説明

単離した内包フラーレン及び塩

【課題】単離されたM@C2nを得ること。
【解決手段】 M@C2nで表される単離された内包フラーレン。
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
ポジティブモードでのレーザー脱離イオン化飛行時間型質量スペクトル(以下「LDI-TOF-MS」という。)において内包フラーレンのピーク強度に対する他のフラーレンのピーク強度が0.5%以下である下記式で表される内包フラーレン。
M@C2n
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単離した内包フラーレン及び塩に関する。
【背景技術】
【0002】
フラーレンは、直径約0.7〜1.0nmのサッカーボールやラグビーボールのような対称性のよい形状をした、特異な立体構造(ケージ構造)をとる炭素の新しい分子構造体である。このフラーレンはケージの内側に原子を数個程度入れることができる自由空間をもっており、不安定な原子でさえ安定に保持する、カプセルの役割を担うことができるものである。
【0003】
このフラーレンの内部空洞に金属原子を内包した内包フラーレンは、内部の金属原子から炭素ケージへの電子移動に伴って、新しい電気的特性を発現することが期待されるため、この分野の研究は近年著しい進展を見せている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−37615号公報
【特許文献2】特許3926331号公報
【特許文献3】WO2007/123208号公報
【特許文献4】再表2005/066385号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】R.Tellgmann, E.E.B.Campbell et al., Nature, 382 (1996)407-408
【非特許文献2】A.Gromov, E.E.B.Campbell et al., J.Phys. Chem. B, 107[41] (2003)11290-11301
【非特許文献3】A.Gromov, E.E.B.Campbell et al.,Chem.Comm. ,20(1997),2003-2004
【非特許文献4】「フラーレンの物理と化学」 篠原、齋藤著 名古屋大学出版会 1997年
【0006】
そして、従来から、内包金属原子として周期表の3族の元素(Sc、Y、La)、ランタニド系元素、アクチノイド系元素が、また、フラーレンとしてC2n(2n≧82以上)のものが主に検討されてきている(非特許文献4参照)。
【0007】
これに対し、よりケージ空間が小さいC60への金属原子の内包が検討されている。このサッカーボール型構造をもつC60は最も対称性の良好なフラーレンで、原子を内包させた後の解析や物性を予測する上で好都合な素材である。
【0008】
また、周期表1族のアルカリ金属は1価の陽イオンとなりやすいため、アルカリ金属の内包フラーレンでは、電子をフラーレンケージに与え、電子を得たフラーレンが負の電荷を帯び、内包金属原子が正の電荷を有し、新たな物性を創出することが期待されている。
このようなことから、内包フラーレンの典型として、非常に反応性に富み、酸化数が常に+1価であるリチウムが内包された、リチウム内包C60が注目され合成・分離が検討されている。
【0009】
ところで、内包フラーレンは、レーザー蒸着法、アーク放電法、イオン注入法、プラズマ照射法などにより合成される。それぞれの方法で合成された生成物の中には、この金属原子の内包フラーレン以外に、空のフラーレンや内包されなかった金属原子などの不純物が含有されている。
このため、高純度の内包フラーレンを製造するためには、合成された生成物から内包フラーレンとそのほかの不純物とを分離してから精製する必要がある。
【0010】
従来、内包フラーレンの分離精製方法あるいは分離された内包フラーレンについては、特許文献1〜特許文献3、非特許文献1〜4において各種技術が開示されている。それぞれの文献について以下説明する。
以下において、M@Cnなる化学式は、内包フラーレンを表す一般式であり、n個の炭素原子からなるフラーレンのケージの中にMなる原子又は分子が内包されていることを示すものである。
【0011】
(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3)
非特許文献1〜3はCampbellらのグループの研究者による報告である。 非特許文献1には、イオン注入法によるリチウム内包C60の生成が報告されており、非特許文献2,3にはリチウム内包C60(以下、「Li@C60」と記す。)を溶媒抽出したことに関し記載されている。
【0012】
非特許文献3では、予め基板上に形成された空のC60堆積膜に対し、30eV程度の低エネルギーでリチウムをイオン注入し膜中にLi@C60を生成した後、イオン注入されたフラーレン堆積膜を二硫化炭素(CS)に溶解し、高速液体クロマトグラフィー(以下、「HPLC」と記す。)を用いてLi@C60とC60とを分離している。そして、レーザー脱離イオン化飛行時間型質量スペクトル(以下、「LDI−TOF−MS」と記す。)での質量分析を行い、溶液に含まれるLi@C60の割合を評価している。
【0013】
しかし、彼女らの上記報告では、LDI−TOF−MSにおいてLi@C60の生成を示す質量数727のLi@C60ピークの他に、質量数720の空フラーレンC60のピークも見られる。そして、ピーク強度比を見るとC60/Li@C60が1/4程度で依然C60を多く同伴しており、単一のピークを与える状態、あるいは他を圧倒するようなピークを有する略単独に分離した(単離)状態であるとは言い難い。
【0014】
(非特許文献4)
非特許文献4においては、金属内包フラーレンの分離は困難を極めることを述べつつ、その図8.9(c)において、LDI−TOF−MSにおけるLa@C82の単一のピークからLa@C82の単離に成功した旨が記載されている。
この技術は、吸着機構の異なる二つの固定相(カラム)を用いた二段階のHPLCにより金属内包フラーレンの分離、精製を行なうものである。その原理について次のように述べている。『金属内包フラーレンは、クロマトグラム上で空のフラーレンと同じ保持時間に表れることが多い.このような場合、吸着機能の異なる複数の固定相を用いることにより、目的とする金属内包フラーレンを空のフラーレンから完全に分離することができる。』第206頁)。
【0015】
また、M@C60に関しては、『Ca@C60とCa@C70は酸素除去下での室温のピリジンによって抽出されることを報告している。』と述べている(第221頁)。
そして、酸素除去下でなくとも、『5℃前後での超音波抽出でCa@C60は比較的効率よく抽出される。』と述べている(第232頁 注101))。
【0016】
しかし、室温でのピリジンによる抽出物のLDI−TOF−MS図(図8.17)は、Ca@C60とCa@C70が完全に単離されたものではなく、Ca@C60、Ca@C70、C60、C70、C74が混在していることを示すものである。すなわち、Ca@C60あるいはCa@C70は、他の内包フラーレンあるいは空のフラーレンを同伴しており、単一のピークを与える状態、あるいは他を圧倒するようなピークを有する略単独に分離された状態である(単離)ということはできない。
【0017】
(特許文献1)
特許文献1には、金属内包フラーレンを電解的に還元または酸化することにより形成されるアニオン種、カチオン種に関する技術が記載されている。
この金属内包フラーレンイオンは、電解法により形成される電子構造が閉殻構造である一般式M@C(但し、M=Sc、Y、La、ランタニド元素、アクチノイド元素、n=60,70及びそれ以上の偶数)で表されるものである。
これにより、金属内包フラーレンのカチオン種とアニオン種を各々閉殻構造を有する安定なフラーレンとし、取扱いを容易にしている。
【0018】
特許文献1においては、金属内包フラーレンの不安定構造は、ラジカル(電子スピン)が炭素ゲージ上にあり、開殻構造に基づくものであるから、閉殻構造に変換することにより該不安定特性を改善できるものと考えている。そして、金属内包フラーレンに電子を与えたり、または電子を奪ったりすること(金属内包フラーレンを還元または酸化すること)により閉殻構造にでき、金属内包フラーレンの不安定性が改善されると考え、溶液中において電解的に酸化、還元をすることによって、大気圧下、光の存在下においても安定的に取り扱うことができる状態で該金属内包フラーレンアニオンまたはカチオンを存在させている。
【0019】
そして、電解法により形成される電子構造が閉殻構造である一般式M@C(但し、M=Sc、Y、La、ランタニド元素、アクチノイド元素、n=60、70およびそれ以上の偶数)で表される金属内包フラーレンイオンを提供している。
しかし、特許文献1記載技術において実際上開示されている内包フラーレンはn=82についてのみであり、n=60,70については開示されていない。のみならず、
M@C82についてさえ、空のC82など他のフラーレンから分離された単一の存在(他のフラーレンを同伴しない単独のM@C82)であることを示すデータは示されていない。
【0020】
(特許文献2)
特許文献2には、フラーレン混合物中において、第一のフラーレン群と第二のフラーレン群とを以下により分離する方法について開示されている。
すなわち、
(ステップ1)第一と第二のフラーレン群を含むフラーレン混合物を用意する。
(ステップ2)第一もしくは第二のフラーレン群のうちどちらか一つについて安定なフラーレンカチオンを溶媒中に形成して、フラーレンカチオンをもう一方のフラーレン群より分離する。ここでカチオン類の選択的形成は、化学的な酸化や電気化学的な酸化、又はカチオン性親電子基を化学的に付加することにより行われる。
(ステップ3)再結晶化又は沈殿化の手法により、カチオン化したフラーレンと中性フラーレンとを分離する。
【0021】
そして、望ましいフラーレンを化学修飾し、目的とするフラーレン類と目的外のフラーレン類に異なる化学的特性を付与することで、これらフラーレン類の分離、精製を可能としている。
ここで、第一のフラーレン群と第二のフラーレン群との分離の例として、金属内包フラーレンと空のフラーレンとの分離も例示されている。
【0022】
また、請求項28と本文明細書において、酸化容易な(酸化電位が0.8V以下の)M@C2nを含む昇華したフラーレン材料を第一の溶媒中で酸化剤(AgSbF)に接触させることを示し、これによりM@C2nのカチオンを含有する第一の溶液を形成する手法を用いてM@C2nを精製している。
このように特許文献2では、内包フラーレンのカチオンを形成することにより内包フラーレンを分離精製するものである。そして、カチオン形成プロセスにおいて、酸化剤、プロトン剤を用いている。
【0023】
特許文献2では、具体的には3つの方式を提示している。以下、それぞれの方式を述べる。
【0024】
[方式1(第25頁(表3))]
以下、方式1の処理概要を順に示す。
(1)カーボンアーク方式で煤を含む空フラーレン及び内包フラーレンを合成する。
(2)煤を750℃で昇華し、昇華温度が低い炭素原子数の少ないフラーレンを昇華させ、これにより昇華せず残った巨大フラーレン類を除去する。そして、嫌気下でフラーレン昇華物を回収する。
(3)昇華物をODCB(o−ジクロロベンゼン)抽出し、その後ろ過することにより、不溶物質(C74、M@C60、M@C70、その他のM@C2n)を除去し、可溶ろ過物(M@C82、空C2n)をODCB中に抽出する。
(4)可溶ろ過物(M@C82、空C2n)をODCB中で、[Ag][SbF]により酸化処理し、その後ろ過する。これにより、析出したAg金属析出物を除去するとともに、ODCB中に可溶混合物である[M@C82][SbF]及び中性C2nを残す。
