説明

受精卵の培養方法及び受精卵の培養装置

【課題】受精卵の効率的な培養方法および培養装置を提供すること。
【解決手段】培養器1の閉じられたチャネル2へ培養液9と受精卵8を充填し、該培養器1を傾斜若しくは回転させることにより受精卵8をチャネル2内で移動させる。培養器を酸素透過性のシリコンハイドロゲルで形成し、培養器1をチャネル2の軸方向へ、あるいはチャネル近傍を圧縮することによりチャネル2を繰り返し変形させてチャネル2内の受精卵8へ物理的な刺激を与える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の培養方法およびその装置に関する。さらに詳しくは、生殖医療または再生医療において重要な受精卵の培養に特に適した培養方法及びこの培養方法を実行することに適した培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
動物、特に哺乳動物の精子と卵子とを体外受精させて受精卵(接合子)を作製し、卵割、桑実胚、胞胚、さらには後期胞胚の段階まで培養する技術が開発されている。そして、この卵割から胞胚の段階にある受精卵を子宮に移植して産子を得る技術が開発され、家畜における品種改良に用いられ、さらには、ヒトの不妊治療にも応用されている。
【0003】
しかし、生殖医療、とりわけ不妊治療の一手段として行われている体外受精による妊娠成功率は高くない。この成功率は、約30年前の英国における世界初の挙児以来、依然として約25%程度にとどまっており、その成功率の向上が望まれている。不妊治療には、一般的には、卵子の採取(未成熟の場合は、体外成熟が必要となる)、体外受精、受精卵を子宮内に戻す過程が必要である。そして、最も重要な過程は、受精卵を、移植に適した発育段階(4〜8細胞期、胚盤胞期)まで発生させる過程である。
【0004】
一般に、受精卵は、シャーレなどの培養プレート上での培養、あるいは培養プレートのウェル内に500μl前後の培養液を満たし、そこに受精卵を静置する静置培養、あるいは培養プレート上のウェル内に培養液(微小滴20μl)を入れ、その上部をミネラルオイルで被覆し、その中に受精卵を静置するという静置・閉鎖環境培養により、成熟・発生されている。
【0005】
また、特許文献1に記載されているように、マイクロチャネル内に受精卵を充填し、当該マイクロチャネル内へ培養液を流通させることにより受精卵を回転させる培養方法が提案されている。上記の培養方法によれば、受精卵の物理化学的ないし生物学的な環境がより実際の子宮および卵管の環境に近くなるので、受精卵の熟成確率が向上すると考えられる。
【0006】
本発明に関連する文献として特許文献2及び3を参照されたい。
【特許文献1】USP 6,193,647 B1
【特許文献2】USP 6,695,765 B1
【特許文献3】特開2006−246720号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
受精卵を存在させたマイクロチャネル内へ培養液を流通させる従来の培養方法では、培養液を流通させるために、マイクロチャネルを備えた培養器へ培養液の潅流装置を接続する必要がある。そのため、培養装置の装置構成が複雑になるとともに、マイクロチャネルの容積を超える量の培養液が必要となる。そのため、静置・閉鎖環境の培養方法に比べて培養液の消費量が多くなる。
更には、細胞培養の分野において細胞に物理的刺激を与えることがあるが、潅流装置を付設した状態で培養器のマイクロチャネル内に存在する受精卵へ好適に物理的な刺激を与えることは困難である。
この発明は上記課題の少なくとも一つを解決すべくなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明の第1の局面は次のように規定される。即ち、
培養器の閉じられたチャネルへ培養液と細胞を充填し、該細胞が前記チャネル内をその軸方向へ移動するように前記培養器の姿勢を変化させる、ことを特徴とする培養方法。
このように規定された第1の局面の発明によれば、チャネルが閉じられているので培養液の使用量はチャネルの容積とほぼ等しくなる。よって、培養液の使用量を抑制できる。
