説明

印刷回路用アルミニウム箔

【課題】より高い化学溶解性が確保されるとともに鮮鋭なエッチングを行うことのできるアルミニウム箔を提供する。
【解決手段】マトリックスの電位を下げることで、AlとNiを含む化合物とマトリックスとの電位差を大きくし、アルミニウム箔の溶解性を向上する。そこで本発明は、アノードサイトとして機能するマトリックスの電位を下げるために、Cuの含有量を0.01質量%以下に規制する。さらに、Zn及びGaの一種または二種を含有させることで、マトリックスの電位を下げて、AlとNiを含む化合物とマトリックスとの電位差を大きくする。Zn及びGaの含有量は、一種又は二種で0.002〜0.1質量%とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気機器や電子機器の電気回路に使用することができる印刷回路用アルミニウム箔に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電気機器や電子機器に用いられる印刷回路板として、絶縁性樹脂フィルム上にアルミニウムからなる回路パターンが形成されているものが知られている。この印刷回路板は、絶縁性樹脂フィルムにアルミニウム箔を接着剤により貼り合せ、次いで、アルミニウム箔の表面に感光性樹脂を塗布し、感光性樹脂が所定の回路パターンを形成するように露光する。そして、回路パターン外の部分の感光性樹脂を取り除く。感光性樹脂を取り除いた部分は、アルミニウム箔が露出しているので、この露出したアルミニウム箔部分を、化学的なエッチングによって溶解させる。溶解除去されなかったアルミニウム箔部分によって、印刷回路板が形成される。
近年、印刷回路板の用途としてICカードやICタグが増加し、更には小型電子機器にも使用されるようになり、回路の高密度化の要求が高まっている。したがって、回路パターンの間隔が狭くなるのに伴い回路パターンに沿って稜線がギザギザにならずに滑らかにエッチングされること、つまり鮮鋭なエッチングが行われることが強く要求される。鮮鋭なエッチングを施すことができない場合には、隣接する当該稜線同士が接触することで、回路が切断して通電不能になるし、当該稜線に凹凸が生じると、回路パターンとしての精度を劣化させる。
【0003】
印刷回路板に用いられるアルミニウム箔は電気抵抗や化学溶解性の点から、JIS H 4160 1N30で規定される化学組成(Si+Fe=0.7%以下、Cu=0.1%以下、Mn=0.05%以下、Mg=0.05%以下、Zn=0.05%以下、Al=99.30%以上、その他不可避不純物よりなる)のものが使用されている。また、化学溶解性を向上させるためにFeを多く含有させることは公知である。
【0004】
ところが、1N30材はもちろん、Feを積極的に増量したアルミニウム箔では、Feの含有量が多いため析出物が箔の全面に多数存在し、この析出物がエッチング時の起点となり、溶解性を向上させる。しかし、この析出物が回路パターンの稜線部分に存在していると、その部分で溶解が他の部分よりも優先的に進行するので、鮮鋭なエッチングを行うことができない。そこで、析出物量を少なくして純度を高めることが考えられるが、アルミニウム箔全体としての化学溶解性が確保できなくなる。
【0005】
そこで本発明者は、特許文献1において、高い化学溶解性が確保されるとともに鮮鋭なエッチングを行うことのできる印刷回路用アルミニウム箔を提案した。このアルミニウム箔は、質量%で、Si:0.01〜0.2%、Fe:0.01〜0.5%、Cu:0.01〜0.05%、Ni:0.002〜0.05%を含有し、残部がAlと不可避不純物からなる。このアルミニウム箔は、Niを含有させることにより、Alとの化合物(Al−Ni金属間化合物、Al−Fe−Ni金属間化合物)をマトリックス中に析出させる。この化合物は、マトリックスに対し電位的に貴であることから、化学溶解性を高める作用がある。なお、本願において、特別に言及しない限り、%は質量%を意味するものとする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−121090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1で提案したアルミニウム箔は、それまでの箔に比べて高い化学溶解性が確保されるとともに鮮鋭なエッチングを行うことのできる、という効果を得ることができるが、化学溶解性については、生産効率向上の観点から、さらなる向上が要求されている。
そこで本発明は、より高い化学溶解性が確保されるとともに鮮鋭なエッチングを行うことのできる印刷回路用アルミニウム箔を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の目的を達成するために、高い化学溶解性を確保する上で特許文献1が抱える障壁について検討した。その結果、特許文献1は、マトリックス中に固溶し易いCuを0.01〜0.05%の範囲で含有させることでマトリックスの電位を高め、合金全体を均一にエッチングする作用を期待した。ところが、AlとNiを含む電位的に貴な化合物が存在していることを前提にすれば、マトリックスの電位を上げることが溶解性を向上する上でベストな選択にはならないおそれがある。そこで、本発明では、引用文献1とは異なり、マトリックスの電位を下げることで、AlとNiを含む化合物とマトリックスとの電位差を大きくし、アルミニウム箔の溶解性を向上することにした。
