説明

可溶化SR−A蛋白質の製造方法及びそれを用いた評価方法

【課題】多量体のコンフォメーションを形成する可溶化SR−A蛋白質、および該蛋白質のアゴニストやアンタゴニストのスクリーニングに極めて有用な、変性LDLなどのリガンドに対する評価系を提供する。
【解決手段】N末端から膜貫通ドメインまでを変異あるいは欠失し、さらに分泌シグナルの下流に挿入され、かつ可溶化蛋白質として活性を保持した、SR−A蛋白質。またこの多量体のコンフォメーションを持つ標品蛋白質を用いる、変性LDLなどのリガンドとSR−Aとの結合、あるいはSR−Aのアゴニストやアンタゴニストのスクリーニングなど、直接的な蛋白質間相互作用の評価系。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多量体のコンフォメーションを持つ可溶化組換え膜蛋白質であるクラスAスカベンジャー受容体(可溶化SR−A蛋白質)の製造方法及び評価方法に関する。また、本発明は、前記可溶化SR−A蛋白質に対する血清または抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
膜蛋白質、特に膜受容体は、細胞表面でリガンドと結合することにより、細胞内への様々な物質の取り込みや情報伝達のカスケードを作動させる重要な働きを担っている。膜受容体のアゴニスト(作動薬)、アンタゴニスト(拮抗薬)は医薬品候補となるために、膜受容体の効率的な生産技術及びこれを用いた評価方法を開発することは創薬研究において非常に重要である。
【0003】
また、膜受容体に対する抗体医薬市場は年々伸びているが、実用化されている抗体医薬のターゲットとなる膜受容体の種類は限られている。抗膜受容体抗体の開発には、免疫原となる膜受容体及び免疫応答によって生産された抗体の評価の双方に組換え膜受容体を必要とする。例えば、G蛋白質共役型受容体(GPCR)のような7回膜貫通型膜受容体はその効率的生産技術が開発されていないため、これらをターゲットとする抗体をはじめとする医薬品の開発は遅れている。
【0004】
従来は一般的に、創薬のターゲットとなる哺乳動物由来の膜受容体は、CHO細胞のような動物細胞、sf9のような昆虫細胞を用いた細胞膜での発現が試みられていた(特許文献1、2、3)。しかしながら、細胞膜画分への発現効率は低く、また細胞膜に発現しても細胞膜上に存在する多種類の他の膜蛋白質の存在が精製上で問題となっていた。さらに膜画分からの膜蛋白質の精製においては、イオン強度、pH、界面活性剤の種類や濃度などの複雑に係わる因子の影響を考慮しながら、活性を保持した状態での可溶化は非常に困難である。また、簡便な方法としてはバクテリアを宿主として用いる方法がある(特許文献4)が、バクテリアでは哺乳動物由来の膜受容体は発現が難しく、発現しても不溶性画分に回収されたり翻訳後修飾が無いために活性を保持しないなどの問題点が多くあった。
【0005】
スカベンジャー受容体(SR)は酸化・アセチル化などの修飾を受け変性した低密度リポプロテイン(LDL)などと結合し、マクロファージの泡沫化や血管内皮細胞の障害などに深く関わる因子群である。その中でSR−A蛋白質はマクロファージ・血管内皮細胞・平滑筋細胞に存在するスカベンジャー受容体であり、スカベンジャー受容体の中でも主用な機能を担っている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2003−516109号公報
【特許文献2】特表2005−507245号公報
【特許文献3】特表2002−525095号公報
【特許文献4】特表2007−531502号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Journal of Lipid Research vol.46,2005,pp.11-20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、膜受容体であるSR−A蛋白質は三量体の膜貫通型蛋白質であり、従来の方法では、その発現・精製は困難であり、これまで存在しなかった。したがって、その標品を用いての評価系の構築も今だに困難とされている。
【0009】
