説明

原子プローブを用いた二次イオンによる分析装置および分析方法

【課題】試料に予備処理を施すことなく、チャージアップを防止することができる、原子プローブを用いた二次イオンによる分析装置および分析方法を提供する。
【解決手段】分析装置は、試料41に中性粒子ビームNを入射するための中性粒子ビーム源と、試料から放出された二次イオンを加速するイオン加速手段と、中性粒子ビームが入射されて試料から放出された二次イオンのエネルギーまたは質量を測定する測定装置とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子プローブを用いた二次イオンによる分析装置および分析方法に関するものである。ここで原子プローブとは、中性の原子のビームを探査のプローブとすることをいう。
【背景技術】
【0002】
高性能電子デバイス、光デバイス、高性能二次電池等の開発において、材料表面の特性の評価は、非常に重要である。従来、材料表面の不純物の種類や濃度の解析には、イオンビームを試料に照射して発生する二次イオンを質量分析する方法が盛んに用いられてきた。
しかし照射にイオンビームが用いられるため、絶縁体の試料の表面分析、結晶性、下地絶縁性基板等の評価をするとき、イオンビームによって試料表面が帯電する問題がある。いわゆるチャージアップと呼ばれる現象である。チャージアップした場合、試料表面の電位が変化し、照射するイオンビームの位置がずれたり、試料から発生する二次イオンのイオン化率の低下等の不具合が生じる。その結果、分析精度が低下し、分析不能になる事態が生じる。
このような絶縁体におけるチャージアップを防止するため、マグネトロンスパッタリングによってPt−Pd合金膜を形成する方法が提案されている(特許文献1)。これによれば、表面が安定性の高い導電膜で覆われるため、チャージアップを防ぐことができる。
また、表面から所定の元素の深さ方向分布を求める場合、既に照射イオンビームでスパッタされた元素が試料表面に残存していて、これが一定深さ位置における濃度に対して影響を及ぼすことが知られている。これを防止するために、FIB(Focused Ion Beam)装置を用いて、ビームを小さく絞ることで残存元素の影響を受けにくくする方法がある。
また、FIB装置を用いることなく測定対象の深さ範囲よりも深い凹部を形成した後、耐電防止のためPt−Pd合金膜を凹部も含めて全体に形成する方法が提案されている(特許文献2)。
上記の方法によれば、いずれも、絶縁体試料のチャージアップを防止することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−51639号公報
【特許文献2】特開2010−54456号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のいずれの方法も試料に対して予備処理をする必要がある。このような予備処理は工数を要するだけでなく、試料表面の状態に影響を及ぼし、測定精度を劣化させるおそれを排除できない。
【0005】
本発明は、試料に予備処理を施すことなく、チャージアップを防止しながら表面分析ができる、とくに表面における元素の同定などができる、原子プローブを用いた二次イオンによる分析装置および分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の分析装置は、試料に中性粒子ビームを入射するための中性粒子ビーム源と、中性粒子ビームが入射されて試料から放出された二次イオンを加速するイオン加速手段と、前記加速された二次イオンのエネルギーまたは質量を測定する測定装置とを備えることを特徴とする。
【0007】
試料から二次イオンを放出させるための入射粒子として中性粒子を用いることで、試料が絶縁体であっても導電膜等で被覆することなく、帯電は防止される。このため、試料に対する予備処理は不要となり、工数削減および予備処理に付随する測定精度の低下を避けることができる。
また、試料に電位を与えることで試料表面にほぼ垂直な電気力線が生じ、中性粒子ビームを入射させることで、スパッタされる各種の形態の分子や粒子等の中で低い割合で含まれる同極性のイオンを試料表面から、電気力線に沿って電気反発力で離すことができる。すなわち試料に電位を印加することで、同極性のイオンの試料からの離脱を促進することができる。試料への入射粒子として、イオンビームではなく中性粒子ビームを用いると、試料に電位を与えても中性粒子ビームのエネルギーや軌道は影響を受けない。このことから、試料に電位を与えることで、二次イオンを試料から離脱し加速させることができるのである。二次イオンを離脱し加速させる方法として、試料を接地したまま試料の前面に加速電極(グリッド)を配置し、これに静電位またはパルス電位などを印加する方法でもよいが、試料に電位を印加する方法がきわめて簡便であり、また、コストの削減に繋がる。試料に印加する電位は、プラスでもマイナスでもよく分析対象に応じて極性を変えればよい。そして電位の絶対値はとくに限定しないが、たとえば50V〜5kV程度とするのがよい。試料表面から離れたイオンは、粒子検出装置に向かって飛行し、検出されて、その飛行時間を測定することでエネルギーまたは質量を測定される。とくに元素の同定を目的とする場合は、イオンもしくは原子または分子の種類を特定される。この結果、入射粒子線にイオンビームを用いた場合と比較して遜色のない精度で、試料表面に付着する、または試料表面に含まれる、不純物等の原子の特定およびその相対濃度を測定することができる。
ここで測定装置はどのような装置でもよく、たとえば飛行時間(TOF:Time Of Flight)による質量弁別、エネルギー弁別等を行う装置を用いることができる。
なお、中性粒子ビームは、原子、分子あるいはクラスターなど電荷を帯びない粒子から構成されるビームである。この中性粒子ビームを分析対象の試料に照射することが、上述の原子プローブを用いることに相当する。中性粒子ビームは、中性の原子のビームである。
【0008】
試料から放出された二次イオンの測定装置における収率を制御するための二次イオン収率向上機構を設けることができる。
