説明

可動接点部品用銀被覆複合材料およびその製造方法および可動接点部品

【課題】繰り返すせん断応力に対してもめっきの密着性に優れ、接触抵抗値が長期に渡って低く安定し、スイッチの寿命が改善された可動接点部品用銀被覆複合材料および可動接点部品を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼基材の表面の少なくとも一部にニッケル、コバルト、ニッケル合金、コバルト合金のいずれかからなる下地層が形成され、その上層に銅または銅合金からなる中間層が形成され、さらにその上層に銀または銀合金層が最表層として形成されている可動接点部品用銀被覆複合材料であって、前記中間層の厚さが0.05〜0.3μmであり、かつ前記最表層に形成された銀または銀合金の内部応力が、2.45〜49.0N/mmである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気接点部品およびその材料に関し、更に詳しくは、電気・電子機器等に用いられる小型スイッチ内の可動接点に使用される可動接点部品用銀被覆複合材料および可動接点部品に関する。
【背景技術】
【0002】
コネクター、スイッチ、端子などの電気接点部には主に皿バネ接点、ブラシ接点およびクリップ接点が用いられている。これら接点部品には、銅合金やステンレス鋼などの耐食性や機械的性質などに優れる基材に、電気特性と半田付け性に優れる銀を被覆した複合接点材料が多用されている。
【0003】
この複合接点材料のうち、基材にステンレス鋼を用いたものは、基材に銅合金を用いたものと比較して、機械的特性や疲労寿命などに優れるため、接点の小型化が可能であり、長寿命のタクティルプッシュスイッチや検出スイッチなどの可動接点に使用されている。近年では、携帯電話のプッシュボタンに多用されており、メール機能やインターネット機能の充実によって、スイッチの動作回数が激増しており、長寿命の可動接点部品が求められている。
【0004】
ところで、基材にステンレス鋼を用いた複合接点材料は、基材に銅合金を用いた複合接点材料に比べて、可動接点部品の小型化が可能なためスイッチの小型化ができ、更に動作回数を増加させることが可能であるが、スイッチの接点圧力が大きくなり、可動接点部品に被覆された銀の摩耗による接点寿命の低下が問題になっている。
【0005】
例えば、ステンレス条に銀または銀合金を被覆した複合接点材料として、下地にニッケルめっきを施したものが多用されている(例えば、特許文献1参照)。だが、これをスイッチに利用する場合、スイッチの動作回数が増加するにつれて、接点部の銀が摩耗によって削れ、下地のニッケルめっき層が露出して接触抵抗が上昇し、導通が取れなくなる不具合が顕在化している。特に、小径のドーム型可動接点部品では、この現象が起こり易く、益々小型化するスイッチには大きな技術課題になっている。
【0006】
この問題を解決するために、基材の上にニッケルめっき層、パラジウムめっきを順に施し、その上に金めっきを施した複合接点材料がある(例えば、特許文献2参照)。しかし、パラジウムめっき皮膜は硬いために、スイッチの動作回数が増加するとクラックを生じやすい問題点がある。
【0007】
また、導電性を向上させる目的で、ステンレス基材にニッケルめっき、銅めっき、ニッケルめっき、金めっきを順に施したものがある(特許文献3参照)。しかし、ニッケルめっき自体は耐食性に優れるが硬いため、曲げ加工時に銅めっき層と金めっき層との間のニッケルめっき層にクラックが発生することがあり、その結果、銅めっき層が露出して耐食性が劣化するという問題点がある。
【0008】
また、接点寿命を向上させる技術として、ステンレス基材にニッケルめっき、銅めっき、銀めっきを順次施すものがある(特許文献4〜6参照)。これらの技術において、接点寿命の向上について試験した。その結果、接点モジュール形成時の半田付けを模擬した熱処理(例えば温度260℃で5分間)後の初期接触抵抗値や、打鍵試験を模擬した熱処理(例えば温度200℃で1時間)後の接触抵抗値を測定したところ、熱処理後の接触抵抗値が高いために製品として使用できない水準のものが数多く出現した。このことは、製品に組み込んだ際の不良率が多くなることを示して従って、単にステンレス基材の上に下地ニッケル層、中間銅層、銀最表層の順に所定の厚さで形成するだけでは、熱履歴後の接点特性や接点寿命が不十分であることが推定される。