本発明は、上記現状に鑑み、多量体のコンフォメーションを形成する可溶化SR−A蛋白質を得るための手段を開発し、該蛋白質のアゴニストやアンタゴニストのスクリーニングに極めて有用な、変性LDLなどのリガンドに対する評価系の構築を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、N末端から膜貫通ドメインを変異あるいは欠失したSR−A蛋白質をコードする塩基配列を分泌シグナルの下流に挿入し、さらにC末端側をコードする塩基配列の下流にタグ配列を挿入したDNA構造物を用いること、また、このDNA構造物を持つ動物細胞を無血清培地で培養することにより、培地中に分泌された可溶化SR−A蛋白質のタグ配列を用いた親和性担体により活性を保持したまま高純度に精製できる方法を開発した。そして、このようにして得られた可溶化SR−A蛋白質を用いることにより、変性LDLなどのリガンドとSR−A蛋白質との結合、あるいはSR−A蛋白質のアゴニストやアンタゴニストのスクリーニングなど直接的な蛋白質間相互作用の評価系を構築することに初めて成功したものである。
【0011】
すなわち、本発明は以下の(1)〜(4)の係るものである。
(1)以下のa及びb工程からなることを特徴とする、高純度可溶化クラスAスカベンジャー受容体(SR−A)蛋白質の製造方法。
a:スカベンジャー受容体であるSR−A蛋白質のN末端から膜貫通ドメインまでを変異または欠失させた組換えSR−A遺伝子を導入した動物培養細胞を、無血清培地で培養して可溶化SR−A蛋白質を産生させる工程
b:可溶化SR−A蛋白質を含む培養液又はその培養処理液を精製する工程
(2)前記組換えSR−A遺伝子として、分泌シグナルの下流にSR−A蛋白質のN末端から膜貫通ドメインまでを変異または欠失させたSR−A遺伝子が挿入され、該SR−A遺伝子のC末端側をコードする塩基配列の下流にタグ配列が挿入されたDNA構造物を用いる前記(1)に記載の製造方法、
(3)前記(1)又は(2)に記載の製造方法で製造された可溶化SR−A蛋白質、
(4)前記(3)記載の可溶化SR−A蛋白質に、被検物質を作用させる工程を有することを特徴とするSR−Aに対する親和性の評価方法。
(5)前記(3)記載の可溶化SR−A蛋白質に、被検物質と変性LDLを作用させる工程を有することを特徴とする、SR−Aと変性LDLの結合に対する被検物質の阻害あるいは促進作用の評価方法。
(6)前記(3)記載の可溶化SR−A蛋白質を用いて、動物種に免疫することにより作製された血清あるいは抗体。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、SR−A蛋白質と同じLDL結合活性を保持した多量体のコンフォメーションを形成する可溶化SR−A蛋白質の高純度精製を初めて可能にしたものである。したがって、本発明によれば、活性を保持した高純度な可溶化SR−A蛋白質の利用が可能となり、SR−A蛋白質に対するアゴニストやアンタゴニストなどの被検物質の親和性の評価が可能となる。また、SR−A蛋白質と変性LDLの結合に対する被検物質の阻害または促進なども蛋白質間相互作用での直接的な評価が可能となる。よって、これらの技術は、SR−A蛋白質が関連するといわれている医療分野として、例えば、動脈硬化症、炎症、感染症、アルツハイマー症などの疾患の研究や、これらに疾患に対する創薬の分野に広く貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、実施例1の方法により得られた培地中に分泌された可溶化SR−A蛋白質を、抗ヒスチジンタグ抗体により検出した結果を示す図である。
【図2】図2は、実施例1の方法により得られた可溶化SR−A蛋白質を用い、実施例2の方法によりアセチル化LDLと酸化LDLに対する親和性を酵素免疫測定法(ELISA)で評価した結果を示すグラフである。縦軸は実際の450nm値を示しており、数値が高いほど変性LDLが結合していることを表している。
【図3】図3は、実施例1の方法により得られた可溶化SR−A蛋白質を用い、実施例2の方法により、複数のエキスによるアセチル化LDLとの結合阻害反応をELISAで評価した結果を示すグラフである。なお、各エキスのネガとポジは予め別の細胞を用いた試験で、可溶化SR−A蛋白質に対する親和性のなかったエキスをネガ、親和性のあったエキスをポジとして示している。
【図4】図4は、実施例1の方法により得られた可溶化SR−A蛋白質の非変性状態での分子量を、ゲル濾過カラムにより検証した結果を示すグラフである。マーカー蛋白質4種類を用いて検量線の作製を行った。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の製造方法は、以下のa及びb工程:
a:スカベンジャー受容体であるSR−A蛋白質のN末端から膜貫通ドメインまでを変異または欠失させた組換えSR−A遺伝子を導入した動物培養細胞を、無血清培地で培養して可溶化SR−A蛋白質を産生させる工程
b:可溶化SR−A蛋白質を含む培養液又はその培養処理液を精製する工程
からなることを特徴とする。
【0015】
(a工程)
a工程で標的とするスカベンジャー受容体であるSR−A蛋白質は、マクロファージで主に発現されており、糖鎖付加されたII型膜貫通型の蛋白質であり、修飾LDLや酸化LDLと結合することが知られている。
【0016】
SR−A蛋白質の種類としては、1型(SR−A1)、2型(SR−A2)、3型(SR−A3)及びMARCOが挙げられる。以下、これらをまとめてSR−Aファミリーともいう。
いずれも、N末端側から、細胞内ドメイン、膜貫通ドメイン、スペーサードメイン、及びコラーゲン様ドメインで構成されているアミノ酸配列の単量体が三量体を形成している。また、1型(SR−A1)、2型(SR−A2)および3型(SR−A3)は、前記スペーサードメインとコラーゲン様ドメインの間にα−ヘリックスコイルドコイルドメインがある。また、SR−A1は、コラーゲン様ドメインのC末端側にさらにシステインリッチ領域を有している。
【0017】
これらのSR−A蛋白質の由来としては、ヒト、ウシ、ウサギ、ウマ、ラット、ブタ等の哺乳動物が挙げられる。
【0018】
本発明でいう「可溶化SR−A蛋白質」とは、前記SR−A蛋白質のうち、N末端から膜貫通ドメインまでのアミノ酸配列が変異または欠失された蛋白質であって、正常なSR−A蛋白質のように多量体のコンフォメーションを形成する蛋白質をいう。
【0019】
前記変異または欠失の程度としては、N末端から膜貫通ドメインまでのアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されていればよく、N末端から膜貫通ドメインまでのアミノ酸配列が全て欠失したものでもよい。
また、前記変異または欠失の手法としては、例えば、前記SR−A蛋白質の前記N末端から膜貫通ドメインをコードするSR−A遺伝子の塩基配列において、一般的な遺伝子工学手法により、欠失、置換又は挿入などの1以上の変異を導入するような公知の手法であればよい。また、後述のように前記N末端から膜貫通ドメインまでのアミノ酸配列をコードする塩基配列を全て欠失するような変異を行ってもよい。
【0020】
また、本発明の可溶化SR−A蛋白質においては、多量体のコンフォメーションを形成する程度に細胞外ドメインに1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されていてもよいが、細胞外ドメイン部分のアミノ酸配列は改変されていないことが好ましい。
【0021】
なお、前記SR−A蛋白質をコードするSR-A遺伝子の塩基配列は、例えば、米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information)が提供している塩基配列データベースGenBankや日本DNAデータバンク(DNA Data Bank of Japan)に登録されて、公開されている。また、これらの機関に登録されている塩基配列からSR−A蛋白質のアミノ酸配列は容易に決定できる。
【0022】
本発明において、前記のようなN末端から膜貫通ドメインまでを変異または欠失させたSR−A蛋白質をコードする組換えSR−A遺伝子は、各種のcDNAライブラリーを鋳型として、所定のプライマーセットを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行うことで得られる。
【0023】
cDNAライブラリーとしては、SR−Aファミリーを発現、あるいは発現誘導させた細胞に関連するものであればよく、市販品を用いてもよいし、公知の手法に基づいて種々の動物細胞から作製することもできる。
【0024】
プライマーセットとは、PCRの際に同時に用いられるプライマーの組み合わせをいう。本発明では、一方のプライマーは、前記SR−A蛋白質のN末端側の膜貫通ドメインをコードする塩基配列前後に結合可能なものとし、もう一方のプライマーはコラーゲン様ドメインよりもC末端側のアミノ酸配列をコードする塩基配列に結合可能なものを選べばよい。
