説明

原子炉制御棒

【課題】シースの隙間腐食をさらに抑制することができる原子炉制御棒を提供する。
【解決手段】原子炉制御棒1は、横断面が十字形をしており、軸心にタイロッド4が配置されてこのタイロッド4から四方に伸びる4枚のブレード2を有する。各ブレード2は、横断面がU字状をしたシース6を有している。このシース6内に、複数の楕円形状の筒であるハフニウム部材3Uが配置される。シース6は、母材であるシース部材を有し、シース部材の内面でハフニウム部材3Uと対向する面にCr皮膜6aを形成している。シース6は、Cr皮膜6aとシース部材の間にCr拡散層を形成している。Cr皮膜6aと共にCr拡散層を形成しているので、原子炉制御棒1は、シース6の隙間腐食をさらに抑制することができる

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子炉制御棒に係り、特に、沸騰水型原子炉に適用するのに好適な原子炉制御棒に関する。
【背景技術】
【0002】
水中に存在する構造部材同士が近接または接触する部分(以下、隙間部という)では、構造部材に接触するその水に含まれる酸素が消費され、豊富に存在する、隙間部外の酸素と酸素濃淡電池が形成される。このため、隙間部は、腐食反応が継続しやすい環境になると考えられる。
【0003】
また、原子炉内に配置された、ステンレス鋼製の隣り合う構造部材による隙間部では、構造部材への放射線照射、構造部材の残留応力および隙間の3つの要因が重畳するため、構造部材における腐食反応がさらに進みやすい環境になる。
【0004】
例えば、原子炉出力を制御する原子炉制御棒は原子炉内に設置されて炉心内に挿入されるために、原子炉制御棒のシースでは、炉心に装荷された燃料集合体に含まれる核燃料物質の核分裂反応により発生する中性子およびγ線の照射によるシースの劣化およびこのシースに接触する酸化環境、製造過程においてシースとタイロッド、シースとハンドルとの溶接によりシースに発生する引張残留応力、シースと中性子吸収部材であるハフニウム楕円管との間に形成される隙間腐食環境の3つの要因が重なっている。このため、シースとハフニウム楕円管との間は、原子炉制御棒のシース内面に隙間腐食が生じやすい環境にあることが懸念される。
【0005】
沸騰水型原子炉で用いられる制御棒として、シース内に、中性子吸収部材である管状の複数のハフニウム楕円管を配置してブレードを構成し、4枚のブレードを、タイロッドを中心に十字形に配置した制御棒がある。このような原子炉制御棒が、例えば、特開平2−10299公報、特開2002−71868号公報、特開平9−61576号公報および特開2002−71868号公報に記載されている。
【0006】
これらの公開公報に記載された、ハフニウム楕円管を有する従来の原子炉制御棒は、以下の構成を有する。原子炉制御棒は、横断面形状が十字形になっており、タイロッドに取り付けられたU字状のシースを有する。ハンドルがタイロッドの上端部に取り付けられ、下部支持部材がタイロッドの下端部に取り付けられる。シースの上端がハンドルに取り付けられ、シースの下端が下部支持部材に取り付けられる。上部ハフニウム楕円管および上部ハフニウム楕円管の下方に配置された下部ハフニウム楕円管が、シース内に配置される。上部ハフニウム楕円管の上端部が、ハンドルに設けられた舌状部に取り付けられる。下部ハフニウム楕円管の下端部が、下部支持部材に設けられた他の舌状部に取り付けられる。各ハフニウム楕円管とシースの内面の間には、隙間が形成される。シースには、その隙間に連絡される複数の開口部が形成される。
【0007】
原子炉制御棒が炉心に挿入されている原子炉の運転中において、炉心内を流れる冷却水が、その開口部を通して、各ハフニウム楕円管とシースの内面の間に形成された隙間に導入され、隙間内を上昇して流れる。中性子を吸収して温度が上昇したそれぞれのハフニウム楕円管が、その冷却水によって冷却される。すなわち、ハフニウム楕円管が冷却水によって冷却される。その隙間の幅を広くすることによって、ハフニウム楕円管の冷却効果を得ることができる。隙間幅を広くすると、ブレードの厚みが増すことになり、原子炉制御棒が大型化する。炉心内における原子炉制御棒の挿入スペース、具体的には、炉心に装荷された燃料集合体間に形成されたスペースの制約上、原子炉制御棒の大型化は困難である。さらには、冷却水は不純物および腐食生成物等を含んでおり、狭い隙間部ではこれらが堆積しやすくなるため、原子炉制御棒の製造時に確保した隙間幅が原子炉の運転時間の経過とともに狭くなる可能性がある。
