説明

卵膜由来細胞の細胞外マトリクスを用いた多能性幹細胞の培養方法

【課題】安全で且つ効率の良い多能性幹細胞の維持培養や樹立を可能とする方法、及び当該方法を開発あるいは実施するための手段等の提供。
【解決手段】脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスの存在下で多能性幹細胞を培養することを特徴とする、多能性幹細胞の培養方法;脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスを含有してなる多能性幹細胞の培養剤等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は多能性幹細胞の新規な培養方法に関する。より詳細には、脱落膜由来細胞、特に脱落膜由来の間葉系細胞又は該細胞から得られる細胞外マトリクスを用いる多能性幹細胞の培養方法;脱落膜由来間葉系細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスを含有してなる、多能性幹細胞の培養剤;脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスでコーティングされた、多能性幹細胞培養用の培養器等に関する。
【背景技術】
【0002】
ES(hES)細胞やiPS(hiPS)細胞等のヒト多能性幹細胞は、難治性疾患の細胞治療の優れた材料として強く期待されている。hES細胞の導出及びそれらの維持培養は多くの研究室で日常的に行われ、同時に、例えばドーパミン作動性ニューロン、心筋細胞や島細胞等の医学的に有用な細胞種へと分化誘導されている。
【0003】
従来、ヒトES細胞、iPS細胞等のヒト多能性幹細胞の維持培養や樹立等には、主に動物(特にマウス)由来のフィーダー細胞(例、MEF(マウス胎児線維芽細胞))との共培養が用いられてきた。しかし、動物(例えばマウス)由来の成分を含む培養法は、医療に用いる際には異種移植と同様の感染、抗原性のリスクを持つため、安全な代替法が必要である。
【0004】
MEFの代替となる手段が2つ知られている。一つはヒトのフィーダー細胞である。包皮線維芽細胞等の初代培養物を用いたhES細胞の維持培養が報告されている(非特許文献1)。ヒト多能性幹細胞の維持培養を可能とする活性は、その他、種々のヒト細胞種でも報告されている(成人の卵管上皮細胞、胎児の皮膚線維芽細胞(非特許文献2)、骨髄間葉細胞(非特許文献3)、及び成人の皮膚線維芽細胞(非特許文献4))。しかしながら、ヒト由来の組織はその入手が困難であり、日常的に使用するのは容易ではない。患者からの適切なインフォームドコンセントが必要なことに加え、得られる組織量も通常少量であり、継代数がしばしば限られたものとなる。さらに、ヒトのフィーダー細胞の維持培養活性はしばしばバッチ毎に異なり、均一に、且つ再現性よく活性を得ることは困難である。
【0005】
MEFの代替手段の2つめは、細胞外マトリクスを培養基質として使用することである(特許文献1)。マトリクス基質は、無細胞であるので、hES細胞等の培養時におけるフィーダー細胞の混入という問題点を回避することができる。加えてマトリクス基質は通常安定である。マウス腫瘍細胞株(EHS肉腫)から産生されるマトリゲルは最も普通に用いられている細胞外マトリクスであり、hES細胞等の培養において、強い維持培養活性を有している(非特許文献5)。またMEFの細胞外マトリクスにも同様の維持培養活性が報告されている(非特許文献6)。しかしながら、これらのマトリクスは動物由来であり、異種動物由来成分不含ではありえない。従ってこの場合も医療応用上のリスクがある点ではMEFを用いる場合と同じである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−59号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Hovatta O, Mikkola M, Gertow K et al. A culture system using human foreskin fibroblasts as feeder cells allows production of human embryonic stem cells. Hum Reprod 2003;18:1404-1409.
【非特許文献2】Richards M, Fong CY, Chan WK et al. Human feeders support prolonged undifferentiated growth of human inner cell masses and embryonic stem cells. Nat Biotechnol 2002;20:933-936.
【非特許文献3】Cheng L, Hammond H, Ye Z et al. Human adult marrow cells support prolonged expansion of human embryonic stem cells in culture. Stem Cells 2003;21:131-142.
【非特許文献4】Richards M, Tan S, Fong CY et al. Comparative evaluation of various human feeders for prolonged undifferentiated growth of human embryonic stem cells. Stem Cells 2003;21:546-556.
【非特許文献5】Xu C, Inokuma MS, Denham J et al. Feeder-free growth of undifferentiated human embryonic stem cells. Nat Biotechnol 2001;19:971-974.
