説明

反射防止膜及びこれを有する光学部品、交換レンズ及び撮像装置

【課題】本発明の目的は、低屈折率ガラスにおいて優れた透過率特性を有し、フレアやゴースト等の発生の少なく、かつ優れたヤケ防止効果を有し、耐久性、耐擦性にも優れた反射防止膜及びこれを有する光学部品、交換レンズ及び撮像装置を提供する。
【解決手段】基板上に、第1層〜第5層を基板側からこの順に積層してなる反射防止膜であって、波長領域400〜700 nmの光において、基板の屈折率が1.42〜1.55であり、各層は所定の光学膜厚を有し、第1層はアルミナを主成分であり、第2層〜第4層は所定の屈折率を有し、第5層がシリカを主成分とする多孔質層である反射防止膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は一眼レフカメラ用交換レンズ等の撮像装置に好適に用いられる可視域の反射防止膜及びこれを有する光学部品、交換レンズ及び撮像装置に関する。
【背景技術】
【0002】
写真用カメラや放送用カメラ等に広く用いられている高性能な単焦点レンズやズームレンズは、多数枚からなるレンズ群の鏡筒構成を有している。一般的にこれらのレンズは10〜40枚程度のレンズで構成される。これらレンズ等の光学部品の表面には、基板の屈折率と異なる大小の屈折率をもった誘電体膜を組み合わせ、各誘電体膜の膜厚が中心波長λに対して、1/2λや1/4λであるような干渉効果を利用した多層膜による反射防止処理が施されている。
【0003】
レンズ表面には製造過程等においてヤケや傷等が生じることがある。ヤケ現象には、光学ガラスが大気中に放置された場合、ガラス表面への水滴の結露又は研摩工程中における水との接触等により、ガラス中の塩基性成分が溶出し薄い膜が形成される青ヤケ現象と、ガラス中から溶出した成分が何らかの化学反応を起こして白い斑点状の粒子として析出する白ヤケ現象とがある。
【0004】
特開平5-85778号公報(特許文献1)は、透過性の光学部品基板の表面に、複数の誘電体膜を積層して反射防止膜を形成し、該反射防止膜の最も基板側に近い第1層の組成を酸化ケイ素(SiOx ,x:1≦x≦2)とし、その光学膜厚ndを、0.25λ≦nd(λは設計波長)とした反射防止膜を有する光学部品を開示している。かかる構成によれば、光学部品基板表面上にヤケや傷等が存在しても、これらが目立たなくすることができるが、ヤケの発生を抑えるのは難しい。
【0005】
また一般的な反射防止膜は単層又は2層、3層程度の層構成を有している。このような反射防止膜を上記の鏡筒レンズ群に施した場合、例えば各反射防止膜の反射率が0.5%で、その鏡筒におけるレンズ枚数が20枚であったとすると、レンズの面数は40面であるから透過率は計算上82%となり、途中18%分の反射損失が生じてしまう。しかも、レンズ内又はレンズ間で多重反射が生じることにより、目的とする光学特性を著しく劣化させるフレアやゴースト、コントラストの低下を招く。また光ピックアップなどにおいてはレーザー光の干渉といった大きな弊害が起こる。
【0006】
このような問題点を解決するには、より多くの層を有する反射防止膜を用いた反射防止処理が有効であり、例えば特開平10-20102号公報(特許文献2)には7層構造による反射防止膜が開示されている。この反射防止膜は可視波長帯域の光に対する反射率が0.3%程度にまで改良されたが、反射防止性能としては不十分である。
【0007】
特開2001-100002号公報(特許文献3)にはMgF2、SiO2、Al2O3、ZrO2+TiO2の材料からなる10層構造を有する反射防止膜が開示されている。この反射防止膜は可視波長帯域270 nmの光に対する反射率が0.1%の反射防止特性を有している。
【0008】
特開2002-107506号公報(特許文献4)にはMgF2、SiO2、Al2O3、ZrO2+TiO2の材料からなる10層構造を有する反射防止膜が開示されている。この反射防止膜は可視波長帯域300 nmの光に対する反射率が0.1%程度の反射防止特性を有している。
【0009】
しかしながら、特許文献2に記載の反射防止膜においては、波長400 nm付近又は700 nm付近の可視光における反射防止性能が不十分であるという問題がある。また、特許文献3及び4に記載の反射防止膜においては、反射率0.1%程度の反射防止膜であるため、上記の鏡筒レンズ枚数20枚に適用すると透過率は計算上96%となり、途中4%分の反射損失が生じ十分に満足のいくものではない。
【0010】
特開2005-352303号(特許文献5)及び特開2006-3562号(特許文献6)には、基材上に複数の層からなる反射防止膜が形成されており、基材及び各層の屈折率は基材から順に小さくなっており、隣合う各層及び基板の屈折率差が0.02〜0.2であり、各層の物理層厚が15〜200 nmであり、最外層がシリカエアロゲル層である反射防止膜が開示されている。しかしながら、屈折率が1.42〜1.55程度の低屈折率を持つ光学ガラスとして、ヤケやすい硝材が用いられる場合もあり、またフレアやゴーストが起こりやすいという問題がある。
【0011】
特開2007-94150号公報(特許文献7)には5層又は6層の屈折率及び光学膜厚を定め、可視光の波長領域400〜700 nmにおいて、5°入射分光反射特性で反射率0.05%以下の反射防止効果を得ることができる反射防止膜が開示されている。しかしながら、基板表面のヤケ対策としては何ら効果を有するものではない。
【0012】
【特許文献1】特開平5-85778号公報
【特許文献2】特開平10-20102号公報
【特許文献3】特開2001-100002号公報
【特許文献4】特開2002-107506号公報
【特許文献5】特開2005-352303号公報
【特許文献6】特開2006-3562号公報
【特許文献7】特開2007-94150号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、低屈折率ガラスにおいて優れた透過率特性を有し、フレアやゴースト等の発生が少なく、かつ優れたヤケ防止効果を有する反射防止膜及びこれを有する光学部品、交換レンズ及び撮像装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは下記の反射防止膜により低屈折率ガラスにおいて優れた反射防止、フレアやゴースト等の防止、及びヤケの防止の効果、及び優れた耐久性及び耐擦性が得られることを発見し、本発明に想到した。
【0015】
即ち、本発明の反射防止膜、光学部品、交換レンズ及び撮像装置は以下の特徴を有している。
【0016】
(1) 基板上に、第1層〜第5層を前記基板側からこの順に積層してなる反射防止膜であって、波長領域400〜700 nmの光において、
前記基板の屈折率が1.42〜1.55であり、
前記第1層がアルミナを主成分とし、光学膜厚が115.0〜160.0 nmであり、
