説明

印刷装置、および印刷方法

【課題】印刷媒体の種類を精度良く判別して、適切に画像を印刷する。
【解決手段】画像の印刷前の印刷媒体(被印刷媒体)の分光強度を計測し、予め記憶されている複数種類の印刷媒体(基準印刷媒体)に対するマハラノビス距離を算出する。そして、複数種類の基準印刷媒体について得られたマハラノビス距離に基づいて、それら基準印刷媒体の中から被印刷媒体の種類を決定して画像を印刷する。こうすれば、被印刷媒体の種類を高い精度で判別することができるので、被印刷媒体上に適切に画像を印刷することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、印刷媒体に画像を印刷する印刷装置および印刷方法に関する。
【背景技術】
【0002】
印刷媒体(たとえば印刷用紙など)の表面にインクなどの色材を付着させて画像を印刷する印刷装置が開発されて、広く使用されている。また、印刷装置の普及に伴って、印刷媒体も様々な種類の用紙が提供されるようになってきた。その結果、今日の印刷装置では、印刷媒体の種類に合わせた画像処理を施すことによって、より好ましい画質で画像を印刷することも可能となっている。
【0003】
ここで、印刷媒体の種類は、印刷装置の操作者が印刷開始前に印刷装置に対して設定することが通常であるが、印刷装置が自動的に印刷媒体の種類を判別可能とする技術も開発されている。例えば、印刷媒体(ここでは印刷用紙)の表面に光を照射して、印刷媒体を透過する光の強さや、印刷媒体の表面で反射する光の強さを検出することによって、印刷媒体の種類を判別可能とする技術が提案されている(特許文献1)。あるいは、印刷媒体を給紙する給紙モーターの駆動トルクを検出することによって、印刷媒体の種類を簡便に判別しようとする技術も提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−58261号公報
【特許文献2】特開2011−93183号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、印刷媒体の種類が多くなるに従って、上記提案されている技術では、印刷媒体の種類を十分な精度で判別することが困難になっており、適切に画像を印刷することができない場合があるという問題が生じていた。
【0006】
この発明は、従来の技術が有する上述した課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、印刷媒体の種類を十分な精度で判別して、適切に画像を印刷することが可能な技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題の少なくとも一部を解決するために、本発明の印刷装置は次の構成を採用した。すなわち、
画像データに対して所定の画像処理を施して、該画像処理後の画像データに基づいて印刷媒体上に画像を印刷する印刷装置であって、
複数種類の予め定められた印刷媒体である基準印刷媒体に対応させて、前記画像データに対して施す前記画像処理の内容を記憶している画像処理内容記憶手段と、
前記画像が印刷される前の印刷媒体である被印刷媒体に光を照射して、複数の予め定められた計測波長での光強度である分光強度を計測する分光強度計測手段と、
前記分光強度を複数回計測して、前記計測波長毎に該分光強度の平均値を求めることによって得られた平均分光強度を、複数種類の前記基準印刷媒体について記憶している平均分光強度記憶手段と、
前記分光強度を複数回計測して、該分光強度の複数の前記計測波長の間での共分散を求めることによって得られた共分散情報を、複数種類の前記基準印刷媒体について記憶している共分散情報記憶手段と、
前記被印刷媒体について得られた前記分光強度と、複数種類の前記基準印刷媒体についての前記平均分光強度および前記共分散情報とに基づいて、該被印刷媒体と複数種類の該基準印刷媒体との間のマハラノビス距離を取得するマハラノビス距離取得手段と、
複数種類の前記基準印刷媒体との間で得られた前記マハラノビス距離に基づいて、前記被印刷媒体の種類を、複数の該基準印刷媒体の中から決定する媒体種類決定手段と、
決定された前記基準印刷媒体に対応させて記憶されている前記画像処理を前記画像データに施して、前記被印刷媒体上に画像を印刷する画像印刷手段と、
を備えることを要旨とする。
【0008】
また、上述した印刷装置に対応する本発明の印刷方法は、
画像データに対して所定の画像処理を施して、該画像処理後の画像データに基づいて印刷媒体上に画像を印刷する印刷方法であって、
複数種類の予め定められた印刷媒体である基準印刷媒体に対応させて、前記画像データに対して施す前記画像処理の内容を記憶しておく画像処理内容記憶工程と、
前記画像が印刷される前の印刷媒体である被印刷媒体に光を照射して、複数の予め定められた計測波長での光強度である分光強度を計測する分光強度計測工程と、
前記分光強度を複数回計測して、前記計測波長毎に該分光強度の平均値を求めることによって得られた平均分光強度を、複数種類の前記基準印刷媒体について記憶しておく平均分光強度記憶工程と、
前記分光強度を複数回計測して、該分光強度の複数の前記計測波長の間での共分散を求めることによって得られた共分散情報を、複数種類の前記基準印刷媒体について記憶しておく共分散情報記憶工程と、
前記被印刷媒体について得られた前記分光強度と、複数種類の前記基準印刷媒体についての前記平均分光強度および前記共分散情報とに基づいて、該被印刷媒体と複数種類の該基準印刷媒体との間のマハラノビス距離を取得するマハラノビス距離取得工程と、
複数種類の前記基準印刷媒体との間で得られた前記マハラノビス距離に基づいて、前記被印刷媒体の種類を、複数の該基準印刷媒体の中から決定する媒体種類決定工程と、
決定された前記基準印刷媒体に対応させて記憶されている前記画像処理を前記画像データに施して、前記被印刷媒体上に画像を印刷する画像印刷工程と、
を備えることを要旨とする。
【0009】
このような本発明の印刷装置および印刷方法においては、複数種類の基準印刷媒体について、平均分光強度および共分散情報を予め記憶しておく。ここで、平均分光強度とは、複数の計測波長での光強度である分光強度を複数回計測して、分光強度の各計測波長での光強度を、計測波長毎に平均することによって得られた平均的な分光強度である。基準印刷媒体についての分光強度は、基準印刷媒体に光を照射して、複数の計測波長での光強度を計測することによって得ることができる。このとき計測する光強度は、基準印刷媒体からの反射光の強度であってもよいし、基準印刷媒体を透過した光の強度であってもよい。尚、計測した光強度の値をそのまま用いる必要はなく、たとえば、計測した光強度を、照射した光の強度に対する比率を示す値に変換して、光強度の代わりに用いても良い。また、共分散情報とは、分光強度を複数回計測し、複数の計測波長の間で光強度の共分散を求めることによって得られた情報である。更に、複数種類の基準印刷媒体に対応させて、画像データに施す画像処理の内容も予め記憶しておく。そして、画像を印刷するに際しては、画像が印刷される前の印刷媒体(被印刷媒体)に光を照射して、被印刷媒体の分光強度を計測した後、得られた分光強度と、予め記憶しておいた平均分光強度および共分散情報とに基づいて、被印刷媒体と各基準印刷媒体との間のマハラノビス距離を取得する。その後、各基準印刷媒体との間で得られたマハラノビス距離に基づいて、それら基準印刷媒体の中から、被印刷媒体の種類を決定する。そして、決定して基準印刷媒体に対応させて記憶されている画像処理を画像データに施すことによって、被印刷媒体上に画像を印刷する。