【0009】
また、接点寿命を向上させる技術として、銅または銅合金から成る条材の表面が銀または銀合金から成る層で被覆されている電気接点材料において、前記銀または銀合金の結晶粒径が、平均値で5μm以上であることを特徴とする電気接点材料が提供され、また、銅または銅合金から成る条材の表面に銀または銀合金のめっき層を形成し、ついで、非酸化性ガス雰囲気において、400℃以上の温度で熱処理を行うことを特徴とする電気接点材料の製造方法が提案されている(特許文献7)。しかしながら、ステンレス条に銀または銀合金を被覆した複合接点材料に対して、銀または銀合金の結晶粒径を5μm以上に制御するために400℃以上の熱処理を行うと、ステンレス条のばね特性が劣化して可動接点用材料としては適用できないことが分かった。さらに中間層にはニッケルまたはニッケル合金が使用されており、下地層の上層として中間層に銅成分が存在する構成は示されていない。
さらに特許文献7記載の方法では、結晶粒径を調整するために熱処理を行っているが、非活性雰囲気中の残留酸素の影響により、最表面がわずかに酸化してしまい接触抵抗値を増大させてしまう可能性がある。また、熱処理工程が必要となるため、工程の増加となりコスト増大の一因となるという難点も生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭59−219945号公報
【特許文献2】特開平11−232950号公報
【特許文献3】特開昭63−137193号公報
【特許文献4】特開2004−263274号公報
【特許文献5】特開2005−002400号公報
【特許文献6】特開2005−133169号公報
【特許文献7】特開平5−002940号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は可動接点部品用の複合材料として、繰り返すせん断応力に対してもめっきの密着性に優れ、接触抵抗値が長期に渡って低く安定しており、熱処理工程を経ないで、スイッチの寿命を改善し得る、可動接点部品用銀被覆複合材料および可動接点部品の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題に鑑み鋭意研究した結果、ステンレス鋼基材の表面の少なくとも一部にニッケル、コバルト、ニッケル合金、コバルト合金のいずれかからなる下地層が形成され、その上層に銅または銅合金からなる中間層が形成され、さらにその上層に銀または銀合金層が最表層として形成されている可動接点部品用銀被覆複合材料であって、最表層に形成された銀または銀合金の内部応力を、特定の範囲に制御することによって、加熱工程を経なくても内部応力の開放により再結晶化が促進されること、それにより結晶粒径が大きくなり、その結果接触抵抗値が低く、かつ長期にわたって接触抵抗が低く安定に保つことができることを見出した。さらに、中間層に形成されている銅または銅合金の厚さを0.05〜0.3μmの範囲で制御することにより、上記の効果がより一層高まることを見出した。本発明はこれらの知見に基づきなされるに至った。
【0013】
すなわち本発明の課題は、以下の手段により解決される。
(1)ステンレス鋼基材の表面の少なくとも一部にニッケル、コバルト、ニッケル合金、コバルト合金のいずれかからなる下地層が形成され、その上層に銅または銅合金からなる中間層が形成され、さらにその上層に銀または銀合金層が最表層として形成されている可動接点部品用銀被覆複合材料であって、前記中間層の厚さが0.05〜0.3μmであり、かつ前記最表層に形成された銀または銀合金の内部応力が、2.45〜49.0N/mmであることを特徴とする、可動接点部品用銀被覆複合材料。
(2)前記最表層の厚さが、0.3〜2.0μmであることを特徴とする、(1)記載の可動接点部品用銀被覆複合材料。
(3)前記(1)または(2)に記載の可動接点部品用銀被覆複合材料が加工されて形成された可動接点部品であって、接点部分がドーム状または凸形状に形成されたことを特徴とする、可動接点部品。
【発明の効果】
【0014】
本発明の可動接点部品用銀被覆複合材料は、繰り返しせん断応力に対して銀被覆層の密着力の低下防止の点で優れる。そして、スイッチ形成時の熱履歴や、スイッチの開閉動作においても接触抵抗値が長期にわたって低く安定に保たれることによって、スイッチの寿命がより一層改善された可動接点部品用銀被覆複合材料が提供できる。