(5)可溶混合物をヘキサン中に析出させろ過し、可溶なろ過物であるC60とC70と、不溶な[M@C82][SbF]及び中性C2nを含む固体を分離する。
(6)以降、各種工程後M@C82最終品を得る。
この方式1では、M@C82を最終品として得る処理を行っているのであり、処理過程でM@60、M@70はODCB抽出・ろ過で除去されており、そもそも単離・精製の対象とはなっていない。
【0025】
[方式2(第30頁(表4))]
以下、方式2の処理概要を順に示す。
(1)カーボンアーク方式で煤を含む空フラーレン及び内包フラーレンを合成する。
(2)煤を750℃で昇華し、昇華温度が低い炭素原子数の少ないフラーレンを昇華させ、これにより昇華せず残った巨大フラーレン類を除去する。そして、嫌気下でフラーレン昇華物を回収する。
(3)昇華物をODCBに[Ag][SbF]を混入した酸化剤で抽出し、その後ろ過する。これにより、析出した不溶物質(M@C60、M@C70、C74)の除去、Ag金属析出物の除去を行い、ODCB中に可溶ろ過物である[M@C2n][SbF]及び中性C2nを残す。
(4)ODCBに可溶ろ過物をヘキサン中に析出させろ過し、ヘキサンに可溶なろ過物であるC60とC70と、ヘキサンに不溶な[M@C2n][SbF]及び極性が減少した中性C2nを含む固体を分離する。
(5)以降、各種工程での処理の後M@C2n最終品を得る。
【0026】
この方式2では、最終品M@C2nであるが、nは36以上である(特許文献第29頁段落番号[0019])。すなわち、M@C60が単離・精製されているわけではない。
ODCB[Ag][SbF]抽出工程において、M@C60、M@C70は酸化されることなく不溶物質となってしまっている。のみならず、最終品においても、Gd@C72とGd@C82とが併存している(特許文献2図6参照)。結局、方式2では、M@C2nで2n>60であっても単離されておらず、2n=60であっても単離されていない。
【0027】
[方式3(第33頁[表5])
特許文献2では、『何種かのランタノイド金属を内包するM@C2n(M=Sm、Eu、Tm、Yb及び可能性としてはEr)』については、『酸化耐性で不溶なM@C60類の性質からの逸脱を含・・・・中程度の酸化力である酸化剤を用いて酸化することができ、それによって新規な可溶性カチオンM@C60が生ずる。』と述べている(特許文献2第32頁第11行目〜第18行目)。
【0028】
しかし、特許文献2の図13において実際に示されている、分離したとされる材料の質量スペクトルMSを見ると、いずれも空フラーレン(C60)および/もしくは複数種フラーレン内包物(Tm@C60,Tm@C70など)が混在しており、単離(単独に分離した)とは言い難い。
特に、特許文献2記載技術は、M@C60については、MがTmである場合を除き、酸化によるカチオン形成は困難であることを示している。すなわち、特許文献2の[表4](方式2フローでの枠中記載の処理工程)「ODCB[Ag][SbF]抽出その後ろ過」によっても、M@C60は酸化されず不溶物として除去されている。M@C60とC60という酸化されにくいフラーレン同士の分離については適用できないことを暗に示唆していると考えられる。
上述のように、特許文献2では、酸化処理後のM@C60あるいはM@C70の単離・精製についての道筋を示唆する記載は見当たらない。
【0029】
さらにいえば、特許文献2は、空フラーレン類と内包フラーレン類との混合状態から、両者の化学的特質の明確な相違を利用した精製方法であり、両者がそれぞれ溶液中や不溶物中で相互作用なく存する場合に有効なものである。後述する本願での処理対象物のように、異なるフラーレン同士が結合状態(クラスター状態)を形成している場合の結合の分解手法ではない。
【0030】
(特許文献3、特許文献4)
特許文献3、特許文献4は、本願の発明者らによる既出願になるものであるが、特許文献3において、本願発明者らは独自のプラズマ照射法により原子のフラーレンへの内包化を行い、内包フラーレンクラスターを含む分子クラスターを分離精製するフラーレンベース材料の製造方法に関するものを報告している。ここで、内包フラーレンクラスターとは、1個の内包フラーレンの周りに複数の空フラーレンが取り囲んで内包フラーレンと結合しクラスター構造をなした分子構造体をいう。
【0031】
特許文献3のフラーレンベース材料の製造方法は、内包フラーレンを含む合成物から、少なくとも、水系溶媒により内包されなかった内包対象原子と内包対象原子の化合物を除去する第一の処理と、内包フラーレンを溶媒に抽出する第二の処理と、再沈法により空のフラーレンを除去する第三の処理を行うことにより、内包フラーレンを含む分子クラスターを分離精製するものである。
【0032】
このように、内包フラーレンの分離精製を、少なくとも、未反応の内包対象原子の除去工程と、内包フラーレンの溶媒抽出工程と、再沈法による空のフラーレンの除去工程とからなる複合工程により行うことで、溶媒抽出だけでは不十分であった内包フラーレンの分離精製を、高純度に行い、また、合成物から精製して回収できる内包フラーレンの量の収率の向上させている。
【0033】
以下、発明者らが採用しているプラズマ照射法による内包フラーレンの合成物の製造方法と、得られたフラーレンベース材料について図6〜図9を参照して説明する。
プラズマ照射法は、真空容器中で内包対象原子からなるイオンを含むプラズマ流を発生させ、発生したプラズマ流内のイオンと、フラーレンオーブンにより発生させたフラーレン蒸気とを反応させ、堆積基板上に内包フラーレンを含む膜を形成するものである。
【0034】
図6は、プラズマ照射法により内包フラーレンを製造するための成膜装置の構造を説明する概略説明図である。図6で、301は真空チャンバ、302は真空ポンプ、303は電磁コイル、304,308はオーブン、305,309はノズル、306は加熱基板、307はプラズマ流、310は堆積基板、311は合成物、312はバイアス電圧の印加装置、313は加熱フィラメントを示している。
【0035】
真空チャンバ301は、例えばステンレススチールなどの耐腐食性のある金属で、図6に示す横方向に長く、断面形状が円または矩形の筒状をなし筒の両開口に蓋体を設けて密閉容器状にするとともに、真空チャンバ301内の部品の交換・保守のための図示しない開閉自在で密閉できる蓋体を設けた構造をなしている。また、後述する真空ポンプ302で内部を減圧雰囲気とするので大気圧による圧力にも耐え得る構造とする。
加熱フィラメント313は、タングステンなどの高融点金属によるコイル状に巻かれた細線で作製され、後述する加熱基板306を図6に示す左側から例えば真空中で2700℃程度まで加熱するもので、真空チャンバ301の蓋体から不図示の電流導入端子を介して不図示の電源から給電される。
【0036】
加熱基板306は、タングステンやレニウムなどの高融点金属による耐熱性と耐腐食性を有する板で、図6に示すように、加熱フィラメント313に対し真空チャンバ301の内側で、真空チャンバ301の中心軸に対して板面が略直交するように配設する。
堆積基板310は、ステンレススチールなどから作製される平滑面を有する板であり、図6に示すように、平滑面を加熱基板306と対向させて配設する。この堆積基板310の平滑面に所望の膜を形成する。
【0037】
バイアス電圧の印加装置312は、後述するプラズマ流307により堆積基板310近傍に導かれた内包対象原子のイオンに加速エネルギーを与えるように堆積基板310に負の電圧を印加するもので、真空チャンバ301の図6に示す右側の蓋体から不図示の電流導入端子を介して一端が堆積基板310に、また他端が接地される。
【0038】
真空ポンプ302は、真空チャンバ301内圧を10−4Pa程度まで減圧してプラズマの生成を容易にするとともに、ガス状態にある所望の分子の平均自由行程を大きくし、堆積基板310に到達する分子を多く確保するものである。そして、到達圧力を10−4Paより小さくすることができるように、例えば粗引きポンプとしてロータリーポンプ、補助ポンプとして拡散ポンプ、ターボ分子ポンプなどとした組み合わせで用いる。
【0039】
電磁コイル303は、比較的大きな電流容量をもつ電気伝導度が良好な銅などの金属線で、真空チャンバ301の外周を巻回させた大きなコイルである。電磁コイル303に不図示の電流源から給電することで真空チャンバ301内の空間に図6に示す矢印方向の磁場Bを発生させる。
【0040】
また、オーブン304,308は、気化させる材料を収納する気化装置の開口側に、図6に示すように開口を覆い曲がり管を有し不図示の加熱ヒータを設けたノズル305,309をそれぞれ密着固定したものである。そして、オーブン304,308の各々のノズル305,309を真空チャンバ301の内部に露呈させるとともに、ノズル先端部の中心軸が加熱基板306、堆積基板310の略中央に向けて設ける。
なお、成膜装置300には不図示であるが真空チャンバ301を大気圧に戻すための窒素ガスなどの開閉弁を備えた給気配管が設けられる。
【0041】
このように構成した成膜装置は、例えば内包対象原子であるリチウム(以下、「Li」と記す。)を予めオーブン304に供給しておくとともに、オーブン308に例えばC60粉末などを供給しておく。
そして、先ず真空ポンプ302により真空チャンバ301内を例えば10−4Paまで減圧してから、加熱フィラメント313に不図示の電源から給電して加熱基板306を2700℃程度まで加熱する。
【0042】
一方、オーブン304及びオーブン308の不図示のヒータにも通電してリチウムとC60が気化しない程度まで加熱する。このとき、加熱基板306とオーブン304,308内面からのガス放出で内圧が高くなるので、真空チャンバ301が所定の圧力となるまで真空排気を続行する。なお、このときノズル305,309も不図示のヒータにより加熱する。
【0043】
次に、真空チャンバ301が所定の圧力に安定したとき、印加装置312により堆積基板310にバイアス電圧を印加する。そして、電磁コイル303に不図示の電流源から給電し真空チャンバ301内に軸Lに略平行な磁場(2〜7kG)を発生させる。
【0044】
次に、リチウムが供給されているオーブン304を、減圧下での沸点より高い500〜550℃に設定し直して加熱しリチウムを気化させ、また、C60が供給されているオーブン308を、昇華温度より高い400〜650℃に設定し直して加熱しC60を気化させる。
【0045】
このとき、ノズル305,309を介してオーブン304,308と真空チャンバ301との雰囲気が接続されているので、これらの中での気相状態の分子は十分大きい平均自由行程をもつものとなる。
【0046】
ここで、真空チャンバ301内の気化したリチウムとC60の挙動について説明する。
【0047】
気化したリチウムはノズル305から噴出し、高温の加熱基板306に衝突する。このとき、高温の加熱基板306に衝突し熱接触した気相状態のリチウム原子は、気化に伴う運動エネルギーに加えてさらに大きな熱エネルギーを供給され、リチウム原子自身が電子を離して正イオン化して近傍の電子と共に、マクロ的には中性のプラズマを形成する(熱接触電離)。
また、真空チャンバ301内には長手方向に磁場Bが形成されているので、正電荷をもつリチウムイオンはこの磁場Bから力を受けて広がることが制限される。
【0048】
一方、加熱基板306で熱接触電離したリチウムイオンと電子とはペアーで運動するが、電子は圧倒的に大きな質量のリチウムイオンに引きずられる。
このようなリチウムイオンが受ける磁場Bによる広がりを抑制する力により、衝突後のリチウムイオンと電子のペアーの運動方向は真空チャンバ301の概ね長手方向となり、図6に示す右側に移動するプラズマ流307が生成される。このプラズマの流速は音速程度で、きわめて低速度といえるものである。