これによって、二次イオンを捕捉することが容易になり、二次イオンに対する感度を高めることができ、極微量の不純物でも測定することができる。なお、二次イオン収率向上機構は、具体的には、二次イオンを拡散させずに所定位置に集める集光パイプ(光学における集光レンズに対応する)、二次イオンに電磁気力を及ぼすグリッド、試料から粒子検出装置、たとえばマイクロチャンネルプレート(MCP:Micro-Channel Plate)までを半密閉空間となるように囲む筒状体など、が該当する。上記のグリッドは、二次イオンが衝突することでグリッドの材料から二次イオンが放出されるので、金(Au)などの一定の金属材料で形成するのがよい。粒子検出装置は、MCPに限定されず、どのような装置でもよい。
ここで収率とは、試料から放出された二次イオンのうち粒子検出装置に到達してカウントにかかる割合をいう。
【0009】
電位印加部を、接地電位と異なる電位を保持する電位保持部と、該電位保持部の電位が印加される試料ホルダーとで構成することができる。
これによって、試料に対して接地電位と異なる電位を確実に与えることができる。試料に与える電位は、プラス電位でもマイナス電位でもよい。
【0010】
試料ホルダーが該試料の面を全方位に向かせることができ、試料に中性粒子ビームを入射させて試料から散乱したその中性粒子を測定装置で測定することで、試料の結晶構造解析を行うことができる。
上記の散乱した中性粒子は、中性粒子ビームが試料に入射してその試料から散乱(反跳)したその中性粒子ビーム由来の中性粒子である。中性粒子ビーム由来の中性粒子散乱型の表面分析を行うことができる。この表面分析では、試料表面の原子配列、極点図の作成などを行うことができる。したがって、次の2種類の分析を行うことができる。
(A1)二次イオンを質量分析することで元素の同定を行う二次イオン質量分析(A2)原子散乱表面分析による原子の構造解析
上記の(A1)の場合は、試料の表面にほぼ垂直に中性粒子(原子)を入射させるのに対して、(A2)の場合は、試料表面はいろいろな方位(全方位)をとる必要がある。
【0011】
前記中性粒子ビーム源は中性化室を備え、該中性化室に中性ガスを導入して、その中性化室に通されたイオンビームと電荷交換反応させることで中性化して、中性粒子ビームとして出射することができる。上記のように、中性粒子ビームは、原子、分子、など電荷を帯びない粒子から構成されるビームであるが、とくに希ガス(不活性ガス)をイオン源に用いた場合、ほとんど原子から構成されるビームとなる。しかし、中性化室での電荷交換反応によって完全に中性化されずに多少のイオンが残存していてもよい。通常、残存イオン除去手段を備えているので問題ない。たとえば中性化室の出射側コリメータホールの外側に、中性粒子ビーム中に混在するイオンを除くためのイオン除去手段を配置すればよい。また中性粒子ビームの直進性などを高めるために、中性化室において、イオンビームが入射される入射側コリメータホール、および/または、中性粒子ビームが出射される出射側コリメータホール、の周囲に、イオンビームまたは中性粒子ビームのビームから逸脱した粒子を除去するための電極板を配置してもよい。
【0012】
中性粒子ビームの強度をモニタする中性粒子ビーム強度モニタ機構を備え、中性粒子ビーム強度モニタ機構を、電荷交換反応によって中性ガスが帯電して変じた帯電粒子の電荷を計測するものとすることができる。
中性粒子ビームの強度を、常時、検知しているので、中性粒子ビームの強度に変動が生じた場合など、直ぐに対応をとることができる。この結果、安定して高精度の中性粒子ビームを用いることができる。これによって中性粒子ビームの強度をモニタしながら、(A1)表面の元素の同定、深さ方向の濃度分布、および(A2)表面の原子配列、を測定することができる。
上記の安定性の向上などの他に、より積極的な利用方法としては、この中性粒子ビームの強度のモニタによって、中性粒子ビームの強度を微弱に絞って、不純物や表面近傍の組成原子や分子などの分析をほぼ非破壊的に行うことできる。また、高い中性粒子ビーム強度を用いることで、深さ方向にスパッタリングを行って深さ方向の特定元素の濃度分布を容易に得ることができる。このように、中性粒子ビーム強度をモニタすることで、測定の信頼性を高めるだけでなく、多様な形態の測定が可能になる。
【0013】
中性粒子ビーム強度モニタ機構を、中性化室の少なくとも内壁を導電性材料で形成し、該導電性材料に流入する帯電粒子による電流を計測する機構とすることができる。
これによって、中性粒子ビームおよび前駆体であるイオンビームのどちらにも影響を与えることなく、中性粒子ビームを出射しながら連続的にその中性粒子ビームの強度をモニタすることができる。このため、非常に信頼性の高い、強度が安定した中性粒子ビームのみを用いて、表面分析((A1)不純物の同定、(A2)結晶構造解析等)が可能となる。
【0014】
中性粒子ビーム強度モニタ機構として、中性化室において、中性粒子ビームが通る部分が開口し、該中性粒子ビームとその板面が直交するように配列され、導電性材料とは電気的に絶縁された複数の遮蔽板を備える構成を用いることができる。
(S1)中性ガスとイオンビームとの、電荷交換反応を伴う衝突において、衝突係数(イオンの進行軸と衝突相手の中性ガス粒子との間の距離)が小さい場合、ビーム軸心に沿って直進する中性粒子は得られない。すなわち衝突係数が小さい場合、中性ガスが帯電して生じる帯電粒子がイオンビームの力を受けてビーム軸心から大きく逸脱して散乱する一方で、その散乱相手のイオンビームから変じた中性粒子も、ビーム軸心から大きく逸脱する。この場合、中性粒子は、コリメータ出口を通り抜けることはできず、従って試料の入射に用いることはできない。このような場合、帯電粒子の電荷をカウントすれば、それは誤差となる。上記の遮蔽板は、ビーム軸心から逸脱した帯電粒子を、中性化室の内面にまで届かせないように遮蔽する。この結果、無効な中性粒子ビームに対応する帯電粒子を測定対象から除くことができ、有効な中性粒子ビームの強度のみをカウントすることができる。
(S2)衝突係数が大きい場合、電荷交換反応を伴う衝突において、中性ガスから変じた帯電粒子は、ビーム軸心方向に対してほぼ垂直に散乱される。一方、イオンビームから変じた中性粒子は、ビーム軸心に沿って直進して、利用可能な中性粒子ビームを形成する。この場合、帯電粒子は、遮蔽板に遮蔽されることなく中性化室の内面に到達して、その電荷をカウントされる。
