説明

原子発振器

【課題】キャリア光を帯域通過フィルタによって減衰させて、信号検出のS/Nを改善して周波数安定度を高めた原子発振器を提供する。
【解決手段】の原子発振器100は、半導体レーザーにより構成されるLD(光源)1と、LD1に直流電流を与え、LD1の波長を所定の値に設定する中心波長設定部13と、アルカリ金属が封止された原子セル2と、アルカリ金属原子を透過したキャリア光(ωc)と共に第1の共鳴光(ω1)、及び第2の共鳴光(ω2)のうちいずれか一方の光を減衰させる波長フィルタ14と、波長フィルタ14を通過した原子セル2の透過光を検出するPD(光検出器)3と、を備えて構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子発振器に関し、特に、EIT信号のS/Nを改善した原子発振器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させるためには、周波数の異なる2つの共鳴光(周波数ω1、ω2)をアルカリ金属原子に照射する必要がある。EIT方式による原子発振器は、図4に示すように、第1基底準位33と第2基底準位34は準位のエネルギが若干異なるため(ΔE12)、共鳴光もそれぞれ第1共鳴光31と第2共鳴光32の波長f1、f2が若干異なる。同時に照射される第1共鳴光31と第2共鳴光32の周波数差f1−f2(波長の差:ω1−ω2)が正確に第1基底準位33と第2基底準位34のエネルギ差ΔE12に一致すると、図4の系は2つの基底準位の重ね合わせ状態になり、励起準位30への励起が停止する(EIT現象と呼ぶ)。EITはこの原理を利用して、第1共鳴光31と第2共鳴光32のどちらか、または両方の波長を変化させたときに、ガスセルでの光吸収(つまり励起準位30への転換)が停止する状態を検出、利用する方式である。
【0003】
図5は特許文献1に開示されている原子発振器の概略構成を示す図であり、半導体レーザー40と、アルカリ金属原子を封入した原子セル41と、原子セル41を透過した光を検知するフォトダイオード(PD)42と、PD42で検知した信号を同期制御する制御手段43と、図示しない電圧制御発振器(VCO)の出力信号を逓倍して高周波を発生する高周波発生手段44と、半導体レーザー40に直流電流を与え、半導体レーザー40の波長を所定の値に設定する直流バイアス46と、それを制御する制御手段47と、高周波発生手段44と直流バイアス46を合成する合成手段45と、を備えて構成されている。
2つの共鳴光ω1、ω2を一つの半導体レーザー40から発生させるには、半導体レーザー40に高周波発生手段44から高周波信号を入力することにより、半導体レーザー40の出力信号に周波数変調を与え、2つの共鳴光ω1、ω2に対応する周波数成分を生成するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】US6320472B1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されている従来技術は、半導体レーザー40に周波数変調を与えると、半導体レーザー40の出力には2つの共鳴光(周波数ω1、ω2)以外の周波数成分(特にキャリア光の成分ωcが)含まれており(図6(a)参照)、この不要な成分がPD42により検出されて雑音成分となり、S/Nの劣化を招いて原子発振器の周波数安定度を劣化させる要因となっている。
例えば、キャリア光の成分ωcはアルカリ金属原子と反応(電磁誘起透過現象:EIT現象)を起こさずに原子セル41をそのまま透過し、PD42によって検出されてしまう。つまり、キャリア光は電磁誘起透過現象に全く寄与せず、PD42の出力信号に雑音成分として重畳されてしまう(図6(b)参照)。
【0006】
そこで、このキャリア光のみを波長フィルタで除去できれば、雑音成分を除去したEIT信号を検出することが可能となる。そのためには、原子セル41の共鳴光が入射する側(半導体レーザー40(光源)と原子セル41との間)に狭帯域の帯域除去フィルタを配置する必要がある。しかしながら、キャリア光のみを除去する狭帯域の帯域除去フィルタを実現するのは極めて困難である。なぜならば、キャリア光の成分は周波数的に共鳴光1(ω1)と共鳴光2(ω2)との間に配置されており、また、キャリア光の周波数は共鳴光1、2の周波数に接近しているので、共鳴光1、2の両者を除去せずに(減衰させずに)、キャリア光のみを除去する特性を有するフィルタを実現することは技術的に非常に困難だからである。