【0049】
気化したC60は、ノズル309から真空チャンバ301内の堆積基板310に向けて噴出する。この噴出した分子は、堆積基板310の近傍に高濃度のC60雰囲気を形成する。そして、堆積基板310が小さい負電位となるように印加されているので、この堆積基板310の近傍にきわめて薄いイオンシースが形成される。そして、C60が濃密に存在する堆積基板310近傍でのみリチウムイオンが加速され、C60を破壊することなくリチウム原子が内包される。
この結果、堆積基板310上に内包フラーレンを含む反応生成物の膜を逐次生成することになる。
【0050】
この方法では、プラズマ流307は比較的小さな磁場により形成され、リチウムイオン自体は堆積基板310近傍の電界で弱く加速されるため、リチウムイオンのC60分子への相互作用は物理的でなく化学的反応が主たるものとなる。この結果、C60自体が衝撃で破壊される比率が減少し、より収率の高い内包フラーレン合成ができるものとなる。
【0051】
図7は、このようにして堆積基板310上に生成された膜のLDI−TOF−MS(レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析装置での質量スペクトル)による質量分析結果を示し、空のC60の存在を示す質量数720のピークのほかに、Li@C60の存在を示す質量数727のピークを確認することができ、堆積膜310中にリチウムが内包されたフラーレンであるLi@C60が生成されたことがわかる。
【0052】
このように堆積基板310上に生成される合成膜は、C60とC60のケージ中にリチウム原子が内包されたLi@C60だけでなく、内包されていないリチウム原子なども混在した混合膜(以下、この段階の混合膜を「内包フラーレン未精製物」という)が得られる。
【0053】
次に、この内包フラーレン未精製物について図8を参照して説明する。図8は従来技術における溶媒抽出による分離精製の工程フローである。
【0054】
図8に示す工程フローによる分離精製は、先ず内包フラーレン未精製物を用意する(ステップ201)、次に内包フラーレン未精製物から未反応の内包対象原子を除去した生成物を得る(ステップ202)。そして、ステップ202で得た生成物を溶媒で洗浄し、この溶媒に溶解する成分を除去して不溶の残渣物中に濃縮された内包フラーレンを含む生成物を得る(ステップ203)。
【0055】
それから、ステップ203で得た生成物を溶液に溶かし、溶媒に内包フラーレンを抽出する(ステップ204)。このステップ204で得られた内包フラーレン抽出溶液を、再沈法により内包フラーレンが溶けにくい溶媒(貧溶媒)中に滴下して内包フラーレンを析出させ濃縮し、溶媒中に析出した内包フラーレンを最後にろ過して取り出す(濃縮ステップ205)。
【0056】
堆積基板310上の膜中にC60フラーレンにリチウムが内包された合成膜について記す。ステップ201では、堆積基板310上に生成された膜を剥がしたり掻きだして煤状の内包フラーレン未精製物を回収する。
【0057】
ステップ202では、この内包フラーレン未精製物を水系の溶媒(純水、精製水など)や希塩酸などの酸性溶液を処理液として用意し、この処理液に内包フラーレン未精製物を混合し超音波による振動エネルギーをかけながら十分に撹拌する。そして、遠心分離とメンブランフィルターによるろ過を併用、またはどちらか一方だけを用いたろ過により不溶物を取り出し、残渣物として回収しこれを乾燥し粉末状とする。
このとき、内包対象原子が水系溶媒と化学反応して水酸化物などの水溶性に物質になる。一方、内包フラーレンは水に対して溶解しにくいので、残渣物を取り出すことにより残渣物中の内包フラーレンと未反応の内包対象原子とが分離される。
【0058】
ステップ203では、ステップ202で得られた粉末状の残渣物をトルエン溶液に混合し、超音波による振動エネルギーをかけながら十分に撹拌する。そして、遠心分離とメンブランフィルターを併用、またはどちらか一方だけを用いたろ過により不溶物を取り出し、残渣物として回収しこれを乾燥し粉末状とする。
このとき、空のフラーレンはトルエン溶液に溶解し、トルエンに不溶の内包フラーレンは残渣物中に濃縮される。
【0059】
ステップ204では、ステップ203で得られた粉末状の残渣物をクロロナフタレン溶液に混合し、超音波による振動エネルギーをかけながら十分に撹拌する。そして、メンブランフィルターによるろ過を行い、溶液と残渣物いずれも回収する。なお、残渣物中にも、内包フラーレンが大量に含まれているので、廃棄せず回収し再分離精製する。
濃縮ステップ205では、ステップ204で得られた溶液を、トルエン溶液に滴下し、一定時間静止状態を保った後、メンブランフィルターによるろ過を行い析出物と溶液を回収する(再沈法)。
【0060】
ここでは、空のフラーレンに対して良溶媒で、内包フラーレンが溶けにくい溶媒(貧溶媒)としてトルエン溶液を例に説明した。なお、溶液中にも、内包フラーレンが大量に含まれているので、廃棄せず回収し再分離精製する。
【0061】
以上の結果、濃縮ステップ205で得られた析出物(以下、この析出物を「フラーレンベース材料」という)には、内包フラーレンが濃縮されることになる。
【0062】
次に、本発明者らによる従来技術(特許文献3)での内包フラーレンとしてリチウム原子が内包されたC60が濃縮されたフラーレンベース材料を分析・評価した結果を説明する。
先ず、用語「Li内包率」について説明する。
Li@C60の試料に対する内包率(以下、単に「Li内包率」という。)を、Li内包率=[Li@C60の重量]/[試料の初期重量]で定義する。ここで、試料は、上述ステップ202において得られたもので、内包フラーレン未精製物を水系の溶媒や酸性溶液で処理して、未反応のリチウム原子を除去した残渣物として回収しこれを乾燥した粉末である。
【0063】
内包フラーレンの生成過程ではリチウム原子(質量数7)1個に対してLi@C60(質量数727)が1個対応し、リチウム1モルがLi@C60の1モルに対応するので、重量比では、[Li@C60の重量]/[リチウム重量]=727/7で、Li@C60の重量は、リチウム重量の約104倍として換算する。そして、定量分析で得た試料中のLi重量から換算してLi@C60の重量を得て、試料の初期重量対する割合からLi内包率を求めることができる。
従って、
Li内包率=((727/7)×[リチウム重量(定量値)]/[試料の初期重量])×100 (%)
【0064】
特許文献3には、内包率の原料供給比依存性が示されている([図4])。これは上記ステップ201の「合成時内包率」と濃縮ステップ205で得られた析出物に対する「 抽出後内包率」について、縦軸に採ったLi内包率を、横軸に採ったリチウム(Li)とC60フラーレンの重量換算での供給比(Li/C60)に対してプロットして得たものである。
【0065】
ここで、供給比(Li/C60)は、分子のリチウムイオンの供給量が堆積基板310に流れるイオン電流から換算され、フラーレンの供給量がフラーレンオーブン308に充填したフラーレンの減少量からそれぞれ求められ算出される。
【0066】
合成時内包率(●印)は、ばらついているが概ね右肩上がりで、供給比が大になると飽和の傾向があり、抽出後内包率(○印)は、供給比0.4〜0.5で極大値をもっている([図4])。つまり、供給比を例えば0.6以上としても抽出後の内包率は向上しないだけでなく、抽出できない内包フラーレンの割合が多くなる。また、極大値は内包率7〜8%のところにあり、抽出方法を変えてもほぼ同様の内包率となることが示されている。
すなわち、溶媒抽出による内包フラーレンの含有量は、試料の重量の多くても7〜8%であった。
【0067】
これに関し、発明者らは、HPLCによるLi@C60の精製を複数回繰り返し試行したが、それにもかかわらず、内包フラーレンの精製量を試料の重量の7〜8%以上とすることはできなかった。つまり、空のフラーレンの除去には限度があることが分かった。
【0068】
ここで得られた試料のLDI−TOF−MSによる質量分析結果を略記する。
本願の図3および図4の右上の「TCE」と表記の挿入図は、図8記載の上述処理フロー濃縮ステップ205で得られた析出物、すなわち、特許文献3で得られた「フラーレンベース材料」または「TCE」の相当品についてのLDI−TOF−MSである。図3はポジティブモード、図4はネガティブモードの場合である。
質量数727であるLi@C60のピークの他にも質量数720であるC60のピークも観測されておりまだ内包フラーレン以外の物質が多く残存していることがわかる。
ポジティブモード図2の挿入図でLi@C60に対応する質量数727のピークが観察されているのに対し、ネガティブモード図3での挿入図では質量数727のピークは検出されていない。つまり、Li@C60が負イオンになりにくく、LDI−TOF−MSでのネガティブモードではポジティブモードと比べ相対的に信号レベルが小さいため、他に存在する物質の信号にLi@C60のスペクトルが埋もれてしまっていて、純度(精製の程度)の点で不十分と考えられる。
【0069】
なお、特許文献3には、溶液中の生成物の粒径分布を動的光散乱法により測定したものが示してあり、同文献の図8(a)は溶液中に存在するC60、図8(b)は上述ステップ206に相当するステップでのクロロナフタレン溶液中の生成物の粒径分布である。
特許文献3では、C60の溶液中での粒径分布からC60の径サイズが0.7nmにピークをもっていること(図8(a))、クロロナフタレン溶液中の粒径分布からこの溶液中の粒子の径サイズが4〜6nmにピークをもっていること(図8(b))を述べている。
【0070】
以上の推論および状況証拠から、溶媒抽出した内包フラーレンは単独の分子として存在するのではなく、内包フラーレンの周りに複数の空のフラーレンが集合して取り囲み結合したクラスター構造をなしているものと考えられる、というのが特許文献3の教示するところである。
これは、リチウムなどアルカリ金属自体の酸化還元電位は極めて小さく、電子を放出して周りを強く還元させると共に自らは酸化する傾向を強くもち、内包された状態では電子をアルカリ金属内包フラーレンのケージ側に放つため、ケージ自体が負に帯電するためと考えられる。
【0071】
内包フラーレンが単独分子としてでなく、周りに空フラーレンで囲まれたクラスター構造をなして存することについて、特許文献3で述べたことを図9を参照して簡単に説明する。
すなわち、当初予想ではフラーレンベース材料(濃縮ステップ205で得られた析出物)について図9(a)の左側図に示すごとく、単一のC60フラーレン12に1個のリチウム原子が内包されたLi@C60フラーレン11の形態であったが、実際には図9(b)及び(c)に示すように、1個のLi@C60フラーレン11の周りを複数のC60フラーレン12が取り囲んだフラーレンクラスター13または14の形態をなすものと考えた。
凝集力については十分な知見が得られているわけではないが、その原因が何にしろ、特許文献3に記載されているM@C60は単一のM@C60ではなく、クラスター構造となっていると推定が強く支持される。
【0072】
上記したように、従来の非特許文献1〜4、特許文献1〜3において開示されているM@C60あるいはM@C70はいずれも他のフラーレンを必ず伴っている。ここで、他のフラーレンとは、空のフラーレンあるいは別種のフラーレンの金属内包フラーレンをいい、Mは金属である。
すなわち、現時点において、他のフラーレンを伴わないM@C60あるいはM@C70は存在していない。また、質量スペクトルで見たとき単一のピークを与える状態、あるいは他を圧倒するようなピークを有する略単独に分離された状態という意味で「単離」を捕らえたとき、単離されたM@C60あるいはM@C70は存在していない。