ここで、衝突係数について具体的に示すと、たとえばヘリウム(He)−ヘリウム(He)の電荷交換を伴う衝突において衝突係数が0.05nm以上であれば散乱角は約1°以内となり、直進性は概ね確保される。また、たとえばネオン(Ne)−ネオン(Ne)の場合、衝突係数0.15nm以上であれば、やはり散乱角は約1°以内となり、直進性を得ることができる。
上記(S1)および(S2)により、中性粒子ビームの強度を高精度でモニタすることが可能になる。
【0015】
中性粒子ビームの強度を調整するために用いることができる中性粒子ビーム強度調整部を備えることができる。
これによって、中性粒子ビーム強度にばらつきなどの変動が起きた場合、強度調整部を調整することで、安定した高精度の中性粒子ビームを得ることができる。また、中性粒子ビーム強度を積極的に、微弱レベルから高レベルまで変化させることができる。
中性粒子ビーム強度調整部としては、中性化室における中性ガスの圧力、イオン源におけるイオン化ガスの圧力、およびイオンを発生するための各種電圧など、を挙げることができる。イオンを発生するための各種電圧などについて具体例を挙げると、電子衝撃型イオン銃の場合、イオン化ガスの圧力とイオン励起用の加熱フィラメントの電力(電圧・電流)などが該当する。また、冷陰極型(プラズマ放電型)の場合、イオン化ガスの圧力とプラズマ放電電力(電圧・電流)などが該当する。なお、中性ガス種、中性化室の長さ、イオンを発生するための電圧、イオンビームの加速電圧なども、中性粒子のビーム強度に影響を及ぼすが、測定中に変化(調整)することはできないので、中性粒子ビーム強度調整部とすることは、通常、難しい。
【0016】
イオンビームおよび中性化室に導入される中性ガスを、両方ともに希ガス元素からなるものとすることができる。すなわちイオンを生成するためのガス、および中性化室に導入される中性ガスを、両方ともに希ガスとすることができる。
これによって、安定して中性粒子ビームを形成することが可能になる。また、希ガス、特に、同位体存在比率が少ないHeやArを用いた場合、中性粒子は、ほぼ原子のみで構成され、粒子の質量が均一化されるので、散乱された中性粒子から高精度の分析を行うことができる。
【0017】
中性粒子ビームはパルス化されているのがよい。
これによって、たとえば原子配列の測定(A1)のために試料に入射し、散乱される粒子のエネルギー弁別を飛行時間計測法によって行うことができ、これを表面分析装置に応用することができる。中性粒子のエネルギーは、パルスを用いないで静電場や静磁場を用いた分散型ではエネルギー弁別を行うことはできない。質量弁別でも、当然、パルスとしなければならない。
【0018】
本発明の分析方法は、測定対象の試料を試料ホルダーに取り付け、該試料ホルダーに電位を印可することで該試料に当該電位を与える過程と、イオンを生成し、該イオンをイオンビームとして出射する過程と、中性化室に中性ガスを導入しながら、イオンビームを該中性化室に通し、中性ガスと該イオンビームとに電荷交換反応を起こさせ、イオンビームを中性化して中性粒子ビームに変換して、試料に向けて出射する過程と、試料に中性粒子ビームを入射させることで放出された二次イオンのエネルギーまたは質量を測定する過程とを備えることを特徴とする。
【0019】
試料に電位を与えることで試料表面にほぼ垂直な電気力線が生じ、中性粒子ビームを入射させることで、スパッタ等によって表面から離脱する各種の形態の分子や粒子等の中で低い割合で含まれるイオンを試料表面から、電気力線に沿って電気反発力で離すことができる。試料表面から離れたイオンは、予め設けられた電場によって加速され、検出器に達するまでの飛行時間を測定することで質量を弁別されて、イオンもしくは原子または分子の種類を特定される。
試料から二次イオンを放出させるための入射粒子として中性粒子を用いることで、試料が絶縁体であっても導電膜等で被覆しないでも、帯電は防止される。このため、試料に対する予備処理は不要となり、工数削減および予備処理に付随する測定精度の低下を避けることができる。
この結果、入射粒子線にイオンビームを用いた場合と比較して遜色のない精度で、試料表面に付着する、または試料表層に含まれる、不純物等の元素の同定およびその相対濃度を測定することができる。
ここで質量分析装置はどのような装置でもよく、たとえばTOFによる質量弁別、エネルギー弁別等を行う装置を用いることができる。
【0020】
試料ホルダーが該試料の面を全方位に向かせることができ、その全方位のうちの所定方位をとらせる過程と、試料に中性粒子ビームを入射させて試料から散乱した中性粒子の所定方位ごとのエネルギーを測定する過程とを備えることができる。
これによって、中性粒子ビームの中から散乱するものの極角分布、方位角分布等を測定することができる。
【0021】
中性粒子ビームの強度を検知しながら、(1)中性ガスの中性化室における圧力を調整して、または(2)イオンを生成するときのイオン励起用フィラメントに供給する電力を調整することで前記イオンの量を調整して、該中性粒子ビームの強度を調整することができる。
これによって、中性粒子ビーム強度にばらつきなどの変動が起きた場合、強度調整部を調整することで、安定した高精度の中性粒子ビームを得ることができる。また、中性粒子ビーム強度を積極的に、微弱レベルから高レベルまで変化させることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の分析装置等によれば、試料に予備処理を施すことなく、チャージアップを防止しながら表面分析ができる、とくに表面における元素の同定などができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施の形態における分析装置の分析室を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態における分析装置の中性粒子ビーム発生部を示す図である。
【図3】(a)は試料ホルダーおよび試料の構造、(b)は試料表面付近の電気的状態、を示す図である。
【図4】二次イオンの収率向上機構を例示し、(a)は集イオン筒体とグリッドの組み合わせ、(b)は複数のグリッド、を示す図である。
【図5】試料の全方位調節機構を示す図である。
【図6】試料の全方位調節機構の具体的な一例を示す図である。
【図7】図1に示す中性化室を例示する図である。
【図8】他の中性化室を例示する図である。
