説明

可変焦点レンズ

【課題】焦点距離の変更を高速に行うことができる可変焦点レンズを提供する。
【解決手段】反転対称性を有する単結晶からなる電気光学材料と、該電気光学材料の第1の面上に形成された第1の陽極と、前記第1の面に対向する第2の面上に形成され、前記第1の陽極と向かい合う位置に形成された第1の陰極と、前記第1の面上に形成され、前記第1の陽極とは間隔をおいて配置された第2の陰極と、前記第2の面上に形成され、前記第2の陰極と向かい合う位置に形成され、前記第1の陰極とは間隔をおいて配置された第2の陽極とを備え、前記第1の陽極と前記第2の陰極との間の前記第1の面に光を入射させたき、前記電気光学材料の内部を透過してから、前記第1の陰極と前記第2の陽極との間の前記第2の面から光が出射するように光軸が設定され、前記2つの陽極と前記2つの陰極との間の印加電圧を変えることにより、前記電気光学材料の前記第2の面から出射された光の焦点を可変する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可変焦点レンズに関し、より詳細には、電気光学効果を有する光学材料を用いて、焦点距離を変更可能とした可変焦点レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、光学レンズ、プリズムなどの光学部品は、カメラ、顕微鏡、望遠鏡などの光学機器、プリンタ、コピー機など電子写真方式の記録装置、DVDなどの光記録装置、通信用、工業用の光デバイス等に用いられている。通常の光学レンズは、焦点距離が固定されているが、上述の機器、装置の中には、状況に応じて焦点距離を調整することのできるレンズ、いわゆる可変焦点レンズを用いる場合がある。従来の可変焦点レンズは、複数のレンズを組み合わせて、機械的に焦点距離を調整する。しかしながら、このような機械式の可変焦点レンズは、応答速度・製造コスト・小型化・消費電力などの点から、適用範囲を広げることには限界があった。
【0003】
そこで、光学レンズを構成する透明媒質に、屈折率を可変できる物質を適用した可変焦点レンズ、光学レンズの位置を動かすのではなく、機械的に光学レンズの形状を変形させる可変焦点レンズなどが考え出された。前者の可変焦点レンズとして、光学レンズとして液晶を利用した可変焦点レンズが提案されている。この可変焦点レンズは、2枚のガラス板で液晶を挟み込むなどして、透明物質でできた容器に液晶を封じ込めている。この容器の内側を球面上に加工して、液晶をレンズ形状に成形すると、可変焦点レンズを構成することができる。この容器の内側には透明電極が設けられ、液晶に電界をかけることによって屈折率を制御し、焦点距離を可変制御する(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
後者の可変焦点レンズとして、変形するレンズの材料は、液体が用いられることが多い。例えば、非特許文献1に記載された可変焦点レンズは、ガラス板に挟まれた空間に、シリコンオイルなどの液体を封入した構造を有している。ガラス板は、薄く加工されており、外部からチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)ピエゾアクチュエータによって、ガラス板に圧力をかけることにより、オイルとガラス板全体で構成されるレンズを変形させ、焦点位置を制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−64817号公報
【特許文献2】国際公開第2009/084692号明細書
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】金子卓他、「可変焦点レンズを用いた長焦点深度視覚機構」、デンソーテクニカルレビュー、Vol.3, No.1, p.52-58, 1998
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の可変焦点レンズは、機械的に焦点距離を調整する可変焦点レンズ、液晶に電界をかけて屈折率を制御する可変焦点レンズ、およびPZTピエゾアクチュエータによりレンズを変形させる可変焦点レンズのいずれも、焦点距離を変更するのに要する応答速度に限界があり、1ms以下の高速応答に適用することができないという問題があった。