【0010】
被印刷媒体について計測された分光強度は、個々の計測波長での光強度についての情報だけでなく、複数の計測波長での光強度の関係(たとえば大小関係や、どちらがどの程度大きいか等の関係)についての種々の情報も有している。そして、被印刷媒体と各基準印刷媒体との間のマハラノビス距離を用いれば、個々の計測波長での光強度のばらつきや、複数の計測波長での光強度の関係のばらつきも考慮した状態で、被印刷媒体の分光強度が、何れの基準印刷媒体の分光強度に近いかを判断することができる。このため、被印刷媒体の種類を高い精度で判別することが可能となり、被印刷媒体上に適切に画像を印刷することが可能となる。もちろん、予め記憶されている複数種類の基準印刷媒体の中には、被印刷媒体と同じ種類の基準印刷媒体が存在しない場合も起こり得る。しかしこのような場合でも、被印刷媒体に最も近い基準印刷媒体に対応する画像処理が行われるので、適切に画像を印刷することが可能となる。
【0011】
また、上述した本発明の印刷装置においては、次のようにしても良い。先ず、分光強度に対して主成分分析を行って、所定の複数個の主成分に対する複数個の主成分値を抽出する。また、複数個の主成分に対して複数個得られる平均分光強度の主成分値を、平均分光強度として記憶しておく。更に、複数個の主成分に対して複数個得られる分光強度の主成分値の間での共分散を、共分散情報として記憶しておく。そして、被印刷媒体についての分光強度を計測すると、得られた分光強度から複数の主成分値を抽出し、主成分値を用いて各基準印刷媒体に対するマハラノビス距離を算出してもよい。
【0012】
主成分分析を行って分光強度から主成分値を抽出してやれば、計測波長の数より少ない個数の主成分値を用いて、分光強度の特徴を表現することができる。従って、主成分値を用いてマハラノビス距離を算出すれば、分光強度を用いてマハラノビス距離を算出するよりも、迅速にマハラノビス距離を算出することができる。また、少ない主成分値を用いて分光強度の特徴を表現できるということは、ノイズを取り除いて特徴を際立たせたということでもある。従って、主成分値を用いてマハラノビス距離を算出すれば、ノイズの影響を受けずに、被印刷媒体の種類をより安定して判別することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本実施例の印刷装置の大まかな構成を示した説明図である。
【図2】印刷装置に搭載された印刷媒体判別器の大まかな構造を示す断面図である。
【図3】印刷媒体判別器に搭載された分光器の外観形状を示した斜視図である。
【図4】印刷媒体判別器に搭載された分光器の分解組立図である。
【図5】印刷媒体判別器に搭載された分光器の内部構造を示す断面図である。
【図6】印刷媒体判別器で得られるスペクトルのデータを例示した説明図である。
【図7】複数回の分光反射率の計測結果から得られる共分散行列についての説明図である。
【図8】複数種類の印刷媒体について得られた共分散行列を示した説明図である。
【図9】本実施例の印刷装置で行われる印刷処理のフローチャートである。
【図10】印刷処理の中で印刷媒体の種類を判別するために行われる処理のフローチャートである。
【図11】マハラノビス距離についての説明図である。
【図12】マハラノビス距離に基づいて印刷媒体の種類を判別した様子を示す説明図である。
【図13】印刷媒体の種類に応じて色変換テーブルが記憶されている様子を示した説明図である。
【図14】共分散行列が、複数の固有値と各固有値に対する列ベクトルを用いて展開される様子を示した説明図である。
【図15】分光反射率の計測データから主成分ベクトルに対する主成分値を抽出する様子を示した説明図である。
【図16】変形例の媒体種類判別処理のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下では、上述した本願発明の内容を明確にするために、次のような順序に従って実施例を説明する。
A.装置構成:
A−1.印刷装置の構成:
A−2.分光器の構成:
B.共分散行列:
C.印刷処理:
D.変形例:
【0015】
A.装置構成 :
A−1.印刷装置の構成 :
図1は、本実施例の印刷装置10の大まかな構成を示した説明図である。本実施例の印刷装置10は、印刷媒体2の表面にインクを噴射して画像を印刷するいわゆるインクジェットプリンターである。印刷装置10は、略箱形の外観形状をしており、前面のほぼ中央には前面カバー11が設けられ、その隣には複数の操作ボタン15が設けられている。前面カバー11は下端側で軸支されており、上端側を手前に倒すと、印刷媒体2が排出される細長い排出口12が現れる。また、印刷装置10の背面側には供給トレイ13が設けられている。供給トレイ13に印刷媒体2をセットして操作ボタン15を操作すると、供給トレイ13から印刷媒体2が吸い込まれて、印刷装置10の内部で印刷媒体2の表面に画像が印刷された後、排出口12から排出される。
【0016】
印刷装置10の内部には、主走査方向に往復動しながら印刷媒体2上にインクを噴射する噴射ヘッド20や、噴射ヘッド20を往復動させる駆動機構30などが搭載されている。噴射ヘッド20の底面側(印刷媒体2に向いた側)には、複数の噴射ノズルが設けられており、噴射ノズルから印刷媒体2に向かってインクを噴射することができる。駆動機構30は、内側に複数の歯形が形成されたタイミングベルト32や、タイミングベルト32を駆動するための駆動モーター34などから構成されている。タイミングベルト32は一箇所で噴射ヘッド20に固定されている。このため、タイミングベルト32を駆動すると、噴射ヘッド20は、主走査方向に延設された図示しないガイドレールによってガイドされながら主走査方向に往復動する。
【0017】
また、印刷装置10の内部には、主走査方向と直交する方向(副走査方向)に印刷媒体2を搬送するための搬送機構(図示は省略)が搭載されている。図1では、印刷装置10の内部で印刷媒体2が搬送される経路を太い破線で表示している。噴射ヘッド20を主走査方向に往復動させてインクを噴射しながら、搬送機構を用いて印刷媒体2の位置を少しずつ動かしていけば、印刷媒体2上に画像を印刷することができる。印刷装置10の内部には、噴射ヘッド20や、駆動機構30、搬送機構の動作を制御する制御部90も搭載されている。制御部90は、印刷しようとする画像の画像データに対して所定の画像処理を施した後、その結果に基づいてインクの噴射量を決定する。そして、噴射ヘッド20や、駆動機構30、搬送機構を制御することによって画像を印刷する。また、制御部90には、画像処理のための各種プログラムや、各種データなどを記憶したメモリー92が搭載されている。
【0018】