前記第2層の屈折率が2.05〜2.20、光学膜厚が62.5〜87.5 nmであり、
前記第3層の屈折率が1.33〜1.47、光学膜厚が36.0〜45.0 nmであり、
前記第4層の屈折率が2.04〜2.18、光学膜厚が52.0〜65.0 nmであり、
前記第5層がシリカを主成分とする多孔質層であり、光学膜厚が125.0〜147.5 nmであることを特徴とする反射防止膜。
(2) 上記(1) に記載の反射防止膜において、前記第2層及び第4層がTa2O5、TiO2、Nb2O5、ZrO2、HfO2、CeO2、SnO2、In2O3、ZnO、Y2O3及びPr6O11からなる群から選ばれた少なくとも1材料からなり、前記第3層がMgF2、SiO2及びAl2O3からなる群から選ばれた少なくとも1材料からなることを特徴とする反射防止膜。
(3) 上記(1) 又は(2) に記載の反射防止膜において、前記第1層の屈折率が1.59〜1.70であることを特徴とする反射防止膜。
(4) 上記(1)〜(3) のいずれかに記載の反射防止膜において、前記第5層の屈折率が1.22〜1.31であることを特徴とする反射防止膜。
(5) 上記(1)〜(4) のいずれかに記載の反射防止膜において、前記第5層がシリカエアロゲル層であることを特徴とする反射防止膜。
(6) 上記(1)〜(5) のいずれかに記載の反射防止膜において、0°入射光の波長領域450 nm〜600 nmにおける反射率が0.3%以下であることを特徴とする反射防止膜。
(7) 上記(1)〜(6) のいずれかに記載の反射防止膜において、前記第5層の上にさらに撥水性又は撥水撥油性を有する厚さ0.4 nm〜100 nmのフッ素樹脂系膜を有することを特徴とする反射防止膜。
(8) 上記(1)〜(7) のいずれかに記載の反射防止膜において、前記第1層〜第4層は物理成膜法により形成され、前記第5層は湿式法により形成されることを特徴とする反射防止膜。
(9) 上記(1)〜(8) のいずれかに記載の反射防止膜において、前記物理成膜法は真空蒸着法であり、前記湿式法はゾル―ゲル法であることを特徴とする反射防止膜。
(10) 上記(1)〜(9) のいずれかに記載の反射防止膜を有することを特徴とする光学部品。
(11) 上記(10) に記載の光学部品を有することを特徴とする交換レンズ。
(12) 上記(11) に記載の光学部品を有することを特徴とする撮像装置。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、低屈折率ガラスにおいて、5層の反射防止膜により可視光の波長領域400〜700 nmで優れた反射防止効果を得ることができる。
【0018】
また、従来の反射防止膜に比べて反射防止効果が極めて高いことから、屋外で利用される一眼レフカメラの交換レンズ等のフレアやゴースト対策及びヤケ防止に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
[1] 反射防止膜
(1) 反射防止膜の構成
基板3上に形成された本発明の反射防止膜1を図1に示す。反射防止膜1は、所定の材料又は所定の屈折率及び光学膜厚[屈折率(n)×物理膜厚(d)]を有する第1層から第5層までの薄層を基板3の表面に積層したものである。
【0020】
波長領域400〜700 nmの光において、基板3の屈折率は1.42〜1.55であり、本発明の反射防止膜1は、
光学膜厚が115.0〜160.0 nmでありアルミナを主成分の第1層11と、
光学膜厚が62.5〜87.5 nmであり屈折率が2.05〜2.20の第2層12と、
光学膜厚が36.0〜45.0 nmであり屈折率が1.33〜1.47の第3層13と、
光学膜厚が52.0〜65.0 nmであり屈折率が2.04〜2.18の第4層14と、
光学膜厚が125.0〜147.5 nmでありシリカを主成分とする多孔質層である第5層15とを有する。
【0021】
アルミナを主成分とする第1層(アルミナ層)11の屈折率は、1.59〜1.70であるのが好ましく、1.61〜1.66であるのがより好ましい。またアルミナ層の光学膜厚は120.0〜150.0 nmであるのが好ましい。アルミナは、高密着性を有するとともに、幅広い波長帯域で高透過性を有し、高硬度で耐摩耗性に優れ、コストパフォーマンスがいいという利点がある。またアルミナは水蒸気に対する遮蔽性に優れ、特に第1層の主成分にアルミナを用いることにより、基板表面のヤケを防止することができる。
【0022】
第5層のシリカを主成分とする多孔質層15はシリカエアロゲルからなるのが好ましい。これにより、低屈折率を有する層が得られ、優れた反射防止機能を発揮し得る。第5層15の屈折率は、1.22〜1.31であるのが好ましく、1.26〜1.29であるのがより好ましい。多孔質層の細孔径は0.005 μm〜0.2 μmが好ましく、空孔率は20%〜60%が好ましい。また第5層15の光学膜厚は129.0〜140.0 nmであるのが好ましい。シリカエアロゲルからなる第5層15に疎水化処理を施しても良い。疎水化処理されたシリカエアロゲル層は、優れた耐水性及び耐久性を有する。
【0023】
第2層の光学膜厚は75.0〜86.0 nmであるのが好ましく、屈折率は2.00〜2.15であるのが好ましい。第3層の光学膜厚は37.0〜44.0 nmであるのが好ましく、屈折率は1.36〜1.47であるのが好ましい。第4層の光学膜厚は53.0〜60.0 nmであるのが好ましく、屈折率は2.04〜2.15であるのが好ましい。
【0024】
(2) 第1層の材料
本発明の反射防止膜の第1層11はアルミナを主成分とする。第1層11はアルミナ(酸化アルミニウム)のみからなるのが好ましい。アルミナの純度としては、99%以上が好ましい。
【0025】
(3) 第2層から第4層の材料
本発明の反射防止膜の第2層12から第4層14を構成する材料のうち、第2層12及び第4層14は、Ta2O5、TiO2、Nb2O5、ZrO2、HfO2、CeO2、In2O3、ZnO、Y2O3及びPr6O11からなる群から選ばれた少なくとも1材料からなることが好ましい。第3層13はMgF2、SiO2及びAl2O3からなる群から選ばれた少なくとも1材料からなることが好ましい。
【0026】
(4) 第5層の材料
第5層はシリカを主成分とする多孔質層15である。以下に、多孔質層15を構成する材料の生成について詳述する。
(4-i) 有機修飾シリカ分散液の調製
(4-i-1) 湿潤ゲルの形成
シリカ骨格形成化合物及び触媒を溶媒に溶解させ、加水分解重合反応をさせた後、エージングすることにより湿潤ゲルを形成する。湿潤ゲルの好ましい具体的な形成手順を以下に示す。
【0027】
(a) シリカ骨格形成化合物
(a-1) 飽和アルコキシシラン及びシルセスキオキサン