【0008】
本発明の目的は、焦点距離の変更を高速に行うことができる可変焦点レンズを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような目的を達成するために、本発明の一実施態様は、反転対称性を有する単結晶からなる電気光学材料と、該電気光学材料の第1の面上に形成された第1の陽極と、前記第1の面に対向する第2の面上に形成され、前記第1の陽極と向かい合う位置に形成された第1の陰極と、前記第1の面上に形成され、前記第1の陽極とは間隔をおいて配置された第2の陰極と、前記第2の面上に形成され、前記第2の陰極と向かい合う位置に形成され、前記第1の陰極とは間隔をおいて配置された第2の陽極とを備え、前記第1の陽極と前記第2の陰極との間の前記第1の面に光を入射させたき、前記電気光学材料の内部を透過してから、前記第1の陰極と前記第2の陽極との間の前記第2の面から光が出射するように光軸が設定され、前記2つの陽極と前記2つの陰極との間の印加電圧を変えることにより、前記電気光学材料の前記第2の面から出射された光の焦点を可変することを特徴とする。
【0010】
前記電気光学材料は、ペロブスカイト型単結晶材料が好適であり、典型的にはタンタル酸ニオブ酸カリウム(KTN:KTa1-xNbx3、0<x<1)を用いることができる。また、前記電気光学材料は、結晶の主成分が、周期律表Ia族とVa族から構成されており、Ia族はカリウムであり、Va族はニオブ、タンタルの少なくとも1つを含むことができ、さらに、添加不純物としてカリウムを除く周期律表Ia族、例えばリチウム、またはIIa族の1または複数種を含むこともできる。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように、本発明によれば、反転対称性を有する単結晶からなる電気光学材料と、電気光学材料の表面に形成された2組の電極とを備え、互いに隣り合う電極対には反対の電圧を印加し、電極対の間の印加電圧を変えることにより、出射された光の焦点を可変することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の第1の実施形態にかかる可変焦点レンズの構成を示す図である。
【図2】第1の実施形態にかかる可変焦点レンズの原理を説明するための図である。
【図3】第1の実施形態にかかる可変焦点レンズの光路長の例を示す図である。
【図4】電界の方向の違いによる光路長分布の違いを示す図である。
【図5】本発明の第2の実施形態にかかる可変焦点レンズの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。本実施形態の可変焦点レンズは、電気光学材料と、これに取付けた電極から構成される。電気光学効果を利用することにより、従来の可変焦点レンズと比較して、はるかに高速な応答速度を得ることができる。
【0014】
図1に、本発明の第1の実施形態にかかる可変焦点レンズの構成を示す。電気光学材料を板状に加工した基板1の上面(第1の面)および下面(第2の面)に、帯状の電極4つが形成されている。第1の面上で一方の辺に寄せて、上部電極としての陽極2(第1の陽極)、基板1を挟んで第2の面上で陽極2と対向する位置に、下部電極としての陰極3(第1の陰極)が配置されている。さらに、第1の面上で一方の辺と対向する辺に寄せて、もう一対の電極が配置されており、上部電極が陰極4(第2の陰極)であり、下部電極が陽極5(第2の陽極)である。帯状の4つ電極は、長手方向の辺がすべて平行となる形状を有している。
【0015】
光は、基板1の上面(第1の面)の陽極2と陰極4との間(電極が形成されていない部分)から入射され、基板1の内部をz軸方向に進行し、下面(第2の面)の陰極3と陽極5との間(電極が形成されていない部分)から空気中へと出射するように設定する。
【0016】
