説明

反射型表示素子の光学設計方法

【課題】 反射型表示素子において、一貫した光学設計を行える方法を提供する。
【解決手段】 反射型表示素子において、拡散反射層と、前記拡散反射層の光入射側に、コート層が積層された構成を含み、拡散反射層/コート層の系で反射特性の光学設計を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拡散反射板とコート層を含む反射型表示素子の光学設計手法に関する。
【背景技術】
【0002】
情報機器の発達に伴い、低消費電力且つ薄型の表示装置のニーズが増しており、これらニーズに合わせた表示装置の研究、開発が盛んに行われている。中でも液晶表示装置は、こうしたニーズに対応できる表示装置として活発な開発が行われ商品化されている。しかしながら、現在の液晶表示装置には、画面を見る角度や、反射光により画面上の文字が見ずらく、また光源のちらつき・低輝度等から生じる視覚へ負担が重いという問題があり、この問題が未だ十分に解決されていない。このため、低消費電力、視覚への負担軽減などの観点から反射型表示装置が期待されている。
【0003】
この反射型表示装置としては、反射型液晶表示装置、半透過型液晶表示装置、高分子分散型液晶表示装置、絶縁性液体中の帯電粒子を移動させて表示を行う電気泳動表示装置などがある。これらの装置には通常、拡散反射板が用いられているが、実際の反射特性と、光線追跡シミュレーション結果とは対応しない場合が多く、光学設計方法として確立されていない。
【0004】
特許文献1に記載の反射型表示素子評価装置および評価方法においては、表示素子の再現性のよい評価方法として、反射板の特性を計算または実測で求め,表示性能を計算で求める評価装置と評価方法が提案されている。
【0005】
また、非特許文献1に記載の反射型液晶表示装置においては、反射板/液晶の系で,反射板形状をBeckmannによる解析的な反射光の分布関数で表現し、反射特性の計算値と実測値がよく一致していると記載されている。
【特許文献1】特開2002−90260号公報
【非特許文献1】Proceedings of the SID,Vol29(2),p157 (1988)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1のような反射板のみの実測データを用いた計算では、その上にコート層があると光線追跡シミュレーションを行っても、実測の反射特性と一致することはほとんどなく、一貫した光線追跡シミュレーションができないという問題があった。
【0007】
また非特許文献1では、反射板の凹凸形状の傾斜角が正規分布していると仮定されており、特殊な反射板形状しか扱えないという問題があった。
【0008】
そこで、本発明は、反射型表示素子の反射特性の光学設計方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は上記事情を考慮してなされたものであり、反射型表示素子において、拡散反射層/コート層の系で反射特性の光学設計を行うことを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
以上説明したように、本発明によると、反射型表示素子において、拡散反射層/コート層の系で反射特性の光学設計を行うことによって、表示素子の光学設計を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
次に、本発明の詳細を実施例の記述に従って説明する。
【0012】
以下、図1から図8を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
【0013】
本発明で言う、拡散反射層/コート層の系で反射特性の光学設計を行う、とは、拡散反射層単層で、反射特性の実測結果と光線追跡シミュレーション結果を対応させるのではなく、拡散反射層/コート層の系で、反射特性の実測値を再現するように、拡散反射層のシミュレーションパラメーターを決定することを意味している。
【0014】
拡散反射層単層で凹凸形状を表すパラメーターを実測結果を再現するように決めても、拡散反射層の上にコート層を設けた場合の拡散反射層/コート層の系での光線追跡シミュレーション結果と実測の結果は一般には一致しない。
【0015】
その原因として次の2点が挙げられる。
【0016】