また、膜貫通ドメインからC末端側までを含むSR−A蛋白質をコードする塩基配列を増幅できるプライマーセットで一次PCRを行い、次いで膜貫通ドメインのみを欠失させるプライマーセットで二次PCRを行ってもよい。
【0025】
また、プライマーとしては、適切な制限酵素サイトを付加したプライマーセットを用いればよいし、あるいは本発明のように、TAクローニングによりpCR 8/GW/TOPOベクター(インビトロジェン社製)に挿入することで、簡易にプラスミドベクターを構築できるという利点がある。
【0026】
前記PCRの条件は、使用するPCR装置のマニュアルに準じて適宜調整すればよい。
【0027】
本発明では、前記のようにして得られるPCR産物を所定のベクターに挿入し、得られた組換えベクターを各種の動物培養細胞に導入する。
【0028】
ベクターとしては、分泌シグナルが入っている発現ベクターであればよい。本発明において、分泌シグナルとは、ベクターから翻訳された所望の蛋白質を宿主である動物培養細胞の外へ分泌させることを可能とするシグナル配列をいい、分泌シグナルの種類は動物培養細胞の種類に応じて適宜決定すればよい。また、分泌シグナルは公知の手段によって所望のプラスミドベクターに導入すればよいが、簡便性の観点から、分泌シグナルが入ったプラスミドベクターを用いることが好ましい。例えば、プラスミドベクターとしては、pSecTag2/Hygroベクター(インビトロジェン社製)が挙げられるが、これらに限定されない。また、必要に応じて、分泌シグナルが入っているベクターとして、コスミドベクター、ウイルスベクター、人工染色体ベクターなども用いてもよい。
【0029】
前記ベクターへのPCR産物の挿入は、例えば、予め制限酵素を用いて切断したPCR産物と、同じ制限酵素を用いて切断しベクターとを混合することで行うことができる。ここで、制限酵素としては、発現される蛋白質が多量体のコンフォメーションを形成できるように前記PCR産物の内部配列を切断せず、ベクターのクローニングサイトに存在するものであればよい。また、ライゲーションの条件としては、市販のライゲーションキットを用いる場合には、そのマニュアルに従って適宜調整すればよい。
【0030】
前記のようにして得られるベクターは、組換えSR−A遺伝子として、分泌シグナルと、SR−A蛋白質のN末端から膜貫通ドメインまでを変異または欠失させたSR−A遺伝子とを含むDNA構造物である。また、該DNA構築物は、必要に応じてさらにタグ配列を含むことで、発現された可溶化SR−A蛋白質を効率よく精製することができる。
【0031】
動物培養細胞としては、前記ベクターを導入でき、かつ分泌シグナル配列に対応したものであればよい。中でも、可溶化SR−A蛋白質を細胞外に分泌することができる動物培養細胞として、高密度培養が可能な細胞が好ましく、例えば、フリースタイル293F細胞(インビトロジェン社製)が挙げられる。また、一過性発現でも安定発現株をセレクションにより得てもよい。
【0032】
前記動物培養細胞への組換えベクターの導入には、公知のトランスフェクション技術、例えば、市販のトランスフェクション試薬を用いたり、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAE−デキストラン法、リポフェクション法などを用いればよい。
【0033】
本発明では、前記組換えベクターを導入した動物培養細胞を無血清培地で培養することで、前記動物培養細胞から前記無血清培地中に分泌された可溶化SR−A蛋白質を血清由来蛋白質と予め分離することができる。
【0034】
本発明の可溶化SR−A蛋白質は、前記のように細胞内ドメインから膜貫通ドメインが変異または欠失されているため、前記動物培養細胞内で発現されても細胞膜にとどまることはなく、分泌シグナルにより動物培養細胞外に排出されるため、発現させたSR−A蛋白質を細胞膜中に存在させるような従来の製造方法に比べると、細胞膜の表面積などの物理的な制限がないため、連続的に大量に製造することが可能であり、また培養液の上清を動物培養細胞から分離するだけで可溶化SR−A蛋白質をきわめて容易に回収できる。なお、上清の分離手段としては、遠心分離等が挙げられる。
【0035】
無血清培地には、無蛋白質培地、化学合成培地も含まれる。また、無血清培地の組成、前記動物培養細胞の培養条件については、細胞の種類に適切な条件を適宜選択すればよい。
【0036】