また、本発明の可動接点部品は、前記可動接点部品用銀被覆複合材料を用いて加工したものであり、ドーム状や凸形状に加工した後の各層の割れの発生が抑制される。よって、接触抵抗値が長期にわたって低く安定に保たれ、接点寿命の長い可動接点部品を作製できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】打鍵試験に用いたスイッチの平面図である。
【図2】打鍵試験に用いたスイッチの平面図におけるA−A線断面図と押圧方向を示すもので、(a)はスイッチ動作前、(b)はスイッチ動作時である。
【図3】本発明の可動接点部品用銀被覆複合材料における断面写真であり、平均結晶粒径が約0.75μmである例を示す。
【図4】従来の可動接点部品用銀被覆複合材料における断面写真であり、平均結晶粒径が約0.2μmである例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の可動接点部品用銀被覆複合材料および可動接点部品について、好ましい実施の態様を詳細に説明する。
【0017】
本発明の好ましい実施態様は、ステンレス鋼基材の表面の少なくとも一部に、ニッケル、コバルト、ニッケル合金またはコバルト合金の下地層、銅または銅合金の中間層、結晶粒径が特定の範囲に制御された銀または銀合金の最表層がこの順に形成されていることを特徴とする可動接点部品用銀被覆複合材料である。この材料から形成される可動接点部品は、スイッチの動作回数が増加しても接触抵抗の上昇が起き難いものである。
【0018】
本発明の実施態様において、ステンレス鋼基材は可動接点部品に用いたとき、その機械的強度を担うものである。このため、ステンレス鋼基材としては応力緩和特性に優れ、疲労破壊し難い材料である、SUS301、SUS304、SUS316などの圧延調質材またはテンションアニール材などが好ましく用いられる。
【0019】
前記ステンレス鋼基材上に形成される下地層は、ステンレス鋼と銅または銅合金層との密着性を高める作用がある。銅または銅合金の中間層は、下地層と最表層の密着性を高めることができ、かつ最表層中を拡散してきた酸素を捕捉し、下地層の成分の酸化を防止して密着性を向上ないしは維持させる機能を持っている。
【0020】
下地層を形成する金属は、ニッケル、コバルト、ニッケル合金、コバルト合金のいずれかが選ばれ、特にニッケルまたはコバルトが好ましい。この下地層は、ステンレス基材を陰極にして、例えば塩化ニッケルおよび遊離塩酸を含む電解液を用いて電解することにより、厚さを0.005〜2.0μmとするのが、プレス加工時に下地層に割れが入りにくくするために好ましく、0.01〜0.2μmであるのがより好ましい。
【0021】
従来の最表層の密着力低下の原因は、下地層の酸化と、大きな操り返しせん断応力によるものであり、その対策として、下地層を酸化させないこと、せん断応力が加わっても密着性が劣化しないことの2点を満足する材料の開発が必要であった。
【0022】
そこで、本発明では、下地層を酸化させない手段として、銅または銅合金からなる中間層を配置した構成を基本としている。下地層の酸化は、最表層中の酸素の透過によるものであり、銅または銅合金の層の配置によって、下層から銀の粒界に拡散した銅成分が最表層内で酸素を捕捉し下地層の酸化を抑制することで、密着性の低下を防止する役割を果たす。
しかしながら、本構成品を可動接点用銀被覆ステンレス部品として使用したとき、接触抵抗値が上昇してしまう問題が発生していた。本発明者らは、この問題に対して調査検討を行ったところ、中間層の銅成分が、最表層を形成する銀中に容易に拡散し、その拡散した銅成分が最表層の表面に到達したときに酸化されて酸化銅を形成し、逆効果として接触抵抗を増大させてしまうという現象が生じていることを明らかにした。
【0023】
この現象を解決すべくさらに鋭意研究を重ねた結果、中間層成分である銅の最表層への拡散は、中間層の厚さと最表層を形成する銀の結晶粒径に密接な関係があることを見出した。すなわち、中間層が薄い場合には、最表層を形成する銀の結晶粒径が多少小さくても銅の拡散量が少なく、中間層が厚い場合には、最表層を形成する銀の結晶粒径を大きくすることで銅の拡散量を少なくすることができることを見出した。