【非特許文献6】Klimanskaya I, Chung Y, Meisner L et al. Human embryonic stem cells derived without feeder cells. Lancet 2005;365:1636-1641.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、安全で且つ効率の良いヒト多能性幹細胞の維持培養や樹立を可能とする方法、及び当該方法を開発あるいは実施するための種々の手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題に鑑み、鋭意検討を行った結果、分娩の副産物として容易にかつ大量に入手可能な脱落膜由来の間葉系細胞、及び脱落膜由来間葉系細胞から得られる細胞外マトリクスに、強い細胞維持培養支持活性が存在することを見出し、さらに当該細胞あるいは当該マトリクスを用いて、安全で、且つ効率的にヒト多能性幹細胞の維持培養を行う技術を確立して本発明を完成するに至った。すなわち本発明は以下の通りである。
【0010】
(1)脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスの存在下で多能性幹細胞を培養することを特徴とする、多能性幹細胞の培養方法。
(2)脱落膜由来細胞が、間葉系細胞である、上記(1)記載の方法。
(3)脱落膜由来細胞と多能性幹細胞の両方が同種の哺乳動物に由来するものである、上記(1)記載の方法。
(4)哺乳動物がヒトである、上記(3)記載の方法。
(5)多能性幹細胞が、ヒトES細胞又はヒトiPS細胞である、上記(1)記載の方法。
(6)脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスを含有してなる、多能性幹細胞の培養剤。
(7)脱落膜由来細胞が、間葉系細胞である、上記(6)記載の剤。
(8)脱落膜由来細胞と多能性幹細胞の両方が同種の哺乳動物に由来するものである、上記(6)記載の剤。
(9)哺乳動物がヒトである、上記(8)記載の剤。
(10)多能性幹細胞が、ヒトES細胞又はヒトiPS細胞である、上記(6)記載の剤。
(11)脱落膜由来細胞の細胞外マトリクスでコーティングされた、多能性幹細胞培養用の培養器。
(12)脱落膜由来細胞が、間葉系細胞である、上記(11)記載の培養器。
(13)脱落膜由来細胞と多能性幹細胞の両方が同種の哺乳動物に由来するものである、上記(11)記載の培養器。
(14)哺乳動物がヒトである、上記(13)記載の培養器。
(15)多能性幹細胞が、ヒトES細胞又はヒトiPS細胞である、上記(11)記載の培養器。
(16)以下の(i)及び(ii)を含む、多能性幹細胞の培養用キット;
(i)脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスを含有してなる、多能性幹細胞の培養剤、
(ii)多能性幹細胞の培養に使用すべき、又は使用され得ることを記載した説明書。
(17)以下の(i)及び(ii)を含む、多能性幹細胞の培養用キット;
(i)脱落膜由来細胞の細胞外マトリクスでコーティングされた、多能性幹細胞培養用の培養器、
(ii)多能性幹細胞の培養に使用すべき、又は使用され得ることを記載した説明書。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、安全で、且つ効率的にヒト多能性幹細胞の維持培養が可能となる。本発明の多能性幹細胞の培養剤や培養器は、その材料となる脱落膜が分娩時に大量且つ比較的容易に入手可能なことから、十分な量的供給にも対応できる。さらに一度に大量を調製することができるため、均一な品質管理(活性及び安全性)が可能となる。また、本発明において用いられる脱落膜由来細胞の細胞外マトリクスでコーティングされた培養器(例、培養デッシュ)は冷蔵庫で長期間(例えば8ヶ月以上)の保存が可能であり、臨床に応用する場合、事前に十分な安全性や活性に関する試験を行い、品質管理されたものを提供することができる。かかる品質管理は創薬や毒性試験等に用いる場合にも重要である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】脱落膜由来間葉系細胞を調製する手順を模式的に示した図である。
【図2】脱落膜由来間葉系細胞の位相差像を示す顕微鏡写真である。
【図3】ヒト卵膜由来の細胞の増殖曲線を示すグラフである。DMC:ヒト脱落膜由来間葉系細胞、AEC:ヒト羊膜上皮細胞、AMC:ヒト羊膜間質細胞。
【図4】脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスを調製する手順を模式的に示した図である。
【図5】PCM−DMデッシュ上で増殖した線維芽細胞の中に形成されたコロニーの位相差像を示す顕微鏡写真である(スケールバーは200μm)。
【図6】ES細胞様の扁平な形態を示したコロニーの位相差像を示す顕微鏡写真である(スケールバーは200μm)。
【図7】PCM−DMデッシュ上で増殖した線維芽細胞中に形成されるヒト多能性細胞様コロニーをヒト多能性細胞マーカーであるNanog、及びSSEA−4に対する抗体で免疫染色を行なった結果を示す顕微鏡写真である。核の染色にはDAPIを用いた。
【発明を実施するための形態】
【0013】
文中で特に断らない限り、本明細書で用いるすべての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者に一般に理解されるのと同じ意味をもつ。本明細書に記載されたものと同様又は同等の任意の方法及び材料は、本発明の実施又は試験において使用することができるが、好ましい方法及び材料を以下に記載する。本明細書で言及したすべての刊行物及び特許は、例えば、記載された発明に関連して使用されうる刊行物に記載されている、構築物及び方法論を記載及び開示する目的で、参照として本明細書に組み入れられる。
【0014】
本発明は、脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスの存在下で多能性幹細胞を培養することを特徴とする、多能性幹細胞の培養方法を提供する。
【0015】
本発明で用いる「脱落膜由来細胞」は、脱落膜に由来する細胞であればよく、脱落膜より単離される初代培養細胞、それらの株化細胞等が挙げられる。細胞の株化は、当分野で通常実施されている方法を用いて行うことができ、具体的には、限界希釈法による細胞のクローニングや遺伝子導入により増殖能を人為的に与える方法等を用いて細胞を株化することができる。
ヒト卵膜は、羊膜(上皮組織及び間葉系;内層)、絨毛膜(中層)及び脱落膜(外層)の主として3つの層で構成されている(図1参照)。羊膜及び絨毛膜は胎児由来であり、脱落膜は母体由来である。卵膜に由来する細胞としては、例えば羊膜上皮細胞(AEC)、羊膜(一部絨毛膜を含む)間質細胞(AMC)並びに脱落膜間葉系細胞(DMC)等が挙げられる。本発明では、大量に採取・調製でき、高い増殖能を有することから脱落膜由来細胞を用いる。また、後述するが、多能性幹細胞の維持培養支持活性の点からみても、より高い活性を有する脱落膜間葉系細胞が特に好ましい。
ここで、細胞の「維持培養」とは、多能性幹細胞を未分化な状態で増殖させ、継代を可能とする培養を意味する。
