説明

印刷用オフセットブランケット

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、平版オフセット印刷やグラビアオフセット印刷に使用される印刷用オフセットブランケットに関し、より詳しくは液晶カラーフィルター等の精細なパターンの印刷に適した印刷用オフセットブランケットに関する。
【0002】
【従来の技術および発明が解決しようとする課題】レッド、グリーン、ブルーの3色からなる液晶カラーフィルターのように、透明なガラス表面に印刷されたインキ層を透過光でみる場合、インキ層の膜厚にばらつきがあると、それが原因で透過光に濃淡が発生し、画質がばらつく原因になる。このような膜厚のばらつきを防止するためには、平版オフセット印刷またはグラビア印刷による、ガラス表面への印刷に際して、版上のインキがオフセットブランケットを介してガラス表面に完全に転写されることが必要である。しかしながら、通常、アクリロニトリル−ブタジエン共重合ゴム(NBR)等のゴム材料を表面印刷層とする従来のオフセットブランケットでは、インキがブランケットの表面に残り、ガラス上とブランケット上とに分離するため、インキ層の表面に必然的に凹凸が発生し、膜厚のばらつきが生じる。
【0003】そこで、本発明者らが種々のゴム材料を試験した結果、シリコーンゴムをオフセットブランケットの表面印刷層として用いると、ブランケット上のインキをほぼ完全にガラス上に転移させることができ、非常に平坦なインキ層が得られるという知見を得た。しかしながら、シリコーンゴムはもともと表面張力が非常に低く、インキを受け取りにくい材料のため、速度依存性が非常に大きく印刷速度を上げるとインキがブランケットに転移しなくなり、その結果印刷速度を上げることができず、生産性の面で大きな障害になっていた。
【0004】すなわち、現在、液晶カラーフィルターを印刷法、とくにグラビヤオフセット法にて印刷する場合、パターン形状が印刷速度に大きく依存しており、その傾向はパターンが細くなればなるほど著しく現れてくる。具体的には、幅200μm程度のパターンでは、印刷速度を10mm/秒から50mm/秒に上げると、ブランケット上のパターン幅が10%ほど減少する程度でパターン形状には大きくは影響を及ぼさないが、50μm程度のファインパターンになるとパターンの断線やインキのはじきが生じ、パターンを正確にガラス基板に転写することが困難になる。
【0005】従って、本発明の主たる目的は、とくに液晶カラーフィルター等の精細なパターンの多色印刷に適し、かつ高速印刷を可能にして生産性を向上させることができる印刷用オフセットブランケットを提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段および作用】本発明者らは、シリコーンゴムからなる表面印刷層を有するオフセットブランケットを用いてグラビヤオフセット印刷にて各種実験を行った結果、使用するシリコーンゴムの粘弾性がパターン形状に大きく影響を与えることを見出した。とくに、粘性項の大きい高Tanδのシリコーンゴム材料を使用すると、印刷速度への依存性が少なくなり、高速印刷にて非常に正確にパターンをガラス基板に転写できるという新たな事実が見出された。また、シリコーンゴム材料には、各種のタイプがあるが、いずれのタイプについても高Tanδの材料は良好なパターン再現性を示す。
【0007】すなわち、粘弾性の異なる各種シリコーンゴム材料を用いてパターン再現性を評価すべく、後述の実施例に記載のように、複素弾性率E貯蔵弾性率弾性項E’、損失弾性率(粘性項E’’およびその比(E’’/E’)であるTanδ(誘電正接)について測定を行った。ここで、複素弾性率Eは、EE’+iE’’〔但し、iは(−1)−1であり、複素数である〕によって表される。その結果、Tanδについて着目すると、20℃にて周波数1〜100Hzの範囲においてTanδの値が0.1〜0.5の範囲にあるときは、パターンの速度依存性が少なく、印刷速度を上げても良好にパターンを転写することが可能であるという新たな事実を見出した。とくに、圧縮永久特性等を考慮に入れると、Tanδは0.1〜0.3の範囲にあるのがより好ましい。
【0008】これに対して、Tanδが0.1より小さいシリコーンゴム材料を用いた場合にはパターンの印刷速度依存性が極めて大きくなる。その理由をグラビヤオフセット印刷における印刷機構に基づいて考えると、グラビヤのセル(セル深さはカラーフィルターの場合には5〜10μmの範囲)中のインキをブランケットが引っ張り出してパターンを印刷するが、印刷速度が速くなると、ブランケットと版が接触しているニップをブランケットが通過する時間が短くなり、接触時間が短くなる。このとき、Tanδの小さい材料は変形に対する回復が早く、ニップの内での変形回復が早いため、印刷速度が早くなるとセル内に充分に変形追従しなくなり、その結果インキをパターン通りに転写しなくなってしまうためと考えられる。
【0009】一方、Tanδの値が0.5を超えるとゴム材料の圧縮永久歪み特性が極めて悪くなって、変形に対する回復が著しく悪くなり、ブランケットとして使用する場合に版痕や洗浄時のわずかな傷が回復せずに残ってしまうため、好ましくない。従って、本発明の印刷用オフセットブランケットは、支持体層上にシリコーンゴムからなる表面印刷層を積層したものであって、前記シリコーンゴムのTanδが20℃にて周波数1〜100Hzにおいて0.1〜0.5の範囲にあることを特徴とする。