【0024】
ところが従来、結晶粒径を粗大化させる手法として熱履歴を加えることで粒径を粗大化させる手法が多く開示されている。しかしながら、その熱履歴で中間層の銅成分が表層に拡散する可能性が高く、結晶粒径を粗大化させる前に表面へ銅成分が拡散し、それが酸化して接触抵抗を増大させてしまう結果になっていることが原因と推定された。そこで本発明者は、鋭意研究の結果、最表層に形成される銀または銀合金を電気めっき法で形成する際、そのときに導入される内部応力が2.45〜49.0N/mmであるように調整することで、加熱工程を経ずに銀または銀合金が内部応力を駆動力として再結晶化が促進され、結晶粒径を大きく出来ることを見出し、本発明に至った。
【0025】
本発明における銀または銀合金からなる最表層の内部応力が2.45〜49.0N/mmであるように調整することで、銀または銀合金の結晶粒径が平均粒径で凡そ0.5〜5.0μmの範囲で制御され、中間層で形成された銅成分の拡散量を抑制することができ、優れた接点特性、特に熱履歴がかかっても接触抵抗を増大させず、可動接点部品として長期間使用されても接触抵抗値が上昇しないことで、接点特性の良好な可動接点部品用銀被覆複合材料が提供できる。とりわけ、銀または銀合金の結晶粒径を調整する際に熱処理工程が不要であるので、最表面における酸化が促進せずに接触抵抗を低く安定化した可動接点部品用銀被覆複合材料が提供できる。
なお本発明で結晶粒径を示すときは、特に断らない限り、平均結晶粒径を意味し、例えばJIS H0501に準じた切断法を用いて測定される。
【0026】
上記最表層の内部応力が2.45N/mm未満であると、内部応力による再結晶化がほとんど促進せずに結晶粒径が0.5μm未満となる。その結果、結晶粒界が多くなるために中間層の銅成分の拡散経路が多く、耐熱信頼性が不十分となって接触抵抗が上昇する可能性が高くなる。逆に内部応力が49.0N/mmを超えると、めっき皮膜自身の高い内部応力により、最表面に亀裂が進展する可能性が高くなる。亀裂が発生してしまうと、中間層の銅露出を促進してしまうのみならず、銀または銀合金と銅成分との電位差によって腐食が発生しやすくなり、その結果、耐食性が急激に低下するので好ましくない。上記内部応力の範囲であれば好適に用いられるが、4.9〜29.4N/mmであると、長期信頼性および生産性に優れ、かつプレス時の割れ発生が抑えられるので、さらに好ましい。
【0027】
なお、従来の複合接点材料における銀および銀合金からなる最表層の結晶粒径は、平均結晶粒径が0.2μm程度であり、内部応力をほとんど持っていない条件でめっきされているものと考えられる。その結果として中間層の銅成分や酸素が拡散する経路である最表層の結晶粒界が数多く存在して、各層間の密着性低下や接触抵抗の劣化の大きな原因になっていたと考えられる。
【0028】
なお、最表層を形成する銀または銀合金の内部応力を調整する方法としては、電気めっき法により形成することが好ましい。その手法としては、めっき液中に含有される添加剤や界面活性剤、各種薬品濃度、電流密度、めっき浴温、攪拌条件等を調整することで可能となるが、特に電気めっき時の電流密度を3〜20A/dmであるとよい。さらに、この電流密度範囲で内部応力を好適に導入するには、めっき液組成としてAg濃度で50〜100g/リットルを含み、かつ遊離シアン濃度が25〜50g/リットルであることで、容易に達成される。
例えば、内部応力を大きくするには、電気めっきの電流密度を高く、銀濃度を薄くすることにより達成できる。
内部応力の測定方法としては、めっき条件における内部応力を検証するときは、例えばガラスバルブ法、コントラクトメーター法、ひずみゲージ法などが知られており、容易に測定できる手段として例えばスパイラルコントラクトメータ((株)山本鍍金試験器製、JIS H8626準拠)を用いて測定することが可能である。また、形成されためっき品の内部応力測定法としては、X線測定法によって回折ピークの移動や半値幅測定によって得られることが知られている。
本発明においてはスパイラルコントラクトメータ((株)山本鍍金試験器製、JIS H8626準拠)を用いて、JISの測定方法により、所定のめっき液および電流密度およびめっき厚になった時のスパイラルコントラクトメータの角度を読み取り、計算式を用いて算出することで内部応力を測定した。