また、培養器の姿勢を変化させてチャネル内の細胞を重力の作用によりその軸方向へ移動(落下)させる。かかる移動時に細胞は培養液から摩擦力を受ける。これは、チャネル内へ培養液を流通させたときに細胞が培養液から受ける摩擦力に比べて、より生体環境に近いものとなる。
【0009】
この発明の第2の局面は次のように規定される。即ち、
第1の局面で規定される培養方法において、前記チャネルが垂直となるように前記培養器の姿勢を制御し、その後、前記培養器を180度回転して前記チャネルが逆さの垂直となるようにする。
このように規定される第2の局面の培養方法によれば、チャネル内における細胞の移動速度が最も早くなり、かかる最大速度の移動を繰り返して行えるので、培養液から充分な摩擦力を得られることとなる。
【0010】
この発明の第3の局面は次のように規定される。即ち、
第1又は第2の局面の培養方法において、前記培養器は柔軟な材料で形成され、前記培養器はその姿勢が変化されるとともに、前記チャネルの軸方向への変形が繰り返し行なわれる。
このように規定される第3の局面の培養方法によれば、培養器の形成材料を柔軟なものとすることにより、培養器自体を変形させることが可能となる。従って、培養器をチャネルの軸方向へ変形すること、チャネルの径が変形してチャネル内に存在する受精卵へ好適な物理的刺激を与えられる。
培養器をそのチャネルの軸方向へ変形させる方法は特に限定されるものではない。例えばこの発明の第4の局面で規定するように、培養器をそのチャネルの軸方向へ伸展させたり、またチャネルの軸方向に対して垂直方向から培養器を圧縮させたりすることにより、培養器をそのチャネルの軸方向へ変形させられる。
【0011】
この発明の第5の局面は次のように規定される。即ち、
第3の局面で規定される培養方法において、前記チャネルの内周面に凹凸部が形成され、前記培養器をチャネルの軸方向へ変形させたとき、前記チャネルの径が変化して前記凹凸部が前記細胞へ干渉して刺激を与える。
このように規定される第5の局面の培養方法によれば、チャネルの内周面に形成された凹凸部により細胞へより効率よく刺激を与えることができる。
なお培養器が無負荷状態(何ら変形されていない状態)において、凹凸部の凸部が細胞へ接触するも細胞は重力をうけてチャネル内を落下可能とすることが好ましい。
【0012】
この発明の第6の局面は次のように規定される。即ち、
第1〜5の何れかの局面に記載の培養方法において、前記培養器はガス透過性の材料で形成される。
このように規定される第6の局面の培養方法によれば、培養器の形成材料をガス透過性とすることにより、チャネルを閉鎖系としても受精卵へ充分な酸素が供給され、また二酸化炭素などの不要なガスを外部へ排出することができるので、培養の環境がより生体環境に近づく。
【0013】
この発明の第7の局面は次のように規定される。即ち、
柔軟な材料で形成された培養器の閉じられたチャネルへ培養液と細胞を充填し、該培養器を繰り返し前記チャネルが軸方向へ変形する、ことを特徴とする受精卵の培養方法。
このように規定された第7の局面の発明によれば、培養器の形成材料を柔軟なものとすることにより、培養器自体を変形させることが可能となる。従って、培養器をチャネルの軸方向へ変形することにより、チャネルの径が変形してチャネル内に存在する受精卵へ好適な物理的刺激を与えられる。
培養器をそのチャネルの軸方向へ変形させる方法は特に限定されるものではない。例えばこの発明の第8の局面で規定するように、培養器をそのチャネルの軸方向へ伸展させたり、またチャネルの軸方向に対して垂直方向から培養器を圧縮させたりすることにより、培養器をそのチャネルの軸方向へ変形させられる。
【0014】
この発明の第9の局面は次のように規定される。即ち、
第8の局面に規定される培養方法において、前記チャネルの内周面に凹凸部が形成され、前記培養器をチャネルの軸方向へ変形させたとき、前記チャネルの径が変化して前記凹凸部が前記細胞へ干渉して刺激を与える。
このように規定される第9の局面の培養方法によれば、チャネルの内周面に形成された凹凸部により細胞へより効率よく刺激を与えることができる。
【0015】
この発明の第10の局面は次のように規定される。即ち、
培養液と細胞を充填可能でありかつ閉じられたチャネルを有する培養器と、