ここで、画像データに対して施す画像処理の内容は、印刷媒体2の種類によって変更することが望ましい。たとえば最も単純な例としては、仮に印刷媒体2が通常よりも黄色がかった媒体であった場合には、通常と同じように印刷したのでは黄色っぽい画像になってしまう。そこで、通常よりも黄色を抑えて画像を印刷するために、画像処理の内容を変更することが望ましい。また、印刷媒体2の表面でインクが滲むと、噴射したインク同士が混ざって画質が悪化することがある。更には、印刷媒体2がインクで膨潤すると表面にシワが発生して、画質を悪化させる原因となる。インクの滲み易さや膨潤のし易さは印刷媒体2の種類によって変わるので、印刷媒体2の種類に応じて画像処理の内容を切り換えれば、こうした問題が発生することを回避可能である。
【0019】
そこで、本実施例の印刷装置10では、供給トレイ13の印刷媒体2がセットされる箇所(セットされた印刷媒体2の下側)に印刷媒体判別器50が搭載されている。図1では、印刷媒体判別器50に斜線を付して表示している。供給トレイ13にセットされた印刷媒体2は、印刷媒体判別器50の上方を通って噴射ヘッド20の下に搬送される。このとき制御部90は、画像を印刷しようとする印刷媒体2の種類を、印刷媒体判別器50を用いて判別することが可能となっている。印刷媒体判別器50を用いて種類が判別される印刷媒体2が、本発明における「被印刷媒体」に対応する。
【0020】
尚、本実施例の印刷装置10では、印刷媒体2の下側に印刷媒体判別器50が搭載されているものとして説明するが、印刷媒体2の上側に印刷媒体判別器50を搭載しても良い。印刷媒体2の下側に印刷媒体判別器50を搭載した場合には、印刷媒体判別器50を供給トレイ13に搭載した時に、供給トレイ13にセットされた印刷媒体2の枚数に依らずに印刷媒体判別器50と印刷媒体2との距離が一定となる。このため、印刷媒体2が供給トレイ13にセットされた段階で(すなわち印刷媒体2の搬送を開始する前に)、印刷媒体2の種類を判別することができる。これに対して、印刷媒体2の上側に印刷媒体判別器50を搭載した場合、印刷媒体判別器50を供給トレイ13の上方に搭載すると、供給トレイ13にセットされた印刷媒体2の枚数によって印刷媒体判別器50と印刷媒体2との距離が変わるので、印刷媒体2の種類を安定して判別することが困難となる。そこで、供給トレイ13からの印刷媒体2の搬送経路上に印刷媒体判別器50を搭載し、搬送中の印刷媒体2の種類を判別する。この場合、印刷媒体2の搬送開始後に印刷媒体2の種類を判別することになるので、判別にかけられる時間の制約は受けるが、画像が印刷される側の表面(印刷面)を検出して、印刷媒体2の種類を判別することができるという利点がある。
【0021】
図2は、本実施例の印刷装置10に搭載されている印刷媒体判別器50の大まかな構造を示す断面図である。図示されるように、印刷媒体判別器50は、対象物(ここでは印刷媒体2)に光を照射する光源52と、印刷媒体2で反射した光(反射光)の光強度を検出する受光部54と、光源52および受光部54の動作を制御する制御部56と、それらを収納するケース58などから構成されている。また、受光部54は、印刷媒体2からの反射光を集光するレンズ系54aと、レンズ系54aによって集められた光を分光する分光器100と、分光器100で分光された光を光センサー54cに導くレンズ系54bなどから構成されている。
【0022】
制御部56は、光源52を制御することによって、所定強度の光を印刷媒体2に向かって照射する。光源52としては、ハロゲンランプやLEDなどを用いることができるが、ある程度の波長範囲(たとえば可視領域や、紫外領域など)の光を発生させることが可能なことが望ましい。また、分光器100は、特定の狭い波長の光だけを透過するいわゆるバンドパスフィルターとして機能する。光を透過させる波長は、連続して変更可能であるか、あるいは複数の波長を切り換えることができる。詳細には後述するが、本実施例では、いわゆるファブリペロー干渉計の原理を利用した極めて小型の分光器100が使用されている。また、光センサー54cは、いわゆるフォトダイオードなどのように、受光した光強度に応じて信号を発生する。制御部56は、分光器100を制御して透過させる光の波長を変更しながら、光センサー54cからの信号を検出することによって、反射光のスペクトル(各波長での光強度のデータ)を検出する。また、光源52が印刷媒体2に照射する光のスペクトル(照射光のスペクトル)を予め調べておけば、その時の照射光のスペクトルに対する反射光のスペクトルの比率を算出することで、分光反射率を求めることも可能である。
【0023】
A−2.分光器の構成 :
図3は、本実施例の印刷装置10で用いられている分光器100の外観形状を示した斜視図である。図3(a)には、光が入射する側から見た分光器100が示されており、図3(b)には、光が出射する側から見た分光器100が示されている。尚、図中に一点鎖線で示した矢印は、分光器100に入射する光の向き、および分光器100から出射する光の向きを表している。
【0024】
図3(a)に示されるように、分光器100は、第1基板110と第2基板120とを重ねて構成されている。第1基板110および第2基板120は、シリコン材料(結晶性シリコン、あるいはアモルファスシリコン)や、ガラス材料によって形成されている。第1基板110の厚さは、高々2000μm程度(代表的には100〜1000μm)であり、第2基板120の厚さは、高々500μm程度(代表的には10〜100μm)である。また、第1基板110には、光が入射する側の表面に反射防止膜110ARが形成されている。分光器100の内部には、反射防止膜110ARが形成された表面の一部分(図中では細い破線で囲った部分)から光が入射する。反射防止膜110ARは誘電体多層膜によって構成され、分光器100に入射した光が反射することを防止する機能を有している。
【0025】
図3(b)に示されるように、分光器100の裏側(光が出射する側)の表面(すなわち第2基板120)には、中央に丸く反射防止膜120ARが形成されている。第2基板120に形成された反射防止膜120ARも、第1基板110の反射防止膜110ARと同様に、誘電体多層膜によって構成されている。もっとも、第2基板120の反射防止膜120ARは、分光器100から外部に出射しようとする光が、第2基板120の表面で反射して分光器100の内部に戻ることを防止する機能を有している。また、第2基板120には、反射防止膜120ARを取り囲むように細いスリット120sが形成されており、スリット120sは第2基板120を貫通している。更に、第2基板120には、略矩形の引出孔120a、120bも形成されている。
【0026】
図4は、分光器100の構造を示す分解組立図である。尚、図3を用いて前述したように、分光器100は、光が入射する側(第1基板110)の表面は単なる平面であるが、第1基板110の内側(第2基板120に面する側)は複雑な形状をしている。そこで、第1基板110の内側の形状が分かるように、図4では、分光器100を裏返した状態(図3(b)に示したように第2基板120が第1基板110の上に来るような状態)での分解組立図が示されている。
【0027】
前述したように第2基板120には、中央の反射防止膜120ARを取り囲むようにスリット120s(図3(b)参照)が形成され、このスリット120sは第2基板120を貫通している。この結果、図4に示されるように第2基板120は、中央の丸い可動部122(反射防止膜120ARが形成されている部分)と、その外側の周辺部126と、可動部122と周辺部126とを連結する複数(図示した例では4つ)の連結部124とに分割されている。
【0028】