このような構成において、陽極と陰極との間に電圧を印加する。光の透過領域を挟んで、図1の左側の電極対と右側の電極対とは、電圧をかけるz軸方向の向きが互いに逆になっている。陽極2と陽極5との電位は異なっていてもよく、陰極3と陰極4の電位も同様である。なお、陽極2,5の低いほうの電位は、陰極3,4の高いほうの電位よりも高くなるように設定する。
【0017】
このとき、これら電極の間には電界の分布が発生し、基板1の有する電気光学効果によって屈折率が変調される。屈折率の変調された部分を光が透過する時、この屈折率分布によって光は屈曲させられ、その結果、光は集光あるいは発散させられる。集光される場合、図1の構造によれば、シリンドリカル凸レンズとして機能し、発散される場合は、シリンドリカル凹レンズとして機能する。また、印加する電圧によって光の屈曲の度合いが変化するので、焦点距離を電圧によって制御することができる。
【0018】
電気光学効果は、電圧の印加から遅く見積もっても1μs以下の時間で応答するので、従来の可変焦点レンズよりも著しく高速に応答する可変焦点レンズを実現することができる。以上説明したように、図1に示した素子はシリンドリカル可変焦点レンズであり、様々なレンズを構成する基本単位となる。通常の球面レンズを実現するためには、この基本単位である素子を2つ組み合わせればよい。すなわち、2つの基本単位素子を、光軸を中心に互いに90度の角度をなすように配置することにより、球面レンズと等価な機能を実現することができる。なお、本実施形態では基板1の材料として、電気光学効果を有する材料の中でも、特に反転対称性を有する結晶からなる材料を用いることを特徴としており、その理由については後述する。
【0019】
以下、図2を参照して、屈折率の変調の様子とレンズとしての機能を詳述する。図2は、図1に示した可変焦点レンズの側面をy軸方向から見た様子を示している。基板1は、4つの電極に電圧を印加しない時には、屈折率が均一であるため、光はそのまま変調を受けずに透過する。従って、レンズの機能はない。しかし、平面波を入射したときには、基板1から出射される光の波面は平面のままで、曲率半径は無限大であることを考慮すると、焦点距離無限大のレンズとみなすこともできる。
【0020】
4つの電極に電圧を印加した時には、これらの電極の間に、図2に示したような電気力線6が発生する。電気力線6は、陽極2と陰極3との間、陰極4と陽極5との間のみならず、これらの電極の外側にも大きく広がって生成される。電気力線が生成されているということは、言い換えると電界が発生している。このとき、基板1が電気光学効果を有するため、基板1内部の電界が発生している箇所では屈折率が変調される。基板1の内部において、4つの電極の付近、すなわち基板1の表面付近では、電界が大きく、屈折率変化が大きい。これに対して基板1の中央部分(すべての軸方向における中央付近)では、電界が比較的小さく、屈折率変化が小さい。
【0021】
図2の下側には、屈折率変化分の分布を表す屈折率変調曲線7を模式的に示している。屈折率変調曲線の横軸は、x軸の座標、縦軸は電圧をかけないときからの屈折率の変化分Δnである。図2においては、屈折率は、全体的にマイナス方向に変化している様子が示されているが、電極に近い光透過領域の端の付近では変調が大きく、したがって屈折率変化分Δnとしては小さくなる。一方、光透過領域の中央部付近では変調が小さく、したがって屈折率変化分Δnとしては、光透過領域の端ほどには小さくなっていない。このような屈折率分布の中を光が透過すると、基板1の中央部の光の速度に比べて光透過領域の端付近の光の速度が速いため、凸レンズとして機能する。すなわち、電圧をかけていない場合の無限大の焦点距離から、有限の焦点距離へと、焦点が移動する。
【0022】
(電気光学材料)
電気光学効果には、いくつかの次数の異なる電気光学効果が含まれるが、一般的には、1次の電気光学効果(以下、ポッケルス効果という)が利用されている。ポッケルス効果は、屈折率変化が電界に比例する。図2に示した構成においては、基板1の上半分と、下半分とでは、電界の向きが逆になり、屈折率分布も逆になる。従って、 ポッケルス効果を利用すると、光がこれら2つの電極対の間を透過すると、屈折率分布による光の偏向が正負で相殺されてしまい、レンズとしての機能を奏さない。
