説明

受容体発現量解析方法および発光タンパク質

【課題】細胞のプロモーター活性に影響されずに、受容体の発現量に関する各細胞からの正確な定量的結果を得ることができ、その結果、個々の細胞において受容体の発現量や分布の変化を再現性良く観察することができる受容体発現量解析方法等を提供することを課題とする。
【解決手段】本実施例において、ルシフェラーゼを含む細胞を作製し、作製した細胞にルシフェリンを添加し、ルシフェリンが添加された後の細胞にドーパミンを添加し、ドーパミンが添加された後の細胞の発光量を測定し、測定した発光量に基づいて細胞内におけるATPの濃度を解析し、解析したATPの濃度に基づいてD2受容体の発現量を解析する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内のATPの濃度を非侵襲的に解析することにより、例えばD2受容体などの受容体(受容体遺伝子)の発現量を解析する受容体発現量解析方法および受容体の発現量を解析するための発光タンパク質に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多くのホルモンや神経伝達物質は、Gタンパク質共役型受容体に働き、細胞内セカンドメッセンジャーを介して様々な細胞活動を引き起こしている。Gタンパク質共役型受容体に働く神経伝達物質は、ヒトの情動や気分、依存、認知、学習、記憶などの広範囲に亘る脳機能の調節に関わっており、なかでも、モノアミンおよびその受容体は、躁うつ病や統合失調症、気分障害、自閉症、注意欠陥/多動性障害などの精神疾患に対する治療の標的とされている。このような脳の高次機能は、脳内の伝達物質およびその受容体の時間的および空間的な濃度分布によって制御されている。したがって、特定の情動活動に関する情報伝達機構を解析するにあたって、脳内のGタンパク質共役型受容体の時間的および空間的な変化をリアルタイムに捉えることが必要である。
【0003】
従来、Gタンパク質共役型受容体の量や分布は、放射線ラベルした化合物を用いて測定されている。これは、受容体に対するリガンドを放射線ラベルして、細胞や組織、個体またはこれらの粗精製画分に存在する受容体に対して標識リガンドと被験化学物質とを競合的に結合させた後、結合および遊離したリガンド量を測定することにより被験化学物質と受容体との結合を知る方法である。さらに、近年、新たな受容体検出方法が見出されてきた。例えば、Bertran−Gonzalezらは、ドーパミン受容体のサブタイプであるD1およびD2受容体遺伝子のプロモーター領域の下流に蛍光タンパク質であるEGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)の遺伝子を繋いだトランスジェニックマウスを作製して、当該トランスジェニックマウスの細胞もしくは組織を蛍光観察することを開示している(非特許文献1参照)。このトランスジェニックマウスでは、D1またはD2受容体遺伝子のプロモーターが働いている細胞、すなわちD1またはD2受容体が発現している細胞において蛍光タンパク質が発現しているので、細胞もしくは組織を蛍光観察することでD1またはD2受容体が発現している細胞を観察できることが明らかにされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Bertran−Gonzalez J, Bosch C, Maroteaux M, Matamales M, Herve D, Valjent E, Girault JA., “Opposing patterns of signaling activation in dopamine D1 and D2 receptor−expressing striatal neurons in response to cocaine and haloperidol.”, The Journal of Neuroscience, Vol.28, No.22, pp5671−5685, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、放射性ラベルしたリガンドを用いた従来技術の受容体の発現・分布解析方法では、被験化学物質がアゴニストなのかアンタゴニストであるのかは判別できない上、標識リガンドの検出時における解像度が悪いため、受容体の発現量や分布・機能状態(応答)を正確には示せていない、という問題点があった。
また、受容体遺伝子のプロモーターに蛍光タンパク質を繋いだプローブを用いた従来技術の受容体の発現・分布解析方法では、プロモーター活性と遺伝子発現量が必ずしも一致しないため、受容体の発現量や分布・機能状態(応答)を正確には示せていない、という問題点があった。