そして、従来開示された技術により処理されたM@C60あるいはM@C70はC60あるいはC70と結合状態で併存しており、この結合状態から脱離した(すなわち、単離された)M@C60あるいはM@C70の入手は、その特性評価上切望されているにもかかわらず実現されていない。また、高純度に精製され、M@C60あるいはM@C70以外の他のフラーレンを含まない内包フラーレンも切に要望されているにもかかわらず実現されていないのが現状である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0073】
本発明は、前述した従来の課題を解決するものである。
本発明は、単離されたM@C60あるいはM@C70 を提供することを目的とする。ここで、「単離」なる語は、質量スペクトルで見たとき単一のピークを与える状態、あるいは他を圧倒するようなピークを有する略単独に分離された状態という意味で用いる。
【課題を解決するための手段】
【0074】
請求項1に係る発明は、M@C2nで表される単離された内包フラーレンである。
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
請求項2に係る発明は、ポジティブモードでのレーザー脱離イオン化飛行時間型質量スペクトル(以下「LDI−TOF−MS」という。)において内包フラーレンのピーク強度に対する他のフラーレンのピーク強度が0.5%以下である下記式で表される内包フラーレンである。
M@C2n
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
【0075】
請求項3に係る発明は、ネガティブモードでのLDI−TOF−MSにおいて内包フラーレンのピーク強度に対する他のフラーレンのピーク強度が50%以下である下記式で表される内包フラーレンである。
M@C2n
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
請求項4に係る発明は、前記ピーク強度が20%以下である請求項3記載の内包フラーレンである。
請求項5に係る発明は、Mは1ないし4族の金属である請求項1ないし4のいずれか1項記載の内包フラーレンである。
請求項6に係る発明は、Mはアルカリ金属である請求項1ないし5のいずれか1項記載の内包フラーレンである。
【0076】
請求項7に係る発明は、Mは、Li,Na,Kのいずれかである請求項6記載の内包フラーレンである。
請求項8に係る発明は、MはLiである請求項7記載の内包フラーレンである。
請求項9に係る発明は、[M@C2n]をカチオンとする塩である。カチオンの価数は1価もしくは2価以上とする。
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
【0077】
請求項10に係る発明は、[M@C2nm+・m[SbClである請求項9記載の塩である。
mはカチオンの価数である。
請求項11に係る発明は、[M@C2nm+・m[PFである請求項9記載の塩である。
mはカチオンの価数である。
本請求項に係る塩は、単離した内包フラーレンの中間体としての用途を有する。のみならず、それ自体で研究対象としての用途と有している。
なお、塩から中性体としての内包フラーレンを得るためには、従来から知られている方法によりカチオンを還元すればよい。
請求項12に係る発明は、結晶である請求項9ないし11のいずれか1項記載の塩である。
請求項13に係る発明は、単結晶である請求項12記載の塩である。
【0078】
請求項14に係る発明は、Mは1ないし4族の金属である請求項9ないし13のいずれか1項記載のである。
請求項15に係る発明は、Mはアルカリ金属である請求項9ないし14のいずれか1項記載の塩である。
請求項16に係る発明は、Mは、Li,Na,Kのいずれかである請求項15記載の塩である。
請求項17に係る発明は、MはLiである請求項16記載の塩である。
請求項18に係る発明は、MA@C60とMA@C70とを含む内包フラーレンであって、ポジティブモードでのLDI−TOF−MSにおいてMA@C60とMA@C70のうちいずれか大きい方のピーク強度に対するMA@C60とMA@C70以外のフラーレンのピーク強度が0.5%以下である内包フラーレンある。
A:単一若しくは複数のアルカリ金属原子又はそれらを含む原子団
【0079】
請求項19に係る発明は、MA@C60とMA@C70とを含む内包フラーレンであって、ネガティブモードでのLDI−TOF−MSにおいてMA@C60とMA@C70のうちいずれか大きい方のピーク強度に対するMA@C60とMA@C70以外のフラーレンのピーク強度が50%以下である内包フラーレンである。
A:単一若しくは複数のアルカリ金属原子又はそれらを含む原子団
請求項20に係る発明は、MA@C60とMA@C70のうちいずれか大きい方のピーク強度に対するMA@C60とMA@C70以外のフラーレンのピーク強度が20%以下である請求項19記載の内包フラーレンである。
請求項21に係る発明は、前記MAはLiである請求項18ないし20のいずれか1項記載の内包フラーレンである。
【0080】
請求項22に係る発明は、[M@C60]と[M@C70]とをカチオンとする塩である。カチオンの価数は1価もしくは2価以上とする。
請求項23に係る発明は、[M@C60k+[M@C70l+・(k+l)[SbClである請求項22記載の塩である。
k、lはカチオンの価数。
請求項24に係る発明は、[M@C60k+[M@C70l+・(k+l)[PFである請求項22記載の塩である。
k、lはカチオンの価数。
【発明の効果】
【0081】
本発明によれば、従来存在しなかった、単離されたM@C60あるいはM@C70 を得ることが可能となる。その結果、物性研究及び応用に十分資するに足りるM@C60あるいはM@C70を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】内包フラーレンの分離精製方法の説明フローである。
【図2】実施例において得られた結晶塩のポジティブMS図である。 挿入図中のTCEとは、本発明者らが出願中の特許文献3記載のLi@C60含有抽出材料を指す。
【図3】実施例において得られた結晶塩のネガティブMS図である。挿入図中のTCEとは、本発明者らが出願中の特許文献3記載のLi@C60含有抽出材料を指す。
【図4】実施例において得られた結晶塩のLi核種によるNMR図である。
【図5】実施例において得られた結晶塩の13C核種によるNMR図である。
【図6】内包フラーレン合成物を生成するための成膜装置の構成を示す概略説明図である。
【図7】従来例における膜のレーザー脱離型飛行時間型質量分析装置(LDI−TOF−MS)による質量分析結果である。
【図8】従来例における溶媒抽出による分離精製の工程フローである。
【図9】フラーレンクラスターの説明図であり、(a)は単離状態の内包フラーレンとフラーレンを示し、(b)は単層状に空フラーレンを有するクラスター、(c)は2層状に空フラーレンを有するクラスターである。
【発明を実施するための形態】
【0083】
以下では、前記したように「単離」なる語は、質量スペクトルで見たとき単一のピークを与える状態、あるいは他を圧倒するようなピークを有する略単独に分離された状態という意味で用いる。
本例の内包フラーレンは、ポジティブモードでのレーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析装置による質量スペクトル(LDI−TOF−MS)において、内包フラーレンのピーク強度に対する空フラーレンのピーク強度が0.5%以下である下記式で表される内包フラーレンである。
M@C2n
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
【0084】
本例の単離された内包フラーレンを製造するには概ね次に示す工程、
(a)内包フラーレンと、その周囲を取り囲んでなる複数の空のフラーレンとからなるクラスター構造を有する材料を溶媒に導入する工程、
(b)この溶媒中で材料のクラスター構造を分解するとともに内包フラーレンカチオンを形成する工程、
(c)内包フラーレンカチオンの塩を析出させる工程、
(d)溶媒と析出した内包フラーレンカチオンの塩とを分離する工程
を有する。
【0085】
本願発明者らは、上記の処理工程において、使用する各種の薬品の組合せ、雰囲気、温度などの種々の条件について実験を行い、ある特定の条件においてのみクラスター構造を有する材料の分解が可能であることを見いだした。
本願発明者らは、単離されたM@C2n(2n=60又は70)を得るために各種の試験を行った。
その一つとして、前記した本願出願人による特許文献3に記載されたクラスター構造の物質(以下この物質を特段の場合を除き「クラスター材料」という。)を始発原料として単離したM@C2nを得ることを各種試みた。
また、特許文献2記載の技術を参照し、クラスター材料を始発原料とし、この始発材料を酸化あるいはプロトン化すればM@C2nが単離されるのではないかと考えた。
具体的には、クラスター材料を溶媒中で酸化剤と反応させればM@C2nを単離することができるのではないかと考えた。
【0086】
しかし実際に試みたところ、クラスター材料を溶媒中で酸化剤と反応させてもM@C2nは単離できないことが確認された。
そこで、何故に単離できないか、つまり、クラスター材料での結合力の強さの要因を鋭意探求し次なる理由に基づくのではないかと考えるに至った。
1.クラスター材料は、特許文献2記載の始発原料と異なり、複数の空のフラーレンC60(あるいはC70)が金属内包フラーレンM@C60(あるいはM@C70)を取り囲んだ構造となっている。ここでの内包フラーレンと空のフラーレンとは、単なるファンデルワールス力による結合ではなく、より強固な電荷移動相互作用によって結合している、と考えられる。
【0087】
2.さらに、高次フラーレンの場合とは異なり、C60あるいはC70の場合には、陰イオン性を帯びたC60フラーレン殻はC−C共有結合を形成する傾向がある(非特許文献4)。そして、フラーレン殻を構成する炭素数が少ないほど炭素原子上での曲率が大きくなり、本来sp軌道として平面をとるべき構造からひずんでしまう。その結果、炭素原子の混成軌道はsp性を帯び、外側に張り出した軌道を含むこととなる。この外側に張り出した軌道のためにC−C共有結合を形成しやすくなる。
【0088】
3.M@C60(あるいはM@C70)のフラーレン殻は金属原子からの電子移動により陰イオン性を帯びており、上述した陰イオン性を帯びたC60(あるいはC70)の場合と同様にC−C共有結合を形成する。この作用によりクラスター材料内でM@C60(あるいはM@C70)とC60(あるいはC70)との間でC−C共有結合が形成される。
すなわち、高次フラーレンの場合とは異なり、C60(あるいはC70)の場合には、C−C共有結合が形成されていると考えられる。溶媒中で酸化剤を添加しただけではM@C60(あるいはM@C70)を分離できない理由はこのC−C共有結合が原因になっているのではないかと本発明者は推測した。
【0089】
かかる推測に基づき、いかにすればクラスター材料からM@C60(あるいはM@C70)を単離することができるかを鋭意探求した。
まず、各種酸化剤につき実験を行ったが、いずれについても単離するに至らなかった。従って、酸化という視点ではなく、C−C結合の切断という視点が必要であると考えるに至った。
【0090】
つまり、C−C共有結合をしているクラスター材料からM@C60を単離するためには、まず、C−C共有結合を切断し、これによりクラスター構造を分解することが必要であると考えた。