【図9】中性化室における電荷交換反応を伴う衝突で、衝突係数bが小さい場合の散乱挙動を示す図である。
【図10】中性化室における電荷交換反応を伴う衝突で、衝突係数bが大きい場合の散乱挙動を示す図である。
【図11】実施例においてヘリウム原子ビームによって元素の同定のために測定した飛行時間スペクトルを示す図である(LiMn)。
【図12】実施例においてアルゴン原子ビームによって元素の同定のために測定した飛行時間スペクトルを示す図である(LiMn)。
【図13】ヘリウム原子ビームを用いたMgO(100)の極角スキャン測定結果を示す図である。
【図14】ヘリウム原子ビームを用いたMgO(100)の方位角スキャン測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
図1は、本発明の実施の形態における分析装置の心臓部とでもいうべき分析室1の構成を示す図である。この分析装置におけるポイントは、分析室1内における試料41に電位がかけられていることである。試料41に電位をかけることで得られる利点は、中性粒子ビームNを入射しながら試料41の表面に付着する不純物、および試料の表層に含まれる元素を精度よく同定できる点にある。この試料41に電位をかけることについては、順次、詳しく説明してゆく。
図2は、本発明の分析装置における中性粒子ビーム発生部52を示す構成図である。図1における分析室1と図2における中性粒子ビーム発生部52とが統合されて、本発明の分析装置が形成される。
図1および2に示すように、分析装置は大きく分けて、イオン銃から構成されるイオン源2、イオンの中性化室3、分析室1および散乱粒子の検出器5などから構成されている。いずれも高真空あるいは超高真空をベースとするため真空容器4の中に一体的に配置され、TMP(ターボ分子ポンプ)により排気している。とくに分析室1は、さらにイオン(ION)ポンプを加えて超高真空を実現している。
この真空容器4の内部の端には、イオン源2が配置されている。イオン源2では、まず陰極フィラメント2fから電子を放出して、ガス供給口2sから導入されたガスをイオン化して送り出す。このイオン源2から適切な電極(図示せず)によって引き出しかつ加速したイオンを、パルスジェネレータ(PG)26で生じたチョッピングパルスが印加されるパルス化電極22によってパルス化する。パルス化電極22は、簡単には平行平板電極として、パルス化のためのチョッピングパルス電圧を両極板間に印加することで、所定時間、イオン流を曲げてコリメータホールを通れないようにする。パルス化されたイオンビームは、中性化室3に入る。この中性化室3では、イオン粒子は走行中に電荷交換によって中性化される。中性化された原子ビーム(パルス)は分析室1に入り、分析対象の試料41の表面に入射される。
【0025】
イオン源2内に、ガス供給源からガス供給口2sを通じてイオン源のガスを供給し、イオン化されなかった余剰ガスおよび余剰イオンを排気口2tから排出する。イオン源に使用するガスとしては、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)など不活性ガスとするのがよい。イオン源2内を所定のガス圧にした状態で、電力を投入してプラズマを発生させる。イオンを含むプラズマは、イオン源2において電圧により加速される。このときイオン源2内に含まれる、同位元素、多価イオン等は予め公知の方法によって除去することができる。これらにイオンを含むイオンビームIは、上述のように平行平板電極などで構成されるパルス化手段22によってパルス化される。
【0026】
中性化室3は、真空容器1から電気的に絶縁され、交換イオンを捕集して計測することで中性化された原子ビームの強度をモニタする原子ビーム強度モニタ機構が設けられている。中性化室3および中性粒子(原子)ビーム強度モニタ機構については、このあと詳しく説明する。
中性化された粒子は、偏向電極で構成されるイオン除去手段32を通される。コリメータ出口から出射される原子ビームNには、電荷交換が行われずに、イオンのまま通過するものも一部含まれる。これに対して、出口近傍に設けた2枚の平板電極で構成されるイオン除去手段32に偏向電位を与えることで、そのイオン成分のみを除くことができる。これによって、残存のイオン成分などは偏向電極にかけられた電界によって偏向され、中性化された中性粒子ビーム(原子ビーム)のみ得ることができる。イオン除去手段は、電界による除去だけでなく、磁場を用いてローレンツ力で除いてもよい。
【0027】
得られた原子ビームNは、分析室1内に設けられた試料41に入射される。試料41には電圧が印加されている。図3は、試料41を示す図であり、図3(a)は、電位形成部43、試料ホルダー45および試料41の構造を示し、図3(b)は試料表面付近の電気的状態を示す図である。試料ホルダー45に電位を印加することで、試料41には自然に電圧が加えられる。電位は、図3(a)ではプラス電位が印加されているが、広くは試料41に応じてプラスでもマイナスでもよい。中性粒子ビームNが試料41の表面に入射すると、その入射された場所は衝撃を受けて、その衝撃箇所から離脱する分子、原子、イオン等が発生する。離脱する粒子のうち、イオンの割合は小さく、数パーセントとみることができる。電位を印加されているので試料41の中央部の表面にはその試料表面に垂直な電気力線が生じており、仮に、プラスの電位を試料ホルダー45に印加した場合、試料41の表面からプラスイオンが電気力線に沿って試料41から反発されるように試料41から離れ、図1に示す検出器5の方向に向かう。試料41の端では電気力線は、試料41表面の垂直方向から逸脱して少し広がるが、概ね、試料41の表面に交差して、粒子検出装置5の方向に向かうように延び出ている。電位形成部43で発生させる電位は、たとえば50V〜5kV程度とするのがよい。なお電気力線は、試料41の表面では大きい密度で形成されるが、試料41から遠ざかるにつれて放射状に広がってぼやけて希薄になる。
図3(a)および(b)に示す電気的状態は、試料41が絶縁体の場合であるが、試料41が良導体であってもほぼ同じである。すなわち、試料41の電気伝導度の大小によらず、たとえばプラスの電位を印加した場合、衝撃箇所から離脱するプラスイオンは、電気力線に沿って試料41表面から離脱して、検出器5の方向に向かう。