前記チャネルの角度が変化するように該培養器の姿勢を変化させる姿勢制御手段と、を備える。
このように規定される第10の局面の培養装置によれば、チャネルが閉じられているので培養液の使用量はチャネルの容積とほぼ等しくなる。よって、培養液の使用量を抑制できる。
また、培養器の姿勢を変化させてチャネル内の細胞を重力の作用によりその軸方向へ移動(落下)させる。かかる移動時に細胞は培養液から摩擦力を受ける。これは、チャネル内へ培養液を流通させたときに細胞が培養液から受ける摩擦力に比べて、より生体環境に近いものとなる。
【0016】
この発明の第11の局面は次のように規定される。即ち、
第10の局面で規定される培養装置において、前記姿勢制御手段は前記チャネルが垂直となるように前記培養器の姿勢を制御し、その後、前記培養器を180度回転して前記チャネルが逆さの垂直となるようにする。
このように規定される第11の局面の培養装置によれば、チャネル内における細胞の移動速度が最も早くなり、かる最大速度の移動を繰り返して行えるので、培養液から充分な摩擦力を得られることとなる。
【0017】
この発明の第12の局面は次のように規定される。即ち、
第10又は第11に規定の培養装置において、前記培養器は柔軟な材料で形成され、前記チャネルの軸方向へ前記培養器を伸長及び圧縮する手段が更に備えられる。
このように規定される第12の局面の培養装置によれば、培養器の形成材料を柔軟なものとすることにより、培養器自体を変形させることが可能となる。従って、培養器をチャネルの軸方向へ変形することより、チャネルの径が変形してチャネル内に存在する受精卵へ好適な物理的刺激を与えられる。
培養器をそのチャネルの軸方向へ変形させる方法は特に限定されるものではない。例えばこの発明の第13の局面で規定するように、培養器をそのチャネルの軸方向へ伸展させたり、またチャネルの軸方向に対して垂直方向から培養器を圧縮させたりすることにより、培養器をそのチャネルの軸方向へ変形させられる。
【0018】
この発明の第14の局面は次のように規定される。即ち、
第13の局面で規定される培養装置において、前記培養器において前記チャネルの内周面には凹凸部が形成されている。
このように規定される第14の局面の培養装置によれば、培養器が変形されてチャネルの径が変化することにより、チャネル内周面の凹凸部が細胞へ干渉してこれへ効率よく刺激を与えることができる。
【0019】
この発明の第15の局面は次のように規定される。即ち、
第11〜14の何れかに記載の培養装置において、前記培養器はガス透過性の材料で形成されている。
このように規定される第14の局面の培養装置によれば、培養器の形成材料をガス透過性とすることにより、チャネルを閉鎖系としても受精卵へ充分な酸素が供給され、また二酸化炭素などの不要なガスを外部へ排出することができるので、培養の環境がより生体環境に近づく。
【0020】
この発明の第16の局面は次のように規定される。即ち、
培養液と細胞を充填可能でありかつ閉じられたチャネルを有し、
該チャネルの軸方向への変形可能な柔軟性を有し、
前記チャネルの内周面に凹凸部が形成される培養器であって、
該培養器を前記チャネルの軸方向へ変形したとき、前記チャネルの径が変形して前記凹凸部が前記細胞に干渉して該細胞へ刺激を与えられる、ことを特徴とする培養器。
このように規定される第16の局面の培養器によれば、チャネルの内周面に形成された凹凸部により細胞へより効率よく刺激を与えることができる。
【0021】
この発明の第17の局面は次のように規定される。即ち、
第16の局面で規定される培養器において、前記培養器はガス透過性の材料で形成されている。
このように規定される第17の局面の培養器によれば、培養器の形成材料をガス透過性とすることにより、チャネルを閉鎖系としても受精卵へ充分な酸素が供給され、また二酸化炭素などの不要なガスを外部へ排出することができるので、培養の環境がより生体環境に近づく。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
培養器は一本若しくは複数本の閉じられたチャネルを有する。