【0008】
また、例えば、特開2010−216881号公報および特開2010−164508号公報に記載されたように、原子炉制御棒の構造部材の表面に耐食性の皮膜を形成する方法も検討されている。特開2010−216881号公報には、シース内に配置されるハフニウム部材の片面または両面をジルコニウムまたはジルコニウム合金で被覆することを記載している。特開2010−164508号公報には、原子炉制御棒のシース(ステンレス鋼製)における隙間腐食を防止するために、ハフニウム楕円管に対向するシースの内面に、Cr,Zn,Zr,TiおよびHfのいずれかの皮膜を形成することを記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平2−10299公報
【特許文献2】特開2002−71868号公報
【特許文献3】特開平9−61576号公報
【特許文献4】特開2002−71868号公報
【特許文献5】特開2010−216881号公報
【特許文献6】特開2010−164508号公報
【特許文献7】特開2009−229388号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
原子炉内に配置されて炉心に出し入れされる原子炉制御棒では、上下方向の動作を繰り返すためにブレードに引張応力および圧縮応力が繰り返し付与され、また、原子炉の起動時においてシース内のハフニウム楕円管の表面温度が室温から300℃以上まで変動する。さらには、その原子炉制御棒には放射線が照射される。このため、例えば、特開2010−164508号公報に記載されたように、シースの内面に皮膜が形成された場合には、この皮膜でのひび割れの発生、およびこの皮膜のシースからの剥離が懸念される。
【0011】
シース内面に形成された皮膜にひび割れ等が発生した場合には、皮膜にひび割れ等が生じた位置でシースの母材が露出するために、その位置において母材に腐食が発生しやすくなると共に、皮膜と母材の電気化学的特性の優劣から、皮膜を付与しない場合に比べ、母材の溶解をさらに加速する可能性がある。また、シースそのものにジルコニウム等の耐食性金属を用いる場合、ジルコニウムはステンレス鋼に比べて密度が大きいため、原子炉制御棒全体の重量が増加することで機器仕様を満足しないことが懸念される。
【0012】
シースとシース内に存在するハフニウム部材の間に形成される隙間の間隔を拡大する対策では、経時的な狭あい化を十分防ぐことができない可能性もあり、上記した従来の原子炉制御棒のように、シース内面に形成された皮膜がひび割れした場合には、シースにおいて隙間腐食が加速される可能性がある。
【0013】
本発明の目的は、シースの隙間腐食をさらに抑制することができる原子炉制御棒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記した目的を達成する本発明の特徴は、横断面がU字状をしている、タイロッドから四方に伸びる4つのシースと、それぞれのシース内に配置されたハフニウム部材とを備え、
シースが、横断面がU字状をしているシース部材、シース部材の不働態化を促進する金属の皮膜およびこの金属の拡散層を有し、
金属の皮膜がハフニウム部材に対向してシース部材の内面に形成され、その拡散層が金属の皮膜とシース部材の間に形成されていることにある。
【0015】
金属の皮膜とシース部材の間にその金属の拡散層が形成されているので、金属の皮膜にひび割れが発生しても、金属の拡散層によって、シース部材が冷却水に曝されることがなく、金属の皮膜を単にシース部材に形成した場合と比較して、シースとハフニウム部材の間に形成される隙間においてシース、すなわち、シース部材の隙間腐食をさらに抑制することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、原子炉制御棒において、シースの隙間腐食をさらに抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の好適な一実施例である実施例1の原子炉制御棒の構成図である。
【図2】図1のII−II断面図である。
【図3】実施例1の原子炉制御棒の製造工程を示す説明図である。
【図4】実施例1で形成された皮膜の模式図である。