【0010】本発明のオフセットブランケットにおいて使用されるシリコーンゴムとしては、例えばメチルビニル系シリコーンゴム、トリフロロプロピル基を有するフロロシリコーンゴムおよびフェニル基を有するフェニルシリコーンゴムからなる群より選ばれる1種または2種以上の混合物があげられるが、これらのみに限定されるものではない。
【0011】また、シリコーンゴムは、従来公知の種々の形態で使用可能であり、例えば混練可能なミラブルシリコーンゴム、室温にて架橋する室温加硫型シリコーンゴム(RTVゴム)、射出成形可能なLIM(Liquid Injection Molding) シリコーンゴム等が使用可能である。なお、シリコーンゴムは、ポリジメチルシロキサンで重合度100〜800の低重合度の液状シリコーンゴムをベースとしたRTVシリコーンゴムや重合度6000〜10000のゲル状のシリコーン生ゴムをベースとしたミラブルシリコーンゴム等が考えられるが、いずれも生ゴムにエアロジル等の無水シリカ系の補強性充填剤、タルク、マイカ等の増量充填剤、分散促進剤等が配合されたゴムコンパウンドとして供給されている。RTVシリコーンゴムは一般的にはポリジメチルシロキサンが多い。ミラブルシリコーンゴムは架橋性と物性とのバランスをとるためにメチルビニル基を0.1〜0.5モル%程度導入されたものが用いられている。また、トリフロロプロピル基を導入したフロロシリコーンゴムやフェニル基を導入したフェニルシリコーンゴム等も使用可能であり、またこれらの混合物も同様に使用可能である。
【0012】本発明における表面印刷層は、上記シリコーンゴムに架橋剤( 加硫剤) を混合し、表面印刷層に成形した後、架橋することで形成される。上記配合ゴム中に含まれる架橋剤としては、例えば有機過酸化物系の架橋剤を使用することもできる。かかる有機過酸化物系の架橋剤としては、例えばベンゾイルパーオキサイド、ビス2,4−ジクロロベンゾイルパーオキサイド、ジクミルパーオキサイド、ジ−tert−ブチルパーオキサイド、p−モノクロルベンゾイルパーオキサイド、2,5−ジメチル−2,5−ビス(tert−ブチルパーオキシ)ヘキサン、tert−ブチルクミルパーオキサイド等があげられる。
【0013】充填剤としては、例えば無水珪酸、炭酸カルシウム、ハードクレー、硫酸バリウム、タルク、マイカ、アスベスト、グラファイト等の無機充填剤;再生ゴム、粉末ゴム、アスファルト類、スチレン樹脂、にかわ等の有機充填剤が挙げられる。表面印刷層の表面ゴム硬度は、通常、JIS Aで20〜90、好ましくは40〜70程度のものが使用され、硬度がこれを下回ると、印刷中にゴムが変してパターンを正確に転写できなくなり、一方、硬度がこれを超えるとインキをゴムが受け取りにくくなり、またガラス等への転移も充分でなくなるため好ましくない。
【0014】また、表面印刷層の表面粗度は印刷パターンの形状に大きな影響を与えるので、できるかぎり細かいほうが望ましい。通常、10点平均粗さ(RZ ) で3 μm以下、好ましくは1.5 μm以下である。本発明においては、表面印刷層を支持体層上に積層する。支持体層としては、例えばゴム材(ゴム糊)を含浸させた複数層の基布(通常、綿布を3枚または4枚以上積層)と、必要に応じて設けられる少なくとも1層の圧縮性層とを積層して作成されたものがあげられる。
【0015】前記基布としては、例えば綿、ポリエステル、レーヨン等の織布が使用される。含浸されるゴム材としては、例えばアクリロニトリル−ブタジエン共重合ゴムやクロロプレンゴム等があげられる。これらのゴムは所定量の架橋剤、架橋促進剤および要すれば増粘剤等を含有する。そして、ブレードコーティング法等の適当な塗布手段にて上記ゴム剤を織布にコーティングする。ついで、支持体層の表面にプライマー層を介して、上述した特定のゴム材料からなる表面印刷層形成用ゴム糊を塗布し乾燥するか、あるいはカレンダー等で成形したシート状物を積層する。得られた積層体は所定の圧力と温度で加熱加圧して架橋させ、オフセットブランケットを得る。上記圧縮性層は、中間の少なくとも1の基布に、食塩等の水溶性粉体を溶解させたゴム糊を塗布し、乾燥、架橋させた後、60〜100℃の温水に6〜10時間浸漬し、上記水溶性粉体を溶出して乾燥させることによって形成される。
【0016】上記基布としては、伸びの少ないガラス繊維やポリアミド繊維(例えばデュポン社製の登録商標ケプラー)等も使用可能である。さらに、積層タイプの支持体層に代えて、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート(PC)、ポリプロピレン(PP)、ポリイミド、アルミニウム箔、ステンレスシート等のフィルムやシート等を支持体層として用いてもよい。これらは圧縮性層を有していてもよい。
【0017】得られたオフセットブランケットは直接または下貼材を介して転写胴のシリンダの周面上に接着して使用される。
【0018】
【実施例】
実施例1ミラブルシリコーンゴムである信越化学社製の「KE575U」(高強度メチルビニル系シリコーンゴム配合品)100重量部に、架橋剤として信越化学社製の「C8A」〔2,5−ジメチル−2,5−ビス(t−ブチルパーオキシ)ヘキサンを80%含有したもの〕0.6重量部を配合した。ついで、この配合品を170℃で20分間一次加硫を行い、さらにオーブンにて200℃で4時間二次加硫を行った。
【0019】上記ゴムを350μmのポリエチレンテレフタレートフィルム上に750μmの厚さで積層させ、総厚み1.0mmのオフセットブランケットを作製した。なお、表面は非常に平滑な金型を用いたため、粗度がRz =1.0μmと非常に平滑に仕上がった。
実施例2〜3および比較例1,2いずれもRTVシリコーンゴムである表1に示すシリコーンゴムa〜hを用いて同表に示す割合で配合した。
【0020】
【表1】