チャネルの内径は受精卵を収納可能で、かつその受精卵が移動可能(回転をともなう場合もある)な大きさとする。ほ乳類の受精卵の場合、チャネルの内径は300〜1000μmとすることが好ましい。チャネルの長さは特に限定されるものではないが、10mm程度とすることが好ましい。チャネルは直線状であっても、屈曲していても、枝わかれしていてもよい。
【0023】
チャネルの内周面には、図1に示すように、凹凸部Aを設けることが好ましい。この凹凸部Aはチャネル軸方向に連続した凸条部と凹条部とを周方向へ繰り返し形成してなる。なお、凸部及び凹部は非連続的であってもよい(図2参照)。図2はチャネルの内周面を展開した概念図である。図中符号Cは微細な円柱状の突起であり、チャネル内周面の全域に形成されている。この突起Cは培養器と一体的に柔軟な材料で形成されている。
このように凹凸部は受精卵Bの培養において効果的である。ほ乳類の卵管の内周面には粘膜ヒダがあり(図3)、この粘膜ヒダに挟まれながら受精卵は卵管を落下する。このとき、受精卵は粘膜ヒダから抵抗、即ち摩擦力を受けている。卵管は常に蠕動しているので、粘膜ヒダの抵抗が強くても受精卵は落下することとなる。
【0024】
受精卵を人工的に培養するにあたり、この発明では、チャネル内の受精卵の環境を生体の卵管にできるだけ近づけるため、チャネルを卵管に見立てて、チャネル内に凹凸部を設けるとともにチャネルを傾斜させてその中を受精卵が落下するようにした。そして、卵管の蠕動を模すため、培養器を変形してチャネルの径に変化を与えることとした。
チャネルの長さが制限されるため、受精卵がチャネルの下端まで到達した後、チャネルの向きを逆さにして、再度チャネル内を受精卵が落下できるようにすることが好ましい。より好ましくは、チャネルを垂直として受精卵がその下端まで達した後、チャネルが逆さの垂直となるように培養器の姿勢を制御する。
このようにチャネルの傾きを制御することにより、短いチャネルを用いて受精卵の長い移動距離を確保できる。よって、培養液の使用量を抑制できる。
【0025】
培養器はガス透過性の材料で形成することができる。受精卵へ酸素を供給し且つ系内の不要な二酸化炭素を排出することによりチャネルの環境を生体環境に近づけるためである。かかる材料としてポリジメチルシロキサン(PDMS)、ジメチルシロキサン、及びシリコンハイドロゲルなどのエラストマーを挙げることができる。また、観察を容易にする見地から、透明な材料で培養器を形成することが好ましい。
【0026】
更には、柔軟な材料で培養器を形成することが好ましい。これにより、培養器を変形可能となり、培養器へ外部から力を加えることにより、チャネル内の受精卵に物理的な刺激を与えられる。チャネル内の受精卵に好適な物理的刺激を与えるためには、培養器をチャネルの軸方向へ繰り返して伸長及び圧縮すること、あるいは、チャネルの軸方向に対して垂直方向から圧縮して、チャネルを軸方向への変形を繰り返し行うことが好ましい。培養器の変形のタイミングは特に制限されるものではない。受精卵がチャネル内を落下中に、即ちチャネルが垂直か若しくは傾斜しているときに、培養器をそのチャネルの軸方向へ変形することができる。また、受精卵が静止中に培養器を変形させてもよい。ここに、傾斜若しくは垂直状態のチャネルの下端に受精卵が位置する場合及びチャネルが水平状態にあるとき、受精卵は静止状態にある。
【0027】
かかる材料からなる培養器中にチャネルを形成するには、培養器を型成形する際に、マイクロチャネル用の中子を型中にセットし、培養器の形成後にその中子を除去する。
また、チャネルを切削もしくはリソグラフィーにより形成することもできる。更には、積層造形により形成することもできる。
チャネルの周面に凹凸を形成するには、中子の周面に対応する凹凸を形成しておけばよい。また、チャネルの周面をエッチングして凹凸部を形成することもできる。
【0028】
この発明は受精卵を培養することに適しているが、胚性幹細胞その他の細胞の培養にも適用することができる。受精卵としては、接合子、卵割、桑実胚、胞胚のいずれの段階のものでもよいが、受精卵以外のライフサイクルにある卵子(例えば、卵胞内卵子、排卵卵子など)を培養容器内で培養し、受精させて用いてもよい。さらに、凍結・融解後の受精卵を用いてもよい。