アルコキシシラン及び/又はシルセスキオキサンの加水分解重合により、シリカゾル及びシリカゲルが生成する。飽和アルコキシシランはモノマーでも、オリゴマーでも良い。飽和アルコキシシランモノマーはアルコキシル基を3つ以上有するのが好ましい。アルコキシル基を3つ以上有する飽和アルコキシシランをシリカ骨格形成原料とすることにより、優れた均一性を有する反射防止膜が得られる。飽和アルコキシシランモノマーの具体例としてはメチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトラブトキシシラン、ジエトキシジメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシランが挙げられる。飽和アルコキシシランオリゴマーとしては、上述のモノマーの縮重合物が好ましい。飽和アルコキシシランオリゴマーはモノマーの加水分解重合により得られる。
【0028】
飽和シルセスキオキサンをシリカ骨格形成原料とした場合も、優れた均一性を有する反射防止膜が得られる。飽和シルセスキオキサンは一般式RSiO1.5(ただしRは有機官能基を示す。)により表される構造単位を有するネットワーク状ポリシロキサンの総称である。Rとしては、例えばアルキル基(直鎖でも分岐鎖でも良く、炭素数1〜6である。)、フェニル基、アルコキシ基(例えばメトキシ基、エトキシ基等)が挙げられる。シルセスキオキサンはラダー型、籠型等種々の構造を有することが知られている。また優れた耐候性、透明性及び硬度を有しており、シリカエアロゲルのシリカ骨格形成原料として好適である。
【0029】
(a-2) 不飽和アルコキシシラン及びシルセスキオキサン
シリカ骨格形成原料として、紫外線重合性の不飽和基を有する不飽和アルコキシシラン又はシルセスキオキサンのモノマー又はオリゴマーを使用しても良い。シリカ骨格形成原料として不飽和基を有するものを使用することによって、バインダーの配合量が少ない場合にも、優れた靭性を有するシリカエアロゲル膜を得ることができる。不飽和アルコキシシランモノマーは、少なくとも一つの二重結合又は三重結合を有する有機基(以下「不飽和基」という)と、アルコキシル基とを有する。不飽和基の炭素数は2〜10であり、2〜4であるのが好ましい。
【0030】
好ましい不飽和アルコキシシランモノマーは、下記一般式(1)
RaSi(ORb)3 ・・・(1)
(ただし、Raは不飽和結合を有する炭素数2〜10の有機基を示し、RbOは炭素数1〜4のアルコキシル基を示す。)により表される。
【0031】
不飽和基Raは、紫外線重合性の不飽和結合を少なくとも一つ有する有機基であり、メチル基、エチル基等の置換基を有してもよい。不飽和基Raの例としてビニル基、アリル基、メタクリロキシ基、アミノプロピル基、グリシドキシ基、アルケニル基及びプロパルギル基が挙げられる。RbはRaと同じ有機基であってもよいし、異なる有機基であってもよい。アルコキシル基RbOの例として、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、イソプロポキシ基及びs-ブトキシ基が挙げられる。
【0032】
不飽和アルコキシシランモノマーの具体例としてトリメトキシビニルシラン、トリエトキシビニルシラン、アリルトリメトキシシラン、アリルトリエトキシシラン、トリブトキシビニルシラン、トリプロポキシビニルシラン、アリルトリブトキシシラン、アリルトリプロポキシシラン、ジメトキシジビニルシラン、ジアリルジメトキシシラン、ジエトキシジビニルシラン、ジアリルジエトキシシラン、トリメトキシ(3-ブテニル)シラン、トリエトキシ(3-ブテニル)シラン、ジ(3-ブテニル)ジメトキシシラン及びジ(3-ブテニル)ジエトキシシランが挙げられる。
【0033】
不飽和アルコキシシランのオリゴマーをシリカ骨格形成原料としても良い。不飽和アルコキシシランオリゴマーも少なくとも一つの不飽和基とアルコキシル基とを有する。不飽和アルコキシシランオリゴマーは、下記一般式(2)
SimOm-1Ra2m+2-xORbx ・・・(2)
(ただし、Raは不飽和結合を有しかつ炭素数2〜10の有機基を示し、RbOは炭素数1〜4のアルコキシル基を示し、mは2〜5の整数を示し、xは4〜7の整数を示す。)により表されるものが好ましい。不飽和基Ra及びアルコキシル基RbOの好ましい例は、上述のアルコキシシランモノマーのものと同じである。
【0034】
縮合数mは2又は3であるのが好ましい。5以下の縮合数mを有するオリゴマーは、後述するように、酸触媒を用いたモノマーの重合により容易に得られる。アルコキシル基の数xは3〜5であるのが好ましい。3未満であると、アルコキシシランの加水分解重縮合が十分に起こらないために3次元架橋し難く、湿潤ゲルを形成しにくい。アルコキシル基の数xが5超であると、不飽和基の割合が少なすぎて、重合反応による機械的強度の向上が不十分である。不飽和基を有するアルコキシシランオリゴマーの具体例として、上述の不飽和基アルコキシシランモノマーの縮合により得られるジシラン、トリシラン及びテトラシランが挙げられる。
【0035】
(b) 溶媒
溶媒は水とアルコールからなるのが好ましい。アルコールとしてはメタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコールが好ましく、エタノールが特に好ましい。加水分解重縮合反応の活性の程度は、アルコキシシラン又はシルセスキオキサンのモノマー及び/又はオリゴマー(シリカ骨格形成化合物)に対する水のモル比に依存する。したがって水/アルコールのモル比は加水分解重縮合反応の進行に直接影響を及ぼすものではないが、実質的には0.1〜2とするのが好ましい。水/アルコールのモル比が2超であると、加水分解反応が速く進行し過ぎる。水/アルコールのモル比が0.1未満であると、シリカ骨格形成化合物の加水分解が十分に起こりにくい。
【0036】
(c) 触媒
シリカ骨格形成化合物の水溶液に加水分解反応用の触媒を添加する。触媒は酸性であっても塩基性であっても良い。例えば酸性の触媒を含有する水溶液中でシリカ骨格形成化合物モノマーを縮合させることによってオリゴマーを得、これを塩基性触媒を含有する溶液中で重合させると、効率良く加水分解反応を進行させることができる。酸性触媒の例として塩酸、硝酸及び酢酸が挙げられる。塩基性触媒の例としてアンモニア、アミン、NaOH及びKOHが挙げられる。好ましいアミンの例としてアルコールアミン、アルキルアミン(例えばメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、n-ブチルアミン、n-プロピルアミン。)が挙げられる。
【0037】
(d) 配合比