脱落膜は、自体公知の方法により調製できる。通常、分娩時の胎盤附属組織の脱落膜組織を入手し、ハサミ等で剪断し、リン酸緩衝生理的食塩水(PBS)や生理食塩水で洗浄し、血液成分や余分な組織を除去した後、適当な大きさに切り分け、適当な緩衝液中で保存する。尚、脱落膜を採取する被検体は、感染症(例えば、B型肝炎、C型肝炎、梅毒、ヒト免疫不全ウイルス)が陰性であることが好ましい。感染症の有無は、自体公知の方法、例えば、血清検査により確認できる。
【0016】
脱落膜組織から脱落膜由来細胞を機械的に及び/又は酵素的に回収することができる。例えば脱落膜から脱落膜由来間葉系細胞を得る場合には、脱落膜組織を酵素(例えばコラゲナーゼ、ディスパーゼ、トリプシン)で処理し、20〜40℃、好ましくは体温に近い37℃程度で15〜120分、好ましくは60分間程度、攪拌することによって脱落膜由来間葉系細胞を単離、回収することができる。
得られた細胞が所望する脱落膜由来細胞であるか否かは、当該細胞に特異的な表現型の有無を調べることによって確認できる。例えば脱落膜由来間葉系細胞であれば、アクチンの細胞内での発現様式やビメンチンの発現によって確認することができる。アクチンの発現様式はファロイジンを用いた蛍光染色により、ビメンチンの発現は抗ビメンチン抗体を用いた免疫染色により調べることができる。さらに、羊膜組織のマーカーであるHLA−Gが陰性であることを確認することによって、AMCでないこと、AMCの混入がないことを確認することが好ましい。上皮細胞でないことの確認は上皮細胞のマーカーであるCK19が陰性であることを確認することによって行うことができる。ビメンチンは間葉系細胞に特有の中間径フィラメントである。間葉系細胞をファロイジンを用いて蛍光染色するとストレスファイバー構造を呈する。
【0017】
本発明で用いる脱落膜由来細胞としては、任意の温血動物、好ましくは哺乳動物に由来する細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒト等が挙げられる。好ましくはヒトである。特に、後述する、本発明の培養方法で用いられる多能性幹細胞と同種の哺乳動物、好ましくはヒトに由来するものが使用できる。
【0018】
本発明において、「脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスの存在下」で多能性幹細胞を培養するとは、脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスを少なくとも含有する培地中で多能性幹細胞を培養することをいう。ここで、「多能性幹細胞を培養する」とは多能性幹細胞を、その多能性が維持された状態で、即ち未分化のままで増殖させることを意味する。すなわち、「多能性幹細胞を維持培養する」ことと同義である。また、当該「多能性幹細胞の維持培養」は、多能性幹細胞の樹立をも含めた概念である。多能性幹細胞が未分化状態であることは、未分化マーカーである、Oct3/4、SSEA4、TRA-1-60、Nanog、アルカリフォスファターゼ等の発現を調べることにより維持培養された細胞に多能性が保持されているか否かを判断することができる。各未分化マーカーの発現は、当分野で通常実施されている方法に従って、あるいはそれに準じた方法によって調べることができる。各マーカーの発現をタンパク質レベルで確認する場合には各マーカータンパク質の特異抗体を用いて、あるいは遺伝子レベルで確認する場合には各マーカー遺伝子の特異プローブやプライマーを用いることができる。
【0019】
本発明の培養方法で用いられる培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、およびこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。
【0020】
本発明の培養方法で用いられる培地は、血清含有培地、無血清培地であり得るが、異種成分の排除による細胞移植の安全性の確保という観点からは、無血清培地が好ましい。ここで、無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。かかる無血清培地としては、例えば、市販のKNOCKOUTTM SRを適量(例えば、1−20%)添加した無血清培地、インスリンおよびトランスフェリンを添加した無血清培地(例えば、CHO-S-SFM II(GIBCO BRL社製)、Hybridoma-SFM(GIBCO BRL社製)、eRDF Dry Powdered Media(GIBCOBRL社製)、UltraCULTURETM(BioWhittaker社製)、UltraDOMATM(BioWhittaker社製)、UltraCHOTM(BioWhittaker社製)、UltraMDCKTM(BioWhittaker社製)、ITPSG培地(Cytotechnology, 5, S17 (1991))、ITSFn培地(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 77, 457 (1980))、mN3培地(Mech. Dev. 59, 89 (1996)等))、細胞由来の因子を添加した培地(例えば、多能性奇形癌腫細胞PSA1の培養上清を添加した培地(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 78, 7634 (1981))等)が挙げられる。ヒトES細胞の増殖用として開発されたSTEMPRO hESC SFM(Invitrogen社製)も好ましく用いられる。
【0021】
本発明の培地はまた、血清代替物を含んでいても含んでいなくともよい。血清代替物は、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、国際公開第98/30679号記載の方法により調製できる。また、本発明の方法をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
【0022】
本発明の培地はまた、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有できる。例えば、2−メルカプトエタノールは、幹細胞の培養に適する濃度で使用される限り限定されないが、例えば約0.05〜1.0mM、好ましくは約0.1〜0.5mMの濃度で使用できる。
【0023】
多能性幹細胞の培養で用いられる培養器は、細胞培養用であれば特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。
【0024】
本発明の培養方法の一態様においては、多能性幹細胞を上記した脱落膜由来細胞の存在下で培養することを特徴とするが、好ましくは脱落膜由来細胞は、多能性幹細胞の支持細胞(フィーダー細胞)として用いられる。すなわち、脱落膜由来細胞上に多能性幹細胞を播種し、培養する。フィーダー細胞としての脱落膜由来細胞の播種濃度や培養条件、及び多能性幹細胞の播種濃度や培養条件等は、培養対象となる多能性幹細胞の種類等に応じて適宜設定されるが、例えばフィーダー細胞としてMEFを用いた場合と同様である。
より具体的には、脱落膜由来細胞の存在下で多能性幹細胞を培養する方法としては、多能性幹細胞を適切な培地(上述)に懸濁し、別途調製しておいた脱落膜由来細胞のフィーダー層上に、3000〜16000細胞/cmの細胞密度で播種し、2〜7日間、20〜40℃、好ましくは37℃で数%、好ましくは5%の二酸化炭素を通気したCOインキュベーター内にて培養する方法が挙げられる。脱落膜由来細胞のフィーダー層は、通常、4000〜40000細胞/cmの細胞密度で脱落膜由来細胞を播種し、1〜7日間、20〜40℃、好ましくは37℃で数%、好ましくは5%の二酸化炭素を通気したCOインキュベーター内にてコンフルエントな状態になるまで培養したものが用いられる。予めマイトマイシンC処理により不活性化しておくことが望ましい。