好ましくは、哺乳動物由来の受精卵が用いられる。哺乳動物としては、例えば、ヒト、サル、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ヒヒ、ブタ、イヌ、ネコ、ウサギ、モルモット、ラット、マウスなどが挙げられる。
【0029】
培養液は培養対象の細胞に応じて任意に選択することができる。例えば、GIBCO社のα―MEM、メディカルト社のIVC、アーバイン社のHTFなどの培養液を用いることができる。培養液中には、さらに培養のための有用物質を含んでいてもよい。例えば、気相中の酸素による過酸化による発生阻害を防止するためのβメルカプトエタノールが挙げられる。培養条件は、受精卵の培養に当業者が通常用いる条件が採用される。例えば、温度は、約37〜38℃、浸透圧は、約280mOsm/kgである。
【0030】
培養液及び受精卵のチャネルに対する充填方法も任意である。例えば、開口したチャネルへ受精卵と培養液を充填し、その後に開口部を閉塞する。このとき、チャネル内を培養液で充満し、気泡を生じさせないことが好ましい。より生体環境に近づけるためである。
【0031】
培養器の姿勢を制御する姿勢制御手段は、そのチャネルの両端の高さが異なるものとなるように培養器を傾斜若しくは回転させることができれば、任意の機構を採用することができる。後述の実施例では培養器をテーブルに固定しテーブルを任意の角度に傾斜させている。なお、培養器をトレイに載置若しくは固定し、このトレイを傾斜させるようにしてもよい。
培養器を変形する手段は培養器をそのチャネルの軸方向へ伸長及び圧縮できるものであれば任意の機構を採用することができる。後述の実施例1では、培養器においてチャネルの一端部分へアームを固定し、このアームをチャネルの他端側へ近づく方向へ及び当該他端側から離れる方向へ移動させ、培養器をチャネルの軸方向へ変形させている。
また、後述の実施例2では、チャネルの軸方向に対して垂直方向から培養器を圧縮することにより、培養器をチャネルの軸方向へ変形させている。
【0032】
(実施例1)
以下、この発明の実施例について説明する。
図4はこの発明の実施例1の培養器1を示す。この培養器1はシリコンハイドロゲルで直方体形状に形成されている。このシリコンハイドロゲルとして特開平2006−199819号公報に記載の、ポリシロキサン骨格とポリカーボネート骨格を含むコポリマーと、親水性モノマーを重合した親水性ポリマーからなり、該コポリマーと親水性ポリマーの相互網目構造を有する透明ゲルを用いることができる。このシリコンハイドロゲルは酸素を透過し、伸展可能な柔軟性を有し、かつ透明である。培養器1の中央部分に3本のチャネル2が平行に形成されている。各チャネル2の内径は0.5〜1mmであり、長さは約10mmである。各チャネル2の中に受精卵8及び培養液9が充填される。受精卵8及び培養液9の充填後にチャネル2へ蓋部材4の凸部5を無理嵌めし、これを閉塞する。このシリコンハイドロゲルを使用したとき、培養器の外周面からチャネル2までの厚さは1〜2mmとすることが好ましい。
培養器1の四隅には貫通孔7が形成されている。
【0033】
この培養器1は、図5に示すように培養装置10へ装着される。
図5において、符号11はテーブルであり、その表面に4本のピンが立設されて各ピン20は培養器1の貫通孔7へ挿着される。図5(A)の状態において、受精卵8を充填したチャネル2は水平状態である。
【0034】
テーブル11の詳細を図6に示す。
テーブル11はリテーナ12及びアーム20を備える。リテーナ12には溝15が形成されており、当該溝15にアーム20が挿入されている。溝15の周面とアーム20との間には図示しないライナが介在して、図5のような水平状態ではその自由移動が規制されている。他方、図7及び図8に示す通り、アーム20が垂直状態になると、重力によりアーム20は下方へ移動する。リテーナ12には一対のピン14が立設されている。
【0035】
アーム20はほぼT字形であり、Tの字の横棒に当たる部分21の両端に一対のピン22を備える。このピン22はリテーナの窓17を通して立設される。
アーム20においてT字の下端にはカムフォロアとしてのローラ25が回転可能に取付けられている。符号18は回転ロッドである。