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたもので、細胞のプロモーター活性に影響されずに、受容体の発現量に関する各細胞からの正確な定量的結果を得ることができ、その結果、個々の細胞において受容体の発現量や分布の変化を再現性良く観察することができる受容体発現量解析方法および受容体の発現量を解析するための発光タンパク質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、細胞において受容体の発現量を解析する受容体発現量解析方法であって、ATP依存性のレポータタンパク質を含む前記細胞を作製する作製工程と、前記作製工程で作製した前記細胞に当該細胞外から、発光させるための所定の処置を行う発光処置工程と、前記発光処置工程が行われた後の前記細胞に当該細胞外から所定の受容体結合物質を添加する物質添加工程と、前記物質添加工程が行われた後の前記細胞の発光量を測定する測定工程と、前記測定工程で測定した前記発光量に基づいて前記細胞内における前記ATPの濃度を解析する濃度解析工程と、前記濃度解析工程で解析した前記ATPの濃度に基づいて前記受容体の発現量を解析する発現量解析工程と、を含むことを特徴とする。ここで、本発明において、レポータタンパク質とは、蛍光タンパク質や発光タンパク質を包含するものである。また、発光タンパク質とは、具体的には生物発光タンパク質などである。また、発光させるための所定の処置とは、例えば発光基質を添加することや励起光を照射することなどである。
【0008】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記作製工程において、前記レポータタンパク質は前記ATP依存性の発光タンパク質であること、を特徴とする。
【0009】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記発光タンパク質は前記細胞内の前記ATPと相互作用して発光するものであること、を特徴とする。
【0010】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記発光タンパク質はホタルのルシフェラーゼまたはヒカリコメツキのルシフェラーゼであること、を特徴とする。
【0011】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記作製工程において、前記細胞は前記受容体を含有するものであること、を特徴とする。
【0012】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記作製工程において、前記細胞は前記受容体の遺伝子が導入されたものであること、を特徴とする。
【0013】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記測定工程は、前記ATP依存性の発光標識の光子量を測定する光子量測定工程をさらに含むこと、を特徴とする。
【0014】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記測定工程は、前記ATP依存性の発光標識を撮像する撮像工程をさらに含むこと、を特徴とする。
【0015】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記撮像工程は、複数の異なる前記細胞に対して同時に実行され、前記濃度解析工程は、前記撮像工程で撮像した複数の前記発光画像を前記細胞ごとに照合する照合工程をさらに含むこと、を特徴とする。
【0016】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記測定工程は繰り返し実行されること、を特徴とする。
【0017】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記受容体はD2受容体であること、を特徴とする。
【0018】
また、本発明にかかる受容体発現量解析方法は、前記に記載の受容体発現量解析方法において、前記物質添加工程において、前記受容体結合物質はドーパミンであること、を特徴とする。
【0019】
また、本発明は発光タンパク質に関するものであり、本発明にかかる発光タンパク質は、ATP依存性の発光タンパク質であって、受容体の発現量を解析するためのものであること、を特徴とする。
【0020】
また、本発明にかかる発光タンパク質は、前記に記載の発光タンパク質において、ATPと相互作用して発光するものであること、を特徴とする。
【0021】
また、本発明にかかる発光タンパク質は、前記に記載の発光タンパク質において、前記受容体はD2受容体であること、を特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