【0025】
本発明の培養方法の一態様においては、多能性幹細胞を脱落膜由来細胞の細胞外マトリクスの存在下で培養することを特徴とする。好ましくは多能性幹細胞は、脱落膜由来細胞に由来する細胞外マトリクス上で培養される。
【0026】
本発明で用いる脱落膜由来細胞に由来する「細胞外マトリクス」とは、脱落膜由来細胞、特に脱落膜由来間葉系細胞より得られる細胞外マトリクスである。
細胞外マトリクスは脱落膜由来細胞(上述)を原料として、自体公知の方法により調製できる。通常、EDTA溶液や、界面活性剤(デオキシコール酸、ドデシル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル等)等で細胞成分を除去し、培養器上に残存する成分を回収することによって得ることができる。簡便には、培養器上で培養した脱落膜由来細胞から上述のようにして細胞成分を除去し、培養器上に細胞外マトリクス成分を残すことによって、細胞外マトリクスの回収と該マトリクスの培養器上へのコーティングを同時に行うことができる。かかる操作は、ロスなく、また、該マトリクスを変性させることなく回収し得る点で好ましい。
【0027】
より具体的には、脱落膜由来細胞に由来する細胞外マトリクス上で多能性幹細胞を培養する方法としては、例えば、多能性幹細胞を適切な培地(上述)に懸濁し、別途調製しておいた脱落膜由来細胞の細胞外マトリクスがコーティングされた培養器上に、3000〜16000細胞/cmの細胞密度で播種し、2〜7日間、20〜40℃、好ましくは37℃で数%、好ましくは5%の二酸化炭素を通気したCOインキュベーター内にて培養する方法が挙げられる。
【0028】
本発明において、「多能性幹細胞」とはインビトロにおいて培養することが可能で、かつ、生体を構成するすべての細胞に分化しうる多分化能を有する細胞をいう。具体的には胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞(EG細胞:Proc Natl Acad Sci U S A. 1998, 95:13726-31)、精巣由来の多能性幹細胞(GS細胞:Nature. 2008, 456:344-9.)、体細胞由来人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)等が挙げられる。
【0029】
ES細胞としては、任意の温血動物、好ましくは哺乳動物に由来する細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒト等が挙げられる。好ましくはヒトである。特に、前述の、本発明の培養方法で用いられる脱落膜由来細胞と同種の哺乳動物、好ましくはヒトに由来するものが使用できる。
【0030】
具体的には、本発明の方法で用いられるES細胞としては、例えば、着床以前の初期胚を培養することによって樹立した哺乳動物等のES細胞(以下、「ES細胞I」と省略)、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立したES細胞(以下、「ES細胞II」と省略)、およびES細胞I又はIIのES細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学の手法を用いて改変したES細胞(以下、「ES細胞III」と省略)が挙げられる。
【0031】
より具体的には、ES細胞Iとしては、初期胚を構成する内部細胞塊より樹立されたES細胞、着床以前あるいは直後の初期胚の分化段階に存在する多分化能を有する細胞集団(例えば、原始外胚葉)から単離した細胞(EpiStem細胞:Nature. 2007 448:191-5, Nature. 2007 448:196-9)、あるいはその細胞を培養することによって得られる細胞等が挙げられる。
【0032】
ES細胞Iは、着床以前の初期胚を、文献 (Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press (1994)) に記載された方法に従って培養することにより調製することができる。
【0033】
ES細胞IIは、例えば、Wilmutら (Nature, 385, 810 (1997))、Cibelliら (Science, 280, 1256 (1998))、入谷明ら(蛋白質核酸酵素, 44, 892 (1999))、Baguisiら (Nature Biotechnology, 17, 456 (1999))、Wakayamaら (Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999))、RideoutIIIら (Nature Genetics, 24, 109 (2000)) 等によって報告された方法を用いることにより、例えば以下のように作製することができる。
【0034】
哺乳類動物細胞の核を摘出後初期化(核を再び発生を繰り返すことができるような状態に戻す操作)し、除核した哺乳動物の未受精卵に注入する方法を用いて発生を開始させ、発生を開始した卵を培養することによって、他の体細胞の核を有し、かつ正常な発生を開始した卵が得られる。
【0035】
体細胞の核を初期化する方法としては複数の方法が知られている。例えば、核を提供する側の細胞を培養している培地を、5〜30%、好ましくは10%の仔ウシ胎児血清を含む培地(例えば、M2培地)から3〜10日、好ましくは5日間、0〜1%、好ましくは0.5%の仔ウシ胎児血清を含む貧栄養培地に変えて培養することで細胞周期を休止期状態(G0期もしくはG1期)に誘導することで初期化することができる。
【0036】
また、同種の哺乳動物の除核した未受精卵に、核を提供する側の細胞の核を注入し、数時間、好ましくは約1〜6時間培養することで初期化することができる。
【0037】
初期化された核は除核された未受精卵中で発生を開始することが可能となる。初期化された核を除核された未受精卵中で発生を開始させる方法としては複数の方法が知られている。細胞周期を休止期状態(G0期もしくはG1期)に誘導し初期化した核を、電気融合法等によって同種の哺乳動物の除核した未受精卵に移植することで卵子を活性化し発生を開始させることができる。
【0038】
同種の哺乳動物の除核した未受精卵に核を注入することで初期化した核を、再度マイクロマニピュレーターを用いた方法等によって同種の哺乳動物の除核した未受精卵に移植し、卵子活性化物質(例えば、ストロンチウム等)で刺激後、細胞分裂の阻害物質(例えば、サイトカラシンB等)で処理し第二極体の放出を抑制することで発生を開始させることができる。この方法は、哺乳動物が、例えばマウス等の場合に好適である。
【0039】
いったん発生を開始した卵が得られれば、Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994); Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1993); バイオマニュアルシリーズ8ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社 (1995) 等に記載の公知の方法を用い、ES細胞を取得することができる。
【0040】