【0029】
本発明の実施態様において最適な条件で形成される中間層の厚さは、0.05〜0.3μmの範囲である。中間層の厚さが0.05μm未満であると、最表層中を透過してきた酸素成分を捕捉するには不十分であり、逆に0.3μmを超えて形成されると銅成分の絶対量が多くなるため、最表層を形成する銀または銀合金の結晶粒径を大きくしても、銅成分の最表層の透過を十分に抑制できないため、中間層の厚さは0.3μm以下である必要がある。上記範囲であれば特性は十分満足されるが、より効果的な範囲は0.1〜0.15μmである。
なお、中間層が銅合金により形成される場合、スズ、亜鉛、ニッケルから選ばれる1種または2種以上の元素を合計で1〜10質量%含む銅合金が好ましい。銅と合金化する成分は必ずしも限定するものではないが、銀層中を透過した酸素の捕捉と下地層および最表面を形成する銀または銀合金との密着性を向上させる主成分が銅であり、他の合金元素が含まれた場合、中間層の硬さが大きくなって耐摩耗性が向上する。これらの元素の合計は、1質量%未満であれば、中間層が純銅である場合とほぼ同等の効果となり、10質量%を超えると、中間層の硬さが大きくなりすぎて、プレス性が悪くなったり、接点として使用中に割れが発生したりして、耐食性が低下するために好ましくない。
【0030】
また、銀または銀合金からなる最表層の厚さは、0.3〜2.0μm、より好ましくは0.5〜2.0μm、さらに好ましくは0.8〜1.5μmとすることで、可動接点部品に加工された後でも最表層に銅成分が拡散することがほとんどなく、接触安定性に優れる。最表層の厚さが0.3μm未満であると、最表層を形成する銀または銀合金の内部応力を制御しても、中間層から拡散してきた銅成分が表層に到達しやすいために接触抵抗を上昇させやすく、逆に2.0μmを超えると効果が飽和するのと同時に銀の使用量が増加するため経済的にも環境負荷が増大する意味でも好ましくない。
【0031】
最表層として好適に用いられる銀または銀合金としては、例えば、銀、銀−錫合金、銀−インジウム合金、銀−ロジウム合金、銀−ルテニウム合金、銀−金合金、銀−パラジウム合金、銀−ニッケル合金、銀−セレン合金、銀−アンチモン合金、銀−銅合金、銀−亜鉛合金、銀−ビスマス合金などがあげられ、特に、銀、銀−錫合金、銀−インジウム合金、銀−ロジウム合金、銀−ルテニウム合金、銀−金合金、銀−パラジウム合金、銀−ニッケル合金、銀−セレン合金、銀−アンチモン合金および銀−銅合金からなる群から選ばれることが好ましい。
【0032】
本発明において、下地層、中間層、最表層の各層は、電気めっき法、無電解めっき法、物理・化学的蒸着法など任意の方法により形成できるが、電気めっき法が生産性とコストの面から最も有利である。殊に銀または銀合金からなる最表層に関しては、電気めっき法において前記電流密度や液組成によって処理することが好ましい。なお、前記各層は、ステンレス鋼基材の全面に形成してもよいが、接点部のみに形成するのが経済的であり、環境負荷を軽減した製品が提供できるため好ましい。
【0033】
なお、本発明によって内部応力を導入した銀または銀合金においては、特に熱処理等を実施する必要はなく結晶粒径が時間経過とともに粗大化するものであるが、必要に応じて熱処理を実施することで急速に結晶粒径を粗大化させることも可能である。その場合、内部応力により再結晶の駆動力は十分に内在しているため、熱処理温度は例えば40〜100℃という低温で処理すればよく、表層の酸化物形成をほとんど促進せずに結晶粒径だけを粗大化することが可能となる。
【実施例】
【0034】
以下に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0035】
SUS基材を連続的に通板して巻き取るめっきラインにおいて、厚さ0.06mm、条幅100mmの基材(SUS301の条)を電解脱脂、水洗、活性化、水洗、下地層めっき、水洗、中間層めっき、水洗、銀ストライクめっき、最表層めっき、水洗、乾燥の各工程を経て、表1に示す構成からなる発明例1〜30および比較例1〜3の銀被覆ステンレス条を得た。
【0036】
各処理条件は次の通りである。
【0037】
1.(電解脱脂、活性化)
(電解脱脂)
処理液:オルソケイ酸ソーダ100g/リットル
処理温度:60℃
陰極電流密度:2.5A/dm