【図5】ステンレス鋼製の試験片に対する腐食試験後における試験片表面の電子顕微鏡写真である。
【図6】ステンレス鋼製の試験片に対する腐食試験後における試験片内のCr濃度分布を示す説明図である。
【図7】ステンレス鋼製の試験片に対する腐食試験で発生するひび割れの初期深さの測定結果を示す説明図である。
【図8】原子炉制御棒のシースが受ける中性子照射量の分布を示す説明図である。
【図9】本発明の他の実施例である実施例2の原子炉制御棒の構成図である。
【図10】実施例2の原子炉制御棒の製造工程を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
隙間腐食は、放射線照射、応力および隙間構造のどれか1つの要因を除くことにより防ぐことができる。しかし、原子炉制御棒は原子炉内に配置されるために放射線照射の環境を取り除くことは困難である。特に、原子炉制御棒は、図8に示すように、中性子吸収材であるハフニウム部材を内部に配置するシースの上部、すなわち、シース6の上端から、下方に向かってシース6の全長の1/2程度の位置までの領域で高い中性子照射を受ける。
【0019】
また、従来のハフニウム部材(例えば、ハフニウム楕円管)を用いた原子炉制御棒では、シース6とハンドル5およびシース6とタイロッドとの溶接に伴って、引張残留応力がシース6の表面には発生する。構造部材の残留応力を低減させる方法として知られている溶接後における構造部材の熱処理は、原子炉制御棒の構造および寸法精度の制約上、原子炉制御棒に適用することが困難である。
【0020】
さらに、炉水に含まれる不純物および腐食生成物などの、シースとハフニウム部材の間に形成される隙間部への堆積は、その隙間部の環境を悪化させることにつながり、シースの腐食を促進させる。シースとハフニウム部材の間の隙間は設計値に従って製作されるが、腐食生成物等がその隙間に堆積すると、隙間の幅が縮小される。
【0021】
以上のことから、シースの隙間腐食を抑制するための対策として、発明者らは、原子炉制御棒のシースに面する隙間部における腐食環境の経時的な悪化を抑制することが有効であり、且つ、シースに引張残留応力が付加された場合でも炉水がシースに直接接触しにくい構造になっていることが必要であると考えた。そして、種々の検討を行った結果、発明者らは、ステンレス鋼製のシースの内面にステンレス鋼の不働態化を促進する成分を含む皮膜を形成し、この皮膜からシースの内部に向かって、ステンレス鋼の不働態化を促進する金属の拡散層を形成すれば良いとの発想をするに至った。ステンレス鋼の不働態化を促進する金属としては、クロム、ニッケル、チタン、亜鉛、ニオブ、およびマンガンから選択された一種を用いることが望ましい。
【0022】
上記の検討結果を反映した、本発明の実施例を、以下に説明する。
【実施例1】
【0023】
本発明の好適な一実施例である実施例1の原子炉制御棒を、図1および図2に基づいて以下に説明する。本実施例の原子炉制御棒1は、沸騰水型原子炉(BWR)で用いられる制御棒である。
【0024】
原子炉制御棒1は、横断面が十字形をしており、軸心にタイロッド4が配置されてこのタイロッド4から四方に伸びる4枚のブレード2を有する。ハンドル5がタイロッド4の上端部に取り付けられ、下部支持部材8がタイロッド4の下端部に取り付けられる。下部支持部材8は、下部支持板(または落下速度リミッタ)である。複数のローラ16が回転可能に下部支持部材8に取り付けられる。これらのローラ16は、炉心に装荷されている燃料集合体のチャンネルボックスの外面と接触し、原子炉制御棒1を燃料集合体間で円滑に移動させる機能を有する。
【0025】
各ブレード2は、横断面がU字状をしているシース6、扁平な筒、例えば楕円形状の筒であるハフニウム部材3U,3Lを有する(図1参照)。シース6は、後述するように、ステンレス鋼(SUS304およびSUS316L等)製のシース部材6bを有する(図3および図4参照)。シース6の上端はハンドル5に溶接され、シース6の下端は下部支持部材8に溶接されている。シース6のU字の両端部には、複数のタブ(突出部)18が軸方向において所定の間隔を置いて形成されている。これらのタブ18は、シース6の一部であるが、タイロッド4側に向かって突出している部分である。これらのタブ18は溶接にてタイロッド4に接合されている。上記したシース6とタイロッド4、ハンドル5および下部支持板8とのそれぞれの接合は、例えば、レーザ溶接によって行われる。
【0026】