この第2基板120の内側(第1基板110に向いた側)の面には、第2電極128が貼り付けられる。図4に示されるように第2電極128は、円環形状をした駆動電極部128aと、駆動電極部128aから延びる引出電極部128bとから構成され、肉厚が0.1〜5μm程度の金属箔で形成されている。第2電極128は、円環形状をした駆動電極部128aが、第2基板120の可動部122に対して同心となり、引出電極部128bの端部が第2基板120の引出孔120aの位置に来るように、第2基板120に対して位置合わせされている。
【0029】
一方、第1基板110の内側(第2基板120に向いた側)の面には、第1凹部112が形成され、更に第1凹部112の中央には、円形の第2凹部114が形成されている。尚、図3(a)中に細い破線で示した領域(分光器100に光が入射する領域)は、第2凹部114の底の部分に対応する。また、第1凹部112の形状は、大まかには、第2基板120の可動部122および連結部124に対応する形状となっている。更に第1凹部112は、第2基板120の引出孔120bに対応する箇所まで延設されている。
【0030】
この第1凹部112に、第1電極118が貼り付けられる。第1電極118も前述した第2電極128と同様に、円環形状をした駆動電極部118aと、駆動電極部118aから延びる引出電極部118bとから構成され、肉厚が0.1〜5μm程度の金属箔で形成されている。また、第1電極118は、円環形状をした駆動電極部118aが、円形の第2凹部114に対して同心となるように位置合わせされている。本実施例の分光器100は、以上に説明した第2基板120と第1基板110とが貼り合わされることによって構成されている。
【0031】
図5は、本実施例の分光器100の内部構造を示す断面図である。断面位置は、図3(b)に示したA−A位置である。上述したように、第2基板120には第2電極128が設けられており、第1基板110には、第1凹部112内に第1電極118が設けられている。このため、第2電極128の駆動電極部128aと、第1電極118の駆動電極部118aとの間には、第1凹部112の深さにほぼ相当するギャップG1が形成されている。
【0032】
また、第1基板110に設けられた第2凹部114の底面には、誘電体多層膜による第1反射膜110HRが形成されている。更に、第2基板120にも、第1反射膜110HRに向き合うようにして、誘電体多層膜による第2反射膜120HRが形成されている。従って、第1反射膜110HRと第2反射膜120HRとの間にもギャップG2が形成されている。第1反射膜110HRおよび第2反射膜120HRは、高い反射率で光を反射する機能を有している。このため、図中に一点鎖線の矢印で示したように分光器100に入射した光は、第2反射膜120HRと第1反射膜110HRとの間で何度も反射を繰り返すこととなり、いわゆるファブリペロー型の干渉系が構成される。その結果、ギャップG2の間隔によって定まる干渉条件を満たさない波長の光は、光の干渉によって、第2反射膜120HRおよび第1反射膜110HRの表面で急激に減衰し、干渉条件を満たす波長の光のみが分光器100から外部に出射される。
【0033】
また、ギャップG2の間隔は、以下のようにして変更することが可能である。先ず、第2基板120の可動部122には、第2電極128の駆動電極部128aが設けられており、第2電極128の引出電極部128bには、第2基板120に形成された引出孔120aからアクセス可能である。更に、第1基板110には、第2電極128の駆動電極部128aに向かい合うようにして、第1電極118の駆動電極部118aが設けられており、第1電極118の引出電極部118bには、第2基板120の引出孔120bからアクセス可能である(図4参照)。このため、引出孔120a、120bから第2電極128および第1電極118に同じ極性の電圧を印加すると、第2電極128の駆動電極部128aと、第1電極118の駆動電極部118aとを同じ極性に帯電させて、互いに反発力を発生させることができる。そして、第2基板120の可動部122は、細長い連結部124によって周辺部126から支えられているだけなので、第2電極128の駆動電極部128aと、第1電極118の駆動電極部118aとの間に働く反発力で連結部124が変形してギャップG1が広くなり、その結果、ギャップG2も広くなる。印加する電圧を大きくすると反発力も大きくなるので、ギャップG2はより一層広くなる。また、第2電極128の駆動電極部128aと、第1電極118の駆動電極部118aとを逆の極性に帯電させると吸引力が発生するので、ギャップG2を狭くすることができる。
【0034】
このように、本実施例の分光器100では、第2基板120に形成された引出孔120a、120bから第2電極128および第1電極118に電圧を印加することによって、ギャップG2の間隔を変更することができる。その結果、第2反射膜120HRと第1反射膜110HRとの間で干渉条件を変更して、干渉条件を満たす波長だけを分光器100から出射させることができる。図2に示した印刷媒体判別器50は、このようにして分光器100から出射した光の強度を光センサー54cで検出することによって、各波長での光強度のデータ(スペクトル)を検出している。
【0035】
図6には、このようにして得られたスペクトルのデータが例示されている。図示した例では、ある波長範囲(たとえば400nm〜700nm)を所定の波長幅(たとえば10nm)ずつ間隔を空けて、複数の波長での光強度を計測した結果が示されている。また、各波長で得られた光強度を、光源52からの照射光に含まれるその波長での強度で除算してやることによって、各波長での反射率(分光反射率)を算出することも可能である。
尚、図6に示した例では、31点の波長での光強度を計測しているが、計測する点数は、より少なくても、あるいは多くても構わない。また、光強度は入射光の強さによって数値が変化するのに対して、反射率は光源強度や受光素子感度に依らない値となるので便利である。そこで、以下では、もっぱら反射率を用いるものとする。尚、図6に例示した各波長での光強度のデータ(あるいは各波長での反射率のデータ)が、本発明における「分光強度」に対応し、光強度あるいは反射率が得られる波長が、本発明における「計測波長」に対応する。更に、各波長での光強度のデータ(あるいは各波長での反射率のデータ)を計測する印刷媒体判別器50が、本発明における「分光強度計測手段」に対応する。
【0036】
図6に示すような分光反射率は、印刷媒体2の種類に応じて変化する。従って、印刷装置10の供給トレイ13にセットされた(画像が印刷される前の)印刷媒体2についての分光反射率を計測すれば、印刷媒体2の種類を判別することが可能である。もっとも、光強度の計測値にはばらつきがある。また、同じ種類の印刷媒体2であっても、計測する位置の違いや、製造ロットの違いによって計測値がばらつくことも考えられる。従って、分光反射率が完全に一致しなくても、同じ種類の印刷媒体2であると判断できなければならない。かといって、許容範囲を広げると誤判定し易くなる。そこで、本実施例の印刷装置10では、異なる波長で得られた計測値のばらつきを調べておき、その結果に基づいて、マハラノビス距離と呼ばれる一種の統計量を算出することで、たいへんに高い精度で印刷媒体2の種類を判別可能としている。以下では、異なる波長間での計測値の関係を示す行列(共分散行列)について説明し、次に、マハラノビス距離を用いて印刷媒体2の種類を判別して画像を印刷する処理について説明する。