処理時間時間10秒
(活性化)
処理液:10%塩酸
処理温度:30℃
浸漬処理時間:10秒
【0038】
2.(下地層めっき)
(ニッケルめっき)
処理液:塩化ニッケル250g/リットル、遊離塩酸50g/リットル
処理温度:40℃
電流密度:5A/dm
めっき厚:0.01〜0.2μm
処理時間:めっき厚毎に時間を調整
(コバルトめっき)
処理液:塩化コバルト250g/リットル、遊離塩酸50g/リットル
処理温度:40℃
電流密度:2A/dm
めっき厚:0.01μm
処理時間:2秒
【0039】
3.(中間層めっき)
(銅めっき1:表においてCu−1と表記)
処理液:硫酸銅150g/リットル、遊離硫酸100g/リットル、遊離塩酸50g/リットル
処理温度:30℃
電流密度:5A/dm
めっき厚:0.05〜0.3μm
処理時間:めっき厚毎に時間を調整
(銅めっき2:表においてCu−2と表記)
処理液:シアン化第一銅30g/リットル、遊離シアン10g/リットル
処理温度:40℃
電流密度:5A/dm
めっき厚:0.045〜0.32μm
処理時間:めっき厚毎に時間を調整
【0040】
4.(銀ストライクめっき)
処理液:シアン化銀5g/リットル、シアン化カリウム50g/リットル
処理温度:30℃
電流密度:2A/dm
処理時間:10秒
【0041】
5.(最表層めっき)
(銀めっき)
処理液:シアン化銀93g/リットル、シアン化カリウム130g/リットル、炭酸カリウム30g/リットル
この組成は、銀含有量で75g/リットル、遊離シアン濃度34g/リットルに相当する。
処理温度:40℃
電流密度:1.0〜18A/dmの範囲で変化させて内部応力を調整(表1に記載)
めっき厚:0.5〜2.0μm
処理時間:めっき厚毎に時間を調整
(銀−錫合金めっき)Ag−10%Sn
処理液:シアン化カリウム100g/リットル、水酸化ナトリウム50g/リットル、シアン化銀10g/リットル、スズ酸カリウム80g/リットル、添加剤(ここではチオ硫酸ナトリウム 0.5g/リットル)
処理温度:40℃
電流密度:6A/dm
めっき厚:2.0μm
処理時間:32秒
(銀−インジウム合金めっき)Ag−10%In
処理液:シアン化カリウムKCN100g/リットル、水酸化ナトリウム50g/リットル、シアン化銀10g/リットル、塩化インジウム20g/リットル、添加剤(ここではチオ硫酸ナトリウム 0.5g/リットル)
処理温度:30℃
電流密度:6A/dm
めっき厚:2.0μm
処理時間:32秒
【0042】
内部応力に関しては、スパイラル応力測定法において予め各電流密度における内部応力を測定し、その数値を表1に記載した。また、いずれの試料も初期の結晶粒径はおよそ0.2μmであった。
【0043】
得られたこれらの可動接点部品用銀被覆複合材料(銀被覆ステンレス条)を直径4mmφのドーム型可動接点部品に加工し、固定接点には銀を1μm厚さにめっきした黄銅条を用いて、図1、2に示す構造のスイッチで打鍵試験をおこなった。図1は、打鍵試験に用いたスイッチの平面図である。また、図2は、打鍵試験に用いたスイッチの図1A−A線断面図と押圧を示すもので、(a)はスイッチ動作前、(b)はスイッチ動作時である。図中、1は銀めっきステンレスのドーム型可動接点、2は銀めっき黄銅の固定接点であり、これらが樹脂ケース4中に樹脂の充填材3で組み込まれている。
【0044】
打鍵試験は、接点圧力:9.8N/mm、打鍵速度:5Hzで最大100万回の打鍵を行って接触抵抗の経時変化を測定し、その結果を表1に示した。なお、接触抵抗は電流10mA通電で測定を行い、ばらつきを含めた接触抵抗値を4段階で評価し、表2に示した。具体的には、接触抵抗値15mΩ未満を「優」と評価して表に「◎」印を付し、15mΩ以上30mΩ未満を「良」と評価して表に「○」印を付し、30mΩ以上50mΩ未満を「可」と評価して表に「△」印を付し、50mΩ以上のものを「不可」と評価して表に「×」印を付した。なお、可動接点として接触抵抗値が50mΩ未満である「可」以上の評価(◎〜△)であることが接点として実用性があると判断した。
【0045】
さらに、最表面に銅成分が検出されるかどうかについてオージェ電子分光分析装置で最表面の定性分析を行って、銅成分の検出量を調査した。検出されなかったものを「なし」、検出量が5%未満を「微量」、検出量が5%以上のものを「多量」とし、表2に示した。