図5(B)において、符号31は回転ロッド18を回転させる第1のモータであり、符号33はカム部40を回転するための第2のモータである。符号35は第1のモータ31及び第2のモータ33の回転角度及び動作タイミングを制御する制御回路である。
【0036】
第1のモータ31を回転することにより、図7に示すように、テーブル11が反時計回りに回転してそのローラ25をカム部40に当接させる。図7の状態においてピン14とピン22との間隔は図2のときと何らかわらない。カム部40の回転ロッド48は第2のモータ33に連結される。
このようにテーブル11を回転させると、チャネル2は水平から垂直にその状態が変化する。これにより、チャネル2内の受精卵がチャネル2内を下方へ移動することとなる。
【0037】
第2のモータ33が駆動して回転ロッド48を回転させ、カム部40を図8の状態とする。カム部40の回転にともないアーム20が上方へ移動し、もってピン14とピン22との間隔が広くなる。これにより、培養器1はチャネル2の軸方向へ伸展されて変形する。この変形により、チャネル内の受精卵に物理的な刺激が与えられる。
さらにカム部40を回転させて図7の状態に戻すとき、伸展された培養器1のばね力により、アーム20はそのローラ25をカム部40の周面に当接させながら下方へ移動する。これにより、培養器1の伸展が解放される。このときにもチャネル内の受精卵に物理的な刺激が加えられることとなる。
カム部40を回転させることにより、培養器1の変形が繰り返され、もって物理的な刺激を受精卵へ繰り返し加えることができる。この実施例では、チャネル2を垂直にした後、20分から60分経過後にカム部40を数回回転させる。即ち、受精卵がチャネル2の下端に到達したのち、培養器1を変形させている。カム部40の回転が終了した後、培養器1を180度反転し、20分〜60分経過後、同様にカム部40を回転させる。このような培養器1の反転とカム部40の回転とのセットを数回繰り返す。
このようにして受精卵へ物理的な刺激を加えた後、第1のモータ31を駆動して培養器1を図5の状態に戻す。
【0038】
上記の例では、培養器1を90度回転させた後に、アーム20を移動させて培養器1をチャネルの軸方向へ変形したが、培養器1の変形はこれを省略してもよい。その場合、図7の状態から、図8の状態を何ら経ることなく、図5の状態へ戻す。
培養器1の傾斜角度、即ちテーブル11の揺動角度は実施例のように90度に限定されるものではなく、任意に選択可能である。また、培養器をシーソーのように揺動することもできる。即ち、チャネル2の両端がその水平位置から上下方向に振動するように培養器を揺動する。
【0039】
この実施例1ではチャネルを垂直状態として、その状態を維持して培養器1を変形させているが、培養器1を変形するときのチャネルの角度も任意に選択できる。
培養器1の姿勢を何ら変更することなく、培養器をそのチャネルの軸方向へ変形してもよい。この変形も繰り返し行なうことが好ましい。
【0040】
(実施例2)
図9にこの発明の実施例2の培養器100を示す。図9(A)は培養器100の平面図、図9(B)は図9(A)におけるB−B線断面図である。この培養器100は前述のシリコンハイドロゲルで直径14mmの円盤形状に形成されている。培養器100の中央部分に1本のチャネル102が円盤の底面と平行に形成されている。このチャネル2は開口部103を2つ有する。各チャネル102の内径は0.3〜1mmであり、長さは約8mmである。開口部103の内径も0.3〜1mmである。各チャネル102の中に受精卵8及び培養液9が充填される。受精卵8及び培養液9の充填後にチャネル2へ、図4の例と同様にして蓋部材の凸部を無理嵌めし、これを閉塞する。このシリコンハイドロゲルを使用したとき、培養器の外周面からチャネル102までの厚さは1〜2mmとすることが好ましい。
【0041】
この培養器100は、図10に示すようにチャンバー(NUNC社製)110の孔111内に入れられる。なお、図10(A)は培養器100を挿着した状態のチャンバー110の平面図であり、図10(B)は図10(A)におけるB−B線断面図である。