1つのブレード2のシース6内に形成される空間内で原子炉制御棒1の軸方向に、2つのハフニウム部材3Uおよび2つのハフニウム部材3Lが配置されている。ハフニウム部材3Uはハフニウム部材3Lの上方に位置しており、ハフニウム部材3U,3Lの軸方向の長さは同じである。ハフニウム部材3Uは、ハンドル5の下端部に形成された舌状部11Uにピン12で取り付けられている。ハフニウム部材3Lは、下部支持部材8の上端部に形成された舌状部11Lにピン12で取り付けられている。ハフニウム部材3Uは上端部がハンドル5に取り付けられ、ハフニウム部材3Lが下部支持板8に取り付けられている。これらのハフニウム部材は中性子吸収部材である。BWRの運転中においてハフニウム部材3U,3Lが熱膨張してもそれらのハフニウム部材が互いに接触しないように、ハフニウム部材3Uの下端とハフニウム部材3Lの上端との間のギャップ(図示せず)が形成されている。
【0027】
1つのブレード2の横断面(図1のII−II断面)において、2つのハフニウム部材3Uは、シース6内で互いに並列に配置され、かつタイロッド4と並列に配置される。2つのハフニウム部材3Lも、シース6内で互いに並列に配置され、かつタイロッド4と並列に配置される。シース6を構成するステンレス鋼の不働態化を促進する金属の一種であるCrを含む皮膜、すなわち、Cr皮膜6aが、ハフニウム部材3U,3Lのそれぞれの表面に対向している、シース6の内面に形成される。さらに、Crの拡散層が、Cr皮膜6aからシース6の内部に向かって形成される。
【0028】
Cr皮膜6aおよびCr拡散層が形成されたシース6を有する原子炉制御棒1の製造方法を、図3を用いて説明する。シース部材の表面に、表面処理によりCr皮膜およびCr拡散層を形成する(ステップ1)。シース6の母材であるステンレス鋼製の板状のシース部材6bの一方の表面(片面)にCr皮膜6aを形成する。Cr皮膜6aは、ステンレス鋼の不働態化を促進する金属を含む皮膜である。Cr皮膜6aのシース部材6bの片面への形成は以下のように行われる。
【0029】
シース部材6bの一方の表面(片面)へのCr皮膜6aの形成には、硫酸、塩酸、硝酸、ふっ酸およびクロム酸のいずれかの酸に溶解した不働態化を促進する金属の一種であるCrを含む溶液を用いる。本実施例では、Crを含む溶液として、クロム酸および硫酸を含むサージェント浴を用いており、クロム酸の濃度は250g/Lで硫酸の濃度は25g/Lである。その溶液の温度は、40℃〜60℃の範囲内の温度に加熱される。
【0030】
Cr皮膜6aを形成しない、シース部材6bの片面にマスキングを施し(例えば、遮蔽テープを張る)、このマスキングを施したシース部材6bが、上記の温度に保たれたCrを含む溶液に浸漬され、マスキングを施していない、シース部材6bの片面がCrを含む溶液と接触する。この結果、この片面の全面にCr皮膜6aが形成される。その片面にCr皮膜6aが形成された後、加熱により、シース部材6bを浸漬した、Crを含む溶液の温度を、さらに高い温度まで上昇させる。Cr皮膜6aを形成している一部のCrが、シース部材6b内に拡散し、シース部材6bのCr皮膜6aと接触する部分にCr拡散層10(図4)が形成される。シース部材6bの、マスキングが施された他の片面は、マスキングによりCrを含む溶液と接触しないので、この片面にはCr皮膜6aが形成されない。Cr皮膜6aおよびCr拡散層10の形成が終了した後、シース部材6bがCrを含む溶液から取り出され、マスキング用の遮蔽テープがシース部材6bから剥がされる。形成されたCr皮膜6aの厚みは、例えば、3μmであり、Cr拡散層10の厚みは、例えば、1〜2μmである。
【0031】
40℃〜60℃の範囲内の温度のままでもCr皮膜6aからシース部材6b内にCrが拡散するが、温度が低いためにCrの拡散速度が遅く、所定厚みのCr拡散層10を形成するために長時間を有する。このため、Cr被膜6aの形成後に、Crを含む溶液の温度をさらに高めることによりシース部材6bの温度を高め、Cr皮膜6aからシース部材6b内へのCrの拡散速度を向上させる。このため、所定厚みのCr拡散層10を短時間に形成することができる。Cr拡散層10を形成するためのシース部材6bの加熱は、Cr皮膜6aを形成したシース部材6bを、Crを含む溶液から取り出してマスキングを剥がした後、Cr皮膜6aを形成したシース部材6bを加熱装置により加熱して行っても良い。
【0032】