【0023】
これに対して、2次の電気光学効果(以下、カー効果という)を利用すると、屈折率変化は電界の二乗に比例する。従って、基板1の上半分と下半分とで、電界の向きが逆になっても、屈折率分布は同じになるので、光の偏向が相殺されることなく、強めあう。
【0024】
多くの電気光学材料は、反転対称性を有しておらず、ポッケルス効果を発現する。これに対して、一部の電気光学材料は、反転対称性を有しており、ポッケルス効果を発現せず、カー効果が支配的となる。従って、本実施形態の基板1を構成する電気光学材料としては、反転対称性を有する材料を用いることが重要である。
【0025】
一般に誘電体は、外部から電界を印加すると、それに比例した分極が発生するが、電界を取り去ると、分極はゼロに戻る。しかし、電界を取り去っても有限の分極が残る物質が存在する。外部電界がなくても存在する分極を自発分極という。この自発分極を、外部電界によって向きを反転させることができる物質が存在し、これを強誘電体という。
【0026】
反転対称性を有する単結晶とは、原子の配列を、ある原点を中心としてx,y,z座標系で反転したとき、元の原子の配列と完全に同じ配列となる結晶をいう。自発分極を有する結晶を、座標軸上で反転すると、自発分極の向きが反転するので、このような結晶は反転対称性を有するとはいえない。従って、強誘電体は自発分極を有するので、反転対称性を有していない。
【0027】
一方、自発分極を有していても、それを外部電界で反転することができない物質も存在する。このような物質は、反転対称性を有していないが、強誘電体でもないので、反転対称性を有していない物質が全て強誘電体であるわけではない。また、強誘電体であって、かつ反転対称性を有するということは、ありえない。
【0028】
反転対称性を有する電気光学材料としては、ペロブスカイト型の結晶構造を有する単結晶材料がある。ペロブスカイト型単結晶材料は、使用温度を適切に選択すれば、使用状態において反転対称性を有する立方晶相となる。立方晶相においては、ポッケルス効果を発現せず、カー効果が支配的となる。例えば、最もよく知られたチタン酸バリウム(BaTiO3、以下BTという)でも、120℃付近において正方晶相から立方晶相へ相転移する温度(以下、相転移温度という)を超えた温度であれば、立方晶相となり、カー効果を発現する。
【0029】
また、タンタル酸ニオブ酸カリウム(KTN:KTa1-xNbx3、0<x<1)を主成分とする単結晶材料は、より好適な特徴を有する。BTは相転移温度が決まっているのに対し、KTNは、タンタルとニオブの組成比により、相転移温度を選択することができる。これにより、室温付近に相転移温度を設定することができる。KTNは、相転移温度よりも高い温度であれば立方晶相となり、反転対称性を有し、大きなカー効果を有する。同じ立方晶相にあっても、より相転移温度に近い方が、カー効果が圧倒的に大きくなる。このため、室温付近に相転移温度を設定することは、大きなカー効果を簡便に実現する上で、非常に重要である。
【0030】
さらに、KTNに関連する単結晶材料として、結晶の主成分が、周期律表Ia族とVa族から構成されており、Ia族はカリウムであり、Va族はニオブ、タンタルの少なくとも1つを含む材料を用いることができる。また、添加不純物としてカリウムを除く周期律表Ia族、例えばリチウム、またはIIa族の1または複数種を含むこともできる。例えば、立方晶相のKLTN(K1-yLiyTa1-xNbx3、0<x<1、0<y<1)結晶を用いることもできる。
【0031】
(光路長変調)
反転対称性を有する立方晶ペロブスカイト型単結晶材料の場合について、光路長変調を詳述する。図2の構成において、偏光は、光電界の向きがx軸方向の場合と、y軸方向の場合の2種類がある。それぞれの場合に、光が感じる屈折率変調ΔnxとΔnyとは、
【0032】
【数1】

【0033】