ES細胞IIIは、例えば、相同組換え技術を用いることにより作製できる。ES細胞IIIの作製に際して改変される染色体上の遺伝子としては、例えば、組織適合性抗原の遺伝子、神経系細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子等があげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994); Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1993); バイオマニュアルシリーズ8ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社 (1995) 等に記載の方法を用い、行なうことができる。
【0041】
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子(例えば、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子等)のゲノム遺伝子を単離し、単離したゲノム遺伝子を用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターを作製する。作製したターゲットベクターをES細胞に導入し、標的遺伝子とターゲットベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子を改変したES細胞を作製することができる。
【0042】
標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離する方法としては、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989) やCurrent Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons (1987-1997)等に記載された公知の方法があげられる。また、ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム (Genome Systems製)やUniversal GenomeWalkerTM Kits (CLONTECH製)等を用いることにより、標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離することができる。
【0043】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1993); バイオマニュアルシリーズ8ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社 (1995)等に記載の方法にしたがって作製することができる。なお、ターゲットベクターは、リプレースメント型、インサーション型いずれでも用いることができ、また、選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、ポリA選択等の方法を用いることができる。
【0044】
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等があげられる。
【0045】
また、ES細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒトES細胞であるKhES-1、KhES-2 及び KhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。
【0046】
iPS細胞としては、任意の温血動物、好ましくは哺乳動物に由来する細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒト等が挙げられる。特に、前述の、本発明の培養方法で用いられる脱落膜由来細胞と同種の哺乳動物、好ましくはヒトに由来するものが使用できる。
【0047】
具体的には、本発明の方法で用いられるiPS細胞としては、例えば、皮膚細胞等の体細胞に複数の遺伝子を導入して得られる、ES細胞同様の多分化能を獲得した細胞が挙げられ、例えばOct3/4遺伝子、Klf4遺伝子、C−Myc遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞、Oct3/4遺伝子、Klf4遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞(Nat Biotechnol 2008; 26: 101-106)等が挙げられる。
【0048】
また、iPS細胞は、所定の機関(理研バイオリソースセンター、京都大学)より入手可能である。
【0049】
本発明は、脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスを含有してなる、多能性幹細胞の培養剤を提供する。
【0050】
本発明の培養剤に含められる脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスとしては、上記した、本発明の多能性幹細胞の培養方法において用いられる脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスと同様なものが挙げられる。本発明の培養剤には、脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクス以外に、多能性幹細胞の培養に必要な成分を含めておくことができる。例えば脱落膜由来細胞や該細胞由来の細胞外マトリクス以外に、多能性幹細胞を培養するのに必要な培地やその他の成分(アミノ酸、ピルビン酸、2−メルカプトエタノール、サイトカイン、増殖因子等)を培養剤に含めることができる。ここで該培養剤に含められる培地としては上述と同様なものが挙げられる。
【0051】
本発明は、脱落膜由来細胞の細胞外マトリクスでコーティングされた、多能性幹細胞培養用の培養器を提供する。
【0052】
ここで用いられる培養器としては、上述と同様なものが挙げられ、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。好ましくは、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート等である。培養器をコーティングするのに用いられる脱落膜由来細胞の細胞外マトリクスとしては、上述と同様なものが挙げられる。細胞外マトリクスによる培養器のコーティングは、通常、当分野で実施されている方法に準じて行うことができ、例えば、培養デッシュ上で培養した脱落膜由来細胞をEDTA溶液等で処理し細胞成分を除去することによって、培養デッシュに細胞外マトリクス成分を残すことによって行うことができる。このようにして得られた細胞外マトリクスでコーティングされた培養器は、冷蔵庫で8ヶ月以上保存が可能である。
【0053】
本発明は、さらに、多能性幹細胞培養用のキットを提供する。本発明のキットは、上記した多能性幹細胞の培養剤あるい多能性幹細胞培養用の培養器と、その他の成分を個別に(即ち、非混合様式で)含むものであり得る。例えば、本発明のキットは、各成分を個別の容器に格納した形態で提供され得る。本発明のキットに含まれ得る他の成分としては、例えば、多能性幹細胞の同定又は測定(検出又は定量)用物質(例、細胞マーカーに対する抗体)、培地、遺伝子組換えのためのプラスミド及びその選択薬剤が挙げられる。該キットには、該キットが多能性幹細胞の培養に使用すべきか、又は使用され得ることを記載した説明書が含まれていても良い。