【0007】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、原子セルを透過した共鳴光対(ω1、ω2)のうち、何れか一方が存在すれば、電磁誘起透過現象の発現させることができる点に着目して、原子セルの共鳴光が出射した側に広帯域の帯域通過フィルタを配置して、一方の共鳴光のみを通過させて、他方の共鳴光とキャリア光を減衰させることにより、EIT信号のS/Nを改善して周波数安定度を高めた原子発振器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0009】
[適用例1]アルカリ金属原子が封入された原子セルと、前記アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させるための第1の共鳴光、及び第2の共鳴光とキャリア光とを少なくとも含む光を前記アルカリ金属原子に照射する光源と、前記アルカリ金属原子を透過した前記キャリア光と共に前記第1の共鳴光及び前記第2の共鳴光のうちいずれか一方の光を減衰させるフィルタと、前記フィルタから出力された光を検出する光検出手段と、前記光検出手段の出力信号に基づき、前記アルカリ金属原子に前記電磁誘起透過現象を発現させるように、前記第1の共鳴光と第2の共鳴光との周波数差を制御する制御手段と、を備えたことを特徴とする。
【0010】
光源から照射された光には、2つの共鳴光とキャリア光が存在する。この中で、2つの共鳴光は電磁誘起透過現象を発現させるためには必要な光であるが、キャリア光は全く電磁誘起透過現象の発現には寄与しない光である。しかし、キャリア光は原子セルをそのまま透過してしまうため、雑音成分となり、S/Nの劣化を招いて原子発振器の周波数安定度を劣化させる要因となっている。ここで注目すべきは、光源から照射された光には必ず2つの共鳴光が必要であるが、原子セルから透過した光には、2つの共鳴光の何れか一方が存在すれば、電磁誘起透過現象の発現させることができる点である。本発明では、この点に着目して、一方の共鳴光のみを通過させて、他方の共鳴光とキャリア光を減衰させるフィルタを光検出手段の前に設置して、S/Nを改善して原子発振器の周波数安定度を高めるものである。
【0011】
[適用例2]前記フィルタは、所定の波長帯域を有する光を通過させる帯域通過フィルタ、又は所定の長波長帯域の光を通過させる長波長通過フィルタ、又は所定の短波長帯域の光を通過させる短波長通過フィルタの何れかであることを特徴とする。
【0012】
キャリア光を減衰して何れか一方の共鳴光を取り出すためには、何れかの共鳴光の波長に通過特性を持たせた帯域通過フィルタか、波長の長い方の共鳴光を通過させる長波長通過フィルタか、或いは波長の短い方の共鳴光を通過させる短波長通過フィルタを形成する。尚、これらフィルタのオクターブ特性は、さほど急峻にする必要はなく、隣接するキャリア周波数の一部が通過しても構わない。これにより、安価なフィルタによりキャリア光と何れか一方の共鳴光を有効に減衰させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る原子発振器の構成を示す図である。
【図2】(a)は、ω2を通過させるためのフィルタの一例を示す図、(b)は、ω1を通過させるためのフィルタの一例を示す図である。
【図3】(a)は、図2(a)の特性を有するフィルタによりPDで検出された各波長ごとのスペクトラム強度をグラフにした図、(b)は、図2(b)の特性を有するフィルタによりPDで検出された各波長ごとのスペクトラム強度をグラフにした図である。
【図4】EIT方式の原理を説明する図である。
【図5】特許文献1に開示されている原子発振器の構成を示すブロック図である。
【図6】(a)(b)は、図5の原子セルから透過する光のスペクトラムを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を図に示した実施形態を用いて詳細に説明する。但し、この実施形態に記載される構成要素、種類、組み合わせ、形状、その相対配置などは特定的な記載がない限り、この発明の範囲をそれのみに限定する主旨ではなく単なる説明例に過ぎない。
【0015】