【0037】
B.共分散行列 :
図7は、ある印刷媒体2についての分光反射率を複数回繰り返して計測することによって共分散行列を求める方法を示した説明図である。図7(a)には、ある種類の印刷媒体2について得られた分光反射率の計測結果が示されている。計測に際しては、印刷媒体2の計測位置や製造ロットを異ならせて、複数回(ここでは50回)計測した。図7(a)に示した白丸は、複数回の計測によって各波長で得られた反射率の平均値を示している。また、白丸から上下方向に延びる矢印は、計測値のばらつき(分散)を表している。ここで、図7(a)に示される平均値および分散は各波長で別々に算出された数値であって、波長間での関係を示すものではない。たとえば波長n5と波長n9とでは、どちらの波長も同じ程度にばらつくという以上のことは分からない。しかし、共分散を求めると、それぞれの波長間での関係を知ることができる。
【0038】
たとえば、図7(b)および図7(c)には、毎回の計測時に得られた波長n5での反射率と波長n9での反射率との関係を表した分布図が例示されている。図中のAV5は波長n5での反射率の平均値を示しており、AV9は波長n9での反射率の平均値を示している。また、黒い矢印は、それぞれの波長での反射率の分散を示している。図7(b)あるいは図7(c)の何れの分布図も、波長n5単独で見れば同じ分散を示しており、波長n9単独で見れば同じ分散を示している。しかし、2つの分布図を見れば明らかなように、2つの波長で得られる計測値の関係は大きく異なっている。たとえば、図7(b)に示した分布図では、波長n5での計測値が平均値AV5より大きい時には、波長n9での計測値が平均値AV9より小さくなり、逆に、波長n5での計測値が小さい時には、波長n9での計測値が大きくなる傾向を示している。これに対して、図7(c)に示した分布図では、このような傾向は全く見られない。このような2つの波長間での分布状況は、共分散と呼ばれる指標を用いて表現することができる。
【0039】
図7(d)には、波長n5と波長n9との間の共分散s59を求める算出式が示されている。式中のn5,n9は、毎回の計測で得られた波長n5あるいは波長n9での反射率である。また、式中のNは、計測回数(ここでは50回)である。図7(b)に示したように右下がりの分布が得られる場合は、共分散はマイナスの値となり、右上がりの分布の場合は、共分散はプラスの値となる。また、図7(c)に示したように、分布に傾向が見られなくなる程、共分散の値は小さくなる。従って、2つの波長(ここでは波長n5と波長n9)で得られた反射率の共分散を求めれば、それら2つの波長間での分布状況を知ることができる。逆に言えば、図7(a)に示したように、単に各波長での平均値および分散を求めただけでは、図7(b)や図7(c)に示した波長間での分布状況に関する情報(すなわち、波長間での反射率の関係に関する情報)は捨てていることになる。
【0040】
以上では、波長n5と波長n9とに着目して、それら波長間での反射率の関係を表す共分散s59について説明した。もちろん、このような共分散は、全ての波長の組み合わせについて考えることができる。たとえば、波長n1と波長n2とに着目すれば共分散s12を求めることができ、波長n1と波長n3とに着目すれば共分散s13を求めることができる。こうして、全ての波長の組み合わせについて求めた共分散を行列の形で表したものが、図7(e)に示した「共分散行列」と呼ばれる行列である。尚、共分散行列の対角成分の値(たとえばs11,s22など)は、図7(d)の計算式から明らかなように分散となる。たとえばs11は波長n1で得られる反射率の分散を示し、s22は波長n2で得られる反射率の分散を示している。また、図7(d)に示した共分散を求める計算式から明らかなように、s12=s21、s13=s31・・・という関係が成り立つ。従って、共分散行列は必ず対称行列となる。
【0041】
本実施例では、市販の36種類の印刷媒体2について、上述した共分散行列を求めておく。図8には、それぞれの印刷媒体2について得られた共分散行列RA,RB,RC・・・が例示されている。本実施例の印刷装置10の制御部90のメモリー92には、このような36種類のサンプルについての共分散行列が予め記憶されている。また、各波長での反射率の平均値(以下では、平均分光反射率と呼ぶ)も、それぞれの印刷媒体2について予め求めて制御部90のメモリー92に記憶しておく。そして、画像を印刷するに際しては、印刷媒体判別器50(図1参照)を用いて印刷媒体2の分光反射率を検出し、制御部90のメモリー92に記憶されている平均分光反射率および共分散行列を用いて印刷媒体2の種類を判別する。こうすることによって、印刷媒体2の種類に応じて適切に画像を印刷することが可能となる。以下では、本実施例の印刷装置10で行われる印刷処理について説明する。尚、平均分光反射率や共分散行列が記憶されている複数種類の印刷媒体2が、本発明における「基準印刷媒体」に対応する。また、平均分光反射率が本発明における「平均分光強度」に対応し、共分散行列が本発明における「共分散情報」に対応する。更に、平均分光反射率や共分散行列を記憶している制御部90のメモリー92が、本発明における「平均分光強度記憶手段」および「共分散情報記憶手段」に対応する。
【0042】
C.印刷処理 :
図9は、本実施例の印刷装置10で行われる印刷処理のフローチャートである。この処理は、制御部90によって実行される。印刷処理では、先ず始めに、印刷媒体判別器50を用いて印刷媒体2の種類を判別する処理(媒体種類判別処理)を開始する(ステップS10)。
【0043】
図10には、媒体種類判別処理のフローチャートが示されている。媒体種類判別処理を開始すると、印刷媒体判別器50を用いて印刷媒体2の分光反射率を計測する(ステップS100)。すなわち、図5を用いて前述したように、分光器100の第1電極118および第2電極128に印加する電圧を切り換えてギャップG2の間隔を変更しながら、光センサー54cで光強度を検出する。その結果、図6に例示したような分光反射率を計測することができる。
【0044】
続いて、計測した分光反射率と各サンプルとの間のマハラノビス距離を算出する(ステップS102)。本実施例では、市販されている36種類の印刷媒体2がサンプルとして用意され、各サンプルについての平均分光反射率および共分散行列が予め記憶されているから、36個のマハラノビス距離が算出される。ここで、マハラノビス距離について説明する。
【0045】
図11は、マハラノビス距離が如何なるものであるかを概念的に示した説明図である。仮に、あるグループ(ここではGr.Aとする)についての平均値aと、別のグループ(ここではGr.Bとする)についての平均値bとが分かっている状況で、新たな試料についての計測値xが得られたとする。図11(a)に示されるように、計測値xが、平均値bよりも平均値aに近ければ(偏差が小さければ)、その試料はGr.Aに属するものと考えるのが通常である。しかしこれは、Gr.AとGr.Bとで、計測値のばらつきが同程度であるという前提の上で成り立つことである。従って、Gr.AおよびGr.Bの計測値のばらつきを考慮すると、結論が逆になる場合も起こり得る。