粒子検出装置5としては、図1および2に例示するように、MCP(Micro-Channel Plate)を用いて高感度の検出を行うことができる。上述のように粒子検出装置はMCPに限定されず、どのようなものでもよい。イオンが飛来した時刻は、MCP5によって高精度で検出され、パルスジェネレータ26のパルス発生時刻とともに、TDC(Time-to-Digital Cnoverter:時間測定回路)25に入力される。パルス発生時刻は、図1および2に示すように、パルス化された中性粒子ビームの試料41への入射時刻に補正することができる。これよりTDC25は、試料41の衝撃箇所から離脱したイオンのMCP5までの飛行時間(TOF:Time Of Flight)を導出してPCに入力することができる。飛行時間からイオンのエネルギー弁別を行うことができ、これより質量分析を行うことで試料41から離脱する元素の同定を行うことができる。
この結果、試料41に電位を印加することにより、中性粒子ビームNを入射した箇所から離脱してくるイオンの同定を高精度で行うことができる。これは中性粒子ビームNを用いた二次イオン質量分析装置であり、従来のイオンビームを用いた二次イオン質量分析装置とは異なる装置である。
【0028】
従来のイオンビームを用いた二次イオン質量分析装置との構造上の相違および利点は次の点にある。
(1)入射ビーム:従来の装置ではイオンビームを用いるのに対して、本発明では中性粒子ビームを用いる。この結果、絶縁体の試料41であっても予備処理することなくチャージアップを防止することができる。
(2)試料への電位の印加:従来の装置では、イオンビームを用いるため帯電などによる試料の電位状態によってはイオンの軌道が曲げられたり、あるいは、試料に達するイオンビームの有効エネルギーが変化する。このため、絶縁体の分析においては適切な導電処理を施して試料電位を接地し、試料表面の直前に設けた加速電極に電位を印加して二次イオンを加速している。これに対し、本発明の装置では、入射中性粒子ビームに何らの影響も与えずに試料の電位状態を自由に設定できる利点がある。このため、試料に電位を与えて、小さい割合のイオンを有効に検出器5の方向に向けて離脱の促進をはかることで、確実に元素の同定を行うことができる。
【0029】
中性粒子(原子)ビームの入射箇所から離脱する粒子中のイオンの割合は小さいので、これを検出器5において高い感度で検出するために、二次イオン収率向上機構を設けることが望ましい。もちろん、実施例において説明するように、このような収率向上手段を設けなくても十分高い感度で元素の同定はできる。しかし、二次イオン収率向上手段を設けることで、より高感度の検出が可能となる。図4は、二次イオン収率向上手段を例示するものであり、図4(a)は集イオン筒体17とグリッド18との組み合わせであり、図4(b)は複数のグリッド18によるものである。図4(a)に示すように、接地された集イオン筒体17内にグリッドを設け適切な電位を与えると、試料表面から出る電気力線の広がりを抑え、ほぼ平行な電気力線を形成することができる。これによって、試料表面から離脱した二次イオンの大多数を効率よく検出器に向かわせることができ、高感度の検出が可能になる。
また、図4(b)に示す複数枚のグリッド18によっても二次イオンを検出器5にまで散逸なく到達させることができる。
図4(a)、(b)に例示した、集イオン筒体17、グリッド18は、二次イオン収率向上機構の一部であり、二次イオンの収率を向上することができれば、どのような機構でもよい。
【0030】
上記の試料41の表面の元素の同定は、中性粒子ビームNの入射箇所から離脱する二次イオンを質量分析することで遂行される。二次イオンの質量分析を行うとき(A1の場合)、中性粒子ビームNに対して試料41の面は直交させ、試料41の面方位を全方位にわたって制御する必要はない。
しかし、表面に位置する元素の同定という測定に加えて、中性粒子ビームNを試料41の表面に入射して、そこで反射される中性粒子を方位別にエネルギー弁別する場合には(A2の場合)、試料41の表面を全方位に向ける制御機構が必要である。これによって、試料の表面における原子配列、薄膜の成長モード評価などを遂行することができる。
離脱した二次イオンのエネルギー弁別(質量分析)と、散乱した中性粒子のエネルギー弁別の両方を行うためには、図5に示すように、試料41に電位を印加しながら、試料41の表面を全方位に向ける機構が必要である。ただし、上述のように二次イオンの元素特定の場合は、試料41はその面を中性粒子ビームNに直交させる方位(姿勢)のみが必要である。
図5に示す方位調節機構は、試料41を、z軸およびx軸の両方の軸の周りに独立に回動させる機構である。このような独立した2方向の周りに回動させることで、中性粒子ビームNを試料41の面に対して、あらゆる角度から入射して、かつ散乱するその中性粒子のエネルギーを弁別することができる。
【0031】
図6は、図5に示す全方位調節機構の具体的な一例を示す図である。試料41はx軸周りに回動する回動固定板46に固定される。その回動固定板46は基板ホルダー45と電気的に絶縁され、x軸周りに回動可能に取り付けられている。また、基板ホルダー45自体は回動保持軸(z軸)47の周りに回動可能とされている。試料41の前面には、導電板19が基板ホルダー45に取り付けられている。導電板19は、試料41が見通せるように割り開口Kをあけて配置されている。そして導電板19は基板ホルダー45と共に接地電位に保持され、回動固定板46は接地電位に対して、たとえばプラス電位に保持される。
2つの独立した回動機構および割り開口Kによって、試料41の表面は中性粒子ビームNの軸心を遮ることなく全方位に回動することができる。また、表面に含まれる元素の同定を行うために試料41を正面に向け、二次イオンを離脱させたとき、試料41と導電板19の電位差によって離脱した二次イオンを加速させる。
【0032】
次に、本発明の分析装置におけるもう一つの特徴である中性粒子ビームNについて説明する。
<中性粒子ビーム形成装置(強度モニタ付き)>