この発明によれば、ATP依存性のレポータタンパク質を含む細胞を作製し、作製した細胞に当該細胞外から、発光させるための所定の処置を行い、当該処置が行われた後の細胞に当該細胞外から所定の受容体結合物質を添加し、当該添加が行われた後の細胞の発光量を測定し、測定した発光量に基づいて細胞内におけるATPの濃度を解析し、解析したATPの濃度に基づいて受容体の発現量を解析するので、細胞のプロモーター活性に影響されずに、受容体の発現量に関する各細胞からの正確な定量的結果を得ることができ、その結果、個々の細胞において受容体の発現量や分布の変化を再現性良く観察することができるという効果を奏する。
【0023】
この発明によれば、レポータタンパク質はATP依存性の発光タンパク質であるので、生物発光によるATP検出原理を利用して受容体の発現量に関する各細胞からの正確な定量的結果を得ることができ、その結果、個々の細胞において受容体の発現量や分布の変化を再現性良く観察することができるという効果を奏する。
【0024】
この発明によれば、発光タンパク質は細胞内のATPと相互作用して発光するものであるので、ATPの存在下で相互作用が強化された発光によりATP濃度を検出することができるという効果を奏する。
【0025】
この発明によれば、発光タンパク質はホタルのルシフェラーゼまたはヒカリコメツキのルシフェラーゼであるので、発光量を測ればATP濃度を算出することができるという効果を奏する。
【0026】
この発明によれば、細胞は受容体を含有するものであるので、解析対象となる受容体を人工的に含めた扱い易い細胞を用いて実験をやり易くすることができるという効果を奏する。
【0027】
この発明によれば、細胞は受容体の遺伝子が導入されたものであるので、解析対象となる受容体を人工的に含めた扱い易い細胞を用いて実験をやり易くすることができる他、自然に近い応答を得ることができるという効果を奏する。
【0028】
この発明によれば、ATP依存性の発光標識の光子量を測定するので、フォトンカウンティングの技術を利用して細胞全体または細胞集団全体からの発光量を得ることができるという効果を奏する。
【0029】
この発明によれば、ATP依存性の発光標識を撮像するので、発光顕微鏡を利用して個々の細胞からの発光量を得ることができるという効果を奏する。
【0030】
この発明によれば、撮像を複数の異なる細胞に対して同時に実行し、撮像した複数の発光画像を細胞ごとに照合するので、細胞一つ一つからの発光量を個別に且つ同時に得ることができるという効果を奏する。
【0031】
この発明によれば、発光量の測定を繰り返し実行するので、発光量の経時変化を観察することができるという効果を奏する。
【0032】
この発明によれば、受容体はD2受容体であるので、D2受容体の発現量に関する各細胞からの正確な定量的結果を得ることができ、その結果、個々の細胞においてD2受容体の発現量や分布の変化を再現性良く観察することができるという効果を奏する。
【0033】
この発明によれば、受容体結合物質はドーパミンであるので、D2受容体の活性を観察することができるという効果を奏する。
【0034】
この発明によれば、発光タンパク質はATP依存性であって受容体の発現量を解析するためのものであるので、当該発光タンパク質を用いれば、細胞のプロモーター活性に影響されずに、受容体の発現量に関する各細胞からの正確な定量的結果を得ることができ、その結果、個々の細胞において受容体の発現量や分布の変化を再現性良く観察することができるという効果を奏する。
【0035】
この発明によれば、発光タンパク質はATPと相互作用して発光するものであるので、当該発光タンパク質を用いれば、ATPの存在下で相互作用が強化された発光によりATP濃度を検出することができるという効果を奏する。
【0036】
この発明によれば、発光タンパク質はD2受容体の発現量を解析するためのものであるので、当該発光タンパク質を用いれば、D2受容体の発現量に関する各細胞からの正確な定量的結果を得ることができ、その結果、個々の細胞においてD2受容体の発現量や分布の変化を再現性良く観察することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は、発光観察システム100の全体構成の一例を示す図である。
【図2】図2は、発光観察システム100の発光画像撮像ユニット106の構成の一例を示す図である。
【図3】図3は、発光観察システム100の発光画像撮像ユニット106の構成の一例を示す図である。
【図4】図4は、発光観察システム100の画像解析装置110の構成の一例を示すブロック図である。
【図5】図5は、ルシフェリン−ルシフェラーゼ反応を用いたATPの検出原理を示す図である。
【図6】図6は、ルミノメーターによって測定された、ホタルルシフェラーゼおよびD1受容体またはD2受容体が導入されたHEK293細胞におけるドーパミン刺激によるルシフェラーゼの発光強度の経時変化のグラフを示す図である。