となって異なる。ここで、n0は変調前の屈折率であり、s11とs12は電気光学係数である。KTNやKLTNの場合、s11は正の値であるのに対して、s12は負の値を有し、絶対値はs11の方が大きい。レンズの特性は、下記の式のように、この屈折率変化分を光の進行経路(長さL)にわたって積分した光路長変調Δsによって評価する。
【0034】
【数2】

【0035】
図3に、第1の実施形態にかかる可変焦点レンズの光路長の例を示す。光路長変調ΔsxとΔsyとの分布を、数値計算で求めたものである。比誘電率は20,000、基板1の長さLを7mm、z軸方向の基板の厚さを4mm、4つの電極の幅を0.8mm、同一面上の電極の間隔を4mm、電圧を1000Vとして計算した。図3の横軸は、図2に示したx座標における基板1の中央からの変位を示す。Δsxの分布は、上に凸の曲線を成しており、この素子がシリンドリカル凸レンズとして機能することを表す。一方、Δsyの分布は下に凸の曲線を成しており、この素子がシリンドリカル凹レンズとして機能することを表す。この立方晶ペロブスカイト型単結晶材料の例のように、偏光によって凸レンズになったり、凹レンズになることもある。
【0036】
上述したように、立方晶ペロブスカイト型単結晶材料を用いると、偏光を変えて使い分ければ、凸レンズとして使用することもできるし、凹レンズとして使用することもできる。一方、電気光学結晶に電界を印加すると、圧電効果や電歪効果により、その物理的形状が変化することが知られている。圧電効果とは、歪が印加電界に比例する現象であり、電歪効果とは、歪が印加電界の二乗に比例する現象である。その物理的形状の変化は、圧電効果と電歪効果との和で表される。一般的に、反転対称性を有する電気光学材料においては、圧電効果が生じないため、電歪効果のみとなる。この電歪効果により、屈折率の分布が、上述したような電界分布の計算から求めた分布から、若干ずれが生じることがある。この点では、Δnx(または光路長sx)の方が、Δny(または光路長sy)よりも計算値と実際の値とのずれが少ないことが多いので、好適である。代表的な立方晶ペロブスカイト型単結晶材料である、前出のKTNの場合、光路長syでは凹レンズというよりも、変調が非常に小さく、ほとんどレンズとして機能しないこともある。
【0037】
本発明と類似した構造の可変焦点レンズとして、図2の構造において、上面の両電極を共に陽極、下面の両電極を共に陰極としたもの、いいかえると、陰極4を陽極に置き換え、陽極5を陰極に置き換えたものがあった(特許文献2)。しかし、電極を交差して配置した本発明の方が、電気力線の屈曲が大きく、その結果、電界の空間変化が大きく、したがって屈折率分布が大きくなり、レンズ効果も大きい。
【0038】
図4は、x偏光に関して、電界の方向の違いによる2つの構造の光路長分布を比較した図である。本発明の第1の実施形態にかかる光路長、すなわち図3の光路長sxを実線で表示し、特許文献2に記載された構成のように、基板上面の電極を双方とも陽極、下面の電極を双方とも陰極とした場合を、同方向電界構造として、破線で表示している。図から明らかなように、本発明の方が、レンズ効果は大きいことが示されている。
【0039】
(電極材料)
電気光学材料に高い電圧を印加すると、電極から電荷が注入され、結晶内に空間電荷が発生しうる。この空間電荷により電圧の印加方向に電界の大きさの傾斜が生じるために、屈折率の変調にも傾斜が生じる。従って、電気光学材料をレンズとして機能させるための所望の屈折率分布を得るため、または、電気光学材料を透過する光が偏向しないようにするためには、基板1に電圧を印加した際に、基板1の内部に空間電荷が形成されない方がよい。
【0040】
空間電荷の量は、キャリアの注入効率に依存する量であるため、電極から注入されるキャリアの注入効率は小さい方がよい。電気光学結晶において電気伝導に寄与するキャリアが電子の場合には、電極材料の仕事関数が大きくなるにつれて、電極と基板との間はショットキー接合に近づき、キャリアの注入効率は減少する。従って、電極は、電気光学材料とショットキー接合が形成される材料であることが好ましい。具体的には、電気光学結晶において電気伝導に寄与するキャリアが電子の場合には、電極材料の仕事関数は、5.0eV以上であることが好ましい。例えば、仕事関数が5.0eV以上の電極材料として、Co(5.0)、Ge(5.0)、Au(5.1)、Pd(5.12)、Ni(5.15)、Ir(5.27)、Pt(5.65)、Se(5.9)を用いることができる。()内は仕事関数を示し、単位はeVである。