本発明では、次いでb工程として、可溶化SR−A蛋白質を含む培養液又はその培養処理液を精製する。
具体的には、前記無血清培地から回収した培養液又はその培養処理液については、カラムクロマトグラフィー、有機溶媒分画、塩による分画、等電点分画、密度勾配遠心法、結晶化法などの手法を用いることで、可溶化SR−A蛋白質を分離・濃縮することができる。
なお、培養処理液とは、培養液を遠心処理して不溶成分を取り除いた液を意味する。
また、タグ配列を含むベクターを使用した場合には、そのタグ配列に対して親和性のある担体を用いることで、可溶化SR−A蛋白質を容易に分離濃縮することができる。前記担体としては、Ni−NTAアガロースカラムなどが挙げられる。
【0037】
前記のようにして得られる可溶化SR−A蛋白質は、SDS−PAGE条件下での分子量が約40〜70kDaとなり、かつ非変性条件下での分子量が約100kDa以上となることから、多量体のコンフォメーションを形成している蛋白質であり、正常なSR−A蛋白質と類似の立体構造を有しているといえる。また、前記可溶化SR−A蛋白質は、後述の実施例で確認されているように、正常なSR−A蛋白質と同様に変性LDLと結合可能なものである。
【0038】
したがって、前記可溶化SR−A蛋白質を用いることで、従来は困難であった、SR−A蛋白質に対する評価系の構築が可能になる。
【0039】
評価系としては、例えば、SR−A蛋白質に対する親和性の評価系が挙げられる。
SR−A蛋白質に対する親和性を評価する方法としては、前記可溶化SR−A蛋白質に被験物質を作用させることが挙げられる。かかる方法を用いることで、被験物質としては、変性LDL、酸化LDL等の通常のSR−A蛋白質に結合することが予想されている物質の親和性を評価できるだけでなく、親和性については未知の物質をスクリーニングすることもできる。
【0040】
また、前記可溶化SR−A蛋白質は変性LDLへの結合率が高いため、前記可溶化SR−A蛋白質に、被験物質と変性LDLを作用させることで、SR−A蛋白質とLDLの結合を阻害したり、促進したりする作用の評価系を構築することができる。かかる評価方法を用いることで、変性LDLとSR−A蛋白質との結合を阻害したり、促進したりする未知の物質をスクリーニングすることもできる。
【0041】
また、本発明によれば、前記可溶化SR−A蛋白質を大量に製造することが可能になるため、かかる可溶化SR−A蛋白質を用いて動物種に免疫することでSR−A蛋白質に対する血清あるいは抗体を得ることもできる。
例えば、ウサギ、マウス、ヒツジ、ヤギ、サル等の血清、抗体を得るのに一般的に使用されている哺乳動物に前記可溶化SR−A蛋白質を注射して免疫化したのち、前記動物種から血清や抗体を公知の手法により回収すればよい。
【実施例】
【0042】
次に、本発明をその実施例によって具体的に説明する。
(実施例1)
ヒトの脾臓cDNAライブラリーを鋳型として、次のようなプライマーセットを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行った。
プライマー1:5´−tccttcaaagctgcactg−3´(配列表の配列番号1)
プライマー2:5´−agagggccctgccctaatatg−3´(配列表の配列番号2)
伸長時間は1分間、アニーリング温度は54℃とし、サイクル数は30サイクルとした。
このPCRにより、膜貫通ドメインからC末端までのSR−A2蛋白質をコードする塩基配列を増幅させることができる。
【0043】
得られたPCR産物の塩基配列を常法に基づいて調べたところ、SR−A蛋白質(SR−A2)をコードする1074個の塩基配列のうち、142〜1074番目の塩基配列を含むものであった。
次に、TAクローニングによりpCR8/GW/TOPOベクター(インビトロジェン社製)に前記PCR産物を挿入した。正しくインサートが挿入されたプラスミドを回収し、このプラスミドを以降の鋳型DNAとした。
【0044】
次にこの鋳型DNAを用い、次のようなプライマーセットを用いてPCRを行った。
プライマー3:5´−aaccaagcttatgctgaagtgggaaacg−3´(配列表の配列番号3)
プライマー4:5´−ataagaatgcggccgcagagggccctgccctaatatg−3´(配列表の配列番号4)
伸長時間は1分間、アニーリング温度は63℃とし、サイクル数は30サイクルとした。