ステップ1のCr皮膜の形成が終了すると、Cr皮膜6aがシース部材6bの一面に形成され、Cr拡散層10が、Cr皮膜6aから、ステンレス鋼製のシース部材6bの内部に向かって形成されている(図4参照)。Cr皮膜6aは皮膜成分であるCr7aおよび酸素7bを含んでいる。Cr皮膜6aとシース部材6bの間に形成されたCr拡散層10では、Cr皮膜6aからシース部材6bの内部に向かって皮膜成分7a,7bのそれぞれの濃度が徐々に減少している。
【0033】
シースを成形する(ステップ2)。Cr皮膜6aおよびCr拡散層10が片面に形成されたシース部材6bを、Cr皮膜6aが内側になるように、折り曲げて、横断面がU字状をしたシース6を成形する。シース6は、横断面がU字状をしたシース部材6a、シース部材6aの内面に形成されたCr皮膜6aおよびシース部材6aとCr皮膜6aの間に形成されたCr拡散層10を有する。シースを溶接にてタイロッドに接合する(ステップ3)。シース6の側端を、タイロッド4に溶接にて接合する。4枚のシース6が、タイロッド4から四方に伸びるように配置されて、タイロッド4に接合される。
【0034】
シースへの開口の形成およびシース内への中性子吸収材の充填を行う(ステップ4)。シース6内に原子炉圧力容器内の冷却水を供給する複数の開口を各シース6の側面に形成し、中性子吸収材であるハフニウム部材3U.3Lをシース6内に挿入する(充填する)。ハフニウム部材3U.3Lのそれぞれの外面が、シース6の内面に形成されたCr皮膜6aに面している。ハンドルをシースに取り付ける(ステップ5)。ハンドル5に設けられた舌状部11Uをハフニウム部材3U内に挿入し、ハフニウム部材3Uをピン12で舌状部11Uに取り付ける。その後、ハンドル5をタイロッド4に接合し、シース6の上端をハンドル5に接合する。ステップ5では、さらに、下部支持部材8に設けられた舌状部11Lをハフニウム部材3L内に挿入し、ハフニウム部材3Lをピン12で舌状部11Lに取り付ける。その後、下部支持部材8をタイロッド4に接合し、シース6の上端をハンドル5に接合する。
【0035】
以上の製造工程により、本実施例の原子炉制御棒1が完成する。
【0036】
本実施例では、クロム酸および硫酸を含むサージェント浴であるCrを含む溶液を用いてシース部材6bの一面(片面)にCr皮膜6aを形成したが、このCr皮膜6aは、不働態化を促進する金属の一種であるCrを加熱した後、シース部材の表面に付着させる熱的処理を適用しても形成することができる。この熱的処理においても、Cr皮膜6aが形成されたシース部材6bをさらに温度の高い状態まで加熱することにより、Cr拡散層10をシース部材6bに形成することができる。また、シース部材6bの一面へのCr皮膜6aの形成は、物理蒸着法、いわゆるPVD(Physical Vapor Deposition)法を用いて行ってもよい。PVD法においても、上記した熱的処理と同様に、Cr皮膜6aが形成されたシース部材6bを加熱することにより、Cr拡散層10を形成することができる。
【0037】
原子炉制御棒1は、BWRの原子炉圧力容器内に配置され、原子炉出力を制御するために、複数の燃料集合体が装荷された炉心内に制御棒駆動機構(図示せず)によって出し入れされる。原子炉制御棒1は、下部支持部材8の下端部に設けられたコネクタ17によって原子炉圧力容器の底部に設けられた制御棒駆動機構に連結される。制御棒駆動機構は、原子炉制御棒1の炉心内への挿入操作、および原子炉制御棒1の炉心からの引き抜き操作を行う。
【0038】
原子炉圧力容器内を流れる冷却水(冷却材)は、シース6に形成された一部の開口14およびシース6の最下端部に形成された複数の開口19Lからシース6内に流入し、シース6の内面に形成されたCr皮膜6aとハフニウム部材3Uおよびハフニウム部材3Lのそれぞれの間に形成される間隙内を上昇して他の開口14(特に上端部に位置する開口14)およびシース6の最上端部に形成された複数の開口19Uからシース6の外に流出する。冷却水は、シース6内でその隙間内を上昇する間において、ハフニウム部材3L.3Uを冷却する。また、シース6内に流入した冷却水は、ハフニウム部材3Uに設けられた小径の開口13を通ってハフニウム部材3U内に流入し、また、ハフニウム部材3Lに形成された小径の開口15を通ってハフニウム部材3L内に流入する。このように、冷却水がハフニウム部材3U,3L内に流入することによって、これらのハフニウム部材の冷却効果が増大される。