C−C共有結合を切断するために、酸化力の強い酸化剤を試みたが、酸化力が強いからといって必ずしもクラスター構造が分解されるものではないことが確認された。
【0091】
そこで、各種要素につき膨大な数の実験を行った。
膨大な数の実験を行う中で、M@C2nとC2mとを分離しようとする場合、2nと2mが小さく、また、その差が小さいほど分離が困難であり2n=2m=60の場合にはより一層分離が困難であることが実験上推測された。
それは、クラスターを形成するためであると考えられる。
【0092】
クラスター材料からM@C60を単離するためには、クラスター構造を分解する工程を必要とする。
本願発明者らは、各種の溶媒、酸化剤その他の要因を探求したところ、後述する実施例を満たす条件で酸化を行えばクラスターであっても分解することが可能であることを発見した。しかしながら、その条件中の何がクラスター分解における支配的因子であるかは現状では十分には解明されていない。
【0093】
(クラスター材料)
クラスター材料としては、特許文献3に記載された材料が好適に用いられる。特許文献3に記載されたクラスター材料は、内包フラーレン未精製物材料を始発材料として生成されるが、この内包フラーレン未精製物は、特許文献4に記載された設備により合成・生成される。すなわち、空フラーレンのケージ内に内包対象物が打ち込まれ、内包フラーレンを含む堆積膜が基板上に堆積生成された膜を剥離・粉末化して内包フラーレン未精製物が得られる。合成の詳細は特許文献4に記載された通りである。
また、M@C60(あるいはM@C70)の周囲にC60(あるいはC70)が存在する場合には、クラスター構造が形成される。従って、レーザー蒸着法、アーク放電法、イオン注入法(非特許文献1、2記載の方法)、プラズマ照射法(特許文献3)などの方法により合成した材料であってもクラスター材料に含まれる。
【0094】
また、クラスター構造の形成は、合成時に生ずる場合があるが、合成時にはクラスター構造が形成されていない場合であっても精製工程においてクラスター構造が形成される場合もある。いずれであっても本発明の対象となる。
なお、溶媒に導入するに際しては、クラスター材料以外の物質は除去しておくことが好ましい。
【0095】
(クラスター構造の分解)
本発明ではクラスター構造の分解を必須とする。
分解に際しては、例えば、分解試薬を溶媒中に導入する。分解試薬としては、例えば、酸化剤やプロトン化剤を用いる。酸化剤としては、アミニウム塩が好適に用いられる。
また、クラスター構造の分解においては、溶媒が重要な役割を果たすことがわかった。
【0096】
特に、溶媒が、前記内包フラーレンの良溶媒である第1の溶媒と、前記分解試薬の良溶媒である第2の溶媒との混合溶媒とすることが、クラスター構造を確実に分解する上で好適である。その理由は明らかではないが、酸化されにくく、また、周囲全体が空のフラーレンで取り囲まれている内包フラーレンが酸化するに際し、分解試薬をその内部に到達させる作用を果たしているものと推測される。
【0097】
上記内包フラーレンの良溶媒であるという意味からは、第1の溶媒として無極性溶媒とすることが好ましく、より具体的には、o−ジクロロベンゼン(以下、「ODCB」と記す。)が好ましい。一方、第2の溶媒は、前記第1の溶媒と相溶性を有し前記分解試薬を溶解する極性溶媒とすることが好ましい。具体的には、アセトニトリル(以下、「AN」とも記す。)とすることが好ましい。
また、第一の溶媒と第二の溶媒との割合としては、1:1〜3:1(容積比)が好ましい。この範囲とすることにより、より確実にクラスター構造の分解が行われる。
なお、分解工程は、室温(−15℃〜40℃)で行っても、加熱下で行ってもよいが、加熱下で行うことがM@C60の収率向上の観点から好ましい。
90℃〜180℃がより好ましい。90℃以上の場合においては、非常に再現性良くクラスター構造を分解させることができる。なお、180℃はC60の良好な溶媒であるODCBの沸点であるので、ODCBを使用する上からは180℃未満が好ましい。
典型的な例として、アミニウム塩の良溶媒であるアセトニトリルとC60の良溶媒であるODCBとの混合溶媒の場合、95℃〜105℃がより再現性よくクラスター構造を分解させることが可能となる。
【0098】
分解工程における時間(加熱して行うときは加熱時間)としては、1時間以上が好ましい。1時間以上行うことにより、分解をより確実に行うことができる。また、M@C60の収率がよくなる。なお、上限としては、7日間以下が好ましい。また、5時間〜48時間がより好ましい。
分解試薬として、酸化剤(一電子酸化剤)を用いることによりクラスタ構造の分解とともに内包フラーレンのカチオンを形成することができる。
【0099】
(精製)
M@C60のカチオン塩の精製は、その精製工程において、溶解度差を利用して溶液中の必要成分と不純物成分との分離処理を行ってもよい。そして、この溶解度差を用いた不純物との分離処理が、二種以上の前記溶媒に対する前記溶媒中の各成分の溶解度の違いを利用することが好ましい。
よって上述の化学処理であれば例えば、特許文献2に記載された方法を用いて行っても、以下に示す手順で行ってもよい。
なお、溶解度の違いを利用するので極端な場合、分離処理で用いる溶媒を、内包フラーレンを実質的に溶解させないものとしてもよい。
【0100】
精製工程が、
前記分解工程後の溶液を第3の溶媒に分散して沈殿物として第1の組成体を分離し回収する処理と、
その後第4の溶媒に前記第1の組成体を分散させて残留している前記分解試薬および前記分解試薬由来の塩類を除去して第2の組成体として分離し回収する第1の洗浄処理と、
該第2の組成体を第5の溶媒に分散して、金属内包フラーレンと前記分解試薬による対イオンとを主成分とする第3の組成体を分離して得る第2の洗浄処理と、を有し、
前記内包フラーレンのカチオンまたはカチオン塩を得るようにすることが好ましい。
前記第3の溶媒が、内包フラーレン、空フラーレン、塩類、を実質的に溶解させない溶媒とすることが好ましい。
前記第3の溶媒がヘキサンとすることが好ましい。
前記第4の溶媒が、残留前記分解試薬および前記分解試薬由来の塩類を溶解させる溶媒であり、内包フラーレンを実質的に溶解させない溶媒とすることが好ましい。
前記第4の溶媒がアセトニトリルとすることが好ましい。
前記第5の溶媒が、空フラーレンを溶解させる溶媒であり内包フラーレンを実質的に溶解させない溶媒とすることが好ましい。
前記第5の溶媒がトルエンとすることが好ましい。
【0101】
前記精製工程の中に、内包フラーレンを含む組成体を前記第6の溶媒に溶かし、不溶分をろ過した後冷却することによって内包フラーレンを、内包フラーレンカチオンと対イオンのアニオンとのイオン結晶として得る工程を含むようにすることが好ましい。
前記第6の溶媒がo−ジクロロベンゼンとすることが好ましい。
前記冷却を、温度0〜10℃、時間20時間以上行うことが好ましい。
前記溶解度差を用いた前記分離処理が、温度差による溶媒に対する各成分の溶解度変化の違いを利用したものとすることが好ましい。
前記溶解度差による前記分離処理が、溶媒を減少させることによる成分の溶解量の減少を利用したものであることが好ましい。
溶解度差によって固体成分と液体成分に分離した相から固液分離により内包フラーレンを含む成分を固体または液体として得る工程を含むことが好ましい。
前記内包フラーレンを含む成分を固体または液体として得る工程がろ過であることが好ましい。
前記内包フラーレンを含む成分を固体または液体として得る工程が遠心分離による沈降および/または上澄みの移動(デカンテーション)を含むことが好ましい。
前記精製工程が、2つの異なる相である固定相と移動相の間の物質の分配を利用し、必要な成分のみを分画し分取する液体クロマトグラフィーによるものであることが好ましい。
前記液体クロマトグラフィーが、分配・吸着カラムクロマトグラフィであることが好ましい。
前記液体クロマトグラフィーが、イオンカラムクロマトグラフィであることが好ましい。
前記液体クロマトグラフィーが、粒子サイズによる分画を行うゲル浸透カラムクロマトグラフィー(GPC)であることが好ましい。
前記精製工程での分離処理を、成分の昇華温度差の違いにより行うようにすることが好ましい。
【0102】
前記精製工程での分離処理を、電荷を帯びている溶液中の成分と電場との相互作用による電気泳動を用いることが好ましい。
前記精製工程が粒径差による分離であることが好ましい。
粒径差による分離が、遠心分離によるものであることを特徴とすることが好ましい。
粒径差による分離が、ろ過によるものであることが好ましい。
前記内包フラーレンの中性体を得る中性化工程において、前記内包フラーレンの前記カチオンを還元剤により還元して前記内包フラーレンの中性体を得るようにすることが好ましい。
前記内包フラーレンの前記カチオンを電気分解処理することにより前記内包フラーレンの中性体を得るようにすることが好ましい。
【0103】
(単離した金属内包フラーレン)
また、本発明の単離した内包フラーレンは、ポジティブモードでの質量スペクトル(LDI−TOF−MSスペクトル)において内包フラーレンのピーク強度に対する空フラーレンのピーク強度が0.5%以下である下記式で表される内包フラーレンである。
M@C2n
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
【0104】
他の単離した金属内包フラーレンは、ネガティブモードでの質量スペクトル(LDI−TOF−MSスペクトル)において内包フラーレンのピーク強度に対する空フラーレンのピーク強度の割合が50%以下である下記式で表される内包フラーレンである。
M@C2n
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
【0105】
質量スペクトルでは材料に含まれる分子の分子量を測定することができる。また、含まれている不純物の分子量に対応するピークも検出されるため、相対的な純度を議論することができる。また質量スペクトルにはpositiveモードとnegativeモードの二種類があり、陽イオンになりやすい分子はpositiveモードで、陰イオンになりやすい分子はnegativeモードで(相対的に)強く観測される傾向がある。単離されたLi@C60カチオン塩はLi@C60陽イオンを含むため、positiveモードで強くLi@C60(m/z = 727)のピークが観測される。またC60はLi@C60に比べて陰イオン化しやすいため、相対的には、negativeモードで検出されやすい。
【0106】
本発明においては、positiveモードではLi@C60のピークが強く観測され、不純物としてのC60のピークは実質的に観測されない。また、negativeモードでも、例えばC60のピークが小さく確認されるものの、陰イオンとして検出されにくいLi@C60をも強く観測することができる。
このことは、特許文献3記載のLi@C60含有抽出材料(以下、「TCE」と略記する。)の場合を見ると明らかである。この抽出材料TCEでは、positiveモードでLi@C60のピークが観測されるものの、C60のピークも相当量同伴し、negativeモードでの測定に至っては全くLi@C60のピークを確認することができない。
【0107】
Li@C60の質量スペクトルに関しては、これまでCampbellグループの報告例(非特許文献1〜3)があるが、ピーク強度比でLi@C60の約1/4のC60を同伴しており(非特許文献4)、単離とは言いがたく、また、negativeモードでLi@C60のピークが観測されたスペクトルは報告例が無い。
すなわち、請求項2、3、4に示すピークにて特定される内包フラーレンは従来存在していなかった。
本願で開示した上述の製造方法により初めて実現することが可能となったものである。
【0108】