図7は、図2に示す中性化室3の基本構成を示す図である。中性化室3は、ビームの進行軸I,Nを中心として中性化室本体部である適切な長さの金属パイプ33と、その金属パイプ33の両端に絶縁体36,37を介在させて位置する電極板34,35とを備える。電極板34には出射側コリメータホール12、また電極板35には入射側コリメータホール11が、ビーム軸線I,Nを共通にして開口されている。記号Iは、イオンビームの軸線にも、またイオンビームもしくはイオン自体にも、用いる。また、記号Nは中性粒子ビームの軸線にも、また中性粒子ビームもしくは中性粒子自体にも用いる。さらに中性粒子がほぼ原子で構成される場合には、原子ビームもしくは原子にも用いる。
電極板34,35は導電性であれば何でもよいが金属板を用いることができる。金属パイプ33の長さは5cm〜50cm程度とするのがよい。中性化のための中性ガスAは、真空容器1の開口部である中性ガス導入口30から導入し、本体部である金属パイプ33を通って、真空容器の差動排気口31から出てゆく。差動排気口31は、入射側コリメータホール11および出射側コリメータホール12から排出される中性ガスを効率よく排気し、中性化室3の外側での圧力を高真空にする観点から、その口径は大きいほうがよい。金属パイプ33は、真空容器1の中性ガス導入口30と絶縁管38を介在させて連結している。真空容器内での金属パイプ33の力学的な支持は、図示しない支持部材によってなされている。
【0033】
中性化室本体部33の入射側コリメータホール11から内部へ入射するイオンIは、走行中に中性ガスを構成する原子または分子Aに近接して通過するとき、相互作用によって電荷交換を行う(電荷交換反応)。つまり、(1)入射イオンIが中性化されて原子または分子の中性粒子の状態に戻るとともに、(2)電荷交換相手の中性ガスの原子または分子Aは逆に電荷を帯びてイオンとなって軸心付近から金属パイプ33の内壁に向かう。この中性ガスが変じて電荷を帯びるようになった粒子を「帯電粒子」と記す。
上記の電荷交換反応における粒子間の関係は、入射イオン1個と帯電粒子1個とが、1対1に対応することから、金属パイプ33をコレクタ(収集電極)として、電荷交換反応で帯電した帯電粒子の電荷を電流として検出すれば、中性化されたあとの中性粒子ビームまたは原子ビームの強度を検知することができる。入射イオンIが、希ガスからイオン化されたものであれば、中性化されて原子となるので、中性粒子ビームは原子ビームとみることができる。図2では、金属パイプに流入する電荷を測定する機器は省略されている。たとえば金属パイプ33にはアースされた電流計が導電接続されているとみることができる。中性粒子ビーム強度モニタ機構は、金属パイプ33と、上記の電流計とを備える。金属パイプ33は、導電性のある管状体であれば何でもよいが、たとえばステンレススティール、アルミニウム合金、銅管などを用いることができる。帯電粒子を集電することができればよいので、中性化室の内壁のみ導電性材料で被覆されているものであってもよい。
【0034】
入口および出口のコリメータホール11,12をビームI,Nが通過するときその孔の周辺にも一部イオンが照射されることから、コリメータホール11,12が形成された電極板35,34を接地しておいて吸収させるのがよい。すなわち、コリメータホール11,12の周辺34,35に当たった粒子は軸線I,Nに沿わないので、無効になる。このため、これを上記の帯電粒子の電流としてカウントされないように除去する。
【0035】
上述したように、中性粒子ビーム強度モニタ機構は、金属パイプ33と、図示しない電流計とで構成される。この中性粒子ビーム強度モニタ機構でモニタしたデータを基に、中性粒子ビームNの強度を調整するときは、中性化室における中性ガスの圧力、イオン源におけるイオン化ガスの圧力、およびイオンを発生するための各種電圧など、を調整するのがよい。イオンを発生するための各種電圧など、については、電子衝撃型イオン銃の場合、イオン化ガスの圧力とイオン励起用の加熱フィラメントの電力(電圧・電流)などを調整する。また、冷陰極型(プラズマ放電型)の場合、イオン化ガスの圧力とプラズマ放電電力(電圧・電流)などを調整する。
これによって、安定して強度について高精度の中性粒子ビームを形成することができる。
なお、中性ガス種、中性化室の長さ、イオンを発生するための電圧、イオンビームの加速電圧なども、中性粒子のビーム強度に影響を及ぼすが、測定中に変化(調整)することはできない。これらの要因については、装置の仕様等に応じて装置の設計の際に検討対象となる。
【0036】
<中性粒子ビーム形成装置(高精度強度モニタ付き)>
図8は、中性粒子ビームの強度をより高精度でモニタする高精度強度モニタ付き中性粒子ビーム形成装置を示す図である。図2に示す中性化室を図8に示すような構造のもので構成してもよい。図8に示す中性化室本体部33には、複数枚の遮蔽板15が配置されている点に特徴を有する。複数の遮蔽板15は、ビームI,Nが通るように共通の位置に開口があけられ、その板面がビームI,Nに直交するように配列されている。図3に示すように複数枚の遮蔽板15を配列することで、中性粒子ビームの強度を高精度で検知することができる。その理由を、図9および図10を用いて説明する。
【0037】
図9に示すように、入射イオンIと中性ガスAとの衝突過程において、その衝突係数b(b:イオンの進行軸と衝突相手の中性ガス粒子との間の距離)が小さい場合、入射イオンIは中性化される過程でその軌道を大きく曲げる。このため、このような小さいbでの電荷交換をして生じた中性粒子(原子)は、中性化室から出射されず、無効になる。このとき、衝突相手の中性ガス粒子P(A)は電荷交換しながら斜め前方に散乱される。帯電粒子P(A)が斜め前方に散乱されることで、上記の遮蔽板15に当たって吸収される。このため斜め前方に散乱された帯電粒子P(A)は金属パイプ33にまで届かず、中性粒子(原子)ビームに寄与する帯電粒子としてカウントされない。
これに対して、図10に示すように衝突係数bが小さくない場合、電荷交換したあとの帯電粒子P(A)はビームI,Nに対してほぼ垂直方向に散乱される。このとき、入射イオンIは中性化され原子または中性粒子になる間に、小さく反作用を受けるが軌道をほとんど変化させずに進行する。すなわち中性化室3から出射される有効な中性粒子または原子のビームNを形成する。この結果、衝突係数bが大きい場合、イオンビームIは、試料に有効に照射される原子または中性粒子のビームNになる。ビームI,Nの軸線にほぼ垂直方向に散乱される帯電粒子P(A)は、遮蔽板15に遮蔽されることなく金属パイプ33の内面に到達する。そして、試料に照射される原子ビームNに寄与した帯電粒子としてカウントされる。図10から分かるように、原子ビームNは完全な線ではなく、所定の立体角の中に入るものであればよい。イオンビームIについても同様のことがいえる。