【0021】使用したシリコーンゴムa〜hは以下のとおりである。
a─信越化学社製の「KE1204AL」* b─信越化学社製の「KE1204BL」* c─信越化学社製の「KE1603A」
d─信越化学社製の「KE1603B」
e─信越化学社製の「X−34−391A」* f─信越化学社製の「X−34−391B」* g─東芝シリコーン社製の「TSE3402A」
h─東芝シリコーン社製の「TSE3402B」
ここで、* は低分子量シロキサン除去品であることを意味しており、低分子量シロキサン成分(重合度3〜20)を1000ppm以下に低減したものである。
【0022】得られた各配合品は、常温で24時間放置することにより硬化(架橋)させた。ただし、比較例2はさらに200℃で4時間加熱して硬化させた。得られたゴムを用いて、実施例1と同様にして表面粗度がRz =1.0μmでかつ総厚み1.0mmのオフセットブランケットを作製した。
物性試験上記実施例1〜3および比較例1〜2で得たゴムの粘弾性を評価するために、粘弾性スペクトルメーターを用いて測定を行った。使用したサンプルは、縦10cm×横10cm×深さ2mmの金型にゴムを流し込み、常温で一昼夜静置して硬化させた後、ダンベルで4mm×45mmに打ち抜いた厚さ2mmのものである。その他の測定条件を下記に示す。
【0023】測定機器:岩本製作所製の粘弾性スペクトルメーター「VES−III 」型測定周波数: 1,3,5,10,30,50および100Hz振 幅 : 0.5%、1.0%および2.0%測定温度:20℃チャック間距離:30mm測定モード:伸長モード初期荷重:100gここで、振幅とは、サンプルの両端を30mmの間隔で把持し、その状態で初期荷動100gを負荷して、サンプルを長手方向に延ばし、その伸びた位置を中心として長手方向に振幅を与えたとき、初期荷動負荷状態での長さに対する振幅の長さの割合をいう。
【0024】測定結果を表2、表3および表4にそれぞれ示す。
【0025】
【表2】