溶媒/アルコキシシランのモル比が3〜100となるように、シリカ骨格形成化合物を溶媒に溶解するのが好ましい。モル比を3未満とするとアルコキシシランの重合度が高くなり過ぎ、モル比を100超とするとアルコキシシランの重合度が低くなり過ぎる。触媒/アルコキシシランのモル比は1×10-7〜1×10-1にするのが好ましく、1×10-2〜1×10-1にするのがより好ましい。モル比が1×10-7未満であると、アルコキシシランの加水分解反応が十分に起こらない。モル比を1×10-1超としても、触媒効果は増大しない。また水/アルコキシシランのモル比は0.5〜20にするのが好ましく、5〜10にするのが更に好ましい。
【0038】
(e) エージング
加水分解により縮合したシリカ骨格形成化合物を含有する溶液を、約20〜60時間25〜90℃で静置するかゆっくり撹拌することにより、エージングする。エージングによりゲル化が進行し、酸化ケイ素を含有する湿潤ゲルが生成する。
【0039】
(4-i-2) 分散媒の置換
湿潤ゲルの分散媒は、エージングを促進したり遅らせたりする表面張力及び/又は固相−液相の接触角や、有機修飾工程における表面修飾の範囲に影響する他、後述する塗工工程における分散媒の蒸発率にも関係する。ゲルに取り込まれている分散媒は、別の分散媒を注ぎ、振とうした後でデカンテーションする操作を繰り返すことによって別の分散媒に置換することができる。分散媒の置換は有機修飾反応の前でも後でも良いが、工程数を少なくする観点から、有機修飾反応の前に行うのが好ましい。
【0040】
置換分散媒の例としてエタノール、メタノール、プロパノール、ブタノール、ヘキサン、ヘプタン、ペンタン、シクロヘキサン、トルエン、アセトニトリル、アセトン、ジオキサン、メチルイソブチルケトン、プロピレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、酢酸エチルが挙げられる。これらの分散媒は単独で使用しても良いし、混合したものを使用しても良い。
【0041】
好ましい置換分散媒はケトン系溶媒である。後述する超音波処理工程までにケトン系溶媒に置換しておくと、良好な分散性の有機修飾シリカ含有ゾルを得ることができる。ケトン系溶媒はシリカ(酸化ケイ素)及び有機修飾シリカに対して優れた親和性を有するので、有機修飾シリカはケトン系溶媒中で良好な分散状態になる。好ましいケトン系溶媒は60℃以上の沸点を有する。60℃未満の沸点を有するケトンは、後述する超音波照射工程で揮発しすぎる。例えばアセトンを分散媒として用いると、超音波照射中にアセトンが大量に揮発してしまうため、分散液の濃度を調節しにくい。また成膜工程においても素早く揮発し過ぎるため、十分な成膜時間が得られないという問題もある。さらにアセトンは人体に有害であることが知られており、作業者の健康の面からも好ましくない。
【0042】
特に好ましいケトン系溶媒は、カルボニル基の両側に異なる置換基を有する非対称なケトンである。非対称ケトンは大きな極性を有するために、シリカ及び有機修飾シリカに対して特に優れた親和性を有する。分散液中で、有機修飾シリカは200 nm以下の粒径を有するのが好ましい。有機修飾シリカの粒径が200 nmより大きいと、実質的に平滑な表面を有するシリカエアロゲル膜を形成しにくい。
【0043】
ケトンの有する置換基はアルキル基でもよいし、アリール基でもよい。好ましいアルキル基は炭素数1〜5程度のものである。ケトン系溶媒の具体例としてメチルイソブチルケトン、エチルイソブチルケトン、メチルエチルケトンが挙げられる。
【0044】
(4-i-3) 有機修飾
湿潤ゲルに有機修飾剤溶液を加えることにより、湿潤ゲルを構成する酸化ケイ素の末端にある水酸基等の親水性基を疎水性の有機基に置換する。
(a) 有機修飾剤
(a-1) 飽和有機修飾剤
好ましい飽和有機修飾剤は下記式(3)〜(8)
RcpSiClq ・・・(3)
Rc3SiNHSiRc3 ・・・(4)
RcpSi(OH)q ・・・(5)
Rc3SiOSiRc3 ・・・(6)
RcpSi(ORb)q ・・・(7)
RcpSi(OCOCH3)q ・・・(8)
(ただしpは1〜3の整数を示し、qはq = 4−p の条件を満たす1〜3の整数を示し、RbOは炭素数1〜4のアルコキシル基を示し、Rcは水素、炭素数1〜18の置換又は無置換のアルキル基、又は炭素数5〜18の置換又は無置換のアリール基を示す。)のいずれかにより表される化合物、又はそれらの混合物である。
【0045】
飽和有機修飾剤の具体例として、トリエチルクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ジエチルジクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、アセトキシトリメチルシラン、アセトキシシラン、ジアセトキシジメチルシラン、メチルトリアセトキシシラン、フェニルトリアセトキシシラン、ジフェニルジアセトキシシラン、トリメチルエトキシシラン、トリメチルメトキシシラン、2-トリメチルシロキシペント-2-エン-4-オン、n-(トリメチルシリル)アセトアミド、2-(トリメチルシリル)酢酸、n-(トリメチルシリル)イミダゾール、トリメチルシリルプロピオレート、ノナメチルトリシラザン、ヘキサメチルジシラザン、ヘキサメチルジシロキサン、トリメチルシラノール、トリエチルシラノール、トリフェニルシラノール、t-ブチルジメチルシラノール、ジフェニルシランジオール等が挙げられる。
【0046】
(a-2) 不飽和有機修飾剤
不飽和有機修飾剤を使用すると、バインダーの配合量が少ない場合にも、優れた靭性を有するシリカエアロゲル膜を得ることができる。不飽和有機修飾剤の好ましい例は、下記式(9)〜(14)
RdpSiClq ・・・(9)
Rd3SiNHSiRd3 ・・・(10)
RdpSi(OH)q ・・・(11)
Rd3SiOSiRd3 ・・・(12)
RdpSi(ORd)q ・・・(13)
RdpSi(OCOCH3)q ・・・(14)
(ただしpは1〜3の整数であり、qはq = 4−p の条件を満たす1〜3の整数を示し、Rdは紫外線重合性不飽和結合を有し、炭素数が2〜10の有機基を示す。)により表される。不飽和基Rdはメチル基、エチル基等の置換基を有してもよい。不飽和基Rdの例としてビニル基、アリル基、メタクリロキシ基、アミノプロピル基、グリシドキシ基、アルケニル基及びプロパルギル基が挙げられる。不飽和有機修飾剤は一種でも二種以上でも良い。また不飽和有機修飾剤に飽和有機修飾剤を併用しても良い。
【0047】
不飽和有機修飾剤は不飽和クロロシランが好ましく、3つの不飽和基を有する不飽和モノクロロシランがより好ましい。不飽和有機修飾剤の具体例として、トリアリルクロロシラン、ジアリルジクロロシラン、トリアセトキシアリルシラン、ジアセトキシジアリルシラン、トリクロロビニルシラン、ジクロロジビニルシラン、トリアセトキシビニルシラン、ジアセトキシジアリルシラン、トリメトキシ(3-ブテニル)シラン、トリエトキシ(3-ブテニル)シラン、ジ(3-ブテニル)ジメトキシシラン、ジ(3-ブテニル)ジエトキシシラン等が挙げられる。