【0038】
遮蔽板15は、その板面をビームに直角に、間隔をおいて配列するので、ビームI,Nに対してほぼ垂直方向に散乱される帯電粒子P(A)のみが金属パイプ33に収集される。このため、金属パイプ33に収集された電荷は、直進して中性化室3から出射されて試料に照射される原子ビームNの強度に比例することになる。つまり、斜め前方に散乱された帯電粒子P(A)は遮蔽板15に衝突して吸収されて上記の電流値に寄与しない。遮蔽板15は、枚数が多く、間隔が狭いほうが、直進性の高い直進するビームと、上記の電流値との対応づけを高精度で行うことができる。
要約すると、図9に示すようにbが小さい場合の帯電粒子P(A)の電荷はカウントされず、図10に示すようにbが大きい場合の帯電粒子P(A)の電荷はカウントされる。これは、中性化室3から出射される中性粒子または原子のビームに寄与した帯電粒子P(A)のみをカウントすることになり、モニタの精度を向上させることができる。
【0039】
遮蔽板15の他の効用はつぎのものである。出口コリメータホール12の周辺をビーム照射することによって放出される2次イオンや2次電子が金属パイプ33に当たると誤差電流を生じる。このため、図8に示すように、接地された適切な遮蔽板15を、複数枚、配列されていれば、これらの副次的な2次イオンや2次電子が金属パイプ33に届かないようにすることができる。
【0040】
図8に示す中性粒子ビーム強度モニタ機構は、金属パイプ33と、遮蔽板15と、実施の形態で説明した電流計(図示せず)とで構成される。上記のように、この中性粒子ビーム強度モニタ機構は、中性粒子ビームNの強度をより高精度でモニタすることができる。このモニタデータを基に、実施の形態1で説明した要因を調整することで、一層高精度の強度を有する中性粒子ビームを得ることができる。
【0041】
図5または図6のように試料の方位を変える機構を備える図1および2に示す分析装置について要約すると、つぎのとおりである。
1.表面における元素の同定
試料41の表面を正面に向け、中性粒子ビームNを入射してそこから離脱する二次イオンについて質量分析を行うことで、表面に存在する元素を同定し、たとえば深さ方向の相対的な濃度分布を測定することができる。二次イオンの離脱を促進する上で、試料41に電位を印加することが必須となる。
中性粒子ビームの強度をモニタしてその強度調整を行うことができる。たとえば中性粒子ビーム強度を微弱にすることで、極く表層から二次イオンを離脱させることができ試料の極く表面の元素を同定することができる。一方、中性粒子ビーム強度を大きくすることで、試料41の表層をスパッタリングして掘りながら元素の深さ方向の相対的な濃度分布を測定することができる。
2.表面の結晶構造解析
極角または方位角の周りに回転させて散乱強度を測定することで、表面直下層(数層)の結晶構造を解析することができる。薄膜の結晶成長中のその場解析など、半導体工学、薄膜工学、光物性などの分野で、多くの有用な情報を得ることができる。
3.中性粒子ビーム
真空容器1は真空排気口40によって排気されており、検出器5で測定がなされた粒子を含め、照射によって余剰に生じた粒子、その他の真空劣化要因は排気される。本実施の形態における分析装置では、原子ビームNを用いるため、絶縁体の試料でも帯電することがなく、正確な分析を行うことができる。イオンビームだけでなく他の原因で帯電した場合でも、電磁界の影響を受けることなく正確な分析ができる。とくに原子ビームの強度を常時モニタできるので、安定した高精度の原子ビームを用いることができるので、表面分析の精度を大きく向上することができる。
【実施例】
【0042】
図5に示す全方位調節機構を備えた試料ホルダー45を用いて、上記の1.表面における元素の同定、および2.表面の構造解析、を行った。試料ホルダーの電位は、650Vとした。
1.表面における元素の同定
測定対象:LiMn
中性粒子(原子)ビーム:ヘリウム(He)およびアルゴン(Ar)
図11にヘリウム原子ビームを用いたスペクトル測定結果を示す。中性化前のHeイオンでの加速電圧は3kVである。この結果によれば、リチウム(Li)およびマンガン(Mn)が鮮明に同定されているだけでなく、試料41に付着した環境由来と思われる不純物(CmHn、Na、Hなど)も検出されている。感度はきわめて高いことが分かる。また、飛行時間400(×10nsec)付近にあるブロードなバンドは、試料表面で衝突散乱されたヘリウム(中性粒子)のスペクトルである。
図12にアルゴン原子ビームを用いたスペクトル測定結果を示す。アルゴン原子ビームを用いた場合も、ヘリウム原子ビームを用いた場合と同様の非常に鮮明なLiピーク、Mnピークが得られている。環境由来と思われる不純物のピークも同様に鮮明に得られている。
上記より、試料41に電位を印加して、中性粒子ビームを入射させることで、表面における元素の同定を高感度で遂行できることが分かった。
2.表面の結晶構造解析
測定対象:MgO(100)
中性粒子(原子)ビーム:ヘリウム(He)
測定:極角測定および方位角測定
図13はMgO(100)の極角スキャン測定結果を示す図である。図13は、散乱した中性粒子の強度について鋭敏な極角依存性を示している。これによって、表面下の数原子層の結晶構造を解明することが可能である。
また、図14は、同じくMgO(100)に対する方位角スキャン測定結果を示す図である。この方位角スキャン測定結果と、図13に示す極角スキャン測定結果を合わせることで、より精緻な構造解析を行うことができる。
【0043】
上記において、本発明の実施の形態および実施例について説明を行ったが、上記に開示された本発明の実施の形態および実施例は、あくまで例示であって、本発明の範囲はこれら発明の実施の形態に限定されない。本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲の記載と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の分析装置等によれば、試料に予備処理を施すことなく、チャージアップを防止しながら表面分析ができる。とくに試料に電位を印加することで、試料表面からの二次イオンの離脱を促進することで、結晶構造解析だけでなく、二次イオンの質量弁別を行うことで高精度の元素同定を行うことができる。すなわち、高精度の表面の元素同定と、結晶構造解析とを両方とも同じ装置で行うことが可能になる。