【0046】
たとえば、図11(b)に例示したような場合には、たとえ試料の計測値xが平均値bより平均値aに近くても、その試料はGr.Bに属すると考えられる。すなわち、確かに計測値xと平均値aとの偏差は、計測値xと平均値bとの偏差よりも小さいが、その試料がGr.Aに属すると考えるには、計測値xと平均値aとの偏差が、Gr.Aの計測値のばらつきに比べて大きすぎる。これに対して、計測値xと平均値bとの偏差は、Gr.Bの計測値のばらつきに比べれば小さいので、その試料がGr.Bに属すると考えた方がむしろ自然である。このように、計測値と平均値との偏差だけでなく、計測値のばらつき(分散)に対する偏差の比率も考慮することによって、より正しく判断することができる。マハラノビス距離とは、このように計測値のばらつきまでを考慮した上で、試料が何れのグループに属すると考えられるかを示す指標である。あるグループに属する可能性が高くなるほど、そのグループに対するマハラノビス距離は小さくなる。
【0047】
図11(b)に例示したように、計測値xが一次元の場合は、計測値と平均値との偏差を二乗して、その値を分散で除算することによってマハラノビス距離(正確にはマハラノビス距離の二乗値)を算出することができる。図11(c)には、マハラノビス距離を求める計算式が示されている。式中のxは計測値を示しており、avは平均値を、sは分散を示している。
【0048】
また、マハラノビス距離は多次元にも拡張することができる。最も単純な場合として二次元のマハラノビス距離について説明する。二次元の場合は、計測する度にx1,x2の2つの計測値が得られる。また分散については、x1についての分散、x2についての分散だけでなく、x1とx2との間での共分散を考えることができる。そこで、図11(c)に示した計算式の計測値xをベクトル(x1,x2)で置き換え、分散sを共分散行列で置き換えることによって、図11(d)に示した二次元のマハラノビス距離を求める計算式を得ることができる。尚、式中のav1、av2は、それぞれx1,x2についての平均値を表している。また、共分散行列の右肩に付けられた「−1」は逆行列を表している。更に、ベクトル(x1,x2)に付けられた「T」は転置ベクトルを表している。
【0049】
図11(d)に示した算出式で、ベクトル(x1−av1.x2−av2)を大文字の「X」で表し、共分散行列を大文字の「R」で表せば、二次元のマハラノビス距離の算出式は、図11(e)で表すことができる。この図11(e)の算出式は、そのまま三次元以上の多次元のマハラノビス距離の算出式として用いることができる。すなわち、n次元のマハラノビス距離を算出する場合は、「X」がn個の成分を有するベクトルとなり、「R」がn行n列の共分散行列となる。
【0050】
以上、マハラノビス距離について説明したが、図10のステップS100で得られる分光反射率は、n個の波長での反射率であるからn次元の計測値である(図6参照)。また、このような分光反射率から求めた共分散行列は、n行n列の行列となる(図7(e)参照)。そして、印刷装置10の制御部90に搭載されたメモリー92には、複数のサンプルについての平均分光反射率および共分散行列が予め記憶されている。そこで、図10に示した媒体種類判別処理では、印刷媒体2の分光反射率を計測すると(ステップS100)、続くステップS102において、計測した分光反射率から各サンプルへのマハラノビス距離を、図11(e)の算出式を用いて算出する。そして、マハラノビス距離が最も小さな値となるサンプルを検出し(ステップS104)、印刷媒体2は、そのサンプルと同じ種類であると判断する(ステップS106)。尚、本実施例では、制御部90が各サンプルへのマハラノビス距離を算出しているから、制御部90が本発明における「マハラノビス距離取得手段」に対応する。
【0051】
図12には、複数の印刷媒体2について、マハラノビス距離に基づいて印刷媒体の種類を判定した結果を示す説明図である。たとえば、試料1という印刷媒体2については、サンプルAに対するマハラノビス距離は「1」、サンプルBに対するマハラノビス距離は「24」、サンプルCに対するマハラノビス距離は「24」、サンプルDに対するマハラノビス距離は「11」といったように、各サンプルに対するマハラノビス距離が算出されている。従って、試料1は、マハラノビス距離が最も小さいサンプルAと同じ種類と判断する。他の試料についても同様にして、印刷媒体2の種類を判別することができる。種々の印刷媒体2で確認したところ、100%の確率で印刷媒体2の種類を判別可能なことが確認されている。こうして、36種類の市販のサンプルの中から、印刷媒体2に最も近いサンプルを特定したら、図10の媒体種類判別処理を終了して、図9の印刷処理に復帰する。尚、マハラノビス距離に基づいて印刷媒体2の種類を特定する処理は制御部90が行っているから、本実施例においては制御部90が、本発明における「媒体種類決定手段」に対応する。
【0052】
図9に示されるように、印刷処理では、媒体種類判別処理(ステップS10)から復帰すると、判別した印刷媒体2の種類に応じて、画像処理内容を選択する(ステップS20)。本実施例では、色変換テーブルを切り換えることによって画像処理の内容を選択するものとする。ここで色変換テーブルとは、印刷媒体2に噴射するインクの密度を、画像データから決定するために参照されるテーブルである。色変換テーブルには、画像データの階調値と、印刷媒体2に噴射するインクの密度を示すデータとが対応付けて記憶されている。
【0053】
図13に示すように、本実施例の制御部90のメモリー92には、印刷媒体2毎に色変換テーブルが設定されている。これらの色変換テーブルは、印刷媒体2の地色や、インクの滲み易さ、膨潤し易さなどを考慮して最適な画像が得られるように、画像データに対するインクの密度が設定されている。そこで、ステップS20では、前述した媒体種類判別処理で判別された印刷媒体2の種類に対応する色変換テーブルを選択することによって、画像処理の内容を選択する。尚、これら印刷媒体2に対応する色変換テーブルは、制御部90のメモリー92に記憶されていることから、本実施例における制御部90のメモリー92が、本発明における「画像処理内容記憶手段」に対応する。
【0054】
そして、印刷しようとする画像の画像データに対して、選択した内容の画像処理を実施する(ステップS30)。本実施例では、選択した色変換テーブルを参照することによって画像データをインクの密度を示すデータに変換した後、得られたデータに基づいて、噴射ヘッド20のノズルからインクを噴射する噴射量やタイミングなどを決定する処理を行う。その後、処理結果に基づいて、印刷媒体2を少しずつ搬送し且つ噴射ヘッド20を主走査しながら、実際にインクを噴射することによって、印刷媒体2に画像を印刷した後(ステップS40)、図9の印刷処理を終了する。尚、選択された画像処理を実行して印刷媒体2上に画像を印刷する処理は制御部90が行っているから、本実施例における制御部90が、本発明における「画像印刷手段」に対応する。
【0055】
以上に説明したように、本実施例の印刷装置10では、画像の印刷に先立って印刷媒体2の種類を判別し、判別結果に応じて画像を印刷している。このため、印刷装置10の操作者が印刷媒体2の種類を設定しなくても、自動で印刷媒体2の種類を判別して適切に画像を印刷することができる。更に、印刷媒体2の搬送条件(厚み・送り速度など)の設定や、印刷媒体2の乾燥条件の設定などを、自動で行うことも可能となる。