【0039】
発明者らは、内面にCr皮膜6aが形成されてCr皮膜6aとシース部材6bの間にCr拡散層10が形成された本実施例の原子炉制御棒1で得られる効果を確認するために、試験片を用いた腐食試験を行った。この腐食試験の内容および腐食試験の結果を以下に説明する。
【0040】
試験片としては、表面が未処理のステンレス鋼試験片(以下、未処理試験片という)、および表面にCr皮膜を形成しさらにCr拡散層を形成したステンレス鋼試験片(以下、Cr付与試験片という)を用いた。未処理試験片は、ステンレス鋼のままであり、Cr皮膜およびCr拡散層が形成されていない。Cr付与試験片は、表面にCr皮膜が形成され、Cr皮膜とステンレス鋼の間にCr拡散層が形成されている。
【0041】
腐食試験として、288℃の高温水中で未処理試験片およびCr付与試験片に対して、歪み量が15%になるまで低歪速度引張試験(SSRT試験)をそれぞれ実施した。SSRT試験後における未処理試験片およびCr付与試験片の顕微鏡写真を図5に示す。図5の(1)は未処理試験片の顕微鏡写真であり、(B1)は(A1)の一部を拡大した顕微鏡写真である。図5の(2)はCr付与試験片の顕微鏡写真であり、(B2)は(A2)の一部を拡大した顕微鏡写真である。
【0042】
未処理試験片では、図5の(B1)に示すように、表面にひび割れが見られ、腐食の痕跡が観察された。Cr付与試験片では、図5の(B2)に示すように、形成されたCr皮膜にスジ状の模様が見られたが、ひび割れは発生していなかった。この試験結果から、不働態化を促進する金属(例えば、Cr)の皮膜を試験片の表面に形成することによって、試験片であるステンレス鋼の腐食を抑制できることが分かった。
【0043】
Cr付与試験片では、前述したように、スジ状の模様がCr皮膜に発生していたが、Cr皮膜にひび割れが生じるに至らなかった。この原因は、表面のCr皮膜からCr付与試験片の母材(ステンレス鋼)にかけて連続的な濃度勾配を有するCr拡散層が形成されていることにあると、発明者らは考えた。
【0044】
そこで、発明者らは、未処理試験片およびCr付与試験片のそれぞれの表面付近の断面を化学分析し、Cr濃度の分布を求めた。得られたCR濃度分布を図6に示す。図6の(1)は未処理試験片の表面付近でのCr濃度の分布を示しており、図6の(2)はCr付与試験片の表面付近でのCr濃度の分布を示している。
【0045】
未処理試験片では、Cr濃度は、表面から深さ方向において母材のCr濃度で実質的に一様に分布している。Cr付与試験片では、Cr濃度はCr皮膜の表面で最も高く、Cr皮膜の表面から深さ方向において、Cr濃度が、Cr皮膜の表面から5μmの深さにおける母材のCr濃度まで連続的に低減する濃度勾配を有するCr拡散層が観察される(図6の(2)参照)。図5の(2)では、Cr皮膜の厚みが3μmでありCr拡散層の厚みが約1μmである。図5の(2)で観察されたスジ状の模様は、皮膜の割れ、あるいは剥離によって、Cr皮膜の厚みが薄くなったと考えられる。しかしながら、発明者らは、Cr皮膜よりも母材側にCr拡散層が存在するために、母材が露出することなく、母材に達するひび割れを抑制できたと考えた。
【0046】
隙間腐食発生時に見られるひび割れの深さを測定した結果を図7に示す。図7に示された結果に基づいて、隙間腐食の初期段階ではひび割れがおよそ3μm程度から始まることが分かった。そのため、図6の(2)で示されたCr皮膜の厚みが3μmよりも厚いことが望ましく、Cr皮膜の厚みが5μmであるために母材のひび割れを抑制できたと言える。母材のひび割れは、Cr皮膜及びCr拡散層の両者の形成によって抑制される。Cr皮膜6aの厚みは、3μm以上0.3mm以下の範囲内にあることが望ましい。
【0047】
本実施例によれば、原子炉制御棒1のシース6とハフニウム部材3Uおよび3Lのそれぞれの間に形成される隙間に原子炉圧力容器内の冷却水が流れても、そのハフニウム部材と対向するシース部材6bの表面に形成されたCr皮膜6aの存在によって、シース部材6bがその隙間内を流れる冷却水と接触する確率が低減される。このため、シース6、特に、シース部材6bの隙間腐食を低減することができる。
【0048】