【図7】図7は、ホタルルシフェラーゼおよびD2受容体が導入されたHEK293細胞を含むドーパミン刺激前の発光画像を示す図である。
【図8】図8は、ホタルルシフェラーゼおよびD2受容体が導入されたHEK293細胞を含むドーパミン刺激10分後の発光画像を示す図である。
【図9】図9は、ルミノメーターによって測定された、選択された細胞におけるドーパミン刺激によるルシフェラーゼの発光強度の経時変化のグラフを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下に、本発明にかかる受容体発現量解析方法および受容体の発現量を解析するための発光タンパク質の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、本実施の形態により本発明が限定されるものではない。ここで、本実施の形態では発光タンパク質(具体的には生物発光タンパク質)を用いてD2受容体の発現量を解析する場合を一例として説明するが、蛍光タンパク質や他の受容体に対しても同様に実施することができる。
【0039】
[1.構成]
まず、本発明にかかる受容体発現量解析方法で用いる発光観察システム100の構成について、図1、図2および図3を参照して説明する。図1は、発光観察システム100の全体構成の一例を示す図である。
【0040】
図1に示すように、発光観察システム100は、細胞102を収納した容器103(具体的にはシャーレ、スライドガラス、マイクロプレート、ゲル支持体、微粒子担体など)と、容器103を配置するステージ104と、微弱な発光を測定するための発光画像撮像ユニット106と、画像解析装置110と、で構成されている。なお、発光画像撮像ユニット106をステージ104の下側に配置してもよい。これにより、カバー(図示せず)の開閉によるサンプル上方からの外乱光を完全に遮断でき、その結果、発光画像のS/N比を増すことができる。発光画像撮像ユニット106は、レーザー走査式の光学系であってもよい。
【0041】
細胞102は、例えば、ATP(adenosine triphosphate)濃度に依存して発光するよう発光標識された生きた細胞である。ここで、ATP濃度に依存して発光するタンパク質(発光タンパク質)として、ホタルのルシフェラーゼの他に、例えばヒカリコメツキのルシフェラーゼやこれらの改変体を用いてもよい。また、ここで、当該発光タンパク質が発現されるよう構成した、当該発光タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを細胞102に導入することにより、当該発光タンパク質が細胞102内で発現されるよう構成してもよい。なお、細胞102には、当該細胞102外から所定の発光基質(例えばルシフェリンなど)および所定の刺激(例えば薬物刺激など)が与えられる。
【0042】
発光画像撮像ユニット106は、具体的には正立型の発光顕微鏡であり、細胞102の発光画像を撮像する。発光画像撮像ユニット106は、図示の如く、対物レンズ106aと、ダイクロイックミラー106bと、CCD(charge−coupled device)カメラ106cと、結像レンズ106fと、で構成されている。対物レンズ106aは、具体的には(開口数/倍率)の値が0.01以上のものが好ましい。ダイクロイックミラー106bは、細胞102から発せられた発光を色別に分離し、2色の発光を用いて発光量や発光強度を色別に測定する場合に用いる。CCDカメラ106cは、対物レンズ106a、ダイクロイックミラー106bおよび結像レンズ106fを介して当該CCDカメラ106cのチップ面に投影された細胞102の発光画像および明視野画像を撮る。また、CCDカメラ106cは、画像解析装置110と有線または無線で通信可能に接続される。ここで、細胞102が撮像範囲中に複数存在する場合、CCDカメラ106cは、当該撮像範囲中に含まれる複数の細胞102の発光画像および明視野画像を撮像してもよい。結像レンズ106fは、対物レンズ106aおよびダイクロイックミラー106bを介して当該結像レンズ106fに入射した像(具体的には細胞102を含む像)を結像する。なお、図1では、ダイクロイックミラー106bで分離した2つの発光に対応する発光画像を2台のCCDカメラ106cで別々に撮像する場合の一例を示しており、1つの発光を用いる場合には、発光画像撮像ユニット106は、対物レンズ106a、1台のCCDカメラ106cおよび結像レンズ106fで構成されてもよい。
【0043】