(塩)
上述の製造方法によれば、クラスター構造をなす形態で得られる内包フラーレン含有組成物を、溶液中でクラスターの分解を行ってからその中のカチオンまたはカチオン塩を精製して内包フラーレンを得るようにしたので、ユーザーで再溶解することなく、化学処理の用に供することができる。
【実施例1】
【0109】
図1に示す工程に従って、M@C60の単離を行った。
S1:生成工程
(S11:(クラスター材料の)合成)
Liを内包した内包フラーレンの製造に、円筒形状のステンレス製容器の周囲に電磁コイルを配した構造の、図6に示す構成の製造装置を用いた。
使用原料であるLiは、アルドリッチ社製の同位体に関し未精製のLiを用い、また、使用原料であるC60は、フロンティアカーボン社製のC60を用いた。
(i)真空容器301を真空度4.2×10−4Paに排気し、電磁コイル303により、磁場強度0.044Tの磁界を発生させた。
(ii)内包原子昇華オーブン304に固体状のLiを充填し、400〜600℃の温度に加熱してLiを昇華させ、Liガスを発生させた。
(iii)発生したLiガスを500℃に加熱したガス導入管を通して真空容器301に導入し、2500℃程度に加熱した熱電離プレート306に噴射した。
(iv)Li蒸気が熱電離プレート306表面で電離し、Liの正イオンと電子とからなるプラズマ流が発生した。
(v)さらに、発生したプラズマ流に、チムニー型のフラーレンオーブン308で610℃に加熱、昇華させたC0蒸気を導入した。
(vi)プラズマ流と接触するカップ状の堆積基板310に−30Vのバイアス電圧を印加し、堆積基板301表面に内包フラーレンを含む薄膜を堆積した。
原料供給比(Liイオン/C60)は0.5とした。
(vii)約2時間の堆積を行い、厚さ0.8〜1.4μmの薄膜を堆積させた。
【0110】
(S12:合成物回収)
次に、次の手順で合成物の採取・回収を行った。
(i)合成装置の堆積基板装着取り出し口に設けたグローブバッグ内を嫌気雰囲気(アルゴンガス)に置換するとともに、装置内の堆積基板装着部を嫌気ガスにより大気圧に復帰させる(グローブバッグ内には、予めコックなどで内部空間を開放したデシケータを入れておき、グローブバッグの真空排気後にアルゴンガスを導入してデシケータ内部を含めて嫌気雰囲気置換を行った)。
(ii)グローブバッグの内側から合成装置内の堆積基板装着部を開け、中の基板を取り出しデシケータに入れ蓋をし、デシケータのコックを閉じ外気と遮断するとともに、合成装置の基板装着取り出し口を閉じた。
(iii)グローブバッグから、アルゴンによる嫌気ガス中に外気と遮断された状態で堆積基板が収容されたデシケータを取り出した。
(iv)アルゴンガスによる嫌気雰囲気とした回収用グローブボックスに、堆積基板入りデシケータを入れ、スパチュラで基板上の合成物を削り落とし、アルミニウム箔上に回収した。
(v)次に、グローブボックス内で回収物をメノウ乳鉢ですり潰した。
(vi)そして、グローブボックス内で回収物を電子天秤で秤量した。
この組成物である回収した回収物(すす)を出発材料とし、この材料を2.06g用意した。
嫌気下での回収により、回収作業での溶媒への不溶化やクラスター分解効率の低減などの大気中の酸素や水分による組成物への影響を抑制することができる。
【0111】
S2:分解工程
【0112】
(S21:クラスター分解)
本工程は、クラスター構造をなすLi@C60と複数の空フラーレンとを含む組成物である回収物(すす)を、分解試薬とともに溶媒(第1と第2の溶媒による混合溶媒)に投入し、化学反応によりLi@C60と空フラーレンそのほかの成分が、溶液中で遊離して存在する状態にする工程である。
(i)アルゴンガスにより嫌気雰囲気としたグローブボックス内で、容量200mlのナス型フラスコに、回収物2.06gと分解試薬であるアミニウム塩7.20gとを投入した。
ここで、使用したグローブボックスは、内容積6mの美和製作所製のもので、水分量は2ppm(露点−75℃相当)、酸素量は60ppmであった。
以下では、分解試薬であるアミニウム塩を、次に示す化学式による「アミニウムA」とし説明する。
すなわち、本例での「アミニウムA」は、化合物名:ヘキサクロロアンチモン酸トリス(4−ブロモフェニル)アミニウム、示性式:(4−BrCNSbCl なるものである。
このアミニウムAは、下記文献を参照して自家合成し、これを用いた。
(文献)D.W.Reynolds etal.,J.Am.Chem.Soc.,1987,109,4960−4968
(ii)引き続きグローブボックス内で、前記の材料入りナス型フラスコに、第1の溶媒で無極性溶媒であるODCB(o−ジクロロベンゼン)103ml、第2の溶媒で極性溶媒であるAN(アセトニトリル)52mlを投入した。
前記溶媒としてそれぞれ、脱水o−ジクロロベンゼン(ALDRICH製)、脱水アセトニトリル(和光純薬工業製)を用いた。
(iii)前記ナス型フラスコを超音波洗浄機の槽に載置し、超音波エネルギーを10分間印加し、回収物およびアミニウムAを溶媒へ分散もしくは溶解した。
この結果、容量200mlのなす型フラスコの内容物は、やや青みがかった濃黒色の懸濁液となった。
(iv)前記懸濁液入りナス型フラスコをグローブボックス内で室温下(特に温度管理は行っていないが、内部温度は30℃)で磁気攪拌しながら23.5時間分解反応を行った。
【0113】
(S22:不溶固形物除去)
前記した分解反応終了後の懸濁液から、溶媒に不溶の固形分(C60重合体ほかのC60由来成分、Li@C60重合体,Li@C60とC60とが複合した重合体、酸化剤であるアミニウムAの未反応物及び大部分の反応生成物といった不溶成分)を除去することを目的として次の手順を行った。
(i)前記した分解反応終了後の懸濁液入りナス型フラスコに、液体窒素トラップを介してロータリーオイル真空ポンプを接続し、減圧下室温でアセトニトリルを留去した。
(ii)ろ過のフィルター目詰まりによるろ過速度低下を抑制するために、遠心分離を行い上澄み液を得た。
具体的には、なす型フラスコ中の、AN留去後の懸濁液(約100ml)を容量30mlの遠沈管4本に均等に取り分け、遠心分離機(HSIANGTAI社製 CN−2060)に4本同時にセットし、回転数3000rpmで10分間運転した。
(iii)吸引ろ過装置で遠沈管4本の上澄み液をろ過した。 ろ液受けには容量500mlの三角フラスコを用いた。
ろ過フィルターは、メンブランフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP04700 、仕様 孔経0.2μm、直径47mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(iv)遠沈管内とナス型フラスコ内にODCB溶液(本発明の目的物が溶解している)の取り残しが無いようにするため、各容器(4本の遠沈管とナス型フラスコ)の固形分の洗い落としを兼ねて、ヘキサン150mlを小分けにして固形分の残っている各容器に入れよく振った後、各容器内容物を吸引ろ過装置でろ過した。
ろ液受けの三角フラスコ内のろ液は、加わったヘキサン量が増加するにつれて沈殿が生成し、黒褐色の懸濁液となっていった。
ここでヘキサンを用いるのは、次のS3における第3の溶媒であるためである。ヘキサンとしては、和光純薬工業製特級n−ヘキサンを用いた。
【0114】
S3:精製工程
【0115】
(S31:沈殿生成)
ODCBを主成分とするろ液に、このろ液内溶解全成分の貧溶媒であるヘキサン(第3の溶媒)を添加することで、Li@C60カチオン類を含む全溶質を沈殿させ固形分として得るための工程である。
(i)黒褐色を呈している上記懸濁ろ液中のヘキサン不溶成分の沈殿を一層促すため、三角フラスコに更にヘキサンを150ml加えて濃度を上げ溶解量をさらに低減させた。前に加えたヘキサンとで合計で300mlを加えたことになる。
(ii)前記の“ろ液とヘキサン”入り三角フラスコに共すり栓をし、手に持ち十分振り混ぜた。
(iii)十分な沈殿物を生成するため、懸濁液が入った三角フラスコを冷暗所に1時間静置した。
(iv)静置後の懸濁液を、吸引ろ過装置でろ過した。
ろ過フィルターには、メンブランフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP04700 、仕様 孔経0.2μm、直径47mmφ、厚さ65μm)を用いた。
ろ過の際、フィルターホルダーなどのガラス器具内壁に付着し残った不溶の固形物は、洗浄ビンに入れたヘキサンを用いてフィルター上に洗い落としてできるだけ回収した。
この結果、フィルター上に第1の組成体である黒色のタール状のろ過残渣(以下、「タール状ろ過残渣」という)を得た。
【0116】
(S32:塩類除去)
タール状ろ過残渣(第1の組成体)から酸化剤であるアミニウム塩の未反応物及び反応物を溶媒(第4の溶媒)で溶解し除去するための工程である。
なお、ここで、第4の溶媒としてアミニウム塩の未反応物及び反応物に対する良溶媒で、本例におけるLi@C60カチオン類とC60フラーレンを実質的に溶解しないANを用いる。
(i)容量200mlの三角フラスコに、タール状ろ過残渣付着のフィルターを入れ、第4の溶媒であるAN50mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。
(ii)この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しAN中にタール状ろ過残渣を分散させた懸濁液とした。
(iii)懸濁液を容量30mlの遠沈管2本に均等に取り分け、遠心分離機(HSIANGTAI社製 CN−2060)に2本同時にセットし、回転数3000rpmで10分間運転した。
(iv)吸引ろ過装置で遠沈管2本の上澄み液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。 フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過1」処理)。
ろ過フィルターは、メンブランフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP04700 、仕様 孔経0.2μm、直径47mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(v)前記「ろ過1」処理で使用し未だ少し固形分が固着している容量200mlの三角フラスコにAN30mlを入れ、超音波洗浄機による分散を3分間行った。
(vi)この分散後の200ml三角フラスコ中のAN溶液を、2本の遠沈管に均等に取り分け超音波エネルギーによる分散を3分間行い、遠心分離機に2本の遠沈管をセットし回転数3000rpmで10分間遠心分離を行った。以上により、200ml三角フラスコと2本の遠沈管内に残っていた固形分中の塩類を溶出させた。
(vii)「ろ過1」処理で実施後の吸引ろ過装置のフィルター上のろ過固形分の上方から(vi)での2本の遠沈管内の上澄み液を注ぎ、ろ過固形分の洗浄と遠沈管内溶液のろ過とを行った(「ろ過2」処理)。
(viii)前記「ろ過2」処理で使用し未だわずかに固形分が固着している容量200ml三角フラスコの中にAN20mlを入れ、超音波洗浄機による分散を3分間行った。
(ix)この分散後の200ml三角フラスコ中のAN溶液を、2本の遠沈管に均等に取り分け超音波エネルギーによる分散を3分間行い、遠心分離機に2本の遠沈管をセットし回転数3000rpmで10分間遠心分離を行った。
(x)「ろ過2」で実施後の吸引ろ過装置のフィルター上のろ過固形分の上方から2本の遠沈管内の内容物を注ぎ、ろ過固形分の洗浄と遠沈管内溶液のろ過とを行った(「ろ過3」処理)。
(xi)「ろ過3」までの繰り返しろ過により得られた残渣固形分が第2の組成体であるろ過残渣固形分である。