【0041】
一方、電気光学結晶において電気伝導に寄与するキャリアが正孔の場合には、正孔の注入を抑えるために、電極材料の仕事関数は、5.0eV未満であることが好ましい。例えば、仕事関数が5.0eV未満の電極材料として、Ti(3.84)等を用いることができる。なお、Tiの単層電極は酸化して高抵抗になるので、一般的には、Ti/Pt/Auを順に積層した電極を用いて、Tiの層と電気光学結晶とを接合させる。さらに、ITO(Indium Tin Oxide)、ZnOなどの透明電極を用いることもできる。
【0042】
(応用例)
上述したように、通常の球面レンズを実現するには、2つの基本単位素子を、光軸を中心に互いに90度の角度をなすように配置すればよい。しかし、反転対称性を有する単結晶材料の場合、図3に示したように、偏光によって凸レンズから凹レンズへとレンズ効果が全く逆転する場合がある。球面レンズを実現するために、x軸方向に電界が振動する光を第1の基本単位素子に入射し、x軸方向に集光したのちに、この光をそのまま、90度回転した第2の基本単位素子に入射する。しかしながら、この構成によれば、y軸方向には発散されてしまい、球面レンズとして機能しない。
【0043】
球面レンズとして正常に機能させるためには、第2の基本単位素子に入射する前に、この素子に合わせて偏光方向も90度回転しなければならない。そこで、第1の基本単位素子と第2の基本単位素子との間に、偏光回転素子を挿入した構造とする。偏光回転素子としては様々なものがあるが、半波長板がもっとも一般的に用いられる。
【0044】
半波長板は、互いに直交する2つの偏波の間に、波長の半分に相当する位相ずれ、すなわちπラジアンだけの位相ずれを生じさせる光学素子である。典型的には、複屈折性の材料を板状に加工したものからなる。反転対称性を有する単結晶材料は、通常、複屈折はないが、電界を一方向に印加することにより、電界に平行な方向と、これに直交する方向とで複屈折が生じる。この性質を利用して、反転対称性を有する単結晶材料によって半波長板を構成することができる。
【0045】
図5に、本発明の第2の実施形態にかかる可変焦点レンズの構成を示す。第1の基本素子8と、反転対称性を有する単結晶材料でできた半波長板9と、第2の基本単位素子10とが、光軸方向に沿って直列に配置されている。半波長板9の形状は、直方体状であり、互いに対向する2面の面上に、ほぼ全面にわたって電極膜が形成されている。この電極対に電圧を印加することにより、これら2面に垂直な電界が均一に形成される。この電界の向きが、第1の基本素子8と第2の基本単位素子10の光軸に対して、45度の角度をなすように配置する。これにより、第1の基本素子8を透過した光の偏光が90度回転する。
【0046】
半波長板も、上述した基本単位素子であるシリンドリカル可変焦点レンズと同じく反転対称性を有する単結晶材料で構成する場合、2つの電気光学材料からなる基板と半波長板とを一体に成型し、第1の基本単位素子8用の電極と、半波長板9用の電極と、第2の基本単位素子10用の電極とを順に並べて取り付ける。このようにして、一体化した球面可変焦点レンズを構成することもできる。
【実施例】
【0047】
図1に示したように、電気光学材料を板状に加工した基板1の上面および下面に、陽極2、陰極3、陰極4、陽極5をそれぞれ形成する。基板1は、KTN単結晶から、ブロックを切り出し、7mm×7mm×(厚さT=)4mmの形状に成形する。基板1の6面とも、結晶の(100)面に平行とし、光学研磨を行っている。このKTN単結晶は、相転移温度35℃であったので、これを少し上回る40℃で使用する。この温度での比誘電率は20,000である。4つの電極は、0.8mm×7mmの帯状で、同一面上の電極の間隔は4mmとする。2つの電極対は、基板1の7mm×7mmの面上に、白金(Pt)を蒸着して形成されている。電極の各辺は、基板1の辺に平行である。