【0009】
すなわち本発明の印刷回路用アルミニウム箔は、
Si:0.01〜0.2%、
Fe:0.01〜0.7%、
Cu:0.0005〜0.01%、
Ni:0.002〜0.1%、
Zn及びGaの一種又は二種(合計):0.002〜0.1%、を含有し、
残部がAlと不可避不純物からなることを特徴とする。
【0010】
本発明のアルミニウム箔において、Al−(Fe,Ni)系金属間化合物が、10〜10個/cmの密度で分散していることが好ましい。本発明においてAl−(Fe,Ni)系金属間化合物とは、Al−Ni金属間化合物とAl−Fe−Ni金属間化合物の総称である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、より高い化学溶解性が確保されるとともに鮮鋭なエッチングを行うことのできるアルミニウム箔を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施の形態に基づいてこの発明を詳細に説明する。
本発明のアルミニウム箔は、上述したように、Si:0.01〜0.2%、Fe:0.01〜0.7%、Cu:0.0005〜0.01%、Ni:0.002〜0.1%、Zn及びGaの一種又は二種(合計):0.002〜0.1%、を含有し、残部がAlと不可避不純物からなる組成を有している。この中で、Cu含有量と、Zn及びGaの一種又は二種を含有することが、マトリックスの電位を下げることに寄与する。以下、この点も含め本発明における元素の限定理由について説明する。
【0013】
[Si:0.01〜0.2%]
Siは、化学溶解性を向上させるために含有させる。
ただし、Si含有量が少なくなると、相対的な純度が高くなり引張り強度が低下するとともに、十分な化学溶解性が確保できなくなる。また、Si含有量が多くなると、Al−(Fe,Ni)系金属間化合物の形成が過剰になり、回路パターンに沿った鮮鋭なエッチングができなくなる。したがって、本願発明では、Si:0.01〜0.2%と規定する。
Si含有量は、好ましくは0.02〜0.2%であり、より好ましくは0.03〜0.15%である。
【0014】
[Fe:0.01〜0.7%]
Feは、化学溶解性を向上させるために含有させる。
ただし、Fe含有量が少なくなると、相対的な純度が高くなり引張り強度が低下するとともに、十分な化学溶解性が確保できなくなる。また、Fe含有量が多くなると、Al−(Fe,Ni)系金属間化合物の形成が過剰になり、回路パターンに沿った鮮鋭なエッチングができなくなる。したがって、本願発明では、Fe:0.01〜0.7%と規定する。
Fe含有量は、好ましくは0.02〜0.5%であり、より好ましくは0.02〜0.3%である。
【0015】
[Cu:0.0005〜0.01%]
Cuはマトリックス中に固溶し易く、マトリックスの電位を高めてしまう。そうすると、エッチング時にカソードサイトとして機能するAl−(Fe,Ni)系金属間化合物とアノードサイトとして機能するマトリックスとの電位差が小さくなるので、良好な化学溶解性が確保できなくなる。そこで本発明では、Cuの含有量を0.01%以下に規制する。Cuの含有量は少ないほど化学溶解性にとって好ましいが、著しく低い値にするにはコストアップになるとともに、それに見合う化学溶解性の向上効果を得ることができないので、下限を0.0005%にする。
Cu含有量は、好ましくは0.0005〜0.007%であり、より好ましくは0.0005〜0.005%である。
【0016】
[Ni:0.002〜0.05%]
NiはAl−(Fe、Ni)系金属間化合物を形成し、エッチング時にカソードサイトとして作用する。この金属間化合物はマトリックスに対して電位的に貴であることから、化学溶解性を高める。この効果を得るために、本発明では0.002%以上含有させる。しかし、含有量が多くなりすぎると、形成される金属間化合物が粗大となり、かつ、そのような化合物が数多く析出することで、化学溶解性が高くなり過ぎ、局部溶解を引き起こすおそれがある。そこで、Niの含有量は、0.05%以下にする。
Ni含有量は、好ましくは0.003〜0.03%であり、より好ましくは0.005〜0.015%である。
【0017】
[Zn及びGaの一種又は二種:0.002〜0.1%]
Zn及びGaはともに、マトリックスに固溶するとマトリックスの電位を下げる作用がある。したがって、Zn及びGaを含有させることにより、エッチング時にカソードサイトとして機能するAl−(Fe、Ni)系金属間化合物とマトリックスとの電位差を広げ、化学溶解性を向上させる。前述したように、Cuの含有量を低減することでも、Al−(Fe、Ni)系金属間化合物とマトリックスとの電位差を広げることができるが、Cuの低減による電位差の拡大には限界がある一方、さらなる化学溶解性の向上のために本発明はZn及びGaの一種または二種を含有させる。