このチャンバー110は、図11に示すように、チャック120に着脱自在に装着される。このチャック120は4つの爪121−124を備えている。各爪121−124はばね弾性を有する鋼材で形成され、この爪121−124の間へチャンバー110がクリップ止め的に挿着される。チャック120は回転ロッド130に固定され、この回転ロッド130は前の実施例の回転ロッド18(図8参照)と同様に制御される。即ち、所定のタイミングでチャンバー110を傾斜させる。この実施例ではチャンバー110の一辺を上側にした垂直状態から180度回転させて、他辺を上側にした垂直状態とすることを繰り返す。このとき、培養器100のチャネル102が回転ロッド130に対して垂直方向となるように培養器100をセットすることが好ましい。これにより、チャネル102の傾斜が最大となって、受精卵へ十分な刺激を与えられる。図11において符号135はチャック120の回転装置本体であり、内部に回転ロッド130を回転させるモータが配設されている。
このようにしてチャンバー110を回転させると、培養器100のチャネル102内に挿入された受精卵がチャネル102内を移動し、好適な物理刺激を受けることとなる。
【0042】
図12には、培養器100の圧縮装置140を示す。この圧縮装置140は上下に移動可能なロッド141と、突起部143を備える。この突起部143は円柱状であり、チャンバー110の孔111へ挿入可能である。チャンバ110が水平状態となったとき、この突起部143をチャンバー110の孔111へ挿入することにより、培養器100を圧縮することができる。この実施例では突起部143により培養器100をほぼ均等に圧縮することができ(この場合にもチャネルは軸方向へ変形する)、もって受精卵を目論見どおりに加圧できる。受精卵へ与える圧力を制御するためには、突起部143へ圧力センサを配置して、培養器100へかかる圧力をモニタし、ロッド141の移動量を制御することが好ましい。従って、圧縮装置140の本体部145中にはロッド141の移動手段と、圧力センサの出力に応じてロッドの移動量を制御する制御手段が配設される。
この実施例では、培養器100の全体を圧縮する構成としたが、チャネルを軸方向へ変形させる限りにおいて、チャネル培養器100の一部がチャネル102の軸方向に対して垂直方向に圧縮できればよい。これにより、受精卵へ好適な物理刺激を与えることができる。
培養器100に対する加圧力をより精密制御する場合は、突起部143を独立駆動として、培養器100へかかる圧力に基づくフィードバック制御により、当該独立した突起部143の培養器1に対する移動量を制御することが好ましい。
【0043】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は凹凸部を備えたチャネルの変形の様子を示す概念図である。
【図2】図2は人の卵管組織を示す写真である。
【図3】図3はチャネルの凹凸部の変形態様を示す概念図である。
【図4】図4は本発明の実施例の培養器の構成を示す模式図である。
【図5】図5は実施例の培養装置の構成を示し、(A)は正面図、(B)は側面図である。
【図6】図6は培養器を保持するテーブルの構成を示し、(A)は正面図、(B)は図5(A)におけるB−B線断面図である。
【図7】図7は実施例の培養装置においてテーブルの揺動を示し、(A)は正面図、(B)は側面図である。
【図8】図8は同じく培養装置において培養器の変形動作を示し、(A)は正面図、(B)は側面図である。
【図9】図9は他の実施例の培養器を示し、(A)は平面図、(B)は断面図である。
【図10】図10は培養器をチャンバーへセットした状態を示し、(A)は平面図、(B)は断面図である。
【図11】図11はチャンバーを回転可能なチャックへ取り付けた状態を示す。
【図12】図12は培養器の圧縮装置を示す。
【符号の説明】
【0045】
1,100 培養器、2,102 チャネル、8, B 受精卵、9 培養液、10 培養装置、11 テーブル、12 リテーナ、 14,22 ピン、20 アーム、31、33 モータ、40 カム部、A,B 凹凸部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養器の閉じられたチャネルへ培養液と細胞を充填し、該細胞が前記チャネル内をその軸方向へ移動するように前記培養器の姿勢を変化させる、ことを特徴とする培養方法。