ここで、2色の発光を用いて発光量や発光強度を色別に測定する場合、発光画像撮像ユニット106は、図2に示すように、対物レンズ106aと、CCDカメラ106cと、スプリットイメージユニット106dと、結像レンズ106fと、で構成されてもよい。そして、CCDカメラ106cは、スプリットイメージユニット106dおよび結像レンズ106fを介して当該CCDカメラ106cのチップ面に投影された細胞102の発光画像(スプリットイメージ)および明視野像を撮像してもよい。スプリットイメージユニット106dは、細胞102から発せられた発光を色別に分離し、ダイクロイックミラー106bと同様、2色の発光を用いて発光量や発光強度を色別に測定する場合に用いる。
【0044】
また、複数色の発光を用いて発光量や発光強度を色別に測定する場合(つまり、多色の発光を用いる場合)、発光画像撮像ユニット106は、図3に示すように、対物レンズ106aと、CCDカメラ106cと、フィルターホイール106eと、結像レンズ106fと、で構成されてもよい。そして、CCDカメラ106cは、フィルターホイール106eおよび結像レンズ106fを介して当該CCDカメラ106cのチップ面に投影された細胞102の発光画像および明視野画像を撮像してもよい。フィルターホイール106eは、細胞102から発せられた発光をフィルタ交換によって色別に分離し、複数色の発光を用いて発光量や発光強度を色別に測定する場合に用いる。
【0045】
図1に戻り、画像解析装置110は、具体的にはパーソナルコンピュータである。そして、画像解析装置110は、図4に示すように、大別して、制御部112と、システムの時刻を計時するクロック発生部114と、記憶部116と、通信インターフェース部118と、入出力インターフェース部120と、入力装置122と、出力装置124と、で構成されており、これら各部はバスを介して接続されている。
【0046】
記憶部116は、ストレージ手段であり、具体的には、RAM(random access memory)やROM(read−only memory)等のメモリ装置、ハードディスクのような固定ディスク装置、フレキシブルディスク、光ディスク等を用いることができる。そして、記憶部116は制御部112の各部の処理により得られたデータなどを記憶する。通信インターフェース部118は、画像解析装置110と、CCDカメラ106cと、の間における通信を媒介する。すなわち、通信インターフェース部118は他の端末と有線または無線の通信回線を介してデータを通信する機能を有する。入出力インターフェース部120は、入力装置122や出力装置124に接続する。ここで、出力装置124には、モニタ(家庭用テレビを含む)の他、スピーカやプリンタを用いることができる(なお、以下で、出力装置124をモニターとして記載する場合がある。)。また、入力装置122には、キーボードやマウスやマイクの他、マウスと協働してポインティングデバイス機能を実現するモニターを用いることができる。
【0047】
制御部112は、OS(Operating System)等の制御プログラムや各種の処理手順等を規定したプログラムや所要データを格納するための内部メモリを有し、これらのプログラムに基づいて種々の処理を実行する。そして、制御部112は、大別して、発光画像撮像指示部112aと、発光画像取得部112bと、画像解析部112cと、解析結果出力部112dと、で構成されている。
【0048】
発光画像撮像指示部112aは、通信インターフェース部118を介して、CCDカメラ106cへ発光画像および明視野画像の撮像を指示する。発光画像取得部112bは、CCDカメラ106cで撮像した発光画像および明視野画像を、通信インターフェース部118を介して取得する。制御部112は、発光画像撮像指示部112aを制御して、CCDカメラ106cに細胞102の発光画像および明視野画像を繰り返し撮像させ、発光画像取得部112bを制御して、撮像した発光画像および明視野画像を、撮像される度に又は全撮像が終了後纏めて取得する。
【0049】
画像解析部112cは、発光画像取得部112bで取得した複数の発光画像に基づいて、細胞102から発せられる発光の発光強度を経時的に測定する。解析結果出力部112dは、画像解析部112cでの解析結果を出力装置124に出力する。具体的には、解析結果出力部112dは、画像解析部112cで得られた、細胞102から発せられる発光の発光強度に関する時系列データを、グラフ化して出力装置124に表示する。
【0050】
[2.実施例]
本実施の形態における実施例について、以下に図5〜図9を用いて説明する。ここで、図5はルシフェリン−ルシフェラーゼ反応を用いたATPの検出原理を示す図である。
【0051】
ルシフェリン−ルシフェラーゼ反応において、ルシフェリンとATPが反応してアデニル酸ルシフェリンとなり、当該アデニル酸ルシフェリンと酸素がルシフェラーゼの存在下で酸化的脱炭酸反応により分解されるとオキシルシフェリン、AMP(adenosine monophosphate)および二酸化炭素が生じる。この反応の過程で得られるエネルギーの一部が発光する。この発光を定量することでATPの定量を行うことが出来る。