なお、この塩類除去処理でのANの使用量は、「ろ過1」で50ml、「ろ過2」で30ml、「ろ過3」で20mlの計100mlであった。
【0117】
(S33:空フラーレン除去)
本工程では、第2の組成体であるろ過残渣固形分から、第5の溶媒(本例ではトルエン)を用いて空フラーレン(C60)を溶解除去する。第5の溶媒は、空フラーレンの良溶媒、かつ内包フラーレンカチオン類を実質的に溶解しないものが選択される。
(i)容量200mlの三角フラスコに、“第2の組成体のろ過残渣固形物”とフィルターとを入れ、第5の溶媒であるトルエン50mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しトルエン中に“第2の組成体ろ過残渣固形物”が分散した懸濁液とした。
(ii)懸濁液を容量30mlの遠沈管2本に均等に取り分け、遠心分離機(HSIANGTAI社製 CN−2060)に2本同時にセットし、回転数3000rpmで10分間運転した。
(iii)吸引ろ過装置で遠沈管2本の内容物を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過1」処理)。
トルエンは特級トルエン(和光純薬工業製)、ろ過フィルターはメンブランフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP04700 、仕様 孔経0.2μm、直径47mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(iv)容量200ml三角フラスコの中に、前記「ろ過1」の残渣固形物とフィルターとを入れ、新たなトルエン50mlを注ぎ込み、これらが浸るようにした。この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しトルエン中にろ過固形物が分散した懸濁液とした。
(v)この分散後の200ml三角フラスコ中の懸濁トルエン液を、2本の遠沈管に均等に取り分け超音波エネルギーによる分散を3分間行い、遠心分離機に2本の遠沈管をセットし回転数3000rpmで10分間遠心分離を行った。以上により、200ml三角フラスコと2本の遠沈管内に残っていた固形分中の不用物除去と必要成分の回収を行った。
(vii)「ろ過1」で実施後の吸引ろ過装置のフィルター上のろ過固形分の上方から2本の遠沈管内の溶液を注ぎ、ろ過固形分の洗浄と遠沈管内溶液のろ過とを行った(「ろ過2」処理)。
「ろ過2」までの繰り返しろ過により得られた固形分が第3の組成体であるろ過残渣固形分である。
【0118】
(S34:Li@C60カチオン類抽出)
本工程では、第3の組成体であるろ過残渣固形分から、第6の溶媒(本例ではODCB)を用いて内包フラーレンカチオン類を溶解抽出する。第6の溶媒は、内包フラーレンカチオン類の良溶媒が選択される。
(i)容量200mlの三角フラスコに、前記の第3組成体ろ過残渣固形物とフィルターとを入れ、第6の溶媒であるODCB20mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。 この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しODCB中に第3組成体ろ過残渣固形物が分散した懸濁液とした。
(ii)懸濁液を容量30mlの遠沈管1本に取り、遠心分離機(HSIANGTAI社製 CN−2060)にセットし、回転数3000rpmで10分間運転した。
(iii)吸引ろ過装置で遠沈管1本の内容物を、ろ液受けフラスコ中にろ過した。目的物である“内包フラーレンカチオン類(Li@C60塩)”が抽出溶解されているろ液を30mlバイアルビンに入れた。
ODCBは、特級ODCB(ALDRICH製)、ろ過フィルターは、メンブランフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP02500 、仕様 孔経0.2μm、直径25mmφ、厚さ65μm)を用いた。
【0119】
(S35:固体析出)
本工程では、ろ液から内包フラーレンカチオン類を固形分として析出させる。ろ液を冷却することでカチオン類の溶解量を低減させる。
(i)前記のろ液の入ったバイアルビンを5℃に設定した冷蔵庫に入れ68時間静置した。冷蔵庫は、日本フリーザ(株)製 型式KT−1744を用いた。
(ii)冷温静置後、バイアルビンのろ液中に黒色粉状固体(未洗浄OxAm−Cと呼ぶ)の析出が確認できた。
【0120】
(S36:固体回収)
本工程では、析出した黒色粉状固体(未洗浄OxAm−C)の洗浄を行い、不溶物を除去し必要な固体を回収する。
(i)冷温静置後、バイアルビンのろ液の上澄み液を吸引ろ過装置のフィルターホルダーに注いでろ過した(デカンテーションろ過)。上澄み液とともに流れ出たわずかの黒色粉状固体がフィルター上に残った。
(ii)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したバイアルビンにODCB100μlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した。
(iii)続いて、デカンテーションろ過実施後の前記ろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方からバイアルビン内の上澄み液を注ぎ、デカンテーションろ過した(「ODCBデカンテーション1」処理)。
(iv)再度、内壁と底部に黒色粉状固体を残したバイアルビンに新たにODCB100μlを注ぎ黒色粉状固体を再洗浄した後、デカンテーションろ過を繰り返した(「ODCBデカンテーション2」処理)。
(v)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したバイアルビンにトルエン1mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した。続いて、「ODCBデカンテーションろ過2」実施後の前記ろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方からバイアルビン内の上澄み液を注ぎ、デカンテーションろ過した(「トルエンデカンテーション」処理)。
(vi)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したバイアルビンにヘキサン1mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した後、マイクロピペットでバイアルビン内の内容物をできるだけ吸引し、それをトルエンデカンテーション実施後のろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方から注ぎ吸引ろ過した。これを三回繰り返した。
(vii)得られた黒色の残渣ろ過固形分をフィルターとともにアルミニウム箔上に取り出し、これを真空デシケータに入れダイアフラムポンプで乾燥した。
(viii)乾燥後の黒色粉状固体は、目的物である内包フラーレンカチオンLi@C60+類を含み、OxAm−Cと称することにする。
ここで得られたOxAm−Cの重量は約6.7mgであった。
【0121】
(S37:再結晶)
本工程では、内包フラーレンカチオン類を含む固体OxAm−Cを再結晶化することにより高純度するとともに、結晶性固体として得ることを目的とする。
(i)前述「S2:分解工程」で用いたものと同じグローブボックス内で20mlバイアル瓶にOxAm−Cを6.7mg投入し、ODCB6mlおよびAN6mlを加え、超音波洗浄機内に載置して3分間分散した。
(ii)前記バイアル瓶内容物を、吸引ろ過装置でろ過した。前記の各プロセスと同一種のフィルターを使用した。
ここで、目的物のLi@C60カチオン塩(内包フラーレカチオン類)は他の20mlバイアル瓶に滴下されたろ液中に溶解しており、ろ過固形分は不要物(不純物)であることを明記しておく。
(iii)ODCBおよびANの混合溶媒によるろ液が入った前記20mlバイアル瓶をデシケータに入れ、液体窒素トラップを介してロータリーオイル真空ポンプを接続し、減圧下室温でアセトニトリルを留去した。
(iv)残ったODCBを主溶媒とする前記溶液を冷蔵庫内で3日間静置した。
この結果、バイアル瓶の内壁面を中心に細長い黒色板状の結晶性固体(この黒色板状結晶性固体を以下OxAm−CPと称する)が多数生成した。 この結晶性固体の大きさは、幅が数十μm、長さが数mm程度であった。
【0122】
(S38:結晶回収)
前記OxAm−CP結晶中の不純物(主として残存溶媒のODCBを想定)をさらに除去洗浄し、OxAm−CP結晶を回収(溶媒を除き固体として取得)するための工程である。
(i)冷温静置後、バイアル瓶内の溶液を析出固体OxAm−CPごと吸引ろ過装置のフィルターホルダーに注いでろ過した。 目的物Li@C60カチオン塩はろ過固体OxAm−CP中に存在する。
(ii)フィルター上の固体にヘキサンを1mlかけ洗浄し、吸引ろ過した(「ヘキサン洗浄1」処理)。さらに再度固体にヘキサンを1mlかけ洗浄し、吸引ろ過した(「ヘキサン洗浄2」処理)。
(iii)得られた黒色の固体をフィルターとともにアルミニウム箔上に取り出し、これを真空デシケータに入れダイアフラムポンプで乾燥した。
得られた黒色板状結晶(OxAm−CP)の重量は1.5mgであった。
【0123】
S4:中性化工程(還元工程)
【0124】
中性化工程は、カチオン塩として得られた金属内包フラーレン(本実施例ではLi@C60の塩)を還元して、中性体(本実施例ではLi@C60)として単離するための工程である。
(i)OxAm−CP 5mgをODCB 5mlに溶かし溶液とした。
(ii)この溶液を撹拌しながら還元剤ビス(ペンタメチルーシクロペンタジエニル)鉄(II)(以下、「Fe(Cp」と記す。)のODCB溶液を徐々に加えた。
ここで、Fe(Cpの量は、OxAm−CPの5mgに対して3倍当量となる4.6mgとした。
OxAm−CP(:Li@C60・SbCl)の分子量 1062.1
Fe(Cpの分子量 326.2
よって、還元剤の量=(326.2×3×5)/1062.1=4.6
これにより還元反応が進行し、Li@C60と[Fe(Cp][SbCl]がODCB中に生成した混合溶液となる。
(iii)50mlのヘキサンを入れたフラスコに、撹拌しながら混合溶液を少しづつ添加する。これにより、ヘキサンに対して実質的に溶解しないLi@C60と[Fe(Cp][SbCl]とが沈殿し懸濁液となる。
(iv)この懸濁液を吸引ろ過し、固形分をフィルター上に得た。
(v)フィルター上に残っていた固形分をアセトニトリル50mlに投入し、撹拌して分散した。
これにより、極性溶媒であるアセトニトリルに、イオン性の塩である[Fe(Cp][SbCl]が溶解し、一方、Li@C60は固体として液中に分散した状態となった。
(vi)この溶液を吸引ろ過し、フィルター上の固形分を採取し、これを真空デシケータで吸引乾燥した。
(vii)乾燥して得られた固形物を不活性ガスとともにバイアル瓶に採取した。これが単離されたLi@C60フラーレンであり、得られた固形物の量は、3mgであった。
【0125】
上記の黒色板状結晶OxAm−CPについて次の各種試験を行った。
【0126】
(LDI−TOF−MS検査)
質量スペクトル(LDI−TOF−MS,装置名:島津製作所製AXIMA−CFR plus, レーザーパワー60)を測定したところ、強いm/z =727のピークを観測した。
このピークはLi@C60イオンに帰属される(以下このピークを(A)ピークと呼ぶ)。 positiveモードおよびnegativeモードのいずれにおいても、分子量700−800の範囲で(A)ピークがベースピーク(最大強度ピーク)であり、その他不純物のピークは弱かった。