【0056】
また、印刷媒体2の種類を判別するに際しては、複数のサンプルについての平均分光反射率および共分散行列を予め記憶しておき、各サンプルに対するマハラノビス距離を算出することによって、印刷媒体2の種類を判別している。図7を用いて前述したように、共分散を用いれば、各波長での計測値のばらつき(分散)だけでなく、複数の波長間での関係(分布状況など)も考慮することができる。従って、平均分光反射率および共分散行列を用いて算出したマハラノビス距離に基づいて印刷媒体2の種類を判別してやれば、各波長での反射率だけでなく、各波長間での反射率の関係も考慮した上で、計測した分光反射率に最も近いサンプルを選択することができる。このため、非常に高い確率(実際に確認した結果では100%の確率)で、印刷媒体2の種類を正しく判別することが可能となる。その結果、印刷装置10の操作者が印刷媒体2の種類の設定を間違えたり、あるいは設定を忘れたために以前の設定のままとなっていたりなどの要因で、印刷媒体2の種類が誤って設定されたまま画像が印刷されることがなく、常に適切に画像を印刷することが可能となる。
【0057】
もちろん、分光反射率を計測した印刷媒体2が、サンプルとしてデータが記憶されていない種類の印刷媒体2(いわゆる未知の印刷媒体2)であることも起こり得る。このような場合、実際とは異なる種類の印刷媒体2と判別してしまうことになる。しかし、マハラノビス距離が最も小さいサンプルと同じ種類であると判断したということは、その印刷媒体2に最も近いサンプルであると判断したことになる。従って、たとえ未知の印刷媒体2であったとしても、印刷装置10が可能な範囲で、最も適切と考えられる画像処理が行われるので、適切に画像を印刷することが可能となる。
【0058】
D.変形例 :
上述した実施例では、印刷媒体判別器50で計測した分光反射率をそのまま用いてマハラノビス距離を算出した。印刷媒体判別器50で得られる分光反射率は、複数(図6に示した例では31点)の波長での反射率であるから、複数次元(図6に示した例では31次元)でマハラノビス距離を算出することになる。計測する波長の数を減らせば、計測も速くなり、マハラノビス距離の算出も速くなるが、計測する波長の数を減らすと印刷媒体2の判別精度の悪化が懸念される。そこで、印刷媒体判別器50で得られた分光反射率をそのまま用いてマハラノビス距離を算出するのではく、主成分分析を用いて分光反射率の次元数を減らした上で、少ない次元数でマハラノビス距離を算出して印刷媒体2の種類を判別するようにしても良い。以下では、このような変形例の媒体種類判別処理について説明する。
【0059】
先ず始めに、主成分分析を用いて次元数を減らす方法について説明する。尚、主成分分析そのものは周知の手法であるため、以下では概要のみを説明する。主成分分析を用いて次元数を減らすためには、主成分ベクトルを求めておく必要がある。主成分ベクトルは種々の方法で求めることができるが、ここでは共分散行列を用いた方法について説明する。共分散行列は対称行列であるから、複数の固有ベクトルは直交し、また各固有ベクトルに対応する固有値は実数となる。そして共分散行列は、これら複数の固有ベクトルと、各固有ベクトルに対する固有値とを用いて展開することができる。
【0060】
図14には、共分散行列Rを、複数の固有値λと、各固有値λに対する列ベクトルとを用いて展開した様子が示されている。尚、式中のUは1つめの固有ベクトルを表しており、λ1はUに対する固有値を表している。また、式中のUは2つめの固有ベクトルを表しており、λ2はUに対する固有値を表している。以下、同様に、式中のUはn個めの固有ベクトルを表しており、λnはUに対する固有値を表している。尚、固有値および固有ベクトルは、共分散行列Rの次数に相当する数だけ存在する。こうして求めた固有ベクトルのうち、上位の固有ベクトルを主成分ベクトルとして用いることで、印刷媒体判別器50で得られた分光反射率の情報をほとんど損なうことなく、次元数だけを減らすことができる。
【0061】
図15には、上位の固有ベクトルを主成分ベクトルとして用いることで、印刷媒体判別器50で得られた分光反射率の次元数を減らす様子が示されている。図示した例では、上位8つの固有ベクトルを主成分ベクトルとして用いている。尚、これら主成分ベクトルも、分光反射率の次元数と同じ次元を有する列ベクトルである。今、印刷媒体判別器50で分光反射率のデータ(x1,x2,・・・・、xn)が得られたものとする。図6に示した例では、31次元のデータが得られる。この分光反射率のデータと、1つめの主成分ベクトルUとの内積を求めて、得られた主成分値をy1とする。また、分光反射率のデータと、2つめの主成分ベクトルUとの内積を求めて、得られた主成分値をy2とする。このようにして各主成分ベクトルに対する内積を求めていけば、主成分ベクトルの数(図15に示した例では8つ)に相当する個数の主成分値yを求めることができる。すなわち、印刷媒体判別器50で得られた分光反射率の次元数(図6の場合は31次元)を、主成分ベクトルの個数に相当する数に相当する次元数(図15に示した例では8次元)に減らしたことになる。尚、本実施例では、主成分ベクトルが本発明における「主成分」に対応する。
【0062】
また、このように主成分ベクトルを用いて次元数を減らした場合は、単に反射率を計測する波長を間引いて次元数を減らした場合とは異なり、元も情報をほとんど失わないことが知られている。また、下位の固有ベクトルは主成分ベクトルとして用いていないが、このような下位の主成分ベクトルに対する主成分値はノイズ成分であると考えられる。従って、次元数を下げることで、ノイズ成分を取り除くことが可能となる。変形例の媒体種類判別処理では、このような主成分値yを分光反射率の代わりに用いてマハラノビス距離を算出することで、ノイズ成分の影響を受けることなく、より安定して印刷媒体2の種類を判別することができる。
【0063】
図16は、変形例の媒体種類判別処理のフローチャートである。この処理は、図9に示した印刷処理の中で、媒体種類判別処理(ステップS10)の代わりに実行される処理である。変形例の媒体種類判別処理(ステップS15)においても、処理を開始すると始めに、印刷媒体判別器50を用いて印刷媒体2の分光反射率を計測する(ステップS150)。続いて、予め求めておいた複数の主成分ベクトルに対する内積を求めることによって、分光反射率から複数個の主成分値を抽出する(ステップS152)。尚、分光反射率から主成分値を抽出する処理は制御部90で行われるから、本実施例では制御部90が本発明における「主成分値抽出手段」に対応する。
【0064】
次に、各サンプルに対するマハラノビス距離を算出する(ステップS154)。前述した実施例では、印刷媒体判別器50で得られた各波長での平均反射率および共分散行列をサンプル毎に求めておき、各サンプルに対するマハラノビス距離を算出した。これに対して、変形例では、各波長での反射率の代わりに複数の主成分値を用いる。そこで、各主成分値についての平均値および共分散行列をサンプル毎に求めておき、これらを用いて各サンプルに対するマハラノビス距離を算出する。
【0065】