【符号の説明】
【0045】
1 分析室、2 イオン源、2f 陰極フィラメント、2s イオン源ガス導入口、2t イオン源排気口、3 中性化室、4 真空容器、5 粒子検出装置、11 中性化室の入口コリメータホール、12 中性化室の出口コリメータホール、15 遮蔽板、17 集イオン筒体、18 グリッド、19 導電板、19b 絶縁板、46 回動固定板、47 回動保持軸、22 パルス化電極、30 中性ガス導入口、31 差動排気口、32 イオン除去電極、33 中性化室本体部(金属パイプまたは円筒電極)、34,35 端部電極、36,37,38 絶縁体、40 真空排気口、41 試料(分析対象)、41a 衝撃(入射)箇所、43 電位形成部、45 試料ホルダー、52 中性粒子ビーム発生部、A 中性ガス、I イオンビーム、N 中性粒子(原子)ビーム、K 割り開口、P(A) 前方散乱する帯電粒子、P(A) ビームにほぼ直角に散乱する帯電粒子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に中性粒子ビームを入射するための中性粒子ビーム源と、
前記中性粒子ビームが入射されて前記試料から放出された二次イオンを加速するイオン加速手段と、
前記加速された二次イオンのエネルギーまたは質量を測定する測定装置とを備えることを特徴とする、分析装置。
【請求項2】
前記試料から放出された二次イオンの前記測定装置における収率を制御するための二次イオン収率向上機構が設けられていることを特徴とする、請求項1に記載の分析装置。
【請求項3】
前記イオン加速手段が、前記試料に接地電位と異なる電位を保持する電位保持部と、該電位保持部の電位が印加される試料ホルダーとで構成されることを特徴とする、請求項1または2に記載の分析装置。
【請求項4】
前記試料ホルダーが該試料の面を全方位に向かせることができ、前記試料に前記中性粒子ビームを入射させて前記試料から散乱したその中性粒子を前記測定装置で測定することで、前記試料の結晶構造解析を行うことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の分析装置。
【請求項5】
前記中性粒子ビーム源は中性化室を備え、該中性化室に中性ガスを導入して、その中性化室に通されたイオンビームと電荷交換反応させることで中性化して、中性粒子ビームとして出射することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の分析装置。
【請求項6】
前記中性粒子ビームの強度をモニタする中性粒子ビーム強度モニタ機構を備え、前記中性粒子ビーム強度モニタ機構は、前記電荷交換反応によって前記中性ガスが帯電して変じた帯電粒子の電荷を計測することを特徴とする、請求項5に記載の分析装置。
【請求項7】
前記中性粒子ビーム強度モニタ機構は、前記中性化室の少なくとも内壁を導電性材料で形成し、該導電性材料に流入する前記帯電粒子による電流を計測する機構であることを特徴とする、請求項6に記載の分析装置。
【請求項8】
前記中性粒子ビーム強度モニタ機構が、前記中性化室において、前記中性粒子ビームが通る部分が開口し、該中性粒子ビームとその板面が直交するように配列され、前記導電性材料とは電気的に絶縁された複数の遮蔽板を備えることを特徴とする、請求項6または7に記載の分析装置。
【請求項9】
前記中性粒子ビームの強度を調整するために用いることができる中性粒子ビーム強度調整部を備えることを特徴とする、請求項5〜8のいずれか1項に記載の分析装置。
【請求項10】
前記イオンビームおよび前記中性化室に導入される中性ガスが、両方ともに希ガス元素からなることを特徴とする、請求項5〜9のいずれか1項に記載の分析装置。
【請求項11】
前記中性粒子ビームがパルス化されていることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか1項に記載の分析装置。
【請求項12】
測定対象の試料を試料ホルダーに取り付け、該試料ホルダーに接地電位と異なる電位を印可することで該試料に当該電位を与える過程と、
イオンを生成し、該イオンをイオンビームとして出射する過程と、
中性化室に中性ガスを導入しながら、前記イオンビームを該中性化室に通し、前記中性ガスと該イオンビームとに電荷交換反応を起こさせ、イオンビームを中性化して中性粒子ビームに変換して、前記試料に向けて出射する過程と、
前記試料に前記中性粒子ビームを入射させることで放出された二次イオンのエネルギーまたは質量を測定する過程とを備えることを特徴とする、分析方法。
【請求項13】
前記試料ホルダーが該試料の面を全方位に向かせることができ、その全方位のうちの所定方位をとらせる過程と、前記試料に前記中性粒子ビームを入射させて前記試料から散乱した中性粒子の所定方位ごとのエネルギーを測定する過程とを備えることを特徴とする、請求項12に記載の分析方法。
【請求項14】
前記中性ガスと該イオンビームとに電荷交換反応を起こさせる過程で前記中性ガスから生じる帯電粒子を、集電することで前記中性粒子ビームの強度を検知する過程とを備えることを特徴とする、請求項12または13に記載の分析方法。
【請求項15】
前記中性粒子ビームの強度を検知しながら、(1)前記中性ガスの前記中性化室における圧力を調整して、または(2)前記イオンを生成するときのイオン励起用フィラメントに供給する電力を調整することで前記イオンの量を調整して、該中性粒子ビームの強度を調整することを特徴とする、請求項12〜14のいずれか1項に記載の分析方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−37894(P2013−37894A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−173063(P2011−173063)
【出願日】平成23年8月8日(2011.8.8)
【出願人】(301026664)株式会社 パスカル (2)
【Fターム(参考)】