【0052】
本実施例では、上述したATPの検出原理を用いてD2受容体の発現量を解析する解析方法について説明する。本実施例における実験の流れ(手順)は、以下の通りである。
【0053】
[前準備:ヒトD1受容体遺伝子およびD2受容体遺伝子のクローニング]
[手順1]
ヒトD1受容体遺伝子およびD2受容体遺伝子の作製のために、PCR(polymerase chain reaction)に用いる合成オリゴDNA(deoxyribonucleic acid)を以下に示す配列で調整した。
[ヒトD1受容体遺伝子作製用合成オリゴDNA配列]
HU_D1R_Fw(配列番号1):5’−GCCACCATGAGGACTCTGAACACCTCTGCC−3’
HU_D1R_Rv(配列番号2):5’−TCAGGTTGGGTGCTGACCGTTTTGTGTGAT−3’
[ヒトD2受容体遺伝子作製用合成オリゴDNA配列]
HU_D2R_Fw(配列番号3):5’−GCCACCATGGATCCACTGAATCTGTCCTGG−3’
HU_D2R_Rv(配列番号4):5’−TCAGCAGTGGAGGATCTTCAGGAAGGCCTT−3’
【0054】
[手順2]
ヒト脳cDNAライブラリ(タカラバイオ社製)を鋳型として、D1受容体遺伝子(ヒトのD1受容体遺伝子の全長に対応する領域を含む。)およびD2受容体遺伝子(ヒトのD2受容体遺伝子の全長に対応する領域を含む。)を、上記合成オリゴDNAをプライマーとしてPCRにより増幅した。
【0055】
[手順3]
PCRで増幅させたD1受容体遺伝子およびD2受容体遺伝子をpBluescriptIIベクターにサブクローニングした後、作製したDNAの配列をDNAシーケンシングにより確認した。
【0056】
[手順4]
それぞれの遺伝子を哺乳類細胞の発現ベクターpcDNA3.1(+)(インビトロジェン社製)へ組み込み、ヒトD1受容体発現用プラスミドpcDNA/D1RおよびヒトD2受容体発現用プラスミドpcDNA/D2Rを作製した。
【0057】
[実験その1:D2受容体を発現させたHEK293細胞でのドーパミン刺激による発光量測定]
[手順1:HEK293細胞の培養]
ATCC(American Type Culture Collection)社より入手したHEK293細胞を、5% CO2インキュベーター内で、10% Fetal Bovine Serumおよび1× Nonessential amino acidsを添加したEarle's MEM/培地(GIBCO社製)で培養した。
【0058】
[手順2:ルシフェラーゼ発現プラスミドの導入]
HEK293細胞を、直径35mmガラスボトムディッシュに2×10/dishの細胞密度で播種し、5% CO2インキュベーター内で一晩培養し、ルシフェラーゼ発現用プラスミドpGL3−control(プロメガ社製)とヒトD1受容体発現用プラスミドpcDNA/D1RまたはヒトD2受容体発現用プラスミドpcDNA/D2Rとを混合し、FuGENE HD(ロシュ社製)を用いてトランスフェクションを行い、5% CO2インキュベーター内で一晩培養した。なお、ヒトD1受容体のアミノ酸配列は具体的には配列番号5のアミノ酸配列であり、ヒトD2受容体のアミノ酸配列は具体的には配列番号6のアミノ酸配列である。また、ルシフェラーゼのアミノ酸配列は具体的には配列番号7のアミノ酸配列である。
【0059】
[手順3:発光量の測定]
培地中にルシフェリン2mM(プロメガ社製)を加えて1時間静置してから、培養ディッシュを培養ディッシュ対応型ルミノメーターKronos(アトー社製)にセットし、3分間隔で発光量の測定を行った。発光量測定条件として、装置内温度は36℃、各培養ディッシュの露出時間は10秒とした。
【0060】
[手順4:ドーパミン刺激による発光量の測定]
発光量測定開始から1時間後、ドーパミン(DA:最終濃度10μM)で刺激を行い、引き続き発光量の経時的測定を行った。
【0061】
[手順5:発光量の経時変化のグラフ表示]
測定した発光量(発光強度)の経時変化をグラフ(図6参照)で表示した。なお、図6において、D1Rに対応するグラフはD1受容体における発光強度の経時変化を示しており、D2Rに対応するグラフはD2受容体における発光強度の経時変化を示している。
【0062】
[実験その1の結果]
以上の実験の結果、図6に示すように、D2受容体へのドーパミン刺激に対する細胞の応答の変化を検出することができた。一方、図6に示されているD1受容体へのドーパミン刺激に対する発光強度の変化を見ると、ドーパミン刺激に対する細胞の応答は見られなかった。このように、ルミノメーターを用いた発光量変化の解析で、細胞集団全体の応答をリアルタイムに観察することができ、D2受容体の発現量を詳細に研究することができた。