そして、各サンプルの中で、マハラノビス距離が最小のサンプルを検出し(ステップS156)、印刷媒体2の種類は、そのサンプルと同じ種類であると判断して(ステップS158)、図16に示した変形例の媒体種類判別処理を終了する。
【0066】
以上に説明した変形例の媒体種類判別処理では、マハラノビス距離を算出する際の次元数を減らすことができるので、マハラノビス距離を迅速に算出して、印刷媒体2の種類を迅速に判別することができる。また、主成分ベクトルや、主成分値の平均値、主成分値についての共分散行列は予め求めておくことができるので、実際の計算が複雑になることはない。もちろん、印刷媒体判別器50で得られた分光反射率から主成分ベクトル毎の主成分値を算出する処理は新たに必要となるが、この処理は単にベクトル間の内積を取るだけなので、極めて短時間で終了する。従って、印刷媒体2の種類を判別するために要する時間を大幅に短縮することが可能となる。
【0067】
また、印刷媒体判別器50で得られた分光反射率をより次元の少ない主成分値に変換する際に、ノイズ成分が除かれて、印刷媒体2の種類毎の特徴がより明確になる。この結果、変形例の媒体種類判別処理では、より安定して印刷媒体2の種類を判別することが可能となる。
【0068】
以上、本発明の印刷装置10について、実施例および変形例を用いて説明したが、本発明は上記の実施例および変形例に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様で実施することが可能である。
【0069】
たとえば、上述した実施例あるいは変形例では、印刷媒体判別器50の光源52から光を照射し、印刷媒体2で反射した反射光の光強度を検出して、分光強度を計測するものとして説明した。しかし、反射光の光強度ではなく、印刷媒体2を透過した光の光強度を検出して、分光強度を計測するようにしても良い。
【0070】
また、上述した実施例および変形例では、印刷装置10がいわゆるインクジェットプリンターであるものとして説明した。しかし、印刷媒体2上に色材を付着させて画像を印刷するのであれば、レーザープリンターなど異なる方式の印刷装置に対しても好適に適用することができる。
【符号の説明】
【0071】
2…印刷媒体、 10…印刷装置、 11…前面カバー、
12…排出口、 13…供給トレイ、 15…操作ボタン、
20…噴射ヘッド、 30…駆動機構、 32…タイミングベルト、
34…駆動モーター、 50…印刷媒体判別器、 52…光源、
54…受光部、 54a,b…レンズ系、 54c…光センサー、
56…制御部、 58…ケース、 90…制御部、
92…メモリー、 100…分光器、 110…第1基板、
110AR…反射防止膜、 110HR…第1反射膜、 112…第1凹部、
114…第2凹部、 118…第1電極、 118a…駆動電極部、
118b…引出電極部、 120…第2基板、 120a,b…引出孔、
120s…スリット、 120AR…反射防止膜、 120HR…第2反射膜、
122…可動部、 124…連結部、 126…周辺部、
128…第2電極、 128a…駆動電極部、 128b…引出電極部、
G1…ギャップ、 G2…ギャップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
画像データに対して所定の画像処理を施して、該画像処理後の画像データに基づいて印刷媒体上に画像を印刷する印刷装置であって、
複数種類の予め定められた印刷媒体である基準印刷媒体に対応させて、前記画像データに対して施す前記画像処理の内容を記憶している画像処理内容記憶手段と、
前記画像が印刷される前の印刷媒体である被印刷媒体に光を照射して、複数の予め定められた計測波長での光強度である分光強度を計測する分光強度計測手段と、
前記分光強度を複数回計測して、前記計測波長毎に該分光強度の平均値を求めることによって得られた平均分光強度を、複数種類の前記基準印刷媒体について記憶している平均分光強度記憶手段と、
前記分光強度を複数回計測して、該分光強度の複数の前記計測波長の間での共分散を求めることによって得られた共分散情報を、複数種類の前記基準印刷媒体について記憶している共分散情報記憶手段と、
前記被印刷媒体について得られた前記分光強度と、複数種類の前記基準印刷媒体についての前記平均分光強度および前記共分散情報とに基づいて、該被印刷媒体と複数種類の該基準印刷媒体との間のマハラノビス距離を取得するマハラノビス距離取得手段と、
複数種類の前記基準印刷媒体との間で得られた前記マハラノビス距離に基づいて、前記被印刷媒体の種類を、複数の該基準印刷媒体の中から決定する媒体種類決定手段と、
決定された前記基準印刷媒体に対応させて記憶されている前記画像処理を前記画像データに施して、前記被印刷媒体上に画像を印刷する画像印刷手段と、
を備える印刷装置。
【請求項2】
請求項1に記載の印刷装置であって、
前記分光強度に対して主成分分析を行って、所定の複数個の主成分に対する複数個の主成分値を抽出する主成分値抽出手段を備え、
前記平均分光強度記憶手段は、複数個の前記主成分に対して複数個得られる前記平均分光強度の主成分値を、前記平均分光強度として記憶している手段であり、
前記共分散情報記憶手段は、複数個の前記主成分に対して複数個得られる前記分光強度の主成分値の間での共分散を、前記共分散情報として記憶している手段である
印刷装置。
【請求項3】
画像データに対して所定の画像処理を施して、該画像処理後の画像データに基づいて印刷媒体上に画像を印刷する印刷方法であって、
複数種類の予め定められた印刷媒体である基準印刷媒体に対応させて、前記画像データに対して施す前記画像処理の内容を記憶しておく画像処理内容記憶工程と、
前記画像が印刷される前の印刷媒体である被印刷媒体に光を照射して、複数の予め定められた計測波長での光強度である分光強度を計測する分光強度計測工程と、
前記分光強度を複数回計測して、前記計測波長毎に該分光強度の平均値を求めることによって得られた平均分光強度を、複数種類の前記基準印刷媒体について記憶しておく平均分光強度記憶工程と、
前記分光強度を複数回計測して、該分光強度の複数の前記計測波長の間での共分散を求めることによって得られた共分散情報を、複数種類の前記基準印刷媒体について記憶しておく共分散情報記憶工程と、
前記被印刷媒体について得られた前記分光強度と、複数種類の前記基準印刷媒体についての前記平均分光強度および前記共分散情報とに基づいて、該被印刷媒体と複数種類の該基準印刷媒体との間のマハラノビス距離を取得するマハラノビス距離取得工程と、
複数種類の前記基準印刷媒体との間で得られた前記マハラノビス距離に基づいて、前記被印刷媒体の種類を、複数の該基準印刷媒体の中から決定する媒体種類決定工程と、
決定された前記基準印刷媒体に対応させて記憶されている前記画像処理を前記画像データに施して、前記被印刷媒体上に画像を印刷する画像印刷工程と、
を備える印刷方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2013−107269(P2013−107269A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−253727(P2011−253727)
【出願日】平成23年11月21日(2011.11.21)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】