図1は本発明の実施形態に係る原子発振器の構成を示す図である。この原子発振器100は、半導体レーザーにより構成されるLD(光源)1と、LD1に直流電流を与え、LD1の波長を所定の値に設定する中心波長設定部13と、アルカリ金属が封止された原子セル2と、アルカリ金属原子を透過したキャリア光(ωc)と共に第1の共鳴光(ω1)、及び第2の共鳴光(ω2)のうちいずれか一方の光を減衰させる波長フィルタ14と、波長フィルタ14を通過した原子セル2の透過光を検出するPD(光検出器)3と、PD3の電流出力を増幅し電圧に変換するAMP4と、AMP4に含まれる低周波信号(111Hz)と低周波発振器8の信号を同期検波し、誤差電圧を生成する乗算器5と、乗算器5の出力に含まれる交流成分を除去するフィルタ6と、乗算器5に入力される二つの信号間の位相差を0度にする位相回路7と、約111Hzの低周波信号を出力する低周波発振器8と、同期制御部16からの制御信号に従い、出力周波数が制御される電圧制御水晶発振器9と、電圧制御水晶発振器9の出力信号(原子発振器出力15)を低周波発信器8の出力信号にて位相変調する位相変調部10と、位相変調部10の出力信号を逓倍し、4.596GHzのマイクロ波信号を生成するPLL(逓倍回路)11と、を備えて構成される。
尚、電圧制御水晶発振器9の周波数を制御する制御信号を生成する同期制御部16は、乗算器5、フィルタ6、位相回路7、及び低周波発振器8により構成される。
【0016】
次に本発明に係る原子発振器100の動作について説明する。まず装置の電源をONすると、PD3の出力が最小となるように中心波長設定部13がLD1の中心波長を設定する。次に、PLL11の出力信号をLD1に印加し、LD1にサイドバンド成分を発生させる(第1共鳴光(ω1)、第2共鳴光(ω2)の成分を発生)。このとき、PLL11の出力はフリーランの状態にあるが、ほぼ4.596GHz(共鳴周波数の約1/2)の周波数を維持する(電圧制御水晶発振器9の周波数は安定している)。PLL11の出力がほぼ4.596GHzにあるとき、AMP4の出力にEIT信号が出力される。尚、本実施形態では、波長フィルタ14によりキャリア光と何れか一方の共鳴光が減衰されているので、雑音成分であるキャリア光の周波数成分(ωc)のレベルは抑制されて、S/Nが大きいEIT信号を得ることができる。
【0017】
このとき、PLL11の出力信号には111Hzの位相変調がかかっているため、LD1にも位相変調がかかり(第1共鳴光、又は第2共鳴光の波長がそれぞれ111Hzの周期で変化)、AMP4の出力は、何れか一方の共鳴光が111Hz周期で脈動する。アンロック(非同期)状態では、PLL11の出力周波数が共鳴周波数の1/2にロックされていないため、AMP4の出力において低周波発振器8の成分(111Hz)のみ発生する。そこで、AMP4の出力において低周波発振器8(111Hz)の2倍の成分(222Hz)が最少になるようにフィードバック制御され、PLL11の出力信号の周波数が共鳴周波数の1/2に正確にロックされる。
【0018】
以上のとおり、LD1から照射された光には、2つの共鳴光ω1、ω2とキャリア光ωcが存在する。この中で、2つの共鳴光ω1、ω2はEITを発現させるためには必要な光であるが、キャリア光ωcは全くEITの発現には寄与しない光である。しかし、キャリア光ωcは原子セル2をそのまま透過してしまうため、雑音成分となり、S/Nの劣化を招いて原子発振器100の周波数安定度を劣化させる要因となっている。ここで注目すべきは、LD1から照射された光には必ず2つの共鳴光ω1、ω2が必要であるが、原子セル2から透過した光には、2つの共鳴光ω1、ω2の何れか一方が存在すれば、EITを発現させることができる点である。本実施形態では、この点に着目して、原子セル2を透過した共鳴光の何れか一方とキャリア光ωcを減衰させる波長フィルタ14を、PD3の前に設置してS/Nを改善して原子発振器100の周波数安定度を高めるものである。
【0019】
図2は本発明の波長フィルタの減衰特性を説明する図である。縦軸に減衰量を示し、横軸に周波数を示す。図の縦軸の減衰量は、下に行くほど大きくなることを表している。図2(a)は、ω2を通過させるためのフィルタの一例である。符号20の特性は、ω1を減衰させて、ωcをある程度減衰させω2はほとんど減衰させない特性を有している。このような特性のフィルタは比較的容易に且つ安価に構成することができる。符号21の特性は、ω1とωcを同じレベルで減衰させて、ω2はほとんど減衰させない特性を有している。このような特性のフィルタは減衰特性をフィルタ20に比べて急峻にしたもので、フィルタ20より部品点数が増加するが、特性的には符号20より優れている。