【0063】
[実験その2:D2受容体を発現させたHEK293細胞でのドーパミン刺激による発光イメージング]
[手順1:HEK293細胞の培養]
ATCC(American Type Culture Collection)社より入手したHEK293細胞を、5% CO2インキュベーター内で、10% Fetal Bovine Serumおよび1× Nonessential amino acidsを添加したEarle's MEM/培地(GIBCO社製)で培養した。
【0064】
[手順2:ルシフェラーゼおよびドーパミン受容体発現プラスミドの導入]
HEK293細胞を、直径35mmガラスボトムディッシュに2×10/dishの細胞密度で播種し、5% CO2インキュベーター内で一晩培養し、ルシフェラーゼ発現用プラスミドpGL3−control(プロメガ社製)とヒトD2受容体発現用プラスミドpcDNA/D2Rとを混合し、FuGENE HD(ロシュ社製)を用いてトランスフェクションを行い、5% CO2インキュベーター内で一晩培養した。なお、ヒトD2受容体のアミノ酸配列は具体的には配列番号6のアミノ酸配列である。また、ルシフェラーゼのアミノ酸配列は具体的には配列番号7のアミノ酸配列である。
【0065】
[手順3:発光画像の撮像]
培地中にルシフェリン2mM(プロメガ社製)を加えて1時間静置してから、培養ディッシュを発光顕微鏡“LV(LUMINOVIEW)−200”(オリンパス社製)にセットし、20秒間隔で発光画像のタイムラプス撮影を行った。発光観察条件として、装置内温度が36℃、対物レンズの倍率は60倍、露出時間は10秒、ビニングは1×1とした。CCDカメラ106cとしてEM−CCDカメラiXon(アンドール社製)を用い、画像解析装置110として構成したパーソナルコンピュータに発光画像を取り込んだ。
【0066】
[手順4:ドーパミン刺激による発光画像の撮像]
タイムラプス撮影開始から5分後、ドーパミン(DA:最終濃度10μM)で刺激を行い、引き続き発光画像のタイムラプス撮影を行った。
【0067】
[手順5:発光量の経時変化のグラフ表示]
ドーパミン刺激前に撮影した各々の発光画像(図7参照)に対して図示の如く複数のROI(Region of Interest:関心領域)を指定し、またドーパミン刺激後に撮影した各々の発光画像(図8参照)に対して図示の如く複数のROIを指定した。指定した各ROIの発光強度を各々の発光画像に基づいて測定し、当該測定した発光強度の経時変化をグラフ(図9参照)で表示した。発光画像の解析は、画像解析部112cとして機能するMetamorphソフトウェア(ユニバーサルイメージング社製)を用いて行った。なお、図9において、Cell1〜Cell5のそれぞれに対応する各グラフは、図7および図8における番号1〜番号5のそれぞれに対応する各ROIの発光強度の経時変化を示している。
【0068】
[実験その2の結果]
以上の実験の結果、図7、図8および図9に示すように、D2受容体へのドーパミン刺激に対する細胞の応答の変化をシングルセルレベル(一細胞レベル)で検出することができた。また、図9に示されている個々の細胞における発光強度の変化を見ると、ドーパミン刺激に対する細胞間の応答に大きなばらつきがあることがわかった。ドーパミン受容体を介する細胞内情報伝達機構のこれまでの研究から、刺激されたドーパミン受容体の数あるいは分布が異なるとシグナルの意味が異なる、ということが明らかにされている。ルミノメーターを用いた従来の発光量変化の解析では、細胞集団全体の応答を観察することはできるが、個々の細胞の応答までを解析することはできなかった。ところが、発光顕微鏡“LV−200”では、生体内の変化を一細胞毎にリアルタイムに観察することができ、組織または細胞集団におけるシグナルの働きを詳細に研究することができた。
【0069】
[本実施例のまとめ]
以上、本実施例によれば、細胞の受容体遺伝子プロモーター活性に影響されず、細胞集団あるいは各細胞からの正確な定量的結果を得ることができ、その結果、細胞集団や個々の細胞においてD2受容体の発現量および分布を再現性良く経時的に観察することができた。
【0070】
[3.他の実施の形態]
上述した実施の形態においては、主に、ホタルのルシフェラーゼ(配列番号7)をATPセンサータンパク質として説明を行ったが、本発明はこれに限られず、ホタルのルシフェラーゼに替えてヒカリコメツキのルシフェラーゼ(配列番号8)およびこれらの改変体を用いてもよい。
【0071】
また、上述した実施の形態においては、主に、株化された細胞または細胞集団を用いて説明を行ったが、本発明はこれに限られず、個体由来の細胞および細胞集団、切片、組織、個体を用いてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0072】