【請求項2】
前記チャネルが垂直となるように前記培養器の姿勢を制御し、その後、前記培養器を180度回転して前記チャネルが逆さの垂直となるようにする、ことを特徴とする請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
前記培養器は柔軟な材料で形成され、前記培養器はその姿勢が変化されるとともに、前記チャネルの軸方向への変形が繰り返し行なわれる、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の培養方法。
【請求項4】
前記培養器の変形は、前記培養器を前記チャネルの軸方向へ伸展させるか、あるいは、前記チャネルの軸方向に対して垂直方向から圧縮する、ことを特徴とする請求項3に記載の培養方法。
【請求項5】
前記チャネルの内周面に凹凸部が形成され、前記培養器をチャネルの軸方向へ変形させたとき、前記チャネルの径が変化して前記凹凸部が前記細胞へ干渉して刺激を与える、ことを特徴とする請求項4に記載の培養方法。
【請求項6】
前記培養器はガス透過性の材料で形成されている、ことを特徴とする請求項1〜5の何れかに記載の培養方法。
【請求項7】
柔軟な材料で形成された培養器の閉じられたチャネルへ培養液と細胞を充填し、該培養器を繰り返し前記チャネルの軸方向へ変形する、ことを特徴とする培養方法。
【請求項8】
前記チャネルの軸方向への変形は、前記培養器を前記チャネルの軸方向へ伸展させるか、あるいは、前記チャネルの軸方向に対して垂直方向から圧縮する、ことを特徴とする請求項7に記載の培養方法。
【請求項9】
前記チャネルの内周面に凹凸部が形成され、前記培養器をチャネルの軸方向へ変形させたとき、前記チャネルの径が変化して前記凹凸部が前記細胞へ干渉して刺激を与える、ことを特徴とする請求項8に記載の培養方法。
【請求項10】
培養液と細胞を充填可能でありかつ閉じられたチャネルを有する培養器と、
前記チャネルの角度が変化するように該培養器の姿勢を変化させる姿勢制御手段と、を備えることを特徴とする培養装置。
【請求項11】
前記姿勢制御手段は前記チャネルが垂直となるように前記培養器の姿勢を制御し、その後、前記培養器を180度回転して前記チャネルが逆さの垂直となるようにする、ことを特徴とする請求項10に記載の培養装置。
【請求項12】
前記培養器は柔軟な材料で形成され、前記チャネルの軸方向へ前記培養器を変形する手段が更に備えられる、ことを特徴とする請求項10又は11に記載の培養装置。
【請求項13】
前記培養器は柔軟な材料で形成され、該培養器内のチャネル近傍を圧縮させることによって該チャネルを繰り返し変形する手段を備える、ことを特徴とする請求項10又は11に記載の培養装置。
【請求項14】
前記培養器において前記チャネルの内周面には凹凸部が形成されている、ことを特徴とする請求項13に記載の培養装置。
【請求項15】
前記培養器はガス透過性の材料で形成されている、ことを特徴とする請求項11〜14の何れかに記載の培養装置。
【請求項16】
培養液と細胞を充填可能でありかつ閉じられたチャネルを有し、
該チャネルの軸方向へ変形可能な柔軟性を有し、
前記チャネルの内周面に凹凸部が形成される培養器であって、
該培養器を前記チャネルの軸方向へ変形したとき、前記チャネルの径が変形して前記凹凸部が前記細胞に干渉して該細胞へ刺激を与えられる、ことを特徴とする培養器。
【請求項17】
前記培養器はガス透過性の材料で形成されている、ことを特徴とする請求項16に記載の培養器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−271964(P2008−271964A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−90926(P2008−90926)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(505406822)ストレックス株式会社 (1)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】