【0048】
(b) 有機修飾反応
有機修飾剤は、ヘキサン、シクロヘキサン、ペンタン、ヘプタン等の炭化水素類、アセトン等のケトン類、ベンゼン、トルエン等の芳香族化合物のような溶媒に溶解するのが好ましい。有機修飾剤の種類や濃度にもよるが、有機修飾反応は10〜40℃で進行させるのが好ましい。10℃未満であると、有機修飾剤が酸化ケイ素と反応しにくい。40℃超であると、有機修飾剤が酸化ケイ素以外の物質と反応し易過ぎる。反応中、溶液の温度及び濃度に分布が生じないように、溶液を撹拌するのが好ましい。例えば有機修飾剤溶液がトリエチルクロロシランのヘキサン溶液の場合、10〜40℃で20〜40時間(例えば30時間)程度保持すると、シラノール基が十分にシリル化される。
【0049】
(4-i-4) 超音波処理
超音波処理により、ゲル状及び/又はゾル状有機修飾シリカを塗工に好適な状態にすることができる。ゲル状の有機修飾シリカの場合、超音波処理により、電気的な力若しくはファンデルワールス力によって凝集していたゲルが解離するか、ケイ素と酸素との共有結合が壊れて、分散状態になると考えられる。ゾル状の場合も、超音波処理によってコロイド粒子の凝集を少なくすることができる。超音波処理には、超音波振動子を利用した分散装置を使用することができる。照射する超音波の周波数は10〜30 kHzとするのが好ましい。出力は300〜900 Wとするのが好ましい。
【0050】
超音波処理時間は5〜120分間とするのが好ましい。超音波を長く照射するほど、ゲル及び/又はゾルのクラスターが細かく粉砕され、凝集の少ない状態になる。このため超音波処理によって得られるシリカ含有ゾル中で、有機修飾シリカのコロイド粒子が単分散に近い状態になる。5分未満とすると、コロイド粒子が十分に解離しない。超音波処理時間を120分超としても、有機修飾シリカのコロイド粒子の解離状態はほとんど変わらない。
【0051】
空隙率20〜60%であって、1.25〜1.30の屈折率を有するシリカエアロゲル膜を形成するためには、超音波の周波数を10〜30 kHzとし、出力を300〜900 Wとし、超音波処理時間を5〜120分間とするのが好ましい。
【0052】
湿潤ゲルの濃度や流動性が適切な範囲になるように、分散媒を加えても良い。超音波処理に先立って分散媒を添加しても良いし、ある程度超音波処理した後で分散媒を添加しても良い。分散媒に対する有機修飾シリカの質量比は0.1〜20%とするのが好ましい。分散媒に対する有機修飾シリカの質量比が0.1〜20%の範囲でないと、均一な薄層を形成し難いので好ましくない。
【0053】
単分散に近い状態の酸化ケイ素コロイド粒子を含有するゾルを用いると、小さな空隙率を有する有機修飾シリカエアロゲル膜を形成することができる。大きく凝集した状態のコロイド粒子を含有するゾルを用いると、大きな空隙率を有するシリカエアロゲル膜を形成することができる。従って、超音波処理時間はシリカエアロゲル膜の空隙率に影響する。5〜120分間超音波処理したゾルを塗工することにより、空隙率20〜60%の有機修飾シリカエアロゲル膜を得ることができる。
【0054】
(4-ii) 紫外線硬化性樹脂溶液の調製
有機修飾シリカのバインダーとして作用する紫外線硬化性樹脂は、有機修飾シリカの分散液と相溶性を有するのが好ましい。紫外線硬化性樹脂を溶解しえるとともに、有機修飾シリカ分散液と相溶性を有する溶媒であれば、特に限定されない。従って、有機修飾シリカ分散液の置換分散媒として上に記載したものの中から適宜選択すれば良い。
【0055】
紫外線硬化性樹脂は硬化後に1.5以下の屈折率を有するのが好ましく、1.3〜1.4の屈折率を有するのがより好ましい。硬化後に屈折率が1.5以下になる紫外線硬化性樹脂を使用すると、シリカエアロゲル膜の屈折率を1.2〜1.3にすることができる。フッ素系非結晶性の紫外線硬化性樹脂は、1.5以下の屈折率を有するとともに優れた透明性を有するので好ましい。非結晶性の紫外線硬化性フッ素系樹脂の具体例として、フルオロオレフィン系の共重合体、含フッ素脂肪族環構造を有する重合体、フッ素化アクリレート系の共重合体が挙げられる。
【0056】
フルオロオレフィン系の共重合体の例として37〜48質量%のテトラフルオロエチレンと、15〜35質量%のフッ化ビニリデンと、26〜44質量%のヘキサフルオロプロピレンとが共重合したものが挙げられる。
【0057】
含フッ素脂肪族環構造を有する重合体には、含フッ素脂肪族環構造を有するモノマーが重合したものや、少なくとも二つの重合性二重結合を有する含フッ素モノマーを環化重合したものがある。含フッ素環構造を有するモノマーの重合により得られる重合体については、特公昭63-18964号等に記載されている。この重合体はパーフルオロ(2,2-ジメチル-1,3-ジオキソール)等の含フッ素環構造を有するモノマーの単独重合、又はテトラフルオロエチレン等のラジカル重合性モノマーとの共重合により得られる。
【0058】
少なくとも二つの重合性二重結合を有する含フッ素モノマーの環化重合により得られる重合体は、特開昭63-238111号や特開昭63-238115号等に記載されている。この重合体はパーフルオロ(アリルビニルエーテル)やパーフルオロ(ブテニルビニルエーテル)等のモノマーの環化重合、又はテトラフルオロエチレン等のラジカル重合性モノマーとの共重合により得られる。共重合体の例として、パーフルオロ(2,2-ジメチル-1,3-ジオキソール)等の含フッ素環構造を有するモノマーとパーフルオロ(アリルビニルエーテル)やパーフルオロ(ブテニルビニルエーテル)等の少なくとも二つの重合性二重結合を有する含フッ素モノマーを共重合して得られるものが挙げられる。
【0059】
バインダーはフッ素系樹脂以外の樹脂、又はフッ素系樹脂とそれ以外の樹脂とからなっても良い。フッ素系樹脂以外の樹脂の例としてアクリル樹脂、シリコーン樹脂、エポキシ樹脂及びウレタン樹脂が挙げられる。
【0060】
(4-iii) 塗工液の調製
塗工液は、有機修飾シリカと、一種又は二種以上の紫外線硬化性樹脂と、光重合開始剤とを含有する。塗工液は、(a) 有機修飾シリカを含有する分散液と、紫外線硬化性樹脂及び重合開始剤を含有する溶液とを混合するか、(b)有機修飾シリカ及び重合開始剤を含有する分散液と、紫外線硬化性樹脂を含有する溶液とを混合するか、(c) 有機修飾シリカ及び光重合開始剤を含有する分散液と、紫外線硬化性樹脂及び光重合開始剤を含有する溶液とを混合するか、(d) 有機修飾シリカを含有する分散液と紫外線硬化性樹脂を含有する溶液とを混合した後に光重合開始剤を添加することにより、調製することができる。混合前の分散液の有機修飾シリカの含有量は、上述のように、分散媒に対して0.1〜20質量%とするのが好ましい。フルオロオレフィン系共重合体をバインダーとする場合、共重合体の濃度は0.5〜2.0質量%とするのが好ましい。
【0061】