以上説明したように、本発明にかかる受容体発現量解析方法および発光タンパク質は、バイオ、製薬、医療など様々な分野で好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0073】
100 発光観察システム
103 容器(シャーレ)
104 ステージ
106 発光画像撮像ユニット
106a 対物レンズ(発光観察用)
106b ダイクロイックミラー
106c CCDカメラ
106d スプリットイメージユニット
106e フィルターホイール
106f 結像レンズ
110 画像解析装置
112 制御部
112a 発光画像撮像指示部
112b 発光画像取得部
112c 画像解析部
112d 解析結果出力部
114 クロック発生部
116 記憶部
118 通信インターフェース部
120 入出力インターフェース部
122 入力装置
124 出力装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞において受容体の発現量を解析する受容体発現量解析方法であって、
ATP依存性のレポータタンパク質を含む前記細胞を作製する作製工程と、
前記作製工程で作製した前記細胞に当該細胞外から、発光させるための所定の処置を行う発光処置工程と、
前記発光処置工程が行われた後の前記細胞に当該細胞外から所定の受容体結合物質を添加する物質添加工程と、
前記物質添加工程が行われた後の前記細胞の発光量を測定する測定工程と、
前記測定工程で測定した前記発光量に基づいて前記細胞内における前記ATPの濃度を解析する濃度解析工程と、
前記濃度解析工程で解析した前記ATPの濃度に基づいて前記受容体の発現量を解析する発現量解析工程と、
を含むことを特徴とする受容体発現量解析方法。
【請求項2】
前記作製工程において、前記レポータタンパク質は前記ATP依存性の発光タンパク質であること、
を特徴とする請求項1に記載の受容体発現量解析方法。
【請求項3】
前記発光タンパク質は前記細胞内の前記ATPと相互作用して発光するものであること、
を特徴とする請求項2に記載の受容体発現量解析方法。
【請求項4】
前記発光タンパク質はホタルのルシフェラーゼまたはヒカリコメツキのルシフェラーゼであること、
を特徴とする請求項2または3に記載の受容体発現量解析方法。
【請求項5】
前記作製工程において、前記細胞は前記受容体を含有するものであること、
を特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の受容体発現量解析方法。
【請求項6】
前記作製工程において、前記細胞は前記受容体の遺伝子が導入されたものであること、
を特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の受容体発現量解析方法。
【請求項7】
前記測定工程は、前記ATP依存性の発光標識の光子量を測定する光子量測定工程をさらに含むこと、
を特徴とする請求項1から6のいずれか1つに記載の受容体発現量解析方法。
【請求項8】
前記測定工程は、前記ATP依存性の発光標識を撮像する撮像工程をさらに含むこと、
を特徴とする請求項1から6のいずれか1つに記載の受容体発現量解析方法。
【請求項9】
前記撮像工程は、複数の異なる前記細胞に対して同時に実行され、
前記濃度解析工程は、前記撮像工程で撮像した複数の前記発光画像を前記細胞ごとに照合する照合工程をさらに含むこと、
を特徴とする請求項8に記載の受容体発現量解析方法。
【請求項10】
前記測定工程は繰り返し実行されること、
を特徴とする請求項1から9のいずれか1つに記載の受容体発現量解析方法。
【請求項11】
前記受容体はD2受容体であること、
を特徴とする請求項1から10のいずれか1つに記載の受容体発現量解析方法。
【請求項12】
前記物質添加工程において、前記受容体結合物質はドーパミンであること、
を特徴とする請求項11に記載の受容体発現量解析方法。
【請求項13】
ATP依存性の発光タンパク質であって、
受容体の発現量を解析するためのものであること、
を特徴とする発光タンパク質。
【請求項14】
ATPと相互作用して発光するものであること、
を特徴とする請求項13に記載の発光タンパク質。
【請求項15】
前記受容体はD2受容体であること、
を特徴とする請求項13または14に記載の発光タンパク質。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−213661(P2010−213661A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−66850(P2009−66850)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】