また、本実施例は、何らかの要因でCr皮膜6aにひび割れが発生しても、Cr皮膜6aとシース部材6bの間に形成されているCr拡散層10の働きにより、シース部材6bが、原子炉制御棒1内に形成される上記の隙間内を流れる冷却水と接触する確率がさらに低減される。このため、Cr皮膜6aとシース部材6bの間に形成されているCr拡散層10を有するシース6を設けた原子炉制御棒1は、シース6(特に、シース部材6b)の隙間腐食をさらに抑制することができる。
【0049】
本実施例では、シース部材6bのハフニウム部材に対向する面に形成する、シース部材の不働態化を促進する金属の皮膜、およびこの金属の拡散層をそれぞれCrを用いて形成しているが、Crの替りに、ニッケル、チタン、亜鉛、ニオブまたはマンガンを用いて、その金属の皮膜および金属の拡散層を形成しても良い。
【実施例2】
【0050】
本発明の他の実施例である実施例2の原子炉制御棒を、図9に基づいて以下に説明する。本実施例の原子炉制御棒1Aも、沸騰水型原子炉(BWR)で用いられる制御棒である。
【0051】
原子炉制御棒1Aは、実施例1の原子炉制御棒1においてシース6をシース6Aに替えた構成を有する。原子炉制御棒1Aの、横断面がU字状であるシース6Aは、制御棒1Aの軸方向におけるシース6Aの全長Lの1/2である、制御棒1Aの軸方向における長さLのCr皮膜6aおよびCr拡散層10を、シース部材6bの内面に形成している。Cr皮膜6aおよびCr拡散層10はシース部材6bのハンドル5側の一端(シース6Aのハンドル5側の一端)とこの一端からシース部材6bの下部支持部材8側の他端(シース6Aの下部支持部材8側の他端)に向かってL/2の位置との間に存在する。シース6Aのハンドル5側の一端からシース6Aの下部支持部材8側の他端に向かってL/2の位置とシース6Aの下部支持部材8側の他端の間では、Cr皮膜6aおよびCr拡散層10がシース6Aに存在しない。原子炉制御棒1Aの他の構成は原子炉制御棒1と同じである。
【0052】
シース6Aを有する原子炉制御棒1Aの製造方法を、図10を用いて説明する。原子炉制御棒1Aの製造方法は、実施例1の原子炉制御棒1の製造方法の工程のうちステップ1をステップ1Aに替え、ステップ6を新たに追加した製造方法である。すなわち、原子炉制御棒1Aの製造方法は、ステップ1A,2,3,6,4および5の各工程を有する。ステップ2,3,4および5の各工程は原子炉制御棒1の製造方法と同じであるので、ステップ1Aおよび6について説明する。
【0053】
シース部材の表面に、表面処理によりCr皮膜を形成する(ステップ1A)。実施例1のステップ1では、シース部材6bの一面において全面に亘ってCr皮膜6aおよびCr拡散層10を形成しているのに対し、本実施例のステップ1Aでは、Cr皮膜6aおよびCr拡散層10は、シース部材6bの一面において、シース部材6bのハンドル5側の一端(シース6Aのハンドル5側の一端)とこの一端からシース部材6bの下部支持部材8側の他端(シース6Aの下部支持部材8側の他端)に向かってL/2の位置との間に形成され、L/2の位置とシース部材6bの下部支持部材8側の他端(シース6Aの下部支持部材8側の他端)の間には形成されない。本実施例では、Cr皮膜6aを形成しない、シース部材6bの片面の全面、およびCr皮膜6aを形成する、シース部材6bの片面においても、シース部材6bのハンドル5側の一端からシース部材6bの下部支持部材8側の他端に向かってL/2の位置とシース部材6bの下部支持部材8側の他端の間のCr皮膜6aを形成しない部分に、それぞれ、実施例1と同様なマスキングが施される。Cr皮膜6aおよびCr拡散層10のそれぞれの形成は、例えば、実施例1のステップ1と同様に、クロム酸および硫酸を含むサージェント浴であるCrを含む溶液を用いて行われる。このようにして、本実施例では、シース6Aにおける中性子照射量が高い領域(シース部材6bのハンドル5側に位置する一端とこの一端からシース部材6bの他端に向かってL/2の位置との間の領域)に、Cr皮膜6aおよびCr拡散層10がそれぞれ形成される。
【0054】
実施例1と同様に、ステップ2および3の各工程が実行され、その後に、フェライトコーティング処理を行う(ステップ6)。フェライトコーティング処理は、鉄酸化物を化学的に表面に付着させる処理方法であって、形成されたフェライトコーティング皮膜はシース部材6bの腐食を抑制する。ステップ6において、フェライトコーティング皮膜は、各ブレード2のシース6Aの内面において、形成されたCr皮膜6aの表面およびCr皮膜6aが形成されていない部分におけるシース部材6bの表面の全面に亘ってそれぞれ形成される。このフェライトコーティング皮膜の形成は、例えば、特開2009−229388号公報の図2に示される皮膜形成装置を用いて行われる。Cr皮膜6aを形成したシース部材6bを、特開2009−229388号公報の図2に示される皮膜形成装置の収納容器内に入れて皮膜形成水溶液をその収納容器内に供給することによって、特開2009−229388号公報と同様にして、収納容器内のシース部材6bの表面にフェライトコーティング皮膜を形成する。