【0054】
本発明の培養方法、培養剤、培養器及び培養用キットは、多能性幹細胞の分散培養にも好適に用いることができる。分散培養とは、細胞分散処理を施した細胞(分散細胞)を培養することであり、例えば、分散細胞としては、単一細胞、及び数個(例、約2〜20個)の細胞からなる小さな細胞塊を形成している細胞が挙げられる。多能性幹細胞の分散は、自体公知の方法により行われ得る。例えば、このような方法としては、キレート剤(例、EDTA)、酵素(例、トリプシン、コラゲナーゼ)等による処理、機械的な剥離(例、ピペッティング)などの操作が挙げられる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例にそって本発明をさらに詳細に説明するが、これら実施例は本発明の範囲を何ら限定するものではない。また、本発明において使用する試薬や装置、材料は特に言及されない限り、商業的に入手可能である。
【0056】
実施例1:ヒト卵膜(脱落膜)母体由来の間葉系細胞上でのヒトES細胞の維持培養
1.脱落膜由来間葉系細胞(DMC)の調製
母親から事前に得たインフォームドコンセントをもとに、分娩時の胎盤付属組織のうちヒト卵膜を入手し、それから脱落膜部分の組織を用手的に回収した。ヒト脱落膜組織はハサミで剪断後、PBSに0.1%のコラゲナーゼ I液、0.01% DNase I、0.1% ディスパーゼ(すべてInvitrogen/Gibco-BRL)を添加した溶液の中で、シェーカー付き恒温槽を用いて37℃、60分間加温し、細胞を分離し、培養を行った。回収された細胞は、その形状の観察(図2)、及びファロイジンによるアクチンの染色や抗ビメンチン抗体によるビメンチンの免疫染色により間葉系細胞であることを確認した。また羊膜組織や胎児組織のマーカーであるHLA-Gが陰性であることも免疫染色で確認し、脱落膜由来成分であることを確かめた。さらに上皮細胞のマーカーCK19が陰性であることも抗CK19抗体による免疫染色で確認した。培養には、10%牛胎児血清(FBS)を添加したD-MEM-F12培地(Sigma D8437)を用いて、プラスチック培養デッシュを用いて、37℃、5%CO2下で行った。1週間に2回培地交換を行いtrypsin-EDTA(0.05% Invitrogen)を用いて継代培養した。
卵膜から別途、羊膜上皮細胞(AEC)及び羊膜間質細胞(AMC)を調製した。AEC、AMC、及びDMCについてその細胞増殖能を調べた。各細胞種あたり3系統を用いた。これらの細胞をパッセージの度に2×105細胞/100mmの濃度で培養デッシュに播種し、コンフルエントになるまで培養した。パッセージの際に細胞を再懸濁し細胞数を計測し、同じ密度で新しい培養デッシュに蒔き直した。計測した細胞数から増殖した全細胞数を算出した(図3)。結果、DMCはAECやAMCに比べて高い増殖能を有することが示された。かかる特性はより大量の細胞を確保し得る点で有利である。
2.ヒトES細胞の調製
実験に供したヒトES細胞(KhES1,KhES3)は京都大学再生医科学研究所中辻憲夫研究室で樹立したヒト胚盤胞由来の胚性幹細胞を、ヒトES細胞に関する政府指針に従い分与を受け、実験に供した。中辻研究室の方法(Biochem Biophys Res Commun 2006;345:926-932)に従い、フィーダー細胞としてマウス胎児線維芽細胞(マイトマイシン処理で不活性化;MEF)を蒔いたプラスチック培養デッシュの上で未分化ヒトES細胞を維持培養した。具体的には、培養液は、D-MEM-F12(Sigma D6421)に最終20%のKSR(Invitrogen/Gibco-BRL)、0.1 mM NEAA(non-essential amino acids; Invitrogen/Gibco-BRL)、2 mM L-グルタミン、5 ng/ml ヒトbasic FGF(Wako)及び0.1 mMの2−メルカプトエタノールを添加したものを用い、37℃、2%CO2下に培養した。
パッセージは3〜4日毎におこない、解離液(PBSに0.25%トリプシン、0.1 mg/ml コラゲナーゼ IV液、1 mM CaCl2、最終20%のKSRを添加したもの;すべてInvitrogen/Gibco-BRL)を用いて、ヒトES細胞のコロニーをフィーダー層から解離し、ピペット操作で20個程度の小塊にしたのち、新しいフィーダー層の上に蒔いた。実験に供するまでのヒトES細胞の培養はMEFをフィーダー細胞として用いた従来の方法(Science 1998;282:1145-1147、Nat Biotechnol 2000;18:399-404、Cell 2007;131:861-872)と同様にして行った。
3.DMC上でのヒトES細胞の維持培養
DMCのフィーダー活性を解析する実験としては、DMCを40万細胞/6 cm培養デッシュの濃度で播種し、マイトマイシンC処理(10 μg/ml)後にフィーダー細胞として、ヒトES細胞の培養に用いた。その他の培養操作は、MEFをフィーダーとして用いた、上記、従来の維持培養と同様に行った。
DMCのフィーダー上でヒトES細胞は良く増殖し、40日間で2800倍に細胞数を増した。DMCフィーダー上で形成されたES細胞のコロニーは未分化マーカーであるOct3/4、SSEA4、TRA-1-60、Nanog等をほぼ均一に発現しており、未分化ES細胞の維持培養が効率よく行われたことが示された。
未分化マーカーの発現は、該マーカーの特異抗体を用いて確認した。いずれも商業的に入手可能であり、製造元の取扱説明書に従って用いた。
【0057】
実施例2:ヒト脱落膜由来の間葉系細胞から抽出した細胞外マトリクス上でのヒトES細胞の維持培養
(方法)
ヒト脱落膜由来の間葉系細胞を実施例1の通り調製した。ヒト脱落膜由来間葉系細胞を0.1%ゼラチンでコーティングしたプラスチック培養デッシュに3.5×104細胞/cm2の濃度で播種し、3日間コンフルエントな状態を維持した状態で培養した。培養細胞をPBSで洗浄した後、その細胞を、デオキシコール酸処理(0.5% sodium deoxycholate/10 mM Tris-HCl, pH8.0を培養デッシュに加えて、4℃で30分間処理)することにより、細胞成分を融解した。培養デッシュ上に残った細胞外マトリクス成分をPBSで洗浄した。ヒト脱落膜由来間葉系細胞の培養には10%牛胎児血清を添加したD-MEM-F12培地あるいはD-MEM-F12培地にN2 supplement(Invitrogen)+20 ng/ml human recombinant FGF-2(Peprotech)+20 ng/ml human recombinant EGF(Peprotech)+5 μg/ml heparinを添加したもの(維持培養液)
を用いた。以下、便宜上、前者の、血清を含有する維持培養液を血清含有維持培養液と、血清を含まない維持培養液を血清不含維持培養液と称する。
この細胞外マトリクスが表面上に残された培養デッシュに、実施例1の要領でヒトES細胞塊を播種し、維持培養を行った。この際の培養液として、上記の維持培養液をマウス胎児線維芽細胞(MEF)で定法の通りにして馴化した培養上清(Nat Biotechnol 2001;19:971-974)を用いた。
対照としては、ゼラチン(Sigma, 0.1%)、フィブロネクチン(Invitrogen, 5μg/cm2)またはマトリゲル(BD, 1:30)を室温で1時間インキュベートしてコーティングした培養デッシュを用いた。
