峙させておくと、やがて膠原線維が配列化した配向結晶像が認められるようになる。
【0044】
断裂した腱の近位端と遠位端の距離は、tendon gelが近位端および遠位端を連結し、骨格筋からの張力がtendon gelに加わるようになる時期が、前述した人工腱の作製方法における「所定の期間」となるように調整すればよく、たとえば、1〜1.5mm程度とすることができる。
【実施例】
【0045】
[実施例1]マウスのアキレス腱からのtendon gelの単離、および人工腱の作製
マウス下腿三頭筋を形成するアキレス腱のうち、腓腹筋内側頭に属する部分を剖出した。アキレス腱の中央部を眼科手術用ハサミで切断し、尿素系樹脂フィルム(Aflex、旭ガ
ラス社製)3x4 mmの上に、切断近位端を医療用針付きナイロン縫合糸(10-0, Matsuda sutures社製)にて結紮固定した。リンガー液を滴下後、別の同等大のフィルムで覆い、2
枚のフィルムの四隅を上記の縫合糸によって結紮した。切開した皮膚をナイロン糸(5-0,
Matsuda sutures社製)で縫合後、この状態を生体内で適時温存した。
【0046】
術後、1,3,5,8,10,13,15,18,20,40日目に試料(tendon gel)を取り出し、リンガー液内に浸漬した。リンガー液内において、tendon gelをナイロン縫合糸で2か所結紮し、手徒にて引っ張り、スポンジ板の上に針で止めた(図1参照)。そのままリンガー液中で保存し、張力を保つようにした。
【0047】
その結果、術後8,10,13,15日目に取り出した試料(tendon gel)は、張力をかけ始
めた直後から腱の構造が認められるようになった。一方、それ以外の試料は、張力をかけても一向に腱の構造は認められなかった。
【0048】
[実施例2]マウスのアキレス腱の再生
マウス下腿三頭筋を形成するアキレス腱のうち、腓腹筋内側頭に属する部分を剖出した。アキレス腱の中央部を眼科手術用ハサミで切断し、尿素系樹脂フィルム(Aflex、旭ガ
ラス社製)3x4 mmの上に、切断近位端と、その近位端に対して1 mm隔てて対峙させた切断遠位端とを、医療用針付きナイロン縫合糸(10-0, Matsuda sutures社製)にて結紮固定
した。リンガー液を滴下後、別の同等大のフィルムで覆い、2枚のフィルムの四隅を上記の縫合糸によって結紮した。切開した皮膚をナイロン糸(5-0, Matsuda sutures社製)で
縫合後、この状態を生体内で適時温存した。
【0049】
術後3日目以降、板状のtendon gelが近位端からフィルム全域へと広がっていった。tendon gelは針状構造体から構成され、針状構造体の粗に集合した層と密に集合した層が重積して一枚の層板結晶を形成していた(図2参照)。
【0050】
術後3から5日目に、tendon gelは遠位端に到達し、膠原線維が配列化した配向結晶像が認められるようになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単離された、遊走性腱細胞から産生されたアモルファスなゲル状物質(tendon gel)。
【請求項2】
動物(ヒトを除く)のin vivoで、断裂した腱を細胞支持体上に固定するステップ、遊
走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、および産生されたtendon gelを回収するステップを含むことを特徴とする、単離された、遊走性腱細胞から産生されたアモルファスなゲル状物質(tendon gel)の作製方法。
【請求項3】
in vitroで遊走性腱細胞を細胞支持体上に播種するステップ、その遊走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、および産生されたtendon gelを回収するステップを含むことを特徴とする、単離された、遊走性腱細胞から産生されたアモルファスなゲル状物質(tendon gel)の作製方法。
【請求項4】
単離された、遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるtendon gelに、張力をかけることを特徴とする、tendon gel由来の人工腱の作製方法。
【請求項5】
動物(ヒトを除く)のin vivoで、断裂した腱を細胞支持体上に固定するステップ、遊
走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、その遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるtendon gelを回収するステップ、および回収されたtendon gelに張力をかけるステップを含むことを特徴とする、請求項4に記載の人工腱の作製方法。
【請求項6】
in vitroで遊走性腱細胞を細胞支持体上に播種するステップ、その遊走性腱細胞を培養してtendon gelを細胞支持体上に産生させるステップ、その遊走性腱細胞から産生されてから所定の期間内にあるtendon gelを回収するステップ、および回収されたtendon gelに張力をかけるステップを含むことを特徴とする、請求項4に記載の人工腱の作製方法。
【請求項7】
前記所定の期間内が、遊走性腱細胞から産生されてから7〜14日目である、請求項4〜6のいずれかに記載の人工腱の作製方法。
【請求項8】
請求項4〜7のいずれかに記載の方法により作製されたtendon gel由来の人工腱。
【請求項9】
単離された、遊走性腱細胞から産生されたアモルファスなゲル状物質(tendon gel)を含有することを特徴とする、組織接着剤。
【請求項10】
断裂した腱を近位端および遠位端を向かい合わせた状態で固定して細胞支持体で被覆するステップ、およびその腱の遊走性腱細胞がtendon gelを産生し、そのtendon gelが近位端および遠位端を連結し、腱の構造を再構築するまで上記状態を保持するステップを含むことを特徴とする、動物(ヒトを除く)の腱の再生方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3−1】
image rotate

【図3−2】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−217964(P2011−217964A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−90680(P2010−90680)
【出願日】平成22年4月9日(2010.4.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年2月5日、日本再生医療学会発行の「再生医療」2010 Vol.9増刊号「再生腱から人工腱へ:フィルムモデル法を使って 第259頁」に発表
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】