【0055】
ステップ6の工程が終了した後、ステップ4および5の各工程が実行され、原子炉制御棒1Aの製造が終了する。
【0056】
本実施例は、実施例1で生じる各効果を得ることができる。さらに、本実施例では、シース部材6bのハンドル5側の一端とこの一端からシース部材6bの下部支持部材8側の他端に向かってL/2の位置との間の領域(以下、第1領域という)9で、シース部材6bの内面にCr皮膜6aおよびCr拡散層10を形成し、シース部材6bのハンドル5側の一端からシース部材6bの下部支持部材8側の他端に向かってL/2の位置とシース部材6bの他端との間の領域(以下、第2領域という)で、シース部材6bの内面にCr皮膜6aおよびCr拡散層10を形成していないので、Cr皮膜6aおよびCr拡散層10の形成に要する時間が、実施例1よりも短縮することができる。
【0057】
また、第1領域においてフェライトコーティング皮膜だけを形成したのでは、フェライトコーティング皮膜にひび割れが生じた場合には、シース6Aの母材であるシース部材6bが露出して原子炉の運転中にシース6A内を流れる冷却水と接触する可能性がある。しかしながら、本実施例では、第1領域9においてCr皮膜6aの表面にフェライトコーティング皮膜が形成されるので、もし、フェライトコーティング皮膜にひび割れが生じても、Cr皮膜6aが存在するので、シース部材6bの露出を防止することができ、シース部材6bの防食効果をさらに高めることができる。
【0058】
ステップ6において、フェライトコーティング皮膜の替りに貴金属の皮膜を形成しても良い。
【符号の説明】
【0059】
1,1A…原子炉制御棒、2…ブレード、3U,3L…ハフニウム部材、4…タイロッド、5…ハンドル、6…シース、6a…Cr皮膜、6b…シース部材、8…下部支持部材、10…Cr拡散層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タイロッドと、前記タイロッドの上端部に取り付けられたハンドルと、前記タイロッドの下端部に取り付けられた下部支持部材と、上端部が前記ハンドルに取り付けられ、下端部が前記下部支持部材に取り付けられ、さらに、前記タイロッドに取り付けられ、かつ横断面がU字状をしている、前記タイロッドから四方に伸びる4つのシースと、それぞれのシース内に配置されたハフニウム部材とを備え、
前記シースが、横断面がU字状をしているシース部材、前記シース部材の不働態化を促進する金属の皮膜および前記金属の拡散層を有し、
前記金属の皮膜が前記ハフニウム部材に対向して前記シース部材の内面に形成され、前記拡散層が前記金属の皮膜と前記シース部材の間に形成されていることを特徴とする原子炉制御棒。
【請求項2】
前記シースの前記ハンドル側の一端とこの一端から前記シースの前記下部支持部材側の他端に向かって前記シースの前記制御棒の軸方向における全長の1/2以下の位置との間の領域で、前記金属の皮膜および前記拡散層を形成し、前記1/2以下の位置と前記他端の間の他の領域で、前記金属の皮膜および前記拡散層を形成していない請求項1に記載の原子炉制御棒。
【請求項3】
前記不働態化を促進する金属は、クロム、ニッケル、チタン、亜鉛、ニオブ、およびマンガンから選択された一種である請求項1または2に記載の原子炉制御棒。
【請求項4】
前記金属の皮膜の厚みは3μm以上0.3mm以下である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の原子炉制御棒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−2984(P2013−2984A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−134950(P2011−134950)
【出願日】平成23年6月17日(2011.6.17)
【出願人】(507250427)日立GEニュークリア・エナジー株式会社 (858)