細胞外マトリクスが表面上に残された培養デッシュ、即ち、細胞外マトリクスでコーティングされた培養デッシュを、半乾燥した状態で使用時まで4℃で保存した。
細胞外マトリクスを調製する手順を模式的に図4に示す。
(結果)
ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクス上でヒトES細胞は良く増殖し、59日後には当初の1500万倍の細胞数に増加した。一方、マトリゲル上では59日後に当初の150万倍に増加した。一方、ゼラチン上での細胞増殖はほとんど認められなかった。フィブロネクチン上では細胞増殖は僅かに認められたものの脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクス上での細胞増殖に比べるとその程度は著しく低かった。
血清含有維持培養液及び血清不含維持培養液の、どちらの培地を用いて調製した細胞外マトリクスとも、ヒトES細胞の維持培養支持活性を強く有していた。
ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクス上で培養したヒトES細胞は高い核/細胞質比を示し、その大きさは小さく、そしてフラットで細胞密度の高いコロニーを形成した。さらに、未分化マーカーであるOct3/4、SSEA4、TRA-1-60、Nanog、アルカリフォスファターゼなどに強陽性であった。
これらのことは、ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスは、マトリゲルと同等あるいはそれ以上の維持培養支持活性をヒトES細胞に対して有することを示している。また、MEFの培養上清の代わりに、ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の培養上清を用いた場合も、ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスはマトリゲルと同等あるいはそれ以上の維持培養支持活性を示した。
【0058】
実施例3:ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクス上での化学合成培地を用いたヒトES細胞の維持培養
(方法)
ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスの調製やヒトES細胞の維持培養は培養液を除き、実施例2と同様に行った。培養液には、MEFの培養上清の代わりに、化学合成培地であるSTEMPRO hESC SFM培養液(Invitrogen社)を用いて培養した。
さらに、冷蔵庫(4℃)で3週間及び8ヶ月間保存した、ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスがコーティングされた培養デッシュを用いて同様にヒトES細胞の維持培養を行った。
(結果)
ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクス上でSTEMPRO hESC SFM培養液を用いた培養で、ヒトES細胞は良く増殖し、44日後には当初の3400万倍の細胞数に増加した。このように培養されたヒトES細胞は未分化マーカーであるOct3/4、SSEA4、TRA-1-60、Nanog、アルカリフォスファターゼ等に強陽性であった。
これらの結果より、ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスは化学合成培地を用いた場合でも優れた多能性幹細胞の維持培養支持活性を有することがわかる。
多能性幹細胞の維持培養支持活性について、冷蔵庫(4℃)で3週間保存した培養デッシュを用いた場合と8ヶ月間保存した培養デッシュを用いた場合とを比較したところ、差は
なかった。この結果より、本発明の、脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスは、少なくとも8ヶ月間冷蔵庫で保存してもその維持培養支持活性を保持していることがわかる。
【0059】
実施例4:ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクス上で継代維持培養されたヒトES細胞の多能性の確認
(方法)
実施例3のように維持培養を行い、ヒトES細胞を10代継代した後、免疫染色、試験管内分化誘導と奇形腫形成法で多能性を確認した。
免疫染色に用いた抗体等の試薬は、いずれも商業的に入手可能であり、製造元の取扱説明書に従って使用した。
試験管内分化誘導には、接着培養による血清処理法(Nat Biotechnol 2007;25:681-686.)あるいはPA6細胞上での接着培養によるSDIA法(Neuron 2000;28:31-40)を用いた。
奇形腫形成法では、ヒトES細胞をSCIDマウス精巣に50万細胞移植し、腫瘍形成を観察した。
(結果)
10代継代後も、ヒトES細胞は未分化マーカーであるOct3/4、SSEA4、TRA-1-60、Nanog、アルカリフォスファターゼ等に強陽性であった。また、試験管内分化誘導では、接着培養法で内胚葉由来の上皮であるHNF3s/E-cadherin陽性の細胞、及び中胚葉由来の細胞であるBrachyury陽性の細胞、SDIA法でNestin/Pax6陽性の神経前駆細胞への分化を確認した。また、精巣への移植により12週間後に脳組織、軟骨組織、分泌粘膜組織などを含む奇形腫の発生を確認した。これらの結果より、繰り返し継代した後でも、ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクス上で維持培養されたヒトES細胞は多能性を有していることが示された。
【0060】
実施例5:ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクス上での単一分散したヒトES細胞の維持培養
(方法)
実施例3のように、ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクスとSTEMPRO hESC SFMあるいはMEF培養上清を維持培養液として用いて、単一分散したヒトES細胞を培養した。ヒトES細胞は、以前の記載の通りに単一分散し(Nat Biotechnol 2007;25:681-686.)、24ウェルプレート(ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスがコーティングされている)の1ウェルあたり2000細胞播種し7日間培養した。最初の2日間は、ROCK阻害剤Y-27632 (10μM; Mol Pharmacol 2000;57:976-983.)を添加した培養液中で培養した。
(結果)
ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクス上でSTEMPRO hESC SFMあるいはMEF培養上清を用いて培養したものは、7日後にそれぞれ65倍、25倍に細胞数を増加させた。これらの細胞はコロニーを形成し、該コロニーは未分化マーカーであるアルカリフォスファターゼに強陽性であった。
【0061】
実施例6:ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクス上でのヒトiPS細胞の維持培養
(方法)