また、打鍵試験後の可動接点側について目視観察を行い、めっきの剥離有無について観察を行って、剥離有無を調査した。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
発明例1〜30の可動接点部品用銀被覆複合材料は、可動接点部品として加工後に100万回の打鍵試験を行っても接触抵抗の増加はすべて50mΩ未満である一方、比較例1〜3では、100万回打鍵後に接触抵抗が50mΩ以上となり、接点寿命が短いことがわかる。また、比較例1に関しては、従来の下地層としてニッケルめっき、中間層として銅めっき、最表層として銀めっきを施した例で、最表層の銀には内部応力を有していない。この比較例においては、1万回の打鍵で接触抵抗が上昇し始め10万回では50mΩ以上となり、実用上の問題が発生することがわかる。図3に打鍵試験後の発明例4の非接触部をEBSDで観察した写真、図4に打鍵試験後の比較例1の非接触部をEBSDで観察した写真をそれぞれ示す。
図3の最下層の黒色部分がステンレス部分、その上のグレーの縞状層が銀めっき層である。ニッケルめっきの下地層と銅めっき中間層は、ステンレス部分と銀めっき層との間に存在するが、写真ではステンレス部分と同様に黒色部分として観察される。図4の最下層の黒色部分がステンレス部分、その上の雲状白色層が銀めっき層である。ニッケルめっきの下地層と銅めっき中間層は、ステンレス部分と銀めっき層との間に存在するが、写真ではステンレス部分と同様に黒色部分として観察される。
図から明らかなように、図3の内部応力を有している最表層の銀の結晶粒径(図3の交互のグレー部分)は約0.75μmであり、可動接点部品として使用している際には結晶粒が粗大化している一方、図4の比較例1では結晶粒径(図4の散在する白色部分)は約0.2μmと小さい状態のままである。このように、比較例1と比較して本発明例では接触抵抗が良好な値を示していることがわかり、めっき時に内部応力を2.45〜49.0N/mm有していることが、結晶粒径を粗大化させるのに効果的であることが分かる。
【0049】
比較例2に関しては、銅からなる中間層が薄い状態であると、100万回打鍵後には最表層・中間層の剥離が生じており、透過した酸素の捕捉が不十分であって密着性に劣る様子が伺える。
比較例3のように、銅からなる中間層が厚いときは、内部応力を調整しても最表面における銅成分の拡散が多く見られ、その結果接触抵抗値が増大していることがわかる。
【0050】
これらの結果より、発明例のごとく中間層の厚さを0.05〜0.3μmで制御しつつ、銀または銀合金からなる最表層の内部応力を2.45〜49.0N/mmの範囲内に制御することにより、可動接点部品の接点特性としての長期信頼性が向上できることは明白である。
【符号の説明】
【0051】
1 ドーム型可動接点
2 固定接点
3 充填材
4 樹脂ケース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼基材の表面の少なくとも一部にニッケル、コバルト、ニッケル合金、コバルト合金のいずれかからなる下地層が形成され、その上層に銅または銅合金からなる中間層が形成され、さらにその上層に銀または銀合金層が最表層として形成されている可動接点部品用銀被覆複合材料であって、
前記中間層の厚さが0.05〜0.3μmであり、かつ前記最表層に形成された銀または銀合金の内部応力が、2.45〜49.0N/mmである
ことを特徴とする、可動接点部品用銀被覆複合材料。
【請求項2】
前記最表層の厚さが、0.3〜2.0μmであることを特徴とする、請求項1記載の可
動接点部品用銀被覆複合材料。
【請求項3】
請求項1または2に記載の可動接点部品用銀被覆複合材料が加工されて形成された可動接点部品であって、接点部分がドーム状または凸形状に形成されたことを特徴とする、可動接点部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−49042(P2012−49042A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−191580(P2010−191580)
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】