1)実際の試料作成上の点からは、拡散反射板の表面状態,表面形状などが、次工程のコート層の作成により影響を受けて、拡散反射板単層の場合から変化してしまう。
【0017】
2)光線追跡シミュレーション上の点からは、拡散反射板の凹凸形状を表現する関数の種類によっては、その上のコート層の存在による、全反射,多重反射などを正確にシミュレーションできなくなってしまう。
【0018】
そこで、本発明のように拡散反射層/コート層の系で、反射特性の実測値を再現するように、拡散反射層のシミュレーションパラメーターを決定すれば、首尾一貫した光線追跡シミュレーションが可能となり、構成系が複雑になっても,実測結果との一致が得られるようになる。
【0019】
本発明で用いた反射率および反射率の視野角特性の測定には、自動変角光度計(村上色彩技術研究所社製)GP−200を用いた。図5に示したように、測定サンプルの表示面法線に対して30°方向から平行光線を入射させ、視野角−90°〜90°の範囲での反射率を測定し、視野角0°での値を代表値として求めた。尚、反射率の値は標準白色板として硫酸バリウム板の値を100%として算出した。
【0020】
また,本発明では市販の光線追跡シミュレーションソフト(商品名:ASAP[Advanced Systems Analysis Program] Breault Research Organization,INC.)を用いた。
【0021】
以下に本発明について,さらに詳細に説明する。
【0022】
図6、図7に、拡散反射板のみの光線追跡シミュレーション結果と実測値との対応関係を示した。
【0023】
実測値については、ガラス基板上に作成したAlの拡散反射板の反射率の視野角特性を図5に示した装置を用いて測定した。光線追跡シミュレーションについては以下の手法に従って実行した。
【0024】
(1)光線追跡シミュレーション条件の設定
入射光線の入射角:−30°±0.5°
光線本数:1万本 モンテカルロシミュレーション
拡散反射層の表面反射率:0.85 透過率:0
(2)拡散反射板のパラメーター設定
1)図6では、拡散反射板の凹凸形状を、以下のような3次元凹凸関数で表現した。
f(x、y、z)=A×COS2 (2πx/l)COS2 (2πy/l) [式1]
式1においてAは凹凸高さ、l/2はCOS2 関数の凹凸周期に対応する。図8に、式1の実際の3次元表面形状を示す。
【0025】
図6の2つのシミュレーションカーブは、式1においてl=5μmとし、上側のカーブでA=1.1μm、下側のカーブでA=2.3μmとしたものである。Aとlについては、この値以外にも変化させてみたが、どのシミュレーションカーブも広い視野角領域で実測データを再現することはできなかった。
【0026】
2)図7では、拡散反射板を以下の散乱分布関数で表現した。
【0027】
B×exp[―(θ/σ)2] [式2]
式2は、光線追跡ソフトで用いられる、反射板表面の拡散反射特性を表現するBSDF(bidirectional scatter distribution function)の1種であり、拡散反射板の複雑な散乱光の挙動を、いくつかのパラメーターでその表面固有の特性として表現するものである。
【0028】
式2において、Bは反射強度、θは視野角変数,σは標準偏差である。
【0029】
図7で示したように、30°視野角の正反射の角度を除いたほぼ全領域の視野角で、実測データを再現することができた。
【0030】
以上の結果より、拡散反射板単層では、式2の散乱分布関数を用いた光学設計により、実測データをほぼ再現できることがわかった。
【0031】
ところが、以下の実施例で述べるように。拡散反射板の上にいろんな層が積層された場合は、式2の散乱分布関数を用いても、実測データを再現することはできず、式1の3次元凹凸関数を用いた場合に、実測データをほぼ再現することができた。
【0032】
この結果より、拡散反射層単層よりも拡散反射層/コート層の系で、実測データと光線追跡シミュレーション結果とを対応させることが必要であることがわかる。
【0033】
以下、本発明の実施例を詳細に説明する。
【実施例1】
【0034】
本実施例では、まず図2に示した反射型表示装置の一部の作製法を説明する。反射型表示装置のサイズは52mm×52mmとし、画素の数は130×43個とし、1つの画素の大きさは73μm×73μmとする。また、隔壁4は、各画素を仕切るように画素境界部に配置し、その幅を5μmとし、高さを17μmとした。さらに,隔壁4の表面には,遮光層5としてCr2O3/Cr膜を配置した。また、基板1には、Alの拡散反射層2と、さらにその上にアクリル樹脂のコート層3(膜厚1μm)を配置した。