実施例3のように、ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクスとSTEMPRO hESC SFMあるいはMEF培養上清を維持培養液として用いて、ヒトiPS細胞(253G4; Nat Biotechnol 2008;26:101-106.)を細胞塊で継代培養した。6ウェルプレート(ヒト脱落膜由来間葉系細胞の細胞外マトリクスがコーティングされている)の1ウェルあたり、33000細胞を播種し、16日間継代維持培養を行った。
(結果)
ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクス上でSTEMPRO hESC SFMあるいはMEF培養上清を用いた維持培養で、ヒトiPS細胞は良く増殖し、16日間でそれぞれ200倍、60倍に細胞数が増加した。また。細胞は未分化マーカーであるOct3/4、SSEA3、TRA-1-60、アルカリフォスファターゼ等に強陽性であった。これらのことは、化学合成培地とヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクスでヒトiPS細胞もヒトES細胞と同様に維持培養可能であることを示す。
【0062】
実施例7:ヒト脱落膜由来の間葉系細胞から抽出した細胞外マトリクス上でのヒトiPS細胞の樹立
(方法)
ヒト脱落膜細胞由来の細胞外マトリクス(PCM-DM)は実施例2の通り調製した。
遺伝子導入用のレトロウイルス(pMXs-hOct3/4,pMXs-hSox2,pMXs-hKlf4,pMXs-hc-Myc)は、常法に則って作成した(Takahashiら, Cell, vol.131, pp.861-872, 2007)。pUMVC及びpCMV-VSV-Gと共に、LipofectAMINE2000を用いて293T細胞にトランスフェクションしたのち、2〜3日後の培養上清を0.45mmフィルターで濾過した。濾液(レトロウイルス溶液)をウイルス感染に用いた。
(ヒト細胞への感染による遺伝子導入)
1.ヒト成人皮膚由来線維芽細胞(網膜色素変性患者よりインフォームドコンセント下に供与されたもの)をゼラチンコートした6穴培養プレート(BD:353046)の1穴あたり1x10個ずつ細胞を播き、MF-medium(TOYOBO:TMMFM-001)中で培養した。
2.翌日、培地を除去し、レトロウイルス溶液(上記の293T細胞の培養上清)をそれぞれ1穴あたり3mlずつ4種類、合計12ml加えた(感染1回目)。
3.翌日、前日のウイルス溶液を除去し、新たなウイルス溶液を3mlずつ合計12ml加えた(感染2回目)。
(PCM-DM上でのiPS細胞樹立)
4.翌日、新しいDMEM + 10%FBS + penicillin-streptomycinに培地交換した。Valproic acid sodium salt(以下VPA,CALBIOCHEM:676380)を終濃度1mMとなるように添加した。
5.更に翌日、PBS(Invitrogen:10010-023)で1回細胞を洗浄した後0.25% Trypsin-EDTA(Invitrogen: 25200-056)で細胞を剥がし、1x10個の細胞をDMEM + 10% FBS + penicillin-streptomycin + 1mM VPAに懸濁してφ10cmのPCM-DMデッシュ上に播き直した。
6.翌日、StemPro hESC SFM (Invitrogen: A10007-01) + 2.5ng/ml human recombinant basic FGF (Wako: 064-04541) + 1mM VPA + 10mM Y-27632 dihydrochloride (TOCRIS: 1254)に培地交換した。
7.コロニーが出現するまで、1日おきに同培地で培地交換を繰り返し、2〜3週間培養した。
(結果)
PCM-DMデッシュ上で増殖した線維芽細胞の中に、やや隆起した多数(1プレート当たり>50コロニー)のコロニーの形成が認められ(図5)、PCM-DM上での培養開始16日後にこれらのコロニーをマイクロピペットチップでピックアップして新しいPCM-DMデッシュ上に播き直したところ、8割以上のコロニーがヒトES細胞様の扁平な形態を示した(図6)。これらのヒト多能性幹細胞様コロニーをヒト多能性幹細胞マーカーであるNanog, SSEA-4に対する抗体(anti-Nanog: ReproCELL, RCAB0004, anti-SSEA-4: CHEMICON, MAB4304)で免疫染色をおこなったところ、共染色されるコロニーが多数見られた(図7)。以上より、これらの遺伝子導入されたヒト線維芽細胞から、PCM-DM上でヒトiPS細胞が効率よく樹立できることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスの存在下で多能性幹細胞を培養することを特徴とする、多能性幹細胞の培養方法。
【請求項2】
脱落膜由来細胞が、間葉系細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
脱落膜由来細胞と多能性幹細胞の両方が同種の哺乳動物に由来するものである、請求項1記載の方法。
【請求項4】
哺乳動物がヒトである、請求項3記載の方法。
【請求項5】
多能性幹細胞が、ヒトES細胞又はヒトiPS細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項6】
脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスを含有してなる、多能性幹細胞の培養剤。
【請求項7】
脱落膜由来細胞が、間葉系細胞である、請求項6記載の剤。
【請求項8】
脱落膜由来細胞と多能性幹細胞の両方が同種の哺乳動物に由来するものである、請求項6記載の剤。
【請求項9】
哺乳動物がヒトである、請求項8記載の剤。
【請求項10】
多能性幹細胞が、ヒトES細胞又はヒトiPS細胞である、請求項6記載の剤。
【請求項11】
脱落膜由来細胞の細胞外マトリクスでコーティングされた、多能性幹細胞培養用の培養器。
【請求項12】
脱落膜由来細胞が、間葉系細胞である、請求項11記載の培養器。
【請求項13】
脱落膜由来細胞と多能性幹細胞の両方が同種の哺乳動物に由来するものである、請求項11記載の培養器。
【請求項14】
哺乳動物がヒトである、請求項13記載の培養器。
【請求項15】
多能性幹細胞が、ヒトES細胞又はヒトiPS細胞である、請求項11記載の培養器。
【請求項16】
以下の(i)及び(ii)を含む、多能性幹細胞の培養用キット;
(i)脱落膜由来細胞又は該細胞由来の細胞外マトリクスを含有してなる、多能性幹細胞の培養剤、
(ii)多能性幹細胞の培養に使用すべき、又は使用され得ることを記載した説明書。
【請求項17】
以下の(i)及び(ii)を含む、多能性幹細胞の培養用キット;
(i)脱落膜由来細胞の細胞外マトリクスでコーティングされた、多能性幹細胞培養用の培養器、
(ii)多能性幹細胞の培養に使用すべき、又は使用され得ることを記載した説明書。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−166901(P2010−166901A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−197239(P2009−197239)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(504136993)独立行政法人国立病院機構 (37)
【Fターム(参考)】