【0127】
Li@C60は陽イオンになりやすいためnegativeモードよりpositiveモードにおいて強く観測される傾向があり、逆にC60は陰イオンになりやすいためpositiveモードよりnegativeモードにおいて強く観測される傾向がある。
実際に、OxAm−CPの質量スペクトルでは、positiveモードでは(A)ピークに対しm/z =720(C60)のピーク(以下このピークを(B)ピークと呼ぶ)は実質的に観測されなかった((B)ピークと(A)ピークの比は0.5%以下)のに対し、negativeモードでは(B)ピークが弱く観測された((B)ピークと(A)ピークの比は20%以下。)
Li@C60の質量スペクトルに関しては、これまでCampbellグループの報告例があるが、多量のC60(ピーク強度比でLi@C60の約4倍)を同伴しており、単離とは言いがたく、また、negativeモードでLi@C60のピークが観測されたスペクトルは報告例が無い。
【0128】
(NMR検査)
Li NMR測定(装置名:Bruker AVANCE300,117MHz,ODCB)を行ったところ、−11.1ppm付近(重水中LiCl基準)に一本のみのピークを与えた。 −11.1ppmのピーク位置は一般的なLi化学種としては高磁場の領域であり、Li原子核が磁気的に強く遮蔽されていることを示している。このことはLi原子がC60殻に内包されていることを示唆している。
(元素分析)
下表1は、OxAm−CPの元素分析の結果を示す表である。
C、H、N分析には、YANACO社製CHN分析装置MT−6を用いた。
Li分析は、湿式灰化法で分析試料を調整し、JARRELL−ASH社RIS−AP型 装置によるICP−OES法で行った。
表1には、得られる可能性の高い化合物の元素組成を比較のため合わせて示した。
試料番号”OxAm36−CP1”が本例のOxAm−CPサンプルの典型例である。
”OxAm36−CP1”(obsd.観測値)と”Li@C60SbCl・ODCB”(calcd.理論計算値)の組成を比較するとよく一致しており(一般的に、元素分析値と理論組成が0.4%以内の差異であれば一致しているとされる)、OxAm−CPは、溶媒であるODCBを1分子含んだLi@C60SbCl・ODCB組成を持つ結晶である可能性が高い。
(表1)元素分析値
試料番号 C wt.% H wt.% N wt.% Li wt.%
OxAm36-CP1 obsd. 65.91 0.53 0 0.56
Li@C60SbCl6 calcd. 67.85 0 0 0.65
Li@C60SbCl6・ODCB calcd. 65.56 0.33 0 0.57
【実施例2】
【0129】
なお、実施例1の生成工程S1においては、始発材料としてC60の単一のフラーレンを用い、C60に金属原子を内包させた場合を説明したが、始発材料として、C60とC70との混合フラーレンを用い、それぞれに金属原子を内包させた場合においても、M@C60とM@C70以外のフラーレンを含有しない、単離したM@C60とM@C70の混合内包フラーレンを得ることができた。
【実施例3】
【0130】
実施例1の分解工程S2のクラスター分解(酸化)S21処理では、分解試薬(酸化剤)としてのアミニウム塩としての「アミニウムA」に、化学物名:ヘキサクロロアンチモン酸トリス(4−ブロモフェニル)アミニウム、示性式:(4−BrCNSbClなる、[SbCl]アニオンを含む塩を採用して処理した。この他に用いることができる分解試薬に用いるアミニウム塩として、[PF]アニオンを含む塩を採用することができる。
PF塩を分解工程S2に用いたときと、SbCl塩の場合とを比べたとき、前者PF6塩による方がより効率良く多くのOxAm−CPを得ることができ、処理の際の繰り返しにおける再現性がよく収率ばらつきも小さい。また、分析結果から見ても前者の方が処理ロット間の分析値のばらつきがより小さい。
分解試薬としてPF塩の方がSbCl塩よりよりふさわしいとの結果を呈した理由について、次のように考えられる。
すなわち、PF塩の方がSbCl塩に比べて、空気(酸素),水分,光などに対しより安定であるため、処理工程途中で空気,水分,光などの影響を受けてもそれによる分解などの特性変化が少ない。したがって、PF塩の方が、より高収率で、より低品質ばらつきになるものと推定される。
【0131】
なお、アミニウム塩が上述のほか、次のようなアニオン基を有するものであれば分解試薬(酸化剤)として用いることができる。
ハロゲンアニオン基(Cl,Br,I)、SCN、NO、ClO、B(C、B(C、アルキルスルホン酸基(CHSO)、アリルスルホン酸(p−CHSO)、含フッ素アニオン(BF,AsF,CFSO,CSO,N(CFSO,C(CFSO)、含塩素アニオン(PCl)、CHCO、CHCO、CCO、C
そして、アンモニウムカチオンとして、上述例のものや有機アンモニウムカチオンを組み合わせ、空気(酸素),水分,光などに対し安定なアミニウム塩を選定して分解試薬に用いることができる。
【0132】
(産業上の利用分野)
本発明により単離したM@C60(あるいはM@C70)が得られるため、
・M@C60(あるいはM@C70)の物性解明が可能となる。
・物性解明に伴いその応用、用途開発の範囲が広がる。
・有機薄膜太陽電池の高変換効率化を始め、高温超伝導材料としても期待できる。
溶媒に可溶なため
・分子分散が可能となり、分子機能を発現させることができる。
・誘導体合成が容易となり、各種機能の付加が可能となる。
・広い範囲の用途開発、応用研究が可能となる。
【0133】
[Li@C60](PF)にあっては、100℃以下の温度においてもフラーレン部分は回転していない。すなわち、フラーレンは、クーロン力におり(PF)と結びついており、フラーレンの動きを止める機能を有している。
【0134】
かかる特性を利用すれば、次のように利用することができる。
たとえば基板側にアニオンを並べてLi@C60をモノレイヤー的に整列させ、その表面にプローブを持ってきてアニオンとのクーロン引力をキャンセルし、そのフラーレンだけ自由に回転させることができるなど、コントロールができる。
【0135】
SbCl分子の空間的な広がりは大きくそのため、空のフラーレン結晶の隙間に入ろうとしてもそのままでは無理なので、結晶構造はa=12.3Å、b=9.95Å、c=29.5Å PFのようにFCCとは言いながらも直方体になっている。一方PFはSbClの半分ほどなので、空のフラーレンのFCC構造を壊すことなくその隙間に入る。その格子乗数は14.54Åと空の14.16Åより僅かに大きくなった程度である。格子乗数が大きくなるということはC60同士の間隔が離れるので一般には低い温度でも自由回転が始まるが、PFの場合、Fとの相互作用のためその束縛に打ち勝つには370Kであり、空のフラーレンの260Kに比べて110度も高い温度まで回転が始らない。
【0136】
空間的な広がりがPF並みに小さければ空のC60の結晶の隙間に入れていろんな物性の制御が可能になる。
【符号の説明】
【0137】
301 真空チャンバ、
302 真空ポンプ、
303 電磁コイル、
304 オーブン、
305 ノズル、
306 加熱基板、
307 プラズマ流、
310 堆積基板、
308 オーブン、
309 ノズル、
310 堆積基板、
311 合成物、
312 バイアス電圧の印加装置、
313 加熱フィラメント

【特許請求の範囲】
【請求項1】
M@C2nで表される単離された内包フラーレン。
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
【請求項2】
ポジティブモードでのレーザー脱離イオン化飛行時間型質量スペクトル(以下「LDI−TOF−MS」という。)において内包フラーレンのピーク強度に対する他のフラーレンのピーク強度が0.5%以下である下記式で表される内包フラーレン。
M@C2n
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
【請求項3】
ネガティブモードでのLDI−TOF−MSにおいて内包フラーレンのピーク強度に対する他のフラーレンのピーク強度が50%以下である下記式で表される内包フラーレン。
M@C2n
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
【請求項4】
前記ピーク強度が20%以下である請求項3記載の内包フラーレン。
【請求項5】
Mは1ないし4族の金属である請求項1ないし4のいずれか1項記載の内包フラーレン。
【請求項6】
Mはアルカリ金属である請求項1ないし5のいずれか1項記載の内包フラーレン。
【請求項7】
Mは、Li,Na,Kのいずれかである請求項6記載の内包フラーレン。
【請求項8】
MはLiである請求項7記載の内包フラーレン。
【請求項9】
[M@C2n]をカチオンとする塩。カチオンの価数は1価もしくは2価以上とする。
M:単一若しくは複数の金属原子又はそれらを含む原子団
2n=60又は70
【請求項10】
[M@C2nm+・m[SbClである請求項9記載の塩。
mはカチオンの価数。
【請求項11】
[M@C2nm+・m[PFである請求項9記載の塩。
mはカチオンの価数。
【請求項12】
結晶である請求項9ないし11のいずれか1項記載の塩。
【請求項13】
単結晶である請求項12記載の塩。
【請求項14】
Mは1ないし4族の金属である請求項9ないし13のいずれか1項記載の塩。
【請求項15】
Mはアルカリ金属である請求項9ないし14のいずれか1項記載の塩。
【請求項16】
Mは、Li,Na,Kのいずれかである請求項15記載の塩。
【請求項17】
MはLiである請求項16記載の塩。
【請求項18】
@C60とM@C70とを含む内包フラーレンであって、ポジティブモードでのLDI−TOF−MSにおいてM@C60とM@C70のうちいずれか大きい方のピーク強度に対するM@C60とM@C70以外のフラーレンのピーク強度が0.5%以下である内包フラーレン。
:単一若しくは複数のアルカリ金属原子又はそれらを含む原子団
【請求項19】
@C60とM@C70とを含む内包フラーレンであって、ネガティブモードでのLDI−TOF−MSにおいてM@C60とM@C70のうちいずれか大きい方のピーク強度に対するM@C60とM@C70以外のフラーレンのピーク強度が50%以下である内包フラーレン。
:単一若しくは複数のアルカリ金属原子又はそれらを含む原子団
【請求項20】
@C60とM@C70のうちいずれか大きい方のピーク強度に対するM@C60とM@C70以外のフラーレンのピーク強度が20%以下である請求項19記載の内包フラーレン。
【請求項21】
前記MAはLiである請求項18ないし20のいずれか1項記載の内包フラーレン。
【請求項22】
[M@C60]と[M@C70]とをカチオンとする塩。カチオンの価数は1価もしくは2価以上とする。
【請求項23】
[M@C60k+[M@C70l+・(k+l)[SbClである請求項22記載の塩。
k、lはカチオンの価数。
【請求項24】
[M@C60k+[M@C70l+・(k+l)[PFである請求項22記載の塩。
k、lはカチオンの価数。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−84457(P2011−84457A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45052(P2010−45052)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(502344178)株式会社イデアルスター (59)
【Fターム(参考)】