【0026】
【表3】


【0027】
【表4】


【0028】印刷試験実施例1〜3および比較例1〜2で得た各ブランケットを平台印刷機(紅羊社製のエクター600CL)に装着し、ソーダライムガラス(厚さ1.1mm)上にカラーフィルター用ブルーインキ(UV硬化型)を用いて、幅50〜100μmのファインパターンの印刷試験を行った。印刷方式はグラビヤオフセット方式を採用し、版は深さ8μmのエッチング版を用いた。印刷条件として、印刷速度を4mm/秒〜40mm/秒の範囲で変化させて印刷試験を行い、ブランケット上のストライプパターンの形状を電子顕微鏡にて観察した。その結果を各実施例および比較例のTanδの値と共に表5に示す。表中、パターン形状は電子顕微鏡観察の結果から以下の基準にて評価した。
【0029】○:パターンの細りはなく、形状もシャープであった。
△:パターンにやや細りが認められる。
×:パターンが断線しており、幅が極端に細っている。
【0030】
【表5】


【0031】表5より、Tanδが0.1より小さい比較例1および2では印刷速度への依存性が大きく、印刷速度を上げていくとパターンが細り、やがて断線や欠けが生じて正確にパターンを転写することができなくなることがわかる。これに対して、Tanδが0.1より大きい実施例1〜3では、速度依存性も少なくパターンの形状もきわめてシャープで再現性も良好であった。
実施例4および比較例3〜4いずれもミラブルシリコーンゴムである表6に示すシリコーンゴムi〜kを用いて同表に示す割合で配合した。
【0032】
【表6】


【0033】使用したシリコーンゴムi〜kは以下のとおりである。
i─信越化学社製の「KE5501BU」
j─信越化学社製の「KE575」
k─信越化学社製の「KE951」
使用した架橋剤は信越化学社製の「C8A」(前出)である。
【0034】この配合品を170℃で20分間一次加硫を行い、さらにオーブンにて200℃で4時間二次加硫を行った。得られたゴムを用いて、実施例1と同様にして表面粗度がRz =1.0μmでかつ総厚み1.0mmのオフセットブランケットを作製した。
物性試験上記実施例4および比較例3〜4で得たゴムの粘弾性を評価するために、粘弾性スペクトルメーターを用いて測定を行った。測定条件は、振幅を0.5%としたほかは、実施例1〜3および比較例1〜2と同じである。測定結果を表7に示す。
【0035】
【表7】


【0036】印刷試験実施例1〜3および比較例1〜2と同様にして印刷を行い、ブランケット上のパターン形状を観察した。その結果を表8に示す。なお、ストライプパターンの評価基準は前記と同じである。
【0037】
【表8】


【0038】表8から、比較例4はTanδが0.1より小さいために、前述の比較例1,2と同様に、印刷速度への依存性が大きく、パターンに断線や欠けが発生していた。これに対して、実施例4や比較例3のように、Tanδが高くなるほど、印刷速度への依存性が少なくなり、パターン形状は良好であるが、比較例3のようにTanδが0.5を超えると、ゴム表面の圧縮永久歪み特性が悪くなり、版のエッジ痕や洗浄時の傷痕が残りやすくなり、ブランケットとしては実用性に欠ける。
【0039】これらの試験結果から、Tanδが0.1〜0.5の範囲にあると、パターン形状や印刷速度への依存性の面から良好であり、さらにゴム表面の圧縮永久歪み特性を考慮すると、Tanδは0.1〜0.3の範囲にあるのがより好ましいといえる。
【0040】
【発明の効果】以上のように、本発明の印刷用オフセットブランケットは、表面印刷層を構成するシリコーンゴムのTanδを20℃にて周波数1〜100Hzにおいて0.1〜0.5の範囲に設定することにより、非常に微細なパターンの印刷に適したものとなり、とくに本発明によれば、微細パターンの高速印刷が可能となるので、サーマルヘッド、プリント基板等の電子部品、カラーフィルターやITO膜等の液晶デバイス等の製造に際して、製造コストの面から従来のフォトリソ法から安価な印刷法への転換が検討されている現状において、本発明のオフセットブランケットは応用範囲が非常に広く有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】支持体層上にシリコーンゴムからなる表面印刷層を積層した印刷用オフセットブランケットであって、前記シリコーンゴムは、下記式で表されるTanδが20℃にて周波数1〜100Hzにおいて0.1〜0.5の範囲にあることを特徴とする印刷用オフセットブランケット。
【数1】Tanδ = E’’/E’(但し、E’’は損失弾性率、E’は貯蔵弾性率を示す。)

【特許番号】第2636646号
【登録日】平成9年(1997)4月25日
【発行日】平成9年(1997)7月30日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−248324
【出願日】平成4年(1992)9月17日
【公開番号】特開平6−92056
【公開日】平成6年(1994)4月5日
【出願人】(000183233)住友ゴム工業株式会社 (3,458)