【0020】
図2(b)は、ω1を通過させるためのフィルタの一例である。符号22の特性は、ω2を減衰させて、ωcをある程度減衰させω1はほとんど減衰させない特性を有している。このような特性のフィルタは比較的容易に且つ安価に構成することができる。符号23の特性は、ω2とωcを同じレベルで減衰させて、ω1はほとんど減衰させない特性を有している。このような特性のフィルタは減衰特性を符号22に比べて急峻にしたもので、符号22の特性を有するフィルタより部品点数が増加するが、特性的には符号22より優れている。
【0021】
図3は、図2の特性を有するフィルタによりPDで検出された各波長ごとのスペクトラム強度をグラフにした図である。図3(a)は、図2(a)の特性を有するフィルタによりPDで検出された各波長ごとのスペクトラム強度をグラフにした図である。この図から明らかなとおり、符号20の特性のフィルタを使用した場合は、ω1はほとんど減衰されて強度が低下し、ωcは符号24のレベルまで減衰され、ω2は殆ど減衰されていないのが分る。また、図2(a)の符号21の特性のフィルタを使用した場合は、ω1は同じであるが、ωcが符号25のようにω1と同じレベルまで減衰されているのが分る。
【0022】
図3(b)は、図2(b)の特性を有するフィルタによりPDで検出された各波長ごとのスペクトラム強度をグラフにした図である。この図から明らかなとおり、符号22の特性のフィルタを使用した場合は、ω2はほとんど減衰されて強度が低下し、ωcは符号26のレベルまで減衰され、ω1は殆ど減衰されていないのが分る。また、図2(b)の符号23の特性のフィルタを使用した場合は、ω2は同じであるが、ωcが符号27のようにω2と同じレベルまで減衰されているのが分る。
【0023】
以上に説明のとおり、原子セルを透過したキャリア光を減衰させるフィルタを光検出手段の前に設置してS/Nを改善することにより、原子発振器の周波数安定度を高めることができる。
また、キャリア光を減衰して何れか一方の共鳴光を取り出すためには、何れかの共鳴光の周波数に通過特性を持たせた帯域通過フィルタか、周波数の低い方の共鳴光を通過させる低域通過フィルタか、或いは周波数に高い方の共鳴光を通過させる高域通過フィルタを形成するので、安価なフィルタによりキャリア光を有効に減衰させることができる。
【符号の説明】
【0024】
1 LD、2 原子セル、3 PD、4 AMP、5 乗算器、6 フィルタ、7 位相回路、8 低周波発振器、9 電圧制御水晶発振器、10 位相変調部、11 PLL、13 中心波長設定部、14 波長フィルタ、20〜23 フィルタ減衰特性、24〜27 波長スペクトラム、100 原子発振器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属原子が封入された原子セルと、
前記アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させるための第1の共鳴光、及び第2の共鳴光とキャリア光とを少なくとも含む光を前記アルカリ金属原子に照射する光源と、
前記アルカリ金属原子を透過した前記キャリア光と共に前記第1の共鳴光及び前記第2の共鳴光のうちいずれか一方の光を減衰させるフィルタと、
前記フィルタから出力された光を検出する光検出手段と、
前記光検出手段の出力信号に基づき、前記アルカリ金属原子に前記電磁誘起透過現象を発現させるように、前記第1の共鳴光と第2の共鳴光との周波数差を制御する制御手段と、
を備えたことを特徴とする原子発振器。
【請求項2】
前記フィルタは、所定の波長帯域を有する光を通過させる帯域通過フィルタ、又は所定の長波長帯域の光を通過させる長波長通過フィルタ、又は所定の短波長帯域の光を通過させる短波長通過フィルタの何れかであることを特徴とする請求項1に記載の原子発振器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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