塗工液中の有機修飾シリカ:紫外線硬化性樹脂の体積比が9:1〜1:9になるように、有機修飾シリカ含有分散液と紫外線硬化性樹脂溶液とを混合するのが好ましい。塗工液中の紫外線硬化性樹脂の体積率を90%超にすると、シリカエアロゲルの空隙が樹脂で埋まってシリカエアロゲル膜の屈折率が高くなり過ぎる。紫外線硬化性樹脂の体積率が10%未満であると、バインダーの比率が小さ過ぎてシリカエアロゲル膜の靭性が小さ過ぎる。
【0062】
光重合開始剤は、後述する紫外線照射工程で紫外線硬化性樹脂、又は紫外線硬化性樹脂及び有機修飾シリカの不飽和基が重合可能な程度に添加する。予め紫外線硬化性樹脂溶液及び/又は有機修飾シリカ含有分散液に光重合開始剤を添加しておいても良いし、両者を混合した後で添加しても良い。光重合開始剤は塗工液中の固形分濃度で1〜15質量%にするのが好ましい。
【0063】
光重合開始剤の具体例として、ベンゾイン及びその誘導体(ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル等)、ベンジル誘導体(ベンジルジメチルケタール等)、アルキルフェノン類(アセトフェノン、2,2-ジメトキシ-2-フェニルアセトフェノン、2,2-ジエトキシ-2-フェニルアセトフェノン、1,1-ジクロルアセトフェノン、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2-メチル-1-(4-メチルチオフェニル)-2-モルフォリノプロパン-1-オン等)、アントラキノン及びその誘導体(2-メチルアントラキノン、2-クロロアントラキノン、2-エチルアントラキノン、2-t-ブチルアントラキノン等)、チオキサントン及びその誘導体(2,4-ジメチルチオキサントン、2-クロロチオキサントン等)、ベンゾフェノン及びその誘導体(N,N-ジメチルアミノベンゾフェノン等)が挙げられる。
【0064】
(5) 第1層から第4層の形成方法
反射防止膜の第1層11から第4層14は、物理成膜法で形成するのが好ましい。物理成膜法としては、例えば、真空蒸着法、スパッタリング法などが挙げられる。なかでも特に製造コスト、加工精度の面において真空蒸着法が好ましい。
【0065】
真空蒸着法としては、抵抗過熱式、電子ビーム式などが挙げられるが、以下に電子ビーム式による真空蒸着法に関して説明する。図7に示す真空蒸着装置30は、真空チャンバ31内に、複数のレンズを内側表面に裁置する回転自在の回転ラック32と、蒸着材を裁置するためのルツボ36が設けられた蒸着源33と、電子ビーム照射器38と、ヒーター39と、真空ポンプ40に接続した真空ポンプ接続口35とを具備する。レンズ100に反射防止膜の第1層〜第4層を成膜するには、まずレンズ100を表面が蒸着源33側に向くように回転ラック32に設置し、蒸着材37をルツボ36に載置する。続いて真空ポンプ接続口35に接続された真空ポンプ40により真空チャンバ31内を減圧にした後、ヒーター39によりレンズ100を加温し、回転ラック32を回転軸34により回転させながら、蒸着材37に向かって電子ビーム照射器38から電子ビームを照射して蒸着材37を加熱する。加熱により蒸発した蒸着材37がレンズ100表面に蒸着し、レンズ100の表面に反射防止膜の各層が形成される。
【0066】
真空蒸着法において、初期の真空度は、例えば、1.0×10−5〜1.0×10−6Torrであるのが好ましい。真空度がこの範囲外であると蒸着に時間がかかり製造効率を悪化させたり、しばしば蒸着が不十分となり成膜が完成しないことがある。また、形成される膜の精度を高めるために蒸着中はレンズを加温するのが好ましい。蒸着中のレンズの温度は、レンズの耐熱性や蒸着速度に応じて適宜決めることができるが、例えば、60〜250℃であるのが好ましい。
【0067】
(6) 第5層の形成方法
(6-i) 塗工
第5層15は湿式法により形成する。塗工液を基板等に塗工すると、分散媒が揮発し、有機修飾シリカ、紫外線硬化性樹脂及び光重合開始剤からなる膜が形成される。塗工方法の例としてスプレーコート法、スピンコート法、ディップコート法、フローコート法及びバーコート法が挙げられる。好ましい塗工方法は、スピンコート法である。スピンコート法に拠ると、均一な厚さからなる層を形成することができる。
【0068】
(6-ii) 乾燥
塗工液中の溶媒は揮発性であるので、自然乾燥でも良いが、50〜100℃に加熱すると乾燥を促進することができる。有機修飾シリカの空隙率は、分散媒が揮発している間は、毛管圧によって生じるゲルの収縮のために小さくなるが、揮発し終わると、スプリングバック現象によって回復する。このため乾燥によって得られる有機修飾シリカエアロゲル膜の空隙率は、ゲルネットワークの元々の空隙率とほぼ同じであり、大きな値を示す。シリカゲルネットワークの収縮及びスプリングバック現象については、米国特許5,948,482号に詳細に記載されている。
【0069】
(6-iii) 紫外線照射
塗工膜に紫外線を照射し、紫外線硬化性樹脂、又は紫外線硬化性樹脂及び有機修飾シリカの不飽和基を重合させる。紫外線照射装置を用いて塗工膜に50〜10000 mJ/cm2程度の紫外線を照射するのが好ましい。塗工膜の厚さにも依るが、10〜2000 nm程度の場合、照射時間は1〜30秒程度とするのが好ましい。
【0070】
(6-iv) 焼成
塗工膜は50〜150℃で焼成するのが好ましい。焼成によって層中の溶媒や表面の水酸基等を除去し、膜の強度を大きくすることができる。また焼成温度が50〜150℃程度であれば、分解はほとんど起こらないので、焼成後のシリカエアロゲル膜は紫外線硬化性樹脂又は紫外線硬化性樹脂と有機修飾シリカの不飽和基の重合によって形成した硬化樹脂を有する。
【0071】
上述したように、基板3に上記構成を有する反射防止膜1を形成することにより優れた低反射率特性が得られる。具体的には、反射防止膜1の0°入射光の波長帯域450 nm〜600 nmにおける反射率が0.3%以下であるのが好ましく、0.25%以下であるのがより好ましい。
【0072】
[2] 基板
基板3としては、波長領域400〜700 nmの光の屈折率が1.42〜1.55であり、1.45〜1.52であるのが好ましい。基板3の屈折率がこのような範囲の値であると、可視光の波長帯域において光学性能を良好に改善することができ、かつ、交換レンズのコンパクト化を図ることができる。
【0073】
基板3の材料としては、例えば、FK01、FK02、FK03、FK5、K3、KF3、KF6、KF8、LLF2、LLF6、KZF2、KZF5、BK7、等の光学ガラスが特に好ましい。
【0074】
[3] フッ素樹脂系膜
本発明では、図2に示すように基板3の側から第1層21、第2層22、第3層23、第4層24及び第5層25からなる反射防止膜2の上にさらに撥水性又は撥水撥油性(以下、特段の断りがない限り「撥水撥油性」とする)を有するフッ素樹脂系膜26を設けても良い。