【0048】
この可変焦点レンズを、40℃で温度制御した状態で、コリメートしたレーザ光を入射する。光の偏光は直線で、振動電界の方向はx軸方向である。上下電極間に1000Vの電圧を印加すると、基板1から出射する光は、x軸方向に集光され、シリンドリカル凸レンズとして機能する。焦点距離は72cmである。ここで、印加電圧を500Vにすると、集光効果は小さくなり、焦点距離は290cmになる。また、電圧を印加しない場合は、当然集光効果はなく、焦点距離は無限大である。従って、印加電圧を0Vから1000Vまで変化させることにより、焦点距離を無限大から72cmまで変化させることができる。焦点距離の変更は、印加電圧を変更するだけなので、応答時間は1μs以下であり、従来の可変焦点レンズの応答時間と比較して、3桁以上改善されている。
【符号の説明】
【0049】
1 基板
2,5 陽極
3,4 陰極
6 電気力線
7 屈折率変調曲線
8 第1の基本単位素子
9 半波長板
10 第2の基本単位素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反転対称性を有する単結晶からなる電気光学材料と、
該電気光学材料の第1の面上に形成された第1の陽極と、
前記第1の面に対向する第2の面上に形成され、前記第1の陽極と向かい合う位置に形成された第1の陰極と、
前記第1の面上に形成され、前記第1の陽極とは間隔をおいて配置された第2の陰極と、
前記第2の面上に形成され、前記第2の陰極と向かい合う位置に形成され、前記第1の陰極とは間隔をおいて配置された第2の陽極とを備え、
前記第1の陽極と前記第2の陰極との間の前記第1の面に光を入射させたき、前記電気光学材料の内部を透過してから、前記第1の陰極と前記第2の陽極との間の前記第2の面から光が出射するように光軸が設定され、
前記2つの陽極と前記2つの陰極との間の印加電圧を変えることにより、前記電気光学材料の前記第2の面から出射された光の焦点を可変することを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項2】
前記電気光学材料は、ペロブスカイト型単結晶材料であることを特徴とする請求項1に記載の可変焦点レンズ。
【請求項3】
前記電気光学材料は、タンタル酸ニオブ酸カリウム(KTN:KTa1-xNbx3、0<x<1)であることを特徴とする請求項2に記載の可変焦点レンズ。
【請求項4】
前記電気光学材料は、結晶の主成分が、周期律表Ia族とVa族から構成されており、Ia族はカリウムであり、Va族はニオブ、タンタルの少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項2に記載の可変焦点レンズ。
【請求項5】
前記電気光学材料は、さらに、添加不純物としてカリウムを除く周期律表Ia族またはIIa族の1または複数種を含むことを特徴とする請求項4に記載の可変焦点レンズ。
【請求項6】
前記第1および第2の陽極と前記第1および第2の陰極とは、前記電気光学材料とショットキー接合が形成される材料からなることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の可変焦点レンズ。
【請求項7】
前記第1および第2の陽極と前記第1および第2の陰極とは、帯状の形状を有し、その長手方向の辺は、すべて平行であることを特徴とする請求項6に記載の可変焦点レンズ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−42688(P2012−42688A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−183429(P2010−183429)
【出願日】平成22年8月18日(2010.8.18)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】