Al−(Fe、Ni)系金属間化合物とマトリックスとの電位差を広げる作用を十分に得るために、Zn及びGaは、一種または二種の合計で、0.002%以上含有させる。一方で、Zn及びGaを多く含有させすぎると、合金の純度が低下することにより、化学溶解性が高くなり過ぎ、エッチング時に全面溶解を生じてしまうおそれがある。そこで、Zn及びGaは、一種または二種の合計で、0.1%以下にする。
Zn及びGaの一種又は二種の含有量は、好ましくは0.005〜0.07%であり、より好ましくは0.01〜0.05%である。
【0018】
[析出物密度:10〜10個/cm
本発明においてカソードサイトとして機能するAl−(Fe,Ni)系金属間化合物からなる析出物は、化学溶解性を向上させる。
この効果を得るための十分な量のカソードサイトを確保するには、Al−(Fe,Ni)系金属間化合物が10個/cm以上存在していることが好ましい。ただし、Al−(Fe,Ni)系金属間化合物がマトリックス中に分散する量が多くなりすぎると、回路パターンの稜線にAl−(Fe,Ni)系金属間化合物が存在する確率が高くなる。そうすると鮮鋭なエッチングが容易でなくなるので、本発明において、Al−(Fe,Ni)系金属間化合物は10個/cm以下の範囲でマトリックス中に分散されていることが好ましい。
【0019】
[アルミニウム箔の製造方法]
本発明のアルミニウム箔は、常法により製造することができるので、要旨のみ以下に説明する。
通常は、上記成分に調整した鋳塊を半連続鋳造法、連続鋳造法等により溶製する。該溶製後には、480〜550℃の温度範囲で1時間以上保持する均質化処理を施すのが好ましい。この均質化処理により、Al−(Fe、Ni)系金属間化合物が均一に分散され、比較的少量の当該析出物によって化学溶解性が確保される。
均質化処理における加熱温度が480℃未満又は保持時間が1時間未満では、Al−(Fe、Ni)系金属間化合物の析出分布が不均一となり、エッチングの際に局部溶解を起こすおそれがある。一方、均質化処理における加熱温度が550℃を超えるとAl−(Fe、Ni)系金属間化合の再固溶が生じ、好ましくない。また、保持時間が長くなってもエネルギの浪費になるだけであるから、均質化処理の時間は10時間以下にするのが好ましい。
【0020】
均質化処理を施した後に、圧延に供する。圧延は、連続鋳造圧延法のような場合を除けば、通常は熱間圧延と冷間圧延とを順に行われる。各圧延工程の間に適宜の処理、特に中間焼鈍や最終焼鈍などの熱処理を必要に応じて施す。冷間圧延により所望の厚さにされたアルミニウム箔は、印刷回路の形成に供される。
【0021】
冷間圧延されたアルミニウム箔は、その後、印刷回路の形成に用いられるものであるが、印刷回路の形成も常法により行うことができる。先ず、上記アルミニウム箔を適宜の材料の回路ベース材に貼り合わせ、このアルミニウム箔に対し、所望の回路パターンに従ってエッチングを施して回路を形成する。このエッチングの際の方法、条件も本発明において特に限定されるものではない。
【実施例1】
【0022】
表1に示す組成に調整されたスラブを常法により溶製し、このスラブに530℃で2時間保持する条件の均質化処理を実施した。その後、熱間圧延により7mm厚まで圧延し、更に冷間圧延により50μm厚まで圧延してアルミニウム箔を得た。このアルミニウム箔には、さらに、330℃、6時間の熱処理を実施して供試材とした。供試材のAl−(Fe、Ni)系金属間化合物からなる析出物について、組成像の画像解析により分散密度を測定し、その結果を表2の「析出物密度」の欄に示す。
【0023】
さらに、各供試材に対し、100μmの線幅で間隔を100μmとしたストライプ状レジストを印刷し、1mol/lの塩酸(60℃)中で供試材を溶解し、所要時間を測定した。また、エッチング後、ストライプ状レジスト印刷部端部からの溶解の入り込み量を計測し、鮮鋭性の評価とした。これらの溶解時間及び鮮鋭性(入り込み量)を表2に示す。
【0024】
表2に示すように、本発明の供試材は、溶解時間が短く、鮮鋭性も小さい結果が得られており、化学溶解性、回路線の際形状が良好となることが明らかとなった。一方、本発明の範囲外となる比較例では、溶解時間が長かったり、鮮鋭性が大きな値になったりしており、化学溶解性、回路パターンの成形性のいずれかにおいて不適となった。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Si:0.01〜0.2%、
Fe:0.01〜0.7%、
Cu:0.0005〜0.01%、
Ni:0.002〜0.1%、
Zn及びGaの一種又は二種:0.002〜0.1%、を含有し、
残部がAlと不可避不純物からなることを特徴とする印刷回路用アルミニウム箔。
【請求項2】
Al−(Fe、Ni)系金属間化合物が、10〜10個/cmの密度で分散している、
請求項1に記載の印刷回路用アルミニウム箔。

【公開番号】特開2012−149289(P2012−149289A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7618(P2011−7618)
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(000176707)三菱アルミニウム株式会社 (446)
【Fターム(参考)】