【0075】
フッ素樹脂系膜26の材質は無色で透明性が高いものである限り特に制限されず、一般的なものが使用できる。フッ素樹脂系膜の材質として、例えばフッ素を含有する有機化合物及びフッ素を含有する有機−無機ハイブリッドポリマーが挙げられる。
【0076】
フッ素含有有機化合物として、フッ素樹脂及びフッ化ピッチ[例えばCFn(n:1.1〜1.6)]が挙げられる。フッ素樹脂の例としては、フッ素含有オレフィン系化合物の重合体、並びにフッ素含有オレフィン系化合物及びこれと共重合可能な単量体からなる共重合体が挙げられる。そのような(共)重合体の例として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(PFEP)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(PETFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエ−テル共重合体(PFA)、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体(PECTFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PEPE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)及びポリフッ化ビニル(PVF)が挙げられる。フッ素樹脂として市販のフッ素含有組成物を重合させたものを使用してもよい。市販のフッ素含有組成物として例えばオプスター(ジェイエスアール株式会社製)、サイトップ(旭硝子株式会社製)が挙げられる。
【0077】
フッ素を含有する有機−無機ハイブリッドポリマーとして、フルオロカーボン基を有する有機珪素ポリマーが挙げられる。フルオロカーボン基を有する有機珪素ポリマーとして、フルオロカーボン基を有するフッ素含有シラン化合物を加水分解して得られるポリマーが挙げられる。フッ素含有シラン化合物としては下記式(15):
CF3(CF2)a(CH2)2SiRbXc ・・・(15)
(ただしRはアルキル基であり、Xはアルコキシ基又はハロゲン原子であり、aは0〜7の整数であり、bは0〜2の整数であり、cは1〜3の整数であって、b + c = 3である。)により表される化合物が挙げられる。式(15)により表される化合物の具体例として、CF3(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)5(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)5(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)7(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)7(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)7(CH2)3SiCH3(OCH3)2、CF3(CF2)7(CH2)2SiCH3Cl2等が挙げられる。有機ケイ素ポリマーの市販品の例としてはノベックEGC-1720(住友スリーエム製)、XC98-B2472(GE東芝シリコーン製)及び X71-130(信越化学工業製)が挙げられる。
【0078】
フッ素樹脂系膜26の厚さは0.4〜100 nmであるのが好ましく、10〜80 nmであるのがより好ましい。フッ素樹脂系膜の厚さが0.4 nm未満であると、撥水撥油性が不十分である。一方100 nm超とすると、透明性が損なわれるうえに、反射防止膜の光学特性を変えてしまう。フッ素樹脂系膜の屈折率は1.5以下であるのが好ましく、1.45以下であるのがより好ましい。フッ素樹脂系膜は真空蒸着法によって成膜してもよいが、ゾル−ゲル法等の湿式法により成膜するのが好ましい。
【実施例】
【0079】
以下実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0080】
実施例1
実施例1の反射防止膜1を表1の層構成に従って形成した。各層の屈折率は波長550 nmの光に対する屈折率とする。各層の形成手順を以下に示す。
【0081】
[1] 第1層から第4層の形成
FK02からなる光学レンズの表面に、表1に示す第1層から第4層までの反射防止膜を図7に示す装置を用いて電子ビーム式の真空蒸着法により形成した。ここで、蒸着における条件は、初期真空度を1.2×10−5Torr、基板温度を230℃とした。
【0082】
[2] 第5層の形成
第5層のシリカエアロゲル層の形成を、ゾル−ゲル法により行った。
【0083】
(2-i) シリカ湿潤ゲルの作製
テトラエトキシシラン5.21 gと、エタノール4.38 gとを混同した後、塩酸(0.01 N)0.4 gを加えて90分間攪拌した後、エタノール44.3 gと、アンモニア水溶液(0.02 N)0.5 gとを添加して46時間攪拌した。得られた混合液を60℃に昇温して46時間エージングしたところ、シリカ湿潤ゲルが生成した。
【0084】
(2-ii) 有機修飾シリカ分散液の調製
シリカ湿潤ゲルにエタノールを加えて10時間振とうした後、デカンテーションすることにより、未反応物等を除去するとともに湿潤ゲルの分散媒をエタノールに置換した。次いで、エタノール分散湿潤ゲルにメチルイソブチルケトン(MIBK)を加えて10時間振とうし、デカンテーションすることにより、エタノール分散媒をMIBKに置換した。
【0085】
シリカ湿潤ゲルにMIBKを溶媒とするトリメチルクロロシラン溶液(濃度5体積%)を加え、30時間攪拌して酸化ケイ素末端を有機修飾した。得られた有機修飾シリカ湿潤ゲルにMIBKを加えて24時間振とうし、デカンテーションすることにより洗浄した。
【0086】
有機修飾シリカ湿潤ゲルにMIBKを加えて濃度3質量%にした後、
超音波照射(20 kHz,500 W)を20分間行うことによりゾル状有機修飾シリカ(有機修飾シリカ分散液)を生成した。
【0087】
(2-iii) 塗工液の調製
工程(2-ii) で得た有機修飾シリカ分散液と低屈折率紫外線硬化性樹脂溶液[ダイキン工業(株)製、商品名「AR100」]とを9:1の体積比で混合し、有機修飾シリカ含有塗工液とした。
【0088】
(2-iv) スピンコート
工程(2-iii)で得られた有機修飾シリカ含有塗工液を第4層の上にスピンコート法により塗布し、UV照射装置(フュージョンシステムズ社製)を用いて1500 mJ/cm2で紫外線照射することにより重合させた後、150℃で1時間焼成したところ、加水分解重縮合反応が起こり、表1に示す膜厚の有機修飾鎖を有するシリカエアロゲル層が形成された。
【表1】

【0089】
実施例2