このPCRにより、膜貫通ドメインを除く、スペーサードメインからC末端までのSR−A2蛋白質をコードする塩基配列(226〜1074番目)を増幅させることができる。
【0045】
得られたPCR産物をHindIII及びNotIの各制限酵素で処理し、同制限酵素で予め処理したpSecTag2/Hygroベクター(インビトロジェン社製)のマルチクローニングサイトにフレームが合うように挿入した。正しくインサートが挿入されたプラスミドをシーケンスにより確認した後に回収した。このプラスミドは、分泌シグナルの下流に前記PCR産物が挿入され、その下流にタグ配列が挿入されたDNA構造物であり、このDNA構造物から得られる可溶化SR−A蛋白質のアミノ酸配列は、正常なSR−A2蛋白質と比べると、N末端から膜貫通ドメインまでが欠失しており、細胞外ドメインであるスペーサードメイン、α−へリックスコイルドコイルドメイン、コラーゲン様ドメインを全て含むものであり、C末端側には、タグ配列由来のアミノ酸も付加されたものとなることが予想された。
このプラスミドをFreeStyle 293−F細胞(インビトロジェン社製)にトランスフェクトし、一過性発現を行った。なお、前記プラスミドベクターへのPCR産物の挿入、トランスフェクト及び一過性発現の条件は、インビトロジェン社のマニュアルに準じた。
【0046】
培養4日後に遠心操作により培地を回収し、さらに0.45μmのフィルターを通すことにより沈殿画分を除去した。一部をサンプリングした後に、予めリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で平衡化した2mlのNi−NTAアガロースカラム(キアゲン社製)に負荷した。負荷後のカラムをPBSで洗浄後に250mMのイミダゾールを含む溶液で溶出した。溶出画分は、さらにPBSで透析処理し、これを可溶化SR−A蛋白質として以下の実験に用いた。
【0047】
サンプリングした培地及び最終標品である可溶化SR−A蛋白質は、常法に従いSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)を行った。さらに電気泳動後に常法に従いPVDF(ポリフッ化ビニリデン)膜に転写し、1次抗体として抗ヒスチジンタグ抗体(GEヘルスケア社製)を用い、2次抗体として西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼをコンジュゲートした抗マウスIgG抗体(バイオラッド社製)を用いて検出した。これらの結果を図1に示す。
【0048】
図1のように培養上清に分泌された可溶化SR−A蛋白質は、転写膜上で発現が確認され、さらにNi−NTAアガロースカラムにより培養培地中から可溶化SR−A蛋白質を精製濃縮することができた。
【0049】
(実施例2)
実施例1により取得した可溶化SR−A蛋白質に対する評価系の構築は以下のように行った。ただし本実施例は評価系のなかの1例であり、特に限定されるものではない。
マキシソープ・イムノプレート(96ウェルタイプ、NUNC社製)を用いて行った。上記のように精製した可溶化SR−A蛋白質を5μg/mlとなるようにPBSバッファーで調製し、100μlずつ各ウェルにアプライした。4℃で1晩静置した後に、PBSバッファーで各ウェルを400μl×2回で洗浄し、25%ブロックエース(大日本住友製薬社製)を含むPBSバッファー300μlを各ウェルにアプライした。4℃で1晩静置した後に、PBSバッファーで各ウェルを400μl×2回で洗浄し、1%ウシ血清アルブミン(BSA)を含むPBSバッファーで適当な希釈倍率となるように調製した各アンタゴニストやアゴニストなどのサンプルを100μlずつ各ウェルにアプライした。4℃で1晩静置した後に、PBSバッファーで各ウェルを400μl×3回で洗浄し、5μg/mlとなるようにPBSバッファーで調製した変性LDLを、100μlずつ各ウェルにアプライした。4℃で1晩静置した後に、PBSバッファーで各ウェルを400μl×3回で洗浄し、西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼをコンジュゲートした抗アポリポプロテインB抗体(The Binding Site社製)をPBSバッファーで1000倍希釈し、100μlずつ各ウェルにアプライした。室温で2時間の静置後、PBSバッファーで各ウェルを400μl×5回で洗浄し、3,3´,5,5´−テトラメチルベンヂジン(TMB)−ペルオキシダーゼ−酵素免疫測定(EIA)−基質−キット試薬(バイオラッド社製)を100μlずつ各ウェルにアプライした。適当な反応時間後に、2M H2SO4を50μlずつ各ウェルにアプライして反応を停止させた。最終的に450nmで検出を行い、SR−Aに対する親和性を変性LDLの結合量として定量した。結果を図2に示す。