【0035】
上記の構成系について、ASAPを用いた光線追跡シミュレーションを以下の手法に従って実行した。
【0036】
拡散反射板の凹凸形状を,前記の式1で表現し、A=0.6μm、l=5μmとした。
【0037】
また、構成系のパラメーター設定については、下記の通りである。
屈折率:
コート層 1.56
隔壁 1.50
拡散反射層の表面反射率:0.85 透過率:0
隔壁表面Cr2O3/Cr膜の表面反射率:0.015 透過率:0
図1に示したように、30°視野角の正反射部分を除くほぼ全ての視野角領域で、シミュレーション結果は実測データを再現した。尚、−30°視野角付近では、実測値は、検出器が光源を遮るので反射率は0となる。一方シミュレーションでは、光源方向に戻る光があるので、反射率は有限の値となっている。以上の理由により、−30°視野角付近で両者が対応していなくても問題はない。
【0038】
一方、比較例として、拡散反射板を、式2の散乱分布関数で表現し、B=13.2,σ=12.1とした結果を図3に示した。パラメーター B,σをこれ以外にも、いろいろと変化させてみたが、全視野角領域で実測結果を再現することはできなかった。
【0039】
拡散反射層単層と、本実施例の構成系について、シミュレーションと実測データとの対応結果を下表にまとめた。
【0040】
【表1】

この表に示されたように、本実施例では両者の系で実測データを再現できる拡散反射板の表現関数が異なるという結果となっている。
【0041】
但し、本発明はこれに限られるものではなく、表の2つの系についての拡散反射板の表現関数は同型だが、関数に含まれるパラメーターの値が異なっていてもよい。
【0042】
いずれにせよ、拡散反射層/コート層の系で適当な表現関数を用いてパラメーターフィッテングを行うことにより、構成系が複雑になっても実測挙動を再現できることがわかる。
【実施例2】
【0043】
本実施例では、1つの画素の大きさを65μmとした以外は実施例1と全く同様に構成系を作成した。さらに、光線追跡シミュレーションは、1つの画素の大きさを73μm以外に、49,57,65,81,89μmの場合について、式1の関数を用いて行った。この際、A=0.6μm、l=5μmとした。
【0044】
反射率の0°視野角の値について,実測値とシミュレーション値を求め、図4にグラフとしてまとめて示した。
【0045】
この結果より、画素の大きさと0°視野角の反射率が単調増加の関係にあることがわかり、光線追跡シミュレーションを行うことによって、実際に表示素子を作成することなく反射特性の光学設計を行うことができることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明に係る反射特性のシミュレーションと実測との対応図。
【図2】本発明に係る反射型表示素子の構成系の一部を示す断面図。
【図3】比較例の反射特性のシミュレーションと実測との対応図。
【図4】本発明に係る、反射率の画素サイズ依存性についての、シミュレーションと実測との対応図。
【図5】反射率の測定の様子を説明するための模式図。
【図6】式1を用いた拡散反射板単層のシミュレーションと実測との対応図。
【図7】式2を用いた拡散反射板単層のシミュレーションと実測との対応図。
【図8】シミュレーションで用いた3次元凹凸関数の表面形状図。
【符号の説明】
【0047】
1 基板
2 拡散反射層
3 コート層
4 隔壁
5 遮光層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反射型表示素子において、拡散反射層と、前記拡散反射層の光入射側に、コート層が積層された構成を含み、拡散反射層/コート層の系で反射特性の光学設計を行うことを特徴とする反射型表示素子の光学設計方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−127968(P2007−127968A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−322424(P2005−322424)
【出願日】平成17年11月7日(2005.11.7)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】