実施例1と同様にして、実施例2の反射防止膜を表2の層構成に従って形成した。
【表2】

【0090】
実施例3
実施例1と同様にして、実施例3の反射防止膜を表3の層構成に従って形成した。
【表3】

【0091】
実施例4
実施例1と同様にして、FK02からなる光学レンズに、表4の第1層から第5層からなる反射防止膜を形成した。更に第5層の上にフッ素樹脂系膜を以下の方法で形成した。
【0092】
シリコーン系フッ素樹脂[信越化学工業(株)製、商品名「X71-130」]3gをハイドロフルオロエーテル60 gに添加し、フッ素樹脂系液を作製した。前記第1層から第7層が形成された光学レンズをフッ素樹脂系液に浸漬し、300 mm/分で引き上げることにより塗布し、室温で24時間乾燥し、フッ素樹脂系膜を形成した。
【表4】

【0093】
比較例1
比較例1の反射防止膜を表5の層構成に従って形成した。第1層〜第7層は、実施例1の第1層〜第4層と同様の手順で形成した。
【表5】

【0094】
比較例2
比較例2の反射防止膜を表6の層構成に従って形成した。第1層〜第6層は、実施例1の第1層〜第4層と同様の手順で形成した。
【表6】

【0095】
実施例1〜3で得られた反射防止膜を有する光学レンズに波長領域350 nm〜850 nmの光を入射角0°で当てたときの反射率の分光特性を図3〜図5に示し、比較例1及び2で得られた反射防止膜を有する光学レンズに波長領域350 nm〜850 nmの光を入射角0°で当てたときの反射率の分光特性を図6に示す。最外層に接する媒質は空気とした。各図には0%から5%までの反射率が示されている。
【0096】
実施例1〜3における図3〜図5に示すように、波長領域400nm〜700nmの可視光域において優れた低反射率特性を有することがわかった。
【0097】
一方、比較例1及び2においては、図6に示すように、波長540〜550 nm付近での反射率がいずれも0.3%より高くなった。
【0098】
また、実施例1〜4により得られた光学レンズを用いて撮影した画像には、フレアやゴーストは発生していなかった。
【0099】
一方、比較例1および比較例2により得られた光学レンズを用いて撮影した画像には、フレアやゴーストが見られた。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】基板の表面に形成された本発明の一実施例による反射防止膜を示す断面図である。
【図2】基板の表面に形成された本発明の別の実施例による反射防止膜を示す断面図である。
【図3】本発明の実施例1による反射防止膜の分光反射率を表すグラフである。
【図4】本発明の実施例2による反射防止膜の分光反射率を表すグラフである。
【図5】本発明の実施例3による反射防止膜の分光反射率を表すグラフである。
【図6】比較例1および2の反射防止膜の分光反射率を表すグラフである。
【図7】反射防止膜を成膜する装置の一例を示す構成図である。
【符号の説明】
【0101】
1,2・・・反射防止膜
3・・・基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、第1層〜第5層を前記基板側からこの順に積層してなる反射防止膜であって、波長領域400〜700 nmの光において、
前記基板の屈折率が1.42〜1.55であり、
前記第1層がアルミナを主成分とし、光学膜厚が115.0〜160.0 nmであり、
前記第2層の屈折率が2.05〜2.20、光学膜厚が62.5〜87.5 nmであり、
前記第3層の屈折率が1.33〜1.47、光学膜厚が36.0〜45.0 nmであり、
前記第4層の屈折率が2.04〜2.18、光学膜厚が52.0〜65.0 nmであり、
前記第5層がシリカを主成分とする多孔質層であり、光学膜厚が125.0〜147.5 nmであることを特徴とする反射防止膜。
【請求項2】
請求項1に記載の反射防止膜において、前記第2層及び第4層がTa2O5、TiO2、Nb2O5、ZrO2、HfO2、CeO2、SnO2、In2O3、ZnO、Y2O3及びPr6O11からなる群から選ばれた少なくとも1材料からなり、前記第3層がMgF2、SiO2及びAl2O3からなる群から選ばれた少なくとも1材料からなることを特徴とする反射防止膜。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の反射防止膜において、前記第1層の屈折率が1.59〜1.70であることを特徴とする反射防止膜。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の反射防止膜において、前記第5層の屈折率が1.22〜1.31であることを特徴とする反射防止膜。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の反射防止膜において、前記第5層がシリカエアロゲル層であることを特徴とする反射防止膜。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の反射防止膜において、0°入射光の波長領域450 nm〜600 nmにおける反射率が0.3%以下であることを特徴とする反射防止膜。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の反射防止膜において、前記第5層の上にさらに撥水性又は撥水撥油性を有する厚さ0.4 nm〜100 nmのフッ素樹脂系膜を有することを特徴とする反射防止膜。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の反射防止膜において、前記第1層〜第4層は物理成膜法により形成され、前記第5層は湿式法により形成されることを特徴とする反射防止膜。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の反射防止膜において、前記物理成膜法は真空蒸着法であり、前記湿式法はゾル―ゲル法であることを特徴とする反射防止膜。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の反射防止膜を有することを特徴とする光学部品。
【請求項11】
請求項10に記載の光学部品を有することを特徴とする交換レンズ。
【請求項12】
請求項10に記載の光学部品を有することを特徴とする撮像装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−168986(P2009−168986A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−5432(P2008−5432)
【出願日】平成20年1月15日(2008.1.15)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】