【0050】
図2に示すように、得られた可溶化SR−A蛋白質は、これらの変性LDLに対して濃度依存的に結合することが確認された。なお、可溶化SR−A蛋白質の変わりにネガティブコントロールとして固相化したBSAに対してはこれらの変性LDLの結合は確認されなかった。
【0051】
また、実施例1の方法により得られた可溶化SR−A蛋白質を用い、実施例2の方法により、複数のエキスによるアセチル化LDLとの結合阻害反応をELISAで評価した。結果を図3に示す。各エキスのネガとポジは予め別の細胞を用いた試験で、可溶化SR−A蛋白質に対する親和性のなかったエキスをネガ、親和性のあったエキスをポジとして図3で示している。
図3に示すように、得られた可溶化SR−A蛋白質を用いることにより、SR−A蛋白質と変性LDLとの結合を阻害あるいは促進する物質などを多検体でスクリーニングすることが可能であることを示している。
【0052】
また、実施例1の方法により得られた可溶化SR−A蛋白質の非変性状態での分子量を、ゲル濾過カラムにより検証した。マーカー蛋白質4種類を用いて検量線の作成を行った。結果を図4に示す。
図4に示されるように、可溶化SR−A蛋白質のアミノ酸配列から予想される分子量は約35kDであり、SDS−PAGE上では糖鎖付加のために約40〜70kDaの分子量として確認されたが、ゲル濾過カラムより算出された非変性状態での分子量は約100kDa以上を示しており、これはモノマーではなく多量体を形成していることが示唆された。
【0053】
なお、前記実施例では、SR−A蛋白質としてSR−A2蛋白質を用いたが、本実施例を参照することで、他のSR−AファミリーであるSR−A1、SR−A3及びMARCOの各蛋白質についても、N末端側から膜貫通ドメインまでを変異または欠失させた組換えSR−A遺伝子を作成し、この組換えSR−A遺伝子を導入した動物培養細胞を無血清培地で培養して、可溶化SR−A蛋白質を製造させることは当業者であれば十分に可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のa及びb工程からなることを特徴とする、高純度可溶化クラスAスカベンジャー受容体(SR−A)蛋白質の製造方法。
a:スカベンジャー受容体であるSR−A蛋白質のN末端から膜貫通ドメインまでを変異または欠失させた組換えSR−A遺伝子を導入した動物培養細胞を、無血清培地で培養して可溶化SR−A蛋白質を産生させる工程
b:可溶化SR−A蛋白質を含む培養液又はその培養処理液を精製する工程
【請求項2】
前記組換えSR−A遺伝子として、分泌シグナルの下流にSR−A蛋白質のN末端から膜貫通ドメインまでを変異または欠失させたSR−A遺伝子が挿入され、該SR−A遺伝子のC末端側をコードする塩基配列の下流にタグ配列が挿入されたDNA構造物を用いる請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の製造方法で製造された可溶化SR−A蛋白質。
【請求項4】
請求項3記載の可溶化SR−A蛋白質に、被検物質を作用させる工程を有することを特徴とするSR−A蛋白質に対する親和性の評価方法。
【請求項5】
請求項3記載の可溶化SR−A蛋白質に、被検物質と変性LDLを作用させる工程を有することを特徴とする、SR−A蛋白質と変性LDLの結合に対する被検物質の阻害あるいは促進作用の評価方法。
【請求項6】
請求項3記載の可溶化SR−A蛋白質を用いて、動物種に免疫することにより作製された血清または抗体。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−139106(P2012−139106A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−104005(P2009−104005)
【出願日】平成21年4月22日(2009.4.22)
【出願人】(390020189)ユーハ味覚糖株式会社 (242)
【Fターム(参考)】